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密教文化 Vol. 1969 No. 88 003宮坂 宥勝「胎蔵曼荼羅最外院の構成――とくにその史的背景について―― P29-39」

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Academic year: 2021

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-と く に そ の 史 的 背 景 に つ い て

胎 蔵 曼 茶 羅 の 最 外 院 ( 外 金 剛 部 院 ) が 本 来、 入 方 天 を も つ て 構 成 さ れ た 曼 茶 羅 以 下、 八 方 天 曼 茶 羅 と よ ぶ で あ つ た こ と は 知 ら れ る と お り で あ る。 こ れ に つ い て 栂 尾 博 士 は 次 の よ う に 説 明 し て お ら れ る。 ﹁ こ の 最 外 院 は 八 方 天 等 の 密 教 を 護 持 す る 諸 天 を 以 て 成 立 す る 曼 茶 羅 で、 最 外 の 四 方 に 画 か れ て 居 る の で あ る。 已 に 現 図 曼 茶 羅 の 由 来 を 説 く 所 に 一 言 せ る 如 く ﹃ 胎 蔵 旧 図 様 ﹄ の 第 二 重 と 第 四 重 と に 於 け る 諸 天 の 重 複 を 避 け る た め に、 第 二 重 の 釈 迦 院 の み を 留 め、 南 西 北 の 三 面 の 変 化 身 の 天 部 を 最 外 部 の 密 教 護 持 の 天 部 に 合 し て 仕 舞 つ た の で あ る。 そ れ は 此 の 最 外 部 に 帝 釈 天 が 二 様 に な つ て 居 る 上 か ら 考 え て も 明 か で あ る。 即 ち 帝 釈 天 が 東 方 に も 居 れ ば 北 方 に も 居 る の で あ る。 何 故 に 斯 く 帝 釈 天 が 重 複 す る に 至 つ た か と 云 う に、 此 の 変 化 身 の 天 部 を 合 す る 以 前 の 最 外 院 は 八 方 天 の 曼 茶 羅 に 外 な ら ざ り し こ と は ﹃ 胎 蔵 旧 図 様 ﹄ が そ れ を 説 明 し て 居 る。 即 ち ( 原 語 ロ ー マ 字 は 筆 者 が 加 筆 し た も の )、 そ し て、 此 の 八 方 天 の 問 に 七 曜、 十 二 宮、 二 十 八 宿 等 を 画 い て あ つ た の 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 の 構 成

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密 教 文 化 ( 1 ) で あ る。 ﹂ こ の 八 方 天 は 護 方 八 位 ま た は 護 世 八 方 天 と し て ﹃ 大 日 経 疏 ﹄ 第 五 に 見 え る。 ﹁復 次 行 者 応 知 護 方 八 位。 凡 所 造 作 漫 茶 羅 随 此 而 転。 東 方 因 陀 羅 次 第 随 転 至。 南 方 焔 摩 羅。 西 方 縛 噌 撃。 北 方 毘 沙 門。 東 北 伊 舎 尼。 東 南 為 護 摩。 西 南 浬 哩 底。 西 北 為 縛 度。 其 上 方 諸 尊 多 依 帝 釈 之 右。 下 方 諸 尊 多 依 竜 尊 之 右。 上 謂 空 ( 2) 白。 下 謂 地 居 也。 ﹂ 胎 蔵 旧 図 様 で は 西 南 浬 哩 底 が 羅 刹 (閑 勢 蟹 鍔 ) で あ る。 た だ し、 こ れ は 同 尊 異 名 で、 胎 蔵 図 像、 摂 大 軌、 広 大 軌 も 同 じ で あ る (前 掲、 栂 尾、 第 四 八、 第 四 九、 第 五 〇 図 参 照 )。 護 世 八 方 天 の 曼 茶 羅 構 成 は 不 空 訳 ﹃ 大 孔 雀 明 王 画 像 壇 場 儀 軌 ﹄ に も 見 え る。 ﹁ 次 第 二 院 画 八 方 天 王 井 諸 春 属。 東 方 画 帝 釈 天 王。 執 金 剛 杵 与 諸 天 衆 囲 邊。 次 東 南 方 画 火 天。 左 手 執 軍 持 右 手 施 無 畏。 与 五 通 苦 行 仙 衆 囲 逡。 次 南 方 画 焔 摩 天 王。 執 焔 摩 憧。 与 焔 摩 界 鬼 衆 囲 邊。 次 西 南 方 画 羅 刹 王 執 刀。 与 諸 羅 刹 衆 囲 邊。 次 西 方 画 水 天。 持 羅 索。 与 諸 竜 衆 囲 邊。 次 西 北 方 画 風 天 王。 執 瞳 幡。 与 諸 持 明 仙 衆 囲 邊。 次 北 方 画 多 聞 天 王。 執 宝 棒。 与 諸 薬 叉 衆 囲 邊。 次 東 北 方 画 伊 舎 那 天。 執 三 戟 叉。 ( 3) 与 諸 歩 多 鬼 衆 囲 邊。 此 皆 是 第 二 院。 ﹂ 前 掲 ﹃ 大 日 経 疏 ﹄ に ﹁ 其 上 方 諸 尊 多 依 帝 釈 之 右。 下 方 諸 尊 多 依 竜 尊 之 右。 上 謂 空 白。 下 謂 地 居 也 ﹂ と あ る の は、 前 記 護 方 入 位 に 加 え て 十 方 天 を 予 想 さ せ る 記 事 で あ る。 中 世 イ ン ド で 十 方 天 を 説 く 文 献 は 管 見 に よ る 限 り 極 め て 少 な く、 た と え ば ヴ ァ イ シ ェ ー シ カ 学 派 の 綱 要 書prasastpadabhasya で 実 体 (dravya) の 中 の 方 角 ( 象 協) を 説 い て い る 記 事 の な か に 次 の よ う に あ る。 ( 4) こ れ に よ る とvaisvar はhona ( 火 天 ) と 同 尊 異 名 だ か ら、 こ の 八 方 天 は 問 題 な く ﹃ 大 日 経 疏 ﹄ ﹃ 大 孔 雀 明 王 画 像 壇 場 儀 軌 ﹄ の そ れ に 一 致 す る。 と こ ろ で、 上 方 は 梵 天 (bra-hman) 下 方 は 竜 尊 ( Naga) に な つ て い る。 こ れ は 右 の ﹃ 大 日 経 疏 ﹄ の 記 事 に 参 照 せ ら る べ き 一 資 料 と な る で あ ろ う。 ま た、 中 世 イ ン ド で は ﹃ マ ヌ 法 典 ﹄ に 八 方 天 が 説 か れ て い る。 ﹁ 王 は ソ ー マ ( 月 ) ・ ア グ ニ ( 火 天 ) ・ ア ル カ ( 日 天 ) ・ ア

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ニ ラ ( 風 天 ) ・ イ ン ド ラ ・ ク ベ ー ラ ( 富 神 ) ・ ブ ル ナ 及 び ヤ ( 5) マ の 八 ( 大 ) 護 世 神 の 権 化 で あ る と せ ら れ る。 ﹂ ﹁ ( 即 ち そ の た め に ) イ ン ド ラ ・ 風 天 ・ ヤ マ 天 ・ 日 天 ・ 火 天 ・ 水 天 ・ 月 天 及 び 富 神 の 永 遠 の 部 分 を 採 つ て ( 創 造 し た の で あ る )。 王 は こ れ ら の 神 々 の 主 の 部 分 か ら 形 成 せ ら れ て い る。 そ れ ( 6) 故 に か れ は そ の 威 光 に お い て 一 切 の 生 類 を 超 過 し て い る。 ﹂ こ れ ら の 神 が み は 叙 事 詩 に 見 え る 世 界 守 護 神 ( Lokapala) の 方 角 に 配 す る と、(1) 東 方 帝 釈 天(2) 東 南 方 火 天(3) 南 方 焔 摩 天(4) 西 南 方 日 天(5) 西 方 水 天(6) 西 北 方 風 天(7) 北 方 倶 稗 羅 天 (毘 沙 門 天 )(8) 東 北 方 月 天 と な る。 ( 7) ﹃ マ ヌ 法 典 ﹄ 第 九 章 三 〇 三 に は 八 方 天 を 挙 げ る う ち に 地 天 (prthivi) が 見 え る が、 こ れ は 北 方 倶 碑 羅 天 に 相 当 す る も の と 思 わ れ る。 密 教 の 十 二 天 の 中 に は 八 方 天 が 採 り 入 れ ら れ た と 一 般 に い わ れ て い る が、 十 二 天 中 の 八 方 天 以 外 の 四 方 天 は 梵 天 地 天 ・ 日 天 ・ 月 天 で あ る か ら、 梵 天 を 除 い た 三 方 天 は す で に 素 材 と し て は ﹃ マ ヌ 法 典 ﹄ の 中 に 散 見 さ れ る わ け で あ る。 い ず れ に し て も、 特 定 の 神 が 一 定 の 方 角 を 守 護 す る と い う 思 想 は 叙 事 詩 の 成 立 し た 時 代 に 現 わ れ、Lokaoala ( 世 界 守 護 神 ) と よ ば れ る。 そ れ は 初 め 四 方 天 と し て 説 か れ て い る が、 い か な る 神 が い か な る 方 角 に 結 び つ く か は 必 ず し も 一 定 し て い な い。 密 教 に 伝 え る 護 世 八 方 天 の 中 の 四 方 天 は 右 表 の V に 掲 げ た ( 8) も の と 一 致 す る。 な お、 第 二 重 の 変 化 身 曼 茶 羅 で は 北 方 に 帝 釈 天 を 配 置 す る が、 こ う し た 北 方 帝 釈 天 の そ れ は す で に 叙 事 詩 の 中 に 一 つ の 配 置 法 と し て 先 例 が 見 出 さ れ る ( 右 表、 III 参 照 )( 9) 次 に 入 方 天 曼 茶 羅 の 中 の 四 天 王 に つ い て う か が つ て み よ う。 前 掲 ﹃ 曼 茶 羅 の 研 究 ﹄ は 最 外 院 に 四 天 王 を 配 す る い き さ つ に つ い て、 次 の よ う に 説 明 し て い る。 ﹁ 所 が こ の 入 方 天 組 織 の 曼 茶 羅 に、 第 二 重 の 変 化 身 の 天 部 叙 事 詩 に お け る 護 世 天 (Lokaoala) の 配 置 法 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 の 構 成

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密 教 文 化 を 合 す る 時、 南 方 の 閻 魔 天 は 両 者 と も 方 角 が 一 致 し て 居 る か ら 面 倒 は な か つ た の で あ る。 ま た 西 の 方 も ﹃ 大 日 経 ﹄ に は 何 れ を 主 尊 と す と も 説 か れ て い な い か ら 矛 盾 を 来 さ な か つ た。 然 る に 面 倒 な の は 北 方 で あ る。 八 方 天 組 織 で は 北 方 は 毘 沙 門 天 で あ る が、 第 二 重 の 変 化 身 曼 茶 羅 で は 帝 釈 天 と 云 ふ こ と に な つ て 居 る。 そ の 何 れ を 主 と す る 訳 に 行 か な い か ら、 此 の 二 尊 を 門 の 両 側 に 対 立 し て 画 い た の で あ る。 斯 く 北 方 を 対 立 的 に 画 い た か ら 之 れ と 釣 合 を 取 る た め に、 四 天 王 を 配 し て 南 方 は 増 長 天 ( 上 ) と 閻 魔 天 ( 下 ) と を 南 門 の 両 側 に 描 き、 西 方 に は 広 目 天 ( 北 ) と 水 天 ( 南 ) と を 対 立 せ し め、 東 方 に は 帝 釈 天 ( 北 ) と 持 国 天 ( 南 ) と を 対 立 せ し む る と 云 ふ こ と に な り、 二 の 帝 釈 天 が 出 来 た の で あ る。 併 し 此 の 北 方 の 帝 釈 天 は 元 と 変 化 身 の 帝 釈 天 を 画 い た の で あ る か ら、 ﹃ 大 日 経 ﹄ 所 説 の 如 く 須 弥 山 に 坐 し、 冠 を 被、 手 に 金 剛 を 持 し、 春 属 に 囲 続 せ ら る る 相 に 画 い て あ る。 之 れ に 反 し 東 方 の 帝 釈 天 は 金 剛 鋒 を 持 て る 謂 ゆ る 八 方 (10) 天 と し て の 姿 に 過 ぎ な い。 此 の 八 方 天 に 四 天、 十 二 宮、 二 十 八 宿、 九 曜、 八 部 等 を 加 え て 現 図 最 外 院 の 如 く 二 百 五 尊 ( 11) ( 実 は 二 百 三 尊 ) と な つ た の で あ る。 ﹂ 最 外 院 が 八 方 天 に よ つ て 構 成 さ れ て い る 曼 茶 羅 で あ る こ と は す で に 見 た が、 し か し、 四 天 王 に よ る 別 箇 の 曼 茶 羅 構 成 が 本 来 な か っ た か ど う か、 ま た 四 天 王 と そ れ ら の 春 属 と の 関 係 は 現 存 の 資 料 で は ど の よ う に 示 さ れ て い る か に つ い て み て ゆ く こ と に し た い。 ま ず 現 図 に も と つ い て、 最 外 院 に お け る 四 天 王 と そ の 属 春 類 を 図 示 し て み よ う。 こ れ は 東 方 持 国 天 王 と 北 方 毘 沙 門 天 王 と の 春 属 を そ れ ぞ れ 欠 く。 そ の 点、 玄 法 寺 軌 も 同 じ で あ る。 こ れ は 広 大 軌 に よ つ て 補 う こ と が で き る。 も つ と も 広 大 軌 と い え ど も 完 備 し た も の で は な く、 ま た、 そ の 点 で は 旧 図 様 も 同 様 で あ る。 こ れ ら を 照 合 す る こ と に よ つ て 最 外 院 に お け る 四 天 王 と 春 属 と の 原 初 形 態 を 復 元 す る こ と が で き る (次 表 参 照 )。

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さ き の 栂 尾 説 は と も か く と し て、 四 天 王 に も と つ く 曼 茶 羅 構 成 が 密 典 の 中 に 別 に 説 か れ て い る の を み る。 た と え ば、 ﹃ 不 空 絹 索 神 変 真 言 経 ﹄ は 四 方 に 四 天 王、 四 偶 に 他 の 諸 天 を 配 し た 一 種 の 八 方 天 曼 茶 羅 を 示 す。 騒 東 面 葉 上、 提 頭 頼 托 天 王。 左 手 把 塑 右 手 揚 掌 半 伽 践 坐。 東 南 面 葉 上、 度 底 使 者 井 及 春 属。 南 面 葉 上、 毘 噌 託 迦 天 王、 左 手 執 塑 右 手 揚 掌 半 伽 跣 坐。 西 南 面 葉 上、 功 徳 天 地 天 神 半 伽 跣 坐。 西 面 葉 上、 毘 噌 博 叉 天 王 眉 間 一 目、 左 手 持 塑 右 手 掌 独 股 金 剛 杵 半 伽 跣 坐。 西 北 面 葉 上、 弁 才 天 倶 摩 羅 天 半 伽 跣 坐。 北 面 葉 上、 多 聞 天 王、 左 手 執 塑 右 手 把 独 股 金 剛 杵 半 伽 跣 坐。 東 北 面 葉 上、 白 象 毘 那 夜 迦 一 髪 羅 刹 女 使 者 半 伽 跣 坐。 是 四 天 王 (12) 種 々 衣 甲 天 衣 荘 飾、 諸 天 使 者 天 諸 衣 服 而 荘 飾 之。 ﹂ (13) 前 記 四 天 王 と そ の 春 属 関 係 は 雑 密 で は 孔 雀 経 諸 訳 に 認 め ら れ る。 義 浄 訳 ﹃ 大 孔 雀 王 呪 経 ﹄ の 壇 場 画 像 法 式 に は 春 属 を 伴 な う 四 天 王 を 四 方 に 描 け と あ り、 四 天 王 の 曼 茶 羅 構 成 を 示 す。 ﹁於 仏 四 辺 画 種 々 華 果 供 養。 東 辺 画 毘 提 詞 洲 形 如 半 月 於 中 画 持 国 健 達 婆 天 王 以 衆。 健 達 婆 神 而 共 囲 続。 於 仏 南 辺 画 謄 部 洲 其 形 如 東 北 広 南 狭。 於 中 画 倶 藥 茶 増 長 天 王。 於 衆 倶 藥 茶 神 而 共 囲 続、 於 仏 西 辺 画 盟 陀 尼 洲 形 如 満 月、 於 中 画 広 目 竜 天 王、 以 諸 竜 衆 而 共 囲 続。 於 仏 北 辺 画 北 倶 盧 洲 其 形 正 (14) 方、 於 中 画 多 聞 薬 叉 天 王。 以 諸 薬 叉 神 而 共 囲 続。 ﹂ ﹃ 孔 雀 経 ﹄ の 少 な か ら ざ る 影 響 を 受 け て 成 立 し た と 推 定 さ れ る ﹃ 守 護 経 ﹄ に も 四 天 王 と そ の 春 属 関 係、 か れ ら 四 天 王 の (15) 世 尊 に 対 す る 進 言、 そ の 呪 文 が 説 か れ て い る。 こ の よ う に 密 教 経 典 は そ の 新 古 の 層 を 問 わ ず、 四 天 王 と そ の 春 属 関 係 は 一 定 し て い る。 し か ら ば、 こ う し た 四 天 王 に よ つ て 四 方 を 守 護 さ れ て い る、 い わ ば 釈 迦 曼 茶 羅 と も よ ぶ べ き、 釈 尊 を 中 尊 と す る 曼 茶 羅 構 成 は 阿 含 ニ カ ー ヤ で は、 ど の よ う に な つ て い る 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 の 構 成 (×=欠)

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密 教 文 化 だ ろ う か。 (16) ま ず、 漢 訳 の ﹃ 長 阿 含 経 ﹄ 第 十 二 所 収 の ﹁ 大 会 経 ﹂ を み る と、 そ の 春 属 関 係 は 次 の と お り で あ る。 ( 天 王 ) ( 春 属 ) (17) ( 東 方 ) 提 頭 頼 旺 天 王 乾 沓 想 神 を 領 す、 九 十 一 子。 ( 南 方 ) 砒 楼 勒 天 王 諸 竜 王 ( 西 方 ) 砒 楼 博 叉 天 王 鳩 契 茶 鬼 を 領 す、 九 十 一 子。 ( 北 方 ) 砒 沙 門 ( 天 王 ) 悦 叉 鬼 を 領 す、 九 十 一 子。 こ れ を 再 構 成 し た 前 記 最 外 院 の 四 天 王 の 春 属 関 係 と 対 照 し た と き、 南 方 天 と 西 方 天 と の そ れ ぞ れ の 春 属 が 入 れ 違 つ て い る。 こ れ は 誤 伝 ま た は 成 文 化 の 際 の ( あ る い は 伝 写 中 の ) 誤 記 で な い 限 り、 部 派 に よ る 伝 承 の 相 違 と み る べ き で あ ろ う。 漢 訳 ﹃ 長 阿 含 経 ﹄ は 法 蔵 部 ( あ る い は 化 地 部 ) の 所 伝 で あ る (18) と 推 定 さ れ て い る。 ﹃ 雑 阿 含 経 ﹄ 第 四 十 四、 ﹃ 別 訳 雑 阿 含 経 ﹄ (19) 第 五 に 収 め る 類 似 の 経 典 は、 そ れ ぞ れ 四 大 梵 王 が 仏 徳 を 称 讃 し て 頚 を 説 く と こ ろ で 終 つ て い る の で、 今 の 場 合 の 資 料 と し て は 一 応 除 外 し な け れ ば な ら な い。 (20) 次 に 漢 訳 ﹃ 増 壱 阿 含 経 ﹄ 第 九 に は 次 の よ う に あ る。 ( 天 王 ) ( 春 属 ) ( 東 方 ) 提 頭 頼 旺 天 王 乾 沓 愁 等 ( 南 方 ) 毘 留 勒 王 拘 葉 茶 衆 ( 西 方 ) 砒 留 波 叉 諸 竜 ( 北 方 ) 拘 毘 羅 羅 刹 鬼 衆 こ れ は 北 方 天 の 春 属 が 胎 蔵 図 像 な ど に み ら れ る 西 南 天 の 羅 刹 (Lokaoala) と な つ て い る 相 違 を み る。 前 記 の 条 件 つ き で、 部 派 に よ る 伝 承 の 相 違 と み る べ き で あ る。 漢 訳 ﹃ 増 壱 阿 含 経 ﹄ の 所 属 部 派 は 大 衆 部 で あ る。 も つ と もYaksa ( 夜 叉 ) は ﹃ ヴ ェ ー ダ 聖 典 ﹄ で は 悪 魔 族 の 王 で あ り、 一 般 に イ ン ド 神 話 で は ヒ マ ー ラ ヤ 山 中 の カ イ ラ ー サ 山 に 住 み、raksasa ( 羅 刹 ) な ど の 半 神 半 魔 の 諸 族 を 従 者 と す る と い わ れ て い る か ら、 右 の 大 衆 部 所 伝 の 北 方 天 の 春 属 関 係-夜 叉 の 代 り に 羅 刹 鬼 を 春 属 と し た こ と-は 根 拠 あ る も の と い わ な け れ ば な ら な い。 け つ き ょ く、 最 外 院 に お け る 四 天 王 と そ の 春 属 関 係 の 原 型 (21) (22) は パ ー リ 経 典 Mahasamaya-sutta お よ び そ の 発 展 形 態 を 示 す Atanatiya-sutta に、 こ れ を も と め な け れ ば な ら な い。

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(23) Mahasamaya に 相 当 す る 漢 訳 ﹃ 大 三 摩 惹 経 ﹄ お よ び Atanatiya-surrant の 影 響 を 多 分 に 受 け て 成 立 し た 宋 法 天 (24) 訳 ﹃ 毘 沙 門 天 王 経 ﹄ に も 同 様 の 春 属 関 係 が 示 さ れ て い る。 Mahasamayaa で は 四 天 王 を 各 頚 毎 に Maha-raja yass-(25) asi so と 称 讃 す る。 こ れ は ﹃ 孔 雀 王 呪 経 ﹄ に ﹁ 東 方 提 頭 頼 咤、 南 方 毘 楼 略、 西 方 毘 楼 博 叉、 北 方 鳩 韓 羅、 此 四 大 天 王、 (26) 守 護 世 間 有 大 称 誉 ﹂ と、 ま と め て 説 か れ る。 多 聞 天 と 毘 沙 門 天 と が 北 方 の 守 護 神 で あ る こ と は 叙 事 詩 に (27) 見 え る。 ま た 北 方 を 多 聞 天 と す る こ と は 一 般 の イ ン ド 神 話 と も 一 致 す る。 須 弥 山 の 中 腹 に 住 し て 仏 法 を 守 護 す る 四 天 王 は ア ビ ダ ル マ で 説 か れ て い る と お り で あ る。 さ て、 Mahasamaya-sutta は 釈 尊 の 説 法 の 会 座 に 集 合 し た 諸 天 の 光 景 を 描 写 し て お り、 そ の 原 型 はahasamaya (vin-aya) の 釈 尊 成 道 の と き の 諸 天 称 讃 の そ れ に も と め ら れ る と (28) す る。 Atabatiya-sutta に よ れ ば、 四 天 王 が 四 軍 を 率 い、 四 方 を 守 護 し な が ら 霊 鷲 山 に い る 釈 尊 の と こ ろ に 参 集 し、 軍 衆 と と も に 坐 し て、 諸 天 を 代 表 す る 毘 沙 門 天 が 釈 尊 に む か つ (29) て、 諸 夜 叉 の 危 害 を 防 ぎ、 四 衆 の 保 護 の た め、 守 護 の た め、 安 全 の た め、 安 楽 住 の た め、 ア ー タ ー ナ ー タ ( Atanata) の 護 経 を 説 い た。 そ れ は 最 初 に 七 仏 帰 依 に は じ ま り、 四 方 守 護 の 四 天 王 の こ と が の べ ら れ る。 夜 が 明 け て、 釈 尊 は こ の 護 経 を 比 丘 ら に つ げ た の で あ つ た。 前 述 の よ う に 北 方 を 守 護 す る 毘 沙 門 天 が 諸 天 を 代 表 し て い る の は 叙 事 詩 にkubera と し て 登 場 す る そ れ の 性 格 と 関 係 が あ る と 思 わ れ る が、 今 は の べ な い。 た だ し、 本 経 で Mahasamaya sutta so と よ ぶ 四 天 王 は 叙 事 詩 に も な く、 む ろ ん 原 始 仏 教 に 独 自 な も の で あ る。 Atanatiya bnta は 上 の 曼 茶 羅 構 成 を 示 す ( 四 天 王 は い ず れ も、 そ れ ぞ れ の 春 属 を 伴 う )。 Mahasamaya は 次 の と お り で あ つ て、 従 来、 Atansati-ya-surranta の 発 展 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 の 構 成

(8)

密 教 文 化 形 態 を 示 す 経 典 だ と さ れ る に も か か わ ら ず、 そ の 曼 茶 羅 構 成 は、 む し ろ 密 教 の そ れ に よ り 近 い も の が 認 め ら れ る。 こ の よ う な 会 座 の 原 初 型 はjanavasa-(30) b ha-suttanta ( 漢 訳、 (31) 闊 尼 沙 経 日 人 仙 経 ) お よ び Mahasamaya sutta ( 漢 訳、 大 典 尊 経 H 大 堅 固 婆 羅 門 縁 起 経 ) に も 見 ら れ る。 こ れ ら 両 経 に お い て は 四 天 王 と そ の 春 属 関 係 こ そ は 示 さ れ て い な い が、 と く に 前 経 は 毘 沙 門 天 の 春 属 で あ る ジ ャ ナ ヴ ァ サ バ ( 闊 尼 沙 ) が 毘 沙 門 天 王 か ら 聞 い だ こ と を そ の ま ま 釈 尊 に 語 り、 さ ら に 釈 尊 が こ れ を 阿 難 に 告 げ た こ と に な つ て い る。 こ の 様 式 は 前 記 Atanatiya-suttanta の そ れ と 共 通 す る。 と こ ろ で、 こ の 両 経 と も に、 天 上 の 善 法 堂 ( Suddhamma) に お け る 神 々 の 集 合 の 光 景 を 伝 え て い る。 昔、 は る か な 昔。 雨 安 居 の は じ ま る 月 の 十 五 日 の 満 月 の 夜、 布 薩 の と き の こ と で あ る。 全 三 十 三 天 の 天 衆 が 善 法 堂 に 集 合 し て 坐 つ た。 大 な る 天 衆 は あ ま ね く 一 切 の 方 に 坐 つ た。 四 天 王 は 四 方 に ( そ れ ぞ れ ) 坐 つ た。 東 方 持 国 天 は 西 面 し て 諸 天 を 前 に し て 坐 し、 南 方 増 長 天 は 北 面 し て 諸 天 を 前 に し て 坐 し、 西 方 広 目 天 は 東 面 し て 諸 天 を 前 に し て 坐 し、 北 方 毘 沙 門 天 王 は 南 面 し て 諸 天 を 前 に 坐 し た。 こ れ が か れ ら ( 神 が み ) の 坐 法 で あ つ て、 し か し て 後 に、 わ れ わ れ の 坐 法 が あ る、 と 説 か れ て い る。 こ れ を 図 示 す れ ば 上 の よ う に な る で あ ろ う。 こ れ は 釈 尊 の 周 囲 に 五 百 比 丘 が 坐 し、 そ れ ぞ れ の 春 属 衆 を し た が え る 四 天 王 が 四 方 を 守 護 す る 曼 茶 羅 構 成 の 原 初 型 で あ る と み て よ い。 こ う し た 天 上 の 善 法 堂 に お け る 神 が み の 集 合 は 種 族 社 会 の 時 代 に お け る 会 議 を モ デ ル に し た も の で あ る こ と は 他 の 論 文 で

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(32) の べ た。 種 族 の 集 合 の 名 残 り は 原 始 仏 教 時 代 に お け る 各 種 族 が 所 有 し て い た 公 会 堂 ( Santhagara) で の 会 合 が そ れ を 示 し て い る。 公 会 堂 は 柱 と 屋 根 だ け か ら で き て い て、 壁 の な い 建 物 で あ る。 そ こ で は 種 族 の 長 老 を 座 長 と し て、 か れ を 入 民 た ち が と り か こ ん で 坐 る、 い わ ゆ る 円 坐 (parisad, parisa) で あ る。 (33) こ れ は、 さ ら に ﹃ チ ャ ー ン ド ー ギ ャ ・ ウ パ ニ シ ャ ッ ﹄ な ど に 歌 わ れ る 母 な る 火 を と り か こ ん で 円 坐 す る 原 始 共 同 体 の 会 議 方 式 に 由 来 す る も の と み て よ い で あ ろ う。 い わ く、 ア ビ ダ ル マ に な る と、 須 弥 山 説 と 四 天 王 と が 結 び つ き、 山 上 の 善 見 城 内 の 善 法 堂 は 帝 釈 天 が 三 十 三 天 を 集 め て 政 治 を お こ な う と こ ろ で あ る。 そ の 際、 四 天 王 は お の お の 四 方 の 門 に よ つ て 住 し、 春 属 と と も に 世 間 の 善 悪 を 帝 釈 天、 切 利 天 に 奏 (34) 聞 す る。 こ れ は 次 の よ う な 曼 茶 羅 的 構 成 を 示 す。 胎 蔵 曼 茶 羅 の 外 縁 は、 ブ ッ ダ グ ヒ ヤ の い う よ う に 曼 茶 羅 を 王 城 と す れ ば、 そ れ は 王 城 の 外 苑 に 相 当 す る と 栂 尾 博 士 は い (35) う。 こ れ は 須 弥 山 上 の 善 見 城 の 構 図 を 考 察 す る と き に 参 考 に し 得 る も の で あ る。 む す び 一、 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 は 北 方 に お け る 毘 沙 門 天 と 帝 釈 天 と を 並 列 さ せ た た め、 東 方 南 方 西 方 の 三 方 に 四 天 王 中 の 毘 沙 門 天 を 除 く 他 の 三 天 を そ れ ぞ れ 配 置 し た と 解 さ れ て い る。 そ し て、 そ の 作 成 は 現 図 整 備 の 際 で あ る よ う に 推 定 さ れ て い る。 し か し、 最 外 院 の 八 方 天 曼 茶 羅 の ほ か に 四 天 王 と そ の 春 属 に よ る 曼 茶 羅 構 成 が 存 在 し た。 そ れ は 資 料 的 に 原 始 仏 教 ま で 遡 る こ と が で き る。 一、 八 方 天 に 四 方 天 を 構 成 し た の は 一 般 に い わ れ る よ う に 密 教 に お い て で あ る。 し か し、 八 方 天 そ の も の の 起 源 は 非 仏 教 的、 つ ま り 叙 事 詩 の 神 話 に お け る 四 方 天 お よ び 入 方 天 に 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 の 構 成

(10)

密 潟 冨 教 文 化 由 来 す る の で あ り、 他 方、 四 天 王 は 原 始 仏 教 に す で に 見 え る。 そ れ ゆ え、 起 源 的 に は 四 天 王 に よ る 曼 茶 羅 構 成 を 重 視 す べ き で あ る。 一、 そ れ は Mahasamaya-suttabta を 最 初 期 の 資 料 と す る。 そ し て 後 者 は 法 天 訳 ﹃ 毘 沙 門 天 王 経 ﹄ に 発 展 し、 ま た ﹃ 孔 雀 経 ﹄ と も 関 連 し、 ﹃ 守 護 経 ﹄ と も 関 係 が 深 い。 そ う し た 密 典 に あ わ せ て ﹃ 一 字 仏 頂 輪 王 経 ﹄ ﹃ 不 空 羅 索 神 変 真 言 経 ﹄ な ど に み ら れ る 四 天 王 構 成 を 参 照 す べ き で あ る。 一、 い つ ぼ う、 護 世 八 方 天 の 曼 茶 羅 構 成 は ﹃ 大 日 経 疏 ﹄ ﹃ 大 孔 雀 明 王 画 像 壇 場 儀 軌 ﹄ な ど に 認 め ら れ る が、 偶 見 に よ れ ば そ の 起 源 を う か が う に 足 る 古 い 仏 教 資 料 は 見 当 ら な い。 密 教 に 八 方 天 が 取 入 れ ら れ た 経 緯、 八 方 天 か ら 十 二 天 へ の 発 展 は、 さ ら に 叙 事 詩 や 中 世 の 密 教 以 外 の 諸 文 献 を 調 査 し な け れ ば な ら ぬ で あ ろ う。 一、 四 天 王 と 入 方 天。 こ の 仏 教 起 源 と バ ラ モ ン 教 ( あ る い は イ ン ド 教 ) 起 源 の 神 が み を 摂 取 し て、 こ れ ら を 綜 合 的 に 統 ︼ し た と こ ろ に 密 教 の も つ 大 き な 思 想 的 特 徴 が 認 め ら れ る。 注 ( 1 ) ﹃ 曼 祭 羅 の 研 究 ﹄ 一 八 六 -八 七 頁。 ( 2 ) 大 正 三、 九 巻 六 三 〇 頁 下。 ( 3 ) 大 正、 一 九 巻 四 四 〇 頁 上-下。 こ の 配 置 は ﹃ 不 空 絹 索 神 変 真 言 経 ﹄ (大 正 一 九 巻 二 八 八 頁 中 ) に も 見 え る。 た だ し、 北 面 葉 上 の 尊 名 を 欠 く。 ( 4

) Kashi Sanskrit Series 173,p. 47

( 5 ) 中 野 義 照 先 生 訳 ﹃ マ ヌ 法 典 ﹄ 第 五 章 九 六、 一 三 二 頁、 参 照。 ( 6 ) 前 掲 書 第 七 章 四-五、 一 五 五 頁。 ( 7 ) Kubera を 同 尊 異 名 のprtihvi ( 地 天 ) と す る こ と も あ る。 同 二 七 八 頁。 ( 8 ) MBh. III-2-11. ( 9 ) MMBh. III-91-13, 91-168 ( 10 ) こ の 東 方 帝 釈 天 は 実 は ﹃ 大 孔 雀 明 王 画 像 壇 場 儀 軌 ﹄ に よ る と、 ﹃ 大 日 経 ﹄ に 説 く 北 方 帝 釈 天 の 像 容 を 示 し て い る。 ( 11 ) 前 掲 ﹃ 曼 茶 羅 の 研 究 ﹄ 一 八 七-八 八 頁。 ( 12 ) 大 正、 二 〇 巻 二 八 八 頁 中。 な お、 ﹃ 一 字 仏 頂 輪 王 経 ﹄ ( 大 正、 一 九 巻 二 三 一 頁 下 ) に は 次 の よ う な や や 異 な っ た 四 天 王 の 四 方 配 置 が 説 か れ い る。 ﹁ 次 於 仏 左 東 北 角 辺、 面 画 提 頭 頼 旺 天 王、 左 手 執 塑、 右 手 側 揚 掌。 次 於 仏 左 東 南 角。 面 画 毘 噌 佗 迦 天 王、 左 手 執 塑、 右 手 側 揚 掌。 次 於 仏 右 西 南 角 辺。 面 画 毘 噌 博 乞 漉 天 王。 左 手 執 塑、 右 手 掌 金 剛 杵。 次 於 仏 右 西 北 角 辺。 面 画 多 聞 天 王、 左 手 執 塑、 右 手 執 金 剛 杵。 是 等 護 世 天 王 各 以 衣 用 被 飾 荘 彩 半 珈 践 坐 云 々。 ﹂

(11)

( 13 ) ﹃ 仏 母 大 孔 雀 明 王 経 ﹄ ﹁ 復 次 阿 難 陀 東 方 有 大 天 王。 名 日 持 国 是 彦 達 嬉 主。 次 無 量 百 千 彦 達 嬉 而。 為 春 属 守 護 東 方 ﹂ ( 大 正、 一 九 巻、 四 二 一 頁 下 ) ﹁ 復 次 阿 難 陀 南 方 有 大 天 王。 名 日 増 長 是 矩 畔 撃 王。 以 無 量 百 千 矩 畔 撃。 而 為 春 属 守 護 南 方。 ﹂ ( 四 二 二 頁 上 ) ﹁ 復 次 阿 難、 此 西 方 有 大 天 王。 名 日 広 目 是 大 竜 王。 ⋮ ⋮守 護 ﹂ ( 〃 ) ﹁ 後 次 阿 難 陀 北 方 有 大 天 王。 名 日 多 聞 是 薬 叉 主。 代 無 量 百 千 薬 叉 ⋮⋮守 護 北 方。 ﹂ ( 〃 ) ﹁ 東 方 名 持 国。 南 方 号 増 長。 西 方 名 広 目。 北 方 名 多 聞 天。 此 四 大 天 王。 護 世 有 名 称。 四 方 常 擁 護。 大 軍 具 威 徳。 外 怨 悉 降 伏。 他 敵 不 能 侵。 神 力 有 光 明。 常 無 諸 恐 怖。 ﹂ (四 二 二 頁 中 ) ﹃ 孔 雀 王 呪 経 ﹄ に い う。 ﹁ 東 方 提 頭 頼 陀、 領 乾 闇 婆 王。 ﹂ (大 正、 一 九 巻 四 四 九 頁 中 ) ﹁ 南 方 毘 楼 略、 領 鳩 葉 茶 王。 ﹂ (大 正、 一 九 巻 四 四 九 頁 下 ) ﹁ 西 方 毘 楼 博 叉、 領 竜 王。 ﹂ ( 〃 ) ﹁ 北 方 名 毘 沙 門、 領 薬 叉 ﹂ ( 〃 ) そ の 他、 ﹃ 仏 母 大 孔 雀 明 王 経 ﹄ ( 大 正、 一 九 巻 四 三 八 頁 上 ) ﹃ 大 孔 雀 王 呪 経 ﹄ ( 大 正、 一 九 巻 四 五 八 頁 上、 四 六 三 頁 中 -下 ) 参 照。 ( 14 ) 大 正、 一 九 巻 四 七 六 頁 中 -下。 ( 15 ) 佐 藤 泰 三 氏 ﹁ 守 護 大 千 国 土 経 の 成 立 に つ い て -孔 雀 経 と の 関 係 ﹂ (﹁ 密 教 文 化 ﹂ 第 75 号、 三 七 頁 ) 参 照。 ( 16 ) 大 正 一 巻 七 九 下-八 〇 上 頁。 ( 17 ) 後 述 の Atanatiya-suttat に も 見 え る。 ( 18 ) 大 正、 二 巻 三 二 三 頁 上 -中。 ( 19 ) 大 正、 二 巻 四 一 一 頁 上 -中。 ( 20 ) 大 正、 二 巻 五 九 〇 頁 中。 こ れ は 前 掲 諸 経 典 (大 会 経 類 ) と は 別 系 統 の も の で あ る。 ﹁ 爾 時 世 尊 清 旦 著 レ 衣 持 レ鉢。 欲 下 入 二 羅 閲 城 一乞 食 上。 是 時 提 頭 頼 旺 天 王。 将 二 乾 沓 想 等 っ 従 二東 方 一来 侍 二 従 世 尊 ﹃ 是 時 毘 留 勒 王 将 二 拘 葉 奈 衆 一侍 二 従 如 来 一西 方 毘 留 波 叉 将 二諸 竜 衆 一侍 二 従 如 来 つ 北 方 天 王 拘 毘 羅 将 二 羅 刹 鬼 衆 一侍 二従 如 来 鷺 是 時 釈 提 桓 因 将 二 諸 天 人 数 千 万 衆 一云 々。 ﹂ ( 21 ) DN. II 257. ( 22 ) ﹃ 壺 月 全 集 ﹄ 上 巻、 三 六 九 -三 七 一 頁 参 照。 ( 23 ) DN. II. 197-201. ( 24 ) 大 正、 一 巻 二 五 八 頁 中-下。 ( 25 ) 前 掲 ( 21 ) 参 照。 ( 26 ) 大 正、 一 九 巻 四 四 九 頁 下。 ( 27

) E.W. Hopkins: Epic Mythology. 152.

( 28 ) 野 見 山 思 愈 氏 ﹁ 大 会 経 に お け る 密 教 思 想 ﹂ (﹁ 密 教 研 究 ﹂ 第 四 八 号、 六 四 頁 ) 参 照。 ( 29 ) 拙 稿 ﹁ Atavaka に つ い て ﹂ ( ﹃密 教 学 密 教 史 論 文 集 ﹄ 三 六 六 -六 七 頁 ) 参 照。 ( 30 ) DN. II. pp. 207-219 ( 31 ) DN. II. pp. 220-221 ( 32 ) 拙 稿 ﹁ 種 族 社 会 と 仏 教 の 起 源 ・ 序 説 ﹂ ( ﹁ 密 教 文 化 ﹂ 第 61 号 三 五-三 八 頁 )。 ( 33 ) Chandogya-up., 5-24-5. ( 34 ) ﹃ 立 世 阿 毘 曇 論 ﹄ 第 二、 天 住 処 品 ( 大 正、 三 二 巻 一 八 三 頁 上 )。 ( 35 ) 前 掲 ﹃ 曼 茶 羅 の 研 究 ﹄ 一 八 八 頁 参 照。 胎 蔵 曼 茶 羅 最 外 院 の 構 成

参照

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