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青い鳥成人寮での造形活動1

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Academic year: 2021

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青い鳥成人寮での造形活動1

―感じること、考えること、学ぶことについて―

伊 藤 美 輝

私たちは、毎日の生活の中においてさまざまな「もの」に関わって生きています。

その関わりは「能動的」なものであれ、「受動的」なものであれ感覚器官をとうした

「刺激」であるわけです。この刺激は、この世に生きている限り絶えず受け続けてい ます。その後のことについては如何なるものが残るのか、どのようになるかは私には 分からないのですが……。

その刺激を受けとめ、経験からイメージをつくる役割を「感性」が担っています。

別の言い方をすれば、「感じ考えること」と言う事ができます。刺激を送ってくるも のを「環境」と呼びます。

私たちはさまざまに分類することができる「環境」と関わり、私たち自身も一つの 環境として刺激を与えている存在でもあります。

「環境」をさまざまに分類と言いましたが、おおよそ「人的環境」「物的環境」「社 会環境」「自然環境」「時間」そして複雑な要素の総合である「雰囲気」などに分類で きると思います。「社会環境」などはさまざまな要素の総合ですから単純なものでは ありませんが、それぞれの環境を構成する要素に基づき整理すると、これくらいの分 け方でよいかと思います。

さて、「感性」に話を戻しますと、生まれたばかりの乳児はまだ環境からの刺激を 多くは受けていません。その取巻く環境も「人的環境」「物的環境」という限られた ものからの刺激であるといえます。したがって乳児の感性は主に身近な人からの刺激 と生活の音や視覚的な刺激に対して働きはじめます。その中で最もよく受ける刺激は

「味覚」であるともいえます。

ハイハイ、つかまり立ち、そして歩行と身体的発達が進むにつれ行動範囲の広がり とともに、その環境は広がり刺激を受ける内容も多様なものになっていきます。

感性の働きにより、さまざまな経験から多くのイメージを蓄積し、関わったもの刺 激を与えるものその「もの」が何であるかを理解していくわけです。この理解を「知

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性」としたら、感性は知性を育む重要な役割を司っているといえます。私の授業にお いて「感性」は知に広がる「根」であり、知性は枝に広がる「葉」とした樹に例えて 説明しています。

人が何かを表現するとき私たちは何を表現し、人の表現を受けとめるとき何を受け とめるのでしょうか。それぞれの立場において感性が重要な役割を持っているものと 考えています。

冒頭から、「感性」「環境」「刺激」「知性」等を並べましたが、これらは今私が学生 たちに語っている授業の根幹にあります。また、自分自身の課題でもあります。

なぜ人は表現するのか。表現することと生きることはどのような関わりがあるの か。絵を描くこと、ものを作ること、創造することは人が生きていく上でどのような 役割を持っているのか。学生に問い掛けるとともに、それは自らに問い掛けている命 題でもあります。

私たちは日常生活において常に様々な刺激を受けていますが、全ての刺激について 感じ考えているわけではありません。多くは感じたとしても日常の雑多なことの一つ として感覚の中にしまい込んでしまうか、無かったことのように消え去ってしまうの ですが、時として、その出来事の「大・小」に関わりなく強い刺激を与えてくるもの があります。環境からの刺激は、まるで内に潜むエネルギーに火をつける火花のよう な存在となります。それを受けとめた感性の動きを基点とした閃き、それも日常の 様々な関わりの積み重ねの上に閃く輝きの火種であるともいえます。

さて、自分にとってそのような「火花が飛んできた」のは何時だったのか!十代の 頃は積み重ねの時代でしょう。では二十代、今考えれば迷いと不安そして思いばかり が強い時期でした。

絵を描くこと、作品を作ること考え、教え育てることの意味も分からず、教壇に立 ち学生が描けないことを嘆き見下すことの多かったことを思うとなんとも恥ずかしく なるものです。

では三十代はどうでしょうか。ある日一人の女性が研究室を訪ねてこられました。

その方は第二次大戦中にポーランドで描かれた子どもたちの絵を、甲府で紹介したい と考えていた方で、既に他の所に相談に行かれ、作品展実施に否定的な意見を言われ た後に、大学の教員の紹介で私のところに来たわけです。

その一途な思いをお聞きして「お手伝いします」とその場で返事をしました。実際

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には何が手伝えたかと言うと、展示会場の設計と設置を担当させてもらった程度でし たが、その後のことを考えるとそれは貴重な体験となります。

三十代後半に、とても大きな火花が飛んできました。多分これほど大きな火花はこ れからもないかと思えるような火花ですが、その時はそのことがどのような意味を 持っているかなど分からず不安と戸惑い、中途半端な事は出来ないとの思いだけが強 く、半年ほど逃げていました。

それは何かというと、甲府市にある盲重複障害者施設「青い鳥成人寮」(以下、青 い鳥)からの造形指導の講師依頼でだったのです。見ることをよりどころして今まで 造形に関わってきた自分にとって視覚障害の方たちとどのように関わったらよいの か、まったく見当がつかない事でしたから、その依頼から私は困惑と惑い以外何も感 じることはなかったのです。

しかし、それは「感性」との出会いであり、自らの中で悶々としていた表現の意味 を解いていく大きな火花であったのですが、まだその時は分かりません。

当時の青い鳥の寮生の多くは、日常的にも絵を描く経験はほとんど無く、養護学校 を卒業した一部の方だけが少し経験したことがある程度でした。

先にも書きましたが、半年ほど先延ばしにしていよいよ青い鳥に出かけることにな りました。まずは、精神遅滞と視覚障害の理解、私自身の中にある障害に対する既成 概念の脱却に半年ほどの時間がかかりましたが、それは私自身が実は見えていたつも りでいただけで、表層しか見ていなかったことに気づくための時間であったように思 います。

彼らは貪欲に画材に関わりました。それは幼児が始めてクレヨンを手にして玩ぶよ うでもありました。画材から生まれる様々な刺激を楽しみ描く彼らの姿から、私の中 に生まれた困惑と戸惑いが吹き飛ばされると同時に、彼らにエネルギーを与えられて いると今も感じています。

彼らの作品を見ていると、様々な刺激を投げつけられているような気がします。描 くことの楽しさを知ってもらいたい体験してもらいたいとの思いから、はじめの一年 間は版画に取り組みました。版画というと、大半の方が彫刻刀を思い浮かべて難しく 感じられると思います。版画の面白さはその変化にあります。その過程は「版を作 る」「版にインクを塗る」「版に紙を被せ、版を隠してしまう」「紙をバレンで擦る」

そして「紙を持ち上げる」とそこには絵が画現れている。このように「描くこと」と

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「隠すこと」の要素が含まれた高度な楽しみがその過程にはあるわけです。

さすがに彫刻刀は使用出来ません。幼児向けの版画技法でスチレン版画という技法 があります。魚屋や八百屋でもらってきた発泡スチロールの箱を分解して平らな状態 にします。

その発泡スチロールの板に、油性のマジックインクで絵を描くと、描いた部分が溶 けて凹みます。したがって描けば判ができる、このことから棒状の画材の特性に気づ くことが出来ました。それは感性に直結した画材の存在です。特別なことではなく極 めてあたりまえのことでした。

毎回のテーマは「生活の中で感じたことを描く」。これは、毎回の造形教室の挨拶 に含めました。「おはよう、この頃何か面白いことあった」と投げかけます。すると

「マラソン大会があったよ」「ソリすべりに行った」ときには社会で起きている事 件・事故の話題も出てきます。教室には毎回三十名から三十五名の寮生さんが来てい ますから、ただそれを聞いている方もいます。そして最後にいつも「絵に描いて、僕 に教えて」とお願いして造形活動が始まります。

造形活動をおこなうにあたり絶対にしないことがあります。無理に描かせる事で す。できるだけ描き方も教えません。画材の紹介だけはしますが。彼らは自ら画材に 関わり楽しむ力を持っていると考えるからです。

こんな絵が描かれました。マラソン大会の絵です。青い鳥の近くに荒川という河川 敷に遊歩道が設置してある川があります。当時、春先に体力作りの一環として、走っ たり歩いたりとそれぞれの体力にあわせてその河川敷で「マラソン大会」を行なって いました。走っている姿の足元に花が描かれていました。季節の変化をとらえた作品 です。

また、ソリすべりの後に描かれた作品には、出かけていったスキー場をまるで鳥瞰 図のように描いた作品もありました。ある日、社会実習としてガソリンスタンドに 行っている Y さんが、実習の話をしてくれました。「暑さと忙しさで目が回ってしま うよ」と。話してくれた後に描かれた作品。驚きました。ガソリンスタンドの洗車機 らしき機械を背に立つ本人とその周りに描かれたダリ風の時計。それはまさしく、彼 女が話してくれた実習そのものでした。まだまだあります、目をブラウン管に張り付 けるようにして見た紅白歌合戦の様子を描いた作品。それらは、発砲スチロールが溶 けて現われてくるテクスチャーを楽しみながら、まるで独り言を楽しむかのように描

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かれ、「絵を描けるだろうか」などの心配は吹き飛ばされてしまいました。

版画はこちらのねらいどおり面白く感じたようで、一回の造形教室の2時間という 時間の中で描いては刷り、刷っては描きを5回も続けた寮生もいました。

そしてこの一年間に、多くの版画作品が描かれました。

造形教室を始めた当初、描かれた作品を公開することはまったく考えていませんで した。正確に言えば、考えられるほど余裕が無かったということになりますが、先に 述べた作品たちに出会うとにより、これらの作品がどのように理解されるのか、これ らの作品がどのような感想を生み出すかを知りたいと強く思うようになったのです。

作品が生まれる過程を見つめている立場にいると、描かれた作品の奥にあるものを見 てきたような感覚になります。はたして、そうではない人が見た場合、これらの作品 は何を語りかけるのだろうか。

その年の秋、国際障害者年の最後の年を記念して NHK が主催した作品展の公募が ありました。私自身は、基本的に幼児や学童の絵画コンクールにたいして慎重な態度 をとっています。しかし「この作品がどのように受けとめられるか」言い換えれば「こ の作品を理解できる審査員がいるか」という思いがその時生まれました。

そして「彼らの作品は多くの人に語りかけた」といえる結果がでました。しかし先 に述べたコンクールへ参加する危惧はその後に現われてくるのですが、とにかく描か れた作品を展示することの意味について「客観的」に考える機会になりました。作品 を見てもらえることの「喜び」のもつ意味は、次の表現へつながることを強く実感 し、より多くの人に見てもらうことをも願い、第一回「描くパラダイス展」の企画に 執りかかることになりました。

人と、物と、様々な出会いから生まれる「かかわり」そこから生まれてくる表現と の出会い。これこそ感性を刺激する「火花」であり、この体験はその後の私の方向を 示す出会いとなりました。

つづく 次回は、「コンクールへの危惧」「作品の描かれる様子」などを紹介します。

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参照

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