気候変動への人権法アプローチ
―脆弱な国家や共同体への補完的対応の可能性―
石橋 可奈美
はじめに
1.
環境保護実現のための人権法アプローチ2.
気候変動問題への人権法アプローチの必要性2.1
法的意義2.2
実体的権利を通じて2.3
手続的権利を通じて おわりにはじめに
今年の春、2011年
3
月11
日に発生した東日本大震災による福島原子力発電所事故の悲惨な 経験から、今私たちが思い知らされているのは、それまでその土地に生活していた人々が、突 然に「土地を奪われ、移住を余儀なくされた」という事態である。震災の1か月後の避難者数 は福島県だけで2
万5669
人に及び、今なお原発の半径20
キロ圏内は立ち入りが禁止され、80 キロ圏内の周辺の地域も、その放射線量の状況に応じ避難区域と指定されている。すでに9
カ 月を経過した現在でもまだ被害の実態は正確に把握されておらず、いつこれらの人々が元の土 地、元の生活に戻れるか不明であるが、セシウム137
の半減期が30
年ということから、汚染さ れた土地に、再び住めるようになるまで、少なくともそれ以上の年月がかかるであろう1)。 これは、原子力発電所による「強制移住」の例であるが、国際社会において、今最も、この 強 制 移 住 が 深 刻 に な っ て い る の が 気 候 変 動 に よ る 「 強 制 移 住 」(enforced migration/displacement)である。強制移住がいかに悲惨か、改めて、この福島原子力発電所事
故による「強制移住」の問題が我々に教えてくれた。IPCC
(Intergovernmental Panel on ClimateChange;
気候変動に関する政府間パネル)の第三次報告書によれば、気候変動によりいわゆる「環境難民/環境避難民(environmental refugee/environmentally displaced people)」「気候難民
/気候変動難民(climate refugee)
」2)となる人口は、100
年間に2
億6000
万人という規模で生ず るという。日本でも沿岸域は水没し、現状の居住地から410
万人が移住を余儀なくされるという。とくに、海面上昇によって国土を失いつつある島嶼国の国々や、極地域に住み、刻々と氷 床の融解に直面している先住民族の場合、もはや、その深刻さは計り知れない。
こうした中で、「人権」に直接・間接に根拠を置く「訴え」が提起されてきている。この場合 の「訴え」は必ずしも司法機関や準司法機関への法的な権利主張ではなく、いろいろな形態を とってなされている。たとえば、ツバルは、コペンハーゲンで開催された
COP15
で、「2℃の 気温上昇を認める案には断固として合意できない、それは我々に死ねということだ」と訴えた3)。 モルディブは、大統領と閣僚による海中会議でのパフォーマンスや、大統領による声明などを 通じて訴えている4)。カナダ北部地域に居住する先住民族のイヌイットは、米州人権委員会に、アメリカの温暖化政策の作為・不作為が、彼らの生命に対する権利を侵害していると申し立て た5)。ごく最近では、本年
2011
年9
月22
日、パラオの大統領は国連総会で演説し、温室効果 ガスの排出による海面上昇で太平洋島嶼国が水没の危機にあるとして、「国家がその領域内にお いて温室効果ガスを排出する活動が他国に損害を与えないよう確保する法的責任を有するこ と」につき、国際司法裁判所の勧告的意見を求めるべきと提言した6)。これまで、地球環境問題のうち、気候変動は、温室効果ガスの人為的発生に基づくとしても、
その責任を特定の国家に求めることは困難であるとして、温室効果ガスの排出削減や特定の作 為・不作為を求める請求や損害賠償請求の形式での訴訟にはなじまないとされてきた。それ以 前にも、2002年、ツバルが、キリバスやモルディブらとともに、米国とオーストラリアを相手 に、国際司法裁判所に提訴しようとして断念した、そのことに典型的である7)。しかし、ここ にきて、訴訟という形ではないが、権利侵害に対する主張がなされ、それが国際社会に対して、
迅速な行動をとることを求める法的根拠として提示されている。
このような動きは、
2005
年頃から急激に加速した。本稿では、気候変動関連で、このような 新たな形式での人権法の活用を含む「人権法アプローチ」の法的意義について検討することと する。1. 環境保護実現のための人権法アプローチ
ここでいう「人権法アプローチ(human rights law approach)」とは、いわゆる「人権アプロ ーチ(human rights approach)」として言及されるもののうち、とくに既存の人権法の援用に よるものを意味する8)。「人権アプローチ」と括られるものには、「環境権」といった新たな人 権を国際法のレベルで創設することや、
EU
で行われているように既存の人権の「発展的解釈」によるもの、そして、本稿がそれらから敢えて区別して定義するところの既存の人権の援用に よるもの、「人権法アプローチ」が含まれる。
ここで敢えて、環境保護の実現、とくに本稿との関連では気候変動の影響への法的対応を考
える上で、なぜ「人権アプローチ」の中でも「既存の人権の援用」によるアプローチに絞って 検討するかであるが、それは、「既存の人権の援用」によるものが、最も安定的、効果的、即応 的にかつ、また人権を基盤とするために正当性をも付与する形で環境保護の実現を支援し得る と考えられるからである。
「環境権」を創設する方向はこれまでにも試みられてこなかったわけではないが、残念なが ら頓挫してしまっている。例えば、
1972
年のストックホルム宣言前文1項に象徴されるような「人は、環境の創造物であると同時に、環境の形成者である。・・中略・・自然の環境と人が創 り出した環境は、ともに人間の福利および基本的人権ひいては生存権そのもの享有にとって不 可欠である」という考えは、環境法と人権法の確固たる連携の確立を目指す方向であり、以降 の環境法の発展にとって理想的な基盤となり得たはずであったが、実際のところ途上国の発展 の権利を考慮しないものとして敬遠され、1992 年のリオ宣言ではより現実的な理念、「持続可 能な開発(sustainable development)」に取って代わられてしまったのである。
環境保護の人権的側面を再び強調する立場からは、いわゆる「環境権」の創設は望ましいと ころであるが、このように必ずしも現実的な手法ではないことは、これまでにも指摘したとこ ろであり9)、また今日の国際的な動向を見ても明らかである。
他方で、EU で行われてきたような既存の人権諸規則の「発展的解釈」による環境保護の手 法も、国際法のレベルでは難しい。EU はそもそも同質性が高い地域共同体であり、また地域 共同体としての共同体法が存在するからこそ可能なのである10)。
したがって、今日、環境法の更なる健全な発展が模索され、その体系化の新たな「軸」とし て、人権アプローチの可能性が期待されるとするならば、その「中核」はあくまで「既存の人 権の援用(あるいは、少し広義で考える必要があれば、「活用」も視野に入れた形式での)」を 通じてなされるのが現実的であろう、ということになる11)。
2. 気候変動問題への人権法アプローチの必要性 2.1 法的意義
気候変動による環境損害と人権法とのリンクが論じられるようになったのは、ごく最近のこ とである。
2005
年にOHCHR
(国連人権高等弁務官事務所; Office of the High Commissioner forHuman Rights)や国連人権理事会が、この問題を取り上げ、以降、学術的にも議論が活発化し
た 。 そ れ ま で は 、 た と え ば 「 共 通 だ が 差 異 の あ る 責 任 (Common but Differentiated Responsibility )
」や「世代間衡平(intergenerational equity)」というような概念にも表れてい るように、先進国と途上国との負担のバランスをどのようにとるか、あるいは、「将来世代」と「現在世代」の負担やニーズのバランスをいかにとるか、そういう観点からの「衡平」は気候
変動への対処の理念としても取り入れられていたが、それは、ある種の正義を体現する概念で はあっても、必ずしも「人権」に基礎づけられたものでもなく、また別段「人権」と一体性を 有する概念としてでもなかった。このことは、決定的なスタンスの違いとして、その保護の客 体に顕著に示されている。例えば、「将来世代」と「現在世代」の「衡平」に基づく環境保護を 志向する上では、保護の客体は「人類」でなければならない。これは人権法が対象とする保護 の客体、すなわち「人」とは異なる
entity
である。人権法は、世界人権宣言1条の「すべての 人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳及び権利において平等である。」とする文言 にも明らかであるように、人が「生まれながらにして」有する権利を定める法領域である。環 境法が対象とする保護の客体が、「将来世代」を含む「人類」であり、「生まれていない」人も 保護の客体とされなければならないこととはそもそも法の拠って立つべき基盤が全く異なるの であり、したがって、環境法と人権法とのリンクが、そう容易ではなかったのも理解できる12)。 しかし、ここにきて、急速に人権法とのリンク、連携が検討され始めた。この1
つの理由は、環境損害が、合法的な経済活動から生じてきたこととの関連で、環境法は、経済活動をどこま で規制するか、すなわち経済法との相克の中から、いわば「折り合い可能な」(持続可能な)保 護水準を設定することを余儀なくされてきた、そのことと深く関係していると考えられる。と くに気候変動に関する国際法は、そのような観点から策定され、その運用もまた経済的手法の 活用に多くを委ねてきた(とくに京都議定書がその遵守確保・実施につき経済的手法(京都メ カニズム)に依存していることは周知の事実である)。そうした経済活動の重視への偏りを是正 し、経済的観点からはアプローチし得ない法益の保護のため、例えば、本稿が注視していると ころの、気候変動の影響にとくに脆弱な国家、共同体、個人に対応するため、人権法の援用も しくは活用が、何らかの救済を与えるのではないかと期待されているためである。
「人権法アプローチ」の活用については、気候変動に対する対処に限られず、他の環境問題 の領域でも十分にその潜在的力を発揮しつつあることを指摘しておきたい。たとえば、GMO
(遺伝子改変生物)の環境中への放出や食品としての利用についての規制につき、ただ単に経 済法、すなわち
WTO
法上それが許容され得るかどうかという観点から判断されることが問題 とされてきた。この点について、これまでの研究から、確かに、人権法の援用によって、「環境 保護水準」はアド・ホックに、より厳格な保護基準へと調整可能であり、また手続法上もそう した決定は、むしろ人権法によって裏付けられるところの民主的裁量によってなされる必要が あることなどが結論できたと考えている13)。ところで、問題は、気候変動関連の環境損害を改めて人権侵害とすることによって、どうい う法的意義があるのかということである14)。実際、気候変動の影響を考える際に、人間への影 響に焦点が当てられて来なかったわけではない。例えば、沿岸域の共同体や干ばつ地域、農業、
健康、人類の幸福への影響などは、気候変動に関する国際法のレジームでも取り上げられてき たのである(ただ、確かにその取り上げ方が、環境問題、経済問題、科学問題としてであり、
その意味での限界はあろうが)。こうした問題をここで「人権」問題として捉えなおすことに果 たしていかなる意味があるのかということである。そもそも人権法は、気候変動についてどう 扱ってきたか、また逆に気候変動に関する国際法は人権法についてどう扱ってきたのか、その 両者の関係も踏まえて検討する必要があるであろう15)。
今 日 ま で 、 気 候 変 動 に 対 す る 国 際 的 な ア プ ロ ー チ は 、 主 と し て 、「 管 理 ア プ ロ ー チ
(management approach)」であった16)。すなわち、科学者が、大気中の温室効果ガスの濃度及 び温室効果ガスの排出の安全な水準を決定し、その水準に基づき、
UNFCCC(気候変動枠組条
約)の締約国が、条約で規定された様々な管理ツールを通してその水準に到達するよう促され るという仕組みである。とくに、京都議定書のキャップ・アンド・トレード制度は、この典型 的な例である。またこのことは、UNFCCC
が、その目的に関して「気候系に対して危険な人為 的干渉を及ぼすこととならない水準において大気中の温室効果ガスの濃度を安定化させること を究極的な目的とする」(2条)と定め、さらに「そのような水準は、生態系が気候変動に自然 に適応し、食糧の生産が脅かされず、かつ、経済開発が持続可能な態様で進行することができ るような期間内に達成されるべきである」(同条)と規定していることにも顕著に表れている17)。こうしてみると、気候変動に関する国際法の目的は、生態系の保全(ecosystem conservation)
や、食料安全保障(food security)、持続可能な開発(sustainable development)などとは結び ついているものの、やはり、気候変動関連の影響により個人の人権が侵害されることや、その 人権侵害に対する損害賠償又は補償の請求の可能性などとは関連づけられておらず、気候変動 に関するレジームは「人権」的観点を、その射程に含めて来なかったと言わざるを得ない18)。 気候変動の影響への対処が、「管理アプローチ」に依存していることは、ドイツのボンにある 気候変動枠組条約事務局が締約国会合の年次開催や、
UNFCCC
や京都議定書の実施において大 きな役割を担っていることにも如実に示されている。事務局は、技術的専門家、科学者、政策 分析家、などから構成され、炭素市場やその他の国際気候変動政策の管理、温室効果ガス排出、「緩和」努力、影響、レジームの全体的な効果についてのデータ収集や情報交換などを行って いる。結果として、今日の気候変動レジームでは、例えば炭素会計(carbon accounting)のよ うなことは十分にできても、個人の権利擁護や被侵害利益に対する損害賠償・補償といった点 にはほとんど対応できないのである19)。
このようなアプローチでは、最終的に、気候変動の影響と人権との間の関連について、さら に焦点があてられるということも、あるいは、根本的に気候変動の影響と人権との関連を考慮 するように変化がもたらされるということも期待できず、「気候変動のリスクをいかに管理する
か」という技術的アプローチが依然として主流であり続けることになってしまう。しかし、も し「人権法アプローチ」が活用され、人権への配慮が気候変動のレジーム構築について組み入 れられていくならば、政策や手法の最終的な採択においても、多様な立場・見解の反映が可能 となり、重要な貢献を期待することができるのではないか20)。
それは、ハンター(Hunter, David.D.)によれば、以下のような効果をもたらすとされる。
第1に、人権は、気候変動を引き起こした国家とそれによって最も被害を受けている 人々(本稿で言う「脆弱な国家、共同体、個人」等)との間の責任や賠償責任をどう割 り振るかという点についての基礎を提供する。
第2に、気候変動の影響について人権を通じて対処するということは、気候変動の道 徳的な側面を強調することになるため、より効果的に対応しなければならないとする政 治的意思を醸成する。
第3に、人権を考慮するということは、異なるアクターや声が、気候変動交渉にもた らされ、意思決定が改善されるということを意味する。
第4に、人権について注意喚起することは、気候変動への「緩和」対応を選別し、あ る種の「緩和」対応についてはふるい落とす可能性がある。
第5に、人権は、地球全体で気候変動に「適応」するための乏しい資源をいかに配分 するかに関して優先順位を決定する手段を与える21)。
さらに、この問題は、人権法の実体的権利からアプローチした場合の可能性や意義と、手続 的権利からアプローチした場合の可能性や意義とに分けて考える必要があると思われる。以下、
その区分に従い、詳述する。
2.2 実体的権利を通じて
人権法上の実体的権利に基づき、「人権法アプローチ」を援用することの法的意義は、本来的 には、訴訟で、権利ベースの原状回復又は損害賠償請求を可能にすることにあるといってよい であろう。しかし、気候変動によって人権が侵害されているとしても、その損害について、加 害国(環境損害を発生させた国家、起因国)を特定できないこと、加害行為たる温室効果ガス の排出行為と被侵害利益との因果関係を特定できないこと、被害国又は被害を受けた共同体、
個人の損害の範囲を確定できないこと、そうした理由から、権利ベースの訴訟や損害賠償請求 にはなじまないとされてきた22)。
しかし、後述するイヌイット請願事件(Inuit Petition)に見るように、少なくとも被害を受 けていると考える共同体の主張のレベルでは、こうした法的構成や請求が実際になされるよう になってきているのである。
(1)国内裁判所における気候変動関連訴訟
国内レベルでは、確かに、いくつかの訴訟が提起されてきた23)。しかし、気候変動関連の損 害に対する訴訟の潜在的な有用性が一気に注目を浴びたのは、米国連邦最高裁判所において、
2007
年4
月2
日マサチューセッツ対EPA(連邦環境保護庁)
(Massachusetts v. EnvironmentalProtection Agency)事件判決
24)が下されたことに端を発している。(a)行政府の気候変動による影響への不作為に対する請求
―Massachusetts v. Environmental Protection Agency事件
この事件は、自動車の新車に対する温室効果ガス排出規則の制定を求めて環境保護団体等が
EPA
に対して行った請願に対して、EPA
にはその権限がなく又たとえ権限を有したとしても規 則制定は有益ではないとして規則制定を拒否したことに対し、マサチューセッツ州他が争った ものである。最高裁は、マサチューセッツ州の原告適格を認めた上で25)、温室効果ガスは大気 浄化法(CAA: Clean Air Act)が定める「大気汚染物質(air pollutants)」に該当し、従って、EPA
に規制のための規則制定権限はあるとした(規制権限Section 202(a)(1)、大気汚染物質の定義
は
302(g))
。また規則制定権限があり、にも拘わらず、地球規模の気候変動問題における米国の国際交渉での不利益や個々の規制での非効率性など政策的考慮に基づき規則制定をしなかっ たのは、大気浄化法上の義務の不履行にあたるとして、控訴審に差し戻した。これを受けて、
DC
巡回区連邦控訴裁判所は、2007年9
月14
日、EPAの規則制定をしないとする決定を破棄 した。すでに2007
年5
月14
日、自動車等からの温室効果ガス排出についてもブッシュ大統領 が大統領令で規制の方向を打ち出していたこともあり、その後EPA
はNHTSA(運輸省道路交
通安全局)と連携し、自動車等からの排出規制規則制定へと動き、漸く2010
年4
月に制定され た26)。EPA
が当該規則制定に至った契機として2007
年の最高裁判決を挙げているのが注目され る27)。訴訟によって行政機関の気候変動への対処を促すことに成功した画期的な判決であった と言える。(b)不法行為に基づく請求
(i) Connecticut v. American Electric Power Company
事件上記マサチューセッツ対
EPA
事件は、米国の大気浄化法の適用を争い、行政機関の不作為を 問題として提起されたものであるが、他方で、不法行為(ニューサンス)に基づく請求を行う という形式での気候変動関連訴訟も注目されてきている。その1つが、Connecticut v. American
Electric Power Company
事件判決28)であるが、コネティカット州ほか7
州が、アメリカン・エ レクトリック・パワー社などを相手として提起していたもので、連邦最高裁判所は、2011年6
月20
日、控訴審を覆し、同社などからの温室効果ガス削減を求めるコネティカット州ほかの訴えを退けた。最高裁は、マサチューセッツ対
EPA
の最高裁判決に言及し、温室効果ガスが大気 浄化法の下で規制される「大気汚染物質」であることを再確認した上で、ただし、大気浄化法 に基づくEPA
の規制措置は、不法行為に基づく温室効果ガス削減の請求に優先すると判断した。最高裁が、
EPA
が火力発電所からの温室効果ガス削減のため、新規発生源実施基準(New SourcePerformance Standards)などの改訂を含み、規則制定に取り組んでいること
29)を評価した上の判断と思われるが、しかし、次に挙げる
Kivalina
事件にも言えることであるが、不法行為に基 づく請求は、国内裁判所においても認められにくいということの証左であるかもしれない。(ii) Kivalina
事件同様に、不法行為に基づく請求を行う形式での気候変動訴訟である
Kivalina
事件では、米国 アラスカ州に位置するイヌイットの村のキバリナ(Kivalina)の住民が、石油会社(エクソン・モービル社(ExxonMobil Corp.))などを相手として、同地域は気候変動による洪水などで被害 を受けており、それは生命に対する権利、健康に対する権利等の侵害であり、ニューサンスの 法理に基づき石油会社が不法行為責任を負うと主張して損害賠償を求め、2008年
2
月26
日、米国の国内裁判所に訴訟提起した30)。2009年
9
月30
日米国地方裁判所は、温室効果ガスの規 制については法的問題ではなく政治的問題であるとして、請求を棄却した。現在控訴審に係属 中であり、訴訟の最終的な結果はまだ出ていないが、生命に対する権利や健康に対する権利な ど、「人権」侵害に対する損害賠償請求訴訟が、気候変動関連でも起こされつつあるということ を示す顕著な例である。(iii)
オゴニランド事件(Ogoniland Case)また、2005年
11
月14
日、ナイジェリアの連邦最高裁は、ロイヤル・ダッチ・シェル社及び ナイジェリア国有石油会社が天然ガスの燃焼(いわゆる「ガスフレア(gas flaring)」、石油産 出時に発生する不要な天然ガス(associated gas)の燃焼)によって、ナイジェリア連邦共和国 憲法33
条1
項及び34
条1
項によって保障され、また人および人民の権利に関するアフリカ憲 章(バンジュール憲章)4条、16条、24条によって補強されている(reinforced)ところの生 命に対する権利(健全な環境に対する権利を含む)や人間の尊厳に対する権利を侵害したとす る市民の訴えを認めた31)。そして、これらの会社に対して、ガスフレアの停止のための行動を ただちに取ることを命じた32)。この判決において、「気候変動の影響による人権侵害が認められ、損害賠償請求が可能である」ことが明確に示されたわけではないが、判決は主として原告側か ら提示されたガスフレアと温室効果ガス及び気候変動との関連を示した証拠に基づき下されて おり、その意味で、本判決は、少なくとも「気候変動の影響から安全を確保する権利(a right to
security from climate change)
」を黙示的に援用したものと認められるとする見解もある33)。(2)国際社会における気候変動関連の損害についての請求―いかなる人権に依拠するか
(a)「生命に対する権利」や「健康に対する権利」の援用可能性
上記に示したように気候変動関連の国内レベルでの訴訟は、行政府の不作為を問う形式でか、
もしくは私企業を相手とした不法行為に基づく請求の形式でか、いずれにしても徐々に判例の 蓄積が始まってきているが、しかし、国際社会ではそう簡単ではない。まずは、気候変動によ る影響を人権侵害として構成するために、どのような人権が援用可能かが問題となる。という のも、すでに述べたようにいわゆる「環境権」という権利概念が国際社会では十分に醸成され ておらず、また実定法としてもその規定はほとんどないからである。「すべての人民は、その発 展に有利な一般的で満足できる環境に対する権利を有する」(「人および人民の権利に関するア フリカ憲章(バンジュール憲章)24条)や「すべてのものは、健康的な環境についての権利を 有する」(米州人権条約のサンサルバドル議定書
11
条)など地域条約に僅かにその例を見るに 過ぎない。しかも、いずれの条約の場合にも、当該条項に基づき委員会への通報を通じて直接 権利の主張がなされた事例は確認されていないか(バンジュール憲章は通報等の案件の内容に ついて非公開のため不明)、またはそもそもそのような制度を有していないのであって(サンサ ルバドル議定書の場合は当該権利侵害についての通報制度を有していない)、具体的な法益保護 の観点からどれほど機能しうるのか、疑問があると言わざるを得ない。したがって、現実には、人権固有の諸権利のうち、生命に対する権利(right to life)や健康に対する権利(right to health)
など、環境保護に利用可能な人権を援用するということになろう。
そのような権利を保護し、促進し、実現する国家の義務は、大別して、市民的政治的権利に 基づく義務と、経済的社会的文化的権利に基づく義務とに分けて論じる必要がある。
市民的政治的権利に関する国際条約としては、市民的政治的権利に関する国際人権規約
(ICCPR)、欧州人権条約(ECHR)、また経済的社会的文化的権利に関する国際条約としては、
経済的社会的文化的権利に関する国際人権規約(ICESCR)がその代表例である。
こうした人権に依拠した気候変動関連の損害に対する国際レベルでの請求としては、後述する ようにイヌイット請願事件がある。イヌイット請願事件では、市民的政治的権利に分類される 権利と経済的社会的文化的権利に分類される権利の双方が援用されているが、請求は棄却され ているため、援用された個々の諸権利に基づく請求の妥当性についての米州人権委員会の法的 評価はわからないままである34)。
(b)法形成への促進力としての人権法アプローチ
他方で、こうして、権利ベースで訴訟が提起できるかどうかという観点のみから「人権法ア プローチ」の援用・活用の意義を捉えようとして、そこに囚われすぎてはならない。権利に基 づく法益保護の主張が訴訟等でできないのであれば、気候変動関連で人権法の援用、活用を考
慮する必要はないとするのは、気候変動関連の人権侵害について、適切に理解していないとい うことになる。というのも、OHCHRによれば、気候変動関連の損害が、特定の国家の作為・
不作為に帰属されえないとしても、そうした損害に対処することは、国際法に基づく重要な人 権上の懸念であり、また義務として存在しているのである35)。
しかし、訴訟など権利ベースでの人権法の援用が困難であるとしたら、それでは、人権法の 実体的権利に基づく主張を行うことはどのような法的意義があるのか。
それは、むしろ法形成(law-making)の面で、重要な促進力となるということではないか。
人権に基づく主張は、極めて強力である。とくに、それが、生命に対する権利、健康に対する 権利などである場合、こうした権利が人権法の諸権利の中でも、優先度の高い権利であること につき、異論のあるものはいないであろう。したがって、国際社会に法形成あるいは制度的対 応を促す非常に強い効果を有する。前掲のツバルを始めとする島嶼国や、極地に居住する先住 民であるイヌイットなど、とくに気候変動に脆弱な国家や共同体にとって、そうした主張は極 めて重要な手段となる。
事実、法形成の面でのこうした効果を如実に示すものとして、本稿の冒頭でも触れた「環境 難民」「気候難民/気候変動難民」にいかに法的に対応するか、その対応の必要性が叫ばれ始め、
新条約の策定や難民条約の改正の可能性が模索されつつあることを挙げることができる。1951 年の難民の地位に関する条約は、「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員である こと又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有する ために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそ のような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」(1条
A(2))とし
ており、したがって、このままでは、いわゆる「環境難民」「気候難民/気候変動難民」には対 応できないため、新条約の策定や現行の難民条約改正の議論が高まっているのである36)。以下、脆弱な国家・共同体として、海面上昇による国土の消失と移住の必要性に迫られてい るツバルやモルディブといった島嶼国と、イヌイットの事例を取り上げ、彼らの人権に基づく 主張が、権利ベースでの損害賠償等を得るという意味では成功していないとしても、国際社会 の対応を促しつつある重要な効果を有していることを述べる。
2.2.1 ツバルやモルディブなど島嶼国の事例―人権を基盤とした政治的な訴え
すでに本稿の冒頭でも言及したように、ツバルは、2002年、キリバス、モルディブらととも に、京都議定書を批准しないオーストラリアや米国を相手として国際司法裁判所への提訴を試 みたことで、一躍脚光を浴びた37)。また、
UNFCCC
のCOP
の諸会合での積極的なアピールは、島嶼国の現状を痛感させる。とくに
2009
年12
月にコペンハーゲンで開催されたCOP15
の会場でのスピーチで、ツバル代表は、2℃の気温上昇を認める案に強硬に反対し、「それは我々に 死ねということだ」と訴えた。また
2010
年12
月のメキシコ・カンクンで開催されたCOP16
でも「我々の国の首都のあるフナフチの島の幅は僅か600
メートルしかなく、また海抜は4
メ ートルしかない。サイクロンが来ても、ココナッツの木以外登る山とてない。」「地球全体の気温上昇は
1.5℃以下でなければならない」
「(もし1.5℃以下が達成されなければ)我々は容易に
地球上から消失してしまうだろう」とその窮状を訴えた38)。こうした訴えもまた、人権に依拠 した強いアピールと言い得る。
また、モルディブは、スリランカ西南のインド洋に位置し、数多くの島やサンゴ礁を有し、
最大海抜
2.4
メートルの平坦な国土から成っている。温暖化の影響で、サンゴ礁が死滅し、ま たそもそもの海抜の低さから、ごく僅かな海面上昇でも、甚大な影響を被り、国土の消失は必 至とされている。2007年7
月17
日、モルディブの大統領は、そのスピーチで、世界は、気候 変動を人的原因と人的結果を有する深刻な人的問題であるとして再概念化する必要があると訴 えた39)。つまりは、気候変動の人的側面をもっと理解しなければならないということである。それには、気候変動が人権に与える影響も含まれる。
こうした中で、2007年
11
月、モルディブは、島嶼国会議を開き、「地球規模の気候変動の人 的側面に関するマリ宣言」40) を採択した。そこでは、国際文書では初めてのことであるが、「気 候変動は、人権の享受に明確かつ直ちに影響を与えてきている(climate change has clear andimmediate implications for the full enjoyment of human rights)
」ことが、懸念事項として明記さ れ、国連の人権機関(国連人権理事会及びOHCHR)にこの問題に緊急に対応するよう要請さ
れた。影響を与えるとして言及された人権には、生命に対する権利、文化的生活に参加する権 利、財産を使用し享受する権利、十分な水準の生活に対する権利、食料に対する権利、達成可 能な最高水準での身体的精神的健康に対する権利、などが含まれていた41)。このマリ宣言は、その直後バリで開催された
COP13
で取り上げられ、モルディブ大統領は、「我々島嶼国は、気候変動が、単に自然への脅威として捉えられるべきではなく、人間の生存 や幸福に対する直接の脅威として捉えられるべきであると考える。我々は、この交渉過程が、
これまでなされてきたような政府間のトレード・オフではなく、人間の生命、家、権利、生活 を保護するような緊急の国際的努力としてなされるべきことを信ずる」と述べた42)。またこれ に関連して、国連人権副高等弁務官である
Kyung-wha Kang
は、「適応」であっても、「緩和」であっても、人権の枠組みが、もっとも効果的な方法であると述べた43)。また、モルディブは、
国連人権理事会決議
7/23
に基づくOHCHR
の調査検討において、OHCHRが各国から意見の 付託要請をした際にも、2008
年5
月に気候変動の影響に対処するため諸人権に基づく分析や主 張を記載した詳細な報告書を提出した(自決権、生存のための手段に対する権利、生命に対する権利、財産権、食料に対する権利、住居に対する権利、健康に対する権利、水に対する権利、
労働に対する権利、情報へのアクセス権、意思決定への参加の権利、救済措置に対する権利な どに関する分析がなされている)44)。さらには、2009年
10
月、大統領と11
名の閣僚がウェッ トスーツを着用し、水深6
メートルの海中で会議を行い、気候変動による国家の危機を訴える という行動に出た45)。こうした島嶼国の国民は、国土水没の危機に直面し、近い将来、気候変動により強制移住を 余儀なくされることが予測される。しかし、必ずしも、現行の国際法の下では、移住について 保護されず、また移住計画すら立っていない。例えば、ツバルは総人口約
1
万人を抱えており、現在、気候変動への適応のための国策として、ニュージーランドやオーストラリアへの移住に 取り組んでいる。しかし、ニュージーランドとは、一定のベースでの移住計画が合意されたが、
オーストラリアには移住を拒否されている46)。そのような中で、一方で国土水没を少しでも遅 らせるための国際的な法的枠組みの構築について、他方で、自国が近い将来直面する移住問題 への何らかの対応を求めて、人権を基盤とし、強調した切実な政治的訴えかけをしていると見 ることができる。
こうした訴えは、すでに述べたように原状回復や損害賠償を求めるタイプの「人権法アプロ ーチ」の利用ではないことに注意すべきである。むしろ、この場合において「人権法アプロー チ」は「法形成」を促すための手法として機能する。
2.2.2 イヌイットの事例―人権を基盤とした法的請求の模索
イヌイットは、北部アメリカ・カナダ地域に居住する先住民族であり、15万人ほどの人口を 有し、独自の文化を有している。気候変動により極地の氷が解け(とくに夏季の融解)、従来は 見られなかった生物が生息するなどして生態系にも変化を生じ、食料にも困るようになった。
また、住居も氷の融解で崩壊してしまう他、氷が薄い個所から狩猟中の人が海に落ち死亡する などの事故が増えている。2005年
12
月7
日には、このような事態に関して、それらは米国の 温暖化対策の不作為により生じたものであるとし、米国を相手として米州人権委員会へ申し立 てた47)。請願の中で、原告らは、その人権が侵害されたこと、今後も侵害されつづけること、それは、
主として、米国が、温室効果ガス排出を削減していないことによるものであることを訴えた。
すなわち、気候変動の影響は、米国の作為・不作為によって生じており、「人の権利及び義務に 関する米州宣言(American Declaration of the Rights and Duties of Man)」によって保護される イヌイットの基本的人権を侵害しており、これらには、文化的利益に対する権利、財産権、健 康、生命、身体的完全性(physical integrity)、生存のための手段の保護に対する権利、居住、
移動、住居の不可侵に対する権利が含まれると主張した48)。先にも述べたように請求の基礎と して援用されている人権が、市民的政治的権利及び経済的社会的文化的権利の双方に、しかも 広範に渡っていることが注目される。
また、救済として、調査とヒヤリングに加え、①「米国が人権侵害に対して責任を負うこと」
を確認し、②米国に対し、温室効果ガスの排出を制限し、また、イヌイットの文化を保護しイ ヌイットが気候変動に「適応」するための資金や援助を提供する計画を実施するための強制措 置を講ずることを勧告する、「報告書」を要求した49)。2006年
11
月に本請願は前掲の米州宣言 に基づき保護されている諸権利の侵害につき示していないという理由から棄却されたが50)、米 州人権委員会はその後2007
年3
月1
日にイヌイットをヒヤリングに招き、地球温暖化と人権の 間の関連性について証言をさせた51)。イヌイットの事例は、地球規模の気候変動は、自然科学の問題ではなく、まさに人的プロセ スであって、原因と結果があるということを示唆している52)。そうだとすれば、他の人的相互 作用と同様、責任や訴訟を含む人権の枠組みに入ってくるのである53)。2006 年
12
月、元アイ ルランドの首相でその後国連人権高等弁務官の職にもあったMary Robinson
は、「気候変動は すでに人権の享受に影響を与え始めており、したがって、人権の枠組みが、これらの権利の保 護を求めて、途上国や脆弱な共同体に権利と力を付与する」と述べた54)。こうして、イヌイッ トの請願は、法的には成功しなかったが、イヌイットの窮状に国際社会の注目を浴びさせるこ とになり、気候変動交渉においての彼らの影響力を高めその存在を際立たせたという意味で重 要な意義を有したと言えよう55)。2.2.3 脆弱な国家及び共同体への法的対応
上述したように、国際社会でも「人権法アプローチ」に基づく脆弱な国家及び共同体の「訴 え」は次第に目立ち始めているが、しかしそうした「訴え」は必ずしも司法機関・準司法機関 へ法的救済を求めてのことではない。確かに、イヌイット請願事件のように権利ベースで国際 機関に具体的な請求を申し立てたケースもなくはないが請求自体はあっさり棄却されているの であり(ある程度想定されていたはずである)、それを含め、まずは国際社会に自らの窮状を訴 え、「法形成」の促進力として機能させようというのが、こうした「訴え」の根底にある真意で はないか(「訴訟戦略(litigation strategies)」との見解がある56))。しかし、まずその前提として、
そもそも「気候変動の影響が人権の享受を侵害する」と言い得るのか、国際社会でもすでにそ のような認識が一般化しつつあるのかどうか、そのリンクの問題が検討されておかなければな らない。
この問題については、昨今、以下に示すように重要な決議や報告書(国連人権理事会決議
7/23、
10/4、OHCHR
報告書)が出されている。(1)国連人権理事会決議 7/23
2008
年3
月28
日に、国連人権理事会は、「人権と気候変動に関する決議7/23」を採択した
57)。 これは、国連決議として、「気候変動は人権の十分な享受に影響を与える」 ということを初め て明確に示唆したものである58)。同決議では、依然として「持続可能な開発」の理念、すなわ ち、「現在世代と将来世代の開発・環境上のニーズ」を満たすことの重要性を前提としてではあ るが、他方で国際社会には重要な規範として人権諸条約があることを再確認し(世界人権宣言や
ICCPR、ICESCR
など)、「発展の権利」もまたそうした基本的人権の一部であり、これまでに採択された「十分な生活水準の一部としての十分な住居」、「人権と水に対する権利」に関す る人権理事会の決議・決定(Council resolution 6/27 of 14 December 2007/ Council decision
2/104 of 27 November 2006)及び「到達可能な最高水準での身体的精神的完全性に対する権利」
の特別報告者の報告(A/62/214)に気候変動の影響につき検討すべきとの勧告が含まれていた ことなどを踏まえ、さらに島嶼国や干ばつ・砂漠化の影響を受けている国々の脆弱性に言及し た上で、気候変動と人権の関連性について検討する必要性があるとの結論を最終的に導き出し ている。
この決議で、OHCHRは、気候変動と人権との関係に関する詳細な分析を行い、人権理事会 に、その
10
会期までに送付するように要請された。また、さらに、その分析と人権理事会にお ける討議の要旨は、UNFCCCのCOP15
での検討に付すため送付されることも決定した。(2)OHCHR 報告書
2009
年1
月15
日、OHCHRは、さらに詳細な分析を公表した(OHCHR Report)59)。この報 告書には、30
を超える国家と、35
を超える国際組織、国内の人権組織、非政府団体や学術団体、が書面又は口頭での意見送付をしており、国連の人権組織である
OHCHR
によって、始めて、包括的に、気候変動と環境悪化、人権との間の複雑かつ多元的な関係の分析がなされたもので あった60)。報告書自体は、保守的なものであったが、国家の意見送付(この中に前掲のモルデ ィブからの意見送付が含まれる)の中には、かなり先進的なものもあった。いずれにしても、
本報告書は、気候変動と人権との関係の存在を認め、その関係に必要な対応を考えようとした もので、評価できる。
人権に基づく請求を気候変動の文脈で行うことの障害は、
OHCHR
報告書で指摘されている。すなわち、同報告書によれば、
「気候変動は、人権の享受に明らかに影響を与えているが(climate change has obvious
implications for the enjoyment of human rights)
、しかし、そのような影響が、厳密に法 的な意味で人権侵害と言いうるのか、あるいは言いうるとしてどの程度であればという ことはそれほど明確ではない。気候変動の影響を人権侵害とすることには、いくつもの 困難な問題がある。第1に、特定の国家の歴史的な温室効果ガスの排出と、特定の気候変動関連の影響と の間の、複雑な因果関係のもつれを解明するのは事実上不可能である。・・(中略)・・
第2に、地球温暖化は、しばしば、気候変動関連の影響に貢献しているいくつかの影 響のうちの一つでしかない。ハリケーンや、環境悪化、水質汚染などがあり、何が気候 変動の被害なのかの特定も困難である。・・(中略)・・
第3に、地球温暖化の悪影響は、将来の影響を予測してということになるが、通常人 権侵害は、損害が発生した後で確立する。」61)
したがって、確かに、OHCHR報告書が指摘するように、人権に対する特定の影響を気候変 動の影響として帰属させることは困難である。それは、国家や企業のそれぞれが、どの程度そ の影響に貢献しているのかを決定することでもあるからである。しかし、その結果として、こ れらの国家や企業は気候変動による被害を受けている人々の人権を侵害しているとみなされな いことになってしまう62)。他方で、気候変動とその影響についての科学的理解は進んできてお り、地球温暖化、とくに気候変動関連の影響と、人権侵害との関連が立証される能力は改善さ れてきている。よって、とくに、国内レベルでは、権利ベースの訴訟も成功していくだろう63)。
人権の訴訟の側面に焦点を当てることは、気候変動関連の人権侵害の法的次元を理解する上 で狭すぎる64)。OHCHR が結論づけたように、たとえ、気候変動関連の損害が、特定の国家の 作為・不作為に帰責させられえないとしても、その損害への対応を考えることは重要な人権的 関心であり、また国際法の下での義務でもある。したがって、法的保護は気候変動関連の危険 や人権侵害に対する最終的なセーフガードとして重要である。これらの危険や侵害は、国内レ ベルでとられた政策や措置に起因して生ずることもある65)。
訴訟で権利侵害が認められることは容易ではなく、したがって、国家は、訴訟での請求が可 能でないからといって、人権を保護し促進する義務がないとは言えないのである66)。
(3)国連人権理事会決議 10/4
2009
年1
月15
日のOHCHR
報告書を受けて、国連人権理事会は、2009年3
月20
日、「あら ゆる人権、すなわち、発展に対する権利を含むあらゆる市民的政治的権利及び経済的社会的文 化的権利の促進と保護」についての議題の中で「人権と気候変動」を取り上げ、決議7/23
及び
OHCHR
報告書に言及した上で、「とくに、生命に対する権利、十分な食料に対する権利、到達可能な最高水準での健康 に対する権利、十分な住居に対する権利、自決権、安全な飲料水や衛生へのアクセスを 確保する人権法上の義務に関して、また、いかなる意味でも人はその生存のための手段 を奪われないということも踏まえ、気候変動関連の影響は直接・間接に人権の効果的な 享受に影響を生じさせていることに留意し」(前文
7
パラ)「こうした影響は、世界中の人々や共同体が被っているが、他方で、気候変動の影響は、
その地理的条件、貧困、ジェンダー、年齢、先住民族・少数民族であること、障害を有 することなどの要素によって、脆弱な状況に置かれている人々や共同体の人々などに、
最も痛烈な痛みを与えていること(be felt most acutely)を認識し」(前文
8
パラ)「気候変動関連の影響と関連している諸人権の実現のために各国が国内的にしている 努力を支援するため・・効果的な国際協力が重要であることも認識し」(前文
9
パラ)「人権法上の義務やコミットメントが、政策統合を促し、正当性を付与し、持続可能な 結果を生じさせ、気候変動の分野における国際的・国内的政策決定に情報を与え、強力 なものとする潜在的な力を有することを確認し」(前文
10
パラ)67)「気候変動と人権」の関係について次回会期(11会期)でさらに検討することや、OHCHRに
対して
OHCHR
報告書の要約作成を要請し、それを気候変動枠組条約の締約国会合(COP15)で配布することなどを決定した。
この決議
10/4
は、「気候変動関連の影響は直接・間接に人権の効果的な享受に影響を生じさ せている」こと、またそれがとくに「脆弱な人々や共同体」にとっては甚大な影響となってい ること、気候変動関連の影響によって侵害されたか又はされつつある「生命に対する権利」「健 康に対する権利」を始めとする関連する諸権利の国内的実現のための各国の努力については支 援する方向で国際的に協力を進めること、気候変動と人権の関連性の追求は、ひいては、気候 変動政策にとってもその正当性を担保され、また効果的な政策の策定が可能となること、につ いて認識し、確認した上で、気候変動枠組条約での交渉にも、そのような観点が含まれるべき としている点で重要である。これに先立つOHCHR
報告書がやや消極的に「気候変動関連の影 響と人権」の関係を分析したところから、さらに一歩進んで、その関係を追求することにつき、積極的な意義を認めようとしたものと言える。
2.3 手続的権利を通じて
(1)人権法上の情報へのアクセス権と参加の権利
気候変動関連に限られず、今日、環境問題については、情報へのアクセス権と参加の権利が 人権法上の要請として成熟しつつある。また、そもそも人権法も情報へのアクセスを基本的な
人権と認めている。例えば、気候変動が問題化していなかった時点で採択された世界人権宣言
(1948 年)でも、「すべての者は、意見及び表現の自由についての権利を有する。この権利に は、干渉されることなく意見をもつ自由、並びにあらゆる方法によりかつ国境とのかかわりな く、情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。」(19条)と規定し、また自由権規約(市 民的及び政治的権利に関する国際規約)19条は、
1
すべての者は、干渉されることなく意見を持つ権利を有する。2
すべての者は、表現の自由についての権利を有する。この権利には、口頭、手書き若 しくは印刷、芸術の形態又は自ら選択する他の方法により、国境とのかかわりなく、あらゆる種類の情報及び考えを求め、受け及び伝える自由を含む。(19条)
と規定する。このような規定は国家に対して、情報へのアクセスを確保することを必ずしも義 務付けてはいない。したがって、情報を「受け」る自由とは、自発的な情報提供者からの情報 を受けると解するのが自然のように思われる。しかし、この解釈は狭すぎるとして、米州人権 裁判所では、情報を要求する権利を含むことが判示された(Claude Reyes et al. v. Chile)68)。こ うして、気候変動関連の現行の条約、国家の約束、国内法と国内規制、「緩和」と「適応」に関 する諸政策、排出量取引に関する情報、費用の使われ方、炭素貯蔵、技術移転など、に関する 情報へのアクセスは、人権法上の権利として認められ、それは、気候変動に対処する上で、極 めて重要であると言える69)。
(2)環境法上の情報へのアクセス権と参加の権利
上述したように、人権法上、情報へのアクセス権と参加の権利は、一般に認められているが、
環境法固有の領域ではどうか。いわゆる「オーフス条約(Aarhus Convention)」は、リオ宣言
10
原則を受けて策定され、その正式名称(「環境に関する、情報へのアクセス、意思決定にお ける市民参加、司法へのアクセスに関する条約(Convention on Access toInformation, Public Participation in Decision-making and Access to Justice in Environmental Matters)
」)が示すよう に環境情報へのアクセスに加え、公衆参加、公衆の司法へのアクセスを規定する条約である。したがって、気候変動関連の環境情報へのアクセスや参加については、同条約及び気候変動関 連の条約の規定を見る必要がある。
(a)環境情報へのアクセス権
まず、環境情報へのアクセス権についてであるが、とくに、オーフス条約
5
条は公衆に環境 情報を利用可能とすること、及び効果的にアクセス可能とさせることを締約国に義務づけてお り、また、気候変動枠組条約6
条は、また公衆に、気候変動に関する情報へのアクセスを促進 し、容易にすることを義務づけている。また、オーフス条約は、さらに積極的に、公衆の要請 に基づき、環境情報が開示されるべきことも定めている(4条)。とくに今後重要となると思われるのは、企業が保有する情報へのアクセスである。気候変動 関連の情報には、企業活動による温室効果ガス排出や排出量取引に関する情報、CDM などの 実施状況や投資計画などが含まれ、それらは、国家レベルで集約されるのを待つことなく、直 接企業保有の環境情報へのアクセスということが可能となる体制が必要である。
たとえば、前掲の
Kivalina
事件でも、15年に渡ってそのことを知りつつ環境損害の発生の可 能性についての情報が隠ぺいされていたことに対する損害賠償が請求されたのである70)。さらに、報告の透明性の担保も重要視されるようになってきた。COP15 で留意する(take
note)とされたコペンハーゲン合意(Copenhagen Accord)の 4
項は、「附属書Ⅰ国は、個別に又は共同して、
2020
年に向けた経済全体の数量化された排出 目標を実施することをコミットする。附属書Ⅰ国は、この排出目標を、INF文書に取り まとめるため、2010年1
月31
日までに付表I
に定める様式により事務局に提出する。これにより、京都議定書の締約国である附属書
I
国は、京都議定書によって開始された 排出削減を更に強化する。先進国による削減の実施及び資金の提供については、既存の 及び締約国会議によって採択される追加的な指針に従って、測定され、報告され、及び 検証されるとともに、このような目標及び資金の計算方法が厳密な、強固なかつ透明性 のあるものであることを確保する。」としている71)。報告義務は、気候変動枠組条約及び京都議定書に基づき義務とされているが、
その報告書作成過程で、報告書の正確さを検証するという点から、市民社会の参加が求められ なければならない。これは、人権法領域において条約実施の担保という観点から、報告書作成 やその検証についても
NGO
の参加が盛んに求められるのと同じ構造である。この点でオーフ ス条約に基づく報告は、人権法領域の報告制度に近いものであり評価できる。すなわち、同条 約では、報告義務の実施段階でも公衆の参加が組み込まれ、NGO はコメントを付すことや、また別の報告書を作成して送付することなどが認められる72)。
(b)参加の権利
(i)公衆参加についての一般規定
意思決定への公衆参加については、リオ宣言原則
10
及びアジェンダ21
において規定されて いる。リオ宣言原則10
は、「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のある全ての市民が参加 することにより最も適切に扱われる。国内レベルにおいては、各個人が、有害物質や地域社会 における活動の情報を含め、公共機関が有している環境関連情報を適正に入手し、また、意思 決定過程に参加する機会を有しなければならない。国家は、情報を広く行き渡らせることによ り、国民への啓発と参加を促進し、かつ奨励しなくてはならない。賠償、救済を含む司法及び 行政手続に対する効果的な参加の機会が与えられなければならない。」とした。そして、同様の規定は、多くの環境条約において見られる。気候変動枠組条約でも、締約国は、「非国家主体を 含む、広範な参加を確保する」ことが義務づけられている(4 条(1)(i))。さらに、オーフス条 約では、環境に悪影響を与える可能性のある活動の許可に際し、公衆参加が保障され、また要 求されている(6条)。
(ii)越境環境影響評価
公衆参加を定める規定は、各国における事業実施についての環境影響評価を推進し、制度化 するのにも貢献する。気候変動の場合は、地球規模の環境問題であり、各国内の環境影響評価 のみでは十分ではないが、それは気候変動枠組条約の下ではただちには想定されていない(「緩 和」「適応」のために自国が実施する事業又は措置に対する環境影響評価は想定されているが、
それは「緩和」「適応」に関わる自国の事業又は措置であるという点で限定され、かつ環境影響 評価についても義務としてではなく適当な方法の一例として「例えば影響評価」とされている にすぎない(4条
1
項(f)))。また越境環境影響評価を制度化しているエスポ条約(Espoo Convention: Convention on
Environmental Impact Assessment in a Transboundary Context)はあるが、①締約国でない場合
には同条約に基づく越境環境影響評価を援用できず、また、②締約国であれば、例えば大規模 発電所等に関して同条約に基づく影響評価プロセスを開始できるが、しかし個々の活動(aproposed activity)による影響( “Impact” defined as “any effect caused by a proposed activity on the environment”)に対する環境影響評価を行う際に、当該活動から生ずる「温室効果ガス」
を地球規模での気候変動への影響との関連でどのように評価するかが恐らく問題となるであろ う(米国の大気浄化法の定める「大気汚染物質」の定義に「温室効果ガス」が該当するかが問 題とされたことが想起される(前掲マサチューセッツ対
EPA
事件)。というのも「温室効果ガ ス」は自然状態で存在するからである73))。チェコで計画されている石炭火力発電所の改築(EU 域内でも最大級)に対し、西太平洋の 島嶼国であるミクロネシア連邦は、チェコの二酸化炭素(CO2)の排出対策が不十分なために 自国の水没の危機を招いているとして、2009年
12
月3
日チェコ政府に対して、越境環境影響 評価の必要性を訴える書簡を送った74)。ミクロネシアは同条約の締約国ではないため、条約に 基づき越境環境影響評価を正式に要求することはできなかったが(同条約がそのようなタイプ の越境環境影響評価を想定していなかったであろうことは、チェコとミクロネシア両国間の地 理的位置からも自明である)75)、しかし、今後は、こうした要求も現実化し、増加すると考え られる。(iii)国際会議への参加
最後に、国際会議への非政府団体の参加も、意思決定過程への参加の一形態として重要な意
義を有すると考えられる。
COP15
で、非政府団体が参加を制限されたことは、市民社会の役割 を貶め、交渉の合法性と民主的手続を欠くものであり、気候変動枠組条約6
条及手続規則7
条 違反、オーフス条約違反ともなり得るとの痛烈な批判がなされた76)。そうした観点からも、参 加は確保されなければならず、これもまた「人権法アプローチ」の手続的効果であると言える。(c)最近の動向: 手続的権利による担保が重視される制度構築へのシフト
こうしたことからすれば、人権法の中でも手続的権利に基づく気候変動へのアプローチはか なり有効であるといえよう。とくに、「コペンハーゲン合意」を踏まえて
COP16
で採択された「カンクン合意」は、国別報告書の検証の手法として相互の
MRV
(measurement, reporting andverification)によるとしたが、その効果的実施のためには、公衆参加が認められなければなら
ないであろう。京都議定書では、いわゆる「不遵守手続」により履行確保の強化が促されてい たが、「コペンハーゲン合意」に基づく制度では、今後策定される「新しい枠組み」での達成状 況に関し、今のところ国際的に相互に検証(MRV)するとのみ言及されるに留まっている。目 標達成、遵守の確保という観点からは、どうしても後退した感があるのは否めない。しかし、他方で、手続法により担保がなされれば、その実質的な効果は十分に確保されるで あろう。気候変動交渉においては、国家代表だけでなく、市民社会、すなわち企業、人権団体、
先住民族を含む様々な非政府団体や個人が参加しており、MRV についても、そのような非政 府団体や個人の参加を組み入れることができるのであれば、それは、人権法上の要請にも叶い、
また実質的な環境保護実現にも資すると思われる。MRV をいかに実施するか、それはまだ今 後の課題であろうが、しかし、
COP15
での非政府団体や個人の扱いに対する非難については先 述したとおりであり、このMRV
の実施についても、少なくとも非政府団体や個人の参加の権 利及び役割を認識した上で、制度構築がなされる必要がある。またそうであることを望みたい。おわりに
気候変動に関する国際法の発展は必ずしも順調ではない。
2013
年以降のポスト京都議定書交 渉も2013
年を目前に難航している。国際社会の期待を担っていたCOP15
での交渉が頓挫し、COP16
の成果は、「新しい枠組み」の構築への一歩前進とは言えようが、しかし、内容は詰められておらず、さらに、「新しい枠組み」と並行して京都議定書の延長が決まれば日本は京都議 定書の第
2
約束期間には参加しないなどの意思表明もあり77)、以降の展開もそう簡単にはいか ないことはすでに予想されていた。そしてこのほど開催されていたCOP17
ではついに「新し い枠組み」の構築は先送りされ(2015年採択、2020年発効を目指すとの合意)、米国や中国・インドと言った主要排出国を欠く枠組みでしかない京都議定書の延長(5年又は