FASB 金融商品会計における 負債概念の解釈のあり方
──FASB 財務会計基準書公開草案「負債,持分,もしくは 両方の特徴を有する金融商品に関する会計処理」について──
志 賀 理
Ⅰ 公開草案公表の経緯
Ⅱ 公開草案の基本的特徴
Ⅲ 公開草案の内容
Ⅳ 公開草案の具体的適用例
Ⅴ 公開草案による負債概念の解釈のあり方
Ⅰ 公開草案公表の経緯
FASB
は1986
年に「多様な金融商品とそれに関連する取引がもたらす現存の財務会 計問題および財務報告問題と,将来に生ずるであろう諸問題を解決するための幅広い会 計基準を開発するこ1
と」を目的に,金融商品会計プロジェクトを発足させた。FASBは 金融商品会計プロジェクトを「金融商品の開示問題を取り扱う部門」,「金融商品の認識 と測定を取り扱う部門」,および「債務証券と持分証券の区別に関する問題を取り扱う 部門」という三つの部門に分けて展開してきた。
FASB
は前者二つの部門については,FASBステイトメント第105
号,第107
号,第119
号という金融商品に関する開示基準の公表を経て,1998年に金融商品の認識と測定 に関する包括的な会計基準であるFASB
ステイトメント第133
号『デリバティブおよ びヘッジ活動に関する会計処理』を公表するに至っている。ステイトメント第
133
号の基本的な内容は,これまで認識対象となりえなかった未履 行契約であるデリバティブ取引から生ずる権利・義務を資産・負債として認識し,それ を公正価値で測定するというものである。それはFASB
概念ステイトメントによって 定義された資産・負債概念を具体的に解釈する場面として展開されている。概念ステイ トメント第6
号は,資産・負債を以下のように定義してい2
る。
────────────
1 FASB, Statement of Financial Accounting Standards No. 105, Disclosure of Information about Financial In- struments with Off−Balance−Sheet Risk and Financial Instruments with Concentrations of Credit Risk, March 1990, par. 1.
2 FASB, Statement of Financial Accounting Concepts No. 6, Elements of Financial Statements, December 1985, pars. 25 and 35.
362(362)
資 産:「過去の取引または事象の結果として,ある特定の実体により取得または支 配されている,発生の可能性の高い将来経済便益である。」
負 債:「過去の取引または事象の結果として,将来に他の実体に資産を譲渡した り,用役を提供しなければならない,ある特定の実体の現在の義務から生ずる 発生の可能性の高い将来の経済便益の犠牲である。」
FASB
ステイトメント第133
号はこの資産・負債の定義を用いて,「現金,他の金融 資産,もしくは非金融資産を受け取ることによって利得ポジションでデリバティブを決 済することができる能力は,将来経済便益に対する権利の証拠であり,ゆえに,当該デ リバティブは資産である。同様に,損失のポジションでデリバティブを決済することが 要求される現金,他の金融資産,もしくは非金融資産の支払は,将来に資産を犠牲にし なければならない義務の証拠であり,当該デリバティブは負債であることを示3
す」とし て,デリバティブから生ずる権利・義務を資産・負債として認識することを論理化する のである。すなわち,第
133
号において,デリバティブを認識・計上するために,資産・負債の定義をそれに適合するように解釈するというあり方が示されているのである。
金融商品の発行者側の会計処理に係る「債務証券と持分証券の区別に関する問題を取 り扱う部門」については,1990年に
FASB
ディスカッション・メモランダム『負債証 券と持分証券の区別と,両方の特徴を有する証券に関する会計処理』の公表を経て,2000
年10
月にFASB
ステイトメント公開草案『負債,持分,もしくは両方の特徴を有する 金融商品に関する会計処理』(以下,「公開草案」と略称する)が公表された。公開草案は(a)負債の特徴を有するが,実務上は財政状態表で完全に持分として,
もしくは負債の部と持分の部の間のいずれかで表示されている金融商品,(b)持分の特 徴を有するが,実務上は財政状態表で負債の部と持分の部の間で表示される金融商品,
(c)負債と持分との両方の特徴を有するが,実務上は完全に負債として,もしくは完全 に持分として分類される金融商品,さらに,(d)持分株式を発行する義務を含むある種 の金融商品を,発行者が財政状態表でどのように分類すべきかについて,作成者,監査 人,規制者などによって表明された懸念に応えるために開発されたものであるとい
4
う。
その主な内容は,たとえば,発行した持分株式を将来に資産を譲渡することによって 償還する義務を組み込んでいる定時償還優先株などは負債として分類し,将来に持分株 式を発行する義務を組み込んでいるある種の金融商品も負債として分類することを要求 するものである。公開草案においては,義務という用語が表す内容に焦点があてられて おり,ここでも負債概念を具体的に解釈する場面が展開されていると考える。
────────────
3 FASB, Statement of Financial Accounting Standards No. 133, Accounting for Derivative Instruments and Hedg- ing Activities, June 1998, par. 219.
4 FASB, Exposure Draft, Proposed Statement of Financial Accounting Standards, Accounting for Financial In- struments with Characteristics of Liabilities, Equity, or Both, October 2000, par. 1.
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (363)363
そこで本稿では,公開草案において負債概念が具体的にどのように解釈されようとし ているのか,それが本質的にいかなる場面に機能するかを考察する。
Ⅱ 公開草案の基本的特徴
1.
「基本金融商品」アプローチの導入公開草案は
1990
年ディスカッション・メモランダムにおいて導入された基本金融商 品アプローチ(fundamental financial instrument approach)を踏襲している。これは,す べての金融商品が以下の六つの基本的な金融商品から構成されているということを前提 とするものであ5
る。
a.無条件受取・支払契約 b.条件付受取・支払契約 c.金融オプション契約
d.金融保証もしくはその他の条件付交換契約 e.金融先渡契約
f.持分証券
たとえば,転換社債という複合金融商品は,この基本金融商品アプローチにしたがえ ば,償還期日に社債金額を償還しなければならない義務,すなわち,発行者の資産を譲 渡しなければならないという無条件支払契約と,転換権が行使された場合に一定数の持 分株式を発行しなければならないというオプション契約(コール・オプションのライタ ー)とから構成されているとみなされる。したがって,転換社債については,無条件支 払契約とオプション契約という構成要素が,それぞれの要素ごとにその特徴に応じて負 債もしくは持分として分類されることになる。
2.
「所有主持分関係」概念の導入公開草案は金融商品の構成要素が負債もしくは持分として分類されるべきかを決定す るさいに,発行者側に義務が存在するかどうかが重要な要因になるとして,「義務」を どのように解釈するかに焦点をあてている。
公開草案は義務という用語を,「発行者側の資産を譲渡するかもしくは持分株式を発 行する義務もしくは責任を表してい
6
る」(傍点−志賀)と解釈する。たとえば,債務を 発行する実体は,その債務を返済するために資産(一般的には現金)を譲渡する義務を 有している。対照的に,株式(優先株も含む)を発行する実体は,一般に,株式を償還
────────────
5 Ibid., par. 150.
6 Ibid., par. 5.
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364(364)
することも配当を支払うことも義務づけられておらず,資産を譲渡するもしくは追加の 持分株式を発行する義務もしくは責任も有していない。したがって,株式の発行は一般 的に,発行者に義務を課さないとい
7
う。
ここで重要なのでは,公開草案は義務という用語の解釈を,持分株式を発行する義務 にまで拡大させていることである。公開草案は「所有主持分関係」(ownership relation-
ship)という概念を導入し,持分株式を発行する義務であっても,所有主持分関係に該
当しないものは負債として分類すべきであるというのである。所有主持分関係とは,「発行者がその義務を決済するさいに資産を譲渡する必要がな い義務を組み込んでいる金融商品の構成要素は,その義務の貨幣価値(monetary value)
が変動する範囲で,それらの変動が発行者の持分株式の公正価値の変動に帰属し,その 変動と等しく,かつ,その変動の方向と同じである場合,所有主持分の関係を成立させ
8
る」という。
貨幣価値とは,「現在の市場の状況に変化がないと仮定して,その満期日に義務を決 済するために,金融商品の構成要素の保有者に譲渡しなければならない価値の金額を表
9
す」という。たとえば,$100,000を譲渡することによって決済しなければならない義務 を組み込んでいる構成要素の貨幣価値は,その構成要素の公正価値が変動したとして も,$100,000で固定されている。同様に,$100,000の価値のある持分株式を発行する ことによって決済しなければならない義務を組み込んでいる構成要素の貨幣価値も,基 礎となる株式の公正価値が変動したとしても,$100,000で固定されてい
10
る。つまり,将 来に持分株式を発行することによって発行者の義務を決済する金融商品であっても,そ の決済する義務の貨幣価値が固定されている場合は,当該金融商品の保有者と発行者の 関係は,債権者と債務者の関係に類似するものであり,その場合の義務は負債とみなさ れるべきものであるというのである。
他方,持分株式を定められた数だけ発行することによって決済しなければならない義 務を組み込んでいる構成要素の貨幣価値は,基礎となる株式の公正価値によって変動 し,現在の株式の公正価値に発行すべき株式数を乗じた金額に等しくなる。たとえば,
実体の発行する株式の現在の公正価値が$10であると仮定すると,持分株式
10,000
株を 発行することによって決済しなければならない義務を組み込んでいる構成要素の貨幣価 値は,$100,000である。後にその株式の公正価値が$11に上昇した場合,その貨幣価値 は$110,000に増加す11
る。この場合の将来に持分株式を発行することによって発行者の義
────────────
7 Ibid., par. 5.
8 Ibid., par. 4.
9 Ibid., par. 6.
10 Ibid., par. 6.
11 Ibid., par. 6.
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (365)365
務を決済する金融商品は,その株式の公正価値が上昇(下落)すれば,決済する義務の 貨幣価値も増大(減少)するために,当該金融商品の保有者と発行者は,債権者と債務 者の関係ではなく,所有主持分の関係にあるというのである。この場合の義務は,企業 と所有主との間の義務であるがゆえに,持分として分類されるべきものであるというの である。
以上のように,公開草案は,保有者と発行者との間に構築される関係に着目し,所有 主持分関係という概念を導入することによって,将来に持分株式を発行する義務であっ ても,債権者と債務者との関係に類似する関係を構築する金融商品の構成要素は負債で あるという解釈を行うのである。
Ⅲ 公開草案の内容
1.初期分類−基本原則
公開草案は負債,持分,もしくは両方の特徴を有する金融商品を発行する実体に対し て,以下のようにその金融商品の構成要素を分類することを義務づけてい
12
る。
分類の基本原則
a.発行者の発行済株式である金融商品の構成要素,および,発行者側に義務を組み
込んでいない金融商品の構成要素は持分として分類しなければならない。b.発行者側に義務を組み込んでいる金融商品の構成要素は,以下の(c)の規準に合
致しない限り,負債として分類しなければならない。c.義務を組み込んでいる金融商品の構成要素のうち,以下の規準のいずれかに合致
する場合は持分として分類しなければならない。(c−1)その義務が発行者に対して固定数の持分株式を発行することによって決済す ることを要求している場合(もしくは,発行者の任意でそのように決済でき る場合)。
(c−2)その義務が発行者に対して不定数の持分株式を発行することによって決済す ることを要求している場合(もしくは,発行者の任意でそのように決済でき る場合)で,かつ,以下の状況をすべて満たしている場合。
)その義務の貨幣価値のいかなる変動も,発行者の持分株式の固定株式数の公 正価値の変動に帰属し,かつ,それに等しい場合。 )その義務の貨幣価値は基礎となる持分株式の公正価値の変動と同じ方向で変 動している場合。────────────
12 Ibid., par. 17.
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366(366)
金融商品の構成要素
基本原則(a) 基本原則(c-1) 基本原則(c-2) 基本原則(b) 基本原則(b)
負 債 負 債
持 分 持 分
持 分
所有主持分関係 を構築する
発行する株式数が 定められていない 発行する株式数が
定められている
持分株式を 発行する義務
資産を 譲渡する義務 発行者に義務を
課す 発行者に
義務を課さない
所有主持分関係 を構築しない
金融商品の発行者は,まず,発行した金融商品を基本金融商品アプローチにしたがっ て,各構成要素に分割し,その構成要素ごとに上記の基本原則を適用し,負債もしくは 持分に分類しなければならない。当該金融商品の構成要素が,発行者に義務を課してい るかどうかを判定し,義務を課さない場合は持分に分類される。義務を課す場合は,そ の義務を決済する方法が,資産を譲渡する場合か持分株式を発行する場合かを判定し,
資産を譲渡することによってその義務を決済するのであれば,負債として分類される。
持分株式を発行することによって義務を決済する場合は,発行者と保有者との関係が所 有主持分関係であるならば持分として,そうでない場合は負債として分類されるのであ る。
上記の基本原則を整理すれば,以下のように図示できよう。
2.初期測定
金融商品の構成要素は上記の基本原則によって負債もしくは持分と分類され,初期測 定されることになる。基本的にはそれらの金融商品を発行することによって得られた金 額(受領額)で初期測定される。しかし,複合金融商品については,それを発行するこ
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (367)367
とによって得られた金額を,複合金融商品を構成する各構成要素に配分しなければなら ない。そこで,公開草案は複合金融商品については以下の方法によって初期測定するこ とを要求している。
①按分公正価値法(relative−fair−value method)
複合金融商品を発行することによる受領額は,按分公正価値法を用いて,分割して分 類された負債の構成要素と持分の構成要素に配分しなければならない。その方法のもと では,分割して分類された構成要素の各々の公正価値は,他の構成要素の公正価値とは 独立して決定される。複合金融商品を発行することによる受領額を,それらの独立して 決定された公正価値間の関係にもとづいて,比例基準でそれらの構成要素に配分すると いうものであ
13
る。
②with−and−without法
複合金融商品の構成要素のうちの一つの公正価値が信頼できるように決定できないた めに,按分公正価値法を適用することが不可能な場合,その受領額は
with−and−without
法を用いてそれらの構成要素に配分しなければならない。その方法のもとでは,複合金 融商品の公正価値は,評価しようとしている特定の構成要素を除いて,同じ構成要素を すべて含んでいる仮定上の金融商品の公正価値と比較される。その構成要素の価値もし くは信頼できるように測定できる構成要素の価値は,直接測定される(すなわち,それ は独立して存在しているかのように決定され,配分される金額はその公正価値に等し い)。残っている構成要素に配分される金額は,複合金融商品の発行による受領額の残 余金額とな14
る。
Ⅳ 公開草案の具体的適用例
公開草案は,上記の分類の基本原則および初期測定の要件を具体的に適用するための ガイダンスを示している。
1.義務を組み込んでいない金融商品の構成要素−基本原則(a)の適用例
例:普通株式ある実体が普通株式
500
万株を一株当たり$15で発行すると仮定する。その普通株式 は保有者に所有主持分を譲渡し,発行者側に課す義務を組み込んでいない。したがっ て,基本原則(a)の分類規準にしたがって,その株式は持分として分類され15
る。
────────────
13 Ibid., par. 26.
14 Ibid., par. 27.
15 Ibid., par. 58.
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368(368)
2.資産の譲渡による決済を要求する義務を組み込んでいる金融商品の構成要素−基本
原則(b)の適用例例:トラスト優先証券・定時償還優先株
多くのトラスト優先証券は以下のような特徴で発行される。実体は親会社がコントロ ールする特別目的会社(SPE)もしくは信託会社を設立する。SPEもしくは信託会社 は,投資家に優先証券を発行し,その発行による受領額を親会社に貸し付ける。一般的 に,そのような貸付は定められた満期日をもつ債務証書という形態をとる。トラスト優 先証券のほとんどは,満期日に償還を要求するかもしくは優先的な債務証書の償還を要 求する。
定時償還優先株とトラスト優先証券は株式の形態で発行されるが,それらは公開草案 のもとでは持分として分類されない。なぜなら,それらの金融商品の条項は,株式を償 還するために資産を譲渡しなければならないという発行者側の義務を組み込んでいるか らである。そのために,それらは以下の例で説明されているように,負債として分類さ れる。
実体は外部の投資家にトラスト優先証券を発行する
SPE
を設立する。SPEはその証 券を発行することによって得た受領額を用いて,その金額に等しい30
年満期の親会社 劣後債を購入する。その劣後債はSPE
の資産となる。親会社がその劣後債についての 利息を四半期ごとに支払うつど,SPEはトラスト優先証券の保有者に現金を分配す る。SPEはトラスト優先証券を劣後債の満期日に償還しなければならない。実体はSPE
を連結する。トラスト優先証券は定時の償還が可能であるため,その証券全体は株式を償還するた めに資産を譲渡しなければならないという義務を表している。その義務は持分株式の発 行による決済を認めていないし,要求もしていないために,基本原則(c)の規準に合 致しない。したがって,その証券全体は連結財務諸表上で負債として分類され
16
る。
3.持分株式の発行(発行する株式数が決められている)による決済を要求する義務を
組み込んでいる金融商品の構成要素−基本原則(c−1)の適用例例:転換社債に組み込まれている転換オプション
ある種の金融商品の構成要素(たとえば,転換社債に組み込まれている転換オプショ ン)は,発行者に対して,固定数の持分株式を発行することによって決済することを要 求する(もしくは,発行者の任意で認める)義務を組み込んでいる。たとえば,実体は 将来にその持分株式を
10,000
株発行するという約束(それ以上の対価の追加はない)と交換に,$100,000を受け取るとする。そのような形態の構成要素は,発行者の持分株
────────────
16 Ibid., pars. 68−71.
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (369)369
式を固定数発行することによる決済を要求するために,基本原則(c−1)の規準に合致 する。したがって,その構成要素は持分として分類され
17
る。
4.持分株式の発行(発行する株式数が決められていない)による決済を要求する義務
を組み込んでいる金融商品の構成要素(所有主持分関係を構築する場合)−基本原則(c−2)の適用例
例:株価連動型報酬受給権(Stock Appreciation Right : SARs)
株式の公正価値が$20の時に,実体は従業員に対して
1,000
単位のSARs
を付与する とする。SARsは保有者に,持分株式の公正価値が$20以上になった場合にその差額を 受け取る権利を与えるとする。その差額は発行者の持分株式を不定数発行することによ って支払われる。SARsの発行後,実体の株式の公正価値が$25に上昇したとする。そ の場合,実体は$5,000[($25−$20)×1,000]の価値を有する株式もしくは200
株を発 行しなければならない。SARs
は不定数の持分株式を発行する義務を含んでいるために,基本原則(c−2)の 規準に合致するか否かに依拠して分類される。その義務の貨幣価値の変動は,発行者の 持分株式の固定数(1,000単位)が行使価格を上回った場合の差額に帰属し,かつそれ に等しい。したがって,基本原則(c−2−)の規準に合致する。さらに加えて,基本 原則(c−2−)の規準にも合致する。なぜなら,発行者の持分株式の公正価値の増加 は,その義務の貨幣価値の増加をもたらす。(持分株式の公正価値が$20から$25に増加 した場合,それはその義務の貨幣価値の増加をもたらす[$0から$5,000]ということに 注意する必要がある。)持分株式の公正価値がさらに増加した場合(たとえば,$30に 上昇),その義務の貨幣価値も同様に増加する($10,000[($30−$20)×1,000])。持分 株式の公正価値が減少した場合(たとえば,$30から$27に下落),その義務の貨幣価値 も減少する($7,000[($27−$20)×1,000])。その義務の貨幣価値の変動は,(
)発行者の持分株式の特定数の公正価値の変動に 帰属し,かつ,それに等しく,さらに()発行者の持分株式の公正価値の変動と同じ 方向に変動するために,基本原則(c−2)の両方の規準に合致する。結果として,SARs は持分として分類され18
る。
5.持分株式の発行(発行する株式数が決められていない)による決済を要求する義務
を組み込んでいる金融商品の構成要素(所有主持分関係を構築しない場合)−基本原 則(b)の適用例────────────
17 Ibid., par. 72.
18 Ibid., pars. 79−81.
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
370(370)
例:不定数の株式を発行する義務
ある実 体 は 将 来 に$110,000の 価 値 の あ る 株 式 を 発 行 す る と い う 約 束 と 交 換 に,
$100,000
を受け取るとする。その義務を決済するために発行しなければならない株式数は,決済日における発行者の株式の公正価値によって決定される。したがって,株式数 は固定されていない。保有者は決済日におけるその株式の公正価値に関わらず,
$110,000
の価値を受け取るであろう。その金融商品の構成要素は所有主持分関係を構築しない。したがって,その構成要素は持分として分類されずに,負債として分類され
19
る。
6.複合金融商品−保有者の判断で発行者の義務の決済手段(資産譲渡か持分株式発行)
が決定される金融商品
例:転換社債−基本原則(b)+(c−1)
①転換社債発行時の処理
実体は
50,000
単位の満期償還転換社債を額面価額(1単位当たり$1,000)で発行するとする。保有者は当該転換社債
1
単位につき発行者の持分株式100
株に転換できるとす る。その金融商品は発行者にとって(a)元本を返済しなければならない義務,(b)期 間利息を支払わなければならない義務,および(c)転換オプションが行使された場合 に持分株式を発行しなければならない義務を含んでいる。義務(a)および(b)は,資産の譲渡による決済を要求するために,基本原則(c)
における持分の分類規準に合致しない。したがって,その両方の義務は負債として分類 される。義務(c)は持分株式の発行による決済を要求する。したがって,その義務が 負債もしくは持分のいずれとして分類されるかを決定するために,基本原則(c)にお ける持分の分類規準を適用しなければならない。行使が行われた場合,転換オプション は定められた株式数を発行することによる決済を要求する。それは基本原則(c−1)の 要件に合致するため,そのオプションは持分として分類される。
したがって,この転換社債は,負債の構成要素と持分の構成要素とに分割され,認識 されることになる。この転換社債を初期測定するためには,発行による受領額$50,000,000 を負債の構成要素と持分の構成要素に配分しなければならない。それらの構成要素に配 分される金額は按分公正価値法によって決定される。適切な価格決定モデルを適用する ことによって,同種の非転換社債に関して$790,転換オプションに関しては$240とい う価値が計算された場合,受領額$50,000,000は以下のように各構成要素に配分され る。
────────────
19 Ibid., par. 78.
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (371)371
負債の構成要素:
$1,000×
[$790/($790+$240)]=$767$767×50,000=$38,350,000
転換オプション:$1,000×
[$240/($790+$240)]=$233$233×50,000=$11,650,000
受領額:$50,000,000
この転換社債を発行することによって,発行者である実体は$38,350,000の負債と$11,650,000
の持分を計上することになる。発行時点以降は,実体はAPB
オピニオン第21
号にしたがって実効金利法を用いて,負債の要素に配分された金額($38,350,000)を額面金額($50,000,000)まで増価させることも要求され
20
る。
②転換社債償還時の処理
公開草案は転換社債の償還日もしくは転換日に,按分公正価値法が利用可能である限 りその方法を用いて,転換社債の公正価値を負債の構成要素と持分の構成要素に配分す ることを要求している。負債の構成要素の帳簿価額とその構成要素を消去するために支 払われる対価の金額とに差額が生じる場合,その差額はステイトメント第
4
号にしたが って償還もしくは転換についての利得・損失として認識されることになる。たとえば,実体は償還期限
10
年の転換社債$1,000を発行した。当該社債は当該実体 の普通株式に1
株当たり$25の転換価格で転換可能である。年利10% の利息が半年ご
とに現金で支払われる。発行日に,実体は年利12%,償還期限 10
年の非転換社債を発 行することもできた。発行日にオプションの構成要素の公正価値は,オプション価格決定モデルを用いて$60 と決定された。負債の構成要素の公正価値は以下のような計算によって$886となっ た。
半年ごとに支払われる利息$50の
20
回分の現在価値(割引率12%) $574 10
年後支払われる$1,000の現在価値(割引率12%)
,半年複利$312
$886
以下のような配分がなされる。負債の構成要素
$1,000×
[$886/($886+$60)]=$937 持分の構成要素$1,000×
[$60/($886+$60)]=$635
年後,転換可能な社債の公正価値は$1,700になり,実体は保有者からその金額で社 債を買い戻す約束を行った。買い戻し日に,実体は年利8%,償還期限 5
年の非転換社 債を発行することができるものとする。買い戻し日における負債の構成要素の帳簿価額 は$979である(負債の構成要素に最初に配分された$937が5
年間にわたって増価させ────────────
20 Ibid., pars. 99−102.
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
372(372)
られた金額を表す)。その買い戻し日におけるその負債の構成要素の公正価値は$1,081 である。その金額は以下のようにして決定される。
残りの半年ごとに支払われる利息
10
回分の現在価値(割引率8%) $405 5
年後支払われる$1,000の現在価値(割引率8%)
,半年複利$676
$1,081
持分の構成要素の公正価値(オプション価格決定モデルを用いて決定される)は$600 である。$1,700という対価は以下のようにして,買い戻し日の公正価値にもとづいて負 債の構成要素と持分の構成要素とに帰属させられる。負債の構成要素 [$1,081/($1,081+$600)]×$1,700=$1,093 持分の構成要素 [$600/($1,081+$600)]×$1,700=$607
その決済についての損失は$114である。その金額は負債の構成要素に帰属する対価 の金額($1,093)と,負債の構成要素の帳簿価額($979)との差額である。持分の構成 要素に配分される対価部分($607)は追加払込資本にチャージされ
21
る。
Ⅴ 公開草案による負債概念の解釈のあり方
1. FASB
公開草案「FASB 概念ステイトメント第6
号改正案」FASB
概念ステイトメント第6
号では,負債は「将来に他の実体に資産を譲渡した り,用役を提供しなければならない義務から生ずる発生の可能性の高い将来経済便益の 犠牲」と定義されている。将来に資産を譲渡しなければならない義務を組み込んでいる 金融商品を発行した場合は,それはこの定義にもとづいて当然のごとく負債として分類 される。しかし,持分株式を発行する義務は資産を譲渡することではないために,負債 の定義には合致しないのである。そこで,公開草案は,これまでは負債として計上され えなかった持分株式を発行する義務を組み込んでいる金融商品の構成要素についても,発行者と保有者との関係に着目することによって,当該金融商品の発行者と保有者が所 有主持分関係にない場合は,その義務は資産の譲渡による義務と同様に負債であると解 釈するのである。
FASB
は「ステイトメント公開草案『負債,持分,もしくは両方の特徴を有する金融 商品に関する会計処理』を公表するまでの審議期間中に,持分株式を発行することによ って決済しなければならない(もしくは,発行者の任意でそれが認められている)義務 を組み込んでいるある種の金融商品の構成要素が,負債として分類されるべきであると いうことを決定した。この変更は負債の定義がそれらの金融商品の構成要素に適合する ようにするために,負債の定義を変更す22
る」として,公開草案『負債の定義を変更する
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21 Ibid., pars. 110−116.
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (373)373
ための
FASB
概念ステイトメント第6
号改正案』(以下,「第6
号改正案」と略称する)を公表したのである。
第
6
号改正案は以下のように,概念ステイトメント第6
号パラグラフ35
でなされて いる負債の定義そのものを変更するのではなく,その定義に脚注を新たに付け加えるこ とによって,資産の譲渡による義務には持分株式を発行する義務も含まれているという 解釈を行うのである。(第6
号改正案は下線部分を新たに付け加えることを提案してい23
る。)
(概念ステイトメント第
6
号パラグラフ35)
(概念ステイトメント第
6
号パラグラフの脚注)21 「発生の可能性の高い」という用語は,特定の会計上の意味もしくは技術的な意味(ステイトメント第5 号,パラグラフ3で用いられているような)というよりもむしろ,通常の一般的な意味で用いられてい る。さらに,その用語は利用可能な証拠もしくは論理にもとづいて合理的に期待できるもしくは信用で きるという意味であり,確実もしくは立証という意味ではない(Webster’s New World Dictionary, p.
1132)。その定義には,企業活動およびその他の経済活動がほとんどその結果が確実ではないという不確
実性によって特徴づけられる環境において生じているということを認めているという前提がある(pars.
44−48)。
22 その定義における「義務」という用語は「法的義務」よりも広い意味である。その用語は法的にもしく は社会的に課される義務を表す通常の一般的意味で用いられている。すなわち,あるひとが契約,約 束,道徳的責任などによって,なすべきことを義務づけられるという意味である(Webster’s New World
Dictionary, p. 981)。その用語には法的義務だけでなく,衡平的・解釈的義務も含まれる(pars. 37−40)。
*ある種の義務,主として,金融商品もしくは複合金融商品の要素は,持分株式の発行による決済を要求 する,もしくは認めている。それらの金融商品の要素が発行者と保有者との間に所有主持分関係ではな い関係を築く場合,それらの要素は負債である。本概念ステイトメント全体をとおして,資産の譲渡も しくは資産の犠牲を要求するものとして言及される負債には,報告実体の持分株式の発行によって決済 することができる,もしくは決済しなければならない義務が所有主持分関係を築かないという限られた 状況も含まれている。金融商品の要素は以下のような場合に所有主持分関係を築く。すなわち,(1)金 融商品の要素が,定時償還規定のない発行済株式である場合,もしくは(2)金融商品の要素が発行者の 持分株式の発行によって決済することができるもしくは決済しなければならない義務である場合であ る。さらに,所有主持分関係にあるものは,満期日にその義務の決済について金融商品の保有者に譲渡 しなければならない価値が変動する範囲内で,その価値の変動は発行者の持分株式の公正価値の変動に 帰属し,それに等しく,かつ,その変動と同じ方向にある場合である。
以上のように,公開草案が発行者にとって持分株式を発行する義務を組み込んでいる 金融商品の構成要素は負債であるという解釈を行うことを明確にするために,第
6
号改負債とは過去の取引もしくは事象の結果として,将来に他の実体に資産*を譲渡 したり,用役を提供したりするある特定の実体の現在の義
22
務から生ずる発生の可能 性の高
21
い将来経済便益の犠牲である。
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22 FASB, Exposure Draft, Proposed Amendment to FASB Concepts Statement No. 6 to Revise the Definition of Li- abilities, October 2000, par. 2.
23 Ibid., par. 13.
同志社商学 第54巻 第1・2・3号(2002年12月)
374(374)
正案が公表されたのである。このことによって,所有主持分関係にない持分株式を発行 する義務を負債であると解釈することが明確にされ,負債の範囲の拡大を可能にしたの である。
2.公開草案の本質的意味
公開草案は上述のように負債の範囲を拡大するとともに,基本金融商品アプローチを 用いることによって,転換社債のような複合金融商品は各構成要素に分割され,これま で負債として計上されてものが負債と持分に分割され,持分に計上される金額の拡大を ももたらすことになる。これは発行する金融商品しだいで,負債と持分の計上金額が弾 力的になることを意味している。このような内容をもつ公開草案が本質的に機能する場 面はどこか。それは負債もしくは持分として計上された金融商品について発行後に支払 われる利息もしくは配当の処理にあると考える。この会計処理について公開草案は以下 のように規定している。
「ある期間の包括利益を決定するさいに,負債要素の公正価値の変動が認識される のと同様に,発行者はその項目に関する一般に認められた会計原則によって明確に された方式がない場合,負債要素の保有者に対する利息の発生および類似の報酬を 含めなければならない。……株式の形態で発行されているが負債として分類されて いる金融商品について,その保有者に対する「配当」として示されている支払は,
それが稼得された期間に純利益で認識されるべきである。それとは対照に,本公開 草案のもとで持分として分類される構成要素の保有者に対する配当は,他の権威あ る会計の文献によって明確にされていない限り,包括利益よりもむしろ所有主に対 する分配として持分で認識されなければならな
24
い。」
つまり,負債として分類された金融商品については,発行後に支払われる利息のみな らず,それが配当であったとしても,費用として純利益の計算に含められ,持分として 分類された金融商品については,発行後に支払われる配当は持分の変動として計算され るというのである。
負債,持分,もしくは両方の特徴を有する金融商品を明確に分類することによって財 政状態表で表示することを目的に公表された公開草案は,持分株式を発行する義務で も,保有者と発行者が所有主持分関係にないものは,資産の譲渡による義務と同様に負 債であると解釈し,負債の範囲を拡大させるとともに,複合金融商品を各構成要素に分 割することによって,これまで当該金融商品のすべての部分が負債として計上されてい たものが,その構成要素しだいで持分にも計上されることになる。このように金融商品 の構成要素ごとに負債もしくは持分として細分化することは,発行する金融商品しだい で,計上される負債もしくは持分の金額が弾力的になることを意味する。そのような負
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24 FASB, Exposure Draft, Proposed Statement of Financial Accounting Standards, op. cit., par. 39.
FASB金融商品会計における負債概念の解釈のあり方(志賀) (375)375
債もしくは持分の計上は,当該金融商品に関して発行後に支払われる利息もしくは配当 が,費用として純利益の計算に含められるものと所有主への分配として持分の計算に含 められるものとの区分をもたらし,最終的に計算される純利益額が異なることになるの である。ここに,公開草案の内容が本質的に機能する場面があると考える。
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