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成長期におけるビジネスモデルの再現性に関する一考察

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1 序 章

(1)研究の目的

2014 年現在,中国は世界第 2 位の GDP を誇 る。成長著しい中国マーケットであるが,一人 当たりの GDP はいまなお成長の余地が存在す ると考える。地理的にも,文化的にも日本と中 国は近い存在であることもあって,本研究は,

楽器業界で売上世界一であるヤマハの成長期に 日本で成功したビジネスモデルを例にして,現 在世界が注目している中国マーケットで,果た してその成功が再現できるかどうかを考えてみ る。

表 1 に見られるように,2012 年世界上位 15 か国の楽器売上高は,1 位アメリカ,2 位日本,

3 位中国という順位である。日本売上は 2 位で も,売上高の増加率は−0.8%で減少している。

これに対し,最も伸びた国は中国である。一 方,楽器産業の成長に貢献する楽器企業の売上

高は,世界的にどのような状況にあるか,につ いては,下表で示す。

楽器業界の大手企業として,ヤマハ株式会社

(以下「ヤマハ」)は,2009 年売上高は約 43 億 ドルある。表 2 に見られるように,世界の主要 楽器企業の売上(2009)ランキングにおいて,

第 2 位から第 5 位までの企業の売上を合計して も,まだ 1 位のヤマハに届かないというほど,

世界の楽器業界において存在感を示している。

(2)研究の背景及び研究方法 1)研究の背景

ヤマハは世界の楽器業界においてトップの企 業である。ヤマハ自体は多角的な経営を古くか ら模索してきているが,その中心となるのは,

やはり楽器事業である。ヤマハはそれまでの欧 米メーカーが手作りで作っていく工房のように 生産されていたところに,工場生産技術を取り 入れ,ピアノやオルガンの量産をいち早く成功

成長期におけるビジネスモデルの再現性に関する一考察

―ヤマハ及びヤマハ中国の音楽教室を事例に―

A study of business model on the economic expansion

—A case of Yamaha music school in Japan and China—

邢 晶

XING, Jing

本研究は,楽器業界で売上世界一であるヤマハが,その成長期に日本において成功したビジネ スモデルを例にして,中国マーケットで,その成功が果たして再現できるかどうかについて,経 営学のビジネスモデル論の観点から考察する。まずは,諸研究をベースにしながら,ヤマハの成 長期ビジネスモデルの成功要因等の抽出を試み,次に,今日の中国楽器市場において,そのよう な成功要因が存在するのかについて考察し,そして,ヤマハの成長期ビジネスモデルの中国にお ける再現性を検討する。ビジネスモデル論の観点からその成功要因を抽出し,それぞれの要素に おいて考察した後,ヤマハの日本成長期にあったビジネスモデルは今の中国の沿海都市において 再現されうる,との結論に至った。

キーワード: 成長期(Expansion),ビジネスモデル(Business Model),ヤマハ(YAMAHA), 

顧客価値(Customer value)

(2)

させた。これによりスタンダードな品質の製品 が安価に提供することができるようになり,他 メーカーに対して販売上優位性を持つことに なった。またヤマハは楽器を販売するだけでは なく,いかにして楽器を演奏するかを教育する 音楽教室事業も同時に展開する。この相乗効果 により,販売を拡大させてきた。

ヤマハ音楽教室は 2014 年 6 月 19 日,日本公 益社団法人発明協会によって公表された「戦後 における『イノベーション 100 選』」1)の第一陣 に入選した。これは,60 年前から続くヤマハ の独創的な教育システムにあたる「ヤマハ音楽 教室」が,日本における楽器の普及を推進し,

文化水準を引き上げることに大きく貢献したと

評価されたからである。ヤマハ音楽教室は,楽 器の潜在需要層の育成や新製品の認知促進の場 ともなっており,ヤマハグループのビジネスモ デルを考える上でも大変重要な存在となってい る。

一方,ヤマハは中国においては 1985 年に北 京事務所を設立した。1989 年に中国天津市に 電子楽器工場を設立し,電子キーボードの生産 基地として年間 100 万台以上の生産を開始し た。このように中国におけるヤマハの展開は,

生産が先に開始された。当時の中国では,教育 事業分野での規制が多く,キーボードを教える 教室は,多少始めたものの,本格的にヤマハ音 楽教室事業を立ち上げるのは 2005 年からとな 表 1 2012 年世界上位 15 か国の楽器売上高(単位:100 万ドル)

順位 国名 売上高 世界シェア 増加率 一人当たり楽器購入額

1 位 アメリカ 6,740 40.6% 1.7% 21.12 ドル

2 位 日本 2,170 13.1% -0.8% 17.18 ドル

3 位 中国 1,178 7.1% 11.1% 0.79 ドル

4 位 ドイツ 1,000 6.0% -2.0% 12.55 ドル

5 位 フランス 765 4.6% -0.9% 11.76 ドル

6 位 カナダ 731 4.4% 1.8% 20.93 ドル

7 位 イギリス 528 3.2% -3.6% 8.69 ドル

8 位 イタリア 401 2.4% -5.6% 4.44 ドル

9 位 オーストラリア 365 2.2% 2.8% 16.12 ドル

10 位 ブラジル 292 1.8% 7.7% 1.36 ドル

出所:JAPAN MUSIC TRAKES(2014)をもとに筆者作成。

表 2 楽器産業の売上高の上位企業(2009)

No 企業名 売上高(千ドル) 従業員

1 ヤマハ 4,322,356 25,658 日本 2 ローランド 921,524 2,699 日本 3 河合楽器 688,373 2,851 日本 4 Fender 600,750 2,765 アメリカ 5 HarmanPro 493,000 1,550 アメリカ 6 Sennheiser 452,000 2,050 ドイツ 7 Shure 395,000 2,300 アメリカ 8 Gibson 335,000 3,500 アメリカ 9 オーディオテクニカ 318,172 520 日本 出所:大木・山田(2011)をもとに筆者作成。

(3)

る。音楽も教育も,ある程度,世界共通の部分 があるので,日本で過去に大きなビジネスに なったやり方を海外でも展開することについて は,注目できる。

現在の中国の楽器市場環境はヤマハ成長期の 日本のそれと類似している部分を有しており,

楽器産業は今後発展していく過程にあると推測 され,その展開に興味深く関心を持つのであ る。

2)研究の方法

本研究では,ヤマハの成長期ビジネスモデル の成功要因に,主として経営学(とりわけビジ ネスモデル)の観点から考察する。また,ヤマ ハの成長期ビジネスモデルの中国における再現 性について考える際,国土的に広大であり地域 差が大きい中国に関し一律に考えるのは適切で はないと考え,本研究では,中国を代表する沿 海都市を対象に設定し,考察を行うものとす る。

具体的な進め方としては,まずは経営学的観 点から考えるビジネスモデルについての先行研 究をレビューし,本稿における筆者のビジネス モデルに関する立場を明確にする。次にヤマハ の成長期ビジネスモデルについて確認し,同ビ ジネスモデルにおけるヤマハ音楽教室の役割を 含めて,その成功要因等の抽出を試みる。続い てヤマハの中国進出について概観した上で,ヤ マハ中国における音楽事業のビジネスモデルに ついて整理し,同事業が直面する課題を例示す る。そして,ヤマハの成長期ビジネスモデルの 中国における再現性について考察する。

(3)本稿の構成

本稿の構成は以下の通りである。

1 では研究の目的,背景及び研究方法につい て述べ,2 では,ヤマハ日本の成長期のビジネ スモデルについて触れたうえで,それが中国で も再現可能かという問題意識を提起し,本研究 の視角となるビジネスモデル論に関する先行研 究を確認する。その後,本稿における研究仮説

や筆者の立場などを示す。

3 では,ヤマハ事業概要及びヤマハ音楽教室 の位置づけを述べ,関連研究から,ヤマハ成長 期ビジネスモデルについて確認し,その特徴及 び成功要因を抽出したい。4 では,多様な現地 文献から,中国の楽器市場やヤマハ中国の概要 及びヤマハ中国におけるヤマハ音楽教室の位置 づけを述べ,ヤマハ中国のビジネスモデルにつ いて整理し,その特徴及び成功要因について考 察し,ヤマハ中国が直面している経営課題を探 る。

5 では,3 で抽出してきた成功要因を中国へ の適用について,4 で述べた主な経営課題も踏 まえて,中国を代表する沿海都市を対象にその 再現性について,筆者なりの比較や考察を行う ことにする。6 では,本研究の結章として,再 現性に関する考察の結論を述べ,本研究の限界 や今後の課題を提起する。

2 問題提起と先行研究

(1)ヤマハの成長モデルは中国で再現可能か ヤマハの日本での成功を考える際に,まず経 営資源としての,世界に先駆けてピアノの量産 化に成功した工場としての実力と,販売戦略と して音楽教室を利用し,その売上を増加させて いったことが挙げられる。学校の教育現場にも 指導者を派遣し,販売促進を進めていったが,

同時に個人向け音楽教室に関しても瞬く間に全 国展開を行い,一種の社会現象と呼んでも良い レベルで鍵盤楽器を普及させた。この音楽教室 によって,ヤマハの売上は右肩上がりの成長を 遂げるのである。

ヤマハ音楽教室は 1954 年に東京銀座で開設 された後,1964 年に海外に進出しはじめ,70 年代にピークを迎えた(この点は 3 で説明)。

2013 年まで,ヤマハ音楽教室は,日本国内で 音楽教室会場数 3,800 教室,講師数 1 万人,生 徒数 35 万人と大規模なものへと発展している。

一方,ヤマハが中国に進出したのは 2005 年 である。現在の中国の楽器市場は日本の成長期

(4)

にあった楽器市場の環境に似ているように思わ れる。とりわけ,経済的な発展段階,子供への 音楽教育に熱心な親達,及び音楽教育に関連す る環境など,中国における楽器市場や子供音楽 教育市場には,ヤマハの成長期の影が見えるよ うな気がする。しかし,ヤマハの成長期ビジネ スモデルは今の中国においてどこまで再現可能 であるか,について考えたい。

(2)ビジネスモデルに関する先行研究 前述したように,本研究は経営学的観点,と りわけビジネスモデル論という視点から考え る。ビジネスモデルをめぐる研究については,

様々なアプローチが存在する(表 3 参照)。

このようにビジネスモデルの定義や範囲をめ ぐる議論が多様化している2)。ここで,米国の

Johnson3)の著書『ホワイトスペース戦略』で 述べられた見解を例示する。すなわち,同氏は,

成功するビジネスモデルは例外なく「顧客価値 提案」,「利益方程式」,「主要経営資源」,「主要 業務プロセス」という互いに関連し合う四つの 要素(箱)から構成されていることを指摘した。

いわゆる,①顧客価値提案とは一定の金銭的対 価と引き換えに,顧客がそれまでより有効に,

あるいは確実に,便利に,安価に,重要な懸案 を解決したり,課題を成し遂げたりするのを助 ける商品やサービスの提供であるとし,②利益 方程式とは,企業がどのように自社と株主のた めに価値を創り出すかという青写真として,収 益モデル,コスト構造,商品やサービス一単位 あたりの目標利益率,経営資源の回転率という 四つの変数で構成されるとする。また,③主要

表 3 ビジネスモデルに関する先行研究のポイント

先行研究 定義/一言 構造的要素

米国

Joan Magretta ビジネスの物語 未知なる価値を創造するシステムとして,すべての構 成要素が,全体としてどのように機能するかに注意 Alan Afuah 儲かる仕組み ① 企業活動

② ポジション

③ 経営資源

④ 産業要素

⑤ コスト Mark W・Johnson 密接に関係し合う四つの箱 ① 顧客価値提案

② 利益方程式

③ 主要経営資源

④ 主要業務プロセス

日本

寺本・岩崎 顧客価値創造のための ビジネスのデザインに 関する基本的な枠組み

① 顧客価値創造モデル

② 収益モデル

③ ファイナンスモデル

④ 人材モデル 利根川 事業モデルとマネジメント

モデルから成る ① 価値相互関連モデル

② プロセスモデル

③ ガバナンスモデル

④ 収益性構造モデル

松島 ビジネスの設計図 視点として,ビジネスプロセスモデル,情報モデル,

財務モデル,組織モデル,成長モデル等 安室 顧客満足を利益に変換する

仕組み ① 顧客の選択

② 顧客価値の特定

③ 顧客との接点構築

④ 接客方法の選択等 13 の構造的要素 出所:張(2011)をもとに筆者作成。

(5)

経営資源とは,顧客価値提案を実現するために 必要な人材,テクノロジー,商品,施設・設備,

納入業者,流通経路,資金,ブランドを指し,

④主要業務プロセスとは持続可能,再現可能,

拡張可能,管理可能な形で顧客価値提案を実現 するための手段を意味するものとした。

同氏は,そうしてこの「四つの箱」の枠組み こそが,「ビジネスモデル・イノベーションの 設計図」だとしている。

図 1 に見られる通り,主要経営資源と主要業 務プロセスについて,いわゆる顧客価値提案や 利益方程式とは異なり,主要経営資源と主要業 務プロセスを一緒に論じているのが特徴的であ る。これは,この二つの要素は非常に密接に絡 んでおり,上手くかみ合うことになってはじめ て顧客価値提案や利益方程式との恊働が効き,

よってビジネスモデルの成功に繋げられるから である。

(3)筆者の立場

本研究では,ビジネスモデルを「四つの箱」

と呼ばれる枠組みでとらえている Johnson の 考え方をベースに置く。これはこのモデルは比 較的に簡潔明瞭であると同時に,四つの箱に関 する多面的検証に納得できる面が多い。「四つ の箱」説はビジネスモデル論に新たな視座を提 供するものとして注目を集めており,本研究の 視座にすることとする4)

本研究は,ヤマハの成長期ビジネスモデルの 一部は中国において再現可能であるという研究 仮説を置く。今の中国は以前の日本の成長期に

類似する現象は多様に存在するが,時代的な背 景の相違や,同じ東洋文化に属しても社会的な 体制などが異なることなどを勘案すると,ヤマ ハ成長期のビジネスモデルがいまの中国におい て完全に再現されるかどうかは別として,「一 部再現可能」と考える。しかし,どのような意 味合いを持つ「一部」になるのか,Johnson が いうビジネスモデルの「四つの箱」論をベース において,本研究の中で考えたい5)

3 ヤマハの成長期ビジネスモデル

(1)ヤマハ及びヤマハ音楽教室事業の位置づけ 1)ヤマハ概要

1887 年(明治 20 年),ヤマハ創業者山葉寅 楠はリードオルガンの修理をきっかけにオル ガンの模倣製作を始め,国産オルガン製作に 成功し,1897 年に日本楽器製造株式会社6) 設立した。1954 年にヤマハ音楽教室を設立し,

1959 年以降,電子と楽器の融合を図り,エレ クトーンを完成した。そして,1965 年に管楽 器製造を開始し,1966 年財団法人ヤマハ音楽 振興会を設立した。1970 年代以来,多角化戦 略が進み,1971 年に半導体を製造開始した。

1983 年,デジタルシンセサイザー DX7 では,

大ブームを起こした。1987 年,創業 100 周年 を迎え社名「日本楽器」を「ヤマハ株式会社」

に変更した。

2014 年 3 月末には,資本金 285 億 34 百万円,

連結売上高 4,103 億 4 百万円,連結従業員数 19,851 人,子会社数 77 社,関連会社数 6 社で ある。また,生産と販売において,その数世界 図 1 ビジネスモデル四つの箱の関連性

出所:Mark W・Johnson(2011)より筆者作成。

顧客価値提案

利益方程式 主要

業務プロセス 主要

経営資源

(6)

32 か国 52 拠点,各地に広がっており,拡大す る新興国市場や中国での成長も加速している。

ヤマハは,楽器事業,音響機器事業,電子部 品事業,その他の事業を行っている。「モノ」

事業としては楽器,音響機器,PV,AV 機器,

半導体などの製造,販売,「コト」事業として は音楽教室・英語教室,リゾート施設などの運 営,音楽ソフトの制作・提供などが挙げられ る。「コト」事業は,マーケティングツールで あり,それぞれが多様な発展をしている。

2)ヤマハ音楽教室事業の位置づけ

ヤマハの「音楽教室」は,1954 年に銀座で

「音楽実験室」がスタートした後,60 年の歴史 を持ち,日本で初めての組織的な音楽教室であ る。顧客にせっかく楽器を買ってもらっても,

楽器会社の責任を果たしたことにはならないと いう責任感から音楽教室をスタートさせたが,

楽器販売の販促ツールとして重要な役割を担っ ていた。

1954 年の開設された時点で,生徒数 150 名 だった音楽教室は,1959 年には,全国 700 教室,

生徒数が 2 万人まで伸び,講師の数も 500 人に 及ぶようになる。また,1963 年までには 20 万 人の生徒が学ぶまでに急成長した。2014 年 4 月現在,国内で約 5,200 教室,生徒数 46 万人,

講師 1 万 4,000 人と大規模に発展している。ヤ マハは 1964 年,アメリカのロサンゼルスに海 外第 1 号のヤマハ音楽教室を開設すると,1966 年にメキシコ,カナダ,タイ,1967 年にドイツ,

1968 年にシンガポール,1969 年に台湾と,次々 に展開し,その後,中南米,ヨーロッパ,アジ ア,オセアニアへと教室の輪を広げていった。

現在では世界 40 以上の国と地域で展開してお り,それぞれの地域独自の文化や国民性との融 和も図っている。一方で文化的距離が近いと思 われる近隣国である中国と韓国への進出は遅れ た。海外教室は,1964 年現在,1,100 教室,6,800 人の講師を抱え,19 万人以上の生徒が音楽に ふれる喜びを体験している。

(2)ヤマハの成長期ビジネスモデルの確認 日本の高度経済成長期は,1954 年から 1973 年までである。檜山(1976)によれば,日本高 度経済成長期は日本の楽器産業が急速に成長し ていた時期でもあり,この時期にピアノも急速 に普及した。本間(2012)によれば,高度経済 成長期のピアノの普及の要因としては,高度経 済成長期による国民生活程度の向上と共に,音 楽教室の普及拡大が挙げられる。

1)顧客価値提案

ヤマハは楽器を提供することで,顧客が楽器 に要求する様々な欲求を満足させた。楽器の持 つ本来の機能である音楽を楽しむための演奏,

富裕層の象徴としてのステータスシンボル,ま た子供の情操教育のためという教育用具等であ る。高度成長期の日本では特にこのステータス シンボル,教育用具という側面から西洋楽器が 購入されていった。

ヤマハが顧客価値提案を出した点は次の点に ついてであると思われる。当時,このような顧 客のニーズに対して比較的安価な価格で,必要 十分な品質を持った楽器,特にピアノ,電子オ ルガンを量産できるようにしたこと。また楽器 購入が容易になる代理店制度を構築していたこ と。さらに楽器購入後に顧客が十分に,音楽を 楽しむための教育システムを充実させたことで ある。

さらにピアノの販売には上限があることを見 越していたヤマハは,管楽器や電子楽器,弦楽 器等総合的に製品を製造していく。この技術 力,開発力,製造力がヤマハの提供した顧客価 値を支えているといえる。また楽器を本当に楽 しんでもらうためにと開設した音楽教育システ ムであるヤマハ音楽教室が,ヤマハにとって最 大の販促ツールとなっていった。ヤマハ音楽教 室が,一般の人の楽器に対する感覚を身近にし たといえる。

2)主要経営資源

① 工 場

ヤマハは世界では手作りが当たり前だった楽

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器を工場で量産する方法を確立し,品質,価格 共に他のメーカーに対して優位性を有してい た。ヤマハはこの YAMAHA ブランドをと ても大事にしてブランドイメージを高めていっ た。

1950 年代から 1970 年代までは,高度経済成 長に支えられた時代であったが,ピアノとオ ルガンの国内販売台数は急上昇した。1968 年,

オルガンの販売台数は 54 万 8,044 台というピー クに達し,ピアノの販売台数は遅れて,1979 年に 31 万 385 台のピークに達した。このピア ノの数字は,当時のアメリカを抜いて世界一大 規模であった。

② 特約店・直営店

特約店制度とは,特約店がヤマハからリベー ト,資金援助,情報などを受け取る代わりに,

ヤマハの小売希望価格で製品を販売するなどヤ マハの意向に沿った形で販売するという制度で ある。全国の販売網を自社のみで築くには,投 資額が莫大になってしまう。そこで,ヤマハは 売上を見込める都市部には,直営店を設置した が,売上を見込めない地域には,その地域の楽 器店と特約店契約を結ぶことで,全国津々浦々 まで販売網を構築して,その販売経路を確保し ていった。

ヤマハの上手い点は,自社の直営店を共存さ せている点である。直営店を持つことにより,

消費者ニーズの変化をいち早く察知すると同時 に,小売店にも販売させることによって,販売 網づくりに要する膨大な投資を小売店の資金で やらせることができる。さらに音楽教室のよう な基礎的地道な活動にも,これらの小売店の資 金力と人を活用できる。

③ ブランド

ヤマハは全体のブランドをとても大切にして いる。これについては,具体的に本節第 4 項に て分析を行う。

3)主要業務プロセス

現在は,すでに経営資源の一部になっている と考えられるが,開設当時は主要業務プロセス

の一環として音楽教室が考えられた。

日本経済成長期において,ピアノは,豊かさ や文化的な教養のシンボルとなり,次第に女 性の教養としてみなされるようになっていっ た。そのため,学校外での音楽教室への需要が 高まり,ヤマハ音楽教室は飛躍的に発展するこ とになった。田中(2011b)によれば,ヤマハ 音楽教室成功の理由には,二つの大きな原因が ある。一つはヤマハ音楽教室の差別化戦略であ り,その特徴は,第 1 は「グループレッスン」,

第 2 は「創造性の育成」,第 3 は「適期教育」

である。もう一つは音楽教室を支える独自の音 楽資格制度であるが,1967 年に開始されたヤ マハ音楽能力検定(ヤマハグレード)制度が挙 げられる。これは,当時の日本では唯一の権威 ある検定制度といわれる。

さらに,ヤマハ音楽教室を語る上で,1966 年に設立された財団法人音楽振興会も,大変 大きな意味を持っている。ヤマハ音楽振興会 の目的は,教育テキストの開発,指導方法の研 究,講師の養成を主とするもので,ヤマハ音楽 教室が他の音楽教室と差別化するためのもので ある。ヤマハ音楽振興会により,音楽の楽しさ を感じられるテキストと指導方法が取れるよう になる。また講師に対し,指導方法をしっかり と教育し,定期的に研修を行うことにより,質 の高い講師が多数確保できるようになった。ま たヤマハ音楽振興会が講師を派遣することによ り,特約店などの教室側の人件費の固定化や教 育費を削減できた7)

(3)ヤマハの成長期モデルの成功要因 ヤマハは日本の経済高度成長期の真ん中で成 長してきた。ヤマハの長い歴史の中で,成長期 の成功要因は大きく書くと三つであると考え る。すなわち,第 1 の成功要因は高品質かつ適 正な価格で提供される楽器であり,第 2 の成功 要因は画期的なシステムを持った音楽教室であ り,第 3 の成功要因は特約店(センター教室)

の積極参加である。

(8)

4 ヤマハ中国のビジネスモデル

(1)中国の楽器市場概要 1)中国の楽器市場

中国の楽器市場において,2010 年度,米国

「THE MUSIC TRADES」誌の統計,表 4 によ ると,米国・日本・ドイツに次いで世界 4 番目 の規模となって,楽器販売額は 9.77 億米ドル に達し,一人当たり楽器消費金額はわずか 0.73 米ドルに留っている。逆にいえば,一般市民へ の楽器の浸透率の低さから今後の成長性が期待 できる市場である。

2)中国の楽器業界構造

中国の楽器業界では,約 55%を「一定規模 以上の企業」8)が占めており,世界 187 か国・

地区へ各種楽器を輸出している。2008 年に世 界最大の楽器輸出国となった。

近年,外国ブランドの多くが中国に生産拠点 を移してきたこともあり,中国市場で販売されて いる外国ブランドの楽器でも,輸入品よりも中国 産が多いといわれている。販売チャネルは市場 の進化と共に多様化しつつある。貿易型代理商 社もあるが,全国各地に分散しているローカルの 楽器店の数も中国全土で 1 万店以上と非常に多 く,その大半は小規模な小売店といわれている。

3)中国における楽器消費の特徴

中国の楽器消費は,中高級楽器の購入で上昇 傾向にあるものの,地域による購買力の差が非

常にはっきりとしている。中国では消費構造や 地域バランスが大きく異なっている。

また,中国楽器協会から,ピアノについては 約 80%が内販で約 20%が輸出である。中古も 含め,国内販売量は年間 20 数万台〜 30 万台近 くと思われるという。実際,多くの外資ブラン ドが増収を記録しており,スタインウェイ社は 2011 年に二桁の成長率を達成した9)

(2) ヤマハ中国の概要及びヤマハ音楽教室の 位置付け

1)ヤマハ中国概要

ヤマハは 1985 年に北京駐在員事務所を設立 し,1989 年に中国の天津ヤマハ電子楽器工場 を設立したことが始まりである。中国最大の電 子キーボードの生産基地として,年間 100 万台 以上を生産している。1990 年にキーボード教 室を展開,1995 年には広州ヤマハ珠江ピアノ 有限責任会社を設立,1996 年に販売会社とし て雅馬哈貿易(上海)有限公司を開設した。そ して,2000 年代には日本で成功した音楽教室 が上海で開設された。

2)ヤマハ中期経営計画

ヤマハの中期経営計画(YMP125)の重点戦 略レビューによると,2010 年 8 月,国内生産拠 点の掛川工場統合を完了し,杭州ヤマハ(中国),

YI(インドネシア)の 3 拠点化を実現した。

ヤマハ中期経営計画(YMP2016)によると,

表 4 グローバル楽器市場トップ 10(2010)

順位 楽器販売金額(万米ドル) 1 人あたり楽器消費(米ドル/人)

1 米国 639,000 20.40

2 日本 215,000 17.00

3 ドイツ 98,000 12.03

4 中国 97,700 0.73

5 フランス 75,500 11.56

6 カナダ 69,000 20.28

7 英国 57,800 9.22

8 オーストラリア 36,000 16.54

9 イタリア 27,500 4.51

10 韓国 27,300 5.60

出所:中国楽器市場調査 JETRO より筆者作成。

(9)

中国の市場環境は,1,都市化の進行,ライフ スタイルが変化すること。2,3 〜 4 級都市10)

の市場が拡大すること。3,Web 文化が発達,

電子商取が引拡大すること。4,少子高齢化が 始まること等を挙げている。ヤマハは,その市 場の「質」の変化に対応した戦略は,1,ピア ノに並ぶ成長の柱となる商品の成長を促進す る。2,都市部では,専門店の開拓と育成を加 速する。3,台頭する Web ディーラーの取り 込みを強化する。4,消費が拡大する 3 〜 4 級 都市へ販売網を拡大する。等を挙げている。

3)中国のヤマハ音楽教室の位置づけ

ヤマハ音楽教室は,2005 年 10 月に,上海市 の繁華街にある高級百貨店で開設した。オープ ンから 9 か月余りで,生徒数は既に 550 人と なった。ピアノ,サックス,ドラムなど様々な 楽器を学べるが,主に,4 〜 5 歳児とその親を 対象にした「幼児科」のグループレッスンが好 評だった。ヤマハ音楽教室は設立以来,10 年 を経て,現在まで中国において都市部を中心に 16 か所で「音楽教室」を開講した。

(3)中国のビジネスモデルの整理 1)顧客価値提案

これまで述べてきたように,中国における需 要は,裕福な家庭の象徴としてのピアノと音楽 を楽しむ子供の情操教育としてのピアノ教育に 移行してきていて,日本における幼児教育に対 する顧客の期待と非常に似通っていると考えら れる。また経済成長に伴って消費者の生活に余 裕が生まれるにつれ,ここ数年「せっかく買う のであれば,高くても一流のピアノが欲しい」

という需要が高まってきた。上海,北京,広州 など経済発展の進んだ沿海部の大都市では,先 進国並みの購買力を持つ豊かな消費者が,既に 数千万人達するといわれる。こうした富裕層は,

お金をどのように使えば,より豊かで満足度の 高い生活を送れるのか,それを教えてくれる情 報やサービスに強い関心を持ち始めていた。ヤ マハはこの変化をとらえ,中国の国内市場の本

格開拓に乗り出し,高価だが,一流の性能,品 質を持った楽器を中国市場に投入している。

中国の顧客に対して提供している価値とは,

以下の 2 点である。一つは,お金は掛かっても 良いから,一流のものが欲しいという現代中国 人の未解決の課題に応えることである。ヤマハ の楽器を購入させることで,その所有欲を満足 させる。もう一つは,音楽教育に対する考えが,

受験の一環,プロの養成などではなく,もともと 人間が持っている音楽を楽しむという欲求に応 えることである。これは元々ヤマハ音楽教室の 理念でもあるが,音楽を楽しみたいという,これ からの中国を担う若者たちへの価値提案である。

2)主要経営資源

① 工 場

ヤマハの開発,技術,生産のノウハウは世界 でも依然トップクラスを誇っており,高級品から 普及品まで幅広い楽器を生産している。この常 に安定的に生産しながら新しい楽器の開発を継 続することができたという組織体制自体が経営 資源といえる。中国でも,自動機械等を導入し 効率化を志向しながらも大事な部分では熟練工 が丁寧に仕上げていく,そのような工程を残し,

楽器の性能にもとても気を配っている。熟練工 を育成する教育にも力が注がれているのである。

② 特約店網

ヤマハはパートナー企業として,現地の楽器 店を特約店としている。他社製よりも高価な価 格設定のヤマハの製品を販売できれば,楽器店 としても魅力的なビジネスとなり,音楽教室の ノウハウやヤマハブランドを利用することのメ リットは特約店にとって大きい。

③ ブランド

ヤマハは中国においてもヤマハブランドを非 常に大事にしてきた。低価格かつ高品質である ことが普遍的なニーズであると考えがちである が,教育的マーケティング手法を用い,安易に 安売りせず,ヤマハを世界一流ブランドとして 育てている。

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3)主要業務プロセス

ヤマハは中国においても日本と同様にヤマハ 直営以外に特約店が経営する音楽教室を展開し ている。ヤマハには長年研究を重ねてきたテキ スト,教え方が既に存在している。中国におい てもこれは有効であるし,実績を上げている。

これらを統括するヤマハ音楽振興会も強力な力 になっているようである。

音楽教室の推進母体となるヤマハ音楽振興会 は,長年の研究によって,いかにすれば,楽し く音楽を学べるか,上達していくかのノウハウ が蓄積されており,テキストや指導方法等もよ く練り込まれている。また,指導者の育成につ いても,体系的にシステムが完成されている。

日本と同様にグレード制度を採用し,生徒のモ チベーションを高め,教員の質の一定化が図ら れている。ヤマハ音楽教室が日本,及び世界で 培った音楽教室のシステムは,中国においても 有効に展開できる。

(4)ヤマハ中国の直面する経営課題 第 1 に顧客価値提案

楽器について,以前と違ってきている現在 は,必要十分な性能を持った楽器で手頃な価格 のものが多数出現しているということである。

以前であれば廉価なものは音楽を勉強するのに 十分な性能を持っているとはいい難かったが,

現在は低価格でもそれなりの商品が発売されて いる。高価なヤマハ製品を購入させるために,

より付加価値をつけていけるかどうかがポイン トになる。

第 2 に主要経営資源

特約店については,日本同様どちらにとって もメリットがある構造になっている。メリット を感じられる限りは,協力的に動くだろう。主 要経営資源としては日本と類似している部分 が多いと思われ,差は小さいものと思われる。

ただし,中国市場を狙っている業者は世界中 にあり,いまだヤマハのブランド力は強いが,

ちょっと気を抜けば,特約店網構築に支障をき たす可能性もある。

第 3 に主要業務プロセス

音楽教室の展開において,まず重要なことは 指導者の育成である。最初,上海教室の指導者 数は 7 人だった。中国の音楽大学を優秀な成績 で卒業した新卒者を採用し,日本の指導者教育 のベテランが 2 年間かけて育成した。今後,フ ランチャイズ展開などで教室数と生徒数が増え 続ければ,中国人指導者の手で新しい指導者を 育てていく必要があり,ヤマハの指導法を理解 している指導者を育成する仕組みを確立するの が,課題となる。

5  中国におけるヤマハ成長モデルの  再現性

(1)成功要因① 顧客価値提案に関して Johnson がいう顧客価値提案とは一定の金銭 的対価と引き換えに,顧客がそれまでより有効に,

あるいは確実に,便利に,安価に,重要な懸案 を解決したり,課題を成し遂げたりするのを助 ける商品やサービスの提供であるとしている。

比較的に購買力を持つ中国沿海都市の顧客が 求めている価値は何なのかである。楽器につい てであるが,現在ヤマハのブランド力は,日本 ヤマハ成長期の楽器に比べても上がっており,

より良い楽器が欲しいという中国人顧客の顧客 価値提案を満たすことができる。現在では,品 質の信頼性に加え,楽器性能においてもトップ ブランドの仲間入りをしている。ヤマハはまた ピアノ,エレクトーン,電子キーボード等以外 にも最近ではブラスバンド人気もあり,管楽器 も学校向け教育楽器として大きな可能性があ る。総じていえば,楽器に対する中国顧客の需 要にヤマハの楽器は十分,これに応えられる。

当時の日本と現在の中国で楽器の観点から見 て,違うのは,競合他社の存在である。選択肢 が非常に多様になっており,安い中国製から韓 国製,台湾製,その他高級外国製品まで好きな

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楽器を購入できる環境である。しかし,これらの 環境変動を考慮に入れてもヤマハブランドの楽 器は十分,競争力を持っていると筆者は考える。

音楽を楽しみたいという顧客価値に対して は,全世界共通である。ヤマハには世界で培っ た経験とノウハウがある。

(2)成功要因② 主要経営資源に関して Johnson の主要経営資源とは,顧客価値提案 を実現するために必要な人材,テクノロジー,

商品,施設・設備,納入業者,流通経路,資金,

ブランドを指す。

日本の成長期での主要経営資源は,工場,特 約店等の販売網,ブランド力であると筆者は考 えている。技術,品質,宣伝,特約店,価格な どグループ全体がヤマハのブランドを守るよ う,努力していた。そして中国における展開で の主要経営資源であるが,工場については,常 に安定的に生産しながら新しい楽器の開発を継 続することができる組織体制自体が経営資源と なっている。

特約店網について,ヤマハはパートナー企業 として,現地の楽器店を特約店としている。日 本同様に音楽教室と物販で利益を得られる構造 になっている。他社製よりも高価な価格設定の ヤマハの製品を販売でき,音楽教室のノウハウ やヤマハブランドを利用することのメリットは 特約店にとって大きい。ブランドについて,ヤ マハは世界同様,中国においても大きなブラン ド力を持っている。

(3)成功要因③ 主要業務プロセスに関して Johnson によると主要業務プロセスとは持続 可能,再現可能,拡張可能,管理可能な形で顧 客価値提案を実現するための手段を意味する。

日本の成長期でのヤマハの主要業務プロセス の一つとは,音楽教室が考えられた。また,こ の音楽教室を運営していくためのプロセスとし て,ヤマハ音楽振興会による教育テキスト開 発,講師の育成が同時に行われた。

当時,テキストや教え方を研究し,確立して いったことは画期的だった。また振興会は,講 師の育成にも力を入れ,グレード制度を制定す ることで,講師のレベルを一定に保つことに成 功した。また定期的に研修会を開くことで,講 師のレベル向上に努力していた。

そして中国におけるヤマハの主要業務プロセ スは,日本同様にヤマハ直営以外の沿海都市に おける特約店による音楽教室の展開である。ヤ マハにはテキスト,指導方法が既に確立してお り中国においてもこれは有効と考え,音楽教室 展開を主要業務プロセスの中心に置いている。

一つ心配な点ということでは,ヤマハ中国の中国 人講師,スタッフへの教育ということであるが,

ヤマハもそこには力を入れていくと思われる。

6 結 章

本章では,本研究の結章として,再現性に関 する考察の結論を述べる一方,本研究の限界や 今後の研究課題を提起する。

(1)結 論

本研究は,今日の中国楽器マーケットにおい て,日本でのヤマハの成長期に存在した成功要 因が存在するのか,ヤマハの成長期ビジネスモ デルの中国における再現性が存在するのかにつ いて,ビジネスモデル論の観点から,多様な文 献や統計データなどをもって考察した。結論は,

ヤマハは中国の沿海都市においても,成功する 要因が揃っており,日本成長期にあったビジネス モデルの再現は可能である,ということである。

第一に,顧客価値提案についてである。

3(4)で述べたように,日本におけるヤマハ の成功には,「楽器」というハードと「音楽教 室」というソフトの組み合わせによる顧客への 価値提供が効果的であった,という要因が存在 する。これは楽器を通じて音楽を勉強したい顧 客のどのように勉強できるかという「未解決の 課題」に対しての価値の提供である。現在の中 国の沿海地域においても,これに似たような環

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境にあり,このような組み合わせによる中国向 けの顧客価値の提供は有効と考えられる。

楽器提供について現在では多様なメーカーが 楽器を製造しているが,その中にあって,ヤマ ハブランドは中国においても絶大な力を持って いる。世界第 1 位の楽器メーカーブランドであ るので,ブランド好きな中国人の嗜好には合っ ていると思われる。しかし留意する点は,競合 他社も品質,価格において十分な競争力を持っ てきていることである。特に管楽器等は台湾製 も学生が使用するには十分な性能を持ってお り,価格もヤマハ製よりずっと安いものになっ ている。楽器の性能,品質の差は楽器を修得し た後に,ようやく理解できるようになってくる ものであり,これから楽器を始める人間には判 断が難しい。いかにヤマハの楽器の優位性を

「ヤマハ音楽教室」を通じてアピールできるか が今後の課題となっていくだろう。

第二に,主要業務プロセスについてである。

3(4)で述べたように,日本におけるヤマハ の成功には,主要業務プロセスの一環と位置付 けられる音楽教室及びそれを支えるヤマハ音楽 振興会の存在という要因が存在する。ヤマハに よる楽器の生産及び販売は,企業一般と同様に さまざまな業務プロセスを有するのはいうまで もないが,楽器というプロダクトの生産や販売 に係る業務プロセスだけではなく,楽器という プロダクトの「使い方」や,音楽を楽しむ「教 養のアップ」にかかわる業務プロセスも,ヤマ ハの事業プロセスの中に位置づけて有効に機能 させたのは実にユニークである。

いまの中国の沿海都市においても,日本にお けるこのような業務プロセスは有効と推測され る。前述のように,楽器についてはヤマハの優 位性が,小さくなってきている。そこを補って いくのは,広告宣伝等のイメージ戦略の仕事で ある。しかし,最終的なユーザーの判断材料と なるのは,口コミ,ブログなどの個人発信によ る割合も高く,重要になってくるのが,実際に ヤマハ音楽教室に通った自身の体験談である。

ヤマハの音楽教室で音楽を学ぶことで,音楽の 楽しさを覚えたり,子供達がヤマハの音楽教室 を通じて,演奏のみならず集中力を高めたり,

勉強の成績が上がってきたりといった成果が集 客に繋がっていくはずである。

音楽教室のレベルの均質化ということについ ては,まだまだヤマハの音楽教室のレベルの高 さは,優位性がある。留意する点としては,そ のヤマハの教育システムの均質化が中国におい ても有効に機能するかどうかということであ る。中国のそれまでの音楽教育のあり方と大き く異なるため,講師がしっかりヤマハ式教育方 法を理解し,実行させられるかどうかが例示と して挙げられるが,ヤマハの中国における事業 課題の一つになるだろう。

第三に,主要経営資源としての代理店網である。

3(4)で述べたように,日本におけるヤマハ の成功には,主要経営資源の一つとなっている 代理店ネットワークの構築,という要因が存在 する。代理店網が,すでに全国に展開されてい たヤマハは,その代理店網を有効に活用するこ とで,初期投資が軽減され,迅速に音楽教室を 展開することが可能となった。

日本において,代理店はヤマハのブランド力 を背景に適正価格を維持することで各々が利益 を確保でき,さらにヤマハの管理下に身を置く ことによって,様々な支援をヤマハから受けら れ,教室経営,楽器販売にと,非ヤマハの楽器 店に対して大きなアドバンテージを持つことが できた。特に音楽教室については,教室を設置 するという投資は必要になるが,講師,テキス トなどの教室運営ノウハウを全部ヤマハから提 供してもらうことができて,代理店にとっても 大きな収入源となった。

中国においても,この日本の構造が,そのま ま当てはまる。右肩上がりの中国楽器市場で成 長を夢見ている楽器店経営者達はヤマハのブラ ンド,教室運営ノウハウ等を成長のための即効 薬として期待するはずである。中国の代理店は,

ビジネスチャンスと見て,前向きに積極的な経

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営を行うところが増えてきているようなので,

ヤマハの前向きな提案に対して応えてくれる代 理店も多いと思われ,ヤマハの代理店網は,全 国的に迅速に構築されていくだろう。また代理 店から顧客の生の要望や情報を吸い上げ蓄積し ていくことで,さらに中国での立場を強固にし ていくと考えられる。結果,代理店網は,より 堅牢なものになっていくと筆者は思料する。

(2)研究課題

本研究は,前述した研究目的や研究方法を用 いて一定の結論を得たが,これは日本の成長期 モデルの中国における再現性に関する探索的な 研究の第一歩であり,ヤマハの成長期ビジネス モデルの中国における再現性について十分に検 証したものとはいえない。今後の研究課題とし て以下のように例示する。

第一に,本研究の具体的な展開は中国を代表 する沿海都市を対象にして,ヤマハの成長期ビ ジネスモデルの中国における再現性について考 察してみた。経済発展が遅れている青海や甘粛 などといった西部地域に関しても同様な調査検 証を行うことが今後の検討課題になる。

第二に,本研究はヤマハの成長期ビジネスモ デルの中国における再現性について考察する 際,経営学的な観点,とりわけビジネスモデル 論という視角から考察してきた。実際,第一章 でも述べたように,ヤマハの成長期ビジネスモ デルの中国における再現性検討は,経営学的な 観点以外,経済学的な観点や比較文化論的な観 点も必要になると考える。経営学的な考察を行 う際にどのように他の学問領域と連携して学術 的に検証を行っていくべきなのか,これも今後 の検討課題になるだろう。

第三に,本研究は Johnson のビジネスモデ ル論でいう「四つの箱」の中の①顧客価値提案,

②主要経営資源,③主要業務プロセス,の 3 点 について考察してきた。④利益方程式については,

特に中国における関連の統計データの不足などで 研究にならず,これも今後の研究課題とする。

【注】

1) 発明協会は 1904 年創立 110 周年を迎えること から,これを記念し,戦後日本で成長を遂げ,

日本産業経済の発展に大きく寄与したイノベー ションを選定する事業を実施し,第 1 回発表の 38 イノベーションを選定した(http://koueki.jiii.

or.jp/innovation100/)。今後も 100 選を目標とし,

引き続き,候補案件の選定作業を進める予定で ある。本事業におけるイノベーションの定義は,

経済的な活動であって,その新たな創造によっ て,歴史的社会的に大きな変革をもたらし,そ の展開が国際的,あるいはその可能性を有する 事業。その対象は発明に限らず,ビジネスモデ ルやプロジェクトを含み,またその発明が外来 のものであっても,日本で大きく発展したもの も含む。

2) 張輝(2011)p.9.

3) Mark W・Johnson はハーバード・ビジネス・

スクールで MBA を,コロンビア大学では土木 学と工業力学の修士号を取得し,アメリカ海軍,

ブーズ・アレン・ハミルトンを経って,2000 年 にクリステンセン氏と共同でイノサイトを設立 している。

4) 張輝(2012)書評 pp.85-89.

5) 筆者は中国の留学生である。中国で楽器が好き で,ピアノを習う際にヤマハのキーボードを持 つ。子ともの頃にもヤマハというブランドをよ く拝見する。日本に留学してからも趣味として 楽器を学ぶ。現在,ヤマハの電子ピアノを家に 置いている。そういうきっかけで,ヤマハに興 味があった。

6) 1987 年に創業 100 周年を記念して,日本楽器製 造株式会社から「ヤマハ株式会社」社名変更さ れた。本論文では,日本楽器製造の時代も便宜 上,特記がない限りヤマハと呼ぶことにする。

7) 岩堀(1976)p.115.

8) 一定規模(総生産額が 2,000 万元)以上の企業:

205 社(2012 年 6 月現在)。

9) 中国楽器協会 HP(2014 年 10 月 4 日閲覧).

10) 中国の都市について「一級都市:人口 500 万以 上の経済が発達し消費水準の高い都市である。

直轄市,特別行政区,区域中心都市など。二級 都市:人口 300 万以上の経済が発達した消費水 準の高い都市である。3 級都市:人口 100 万以 上の経済発達した消費水準の高い都市である。4 級都市,1,2,3 級都市以外の都市である。」

【参考文献】

Christensen, C. M. (2008),  Reinventing Your Busi-  ness Model ,  , Dec 01. 

参照

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