Tel81829550666.Fax81829541216.Emailshigeta@fra.affrc.go.jp 特集 変わりつつある海
瀬戸内海の魚類に見られる異変と諸問題
重
田
利
拓
独水産総合研究センター瀬戸内海区水産研究所
Recent ecological problems of the ˆshes in the Seto Inland Sea, Japan TOSHIHIROSHIGETA
National Research Institute of Fisheries and Environment of Inland Sea (FEIS), Fisheries Research Agency (FRA), Hat-sukaichi, Hiroshima 7390452, Japan
1. はじめに 瀬戸内海は,我が国最大の半閉鎖性海域であり,そこ には 3000 万人の生活の基盤がある。近年の温暖化によ るものか,このところ瀬戸内海の中西部では熱帯暖 海性の魚類が頻繁に採集されている。多くは,特に問題 となる魚種ではないが,中には,人的被害が心配される 有害有毒な魚種や,群れで出現し,水産業に被害を与 える魚種も出現している。 本報では,最近,瀬戸内海の魚類に見られる異変と諸 問題について,まず始めに,瀬戸内海の魚類相を踏ま え,瀬戸内海から消え去りつつある魚種,逆に出現急 増している暖海性魚種等や特異現象について記述した 後,これら魚種による人,水産業,および生態系への影 響について紹介する。 2. 瀬戸内海の魚類相の異変 21. 魚類相の概要 本報の「瀬戸内海」とは,関門海峡と紀伊水道を含む (豊後水道は除く),農水省農林水産統計で用いられる範 囲である。瀬戸内海の各灘湾等の範囲も同様である。 ただし,広島湾は安芸灘から独立させて扱った。「瀬戸 内海の魚類」には,生活史の一部を瀬戸内海で過ごす魚 種や汽水域の魚種を含む。 著者が検討したところ,現在,瀬戸内海では 737 魚 種が記録される。瀬戸内海は,豊予,紀淡鳴門,およ び関門の 3 方面で外海と連絡し,豊予海峡(豊後水道 系)は海水交換の 83.7 を担う瀬戸内海の主流軸であ る。1)しかし,魚類相から見る限り,海洋地理的な大 きな関門の存在がうかがえ,豊後水道から瀬戸内海,さ らに広島湾へ至る過程で,魚種数が斬減する生物地理学 的現象がある。2) 22. 消えゆく魚たち 瀬戸内海に生息する魚種のうち,環境省版レッドデー タブック(2003),環境省版レッドリスト(2007),水 産庁版レッドデータブック(1998),および瀬戸内海 11 府県の各府県版レッドデータブックで,絶滅または絶滅 危惧種(類,類相当)として掲載された魚種を表 1 に示す。ただし,瀬戸内海以外の海域を有する 7 県の うち,福岡県を除く 6 県は,地区別の評価が無く県単 位での評価となっている。コイ科からハゼ科まで,13 科 35 種(タメトモハゼ Ophieleotris sp. 1 は再考が必要) の絶滅または絶滅が危惧され,中でも,冷水系起源のサ ケ目や,汽水域や河口干潟に生息するため人為的影響を 受け易い小型のハゼ科魚類,両側回遊魚が目立つ。今後 の動向が心配される。なお,水産庁版を除くと,汽水 淡水魚が主な評価対象であり,海産魚種の評価の充実が 求められる。以下,全国評価がA 類のアオギス Silla-go parvisquamis と キ セ ル ハ ゼ GymnoSilla-gobius cylindricus を紹介する。 ア オ ギ ス 本 種 は 全 長 40 cm に 達 す る キ ス 科 魚 類 で,干潟とその周辺のみに生息することから「干潟再生 のシンボル」とされる。近年採捕記録があるのは,瀬戸 内海西部の 3 ヵ所と鹿児島県吹上浜の計 4 ヵ所のみと されていた。2005~2007 年に著者らは,瀬戸内海西部 で新たに 4 ヵ所の生息地(局所個体群)を発見し,4 ヵ 所では繁殖を確認した。3)瀬戸内海 7 ヵ所の生息地は, 一つの周防灘周辺メタ個体群として絶滅の恐れがあると 評価された。本種の生存には,干潟の存在,水質底質 などに次いで,干潟の餌環境が重要である。 周防灘周辺の干潟は,本種の最後の生息地である。今 後,まずは各県の評価対象とし,メタ個体群として,灘 湾を単位とした広域的な視点から,適切な保護施策を 執る必要がある。 キセルハゼ本種は全長 6 cm になる小型のハゼ科魚 類で,河口干潟等に生息する。これまでは広島市と兵庫 県のみで生息記録があった。現在,瀬戸内海では播磨灘 (兵庫県),備讃瀬戸(岡山県),燧灘(愛媛県),備後芸
表 1 瀬戸 内海 の絶滅 危惧 魚種と 評価 カテゴ リー 目科 種 環境 省 (2 003 ) 環境 省 リス ト ( 20 07 ) 水産庁 (199 8 ) 瀬戸内 海中西部 瀬戸内海 東部 大分県 (2001 ) 福岡県 (2001 ) 山口 県 ( 20 03 ) 広島 県 ( 20 04 ) 愛媛県 (200 3 ) 香川県 (2004 ) 徳島県 (2001 ) 岡山 県 ( 20 03 ) 兵庫 県 ( 200 3 ) 大阪府 (200 0 ) 和歌山県 (2001 ) コイ コイ ウグイ T ri bol od on h ak on en si s LP 瀬 戸 内海斜面 の 個体群 要注目 サケ シラ ウオ シラウ オ S a la n g ic ht hy s m ic ro d on DD NT DD サケ サケ O n co rhy n ch us k et a ― ( 稀に迷入 ) B ―― サツキ マス O n co rh yn ch u s m as ou is h ik aw ae NT (アマ ゴを含 む ) (自然 個 体群 ) 天 然不明 「 アマゴ」 と し ての評価 B DD 留意 留 意 DD E X トゲウオ トゲ ウオ 降海型 イトヨ Ga st er os te us ac u le a tu s LP 本州 のイト ヨ日 本海型 DD ― DD E X ― ダツ メダ カ メダカ Or yz ias lati p es メ ダカ 南日本 集団 LP 琉 球 列島産 NT B NT 要注目 種 NT カサゴ カジ カ カジカ 小卵型 C ot tu s rei ni i ( 「ウ ツセ ミカ ジカ 」 とし て記 述 ) B 情報不足 EX 1 ― ( ) 2 ――― ― 3 カジカ 中卵型 Co tt u s sp . B ― ( ) 2 ― ― ― 3 カマキ リ (アユ カケ ) Co tt u s ka zi ka 減少種 ― DD NT ― スズキ アカ メ アカメ Lat es japo n ic u s NT B 減少種 ― ― NT アジ クロア ジモドキ Pa ra st rom a te u s ni g er タイ ヒレコ ダイ E vy n ni s ca rd ina li s キス アオギ ス S ill ago pa rv is qu am is A イソ ギンポ トサカ ギンポ Om ob ra nc hu s fa sc io la toc ep us イダテ ンキンポ Om ob ra nc hu s p u n ct a tu s カワ アナゴ カワア ナゴ E le ot ri s oxyc ep h a la NT D D 1 NT NT 希少 種 DD タメト モハゼ O p hi el eot ri s sp . 1 B B ハゼ タビラ クチ A p oc ryp tod on p u n ct a tu s B B 減少種 トビハ ゼ P er io p ht ha lm us m od es tu s LP 東京 湾奥 部,沖 縄島 NT 減少種 東 海~南西 諸 島全域 希少 種 沖縄 東京 湾 NT 普通 NT NT チワラ スボ T a en io id es ci rr at us B ワラス ボ O d on ta mbl yop u s la ce p ed ii 減少種 シロウ オ Leu cop sa ri on p et er si i NT 減少傾向 全国的 減少 種 西日 本の 特定 河川 NT N T NT ミミズ ハゼ L u ci og ob iu s g u tt a tu s DD イドミ ミズハゼ L u ci og ob iu s p a ll id u s DD NT 希少種 記 録なし DD NT 学術的重要 ウキゴ リ G ymn og obi u s u ro ta en ia NT NT DD NT ビリン ゴ G ymn og obi u s ca st a n eu s 留意 DD キセル ハゼ G ymn og obi u s cyl in d ri cu s A A クボハ ゼ G ymn og obi u s sc robi cu la tu s B B BD D 1 B チクゼ ンハゼ G ymn og obi u s u ch id a i B BD D B エドハ ゼ G ymn og obi u s m a crog n a th os B マサゴ ハゼ Ps eu d og obi u s ma sa g o LP 沖縄 島 NT ゴクラ クハゼ Rh in og ob ius giur in u s 留 意 クロヨ シノボリ R h in og ob iu s sp . D A D D 1 B 留意 要注目 ― ルリヨ シノボリ R h in og ob iu s sp . C O B LP 瀬 戸内 海側 の個 体群 留 意 学術的重要 オオヨ シノボリ R h in og ob iu s sp . L D NT DD 学術的重要 備考 評価 対象 海産 魚類は 対象 外 海産魚 類は 対象外 魚類 魚類 淡 水魚類 ( 周縁性淡 水魚を含 む) 淡水 産魚類 (河 口域含 む ) 淡水 魚類 淡水魚類 (通し回 遊 魚と汽水 魚 も含む ) 淡水魚類 淡 水汽水 産魚 類 汽水 淡水 魚類 魚類( 純海 産種は 対象 外 ) 淡水魚類 (一部汽水 産を含む ) 淡水魚類 (対 象生 息域 は,淡 水域 , 汽水域 ) EX 絶滅, 絶滅危惧 類( A 絶滅危 惧 A 類, B 絶滅危惧 B 類 ) , 絶滅危 惧類, NT 準絶 滅危惧, DD 情報不 足, LP 絶滅のお それのある 地域個体群 ,―分布 しない 1瀬 戸内海の分 布記録は無 いが評価あ り。 2 「カ ジカ」とし て評価。小 ,中,大卵 型の区別な し。 3 「カ ジカ」とし て評価。小 卵型か中卵 型か判別で きず。
図 1 瀬戸内海のチダイ漁獲量の長期変動 農水省農林水産統計を使用。1978~1994 年は「ち だい」,1995 年以降は「ちだいきだい」の漁獲量。 「ちだいきだい」のうち,「ちだい」が 80 を占め る(1984~1990 年の 7 年間,n=7)。瀬戸内海 9 灘 湾のうち,3 t 以上の年漁獲量があった 4 灘を図示。 予瀬戸(広島県),安芸灘(広島県),および周防灘(山 口県,福岡県(2008 年 1 月 19 日,西日本新聞http:// www.nishinippon.co.jp/nnp/lifestyle/animal/2008/01/ post_421.shtml))で,その他,有明海(福岡県,佐賀 県),日本海(福岡県),伊勢湾(三重県)での生息が確 認されている。4)前述のアオギスと異なり,本種は漁業 や遊魚の対象ではなく,アナジャコ等の生息孔に棲む特 殊な生態を持つ小型種であることから,存在すら認知さ れず絶滅に至った場所も多いと思われる。 今後,本種は兵庫県だけではなく,他の 5 県でも評 価対象とする必要がある。 23. 暖海魚等の出現急増,特異現象 著者は暖海魚や新奇魚種の出現傾向について,海況と 同様に5)瀬戸内海中西部と東部を区別する必要性を認 めている。中西部では,1994 年頃以降,これら魚種 の出現が目立つ。メダイ Hyperoglyphe japonica,サンマ Cololabis saira,ホシフグ Arothron ˆrmamentum,コバ ン ザ メ Echeneis naucrates , ハ リ セ ン ボ ン Diodon holocanthus,イトヒキアジ Alectis ciliaris,メアジ Selar crumenophthalmus,オニアジ Megalaspis cordyla,スギ Rachycentron canadum,ソウシハギ Aluterus scriptus, ミナミイケカツオ Scomberoides tol,アイブリ Seriolina nigrofasciata,テンジクガレイ Pseudorhombus arsius, テングダイ Evistias acutirostris,テンガイハタ Trachip-terus trachypTrachip-terus , フ リ ソ デ ウ オ Desmodema polystic-tum など,豊後水道経由での来遊と考えられる回遊性や 浮遊性の魚種の他,イラ Choerodon azurio,ミノカサゴ Pterois lunulata,ウッカリカサゴ Sebastiscus tertius,ヨ メ ヒ メ ジ Upeneus tragula , マ ハ タ Epinephelus septem-fasciatus,キンチャクダイ Chaetodontoplus septentriona-lis , タ マ ガ シ ラ Parascolopsis inermis , セ ミ ホ ウ ボ ウ Dactyloptena orientalis , ゴ ン ゴ ウ フ グ Lactoria cornuta , ア オ ハ タ E. awoara , ア ミ メ ウ マ ヅ ラ ハ ギ Cantherhines pardalis , オ キ ト ラ ギ ス Parapercis mul-tifasciata,コバンヒメジ Parupeneus indicus,サザナミ フ グ A. hispidus , サ ツ マ カ サ ゴ Scorpaenopsis neglecta , イ ソ ア イ ナ メ Lotella phycis , ア ヤ メ エ ビ ス Sargocentron rubrum など,定着性が強いと考えられる 魚種も出現している。冬季に水温が 10°C 前後まで低下 する瀬戸内海では,これまで熱帯暖海域の魚種は周年 生息で きなかっ た。し かし, 中西部 では, 1972 ~ 2000 年の 28 年間に冬季の水温が 1.5°C 以上も上昇した 海域があるなど暖化傾向が顕著(逆に夏季は低下傾向) で,5)キンチャクダイやヨメヒメジでは越冬の可能性 が,イラでは繁殖再生産も認められる。多くの場合, これら魚種の採集数は 1~数個体だが,次のような,温 暖化と関連があると思われる大量出現等の特異現象も観 察される。 なお,中西部では,約 50 年前の 1948~1962 年の 「暖水期」6,7)にも,これら魚種の出現が多く記録されて いる。 サンマ親魚群の来遊2007 年 6~7 月,瀬戸内海中 西部の広島湾と安芸灘に外洋魚のサンマ(サンマ科)親 魚群が来遊した。中西部では親魚群の来遊記録は無 く,際立った特異現象であった。著者の調査では,群れ は,肉体長 13~22 cm の未成魚(当歳魚)と,26~31 cm の成魚(1 歳魚以上)の 2 群より構成され,瀬戸内 海で繁殖した個体も確認された。同年 6 月初旬に,豊 後水道では比較的大きな暖水波及があり,この特異現象 と密接な関係があるものと考えられた。ただ,夏季に水 温が 28°C 前後まで上昇する瀬戸内海では,本種の卵稚 仔ばかりか,成魚の生存も難しく,同時期の瀬戸内海へ の侵入は,無効分散や死滅回遊となる可能性が高い。 豊後水道では,黒潮の勢力が強い時に,暖水波及(高 温貧栄養の水塊)の頻度が増加することが知られる。 地球温暖化は,黒潮の勢力を増大させるとの予測があ り,今後,このような特異現象が頻発する可能性がある。 チダイの急増分布拡大瀬戸内海中西部では,暖 海魚のチダイ Evynnis japonica(タイ科)の急増,分布 拡 大 が 顕 著 で あ る 。 本 種 は 近 縁 種 の マ ダ イ Pagrus major よりも低水温に弱く(致死限界水温は 9°C),これ まで瀬戸内海では漁獲量の少ない魚種であった。ところ が温暖化によるものか,中西部では伊予灘で 1997 年 頃より漁獲量が年々急増し,漁獲域もより内部の安芸 灘,周防灘へ拡大している(図 1)。一方,東部の紀伊 水道でも 1996 年に急増している。こちらは大阪湾や播 磨灘への拡大は認められない。今のところ,同所的に生
息するマダイ資源への悪影響は認められない。 著者は,瀬戸内海の暖化の指標として,本種の動向を 注視するとともに,生殖周期など生態調査を実施してい る。 コノシロ大型魚の大量斃死2007 年 9 月中旬~10 月 上旬にかけて,広島湾広島市太田川河口で,コノシロ Konosirus punctatus(ニシン科)が大量に斃死した。市 内各所で回収作業が行われ,回収個体数は計 6.4 万尾に 達した(太田川 市内派川におけるコノシロのへい死に つ い て ( 3 報 ) http: // www.cgr.mlit.go.jp / ootagawa /)。著者の調査では,斃死したのはほぼコノシロのみ で,全長 25 cm を超える大型(高齢)個体ばかりであ った。同年の夏季は記録的な猛暑に見舞われ,広島湾北 部海域の底層では,強い貧酸素状態が長期にわたり広範 囲で観測された。結論として,底層の貧酸素水が河口へ 流れ込み,体力低下の著しい高齢のコノシロの大量斃死 をも た ら し た と 考 え てい る 。 斃 死 し た の は 13 t 前 後 (200 g×6.4 万尾)であり,広島湾を含む安芸灘のコノ シロ漁獲量 562 t(2005 年)の僅か 2 に過ぎない。 今回の大量斃死による広島湾のコノシロ資源,および魚 類生態系への影響はほとんどないと考えている。ただ, 温暖化の進行により,本現象が頻発し,斃死が高齢個体 に止まらなくなれば,コノシロ資源に悪影響が及ぶ可能 性がある。 3. 異変に伴う諸問題 31. 人への直接的影響(人的被害の可能性) 咬傷害刺害瀬戸内海では,1935~2007 年に少な くとも 12 件のサメ類被害事例がある。8)これらは外海か ら来遊したもので,中西部では主に暖水期の前半に, 一方,東部では暖水期の後半,続く移行期6)に事故が発 生している。現在,多くの海水浴場では,さめ避けネッ トが設置され,安全対策が採られている。 他に,ウツボ類など鋭い犬歯を持つ暖海魚種による咬 傷害,ダツ類などによる刺害の発生が考えられる。 刺毒出現する暖海魚のうち,ナルトビエイ Aetoba-tus ‰agellum,サツマカサゴ,ミノカサゴ,アイゴ Siga-nus fuscescens,ゴンズイ Plotosus lineatus,ミナミイケ カツオなどが有毒棘を持つ。これらの魚種は,各鰭の有 毒棘に気を付けて取り扱う必要がある。 暖海性の有毒魚による食中毒(致死)の可能性最近, 瀬戸内海中西部では,パリトキシン中毒の原因となる ソウシハギ,サキシトキシンやフグ毒を持つホシフグや サザナミフグが出現している。8)温暖化によるものか, 日本本土の暖海域でも,アオブダイ Scarus ovifrons(ブ ダイ科)の喫食によるパリトキシン中毒で死者が出てい る。9)2003 年には豊後水道近傍で,ハコフグOstracion immaculatus およびハコフグ科魚類の喫食によるパリト キシン中毒とみられる中毒が発生している。10)今のとこ ろ,瀬戸内海でのアオブダイの出現記録はないが,ハコ フグなどハコフグ科 4 種の記録はある。今後,これら 暖海魚の出現と原因有毒渦鞭毛藻の北進状況には,厳重 な注意が必要で,監視体制の強化が求められる。 32. 水産業および生態系への影響 ナルトビエイによるアサリ等二枚貝の食害ナルトビ エイ(トビエイ科)は,1989 年に和名が付いた温帯 暖海性の魚種である。瀬戸内海では,大阪湾(1994, 1995 年),伊予灘(1996 年)の採集標本に基づき,生 息が報告された。11)温暖化にともない,最近,瀬戸内海 西部や有明海で大量出現している南方侵入種とされる。 本種の二枚貝への食害が初めに問題になったのは有明海 である。瀬戸内海では 2001 年 8 月に,広島湾のあさり 漁場で初めて食害が問題となった。2)2002 年には周防灘 で深刻な問題となり,2004 年から大分県が,2005 年か ら山口県,2007 年には福岡県も加わり,本格的な駆除 を実施している。2007 年の駆除量は,周防灘全体で 230.9 t 超にも及んでいる。水産庁では本種を「漁業有 害生物」に指定している。 本種による被害(食害)の把握のため,広島湾と周防 灘について,著者が分析したところ,両海域ともあさり 類漁獲量への影響はほとんど認められない。本種の現存 量(300~700 t 以下,周防灘 2007 年始)からも,本種 が周防灘のアサリ Ruditapes philippinarum 資源の崩壊 に関与した可能性は低い。しかし現在では,周防灘のア サリ資源の再生を妨げる一因となりうる。本種は南方侵 入種とされるが,著者は,瀬戸内海の在来種の可能性が あると考えている。 クロダイによるアサリ食害クロダイ Acanthopagrus schlegelii(タイ科)は 2005 年には全国で 3899 t,瀬戸 内海では 2226 t が漁獲される在来種である。後述のと おり,干潟を利用する魚種の資源減少が著しい中,暖海 域に起源を持つ本種は,依然として漁獲量を維持し続け ている。著者は,2003 年に広島湾のあさり漁場で,本 種の大型魚によるアサリ親貝の食害を明らかにした。本 種は,大型魚による親貝の食害に止まらず,中型魚は稚 貝を,幼魚は水管を食害する。瀬戸内海では,最も重要 なアサリ食害魚種の一つである。特に,1991 年から現 在の広島湾,1976~1983 年の別府湾では,アサリ資源 の減少に関与したと考えている。本件は,栽培漁業種に よる栽培漁業種の食害という新たな問題を提起している。 著者は魚類と干潟のアサリとの相互関係を調べてお り,日本では 21 魚種,瀬戸内海では 18 魚種がアサリ を食害することを把握している。広島湾のあさり漁場で は,養殖区画に個別に防除ネットを被せたり,漁場全体 をネットで囲うなどの食害対策が取られている。 干潟の餌環境の悪化による魚類生産の低下全国のあ さ り 類 漁 獲 量 は 減 少 し , 瀬 戸 内 海 で は ピ ー ク 時 の
図 2 周防灘の干潟域におけるアサリ漁獲量の長期変動 農水省農林水産統計を使用。 45,023 t ( 1985 年) か ら, 2005 年に は 1 / 115 の 393 t まで激減している。特に,主力産地であった周防灘の減 少は激しく,同海域のアサリ資源は壊滅状況に陥ってい る(図 2)。同海域の 1979 年から現在(1991 年)まで の干潟喪失面積は 1.6 に過ぎず,依然として我が国で 2 番目に広い 6,861 ha もの干潟が現存する。アサリ激 減の原因は,栄養不足,乱獲,食害,温暖化など複合原 因と考えられている。著者は,干潟の優占種であったア サリ資源の崩壊が,これを餌とする魚類へ甚大な影響を 及ぼしたと考え,瀬戸内海中西部を対象に両者の量的 関係を分析している。干潟のアサリ資源の激減やそれに 関連した干潟環境が,イシガレイ Kareius bicoloratus, マ コ ガ レ イ Pleuronectes yokohamae , ア イ ナ メ Hexa-grammos otakii , キ ュ ウ セ ン Halichoeres poecilopterus, トラフグ Takifugu rubripes,およびアオギスの資源を 著しく低下させたと考えている。いずれも,生活史のほ ぼ全て,あるいは幼魚未成魚期までを干潟域で生活す る魚種である。これら魚種の資源の回復には,干潟の餌 環境の再生が最も重要な課題となろう。アサリ 2 t/ha 以上が持続的に生産できる干潟環境が必要と考えている。 アイゴによる造成アマモの食害アイゴ(アイゴ科) も近年目立つとされる暖海魚である。2001 年夏に広島 湾で,本種による造成アマモ Zostera marina の食害が 発生した。2)食害の影響は不明である。 上記の他,外来魚種の問題もある。これについては本 特集の趣旨から逸れるため,別稿で指摘したいと思う。 4. おわりに 本報では,最近,瀬戸内海の魚類に見られる異変と諸 問題を紹介した。絶滅危惧種や外来種の問題は,元々, 人間活動に起因するところが大きく,行動を改めること により,問題の解決や大幅な改善に直結する。一方,地 球温暖化に関する問題は,人間活動が主要な原因とされ るが,改善するのは容易くない。温暖化の進行により, 異変や問題のいくらかはより顕著になるだろう。ところ で,1980 年代後半から現在に至る過程で,「海がきれい に な っ た 。」,「 干 潟 で ア サ リ や ノ リ が 獲 れ な く な っ た。」,「魚が獲れなくなった。」など,著者の実感を伴う ほど,瀬戸内海は短期間で大きく変わった。最近,瀬戸 内海の漁業生産の低下は,人為的貧栄養化の進行が原因 である可能性が指摘されるようになった。12)瀬戸内海の 栄養塩の約 60 が外海起源であり,13)外海(黒潮)の 海況変動も,瀬戸内海の水温栄養塩の長期変動に影響 している。5,14)しかし,瀬戸内海は半閉鎖性海域であ る。かつて経験した陸域からの負荷増大により,人為的 に生物生産を回復(制御)できる可能性も残されている。 今後,深刻化が予想される食糧問題や,食の安全安心 の確保に向けて,ますます国内自給率の向上が求められ るだろう。漁業生産の回復を目指した,水産業との調和 の取れた環境保全施策への転換が緊急の課題と考える。 最後に,これまでご支援,ご協力いただいた多くの方 々へ厚くお礼申し上げます。 文 献 1) 門谷 茂.瀬戸内海の環境と漁業の関わり.「瀬戸内海の 生物資源と環境」(岡市友利,小森星児,中西 弘編)恒 星社厚生閣,東京.1996; 140. 2) 重田利拓,吉川浩二,薄 浩則,石津敏之,徳村 守. 広島湾における暖海性魚類の出現とこれに伴う新たな問 題.水産海洋研究 2003; 67: 273277. 3) 重田利拓,薄 浩則.干潟環境の保全創造の指標とし ての絶滅危惧種アオギスの生息状況ならびに生息環境に 関する研究.瀬戸内海 2007; 51: 6366. 4) 乾 隆帝,中島 淳,江口勝久,中谷祐也,兼頭 淳, 鬼倉徳雄.伊勢湾における絶滅危惧種キセルハゼの採集 記録.魚類学雑誌 2007; 54: 242243. 5) 高橋 暁,清木祥平.瀬戸内海の長期水温変動.海と空 2004;80: 6974. 6) 黒田一紀,平井光行.1990 年代の日本海における海況の 特徴,特に低塩分現象について.長江大洪水と東シナ海 等の海洋環境,水産総合研究センター西海区水産研究 所,長崎.2003; 93102. 7) 岩崎伸一,松浦知徳,渡部 勲.地殻変動を除去した長 期海水位変動と海面水温の関係―本州沿岸―.海の研究 2002;11: 529542. 8) 重田利拓.瀬戸内海の魚類に見られる異変―熱帯暖海 性魚類の出現と人的被害.瀬戸内通信 2007; 6: 89. 9) 塩見一雄,長島裕二.「海洋動物の毒(新訂版)」成山堂 書店,東京.1997. 10) 谷山茂人,荒川 修,野口玉雄.ハコフグ中毒につい て.マリントキシン研究会ニュース 2004; 19: 79. 11) 清水孝昭,波戸岡清峰.伊予灘と大阪湾より得られた瀬
戸内海初記録種.I.O.P. Diving News 1997; 8: 26. 12) 山本民次.瀬戸内海が経験した富栄養化と貧栄養化,特 集瀬戸内海の漁業資源はどうなるのか―食物連鎖に 起きた異変.海洋と生物 2005; 27: 203213. 13) 速水祐一,碓井澄子,武岡英隆.瀬戸内海における窒素 リンの存在量とその長期変動.海と空 2004; 80: 75 78. 14) 小林志保,高志利宣,藤原建紀.瀬戸内海における栄養 塩輸送の長期変動とその低次生態系への影響.海と空 2004;80: 6167.