南アジア研究 第28号 017書評・嘉藤 慎作「水島司・加藤博・久保亨・島田竜登(編)『 アジア経済史研究入門』」
6
0
0
全文
(2) 書評 水島司・加藤博・久保亨・島田竜登 (編) 『アジア経済史研究入門』. は次の通りである。第 1章から第 5 章までは東アジアを扱う。そのうち、 第 1章から第 4 章までは中国を対象としている。第1章は春秋から元に 至るまでの14 世紀より以前を、第 2 章は明代から清代前期に相当する 14 世紀から18 世紀までを、第 3 章は19 世紀から20 世紀初頭までを、第 4 章は 20 世紀から21世紀に至るまでの研究史をそれぞれ整理する。ま た、第 5 章では古代から現代までの朝鮮についての研究動向が示されて いる。 第 6 章から第 9 章にかけては南アジアを対象とし、第 6 章では、イン ダス文明期から12 世紀まで、第 7 章では13 世紀から18 世紀まで、第 8 章では18 世紀から第一次世界大戦期まで、第 9 章では第一次世界大戦 以降について扱っている。 第 10 章から第 12 章では東南アジアが対象となっている。第 10 章では 19 世紀半ばまで、第 11章では19 世紀半ばから1930 年代まで、第 12 章 では1930 年代から21世紀初頭までを検討している。 第 13 章から第 17 章までは、西アジア・中央アジアが対象である。第 13 章は紀元前 4 世紀までの古代オリエントを、第14 章は紀元前 4 世紀 から7 世紀までのイスラム以前の西アジアについて、第 15 章では7 世紀 から19 世紀まで、第 16 章では19 世紀から21世紀までの西アジア、第 17 章では19 世紀から21世紀までの中央アジアについての研究がそれ ぞれ整理・紹介されている。なお、巻末には文献一覧に加え、工具類 や文献検索方法を紹介する研究支援情報と共通項目索引を附する。 それぞれの章では、人口、土地制度、農業、手工業、商業、流通、 貿易、貨幣、税制など各地域に共通したテーマが出来る限り扱われる 一方、各地域に個別の重要な話題も取り上げる。およそ経済に関係す るテーマの研究を包含する、充実の内容となっている。なお、20 世紀 以降を対象とする研究にも多くの紙幅が割かれている。 次に本書の意義について、全体に関して2 点、特に南アジアに関して 1 点、合計 3つの点から論じてみたい。第一に、研究入門という名にふ さわしく、経済史に志す初学者にとって本書が十分に有益なものたり 得るのかということである。この点に関しては、躊躇せずに首肯でき る。先に示したように、本書では、アジアを地域ごとに分割し、各地 域についても時代別に研究を取り扱う。各章の冒頭では、対象とする 地域・時代の大まかな説明がなされ、各章内の小見出しも豊富にある。. 169.
(3) 南アジア研究第28号( 2016年). 巻末には、文献一覧や索引も存在する。本書を手にしたとき、誰であ れ、すぐさま自らが関心を持つ内容について知ることができるのであ る。また、収録されている文献のほとんどが邦語か英語かで著されて いるので、容易にアクセスすることが可能である。加えて、巻末には、 基本的な工具類の説明や海外公文書館の利用案内、文献検索法の紹介 がある。これらは、適宜更新されることが必要であるとはいえ、極め て有用である。これから経済史研究を志そうとする者にとって、本書 は、最初に手にとるべき本として薦められるものである。 第二に、経済史に限定した上で、アジアを広範に渡ってカバーして いるということである。近年、グローバル・ヒストリーの重要性が認 められてきたものの、未だに大部分の研究入門書は、一国あるいは一 1. 地域を対象としている 。そうした書籍では、経済史の他に政治史や社 会史、文化史など様々な分野の研究文献も紹介しなければならず、経 済史を扱う部分はかなり限定されている。また、あくまで単一の国、地 域についての研究を扱うので、その他の地域との共通点、相違点など 2. について調べるのは難しい。比較的広い地域を扱う入門書もあるが 、 やはり各分野の研究紹介をする都合上、同じテーマや時代の経済史研 究を網羅することはできていない。もちろん、上述したような書籍は、 分野の別なく、ある国や地域に関心がある人を対象とするものであり、 その意義は何ら否定し得ない。しかし、だからこそ、本書が経済史に 限定して広くアジアを眺望したことは高く評価されるべきである。 時間の広がりを縦軸、空間の広がりを横軸として考えると、まず、読 者は本書を通じて、地域毎に古代から現代へ至るまでの研究史、縦の 流れを理解することができる。次に、ある時代の各地域における経済 動向とそれにまつわる研究文献を見ることで、その時代のアジアに共 通する問題、あるいはそれぞれの地域の特徴が横の流れとして理解で きよう。さらには、近代以前を対象とする農業や土地制度に関する研 究が、東アジアや南アジアにおいては数多くなされてきたのに対し、史 料上の制約から東南アジア史においては盛んではなかったといった具 合に、各地域のテーマ毎の研究史についても簡単に比較することが可 能である。この点に鑑みれば、初学者ばかりでなく研究者にとっても、 本書は新たな視座を得たり、比較研究を試たりする上で有用なのであ る。. 170.
(4) 書評 水島司・加藤博・久保亨・島田竜登 (編) 『アジア経済史研究入門』. 第三の意義として、本邦における南アジア経済史研究の回顧として 優れているということがある。1950 年代以降、主に村落共同体や土地 制度を対象として始まった南アジア経済史研究では、初期から時代の 3. 別なく実証研究で多くの成果が積み上げられてきた 。1970 年代以降 は、社会形成、都市や市場の形成、海上貿易の発展、植民地期の在来 産業の実態や近年にいたるまでの経済成長の要因など、様々な分野で も研究が進展した。それぞれの実証研究の水準の高さについては論を 俟たない。一方、研究の進展とともに細分化し、全体における位置づ けが把握しにくくなっていることも事実である。21世紀に入り、南ア 4. ジア諸国が貧困ではなく経済発展で注目を集め始めた現況で 、 今一 度、これまで積み重ねられてきた研究を振り返り整理することは、こ れからの南アジア経済史研究の展望を考える上で、大きな意味を持つ。 この点について、本書は、これまでに数々の成果を上げてきた研究者 によって執筆されており、研究史やその議論の整理に関して信頼のお けるものなのである。 さて、上述してきたように非常に優れた意義を持つ本書であるが、そ の構成や内容に関して、検討すべき論点も残されている。以下では、3 つの点を指摘したい。第一に、本書が対象とする「アジア」の領域や、 アジア各地域の含む領域についてである。本書のはしがきでは「アジ ア全域をカバーする」と述べられているが、本書の中で「アジア」の 領域が明確に定義されている部分はない。また、東南アジアを除いて は、各地域が包含する地理的領域について明確に示されてはいない。こ のため、ある地域の含む領域が、時代によって伸縮することがある。ま た、各地域の境域に位置する場所が一体どの項目で扱われるのかとい うことが不明瞭である。特に各地域が包含する領域について、2つの例 を挙げて検討しよう。 まず、日本の扱いについてである。本書においては東アジアに日本 は含まれてはいない。ただし、各地域の研究史を見てみると、様々な 部分において日本との関係が顔を出している。中国や朝鮮といった東ア ジアとの関係はもちろんのこと、近世においては東南アジアとの交流も 多く見られたし、近代以降には綿業などを通じて南アジアとの強い関 わりも看取できる。こうした歴史的展開を考慮して、日本を東アジア の中に含めて、アジアの中における日本を理解する視角を提示すること. 171.
(5) 南アジア研究第28号( 2016年). も可能であったのではないだろうか。 次に、北アフリカの扱いについてである。本書では、基本的には西 アジアを扱う章に北アフリカを含めて説明している。確かに、本邦で は、エジプトなど北アフリカを「中東」として東洋史の範疇に含める ことが多々ある。また、本書で指摘されているように、近代に定めら れた人工の国境で地域を区切ることは人々の生活の実態を無視するこ とに繋がりかねないということも十分考慮すべきであろう。その点で は、北アフリカを「アジア」の範疇に含めることにも、一定の妥当性 があると考えられる。 一方、地理区分に従えば、その名が示す通り北アフリカは、アジア ではなくアフリカである。そうであれば、むしろ、北アフリカからアラ ビア半島やシリアなどにかけて一つの経済圏をなすと捉えられる地域 を、「アジア」から切り離してみることも可能である。「中東」は一つ の地域であるのか、 「西アジア」という言葉が一体どこを指すものであ るのかということは、十分に検討すべき点である。 このように各地域の相関性を踏まえると、 「アジア」の示す領域は必 ずしも自明ではない。さすれば、誤解や疑問を避けるために、便宜上 でも予め本書が想定する「アジア」の地理区分を定義すべきであった と思われる。「アジア」の示す領域を定義することは一筋縄ではいかな いが、今後、経済史に限らず各研究者が考えるべき一つの課題でもあ ろう。 第二の論点は、東アジアに関しては中国と朝鮮、南アジアに関して はインドとほぼ同一視して、研究史の説明・整理がなされているとい うことである。これは、東南アジアにおいて各国に関する研究を挙げ つつ、東南アジア地域全体の同時代的な傾向を示そうとしていること と対照的である。このため、東アジアと南アジアに関しては、これら の地域内の周縁にあたる部分が捨象されがちである。東アジアで言え ばチベットやモンゴル、南アジアではアフガニスタンやスリランカなど がそれに当たる。もちろん、本書は全ての地域の全ての研究を網羅す る文献目録を目指すものではないから、このことは必ずしも批判すべき 点には当たらない。しかしながら、本書の目的の一つでもある、アジ アにおける多様性と共通性を浮き彫りにするということを考慮すると、 周縁と中心地域との共通点・相違点が簡単にでも示されていれば、よ. 172.
(6) 書評 水島司・加藤博・久保亨・島田竜登 (編) 『アジア経済史研究入門』. り本書の意図に叶うものであったと思われる。 第三に検討すべき論点は、イスラム以前の西アジア史の扱いについ てである。イスラム以前の時代については、ヘレニズム時代、ついで ローマ時代、ビザンツ時代の三つに区分して地中海沿岸部を中心に解 説がなされている。確かに、イスラム以後の西アジア社会経済を検討 する上で、それまでに積み重ねられたローマ帝国・ビザンツ帝国時代 の遺産を十分に理解する必要があるという指摘は的を射ている。一方、 ローマ帝国・ビザンツ帝国に並び立ったサーサーン朝やイスラム以前の アラビア半島に関する研究が挙げられていない。キリスト教文化圏の外 にあったこれらの地方の社会経済がイスラム前後でどのように変化し たのかということは、比較対象としても興味深い点であろう。 ともあれ、本書は、アジア経済史について考えるとき、はじめに手 にとるべき一冊と言える。本書の解説や研究の整理は、各地域の経済 史研究を牽引する執筆者たちの知見に裏打ちされており、単なる研究 史の整理にとどまらず、多くの示唆を含んでいる。本書の学術上の意 義は、本書によって示された研究史や論点に基づいて、今後、アジア に関わる経済史研究が益々の発展を遂げていくことで、より一層高め られるものと確信している。 註. 1 例えば、 朝鮮史研究会 (編) 、 2011、 『朝鮮史研究入門』 、 名古屋大学出版会。 2 例えば、 小杉泰・林佳世子・東長靖 (編) 、 2008、 『イスラーム世界研究マニュアル』 、 名古屋大学. 出版会。 3 例として、 以下のものが挙げられる。 松井透・山崎利男 (編) 、 1969、 『インド史における土地制. 度と権力構造』 、 東京大学出版会。 辛島昇(編) 、 1976、 『インド史における村落共同体の研究』 、 東京大学出版会。 4 石上悦朗・佐藤隆広 (編) 、 2011、 『現代インド・南アジア経済論』 、 ミネルヴァ書房、 ⅰ頁。. かとう しんさく ●東京大学. 173.
(7)
関連したドキュメント
この論文の構成は次のようになっている。第2章では銅酸化物超伝導体に対する今までの研
In this paper, we propose a method for describing the data flow and processing of bi-directional and diverse data flow patterns in IoT systems using a single language and
By acquiring data using the functions of the proposed data integration infras- tructure, we can not only reduce the number of individual data collection and data
単純な避難指示システムと比較すると、新たに追加されたコントロールアクショ ンでのみ UCA
(3) 共連続ポリマーブレンド中におけるカーボンナノチューブの界面局在化 (第 4 章) 第 4 章では、非相溶ポリマーブレンドの相界面に
本論文の構成は、第 1 章から第 3 章で本論文の背景と問題の所在について考察し、第 4
第五章 研究手法 第一節 初期仮説まとめ 本節では、第四章で導出してきた初期仮説のまとめを行う。
第 4 章では、語用論の観点から、I mean