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真宗研究56号全

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Academic year: 2021

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ISSN 0288 0911

虞宗連合皐曾研究紀要

平 成24年 1月

(2)
(3)

Sτ主ブ

刀く

々b

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第五十六輯

(4)
(5)

s士三? 刀~

||﹁行巻﹂所引﹃浄土論註﹂の丈を通して|| ? ミLu

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||﹁教文類﹂における﹃平等覚経﹄をめぐってーーー 田 派

||方便化身化土を開顕する意義|| 教

j

i

||本願成就に立って因願を探るという方法論を通してーーー 谷

証空における法然浄土教の継承とその内実:・:龍谷大学

﹁専修念仏﹂から﹁自然法爾﹂

||親驚晩年の思想の深化||

亀 崎 真 佐 波 加 来 雄

亘 ︵ ︵ 一 八 ︶ 之 ︵ 四 一 ︶

派 佐 々 木 秀 北 畠 浄

十央︵八一︶ 光 亡〉 慶 ︵ 三 三 ︶

(6)

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||近世・近代を中心に||

と﹁九品往生義﹄を中心に

:本願寺派

十念と逆誇釈についての考察

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女 子

主主ら 寸二A

清沢満之の晩年における

高 田 文 永 原 智 野 村

:本願寺派

の受容

||香月院深励の学風を通して|| 白当 日

E旦

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大 ? とL tJ

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佐 竹 真 渓 四 英 ︵ 一 四 二 ︶ 行 ︵ 一 五 九 ︶ 夫 ︵ 一 八 O ︶ 淳 ︵ 一 九 八 ︶ 城 ︵ 三 九 ︶ 英 俊 ︵ 二 三 八 ︶ 後 藤 智 道 ︵ 二 六 一 ︶ 松 山 大 ︵ 二 八 四 ︶

(7)

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||﹃教行信証﹄の題号義||| 津

徹 池 田 勇 英 ︵ 三 O 五 ︶ 諦︵三一三︶ ~ 弓L E』 Z三五 葉

︵ 一 ニ 四 七 ︶ 五

(8)
(9)

||﹁行巻﹂所引﹃浄土論註﹄

大谷派

盲 ァ て 主ヨL E豆

はじめに|

1

問題の所在||

親 驚 は ﹃ 教 行 信 証 ﹄ ﹁ 行 巻 ﹂ に お い て 、 師法然が唱道した本願念仏を如来回向の大行として確かめ、 煩悩成就の 凡夫に現生正定緊が聞かれる要とする。その中で親驚は、 ナ シ ク ヒ ト シ ク シ シ テ ニ ス 明知是非二凡聖自力之行一故名二不回向之行也、大小聖人・重軽悪人・皆同斉応下帰−選択大宝海一念仏成仏上 ヲ テ ク ノ ハ ナ シ コ ト ノ ニ ス ル ニ シ テ キ カ ノ ニ 卜 ノ タ マ ヘ リ I J 是 以 ﹁ 論 註 ﹄ 日 彼 安 楽 国 土 莫 回 非 三 阿 弥 陀 如 来 正 覚 浄 華 之 所 二 化 生 一 同 一 念 仏 無 二 別 道 一 故

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︵ ﹃ 定 本 ﹄ 六 七 頁 ︶ というように、大行が自力の行ではないことを﹁不回向の行﹂の語をもっておさえていく。この﹁不回向の行﹂の 語は、法然が﹃選択集﹂﹁二行章﹂において、本願念仏の質を﹁縦令い別に回向を用いざれども、自然に往生の業 と成る﹂と述べた﹁不用回向﹂に基づくものである。すでに、本願念仏を如来回向の大行として確かめながら、そ れを師法然の言葉に依拠して改めて﹁不回向の行﹂とおさえ直していくところに、大乗正定緊の現行における衆生

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 の自覚態を明らかにする重要な確かめがあるように思われる。 ︵ 2 ︶ しかし、従来この﹁不回向﹂は、﹁知来より御回向にあづかるので。行者の方よりは回向せぬ﹂という言葉が示 すように、如来と衆生とを相対的な見地から解釈し、衆生の自力回向は差し挟まないという意味としてのみ捉えら れてきた。この場合、衆生においては結局﹁無回向﹂であると捉えていることになり、親驚が殊更に﹁不回向﹂と 述、べる意義を十分に明らかにできているとは言いがたい。 親驚の確かめにおいて注目すべきは、龍樹以下諸師の論釈に依って大行を﹁不回向の行﹂と結句していく中で、 如来回向の論拠とした ﹃ 浄 土 論 註 ﹂ の丈をその証左の一っとしている点である。そこで、拙稿ではこの﹃浄土論 註﹂の文に着目し、親驚が﹁不回向の行﹂と述べることで明らかにしようとした大行の内実に迫ろうと思う。

親驚は﹁行巻﹂において、龍樹以下の諸師の論釈に依って大行の内実を確かめていく中で、﹃浄土論註﹂からは まず以下のように丈を抜粋している。 ノ チ ユ ニ ク ツ ン テ ス ル ニ ノ ヲ ク ニ ヲ リ ノ ニ ハ ニ ハ ナ リ ﹃論註﹂臼謹案一龍樹菩薩﹃十住見婆沙﹄云菩薩求一阿見肱致一有一二種道一者難行道二者易行道難行道者 ル ヲ ヲ ス ︸ ノ ニ シ リ ノ ミ チ ホ 、 イ フ テ ヲ テ シ メ サ ム ノ ヲ 一 ハ ル 謂・於一五濁之世・無仏時求一阿毘肱致為口難一此難乃有一多途一粗言五三以一不コ義意二者外道相聞醤善乱五口 ノ ヲ ハ ニ ν テ サ フ ヲ コ ノ ス ノ ヲ テ ン ノ ク ヱ ス ヲ 薩法二者声聞白利・障一大慈悲一三者無顧悪人・破一他勝徳四者・顛倒善果・能壊一党行一五者唯是・白 ニ シ テ ン ノ ソ キ ノ レ ラ ノ フ ル 、 ニ ニ ナ リ ハ シ ノ フ ハ ン キ カ ク テ ノ ヲ ス ト 力・無他力持一如二斯等一事触口日一皆是警・如 T 陸路歩行則・苦 J 易 行 道 者 ・ 謂 ・ 但 ・ 以 二 信 仏 因 縁 一 願 三 生 一 一 ニ シ テ ニ チ エ シ ム ヲ ノ ノ ニ シ テ ル ニ ナ リ ハ シ ニ ン テ ニ 浄土一乗一仏願力一便得一ニ往一生彼清浄土一仏力住持即入一大乗正定之緊正定即是阿毘肢致誓・如下水路乗一船則 γ キ カ ノ ウ ハ ケ タ シ エ 〆 以 チ カ ウ 反 ナ ル ノ ハ ノ ノ ナ リ マ ン / l 、 テ 楽上此無量寿経優婆提舎蓋上桁之極致不退之風航者也、無量寿是安楽浄土如来別口ゲ釈迦牟尼仏在一王

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ニ キ タ マ フ ノ ヲ テ ノ ヲ ス ノ ト ノ ハ ソ ハ ソ 舎 城 及 舎 衛 国 一 於 二 大 衆 之 中 一 説 二 無 量 寿 仏 荘 厳 功 徳 一 即 ・ 以 二 仏 名 号 一 為 一 経 体 後 聖 者 婆 薮 繋 頭 菩 薩 服 二 膚 l r ヲ ソ ヱ テ ニ レ リ ト ノ ヲ 如 来 大 悲 之 教 一 傍 ロ 経 一 作 二 願 生 偶 一 山 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 二 三 ー ー 三 四 頁 ︶ ﹁謹んで龍樹菩薩の﹃十住毘婆沙﹂を案ずるに﹂から始まるこの文は、﹃浄土論註﹂冒頭の二道釈である。この箇所 で注目すべきは、﹁無量寿経優婆提舎﹂という﹁浄土論﹄ の題号を註釈する題号釈の一部を二道釈に続けて引き、 そこまでを一連の文として﹁巳上﹂と結んでいるという点である。題号釈は、﹁無量寿﹂が如来の別号であり、﹁無 量寿仏の荘厳功徳﹂が説かれる三部経はその名号を体とするものであることを一不すと同時に、﹁後の聖者、婆薮般市 頭菩薩、如来大悲の教を服膚して、経に傍えて願生の備を作れり﹂とあるように、﹁願生偏﹂の述作の意趣を確か めるものである。この題号釈の文言は、﹁願生備﹂が名号を体として説かれる教に依拠してうたわれたものである こと、すなわち、﹁称名の偏﹂であることを示唆するものであると言える。先に引かれる二道釈は、阿見蹴致を求 めることを指標として、その実現を他力易行の願生道に見いだす中にあって、﹃浄土論﹄が﹁五濁の世、無仏の時﹂ において大乗正定緊を開顕する﹁上桁の極致、不退の風航﹂であることを表明するものである。したがって、この 二道釈と題号釈の一部を一続きに引くことは、大乗正定緊の現行を願生道として開顕する﹁願生偶﹂の焦点が称名 にあることを端的に示そうとするものであると考えられる。 ここにおいて注意したいことは、﹃浄土論註﹄引用の課題は、単に称名が大乗正定一郎然を実現するものであるとい う事を一不すことにあるのではなく、大乗正定衆の実現が具体的に何を根拠としてなされるのかを確かめるところに あるという点である。このことは、二道釈・題号釈の後に﹁又云く﹂と引文を改めて、以下に展開する一連の引文 を ス カ ラ シ ス ハ セ ヲ ニ ヲ テ カ セ ム コ チ ス ヲ コ ノ ユ ヘ ニ テ ツ ケ タ マ ヘ リ ハ ノ ト ク 尻 ハ ナ リ 又云又所願不軽一若知来不三加二威神一将何以・達乞二加神力一所以仰告我一心者・天親菩薩自督之詞 イ フ コ 、 ロ ハ シ テ ヲ ス ム 卜 ニ ン テ ン 1 言 念 二 無 碍 光 如 来 一 願 = 一 生 二 安 楽 一 心 心 相 続 無 二 他 想 問 雑 一 日 ︵ ﹃ 定 本 ﹂ 三 四 頁 ︶ ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 四 というように、﹁所願軽からず﹂云々という一節から始めているところに示唆されている。ここで言われている 所 願 我 」

論ヲは

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{易 願ハ」 の 見マ末 cc

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尾 弥 lこ 陀

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ムヲ 普 共 二 諸 衆 生 往 二 生 安 楽 園 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 五 九 頁 ︶ と、﹁論を作り備を説﹂く主旨が示されていることから明らかなように、﹁普く衆生と共に﹂という願いのことを指 すものである。この﹁普共諸衆生﹂こそは大乗に根ざす﹁不軽﹂の願の表現に他ならない。親鷲が以下に引く﹃浄 土 論 註 ﹄ の文は、﹁願生偶﹂第一行の﹁帰命尽十方無碍光如来願生安楽園﹂についての註釈︵三念門釈︶、第二行の ﹁我依修多羅真実功徳相説願倍総持与仏教相応﹂についての註釈、そして﹁普共諸衆生﹂の具体的な行体を示す解 義分における回向門の註釈︵回向門釈︶ の三つに分けることができる。これらは、それぞれが独立する断片的な抜 粋にも見えるが、﹃浄土論註﹂においては大乗正定緊の根拠を明らかにする骨子となっているものである。したが って、親鷺はそれらの文を引くにあたって、冒頭に﹁不軽﹂の願の満足のために﹁神力を乞加す﹂という一節を置 くことで、﹃浄土論詰﹄を所願成就が何を根拠として成り立つのかという一貫した課題のもとに引くことを表わそ うとしていると考えられる。

親驚は﹁普共諸衆生﹂の願が満足を得る根拠を確かめるにあたって、以下のように一二念門釈の一々を引いてくる。 シ ス ハ セ ヲ ニ ヲ テ カ セ ム コ チ ス ヲ コ ノ ユ ヘ ニ テ ソ ケ タ マ ヘ リ ハ ノ ト ク 以 ハ ナ リ 又一五又所願不一軽若如来不ニ加二威神将何以・達乞一加神力一所以仰告我一心者・天親菩薩自督之詞 ス ム ト ニ ン テ ン ハ ハ ナ リ 言念一無碍光如来一願=一生一一安楽一心心相続無他想問雑日帰命尽十方無碍光如来者帰命即是礼拝門・尽十 ナ リ ヲ テ カ ラ ム レ ナ リ ト ハ レ ル ノ ヲ ニ ハ ト ハ ハ 方無碍光如来即是讃嘆門・何以知帰命是礼拝龍樹菩薩造一阿弥陀如来讃中或喜一口一一稽首札一或言二我帰命或

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ヘ リ ト ノ ノ ノ ニ ヘ リ ス ト ヲ ノ ニ ハ レ ナ リ ス テ ニ ス ヲ ア ニ ヘ ケ ム ヤ ル セ ニ ヌ 言一帰命礼一此﹁論﹄長行中亦言一一一修二五念門一五念門中礼拝是一天親菩薩・既願一一往生一量容三不一札故知帰命 ナ リ ト ニ ハ ニ シ テ ス ス ナ ラ ハ ナ リ ン テ ヲ ス イ ス ル ニ ハ ス ト ハ ノ ブ コ ヲ ヨ ロ シ ク イ フ 卜 ニ 即是礼拝然礼拝但是恭敬不二必帰命一帰命是礼拝若以口此推帰命為二重一倍申己心宜ニ言二帰命一﹃論﹄ ケ ス ル ニ ヲ ヒ ロ ク タ ン ス ヲ ス テ ニ イ ヨ / L 、 レ タ リ ヲ テ カ ラ ム レ ナ リ ト ハ ノ カ ノ ニ ハ ク カ 解 一 一 倍 義 汎 談 一 一 礼 拝 一 彼 此 相 成 於 二 義 一 弥 顕 ・ 何 以 知 尽 十 方 無 碍 光 如 来 是 讃 嘆 門 下 長 行 中 言 云 何 讃 ス ル ク ス ノ ノ ヲ ク ノ ノ ノ ク ノ ノ フ カ ク ノ シ セ ム ト ニ ト 1 ノタマヘリ 嘆謂称一彼如来名一如一彼如来光明智相一如一一彼名義欲下如一実一修行相応上故・引天親今言一尽十方無碍光如 ト テ ノ ノ ニ ク ノ ノ ノ ス ル カ ニ ヌ ノ ハ ナ リ ト ハ ハ ノ ハ ナ リ 来一即是・依二彼如来名一如一一彼如来光明智相一讃嘆故・知此句是讃嘆門願生安楽園者此一句是作願門・天 親菩薩帰命之意也、引 ﹃浄土論﹂は﹁普共諸衆生﹂ ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 三四|三五頁︶ の 現 行 を 、 五念門 ︵礼拝・讃嘆・作願・観察・回向︶ による往生と見仏によって表わ し て い る が 、 親驚はその五念門の核が称名 ︵ 讃 嘆 門 ︶ を中心とする三念門にあると確かめる。 三念門釈の一々が引かれる中で注意を喚起させられるのは、 ず帰命ならず﹂と、恭敬としての礼拝は帰命に必然しないと断ずるように訓をふり、帰命の帰命たる根拠が願生心 ︵ 3 ︶ にあることを強調させていることや、讃嘆門釈の結語を﹁此の句は是れ讃嘆門なりとは﹂というように訓をふり、 ︵ 4 ︶ 次の作願門釈に連結するようにしていることである。これらのことは、一二念門釈引用の視座が、称名の内実として 帰命と礼拝の関係性を 礼 拝 は 但 是 そ れ の 恭 中 敬 に に あ し っ て て 必、今 展開する願生心に焦点があることを示唆していると考えられる。 そこで注目したいのは、前の三念門釈に続けて引かれる、以下の﹁願生安楽園﹂に関する二番の問答である。 ナ ン テ ン ト ノ ソ フ ト ヤ ク ニ ニ シ テ シ ト ノ リ 間日大乗経論中処処説三衆生畢寛無生如二虚空云何・天親菩薩言一一願生一邪答日・説三衆生無生如一虚空一有− ク ノ ノ オ モ フ ノ ト シ ノ ノ ノ ノ ノ ノ ン テ ケ ム ユ ル コ ト ア ラ シ ク ヰ ノ ン ト ノ ク 二種一一者如四凡夫所三謂一一実衆生一如下凡夫所見実生死上此所見事畢寛無三所二有如二亀毛一如二虚空一二者謂諸法困 ノ ニ ニ シ テ キ コ ト ン ト ノ ス ル ハ ノ ナ リ ノ ナ ル カ ニ カ リ ニ ク ト ル キ ニ ハ 縁生故・即是・不生無三所二有知二虚空一天親菩薩・所二願生一者是因縁義因縁義故・仮名一一生一非五知周凡 フ カ ト ノ ノ テ ノ ニ ク ソ ヤ ト テ ノ ノ ノ ノ ニ セ シ ム ヲ ト ト ナ ル 卜 夫 謂 一 一 一 有 二 実 衆 生 実 生 死 一 也 、 問 日 依 二 何 義 一 説 一 往 生 一 答 日 於 一 此 間 仮 名 人 中 一 修 一 五 念 門 一 前 念 与 口 後 念 一 作 口 因 一 機 ノ ノ ノ ノ ス シ テ ヲ ス ン テ ヲ シ ノ ヲ ノ ニ ン ナ ラ ハ ケ ム シ ナ ラ ハ 土仮名人・浄土仮名人・不三得二決定一一不三得二決定異一前心後心亦如二是一何以故若一則無二因果一若異則 ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 五

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 ム ノ、 ス ニ ス ル ヲ ナ リ 非 二 相 続 ↓ 是 義 観 一 二 異 一 門 ﹃ 論 ﹄ ニ ヰ ナ リ シ カ ウ ノ ヲ ヌ ト 中委曲釈ニ第一行三念門一寛 ︵ ﹃ 定 本 ﹂ 三 五 | 二 一 六 夏 ︶ この二番の問答の中、第一の問答は、﹁願生﹂は凡夫所見の実体的生を願うものを表わしているのではなく、﹁因縁 の義﹂によって仮に﹁生﹂と名づけているということを示すものである。ここで問題となることは、この﹁因縁の 義﹂が何を意味するかという点であるが、ここに称名の内実を願生心に焦点を当てて確かめる中で、その願生心が どのようなものであるかを明らかにする重要な事柄が示されていると考えられる。 ︵ 5 ︶ ﹃浄土論註﹄においてこの﹁因縁の義﹂とは、浄土を開顕する﹁仏の因縁法﹂のことを指すものであり、そこに 聞 か れ る ﹁ 生 ﹂ と は 、 ノ ナ リ ル キ ニ ハ 彼浄土・是・阿弥陀如来清浄本願無生之生・非レ如ニ三有虚妄生一也、 レ生者・是・得生者之情耳、 ヲ テ イ フ ト ナ ラ ハ ヲ レ ニ シ テ ナ リ 何以言日之一土人法性清浄畢寛無生言 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 一

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三 頁 ︶ とおさえられているように、﹁得生の者の情﹂として体現する﹁無生の生﹂の境界である。と同時に、曇驚の確か めにおいて重要なことは、生即無生であることを知るのは上品生の境界であって下品人の念仏往生においては実生 の執見に陥るのではないかと問いを起こし、それに対して、 シ ヲ テ ノ ヲ ソ 、 ム テ ハ ヲ ニ ニ シ テ モ ハ ラ ク ナ ル カ ノ ノ ノ ニ シ マ ス ノ 如下浄摩尼珠以一玄黄幣一裏投二之於レ水日水・即・玄黄一如中物色上彼清浄仏土有二阿弥陀如来無上宝珠 テ ヲ テ ヲ ニ ノ ヒ 卜 ノ ニ ラ ム ハ シ テ ヲ ナ ル コ ト ノ ? ヤ ノ モ 以 一 無 量 荘 厳 功 徳 成 就 吊 裏 ・ 投 一 一 一 之 於 一 所 往 生 者 心 水 一 量 不 レ 能 下 転 一 生 見 為 中 無 生 智 上 乎 ︵ 中 略 ︶ 彼 下 品 人 ・ 難 ス ト ラ 守 テ ス ル ヲ ヲ シ テ ノ ヲ ル ニ ト ノ ニ ノ ノ ナ レ ハ ニ ス ル ナ リ レ 不 レ 知 二 法 性 無 生 一 但 ・ 以 四 称 二 仏 名 一 力 三 作 ニ 往 生 意 願 レ 生 一 彼 土 一 彼 土 ・ 是 ・ 無 生 界 見 生 之 火 ・ 自 然 而 滅 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 一

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七 頁 ︶ と確かめているように、﹁無生の生﹂は称名によって浄土の荘厳功徳が衆生の﹁往生の意﹂として具現化されると ころに聞かれる境界であるとする点である。 その意味において、親驚がこの﹁因縁の義﹂において確かめようとしていることは、﹃浄土論註﹂において明ら

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かにされる願生道全体を﹁因縁の義﹂の一点に託し、﹁願生﹂が﹁仏の因縁法﹂によって開示される﹁得生の者の 情﹂それ自体であるということにあると考えられる。この視点に立つならば、械土と浄土の仮名人が不一不異の関 係にあることを示す次の第二問答において、その基づくところを親驚が﹁前念と後念と因と作る﹂というように訓 読していることも、第一問答における﹁因縁の義﹂を受けて、願生︵穣土︶の念が前後相続していくことの一々が 得生︵浄土︶の意を持つということ、すなわち﹁前念と後念と因縁生と作る﹂ということを示そうとするものであ ︵ 6 ︶ る と 考 え ら れ る 。 と同時に、親鷲はこの二番の問答を引く際、﹃浄土論註﹄における﹁願生安楽園﹂の﹁安楽園﹂に対しての一言、 すなわち﹁其れ安楽の義は、具に下の観察門の中に在り﹂を﹁乃至﹂しているが、ここにもこの﹁因縁の義﹂によ 一応は引文の構成上観察門を 引かないためのものであるが、﹃浄土論註﹄において確かめられる観察門の内容は、﹁得生の者の情﹂に聞かれる って所願満足の根拠を確かめようとする意図を見ることができる。この﹁乃至﹂は、 ﹁荘厳功徳﹂、すなわち浄土の﹁生﹂の内容を示すものであるという意味では、願生の内実をおさえるためには重要 な箇所である。しかし、その﹁荘厳功徳﹂は﹁仏の因縁法﹂によって聞かれるものであり、同時に、前に見たよう に衆生の﹁往生の意﹂として具体化されたものである。したがって、﹁安楽の義﹂ということは、﹁因縁の義﹂とし て確かめられる﹁願生﹂それ自体に摂し尽くされるものであると言うことができる。そして、﹁普共諸衆生﹂の願 は、その﹁安楽の義﹂として一不される浄土の功徳によって結実されるものに他ならない。その意味で、﹁普共諸衆 生﹂の願はこの﹁願生﹂それ自体に志願として十全されている、ということがここに示されていると言える。 ここで改めて問題としたいのは、この﹁因縁の義﹂として確かめられる願生心は何によって起こるものであるの かということである。それは﹁仏名を称する力を以て往生の意を作して彼の土に生まれんと願ず﹂とおさえられる ように、称名における願生心の発起に他ならないのであるが、その﹁往生の意を作して﹂というところに決定的な ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 七

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 J¥ 転換があるように思われる。ここに、願生の主体の問題、すなわち﹁我﹂の内実が重要な問題となるのであり、一一一 念門釈以下に展開する引丈はそれを明らかにするものであると考えられる。 三、願生の主体と法蔵菩薩の願行

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親驚は前の三念門釈に続けて、以下のように﹁我依修多羅真実功徳相説願偏総持与仏教相応﹂の四句の註釈を引 い て い る 。 卜 ノ タ マ ヘ リ ︸ レ ノ ニ カ ル ノ エ カ ル カ ル ト ハ ル ナ リ 日 我 依 修 多 羅 真 実 功 徳 相 説 願 偶 総 持 与 仏 教 相 応 訪 何 所 依 何 故 依 云 何 依 ・ 何 所 依 者 ・ 依 ニ 修 多 羅 一 何 故 ノ ナ ル ヲ ニ ハ ン テ ヲ セ ル カ ニ ト ハ ノ ノ ノ ノ ヲ ク 依者・以一如来即真実功徳相故・云何依者・修一五念門一相応故羽修多羅者・十二部経中直説者・名二修多 ト ク ノ カ ノ ノ ヲ ク ト ノ ニ イ フ ︸ ハ ノ ノ ナ リ ル ノ ニ ハ 羅一謂四阿含三蔵等外・大乗諸経亦名一修多羅一此中言二依修多羅一者・是三蔵外大乗修多羅非一一﹃阿含﹂等経 リ ノ ノ シ テ ス セ ニ ハ ノ 也、真実功徳相者有一二種功徳二者従二有漏心一生不三順て法性一所二謂一凡夫人天諸善・人天果報・若・因・若・ ス ク ヰ ナ リ ノ ニ ク ノ ト ノ ノ テ ス ヲ テ ニ レ リ 果・皆是・顛倒・皆是虚偽・是故・名一一不実功徳二者従一菩薩・智慧清浄業一起・荘一厳仏事一依二法性入一清 ノ ニ ノ ス セ ス ナ ラ ク ノ ト カ ル セ リ ニ ル カ ニ ニ ル ナ ラ シ テ ヲ ル カ 浄 相 一 是 法 不 二 顛 倒 一 不 虚 偽 名 二 真 実 功 徳 一 云 何 ・ 不 一 顛 倒 一 依 二 法 性 一 順 一 二 諦 一 故 ・ 云 何 不 虚 偽 一 摂 二 衆 生 一 入 二 畢 寛 一 ナ リ ハ ハ ク ニ ハ ク テ ス ル ニ ヲ 二 ハ ク 三 1 浄故・説願倍総持与仏教相応者持名一不散不失−総名ニ回以口少−摂画多一回日願名一一欲楽往生一引与仏教相応者警 ν f カ ン ス ル カ 1 如下函蓋相称上也引 ︵﹃定本﹄三六三七頁︶ ここにおいて注意しなければならないのは、 この四句が優婆提舎の名を成じ、 上三門を成じ下二門を起こすもので こ の こ と は 、 ﹁願生偶﹂全体の模として位置づける﹃浄土論註﹄の文言を全て﹁乃至﹂しているという点である。 ﹁願生惜﹂の中でのこの四句の役割ではなく、﹁願生偶﹂を説く﹁我﹂の依止の問題に焦点を当てて引 あ る と い う 、 用していることを示唆するものであると考えられる。ここに、 この箇所で願生の主体を確かめようとする親驚の意

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図 を 見 る こ と が で き る 。 ここで注目したいのは、願生の依止の根幹である﹁如来即真実功徳相﹂について、﹁真実功徳相は二種の功徳有 り﹂という形で示される不実功徳と真実功徳の両者の関係性である。この両者は、﹃浄土論註﹄において浄土の総 相 で あ る 清 浄 功 徳 に つ い て 、 1 r ユ ヘ ン タ マ ワ ヲ ハ ミ ソ ナ ハ シ テ ハ ノ ノ レ ノ ニ シ テ ク シ ヤ ク 1 ‘ ク ワ ク 1411 、 ク ワ ン ス ル カ ク ナ リ サ ム 一 ; 仏本所ニ以起一荘厳清浄功徳一者見下三界是虚偽相是輪転相是無窮相如駅軌蟻

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龍一修環一如白蚕反モ ミ ソ カ ラ マ ソ ワ ル ア ハ レ ナ ル カ ナ マ ソ ワ ル 、 ヲ ノ ノ エ オ ホ シ メ ス テ ヲ ニ ノ 繭一四一回公自縛一哀哉衆生締中側一肝解此三界願倒不浄上欲下置三衆生於一不虚偽処於二不輪転処一於二不無窮 エ シ メ ム 卜 ノ ヲ 処一得中畢寛安楽大清浄処上 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹂ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 一 一 一 一 ー ー 一 四 頁 ︶ と確かめられているところに表わされているように、仏に﹁見そなわ﹂される衆生の不実の相と、その不実の衆生 をして﹁畢寛安楽の大清浄処を得しめん﹂とする真実の相を一不すものである。したがって、不実は真実から排除さ れるものではなく、真実の力用を受けるものであるという意味において﹁功徳相﹂であり、﹁菩薩の智慧清浄の業 従り起こりて仏事を荘厳す﹂と確かめられる真実功徳も、 その真実の力用としての法蔵菩薩の仏事を表わすものに 他ならない。ただし、その場合、不実と真実の両者の関係性は、当面は摂化される側と摂化する側という相対的な 二相を意味することになる。しかし、親驚が今この真実功徳相に確かめようとしていることは、不実と真実のより 直接的な関係であると考えられる。このことは、親驚が法蔵菩薩の仏事を﹁衆生を摂して畢克浄に入る﹂と確かめ ているところに見ることができる。 親驚が﹁衆生を摂して畢寛浄に入る﹂と訓読したこの箇所は、親驚加点の ン テ ヲ シ ム 凡 カ ニ 卜 摂一一衆生入二畢寛浄故 というように、﹁入らしむる﹂となっている。この場合、顛倒虚偽の不実衆生をして﹁畢寛浄に入らしむる﹂とい う法蔵菩薩の仏事を意味するものとなる。これに対し、﹁行巻﹂における﹁畢寛浄に入る﹂という訓読は、衆生を ﹃ 浄 土 論 註 ﹂ に お い て は 、 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 一 一 一 頁 ︶ ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 九

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実

摂すること︵利他︶と法蔵菩薩自身が畢寛浄に入ること ︵自利︶とが同体であることを表わすものであると考えら れる。この場合、不実と真実の関係性は対他的摂化を意味しないことになる。勿論、﹁行巻﹂と加点本の訓みは矛 盾するものではない。﹁衆生を摂して畢寛浄に入らしむる﹂ことは、他でもなく衆生に﹁得生の者の情﹂を得させ ることである。そして、その﹁得生の者の情﹂は﹁仏の因縁法﹂によって荘厳される浄土の功徳それ自体の現行で あるから、その﹁情﹂の根は浄土を修起するところの法蔵菩薩の願行にある。その意味において、法蔵菩薩が﹁畢 寛浄に入る﹂ということの他に、衆生を﹁畢寛浄に入らしむる﹂ということは成り立ち得ないのである。したがっ て、﹁行巻﹂における﹁衆生を摂して畢寛浄に入る﹂という訓みは、﹁衆生を摂して﹂ということそれ自体が、法蔵 菩薩が﹁畢寛浄に入る﹂ことであるという、法蔵菩薩の仏事を衆生との呼応のもとに重層的に表わそうとするもの で あ る と 言 え る の で あ る 。 親驚はこの真実功徳相を仮名聖教において、 真実功徳相といふは、真実功徳は誓願の尊号なり、相はかたちといふことば也。 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 三 ︿ 和 文 篇 ﹀ 八 八 頁 ︶ と註釈するが、この註釈の背景には、衆生を﹁畢寛浄に入らしむる﹂ために名号を﹁無量荘厳功徳成就吊を以て裏 んで、所往生の者の心水に投ぐる﹂ことによって、自ら衆生の﹁称名力﹂となって﹁往生の意﹂を象り得生させる というところに真実功徳の仏事の具体相がある、という確かめがあると考えられる。すなわち、それが親驚が述べ る﹁誓願の尊号﹂の力用の﹁かたち﹂に他ならない。したがって、名号としてはたらく真実功徳相に依止すること は、法蔵菩薩の仏事に直入することを意味する。換言すれば、﹁畢寛浄に入らしむる﹂仏事に依止することは、そ こに﹁見そなわ﹂される不実の自己を自覚すると同時に、﹁畢寛浄に入る﹂法蔵の願行に乗託することであると言 え る 。

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親驚は前の三念門釈の冒頭において、願生心を表白する﹁我一心﹂ の﹁我﹂の註釈にあたる以下の問答を﹁乃 至 ﹂ し て い る 。 ノ ニ ハ ン ノ ニ ヲ カ ス ル ヤ ト イ フ ニ 卜 ノ 間 日 ・ 仏 法 中 盤 ⋮ 一 一 我 一 此 中 何 以 称 一 一 我 一 答 日 ・ ニ 一 百 二 我 一 有 二 三 根 本 − ト ハ E ツ カ ラ ン ワ ル ヲ コ ト ハ ナ リ ヲ ル ト ト ニ 我一者天親菩薩白指一一之一言・用二流布語一非一邪見自大一也、 ナ リ 一 是 邪 見 語 ・ 二 是 自 大 語 ・ 二 一 是 流 布 語 今 ・ 言 一 ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 七 頁 ︶ それに対し、殊更に﹁我依修多羅真実功徳相説願倍総持与仏教相応﹂の註釈を引くところには、邪見・自大を超え た﹁流布語﹂としておさえられる﹁我﹂は、法蔵菩薩の仏事と呼応する﹁我﹂においてはじめて確かめられるとい うことを表わそうとする意図があると考えられる。その意味においても、﹁普共諸衆生﹂の願の満足は、その﹁我﹂ の発見においてなされるのであり、ここに所願満足のために﹁神力を乞加す﹂ることが実を結ぶ焦点があると一言え る 四

﹁普共諸衆生﹂と﹁如来の作願﹂||往相回向||

親鷲は﹃浄土論註﹄の文の引用の結びとして、以下のように回向門釈から往相回向の文を引く。 カ ス ル ス シ テ ノ ヲ ニ ニ ス ラ ク ヲ ン テ ト タ マ ヘ ル カ コ ト ヲ ヲ ヘ ニ ト ノ タ マ ヘ リ ニ リ ノ 云何回向不三捨一一一切苦悩衆生一心常作願回向為一首一得三成二就大悲心一故田向有一一二種相一一者往 ナ リ ハ テ レ カ ヲ シ テ ニ シ テ ニ セ リ J メ タ マ ヘ ル ナ リ ト ノ ニ J 相二者還相往相者以一一己功徳一回一施一切衆生一作願共往二生阿弥陀如来安楽浄土一削 ︵ ﹁ 定 本 ﹂ 三 七 | 三 八 頁 ︶ この回向門こそは、﹁普共諸衆生﹂という所願を満足する大乗正定衆の現行を表わすものであるが、すでに見てき たように、願生心の主体が法蔵菩薩であるというところにおいて、回向門は衆生における行ではない。親驚が回向 門 を し て 、 ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 如来の作願をたづぬれば 苦悩の衆生をすてずして 回向を首としたまひて 大悲心おば成就せり ︵ ﹃ 定 親 全 ﹄ 二 ︿ 和 讃 篇 ﹀ 一 五 一 頁 ︶ というようにうたい、特に﹁作願﹂に﹁みたによらいのひくわんをおこしたまひしことをまふすなり﹂と左訓を施 しているところにも、不実の衆生に大乗の仏道が成り立つことの根拠を如来の悲願に確かめていることを見ること ができる。ここには、﹁共に﹂という所願の立脚地が如来の大悲心以外には無いという徹底した確かめがあると言 、 え る 。 、 ︵ 8 ︶ 、 、 、 、 ︵ 9 ︶ しかし、ここにおいて注意を喚起させられるのは、他の箇所において﹁回向したまえる﹂﹁回向したもう﹂とい うように、回向門が如来の行であることを一不す訓がふられているのに対し、ここでは﹁回向する﹂というように訓 がふられていることである。勿論、これは前に述べたように、回向門が衆生の行であることを意味するものではな ぃ。衆生の現実は顛倒虚偽に始終する不実であるから、その衆生には﹁一切苦悩の衆生を捨てず﹂という願が実現 する根拠は無いからである。しかしながら同時に、依止の転換において得るところの願生心は、﹁阿弥陀如来の安 楽浄土に往生せしめたまえる﹂法蔵菩薩の仏事それ自体の顕現であるから、その願生心そのものが衆生に﹁作願﹂ として惹起する﹁普共諸衆生﹂を実践する如来の心であると言える。その意味において、ここでの親驚の回向門へ の傾注は、﹁作願して共に阿弥陀如来の安楽浄土に往生﹂するというかたちで﹁回向する﹂その根底に、﹁大悲心を 成就することを得たまえる﹂﹁如来の作願﹂を確かめ、﹁共に﹂という願が凡夫に実現する根拠を明らかにしようと するものであると考えられる。 このことは、往相回向が親鷲において如来の回向として確かめられることが、その内容としては﹁如来より﹂

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﹁衆生の方より﹂というような相対的なものではなく、回向全体が如来の行であるという、衆生と重層的な関係か ら展開するものであることを示すものである。ここに、親鷲が如来回向の大行を﹁是れ凡聖自力の行に非ず。故に 不回向の行と名づく﹂と確かめる意義を見いだすことができる。

親驚が大行を﹁不回向の行﹂とおさえているところには、大乗正定緊の現行である回向が法蔵菩薩の願行、すな わち如来の行であり、それが依止の転換において見いだされる﹁我﹂そのものであるという確かめがある。それは、 大行の大行たる根拠が如来の作願にあるということと同時に、それが衆生の行として結実されるという意味におい て、衆生の自覚態として﹁不回向﹂と述べていることを表わすものである。そこには、師法然が﹁願行具足﹂の義 によって﹁別に回向を用いざれども、自然に往生の業と成る﹂と述べるその淵源に、不実の衆生をして得生させ、 大乗正定緊を結実させようとはたらく法蔵菩薩の願行を見いだし、﹁回向を用いされども﹂ということの本質を明 らかにしようとする視座があると言える。 そしてこのことは、その証文として、 ヲ テ ク ノ ハ ナ シ コ ト ノ ニ ス ル ニ シ テ キ カ ノ ニ ト ノ タ マ ヘ リ l A 是以﹃論註﹂日彼安楽国土莫四非三阿弥陀如来正覚浄華之所二化生一同一念仏無二別道故比 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 六 七 頁 ︶ というように、春属功穂の文が引かれているところに顕著に表わされている。この丈において注意しなければなら ないことは、この功徳が法蔵菩薩の修起によって象られる﹁得生の者の情﹂であるという点である。すなわち、こ こで言われる﹁同一念仏無別道﹂は、その行主体が法蔵菩薩であるからこそはじめて根拠を持つものなのである。 ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 四 そこには、大行が﹁同一念仏無別道﹂を聞くものであるということと同時に、それが衆生の行としてはたらく法蔵 菩薩の願行そのものであるからこそ﹁別に回向を用いざれども﹂という意味があるということが表わされていると 言える。その意味で、﹁不回向の行﹂は単に﹁凡聖自力の行に非ず﹂ということを言い換えたものではなく、依止 の転換における如来の現行を自覚的に述べるものであると言える。だからこそ、﹁無回向﹂ではなく﹁不回向﹂な のである。しかも、それは﹁凡聖自力の行に非ず。故に不回向の行と名づく﹂という文言が物語るように、その自 覚態としては﹁自力の行に非ず﹂という一点において確かめられるものに他ならない。ここにまた、親鷲が五念門 の中核を称名に確かめ、大行の全体を破闇満願の一点に集約しておさえている意義を見ることができる。その意味 で、この﹁不回向﹂は親鷲が述べる如来回向の内実を明らかにする重要な言葉であり、本願念仏における現生正定 ︵ ﹁ 行 巻 ﹂ 他 力 釈 に 展 開 す る 本 願 力 回 向 、 棄がその自覚としてどのようなものであるかを表わす鍵語であると言える。 および﹁信巻﹂に同じく﹁不回向﹂と述べる第十八願の﹁欲生﹂については今後の課題としたい 0 ︶ 註 ︵ 1 ︶ ︵ 2 ︶ ︵ 3 ︶ ﹃ 真 聖 全 ﹄ 一 ・ 九 三 七 頁 ﹃ 教 行 信 証 講 義 集 成 ﹄ 一 四 七 四 頁 この箇所は﹁浄土宗全書﹄所収の義山校訂本では﹁必ずしも帰命ならず﹂となっている︵﹁浄土宗全書﹄一・二 二 一 頁 参 照 ︶ 。 こ の ﹁ 必 ﹂ に つ い て 、 深 励 は ﹁ 不 ﹂ と ﹁ 必 ﹂ の 漢 字 の 順 に 注 意 し 、 ﹁ 必 が 不 の 字 の 下 に あ る は 、 通 ずることあり通ぜぬことありと云うことなり。必不とあれば吃度通ぜぬと云うことなり。今は不必とあるは通じ 通 ぜ ぬ と 云 う こ と な り ﹂ ︵ ﹁ 教 行 信 証 講 義 集 成 ﹄ 九 O 六 頁 ︶ と 指 摘 す る 。 こ れ に よ れ ば 、 ﹁ 不 必 帰 命 ﹂ は 義 山 校 訂 本のように﹁必ずしも帰命ならず﹂と読み、帰命と礼拝の関係性に言及する一連する文章が、﹁礼拝は但是れ恭 敬 に し て 必 ず し も 帰 命 な ら ず 。 帰 命 は 必 ず 是 れ 礼 拝 な り ﹂ ︵ ﹃ 浄 土 宗 全 書 ﹄ 一 ・ 一 一 一 一 一 頁 ︶ と い う よ う に 、 ﹁ 不 必 ﹂ と﹁必﹂で対照的に読むのが自然である。これに対して、﹁教行信証﹄では﹁必ず帰命ならず﹂と読むように訓 がふられている。加点本においても同様に﹁礼拝は但是れ恭敬なり。必ず帰命にあらず。帰命は必ず是れ礼拝な

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4 り﹂︵﹃定親全﹄八︿加点篇二﹀八頁︶となっており、漢字そのものの順番は﹁不必帰命﹂であるため、﹁必ず﹂ と読んでも意味そのものに大きな違いは無いかもしれない。しかし、注意すべきは﹁教行信証﹄の場合、加点本 とは異なり続く文が﹁帰命は是れ礼拝なり﹂というように﹁必﹂の一字が無い。したがって、ここでは﹁不必﹂ と﹁必﹂の対応関係ではなく、殊に﹁不必﹂に力点を置き、恭敬心としての礼拝は﹁必ず﹂帰命にならないこと を強調し、帰命の根拠を﹁天親菩薩、既に往生を願ず。査に礼せざるべけんや﹂や﹁備は己心を申ぶ、宜しく帰 命と言、っべし﹂と確かめる方に比重を置くようにしていると考えられる。 この箇所は加点本では﹁此の句は是れ讃嘆門なり﹂となっている︵﹁定親全﹄八︿加点篇一一﹀九頁参照︶ o 本 来 こ こは讃嘆門釈の結語であり、次の作願門釈との区切りとなる場所であるから、加点本のように﹁なり﹂と訓をふ るべき箇所である。その意味で、この箇所が﹁なりとは﹂となっていることは、讃嘆門の具体性を作願門に確か めようとしていることを示していると考えられる o 註 ︵ 3 ︶の内容と合わせれば、この三念門釈は称名︵讃嘆門︶ を中心に、称名は願生心︵作願門︶に、そして﹁天親菩薩、帰命の意なり﹂とおさえられるように、願生心︵作 願門︶は帰命︵礼拝門︶に、帰命︵礼拝門︶は願生心︵作願門︶にというように、願生心と呼応して確かめられ る も の と な つ て い る と 一 苫 ﹃ ︷ 疋 親 全 ﹄ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 一 ︵

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二 頁 ﹃浄土宗全書﹄所収の義山校訂本では﹁前念は後念の輿︵ため︶に因と作る﹂と訓読するように訓がふられてい る ︵ ﹁ 浄 土 宗 全 書 ﹄ 一 − 一 一 一 一 一 頁 参 照 ︶ 。 こ の 場 合 、 五 念 門 に お け る 前 念 と 後 念 の 因 果 関 係 を 意 味 す る 文 言 に な り 、 そこで問題となることは、その因果が何を意味するかという点である。 これについて、山口益氏の指摘に注目したい。山口氏はこの因果関係について﹁いわく、往生ということのた めには、この世間での仮名人たるわれわれが五念門を修するのであるが、その場合、その五念門の行の前利那の ものは後利那のための因となる。ところで往生ということがいわれるときには、そこに穣土の仮名人が往生して 浄土の仮名人となるという一転機が考えられるのであるが、この場合の前利那の穣土の仮名人たる因と、後利那 の浄土の仮名人たる果とは、一であるとも異であるともいってはならない﹂︵﹃世親の浄土論﹄六七頁︶というよ うに利那の因果であると指摘し、また、﹁因果の相続﹂については﹁物の持続・継続を指す﹂ものではないとし て、﹁実態論的因果説は、中論努頭の八不において遮けられるものであって、曇驚は、その立場において往生の 義を確立しようとするのであるから、ここの因果の関連を意味する﹁相続しも、縁起説において因果の関連の正 ︵ 5 ︶ ︵ 6 ︶ ﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 五

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﹁ 不 回 向 の 行 ﹂ の 内 実 ム ノ、 しいあり方が語られる、その縁起説を承用する意図のものであることが知られる﹂︵﹁同﹂七一頁︶と指摘する。 山口氏の指摘によって知られることは、﹁曇驚が願生浄土・往生浄土ということを大乗仏教の根本的立場の上に 還元して樹立しようとせられた﹂︵﹁同﹄六九頁︶中にあって、概念的な往生の行為を考える分別を否定している ということである。その意味で、義山校訂本のように﹁前念は後念のために因と作る﹂と訓読したとしても、そ れをいわゆる因果の意味で捉えてはならないと言える。 ここにおいて一つ留意しておかなければならないのは、﹁仮名の人﹂の意味内容である。同氏は﹁穣土の仮名 の人﹂について﹁人間存在は、その如実なあり方、縁起の道理に適うたあり方としては、空義における人間存在 としての仮名人である筈なのであるが、われわれの現実では、その能所が仮名・仮設とせられずに常に実体執せ られ、そこに我執我所執を起こして煩悩・雑染せられてゆく。それは実体執人とも称すべきものであるが、いま は、如実なあり方としての﹁仮名人﹂たるべきものを予想して、実体執人を穣士の仮名人と名づけたものであろ う ﹂ ︵ ﹁ 同 ﹄ 六 九

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七 O 頁︶とし、﹁浄土の仮名の人﹂については、﹁空義における人間存在である浄土の仮名人は、 能所が実体執せられずに、その実体執が常に破祈せられてゆく。実体執が常に破析せられていくということは、 浄土の仮名人としての浄土の菩薩は、自他平等に立つから、一切有情の雑染のあらん限り、それを破析し清浄化 し て い く と い う こ と ﹂ ︵ ﹃ 同 ﹄ 七 O 頁︶とし、穣士と浄土の仮名人の因果の不一不異は﹁雑染から清浄への転回の 契機が、実体論的な転変説や因中無呆・因果別体説的でありえない﹂︵向上︶ことを一不すものであると指摘する。 ここにおいて問題となることは、その﹁械土の仮名の人﹂と名づけられる実体執する現実的衆生が、何によって 自己を﹁穣土の仮名の人﹂と覚知するのかということである。それは、同氏の言葉を借りれば﹁実体執が常に破 析せられてゆく﹂ところであり、そうであれば、すでにそれは﹁浄土の仮名の人﹂である。したがって、その関 係性をして﹁転回の契機﹂の不一不異と言うのであろうが、そのことは、五念願生がその利那において﹁得生の 者の情﹂となり、その﹁得生の者の情﹂は利那に実体執する衆生を﹁穣土の仮名の人﹂として成り立たせ、その 利那の連続に願生即得生の本質的な意味があることを一不すものであり、それこそがここで言われる﹁因縁生﹂の 意 味 で あ る と 考 え ら れ る 。 その意味において、親驚が﹁前念と後念と因となる﹂と訓読したところには、その五念願生の内実を確かめ、 念念の願生心が﹁因縁生となる﹂ことを示して、願生心の本質を明らかにしようとする意図があると思われる。 ﹃ 定 親 全 ﹂ 八 ︿ 加 点 篇 二 ﹀ 九 頁 7

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回 向

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〈 七 内 i莫 頁 実 文 篇 i八 頁 七

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如来興世の正説

||﹁教文類﹂における

高田派

盲 ァ て 問題提起 ﹁顕浄土真実教行証文類﹂︵以下、﹃教行証﹄と略称︶は、その大部分が、題名にある﹁丈類﹂という引証経論と 呼 ぴ 習 わ す 引 用 文 で あ る 。 ︵ l ︶ この﹁丈類﹂について、中井玄道校訂﹃教行信証﹂には、その形態などから、七つに分類する。この分類は﹃教 行証﹂において、経典などを一般的と言われる読み方を変えたり、時には経典の文字を変え、文章を入れ替えるな どしていることに基づくものである。 このような﹁文類﹂の中には、それが意図的なものか、意図せざるものか、容易に判断できないものもあり、従 来から難解とされる所が多くある。 今回取り上げる﹁顕浄土真実教文類﹂︵以下、﹁教丈類﹂︶の﹃平等覚経﹄は、従来から疑問が持たれ、訓読や用 いられた文字を、経典の原文に戻し、理解されることが多くある。

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そこで、まず﹃教行証﹂﹁教丈類﹂における﹃平等覚経﹂ の訓読や文字の相違を確認し、このことに疑問を示し た慧雲の﹁教行信証紗﹄などの解釈を見通し、次に﹁大経﹂と岡本異訳の経典の発起序を対照して確認し、﹁教文 類﹂のそれぞれの経典から類表された箇所と慣興師の﹁述文賛﹄を確かめ、﹁教文類﹂における﹃平等覚経﹄ の 司|| 読や文字が持つ意味を明らかにしたい。

原典と﹁教文類﹂

まず、原典では、次のようになっている。 倒語阿難。如世間優曇鉢樹。但有賓無有華。天下有悌。乃有華出耳。世間有働甚難得値。今我作傍出於天下。 若有大徳聴明善心。珠知例意。若不忘在悌漫侍偽也。若今所問善悪諦聴。 ︵ 傍 線 筆 者 ﹁ 大 正 蔵 ﹂

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では、対校本による異なりはないが、﹃高麗大蔵経﹂︵第六巻九七九頁 C ︶ では、傍線部が﹁妄﹂とな そ し て 、 ﹁ 教 丈 類 ﹂ で は 、 ク ハ ク ニ シ ニ リ テ ミ シ コ ト ニ マ ン マ ス シ ノ ツ ル カ ナ ラ ク ノ ミ ニ マ ン マ セ ド モ タ シ 平 等 質 経 言 偽 告 一 阿 難 一 如 下 世 間 有 一 一 優 曇 鉢 樹 一 但 有 一 一 賓 一 元 三 有 二 華 一 天 下 有 二 悌 乃 華 出 上 耳 世 間 有 二 悌 一 甚 難 三 コ ? マ コ ト ヲ テ ニ タ リ テ ニ シ テ テ ニ ヲ シ ス ハ レ テ ニ ツ カ ヘ タ マ フ ニ シ ヘ ル ク 得 一 一 値 一 今 我 作 悌 一 出 三 於 二 天 下 一 若 有 一 大 徳 一 聴 明 善 心 縁 知 二 偽 意 一 若 不 二 妄 一 在 二 例 謹 一 侍 一 一 悌 一 也 。 若 今 所 一 間 一 普 キ 、 ニ ケ ト 1 6 聴諦聴正 ︵ ﹃ 定 本 ﹄ 一 四 頁 ︶ で あ る 。 この原典との訓読の相違として従来問題となるのは、﹁若﹂の字について、 一般的には﹁ナンヂ﹂と読むのに対 如来興世の正説 九

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如来輿世の正説

して、﹁教文類﹂では、最初の﹁若﹂には、送り仮名がないものの、後の二つには、﹁シ﹂と送り、すべて﹁モシ﹂ と読んでいると考えられる点である。 字句の相違は、原典の﹁悌語阿難﹂が﹁悌告阿難﹂、﹁橡知備意﹂が﹁縁知悌意﹂、﹁若不忘﹂が﹁若不妄﹂、﹁善 聴 ﹂ が ﹁ 普 聴 ﹂ で あ る 。 現在、﹃教行証﹂が原本とした経典は特定されておらず、この字句の相違が、何に基づくのか、断定はできない が、解釈するにあたっては、多くの場合、元の経典に戻して理解される。そこには、いかなる理由があったのであ ろ 、 っ か 。

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﹃平等覚経﹄解釈をめぐって

六 九 一 年 ︶ ﹁教文類﹂の﹃平等覚経﹂に疑問を示した最初のものと思われるのが、高田派の京都本誓寺恵雲︵一六一一一一 j il

の註釈書は﹃六要紗﹂の他 の ﹃ 教 行 信 証 紗 ﹄ ︵ 一 六 八 五 年 著 、 翌 年 刊 行 ︶ で あ る c 出 版 当 時 、 ﹁ 教 行 証 ﹄ にはほとんどない状況の中、多くの学匠によって読まれ、少なからず影響を与えたことは、江戸期の講録などによ っ て 窺 え る 。 まず、﹃教行信証紗﹄が用いた ﹃ 教 行 証 ﹄ の本文について確認しておきたい。なぜなら、当時は今日のように、 真蹟本またはそれに準ずるものを参照できる状況にはなく、主に刊本などを用いるなどの点から、﹃教行証﹂本文 の信頼度が、解釈に影響を与えているとも考えられるからである。 ﹃教行信証紗﹄が用いた﹃教行証﹄の本文について、真岡慶心氏は、鈴木法深氏が、﹁恵雲は本典と六要との会本 を製し﹂とするのに対して、六要会本とはその性格が異なるため、﹁ある一本を底本として、古本、異本を示し六

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要を批判しっ、私解を施している﹂とし、恵雲が当時の ﹃ 教 行 証 ﹄ の刊本、寛永、正保、明暦、寛文の四本を異本 として挙げるものの、底本ではないとする。そして坂東本、西本願寺本、六要会本とも相違するとして、高田系統 の﹃教行証﹂を底本としたであろうと推定する。 さらに同氏は、悪雲が専修寺第十四世嘉秀上人が高田勤行本を製定される際、編集の任を命ぜられたり、本山御 影堂の慶讃法会の表白丈の起草を命ぜられるなど、多くの業績を残していることから、高田の宝庫にあったものを 底本にしているのではないかと推測する。 高田の宝庫︵現在の宝物館︶ で、確認されている﹃教行証﹄には、専修寺本﹃教行証﹄︵真悌上人筆︶のほか、 古写本﹃教行証﹄二本がある。いずれも正応四年刊行の坂東本に基づく古写本で、うち一本が慶長五年の写本であ り、その総題と﹁教文類﹂が嘉秀上人の筆になる。先の真岡氏の見解に従えば、恵雲はこれを見ている可能性はあ る と 考 え ら れ る 。 では、﹁大無量寿経綿一長繍﹂の文の位置について、序と標列の間にあるものを異本とし、 ﹁教文類﹂の題号と本文の聞に置かれるものを古本とする。この記述に拠れば、専修寺本﹁教行証﹂は異本に相当 し、亮秀上人筆の古写本は古本に相当することから、底本とは考えにくい。 また、津市一身田町智恵光院旧蔵の恵雲の自署名がある﹁善信聖人伝絵紗﹄の裏表紙見返しに記された墨跡に ﹁吉本教行信詮ノ奥云:::﹂とあり、この後に記載される奥書は、専修寺本﹁教行証﹂と一致することから、この 奥書では、専修寺本を古本としたことがわかる。この墨跡は恵雲のものか不明であるが、恵雲の墨跡であれば、 ﹃教行信証紗﹄の執筆後、専修寺本を見たのか、あるいは専修寺本の奥書のみを見て本文を見なかったのか、もし し か し 、 ﹃ 教 行 信 証 紗 ﹂ くは専修寺本を時には古本として扱ったり、異本として扱ったのか問題が残る。 '-- -(1) ﹃ 教 行 信 証 紗 ﹂ の底本は、先の真岡氏の論文には、﹁ある一本を底本として﹂とあるが、今日では当時の刊 如来興世の正説

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如来興世の正説 本の不備が指摘されるので、それらを含め考えなければならない。またこの問題は、﹃教行証﹄ の本文全体を精査 すべき問題であり、慎重に判断する必要があろう。 今、ここで問題となる﹁教丈類﹂ ニ ノ タ マ ハ ク 平等質経言 ハ タ ニ シ ニ ル カ タ テ ミ シ コ ト ニ マ シ マ ス チ ノ イ テ タ ル ノ ミ ニ マ タ ン コ ト コ ト ヲ マ レ テ シ テ 備 告 一 一 阿 難 如 三 世 間 有 一 一 優 曇 鉢 樹 一 但 有 レ 賓 一 無 レ 有 レ 華 天 下 有 レ 悌 乃 華 出 耳 世 間 有 レ 傍 甚 難 ν得レ値今我作悌 タ リ ニ ナ ン チ テ ニ ン テ レ リ ヲ ナ ン チ ニ ン テ テ ニ ソ カ ヘ ﹁ ル ニ ナ ン チ ロ ヘ ル ク キ 、 ア キ ラ カ ニ キ ケ 1 9 出二於天下若有二大徳一聴明善心縁知一一例意一若不忘在二例違一侍レ悌也。若今所レ問普聴諦聴正 ﹃ 平 等 覚 経 ﹄ に つ い て 見 れ ば 、 ﹃ 教 行 信 証 紗 ﹄ で は 次 の よ う に 示 す 。 ︵ ﹃ 教 行 信 証 紗 ﹄ ﹁ 教 文 類 一 抄 ﹂ ︶ まず﹁若﹂は、坂東本や専修寺本、西本願寺本、当時の刊本四本がいずれも、若には送り仮名が﹁シ﹂とあるの に対し、ここでは、﹁ナンヂ﹂とある。そして註釈では、 若 と は 汝 に 訓 ず 。 ︵ 原 漢 文 ﹃ 教 行 信 証 紗 ﹄ ﹁ 教 丈 類 一 抄 ﹂ ︶ とだけあり、その理由などは一切示さない。この表現と異本、古本あるいは流布の丈類を提示しないことから、汝 と訓じた写本が当時あったというよりも、意味が通じないと判断し、﹁ナンヂ﹂としたと考えてよいのではないか。 次に、﹁縁﹂は、本文では、﹁縁﹂の字を用いるが、訓は付けず、右側に﹁橡イ﹂と記す。そして註釈では、 聡明善心にして務め悌意を知れりとは、諜とは先だってなり。迦識の訳の経に橡と為す、阿難の請聞に称へり。 但し縁の字は本は縁慮の義なり。縁は固なり。能縁の義なり。 ︵ 同 ︶ とあり、﹁珠﹂は経典にあり、阿難の問いに﹁橡﹂があてはまるとしながらも、縁の字義を確かめ、否定はせず、 ﹁ 珠 ﹂ と す る 。 ﹁妄﹂は、本文で﹁不忘にして﹂とし、註釈では、

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ナンヂ 若不忘にして、備漫に在て悌につかへたてまつるなりとは、不忘とは阿難の徳なり。 として、さらに﹃浄名疏﹄を引き、阿難の徳に不忘禅があることを一不すなどして、阿難の徳として﹁不忘﹂であっ ︵ 同 ︶ たからこそ、備に侍したことを明かし、 流布の丈類には不妄に作す。迦識の覚経にも不妄に作す。経本の不同なり。 とする。この﹁不忘にして﹂と読むのは、﹃教行信証紗﹄だけであるが、﹁忘﹂にする根拠として示された事柄は、 その後も踏襲されている場合も多い。 ︵ 同 ︶ 以上が﹁教行信証紗﹄にて問題とされた事柄である。これらを見ていくと、本文と解釈で異なりがあって両方の 意味を読み取ろうとしたり、意味を重視して、訓を意図的に変えていると思われる点が特徴的である。 そ の 後 、 こ の ﹃ 平 等 覚 経 ﹂ の問題は多くの学匠によって、考察されているが、中でも、触れておくべきことにつ い て 、 見 て お き た い 。 ︵ 叩 ︶ ﹁若﹂では、﹁モシ﹂と訓ずれば﹁不定辞﹂とし、汝の訓は、阿難を指すとの指摘がある。これに拠れば、この箇 所は﹁阿難聡明﹂を明かすとし、具一体的には阿難は備の教化を助けると位置づけることから、﹁モシ﹂では、阿難 を聡明とする意味が見えにくくなる。現に聡明であったからこそ問うことができた。それを﹁モシ﹂とするなら、 誰を指すのか定まらず、さらに﹁聡明量宜中心﹂であれば、ということであるなら、意味が通りにくくなるとのことと 考 え ら れ る 。 ﹁珠﹂と﹁縁﹂では、﹁珠﹂であれば、﹃大経﹂﹁我心念言﹂などの文意を指し、﹁縁﹂であれば﹁縁因﹂であると の指摘がある。これは、﹃教行信証紗﹄とほぼ同意であるが、﹃大経﹂と合わせて考えており、この丈をどのように ︵ ロ ︶ 位置づけたかを見ていく上で、注目すべきであると考える。 知来輿世の正説

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如来興世の正説 四 ﹁妄﹂については、まず訓読について見たい。坂東本、専修寺本、西本願寺本の三本は同じで﹁妄﹂に﹁レ﹂と 送る。刊本では、明暦本も同様であるのに対し、寛永、正保本は、﹁忘﹂とする。寛文本は﹁亡主であるが、﹁ミダ リニ﹂である。この﹁ミダリニ﹂の訓では、寛文本によれば、﹁妄りに悌辺にありて備につかへず﹂となっている。 ﹁妄﹂では、﹁忘﹂と意味が通ずるとして、あるいは、﹁妄﹂に﹁ワスレ﹂と振り仮名を付す本によって、﹁忘﹂の 字として解釈し、さらに、﹃大経﹄東方偏︵往観偶︶﹁開法能不忘﹂との関わりで理解するものもある。 また﹁妄﹂は、﹁乱也﹂とその意味を指摘するものがある。これは、﹁乱﹂の意であるため、意味が通じないと判 断 し 、 ﹁ 忘 ﹂ を 用 い る と い う こ と で あ ろ う 。 ﹁妄﹂として解釈する中に、﹁妄﹂は﹁虚妄﹂の意とし、﹁阿難多聞侍悌不虚妄故﹂とその意味を見ているものが ︵ 出 ︶ ある。これは、﹁侍悌﹂に関わる事柄として、注目すべきであると考える。 ︵ 同 ︶ ﹁亡主であっても、﹁妄リニ﹂と﹁妄レ﹂と読む場合とで、意味は異なる。これは ﹃ 平 等 覚 経 ﹄ の丈類をどう位置 づけるかに関わる事柄であり、後に論じる。 原典と﹃教行証﹄との相違で、﹃教行信証紗﹄では触れないのが、経典は﹁善聴﹂、﹁教丈類﹂は﹁普聴﹂とする 箇 所 で あ る 。 そ の 後 の 解 釈 で は 、 特 に 理 由 が 述 、 べ ら れ な い ま ま 、 経 典 に 拠 っ て 、 ﹁ 善 ﹂ に 一 反 さ れ る 場 合 が 多 い 。 ﹁普﹂についての見解では、﹃大経﹂の﹁開化一切諸天人民﹂に拠り、普く聴かしめんがために阿難へ告られたと して、さらに﹃法事讃﹄﹁釈迦如来告身子町是普告苦衆生﹂︵傍点筆者﹃真聖全﹄一|五九六頁︶を根拠として、そ の意味を明らかにしてい

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こ の 指 摘 に 拠 れ ば 、 ﹁ 並 日 ﹂ だ け で な く 、 経 典 で は 、 ﹁ 倒 語 阿 難 ﹂ ﹁ 善 聴 諦 聴 ﹂ と あ る の に対し、﹁教丈類﹂が、﹁悌告阿難﹂﹁普聴諦聴﹂とあることの意図を読み取ることができるであろう。 ここまで、﹃平等覚経﹄の訓や文字に対する見解を見てきたが、そこには、経典の丈言に戻して解釈する場合と、

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﹁教文類﹂の訓、文字を尊重して解釈する場合の両論あるが、この箇所を丈類する意図を、阿難を讃ずるためとす ることには変わりがないと思われる。 その意図からすれば、﹁教文類﹂の訓、文字のままでは、意味が通りにくいため、汝と訓じ、経典の文言に一民す ︵刊日︶ などして理解する見解と、あくまでも﹁教文類﹂の訓、文字を尊重し、忠実に読もうとする見解とに分かれる c その際、どちらを重視するか、そのポイントを見ると、﹁教丈類﹂に示されたように読む場合は、﹁祖意﹂として 一方経典に一民す方では、﹁教丈類﹂の訓点と経典を念頭に置いた訓点を比較し、意味 親驚聖人の読みを重視する。 が通りやすいと判断した上で、経典の文脈を念頭に置いた訓点を重視するように見受けられる。 ここに、従来の﹁教丈類﹂の﹃平等覚経﹄解釈を読み解く鍵があるように考えられる。 そこで次に、﹃大経﹄と岡本異訳の経典が、発起序で何を問題としているかを、見ていくこととする。 原典の

﹁大経﹄と岡本異訳における発起序

﹁大経﹄と異訳の経典の発起序を見ていくにあたり、従来、浄影土寸慧遠﹃無量寿経義疏﹂や慣興師﹃無量寿経連 義述丈賛﹄に拠り、﹁大経﹂発起序を大きく一一一段、さらに六段に分けることが多い。今内容把握のために、それに 従 い 一 不 す な ら 、 ︷ 一 ︼ 如 来 の 相 。 一 一 ︼ 阿 難 の 問 い 。 ︻ 一 二 ︼ 釈 尊 、 聞 い の 所 以 を 問 、 っ 。 ︻ 四 ︸ 阿 難 、 問 い の 所 以 を 答 う 。 如来輿世の正説 五

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如来輿世の正説 ム ノ、 ︻ 五 ︼ 釈 尊 、 阿 難 の 問 い に 答 う 。 什、阿難の問いを讃嘆し、問いの意義を明かす。 口、改めて如来の徳を明かす。 川如来の智慧 凶如来の姿 日、釈尊、阿難の問いを承け説法するを聴くよう命ず。 ︻ 六 ︸ 阿 難 、 釈 尊 の 意 を 承 け 、 聴 く こ と を 示 す 。 で あ る 。 この構成は、﹃大経﹄と同じ﹁後期無量寿経﹂の﹃如来会﹄はほぼ同じであるが、︻一︸がない。﹁初期無量寿経﹂ では、少し異なり、︻四︼と︷五︼の一部が詳しいが、︻六︼はない。 まず全体的に見ると、﹃大経﹄で﹁未曾暗親殊妙如今﹂とある箇所が、﹁初期無量寿経﹂では、﹁我侍悌巳来。未 曾見﹂として少し詳しいことが注目される。それに関連し︻四︸の阿難の問いの所以を答える所が詳しい。 次に、それぞれについて、ポイントを見ると、一一︼は、阿難の問いに先立ち、﹃大経﹄に﹁阿難承例聖旨﹂とあ るが、他にはない。﹁如来会﹄では、阿難が座より立つ所から説かれる。阿難の問いは、﹁初期無量寿経﹂では姿を 中心とするが、﹁後期無量寿経﹂では如来の姿を通じて、その意義を確かめる。 ︻ 四 ︼ は 、 ﹁ 初 期 無 量 寿 経 ﹂ が 詳 し い が 、 ﹁ 後 期 無 量 寿 経 ﹂ は 簡 潔 で あ る 。 ︻五︼は、﹁初期無量寿経﹂は、前半の聞いの意義について、利益を受ける者の記述が具体的で、優曇鉢樹の記述 が詳しい。﹁後期無量寿経﹂は、前半の阿難の聞いの意義を明かす所が具体的で、霊一瑞華は意義を具体的に記す。 口は﹁後期無量寿経﹂にのみ見られる箇所である。従来の解釈に拠れば、阿難の所見である五徳現瑞を、釈尊が改

図 を 見 る こ と が で き る 。ここで注目したいのは、願生の依止の根幹である﹁如来即真実功徳相﹂について、﹁真実功徳相は二種の功徳有り﹂という形で示される不実功徳と真実功徳の両者の関係性である。この両者は、﹃浄土論註﹄において浄土の総相である清浄功徳につ い て 、1 rユヘンタマワヲハミソナ ハ シ テ ハ ノ ノ レ ノ ニ シ テ ク シ ヤ ク 1 ‘ ク ワ ク 1411 、 ク ワ ン ス ル カ ク ナ リ サ ム 一 ;仏本所ニ以起一荘厳清浄功徳一者見下三界是虚偽相是輪転相是無窮相

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