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上代から中世の疑問文の様相

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(1)

上代から中世の疑問文の様相

データ解釈を中心に

衣 畑 智 秀

はじめに

古代語の疑問文については多くの研究がなされており、各時代の資料におけ る疑問文の様相も、ある程度明らかになっている。しかし、日本語の疑問文の 歴史変化にはどのような方向性があるのか、ということについては、明らかに されて来なかった。これに対し筆者は、衣畑(印刷中)において、疑問文の歴 史変化には、助詞や構文によって疑問詞疑問と肯否疑問を区別しようとする傾 向が強いことを示し、古代語におけるカとヤの複雑な分布も、この変化の結果 もたらされたものであることを論じた。本稿では、衣畑(印刷中)と結論を共 有するものではあるが、各時代の文献資料に見られる疑問文の様相を具体的に 示すことを目的にしている。特に、文献資料にはどのような例がどれくらい見 られ、それをどのように整理することによって、上のような結論に至ったかに ついて詳細を述べる。

以下、2節で疑問文の歴史についての先行研究に触れたあと、3節で行った 調査の概要を述べ、4節で各文献における疑問文の様相を示す。5節では、そ こから上の結論が導かれることを論じ、6節をまとめとする

福岡大学人文学部准教授

本稿の内容は、衣畑(印刷中)の第3節を詳述したものとなっている。よって、そこ と重なる部分があるが、文献資料の分析から結論に至るまでを具体的に示すという目的 のため、重複部分も敢えて省略しなかった。

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先行研究

本稿では、上代から中世末に至る疑問文の表し分けについての調査結果を示 し、日本語の疑問文には、助詞や構文によって疑問詞疑問と肯否疑問を区別し ようとする変化の方向性があることを示す。

これまで、古代から現代までの疑問文の変遷を追った研究としては、阪倉

(1975、1993)、此島(1966)、山口(1990)などがあったが、それらは個々の 助詞の消長を中心に述べており、各時代における疑問文全体の表し分けには及 んでいない。また、これらは各時代の疑問文について具体的な調査結果を示し ておらず、各助詞や構文パタンが、どのくらいの割合で見られるのかは分から ない。

他方、疑問文全体の表し分けを示しているものとしては、長瀬(1967)、柳 田(1985)、磯部(2000、2004)などがあり、長瀬(1967)や磯部(2000、2004)

には文献における用例数も示されている。しかし、これらも疑問文の変遷につ いての考察としては、個々の助詞の表現性や助詞の交替についてしかなく、疑 問文の表し分けがどのように変化しているかは論じていない。また、長瀬

(1967)は室町期、磯部(2000、2004)は平安から院政期など、本研究の一部 の調査となっている。

以上のように、これまでの研究は、個々の助詞の変遷が中心であり、上のよ うな変化の方向性については明らかにされて来なかった。また、研究の蓄積と いう観点からは、調査結果が示されないものはもちろん、用例数が示されてい ても、そのデータの内実が明らかにされないものには問題があると言わざるを えない。データの内実が明かされなければ、たとえば二つの調査で異なる結論 が出たとしても、それらがどこでどう誤ったのかが検証不可能になる可能性が あるからである。そこで本稿では、以下、どのようなデータから結論に至っ たかを具体的に述べ、日本語疑問文の歴史変化には、疑問詞疑問と肯否疑問の 差別化という方向性が存在することを示す。

(3)

調査の概要

本調査では、万葉集(8世紀)、源氏物語(11世紀)、覚一本平家物語(1371 年写)、史記抄(1477年)、大蔵虎明本狂言集(1642年写)のそれぞれの文献 に現れる疑問文を、その作品の冒頭から300例ずつ採取し、その意味的・構文 的特徴によって分類を行った。以下では、3.1節で疑問文の意味的特徴の分類 について述べた後、3.2節で、4節の基礎資料となるデータベースについて説 明する。

3.1 疑問文の分類

疑問文の意味的特徴としては、疑問詞疑問/肯否疑問、自問/質問/反語のそ れぞれを区別した。

まず疑問詞疑問と肯否疑問の区別は疑問詞を焦点として含むか否かであり、

区別が容易である。たとえば、(1−a)は疑問詞「何」を焦点として持つ疑問文 であり、疑問詞疑問である。他方、(1−b)は疑問詞を持たず、肯否疑問である。

(1−c)は、疑問詞「何」を持ってはいるが、疑問の焦点ではない。(1−a)のよう に「うどん、そば、カツ丼...」といった候補の中から答えを選ぶのとは異な り、(1−c)は「何か注文したか否か」が問われ、「何も」は焦点ではない。よっ て、(1−c)は肯否疑問である。

(1) a.太郎は何を注文したの?

b.太郎がうどんを注文したの?

これはちょうど科学実験の手順が示されないのと似ている。どのような手順で実験を 行ったかが示されなければ、異なる結論が、実験環境によるものか、実験設備によるも のか、実験後のデータ解釈によるものかを検証するこができなくなる。

調査した文献が当時の口頭語を正確に写しているわけではないが、大凡の時代順を反 映していると考える。また、日本語史の調査は文献の全数調査が一般的だが、全数を調 査してもその時代の言語のサンプルであることには変わりないため、文献の一部をサン プルとして調査した。

(4)

c.太郎は何も注文しなかったの?

自問/質問/反語の区別は、定義によって分類が異なる可能性があるため、こ こで明確にしておく必要がある。まず、自問・質問と反語については、以下の ように区別する。

(2) a.自問・質問…話し手は答えを知らない(と思っている)

b.反語…話し手は(そして聞き手も)答えを知っている(と思っ ている)

普通、疑問文は答えを知らない場合に聞くものであるため、自問・質問の定義 は問題ないであろう。とすると、反語は、それと反対に話し手が答えを知って いるものと定義すれば、用例は過不足なく分類することができる。反語は、実 際には、(3−a)のような否定的な答えとなるものが多いが、(2−b)の定義のも とでは、(3−b)のような例も反語に含められる

(3) a.こんなの食べられるか!(→食べられない)

b.いつやるの!(→今でしょ)

このように反語は文脈から答えが話し手にも聞き手にも自明であるものを分類

話し手が答えを知っていてかつ聞き手が知らない、という例は見当たらなかった。ク イズの出題(「さて答えは何番でしょうか?」)のようなケースが考えられるが、極めて 特殊であると思われる。

(3−b)のような例も反語に含めるというアイデアは、Caponigro and Sprouse(2007)の 修辞疑問(Rhetorical Question)の定義によるものである。しかし、肯定の答えになる ものは、疑問詞疑問にしか見られないようである。肯否疑問で肯定の答えになるものは いわゆる詠嘆があるが、これは疑問文には含めていない。また、独り言の場合は話し手 が答えを知っていると判断すべきか否かが難しく、自問にしたため、(3−b)のような例 はごく僅かであった。

(5)

する。

次に自問と質問は、「話し手が答えを知らない」疑問文のうち、以下のよう なものとして区別する。

(4) a.自問…問いを尋ねている相手がいない

b.質問…問いを尋ねている相手がいる

ここから独り言で使われているものは、反語を除き全て自問であると言える。

よって、自問か質問かは、対話相手がいる場面で、その疑問文が聞き手に向かっ て尋ねたものか否かを判断すればよい。

なお、聞き手に向かって尋ねるのは、通常、聞き手が答えを知っていると話 し手が考えているからである。よって、質問を「話し手が答えを知らず、聞き 手が知っている(と話し手が考えている)」もの、自問を「話し手が答えを知 らず、聞き手も知らない(と話し手が考えている)」ものと定義することも可 能である。この定義の自問には、「今日は何しようか?」のような相談の例も 含まれ(尋ねる聞き手はいるが聞き手は答えを知らない)、このような例は、現 代標準語では自問の特徴である下降イントネーションで発音されるなど、定義 としての妥当性もある。しかし、文脈から「話し手が聞き手が答えを知ってい ると考えているか否か」を判断するのは難しい場合が多く、(4)を自問/質問 の分類基準にした。ただし、質問の典型は「話し手が答えを知らず、聞き手が 知っている(と話し手が考えている)」ものであると考えられるので、聞き手 が答えを知っている典型である、聞き手の事柄についての質問かどうかも以下 のデータに入力した。

3.2 データベース

調査では、3.1節で見たような意味的に異なるタイプの疑問文に対して、ど

(6)

のような助詞や構文が使われるのかを調べた。データは、csv形式で作成し、

以下のページ内からダウンロードできるようにしている(以下これを「本デー タ」として言及する)。

(5) http : //www.cis.fukuoka−u.ac.jp/tkinuhata/project/kaken2011/

このcsvファイルをエクセルによって開いたのが、次の図1である。

図 1:データベース・サンプル

以下、データの内容について、左の列から順に説明する。

用例 当該の疑問文の用例を挙げている。

出典 出典を挙げる。それぞれ「万葉」「源氏」「平家」「史記抄」「虎明」と略す。

それぞれの出典における巻を示す。源氏物語ならば「桐壷」「帚木」「空蝉」

などが巻に当たる。

所在 万葉集は歌番号、その他は底本のページ数と行数を示す。底本について は本論文の「使用テキスト」を参照。複数冊からなる出典は、巻の所属する分 冊のページ数となる。

(7)

助詞 使われる助詞を記す。たとえば万葉集では「や」「か」「そ」「無し」の 四種になる。

表記 万葉集でのみ助詞の表記を「仮名」と「訓」で区別した。他の資料は基 本的に仮名表記のため「NA」(Not Applicable:適用外)とした。万葉集でも 助詞がないものは、「NA」とした。

構文 助詞の構文的位置により、「係り」「文末」「省略」を区別した。この区 別について詳しくは4.1.2節を参照。助詞がない場合は「NA」とした。

wh? 疑問詞疑問は「疑問詞」、肯否疑問は「肯否」とした。

質問相手 「あり」「なし」「反語」で分けた。「あり」は尋ねる相手がいる質 問の例、「なし」は尋ねる相手がいない自問の例として分類する。

質問内容 尋ねる相手がいる場合、それが聞き手の事柄についての質問(「聞 き手」)か、そうでないか(「その他」)を区別した。自問や反語は尋ねる相手 がいないので「NA」とした。

備考 その他特記事項を記した。

「wh?」や「質問相手」で区別される疑問文の意味的特徴に、どのような

「助詞」がどのような「構文」が使われているのかという観点から、4節で は、具体的な用例の分布について見て行く。

実例の検討

本節では、各文献について、図1に示したような本データを作成する前段階 で行った処理(データの前処理)、本データを整理し歴史変化を見やすくする ための方法(データ集計)、そして集計結果に見られる特徴とその実例(特徴 と実例)の順で見ていく。よって、特に「データの前処理」と「データ集計」

を理解するためには、(5)にある本データを手元においておくことを勧める。

疑問詞疑問/肯否疑問、自問/質問という区別によってイントネーションが違っていた 可能性は十分あるが、文献資料から示すことは困難であるため、以下取り上げない。

(8)

!

これらを見ていくことで、文献資料→本データベース→用例数の集計と、どの ように文献の例が整理され、本稿の主張に繋がるかを明確にする。

4.1 万葉集

4.1.1 データの前処理

どのような助詞が使われているかを考える場合、万葉集では他の資料と異な り、助詞の表記が問題となる。本データでは、仮名書き及び訓字表記の例のみ を採用し、補読例は除外した。また、訓字表記も今回は、底本で「歟」をカ、「哉」

をヤとするもののみを採用した。その結果、たとえば(6−a)は音仮名「香」で 記しているため採用するが、(6−b)はカに当たる表記がないため採用しなかっ た。(6−b)は「いかにと問へば」と訓まれることもある(新大系など)

(6) a.夏草か(夏草香)繁くなりぬる (万葉29)

b.燃ゆる火を何かと問へば(何如問者) (万葉230)

また訓字表記でも、(7−a)のように「哉」をヤと訓むことは一般的であるため 用例として採用したが、(7−b)のように「乎」をヤと訓む例は他に見られない ので採用しなかった。(7−b)は、一般には「思へる我を」と訓まれる。

(7) a.ますらをや(大夫哉)片恋せむと嘆けども (万葉117)

b.ますらをと思へる我や(念流吾乎)かくばかりみつれにみつれ

片思ひをせむ (万葉719)

以上の補読例は、本データに含まれていないものであるが、本データに含ま

以下、用例の助詞の部分には傍線を、疑問詞の部分には波線を引く。その他で注意す べき部分は太字で示す。

(9)

!!!

!!!

!!!!

れるもので注意しておきたい点が二つある。まず一つは、(8)のようなヤが疑 問詞の前で用いられるものが2例見られたが、このようなヤは間投助詞である とする説に従い(佐伯1963、野村2001)、疑問の助詞とは考えなかった。つま り本データでは(8)を助詞「無し」とし、備考欄に「疑問詞の前にヤ」がある 旨を記しておいた。

(8) ここにありて筑紫や(也)いづち (万葉574)

もう一つは、(9)の例について、「いかに(いかがですか?)」と「さきくや

(ご無事ですか?)」の二つの別の疑問文と解釈した。もしこれが一つの疑問文 だとするとヤが疑問詞疑問で使われる唯一の例になるが、概ね注釈書類も二つ の疑問文と解しており、それで問題ないと思われる。

(9) 相見ずて日長くなりぬこのころはいかにさきくや(哉)いふかし

我妹 (万葉648)

以上のように表記上問題のあるものを除き、(9)を二つに分けて、冒頭から 300例を本データには含めた。

4.1.2 データ集計

次に、この300例を分類する際の問題について述べる。係り結びが使われて いれば、助詞の使われる構文は、(10−a)のような係助詞として使われるか、

(10−b)のような文末助詞として使われるかのいずれかである。

(10) a.いつくにか(可)船泊てすらむ (万葉58)

b.娘子らが玉裳の裾に潮満つらむか(香) (万葉40)

(10)

!!

!!!!!

本データでは、(10−a)のような例を「係り」、(10−b)のような例を「文末」と している。では、次のような例は、「係り」であろうか、それとも「文末」で あろうか。

(11) いつしか(然)と待つらむ妹に玉梓の言だに告げず去にし君かも

(万葉445)

一般的には、係り結びの結びが省略されたものとして、「係り」の例とされる であろう。しかし、それは、疑問詞疑問に用いられるカには、(10−a)のような 係りの例がほとんどだからであり、(11)のような例そのものから言えることで はない。(11)の例そのものは、「いつしか来む」のような結びの省略とも、「い つし来むか」のような文末助詞の直前部分の述語の省略とも考えることができ るのである。よって、その助詞が係り結びで使われる場合(つまりカ、ヤ、ゾ の)(11)のような例を本データでは「省略」と入力することにした。

しかし、「省略」とは、「係り」か「文末」かのいずれかである、という意味 なので、全体的な用例数の傾向や歴史的な変遷を見る場合には好ましいもので はない。そこで、以下の表1で全体的な傾向を見る場合には、疑問詞疑問にお けるカの分布が、「係り」44例、「省略」3例、「文末」6例と「係り」に偏っ ていること、そして、「文末」には(12)のような結びの流れとも見なせるような 固定的な例しかないことを勘案し、「省略」を「カ係り」の例として集計した。

(12) とをよる児らはいかさまに思ひ居れか(可)栲縄の長き命を露こそ ば朝に置きて夕には消ゆといへ (万葉217)

疑問詞疑問のカ文末は、6例中4例が「思ほしめせか」「思ひ居れか」「思ひけめか」

と固定的な表現となっている。

(11)

!!!!!

(12)は、たとえば(13)のような「〜か〜けむ」という係り結びの、結び部分が 流れた例と考えることができる。

(13) ありつる君はいかさまに思ひいませか(可)うつせみの惜しきこの 世を露霜の置きて去にけむ (万葉443)

以上のように、本稿で「省略」は全体的な傾向を見て、文末助詞か係助詞か に位置付けるという手段をとった。これは、結びの省略などを認定する際に、

暗に用いられている手続きと変わらないものと思われる。しかし、データベー ス上では、「文末」「係り」とともに、「省略」を分けておくことが望ましいと 考えられる。その根拠は、「省略」は必ずしも係り結びの結びの省略とばかり は考えられないからであるが、この点については、再び4.2.2節で述べる。

全体的な傾向を見るために、もう一点、助詞の「そ」を「無し」と区別せず に集計する。ソ(源氏以降はゾ)を使った疑問文は、2節の諸先行研究で疑問 文の一類型として挙げられるので、本データ上では区別したが、ソは平叙文で も使われ、本稿の議論上は助詞が無いものと変わらない。よって、どちらも集 計表ではφ(疑問の助詞無し)として記すことにする。

以上の整理の元に、万葉集の用例数を集計すると、表1のようになる。以下、

表では、本データの相手「あり」のものを質問、「なし」を自問、「反語」を反 語として集計している。表1では、疑問文の意味的な分類に、助詞がどのよう な構文で使われるのかを示している。( )内は用例数であり、たとえば、疑 問詞疑問の自問には、カによる係り結びが33例見られることが分かる。

(12)

!!!

!!!

表1:万葉集

質 問 自 問 反 語

疑問詞

カ文末(5) カ文末(1)

カ係り(7) カ係り(33) カ係り(7)

φ(8) φ(14) φ(7)

肯 否

カ文末(10) カ文末(25) カ文末(4)

カ係り(1) カ係り(73)

ヤ文末(4) ヤ文末(16) ヤ文末(42)

ヤ係り(3) ヤ係り(37) ヤ係り(3)

4.1.3 特徴と実例

万葉集では多くの例が自問に偏っている。これは全てが和歌の例であるとい う資料の性質を反映したものと考えられる。しかし、各形式(構文)には、少 ないながらも質問の例も見られ、形式によって質問と自問が分かれているとい うことはない

まず、質問の例として、その典型である聞き手のことに関して聞いているも のを形式ごとに挙げる。歌の一部が台詞になっているものは、解釈を分かりや すくするため「 」を付けて記す。

(14) a.道来る人の泣く涙小雨に降れば白たへの衣ひづちて立留まり我

に語らく「なにしかも(鴨)もとなとぶらふ」

(カ係り、万葉230)

b.磯の上に根延ふむろの木見し人を「いづら」と問はば語り告げ

むか (φ、万葉448)

c.たけばぬれたかねば長き妹が髪このころ見ぬに掻き入れつらむ

か(香) (カ文末、万葉123)

これはカとヤの区別が「疑い」と「問い」にあるとする説(富士谷1778、阪倉1993)

の妥当性を疑わせるものである。

(13)

!!!!

!!!!!

d.むら肝の心砕けてかくばかり我が恋ふらくを知らずか(香)あ

るらむ (カ係り、万葉720)

e.かくのみにありけるものを「萩の花咲きてありや(哉)」と問ひ

し君はも (ヤ文末、万葉454)

f. 相見ずて日長くなりぬ「このころはいかに」「さきくや(哉)」

いふかし我妹 (ヤ係り、万葉648)

(14−a)は道を来る人が作者に「なぜそんなことを聞く?」と尋ねる例である。

(14−b)と(14−e)の例は、引用部分の後に「問ふ」という動詞があり、質問で あることが明瞭である。(14−c)は三方沙弥と園臣生羽の、(14−f)は大伴宿祢駿 河麻呂と大伴坂上郎女の贈答歌であり、前後の歌から質問であることが分かる。

(14−d)も大伴家持が娘子に送った歌であり、(14−c)、(14−f)と同様に、質問で あると考えられる。以上のように、和歌であるため用例数は少ないが、確実に 質問と言える例も挙げられる。

次に、自問の例を形式ごとに挙げる。

(15) a.いつくにか(可)船泊てすらむ安礼の崎漕ぎ廻み行きし棚なし

小船 (カ係り、万葉58)

b.行く舟を振り留みかねいかばかり恋しくありけむ松浦佐用姫

φ、万葉875)

c.石見のや高角山の木の間より我が振る袖を妹見つらむか(香)

(カ文末、万葉132)

d.我妹子をいざみの山を高みかも(香裳)大和の見えぬ

(カ係り、万葉44)

e.けだしくも逢ふや(哉)と思ひて (ヤ文末、万葉194)

f. 古の人に我あれや(哉)楽浪の古き京を見れば悲しき

(14)

!!

!!

(ヤ係り、万葉32)

対話相手のいないものは、基本的に自問になる。その例として、(15−a)のよう に情景を詠んだもの、(15−b)のように伝承を詠んだもの、(15−c)の長歌への 反歌のように妻への思いを詠んだものなどがある。また、(15−d)や(15−f)のよ うに、後に続く事実に対する作者の疑問を提示したもの(「山が高いからか、大 和が見えない」)も一つの自問のパタンである。(15−e)は「思ふ」という動詞 に引用されている。このような対話相手がなく、よって質問相手もいない例が 圧倒的に多い。

最後に、反語の例を挙げる。

(16) a.楽浪の志賀の大わだ淀むとも昔の人にまたも逢はめやも(八毛)

(ヤ文末、万葉32)

b.大名児を彼方野辺に刈る草の束の間も我忘れめや(八)

(ヤ文末、万葉110)

c.玉葛花のみ咲きて成らざるは誰が恋ならめ我は恋ひ思ふを

φ、万葉102)

d.言出しは誰が言なるか(鹿)小山田の苗代水の中淀にして

(カ文末、万葉776)

ヤの文末は、澤瀉(1941)で反語に偏ることが指摘されているが、ここでもそ のような結果となった。(16−a)、(16−b)はヤ文末の例で、それぞれ「昔の人 には逢わない」「私は忘れない」という否定の答えを前提にして聞いている。

(16−c)、(16−d)は、それぞれ「あなたの恋です」「あなたが言い出したことで す」という肯定的な答えを前提にして、話し手が聞いている例である。このよ うな例には、備考欄に「肯定的解答」と記した。

(15)

!!!

!!!

4.2 源氏物語

4.2.1 データの前処理

源氏物語では、冒頭からの疑問文の用例300例を、特に除外するものはなく 集めた。ただし、次の例は、二つの疑問文からなると解釈した。

(17) 「かのもぬけを、いかに伊勢をのあまのしほなれてや」など、思ふ もただならず、 (源氏1.204)

(17)は脱ぎ捨てた衣を光源氏がどう思っていただろうかと空蝉が想像している ところである。「 」部分を全集では、「あのもぬけのからの薄衣を、伊勢の海 女の捨て衣のようにどんなにかよれよれで汗臭くなっていただろうか」と一つ の疑問文で訳しているが、そうだとすると、ヤが疑問詞疑問で使われる例とな る。しかし、ヤはこれ以外で疑問詞疑問に使われることはないため、(17)は「か のもぬけをいかに(あの薄衣をどのように思っただろう?)」と「伊勢をのあ まのしほなれてや(伊勢の海女の衣のように汗臭かったろうか)」の二つの疑 問文と解釈した。

以上のような300例を分類したが、データ入力の際には、(18−a)のようにヤ が疑問詞に先行する用例2例は、万葉集同様、助詞「無し」とした。また(18−b)

のような、万葉集には見られなかった疑問詞が省略される疑問詞疑問のパタン も4例見られた。

(18) a.その品々やいかに。 (源氏1.134)

b.「さて、その文の言葉は」と、問ひたまへば (源氏1.158)

(18−b)のような例は備考欄に「疑問詞の省略」と記した。

(16)

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!!

!!

!!!

!!!!

4.2.2 データ集計

4.1.2節では、本データの構文に「係り」「文末」「省略」を設け、その助詞 の分布から、「省略」を「係り」か「文末」に集計する方法を提案した。ここ では、このように「省略」を、データ上では、「係り」「文末」とは区別してお くことの利点についてまず述べる。

源氏物語において、助詞カの「省略」としたものには、(19)のような例があ る。(19−a)は「あらむ」、(19−b)は「聞こえむ」、(19−c)は「せむ」が省略され ていると考えられる。

(19) a.いづれの御時にか、女御更衣あまたさぶらひたまひける中に、

(源氏1.93)

b.「さらにかやうの御消息うけたまはり分くべき人もものしたまは ぬさまは、しろしめしたりげなるを、誰にかは」と聞こゆ。

(源氏1.290)

c.御迎へにもと思ひたまへつれど、忍びたる御歩きに、いかがと、

思ひ憚りてなむ。 (源氏1.299)

これらの例を「省略」とするなら、次のような助詞ゾの例も「省略」とすべき であろう。(20−a)は「あらむ」、(20−b)は「ある」が 省 略 さ れ て い る と 思 わ れる。

(20) a.「いかにぞ、いまは見はてつや」とのたまふままに、

(源氏1.249)

b.「さていづこにぞ。人にはさとは知らせで、我に得させよ。

(源氏1.260)

「いかが」は「いかにか」の略。

(17)

!!!!

!!!!

!!

!!!!

!!!

!!!

もし、このような「省略」を「係り」(つまり係り結びの結びの省略)と考 えれば、源氏物語において、疑問詞疑問のカは、全て「係り」として使われる という一般化を得る。なぜなら、カの疑問詞疑問の例は、「省略」(33例)以 外は全て、(21)のような「係り」(66例)だからである。

(21) a.いづこにか帰りはべらん (源氏1.253)

b.何ごとをかは答へきこへむ (源氏1.291)

c.などかさなむとものせざりし (源氏1.310)

しかし、「省略」の例を全て「係り」と考えると、ゾの方には都合が悪い。ゾ は、「省略」(5例)以外は全て、(22)のような「文末」(16例)だからである。

(22) a.いづくにおはしますぞ (源氏1.173)

b.この西なる家は何人の住むぞ (源氏1.214)

c.などてかくはかなき宿は取りつるぞ (源氏1.243)

よって、「省略」の例は、カに関しては「係り」と、ゾに関しては「文末」と 一緒にした方が、有意義な一般化が得られるということになる。しかし、これ はカやゾの分布から結論されることであって、(19)や(20)の例そのものから言 えることではない。全体の傾向が分からないうちに、(19)や(20)のような例を

「係り」もしくは「文末」に振り分けてしまうと、データが恣意的になる恐れ がある。よって、データ上は「省略」とし、全体の傾向から「係り」か「文末」

にするのが穏当な手順であると考えられる。

以上のことを踏まえデータを集計するが、表2では、「ぞ」は万葉集同様、φ

(疑問の助詞無し)に含め、構文的位置を問題としないので、カの一般化を重 視し、「省略」を係り結びの結びの省略と考えて集計した。また、「ぞや」とい

(18)

!!!

う助詞も2例見られたが、これは平叙文にも使われゾと変わらないのでφに 含めた。

表2:源氏物語

質 問 自 問 反 語

疑問詞 カ係り(20) カ係り(34) カ係り(45)

φ(34) φ(51) φ(3)

肯 否

カ文末(7) カ文末(7) カ文末(3)

ヤ文末(13) ヤ文末(3) ヤ文末(5)

ヤ係り(17) ヤ係り(55) ヤ係り(3)

4.2.3 特徴と実例

散文という資料の性質を反映して、質問の例と自問の例がバランス良く見ら れる。ヤ文末は質問が多く、逆にヤ係りは自問が多いという偏りも見られるが、

質問、自問の片方にしか用例が見られない形式(構文)はない。反語に関して は、万葉集ではヤ文末に多く偏っていたが、源氏物語ではカ係りに偏っている。

この後、カ係りは反語に偏って使用され、衰微していく。

疑問詞疑問/肯否疑問の区別については、大きな変化が見られる。疑問詞疑 問で使われていたカ文末、肯否疑問で使われていたカ係りがそれぞれ姿を消し ている。疑問詞疑問のカ文末は、万葉集でも固定的な例であったが(cf.(12))、 肯否疑問のカ係りは活発であり、大きな変化であると言える。この結果、疑問 詞疑問は「カ係り、φ」、肯否疑問は「カ文末、ヤ文末、ヤ係り」と異なる構 文で区別されている。

次に、質問、自問の例を、使われている形式ごとにそれぞれ挙げていく。ま ず、質問の例を(23)に挙げる。

(23) a.源氏「年齢は幾つにかものしたまひし。... 右近「十九にやな りたまひにけん。 (カ係り、源氏1.261)

(19)

!!!!

!!!!

!!!!

b.ありつる子の声にて、「ものけたまはる。いづくにおはしますぞ」

と、かれたる声のをかしきにて言へば、「ここにぞ臥したる。

φ、源氏1.173)

c.「客人は寝たまひぬるか。... 「廂にぞ大殿籠りぬる。

(カ文末、源氏1.174)

d.惟光に、「この西なる家は何人の住むぞ、問ひ聞きたりや」との

たまへば、 (ヤ文末、源氏1.214)

e.源氏「その姉君は朝臣の弟やもたる」「さもはべらず。

(ヤ係り、源氏1.181)

(23−b)は聞き手の場所、(23−d)は聞き手が聞いたか否かを問うもので、典型 的な聞き手の事柄に関する問いである。(23−a)(23−c)は、聞き手の事柄そのも のではないが、聞き手が仕えている主人に関することを聞いており、聞き手が 答えを知っていることを期待して聞いている疑問文である。また、(23−e)も聞 き手の身内に関することであり、(23−a)(23−c)に準じるものと解される。いず れも典型的な質問文である。

次に、自問の例を(24)に挙げる。

(24) a.わが心ながら、いとかく人にしむことはなきをいかなる契りに

かはありけんなど、思ほしよる。 (カ係り、源氏1.228)

b.いかなる者の集へるならむと、様変りて思さる。

φ、源氏1.209)

c.遠く下りなんとするを、さすがに心細ければ、思し忘れぬるか とこころみに、 (カ文末、源氏1.263)

d.やをら寄りたまひて、見ゆやと思せど、隙もなければ、

(ヤ文末、源氏1.170)

(20)

!!!

!!!!

e.恨みを負ふつもりにやありけん、いとあつしくなりゆき、もの 心細げに里がちなるを、 (ヤ係り、源氏1.93)

(24−a)(24−b)(24−d)は「思ふ」という動詞の引用節内にある。(24−c)は空蝉 が忘れられていないかを試すために光源氏に歌を送る場面であり、忘れたかど うかを聞き手に問うているわけではない。(24−e)は後の事実の原因を推測する ものであり、自問の一つのパタンである。

最後に反語の例を挙げる。

(25) a.「いかでかまからん、暗うて」 (カ係り、源氏1.238)

b.なほくはしく語れ。今は何ごとを隠すべきぞ。(φ、源氏1.259)

c.さりとも、まうとたちのつきづきしく今めきたらむに、おろし たてんやは。 (ヤ文末、源氏1.173)

d.我人に劣らむと思いたるやはある。 (ヤ係り、源氏1.119)

(25−a)は「暗くて退出できない」、(25−b)は「隠すべきではない」、(25−c)は

「(空蝉を)あなたたちには譲らない」、(25−d)は「人に劣っていると思う人 はいない」といった意味の、否定的な反語である。

4.3 覚一本平家物語 4.3.1 データの前処理

覚一本平家物語でも、源氏物語同様、冒頭から用例を除外することなく、300 例を集めた。本データの入力に際し、問題と思われたのは次の二点である。

まず、覚一本平家物語に使われる助詞としては、「か」「かや」「ぞ」「ぞや」

「や」「やらん」を入力したが、そのうちに二つの助詞が使われる次のような 例が2例見られた。

(21)

!!

!!

!

!!

!!!

!!!

(26) a.などや、三人ながされたる人の、二人は召しかへされてさぶら

ふに、今まで御のぼりさぶらはぬぞ。 (平家1.222)

b.なんぞ天心を察せずして、おろかに医療をいたはしうせむや。

(平家1.229)

このうち(26−b)については、(27)のような例との類似性から、助詞を「ぞ」と 入力した。

(27) a.何ぞ必ずしも幽遠の境にましまさむ。 (平家1.173)

b.所願なんぞ成就せざらん。 (平家1.174)

また(26−b)を助詞「ぞ」の例としたため、(26−a)も疑問詞についている助詞

「や」の例とした。

次に、(28)のように、話し手自身で疑問を提示し、話し手自身が答えるもの が3例見られた。

(28) a.抑平家の安芸の厳島を信じ始められける事はいかにといふに、鳥

羽院の御宇に、清盛公いまだ安芸守たりし時、 (平家1.203)

b.其故は如何にといふに、此太刀は大臣葬の時用ゐる無文の太刀

なり。 (平家1.234)

これらは、話し手が答えを知っているという点では「反語」に共通するが、「と いふ」が示すように一旦疑問として提示されている点で、「誰がやったんだ(お 前だろ)!」のような答えが前提となっている反語の例とは異なる。また、話 し手が質問をされている風を装っているとも考えられるが、単に自分自身で疑 問を提示していると考えられるので、質問相手は「なし」(自問)とし、備考

(22)

欄に「自分で答える」と記した。

ただし、上の問題が見られるのは、本資料では少数であり、大勢に大きな影 響はない。

4.3.2 データ集計

データ集計に際しては、源氏物語に見られたカ、ヤに加えて、「にやあらん」

から出たヤランも助詞として認定した。またこれまで同様「ぞ」は、助詞「無 し」とまとめてφとした。また、「ぞや」「かや」という助詞の複合も見られ たが、「ぞや」は源氏物語同様「ぞ」の一種としてφに、「かや」は「か」の 一種としてカとして集計した。「ぞや」は6例、「かや」は1例と用例数は多く ない。構文において「省略」としたものは、今回はほとんどが「にやあらん」

の「あらん」の省略であり、ヤ係りに含めた。以上を踏まえ集計した結果が表3 になる。

表3:覚一本平家物語

質 問 自 問 反 語

疑問詞

ヤ係り(4)

ヤラン(7) ヤラン(10)

カ係り(15) カ係り(15) カ係り(59)

φ(32) φ(22) φ(12)

肯 否

ヤラン(1) ヤラン(8)

カ文末(12) カ文末(10) カ文末(1)

ヤ文末(4) ヤ文末(1) ヤ文末(7)

ヤ係り(15) ヤ係り(58) ヤ係り(7)

4.3.3 特徴と実例

源氏物語で肯否疑問にのみ使われていたヤ係りが、疑問詞疑問にも使われる ようになっている。また、「にやあらん」から出たヤランが、肯否疑問にも疑

(23)

!!!

!!!

!!

!!!

問詞疑問にも使われている。ヤの疑問詞疑問、肯否疑問への両用化は、ヤが衰 退傾向を示していると解釈されることを、後に述べる。ヤ、ヤランは、疑問詞 疑問、肯否疑問の両方に使われるが、これらの用例数は決して多くはなく、全 体としては、源氏物語同様、疑問詞疑問「カ係り、φ」、肯否疑問「カ文末、ヤ 文末、ヤ係り」という区別が認められる。

質問/自問/反語の区別については、カ係りは反語に偏り、ヤ係りは自問に偏 るといった傾向は認められるが、形式を区別する決定的な差となってはいない。

質問、自問について、形式ごとに例を挙げていく。まず、(29)に質問の例を 挙げる。

(29) a.母や妹是を見て、「いかにやいかに」と問ひけれども、とかうの

返事にも及ばず。 (ヤ係り、平家1.124)

b.内侍共「...何事の御祈誓に、御参籠さぶらふやらん」と申しけ

れば、「大将を人にこえられたる間、その祈のためなり」とぞ仰 せられける。 (ヤラン、平家1.162)

c.「...此程院中の人々の、兵具をととのへ、軍兵を召され候をば、

何とかきこしめされ候」。「それは、山攻めらるべしとこそ聞け」

(カ係り、平家1.108)

d.「さてさて俊寛と康頼法師が事はいかに」。「それも同じう召しこ そかへされ候はめ。 (φ、平家1.188)

e.貞能はないか。少将に酒すすめよ」と宣へば、貞能御酌に参り たり。 (カ文末、平家1.233)

f. 大明神御託宣あって、「汝知れりや忘れりや、ある聖をもってい

はせし事は。 (ヤ文末、平家1.205)

g.当国の名所に、あこやの松と云ふ所や知りたる』と問ふに、

『まったく当国のうちには候はず。 (ヤ係り、平家1.153)

(24)

!!!

!!!!

!!!

いずれも「問ふ」という動詞の引用節内であったり、問いと答えのペアになっ ていたりして、質問であることが明瞭な例を挙げた。また、いずれの例も聞き 手に関する事柄の問いとなっていて、典型的な質問の例である。(29−c)(29−f)

(29−g)は、「どう聞いたか」「知っているか」など、聞き手の認識を問うもの であり、また、(29−d)は「俊寛と康頼法師を赦免するか否か」についての聞 き手の考えを問う例である。

次に自問の例を(30)に挙げる。

(30) a.世にはいかにしてもれけるやらむ、哀れにやさしきためしにぞ、

人々申しあへりける。 (ヤラン、平家1.54)

b.をさなき人々、いかなる目にかあふらむと、思ひやるにもおぼ つかなし。 (カ係り、平家1.117)

c.入道相国、二位殿、胸に手をおいて、こはいかにせんいかにせ んとぞあきれ給ふ。 (φ、平家1.197)

d.俊寛僧都一人のこったりけるが、是を聞き、「あまりに思へば夢

やらん。 (ヤラン、平家1.190)

e.御神宝天にかかやいて、日月地に落ち給ふかとおどろかる。

(カ文末、平家1.84)

f. 是等をよしなしとや思はれけん、其夜の闇うちなかりけり。

(ヤ係り、平家1.22)

(30−a)(30−f)は、後に続く「人々が噂をした」「闇討ちはなかった」という事 実を作者が訝しみ、原因を推測している例である。(30−b)は「思ふ」の引用 節内にある。(30−c)(30−d)(30−e)は、いずれも当惑したり、驚いたりするこ とによって、思わず発せられた疑問文の例である。どれも、聞き手がいて質問 をしているような例ではない。

(25)

!!!

!!

!

最後に反語の例を挙げる。

(31) a.いかでか声をも聞かであるべき。今様一つ歌へかし

(カ係り、平家1.37)

b.内侍共、「これまでのぼる程では、我等が主の太政入道殿へいか

で参らであるべき」とて、西八条へぞ参じたる。

φ、平家1.162)

c.思ひきやうき身ながらにめぐりきておなじ雲井の月を見むとは

(ヤ文末、平家1.54)

d.況や師高なんどは、事の数にやあるべきに、子細にや及ぶべき」

(ヤ係り、平家1.78)

(31−a)(31−b)は、「いかで〜であるべき(どうして〜せずにいるべきか)」と いう同じ構文パタンを持ち、異なるのはカがあるかないかである。それぞれ「声 を聞くべきである」「太政入道の所へ参るべきである」という否定の意味の反 語である。(31−c)の「思ひきや〜とは」は「〜とは思わない」という反語の倒 置である。(31−d)には二つのヤ係りがあるが、いずれも反語で「ものの数で もないので、子細に及ぶべきではない」という意味になる。

4.4 史記抄

4.4.1 データの前処理

史記抄は、司馬遷の『史記』の注釈書であるが、講者の桃源瑞仙による日本 語を記録した部分以外にも、中国の注釈書からの引用を含んでいる。後者は漢 文で書かれ、時として送り仮名が振られているが、この部分は漢文訓読体で日 本語注釈部分と大きく語法が異なる。よって、この部分は本データに含まな かった。また、日本語による注釈部分でも、次の2例は強く漢文訓読の影響を

(26)

!!!

!!!

!!!

受けていると考え、本データには入れなかった。

(32) a.何徳ガアツテ美物ニ堪ンヤゾ。 (史記1.148)

b.イカナル百姓マデモ、カナシミナゲイテ、黄鳥詩ヲ作リ、歌フ ホドノ者ヲ奪テ、従死ルホドノ事ヲヤゾ。 (史記1.303)

(32−a)は実質的に史記本文「何徳以堪之」の訓読と考えてよいと思われる。

(32−b)は注釈対象である「況奪之善人良臣百姓所哀者乎」の「いわんや〜を や」に引かれたものと思われる。これらを除くとヤはほぼ使わることはない。

以上を除いた冒頭からの300例を本データとして集めたが、次の例に関して は、「何タル神」と「我ガトヲルヲバ、不知歟」の二つの疑問文に分けるとい う処理を行った。

(33) 湘君ト云ハ、何タル神ナレバ、我ガトヲルヲバ、不知歟トテ怒ルゾ。

(史記1.395)

もしこれを一つの疑問文と見れば、唯一文末のカが疑問詞疑問で使われる例と なる。しかし、「何タル神」は史記本文の「湘君何神」に対応するものであり、

「我ガトヲルヲバ、不知歟」は瑞仙が補足した部分であるため、独立の疑問文 として使われた可能性もある。文末のカが疑問詞疑問で使われた確例とは言い にくいため、二つの疑問文とした

次にデータ入力の際の問題について述べる。この資料の助詞としては、「か」

以下『史記』の本文は新釈漢文大系(明治書院)による。

(33)の「何タル神」は「ナレバ」の前で使われているため、独立した疑問文と見なし にくいと思われるかもしれない。しかしこの資料では、「ナレバ」の前で独立した疑問 文が使われることはよく見受けられる。

(a)其ヲバナニトシテ知ゾナレバ、濟水ノ上ニヌカヲマイタレバ、黄河ヲ透テ

出タト云ゾ。 (史記1.84)

(27)

!!!

!!!

!!!

「ぞ」「や」「やらん」を区別したが、そのうちゾは、(34)のように史記抄では ほとんどの文の文末で使われる助詞である。

(34) 瞽ハ楽師ゾ。史ハ大史ゾ。ナゼニ瞽ハ楽ヲツカサドルゾト云ヘバ、

目ノ不見者ハ性ガシヅマリテヨク音律ヲシルゾ。目ノアイタ者ハ見 ルトコロデ、マギレテ心ガ散動スルホドニヨウモ不知ゾ。

(史記1.156)

(34)のうち波線部を持つ例だけが疑問文で使われたゾであるが、他の文でのゾ の使用が示すように、ゾは疑問文と平叙文を区別するような機能を持っていな い。このことは、「ぞ」を助詞「無し」と同様に扱う本稿の集計方法の妥当性 を示していると思われるが、(34)の波線部を含む文のゾも本データの助詞の欄 には「ぞ」と入力した。ただし、疑問文にゾが使われていれば必ず「ぞ」と入 力したわけではなく、他の助詞がある場合には、他の助詞を優先した。よって

(35)の助詞は「か」となる。

(35) 不書コトヲバシ不赴告ト云ワウズ歟ゾ。 (史記1.127)

(35)が疑問文であることはカが示しており、ゾは(34)が示すように、平叙文で あれ疑問文であれ、単に文末に添えられる助詞に過ぎないと考えたからである。

質問/自問の区別については、(36)のように、覚一本平家物語でも見られた、

話し手が提示した疑問に話し手自身が答える例が見られた。

(36) a.何事ガ不足ナゾト云バ次下ニ論ズルゾ。 (史記1.31)

b.其ヲナゼニ若水トハイツタゾ。如水ト云辞コソアレト云タ論ガ アルガ、処ノ名デツイタゾ。 (史記1.62)

(28)

c.晋退三舎タゾ。ナゼニト云ヘバ、楚ニアツシ時ニ、退三舎セン!!!

ト約シツルホドニゾ。 (史記1.281)

このような例については、覚一本平家物語と同様に質問相手は「なし」(自問)

とし、備考欄に「自分で答える」と記した。ただし、覚一本平家物語ではこの ような例は3例しかなかったため大勢に影響はなかったが、史記抄にはこのよ うな例が56例見られる。これらの例を質問と考えた場合の問題については、

4.4.3節で述べる。

4.4.2 データ集計

助詞「ぞ」を「無し」とともにφにして集計した結果が表4である。

表4:史記抄

質 問 自 問 反 語

疑問詞

ヤラン(18)

カ係り(3) カ係り(9) カ係り(35)

φ(8) φ(83) φ(23)

肯 否

カ係り(18)

ヤラン(4)

カ文末(93) カ文末(5)

ヤ係り(1)

4.4.3 特徴と実例

史記抄は講義の聞き書きであり、対話部分がほどんどないため、多くの例が 自問に集中している。ただし、先に見た(36)のような例が56例あり、これら を話し手自身を聞き手として「質問」していると考えれば、表4の分布も違っ たものになる。特に、56例中55例は、φ(助詞無し)の例であり、これらを 質問と見なせば、φは、質問が63例、自問が28例となる。しかし、なぜ(36)

(29)

!!

!!

!!

のような例がφに偏るのかも、やはり資料の文体的特徴から説明が可能であ ると思われる。すなわち、講義において(36)のように問題提起をする場合は、

普通疑問詞疑問を使うため、(36)のパタンは疑問詞疑問に偏り、結果、疑問詞 疑問を表すφに(36)のパタンは偏るのである。このように、φが疑問詞疑問 を表す結果として、質問と見られうる例が多いだけであり、形式が質問/自問 を区別しているわけではない。

歴史的な変化としては、まず、ヤが係り・文末ともにほぼ消滅していること が指摘できる。ヤは源氏物語までは肯否専用の形式であったが、覚一本平家物 語では、疑問詞疑問にも使われるようになっていた。そのヤが消滅したことか ら、この覚一本平家物語に見られた肯否疑問、疑問詞疑問への両用化は、ヤの 衰退の傾向を示していたと解釈したい。

次に、カ係りが、疑問詞疑問だけでなく、肯否疑問にも使われるようになっ ているという変化が見られる。この疑問詞疑問、肯否疑問への両用化も、やは りカ係りの衰退を示していると考えられる。カ係りの衰退傾向は、史記抄にお けるその表現の固定化からも顕著である。カ係りは多く反語に偏るが、その反 語に用いられた35例中31例が、(37)のように「ナニカ〜ウゾ(どうして〜で あろうか)」というパタンで用いられている。

(37) a.ナニカ帝王ノナイト云事ハアラウゾ。 (史記1.50)

b.アノ日ハナニカ喪ルト云事ハアラウゾ。 (史記1.100)

c.秦ヲ伐テ取ランナンドノ心デハ今ハナニカアラウゾ。

(史記1.234)

また、肯否疑問も18例中15例が(38)のように述語部分に用いられるなど固 定化している。

(30)

!!!

!!

!!!

!!!

(38) a.湯ハ聖賢ヂヤホドニ我ニ代テ天子ニナリカセウズラウト思テ、

(史記1.95)

b.サルホドニ、ワルウシテ、取テノケラレカセウズラウト思テ、

(史記1.313)

c.群臣ガ誅シカセウズラウト思テ (史記1.439)

このようにカ係りは衰退傾向にあり、生産的な構文パタンは、疑問詞疑問にφ が、肯否疑問に文末のカがあるだけということになる。

最後に史記抄の例を挙げる。まず、質問の例である。

(39) a.言ハ五庶子ノ中デドレヲカ立ントヲボシメシサフト云テ、

(カ係り、史記1.225)

b.誰ガ云タゾト案問スレドモ、我ガ云タト、云フ者ガナイホドニ

φ、史記1.414)

c.ナントシタ事ゾト、問ワウトシタレバ、カキケスヤウニウセテ、

φ、史記1.419)

講義を写したという資料の性質上、質問の例はほとんどないが、史記本文の影 響によって質問と解される例がいくつか見られる。(39−a)(39−b)(39−c)は史記 の本文を解説したものであり、(39−a)は本文「孰欲立」の訓読、(39−b)、(39−c)

はそれぞれ、「案問莫服」、「使者問其故、因忽不見」の下線部を日本語の疑問 文として具体的に述べたものである。

次に自問の例を挙げる。

(40) a.ナニトシタ名ヤラウ、ヲソロシゲナ名ナリ。

(ヤラン、史記1.251)

(31)

!!

!!

!!!

!!!!

!!!

b.日本国トハ誰ガツケタゾト思ヘバ武皇后ト云ゾ。(φ、史記1.87)

c.此等ハ皆簡要ノ事デアルヲ司馬遷ガ不取ハ何トシタコトゾ。

φ、史記1.163)

d.御タラシメウハ、ナントアラウゾト卜スルニ吉ナリ。

φ、史記1.249)

e.其ニモ、ツカヌホドニヤラウ、カカルメニ逢タゾ。

(ヤラン、史記1.332)

f. 不書コトヲバシ不赴告ト云ワウズ歟ゾ。 (カ文末、史記1.127)

g.前ノ三十五年ニ恵王ト書タハ誤タ歟。 (カ文末、史記1.223)

h.恐ハ葉ノ字ヲバシ、略字ニカイタ歟ト思テ、

(カ文末、史記1.260)

(40−a)(40−e)からは、ヤランが疑問詞疑問にも肯否疑問にも使われることが分 か る。そ の 他 の 疑 問 詞 疑 問 の 例(40−b)(40−c)(40−d)と 肯 否 疑 問 の 例(40−f)

(40−g)(40−h)を比べると、カの有無がこれらを区別していることが分かる。

(40−a)(40−e)は、後の「恐ろしい名である」「このような目に逢った」という 事実に対して話し手が原因を推測する例である。(40−b)(40−c)(40−f)(40−g)

(40−h)はいずれも、史記本文や注釈書に出てくる言葉について、桃源瑞仙が 不審に思っている例である。(40−d)は史記本文「卜之使御」の解説で「召使 いにするのはどうだろうか」と占いをしたという意味の自問である。

否定的な反語の例は(37)に挙げたため、最後に肯定的な答えを前提とする反 語の例を挙げる。

(41) a.ソナタト、婚姻ニ、ナリタハ、何ノタメゾ。カカル時ノ用デコ

ソアルニ、 (φ、史記1.332)

b.縦、我ヲコソ、人トモ思ワレズトモ、姉ヲバ、ナントナレト、思

(32)

!!

ワルルゾト云ホドニ、 (φ、史記1.332)

(41)はどちらも趙の平原君が魏の信陵君に援軍を頼む一節からのものである。

(41−a)は、平原君が信陵君の姉と婚姻関係を結んだのは困ったときのためであ る、と伝えており、答えを知った上での疑問文である。(41−b)の「姉を何と 思うか」という疑問文も、信陵君にとって肉親で大切な存在である、という答 えを前提にして聞いている。よって、答えを話し手が聞き手に伝えるための疑 問文であり、反語と解釈できる。

4.5 虎明本狂言集 4.5.1 データの前処理

本データからは、謡や和歌、漢詩の部分を除いた。虎明本狂言集には、謡や 和歌にのみ以下のような係り結びの用例が見られ、他の部分との文体的相異が はっきりしている。

しゆじやう

(42) a.ひることは某が事。うぢ品 性、誰にか劣りたまふべき、

(虎明上28)

b.のがひの牛の一こゑも、草かり笛にやまがふらん (虎明1.124)

c.としの内に、餅はつきけり ひととせを、こぞとや食はむ、今

年とや食はん (虎明上46)

d.つはもの野に臥ス時は、帰雁つらをやみだすらんといふ、詩の

心をおぼしめし (虎明上57)

(42−a)はゑびす大黒が自身の素性を語る場面、(42−b)は牛博労が牛の正統性 を謡に載せ て 語 る 場 面 で あ る。(42−c)は 古 今 集 冒 頭 歌 を 捩 っ た 歌 で あ り、

(42−d)は古今著聞集巻第九に「それ軍、野に伏す時は、飛雁つらをやぶる」と

(33)

あり、元は『孫子』の行軍篇に拠るかとされる

また、(43−a)のように反語を導くヤワカという副詞があり、これは語源的に は助詞ヤとカから成っているが、(43−b)のように否定文に係る副詞とも考え られるため、データには入れなかった。

(43) a.駒とこそあれ、やわか牛とは候 (虎明上123)

b.やはか馬にふまるなとは候まじひぞ、 (虎明上124)

以上を除いた冒頭からの300例を本データとした。

4.5.2 データ集計

助詞「ぞ」を「無し」とともにφにして集計した結果が表5である。

表5:虎明本狂言集

質 問 自 問 反 語

疑問詞

ガナ係り(2)

ヤラン(1)

φ(130) φ(13) φ(5)

肯 否 ヤラン(1)

カ文末(124) カ文末(13) カ文末(11)

4.5.3 特徴と実例

対話劇の台本という資料の性質を反映し、ほとんどの用例が質問の例となっ ている。ただし、用例数が少ないガナ、ヤランは置くとして、疑問詞疑問のφ にも、肯否疑問のカにも、自問、反語の例が見られ、形式によって質問/自問/

新潮古典集成p.415の頭注による。

(34)

!!!!!!

!!!!

!!!

!!

反語の区別がされているということはない。

史記抄で、疑問詞疑問・肯否疑問に両用化し、表現が固定的になっていたカ 係りが消滅し、ほぼ疑問詞疑問は「φ」で、肯否疑問は「カ文末」で表される ようになっている

まず、質問の例から見ていく。

(44) a.「...是はいかやうなる御かたにて御ざあるぞ 大黒「某は三 面の大こくにてあるが、 (φ、虎明上38)

b.淡路「都へはどれからござるぞ 美濃「某はみのの国の百姓でご

ざるが、 (φ、虎明上59)

c.太郎冠者「それならば百疋にかひまらせう、代物はどこで渡し申 さう 売手「三条もがりやで請取ませう (φ、虎明上71)

d.太郎冠者「お名をば何と申すぞ 売手「身共は、またひ者じやに 依て、三条の又九郎左衛門と申、 (φ、虎明上95)

e.津の国「...言葉をかけう、申々 播磨「こなたの事で御ざるか

津の国「中々そなたの事で御ざるが、 (カ文末、虎明上49)

f.果報者「...すゑひろがりは身が蔵にはないか 太郎冠者「いや左 様の物は御ざらぬ (カ文末、虎明上68)

よみやう

g.果報者「...是に何やら書ひてあるが、なんぢは読様をならふた か 太郎冠者「中々ならふてまいつた (カ文末、虎明上76)

h.浅鍋売「こなたは目代殿でござるか 目代「中々

(カ文末、虎明上129)

疑問詞疑問「φ」、肯否疑問「文末カ」という分布について、疑問詞疑問は疑問詞があ るため助詞を使わなくて良いが、肯否疑問は疑問詞がないため助詞が必須になっている という考えがありうるが、この考えでは、なぜ疑問詞疑問には例外なくカが付かないの かが説明できない。よって本稿では、カの有無は疑問詞疑問/肯否疑問を区別するため であると考える。

(35)

!!

!!!!

!!

!!!

(44−a)(44−b)(44−c)(44−d)は疑問詞疑問の、(44−e)(44−f)(44−g)(44−h)は肯否 疑問の質問の例である。疑問詞疑問の用例には多くゾが使われるが、(44−c)の ように必ずしも義務ではない。よって、前者にはカがなく、後者にはあるとい うように、疑問詞疑問と肯否疑問で異なっているのはカの有無である。

次に自問の例を形式ごとに挙げる。

(45) a.さあらば名を付てやらう、何とがなつけうぞ、なんぢは、けう

がり、あそこな者は、やうがり (ガナ係り、虎明上114)

b.此宿のわかひ衆が、何として聞かれたやらん、おちごさまのお やどをとらせられたと申ほどに、 (ヤラン、虎明上137)

c.何がよからふぞ、いや身共は丸腰じや程に、かたなをうち出さ

う (φ、虎明上87)

d.参程に都ぢかくやらにぎやかなよ、 (ヤラン、虎明上69)

e.やれやれうれしや、手間がいらふかと思ふたれば、其ままとと のふて、うれしひ、 (カ文末、虎明上72)

(45−a)(45−c)はそれぞれ、「何と名前を付けるか」「打ち出の小槌で何を出すか」

を、一人で思案している例である。(45−b)(45−d)は、後に続く「おちごさま が宿を取ったと若い衆が申している」「賑やかである」という事実の原因を推 測する例である。(45−e)は買い物に時間が掛かるかと一人で考えていたことを 表している。いずれも自問の例である。

最後に反語の例を挙げる。

(46) a.某が疾うきて有に、何とてそれにいる、そちへのけ

φ、虎明上128)

b.おれこそ子共や孫を使はふずれ、おのれらに使はれうか、にく

(36)

ひ事をないひおつそ (カ文末、虎明上108)

いずれも「そこにいるべきでない」「子供、孫には使われない」という否定的 な意味になる反語である。

歴史変化の方向性

4節での調査結果から、まず、質問と自問については、資料ごとの偏りはあ るが、形式や構文によって区別されることがないことが分かった。例えば、一 般に問いを表すとされるヤ(富士谷1778、阪倉1993)は、万葉集では質問の 例が少なく、源氏物語でもカに比べヤの質問が極端に多いということはない。

このことはカが疑いを、ヤが問いを表すという説の妥当性を疑わせる。自問と 質問の区別について言えることは、万葉集のような和歌や史記抄のような講義 録では、対話場面が少ないため自問が多く、虎明狂言のような対話劇では質問 が多いといった、資料による偏りが見られるという程度のことである。

他方、疑問詞疑問/肯否疑問の区別については、各時代の資料で凡そ異なる 構文によって区別されていたことが分かった。そこで、表1〜表5の集計結果 から、質問/自問/反語の区別を無視して、どのような構文が疑問詞疑問、肯否 疑問を表すかをまとめたのが次の図2である。図2では、同一の形式を横に配 列し、用例が些少のものや固定的なものを( )内に示した。

この図から、大きくは、疑問詞疑問がφへ、肯否疑問がカ文末へと区別さ れていく変化が読み取れよう。また、疑問詞/肯否の形式の分化は、万葉集で カ係りがその両方に用いられていたのに対し、源氏物語では疑問詞疑問専用に なり、源氏物語以降、疑問詞疑問「カ係り、φ」、肯否疑問「ヤ文末、ヤ係り、

カ文末」という区別があることにも見られる。もちろん、疑問詞疑問もしくは 肯否疑問の専用形式が、両用になる変化も見られる。たとえば、肯否専用であっ たヤ係りは、平家で疑問詞・肯否の両用になり、また、疑問詞疑問専用であっ

参照

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