中国影戯調査報告
最近'観光地や飛行場のみやげ物屋など、各地で工芸品としての「影人(影絵
人形)」をみかけるようになってきた。装丁の立派な図録による紹介も陸続と現れ
ている。繊細な彫刻、極彩色に色どられた独特の影人は見ているだけでワクワク
する。これはおそら‑誰でもが感じることだと思う。しかし'中国の影人は、本
来は「影戯」すなわち影絵人形芝居に用いられたものである。「三歩五歩にて天下
(‑)を遍‑'六七人で百万の雄兵」。夜のとば‑は大きな劇場、ピンとはった白いスク
リーン上に'変幻自在に物語を演じる。影人は'美術品や工芸品である前に、演
劇に用いられるべ‑生まれ、発展してきた。
中国では、各地に影戯が分布する。近代的な視点からの紹介は、中国では19
33年季家瑞﹃北平俗曲略﹄ の「灯影戯」の項目が情夫であろう。折りからの民
(2 )
俗研究の高ま‑にともない、その後い‑つかの論考が発表されている。しかし、
単行本として資料をまとめ、世界をも視野にいれて紹介したのは、印南高一﹃支
那の 影絵 芝居
﹄( 玄光 社<
O>
^F
^I
<年 )が 最も 早い ので はな かろ うか
。演 劇博 物館 で
は'当時来日した影絵劇団を招き早稲田大学で公演も行っている。所蔵としては
昭和 19 年収 集の 中国 影絵 人形 '校 友に よる 寄贈 若干 など があ る。 更に
、i
‑I O>
O>
C0 年.
‑I CT jO [‑ 年に は大 量の 影人 ( 現代 )を 購入 する 機会 を得 た。
改革開放を経て高度成長に沸‑現在の中国では'刻一刻と伝承の芸能が失われ
ている。影戯も然‑'本来は演劇活動だったものが、現在は美術品・工芸品とし
て流通することこそあれ'演劇としての上演活動はもはや存続し得ない地域が多
い。これは千年を振‑返ってもかつてなかった未曾有の変化である。そこで、1
980年代に全土を踏査され、中国影戯の現状と歴史を全面的にまとめた四川大
G>
学博物鯖江玉祥教授に指導を仰ぎ、演劇研究の視点から調査を行うことにした。稲
菓 明 子
中国は広‑、歴史も長い。まずは各地の代表的な活動を踏査Lt全貌を把握す
ることに努めた。cMOO'年度に調査活動を開始したものの、まだまだ把捉しき
れていない地域がある。また'訪問したそれぞれの地域で、更に踏み込んだ調査
と分析の課題がみえて‑る。各地区毎に随時発表していきたい。
注(‑) 河南省羅山県周党鎮林芝梅班舞台の対聯。「三五歩走遍天下 六七人百万雄兵」。
(2 ) 民国 初年 のも のは 顧旗 剛﹃ 襟川 影戯
﹄‑ HO sr o^ 年﹃ 文学
﹄2 巻6 期' 柊晶 心
「中
国影
戯考
」t
‑i
cn
co
^﹃
劇学
月刊
﹄等
。 (c o) 年﹃ 中国 影戯
﹄四 川人 民出 版社 i‑ HO OI 0年
﹃中 国影 戯輿 民俗
﹄淑 馨出
版社
等。
調査資料リスト
本調査活動開始にあたり'対象を総称する用語を考えたが、そもそも各地に根
ざした民間のものであるので'学術的に都合のよい総称は中国語にも存在しな
い。中国の各地で影戯の呼称は異な‑、皮を材料とする「皮影戯」「魔皮影」の
他'
「灯 影」
「影 戯」
「影
」な どと いっ た呼 称も あり '地 域に よっ ては 特別 な呼 称が
存在しないこともある。そこで、総称は便宜的に江玉祥教授が用いた「影戯」を
用い る。
江玉祥教授による中国影戯の類型区分を示す。
(一) 秦晋影系⁚駅西皮影戯/河南西部・北部/山西影戯/河北西部皮影と北京
西城派/甘粛皮影戯/青海皮影戯/川北皮影戯
(二) 漢州影系⁚巽東皮影戯/北京東城派/東北皮影戯
(≡
)
山東
影系
(四) 杭州影系⁚漸江皮影/上海皮影
(五) 川郡演影系⁚湖北皮影/桐柏皮影/成都灯影/騰衝皮影
(六
)
湘貴
影系
(七
)
潮州
影系
C.
遷安
、葉
金蘭
皮影
班 葉金 蘭/ 蝣。 cn が組 織す る民 間の 班。 tN I‑ C3 'の 遼寧 省蓋 州市 民間 皮影 芸術 団と
芸人の交流がある。
○﹃ 降虎 陣﹄ ( 坐) 張申 (旦 )陳 篤寛
・葉 金蘭
・周 景宏 (老 生) 干得 穫・ 仁為 民
(花
股)
楊吾
平・
仁為
民(
上線
)
干得
稽(
下線
)楊
吾平
(四
胡)
徐金
(楊
琴)
董賓
翠(
司鼓
)
貫向
これまでの調査地域、上演記録ビデオ資料、聞き取‑調査を行った研究者・研
究機関リストを示す。上記の江教授による影戯の系統に基づいてわけ、その中で
省毎に示した。写真を挙げたものは (写真)とし、注釈を示す。上演資料は○で
示し、題名のあとに演者の情報を示す。役割や楽器名は現地の呼び名である。上
演資料は'注記のないものについては全て演劇博物館AV資料室で閲覧できる。
漢州影系
1.
河北
東北
a. 楽亭 皮影 劇団
楽亭県文体局が把捉する国営劇団。広‑巽東地区各地をまわ‑'一箇所に数日
から十日程度ずつとどまって伝統演目を演じる。
(写 真h
‑n i"
)酒 代中 期に 楽亭 の楊 寡婦 班の 郭老 天が あみ だし た発 声法
「招 嘆子
」。
声帯に負担をかけずに'長時間大きな声で歌うことができる。
○﹃
松棚
会﹄
(
操縦
)高
換才
・李
青春
(唱
)梁
素芝
・常
淑郷
・貴
賓燕
・李
志懐
・金
兆元
・間 興華 (楽 隊) 郭釧
・周 其昌
・李 樹廉 (灯 光) 高光 亭 NO 0‑ 年カ セッ
‑テ ープ
・上 映写 真の み)
○﹃
秦英
征西
(連
台本
)﹄
(
操縦
)高
換才
・李
青春
(唱
)梁
素芝
・常
淑那
・貴
賓燕
・ 李志 懐・ 金兆 元・ 閤興 華( 楽隊 )郭 釧・ 周其 昌・ 李樹 贋( 灯光 )高 光亭 I MO C
2年
)
b.唐山市皮影劇団
抗日戦期の八路軍宣伝工作を起源とする国営劇団。現在は活動のほとんどが海
外からの中国影戯上演の需要に応えることとなっている。
2.
遼寧
a.遼寧省蓋州市民間皮影芸術団
遼寧省蓋州老芸人壬生太 の弟子林敏 :3) を中心とする班。遼寧省蓋州
は独特の腔を多数持ったという遼南影(既に消滅) の北側の一派ともとらえられ
るが'人形・節回し・脚本とも河北省東部の深川影とほぼ同じ特徴をもつ。魔馬
皮を用いるので現地では「鑑皮影」とよばれる。
(写
真o
J‑
C3
'i
‑1
)
「梅
花亭
」
の一
場面
。右
の柱
には
龍が
巻き
つき
'皇
帝が
玉座
に坐
る。臣下は下手である左から出入りして控え、中央の空間で奏上する。
(写
真<
N│
‑n
i"
cm
)
「自
鹿院
」
の「
影巻
(脚
本)
」。
人物
ト書
きが
四角
で囲
まれ
'人
形
を退場させる部分に〝」″と示される。右ページ中央「上程対丑殺死数将又対登
登敗又上白」は「程登場'丑に向かい数将を殺害'更に登に対す(戦闘)。登敗れ
(消える)、また登場して言う」とな‑'ト書きを囲んだ枠の右肩と上の〝」″で〟下″
の字を為している。〟下″は退場を表す。
○﹃
梅花
亭﹄
(
鼓板
・享
上影
・生
・旦
)
壬生
太(
掌上
影・
老生
・浄
・丑
)
董世
明 (舎 上影
・生
・旦 )徐 金和 (掌 上影
・鼓 板・ 生・ 旦) 林敏 (泣 弦・ 老生
・丑 )那 洪 山 NO Oi
‑H 年カ セッ ーテ ープ
、上 映写 真の み)
○﹃
白鹿
院﹄
(
旦)
徐桂
琴・
徐金
和(
坐)
林
敏(
浄)
王
耀厚
・董
世明
(
丑)
劉
杢鵬
(司
鼓)
林敏
(操
影)
董世
明・
徐金
和(
琴師
)
郡洪
山
co
oo
cN
I年
)
b.
壬生
太聞
き取
‑調
査
(c
m0
0‑
h年
9月
) C. 張永 夫 (現 地研 究者 ) 聞き 取‑ 調査
。
秦晋影系
3.
陳西
a. 張瑛
・張 華洲 (現 地研 究者
⊥云 術家 )聞 き取
‑調 査 b. 駅西 省華 県魂 家班
険西東路の戯班。「前声」を歌う魂振業は14才で有名にな‑、「十四紅」と地域
で呼 ばれ る。
(写実cn‑x>')動かしている人形以外は、麻袋をしいて滑らないように鉄棒を斜め
にたてかけて固定している。
○﹃
珊瑚
塔大
審(
包公
劇)
﹄﹃
借水
﹄
(前
声)
魂振
業(
答手
)貌
金権
(板
胡)
楊新
録
(二
弦)
劉
正娃
(
二胡
)
貌放
前 C. 駅西 省華 県光 芸班
駅西東路、播京楽を中心とする戯班。華県の我家班・光芸班ともヨーロッパ遠
征経験があ‑、日本の劇団影ぼうLと舞台を共同制作して日本国内を巡回公演し
たことがある。
(写真3‑C.‑) 上演時には木材でやぐらを組んで周囲を布で蓋い、人形遣いも
楽隊も中に入る。
(写
真c
o‑
<‑
>"
cm
)
高さ
八寸
の陳
西東
路の
人形
と'
舞台
の特
徴が
よ‑
でて
いる
。
○﹃
狼虎
略﹄
﹃故
紙堵
(白
玉細
)﹄
﹃殺
差官
(謝
掻環
)﹄
﹃揮
船(
博浪
沙)
﹄
(唱
)播
京 楽・ 呂崇 徳( 素手 )劉 正宏 (板 胡) 劉華 (二 弦) 劉束 旭( 後台 ) 劉建 平 d. 楊飛 (現 地研 究者
・芸 術家 ) 聞き 取‑ 調査
b.山西省孝義市皮影博物館
山西省孝義で古い形態の影戯を伝える者としては、梁仝明が現在孝義市皮影博
物館で街の若者の指導にあたっている。孝義市皮影博物館は、敷地内に山西省各
地に残る「戯台」(上演舞台)を多数移築し、宋景義館長親子が現地の資料を守り
つつ'こうした活動を支えている。上演資料は、街の若者達による舞台である。
○﹃ 収五 毒( 神化 劇)
﹄﹃ 桃花 計‑ 孝義 娩娩 腔﹄
﹃無 題‑ 皮腔
﹄木 偶( 挑答 )梁 仝明 (唱 )劉 金側
・劉 金蛾
・馬 世明 (大 鏡・ 娩娩 )師 占忠 (二 胡) 武俊 礼
C.山西省孝義市梧桐鎮必狐村
山西皮腔の名手武丙龍の班で、現在は息子の武海業が班主を務める。従来は紙
製の影幕を使い封神演義のみを守っていたが'武海業の幼少期に影幕は布にな
‑'徐々に陳西風の人形と碗碗腔を用いるようになった。武丙龍引退の際に山西
皮腔の人形を全て天津戯曲博物館に寄贈したという。木偶劇も演じる。
(写真‑*‑o')この舞台は武海業住居前の庭に木材を組んで設置、村人とともに鑑
賞。住居は蜜洞の「平屋」(平地に建てるタイプ)で、庭を高さ1mほどの土壁で
囲う
。
○﹃ 打変 化﹄
﹃白 洋河 (王 昭君 出塞 )﹄
﹃苦 吉図 接携 球( 白玉 楼)
﹄﹃ 花園 (紅 灯記 )﹄
﹃南 村王 蘇担 己( 封神 )﹄ ) (挑 第・ 唱) 武海 業・ 武丙 揚( 司鼓 )王 釆根 (唱
‑娩 娩) 任長 来( 唱‑ 旦角 ) 越美 琴・ 呂海 琴・ 武尚 美( 琴師 ) 賓林 龍
4.
山西
a.山西省侯馬市 廉振華(現地研究者⊥云術家)聞き取‑調査。
山西省の芸能者を把撞Lt いち早‑山西省を中心とする影戯を全国に紹介した
人物。全国の影戯人形を研究し、数百枚の精密な設計図をもつ。その解説ととも
に、出版が待たれるが、困難である。
○晋 南娩 娩腔
﹃斗 火龍
﹄﹃ 収五 蘭﹄ 隣西 老腔
。遭 翠蓮 探訪 (現 地研 究者
・芸 術家 )
5.
河南
a.河南省霊宝市道情皮影劇団
索辛酉 (ァ) を中心とする班。索辛酉は 「八仙弟子(道情皮影を学ぶ者の呼び
名)」として道情皮影を学び'道情皮影取歌詞を全て暗記しているが'現地の観客
も五十歳代の班員でもそれを理解することができないため'現在は蒲劇と若干の
眉戸腔で上演。木偶劇もできる。道情皮影の歌詞は中国文学の視点から読み解‑
ことができるので'現在それを全面的にテープに吹き込んでもらう作業中。随時
演劇博物館で公開する予定。
(写 真l o‑ ni ') 劉 起森 が 左に 魚鼓 を抱 え、 手に は細 長い 簡板 を纏 って いる
。
吊るした「羅」と置いてある「鍍」を右手で操作する。
○﹃ 公堂 認子 (女 中孝 )﹄
﹃高 老荘 (韓 湘子 成仙 )﹄
﹃通 天河 (西 遊記 )﹄
﹃税 樹結 線 (天 仙配 )﹄ ) (簾 手) 素辛 酉( 胡弦 )索 辛午 (三 弦) 何増 大( 笛) 彰来 運( 簡板
・ 魚鼓
・鋸
・錠 ) 劉啓 森( 礎鈴 ) 何排 場( 板) 不 明
6.
四川
四川省では'成都市内の「大影」、東部の「川北皮影」という特徴ある形態が存
在したが'いずれも八十年代に消滅。成都大影は四川大学博物館の他、多‑ヨー
ロッパに二十世紀初頭収集の人形のコレクションがある。ただ、それらは八川都
濃影系)と言うべきである。NOO0年に三台県の芸人が亡‑なったことで、現
在四川省内には南部県何正同が残るのみとなってしまい、その特徴が(秦晋影系)
であることから、ここに挙げる。
a.四川省隻流県東升鎮劉春元(大皮影人形作家) 聞き取‑調査
b.南部県馬王郷観音山何家班
(写真to‑x>')上演できるのは何正同ひと‑で、楽器担当の何天杢は普段は乗‑令
いオートバイの運転手をしている。人形・唱腔とも陳西省のものに近‑'川北灯
影で はな い。
○
﹃双
蓮花
﹄﹃
包公
開殿
﹄
(唱
・表
演)
何正
岡(
楽器
)何
天杢
湘韓影系
7.
湖南
a.湖南省長沙市湖南皮影木偶劇団
国営の大きな組織である。
b. 何歴 譜( 現地 研究 者) 聞き 取‑ 調査
C.
湖南
省劇
陽
多くの班が活動し、二二二十代の若者が中心となっている。
(写 真C
‑O
"
.‑ 1) 施主 の家 にで むき
、二 十分 ほど で竹 の舞 台を 組み 立て る。 人形
は大き‑'頭部のみプラスチックに書き込んでいる。人形は横顔ではな‑、両目
が措かれる。身体部分造型は素朴で、体型はのっぺ‑した印象。人形を操るのは
l人で'後ろに楽器担当が二名'合計三名である。「駆邪」のための依頼というこ
とで、家長が熟した鍋に酢をふりかけて家中を清め、芸人が赤い札を書いて祭壇
を作り、家人が一人一人香をあげて祈ったあと、南方から南岳大帝を招いて上演。
上演後はもとのルートで南岳大帝を送‑紙銭を燃やした。
(写 真D
‑O 'O d) 三 名の 芸人 が、 オー
‑バ イで 移動
。1 台に 人形 の入 った 箱、 t
台に舞台のための竹を積み、もう一台は空なので'筆者を街道まで乗せて‑れた。
一日に三軒から、多いときには六・七軒も廻り'一年中需要がある。何日もかけ
て長編を演じることもできるがニーズは少な‑'短い場面をい‑つかとりあわせ
て二時間くらいにすることが多いという。
○﹃
清書
戯﹄
(登
台戯
)﹃
達台
収妃
(訪
賢)
﹄(
正本
戯)
﹃劉
伯温
訪主
(英
烈伝
)﹄
(雑
戯)
﹃
苑丹
問福
(花
鼓戯
)﹄
(
操作
・唱
)
劉小
軍(
哨哨
二月
胡)
葉
安平
(打
楽器
・ 堰) 陳 志勇 d. 湖南 省衡 山
衡山の属する衡陽は'古来広西桂林方面と広東広州方面にぬける街道の三叉路
で、経済的にも文化的にも重要な役割をもっていたことが予想される。
(写真f‑13‑厚紙を到り抜いてステンドグラスのようにセロファンを張ってあ
る。顔のみ解放後プラスティックを使うことが多‑なったという。人形は大き
‑、横顔ではな‑両目が措かれる。写真は書生なのですっき‑しているが'武将
の体型はずんぐ‑むっ‑‑した印象。人形の動きは少ない。典型的な人形を購入
したいと言ったところ、その場で一体十元で譲って‑れた。演劇博物館に寄贈。
(写 真7 1t 3' cm ) 現在 も民 間芸 人の 活動 が盛 んで
、こ の日 も衡 東県 文化 館の 館長
がすぐに上演の消息を調べて‑れた。施主の家の中に竹でやぐらを祖んである。
○﹃
黄草
山結
義(
醇剛
反唐
)﹄
(
演唱
)鄭
漠雨
(楽
器)
胡伝
徳 e. 向国 政 (現 地研 究者 ) 聞き 取‑ 調査
この地区が衡来県になったのは民国のことで、もともと衡山に属する。影戯が
多いのは現在の衡東県地区である。衡山影戯の歌詞は口伝のため、注意深‑採集
しないとにわかには把撞できない。しかし向氏によれば'現地では「鉄詞」と呼
ばれ、計算し尽された巧みな構造に深い含蓄があ‑、これを研究するのは大変意
義があるという。向氏は数十年来にわた‑衡山皮影戯を研究し'演目、流派'音
楽、歌詞など全面的な研究成果を原稿として持っている。しかし現地では影戯が
重視されず、出版は難しいという。
‑.湖南省遭県陳克英班
この地区にはまだ三つはどの班が残るが、班として活動できるほどではな‑'
上演の依頼があった際に構成員をお互いに補い合って上演しているという。古い
芸を伝えるのは七・八十代の老人であるが'最近では広州あた‑に出稼ぎにでる
より突入‑がよいと、二二二十代の女性が参加するようになったという。陳克英
女士はまとめ役で'演者ではない。
(写真t mh')生・且も顔を到‑抜かない。人形'スクリーンともに大き‑、人
形は一尺半ほどの高さがあるが、手首や持ち物に至るまで非常に繊細な動きをす
る。唱は西皮二一黄に駅西省の影響も入っているというが'思わず劇の世界にひ
きこまれてしまう鬼気迫る迫力をもつ。
○﹃ (神 仙戯 )跳 加官
﹄﹃ 魁星 点斗
﹄﹃ 麻姑 献寿
﹄﹃ (冒 子戯 )武 衣坂 (帝 仁貴 )﹄ (生
・操 作) 彰清 香( 旦・ 操作 )鐘 生玉 (浄
・操 作) 鐘生 喜( 京胡 )貴 明理
・向 緒 慶( 鼓) 王 立漠
は他地域でも広‑用いられる。このあと更に雲の影の中に龍を浮かび上がらせ
た。勇壮な戦闘シーンが多‑、火薬を用いて煙を演出に用いることもあった。
○﹃
孟津
関(
封神
演義
)﹄
(
唱演
)劉
永周
・劉
定三
(
二湖
・笛
)劉
尚潤
(打
楽器
) 劉走 碧・ 劉走 岳 b. 段般 宗( 現地 研究 者) 聞き 取‑ 調査
川郡演影系
8.
雲南
a.雲両省騰衛県国東鎮順利村劉家班
明代に辺境警備のために派遣された軍隊に従った影戯班という。民国初年まで
いくつかの流派があったが'現在はこの班のみである。
(写 真8 1a )1 i‑ i) 人形 は大 き‑
、生
・且 の顔 を劉
‑級
‑。 人形 の装 束は 京劇 衣装
のように華やかである。
(写 真。
。‑ OS 'o d) 光源 近‑ に雲 を持 って い‑ こと で、 大き な影 が映 る。 この 手法
9.
河南
南部
a.河南省羅山県周党鎮林芝梅班
羅山皮影は現在羅山県城ではみられず、もっぱら周党鋲から山岳地域にかけて
みられる。まだいくつかの班が民間で活動しているという。
(写 真o
^‑ a i‑ i) 後 ろは 水田 で、 一面 の緑
、昼 日中 から の上 演で ある
。施 主の 家
に長男が生まれたことによる奉納戯。暫‑して祖母にあたる女性が赤ん坊の使う
前掛けを持ってきて舞台横に渡してあるヒモに下げた。芸人たちは昼食をふるま
われたあと軽‑休み、午後三時ころから夜の十二時過ぎまで演じるという。途
中、日没のころに夕食のため休憩し、すっか‑日が暮れた夕食後に初めて家人が
観客として数名劇を見ていた。
(写 真c Ts
‑c ォ'
<N ]) 人形 は大 き‑ '生
・且 も顔 を到 り抜 かず
、ほ ほ紅 など 着色 する
が'皮が厚‑肌の色も濃いので色黒になる。人形の体型はずんぐりした印象で'
衣装は素朴である。
○﹃
還願
戯﹄
(
前台
)林
芝梅
・桂
本江
(後
台)
胡合
棟・
銭世
墓・
包明
成 b. 林芝 梅( 芸人 ) 聞き 取‑ 調査
羅山は信陽に属し、民国時代から解放前後にかけては羅山から湖北省北部の山
岳地帯で広‑活動していた。西の南陽に属する桐相は'距離は近いが仝‑交流が
ないという。
C.河南省桐相県岳秀良班
○﹃
楊九
郎下
山(
楊家
将)
﹄
(唱
演)
岳秀
良(
伴奏
)
郵克
斌・
口達
合 (写 真O
>‑ O' i‑ 1) 人 形は 大き
‑、 生・ 且も 顔を 到り 抜か ない
。人 形の 大き さか ら
か羅山と似た印象であるが'若干顔が小さ‑'頭の上にさまざまな被‑物を取替
えて付けられる構造になっている。
(写 真a
>‑ u' c¥ i) 戦 闘の 動作 は勇 壮で
、唱 も迫 力が ある が、 戦闘 では ない 場面 の
人形の動きは少ない。岳氏は三十代の弟子を複数持つが、常に上演できるほどの
ニーズが地元にないため、継承は困難である。この地区には他にもいくつか「業
余班」 があるが'上演回数は更に少ないという。
であ る。
1
0 .
四 川
省
a.
川北
灯影
二十世紀中ごろに消滅。二尺近い大きな人形を用いたという
(写真2‑cs‑ 四川省南充市群衆芸術館主応舜氏蔵。高さがloaもあり'皮も
厚いが、繊細な彫刻が施してある。
(写 真2
‑r f‑ cs O 頭部 を拡 大。 善人 役も 顔の 輪郭 を到
‑抜
‑「 空腹
」 では な‑
、
「満腹」を用いている。人形の大きさとともに、河南省南部の羅山、桐相と共通す
る特徴である。
(山東影系)(杭州影系)八潮州影系)については二十世紀中頃に消滅。江玉祥教授
はかろうじて最後の継承者と連絡をと‑あったことがあったという。台湾には福
州の系統の影戯が残っている。
上記の調査時期は以下のとお‑である。
NO O' 年8 月 四川 省・ 険西 省・ 山西 省・ 河南 省西 部・ 河南 省南 部・ 遼寧 省・
河北省
(M OO N年 2月 雲 南省
・湖 南省
woON年8月 河北省・遼寧省
継続中の調査も含め、各地域ごとに調査結果をまとめてい‑必要がある。
尚、本調査活動のうちNO0‑年度部分は (財) 平和中島財団アジア地域重点
学術 研究
「中 国影 絵芝 居「 皮影 戯」 の研 究」 (研 究代 表者
⁚伊 藤洋 ) の成 果の 一部
2‑a.影戯スクリーン正面。中央の空間で人形が脆き奏上するO (遼寧省蓋州市民間皮影芸術団)
2‑a.影戯舞台裏。後ろに楽隊が控える。奏上する人形を操るのは王生太。 (同上)
1‑a.河北省楽亭皮影劇団
2‑a.2 遼寧省蓋州市民間皮影芸術団影巻
3‑C.1陳西省筆県光芸班
4‑c.山西省孝義市梧桐鎮必独村
2‑a.1遼寧省蓋州市民間皮影芸術団
3‑b.陳西省葦県連家班
3‑C.2 陳西省葦県光芸班
5‑a.河南省霊宝市道情皮影劇団
6‑b.四川省南部県馬王郷観音山何家班
7‑C.2 湖南省劉陽
7‑d.2 湖南省衡山
8‑a.1雲南省臆衝県
7‑C.1湖南省灘陽
7‑d.i 湖南省衡山
7‑f.湖南省謹県
8‑a.2 雲南省鷹衝県
9‑a.1河南省羅山県
9‑C.1河南省桐柏県
10‑a.1四川省Jll北灯影。人形の背丈は65cm。
9‑a.2 河南省羅山県
9‑C.2 河南省桐柏県
10‑a.2 四川省川北灯影頭部