1 章 序論
電気や磁気が関わる現象は不思議な現象としてその 存在は紀元前から知られてきた.18 世紀頃にはキャベン ディッシュやクーロン等によりこれらの現象は定量化さ れた研究対象となり,以降は多くの発見や研究成果が続 いた.1820 年にはエルステッドにより電気的現象と磁気 的現象の関係が発見され,ファラデーによる誘導法則の 発見,電磁気現象の基礎となるマクスウェル方程式とヘ ルツによる電磁波の発見へと繋がり,古典電磁気学の理 論体系がまとめられた1).他方では,電磁気学理論の構 築と並行して,その有用性も注目された.マルコーニに よる無線通信はその一例で,1896 年には世界初の無線 通信方式の特許を取得し,大西洋横断通信を成功させた.
第 1 次世界大戦の勃発により,通信手段としての電磁波 の重要性は増し,より安定で高い周波数の電磁波を発生・
増幅させる技術の開発に繋がった.その後も電磁波の利 用は拡大し,現在では様々な分野で用いられている.先
端科学技術分野においては天体からの電磁波を観測する 電波天文学等に用いられ,個人生活においてはテレビ等 の放送受像機,携帯電話や無線
LAN
等の通信機器,電 子レンジ等の調理機器に用いられている.このように電 磁波の利用は拡大し,先端科学技術分野においても個人 生活においても不可欠なものになっている.電磁波を利用する先端科学技術において物理量の計測 に正確さが要求されることは言うまでもなく,産業にお いても電磁波を利用する機器の生産量および輸出量が増 加すると,その品質が重要となる.電磁波を積極的に利 用する高クロック周波数のコンピュータ等以外にも,電 気製品からは電磁波が放射されているため,電磁環境適 合性(ElectroMagnetic Compatibility, EMC)の対象とな る不要電磁波放射が各国で規制されている.この状況に 取り組む際に重要なことは,電磁波に関連する各種の物 理量を正確に計測することである.さらに,全世界的に 計測結果の整合性を確保するためには,電磁波計測の結 果を保証する仕組みの構築が不可欠である.この仕組み に必要な要素は,次の 4 点に大別することができる2). 1 :国家標準の確立
高周波インピーダンスの標準と計測方法に関する調査研究
岸川諒子*
(平成22年12月 1 日受理)
A survey on impedance standards and measurements in the range of microwave and millimeter wave frequencies
Ryoko KISHIKAWA
Abstract
The activity of the development of the metrology standards and the measurement technique for microwave and millimeter wave impedance was investigated. NMIJ had developed metrology standards for the microwave impedance of coaxial transmission lines of 7 mm, Type N50, Type N75 and 3.5 mm in the frequency range from
9 kHz to 33 GHz. NMIJ also participated in Key Comparisons to verify the measurement capabilities. Now itis necessary to develop the impedance standards in the range of millimeter and sub-millimeter wave frequen- cies due to the increasing demands from the Japanese industrial society. This report reviews the study on the technology for the millimeter ware impedance of waveguides mainly in NMIJ and in other national metrology research institutes.
*計測標準研究部門 電磁波計測科高周波標準研究室
2 :トレーサビリティ体系の確立 3 :国際比較の実施
4 :ユーザーによる適切な計測管理
こ れ ら の 手 順 は 国 際 標 準 化 機 構(International
Organization for Standardization, ISO)および国際電気
標 準 会 議(International Electrotechnical Commission,IEC)による ISO/IEC 17025 の品質システム等の国際規
格として構築されており,実施においてはメートル条 約を核とする国際度量衡委員会(Comite Internationaldes Poids et Mesures, CIPM)を中心として推進されて
いる.各国は国家標準を開発し,エンドユーザーによる 計測結果を国家標準までつなげるトレーサビリティ体 系を確立する必要がある.これらの 2 要素が機能する と,国内における計測結果の整合性が確保される.さら に,国家間または複数の国家を束ねた地域組織内で標準 や計測能力を比較する国際比較を行うことにより,それ ぞれの標準の整合性や計測能力の妥当性を確認し相互 承認協定(Mutual Recognition Arrangement, MRA)が 可能になる.その上で,上記の項目 1 から 3 の段階を 経て確立された国家標準を基にして,各ユーザーが標 準を適切に用いて自らの計測を管理することで,計測 結果の保証という目標が達せられる.産業技術総合研 究 所(National Institute of Advanced Industrial Scienceand Technology, AIST)計量標準総合センター(National Metrology Institute of Japan, NMIJ)の役割は産業,先
端科学および人間生活に必要とされる多くの物理量と物 質について各計量標準を確立し,計測の基盤を構築する ことである.この基盤の上で日本の産業競争力が強化さ れると同時に,安全で快適な生活が保証される.本調査研究の目的は,高周波インピーダンス標準の意 義およびニーズ調査を行い,NMIJにおけるこれまでの 成果も検証した上で,今後取り組むべき研究開発の方向 を検討することである.まず 1 章では概論として電磁波 に関する人類の理解と利用の歴史および社会基盤として の現状を記述した.また,計測結果の品質保証に重要な 国家標準の開発,トレーサビリティ体系の確立,国際比 較の実施およびユーザーによる適切な計測管理の 4 要素 を円滑に遂行することが
NMIJ
の役割であることを述べ た.以降の章では,高周波インピーダンスの標準と計測 技術について具体的に述べる.2 章では,高周波回路に おける高周波インピーダンスの定義と意味を記述する.3 章では,高周波インピーダンスの計量標準が開発され,標準供給が行われている同軸線路を例にして,1 章で指 摘した国家標準,トレーサビリティ体系,国際比較の現 状を述べ,その波及効果についても言及する.さらに
4 章では,現在進められている導波管線路の高周波イン ピーダンス標準開発における現状と課題を述べ,最後の 5 章では本調査研究をまとめる.
2 章 高周波インピーダンス
2. 1 伝送線路
定常状態における直流回路では,電圧と電流は回路中 のどの位置でも時間的に一定の状態が保たれる.低周波 回路では,例えば周波数が 10
Hz
の電気信号の波長は 約 30000km
である.つまり,電圧と電流は時間的には 0.1 秒間で一周期変化し,空間的には 30000km
程度で 一周期変化する.30000km
程度の大きさの回路を想定 した場合,信号は回路内部で一周期の変化を示すが,通 常の回路はせいぜい人間が扱える程度の大きさであるた め,位置に依存する位相変化を考慮する必要はない.一方,高周波の電気信号は波長が短くなり,例えば 100
GHz
の信号の波長は 3mm
程度である.つまり,回路上で約 3
mm
位置が離れると,一周期の変化が起 こる.このように,高周波回路においては信号の空間座 標依存性が無視できない.そのため,高周波電磁気現象 は電磁波が回路中を伝播すると考え回路全体を伝送線路 としてみることにより,現象を適切に理解することがで きるようになる.伝送線路の重要な特徴は,電気的不連続が存在すると,
その面で電磁波が反射するという現象である.つまり,
伝播した電磁波エネルギーが,不連続面からは反射と透 過の電磁波エネルギーに分離されて伝播することにな る.伝送線路の電気的不連続は伝送線路の構造および材 料の不連続に起因する.そのため,伝送線路は電気特性 が変化しないよう,均一な構造と材料で作成されている.
このように幾何的構造(寸法)および材料(物性値)か ら高周波電気特性が決定される伝送線路には,一般的に 同軸線路と導波管線路がある.図 1(a)および(b)に それらの写真と簡略化した構造を示す.伝送線路は接続 をして回路に組み込むため,接続および切り離しの機能 を有する.そのような機能を持った個所でも構造的不連 続が生じないように工夫されており,同軸線路にはネジ 構造のコネクタが,導波管線路にはつき合わせてネジを 締めるフランジが採用されている.
同軸線路と導波管線路の周波数帯域を図 2 に示す.同 軸線路には伝播原理による下限周波数はない.しかし,
周波数が高い領域では径が小さくなり,内部導体の強度 を確保できないため実用的ではない.他方,導波管線路 は伝播原理による下限周波数があるものの,内部導体が
ない単純な構造であるため,50
GHz
を越える高周波領 域でも比較的使いやすい.このように伝送線路には各々 の特徴があるため,目的に合わせて使い分けられている.2. 2 伝送線路の特性3)
高周波インピーダンスとは,電磁波が伝播する際の応 答を表わす物理量である.特に,伝送線路の電磁波応答 を表す場合は,特性インピーダンスが用いられる.以下,
同軸線路の場合を例にして高周波電磁波応答の記述方法 についてまとめる.
同軸線路における特性インピーダンス
Z
0の定義は,(1)
Er:電場の動径方向成分
Hθ:磁場の回転方向成分
であり,単位はΩである.また,伝送線路の電気的不連 続により電磁波の反射が起きることは前述したが,伝送 線路の特性インピーダンス
Z
0を基準として 1 ポート素 子の電磁波反射特性を表わすには,次式の反射係数Γ
が 用いられる.(2)
ここに,
Z:伝送線路に接続された素子のインピーダンス
である.さらに,多ポート素子の電磁波反射・伝送特性 を表わすにはS(scattering,散乱)パラメータが用い
られる.図 3 に示す 2 ポート素子の場合のS
パラメー タは行列表現を用いて,(3)
と表わされる.ここに,
ai:入射波振幅 bi:反射波振幅 Sii:反射特性 Sij
(i
≠j):透過特性
である.
S
ijのj
が入力ポートを,i
が出力ポートを表わす.波振幅は絶対値が電力の平方根に,位相は電場の横方向 成分に等しいと定義される.伝送線路の特性インピーダ ンス
Z
0を基準として電磁波伝播の応答を表わすという 意味では,式(2)の反射係数と式(3)のS
パラメー タに本質的な違いはない.高周波インピーダンスの評価を行うことで高周波回路 内における電磁波の伝播経路が把握可能になるため,高 周波電力や減衰量等の高周波物理量計測に高周波イン ピーダンスは不可欠である.具体的な例として,高周波 電力の計測を挙げる.電力計に接続した伝送線路の特性 インピーダンスと電力計のインピーダンスが異なると,
式(2)が表わすように電磁波の反射が生じる.この場合,
計測対象の電力は伝送線路から電力計に入射する電磁波 の電力である.しかし,電力計の指示値は反射電磁波の 電力を差し引いた透過電磁波の電力値となり,高周波イ 図 1 伝送線路の写真と模式図:(a)同軸線路,(b)
導波管線路
図 2 同軸および導波管線路の使用周波数帯域:名称 は伝送線路の特徴的な長さによって決められて いる.同軸線路 7
mm
は外部導体の内径規格 長 さ が 7mm
で あ る こ と, 導 波 管 線 路WR-
3(WM-0864)は開口長辺の規格長さが 864
µm
であることによる.図 3 2 ポート素子の
S
パラメータ表記と波振幅の定 義:1,2 は各ポートを表わす.ンピーダンスを評価しなければ正確な入射および反射電 力がわからないという問題が生じる.つまり,高周波計 測においては,高周波インピーダンスの評価を行い,計 測すべき電磁波の伝播状態を明らかにすることが重要で ある.実際に,NMIJ電磁波計測科では高周波電力,減 衰量,雑音,アンテナ係数等の高周波物理量標準を開発 するために高周波インピーダンス標準の供給が行われて おり,インフラとして利用されている.
3 章 同軸線路の高周波インピーダンス標準と計測
これまでの標準開発の成果として,NMIJでは同軸線 路の高周波インピーダンス標準供給が行われている.こ こでは,1 章で述べた 4 要素のうち特に計量標準確立の 過程として,同軸線路の 1:国家標準の確立,2:トレー サビリティ体系の確立,3:国際比較の実施について記 す.但し,最後の要素である 4:ユーザーによる適切な 計測管理の要素が確保されることにより,計量標準の体 系が整い,以下の 3 章で記す全内容の効果が発揮される.
3. 1 同軸線路高周波インピーダンス標準の開発 日本における高周波インピーダンス標準の開発は以前 にも旧電子技術総合研究所において行われていたが,当 時はトレーサビリティの概念が普及しておらず,実際に 利用されることは少なかった.その後,20 世紀の終わ り頃にトレーサビリティの概念や適合性試験等が欧米を 中心にして拡大すると,貿易を重要視する日本において も計測値の国家標準へのトレーサビリティが注目される ようになった.そこで,産業技術総合研究所の発足前後 から,標準供給を目標にした研究開発が開始された4). 社会で必要とされる標準の供給体制が整備されるまでの 過渡期には,校正事業者を含むユーザーは海外の標準研 究機関や校正事業者による校正に依存していた.しかし,
海外での校正にかかる長い時間とその間を埋める代替機 器の準備,高額な校正費や輸送費等の負担が大きく,さ らに手続きが煩雑で使用言語が異なることなどにより,
国際競争力の観点から日本企業の障害となることが大き な問題となっていた5).このような状況を打開するため に,日本における高周波インピーダンス標準開発の要望 が強くなっていたことが背景にある.標準の開発にあた り,校正事業者の校正実績,産業界からの要望,NMIJ における他の高周波物理量標準の開発状況および海外標 準研究機関の標準整備状況を総合的に考慮し,まず同軸 線路 7
mm, Type N50,3.5 mm
の開発が進められた6). 同軸線路の標準器には,図 4 に示したエアラインが用いられている.パイプ状の外部導体と細い内部導体で構 成されており,同軸状に組み合わせることで内部導体と 外部導体が空気によって絶縁される構造になっている.
その特性インピーダンスは同軸構造の境界条件を設定し てマクスウェル方程式を解くことで得られ,次式で表わ される7).
(4)
ここに,
Z0:特性インピーダンス(Ω)
a:外部導体内径(m)
b:内部導体外径(m)
μ:導体の透磁率(H/m)
ε:空気の誘電率(F/m)
ρ:導体の電気抵抗率(Ω m)
ω:角振動数(rad/s)
である.外部導体の内径
a
はエアマイクロメータ,内 部導体の外径b
はレーザマイクロメータで計測を行って いる.エアマイクロメータは先端から空気を噴出する棒 状のプローブを外部導体内に挿入して噴出空気の圧力と 流量から内径を計測し,レーザマイクロメータはレーザ ビームの走査範囲に内部導体を設置し,内部導体がレー ザビームを遮って生じる影を計測する.さらに,エアラ インの電気抵抗率ρは,エアラインを回路に挿入した場 合と挿入しない場合の透過電力比から電気抵抗による微 小伝送損失を計測することで決定している.NMIJで行われている同軸線路における高周波イン ピーダンス標準の開発には次のような過程が踏まれてい
図 4 同軸線路 7
mm
のエアラインる.まず,国家標準器としてふさわしい安定性,再現性,
堅牢性および利便性等を併せ持つエアラインを開発また は選定する.次に,エアライン寸法と微小伝送損失を評 価するための装置を開発した上で,計測を行う.最後に,
得られた計測結果から式(4)を用いて特性インピーダ ンス等の値と不確かさの評価を行っている.
3. 2 同軸線路高周波インピーダンス標準のトレーサビ リティ
VIM(International vocabulary of metrology −
Basic and general concepts and associated terms) に よ る と,
トレーサビリティは “Property of a measurement result
whereby the result can be related to a reference through a documented unbroken chain of calibrations, each contributing to the measurement uncertainty” と定義され
ている8).この節では,“a documented unbroken chainof calibrations” によって,ユーザーによる高周波イン
ピーダンス計測値が国家標準器の高周波インピーダンス 値,さらにSI
単位まで整合性を保ちつつ繋がることを 述べる.以下の項で説明する考え方は,基本的に同軸線 路のみならず導波管線路にも適用することができる.3. 2. 1 トレーサビリティ体系
電気回路のインピーダンス計測にはいくつかの方法が 用いられている.最も原理的な計測方法は電圧と電流を 直接測定し,その比からインピーダンスを求める
I-V
法 である.しかし,伝送線路の概念が必要になる高周波領 域ではネットワーク解析法が広く用いられる.高周波 インピーダンスの計測器として一般的なベクトルネッ トワークアナライザ(VNA)の原理はネットワーク法 に基づいている.被測定物(DUT)に電磁波を入力し,その反射および透過電磁波の振幅と位相を測定すること により,DUTの
S
パラメータを算出する.VNAによる計測を行う際の問題点は,DUTの接続に 伝送線路を用いなければならないことである.VNAの 測定面から
DUT
のポートまでには取り付けられた伝送 線路が存在し,その伝送線路による損失がゼロではない ため,DUTのS
パラメータを直接測定することは難し い.そこで,実際の測定を行う前に,DUT
を接続するポー トに特性が既知の高周波インピーダンス標準器を接続し てVNA
に電磁波応答特性を記録する.次に,DUTを接 続して測定を行うことで,DUTそのもののS
パラメー タを得ることが可能になる.高周波インピーダンス標準 器の主な用途は,VNAの校正(calibration)および計測 結果に付随する不確かさの評価である.次に,エンドユーザーによる
VNA
を用いたS
パラメー タ計測結果からSI
単位までのトレーサビリティ体系を 示す.この体系は大別すると図 5 で示した 3 段階から構 築される.1 :エンドユーザーによる
VNA
の計測結果からVNA
校正用標準器のS
パラメータへのトレーサビリティ 2 :VNA校正用標準器のS
パラメータから国家標準器の
S
パラメータへのトレーサビリティ3 :国家標準器の
S
パラメータからSI
単位長さへの トレーサビリティSI
トレーサビリティはエンドユーザーによる計測結果 からSI
単位までの繋がりを意味し,高周波インピーダ ンス標準の場合は 1 から 3 の段階を経ることにより体 系が構築されている.1 の段階は,エンドユーザーが使 用する校正用標準器のS
パラメータと計測結果が整合 して繋がっていることを意味し,校正用標準器を用い てVNA
の校正を行うことにより達成される.2 の段階 は,ユーザーが使用する校正用標準器のS
パラメータ とNMIJ
が開発および維持する国家標準器のS
パラメー タが整合して繋がっていることを意味し,国家標準器を 用いてVNA
の校正を行うことにより達成される.3 の段 階は,国家標準器のS
パラメータとSI
単位が整合して 繋がっていることを意味し,NMIJによる長さ国家標準 へと繋がる長さ参照標準器で校正した寸法計測器を用い てエアラインの寸法を計測することにより達成される.各段階が総合的に機能することで,エンドユーザーに よる計測結果の
SI
トレーサビリティが完成する.なお,2 の段階としてエンドユーザーが直接
NMIJ
の高周波イ ンピーダンス標準にトレーサビリティをとる必要はな く,同様の手段を実施する校正事業者による校正を複数図 5 高周波インピーダンス標準のトレーサビリティ 体系
段階連ねても良い.SIトレーサビリティの確保には校 正値だけでなくその不確かさも重要かつ不可欠である.
以降は不確かさも含めて各段階の説明を行う.
3. 2. 2 エンドユーザーによる VNA の計測結果から VNA 校正用標準器の S パラメータへのトレー サビリティ3),9)-14)
この過程は前述のトレーサビリティ体系で 1 に相当す る.Sパラメータ計測器である
VNA
の構成要素は基本 的にリフレクトメータであるので,まずはリフレクト メータの原理と校正を述べる.リフレクトメータの主体 は方向性結合器であり,図 6(a)のように信号源のポー ト 1 とDUT
のポート 2,センサのポート 3 およびセン サのポート 4 を持つ.信号源から方向性結合器を通ってDUT
へ向かう入射電磁波とDUT
から方向性結合器へ向 かう反射電磁波はポート 1 とポート 2 の間をそれぞれ反 対方向へ伝播するが,それらを分離して入射電磁波の一 部はポート 3 のセンサ,反射電磁波の一部はポート 4 の センサで測定することで,DUTの反射係数を算出する.したがって,ポート 3 のセンサおよびポート 4 のセンサ における測定値と求めるべき
DUT
の反射係数との関係 を確定させる作業がリフレクトメータの校正である.理想的な方向性結合器では信号源から
DUT
への入射 電磁波はポート 3 のセンサ,DUTから方向性結合器へ の反射電磁波はポート 4 のセンサにのみ取り出される が,実際の方向性結合器の特性は理想的ではないので,他の経路を伝播する電磁波もセンサに入射する.例えば,
ポート 4 のセンサに信号源からの漏れ信号が取り出され ることがある.よって,センサにより測定可能な波振幅 の比 と
DUT
の反射係数Γ
の関係式は以下のようにし て求められる.各ポート間の電磁波の伝播は,b
2=S
21a
1+S
22a
2+S
23a
3+S
24a
4b
3=S
31a
1+S
32a
2+S
33a
3+S
34a
4b
4=S
41a
1+S
42a
2+S
43a
3+S
44a
4a
3=Γ
3b
3a
4=Γ
4b
4a
2=Γ b
4 ここに,S
ij:方向性結合器のS
パラメータ(i, j= 1,2 ,3 ,4)
a
i:ポートi
への入射波振幅(i= 1,2 ,3 ,4)
b
i:ポートi
への反射波振幅(i= 1,2 ,3 ,4)
Γ
3:ポート 3 のセンサの反射係数Γ
4:ポート 4 のセンサの反射係数Γ
:DUTの反射係数である.なお,信号源の反射係数はゼロとする.これら の式からセンサへの入射波振幅の比は,
(5)
とまとめることができる.ここに,e00,e01,e10,e11は
S
パラメータS
ijおよびポート 3 のセンサとポート 4 の センサの反射係数Γ
3,Γ
4の関数である.つまり,ポー ト 3 のセンサおよびポート 4 のセンサで測定される波振 幅の比 とDUT
の反射係数Γ
は一般的に異なり,その 関係を求めるには 3 個のパラメータe
00,e11,e01e
10を決 定する必要がある.この作業がリフレクトメータの校正 である.例えば,校正値が既知である開放(Open),短 絡(Short)および整合(Load)の 3 個の終端器を接続 して 3 個のパラメータを決定するOSL
法がある.式(5)は,方向性結合器の不完全さを考慮して導出したが,図 6(b)のような理想的な方向性結合器と誤差回路を縦続 接続した回路におけるセンサの波振幅比と
DUT
の反射 係数の関係式も式(5)と全く同じになる.よって,リ フレクトメータのモデルとして図 6(b)の等価回路が 用いられる.次に,VNAの校正について説明する.リフレクト
図 6 リフレクトメータの動作原理と誤差回路:(a)構 造と信号の定義,(b)誤差回路による等価回路
図 7 2 ポート
VNA
の誤差回路を用いた等価回路モデルメータは 1 ポート素子の反射係数を計測する機能を持 つが,VNAはこの機能を複数で利用して多ポート素子 の
S
パラメータを計測する機能を持つ.このため,最 も一般的な 2 ポートVNA
は図 7 のように 2 個のリフレ クトメータの組み合わせで考えることができる.この 回路に対して単一のリフレクトメータの場合と同様の 方法で回路機能表現式の導出を行うと,7 個のパラメー タe
00,e11,e01e
10,e22,e33,e23e
32,e10e
32が必要になる.e
00,e11,e01e
10およびe
22,e33,e23e
32については単一の リフレクトメータと同様に各ポートについてのOSL
法 により校正を行い,e10e
32についてはポート間の直接接 続(Through)により校正を行う場合が多い.この方法 はOSLT
法と呼ばれている.このように,VNAは
DUT
のS
パラメータを直接測 定するのではなく,センサの波振幅測定値と校正により 決定したパラメータを用いて算出している.そのため,VNA
による計測値は校正を行った校正用標準器のS
パ ラメータにトレーサブルであり,計測結果の信頼性は校 正用標準器とそれらの標準器を適切に使用および管理す ることにより確保される.不確かさについて簡単に述べる.VNAの校正に用い る校正用標準器は,トレーサビリティを確保するために 上位校正が必要であり,上位の高周波インピーダンス標 準が持つ不確かさや上位機関での校正による不確かさ が付随する.この不確かさは校正作業により
VNA
の不 確かさに伝播し,最終的にはVNA
を用いて計測されるDUT
のS
パラメータに付随する不確かさとなる.ここまでで上位校正を受けた校正用標準器を用いた
VNA
の校正について述べ,トレーサビリティの確保が 可能であることを示した.以上の説明は校正用標準器の 校正値自体を用いてVNA
の校正を行った場合のトレー サビリティであり,一般的に用いられるVNA
に内蔵さ れた定義値を用いてパラメータを決定する方法には対応 していない.定義値を用いた場合はトレーサビリティが 途切れてしまうことになる.3. 2. 3 VNA 校 正 用 標 準 器 の S パ ラ メ ー タ か ら 国 家標準器の S パラメータへのトレーサビリ ティ9),11),13),15)
これは 2 の段階のトレーサビリティに相当し,例えば 開放,短絡および整合終端器のような
VNA
校正用標準 器のS
パラメータから日本の高周波インピーダンス国 家標準器であるエアラインのS
パラメータへのトレー サビリティである.エアラインを用いて
VNA
の校正を行い,ユーザーのVNA
校正用標準器のS
パラメータを計測することでト レーサビリティ体系が構築され,この段階はNMIJ
に て校正サービスが行われている.エアラインを用いるVNA
の校正には例えばTRL
法がある.この方法は,各 ポートの誤差回路を決定するために,ポート間の直接接 続(Through),各ポートの反射終端器接続(Reflect),ポート間のエアライン接続(Line)を行う.この方法 は,エアラインの特性インピーダンスと計測システムの インピーダンスが一致し,エアラインの両ポートの反 射特性が等しい(S11=
S
22)ことを仮定している.しか し,用いる反射終端器の反射係数値が既知である必要は なく,特性が既知でなければならない素子はエアライン のみである.これら 3 種の接続により得られる式を整理 すると,OSL
法やOSLT
法と同様に誤差回路のパラメー タが決定される.つまり,センサで測定される波振幅比 とDUT
のS
パラメータの間の関係式が決まり,VNAの 校正が完了する.このようにして校正されたVNA
を用 いて校正事業者等のユーザーの校正用標準器が校正され る.1 の段階のトレーサビリティと合わせて,エンドユー ザーによる高周波インピーダンス計測値から国家標準器S
パラメータまでのトレーサビリティが確保されること になる.NMIJでは,上記の説明よりも誤差回路のパラメータ 数を多くして,より精密に実際の
VNA
回路を解析して いる.これにより,高精度な校正を実現している.3. 2. 4 国家標準器の S パラメータから SI 単位へのト レーサビリティ
高周波インピーダンス標準は,3.1 節で述べたように 標準器であるエアラインの寸法を測定し,理論的に特性 インピーダンスおよび
S
パラメータを算出する方法がと られている.これにより,高周波インピーダンス標準はSI
単位16)である長さにトレーサブルになっている.これ は式(4)に外部導体の内径a
や内部導体の外径b
が含 まれていることからも明らかである.高周波インピーダ ンスそのものは電気的物理量であるが,SI単位の長さ にトレーサビリティがとられていて,これは他の高周波 物理量標準にはない特徴である.3. 3 同軸線路高周波インピーダンス標準の国際比較 各国で開発された国家標準同士の整合性をとること は,メートル条約により整備された国際的な度量衡制度 の統一にとって重要である.そのため,NMIJでは開発 を行った同軸線路の高周波インピーダンス標準について 国際比較に参加している.次に,関連する国際比較につ
いて公式コードまたは名称と内容を記す.
・終了した国際比較 CCEM.RF-K5
b.CL
17)Type N50 の
S
パラメータ計測比較ANAMET (Automatic Network Analyzer Measurement
Club) comparison 052
18)Type N50 スライディングロードの計測比較 NPLとの二国間比較19)-22)
3.5
mm
19)-21)および 1.85mm
22)のエアライン特性イン ピーダンス評価比較・現在進行中の国際比較 ANAMET comparison 101
3.5
mm
の特性インピーダンス位相計測比較・計画中の国際比較 CCEM.RF-K5
c.CL
3.5
mm
のS
パラメータ計測比較APMP(Asia Pacific Metrology Programme,アジア太 平洋計量計画)
7
mm
および 1.85 mmのエアライン特性インピーダ ンス評価比較CCEM.RF-K5 b.CL
におけるNMIJ
の計測結果は他国の 計測結果と良く一致しており,NMIJにおける高周波イ ンピーダンス標準および計測技術の信頼性は高いこと が示された.さらに,NMIJにおける高周波インピーダ ンス技術水準の高さと標準整備状況により各国からの 信頼が高まり,CIPM電気・磁気諮問委員会(CCEM)の 高 周 波
W.G.
で あ るGT-RF(Group de Travail-Radio
Frequency)と APMP
の電気技術委員会(TCEM)において依頼を受け,CCEM.RF-K5
c.CL
およびAPMP
で行われる高周波インピーダンスの国際比較についてNMIJ
がパイロット(幹事)研究所の役割を担うことと なった.3. 4 同軸線路高周波インピーダンス標準の波及効果 産業技術総合研究所の発足と共に始まった
NMIJ
に おける同軸線路高周波インピーダンス標準の整備は現 在,同軸線路 7mm
では 9kHz−18 GHz,3.5 mm
で は 30kHz−33 GHz,Type N50 では 30 kHz−18 GHz,
Type N75 では 40 MHz−3 GHz
の周波数領域で開発が 終了し,すでに標準供給を行っている23)-31).また,これ らの標準開発過程で蓄積された技術および知識は他の規 格の同軸線路にも応用できることから,NMIJにおける同軸線路高周波インピーダンス標準の技術基盤は確立し た.標準供給においては,2005 年度は依頼試験が 4 件 であったが,2009 年度には
jcss
校正が 7 件,依頼試験 は 96 件となり,高周波インピーダンス標準の重要性に 対する認識は着実に広まっている.さらに,高周波イン ピーダンスは伝送線路を用いるあらゆる高周波計測で必 要となる基礎的な物理量であるため,より実用量に近い 標準の開発も視野に入ってきている.例えば,以前から 要望は大きかったが基本量である高周波インピーダンス 標準が未整備であったため着手されていない誘電率等の 高周波物性標準や波形・パルス標準等へ培った基本技術 を展開することも検討されている.高周波物性の標準は デバイスに使用する電気材料の評価,波形標準はオシロ スコープ等の計測器開発およびEMC
試験等の用途が想 定されている.そ の 一 方, 新 た な 課 題 も 明 ら か に な っ て き た. 電 磁 波 利 用 に 対 し て は 国 際 電 気 通 信 連 合 無 線 通 信 部 門(International Telecommunication Union-
Radiocommunication sector, ITU-R) か ら の 勧 告,IEC
の 特 別 委 員 会 で あ る 国 際 無 線 障 害 特 別 委 員 会(International Special Committee on Radiointerference,
CISPR)の国際規則,規格および認証制度等が存在する
ため,それらが要求する広い周波数領域にわたって標準 供給を拡張する必要がある.例えば,ITU-R勧告では 300GHz
まで国家標準へのトレーサビリティが求めら れている.また,CISPRによるEMC
規格への適合性試 験では,9kHz
からのトレーサビリティが要求されてい る.工業製品に対しては,安全性の観点からEMC
規格 への適合性試験がヨーロッパを中心として全世界で求め られる傾向にあり,EMC規格に適合しない製品や部品 は購入しないという企業も存在する.EMC規格の対象 となる電気機器の輸出額が輸出総額の 20 %程度を占め る32)日本にとっては深刻な問題である.そこで,現状の 標準供給周波数領域からさらに低周波領域および高周波 領域へと拡張することが課題となるため,産業技術総合 研究所第 3 期(2010−2014 年)における高周波インピー ダンス標準の開発方針は周波数領域の拡張である.50
GHz
を越える高周波領域の標準開発については,2 章でも述べたように同軸線路は強度不足により実用的 ではない.よって,NMIJでは導波管線路の高周波イン ピーダンス標準を開発することにより,安定な標準供給 に対応する方針である.
4 章 導波管線路の高周波インピーダンス標準開発
導波管線路は電磁波の伝播形態が同軸線路と異なるた め,新たな研究が必要である.本章では,導波管線路に おける高周波インピーダンス標準の調査報告を行う.
4. 1 導波管線路高周波インピーダンス標準開発の課題 導波管線路の概要は 2 章で既に述べた.導波管線路の 導波路形状には矩形や円形等があるが,高周波インピー ダンス標準開発において対象とするのは,最も一般的な 矩形導波管線路である.
導波管線路内を伝播する電磁波の減衰定数を例とし て,標準開発の上での課題を述べる.導波管線路の高周 波電気特性も同軸線路と同様に伝送線路寸法と物性値に よって表わされることは 2 章で述べた.そこで,開口が 矩形かつ導体内壁の表面に粗さがなく均一とした理想的 な導波管線路内を伝播する電磁波の減衰定数
α
は33),34),(6)
α
:減衰定数(Np/m)a:開口の長辺長さ(m)
b:開口の短辺長さ(m)
ρ:導体の電気抵抗率(Ω m)
μ:導体の透磁率(H/m)
c:光速(m/s)
λ:自由空間での波長(m)
である.しかし,実際の導波管線路は図 8(b)のよう に断面形状が厳密な矩形ではなく,導体内壁の表面にも 細かい粗さがある.理想形状と実際の形状の違いにより,
減衰定数に影響が生じると予想される.減衰定数の理想 的な式(6)と実際の測定値の比較はすでに報告されて おり,その比はおおよそ33),
(7)
である.ここで,式(7)は導波管線路の材質が
Cu,測
定周波数が 140
GHz
の場合であり,いくつかの研究を 調査した概ねの結果である.減衰定数が 2 倍異なるこ とより,高周波領域では伝送線路の加工精度が電気的 物理量に大きく影響すると考えられる.使用周波数帯 域が 110GHz−170 GHz
の導波管線路WR-
6 の場合を 考えると,開口寸法の規格が長辺は 1651µm,短辺は
825.5µm
であるのに対し,電磁波の波長は 2mm
程度 である.周波数が高くなるとさらに電磁波の波長は短く なり,導波管線路開口の規格寸法も小さくなる.そのた め,電磁波の波長に対する導波管線路の加工精度は相対 的に低下し,結果的に高周波領域になるほど加工精度の 影響が大きくなると考えられる.このような場合,計量 標準では,定量的評価を行い補正するか不確かさに組み 込む必要がある.定量的な評価が可能な場合は,不確か さの小さい標準を実現できる.NMIJにおける導波管線 路高周波インピーダンス標準開発の目標は不確かさの小 さい標準を確立することであるため,導波管線路の実際 の幾何形状より生じる高周波電気量への影響を定量的に 評価できる数学モデルの確立が課題となる.導波管線路の高周波インピーダンス標準確立までの過 程を予測してまとめると図 9 のようになる.3 章で述べ たように,高周波インピーダンス標準は標準器となる 伝送線路の寸法を計測し,Sパラメータ等の高周波イン ピーダンスとこれに付随する不確かさを導くことが要と なっている.それにはまず,実際の伝送線路の幾何的寸 法を計測し,評価を行うことが重要である.その次に,
不確かさを含めた寸法の計測結果を高周波電気量に反映 させる数学モデルを用いて
S
パラメータおよびS
パラ メータの不確かさを算出する.この過程と用いる数学モ デルの確立が主要課題である.このような寸法に関する 課題は標準器自体の評価に関するものである.この課題図 8 導波管線路の開口形状:(a)理想的な開口形状,
(b)実測による開口形状の予想例(認識可能な ように誇張されている)
図 9 導波管線路高周波インピーダンス標準の研究開 発課題と確立までの過程
に加えて,実際の
VNA
計測では標準器を回路中で接続 して用いるため,その接続再現性等も課題となる.この ように,全ての不確かさ要素を検討することにより,補 正または不確かさへの組み入れを行い,Sパラメータお よび付随する不確かさの評価が完了する.これらの過程 を経て,導波管線路の高周波インピーダンス標準が確立 されることになる.以下の項では,NMIJにおける寸法 に関する課題と接続に関する課題についての現状を報告 する.4. 1. 1 寸法に関する課題35)
電磁波伝搬に用いる導波管線路内部は,断面が奥行方 向に均一な矩形で細かい凹凸がない平坦な導体内壁が理 想的である.そこで,以下では導波管線路の開口長辺・
短辺,開口コーナーおよび導体内壁表面粗さを測定し,
それらの具体的な課題を検討する.
(1)開口長辺・短辺
導波管線路の内部形状として,均一な矩形が実現され ている程度を評価した.導波管線路
WR-
3(開口の規格 寸法:長辺 864µm,短辺 432 µm)の開口をスタイラ
ス直径 300µm
で約 1µm
の不確かさを持つ 3 次元測定 器で測定した.空間的な長辺長さの測定結果を図 10 に 示す.図の底面は導波管線路の短辺軸と奥行軸からなる 平面上における測定位置を表し,その位置における長 辺方向の長さ測定値を縦軸で表わしている (カラーで示 した図は資料35)を参考).測定された実際の導波管線路 開口寸法は規格通りの理想的な長辺長さ 864µm
ではな く,奥に入るにしたがって長辺長さは広がり,1µm
以 上の変化がある.また,短辺方向に依存する変化もある.(2)開口コーナー
導波管線路
WR-
3 の開口長辺と短辺がなす開口のコー ナーをレーザ変位計で測定した.結果が図 11 であり,レーザを用いてスキャンされた開口の隅の形がプロット されている.これより,実際の導波管線路は 10
µm
程 度のコーナー半径を持っていることがわかる.理論式(6)を導出した際の仮定で用いた理想的な長方形開口のコー ナー半径は 0
µm(直角)であるので,理想的な境界条
件から導出した理論式(6)では実際の導波管線路形状 を反映していないことになる.そのため,形状による電 気的特性への影響を評価するモデルの開発は主要な課題 である.(3)導体内壁表面の粗さ
導波管線路
WR-
3 の線路内壁における平面度をレー ザ変位計で測定した.平面からの変位,即ち凹凸の測 定結果が図 12 である.濃淡により導波管線路の長辺軸 と奥行軸がなす面の表面粗さを表現しており,5µm
程図 10 導波管線路
WR-
3 の開口長辺長さの分布測定結果図 11 導波管線路
WR-
3 の開口コーナー形状の測定結果図 12 導波管線路
WR-
3 の導体内壁の表面粗さ測定結果度の粗さがある(カラーで示した図は資料35)を参考).
Cu
の 場 合, 表 皮 効 果 に よ り 300GHz
の 電 磁 波 は 約 0.14µm
の表皮厚さを持つ33).この表皮厚さは電磁波波 長の 2.8 %程度に相当する.理論式(6)では表面粗さ を考慮しない条件で減衰定数を算出しているので,内壁 表面に凹凸のある実際の減衰定数はさらに大きいと考え られる.(4)寸法に関する課題への取り組み
ここまでで,導波管線路における微細な形状の測定結 果を取り上げてきたが,その結果,導波管線路作成時の 技術的課題が見えてきた.(1)から(3)で示した幾何 形状に関する課題は,導波管線路を作成する際に,断面 が小さな矩形となる管状の穴を導体にあける加工が難し いことに起因する.加工法としては,電気鋳造,引き抜 き等の方法が採用されているが,NMIJでは通常とは異 なる方法を用いることで,より高い精度で導波管線路を 作成できないか検討を進めている.
4. 1. 2 接続に関する課題35)
この項では,導波管線路を接続する際の課題について 示す.具体的には,導波管線路フランジの突き合わせる 接続面での構造的不連続である.導波管線路を接続する 際に隙間が発生する等,不連続の原因となるフランジ形 状,開口エッジおよびアライメントについて課題点を述 べる.
(1)フランジ形状
導波管線路を接続する際の締め付けに用いられるフ ランジ面には様々な形状の規格があり,現在でも新し い案が提案され,IEEE(The Institute of Electrical and
Electronics Engineers)
等で審議されている36).現状で は,110GHz
までの周波数帯域を想定した図 13(a)に 示すUG-
387 フランジや(b)に示す改良UG-
387 フランジが 300
GHz
帯でも暫定的に使用されている.UG- 387 フランジは,接触する面の面積が小さい上に締め付 け用ネジ穴の位置が接触する面の外側にあるため,接続 に不完全さが残る.しかし,改良UG-
387 フランジでは 接触面自体を締め付けるようにネジ穴が配置されている のでより確実な接続が期待できる.実際に,WR-3 の導 波管線路を用いてUG-
387 フランジおよび改良UG-
387 フランジのフランジ面における反射係数のばらつきを測 定すると,図 14 になる.改良UG-
387 フランジは繰返 し接続を行った際のばらつきがUG-
387 フランジの場合 と比較して小さくなり,電磁波の波長が 1mm
程度と なるような 300GHz
領域では,接続状態の微小な変化 も高周波電気特性に強く影響することが検証された.さ らに高周波領域では,標準器として十分な接続再現性と 使用し易さをもつフランジを検討する必要がある.(2)開口エッジ
接続用に導波管線路を切り落としたフランジ断面にお いて,その面と線路内壁が成す角度が直角であれば,接
図 13 導波管線路
WR-
3 のフランジ形状:(1)UG-
387 フランジ,(2)改良UG-
387 フランジ図 14 導波管線路
WR-
3 のフランジ面における反射係 数測定結果:(1)UG-
387 フランジの場合,(2)改良
UG-
387 フランジの場合:測定は 10 回,曲 線は不確かさを表わす.図 15 導波管線路
WR-
3 の開口付近の金属エッジ形状 測定結果:グラフに軸は右図の通り縦軸が開口 短辺方向,横軸が奥行方向.続を行う際に線路内部は構造的不連続が生じない.そこ で,実際に導波管線路
WR-
3 の導波路内面とフランジ面 が成す角度をレーザ変位計で測定し,エッジ形状を評価 した.その結果を図 15 に示す.この結果によると,90 度であるべき開口エッジには 0.3 程度の傾きがあり,奥 行方向にも傾いている.マクロでみると導波路内壁に対 してフランジ面は直角であるが,ミクロでみると導波管 線路同士を接続した際に溝ができる可能性があり,接続 部における電気的不連続の原因となる.この現象につい ても影響を定量化可能なモデルを開発する必要がある.(3)アライメント
導波管線路フランジには接続位置調整のためのアライ メント調整用穴が設けられており,ネジで固定する前に アライメント穴にアライメントピンを挿入することで開 口位置を一致させる.しかし,そのアライメントピン自 体の太さは均一でなく,ピンを挿入するアライメント穴 の径も均一ではない.また,アライメントピンの径とア ライメント穴の径も異なることがあるため,接続する導 波管線路の開口位置にずれが生じ,電気特性にばらつき が生じる.図 16 はフランジに設けられている 2 個のア ライメント穴の直径測定結果である.概ね,穴の端では 径が広がっている.これによる高周波電気量への影響を 定量化し,不確かさに含める必要がある.
4. 2 不確かさの推定
これまで,実際の導波管線路における様々な幾何形状 を検証してきた.導波管線路の高周波インピーダンス標 準確立に向けての次の大きな課題は,幾何学的な導波管 線路寸法と電気的な高周波インピーダンスを結ぶ数学モ デルの開発と不確かさの評価である.しかし,後述する
海外動向の調査でも述べるが,300
GHz
程度までの周 波数帯域に適用できるモデルの研究を行っている海外標 準研究機関は少ない37).そこで,300GHz
程度の周波 数領域における適用可能性は検証前であるが,110GHz
までの評価方法として提案されているモデル38)を適用し て,不確かさの評価を試みた.適用する情報は,前述した導波管線路
WR-
3 の実際 の寸法測定結果である.用いた導波管線路は現状で利用 できる最良のフランジ形状とされる改良UG-
387 の市販 品である.用いた不確かさ算出モデルには開口エッジと 導体内壁表面の粗さについての記述はないので,入力し た不確かさ要素は開口長辺および短辺寸法,ミスアライ メント,開口コーナーの理想状態からの偏差の測定結果 である.これらのデータから反射係数の不確かさを評価 し,さらに接続を繰り返すことによる反射係数の不確か さを含めて導出した.不確かさの見積もりを表 1 に示す.開口短辺の寸法偏 差が大きいため,不確かさはこの寸法偏差と接続のばら つきが主要因である.しかし,導波管線路の作成方法が 改善されることによる寸法偏差の低減が図れれば,接続 再現性が主要な不確かさになる.この推測はモデルの厳 密性が検証されていないため,評価モデルの開発が今後 の課題である.
4. 3 海外標準研究機関による導波管線路高周波イン ピーダンス標準の開発状況
代表的な 3 カ国について海外標準研究機関におけ る導波管線路
S
パラメータ標準の開発現状を調査し た.調査は各標準研究機関における供給周波数帯域や 不確かさ等の標準供給能力を公開している国際度量衡 局(Bureau International des Poids et Mesures, BIPM)KCDB(Key Comparison database)の CMC
(Calibrationand Measurement Capabilities)リスト
37)(図 17)や国際 会議等での情報交換の結果である.図 16 導波管線路
WR-
3 のアライメント穴直径の測定 結果表 1 主要な不確かさ要因と反射係数の不確かさ見積 もりの例