遅れを伴う生態系モデルの関数解析と数値解析 Functional analysis and numerical analysis of
ecological model with delay parameters
中央大学理工学研究科 数学専攻
山田 将司
∗2011 年 3 月 1 日
1 序論
実数 t の関数 x(t) ∈ R
dを未知関数とし、 x
′(t) = f (t, x(t), x(t − r)) のような形の微分方程式を遅れを持 つ微分方程式と言う。r は正数で遅れパラメータ(遅れ)と呼ばれている。一般には、遅れが r = r(t) のよ うな t の関数である場合や
x
′(t) = f (t, x(t), x(t − r
1), x(t − r
2), · · · , x(t − r
m))
の形で複数の遅れがある方程式なども考えられる。
遅れ ( タイムラグ ) を持つ方程式は、現在では理学、工学、経済学、医学、生命科学などの分野でさまざまな現 象を記述する数理モデルとして用いられているが、当初は数理生態学の被食者・捕食者モデルに関する研究が 基になって一般的な研究が進められたと考えられている。本論文は、時間遅れを含む典型的な生態系モデルを 定式化し、モデルの解の構成と一意性並びに有限差分法の意味での近似可解性について論じたものであり、こ の結果に基づいて長時間の数値実験を実施し、遅れのない場合の解の挙動と遅れのある場合の解の挙動につい て論じ、遅れの効果を理論的かつ数値的に検討している。
2 モデルの構成
一種類の生物の個体数の式は捕食する生物の存在を考えているわけではなく、単に餌が豊富にあるという条 件を仮定している形であるため、自然の生態系では余りにも抽象化されている。なぜなら一種類の生物の個体 数は、その生物を捕食する生物や餌となる生物の個体数によってもその生物の増加率に影響すると考えられる からである。このことを考慮に入れて、肉食動物・草食動物・草食動物の餌の三種類の生物の個体数の増減モ デルを作成することで、それぞれの生物の捕食、被食、摂食による個体数の増減を表すことを試みた。
∗中央大学理工学部理工学研究科数学専攻
1
3 数値モデル
生物の生息域 Ω ⊂ R
2上にキツネ u = u(x) ウサギ v = v(x) 草 w = w(x) が分布しているとし、 Banach 空間 X = L
1(Ω)
3を考える。すると | u |
1は Ω 上のキツネの総人口、 | v |
1は Ω 上のウサギの総人口、 | w |
1は Ω 上の草の総量を表す。時間 t におけるキツネの個体数を u(t) 、時間 t におけるウサギの個体数を v(t) 、時間 t における草の生育密度を w(t) として、これらを X に値をとる未知関数とすると、
du
dt = [α
1− µ
1+ β
1v(t) − γ
1u(t)]u(t) (1) dv
dt = [α
2− µ
2+ β
2w(t) − γ
2v(t) − δ
2u(t)]v(t) (2) dw
dt = [α
3− µ
3− γ
3w(t) − δ
3v(t)]w(t) (3) の形の生態系モデルが考えられる。ここで α
i, µ
i∈ B(X) 、 β
i, γ
i, δ
i∈ B(X, B(X )) (i=1,2,3) (β
3, δ
1= 0) と する。これらの作用素を用いる
成長した個体のほうが食物を得るのに有利であるなどの理由から、それぞれの個体数の増減は、 r
1、 r
2、 r
3時 間前に生まれた生物の個体数によって制御されると考えることが自然である。このような現象を説明するため に、 γ
1, γ
2, γ
3を係数とする関数に遅れを入れることは自然である。したがって、次の形の
du
dt = [α
1− µ
1+ β
1v(t) − γ
1u(t − r
1)]u(t) (4) dv
dt = [α
2− µ
2+ β
2w(t) − γ
2v(t − r
2) − δ
2u(t)]v(t) (5) dw
dt = [α
3− µ
3− γ
3w(t − r
3) − δ
3v(t)]w(t) (6) 連立方程式が考えられる。ここで、 r
1, r
2, r
3は正定数である。
4 収束定理
u(t), v(t), w(t) は時刻 t における個体数を表すので非負であり、 (4),(5),(6) が t ≥ 0 に対して解が持つため に解はある有界領域の中に存在し、有界性が成り立つ領域内で解が振動したり漸近的な収束をするなどの挙動 を論じられる。したがって、 t ∈ [0, T ] に対して解の収束性・非負性・有界性を示す必要がある。このことを 前節に述べた差分を用いて示す。以下 (u(t),v(t),w(t)) の初期値をそれぞれ (u
0,v
0,w
0) で表す。
h を時間幅とし、時刻 t を t ∼ kh によって近似でき、
f
1(u, v, w) = u + h[α
1− µ
1+ β
1v − γ
1u]u f
2(u, v, w) = v + h[α
2− µ
2+ β
2w − γ
2v − δ
2u]v f
3(u, v, w) = w + h[α
3− µ
3− γ
3w − δ
3v]w
とすると
du
dt ∼ u
k− u
k−1h , dv
dt ∼ v
k− v
k−1h , dw
dt ∼ w
k− w
k−1h (7)
2
の形に導関数を差分式で表す事が出来る (k − 1)h ≤ t ≤ kh に対して、 y
1,h(t), y
2,h(t), y
3,h(t) を y
1,h(t) = kh − t
h u
k−1+ t − (k − 1)h
h u
ky
2,h(t) = kh − t
h v
k−1+ t − (k − 1)h
h v
ky
3,h(t) = kh − t
h w
k−1+ t − (k − 1)h
h w
kと定める。また (k − 1)h ≤ t ≤ kh に対して、 y
1,h(t), y
2,h(t), y
3,h(t) は、
y
i,h− y
i,ˆh=
∫
t 0(f
i(y
i,h) − f
i(y
i,ˆh))ds +
∫
t 0(ε
i,h(s) − ε
i,hˆ(s))ds
を満たす。 h, ˆ h → 0 にしていくと、 ε
j,h, j = 1, 2, 3 → 0 であるから (y
1,h(t)), (y
2,h(t)), (y
3,h(t)) y
1,h(t) → u(t)
y
2,h(t) → v(t) y
3,h(t) → w(t) とそれぞれに収束していく。これらは、以下の積分方程式
u(t) − u
0=
∫
t 0f
1(u(s), v(s), w(s))ds
v(t) − v
0=
∫
t 0f
2(u(s), v(s), w(s))ds
w(t) − w
0=
∫
t 0f
3(u(s), v(s), w(s))ds
を満たす。次に複数の遅れを持つ連立の微分方程式 (4),(5),(6) の解の存在を考える。したがって、 f
iの局所 的 Lipschitz 条件を用いて
| z
1k+1− z
1k| ≤
∫
t 0| f
1(u
k(s)) − f
1(u
k−1(s))) | ds
≤ L
R1∫
t 0∥ u
k− u
k−1∥ ds
≤ L
R1M
1L
R1L
kR1
k!
∫
t 0s
kds = M
1L
R1L
k+1R1
k!
t
k+1k + 1 を得る。 h → 0 のとき | ∫
t0
f
1(z
k1) − f
1(u) | → 0 となるので z
1(t) → u(t)
に収束する。 v, w についても同様である。よって極限解 u(t), v(t), w(t) は以下の積分方程式
u(t) − u
0=
∫
t 0f
1(u(s), v(s), w(s), u(s − r
1))ds, v(t) − v
0=
∫
t 0f
2(u(s), v(s), w(s), v(s − r
2))ds, w(t) − w
0=
∫
t 0f
3(u(s), v(s), w(s), w(s − r
3))ds
を満たす。これより複数の遅れを持つ連立の微分方程式 (4),(5),(6) の解は存在することが表される。
3
5 数値計算
X = R
3とし、 X 上の作用素 α
i, µ
i, β
i, γ
i, δ
i(1 ≤ i ≤ 3) に定数を与えて、遅延がないモデルと遅延があ るモデルを計算する。また、遅延がない場合のグラフは t=5000 ∼ 6000 のあたりである値に収束するが、遅延 がある場合には t=10000 でも収束していない。このことから遅延の効果は、自然な生態系を表現する上で有 効である。
6 モデルの拡張
本発表では、 α
i, µ
i, β
i, γ
i, δ
i(1 ≤ i ≤ 3) をすべて定数として考えたが、実際は季節によってそれぞれの 値が異なるので、 α
i, µ
i, β
i, γ
i, δ
iを α
i(t), µ
i(t), β
i(t), γ
i(t), δ
i(t), 1 ≤ i ≤ 3 のように時間 t に依存する関 数にすることによって、より自然に近い生態系モデルになると考えられる。
参考文献
[1] O.Diekmann, S. A. van Gils, S. M. Verduyn Lun el and H. -O. Walter, Delay Equations, Appl. Math. Sci., 110, Springer-Verlag, 1991.
[2] G. F. Webb, Theory of Nonlinear Age-dependent Population Dynamics, Monographs and Text Books in Pure Appl. Math., 89, Marcel Dekker, 1985 [3]
寺本英,
『数理生態学』,
朝倉書店, 1997.
[4]
稲葉寿,
『数理人口学』,
東京大学出版会, 2002
0 20000 40000 60000 80000 100000 120000 140000 160000 180000
0 2000 4000 6000 8000 10000
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図1 遅れがない場合のu,v,wの時間的推移
0 20000 40000 60000 80000 100000 120000 140000 160000 180000
0 2000 4000 6000 8000 10000
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図2 遅れがある場合のu,v,wの時間的推移