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文學の再批判

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Academic year: 2021

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(1)

文學の再批判

著者 田草川 宏

雑誌名 主流

号 6

ページ 74‑77

発行年 1941‑03‑28

権利 同志社英文學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000016569

(2)

一若干

再 批 列 の

E

I  i 

EJ 4 

剣批~の墜丈

﹁主流﹂の創刊競が出た頃先輩や同僚たちが好んで︑不

安︑とか︑海沌︑といふ言葉を口癖のやうに使ってゐたの

を畳えてゐる︒何かしら︑さういふ一言葉が率直に僕たちの

気持

を一

一一

口ぴ

現は

して

ゐる

やう

友気

がし

たと

思っ

た︒

だが

の頃は︑たど漫然とさういふ言葉を口にしてゐたどけで︑

何故さうなるのかといふやうなととに就ては︑別に深く考

へてはゐなかったゃうだ︒

僕はとの頃新瞳制といふ言葉を聞く度びに︑一間一四文拳が

どうなるのだらうといふやうなととを考へる︒また︑かう

した謄来のものに封ずる僕の気持は︑必然的に僕を過去の

もの

L再批判といふ方向に這ひやるのである︒そとで僕は

今迄慢然と謹んで来た民主的注文墜といふものを︑もう一

度新しい角度から見直さねば友らぬと考へる︒客員は︑僕た

ちがそれを飴りにも慢然と讃んできたととを︐今では寧ろ

大いに後悔してゐる︒つまり僕たちは.その流れの中に全

く身を投げ出してしまふやうな態度でそれを讃んできたの だ︒自分のととを正直に一式ふと︑僕は卒業論文にロレンスを書いたが︑ロレシスの作品を片っ端から︑積んで行きながら途中で妙に嫌になってしまったととを畳えてゐる︒事貝際そのときはロレシスといふ作家がつく

A

\嫌になってし

まった︒そして論文を書きあげる頃にはとの作家に劃する

情熱も気力も全く失ってしまひ︑彼の主張する自意識の中

に自分自身が溺れるのをやっと押切って最後の一行を書き

格ったほどであった︒とんなふうだつたから︑僕自身の理

論の貧困はいふ迄もたい︒久その頃は僕たちの仲間で客観

的批評といふととを喧しく一言ってゐたので︑そん友ととを

中心にしてどうやら纏めたやうに思ってゐる︒かういふ讃

み方をしたのは果して僕だけだったらうか︒僕はさうは思

はない︒僕の同僚だって︑やはり僕と同様流れに押し流さ

れるやうな護み方をしてゐただらうと思ふ0

・な

るほ

ど︑

る者はマルグス主義的批評をやったといふかも知れない︒

しかし彼がさういふ批評によって︑民主的訟ものL流れに

どれだけ逆ふととが出来たらうか︒流されてゐた事責は五

十歩百歩だったやうに息ふ︒

ぞれが今︑だったらどうだらう︒今友らば僕はもっと批判

的友態度でそれらの作品を讃むととが出来るといふ自信を

もってゐる︒それは僕自身が年をとったから︑それだけ自

(3)

列批)'!}の摩文

重して讃めるのだといふ意味ではない︒もっと歴史的な意

味に於てYるる︒国ち世界史的再換の頂黙に立って護むと

いふととである︒僕たちの来るべき将来の震に過去を批判

せよといふのである?

僕はとの問︑前組で軍務に服してゐる同僚から乎祇を貰

って懐しく譲んだが︑彼が多忙な軍務の蝕蝦に哲撃や文事

のいろノ︵\友本を〜護みたいと思ってゐるととを聞かされて︑僕自身も︑もっと勉強しなくてはいけないと思った︒

つまり自分の怠慢を前線の友によって指摘されたわけであ

る︒そとで僕は思ぴ立つま

L

λK荒波文庫の語本でジョイ

の作品を読み返してみた︒

﹁若

き日

の萎

術家

の自

章一

像﹂

を讃

んで

面白

く思

った

のは

スティーグシの考へ方だった︒役は宗教左翼術の中間に立

った苦踏を表現してゐる︒役は宗敢に封しては︑﹁僕は一紳を

愛しようとしてみたが︑今では失敗だったと思ぶ︒僕は自

分の

意志

を一

一刻

一一

刻一

紳の

抑意

に合

致さ

せよ

うと

した

︑そ

は必やしも不可能ではなかった︒恐らく今でも出来ると思

ふが

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と一

五っ

て︐

信仰

に封

ずる

結望

的及

態度

を語

てゐる︒それから護術に封しては︑美の表現といふととに

就て深く考へ︑轟術的受胎︑翠術的棲胎︑事術的再現の現

象左美率的に探求し︑更に持情的様式と寂事的様式と戯曲 的様式を一つにしたやうな文庫?の表現形式を湾へてゐる︒との作者の表現技術に封する民裂な態度がとLにも見られ

る︒かくして作者はとの作品に於ては主人公の宗教から翠

街へ移って行く心的過程を克明に描き出さんとしてゐる︒

突に︑同じ作者は﹁ユFシ1ズ﹂に於てどんな態度左とつ

てみるいたらうか︒との作品は周知の如く︑一九

O

四年六月︒

十六日のグプリシに於けるVオボールド・プルIムの平凡

な一日の出来事を書いてゐるに過ぎ注い︒しかし作者は︑主

人公の意識の流れ左遁レて︑その平凡な一日の中に︑方大

友二十世紀のある時代の断面を鮮かに描き出さうと試みて

ゐる︒つまり大袈裟に一五ふと︑個人の意識左無限大に揖大し︐その無限犬の意識の切断面を措くととによって︑その

時代を描き出さうとしてゐるのである︒例へば︑

J主人公が

新聞を謹めばその新聞記事の何頁分かY忽ち彼の意識の中

に記銭される︒また彼が酒場へ行くと︑愛蘭の水害百姓撞

が英圏を罵倒してゐる︒とL

では

愛商

闘の

愛園

主義

者の

英国

に封する反抗が捕かれてゐる︒彼が産婦を見舞に行く所で

は︐現代の撃墜によって可能注入間出産の凡ゆる場合が説

明される︒彼が私娼窟に行くと︑彼の意識の中では︑女将

の持つ揚子までが人間の様に日乞開いて人間獣の全貌を暴

露してゐる︒またある挿話の中では︑彼が水道の水を出す

(4)

所で貯水池の構造から水の物理的性質までを解設し︑また

食器棚から鐘詰をとり出す所で︐その鐸詰の製謹過程まで

説明し︑夜の星を眺める所では︑天文曲学の説明を行ひ︑書

棚を見る所では︑書籍の名前と内容を悉く列記してゐる︒

彼の就寝前の回想の中では︑現貫生活に封ずる凡ゆる改良

が試みられる︒とに角︑かうした随分多角商事仏描鶏が到る

所で行はれてゐる︒

更に主人公の性格を解剖してみると︐彼は漂泊する猶太

人であり︑功利的小民的理想主義者とじて︑また一位舎改良

家として描かれてゐる︒

そとで僕の語後感はどうだつたかといふと︑たるほど僕

は素晴らしい意識の交響築を聴いたのだが︑それは僕の心

を統一にでは泣くて破壊に導き︑白押揖せしめる代りに悲歎

に突落すばかりであった︒僕は確かにある先入主をもって

との作品を護み始めた︒部ちブルジョア・リアリズムの破

産といふ例の批評家の一言葉である︒しかし僕は始めからと

の作者の苦心した創作態度に霊黙を置き︑との作品陀描か

れたありのまLの姿に於てその債値を把握しようと努力し

た積りだった︒だが僕の得たものは︑先入主とは別注意味

で︑押潰された人間の記録に過ぎないといふ感じだった︒とれをもっと別友言葉で一表現してみると︑作者は一躍何

4比、再

TE BB

− 

e

を描かうとしてねたのか︒それは一個人の意識である︒彼はその意識を遇して確かに現置を描いた筈であった︒ある部分的な意味

κ

於て︑それは確かに現愛を描いてゐる︒邸

ちそれは一個人の苦脳ずる意識の姿であると同時に︑また

その中にその時代の不安と揮沌が描き出されてゐるととも

事一

貫一

だ︒

だが

それ

にも

拘ら

Y︾との作品は別な方面から現

賓とはかけ離れた作品であると指摘され得る︒とのととは

もっと視野を賢げて考へてみるとたにもとの作者ばかりの

ととでは友く︑との時代の多くの作家たちが陪った共通友

典型的た献陥︵?︶の問題になってくるのである︒それは何

であるかといふと︑作家の現雷︑に封する態度の問題なので

ある︒つまり一口に一司へば︑彼等は現賞を正面から正々堂

々もとは描き得左かった︒彼等は現萱に劃して至極臆病だっ

た︒とれを反劃の言葉で云へば︑現置をそのまL素材とし

て書くのではその時代の讃者が期待するやう友作品は書け

訟かったのだ︒そとで彼等は現賓そのものよりも︑現一署長に

艶する態度そのものを主題として書くやうに反った︒つま

りジョイスにとって現萱を意識に寝すととが創作の目標で

あり︑ーまたローレンスにとっては解放された性の世界へ逃

避するととがそれであった︒だから彼等の創作態度は現萱から遊離してゆく過程そのものが創作の目標だったので

(5)

列 批 再 の き 善 文

ある︒結局それは不安と揮沌から逃れようとする作者の苦

闘する姿を描くととにほかならなかったのだ︒そして護者

であ

る僕

たち

は︑

院展

々い

やに

・な

るほ

どそ

の苦

悶の

台白

を議

まされたわけだ︒とに角︑彼等の創作態度は現賢に謝して

従属的でしかなかった︒彼等が措いた現賓の断片は決して

護展しつLある現賓ではなくて︑固定し沈滞した現賢にほ

かならなかった︒だから彼等の描いた小説の世界には素晴

らしい←木来を思はせるやうなローマンスが一つも左かった

のも営然のととL

一五

はね

ばな

らぬ

前組から手祇を央れて︑僕の怠惰を鞭ってくれた例の同

僚が前説へ行くまへに︑僕は植民地の寂しい兵皆で彼に食

ったととがあった︒ちょう

E

零の降った目だった︒賢い練

兵場に降り覆った零が朝日を受けて美しく縄いてゐた︒僕

はその零を眺め左がら久し振りで彼と語り合った︒彼は大

きな防寒外套を着て︑不精髭を少し生じてゐた︒一一緒に丈

島?をやってきた友達がさういふ姿で軍務に服してをり︑や

がては前組へ出てゆくのだと思ふと僕は妙に悲痛な采持になった︒いろ/\話さうと思ってゐたが別に大した話も

しなかった︒愈々一別れるときに彼は雪の中に立ち僕の方吃

向いて元気よく敬撞したが︑彼がとのまL戦場へ行くのだ

と恩ふと僕は何かしらたまらない気持になって涙が出てき た︒僕はとのときに始めて︑俺たちはもう不安と海沌の文撃を清算したんだといふととを強くはうきりと胸に感じたの

であ

った

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巻四いやな批判●うはか年代記にて、いよいよしれす(1話)

Keywords: nationalism, Japanese Spirit, the Russo-Japanese War, Kinoshita Naoe,

 

[r]

'di ltar śiṅ mthoṅ ba las byuṅ ba'i rnam par rtog pa gcig gis don ci 'dra ba sgro btags pa de 'dra bar gźan gyis kyaṅ yin pa'i phyir śiṅ mthoṅ bas byas pa'i rnam par rtog pa