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10.3.全体の集計

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(1)

 第9章で分析した,2001〜2002年の調査である「東北・北海道グロットグラム調査

(TH調査)」と,1979〜1982年の調査である『方言文法全国地図(GAJ)』第1〜3集には,

30項目の共通項目が存在する.本章と次の第11章では,共通項目の結果を結合して 一っのデータとして扱い,東北・北海道における80年間の共通語化・方言衰退過程の 構造について分析する.

10.1.目的

 現代日本において,方言使用が減少の一途をたどっていることは,異論がないであ ろう.人々の行動様式の地域差が減少して全国的に共通化が進んでいるように,言語 においても地域的バリエーションは減少し,共通語化の進展が著しい.

 時代による変化の現象は,その変化が著しい場合には,同時代内の年齢差が大きく 現れる.今日では,老年層においてまだ方言が残っているといわれるのに対して,若 年層では方言が失われているというように,かなりの差があると認識されている.井 上(1997)は,全国の都道府県の中学校を対象に,方言項目の使用状況に関するアンケ ート調査を実施した.その結果,語彙項目において当時の中学生(生年で1980年頃)

では共通語形の使用率が約80%に達していることがわかっている49.

 一方で,現代の老年層も,多くが昭和生まれ(1926年以降)となり,成年前に終戦

(1945年)を迎えた世代である.かつての日本の言語状況を記録した『日本言語地図

(LAJ)』の調査対象は,現在110歳程度に相当し,後継の『方言文法全国地図(GAJ)』

の調査対象も現在90歳程度に相当する.このような世代と比較して,現代の老年層は 共通語化が進んでいると思われる.

 49ただし共通語形は方言形と併用されている.共通語形の使用率が80%に達しているからといっ て,方言形の使用率が20%になったことは意味しない.

(2)

 そのため,方言の衰退あるいは共通語化といった現象の全体を把握するためには,

現代の年齢差の調査だけでは情報が不十分であることも考えられる.また共通語化の 一層の進展によって,同時代内での年齢差の研究が,現在ほどは大きな意味を持たな

くなる可能性もある.

 本研究では,こうした点を踏まえ,現代の調査に過去の調査を組み合わせた分析の 必要性について示したい.

10.2.GAJデー一タとTHデータの統合

10.2.1.調査地域の統合

 GAJは,日本語の文法項目に関する全国規模の言語地図である.語彙項目に関する

『日本言語地図(LAJ)』に続くものとして,国立国語研究所より刊行された(全6集).

調査時期は1979年から1982年で,調査対象者の平均生年はおよそ1911年である.こ れはTH調査の調査時点(2001〜2002年)の年齢では,90代の人々ということになる.

TH調査における文法項目の質問項目は, GAJの質問項目を中心に選定しているため,

比較資料として利用できる可能性が高い.以下,TH調査とGAJの結果とを統合する手

順を示す.

 TH調査はグロットグラム調査であるため,調査地点は線状であり,調査範囲も東北 地方太平洋側と北海道南部に限定されている.そのため地点密度という点では,GAJ のような全国規模の言語地図より有利であろう.実際,TH調査の調査地点数が69で あるのに対して,GAJの調査地点数はTH調査の対象地域(北海道・青森県・岩手県・

宮城県・福島県)すべてを合計しても155である.

 そのためTH調査の調査地点とGAJの地点は,なかなか一致しない.よって地点の 対応にはある程度の誤差を許容しなければならない.図10−1はTH調査の調査地点と,

GAJの当該地域の調査地点をあわせたものである.小さい丸記号(・)がTH調査の調査 地点であるのに対して,大きい丸記号(○)が選定したGAJの地点である.あまり地域

(3)

れる範囲に位置する地点を選定している.地点数は,東北地域で20地点,北海道で4 地点の計24地点であり,TH調査のおよそ三分の一の密度である.

       滝川●

       ・樽

\//\

       向山、.、

      礪;温泉        爲.

     仙北町違岡       日爵矢幅      撹㊥花巻空港        村崎野      濡.陸・折居

     躍徽

     EPt e       蹴.

     をタ    仙台●・ 山王       ほ  白講も 原

東婿

図10−1・本研究における対象地点一覧(図9−1の再掲)

(4)

 ただしTH調査も全地点で全世代の回答は得られていない.特に福島県では中年層 の回答者の多くが欠落している.この点は注意する必要がある.

 以上の統合作業により,対応する地点におけるGAJの世代はTH調査での90代と位 置づけることができる.このとき,GAJの世代とTH調査での70代は,調査時期が約 20年離れているが,見かけの時間差ではなく,あくまで実時間による差である.その ためGAJの世代の人々の調査時の年齢は70代であり,もし現代に調査したとしたら若 い世代の影響を受けることも想像できるが,老年層における習得は,本研究では考慮

しない.

10.2.2.調査項目の統合

 一方,調査項目については,共通語形を確定する際に問題が生じやすいGAJ第4集 以降の表現法項目は除外し,GAJ第1〜3集共通項目を対象とした. TH調査との共通項

目数は,30項目である.表10−1にGAJの項目番号によって示す.

 表10−1で示した「共通語形」とはGAJの「見出し」と同じである(「質問」と同じ).

これは河西(1981)でのLAJの「標準語形」の基準と同様である(本研究では「標準語」

「共通語」の用語の区別はしない).GAJの調査形式が,共通語形を提示して方言形に 翻訳させる形式をとっていることもあり,第1〜3集の範囲では妥当であると考える.

 回答の記述方法は,GAJでは音声記号であるが, TH調査はカタカナを基本としてい る.そのため語形の統合についてはTH調査の処理に準じた.東北地方でみられる母音 の広狭や鼻濁音の有無などが区別されないという弊害がおきるが,統計処理をおこな う上で,回答語形を大きくまとめる場合には,細かい発音の統合によって生じる影響 は,わずかと思われる.50

オかし統合されてしまうと,わずかな違いかどうかの検証をすることができないため,本来で あれば,第8章のように音声記号レベルでの回答で処理することが望ましい.TH調査が音声をカナ

レベルで処理しているため,粗いほうにあわせる必要があった.

(5)

GAJ

}番号 質問 共通語形 方言形

4 酒が(飲みたい)

5 酒が(好きだ)

6 ラを(飲む)

11 ピールは(飲まない)

12 酒は(飲む)

19 東の方へ(行け)

21 見に(行った)

24 ここに(有る)

25 おれに(貸せ)

27 犬に(追いかけられた)

33 (雨が)降っているから カラ ハンデ

38 寒いけれども(がまんしよう) ケレドモ ケド

52 百円ぶん(〈ださい) プン アデ ガナ

72 起きない オキナイ オギネ

84 しない シナイ シネ スネ サネ

86 ミロ ミレ

90 来い コイ

91 しろ シロ

110 来よう コヨー クルベ クツペ

111 しよう シヨー スツペ スルベ

113 来るだろう クルダロー クルベ クッペ

120 来させる コサセル コラセル

130 れば クレバ

134 来るなら クルナラ クンナラ クルダバ

137 古くない タカクナイ タガグネー タカクネー

141 高かった タ力力ツタ タゲガッタ タガガッタ

142 高いだろう タカイダロー タカイベ タゲベ

144 。いなら タカイナラ タケナラ

146 静かな(ところ) シズカナ シズカダ

150 静かなら シズカナラ ダバ

表10−1・統合項目一覧

(6)

10.3.全体の集計

10.3.1.グロットグラムによる表示

 TH調査・GAJの共通30項目における共通語形使用率を,グロットグラムにあらわ したものが図10−2である.東北地方は,県と江戸時代の旧藩の境界が大きく異なって いるため,旧藩の単位も分析に加えた.

 藩域をみると,旧津軽藩は青森県西部に相当し,旧南部藩は青森県東部と岩手県北 部,旧伊達藩は岩手県南部と宮城県全域,福島県の浜通りの北部となっている.北海 道と福島県は旧藩による地域の区別はせず,一地域として扱っているが,青森県と岩 手県は旧藩で県内がそれぞれ二つに分けた.そのため5道県だが,旧藩を組み合わせ ると,北海道・青森県旧津軽藩地域・青森県旧南部藩地域・岩手県旧南部藩地域・岩 手県旧伊達藩地域・宮城県・福島県の7地域となる.分析でも,この7地域によって

おこなう.

 共通語使用率は,記号によって20%きざみの5段階で示している.濃く見える記号 ほど共通語化が進んでいることを表す.空白の部分は共通語化0%という意味ではな く,調査がおこなわれていないため存在しないことをあらわす.そのため共通語化の 割合の低い地域は注意して見る必要がある.

 抜けている場所が多いために,わかりにくい部分もあるが,中学生である10代と,

GAJデータである「90代」との間の差は明確である.

 北海道ではGAJの世代にも共通語使用率が高い人がおり,70代以下ではかなり共通 語化が進んでいることがわかる.

 岩手県の旧伊達藩地域でやや他の地域と比べて共通語化が進んでいる一方で,青森 県の旧津軽藩地域は,逆に30代以下でも,他の地域よりも記号が薄いことがわかる.

 このように,個人単位での共通語使用率を出すことで先入観なく分布をみることが できる反面,個々の誤差が大きく若年層と老年層の違い以外にはわかりにくいともい える.そのため,世代別に集計をしてグラフで表す.

(7)

〜老

20%

40%

60%

80%

堅〜

マO★■

図10−2・30項目の共通語使用率のグロットグラム

(8)

10.3.2.グラフによる表示

 図10−3は全地点平均の世代別共通語使用率である.GAJデータである「90代」の 共通語使用率は23%と最も低い.TH調査の70代,50代においても使用率は30%台であ るので,1950年代以前の生まれの人々の共通語化は非常にゆるやかなものといえる.

このデータだけで判断するのは危険だが,GAJのデータと, TH調査の老年層との連続 性はありそうである.

 共通語使用率は30代になると44%,10代では62%と,急激に上昇カーブを描く.こ れは,言語変化のSカーブ「slow−quick−quick−slow」モデル(エイチソン1999,井上 2000)でいう「quick」の段階に相当する.現在(2008年)は調査からさらに数年が経過

しており,さらに共通語が急速に進展している時期ということが予想される.

 しかし,井上(1997)における中学生(生年1980年頃)のアンケート調査のうち,GAJ 項目の当該道県の共通語使用率の平均値をみると,どの道県も80%を超えている.も

ちろん本研究とは異なる項目が多いのが,TH調査での若年層の62%とは大きく離れて

いる.

 この結果は,アンケート調査と面接調査という調査方法の違いも大きく影響してい る可能性がある.アンケート調査のように,調査用紙に書かれた語形を選択するだけ の場合には,理解語彙であるにもかかわらず使用すると回答してしまう可能性もある.

一方,面接調査の場合には,調査者によって方言形が引き出されやすい環境にあるた め,共通語形の回答が減少するとも考えられる.図10−4における青森県の旧津軽藩地 域での共通語使用率の低さをみても,面接調査のほうがより実態を反映したものとい

うことができるだろう51.

 51しかし,TH調査は,東京都在住で方言調査経験の浅い調査者が共通語形によって話者とやり とりをするような環境である.そのため,面接調査で方言形の誘導があっても,実際の使用よりも 共通語形の使用回答が増加する可能性がある.

(9)

80%

60%

40%

20%

0%

10{」℃   30イ」k

m…−奄Ri%−……−33%一一一一

50イ」k   70イコk

_一__1_.___一_____y___y

90代

(GAJ)

図1 O−−3・世代別共通語形使用率

100%

80%

60%

40%

20%

0%

10代 30代 50代 70代

一●一北海道

+青森(津軽)

−1}・岩手(津軽)

+岩手(南部)

−t一岩手(伊達)

+宮城(伊達)

一(ト福島

90代

(GAJ)

図10−4・地域・世代別共通語形使用率

(10)

10.4.項目ごとの集計

 全体の集計から,共通語化の流れをみることができた.図10−5にもみられるよう に,北海道は90代から共通語形の使用率が高く,変化をみる上では東北4県とは同一 に扱うことが困難であると判断した.以下では,各語形の各世代別使用率について,

東北4県のみで集計し,いくつかの代表的な言語変化のパターンを挙げて考察する.

10.4.1.地域差から年齢差へ

 図10−5は,「百円ぶん下さい」の「ぶん」に関する各世代別使用率である.GAJの 世代である90代において,非共通語形の使用率がほぼ100%であるのに対して,10代 では逆に共通語形の使用率がほぼ100%に変化している.方言形から共通語形へ約80 年間で完全に交替した例といえる.

 図10−6は,非共通語形の内訳であるが,GAJの世代において各地域で勢力をもって いたと思われる青森・岩手「アデ」,岩手の「デ」,宮城・福島の「ガナ」といった語 形が,若年層になるにつれて共通語形に統合されていく様を示している.

 高橋(1996)は自身の四国地方のグロットグラム調査において,「縦の等語線(=グロ ットグラムにおいては方言形の境界が全年齢層で同じ地点となること)は10代まで届 かないものが多い」と指摘するように,当初は,地域差としてみられていた方言が,

若年層の共通語化によって,徐々に年齢差としての性格を強めていくようになる.

 また,柴田(1978)が報告で「くしの歯のぬけるような」と表現しているように,若 年層においては,共通語形の使用者と,方言形の使用者が混在するため,方言形の衰 退もみられる.

(11)

 100%

 80%

 60%

 40%

 20%

  0%

     10{」k    30f℃    50{℃    70イ」℃    90{」k

      (GAJ)

図10−5・「百円ぶん」の共通語形と非共通語形の世代別使用率

ρ

一●−52ブン [[」−52アデ・デ・ガ

一一一一

〕一一

一一一『 『一 }一一㎜

 100%

:ii

     lO{」ヒ    30{コt    50{」k    701£     901コe

      (GAJ)

図10−6・「百円ぶん」の共通語形と代表的方言形の世代別使用率

(12)

10.4.2.中年層の「新方言」と10代の共通語化

 これに対して,必ずしも方言形が失われるばかりではない現象もみられる.井上

(1994)で定義される「新方言」がこれにあたる.井上は「新方言」を「若い世代に向 けて使用者が多くなりつっある非共通語形で,使用者自身も方言扱いしている52もの」

と定義しているように,TH調査でも若年層で非共通語形が普及している例がみられる.

 図10−7は,「犬に追いかけられた」の「に」に関する使用率である.小林(2004)は,

東北地方における助詞「サ」の用法拡大を報告しているように,東北地方では従来は 共通語形と同じ語形「二」を使用していたところでも「サ」を使用するようになった,

という例である.

 同様に,図10−8は「早くしろ」の「しろ」に関する世代別使用率である.サ変動 詞の命令形の普及を共通語形「シロ」と「新方言」形「セ」が競っているが,30代ま では「セ」のほうが普及する傾向にあることがわかる.

 「新方言」の中には,共通語形に近い形になる過渡期的なものもあるが,「新方言」

の普及により,老年層の伝統的方言が保持されなくとも地域差を保持するため,「方言」

としての生命力は維持されることになる.

 しかし10代では,そうした状況が一変する.図10−9をみると,10代では「新方言」

形である「セ」の使用率は急激に減少し,共通語形が圧倒的になっている.図10−8 に戻って,10代における「二」の盛り返しは,共通語形としての「二」の普及とみる ことができる.

 このように,10代においては,こうした地域独自の「新方言」の普及の勢いを止め るような共通語形の普及の圧力があることが予想される.原因としては,テレビやマ ンガ,インターネットといった,さまざまなジャンルのメディアによる共通語化の力

 52井上のいう「方言扱い」とは,方言意識というより使用実態としての「非公式場面で共通語形 との切り替え」に近い.場面差調査があればよいが,本研究でも場面差項目は少ない.調査方法が

「日常のくだけた場面」を想定しているため,共通語形と対置することを前提としており,非共通 語形が回答される場合には「方言扱い」とみなしている.しかし西日本のように「公式場面での非 共通語」(公で関西方言を用いる場合)がある場合には,この定義では説明が困難になる.

(13)

 ただし10代の話者は,まだ中学生である.地域社会での生活よりも,学校を中心 とする社会で,大半を同世代とのみ付き合って生活している.そのため,地域社会よ りも,共通語化の影響を強く受けているとも考えられる.将来,地域社会の一員とし て,方言形使用者の多い,年齢が上の世代との交流が増加するとすれば,方言形使用 が増加することも考えられる.

 また,共通語の回答が多い人ほど,共通語が出やすい環境での調査,ということが 影響すると思われる.TH調査は「20代前半の東京の学生」という共通語をもっともよ く使うと思われている属性の人が共通語を用いて面接調査をおこなった.こうした調 査環境では,方言形を回答したがらないという心理が出ることもあるだろう.この点 は,検証しなければならない.

(14)

    100%

    :::

    4・%   :註

    291

        10代   30代   50代   70代   90代        (GAJ)

図10−7・「犬に追いかけられた」の共通語形と代表的方言形の世代別使用率

 100%

      一●−91シロ   80%

      ■[b91セ   60%

  40%

  20%

  0%

      10{℃      30イ」ヒ      50イ」{こ     70{」k      90{」ヒ

      (GAJ)

図10−8・「早くしろ」の共通語形と代表的方言形の世代別使用率

(15)

 以上,全体的な集計と,各語形の個別集計から,方言衰退の様子を考察してきた.

どちらからも,年齢差が大きいこと,そしてそれは地域差が失われる過程であること を示している.

 本研究では,現代では調査が困難な90代の調査を,GAJの結果と考えることによっ て,TH調査とGAJの結果を統合して分析をおこなった.両調査の調査環境は大きく異 なるものであり,比較には慎重でなければならない.

 しかし,それでもなお,比較の結果,GAJとTH調査は,ある程度の連続性がみとめ られ,一定の成果が得られることがわかった.

 方言衰退を考える上で,地域差と年齢差という2つの要因は,「方言(地域差)」「衰 退(年齢差)」という命題でも示される自明なものといえる.しかし,この2つの要因 は,自明であるが故に,検証なしで用いられている側面もある.そして,グロットグ ラムはまさにその2つの要因を組み合わせたものである.

 この点をふまえて,次章では,本章のデータのうち,一定の勢力をもつ71語形の 使用について,多変量解析法によってパターン分類し,方言の衰退過程の構造を明ら かにする.そして,計算結果をグロットグラムに当てはめることで,言語変化を分析 する上でのグロットグラムの有効性についても検証していきたい.

(16)

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