空 気 抵 抗 を 受 け る 鈍 い 物 体 の 落 下 運 動
に 関 す る 解 析 と 実 験
*防衛大学校 名誉教授五 十 嵐 保†
神奈川工科大学 自動車システム開発工学科石 綿 良 三
空気抵抗を受ける物体の落下運動は, 簡単に実験ができ中学生の理科教育のデモンストレーション用の教材 として適している.また, 高校生や大学生の物理・数学の演習問題および基礎実験の教材として使える.そこ で, 名刺サイズのカード, コースターやストロー, 円柱, 球などの鈍い物体が姿勢を変えずにほぼ鉛直に落下 する場合に対し, 物体指数を導入し落下運動の解析を行った.次に, 各物体を水平な状態で 2 m の高さを落下 させ, それぞれの落下時間を測定し比較した.得られた各実測値は, それぞれの解析値と 2%以内で一致した.Analysis and Experiments on the Falling Motion of
Bluff Bodies Affected by Air Resistance
Tamotsu IGARASHI,
Professor Emeritus, National Defense AcademyRyozo ISHIWATA,
Kanagawa Institute of Technology (Received 1, September, 2015; in revised form 18 , December, 2015)A falling motion of bluff bodies affected by air resistance is performed a simple experiment, which is one of a demonstration teaching material for science room of junior high school students. This phenomenon is fitted to the practical exercise of physics and mathematics for high school and foundation course of university students. The theoretical analysis on the falling motion of various cards, a coaster, a straw, a cylinder, a sphere which are plumb down in a same position were carried out introducing the body index. Next, these bluff bodies are dropped horizontally at the height of 2m above the floor. The falling times of various bluff bodies were measured and compared with theses data. The experimental values obtained were agreed within 2% with the theoretical results. (KEY WORDS): falling motion, bluff bodies, air resistance, drag coefficient, gravity force,
acceleration force, body index, second order linear differential equation 1 まえがき 高等学校や大学の教養の物理では質点の落下運 動が取り上げられているが, 多くは重力以外の力 は無視する自由落下である.空気抵抗を考慮した 解析はわずかで, 速度に比例した空気抵抗, ある いは速度の 2 乗に比例した空気抵抗が働く場合を 扱っている1) ~ 5).実際の現象としては, 小さな雨 滴の落下で, 終端速度を求めるに留まっている.一 方, 理論解析と共に空気中を落下する球状物体の 落下速度を測定する物理学実験 6)や自由落下法に よる重力加速度の測定の実験報告7), 8)もある. 五十嵐9)~14) は高校生・大学生の理科離れ対策の 一つとして, 身近な物理現象を取り上げ, 高等学校 の数学・物理を活用した解析を行い, 簡単な実験を 行い報告してきた.石綿らの「流れのふしぎ」15) は身のまわりにあるもので, 遊びを通して流れに 親しみ, そのふしぎさを楽しく学ぶ一般書である. 本報では空気抵抗を受ける鈍い物体の落下運動 を取り上げた.物体の落下の運動方程式から, 微分 方程式を解いて, 落下速度および落下距離の一般 解を求めた.次に, 鈍い物体の一例として身近にあ る名刺サイズのカード, コースター, ストロー, 円 柱, ピンポン, 球等を 2mの高さを落下させて, そ の着地時間を測定した.この時間差から空気抵抗の 大きさを簡単に体験できる.得られた各物体の実測 値はそれぞれの理論解と2%以内で一致した. *〒236-0046 横浜市金沢区釜利谷西 3-56-15 †E-mail: [email protected] © 201 日本流体力学会6 〔研究ノート〕
記 号 a, b :矩形の縦と横の長さ B :物体指数 = (1/2)CD(S/m) CD :物体の抗力係数 D :物体に働く抗力 d :円板, 円柱および球の直径, 代表長さ g :重力加速度 H :床からの高さ L :円柱の長さ m :物体の質量 S :物体の前方投影面積 Re :レイノルズ数 = Ud/ T* :終端速度に達する時間 T2 :2 m 落下するのに要する時間 U :物体の落下速度 U∞ :物体の終端速度 x :鉛直方向下向きの座標 X :落下距離 :空気の密度 :空気の動粘性係数 2 理論解析 名刺サイズのカードを水平にして, 床からの高 さ H の位置から落下させる.カードはほぼ真下に 落下する.そのほか, コ-スター, 円柱や球などの 任意形状の鈍い物体が空気中を落下するときの落 下距離 X と落下速度 U を理論解析する. 物体に働く力は図1 に示すように, 重力 mg, 浮力 F およびニュートンの粘性法則による流体抵抗 D である.流体抵抗 D は, 物体の抗力係数 CDに空気 の動圧0.5U 2と物体の前方投影面積 S の積である. ただし, 浮力 F は無視する. S U C D D 2 5 . 0 (1) は空気の密度で1.20 kg/m3 (20℃)である.抗力係 数 CDは物体形状により異なるが, Re 数, Ud/が十分 大きい場合は, ほぼ一定である. 図1 空気中を落下する物体に働く力 2.1 落下の運動方程式 鉛直下向きに x 軸をとり, 運動方程式を立てる. D mg dt x d m 2 2 (2) 上式の D に式(1)を代入し, 両辺を m で割る. 2 D
2
1
2 2 SU Cm
g
dt
x
d
(3) CDが一定の場合, 微分方程式(3)は解析的に解くこ とができる.式を簡単化するため B = (1/2) CD (S/m) (4) g/B = U∞2 , U g/B (5) とする.ここで, B は物体の質量 m, 物体の前方投 影面積 S および形状による抗力係数 CDを含んだ関 数で, 物体指数と定義する.なお, 式(3)で d 2x/dt 2 = 0 のとき, 右辺は g – BU 2= 0, すなわち, U = U ∞と なる.式(5)の U∞は空気抵抗を受ける物体の落下に おける終端速度である.落下速度 U は dx/dt で, 式 (3)は次の 1 階の微分方程式となる. ) ( 2 2 2 BU g BU U dt dU (6) 初期条件:t = 0 で U = 0, x= 0 (7) 微分方程式(6)は変数分離して, 部分分数分解法 を使って解析的に解くことができる. dt B U U dU ) ( 2 2 (8) dt t B dU U U U U U U
0 0 1 1 2 1 (9) これを積分して, 次式が得られる. C Bt U U U
1 tanh 1 初期条件(7)より, C = 0 である.次式が得られる. Bt U U U ) tanh 1( (10) 結局, 落下速度 U は次式で与えられる. ) tanh( 1 1 2 2 t B U e e U U Bt U Bt U (11) ここで, 式(5)を用い U∞を消去する.落下速度 U は 次式で与えられる. mg D S x D = CD×0.5U2S U = dx/dt mg D S x D = CD×0.5U2S U = dx/dt U = dx/dtU / g /B = tanh Bg t (12) 次に, 時間 t における落下距離 X を求める。 dt t Bgt B g dt t U X
0tanh / 0 X = ( g/B/ Bg ) ln [ cosh Bg ] (13) t 従って, X は次の無次元式で与えられる. BX = ln [ cosh( Bgt)] (14) なお, cosh x, tanh x は双曲線関数であり, 次式 で定義される. 2 / ) ( cosh , 2 / ) ( sinhx exex x exex , x e x e x e x e x x x cosh sinh tanh (15) 空気抵抗を受ける物体の落下運動は, 物体指数 B と重力加速度 g, および時間 t で記述される. 2.2 解析結果のまとめ 2.2.1 終端速度に達する時間T *と落下距離X * 落下速度 U が終端速度 U∞の0.995 に達する時間 T*は式(12)より求まり, 次式(16)で与えられる. tanh Bg T* = 0.995, Bg T*= 3, T* = 3/ Bg (16) また, この間の落下距離 X*は式(14)から求まる. 結局, 落下距離 X*は次式(17)で与えられる. X* = ln (cosh 3) /B = 2.309/B (17) 2.2.2 物体指数による落下速度 U と落下距離 X 次に, 式(12)を用いて, 物体指数 B に対する落下 速度 U (t)の変化を図 2 に示す.B の値が小さいほ ど, 落下速度 U は大きく, 終端速度 U∞に達する時 間は長くなる.式(14)を用いて, 物体指数 B に対し 任意時間 t の落下距離 X(t) 示したのが図 3 である. B = 0.001~0.03 cm1の範囲で, X = 200 cm の落下に 要する時間 T2は0.65~1.43 s である. 2.2.3 落下時間 t と落下速度 U の求め方 落下時間 T2は次の手順で求める.まず, 式(14) より X = 200 cm のときの B – T2の関係を求め, グラ フにしておく.次に, 物体指数 B の値を求め, グラ フから落下時間 T2を予測する.これが, 式(14)を満 たすまで繰り返し計算して T2が決定する.さらに, 式(12)に代入して, 落下速度 U (T2)が求まる. 図2 物体指数による落下速度の変化 図3 鈍い物体の落下距離 3 実験 3.1 供試物体と落下実験 実験に用いた供試物体は身近にあるものを利用 した.その形状は矩形板, コースター, 円柱, 球で ある.以上の鈍い物体の抗力係数 CDの値16)を表1 に示す.本実験レイノルズ数範囲は Re = Ud/ = 103 ~2×104で, 抗力係数は一定と見なす. 表1 鈍い物体の抗力係数 表2 に供試物体の形状, サイズ, 前方投影面積 S および質量 m を記した.矩形 1~5 は Suica, キャ ッシュカードである.円板と正方形はコースターで ある.円柱1 はストロー, 円柱 2, 3 は硬質発泡スチ ロール製とトイレットペーパーの芯である.球 1 はピンポン玉, 球 2, 3, 4 は発泡スチロール球である. 実験は物体を床から高さ220 c m の位置から落下 させた.物体の 2 m の落下運動はカメラを長時間 露光にして, ストロボスコープで 30 Hz で発光して 形状 矩形 円板 円柱 球 CD 1.15 1.12 1.2 0.40 0 100 200 300 400 500 0 0.5 1 1.5 t (s) X ( cm) 0.03 0.01 0.006 0.003 0.001 B cm1 0 100 200 300 400 500 0 0.5 1 1.5 t (s) X ( cm) 0.03 0.01 0.006 0.003 0.001 B cm1 1 10 0.1 1 10 t (s) U ( m /s ) 0.03 0.01 0.006 0.003 0.001 B cm1 1 10 0.1 1 10 t (s) U ( m /s ) 0.03 0.01 0.006 0.003 0.001 B cm1表2 供試物体 形状 サイズ cm a×b, d×l, d 投影面積 S cm2 質量 m g 矩形1 5.4 × 8.57 46.3 5.3 2 5.38 × 8.56 46.1 5.0 3 5.4 ×8.54 46.1 4.8 4 5.4 ×8.55 46.2 5.2 5 5.4 ×8.6 46.4 2.0 円板1 9.0 63.6 3.7 2 9.0 63.6 1.85 3 9.0 63.6 8.0 正方形 1 9.0 81.0 3.2 2 9.3 86.5 4.9 円柱1 0.6×16.5 9.90 0.7 2 3.0×20 60.0 60.0 3 3.8×10.2 38.8 5.4 球 1 d = 4.00 12.6 2.7 2 d = 4.87 18.6 1.15 3 d = 7.36 42.8 4.16 4 d =10.0 79.2 8.49 連続重ね撮りした画像から落下時間を読み取った. この画数 N は整数ではなく, 小数点以下 1 桁まで 読み取り, 落下時間は T2 = N/30 (s) より求めた. 3.2 落下の様子 鈍い物体の落下の様子を図4 (a), (b) に示す.な お, 物体は揺動の少ない重いものを選んだ. カード3 円板 1 円柱 2 図4 (a) カード, 円板, 円柱の落下の様子 d = 4.0 cm, d = 7.36 cm, d = 10.0 cm 図4 (b) 球 1, 2, 3 の落下の様子 3.3 実験結果と解析との比較 物体がほぼ真下に落下した場合の2~3 回のデー タの平均値を着地時間とした.測定誤差は2%以下 で, 実測値 T2expを解析で得られた第2 章の式(14)の 所要時間 T2thおよび物体指数 B の値を表 3 に示す. 表3 鈍い物体の着地時間の実測値 形状 B cm 1 T2th s T2exp s 矩形1 0.00602 0.771 0.767 2 0.00635 0.779 0.783 3 0.00663 0.785 0.777 4 0.00613 0.774 0.767 5 0.0160 0.983 0.983 円板1 0.0116 0.892 0.906 2 0.0231 1.12 1.15 3 0.000534 0.756 0.74 正方形1 0.0175 1.01 1.03 正方形2 0.0122 0.905 0.92 円柱1 0.0102 0.863 0.85 2 0.00275 0.699 0.69 3 0.00516 0.739 0.733 球 1 0.00110 0.663 0.66 2 0.00389 0.724 0.716 3 0.00245 0.692 0.69 4 0.00222 0.687 0.68 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0 100 200 0
図5 に実測値と解析解との比較を物体指数 B に 対して示す.各物体の実測値は式(14)より求めた解 析解 T2thとの誤差は2%以下である. 図5 鈍い物体の着地時間 :解析解と実測値の比較 物体指数が B ≤ 0.0067 cm1では着地時間 T 2は 0.8 s 以下で, B ≥ 0.010 cm1では0.85~1.15 s に増加 している. 4 まとめ 空気抵抗を受ける鈍い物体の落下運動に関し, 理論解析を行った.落下速度 U および落下距離 X は, 物体指数 B = (1/2) CD S/m (cm-1), 重力加速度 g, 時間 t によって, 次式で記述される. U = g /B ( tanh Bg t ) X = (1/B) ln [ cosh ( Bg )] t ここで, CD, S, m は物体の抗力係数, 前方投影面積, 質量, は空気の密度である.2 m の高さからの物 体の落下所要時間の実測値は解析解と誤差±2%以 内で一致する.物体指数 B は, 落下時間 t と落下距 離 X を一義的に表している. また, 落下速度が終端速度 U∞の0.99 に達する時 間 T*および落下距離 X*は, それぞれ式(5), 式(15) で与えられる. [付録] パチンコ玉の落下 パチンコ玉(d = 1.1 cm, m = 5.4 g)の物体指数は B = 4.22×105 cm であ る.これを高さ X = 2 m から落下させと時の着地時 間は T2 = 0.640 s である.一方, 空気抵抗のない自 由落下の場合, h = 0.5gt2より着地時間は0.639 s で, 両者の差異は0.4 %である.この時間測定から 得られる重力加速度は g = 972 cm/s2である.したが って, パチンコ玉の落下実験は, おおよその重力加 速度 g を求める実験に使える. 謝辞 本研究の実験に協力いただいた神奈川工科大学 学部生の清水直道, 藤本航, 八田翼3君(石綿研究 室)に謝意を表します. 引 用 文 献 1) 小口高, [解明] 新物理, 文英堂, (1987), 47- 49. 2) 伊東敏雄, なーるほど!の力学(第 1 版, 第 5 刷) 学術図書出版, (1999), 15-21. 3) 原島鮮, 質点の力[復刊] 基礎物理学選書(1), 裳華房, (2011), 84-86. 4) 岡 真, 質点系の力学, ニュートンの法則から 固体の回転まで, 共立出版, (2013), 19-25. 5) 小西克亨, 終端速度の求め方, 埼玉工業大学, 機械工学学習支援セミナー用教材 J03 (2013). 6) 東海大学物理学実験連絡協議会編, 中村誠太 郎監修, 物理学実験, 東海大学出版会, 改訂 3 版 17 刷, (2006),83-90. 7) 石川俊明, 日本物理教育学会誌, 29-4 (1981), 297-300. 8) 天野卓治・内田直, 日本物理教育学会誌, 31-4 (1983), 208-212. 9) 五十嵐保, 静水に浮く角材の姿勢, 日本流体 力会誌, ながれ 19-4 (2000), 253-262. 10) 五十嵐保・中村元, 飲料水の入った缶が斜め に立つ安定解析, 日本流体力学会誌, ながれ 24-2(2005), 195-203. 11) 五十嵐保・中村元, 静水に浮く矩形断面柱の姿 勢解析, 日本流体力学会誌, ながれ 26-6 (2007), 393-400. 12) 五十嵐保, 静水に浮く有限長円柱の姿勢解析, 日本流体力学会誌, ながれ 28-5 (2009), 409- 420. 13) 五十嵐保, 水に浮く比重 1 以上の円盤, 日本流 体力学会誌, ながれ 28-2 (2009), 149-157. 14) 五十嵐保, 容器の縁から盛り上がる水面の高 さに関する実験と解析, 日本流体力学会誌, な がれ33-2 (2014), 161-165. 15) 日本機械学会編, 石綿良三, 根本光正著, BLUE BACKS 流れのふしぎ, 講談社 (2004), 154-155. 16) 日本機械学会編, 機械工学便覧 基礎編α4, 流 体工学 (2006), 83-85. 0 0.5 1 1.5 2 0.001 0.01 0.1 B (cm-1) T 2 ( s) T2th 矩形 円形 正方形 円柱 球