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Vol.15 No イノベーション COME TRUE Journal of Industry-Academia-Government Collaboration

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2019 4

Vol.15 No.4 2019 Journal of Industry-Academia-Government Collaboration

イノベーシ ン COME TRUE

(e-kakashi PS Solutions Corp.)

特集  アグリビジネス

(2)

CONTENTS

 巻 頭 言

バイオ戦略の策定にむけて 荒蒔康一郎 ……… 3

遺伝子操作「ゲノム編集」のルーツ、クリスパー ……… 4

イノベーションってナニ? …… 11

最新バイオ 3D プリンタ「S-PIKE(スパイク)」 ® …… 12

 特 集

アグリビジネス

現代版かかしが、田んぼや畑を見守る近未来 …… 13 鉄鋼メーカーがつくる植物用の鉄サプリメント …… 16 ローカル酵母でオンリーワンのクラフトビールを 児玉基一朗 …… 19 親水性樹脂の可能性 ―培地利用― 西村安代 …… 23

産学連携で空き家とまちをリノベーション 西野雄一郎 …… 26 地方国立大学は産学官連携でどう活路を見いだすか

第 3 回 オープンイノベーションで企業呼び込む 登坂和洋 …… 29 研究者エッセイ

産学官連携の研究をうまく進めるヒント 西山敏樹 …… 33

視点 / 編集後記 …… 35

連 載

(3)

巻頭言:Foreword

昨今のバイオ関連の技術の進展は目覚ましく、18 世紀以降の産業革命で蒸気機関があらゆる産 業を革新したように、バイオは、地球規模の課題を解決しつつ新たな産業や社会の基盤になり得 る。その射程距離は、「製品・サービス・流通」といった経済活動だけでなく、市民の「消費行動・

労働形態・生活」の在り方、さらには、世界観の変化を伴う社会や政治の変革にまで及び得ること をバイオ産業に関わる多くの産業人が認識している。しかし、このような社会構造にまで及ぶ変革 を実現するためには、これまでわが国が経験したことのない規模での、産官学の連携とともに市民 が参加する国家レベルの挑戦が必要となる。その先行事例が欧州であり、「バイオエコノミー戦略」

(2012 年)による数年間の推進と振り返りを経て新戦略(2018 年)の下、サーキュラーエコノミー と連動したバイオエコノミー戦略に取り組んでいる。ドイツでは、デジタルトランスフォームによ る「インダストリー 4.0」の次に「全ての産業のバイオ化」を目指す「Bio-Agenda」という国家 戦略をこの夏を目途に策定しようとしている。バイオエコノミー戦略やそれに準ずる戦略は、アジ アの国々でも策定されており、タイの戦略(2017 年)では 10 年間で 1 兆円を超える投資誘致を 想定している。

わが国におけるバイオ戦略はバイオテクノロジー戦略大綱(2002 年)、ドリーム BT ジャパン(バ イオテクノロジーによるイノベーション促進に向けた抜本的強化方策:2008 年)以来、策定され ていなかったが、2017 年末にバイオ戦略検討ワーキングチーム(座長;国立研究開発法人理化学 研究所・篠崎一雄センター長)が発足し、2018 年 6 月に提出された「中間とりまとめ」では、ビ ジョンとして「日本の強みを生かし、デジタル技術との融合により、市場の創出・拡大、社会的課 題の解決、SDGs(持続可能な開発目標)などへの貢献を目指す」と述べられている。さらに、昨 年 7 月に設置された政府の統合イノベーション戦略推進会議の下、「医療・非医療分野」が一体と なった新たなバイオ戦略策定の検討が、2019 年 2 月より始まった。新たなバイオ戦略では、「バ イオエコノミーの創出」という目標を掲げ、「バイオで実現する社会像」や、「注力すべき市場領域」

を設定し、その推進に産官学がコミットし、特に民間投資を大幅に増やすことが想定されている。

統合イノベーション戦略の中で、将来重要な産業分野に関する検討がなされるに従い、バイオの 重要性が改めて認識されることは先行する欧米の事例を見ても明らかである。例えば、統合イノ ベーション戦略で推進しつつあるスマートシティの考え方は、欧州における地方単位のバイオエコ ノミー政策と強い親和性のある考え方である。

今回のバイオ戦略が、イノベーションに関わるデータ基盤や遺伝資源、政府による研究開発や事 業、大学改革、知財(知的財産)、創業などの課題において、これまでの日本の強みを強化する一 方で、省庁の壁を乗り越えられなかった長年の課題や国内外の急激な変化の下で顕在化しつつある 課題に対して、根本的な対策を講じる契機になるとともに、戦略と連動して産業界が新たな投資に 積極的になることを願う。

■バイオ戦略の策定にむけて

荒蒔 康一郎

あらまき こういちろう

日本バイオ産業人会議(JABEX) 世話人代表

(4)

クローズアップ:Close up

■「X」は「9」の後継

生命科学や人工知能などの技術が進歩する速度 が増している。中でも、ゲノム編集技術で先端を 行くのが米国と中国だ。

1996 年にゲノム編集の最初の手法が開発された が、2012 年にカリフォルニア大学バークレー校 のジェニファー・ダウドナ教授(Jennifer Anne Doudna)とスウェーデンのウメオ大学のエマ ニュエル・シャルパンティエ教授(Emmanuelle Marie Charpentier)らが「クリスパー・キャス 9(CRISPR-Cas9)」を利用して遺伝情報を高い 精度で簡単に書き換える画期的なゲノム編集技術 を開発した。その技術は、高い精度と扱いやすさ から急速に世界に広まり、農作物の品種改良や遺 伝子治療への応用が進められている。昨年、中国 人研究者が「ゲノム編集ベビー」を作り出して話 題になった。人への応用は、倫理や法規整備など の問題から今でも賛否両論を呼んでいる。

そして今年、クリスパー・キャス 9 技術の生み の親ともいえるジェニファー・ダウドナ教授らは、

さらに新手法を開発し「クリスパー・キャス X(エッ クス)」と名付けて発表した。次々と新機種や新 バージョンが発売されるアプリケーションのよう で、「X」は「9」の後継と言えよう。現在のゲノ ム編集は、従来の遺伝子組み換え技術と比べると、

精度が大幅に高い反面、狙った場所とは違う遺伝 情報も書き換えられてしまう可能性があり、世界 の研究者が改良を続けている。クリスパー・キャ ス X は、DNA(デオキシリボ核酸)を切断する 酵素が従来のものより小さく、遺伝子などを細胞

に運ぶ際、酵素が小さいと効率が高くなるという。

その技術のルーツのクリスパーを発見したのが、

九州大学農学研究院生命機能科学部門生物機能分 子化学講座の石野良純教授だ。

そして石野教授も発見者の一人として、ジェニ ファー・ダウドナ教授とエマニュエル・シャルパ ンティエ教授らとともにノーベル賞の有力候補と して名前が挙がっている。

■クリスパー命名は誰が

ゲノム編集技術の中で重要な働きを担うクリス パーと呼ばれている反復クラスターは、1986 年に 大腸菌で初めて発見された。だが、発見者の石野 教授が名前を付けたわけではない。

その後、世界の研究者によって似たような配列 が真正細菌(細菌)や古細菌などで発見され、発 表者が銘々に名前を付けた。クリスパーという名 称は、スペインとフランスの研究者らが 2002 年 に論文にしたのが始まりで、いくつもあった名称 が徐々に統一され、クリスパーが広がり定着した

遺伝子操作「ゲノム編集」のルーツ、クリスパー

クリスパー・キャス 9、クリスパー・キャス X。ゲノム編集技術がスマートフォンやアプリケーションのバージョ ンアップのように進化の速度が増している。そのルーツと呼べるクリスパーの発見者は、ノーベル賞候補としても 名前が挙がる九州大学の石野良純教授だ。30 年ほど前の発見から「現在・過去・未来」。石野教授に話を伺った。

(5)

という。名称は提唱者がいても、それを使ってく れるかどうかで定着するかしないかが決まるとい うが、クリスパーは世界に受け入れられた証しだ ろう。

石野教授によれば、自身の論文の引用が増えて きたと感じたのは、2002 年ごろからで、「あれは 石野さんが発見したものなんだね」と至るところ で言われるようになり実感が増してきたという。

「発見した時は、それが何の機能を持つのかも分 からなくて、具体的なイメージも湧きませんでし た。当時は DNA 配列のデータベースもなかった ので比較するものもありませんでした。しかし、

見たこともない規則正しい繰り返し配列は間違い なく面白かったのです。その当時の研究主題はま とまっていたので、論文原稿は成立していました。

何を意味するのか分からないクリスパーの記述は、

あの論文には必須ではありませんでした。しかし、

クリスパーがあまりに規則正しい特徴的な繰り返 し配列だったので、あえて書き表した副産物なの です。こんな面白い配列を見つけました、という だけでは、論文を投稿しても受理されなかったで しょう」と石野教授は顧みる。当時、石野教授は 米国留学が決まっており、クリスパーの研究は一 旦ここで完結した。

石野教授は 1990 年代半ばから古細菌の研究に集 中する。1996 年に古細菌で最初の全ゲノム配列が アメリカのグループから発表された。このメタン産 生古細菌のゲノムの中に、クリスパー様の繰り返し 配列が 18 コピーも存在したのである。しかし、ク リスパーという名前もまだなかったし、まったく注 目されなかった。「今から振り返ればここがポイン トでした。この時期にもう一度クリスパーの研究を 始めていればね」と冗談交じりに漏らした。実際は、

ちょうどこの時期、「古細菌で別の面白いことが見 つかっていて、そこに夢中でほかに手が回りません でした」と吐露した。

2002 年にクリスパーの名前が付いた後でも、ま だ神秘的な存在の域を出ず、何をしているか分か らず仮説ばかりだったという。クリスパーが、生 体防御機構(免疫)に関係するのではないかとい う提唱は 2005 年に出た三報の論文から始まった。

クリスパーが一気に脚光を浴びたのは 2012 年に キャス 9 の機能が解明され、実用的なゲノム編集 技術が示された時である。

■ノーベル賞の条件

「クリスパーがゲノム編集に応用されたことは重 要なことで、貢献度も高く価値がある発見だとは 思います。ノーベル賞はどこに焦点を当てるかが 重要なので、応用したことが最もポイントが高い でしょう。エマニュエル・シャルパンティエ氏や ジェニファー・ダウドナ氏らは直接的な貢献をして います。しかし、ここに来るまでのプロセス全て が大事なのです。免疫に関係するきっかけを発見 した人、予言した人、実験的にそれを証明した人、

そしてその免疫機構がクリスパー・キャス 9 の機 能で動いていると証明した人たちがいます。それ らのプロセスで、最終的に日が当たっているのが、

エマニュエルとジェニファーですが、プロセスと いう意味では誰がノーベル賞を取ってもおかしく ありません。誰か特定のその人だけのものではな いと言えるでしょう。ノーベル賞が、最もオリジ ナルな部分にポイントを置く場合があるとしたら、

私の発見が該当するんじゃないの?と言ってくれ る人もいます。その意味ではノーベル賞候補じゃ ないですかという話は時々聞きます。しかし発見 したとき、全く生物学的な意味が分かりませんで したし、ただ面白いというだけでは弱いなと感じ ているのです。メインの研究ではないけど、たま たま記載しておいたことは今から思えばラッキー

(6)

だとは思いますが、このとき、もっと踏み込んで 何かしらの働きを予言しておけば胸を張って言え るのですが…」と石野教授は至って冷静だ。

さらに続けて、「ただ一つ言わせてもらえるな ら、当時の塩基配列を読む技術で、DNA の配列 を決定付けるのは大変難しかったのです。配列を 読むには、DNA ポリメラーゼが鋳型 DNA を読 みながら DNA 鎖を合成する際に、一つずつ A, G, C, T のどの塩基を入れていくかを検出するのです が、鋳型の構造によってはポリメラーゼが止まっ てしまうこともあります。止まってしまう配列の ときは解読できません。さまざまな工夫が必要で す。クリスパー配列は繰り返し単位の中に逆向き の二回対称配列があり、それがステム構造を取る のでポリメラーゼが止まってしまう典型的な例で す。ステム構造は水素結合でできるので、加熱す ると解消されます。今なら、耐熱性の DNA ポリ メラーゼを使えば高温で反応できます。しかし、

30 年前の当時はそんな酵素はないので、なかなか 解読できませんでした。全てが手作業で、毎日 15 時間働いて半年以上かかりました。今の技術でな ら、30 年前にやった大腸菌の同じ領域の配列を きっちり決定付けるのに 2 日あれば可能です」。

教授によれば、現在の技術の重要な点として、

蛍光式シークエンス装置と、耐熱性酵素の存在を 指摘する。高感度の検出を短時間で行うことがで きるポリメラーゼ連鎖反応(PCR:Polymerase Chain Reaction)技術の確立も大きく貢献して おり、ごく微量の DNA 試料で、配列解析が可能 になった。具体的には、大腸菌のゲノムを採取し、

クリスパー領域を PCR で増幅するのに半日かか り、それをクローニングする。翌朝目的のクロー ン(同じ遺伝子型をもつ生物の集団)を得て、そ れをポリメラーゼ反応にかけると、その日には結 果が出るという。しめて 2 日というわけだ。

当時のことを「本当に苦しかった。メインの研 究対象だった遺伝子の解読が終わっていたので、

クリスパー領域に関しては、ここで諦めてやらな いという選択肢もありました。しかし、せっかく ここも手掛けたので、最後まできっちりと正確に 自分の目で見たいと粘ったのです。この『最後ま

で諦めずに粘った』という部分が自分の意志でし た。そのおかげでクリスパーを論文に記載できま した。クリスパーが脚光を浴びる現在、その発見 者となれたのはそのおかげかなと感じています」

と感慨深げだ。

■ゲノム編集技術のノーベル賞は   まだ早い

ゲノム編集技術は、クリスパー・キャス 9 だけ が可能にした技術ではなく、他の技術より圧倒的に 簡単にしたという貢献がある。DNA 鎖のリン酸ジ エステル結合を切断したり、またそれを再びジエス テル結合でつなぐという、制限酵素や DNA リガー ゼによって、遺伝子にとっての「のり」と「はさみ」

みたいなものによって遺伝子工学技術が生まれた。

しかし、初期のころはまだテクニックが必要で、慣 れてないとうまくいかないものであった。PCR 法 は、遺伝子操作実験を圧倒的に簡便化し、初心者で も遺伝子操作実験ができるようにした。

ノックアウトマウス(knockout mouse)は、

遺伝子ノックアウトの技法で 1 個以上の遺伝子が 無効化された遺伝子組み換えマウスのことで、生 きた細胞のゲノムを変換する技術として生命科学 の発展に対する貢献が認められ、この技術は後に ノーベル賞を受賞した。そのおかげで特定の遺伝 子を破壊すると、ネズミはどうなるか実験できる ようになった。目的の遺伝子が改変されたネズミ を取得する効率が低く、時間も費用も労力もかか るが、価値ある方法論として広がった。

狙 っ た 遺 伝 子 を 特 異 的 に 切 断 す る 技 術 と し て、ジンク・フィンガー・ヌクレアーゼ(ZFN:

Zinc Finger Nucleases) や タ レ ン(TALEN:

Transcription Activator-Like Effector Nuclease)を活用した方法も生まれたが、これら は、標的遺伝子ごとにオーダーメイドで人工タン パク質を調製しなければならず、かなりの技術と 労力を要する技術である。

「ゲノム編集技術で何ができたかなどの実例はこ れからで、法規制も必要ですし、特許抗争も巻き 起こり混迷の状態です。そういう段階では、ノー

(7)

ベル賞も出ないでしょう」とノーベル賞には早い と教授は指摘する。

倫理観の問題をはらむゲノム編集は、生殖細胞 ではなく体細胞での活用が先に、つまり医学的応 用が先に進むと予想される。人工多能性幹細胞

(iPS 細胞)と異なり、根本から遺伝子を変えるた めより大きな可能性がある。しかしそのためには、

狙った部分だけが変わり、100%狙ったところし か変わらない技術にしなければならない。本来 の標的(on-target)とは異なる別の遺伝子(off- target)の機能を阻害、あるいは活性化してしまう 効果と通常は好ましくない副作用をどこまで克服 できるのかという問題も解決しなければならない。

教授は、「タレンなどは off-target にとってはより 安全とは言いますが、技術的に難しく、これから のゲノム編集技術としては、クリスパー・キャス が独り勝ちだと思いますね」と予測する。

■企業時代で古細菌と出会う

石野教授は大学に着任する前、宝酒造株式会社 で、制限酵素、DNA リガーゼや PCR 酵素など 遺伝子工学酵素の研究開発をしていた。グループ リーダーであった当時 PCR 技術が世に出始め、耐 熱性遺伝子工学酵素が注目され始めたという。教 授は、耐熱性酵素はどこから採取できるか検討す ると、好熱性生物だと分かり、それを調べるうち に超好熱菌のほとんどが古細菌だと知った。古細 菌研究にのめり込んでいった理由をひもとけば企 業人の頃からだ。

古細菌は、生物の主要な系統の一つで、細菌、

真核生物と共に全生物を三つに区分けする一群だ。

形態や呼び名こそ細菌と似ているが、細菌とは異

なる系統に属し、その生態や遺伝子も全く異なる。

その代表例として高度好塩菌、メタン菌、好熱菌 などが知られている。地球上の生物を三つのドメ インに分類する 3 ドメイン説として、細菌(大腸 菌、枯草菌、乳酸菌、藍色細菌など)、古細菌(メ タン菌、高度好塩菌、超好熱菌など)、真核生物

(植物、動物、真菌、アメーバ、ゾウリムシなど)

という分類が現在では広く認識されている。

■研究への思い

現在の仕事のウエイトは研究ですかと尋ねると

「一応そのつもりです」と屈託ない笑みがこぼれ人 柄がにじみ出る。研究という言葉に反応した教授 は続けて、日本の大学の問題点をこう指摘した。

「定員削減で教員数が減っている上に、教育、社 会との連携、国際交流などほかの仕事が増え、研 究する時間がどんどん割かれています。日本の大 きな大学は小さい講座制を採用していて、教授が いれば准教授、助教とチームワークを組み、そし て学部生と修士を教えます。米国など外国の大学 は、教員は全て独立に研究室を持ち、ポスドクや 大学院生に対し方向性だけ示し、あとは自分で考 えてやりなさいというやり方です。しかし、この 研究室運営は、学部生や修士課程中心の日本の大 学では無理です。低年次学生には毎日、実験など を手取り足取り教えなくてはなりません。そして 大部分は学部または修士で卒業していきます。博 士課程には、ほとんど残りません」。

さらに、「研究スタッフと時間が割かれた状態で 世界的な勝負をしなくてはなりませんから、夜間、

週末の時間が極めて重要になります。その状況で も懸命に研究する人もいれば、諦めている人もい ます。学内での個人差が激しく、世界レベルでの 競争を維持した研究は、夜や週末を犠牲にしても 研究を前進させたいという人たちの自己努力のた まものです」。

研究費について尋ねると石野教授は「九州大学 は、一流の研究大学を目指しています。しかしそ れだけの原資の提供はなく、研究費獲得も自己努 力しかありません。公的な研究費(校費)は毎年

(8)

減り続けています。今後、研究室の光熱水費など も自分で稼がなければならなくなるでしょうから、

競争的資金や企業との共同研究などで外部資金を 獲得しなければ、研究室運営ができなくなるで しょう。それだけの研究費制度が今の日本に整っ ているでしょうか」と疑問を投げかけた。「研究 費を稼げる人は研究室を与えられ研究が続けられ、

稼げない人は退場してくださいというのは、それ で正しいかもしれません。研究していない研究者 にも同様に研究室が提供されるのは不公平でもあ るでしょう。従って、自己責任で間接費や固定費 を賄うベースの資金獲得が求められます。外部資 金獲得ができないと 1 年間の研究室運営ができな い状況になるのですから、研究室を維持するため に必死になって研究費を獲得するために努力をし なければなりません。しかし、出口のはっきりし ない研究には研究費がつかないので、新奇な発見 の芽を摘み、また芽が出てもそれを育てる機会が なくなるのではないかと心配です」と不安な胸の 内を吐露した。

「遺伝子工学や PCR、そしてゲノム編集という 生命科学発展のキーになるテクノロジーは、全て 細菌や古細菌などの原核生物の分子生物学研究か ら生まれて体系化されている技術なのですが、最 近、特にこの研究領域に対するサポートが減って きています。生命科学の究極の目的はわれわれ人 類の生命機構の理解と健康維持にあるので、高等 真核生物、中でもヒトの研究が最優先されます。

ですので、技術の発展とともに多くの研究者がそ の領域の研究をするようになっていくのも当然か と思います。しかし、その技術は原核微生物研究 からもたらされたものであり、原核微生物の研究 が衰退するのは決していいことではないと思いま す。外部資金申請者の評価をする多くの方々が、

高等真核生物領域の研究を優先し、原核微生物学 を軽視されると、古細菌や細菌などの原核微生物 についての研究提案が採択されません。最近、ま すますそういう傾向は強まっているように思いま す。もちろん、ヒトの研究は大切ですから、真核 生物の研究が大部分を占めていていいのですが、

原核生物の研究をなくせば、次の技術は出てこな

くなります」と窮状を訴える。このような、研究 費に関する乗り越えにくい物理的ハードルがある ようだが、教授は「それでも、私は申請しますよ」

と公的外部資金獲得に積極的に挑戦し、民間企業 との共同研究も積極的である。

「生命科学は、ヒトの生命現象を理解した上で健 康維持のために貢献できる研究です。そのために ヒト細胞や哺乳類を使った分子生物学研究は間違 いなく重要です。しかし、その基となる生命現象 の根本原理は微生物でも同じであり、太古の地球 で生命活動が始まったところから引き継がれてき ました。その基を理解することが重要です。私の 経験から、単純な分子メカニズムが技術につなが ります。複雑だとそれを利用した技術開発はより 難しいのです。私は今、太古の熱環境で生息して いたであろう超好熱性古細菌が持つ独特の酵素、

分子機構が、次のキーテクノロジーを生み出すと 考えていて、それを信じて実際に実現させようと しているのです」。

■クリスパー・キャス以上の  新技術を

現在は、超好熱性古細菌がどのように高温下で 生命を維持して生息しているのかに興味を持って 好熱生命の解明を主テーマに、それを動かしてい る酵素、たんぱく質因子を研究している。「細胞内 代謝において、DNA がどのように形を変えなが ら遺伝情報が維持されるのかを研究すると、そこ からは間違いなく遺伝子工学に有用な酵素が出て くるのです」という石野教授の言葉に、勘のいい 人なら分かるだろうが、ゲノム編集技術の研究だ。

クリスパー・キャス 9 の周辺は、特許が複雑に絡 み合いがんじがらめだ。そこで特許を必要としな い「純国産の新規ゲノム編集」が生まれてくるの ではないだろうか。

「遺伝子工学技術を開発する際に、こうなればい けるぞというコンセプトがあると、それを実験で 証明していかなくてはなりません。効率が低く条 件に左右されるようなら実用化は難しいのですが、

熟練していない人でも操作できるような技術にす

(9)

るためには、簡単で効率が良いというのが必須で す。例えば、クリスパー・キャス 9 より高効率で、

オフターゲットがより少ない国産技術ができれば よい。クリスパー・キャス 9 の特許に縛られない 異なる原理の技術で、少なくともクリスパー・キャ ス 9 と対等以上の効率で、高校生でもサマース クールなどで研修すれば使えるくらい簡単な技術、

そういうものが望まれます。クリスパーを発見し た自分が、今のクリスパー・キャス技術の問題点 を克服できる新しい技術で追い抜けたら素晴らし いと思っています」“粘りの石野”らしい飽くなき 探求はとどまることを知らない。とは言うものの、

今年 4 月で、定年までのカウントダウンは残り 4 年だ。4 年という期限での勝算はあるのか。そこ を尋ねると石野教授は、「ぎりぎり定年前の 64 歳 でもし幸運にもクレスト(戦略的創造研究推進事 業 CREST)に採択されたら 69 歳まで研究できま すね」と軽妙に返しながら、「少なくとも正規の定 年までに成果を出したいと思っていますよ」と意 欲を示した。

■研究者を目指す若手に対して

─ これから研究者を目指している人や、若い研究者に アドバイスを聞かせてください。

石野 研究で大事なのは好奇心。これを知りたい、

この現象を知りたいと探求することが大事。やらさ れている間はなかなか伸びないものです。自主的に やらないとだめです。大学院に進学したとき伸びる 人が何人出てくるかが日本の科学の発展にとって大 事なことで、目覚めさせるのがわれわれ教員の仕事 です。何が面白いか分からないで研究室に入ってく る卒研の学部生や入学してくる大学院生にとって、

そこで始めた研究は、その人の一生を左右します。

最初の研究室選びでは自分の興味にどのくらい適し ているかは分からないので、その部分はどうしよう もないのです。ですから、私の研究室に少しでもシ ンパシーを感じて入ってきたのなら、ぜひともこの 研究は面白いと感じてほしいのです。最初は、やら されていると感じても、少しずつでも自主的に実験 し探究できるようになるでしょう。ですが現在の大

学院では、大部分の学生が修士課程まででそこまで 到達しません。修士課程は 2 年と短く、途中から 就職活動もあり研究のことを考えていられる時間は 本当に短いです。それでも 2 〜 3 年に一人は取り 組んでいる研究を続けたいと思って博士課程に進学 します。そういう学生の成長を見守るのは大変楽し いものです。大部分の学生が博士課程に進学しない のは、就職年齢や経済的な心配も大きいと思います が、修士課程の研究内容に本当の面白さを感じてい ないのではないかとも思います。

─ ポスドク問題も影響している?

石野 よくよく考えてみると、博士課程を終えて すぐに職に就けるかという問題は、今も昔もそん なに変わっていないのではないでしょうか。博士 の人数が増えたのは間違いないので、就職の競争 は激しいと考えると、30 歳や 40 歳になっても仕 事がないと想像すると大変不安になるのも分かり ますが、急激に博士課程進学者が減っている現在、

逆に博士号を取得したての若い優秀な 30 代の助 教候補者が特に枯渇してきたように思います。自 分で前に進むことのできる力を付けた人なら、必 ず仕事はあると思うのです。

(10)

─ 博士課程に進んで、自分が本当にやりたい研究はで きますか。

石野 博士課程で自分が本当に何をやりたいか見 つけられたとしても、それをどの程度実行できる かは周辺環境や研究費の問題もあり、やりたい研 究と実際の研究が必ずしも一致するとは限りませ ん。正規の研究職に就けたとしても、本当にやり たいことができるか分からなければ不安でしょう。

正助教として採用されても、研究費を獲得できな いと評価が悪くなり次の職に影響します。だから 自分の研究の展開方法を考えて、社会にどう役立 つか伝わるよう申請書を書く必要があるし、採択 されたらその成果を出さなければなりません。本 当に自分がしたかったことと実際にやっているこ とが変わっていくかもしれません。もしそうなっ ても、本当は自分が本来やりたい研究を少しでも 並行するくらいの余裕が必要だと思います。

もう一つ強く感じるのは、自分のやっている研 究を上手く伝える能力が、研究者として生き残っ ていくために特に重要だということです。口はう まいけど実験は下手とか、逆に寡黙だけど地道に 実験をして素晴らしいデータを提出する人もいま す。今の時代、後者は特に不利だと思います。研 究費獲得の過酷な競争の中を生き残っていくため に、今の研究者には、研究力に加えてコミュニ ケーション能力やプレゼンテーション能力が強く 求められます。生まれつきその能力の高い人は圧 倒的に有利です。独創的な研究には、やはり一つ のことに拘り、何度も実験を繰り返し、長い時間 実験室で働いていても苦労とは思わないような集 中力が必要と思います。しかし、そういう人が、

人前で話をするのが嫌いだったり、人付き合いが 苦手だったりすることは少なからずあります。研 究を続けるために、そういう苦手なことも克服す るためにできるだけの努力が求められます。これ らは研究者として生きていくためにとても重要な ことですが、研究を続けるためにこれだけ多くの ことが求められることを話すと、若い人が研究者 を目指す自信をなくすことが心配ですので、話し 方に気を付けています。

今思っていることとして最後に、昨年移転した

九州大学新キャンパスは鉄道駅からも遠く、学生 生活にとってはとても不便な所ですので、大学院 生活には少々不利です。他の研究大学がより便利 な位置にあることを考えると、大学院進学の志望 をディスカレッジしてしまわないか心配しますが、

そういうことよりも、九州大学のこの研究室でし か学べない研究の独創性により関心が持たれるよ うに研究を進め、情報発信していきたいと思って います。

─ 長時間、ありがとうございました。

107 年の歴史を持つ福岡市東区の箱崎キャンパ スは、九州大学発祥の地だ。しかし施設老朽化な どの問題で、昨秋には福岡市西区の伊都キャンパ スへ移転を完了させた。箱崎は福岡駅から近く交 通至便だったが、伊都は福岡の都心部から距離が あるぶん、広大で 1 キャンパスに統合した。

(本誌編集長 山口泰博)

(11)

ニュース:News

イノベーションってナニ?

独 立 行 政 法 人 国 際 協 力 機 構

(JICA「ジャイカ」)は、イノベー ションをテーマにした企画展「イ ノ ベ ー シ ョ ン っ て ナ ニ? 展  驚 き の ア イ デ ア と テ ク ノ ロ ジ ー」

を JICA 地球ひろばで開催中だ。

JICA 地球ひろばは、市民による国 際協力を推進するため、世界が直 面する様々な課題や、開発途上国 と私たちとのつながりを体験でき る展示を行っている。

グローバル化が進み、デジタル 技術などにより科学技術が飛躍的 に発展するこれからの時代に、貧 困や教育、紛争、環境などの問題 は世界規模で解決を図る必要があ る。その解決の手立ては、新しい発想と知恵を生かしたアイデアとテクノロジーを「イノベーション」と捉 えたもの。日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関である JICA ならではの、過去に蓄積してき た国際協力のノウハウに加え、最新のデジタル技術を使うだけでなく、知恵を絞り、新旧の技術を組み合わせ ている。

企画展示は、教育、経済、環境、IT、防災など、世界を取り巻くテーマを実体験でき、子どもたちも興 味津々だという。例えば、中米ホンジュラスで手掛けた、ペットボトルライトは、太陽光を当てると乱反射 によって灯りとして使用でき、現地でも手に入るペットボトルに水を入れ、トタン屋根に取り付けたその実 物を見ることができる。現地を身近に感じられリアルそのものだ。安くてシンプルなデザインで設置も簡 単、そして少量の水で洗浄できる開発途上国向け簡易式トイレ「SATO」。屋外排泄や汲み取り式トイレな どによって、悪臭や伝染病の危険にさらされている地域で利用が拡大している。

そのほか、アフリカでは血液医薬品の運搬や土地測量、南米では、治安上立ち入りが危険な地域の森林減 少調査などで活躍するドローン。飛行機のような翼で、2 時間以上の飛行を達成する高性能 AI 搭載・自律 飛行ドローン「SWIFT(スウィフト)」を間近で見ることができる。

「イノベーションってよく聞く言葉だけど、いまひとつ分かりにくい」と考えている人にはお勧めの展示 といえそうだ。

場所は、「JICA 地球ひろば(東京都新宿区)」、5 月 24 日まで開催。開館 10:00 ~ 20:00、土・日・

祝日は 18:00 まで。入場無料。

(本誌編集長 山口泰博)

高性能 AI 搭載・自律飛行ドローン「SWIFT(スウィフト)」

(12)

ニュース:News

最新バイオ 3D プリンタ「S-PIKE ® (スパイク)」

九州大学発再生医療ベンチャーの株式会社サイフューズ(東京都⽂京区)は、⼩型の研究⽤細胞版 3D プ リンタ「S-PIKE®(スパイク)」を開発・製品化した。

同社は、スキャフォールド(人工足場材料)を使⽤せず、細胞のみで立体的な組織を作製する独自の基盤 技術を活⽤して、病気やケガで機能不全になった組織や臓器などを再生させ、従来の手術や治療法では満た されることのなかったアンメットニーズを抱える多くの患者に貢献することを目指している。

この技術を搭載したバイオ 3D プリンタ「Regenova®(レジェノバ)」を澁谷工業株式会社(石川県金沢 市)と共同開発し、2012 年から国内外で販売。骨軟骨再生、血管再生、末梢(まっしょう)神経再生など の再生医療分野での実⽤化を目指した研究開発を行っている。

今回新たに製品化した S-PIKE®は、1 本の微細な針に複数のスフェロイド(細胞塊)を配列・固定し、

複数のスフェロイドが固定された針を整列させることで自由度の高い立体的な細胞組織が作成可能となっ た。また、これまでの Regenova®より大幅に⼩型化され、安全キャビネット内に設置可能となり創薬や組 織工学分野での研究⽤途としての利⽤が期待されている。

同社では、検体検査機器や試薬を手掛ける大手、シスメックス株式会社(兵庫県神戸市)との販売提携に よって、基盤技術の普及を加速させる構えだ。

2017 年には、大学などの成果を活⽤して起業したベンチャーのうち、活躍が期待される優れた大学発ベ ンチャーを表彰する「大学発ベンチャー表彰 2017」において、科学技術振興機構理事長賞を受賞していた。

(本誌編集長 山口泰博)

バイオ 3D プリンタ「S-PIKE®(スパイク)」

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特 集

特 集

Feature アグリビジネス

■栽培をナビゲートする IoT 機器

「e-kakashi(いいかかし)」は、田んぼや畑などの圃場(ほじょう)から温度湿度、日射量、土壌内の温 度や水分量、二酸化炭素、電気伝導度など環境情報や生育情報を収集し、栽培ナビゲーションをしてくれる 農業 IoT ソリューションだ。

収集されたデータはいつでもどこで もスマートフォンやタブレット、パソコ ンなど手持ちの端末から閲覧可能。見や す い GUI(Graphical User Interface)

で表示され、直感的に今の圃場の様子 を把握できる。さらに行った作業を入 力するとそのタイミングの環境情報に 自動でひも付けされるため、これまで 培ってきた経験や勘といった「知見」

を、簡単に電子マニュアル「ek レシピ」

に落とし込むことができる。また収集 されたデータは植物科学に基づいて構 築された「ハイブリッド AI」で分析さ れ、生育ステージごとに重要な成長要 因や阻害要因を特定する。例えば病害 虫発生など栽培工程におけるリスクを アラートしたり、何をすべきか、どう対処すべきかなど対処法をナビゲートしたり、栽培における判断をサ ポートする仕組みを提供する。カーナビのルート表示に該当する機能といえる。

「ek レシピ」にデータとして記録された知見は、複数の利用者で共有可能とし、栽培はもとより栽培指導や 農作業の精密化と効率化を支援する。地域独自の栽培ノウハウの蓄積をはじめ、品質・収量向上に貢献する。

ゲートウェイとなる親機は、センサーノードと呼ばれる子機からの取得データをクラウドに転送する収集 装置で、面倒なセットアップも不要だ。スイッチオンでクラウド環境へと簡単に接続し、子機へとつなげ る。そして子機は最大 100 台まで増設可能だ。子機は、圃場の環境情報を収集し、親機に送信する装置で、

センサーを接続し、温度、湿度、日射、土壌水分などの情報を取得する。また、バッテリー内蔵だから設置 場所には電源がいらない。

それらを開発し製品化してきたのが PS ソリューションズ株式会社(東京都港区)フェロー(システム情 報科学)の山口典男博士をはじめ、同 CPS 事業本部農業科学 Lab. 所長(学術)の戸上崇博士だ。装置に

現代版かかしが、田んぼや畑を見守る近未来

米や野菜などの栽培をナビゲートする IoT 機器「e-kakashi」が、農業の現場や教育で利用が進んでいる。開発 を主導してきたのは、ソフトバンク株式会社の子会社で博士号を持つ PS ソリューションズの会社員たちだ。

田んぼに設置された e-kakashi(写真はイメージです)

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は学術的知見が詰まっており、東京大学特任教授の二宮正士氏にもアドバイスを受けながら開発してきた。

2015 年の販売開始以来、国内外で普及が進み、350 サイト以上で稼働中だ。

戸上氏は「10 分に 1 回計測するだけなのでバッテリーは 3 年間持ちます。防水防塵で、子機はマイナス 20℃~ 60℃まで対応します。北海道での試験では、マイナス 15℃で 1 週間半耐え抜いて稼働しました」

と誇らしげだ。

■普及促進戦略

昨年は、福岡県宗像市「むなかた園芸農業 ICT 技術普及促進事業」が総務省「ICT まち・ひと・しごと 創生推進事業」に採択、ICT の利活用推進によって地域の活性化を目指すプロジェクトが実施されること を受け、同社の e-kakashi を農業 ICT ツールとして採用。福岡県のイチゴブランドとしても知られる「あ まおう」のハウスに設置された。

また、ビニールハウスなどの園芸施設での実績を生かし、養鶏に応用する研究が始まっている。IoT セン サーによって施設内の温度と湿度など養鶏の現場で必要とされるデータも収集、分析する仕組みで、鶏舎内 の環境に急激な変化があれば、メールや管理画面上にアラートを出す。

空調を管理するカーテンも、IoT モーターに交換するだけで遠隔操作によって開閉を可能にし、空調管理 の効率化も実現させるソリューションも研究中。将来的には、遠隔地から水やガスなどの流体制御も可能に するという。園芸や畜産など、手掛ける品目の種類を選ばず応用が可能で、実用化が期待されている。

経験と勘に頼っていた室内温度や空調管理を、飼育成績と連動して記録し、AI で分析すれば、養鶏農家 の知見や技術の「見える化」で農業以外の利用も広がるだろう。

そのほか、農業情報学会開発奨励賞を受賞し同社の e-kakashi が学術的にも認められ信頼の証しを得た。

新規機能も次々と発表し、アプリ「e-kakashi Ai(アイ)」は、圃場周辺の天気、気温、湿度、日射量、

風向き、風速、降水量などの気象情報を 1km 四方の細かさで把握し表示する。収集した気象情報を AI が

戸上崇氏

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特 集

分析し、気象災害への対策や作物の生理障害や病害虫発生の予防方法を事前に提案し、農作業に必要な判断 までも手助けする。農薬散布のタイミング効率化にも威力を発揮する。

■ IT リテラシーと農業情報リテラシーを学ぶ人材育成

戸上氏は、農業 IoT 機器を活用するには、計測データや作物の生育情報を、植物科学的な目線で読み解 く力として、IT リテラシーと農業情報リテラシーの二つが必要だという。宮崎県立農業大学校をはじめ九 州の農業大学校を中心に、計測したデータをどう役立てるか…までを学ぶプログラムだ。

未来を担う若者に対して科学的根拠に基づいた農業教育と、最先端技術にも触れてもらう機会を設けるこ とで、次世代につながる強い農業に貢献する教育を行っている。

e-kakashi を活用し、科学的な栽培を実践しながら、農業でこれまで培われてきた経験や勘といった技術 と知識の継承に加え、国内外の農業課題、最先端のテクノロジー科学と環境保全までを組み込んだ広範な人 材育成だ。

e-kakashi は、親機と子機 をそろえると、初年度 100 万 円ほど。以後月額 7 ~ 8,000 円の費用を必要とするため個 人農家にとって安くない導入 費となる。だが先の福岡県宗 像市、京都府与謝野町など自 治体が導入し、地域全体での 活用が進んでいる。その活用 は国内にとどまらず日本の総 務省とコロンビア政府とのプ ロジェクトでも活用され、そ れが同社の強みであり戦略と 言える。

 高齢化による地元農業衰退に歯止めをかけるには、「経験と勘」を見える化し継承が課題だ。最先端技 術を活用しても、プロジェクト期間中だけの使用で終わり、倉庫でほこりをかぶっていることのないよう細 部に手を入れ、人も育てる。田んぼや畑の中で見守ってきた案山子(かかし)が、e-kakashi のような AI を組み込んだ IoT 機器に取って代わる近未来の農業の姿を見た。

(本誌編集長 山口 泰博)

e-kakashi を使った、宮崎県立農業大学校での教育プログラム

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Feature 特 集 アグリビジネス

■特殊鋼開発で培った技術を応用

トヨタグループの愛知製鋼株式会社(本社:愛知県東海市)は、特殊鋼の開発で培った技術を応用し、

2003 年から農業製品を販売してきた。自動車向けの特殊鋼素材メーカーというイメージが先行する同社の 販売ルートも、そのほとんどが BtoB なのだが、農業製品だけが BtoC だ。

その歩みは意外と古く、1990 年代後半ごろからリサイクル技術開発に取り組むなかで、ある一定条件下 だと、自然界では希少な酸化第一鉄(FeO)が大量に生成されることを突き止めた。FeO の特徴の一つに 鉄イオンの安定供給があり、これを活用できないかと考えたのが始まりだ。

植物の生長には 17 種類の栄養素が必要だが、炭素と水素と酸素は大気や水から供給されるため、肥料と して必要ない。植物・肥料としての 3 大栄養素は窒素、リン酸、カリウムが知られていて、それぞれ茎葉 や根の成長、開花や結実促進、そして根や茎を丈夫にするために最も多く必要だ。

さらにカルシウム、マグネシウム、イオウに加え鉄、銅、マンガン、亜鉛、ホウ素、モリブデン、塩素、

ニッケルなどが続く。これらの要素は光合成を促進させ、アミノ酸を合成し、酵素の活性化などさまざまな 役割を受け持ち、土壌のミネラル成分が供給源となっている。

その中でも鉄は、植物に欠かせない微量元素の一つだが、自然には吸収されにくい。同社の農業製品は、

植物に鉄を供給するサプリメントのような商品なのだ。

鉄鋼メーカーがつくる植物用の鉄サプリメント

トヨタグループの愛知製鋼といえば、特殊鋼を中心とした素材メーカーだ。だが意外にも 15 年以上も植物用の 活性材や肥料を販売している。鉄を研究してきた同社だからこそできた農業製品は、世界の食料事情を変える可 能性さえ秘めていた。

愛知製鋼本社ショールーム

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特 集

■「鉄力シリーズ」を販売開始するも当初は苦戦

鉄イオンを安定的に供給できる素材を開発し、家庭用園芸や農業へ展開した商品「鉄力(てつりき)シリー ズ」は、2003 年に販売された最初の商品が「鉄力あぐり」だ。その機能は、葉っぱの緑色の素でもある葉 緑素の合成に、必須元素の鉄を供給してくれる。葉緑素が増えれば、光合成が促進され栄養素も増えてい く。そのため植物の生長、花芽の増加、野菜や果物なら収穫量の増加が期待できそうだ。さらに、顆粒・粒 状タイプの「鉄力あぐり」に加え、液状タイプの「鉄力あくあ」もラインアップに加えた。

2006 年には、農家向けに「鉄力あぐり B10」、2007 年には「鉄力あくあ F10」を開発し、園芸を趣味 とする個人向け商品から、農家向けへと販路を拡大させた。同年には、肥料成分を加えた家庭園芸向けの

「鉄力あぐりスーパー」と「鉄力あぐりグレート」も投入した。

愛知製鋼が製造する特殊鋼や鍛造品は企業向けの受注生産が基本で、安定的な販路だったが、同社にとっ ては、個人向け商品の販路は経験がなかっただけに当初、苦戦を強いられたという。ホームセンターや農 業協同組合(JA)グループのほか、直接農家を訪問し、手売りでの販売ルート獲得を狙ったことも。その 学びから、2008 年を皮切りに大規模な植物工場や農業生産法人などへ販路を求めた。また、大手種苗メー カーの株式会社サカタのタネ(本社:神奈川県横浜市)などアグリビジネス専門企業との協業を模索した結 果「鉄力あくあ F14」を発売。JA や種苗店など、サカタのタネが持つ販路を通じ全国展開にまでこぎ着けた。

2015 年には家庭用園芸分野を強化したいアース製薬株式会社(東京都千代田区)と提携し、園芸用肥料を 製造。アースガーデンブランドとして全国で販売されている。

■ムギネ酸の量産化で世界の食料問題に挑む

世界の耕作地のおよそ 30%は、塩類を多く含み、アルカリ性反応を示すアルカリ土壌だという。主に中 東や東アジア、アフリカ北東部などの乾燥地帯に分布する。そのような土壌では、鉄分が十分でも、植物が

「鉄力シリーズ」

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鉄を吸収しにくい不溶態化によって鉄欠乏が起きる。鉄分を供給できれば、単位面積当たりの収穫量を増や し、耕作不適地を減らすことも可能となる。農耕地に転換を図ることができれば、食料問題の解決にもつな がるだろう。そのためには、鉄分の吸収を高めるイネ科植物由来の「ムギネ酸」の量産化がカギとなる。植 物は鉄分によって葉緑素を作り光合成をする。従って、土壌には吸収しやすい鉄分が必要となる。

イネ科植物が根から分泌するムギネ酸は、土壌の鉄分を包み込み、植物が吸収しやすいように変える「天 然キレーター」だという。1970 年代に岩手大学の故高城成一博士がムギやイネの根から分泌されているこ とを世界で初めて発見した。

一般的に使われているアルカリ性土壌向けの鉄分供給剤は、「合成キレート鉄」が鉄供給材として使用さ れている。これは、アルカリ土中でも安定して存在するが、一方で微生物に分解されず、土壌や地下水にも 残り環境汚染が危惧されるのだが、ムギネ酸はそうした心配がない。しかし、天然のイネ科植物から 1 キ ログラムのムギネ酸を抽出するには、1 ヘクタールもの植物工場が必要なため、コスト増は避けられない。

また、有機合成で作ることも可能だが、複雑な反応を必要とすることから希少となり、細胞レベルでの試 験しかできないという。そこで、徳島大学の難波康祐教授らが、ムギネ酸を効率的に合成する方法を開発。

その有機合成法は、グラム単位で合成でき、愛知製鋼と同大学が、2016 年から共同研究を実施しており、

効率的な抽出方法によって低コストと量産化を検証中だ。

イネ科の中でもオオムギは、ムギネ酸の分泌量が最大級であることから、オオムギを鉄欠乏状態にして、

根から分泌液を採取するなど研究が重ねられている。

(本誌編集長 山口泰博)

ムギネ酸を鉄欠乏オオムギから採取

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特 集

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Feature アグリビジネス

■ローカル酵母の発掘と活用による新たな地域価値創造

酵母は、発酵食品・飲料の製造に用いられ、最も身近な有用微生物の一つである。

酵母が生み出すさまざまな風味や香りは、発酵産物をさらに魅力的にしている。近 年、一般的な市販酵母とは異なる、自然界から新たに分離された「いわゆる天然(野 生)酵母」を、製パンや醸造に活用するケースが増加している。国内外での食品や 飲料に関する自然志向、また、製品の差別化や付加価値付与に関連した流れと言え よう。われわれは、特徴的な地域資源に由来するユニークな酵母(「ローカル酵母」

と呼称)を発掘・活用し、産学官の密な連携により、オンリーワンの新規商品開発 による新たな地域価値創造と地域活性化にチャレンジしている。

■地域連携ローカル酵母活用プロジェクト

各地方自治体は、地域食材を活用した新規加工品の開発にしのぎを削ってい る。一般的には、果物など特産品を地域資源ターゲットとしてダイレクトに利活 用するが、酵母のような地域生息有用微生物も、それぞれの地域に特有かつユ ニークな地域資源であると捉えて、地域食材プラス「ローカル微生物(酵母)」

のコンビネーションにより、新たな製品(発酵食品・飲料)創造を試みる例も多い。

鳥取大学が関わっているローカル酵母活用によるクラフトビール開発プロジェ クトの発端は、5 年以上前にさかのぼる。地元鹿野町で町おこし事業に取り組ん でいた鹿児嶋敦氏(現 AKARI Brewing 代表)が、クラフトビールブルワリー を将来的に立ち上げたいと考え、醸造用酵母を地元の材料から取得できないかと いう相談を大学に持ちかけたことがきっかけである。微生物学・植物病理学を専 門としていた筆者らがその手助けをすることとなり、新たに有用酵母の分離に取 り組んだ。

鳥取市各地や大学周辺において、桜の花などから酵母の採取を試み、シーケン ス解析により種名の同定を行ったところ、醸造用酵母など有用酵母は極少数であ るという点に驚かされた。酵母専門家でないための単なる知識不足であったが、

後から考えると、一般的なパン酵母/ビール酵母であるサッカロマイセス・セレ ビシエに拘らず、全く別種の発酵能を有する酵母も候補株として収集できたこと は幸いであった。その後も、種々の材料から酵母の分離を継続し、候補株に関し ては簡単な発酵能検定などを行い、クラフトビール醸造や製パンに使用可能な候 補株のコレクション(ライブラリー)構築を進めた。さらに鳥取大学からは、「未 発掘地域資源であるローカル酵母の活用による地域産業創造・地域活性化プロ

ローカル酵母でオンリーワンのクラフトビールを

児玉 基一朗

こだま  もといちろう 鳥取大学大学院 連合農学 研究科 教授

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ジェクト」としてサポートを受け、地域ブルワリーとの連携により製品化を目指 した。

■ラカンセア酵母との出会いと活用

花や果物など地域を代表する素材から酵母を分離し、日本酒、焼酎、ビール醸 造などに活用する試みは、これまでに数多くの自治体や研究機関、大学などにお いて行われてきたことは周知の事実である。これらの優れた産学官連携プロジェ クトの成果として、多くの魅力的な製品が市場にも出ている。その状況の中で、

後発かつ専門家でないわれわれが、先行研究との差別化と優位性の担保のため特 に心掛けたことは、ストーリー性と独自性・新規性である。

ストーリー性については、それぞれの地域、地方には、人々が面白いと感じ る、また思い入れのある素材が数多く存在しており、それらの知識や情報はプ ロダクツに深みを与え、味わう人々の楽しさや喜びを強くするはずである。例 えば、①鳥取の代表的な地域資源である二十世紀梨のオリジンとも言って良い、

100 年以上前に初めて県内で栽培が開始された「二十世紀梨親木」(写真 1)か らの梨酵母、②花見の名所であり、鳥取大学前身の鳥取高等農業学校ともゆかり のある鳥取市袋川土手のソメイヨシノの花からの桜酵母、③山陰の名峰である大 山(だいせん)のミズナラ・ブナ林からの大山酵母などである。

独自性・新規性については、酵母=サッカロマイセス・セレビシエという見方 に拘らず、非サッカロマイセス酵母の活用にあえて挑戦した。その中でも、特に 注目したのが、発酵能を有するラカンセア・サーモトレランス(写真 2)である。

ラカンセア酵母の発酵能は、以前より日本人研究者からも報告されており、ま た、サッカロマイセスとの混合培養により、ワインに特徴的な酸味と香りを与え る試みも海外で提案されている。ラカンセアの最大の特徴は、高い乳酸生産能に より、発酵産物に強い酸味を与えることにある。当研究室の赤木靖典研究員が、

写真 1  二十世紀梨親木(鳥取市桂見)

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特 集

ソメイヨシノ花からのローカル酵母分離の過程で、培養条件によって芳香を発す る酵母株を見いだしピックアップしたが、それがラカンセアであった。発酵試験 でも良好な結果を示したため、さらに検討を進めたことが、実用化につながった。

本酵母に関しては、最近、クラフトビール大国でもある米国で注目すべき報告 がなされている。それは、ラカンセア単独による新しいサワービール醸造法の提 案である。サワービールとは酸味を有するビールの総称であり、従来マイナーな 存在であったが、現在米国でもブームになりつつある。サワービールにはいくつ かのカテゴリーがあり、伝統的なベルギーの自然発酵ビールであるランビック や、乳酸菌添加によるケトルサワーリング法においては、いずれも乳酸菌が酸味 の源となっている。また、柑橘類や梅などを加えて酸味を与える手法も、多くの ブルワリーで行われている。一方、ラカンセアを用いるサワービール醸造はこれ らとは全く異なり、ビール酵母(サッカロマイセス)に替えて、ラカンセアを主 発酵に使用するだけである。そのため、プライマリー・サワーリングと呼ばれて いる。なお米国で使用されているラカンセア酵母は、野生の蜂から分離されたも のである(蜂酵母)。

■ラカンセア酵母によるサワービールの開発

約 1,000 株の鳥取大学ローカル酵母ライブラリーからラカンセア酵母を選抜 し、鳥取市内のソメイヨシノ花から分離した株をクラフトビール醸造に供試し た。約 2 年前より、株式会社石見麦酒(島根県江津市、山口巌雄工場長)の協 力を得て、ビール試作を開始した。石見麦酒は、小ロットのビール醸造に適した 保温装置とビニール袋を用いた、通称「石見方式」と呼ばれる醸造法を開発して おり、試験的な醸造も得意とするブルワリーである。国内初となる試みは、培養 条件や最適なレシピの検討など苦労が続いたが、数度の試作品醸造を経て完成し た。2018 年秋より、東京や広島のクラフトビール専門店での提供も始まり、好

写真 2   ラカンセア酵母の SEM(走査電子顕微鏡)像(矢印:出芽痕)

(鳥取大学医学部 稲賀すみれ博士撮影)

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評を得ている。さらに、ラカンセア・サワーエールという商品名で、ビン詰め製 品の販売も開始された(写真 3)。

地元鹿野町の AKARI Brewing からも、2019 年初頭より鹿野町城跡公園の ソメイヨシノ花から分離されたラカンセア酵母を使った新製品(シトラスサワー エール PARTY BUDDY)の販売が開始された。

また、ラカンセア酵母による全く新しいパン作りも、地元ベーカリー(一心庵、

鳥取市鹿野町)により進められており、製品化も近い。

■今後の展望

それぞれの地方、地域に生息している酵母などローカル微生物は、ユニークか つ魅力的なものづくりに貢献できることは間違いなく、無限の可能性を有してい る。今後も「普通でないローカル酵母」(non-conventional local yeast)を活 用した製品開発と、地域活性化に取り組んでいきたい。

写真 3  ラカンセア・サワーエール(石見麦酒)

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■養液栽培の新培地 ~親水性樹脂培地~

樹脂は、ポットやプランター、マルチ などさまざまな農業資材で使われている が、それを使って植物を栽培するという のは意外に思われるかもしれない。養液 栽培用の新しい培地として親水性樹脂利 用の可能性について、株式会社クラレと 2010 年から共同研究を行ってきた。樹脂 は一般的に撥水性(はっすいせい)が高 いものが多いが、高分子構造内に水分を 取り込んでいるのが親水性樹脂の特徴で ある。試験栽培を経て「SophiterraⓇ」(ソ フィテラ)という商品名でクラレから販 売されている(写真 1)。

■土 VS 樹脂培地、ロックウール VS 樹脂培地

植物を栽培するには「土作り」が大切!? 最近は土を使わない農業も広まっ ている。土を使わない栽培は養液栽培・水耕栽培として知られているが、ただ水 だけで育てるのではなく、「土」の代わりとなる培地を使用した栽培もある。主 要な培地は無機物のロックウールと有機物のヤシガラであり、ほぼこの二つの培 地で占められている。親水性樹脂の特性をみると保水性以外はほぼ培地の条件に 合致している。そこで樹脂の可能性を植物にもということで土の代わりに…とは いかないが、培地の一つとして開発が始まった。開発当初は廃棄問題のあるロッ クウールに代わる培地をということで試験をしていた。問題点は、親水性を有す る樹脂でもロックウールよりもかなり保水性が劣るという点である。

ロックウール、ヤシガラと比較したプランター栽培試験では、樹脂培地はヤシ ガラ培地と比較して茎葉生体重が 3 割程度減少し、5 果房分の果実収量は 26%

減した。また、同じくロックウールと比較して生育は同等であったが、果実収量 は 14%減となった。しかし、樹脂培地の糖度は有意に高くなった** 1

次に、ベッド内に培養液を貯める量を変えて栽培試験したところ、排水口の高 さ 0cm(貯水無)< 2.5cm < 5.0cm と、排水口(貯留液)の高さが高くなる につれて収量は増加し、0cm に比べて 5.0cm で約 15%増収し、尻腐れ果の発

親水性樹脂の可能性 ―培地利用―

西村 安代

にしむら  やすよ 高知大学 教育研究部自然 科学系農学部門 准教授

写真 1  親水性樹脂培地「Sophiterra

** 1 

西村安代,インティチャッ ク ポンミー.親水性樹脂を 用いた養液栽培用培地の開 発-トマト栽培試験-.園 芸学研究.2013,第 12 巻 別冊 1,p.473.

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生もなくなった** 2。そのため、トマトの栽培試験では灌水(かんすい)頻度を 増やすことや栽培ベッドの底面に水を貯留することで遜色ない生育、収量を得る ことが期待できる。また、同じ培地を 3 回繰り返し使用しても問題なくトマト を栽培することもできたため、再利用も可能である。しかし、親水性樹脂はロッ クウールを目指しているのでは、親水性樹脂の可能性をうまく生かし切れていな いため、この樹脂でしかできない植物を、保水性が劣る樹脂でしかできない栽培 方法をということで、あまり養液栽培されていなかった根菜類を中心に栽培試験 を行うことにした。もちろん、水分ストレスをかけやすいので、高糖度(フルー ツ)トマトも栽培することはロックウールよりも得意である。

■根菜類の栽培試験

まずは短根系大根の試験栽培から始まった。分岐することなくきれいな短根系 大根を育てることができた(写真 2)** 3。「親水性樹脂でなくても育つのでは?」、

「他にも適する樹脂があるのでは?」ということで 30 種類以上の形状や素材の 異なる樹脂を比較して試験を行った結果、数種の中で大根が育ったものがあった が、その中でも開発した親水性の樹脂の生育そろいが良く、最良であった。なぜ 開発した親水性樹脂が植物栽培に好適であるかという明確な要因は不明なまま であるが、やはりこの樹脂ということになったのである。これまでにニンジン、

ジャガイモ、ショウガ(写真 3)、ミョウガ、サツマイモ、ウコン、落花生を育 ててきており、サツマイモ以外はすべて地下部が立派に肥大した。ただ、やはり 保水性は劣るため、種芋や地下茎で繁殖させるもの以外は播種(はしゅ)~生育 初期の灌水管理に注意する必要がある。

写真 2  親水性樹脂で栽培した収穫直後の短根系大根 写真 3  親水性樹脂で栽培したショウガ

** 2 

西村安代,藤田祐子.親水 性樹脂を用いた養液栽培用 培地の開発-トマト栽培に おける培地の保水性改善―.

園芸学研究.2014,第 13 巻 別冊 1,p.336.

** 3 

西村安代.親水性樹脂を培 地に用いたダイコンの養液 栽培.農業生産技術管理学 会 誌.2014, 第 21 巻 別 冊 1,p.33-34.

参照

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