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開発戦略 としての輸出加工区の有効性

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開発戦略 としての輸出加工区の有効性

開発戦略 としての輸 出加工区の有効性

は じめに

従来 の輸 出加工 区 (Export processing zone:EPZ)は ,古くか らあ る二 つ の手段 の組 み合 わ せであ ると考 え られ る。一 つ は,工業 団地 (イ ンダス トリアル・ エステー ト(IE),あ るい はイ ンダス トリアル・ パ ーク (IP))と 呼 ばれ る ものもう一 つ はフ リー・ ゾー ン (FZ), あ るい は フ リー・ トレー ドー・ ゾー ン (FTZ)と 呼 ばれ る もの で あ る (WOrld Bank 1992)ヽ 世 界 で 初 めてのイ ンダス トリアル・ ェステー トは,古くは1896年 イギ リス・ マ ンチ ェス ターに設置 され,

フ リー・ ゾー ンに至 って は,その原型 は古代中国,カル タゴ・ ギ リシャ・ ローマの地 中海貿易 の時 代 まで さか のぼ る ことがで きる。

このよ うな輸 出加工区が初 めて出現 したのは,1959年アイル ラン ド・ シャノ ンにおいてであ る。

その きっかけは,航空輸送 におけるルー トの変化であった。 この時期,旅客機 はプロペラ機か らジェッ ト機へ と進化 を遂 げてお りこれが,給油地 と して重要 であ った シャノ ン国際空港 の役割 を必要性 の低 い もの と して しま った。 アイル ラン ド政府 はこれに対 して,空港 の中 に海外 か らの投資を呼 び 込 み,工業施設 を設置す ることに したのであ る。 そ してこの試 み は見事成功 し,多くの労働者 の 雇用 を創 出 した。 このよ うに,世界初 の輸 出加工 区 は誕生 したのであ る。

その成功 の後,1965年には ドミニカ共和国・ イ ン ド・ 台湾 といった国々が,1970年にはモー リシャ ス・ 韓国が輸 出加工区の建設 に着工 している。 これ ら初期の輸出加工区の中で も特 に,台 (高),

韓 国 (馬 山)の輸 出加工 区 はめざま しい成果 を上 げた2。 例 え ば,高雄 の輸 出加工 区で は1972年 に は164の 企業 を集 め,57,000人の雇用 を創 出 し,馬山 の輸 出加工 区で は,1972年に70あ 企業・7,000

lzリ ー・ ど

Iィ, 7ソ T:ト レー ド・ ゾーィとは,空港や港の近 くにあり柵で囲われ孤立 した区域を意味 し,

そこでは免税という特権が与えられる。香港やシンガポールは国全体が巨大なフリー・ トレー ド・ ゾーンと 2韓いえる。国馬山の輸出加工区は,正確には,馬山輸出自由区域 (Masan Free Export Zone)と いう。

‑77‑

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経済研究6巻 1号

人の雇用,1973年には115の企業・21,000人の雇用を作 り出すまでにな り,それ らは経済発展を望

む多 くの開発途上国にとって手本 となるものとなった。

しか しなが らシャノン,馬,高雄の輸出加工区が成功を収めたか らといって,輸出加工区の 設置場所や受 け入れる企業の業種,またその企業に与える特権 といったことに関 して,それ らの成 功例を 理想の姿"と して模倣することは非常に危険なことであった。なぜなら,個々の国々が持 っ ている比較優位 に沿 って採用 されるべ き手段が決 まって くるか らであるとWall(1976)は述べてい る。例えば,1970年に設立 されたイ ン ドのサ ンタ・ クルーズ電子機器輸 出加工区 (Santa Curz Electronics Export Processing Zone)は ,その計画段階で委員会が参考のためにと韓国 と台湾の 輸出加工区を訪れているがこの二国の訪間で見たものをそのままモデルに したことが,サンタ・

クルーズの輸出加工区を失敗に導いたとWall(1976)は分析 している。

その後,1970年以降,多くの開発途上国が輸出加工区の設立 に乗 り出 し,その中で も特 にアジア 諸国における成果にはめざま しい ものがあった。1970年か ら1990年の間には,世銀の定義 による輸 出加工区は約27ヶ86カ所にまで増え,また世銀 はこのうち,25カ (18カ所 はアジアの輸出加工 )が大成功を収 め,10カ所がそれに続 く成功,7カ所 は部分的に成功 した とし,18カ所 は明 らか に失敗であったと報告 している(World Bank 1992)3。

世界中の輸出加工区が創出 した雇用者数 は1978年には約220,000人,1986年には374,000人,そ

1990年には530,000人を雇用す るまでに至 った4。 特 に,1985年以降は,カ リブ海沿岸地域での雇 用の創出がめざましか った。 このよ うに,1970年代以降,本格的になった輸出加工区は,その後 も 成長を続 け,ILO/UNCTC(1988)も1970年か ら1980年前半 に世界経済 に起 こった多 くの構造変 化の中で,最も重要なものの一つは,疑いな く開発途上国における輸出加工区の成長である」 と述 べている。

以上のように、過去において輸出加工区が開発途上国で果た した役割の重要性 は現在で もなお失 われてい ないと考えこれまで も多 くの研究者 によつて行われてきたのではあるが,再,政策手 段 としての輸出加工区の有効性 について議論す る。 また,本稿では,フィリピン・ バ ター ン輸出加 工区 と韓国・ 馬山輸出自由地域を失敗例 と成功例 として注 目し,その違いを比較 して,これまでに 輸出加工区の創設 という政策を採 ることの無か った国々が今後その採用にあたって,どのような条 件を必要 とすべ きかを以下の順序で示 してい くこととする。第二節 :輸 出加工区 とは。第二節 :受 け入れ国への影響。第四節 :成功への鍵。第五節 :費用・ 便益分析 による評価。第六節:おわ りに。

386カ所 の うち成功 したか否 か の判 断 を下 す ことが可能 な ほ ど十 分 に長 い期 間操業 して い る輸 申加工 率 はQOタ 所 で あ ると し,ま,失敗例 の大部分 は輸 出加 工 区が実験段 階 で あ った1970年 代 に始 ま った もので あ る と し て い る。

4これ は世銀 によ る輸 出加工 区 の定義 か ら算 出 され た数字 で あ り,世銀 よ り広義 のILO/UNCTCの定義 を用 いれば,1975年には約55万 人,1986年には45ヶ国176箇 所 の輸 出加工 区で約 130万 人 が雇用 されて いた。

‑78‑―

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開発戦略 としての輸出加工区の有効性

2。 輸 出加 工 区 とは

輸出加工区 とは,一般的には受 け入れ国が,雇用の創出,外貨獲得,技術移転 (経営管理なども 含む)を期待 して,海外か らの直接投資を引き入れるために,その区域で生産 された財の大部分を 輸出するという条件の もとで,その区域での操業 には所得税など税金面での免除,原材料・ 中間財 の輸入に対 して関税の免除,様々な規制の引き下 げといった特権を与えるために新 しく創設 した区 域を言 う (これ らの関係 は図 1に 示 してある)5。

1

(出)Warr[1989]

これ までに行われて きた数 々の研究 で は,大まか な概念 は上記 の ままであ ると して も,その名称 と定義 が異 な る場合 も多 い。 これ に関 して は,ILO/UNCTC(1988)が詳 しく,様々な研究者 と研 究機関 によ ってこれ までに19種類 に も及ぶ英語表記 での名称が使用 されているが,そのなかで も 輸 出加工 区 (Export processing zone)と い う名称 が優勢 で あ ると述 べ られて い る6。 また,輸 加工 区の名前が示 す よ うに,輸出を 目的 と した地域 だ けに限定 して しま うと,同様 の機能 を持 った 世界 中の多 くの区域が この定義か らはずれて しま うことにな る。例えば,近年 ア ジア地域 の多 くの 国 々に設立 されて いる工業団地 で は上記 にあげたよ うな優遇措置が進 出企業 に与 え られ るに もかか わ らずこの定義 の もとで は分析 の対象か ら除外 されて しま うことにな る。実際,ILO/UNCTC

5そ

=F年,受け本o国によってインフラや電気・ 水道施設がきちんと整備されている。さらに,行政手続き

[][:甘IF;[;J:,著,│[雰if総,な32E皇Ъ

1容の一覧は,Spinanger(1984)Table2を 参照。

6 19種

菊ヨとは, Free trade zone,Foreign trade zone,Industrial free zOne,Free zone,Maquiladors,

力日

利益 の送金

‑79‑―

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経済研究6巻 1号

(1988)で はこのような区域を分析の対象か ら除 き,狭い意味で定義 された輸出加工区のみを分 析 の対象 としている7。 世銀 (World Bank 1992)に よる輸出加工区の定義 はさらに狭 く,「通常10

300ヘクタールで,柵に囲まれた,輸出を目的 とす る財を作 る工業団地を指す。 そ こでは,企 が自由に活動で きるように様々な特権が与え られている。」 となっている。そ してこのような非 常 に狭 い意味の定義 を用 いた世銀の報告書 (World Bank,1992)は ,1990年に操業 している輸出 加工区は前述のように27ヶ86カ所であると述べている。

本稿では,「国内経済か ら孤立 した経済的飛 び地 (ecOnomic enclave)で あ り,その中では輸出 指向型政策が採 られるような区域を輸出加工区 と呼ぶ」 という従来の方法を採用せず,近年多 くの 国 に作 られ,特にア ジアの地域 に多 く作 られている,工業団地 (イ ンダス トリアル・ エステー ト

(IE),あ るいはイ ンダス トリアル・ パーク (IP))の役割 と重要性がこれまで議論 した輸出 加工区 となん ら変わ りのないものとして考えこれ らの区域を含めた広い意味で 輸出加工区"と

いう名称を用いるものとする。

3.受け入 れ国 へ の影 響

開発途上国が輸出加工区の創設か ら期待す るものは大 きく分 けて,①外貨獲得,②雇用の増大,

③技術移転 ということがで きるであろ う。Warr(1989)はこれ らの項 目に関 して,1980年前後の インドネシア,マレーシア,韓,フィリピンのデータを用いて費用・ 便益分析を行 っている8。

まず,①外貨獲得 に関 してであるが,Warr(1989)は「多 くの研究の中で,輸出加工区で獲得 される外貨の受 け入れ国に与える直接的な影響が強調 されている。 しか し,外国企業 によって輸出 加工区で作 られた製品を輸出することで獲得できる外貨は,それ らの企業 と海外の企業 との間の取 引にす ぎない。結局,稼ぎ出された外貨 は,輸出加工区で操業する海外企業の資産 となるだけであ る。 これが,受け入れ国 とかかわ りを もつのは,その外貨が国内通貨に換金 されて,輸出加工区で 働 く労働者 の賃金 となったり,地元企業か らの物資の購入 に当て られるときだけである。」 と述べ ている。またこのように,労働者や国内の生産要素が間接的に外貨を受 け取 るというとうことは, それ らの生産要素を輸出加工区に輸出 していることに等 しいと考えることができる。

ne,Exportprocessingfreezone,Freeproduction zone, Export processing zone, Special economic zone, Tax free zone, Tax free trade zone, Investment promotion zone, Free economic zone, Free export zone, Free export processing zone, Privilesed export

°

1重1まIXttf言 F畠I吉

8霙2習秀オリ奮彙9ザ lジャヵルタ輸出加工区,韓国 :馬 山輸出自由地域,マレーシア:ペナ ン・ フ リー・

トレー ド・ ゾー ン,フ ィリピン :バ ター ン輸出加工区についてである。

‑80‑―

(5)

   

1

中米 での輸 出加工 区の状況

1990      1991      1992      1993      1994      1995      1996

コ ス タ リ カ

企業数(a

輸出加工区での雇用者数 (千)(b) 工業部門での雇用 に対する比率(0

N/A      176       170       209       231       263       271

N/A   30。 7    32.6    40.8    42.4    45.2    44.2 N/A    16.3    16.6    20。 7    20.8    23.5    N/A

ホ ン ジ ュ ラ ス

a b C

24        53        72        88        114       135       159 9.0       20。 1       27:2      33.3      42.5      55.0      69.3 11.5      20.8      24。3      26.6      30.6      36.O      N/A

ニ カ ラ グ ア

a b C

N/A    N/A     8      9      14     18     18 N/A    N/A    l.0     1.7     4.6     6.5     11.3 N/A    N/A    3.0     4.9     14.5    19。 7    N/A

エ ル サ ル バ ドル

a b

C

N/A    N/A    N/A    N/A    N/A    N/A    190 N/A   N/A    31.4    N/A    N/A   N/A    38.4 N/A   N/A    30.6    N/A    N/A    N/A    28.4

グ ア テ マ ラ

N/A   N/A    N/A    N/A    N/A    N/A   N/A N/A   N/A   N/A    80.0    70.0    54.0    61.8 N/A   N/A    N/A    58.5    45.8    37.9    N/A

出所 :」enkins et al.(1998)Table 4,5,6,7,8

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経済研究6巻 1号

そ こで,外貨獲得か ら受 け入れ国が得 た利益 を,先に挙 げた 4カ 国のデー タを用 いて行 った Warr(1989)の分析 より見てみ ると,輸出加工区の創設 により生 じた総利益 に対す る外貨獲得か ら得た利益の割合 は,イ ンドネシア0%,韓47%,マ レー シア39%,フ ィリピン50%とイ ン ドネ シアを除けば,外貨獲得か ら得た利益 は総利益の中でかなり高い割合を占めていると言える。

②雇用 に関 しては,輸出加工区の創設 は現地の未熟練労働者,準熟練労働者の雇用の増大にかな り貢献 したといえる。輸出加工区での実際の雇用者数を1982年を例 に取れば,イ ン ドネシア7,742 ,韓26,012人,マ レーシア36,298人フィリピン19,410人とな っている。 また,総利益 に対す る雇用により生 じた利益の比率をWarr(1989)の 分析結果で見てみると,それぞれ 13%,28%, 46%,41%と ,受け入れ国の厚生増加に与える影響 はかなり大 きい。

また,最近の例 としては,中央 アメ リカ5ヶ (コスタリカ 0ホ ンジュラス・ ニカラグア・ エル サルバ ドル・ グアテマラ)の輸出加工区が雇用 した労働者数の変化を表 1の データか ら見 ることが で きる9。 この表1を見ればわか るよ うに,1991年か ら1996年までの6年間に,輸出加工区で操業 す る企業数 はコスタリカ,ホ ンジュラスでは100企業近 く増大 し,雇用 される労働者の数 もグアテ マラを除けば確実に増大 している。輸出加工区の先駆的な例 としてあげ られ,設立 より30年を経て いる台湾や韓国の輸出加工区においては,当初の目的は意味を失い,その重要性 も薄れてきている ,その一方で,中央アメ リカのように,輸出加工区の創設が比較的遅か った国で もその雇用の創 出に関す る効果はなお大 きいことがわかる。

③技術移転に関 しては,雇用の増大や外貨獲得 ほど,その効果を受 け入れ国は期待できない。 と い うのも,輸出加工区で操業す る外国企業は研究開発 といった重要な部分 は当然のことなが ら本国 で行 ってお り,また このような高度な技術を受 け入れる土壌 も開発途上国では育 っていない。 これ よりも重要なものは,輸出加工区で操業する企業が必要 とする中間財を現地企業が供給す ることに より自らの生産技術を高めるといった意味での技術移転が考え られる。 しか し,残念なことにい く つかの例外を除けば,輸出加工区の外国企業の多 くは製品を生産す る際に,現地の企業が作 る中間 財を使用 していない。外国企業 にとつては,作り出 した製品の大部分を輸出するため,その品質を 維持 し国際市場で競争力を保たなければな らない。 このためには,品質の安定 しない現地企業の製 品を中間財 として使用す ることはで きなか ったのであるЮ。 ただ し,輸出加工区で も多 く見 られ る

Z姜虚蜆β瓢冨鯰瓢喫雫辞皇影響鶴

準ず る区域 の創設 に関す る法律を発布

に輸出加工区 とそれに 9中央 ア メ リカの国 々

ラグアはEPZ法1991年に発布 し,エルサルバ ドルは,

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Ъ揚督ぶi謡:紐LttTを宝→ Ю[:ま:りP曽5F奮X皇

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‑82‑―

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開発戦略としての輸出加工区の有効性

外国企業 と現地企業の合弁企業の場合には,当然の ことなが ら,技術移転 は行われやすい。

一方で,経営管理の技術移転に関 してはそれなりの効果があったと考え られる。輸出加工区内の 外国企業で中間管理職 として雇用 されていた現地労働者が,経営管理のノウハ ウを身につけ,そ

,現地企業 に移 り,そのノウハ ウを発揮するといった具合に経営管理の技術については現地企業 に伝播 されることが しば しばあるu。 しか し,彼らが身につけた技術を現地企業で発揮 させるため には,輸出加工区の外の ビジネス環境が整備 されていな くてはな らない12。 もしそ うでなければ,

技術の移転が受 け入れ国経済に与える影響 は乏 しいものとなる傾向があるとWOrld Bank(1992) は述べている。

4.成功 へ の鍵

ここでは,失敗か ら学ぶべ きことは多 くあると考え,成功例が多 く見 られるアジアの国々の中で も失敗例の代表 としてあげられ,い くつかの研究が残 されているフィリピン・ バ ターン(Bataan) 輸出加工区と成功例の代表 といわれる韓国・馬山輸出自由地域を比較 し,途上国の輸出加工区創設 が成功へ とつながるための条件を検討する。

4‑1.フィリピンでの失敗と韓国での成功

すでに見たように,輸出加工区は,多くの国において雇用の創出と外貨獲得手段 として,受け入 れ国の期待通 りの働 きを してきたといえるであろう。ただ しこれ も,輸出加工区の設置場所を誤 ら なければという但 し書 きが必要 となるか もしれないB。 例えばフィリピン・ バータン輸出加工区 はこの誤 りを犯 した ものの代表例 としてあげられることが多い。

バ ターン輸出加工区は首都マニラより160キロも遠方 にあり人口も少ない地域に創設 された。そ こまでの交通網 も発達 してお らず,港はあったが規模が小 さく拡張が必要で,その他のイ ンフラも ほとんど整備 されていなか った。

なぜ このような地域に,フ ィリピン政府 は輸出加工区を創設 したのであろうか。その理由の一つは,

これまでに挙げた輸出加工区への期待のほかに,マニラ都市圏以外へ工業部門を分散させるという地 方開発のね らいがあった。 しか しなが ら,朽 (1997)は,「輸出加工区は,外資を受 け入れる受 け皿 として機能 し,一国の経済成長にとって 呼び水効果"を持つ。その一方で,近年アジアの多 くの国々

に関 しては,その多 くが女 に仕事場をやめて しまいその

22rば,規制 の緩和,健

全 な競争のためあ輪天あ自由7ヒ

効率的生産のたUの産業の再編成などを指 してい

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‑83‑

(8)

経済研究6巻 1号

に見 られる工業団地 (Industrial Zone)は その効果を国内へ波及 させるのに重要な役割を果たし, また,それ らの国において工業団地設立の具体的な目的は中央 と地方の所得格差の是正にある」 と述 べているM。 このことを考えれば,フィリピン政府 は,地方開発を行 うという本来なら工業団地 に任 すべきであった,誤った役割を輸出加工区に与えて しまい,その結果,やはり失敗 して しまった。 こ のように輸出加工区の創設が失敗であると考えられている国の多 くは,それを地方開発のために利用

しようとしたが,輸出加工区はこの目的のためには適 した手段ではないと考えられる。

先に挙げた,輸出加工区が与える雇用の創出・ 外貨獲得への効果 は,短期的効果 として考え られ る。そ してこれ らの短期的効果が,多くの受 け入れ国で望ま しいものとなったことはすでに議論 した。 しか し,雇用 に関 して言えば,バータン輸出加工区は1973年に操業を始め,1977年には4万 人の労働者を雇用することを期待 されていたのであるが,実際に雇用 された労働者 は1万3千人 ほど ,その後1982年までの間に,期待 された数 の半分であ る2万人 の雇用 を越 え ることもなか った

(表2)馬

また,1972年か ら1977年までの間にバ ターン輸出加工区へ投資された資本の総額15億5400万ペソ に対 して,その中に占める割合 は,海外か らの ものが1億3700万ペソ (8.8%),国内の ものが14億 1700万ペソ (91.2%)であった 。 これは,外国企業を輸出加工区に引きつ けるための手段 として, フィリピン政府が現地の資本市場 にアクセス しやすいようにと利子率を低 く抑える政策を行 った だが,その政策が外国企業よりも国内企業ばか りを引きつけることになって しまった結果である。

このような状況か ら,Warr(1987)は,「バ ター ン輸出加工区には海外か ら直接投資が行われたの ではな く,国内のどこかにあつた希少な資本が流用 されただけである」 と結論づ けている。

一方,成功例 としてよく取 り上 げ られるのが,1971年に操業を開始 した,韓国・ 馬山輸出自由地 域であろうrgこの馬山は高速道路によつて,隣接 した南の工業の中心地 プサ ンとつなが ってお り, 港が整備 され,労働力 も豊富 に存在 した。 この様 に,韓国政府 はバ ター ンの輸出加工区 とは全 く異

なる環境にある地域を輸出加工区の建設場所 として選択 している。

また,地理的に日本 と近いことも,馬山輸出自由地域の成功に非常に重要 な役 目を果た している と考え られる。 というのも,韓国が馬山輸出自由地域の操業を始めた1970年代の初頭,日本では海 外投資への規制が緩和 され,また賃金の上昇 に伴 う生産 コス トの上昇をさけるために,中小企業が 生産の拠点を海外に移す動 きがあった。 このとき日本に近 く,低価で良質の労働力を手 に入れ る

の建設に携わ った 体 は ・ 地方政府機関と外国の企業である。 発 を担 ったの は, T題芳政肩機関ぞあり,私企業あ目的は当然のことながら利潤の追求であった。

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い た ら しい。

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‑84‑一

(9)

開発戦略としての輸出加工区の有効性

ことができる韓国に,多くの日本企業が注 目したのは当然の流れであったと言える。 このような理 由で,馬山輸出自由地域 には操業開始か ら多 くの日本企業が入居することとなったЮ。1982年を例 に取れば,馬山輸出自由地域へ入居 している企業総数83の うち日本企業 は42企日本 と韓国の合 弁企業 は24企,韓国企業 は7企業であ り,ま,総投資額の65%が日本か らの もので,23%が 本 と韓国の合同出資,地元か らの ものはわずか5。4%であったり。 この点 において もフィリピン・

バ ターン輸出加工区とは様子がかなり異なっている。

雇用 に関 しては,操3年目に して,馬山輸出自由地域で働 く労働者数 は2万人を突破 し,ま,

1978年には3万人を越え,その後3万人前後で推移 している (表2)。

その他,韓国における輸出加工区の成功の鍵を握 ると考え られる重要な特徴は,企業 と政府の様々 な部局を取 り持つ集権化 された行政部局が存在 していたことであろう。行政部局のスムーズな対応 ,企業側か らす ると輸出加工区への進出のコス トを抑えることができ,投資を魅力的な ものとす る。 この結果,馬山輸出自由地域 は日本か らの多 くの投資を引きつけるのに成功 したと考え られる。

また,政府 は輸出加工区と国内企業の リンケージの強化を重要視 し,たとえば,そのために,行 部局 は部品や原料の国内供給が可能な業種を輸出加工区の誘致対象 として絞 り込んだり,国内企業 に援助を行 ったりもしている20。 これは,韓国の輸出加工区が成功を収めた大 きな要因だ と考え ら れているλ。

輸出加工区で操業する企業 と現地企業の リンケージがいかに強 く形成されるかということが,輸

出加工区の成功の鍵 として非常に重要であることがこれまでの輸出加工区に関する研究で明 らか にされて きた。 というもの,先に述べた,技術移転その ものや経営管理のノウハ ウの移転 といった ものと同様 にリンケージの強化 は長期に渡 って受 け入れ国経済に好ましい影響を与え続 けるもの となるか らである。 しか しなが ら,多くの研究でこの リンケージを強 く形成できた国は非常にま れであることが報告 されている。その製造工程か らしてテキスタイル産業で リンケージを強化す ることは非常に困難であり,電気・ 電子などの産業の方がその可能性 は高いと考え られる。韓国の 行政当局 は,まさにそのことを心得ていたのではないか と思われる。たとえば,1980年のデータを 見 ると,馬山輸出自由地域が受 け入れた総投資額の47.6%は電機・ 電子部門への もので,ついで金 属・ 機械部門へ27.0%,テ キスタイル・ 衣類へはわずか1.9%で ある"。 ちなみにフィリピン 0バ

Ю羹換:r舎愁翼t色:5電理孟 な臭k業としおくほう合のよ合もある。しがっ

,65%という数字 はほん とうはもっと大 きか ったと考え られる。

20輸出加工区へ財を供給す る国内企業 は,中間財や原材料の優先的購入が認め られ,技術的援助 も行われてい た。 また,輸出加工区内の企業による国内供給 された原材料や中間財の購入にもしば しば補助が与え られた。

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‑85‑―

(10)

2

バ ター ン輸出加工区 と馬山輸 出自由地域 に関す るデー タ

1972 1973    1974 1975    1976    1977    1978 1979 1980 1981    1982

(フ ィリピン・ バ ター ン輸出加工区) 企業数

雇用者数

輸出額 (100万 ドル)

現地原材料購入額 (100万ドル)

現地原材料購入額比率 (%)

52

07

30

5     14

1,298   3,321

0。9    2.1

0.2      0.3 30       8

16      39 5,502   8,962 7.3    22.4

0。8      4.2 10     21

47      51 17,495  18,877 73.1     98.2 3.8    7.9 7      11

51      52      52 19,204  19,858  19,410

122.7   134.0   159。 6

9。5      7.4     8.5

14      9      6

38 12,821 39.7

9。9 20

(韓国・ 馬山輸出自由地域) 企業数

雇用者数

輸出額 (100万 ドル)

現地原材料購入額 (100万 ドル)

現地原材料購入額比率 (%)

70     115 7,072  21,240

23。9    145。5 1.0    23.1 6      20

110     105 20,822  22,248

298.0   257.1 48.6    44.6

22     24

99      99 29,615  28,401 441.0   496.5 92.7   120.0 30      33

97      94 30,960  31,153

579。2   621.7 130.0   149.4 32      34

89      83 28,016  26,012

664.4   601.3 144.0    142.7 33      34 88

28,532 577.3 131.3 33

出所 :Warr,PoG。 (1989)Table 2,4

:すべての金額 は1982年 の物価水準 で評価。

(11)

開発戦略としての輸出加工区の有効性

ター ン輸出加工区で働 く労働者を産業別に見た1980年のデータでは,テキスタイル・ 衣類部門での 雇用が一番多 く,輸出加工区全体の43%,続いて電子・ 電子部門が13.9%で あった器。

4‑2.パックワ… ド・ リンケージの強化

輸出加工区を創設する国にとって,輸出加工区内で操業する外国企業 とその外にいる現地企業 と の リンケージがいかに強 く形成 されるか ということが,長期的な経済発展の観点か ら非常 に重要 と なる。 ここで言 うリンケージは当然のことなが ら後方連関 (バックワー ド・ リンケージ)である。

しか しこのバ ックヮー ド・ リンケージが強化 されたか らといって,技術移転か らの利益を望むこ とは難 しい。 リンケージを強化で きる可能性の高い分野 として,電機・ 電子部門が挙げ られていた これ らの産業では本国以外で,途上国が知 りたいと望む様な技術に関 してその秘密を明かす こ

とはほとんどない。

では リンケージの強化が受 け入れ国にとって,どのような意味で重要 となるのであろうか。 これ リンケージを強化することで,国内企業が自らの体力を強化する,すなわち輸出加工区内の外 国企業か らの厳 しい注文に十分耐え うる製品を作 り出せ るように努力するきっかけを与えるという 意味で重要なのである。 したが ってこの リンケージの強化を,外国企業の優れた技術を分 け与え て もらう手段 として考えるのではな く,それをきっかけとして国内企業の国際競争力を改善する手 段 として捕 らえるべ きなのである。そ してリンケージの強化が,長期的には,その国の比較優位 の変化をもた らす と考え られる。

一方でリンケージの強化 は,輸出加工区内の企業 にもメ リットとなる。たとえばリンケージ の強化 により,現地企業によって供給 される原材料・ 部品 といったものの品質が確保されるように なればこれを購入することによって,輸出加工区内の企業は輸送費の削減・ 納期の厳格性 といっ た恩恵 にあずかることがで きる。 しか しなが ら, Anazawa(1985/86)によるマ レーシアの輸出加 工区の研究では,実際には,①現地企業が,必要 とされる原材料・ 中間財を生産 していない②高い 品質の製品は国際価格 より高い価格で しか作 ることができない③価格が競争的なところでは,製 の品質が低い,といった問題点があったという。そ して,国内企業の製品が低品質・ 高価格である 理由はマ レーシアが以前にとっていた輸入代替政策にあると述べている。 このような政策の下では,

国内企業 は海外の競争か ら保護 され,高品質・ 低価格の製品を作 るイ ンセ ンティブは働かない。国 内企業 は輸出加工区の企業 との リンケージを強化することで,国際競争力を改善するインセ ンティ ブを高めこのような状況を打破することが必要であると考え られる。

ここまで リンケージの強化"を主張 してきたのではあるが,で,どのように して この リン ケージの強さ"とい うものを測 ることがで きるのであろうか。一つの手段 として,輸出加工区で操

ILO/UNCTC(1988)pp.38‑39

‑87‑

(12)

経済研究6巻 1号

業する企業 によって購入 された原材料の うち現地で作 られた原材料の比率を見 ることによってその 程度を知 るとい う方法がある

。表 2に は,馬山輸出 自由地域 とバ ター ン輸出加工区について、 こ の比率に関するデータが記載 されている。 これによれば,馬山輸出自由地域では1973年に国内製原 材料使用比率 (金額ベース)が20%を超え,1976年以降30数パ ーセ ントの水準を保 っていることが わかる。 これに対 して,バター ン輸出加工区では1972,73年 30%であったが,その後 は,かなり ば らつ きなが ら1979年以降は10%前後をさまよっている。一般的に衣類や履 き物部門は電機・ 電子 部門 とくらべて国内生産 された原材料の使用比率が高 いことを考えれば,衣類・ 履 き物部門の比率 の高いバ ターン輸出加工区 と電気・ 電子部門の比率の高い馬山輸出自由地域 との違いがデータ上の 数値以上 に大 きな ものであることが推測 される。

しか しなが らこのようなバ ックワー ド・ リンケージというものは、輸出加工区で企業が操業を 始めるとともに自動的に作 り上げ られるものではない。それを作 り上 げるには,政府の明確な政策, 強力な支援が必要 とされる。 これに成功 した国の代表 として,韓国・ 台湾・ アイルランドが挙げ ら れ るとい う。Jenkins et al.(1998)に よればこれ らの国で共通 に実行 され,そのおかげで リン

ケージ強化に成功 したと考え られる, 3つの要素があるという。

第一 は,それ らの国の行政当局が,輸出指向型経済発展を自らが とる開発戦略 として明確 に位置 づけたこと。

第二 に,行政当局 は リンケー ジの強化のために,輸出加工区へ財を供給す る国内企業が生産に使 用す る財の購入 に対 してリベー トや関税払い戻 し(drawback)を お こな ったこと。 これによつて, 国内企業の輸出加工区へ財を供給するイ ンセ ンティブを高め,その関係を強化 させる下地を作 った。

第二に,輸出加工区の企業が現地で作 られた財の購入を控える原因 は,品質 と納期の不安定 さに よるものでありこれを解消するために,行政当局 は国内企業の人材育成の支援や,技術的援助 と いった方法で国内企業を支援 し,輸出加工区 との リンケージ強化を促進 した こと。

以上のようにリンケージ強化のための 3つ の要素が示 されたのだがこの中で も特 に重要なの は第一の 輸出指向型経済発展"という政策の標榜であると考え られる。開発途上国は,輸出加工 区を利用 して輸出指向型経済発展を目指 し,そのなかで輸出加工区 と国内企業の リンケージを強化 させ る。そ して,最終的には国内企業 自身が国際競争力を身につけることこそが,その国にとって 持続的な経済発展 となりうるのである。開発途上国政府が,輸出指向型経済発展を自らが とる開発 戦略 として明確 に位置づけることな しに,第二・ 第二の点を実行 したところで,国内企業が国際競 争力を身につけるほどに,輸出加工区 と国内企業の リンケージが強 くなることはないであろう。

また,第一の点 に関 して,Balasubramanyam(1988)は ,「輸出加工区は,韓国 0台 湾・ メキ シ 2このほかに,輸出加工区内の企業の輸出総額とそれらの企業が購入した国内で供給された財・ サービスの総

額との比率なども考えられる。

‑88‑―

(13)

開発戦略としての輸出加工区の有効性 コにおいては輸出成長に中心を置 く開発戦略の追加的道具であった。一方,イ ンド・ インドネシア・

フィリピンなどの国においては,輸入代替政策を中心 とした内向 きの開発政策 と長い間結びついて お り,輸出加工区は外向 きの開発戦略に賛成するものに対するしぶ しぶの譲歩 という色合いがあっ た」 と述べているん。本稿で注 目したフィリピンでは,最も重要 な第一 の点が明確でなか ったので ある。 さらに,バター ン輸出加工区のように都市か ら離れた地方に輸出加工区を創設すると,そ

で操業する企業が必要 とする国内企業が近 くに存在 しないためリンケージの強化は一層困難であっ たと考え られる。 このように,フィリピンでは長期的な発展に不可欠であると考え られる輸出加工 区 と国内企業の間の リンケージが発生する条件 に欠 けていたといえよう。

5.費 0便益分 析 に よる評 価

これまで,輸出加工区の創設に関 して,韓国での成功・ フィリピンでの失敗 として議論をつづけ て きた。 しか しなが ら,失敗例 として挙げられているフィリピンでさえ,輸出加工区の創設が,雇

用創出や外貨獲得 に期待以上ではないにせよある程度の貢献を していることがわか った。では,成

功あるいは失敗 という評価 はどのようになされるべ きなのだろうか。

ここで,ある種の目標が達成 されたか らと言 って も,その目的達成のためには多 くの費用がかかっ ていることを忘れてはな らない。ある輸出加工区の創設がその国にとって成功 といえるか,あるい は失敗 といえるかは,輸出加工区の創設が国内経済に与えるさまざまな影響を考慮 しなければなら ない。 このために費用・ 便益分析が用い られる。Warr(1983,1984,1987a,1987b,1989)は ア ジア 4カ 国における輸出加工区の詳細な研究を行 っており,その中にこの費用・ 便益分析が含まれてい 26。

Warrによ る費用・ 便益分析 で は①雇用②外貨獲得③国内製原材料使用④国内製資本設備 の使用

⑤ 関税 などの歳入⑥電気代補助⑦行政費用③ イ ンフラ費用・ 補助⑨国内貸付 などの項 目を考慮 に入 れて分析 が行 われている (表304)27。 しか しなが ら,開発途上 国 の費用・ 便益分析 において は,

上 に挙 げた様々な項 目の適切 な シャ ドー・ プ ライスを測定することは困難であるし,信頼 で きるデー タの入手 も難 しいのが現状である。 この様 な状況ではあるが,韓国・ 馬山輸 出自由地域 の成功 とフィ リピン・ バ ター ン輸 出加工 区の失敗 とい う評価 をWarrが行 った費用・ 便益分析 か ら検討 すれば以

策を実行 しているかのように見せかけるために,輸 tanger(1984)は オ旨摘 している。

′ガポール,台湾の 4ヶ 国にある輸出加工区がそれらの

1の観点か ら分析 している。また,厳密なものではない 敗が強調されている。

によるものはそれほどたいしたことはないが,非公式

:している。Warr(1983)の費用・便益分析ではこの

インドネシア経済に与える影響に関して全 く異なった

‑89‑―

表 2 バ ター ン輸出加工区 と馬山輸 出自由地域 に関す るデー タ 謙璃ヨ冷0藤﹂巾 1972 1973    1974 1975    1976    1977    1978 1979 1980 1981    1982 (フ ィリピン・ バ ター ン輸出加工区 ) 企業数 雇用者数 輸出額 (100万 ドル ) 現地原材料購入額 (100万 ドル ) 現地原材料購入額比率 (%) 52一0︒4・ 0730 5     141,298   3,3210。9    2.1 0.2      0.33
表 3 費用・ 便益分析 における総利益・ 総費用 に対する利益項 目と費用項 目の割合 韓国・ 馬山輸出自由地域 1973 1974 1976 1978 1979 1981 1 8 1 ①費用 ②外貨獲得 ③国内製原材料使用④賃貸料⑤国内販売⑥建設費用 ⑦行政費用 ③電気代補助 34 11・3一・3・23311・3一・3・23411・3一・3・22511・3・1・2・2・8568・9・4・50・28・︲82︲564︲90・86・・0・43959100・9︲一804555000・96・402548819‑7
表 4 費用・ 便益分析 にお ける総利益・ 総 費用 に対 す る利益項 目 と費用項 目の割合 フ ィ リピン・ バ ター ン輸 出加工 区 祓璃ヨ凝一際い巾 1972 1973 1975 1976 1977 1978 1979 1980 1981 1982 ︱ 1 0 N I I ①費用 ②外貨獲得 ③国内製原材料使用④税収⑤国内貸付⑥インフラ費用 ⑦行政費用 ③電気代補助 0100 00‑2‑98 00 643140 ‑28‑69‑30 93‑1 2 5‑53‑44‑3 0 85 0212‑52‑4
表 5 費用・ 便益分析の結果 韓国・ 馬山輸出自由地域 雪金格差 (%) 純現在価値 (百 万 ドル 内部利益Σ 10 7.5 5 2.5 0 割 引率 (%) 5         7.5         102.5 12.5 輸 出加工 区の操業期間 (年 ) 20          25          30101.5          63.4          37.7          20            7.684。3          50.9          28.4     

参照

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