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「ハミルトン・モーメント」

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(1)

論 説 152

「端的に言って、今でもそうだが、欧州共同体の歴史は危機の総計ということができる。それは危機を通して、危機の

中で発展してきた過程であると書き記すことができよう。」(ウイリー・ブラント西独首相一九七六年回想録

「イタリアが最も支援を必要としていた感染拡大の初期段階で、我々は支援できなかった。全欧州を代表して心から謝

罪する。」(二〇二〇年四月一六日、フォンデアライエン欧州委員長、欧州議会本会議での言)

「ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領による復興基金の合意は、いつの日か、米国のアレキサンダー・

ハミルトンとトーマス・ジェファーソンの間に交わされた公債に関する一七九〇年の協定に比肩できるEUにおける

『ハミルトン・モーメント』として記憶されることになるだろう。」(二〇二〇年五月二一日「プロジェクト・シンジケー

ト」でのアナトール・カレツキー)

「ハミルトン ・モーメント」

児   玉   昌   己 ― EUの連邦的財政金融一体化への一歩としての二〇二〇年コロナ復興基金

(2)

はじめに 一  コロナ禍の世界的影響とEUへの影響 二  コロナ禍への欧州中央銀行(ECB)と欧州委員会の対応 三  復興基金創設への独仏首脳の二〇二〇年五月一八日の共同提案、EUの「ハミルトン・モーメント」

四  フォンデアライエン欧州委員会による復興基金の新提案 五  シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長の修正案 六  二〇二〇年七月一七

-二一日のマラソン欧州理事会 七  欧州議会の対応と払戻金減価問題

結論

はじめに

  本稿執筆中の八月現在新型コロナウイルス感染症(COVID

- 19、以下コロナと略す)のパンデミック(世界的大

流行)による被害、即ちコロナ禍は現在進行中である。それは世界的な広がりを持ち、国や地域の例外はない。コロナ

禍は、国際関係にも重大な影響を与えている。

  特にコロナパンデミックの発生源を巡る米中対立にみるように、海洋、宇宙、通信分野にもその勢力を拡大し、アジ

アをはじめ世界規模での海洋進出と覇権主義を強める共産党指導下の中国に対する見方に大きな疑義をもたらしてい

る。

  トランプ大統領治下の米国は特にそうである。大統領選挙を一一月に控えて、冷戦時代の再来を彷彿させるように、

対中制裁を強めつつある。米国のドナルド・トランプ大統領は二〇日、ツイッターで、「世界規模の大量殺人をもたら

(3)

論 説 150

したのは他でもない中国の無能さだ 」と指摘した。ポンペオ国務長官も一九七二年に対中外交国交正常化に踏み切った

ニクソン大統領を記念する図書館を選んで、「習近平総書記は、破綻した全体主義のイデオロギーの真の信奉者だ。中

国の共産主義による世界覇権への長年の野望を特徴付けているのはこのイデオロギーだ 」と続けた。

  EUでは今年つまり二〇二〇年一月には統合史上初となるイギリスのEU離脱をみた。EUは主要加盟国の離脱に加

え、このコロナ禍のダブルショックが全域を襲っている。疑いもなく、それは欧州統合とその実戦部隊というべき国際

統合組織であるEUを直撃している。

  特にEUは、加盟国間のヒト、モノ、カネ、サービスの国境間の自由移動という大原則を掲げて七〇年にわたる歴史

を重ねてきた。それがゆえに感染防止のために採られている加盟国内でのロックダウン(都市封鎖)は、まさに欧州統

合とEUの根幹の思想と実践を直撃するものとなった。

  加盟国はこぞって内向きの政策をとり、加盟国間での協調が損なわれ、そのことにより欧州統合について、あるいは

EUの将来について、とりわけ欧州の復興をどうするのかという喫緊の問題をEUと加盟国は突きつけられたのである。

  実際、EUはEU市民以外の人の域外からの入域を拒否する政策を採り、七月にいったん域内移動制限を緩和したと

はいえ、八月に入り第二波の到来を受けて深刻さは依然緩和できずにいる。国境制限については、EU内でも、国家に

よってまちまちである。

  加盟国による国境規制が依然続いている一方で、EUも打撃緩和と経済の立て直しに向けて、財政と金融における重

要な動きがみられる。とりわけEUの中期予算と一体化したEU復興基金の創設において、それが顕著である。

  特にこの政治過程では、EUの統治構造が問われており、その解法策として財政連邦主義への接近が見られ、EUの

連邦的統治構造を強化する潜在性を持っている。

(4)

  即ちEUは欧州連邦への接近をさらに強化する動きがみられることである。EU政治の研究者としてEU財政に直結

する今回のコロナ復興基金を扱うのは、このためである。

  EUといえば、経済通貨同盟を創設し単一通貨ユーロを発行したものの、国家が当然にもつ金融主権と財政主権が分

離しているという致命的脆弱性を抱えてきた。実際、金融は欧州中央銀行(ECB)が持ちつつも、財政は二七の加盟

国の財政当局が管轄するという股裂き状況は二〇一〇年以降EUの欧州通貨危機でその脆弱性を明らかにした。そして

その解消としてのEU加盟国がバラバラに債券を発行するのではなく、共同してEU即ち欧州委員会の名においてEU

共同債として発行し、同じ利率で安全資産を管理する必要が検討されてきた。それにもかかわらず、長年これは実現し

なかった。

  財政移転は、移転同盟(transfer union)とみられ、ドイツをはじめとする富裕なEU諸国では、国民の血税が財政 規律の弱い国家に垂れ流されるという国内の右派からの批判が強かったからである 。   しかしながら、二〇二〇年七月二一日、欧州理事会(加盟国首脳会議)において、それが合意をみたのである。

  即ち、二〇〇八年のリーマンショック、二〇一〇年からのユーロ危機、そして二〇一五年のEUの難民危機に続いて

発生したこのコロナ禍による深刻な危機をバネにして欧州統合が予想外に大きく進展しているのである。

  これはEUレベルでの共同債券案であり、加盟国がもつ財政主権という国家主権の最後の砦の一つである予算の調達

方法として前例のないものである。これはEUの財政活動の欠陥、即ちEUにおける金融と財政の分断化というEUが

抱える最大の脆弱性に大きな風穴を開ける動きであり、七〇年に及ぶEU財政史の中で特筆すべき出来事である。

  ノーベル平和賞受賞者でもあるブラント西独首相は、一九七〇年代に欧州統合について、かつて自身の回顧録で冒頭 に紹介した、危機が統合を進めるという言葉を放った

(5)

論 説 148

  コロナ禍のEU加盟国への影響を見つつ、それにたいして、いかなる画期的な統合の動きがあるのか、見ていくこと

が本稿の目的である。即ち危機は統合を深化させるというブラント西独首相による上記の至言についての二一世紀の危

機におけるEUの新たな動きの意味とその確認作業である。

一   コロナ禍の世界的影響とEUへの影響

  危機を通して統合は進むという観点で復興基金を扱うが、なにより今回の危機であるコロナ禍の現状について、理解

しておく必要がある。

  コロナ禍の感染者と死者について一瞥し、そしてそれが及ぼす経済的悪影響についてみておこう。

  世界の新型コロナの感染者は二〇二〇年五月末段階で、六〇〇万人を数えし、死者数は三六万六五八一人に達した 。 八月に入り、感染者は、一八〇〇万人を超えた。また死者数は七〇万人を突破した 。   五月時点で、欧州ではこれまでに一五〇万人以上の感染が確認され、約一四万人が死亡したと報じられた 。この草稿

が活字化される頃には世界の感染者は三〇〇〇万を超え、死者一〇〇万人に達する可能性もある。

  二〇一九年一二月末に新型ウイルスが最初に発生して以降、コロナ禍は世界を網羅する二一三カ国に及んでいる。

  ちなみにEUでは、二〇二〇年九月二二日段階で、感染者と死者の多い国(世界ランキング)を並べてみると、ス

ペインが第八位(感染者は六七万一四六八人、死者三万六六三人)、フランスが一一位(同四七万三九七四人、同

三万一一七四人)、二〇二〇年一月末にEUを離脱したイギリスが一四位(同三九万八六二五人、同四万一七八八人)、

イタリア二〇位(同二九万九五〇六人、同三万五七二四人)、ドイツ二二位(同二七万五五六〇人、同九三九〇人)、オ

(6)

ランダ三八位(同九万五九九五人、同六二八一人)などとなっている 。   EUは、七月一日より日本を含む十数カ国からの渡航を段階的に解除する方向で調整に入った。EU各国では今年三

月以降、新型コロナウイルス感染防止のために域外からの渡航を原則禁止する措置が採られている。

  欧州全体を俯瞰すれば、EU加盟国の大半とアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイスなど三〇カ国

が国境管理を廃止し、域内の自由移動を可能にするシェンゲン協定に締結しているが、新型コロナの世界的流行を受け、

三月からモノの移動や必要不可欠な労働者を除き、制限を実施してきた。

  シェンゲン内では、いったん域内に入ると原則パスポートの検査なしで往来できるようになる。このため、欧州委員

会は共通リストを作り加盟国に協調した対応を呼びかけた。しかし、欧州委員会の提案に拘束力はない

10

  難民については二〇一六年には難民危機を踏まえて、欧州対外国境管理協力機関を改組、強化した「欧州国境沿岸警 備機関」(Frontex)ができたものの、これはEUの専門機関ではあるが、難民対策の協力機関であり、出入国管理は依然、

加盟国の権限である。

  経済的打撃は深刻である。主要国経済で四

-六月のGDPで一割縮小したとされ、縮小幅はリーマンショック時の

三・五倍となっている

。コロナ禍では、世界中例外はないのだが、EUは三大国の独仏伊をはじめ、加盟国が多く陸続 11

きであることから、その影響は極めて大きなものとなった。

  EU加盟諸国の経済活動は、ロックダウンなどの対応により三月半ばまでに休止状態となったが、二〇二〇年のEU

全体の経済成長率はマイナス七・五%の見込みと伝えられた。失業率は昨年の六・七%から九%に上昇するとみられる

12

  欧州委員会の報告によると、新型コロナウイルスにより二〇二〇年は歴史的な景気後退が起こるとし、EU二七カ国

の実質GDP成長率をマイナス七・四%と予測している。また二〇二一年は、景気後退も継続し、EUはマイナス六・一

(7)

論 説 146

%、ユーロ圏は同六・三%とした

13

  医学的には、EUは専門機関として二〇〇五年創設の欧州疾病予防管理センター(European Centre for Disease Prevention and Control:ECDC)があり、これが世界レベルではWHOや米国のジョンズホプキンス大学が実施

しているように、域内コロナ感染状況をモニターし、加盟国に必要な措置を勧告している。

  だが、EU加盟各国は内向きの政策を採り、EUを通した欧州統合に多くの国家に深刻な不信感を抱かせることになっ

た。フォンデアライエン欧州委員長が、本稿冒頭に示したイタリアに対する謝罪を口にしたのは、その表れであった。

二   コロナ禍への欧州中央銀行(ECB)と欧州委員会の対応

1  ラガルドECBの対応   内向きに傾斜するEU加盟国政府に対して、コロナ禍で積極的対応をしたのは、欧州中央銀行(ECB)であった。

ECBはEUの主要機関の一つで、EUの経済通貨同盟の要であり、ユーロ圏一九カ国のみならず、EUの金融政策に

責任を持ち、単一通貨ユーロの発給量と金利に排他的権限を持つ組織で、初代総裁は一九九九年オランダのウィム・ド

イセンベルクが務めた。

  二〇二〇年現在はIMF専務理事を務めたフランス出身のクリスティーヌ・ラガルドが四代目の総裁

としてその指揮 14

を執っている。彼女の指揮の下、ECBはユーロ圏とEU全体の経済への打撃を緩和するために積極的に動いていた。

  なかでも、欧州中央銀行が導入した「パンデミック緊急購入プログラム」(pandemic emergency purchase programme  PEPP)が注目される。

(8)

  パンデミック緊急購入プログラムとは、債権や国債などの資産購入を通じた量的緩和により、金融市場を安定させ、

ユーロ圏経済の悪化を未然に防ぐための緊急措置であり、ECBは三月一八日に導入を決めた。七五〇〇億ユーロ(約

八九兆円)規模で、二〇二〇末まで実施するものであった

15

  ECBは必要に応じて資産購入プログラムの規模を拡大し、PEPPの導入発表後、ECB責務の範囲内で、ECB

の政策手段を最大限活用する決意だと表明した。そして非常時には特別な対応が必要だとした上で、「ユーロへのわれ

われのコミットメントに限界はない」とECBとして最大限の金融支援を強調した

16

  その後、ECBは、パンデミック緊急購入プログラム(PEPP)の規模を一兆三五〇〇億ユーロ(約一六〇兆円)

に拡大し、中銀預金金利もマイナス〇・五%に維持されている。

  EUでは国家の赤字財政については基本的に国家が自己責任で対処せよということで、欧州中央銀行を含めEU機関

がこれを直接救済することを原則、禁止していた。現行のEU基本条約(リスボン条約)には、他の加盟国債務の引き

受けを禁じた「非救済条項」(No Bailout Clause)があり(EU運営条約第一二五条)、政府債務を中央銀行が直接引

き受けることを禁止する条項も存在している(同第一二三条

)。 17

  だが、コロナ禍による打撃の救済のため、ECBの断固とした姿勢は一貫している。同総裁は後述する欧州理事会の

前日の七月一六日にも、成長とインフレを回復させるために、必要なあらゆる措置を取り続けると表明し、十分な金融

緩和措置が必要との認識に立って、「金融政策に制約はない」とその姿勢を繰り返し述べた

18

  EUの加盟とユーロの関係でいえば、加盟国は本来ユーロ発行を前提としている。EUにおいてはユーロ未発行国の

存在は、あくまで例外扱いである。これがゆえEU内ではユーロ圏、非ユーロ圏が存在する。現在のところ、ECBは

EU二七カ国の中でも、ユーロ圏一九カ国に責任を持つ銀行である。しかし、その活動はユーロ圏を超え、八つの非ユー

(9)

論 説 144

ロ圏中央銀行と経済に大きな影響を及ぼしている。

  ECBは六月二五日、ユーロ圏外の諸国の中銀に「予防的な」ユーロ流動性を供給するため、二一年六月までの期間

限定で新たなファシリティー「EUREP」を創設すると発表した。このファシリティーにより「適切な証券を担保に、ユー

ロ圏外の幅広い中銀にユーロ流動性を提供する」とし、ユーロ圏の中央政府または超国家機構によって発行されたユー

ロ建ての債務証券が適格担保になると説明した

19

  ECBの積極策は、コロナ禍にあっては米連邦準備制度理事会(FRB)も日本銀行も同様であり、当然とはいえ、

驚かされる。

  ECBの金融政策、例えば具体的には二〇一五年に開始された資産購入プログラムという量的緩和政策について、ド

イツ憲法裁判所が二〇二〇年五月五日にその一部がドイツ基本法に違反する疑いがあるという判決を下して、圧力をか

けていることを考えれば、今次の積極策の重みが際立つ

20

  これはEU条約の解釈を巡り、EU司法裁判所がもつEU条約とEU法の最終的解釈の決定権に抵触する疑いもある

が、ともあれ一国の裁判所がECBにフリーハンドを与えないような判決を出している中でのことであり、ECBの権

威と権限を行使する姿勢は注目される。

  これまでもEUでは、ユーロ圏当局者がコロナ禍に対して中央銀行の対処法を探り、域内の最も脆弱な諸国への感

染拡大に伴う圧力軽減に向け、ユーロ危機を受けた救済基金である「欧州安定化メカニズム」(European Stability

Mechanism=ESM)を導入していたが、その再活用も明らかになった。ECBはありとあらゆる措置を講じること

を強調していた

21

  このESMは欧州の金融行政の安定を図るための金融支援機関で、「欧州番IMF」ともいわれている。ユーロ圏

(10)

一九カ国の出資金、債券で調達した資金で加盟国の銀行に金融支援を行う。もともと、ギリシャの債務問題を契機とし

て発足した時限機関である欧州金融安定基金(EFSF)を基にしており、二〇一二年に恒久機関となった。

2  欧州委員会への欧州理事会の対コロナ基金の提案要請   コロナ禍が深刻度を増すにつれて、EUの施策の必要はさらに高まった。欧州理事会のシャルル・ミシェル常任議長

とフォンデアライエン欧州委員長は四月一五日に会見し、八つの出口戦略(ロードマップ)を打ち出した

。その後のE 22

Uの動きを時系列的に概観してみよう。

  コロナ禍が猛威を振るう最中の四月二三日には、欧州理事会がビデオ会議形式で開催された。ここで、常任議長は会

議後、復興基金の設立に向け作業することで合意し、欧州委員会に早急な提案を要請したことを明らかにした

23

  欧州理事会は多年度財政枠組み(Multiannual Financial Framework=MFF)、即ち中期EU予算を決定するべく、

前年から動き始めていたが、MFFとリンケージした形で復興基金の提案を行うよう欧州委員会にたいし指示を与え

。中期EU予算であるMFFとこの復興基金の関係は、MFFがEU予算の本体で、復興基金は「補正予算」という 24

位置づけにあった。

  さらにユーロ・グループ(ユーロ圏財務相会合)は、四月九日に合意した雇用・企業・加盟国へのセーフティネット

確保のため五四〇〇億ユーロ相当の施策を承認し、六月一日までに運用ができるよう要請した。

  現状のEU予算では、各加盟国の分担拠出金などから構成される独自財源の上限はEU全体の国民総所得(GNI)

の一・二三%と定められているところ、向こう二~三年間は二%程度まで引き上げる必要があるとの見解を示した

25

  EU予算といえば、長くEUのGDP総額の一%程度に抑えられてきた。この増額を巡っては、欧州経済共同体(E

(11)

論 説 142

EC)創設以降、理事会と欧州議会というEUの機関間の対立が年中行事化していた。それがゆえに予算で毎回紛糾す

ることを避けるため、七年間を通した「多年度財政枠組み」(MFF)である中期EU予算が導入されていた。このE

U予算の上限枠を、コロナ禍への対応のためとして時間を限ったものとはいえ、二倍近く増額する構想は驚くべきこと

であった。

  実際、EUの財政逼迫は今に始まった現象でなく、ここ数十年のものである。EUはその予算の九割が政策経費とし

て活用されており、欧州統合の深化は政策経費の増額要求となり、必然的に個別加盟国の負担増ともなっていた。それ

を一挙に解決する潜在可能性を秘めているのがこの基金であり、その資金調達方式である。

  ちなみに、コロナ禍が顕在化させたのが、EU内の地域間格差であった。EU内の地域間格差については、早くも、

一九五七年に調印された欧州経済共同体設立条約(ローマ条約)の中で初め「欧州の経済活動の調和のとれた発展」が

言及されていた。この時期、所得格差はルクセンブルグと南部イタリアでは四倍ほどの開きがあった。現在ではEU内

の富裕国のルクセンブルグと最貧国のブルガリアとの一人当たりの国民所得の格差は一〇対一程度もある

26

  このため、一九八八年には、経済的・社会的に結束し、欧州全体としてより調和のとれた、持続可能な発展を遂げる ことを目的とした包括的な「結束政策(Cohesion Policy)」も導入され、EU予算の三分の一が充てられてはいた

。と 27

はいえ、コロナパンデミックはそれでは全く対処不可能であった。

(12)

三   復興基金創設への独仏首脳の二〇二〇年五月一八日の共同提案、

       EUの「ハミルトン・モーメント」

1  EUの「ハミルトン・モーメント」

  パンデミックと形容されることが示すように、事態の深刻さと切迫性を背景に、独仏首脳がテレビ会議を行い、五月

一八日、独仏間で極めて重要な合意が発表された。メルケルとマクロンの独仏両国首脳は、景気後退をEUが乗り切れ

るよう、五〇〇〇億ユーロ(約五八兆五〇〇〇億円)規模の復興基金設立を支持することで合意したのである

28

  この復興基金については、その資金はEU中期予算を補完する形で、新たなEUの国際的経済活動に課される新税を

基にして、EUで共同調達し、一定のルールの下に交付、もしくは融資されるとするものであった。

  EUでは復興基金を巡りEU内で深刻な意見の相違はあるが、それを乗り越え結束を印象付けるためにわざわざ、メ

ルケルドイツ首相とマクロンフランス大統領によりバーチャル形式の記者会見という形で行われた。その形式も注目さ

れたが、それ以上に基金の調達方法において異例の仕方が耳目を引いたのである。即ちこれまで踏み込めなかったEU

共同債券を発行するというものであった。長くEU共同債の必要が幾度も求められていたにも関わらず、あのギリシャ・

ソブリン危機に端を発する欧州通貨危機の際にも、特にドイツはこれを頑として受け付けなかったからである。それ故、

独仏の共同会見とその内容について、メディアと世界のEUウオッチャーはドイツの戦略的方針転換としていっそう驚

きをもって、迎えたのである。

  著名なエコノミストのアナトール・カレツキー(Anatole Kaletsk)は、本稿のタイトルに掲げた「欧州のハミルト

(13)

論 説 140

ンニアン・モーメント」(Europe’s Hamiltonian Moment)という見出しで、「プロジェクト・シンジケート」に注目

すべき記事を書いた

29

  ちなみに「プロジェクト・シンジケート」はプラハに本拠を置く国際的なNPOであり、一五〇カ国・四三九の新聞

によって会員組織が構成され、会員紙誌の総発行数は五千万部に達するなど、世界最大の言論組織である。また執筆者

のカレツキーは英エコノミスト誌、フィナンシャル・タイムズなどにコラムも書いたことのある練達のエコノミストで

あった。

  カレツキ―は、仏独首脳が提案した復興基金の額は五〇〇〇億ユーロであるが、その額はドイツが産業界に支援を約

束しているGDPの一五%という額と比較すると、EUのGDPのわずか三%に過ぎないと指摘し、南欧支援に強力に

反対する国家群があり、しかも、この新たな復興基金については二七カ国の全会一致を必要するとの困難さを踏まえつ

つも、「もし採択されれば、この提案はヨーロッパが真に政治的な連邦に転じた瞬間として記憶されることになるであ

ろう

」と記した。 30

  そして本稿の冒頭に示した言葉を続けた。

  「ドイツのメルケル首相とフランスのマクロン大統領による復興基金の合意は、いつの日か、米国のアレキサンダー・

ハミルトンとトーマス・ジェファーソンの間で交わされた公債に関する一七九〇年の協定に比肩できるEUにおける

『ハミルトン・モーメント』として後に記憶されることになるだろう。

31

  カレツキーが使用した表現である「ハミルトン」とは、初代米国財務長官を務めたアレキサンダー・ハミルトン

(Alexander Hamilton, 一七五五年

-一八〇四年)のことである。そしてハミルトンに関する米国創建時のエピソード

に因んでいた。

(14)

  即ち、独立戦争を通して行われた各州による借り入れを政府が一七九〇年に一括して買い上げる協定を主導し、それ によって、小さな中央政府しかもっていなかった「邦(州)連合」(confederation)の米国は、以降「真の政治的な連 邦組織」(genuine political federation)、即ちアメリカ合衆国に転換することになったという事績のことである。言い

換えれば、ハミルトンはアメリカ合衆国の建国の父の一人として米国の財政連邦主義の嚆矢となる政策をとった人物と

なったのである。

  このハミルトンは、アメリカの連邦政府が全ての州がもつ債務の引受けを実現し、全国一三州の共同債権発行を実践

したのである。またこの際統一された米国合衆国銀行の設立のため、大統領ワシントンや国務長官ジェファーソンの反

対も押し切り、合衆国の首都をニューヨークにする案を断念し,ワシントンにするという譲歩もしていた。即ち、萌芽

的な連邦政府による州債務の引き受けは合衆国の現在の首都の決定とも連動していた

。なお、この時期、米国の州代表 32

の合議体というべき「連合議会」には課税権もなく、独立戦争の戦費の負担も州に依存するなど、現在の連邦国家であ

るアメリカ合衆国としての体を成していなかった

33

  ともあれ、カレツキーは独仏によるコロナ共同債を核とする復興基金の共同提案をこの州の合議体から連邦国家へと

財政面で変貌させた米国の初代財務長官ハミルトンの事績になぞらえたのである。

  カレツキーが言うには、この基金の意義は大きく、従来のように欧州全体の税金から成る支出メカニズムを活用する

のではなく、借入で活用できるようになることなど概略次のように述べた。

  EUが一〇年債を発行した場合、ほぼ無利子で、無制限の借入が可能になる。五〇年債であっても、おそらくオース

トリアの五〇年債の利回り〇・五%以下で発行される可能性がある、EUは償還日なしで永久債を発行することが可能

になり、これにより、EUは年間わずか二五億ユーロの利子で五〇〇〇億ユーロを借りることができる。またEUが今年、

(15)

論 説 138

欧州の復興基金に五〇〇〇億ユーロを借り入れた場合、来年はデジタルインクルージョンファンドに、さらに一兆ユー

ロ、そして車両電化基金におそらく二兆ユーロを借り、包括的な気候変動基金として三兆ユーロも可能であるとした

34

  ちなみにEUのコロナ対策におけるコンテクストで、ハミルトンの事績について触れたのは、アナトール・カレツキー

が初めてではなく、それ以前にもいた。

  ベルギーの首相経験者で、名だたる連邦主義的統合推進派のギイ・フェルホフシュテット(Guy Verhofstadt)がそ

の人である。

  彼はフィナンシャル・タイムズ二〇二〇年四月三日付で「EUは団結して初めて嵐をうまく乗り切ることができる」

というタイトルで書簡を公表していた

35

  フェホフシュテット元首相のこの書簡によると、ユーロ・グループが活用しようとしているESMでの二五〇〇億ユー

ロでは十分ではない、としている。コロナ禍ではEUのGDPの八%、一兆ユーロの損害が発生すると試算されており、

それを考えれば、同額の安定復興計画が必要であり、打撃を受けている国家への融資が必要であり、融資条件の緩和が

必要であり、実体経済を支える与信という復興策については、独自財源により賄われるEU予算に基づく「全EU的保

証」をもった復興債が速やかに打ち出されるべきだ、と書いた。

  さらに、この元ベルギー首相は、続けてユーロ圏の被打撃国への復興債は、モラルハザードの問題ではないこと、現

在の状況は二〇一二年のソブリン債危機ではなく、怠惰か勤勉な国家かの問題ではなく、ただコロナ禍により打撃を受

けた人々がいるのみであるとした。その上で初代米国財務長官のアレキサンダー・ハミルトンを登場させ、以下のよう

に書いた。

  「この状況下で、ハミルトンが一七九〇年に各州の債務を統合し、連邦債を創出したように、二七のバラバラの国家

(16)

群ではなく、『単一の同盟』(one union)としてこの経済的苦境を克服すべきである。」   これが上演されていたハミルトン初代米財務長官をテーマとするリン=マニュエル・ミランダのミュージカルと相まっ

て、ハミルトン・モーメントが専門家によって言及される嚆矢となった。

  五月一八日の独仏のこの合意については、広くコペルニクス的転換と受け止められ、注目された。

  まさにEU債の発行案は、EUにおける分断状況にある金融主権と財政主権の一体化の連邦形成の始まりになる可能

性を秘めていたからである。

  復興基金の創設については、もとよりこの時点では、あくまでドイツとフランスによる合意にとどまっていた。それ

はEU中期予算MFFとパッケージとして扱われており、EUとして意思決定はその後の欧州理事会や欧州議会での議

決をまっており、両国の提案は依然として加盟二七カ国の支持を必要としていた。

  実際、後述するように、簡単には独仏の合意ですべてが決着するわけにはいかなかった。だが、このコロナ共同債と

いうべき負担の共有計画が示されたことの意味は大きかった。イタリアの国債は三月以来の大幅上昇をみせ、一〇年債

利回りは一時〇・二%低下し、ドイツ債との利回り格差は最少となった

36

2  ドイツの緊縮財政方針の戦略転換   それまでのドイツといえば、緊縮財政と物価の安定という二〇世紀的なドイツの経験、とりわけ一九二三年のレテレ

ンマルク発行で終息するに至った第一次大戦後のハイパーインフレーションの苦い経験に則った物価安定を最高とする

金融思想と財政運営を金科玉条としていた。一九九八年に創設され、ユーロに排他的権限を持つEUの主要機関である

欧州中央銀行(ECB)さえも、ドイツの経験と制度設計で構築されていた。それがなければ、ドイツ政府は、国内で

(17)

論 説 136

高い評価を得ているマルクを手放さなかったといわれている。

  二〇一〇年のギリシャのソブリン債危機に端を発した欧州通貨危機に際して、ドイツと、IMF、欧州委員会、EC

Bのいわゆる「トロイカ」が緊縮政策を主導し、これをギリシャや南欧諸国に強く求め、南欧諸国の深刻な失業と景気

後退を招く結果をもたらした。とりわけドイツ財務相ヴォルフガング・ショイブレは強硬姿勢を貫き、これゆえにドイ

ツにたいする非難と怨嗟がEU内外に生じた。

  わが国でもこれは例外ではなかった。『ユーロ破綻  そしてドイツだけが残った』(竹森俊平二〇一二年)、『欧州統合、

ギリシャに死す』(同二〇一五年)、『統合の終焉』(遠藤乾二〇一三年)、『ドイツ「帝国」が世界を破滅させる』(E・トッ

ド二〇一五年)、『欧州解体―ドイツ一極支配の恐怖』(ロジャー・ブートル二〇一五年)、『ドイツ帝国の正体』(イエン

ス・ベルガー二〇一六年)、『ユーロから始まる世界経済の大崩壊』(Jジョセフ・E・スティグリッツ二〇一六年)な

どという、一部内容を離れて、耳目を惹き、販売促進をだけを目的としたと思われるタイトルを掲げた翻訳を含めた書

籍が、大手出版社から陸続として刊行された

37

  確かに、EU自体が、とりわけその核心部分である経済通貨同盟の基本設計において「一つの金融政策とバラバラの

財政政策」といわれる制度を採っていた。その欠陥で、ユーロ危機は長期化していた。しかも、ドイツ憎しの認識に立

ち、EUをネガティブにみる書名が示すように、トロイカ(前出)とともに緊縮財政をEUの最も弱い南欧の国家群に

強いたのは、ドイツであった。加えて先鋭化したイスラム諸国からの大量難民の流入もあった。ちなみにメルケルドイ

ツ首相は大量難民の受け入れに積極的な役割を果たした。

  結果、ノーベル賞受賞者で上記の翻訳書もあるステイグリッツでさえも、対ギリシャ緊縮政策を批判するに力余って、

ドイツのユーロ離脱の必要性を強く示唆するコメントを出していた

。だが、常識的にみて、「ドイツなきユーロ」など 38

(18)

ありえないことであった。同じくノーベル賞受賞者のポール・グーグルマンに至っては、二〇一五年までに実に一一回

も「ユーロ崩壊」を書いていた

39

  だが、わずか五年で事態は変った。現在一九カ国から成るユーロ圏は「ユーロ崩壊」とは逆に拡大基調にあり、クロ

アチアとブルガリアは通貨同盟第三段階のユーロ発行の準備過程に入っており、確実にEU加盟国を網羅する方向にあ

40

  即ち、今となってみれば、米国のノーベル賞学者も含め、我が国のEU研究者やアナリストが如何に短期的スパンで、

しかも情緒的にしか欧州統合を見ていなかったかを示すものであり、EUが本来的にもつ「復元力」(Resilience)を

評価できず、前に進む欧州統合のダイナミックスがまるで見えていないことの証左であった。

  ハミルトン・モーメントに戻っていえば、彼ハミルトンの祖国アメリカ合衆国も、金融制度が完成するのは、連邦準 備法 Federal Reserve Actによって中央銀行制度が確立した一九一三年一二月二三日のことであり、一七七六年七月

四日の建国から数えて一三七年の時を要したことを想起すべきである。

  EUを通した欧州統合は欧州石炭鉄鋼共同体の実現をうたったシューマン宣言からいまだ七〇年。ユーロの現金流通

は二〇〇二年になってからで、一八年の歴史しかない

41

  そして僅か五

-六年で上述の書籍の表題や見解を否定する如く、今回、EUでは健全財政を唱える北の富裕な国家群

の代表であるドイツによって、これまでタブーとされていた手法が提言されたのである。即ち、二〇二〇年のEU復興

基金での欧州委員会により起債されるEU共同債というイノベーションが打ち出され、ここ数年はEU予算の倍増を許

す案が出されたのである。

  一言でEU共同債の発行とEU予算の倍増というのは簡単だが、イノベーション以上の極めて画期的取り組みともい

(19)

論 説 134

える。

  現在、加盟国が財政主権を行使していることで、EUにはそれを監督するEU財務省もEU財務担当大臣も存在して

いないのである。今回共同債の起債に当たっては欧州委員会がそれを担当することになる。EUでは、通貨同盟の協議

機関としては、わずかに一九九八年に設置されたユーロ・グループがあるにすぎない。このユーロ・グループでさえ

二〇〇九年のリスボン条約の発効によって初めて法的な根拠を持つようになった機関であり、欧州理事会の下にある。

EUの財務省や財務大臣がないのは、なにより財政主権は加盟国にあるという原則が貫徹されている結果である。今後

は、欧州委員会からEU財務担当相のポストが創設される可能性が高い。

  ちなみに外交安保問題に関しては、一九九五年五月に発効したアムステルダム条約で「共通外交・安全保障政策上級

代表」として設置され、その後、曲折を経て二〇〇九年のリスボン条約で、欧州委員会の副委員長を兼務する「共通」

という語を落とし、より権限を強化した「外務・安全保障政策上級代表」いわゆるEU外相が置かれている。

  さらに今回のEU共同債の持つ画期性についていえば、欧州委員会が起債の当事者となり、そのための新規のEU予

算の財源が新たに導入されることである。

  カレツキーの言葉を借りれば、加盟国から直接税金を負担させ、ドイツの世論が「政治的に有毒でおそらく違憲であ る」(toxic and possibly unconstitutional)とみなす共同保証のユーロボンド

よりも、財政健全派や財政移転に反対す 42

るものに安心感を与えるものとなり、しかも、より財政連邦主義の手法に沿ったということである。

  さらにいえば、欧州委員会が起債を行うというのであれば、そして新規の財源の創設と導入となれば、EUの政治の

常として、EU予算に管轄権を持つ欧州議会の役割はいっそう大きくなるということである。

  付言すれば、コロナ共同債を実行する欧州委員会の長は二〇〇九年のリスボン条約で欧州議会が最終的に選出するこ

(20)

ととなり、二〇一四年の選挙以後欧州委員長の選出過程ですでに実践されているのである

43

四   フォンデアライエン欧州委員会による復興基金の新提案

  二〇二〇年五月一八日の独仏合意を受けて、五月二七日に欧州委員会のフォンデアライエン委員長は欧州議会本会議

で演説し、七年間で一兆一〇〇〇億ユーロに上る中期EU予算案を打ち出し、総額七五〇〇億ユーロの復興基金案を「ネ

クスト・ジェネレーションEU(次世代EU)」として発表した

44

  欧州委員会の提案は大きく二つから成っている。

  一つは二〇二一~二七年の「EUの次期中期予算(多年度財政枠組み)」(MFF)の新提案である。もう一つは復興

基金についてである。

  中期予算についていえば、EUでは前述のごとく、七年ごとにEUの中期予算を決定する仕組みを取り入れており、

二〇二〇年がすでに策定されている最後の年となり、二〇二一年から始まるMFFの決定時期を迎えていたのである。

  もう一つの「次世代のEU」と名付けられた復興基金の創設については、今回の提案は四月二三日の欧州理事会(E

U首脳会議)に基づき、さらに仏独合意を受け、欧州委員会が取りまとめたものであった。

  基金の総額はかくして、EUの国内総生産(GDP)の五・四%に相当する七五〇〇億ユーロとなり、独仏合意案を

二五〇〇億ユーロに大幅に増額し、七五〇〇億ユーロとした。欧州理事会が承認した雇用・企業・加盟国へのセーフ

ティーネット確保のための五四〇〇億ユーロ相当の支援パッケージとは別枠の復興ツールであった

45

  前述の如くこの基金の起債の当事者となるのは欧州委員会とされた。欧州委員会にとっては、独仏合意による基金の

(21)

論 説 132

創設の意向は願ってもない最高の強力な後方支援であった。欧州委員会は、二〇〇九年のリスボン条約により欧州議会

が選出することになったとはいえ、委員長も含め、長く加盟国が指名する形できた。即ち、その正当性が批判されてき

た。二五〇〇億ユーロという強気の増額は独仏の共同提案を背景としたものであった。

  復興基金の内訳を言えば、五〇〇〇億ユーロ(六七%)は返済不要の補助金で、残りの二五〇〇億ユーロ(三三%)

は融資。基金の中核は、「復興・回復ファシリティ」と名付けられた五六〇〇億ユーロ(約六七兆円)の加盟国向けの

補助金と融資で、三一〇〇億ユーロ(約三七兆円)の補助金と二五〇〇億ユーロ(約三〇兆円)の融資とされた。補助

金と融資については、受け取る国の構造改革に応じて付与されるものとされた。特に環境に対する投資とデジタル社会

への変革が優先され、国ごとの政策は、EU加盟国の過半数の承認が必要とされた

46

  注目すべきは復興基金に必要な資金調達を行うためにEU予算の独自財源の上限について、EU全体の国民総所得

(GNI)に対する比率を、現行の一・四%から〇・六%ポイント引き上げて二・〇%とする提案を欧州委員会が行ったこ

とである。金融市場で調達したこの七五〇〇億ユーロは、二〇二八年以降二〇五八年までの三〇年間で、新設される独

自の財源で償還されるものとされた。

  さらに驚くべきは、この財源としては新税導入を打ち出したことである。即ち、(1)排出権取引制度の拡大、(2)

炭素国境調整メカニズム、(3)全世界で年商が七・五億ユーロ以上の企業に対するデジタル課税、(4)および欧州単

一市場の恩恵を受けている企業に対する課税などが考慮されている

47

  フォンデアライエン欧州委員長は同日の欧州議会本会議で説明し、議会の理解を求めた。七月までに復興基金を含め

た次期MFFの欧州理事会での合意を目指す方針が示された

48

  なお、基金の国別配分については、欧州委員会のシュミレーションがあり、イタリアへの配分額は八一一億ユーロ

(22)

(約九・七兆円)、スペインは七七三億ユーロ(約九・二兆円)、そしてフランスは三九〇億ユーロ(約四・七兆円)と試算

されていた。(図1参照

)。 49

五   シャルル・ミシェル欧州理事会常任議長の修正案と三つの抵抗勢力

1  ミッシェル常任議長修正案   欧州委員会提案がなされ、それを基に六月一九日、コロナ禍で世界的に広がったオンライン、即ちリモートでの欧州

理事会が開催された。このコロナ共同債券案決定の政治過程では、以下に述べる主に三つの抵抗勢力がいて、対立を顕

在化させることになる。

  これを受けて、加盟国首脳や欧州議会と協議を、加盟国首脳や欧州議会と議論を重ね、ミシェル常任議長は七月一〇

日、ブリュッセルで同月一七、一八日に開催する特別欧州理事会に向けた修正案をEU加盟国に提示した。

  野村総合研究所の井上哲也

と日本貿易振興機構(ジェトロ)の安田啓 50

が、それぞれ、ミッシェル常任議長の修正案に 51

ついて詳細な記事を書いている。それを基に考察しよう。

  修正案は六つの柱からなっていた。(1)中期予算規模の減額(当初案から約一二%削減)、(2)一部国の拠出金リベー

トの維持、(3)「復興基金」の例外的な位置づけ、(4)補助金と融資の組合わせによる「復興基金」の支出、(5)「復

興基金」の中核をなす「復興・回復ファシリティ」の前倒し実施(七割を二〇二二年まで)、(6)同ファシリティの活

用に向けた加盟国による政策プログラムの早期立案、という六点である。

  (1)から(5)について補足すれば、以下のとおりである。

(23)

論 説 130

[図1]復興基金の国別配分額推計 単位:10億ユーロ

出所:ピクテ・グループ

(24)

  (1)の中期予算の減額でいえば、二六〇億ユーロ縮小が提示された。即ちMFFの規としては欧州委員会が五月

二七日に提案した一兆一〇〇〇億ユーロから二六〇億ユーロ縮小した一兆七四〇億ユーロを提示した。

  (2)の加盟国分担拠出金の払戻金(リベート)については、デンマーク、ドイツ、オランダ、オーストリア、スウェー

デンの五カ国について、現行予算における分担拠出金の支払い額を調整し、二〇二〇年ベースで算出した相当額を一括

で払い戻すことを確認した。

  なおリベート制度は二〇二〇年一月末にEUを離脱したイギリスが、農業予算に過度にシフトしている状況から公平

な分担(フェアシェアー)を掲げて、サッチャー政権時代に導入したものであった。この提案の背景には、五カ国がE

U予算から享受する利益を拠出金が超過していた現実がある。

  (3)の復興基金は例外的扱いということでは、恒常化されることを警戒する反対国に譲歩した形となっている。

  (4)の復興基金の規模については、欧州委の提案、即ち最大七五〇〇億ユーロを金融市場から調達する現行案を保 持する姿勢を示した。そして復興基金における補助金(grant)と融資(loan)の比率についても、現行案(返済不要

の補助金五〇〇〇億ユーロ、融資二五〇〇億ユーロ)のバランスを保持することを提案。このように、基本骨子は、ほ

とんど変化しない、言い換えれば、安易な譲歩を拒否した案となった

52

  (5)の「復興・回復ファシリティ」については、ミシェル常任議長は、復興基金として調達した資金の償還を欧州

委員会の提案より二年前倒しして、二〇二六年に開始することを提案し、返済の原資となるEUとしての新しい独自財

源を確保する必要性を強調した。これを賄う独自財源としては、廃プラスチック負担金(リサイクルされないプラスチッ

ク廃棄物の重量に応じた加盟国負担金)や、炭素国境調整メカニズム、デジタル課税などを挙げた。

(25)

論 説 128

2  三つの抵抗勢力   ミシェル修正案ではEU予算の規模が縮減されていることでは南欧の諸国も抵抗しており、ここに抵抗勢力として加

えることもできるが、コロナ禍の打撃が大きいEU内の南欧諸国救済を主眼とする視点からすれば、基金構想に反対す

るものではなかった。ここでは提案の骨格部分に反対する三つの抵抗勢力について述べてみよう。

  ①倹約四カ国(フルーガル4/frugal four)   欧州理事会での抵抗勢力としては、まず倹約四カ国、いわゆるフルーガル4が挙げられる。

  英語では、‘frugal four’(フルーガル4)と形容された四カ国である。それはオーストリア、オランダ、スウェー

デンとデンマークのことを指し、その意味するところは、財政規律を重視する国家群である。彼らは復興基金の給付の

規模が大きいと疑問を呈し、提示された融資額とバランスを欠いていると異議を唱え、その変更を促し、そして多年度

EU予算については総額を圧縮するよう求めた。

  ②北の富裕な国家群「新ハンザ同盟」

  EUの中にはイギリスのEU離脱を意識し、健全財政を維持する「新ハンザ同盟」(New Hanseatic League)よば

れる富裕な国家群の存在もあった。即ち、オランダ、アイルランド、北欧(デンマーク、フィンランド、スウェーデン)、

バルト(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)の八カ国がそれである。内陸国のオーストリアを除き、フルーガル4

ともダブっている比較的富裕な国家群である。これらの国家群は安易な基金の給付には懐疑的な視線を向けていた。

  新ハンザ同盟とはEU内では近年登場した新語であり、二〇一八年に二月経済通貨同盟(EMU)に関して、同じ見

解と価値を有する国家群として金融担当相が共同で出した文書にちなむ国家群である。もとより、一六世紀に形成され

たハンザ同盟に由来する語であった。イギリスのEU離脱が見えてきた段階で、グループを形成することで、「イギリ

(26)

スなきEU」での利益確保を意図したものであった。ただし一部のアナリストが誤解を招くような書き方をしているが、

新ハンザ同盟として復興基金に対応していたわけではない

。新ハンザ同盟を構成する諸国でなくとも、補助金方式をと 53

る基金である限り、しかも、債券を通じて調達した資金を、返済不要な補助金として交付する限り、償還時の負担など、

EUの全ての加盟国は共通する課題を抱えていた。

  実際、フィンランド政府は独仏合意を得た後の六月四日に単独で、欧州委員会が域内経済への支援策として提案した

七五〇〇億ユーロの復興基金について、現行案を拒否すると発表していた

54

  ③ヴィシェグラード   さらにはヴィシェグラードとして扱われることのある国家群の存在もあった。ヴィシェグラードは、チェコとスロバ

キアを含め、ポーランドとハンガリーの中部ヨーロッパの四カ国によりEU加盟前の一九九一年に創設された地域協力

機構を指し、二〇〇四年の加盟後はEUにおける協調行動の重要性からグループとしてたびたび発言している。

  特にポーランド、ハンガリーの二カ国は、司法権の独立や、法の支配などで問題を起こしており

、これらを理由に、 55

欧州委員会はEU条約に基づく制裁措置を考慮していることもあった。

  ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相は、法の支配、表現の自由など、EUの価値の順守義務に反しているとして、

その強権的な権威主義政治を理由に、欧州議会の最大政党欧州人民党(EPP)から資格停止処分を受けているほどで

ある。この彼が、ポーランド政府の支援を受けて、基金の配分に、自国に不都合な条件(conditionality)が課される

場合には、拒否権を発動する可能性もあった

56

(27)

論 説 126

六   二〇二〇年七月一七

- 二一日のマラソン欧州理事会

1  交渉過程   欧州理事会常任議長のミシェルから修正案が出された後、上述の抵抗勢力を抱えつつ七月一七日から欧州理事会が開

催された。そこには、加盟二七カ国首脳と、EU執行部側からベルギーのシャルル・ミシェル欧州理事会常任議長、ウ

ルズラフォンデアライエン欧州委員長の計二九人が出席した。最後に対面で欧州理事会が開催されたのは二月だった。

それゆえ、五カ月ぶりに一堂に会したものとなった。

  この日は奇しくも理事会議長国であるドイツのメルケル首相と、ポルトガルのアントニオ・コスタ首相の誕生日で、

前者は六六歳、後者は五九歳を迎え、プレゼントのやりとりが行われている。

  しかしその後、予想通り、この欧州理事会は難航した。メルケル首相自身が、首脳会議開始前にブリュッセルで、「各

首脳ともあふれる熱意を持って会議に臨むが、隔たりは依然として極めて大きい。今回合意に至れるかどうかは予測で

きない」と発言し、「交渉は困難を極めると思う」と語っていた

57

  もし合意形成できなければ、イギリス離脱後のEU結束に再度ひびが入り、ユーロとEU経済全般にただでさえ悲観

的な見方が支配的なことに加え、まさに欧州統合の終焉を言い出されかねない結果を招くことにもなる瀬戸際の状況で

あった。

  七月の会議に至る前から、即ち四月から五月にかけて、欧州理事会での不成立の可能性を指摘する声が多数出されて

いた。フィナンシャル・タイムズで自身は欧州統合の支持者だと公言する論説委員のヴォルフガング・ムンチャウも、

(28)

会議の見通しに対する悲観的見方から、特にマクロンの姿勢と実績の貧弱さを批判しつつ、きわめて辛辣な記事を出し

ていた

。「ハミルトン・モーメント」という表現を使ったカレツキー自身も、五月二一日付で「もし採択されたら」と 58

いうように、困難を見越した願望をのぞかせていた。EUの政策形成にかかわるアクターの多さ、それに比例した利害

対立、そしてEUの意思決定メカニズムの複雑さを思えば、それも宜なるかなであった。

  実際、欧州理事会は難航に難航を重ね、「マラソン」と表現されたように、一七日の午前に始まり五日目の二一日午

前五時過ぎまでかかるという異例の事態となった。

2  欧州理事会での「倹約四カ国」の立場   すでに指摘したが、協定合意の最大の壁は「倹約四カ国」、即ちフルーガル4(Frugal 4)にあった。五〇〇〇億ユー

ロにのぼる資金を南欧など被害が大きい国々に、返済を求めない補助金(給付)で多くを支払うことに四カ国が反対し

ていたことである。フルーガル4は欧州理事会において最後の最後まで、独仏合意を基礎とする欧州理事会議長案に難

色を示したのである。彼らは、EUによる支援は返済が前提の融資によって実施されるべきだとの立場をとっていた

59

  オーストリアのクルツ首相は基金は補助金ではなく、加盟国に返済させる融資方式にすべきだと改めて主張して反発

し、最終局面まで、反対を続けた。その理由こそが、EUにおける長年の論争の基であり、ギリシャのソブリン債危機

の救済を巡る対立を含め、それ以降もEU内での懸案事となっていた南欧諸国などへの支援の在り方であった。

  即ち、経済支援で給付(贈与)比率を高くすれれば、EU内の財政規律が崩れ、モラルハザードを引き起こすという

論理である。二〇一〇年からの欧州金融危機の際にも一貫して主張されていた考えだ。財政赤字は南欧諸国による借り

手が招いたとする借り手責任論に基づいていた。この議論に対しては、既に述べたようにベルギーの元首相フェルホフ

(29)

論 説 124

シュテットは、二〇一〇年時点とは違い、コロナ禍という現状では意味のない議論だと反発していた

60

  オーストリアやオランダにはそれぞれの国内事情もあった。オランダで言えば、ルッテ首相が属する自由民主党(V

VD)は二〇一七年の選挙ではキリスト教民主党(CDA)、民主六六党(D

66)そしてキリスト教連盟(CU)の四党で、

中道右派の連立政権を組んでいた。

  また欧州議会レベルではルッテは、マクロンを指導者とする第三勢力の自由党系のREに属していた。即ち、院内勢

力としてはフォンデアライエン委員長を支えるEU統合推進派に属していた

61

  とはいえ、オランでは二〇二一年には総選挙があり、ルッテ首相は国民には最後まで自国の利益を擁護したことを印

象付ける必要もあった

。加盟国には加盟国独自の政治情勢と、有権者の意思があり、それを無視してはありえないこと 62

だった。

3  決着と合意の諸点   コロナ禍によるリモートを余儀なくされた中、対面としては五か月ぶり、九〇時間をかけた五日間の会議となった。

これは二〇〇〇年にフランスのニースで五日間にわたって続いた会議以降、欧州理事会史上、最長のものとなった。

  難航したこの会議の模様は毎日新聞出身者が以下伝えている。

  最も緊張をはらんだのは、三日目の一九日に行われた夕食会の席上だった。議論は袋小路に入っていた。「もしあな

た方がどうしても反対と言うなら構わない。私とメルケル首相で会見を開き、倹約四カ国が合意をブロックしたと発表

するだけだ」と、マクロン大統領は苛立って声を張り上げた。大統領がドンとテーブルを叩く音が外まで聞こえたとい

う。メルケル首相も仏大統領を援護した。スウェーデンのステファン・ロベーン首相が、「いや、議論を続けよう」と

(30)

とりなし、決裂は何とか避けられた。五日目の二一日午前五時過ぎ(現

地時間)、ようやく妥協にこぎつけた

。(引用止) 63

  それは大方の悲観的な予測を裏切るものでもあった

64

  「合意は成立(Deal!)・・この合意は、ヨーロッパの統合過程 で極めて重要な瞬間(a pivotal moment)と見なされると確信する」

と復興基金最終合意の直後のシャルル・ミシェル議長は喜びをあらわ

にした

65

  決着した内容は以下の通りであった。市場からの資金調達によっ

て賄われる復興基金の規模は七五〇〇億ユーロ、MFFの規模は、

七月一〇日に提示されたミシェル常任議長の修正案の線に沿って、

一兆七四三億ユーロで決着した。ミシェル常設議長の修正案の規模が

ほぼ維持された。

  だが、返済不要の補助金が三九〇〇億ユーロ、融資が三六〇〇億ユー

ロとなり、当初案の補助金五〇〇〇億ユーロ、融資二五〇〇億ユーロ

に比べて、補助金で一一〇〇億ユーロで減額、返済義務のある融資額

が一一〇〇億ユーロと増えたのである。(図2参照)当然これは南欧

諸国には不満を残す結果となった

66

  内訳をみると、加盟国が提示する復興計画に基づきコロナ禍の影響

(児玉作成)

復興基金7,500憶ユーロの内訳の変化(総額不変)

[図2]

(31)

論 説 122

が大きい加盟国に優先的に割り当てられる「復興・回復ファシリティー」が六七二五億ユーロと、大部分を占めていた。

欧州委員会の提案時の規模五六〇〇億ユーロから増額された。

  他方、欧州委員会が提案した他の要素は全体的に圧縮された。例えば、加盟各国の医療体制の強化や拡充に七七億

ユーロを投じるとした欧州委員会の提案やコロナ禍で打撃を受けた企業のための二六〇億ユーロの支払い能力の回復基

金は、ともに復興プログラムから削除された

。さらに欧州委員会が復興プログラムと新たな中期予算の中で総合的に提 67

案した人道支援も、最終合意で一四八億ユーロから九八億ユーロに削減された。前回七カ年の中期予算(MFF)額は

上回ったものの、一部で期待されていた水準には届かなかった

68

  「復興基金」のための市場調達は二〇二六年末までに終了し、二〇五八年末までに返済を完了することも決まった

69

  イタリアは復興基金の二八%に相当する二〇九〇億ユーロが合意され、八一〇億ユーロが補助金grantsとして、

一二七〇億ユーロが貸し付けになることをコンテ首相が明らかにし、これらの基金で自国の体質を強化すると語った

70

スペインのサンチェス首相は、同国が一四〇〇億ユーロを受け取り、その半額強の七二七億ユーロが給付、残りが融資

と語り、欧州はこれで路頭にさまようことなく明日への基礎固めができた、経済のデジタル化、一層のグリーン化と教

育に活用できると語った

71

  フルーガル4をなだめるための払戻金(リベート)については、オーストリアは年五億六五〇〇万ユーロに倍増させ

た。オランダは一五億ユーロから一九億ユーロへ、デンマークは二億二二〇〇万ユーロから三億七七〇〇万ユーロへの

増額を獲得した

72

  ちなみにEU予算からのこの払戻金制度は、前述のごとく三六年前の一九八四年にイギリスのサッチャー首相がEU

に残した制度であった。この制度については、フランスと欧州委員会はイギリスのEU離脱を機にリベートの廃止を意

(32)

図していたが、復興基金の創設の政治過程でこれが逆に踏襲されるという副作用を生んだ。

  メルケルやマクロンは五日にわたる会議で、補助金の削減を主張する倹約四カ国に対しては、こうした取引材料を提

供しつつも、基金の重要部分である補助金(給付)の原則を貫いたのである。

4  EU予算と復興基金における法の支配問題   上述のごとく、ハンガリーやポーランドといった権威主義的国家群も対応すべき課題であった。ハンガリーとポーラ

ンドは、欧州理事会が民主主義の原則を満たさない国からの資金を差し控える方針を採用した場合、パッケージ全体を

拒否すると圧力をかけていた。これに対し、北の富裕な国家群はEU基本条約が掲げるEUの価値である法の支配を基

金配分に際する条件とするという姿勢をとっていた

73

  結果をいえばハンガリーの首相オルバンは多額の資金を確保しただけでなく、自身の主張も通し、EUの資金へのア

クセスを法の支配の基準に結びつけるすべての試みを拒否することに成功したと胸を張った

。ポーランドも同様で、さ 74

らにグリーン関連基金をEUの二〇五〇年気候目標にリンクさせる要求を骨抜きにしたことを喜んだ

75

  加盟国の多くは、報道の自由や人権などの基本的価値観を侵害した両国の政府を財政面で厳しく罰しようと提唱して

いた。ただし、強硬にこれを主張すれば、ポーランドに支援されたハンガリーが復興基金全体に拒否権を発動する危険

性もあった

。この問題は積み残しとして、九月に駐EU大使の会合や各国で取り上げられる可能性を残した 76

77

5  恵まれた政治環境―政治指導者と英のEU離脱   コロナパンデミックの最悪の状況の中での復興基金の政治過程で言えることは、政治指導者に恵まれていたことであ

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