潜在断層の運動に伴う沖積地盤の変位
(昭和53年10月19日 原稿受付)
開発土木工学教室木原敏夫
Dislocation of Alluvial Ground Surface due to Burried Fault Movements
by Toshio KIHARA
Abstract
The interesting dislocation of alluvial ground surface were found, which are different from the typical surface subsidence due to worked by coal mines often found at an area of Chikuho
(Kyushu)alluvial plain. These are crevices and undulation in echelon. This phenomenon is considered to be caused by burried fault movements in the palaeogene coal bearing formation overlain by alluvial beds. In addition, these crevices in echelon are quite similar to those of the active fault occured at the time of Izu−Oshima earthquake on Jan.14th,1978.
の1支流穂波川の沖積平野に位する約100戸の農家を 1・まえがき 主とする家屋集合地で,行政上は福岡県嘉穂郡穂波町堀 今から10数年前,筑豊地方の石炭採掘による地盤沈 池に属し,調査当時区域の周辺はすべて水田であった。
下の調査を行った際,飯塚付近のある一部で筑豊地方で この区域に家屋の傾斜や亀裂群等の異常現象が現われ始 普通に見られる型式とは異った地盤の波状起伏とこれに めたのは昭和22年(1947)頃からで,昭和29年(1954)
平行して発生した亀裂群が観測された。調査当時(1965 より昭和31年(1956)頃が最盛期であり,その後次第に 年)筆者はこの雁行配列を示す波状起伏と亀裂群は沖積 終息に転じ,昭和37年(1962)以後このような現象はみ 層下に潜在している筑豊古第三紀爽炭層中に存在してい とめられていない。この区域は石炭採掘会社A(東側)・
る断層が運動した際に,沖積層が引きずられて出来たも B(西側)両者の鉱区境界線付近にあり,両社ともこの のであろうと結論した。ところが本年(1978年)1月14 区域に地盤沈下等の影響を与えるような採掘を行ってい 日伊豆大島近海地震の際,稲取付近において,活断層の ないことを主張した。
運動に伴って生じた雁行亀裂群の報告を見るに及び,そ
3.水準点の移動 の型式が極めて筆者の筑豊地方で調査した亀裂群に類似
しているのに驚いた。今回報告しようとするこの調査記 区域内にはA社の設定した水準点が4点あり(第2図 録はその当時のもので多少古いものであるが,活断層の 参照),これらのうち2点(No・82・No・86)は昭和15年 動きを思わしめる興味深いものと考えられるのであえて (1940)に,他の2点(No・83・No・87)は昭和29年 発表することとした。またこの調査は当時鉱害調停事件 (1954)に設定され,昭和40年(1965)まで測定されて として係争中であったので,事件解決まで公表出来ない事 いる。第1図に各水準点の移動の推移を示した。これに 情でもあった。今回当事者の諒解も得られたので,学術的 よると1955年に設定された2点は2〜3年で一定の沈
な部分に限り報告し,諸賢の御批判を得たい次第である。 下値に落着いているが,1940年に設定されたものは3 〜6年後に50m/m程度の上昇があったのち,7年後の
2・位置及び概況 1946年よ礪び沈下を開始するが,甦N。.86は13年
この地域は国鉄筑豊線飯塚駅の西方約500m遠賀川 後の1953〜1954年にかけて急に100m/m近い上昇が
2
1940 1945 1950 1955 1960 1965年
0
一100
一200
一300 m/m
一
No.82
mo.83
No.87
No.86
第1図 水準点の移動の推移
見られる。これらの測定誤差の範囲を超えた急激な逆方向 の跡がのこされており,最長のものは130mもトレース の移動は典型的な沈下現象にはみられないものである。 された。これらの亀裂はN20°〜35°Wの方向に約10m の間隔をもって雁行状に配列している。亀裂の開き幅は 4.亀裂群
最大2cm,水平ずれのものが多く,落差は最大1.5cm 亀裂は煉瓦壁,コンクリート壁,基礎コンクリート, である。観測された亀裂の状況は第1表に,位置は第2 土間モルタル及び溝コンクリート等硬い部分に明瞭にそ 図に示した。
第1表 亀裂の状況
一 J
記号 巾im/m) 水平ずれim/m) 落 差
im/m) 発生時期* 備 考
A 10 15 0
B 5 10 0
C 3 7 0 同一壁に現われた亀裂で
D 15 5 西15 昭和25年頃(1950) 小さいものまで入れると
E 7 15 西3 10数ヶ所みられる
F 8 0 0
G 9 0 0
HIJK 73205 0004
0
@0
撃P0
@0
}剛【年嚥)
コ和22年頃(1947)
|同一壁に現われた亀裂で
轤P0数ヶ所あり共同浴場の腰壁のもので土間にもある
L 5 8 0 昭和28年頃(1953)
M 4 3 東3 昭和22年頃(1947)
N 20 0 0 昭和26年頃(1951)
0 2 3 西2 /同一壁に現われた亀裂で
P 12 0 0 /全部で8ヶ所あり
Q 5 2 西3
R 4 0 0
S 5 3 0
T 5 2 0 昭和25年頃(1950)
u 15 0 0
V 3 0 0 昭和36年頃(1961)
W 2 0 0 昭和35年頃(1960)
・亀裂の発生時期は家人の記憶によるもので梢正確を欠く。
\ \
3
N/ w
2 \ 〔コ , 、 \ \
α \\[コ ロ
i貼 ぴ.\。試ρ
・0 \d7、 、
i \\ 国l!撫繍家屋番号)
第2図 亀裂及び家屋傾斜分布図
4
5.家屋傾斜と地盤起伏 第2表 各家屋の傾斜百分率と平均傾斜方向
調査当時この付近の家屋は大正末期より昭和初期にか 番号 けて建築された木造家屋で老朽なものが多く傾斜方向が 1
1家屋においてもバラバラで一定せず,1家屋の平均傾 2,
斜方向を知ることは大変困難な状況であった。そこで第 3 3図に1例で示したような方法で平均傾斜の方向を求め 3 ることとした。先ず傾斜していると思われる各部を,N, 4,
S・E・Wの4方向に分けて・長さ1mについての沈下 5 量をもとめ,これを各方向について合計し,各方向の百 5 分率をもとめる。この百分率からN〜S,E〜Wで相殺 6
された残りの率をその方向の分力成分として,これを合 6 成して得られた方位角を平均傾斜の方向と看倣すことと 8 した。各家屋の傾斜百分率と平均傾斜の方向は第2表の g ようである。 10 これらの平均傾斜の方向を各家屋について示すと第2 11,
図のようになる。これをマクロ的に見て,仮に亀裂方向 12 に平行して東よりa,b, c, dの4区に分けると,そ 13 の傾斜方向は,おおむねa区は東傾斜,b区は西傾斜, 14 c区は東傾斜,d区は西傾斜を示している。従って地盤 15 の波状起伏の凸部の軸(脊斜軸)はa区とb区,c区と 17 d区の境界線,谷部の軸(向斜軸)はb区とc区の境界 18 線に当る。亀裂の発生はその谷部に多いように見うけら 19
れる。
6.地質概況 21 この区域は遠賀川によって形成された沖積平野の一部 22 で,地表下6〜10mまで沖積世粘土砂礫層によって覆わ 23 れているため,下位の古第三紀層の露出を見ることは出
家屋 N方向 S方向 E方向 W方向 平均傾斜 番号 (%) (%) (%) (%) 方 向
1 37 28 10 25 N59°W
2 25 6 67 2 N74 E
2 0 97 1 2 S
3 6 21 60 13 S72 E
3 6 3 91 0 N88 E
4 35 24 31 10 N62 E
4 40 2 41 17 N32 E 5 4 50 37 9 S31 E
5 46 0 38 16 N25 E 6 42 14 44 0 N58 E
6 11 28 17 44 S58 W
7 0 54 24 22 JS2E
8 9 37 54 0 S63 E
9 9 9 53 29 E
10 5 16 0 79 S82 W
ll 5 43 48 4 S49 E
11 28 28 12 32
W
12 14 10 0 76 N87 W
13 12 48 14 26 S18 W 14 32 3 59 6 N61 E 15 50 0 15 35 N22 W
16 6 68 6 20 Sl3W
17 45 5 18 32 N19 W
18 18 16 27 39 N81 W
19 69 7 7 17
N9W
20 58 0 42 0 N36 E
21 68 3 17 12 N4E
21 0 47 53 0 N48 E 22 43 6 5 46 N48 W
22 6 10 10 47 S86 W 23 7 57 11 25 S16 W
24 43 7 1 49 N53 W
82
i 亘 S
lT
10 28
S
8 6
10 2 4 14
10 32
1 4
11 lO 12 8
2 8
2 30
0 6 0
6 28
巨 103 70 784 37 25−一 28
第3図 No.1家屋を例とした平均傾斜方向の測定
37(N)−28(S)=9(N)
25(W)−10(E)=15(W)
・an−1マ一…96・一・醐・
方向 N59 02 10 W
矢印は方向,数字は1000m/mに対する沈下量m/m数
, 2
庖 o
:⑨7
0
二. . O IO 20 50m.
第4図 電気探査測点,測線分布と推定断層の位置
6
一6ぴWの西落差約4・・mの平恒(ひらつね)断層が走 ,, .・. 。 辿[;
るものと推定されている・このため・∨ アの断層の東側は
A社によって大焼累層中の炭層が採掘され,西側はB社 ・ 、 ◇
麟竺蕊灘麟∴‡1㌶ 蕊雛i顯 謬
来ない。しかし四近の地質状況及び付近の石炭採掘の状 亀裂型式と極めてよく類似していることに注意したい。
近接した区域の採掘は行なっていない旨を主張した。事 実,両社より提出された採掘跡図より判断すると,この 区域が一般に沈下影響の限界としてみとめられている採 掘跡末端より地表に向けて引かれた破断角線外に位置し ていることは確かであった。
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7.沖積層
_ 第5図 1978年伊豆大島地震の際に発生 この付近の沖積層の層序は近くで行われた3本の調査
した稲取・大峰山断層 ボーリングと区域内で行った電気比抵抗垂直探査(第4 (地質ニュ_ス284号より転載)
図参照)によってかなり詳しく知られている。上位より 第3表のようである。
粘土層の土質試験用サンプル採取のため区域中央(第 第4表 沖積層粘土の土質試験 4図◎ボーリング地点)においてボーリングを行い不撹 試料番号
乱サンプル3個を採取し,試験の結果は第4表のようで 採取深度(m)
ある。 層 厚(m)
厚 さ
@(m) 地 質 電気比抵抗 iρ一m)
0.2〜2 粘土質表土 20〜75
1.0 捨硬埋立層 380
2.5〜3.5 粘 土 層 20〜90
1.0〜1.5 砂 礫 層 30〜120
不整合
直方統砂岩又は頁岩 10〜500
第3表 沖積層の層序 単位体積重量(t/m3)
電気比抵抗 飽和度(%)
(ρ一m) 間隙比 20〜75 先行荷重(kg/cm2)
380 圧縮指数
試料番号 No.1 No.2 No.3
採取深度(m) 1.80 3.20 4.00
層 厚(m) 0.80 1.85 0.35
比 重 2,700 2,695 2,679
単位体積重量(t/m3) 1,816 1,814 1,786 飽和度(%) 104.2 117.7 106.8
間隙比 1,086 1,330 1,200
先行荷重(kg/cm2) 0.37 0.45 0.52
圧縮指数 0,250 0,340 0,343
圧密係数(×10−3cm2/sec) 1.70 2.10 1.10
9.実験
今2枚の板を水平に並べ,その上にぬれた和紙をはり 8.地震断層との類似性
つける。次に接面に沿って水平に僅かにずらせると,和 昭和53年(1978)1月14日12時24分伊豆大島と伊 紙上に板の接線に斜交して多数のしわが発生する。第6 豆半島のほぼ中間の海底で大地震が発生し,伊豆半島南 図はその実験写真で,aは板が右ずれの場合, bは板が 部に大災害をもたらしたが,この際東伊豆町稲取付近に 左ずれの場合である。右ずれ,左ずれの区別は,ずれ線 現われた稲取・大峰山断層は地表面に雁行する亀裂の集 (板の接線)の手前からずれ線の向う側が右手にずれて 合帯として出現した。第5図は稲取中学校付近の雁行状 いれば右ずれ,左手にずれていれば左ずれである。和紙 の断層を地質ニュース,第284号より転載したものであ 上に現われるしわの密度・長短の違いは和紙の紙質・ぬ るが,規模こそ異なるが,その型式において,本報文の れ度合及びずれの長さによって異なるものと思われる。
・ i ㌘ . 霧 二該
麟鱒1 麟臨鯉、
a b
右ずれ 左ずれ
第6図 モデル実験の写真
Ω一m Ω一m 140 140
ア
↑
100.
50
W,
ハ
●.
■
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f . D ■ P E C ・ f C ■ P 怐@ ・ C .
. ・. ■ . ・ 1
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r〜㍊ ぱ
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・・一一… マ(20)=αを20m
黹マ(10)= 10m−一一μ(5)= 5m
100
50
O E
150 100 50 0
m 第7図 No.A及びNo.B水平探査
8
F−・−F推定断層線
\亀裂線
F
1
\
0 50m
第8図 地盤傾斜変換線,亀裂線及び推定断層線との関係
することがかなり明瞭に認められ,このF−F線が平恒断
1・潜在断層の雌と方向の調査 層の潜蹴であることが擬せられた.擬され嫌在
以上の現象の観測と実験より綜合判断して,沖積世の 断層線F−Fと亀裂群及び波状起伏との関係は第8図に 軟かい地層の下に潜在している硬い古第三系直方統中に 見られるように,実験によって見られる第6図aの場合 存在する断層(平恒(ひらつね)断層と考えられる)の と極めて良く似た型式を示している。
水平ずれ運動により沖積層が影響され地表面に,以上の
11.まとめ べたような変位現象が現われたものと考えられる。実験
では2枚の板は直方統の硬い地層に,板の接面は断層面 沖積層下に存在する古第三紀層中の潜在断層の水平ず に,ぬれた和紙はやわらかい沖積層に見立てることが出 れによって,沖積層が引きずられ・その結果あらわれた 来る。この場合,断層の位置と方向によって沖積層地盤 地表面の変位について述べた。このような地下に潜在す に発生する波状起伏及び亀裂の場所と方向が左右される る見えない断層の動きが地表面に及ぼす影響は各地にか のであるから,沖積層下に埋もれた断層の位置を確認す なりあるものと考えられるが・報告された例は極めて少 ることは非常に難かしい問題であるが,この場合は幸運 いようである。地震に伴う活断層の微妙な動きもこのよ なことに次のような有利な点があり探査可能と考えられ うな型式で地表に現われる場合もありうるものと考えら た。その1つは,沖積層の層厚が6〜10mで比較的薄く, れ,本報文が何かの参考ともなれば筆者の喜びはこれに 層序が区域で一様であること,次に断層を境として分布 すぎるものはない。なお現在では,現地は道路も改修さ する直方統の地層は岩質においてかなりの相違があり, れ,家屋も改築せられて,当時の面影を示すものは何も 比抵抗もかなりの差があると考えられること(断層の東 残されていなかったことを報告しておこう。
側に分布するのは砂岩を主とする大焼累層であり,西側 本文を草するに当り,調査当時種々御指導を頂いた九 は凝灰質頁岩を主とする竹谷累層である)である。従っ 州大学工学部小野寺教授並びに生産科学研究所西田教授 て電極間隔を適当に選べば(即ち,探査深度を変化させ に深謝の意を表する。
ることによって),水平探査測線上に見掛比抵抗値の差に また,本文の整理,製図を煩わした本学技官牛島和子 よる変更点を見出せる可能性がある。第7図はA・B測 氏にお礼を申上げる次第である。
線における水平探査の結果を1例として示したものであ るが,F点において明瞭な見掛比抵抗の変更点が記録さ
れている。電極間隔を5m,10m,20mとして探査した 参考文献
ときの見掛比抵抗値(・)をそれぞれ・…ρ・1・・,・・…とし 1L嶽曇灘麟警;鴛1≧㌶隻竺
て示すと測線の東側より130mの地点において,いずれ 1966.
にて各測線においてρが40Ω一m以上の場合と以下の場 4)小出仁外:1978年伊豆大島近海の地震調査速報,地質ニユー 合に分けて考えると,第4図に示すようにF−F線を境界 ス 第284号・1978・
線として東側にρ>40Ω一m,西側にρ<40Ω一mが分布