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ブランショの小説をめぐって

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(1)

1 ange,maisalorsl ange,fOul壬dansla matiモfe,SeS ailes se d叫ument;

rroissる,COuvert decrotteou de poussi主re,et danslalaideurdeladぬite,

Ce n estplusquun vivantquelconque et que tout divinaabandonn

壬.

Et

lepoete,Sed如ournantdeluiavec ranc(別r:《qu,aトラe rait!Il貞ait si

beau danslecie=》(E.p.324)

50)Souff血es=oujoursidiot:(R.p.1099)

51)Envain,enVain,de mafenetre,1e soleilsurlacolline,au−dessus dela meLJ aisou仔ertassez,1ameme,danscememesoleil.(£.p.320)

52)E p.573 53)且p.343

54

pass

1ajoufnee

chercherL

dansTunis

tfain

1ajourneeenti

fe

de dixheuresdumatinえseptheufeSdusoir・Lesoir,1,apercois・L,aperGOis et passe sansl aborder.(且p.322)

55)L absurde,et nOtammentl absufde par fenOnCiationあ1,ob妻et de son

d

sif

eStlatentationetl obsessionconstantesde

4

〟ズカ〝′♂′〝

g

∫ゐ

d

ん〜

ret de⊥♂♪β///g解〝れ(Gゆ∫め∫〃ん//,Gallimard,1976,p.66)

56)・1eわuf O血ラe n

姉ais pas pr丘vu un plaisir A f主aliser,1eわur de くくrelまche》,白油itdevenupourmoileseuljourd

agr壬menL‥(且p.325)

57)」巳p.305

58)・ilest presquedouxde nepas atteindre.

59)R.p.1003

60)Commelange deTobie,javais pafu me repaitfe dES∫10urfitures ter−

feStreS,quandiego加温isunaliment duciel.(且p.574)

61)‥1a托erienepeutetreappf丘ci丘equeparl,alternance.

…Lorsqueえ1ah de1924je f丘solus de ne vivre plus que pourla

托erie、etd

ignorertoutlereste(ノ鰯〃rβ〟/卿),je commis une erreur,et

C est d elle sans doutequei aisurtoutsou

鮎虻 

Pourqu

ellegardesas

Veuf,ilraut couperla托erie.(且p.232)

62)R.p.646

63)Auc(EurdelEspagne,Cetterengaineparisienne,CetteEspagnedecon−

trebande,C est cela doncqu ilrallaitpourqu,en血ieFrisonne!quelque

Choseenmoien血sebrise,S,elance vers un cin丘ma du samedi,aupr丘s

dunefemmesansafgent.(E p.303)

64)LesVosges,1aCamargue,1,Aur主s,tOutCelasefeSSemble.Ons,encon−

SOlaj亡enpensant‥くく⊥espaysagesne∫刀,j山岳∫eSSe乃tqu,e月fo月Cfimdes餌e5,

Ah!aimerquelquunpour viv泊er tout cela!》 Maisles sentiments que

nousinspirentlesetfeS,euX auSSi,tristement sefeSSemblent.(E.p.308)

65)且p.572

66)Laction etla non−aCtion se rejoindront dansletefnit丘,et elles sy

如reindfOnt由ernellement.(£.p.592)

67)Ilme sembla,et je crois toujours quel instant oもje d壬cidaide m ab−

Stenif etait un desinstantsimportants de ma vie,‥(且p.325)

68)Le neant est vraimentla grande esperance・−Une esp丘rance!Encore une!On n en丘nira donciamais!(且p.328)

ブランショの小説をめぐって

神 戸 仁 彦

第一章 その周辺にあるもの

ブランショの初期のいくつかの小説の冒頭にほ,主人公のある狭い空間 への移動が,その意味を明さぬままに何気なく,記されている。

おそらく1935年に最初に完成されたとおもわれる短編『牧歌。(⊥,上 砂偽)1)ほつぎのような文句でほじまっている。

町に入るとすぐに,その外国人は救護施設につれていかれた。

『ァミナダブ』(ノね離反仇ん痛)の主人公トマも,通りすがりらしいある町に つくと,一軒の家の窓から若い女が「片方の手で招くような合図を小さく」

するのを見て,招かれたと思い,その宏の可 ̄丹こ入って行く。

また,創作時期はまだ正確にほ確定できないが,比較的早くに完成され たとみられる『最後のことば』(hかβγ〝′βr〃ク/)にも,冒頭で主人公の

「わたし」が街をぬけて,図書館に入る場面がある。

このブランショの初期の小説の導入部を構成する,ある空間から,狭い 閉ざされた空間への移動は何を意味するのだろうか。

これは本当に移動なのだろうか。主人公の移動する以前の状態が読者に ほまるで知らされないのだから,正確には移動とは言えないのでほあるま いか。

しかしながら,『最後のことば』の「わたし」は図書舘に入るといきな り独房に押し込まれ,『牧歌』の主人公,アレクサンドル・アカンの収容 される救護施設は一種の監獄であり,トマも入った家で自由を奪われ囚人 同様の扱いをうけるのだから,過去ほかれらを束縛している。かれらの過

149

(2)

去ほ,法の拘束力を背後に漂わせながら,厳然としてかれらの現在に影響 を与え続けているとも考えられる。

だしぬ桝こある隔離された空間に主人公と共に投げこまれた読者ほ,そ の先の語の展開に集中することを強いられる。しかも結末まで辿っても,

かれらの過去は読者の前に何一つ明らかにされないのである。謎ほ倍化し たようでもあるし,謎とはなりえない謎として君臨しているようでもある。

読者はこのはぎまに苗づりにされ,その状態にけりをつけることができな い。

だがこの手法はブランショの文学観に深く根ざしたものであり,決して 小説を謎めいたものにすることだけを目.的としているわけではない。そこ にほ作者ブランショの体験が,われわれには明されぬものとして(「謎ほ,

謎が謎自体として存在せず,深く隠されていて,謎の本性は隠されること だとする意見のなかに隠されているときのみ謎なのである」2り,厳として 横たわり,その体験がこうした手法を,ひいてほかれの小説観を必然的に 統御しているのである。

初期の小説の登場人物たちほ,作者と過去を共有し,それを問に眠らせ ておくことで作者と一体化している。一面では,かれらは作者の問題意識 を明るみに出すために問から浮び上るが,決して光を当てぬと決意した作 者の過去を担っているが故に,最後まで自己と同一化できぬまま,さまよ い続けるのである。この彷往のなかにブランショの文学観があるのだが,

ここでほまずかれの過去に少しでも光を当て,問の濃度を蒋めることから はじめよう。そのための鍵は,空間の移動がそれほどだしぬけにほ行われ ない『謎の男トマ』(rカ♂膠〟∫/

0わ√〟γβ)にあるようにおもわれる。

『謎の男トマ』に,先に挙げたものと同質の空間の移動があるとすれば,

それほⅠⅠⅠの冒頭の

かれは夕食をとるためにホテルにもどった(

Ilfevient

1 h6telpour

difler)

という粂りであろう。しかし,この場合にほ意味合を少し異にするよう におもわれる。

『牧歌』では

プランショの小説をめぐって

Apelneentr占danslaville,1,etrangerFutconduitえ1,hospICe・

『最後のことば』でも

−Puis−】emefendreえ1abibliotheque?demandai−JeauCOnCierge

en entrant dans un maJeStueuX batiment….

『ァミナダブ』の場合にも

…こMaisilpensa qu

ilaurait to叫OurSle temps del executer

Plustard,etilsedecidaえFranchirla rue pour聖dansla

maison.(下線いずれも神戸)

と,形は過去分討,現在分詞,不定法とそれぞれに追ってほいても,い ずれも動詞 

entrer

 が用いられているのに,『謎の男トマ』では動詞が

revenir

になっている。この相異が一つの手掛かりを与えてくれる。

トマのもどるホテルが,イヴリーン・ロンディの指摘するように

8

),〈社 会〉を意味するなら,トマは一度〈社会〉の外に出て,朽び〈社会〉に もどったことになる。つまり,かれは〈社会〉を出るまでの過去と,〈社 会〉を出てからの過去という二重の過去を内面に秘めて,帰ってきたこと になる。

まず,ブランショの場合問題なのほ,時間の連続性ではなく,時間を内 包しながらも断絶を表わす空間の異質性であることに注意しながら,この 二重の過去を検討してみよう。

『謎の男トマ』の書き出しほ

トマは腹をおろし,海をみつめた。しばらくのあいだ,旦旦_竺ほかの 人の泳ぎを眼で追うためにここにきたかのように,かれほ旦教皇_室ゝ主査 卓二三塁。そして,宗のために遠くまで見通せなかったのに,じっと瞳を こらし,水のなかを苦心して進む人たちを執拗に見ていた。それから他

の波よりもいちだんと大きな波がかれの身体に触れたので,かれも砂の 斜面を下り,逆巻く彼のなかに身をすべりこませた。波は素早くかれを 浸した(下線 神戸)。

実際は泳ぎにきたのに,COmme S

iletait venulえpour suivreles

151

(3)

mouvements des autres nageurs

 という自発性のなさ,

bien quela

brumel,empechat devoirtr主sloin,ildemeura,aVeCl,obstination,

1es yeux

丘Ⅹ

eSSufCeSCO

S

という目的の希薄さ,

Puis

uneVagueplus

forte queles autresl ayant touche,ildescenditえson tour surla

Pen亡edesable(第一版による)という他動性,こうしたものほイ可を表わし

ているのだろうか。

また,いつもあてもなく決然と良時間泳ぐのに(Thomas avaitl

habi−

tude de nageflongtemps),今日ははっきりと新しい目標を立てて泳ぎ

ほじめ(九ヰais aujourd

hujilavait choisiunitineraire nouveau),し

かも帰路は断たれたいる(

Labrumecachaitle rivage

)のに,観念が強 すぎて周囲の波が,努力にみあう抵抗を示さず(Des remoufSle secou−

aient,SanS pOurtantluidonnerユe sentimen亡d e亡re au milieu des

VagueS et de rouler dans desさ1丘ments qu ilaufait connus),そのう

えこの強大になった観念を制御しうるだけの支柱も見い出せない(Peut−

etreluiedt−ilsu疏de se maitriser pour chasser detellespensees)ま

ま,宙づりにされ,虚空を凝視するトマの姿は何を表現しているのであろ うか。

極度に観念の凝縮した地点に追いこまれたこと,このことこそトマが作 者と共有する部分なのである。

プランショほ

1950

年に改作された『謎の男』の第二版に,つぎのよう な序文を附け加えている。

プアリアント

どんな作品にとってもすべて,無限の異文というものがあり得る。

1932咋から執筆され,1940年5月に出版社に手渡され,1941年に出

版された『謎の男トマ』と題する作品にたいして,今回のこの稿ほなん ら加筆ほないけれども,しかし削除ほ多数なされているから,別の稿,

さらにはまったくの新稿ということもできるかもしれない(菅野昭正氏訳

『現代フランス文学13人某』以下同じ)。

1941年から1950年にかけてのブランショの小説観,そしてかれの文

学観の推移を知るには,この『謎の男トマ』の初版と第二仮の比較検討が ぜひとも必要であるが,ここでほまず,なんの注釈もなく記された1932年 から1940年という時掛こ注目したい。この期問はわれわれの問題とする,

作者の過去が多少明らかな時期だからである。

152

ブランショの小説をめぐって

現在までのところ唯一のものである

Gr

〟〝〝〃

4

〉の書誌によると,ブラン ショの文筆活動は,かれが

24

歳の

1931

年から開始されている。そのな

かで,

1936

年から

1937

年にかけて雑誌(加ゎ扉に発表された一連の政治 的エッセーはとくに注目に伍するものである。それ以前にほ,ブランショ ほときにほ政治的エッセーを,ときにほ文判勺エッセーを小さな雑誌に年 に数編発表しているが,

1936

1937

年ほ,

36

年一月に創刊された

C

〃膠あ〟′

の政治,外交憫の時評のみに専念して,終始政治的に振舞っている。この 時期のブランショは徹底的に政治に賭けたと考えられるのである

5

)。

そこに示されるかれの立場は,独白の価値観にもとづくフランスの碓田 とした独立を求めるといういわば愛国主義的なものであり,かれはその目 的のために状況によってほテロリスムをも辞さない右翼暴力革命家だった のである。それを最も鮮明に示すのが,1936咋6月のレオン・ブルムの 率いる「人民戦線内閣」成立にさいして,C銅蕗の7月号に発表された「テ ロリスム,緊急手段」(

Leterrorisme

m

hodedesa

u

Public

)と題す る反撃の訴えである。このとき「火の十字団」,「フランシズム」,「フラン ス連帯」,「愛国青年同盟」の右翼四団体が,「人民戦線政府」から解散命令 をうけている。

政府からも,解散させられたあるいほ末解散の党派からも,一度も力 をもつことなく姿を消してしまった異議押し立て,その上一度も大衆の ものとほならなかった異議申し立てほ,今日でほ,自由な思考の犠牲と なり,非合法な,必要とあらば狂気にちかい行動を危険をおかしても実 行する数少い自立した超然たる精神にしか宿っていない。

多数であることも金銭も必要とせず,ただ強く正しい考えと偉大な心 を必要とする,この何人かの,そしていくつかのグループの仕事である この異議申し立てこそ,今日最も緊急にして,最も尖り多いものだとわ れわれほ考える。この異議申し立てが必要なのほ,これこそ,ふだんほ 地位ある人問がいかにもばかにした顔をする,道理と秩序をという訴え に,なくてはならない有効性を与えるからである。これだけが,良い政 治をいう訴えに応えて,旗責仕な大臣たちを罪人に変え,罰を与え,処 刑する制裁を約束する。ついにほこの異議申し立てが,われわれのいや

しむべき体制に,必要な矯正をほどこすのだ。指導者を正しい道にもど

(4)

し,良導するために,まさにかれらのものである鼓も下劣な手段を使っ て,かれらの卑劣さによって,かれらにたいしてなされるこの行動ほど 道理にかなうものはない。全権力を握ると思い込み,勝手に正義と法を 濫用し,真にフランスの高貴な血の持主と思われている人々に,突然自 分たちの弱さを体験させ,恐怖によって道理に立帰らせるのほ,賀明な ことであり,立派なことだ。かれらにしばしばの間改心したという外見 をとらせるこの恐怖だけが,かれらから期待できる唯一つの有益な反応 なのだ。それこそテロリズムのもたらす恩恵を生々とした光のもとで明 らかにするであろう。

この言葉【テロリスム]は大多数の人々のひんしゆくをかうことにな ろう。それほどうでもよいことだ。大多数の同意こそまさに必要のない ものだから。テロリスムが意味する手段は宣伝ではなく,行動である。

この行動は,行動が必要とされるときに別の行動様式がないからこそ価 値をもち,この行動を非難する大多数の人々に善をもたらすが故に正当 化されるのである。もしわれわれがすべてを耐え忍ぶ気でいるなら,こ の方法を呑気に批判することもできよう。しかし場合によってほ何かを する必要を認めるなら,あらゆる手段,とくに暴力を行使して,すべて を一挙になしとげる準備をすべきなのだ。われわれほ革命を小出しにす る倹約衣でもなければ,偽善的に精神的な,静かな革命について語る人 間でもない。それほばかげた,臆病な希望である。一切を提り,いたると ころに深く根をほる体制ほ変ろうとしないのだから,革命しかないのだ。

この体制を打倒し,唾棄しよう。この革命ほ哀力的になされなければな らない。われわれの民衆のように無気力にさせられた民衆から,刷新に 固有な力と情熱を引き出すには,礼儀正しい手段でほなく,血にまみれ た,かれらを目覚めさせるための激しい鼠によるのだ。これは安全では ない。安全こそ不必要なものなのだ。だからこそ現時点ではテロリスム こそ緊急の手段とわれわれにほおもえるのだ5)。

ブランショほ1934年2月6 日の右翼団体を中心としたデモと暴動を 賞賛し,そこみられた蜂起したフランスの,とくにパリの民衆の姿をかれ の革命とイメージとして,政治的なエッセーを苔きほじめたのだが,かれ の目指した革命と,かれの属したとおもわれる党派は¢),「2月6日」を頂 点として,次第に下降する運命にあった。またその内業も,長く引用した 文章からもわかるように,情熱的に力強く語られるわりには,いささか古

154

ブランショの小説をめぐって 典的なテロリスムの訴えといえるかもしれない。それにかれの場合にほ,

はっきりとした歴史意識,歴史観にもとづいて,テロリスムを提唱してい るようにはみえないのである。こうした欠点ほ致命的にみえるかもしれな い。だが問題はそこにあるのではない。いかに古典的なものにせよ,テロ リスムを主張する人間ほ,それを古刀昼自勺だ,あるいは悪であると判断する 人間とはまるで異質な領域に入り込んでしまうことがこの場合重要なので ある。

テロリスムが叫ばれるのは,多くの場合,一つの運動の衰退期,一つの 政治的過程の終焉掬であるが,その道いつめられた状況のなかでテロリス ムを真剣に考え,それを行動の基準にしようとする人間は(それがたとえ ブランショのように,必ずしも暗殺=自己の死という究極の過程を想定し ているようにみえなくとも)いくつかの概念的な矛盾に直面しなければな らなくなる。一つには,ブランショの言葉を借りれば「われわれの民衆の ように無気力にさせられた民衆」のために,ときと場合によってほ自分の 命を犠牲にしなければならないことである。つまり,〈正義〉のために,

〈未来〉のために行動すると信ずる人間の生命を,その行動に参加するど ころか,それに反対する く正義〉や〈未来〉にふさわしいかどうかもわ からない人々のために捧げなければならないのだ。これもテロリスムの内 包する解決できない矛盾の一つであり,歴史観ほそこで激しくその存立基 盤を問われる。しかし,これはまだ外的な矛盾であって,ブランショが衝 突したのはこの種の矛盾だとはおもわれない。つまり,ブランショが,後 に小説のなかで執拗に問題にする 〈法〉 とその言語の圧倒的な力とどこ で出会ったのか,このことがかれの政治過程と,その後の文学活動とを結 ぶ目に見えぬ糸のようにおもえるのだが,その手掛りがここにあるとわた しは考える。

テロリスムの根底には,実行者にとって,より奇妙な,より本質的な別 の矛盾が横たわっているようだ。

テロリストにとって,味方の党派が絶対多数であれば,あるいは多数化 への展望がひらけていれば,かれがテロリストになる必然性はない。とこ ろが逆の場合,つまり極端に言えば,味方が自分一人しかいなくなったと きには,奇妙なことが起る。かれほあらゆる意味で自分の行為の結果を見 届けることができなくなってしまうのである。社会的な,客観的な意味を もち,またそうした結果をもたらすほずの行為(そうでなければ革命を目 指す政治的テロリスムでほなくなる)が,貢に社会的な意味,真に客室況自勺

(5)

な意味をもち,革命への確かな一歩,あるいほその土台となることができ るのか,そこのところがわからない。行為を留保しているかぎりわからな いし,行為をなした後でも,もし死が訪れればわからなくなってしまう。

テロリストはきわめて観念的な宙づり状態を強いられる。この苗づり状態 に決着をつけるには,再び現実と接触するためには,極度に盲目的な主観 が出現しなければならない。問題ほ実行することだ。しかし,実行する決 心をすると,その結果として,自分と未分化の薄暗がりのなかにあった生 命を,自己との未分化の状態から引きだし,自口のもとにさらして客観化 しなければならなくなる。行為が客観的であるべきなのに,行為ほ主観化 され,生命のほうが客観化されてしまう。奇妙な逆転である。決意した人 間は,自分の生命を他人の眼で眺めるように見つめなければならない。そ のときこの分断された自己の内部にあるものほ,けして自己の言説でほあ るまい。逆に,自己を捧げた言説が,命令として,絶対的な力をもって内 面に鳴りわたるであろう。主義と主張の普遍性とおもえたものが,きわめ て個別的に対応しなければならない問題を押しつけてくる。このときこそ

〈法〉とその言語ほ万能なる力を獲得するときである。法が対他的な〈法〉

ならば逃れていればすんでしまうが,しかし政治には,したがって〈一現実〉

にほ〈法〉の言語が到るところに周到に配置されていて,それから逃れる ことほできない。このことこそ,日々の日常性のなかでほ目に見えぬかた ちで深く隠されているが,われわれの基本的な現実でほなかろうか。ブラ ンショが政治過程のなかで遭遇したのほこの 〈法〉 的言語の圧倒的な力 であり,しかもかれは〈法〉的言語に奥深く境いこまれた。このことで,

かれの文学以外の要素を捨てるという変身ほ,それだけ鈍化せざるをえな かった。現在のブランショのようなあり様は,一面では〈法〉的言語との 全面的な対決の必然的な結果としてでてきたのでほあるまいか。しかしあ

まり先廻りしてほなるまい。このことほ,『至高者』(⊥βrr∂∫一月滋〝′)を頂 点とする一連の系列化されたテーマとして後に検討されることになろう。

ブランショほ1937年11月号のC〃膠あ〟′誌に最後の政治的な論文《On

demande des dissidents〉〉を苦いた後(掲載ほ12月号),3年ちかく沈黙

している。この間にかれが発表したのほGr〟膠〝〃によれば,

く(Extrait d,un hommageえClaude Severac》

ノh兢∵Eム摘勃∫1el=uin,1938,P.24・

プランショの小説をめぐって

(くL

Ebauche d un roman》(sur LaNaus由 de Saftre),

ノh次∴E〃㈲わ∫1e30juillet,1938,p.31.

(くLautreamont〉〉

R♂〝〝β♪〃〝ダβんβ〟β∫才dゐ=′滋∫α〟〝rβ∫,1;aVril1940.(repris

dans Faux Pas

Pp

205

210

).

だけである(ただし,Gγ〟膠膠〟の書誌ほまだ完全なものとはいえない。と くに編者も断っているように,1934年と1939年にまだ未発見の論文があ る可能性がある)。

かれが後に『踏みはずし』(F舶朕」㌔∫)にまとめられたLβ♪〟r〝♂/♂β∫

♂gあαわ紙の(くChronique delavieintellectuelle〉〉という古評欄を書き ほじめたのほ,1941年4月16 日からである。もちろんそのときには政 治活動からも離れていたと考えられる。

したがって,1932年に執筆開始され,1940年5月に出版社i・こ手渡され,

1941年に出版されたとブランショ白身が語る『謎の男トマ』(第一版)が

主として執筆されたのほこの空白の期間であると言えよう。

トマが背負っているのは,作者がこの空白の期間に保有した現実である。

かれが冒頭で示す受動性,目的意識の希薄さ,そして水口」に入ってから もまだ保持する強い観念力にほ,政治とその奥にある 〈法〉 的言語に衝 突し,それらと訣別した後の作者自身の状況,先に進むことも後もどりも できない状況,観念のもつ強い否定性のためにおのれの周囲に絶望の対価 物を見いだせない作者ブランショの体験と賀質が色濃く投影されている,

と読むのはあながち筋ちがいでもあるまい。トマは一つの政治的情況を突 き抜け,その過程で自己を分断され,〈法〉的言語の完璧な形態を体験し た作者の体験をかれ自身の内実として,岸辺に腰を下ろす。かれが海で泳 ぐのほまったく人知れぬ孤独な意味をもつ行為(ブランショは1950年の

『謎の男トマ』第二版で,トマの水泳中に現われた附近で泳ぐ一人の男と,

傍を通りすぎる一般の小舟を注意深く削除しているが,それはトマの孤独 さを強調するためのようにおもえる)であり,その結果を伴ってホテル=

〈社会〉にもどるとき,かれほ以前の状態に復帰しようとするのではなく,

まるで異質な空間を自己の周囲にはりめぐらせている。この過程で作者の 決意がなされたと考えられる。

だが,ブランショに特徴的なことは,かれ自身が過去を語らないばかり でなく,登場人物にも語らせないことだ。

(6)

ブランショ,とくに本格的に文学にかかわりをもつようになった時期の プランショほ,われわれが想像する以上に,体験に固執し,それを支えと し,それを汲みつくせぬイマージュと思考の源泉にしているようにおもわ れるのだが,ただかれの場合過去を扱う仕方が独特なのである。

プランショほ『踏みはずし』のなかで,やほり体験に重要性を認めた作 家プルーストの体験の扱い方には疑問があると指摘している。かれの意見 によれば,プルーストの言う「失われた時」とは,死によってもたらされ る空自の時間だけではなく,日々の苦悩にみちた日常性の背後にひそむ

〈死〉,われわれがたえずそれに襲われている,生のなかにひそむ 〈死〉

の体験であり,その先では「死と類似した喪失,おそらくほ意味も法則も もたず,底のない二重の深淵」がわれわれを待ちうけている。この生から 死への桟すべりにたいして,プルースト特有の体験といわれる,だしぬけ に感情の噴出する瞬間が,一つの裂け目として現出する。それほ過去の無 意識の記憶と結びついた感情であるが,非常な恍惚をもたらすものなので,

そのなかでほ「未来への不安とすべての知的懐疑」が霧散してしまうよう にみえる。プルーストほ,この瞬間を,われわれが「各瞬間の与えるみせ かけの死を免かれるのは,現在と,現在に類似した過去との偶然の出会い により,一つの絆が確立される」ことの証拠だと解釈した。これこそプル ーストが体験についてなした誤用である,とブランショほ言うのである。

結局,プルーストが体験についてなした誤用−それはかれの作品か らみれば限りなく実り多いものであるが,あの状態の性格にそくしてみ れば完全にゆがんでいる−ほ,三方面にわたってなされている。かれ ほまず,認識の包裂としてしか体験されないものを,客観的な意味を付 与すべきものとして認識に委ねる。そして,発見した,苦悩の偶然の解 決にすぎない眩惑をもたらす至福感をわがものとし,それを永遠化する ことで,すべての不安から解放されようとする。そして最後に,体験の 条件と方法(凡俗な生活から身を離すことを可能にした記憶の諸現象)

と,その体験に帰属させることができるとイ言じた真班と意味とを一休化 させているのである7)。

つまりプルーストほ,非=知のものを既知の領域に移行させ,偶然に屈 するものを必然化させ,(知の分野では)無=意味なものに超越性を導入す

プランショの小説をめぐって ることで有=意味に変質させているというのである。だから,プルースト

のこの体験ほつねに神秘として,作品自体よりもつねに神捌勺なものとし て,作品のなかにその姿を呪わし続けている。その姿を現わすという点だ 桝こおいて,プルーストほ体験を裏切らなかった,とブランショほ結論を 下している。

このような態度の延長線に,バタイユの発した問いにたいするブランシ ョの谷が位置しているのだ。

ブランショとの会話。わたしほかれに言った,内的体験には,それを 正当化する目的も権利もない,と。わたしが一つの目的,一つの権威へ の配慮を粉々にして吹きとばしても,少くとも空虚ほ残ってしまう,と。

ブランショほ目的や権威ほ論弁的な思考の要求するものだ,と指摘した。

わたしは自説をまげずに,最終段階においてとる内的体験を描き出し,

どうしてそれが億威も何もなしに可能なのかと尋ねた。かれほ体験自験 が権威だと答え,この権威について,それはその罪を償われなければな らない,と附け加えた8)。

この証言ほ当時のブランショにとっての現実をきわめて的確に語ってい る。ブランショの場合問題の体験を,プルーストとは異なり,決して言説 化しないこと,つまり決して固定した形でほ捉えようとしないことが特徴 である。

すでに引用した『謎の男トマ』の先のところで,トマが口己と同一化す る印象を与える箇所があるが,それほ分断を強調してきた本論の論旨に抵 触するのだろうか。少く長くなるがそれをつぎに引用する。

‥…幻想ほ長くつづかなかった。泳ぐのに適した身体を与えてくれる 水のなかを,さながら波間に漂う船のように,右に左にゆれつづけねば ならなかった。どんな解決策があるのだろうかPかれの腕と化した波に さらわれないように,措いっぱい抗うべきであろうか?それとも,ただ 水に浸っているべきであろうかト苦痛を味わいつつl′はのなかに溺れこ むべきであろうかPたしかにいまや泳ぐのをやめて停止すべきときであ

159

(7)

ったろうが,しかしまだ希望が残っていたので,あたかも気力を恢復し た内面の奥に新たな可能性を見出しでもしたかのように,なおも泳いだ。

技労とともに観念に動揺をきたし,トマほ自分の肉体を他者を見るよう に眺めるようになる。しかしそれでもかれは泳ぎつづける。

鰭を失った怪物と化して,かれほ泳ぎつづけた。巨大な顕微鏡で見る と,かれほ織毛と振動から成る大胆不敵な累積物となっていた。誘惑は まったく異様な趣きを帯び,そのときかれほ水滴のなかを泳ぐのをやめ て,茫漠としながら,しかしまた無限に明確でもある地帯へ,さながら 聖域にも似たもののなかへ,すっかり馴致されきっているので,そこに いさえすれば存在することになるようなかれ自身の自己のほうへ,滑り こんでいこうと努めた。それはかれが足を踏みいれる以前に,すでにか れの刻印が印しづけられているという理由のもとに,かれが落ちこんで いく一種の仮構の穴のようなものである。そこで,かれほ最後のカをふ りしぼり,そのなかに完全にはいりきろうとした。それは容易なことで あり,かれほなんらの障害物に出会わなかった。かれは自己白身と一緒 になり,他の誰ひとり侵入できぬその場所に身を置くことによって,自 己自身とひとつに溶けあうことになった。

完璧な自己同一化とも言えよう。この地点でほトマとトマの自己のあい だにほいかなる間隙もない。白分の腕を波として見ていた意識も消滅して いる。トマほトマのあるべき,そして第二のトマさえ侵入できない場所で 自己と一体化した。しかしこの一体化とほ,自然の樹木がましくその樹木 であるような,荒野の獣がまさしくその獣であるような一休化であろう。

これほ,もし人間に言語がまだ存在しない太古の時期があったならば,そ の時期の人間が行っていたような自己同一化であろう。われわれはそれを かすかな記憶の断片のように聞きとることほできよう。しかしこの状態を 継続させ続けることはできない。それほわれわれには,われわれ白身を対 象化する意識があり,言語があるからである。

したがってトマもここに止まることはできない。

遂に帰らねばならなくなった(Finalementildut revenir.)

岸にたどりついたトマほ,相変らず沖で泳ぎつづける自分の影をみつめ る。

1(;0

プランショの小説をめぐって そのとき,視野にほまさに本物の霧がたちこめていたが,かれの視線

はその混沌とした虚空を遠くのほうまで熱J[▲、に見とおし,そのなかのど んなものをもほっきりと見分けることができた。じっくりと探ってみた せいで,水平線になかば浸りつつほるか彼方を泳いでいるひとりの男を,

かれは発見した。こんな距離からだと,その泳ぎ手の姿はたえずかれの 視野から逸れてしまう。かれほその泳ぎ手を見,しかももはや見てはい ないというわけであったが,それにもかかわらず,泳ぎ手の動きほすべ て見まもりつづけているという意識はたもっていた。その姿をたえずす こぶる明瞭に認めているばかりでなく,まったく内面的なやり方でもっ て,そしてまた他のどんな接触をもってしても,それ以上にほとうてい 結びつき得ないほど,その泳ぎ手と結びつけられているという意識ほた もちつづけていた。

彼方で泳ぎつづけているのほトマの影だと先に書いたが,むしろ沖で泳 ぐトマは,泳ぎつづけることで,たとえ束の間であれ実在として自己同一 化する可能性をもちつづけているのだから,岸にもどったトマの方が影で あるといったほうがよい。沖のトマが表わすのほ実在の領域,行動の領域 に属する■事柄である。行動のさなかに,言葉を介入させずに自己と同一化 することは,実在のうえに充足し,同一感を覚える人間に,辞間として存 在するという実感を与える。泳ぎつづけるトマほ,総体としての実存が,

その頂点でかちとりうるものを象徴的に表わしている。トマは泳ぎつづけ ることで,岸にもどった分身のトマにそのことを提示しつづけているので ある。

ここで語られているのほ,作者ブランショの決定的な態度表明ではなか ろうか。それほ自ら望んでなした選択の結果ではなく,かれのそれ以前の 行動と体験がいやおうなしにかれを追いこんだきびしい結果のようにおも われる。ブランショは〈肉体〉 と〈観念〉 という二元論を使ってはいな い。〈肉体〉も〈観念〉もことごとく沖のトマの所有物なのだ。それに かれにはこの二元論の内包する超越性など無縁なことだったのであろう。

かれは抜殻のようなトマの側に身をおかざるをえなかった。それは一切か ら自由になったことかもしれないが,実在のトマとのあいだに距離をおい てしまった以上,まったく無力な自由なのだ。できることほただみつめる ことだけなのだ。それほあまりにも苦汁にみちた自由なのである。

(8)

長いあいだかれは見つ臥そして待っていた。その眺めかたのなかに ほ,あまりにも大きすぎる自由−いっさいの絆の切断によって獲得し

た自由の表明のような,なにかしら苦しげなものがあった。かれの顔つ きは狼狽して,異様な表情を浮べていた。

この抜殻のようなトマが,ひいては政治的挫折を体験した時期のブラン ショが〈文学〉でみちあふれていたと速断してほなるまい。眺め入るか れの姿が暗示するのほ,圧倒的な虚無なのである。

くり返すことになるが,『謎の男トマ。執筆当時のブランショが,文学 に全幅の信痕をよせ,たとえばマラルメのように,文学は広大な宇宙の鍵 を握ることで,宇宙の方法を再構築する力をもつという風な信仰を抱いて いたとは,とても考えられない。たとえば1943年に刊行された『踏みは ずし。のなかで,かれがマラメルについてつぎのように書くとき,かれは 亮直に驚嘆しているとみたほうがよいとおもう。

モンドールの仕事によって二つの驚くべき事実が明らかになった。そ の第一はマラルメがまだほんの青年のころから自分の作品を意識してい たことである。かれは二十歳で『ェロデイヤード』を制作しようとした だけでなく,そこからはすべての安易さが排除され,新しい関係に従い,

熟慮と探求と厳格な予感によって語を支配するあの結晶体に捕えられて いた。さらにかれほ形式上の完璧さを目指す意志に根拠をおいたこの詩 法は驚くほど困難なことなので,その実現は宇宙の創造に比政すると見 抜いていた….‥。

このような大胆な夢が,やっと少年期を終えたばかりの青年に完全な 詳細と正確さをもって,完璧な形で抱かれたことはおそらく唯一無比の 現象である9)。

これがブランショソからみたマラルメの天才なのだ。ちなみにいえば,

ブランショが一連の政治論文を書きはじめたのは29歳のときである。し かも最初にC〃冴あ♂Jに発表された「2月6日の終焉」ほ,2年前の事件が 対象である。また『踏みはずし』を刊行したのは36歳のときである。か

プランショの小説をめぐって れの経歴にはいかにも遅れて入ってきたという印象を与える何かがある。

先に引用したテロリスムを訴える呼びかけが示すように,かれほ1936 年から37年にかけては,完全に政治に賭けていたのであり,その敗北の 結果 〈文学〉 に押しやられたと考えるほうが自然におもえる。したがっ て,36年,37年を経過して書かれたと作者自身が明言する『謎の男トマ』

第一版と,作者が確立させつつある文学観,小説観はよって訂正をほどこ した『謎の男トマ』第二版との異同は,その意味でかれの文学的体験過程 をつよくにじませているものである。その検証ほ次回のこととして,最後 につぎのことを指摘しておきたい。

ブランショは,トマとその分身が示すように,独特の仕方で体験を含む 実在と分離したが,そしてそのことがその後のブランショの実生活の面で のあり様と深く関連しているようにおもえるのだが,しかしそれは独特の 仕方で体験と新たに結びついたことでもある。だからかれは自分が 〈文 学〉 に移行したときの姿を通して他の作家や詩人の体験を見ようとする。

しかしかれが〈文学〉へ移行する以前の体験もたえず問い直され,かれに

〈法〉ヘアプローチする道筋を開いている。かれは決して全面的に体験を 放棄したわけでほなく,語らぬまま,その体験の意味がおのずから明らか になるのを待っていたかもしれない。

われわれが最初に提起した問い,ブランショの小説に見られる空間の移 動は何を意味するのかという問いにたいして,さしあたり,こう答えるこ とができよう。主人公たちは,トマと同じように実在を彼方に残してきた 人間であり,したがってかれらは過去も記憶も直接的な形で引きづっては いないが故に,〈法的言語〉が網の目のように張りめぐらされた空間に入 ると,まるで原罪を背負った人間のように処罰され,閉じこめられなけれ ばならないのである。このような存在を社会は許容しないからだ。かれら ほ『異邦人』のムルソーと一面では似た存在であるが,『異邦人』の欠点は 第二部で一切が明らかにされてしまったことだ,とブランションは指摘し ている10)。(第一章おわり)

163

(9)

1)⊥ 均肋dans山Rβ∫∫〃∫∫βガ♂〝=/βr〝β/,壬d.Gordon&Breach,1970・この版

の最終ページに1935,1936という二つの年号が記されている。前者は⊥ 叫γ肋を

後者は山か♂r〟〜gr肋/をさすとおもわれる。またGrβガガ〃の書誌も⊥ 物肋を

1936年作としているので,それに従う。

2)飽〟ガタ叫丘d.Gallimard,1975,p.17.

3)EvelyneLondyn:Aね〟r∠√ββ/〃〝血,r♂〝〃〝rか,昆,A−GNiz叫1976,p,90・

4)G

慨闇値3−4,⊥如βん〝√カ∂/,丘d.Gfamma,1975,pp・224−226・

5)L,oppositionquiadisparu duParlementoもelle n aiamais eu㌢and

pouvoir,quiadisparu des groupes,dissous ou non,et quid,ailleurs na

IamaisappaftenuauXmaSSeS,nepeuthabitera叫Ourd,buiquequelquesesprltS assezmaitres d,eux−memeS et aSSeZ d由interess丘s pour raifeles rrais d une

pens丘elibfepOur COurirles rlSqueS d,une actionillるgale et,S,ille raut,

rofCenee.

Cetteopposition,αuVfedequelques−unS et de quelques丘qulpeS,quin a besoinnidunombre,nidel,afgent,maisd,id丘esrofteSet】uSteSetdegrands sentiments,nOuSCrOyOnSqu,elleestau】Ourd,huilaplus necessaireetlaplus

毘conde・Elleest nるcessaife,parCequ,elle seuledonneauxrappelsalafaison

etal,ordredontordinairementselnOquentles gens en placel,e鎧cacit丘in−

dispensable・Elle seulea】OuteauXCOnSeils debonnepolitlquelespfOmeSSeS de sanctions qultranSrOfmerOntles ministresirfeSpOnSables en coupables punis o11eX丘cutes.Elle feCti鮎en丘ncommeilleねut notfe abject r丘glme・

Rien n,estmofalcommecetteactionquis,exefCeSufles dirigents,pOurles redfeSSefetles meneraumieux,preCISementpaflemoyendece qu,ils ont deplus vil,pafleuflachete・Ilestbon,ilest beauquecesgensqulCrOient avoirtoutpouvoir,quiusent左1eurgr丘delaiustice,deslois,quisemblent vfaimentmaitres dubeau sangrranぢais eprouvent soudainleurs raiblesses et soientfappelesparlapeufala raison・Cetteterreurquileurdonnequelque

tempsl appafenCe d etre am 1iores estla seule f

ction salutairequ onpulSSe attendre d,eux.Elle su氏rait a mettre en11ne Vivelumiとreles bienFaits du terrol−1Sme.

Cemot poufra SCandaliserungfand nombfe・Celan,aaucuneimportance,

cariln,a川Stement paS besoin del,adh丘sion d,un grand nombre・Etla m丘thodequ,ilslgni丘en,estpasunemethodedepropagande,maisunem丘thode

d actionquleStrenduevalablepafl impossibilit主d aglrautrement左unmoment

o血ilest nるcessaifed,agifet quiesりuSti鮎eparle bienqu,elleappofteaCe grand nombrequilacondamne・Ilest如identque sinoussommesdispos壬s

えtout subiご,nOuSpOuffOnSCritlqueraloisifCettemethode・Maisilest s加

ausslque Sinous reconnaissonsla n主cess緑deねifeえun certain moment quelque chose,nOuSdevons etfe pretS dumemecoupえto11traire,partOuSles

moyens et d,abord parla violencet Nous ne sommes pas deceuxqul】ugent

pr丘refable derairel economie d une revolution ouquiparlenthypocritement d une r丘volution splrituelle,paisible.C est une esperance absurde etl負che.

プランショの小説をめぐって

Ilestnecessaire qu,ilyaitunefるvolution,parCe qu,on ne modi丘e pas un

feglme qultient tout,qula SeS raCines partout,Onle supprime,Onlabat.

Ilest necessaife que Cette rるvolution soitviolente,pafCe qu on ne tife pas d un peuple aussiaveuliquele nるtrelesrorces etlespassions propresえune f丘novation par des mesures d主centes,mais par des secousses sanglantes,par un orage q11ile bouleversera a丘n del,丘veillef.Cela n est pas detoutrepos,

mais】uStementilneねutpasqu,ilyaitderepos・C,estpoufquOile terfO−

fismenousappafaitactuellementcomme・unem丘thodedesalutpublic.C膵液頃 1uillet,1936,p.106.

6

)かれの所属した党派を断定することほいまのところ不可能である。この点に ついてほ拙稿「モーリス・ブランショ」『現代文学』18参照。

7)fち〟ズPが,pp.55−58.

8)Georges Bataille= 圧〟〝rβ=〃乃ゆ/∂〟∫竹丘d.Gallimafd,1973,p.67.

9)ゆ.rれ,pp.118−9.

10)坤.〟メ.,pp.248−253.

16与

参照

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