外国公債破綻に関する法的諸問題の一考察 : アル ゼンチン公債の償還をめぐるドイツ判例を素材とし て (椎名慎太郎教授コンスタンチン・サルキソフ教 授退職記念号)
著者名(日) 實川 和子
雑誌名 山梨学院大学法学論集
巻 67
ページ 81‑115
発行年 2011‑03‑30
URL http://id.nii.ac.jp/1188/00000400/
論
外
説国 公 債 破 綻 に 関 す る 法 的 諸 問 題 の 一 考 察
││ アル ゼン チン 公債 の償 還を めぐ るド イツ 判例 を素 材と して
││ 實
川 和 子
目 次
Ⅰ はじ めに
Ⅱ 二〇
〇六 年六 月一 三日 フラ ンク フル ト・ アム
・マ イン 上級 地方 裁判 所判 決 事案 の概 要 IM F協 定第 八条 第二 項b 号の 適否 国家 緊急 避難 抗弁 の適 否 外国 の外 国為 替法 の顧 慮
Ⅲ 若干 の考 察 IM F協 定第 八条 第二 項b 号に つい て 国家 緊急 避難 抗弁 につ いて 外国 の外 国為 替法 の顧 慮に つい て
総括
Ⅳ 結び に代 えて
Ⅰ
はじ めに 国際金融 市場 にお ける 資金 調達 の手 段と して
︑社 債や 公債 とい った 債権 発行 によ る直 接金 融に よる 割合 は︑ 近年 大幅 に増 えて きて いる
︒我 が国 の国 際金 融市 場に おい ても
︑外 国公 債取 引は 活発 に行 われ
︑例 えば グロ ーバ ル・ ソ ブリ ン債 など の名 目の 下︑ 新興 諸国 の公 債が 取引 され てい る︒ しか しな がら
︑そ うし た公 債発 行国 が債 務危 機に 陥 った 場合
︑そ の償 還を めぐ り︑ どの よう な法 的諸 問題 が生 じる のか
︒ この 点︑ 我が 国に おい ても 既に ナウ ル共 和国 公債 事件 にお いて 争わ れた こと が
( )
ある
︒同 事件 にお いて は︑ ナウ ル
共和 国金 融公 社側 が︑ 裁判 権免 除の 申し 立て をし たが
︑我 が国 の裁 判所 は︑ 制限 免除 主義 の立 場を とり
︑債 務国 側 であ るナ ウル 共和 国の 主張 を認 めな かっ た︒ また アル ゼン チン 共和 国国 債が デフ ォル トに 陥っ た際 には
︑裁 判と いう 形式 で争 わず に︑ 投資 家は アル ゼン チン 共和 国が 提示 した
︑約 七〇
%削 減さ れた 債券 に交 換と いう エク スチ ェン ジオ ファ ーを 飲む とい う形 で解 決に 至っ て
( )
いる
︒ そ
して 外国 国家 では ない が︑ 二〇
〇八 年に はア イス ラン ドの 最大 手銀 行の カウ プシ ング 銀行 が日 本で 発行 した 円 建て 外国 債︵ サム ライ 債︶ がデ フォ ルト の危 機に 陥っ
( )
たり
︑民 間企 業の 米国 リー マン
・ブ ラザ ーズ
・ホ ール ディ ン
グス が経 営破 綻を し︑ 同社 発行 のサ ムラ イ債 がデ フォ ルト にな った 記憶 もま だ新 しい であ
( )
ろう
︒
この よう に︑ 諸外 国の 経済 危機 を契 機と する 法的 諸問 題に
︑我 が国 にお いて も現 実の 問題 とし て直 面し てい る︒ もち ろん
︑上 記の よう に必 ずし も裁 判と いう 形で 問題 とな って いる わけ では ない が︑ こう した 外国 公債 破綻 に関 す る法 的諸 問題 を考 察す るこ とは 少な から ず我 が国 にお いて も重 要な 一課 題で ある と考 える
︒そ れゆ え︑ 本稿 では
︑ 外国 公債 破綻 に関 する 法的 諸問 題に つい て若 干の 考察 をし てい くこ とと した い︒ この 法的 諸問 題に つい ては
︑ナ ウル 共和 国公 債事 件の よう に裁 判権 免除 をめ ぐる 問題 など もあ るが
︑本 稿に おい ては 外国 法実 務上 の論 点を 検討 して みる こと によ り我 が国 にお ける 議論 に若 干の 示唆 を得 るこ とを 目的 とし たい
︒ その ため
︑ア ルゼ ンチ ン共 和国 債を めぐ る訴 訟が 提起 され
︑数 多く の判 例お よび 解説 が見 られ るド イツ 判例 をそ の 素材 とし て取 り上 げ︑ 分析 を加 える こと にす る︒ アル ゼン チン 債に 関す るド イツ 判例 はい くつ も出 され てい
( )
るが
︑
本稿 にお いて は︑ 特に 二〇
〇六 年六 月一 三日 のフ ラン クフ ルト
・ア ム・ マイ ン上 級地 方裁 判所
( )
判決 を素 材と する こ
とに した い︒ なぜ なら
︑当 該判 決に おい ては
︑外 国公 債破 綻に 関す る二
〇〇 三年 の裁
( )
判例 でも 言及 され てい た論 点︑
例え ばI MF 協定 第八 条第 二項 b号 の適 否お よび 国家 緊急 避難
( )
抗弁 の適 否と いっ た問 題に 詳細 に言 及さ れて いる こ
とか ら︑ 外国 公債 破綻 に関 わる 法的 論点 を概 観で きる ので はな いか と考 える から であ る︒ そし てそ れら の諸 問題 は︑ わが 国の 法実 務に おい て未 だ争 われ たこ とが ない ため
︑わ が国 の法 解釈 学へ の示 唆を 得ら れる と考 える から であ る︒ した がっ て︑ 以下 では まず
︑事 案の 概要 を簡 潔に 説明 した 上で
︑各 争点 に関 する 裁判 所の 判示 内容 を紹 介す る
︵Ⅱ
︶︒ 次に
︑そ うし た判 示内 容に 対し て考 察を 加え
︑若 干の 示唆 を得 たい と考 える
︵Ⅲ
︶︒
Ⅱ
二〇〇六 年六 月一 三日 フラ ンク フル ト・ アム
・マ イン 上級 地方 裁判 所判 決
ઃ 事案 の概 要
︵
︶ 本件 は︑ 一連 のア ルゼ ンチ ン国 債破 綻に 伴う
︑国 債償 還に 関す る事 案で ある
︒ 本国 債上 規定 され てい る国 債条 件︵ AL B︶ にお いて
︑被 告た るア ルゼ ンチ ン共 和国 は︑ 主権 を放 棄し てい た︒ 当該 国債 はド イツ 法に 服し
︑裁 判籍 は︑ フラ ンク フル ト・ アム
・マ イン と合 意さ れて いた
︒被 告た るア ルゼ ンチ ン 共和 国は
︑数 年来
︑甚 大な 経済 的問 題に 直面 して おり
︑二
〇〇 二年 一月 六日 に︑ 法二 五・ 五六 一号 とし て︑
﹁社 会 的︑ 経済 的︑ 行政 的︑ 金融 的お よび 通貨 政策 的領 域に 関す る﹂ 国家 緊急 事態 法を 公布 した
︒被 告は
︑二
〇〇 二年 七 三号 規則 によ って
︑債 務の 繰延 を達 成す るた め︑ 債務 証券 上負 って いた すべ ての 対外 債務 の償 還期 限に 対し て︑ 二
〇〇 二年 二月 六日 の二
〇〇 二年 二五 六号 命令 およ び国 家緊 急事 態法 を援 用し た︒ 今日 まで
︑被 告は
︑争 いの 対象 と なっ てい る利 子請 求権 に基 づく 支払 を全 くし てい ない
︒ 第一 審た る地 方裁 判所 は︑ 被告 に対 して
︑利 子を 含め 全金 額を 全債 権者 とし ての 原告 に支 払え とす る旨 の判 断を 下し た︒ それ に対 して 被告 は︑ 控訴 した
︒フ ラン クフ ルト 上級 地方 裁判 所は
︑二
〇〇 三年 七月 二九 日の 決定 によ って
︑基 本法 一〇
〇条 によ って 導か れる 連邦 憲法 裁判 所の 規範 検証 手続 きの 結果 を待 つこ とと した
︒と いう のは
︑連 邦憲 法 裁判 所に 次の 問題 が提 起さ れて いる から であ る︒ すな わち
︑債 務国 家が
︑支 払不 能を 宣言 して いる 場合 に︑ それ を
根拠 とし て︑ 私的 債権 者に 対し ても
︑債 務の 履行 を緊 急事 態が 終了 する まで 延期 する こと がで きる とす る国 際法 上 承認 され た原 則が ある のか 否か
︑と いう 問題 であ る︵ 参照 され るの は︑ フラ ンク フル ト上 級地 方裁 判所
︒N JW 20 03 ,2 68 8( 26 89 )︶
︒二
〇〇 六年 二月 一六 日の 決定 によ って
︑民 事部 は︑ この 点に つい ての 解釈 を放 棄し てい る︒ な ぜな ら︑ 実際 の状 況は 日々 変化 する ため
︑そ のよ うな 規範 の有 無の 検証 を先 取り しな いよ うに する ため であ る︒ 連 邦憲 法裁 判所 は︑ この 決定 に対 する 被告 の憲 法上 の異 議の 訴え につ いて の判 断を 受理 しな かっ た︒
︵
︶ 判旨 の概 要 以上 の事 案に 対し て︑ フラ ンク フル ト・ アム
・マ イン 上級 地方 裁判 所が 下し た判 決の 要旨 は次 の通 りで ある
︒ アル ゼン チン 共和 国は
︑私 的債 権者 に対 する 国債 の償 還を
︑も はや 国家 緊急 避難 とい う抗 弁を 以っ て拒 絶す るこ とは でき ない
︒な ぜな ら︑ 当該 法的 正当 化事 由の 要件 を充 足し てい ない から であ る︒ つま り︑ アル ゼン チン 共和 国 は︑ 広範 囲に わた る国 際的 な債 務繰 延手 続き を実 施し たこ とで
︑い わゆ る﹁ デフ ォル ト﹂ によ る経 済的
・金 融的 状 況が
︑二
〇〇 一年 の終 わり には
︑著 しく 回復 した から であ る︒
︵
︶ 視座 の設 定 アル ゼン チン 共和 国は 主権 国家 であ るた め︑ 理論 的に はも ちろ ん主 権免 除も 問題 とな るが
︑本 稿に おい ては
︑主 に次 の三 点に 焦点 を絞 り︑ 紹介 して いく こと にし たい
︒ まず IM F協 定第 八条 第二 項b 号の 適否 につ いて であ る︒ この 点に つい ては
︑二
〇〇 三年 判決 にお いて も詳 しく
述べ られ てい
( )
るが
︑本 判決 にお いて も言 及さ れて いる
︒
次に 国家 緊急 避難 抗弁 の適 否に つい てで ある
︒こ れは
︑同 じく 二〇
〇三 年判 決に おい て初 めて 提起 され た争 点で
( )
あり
︑こ れが 国際 法上 認め られ る原 則な のか につ いて は連 邦憲 法裁 判所 に委 ねら れて いた
︒し かし なが ら︑ 本判 決 に 10
おい ては
︑上 記の 点は 確か に問 題と なる とし ても
︑そ の前 提要 件と なる
﹁国 家緊 急状 態﹂ その もの がも はや 存在 しな いと 判断 して いる 点は 注目 に値 しよ う︒ 最後 に︑ 外国 法た るア ルゼ ンチ ン共 和国 の国 家緊 急事 態法 の適 否に つい ての ドイ ツ国 際私 法上 の外 国の 外国 為替 法の 顧慮 とい う問 題に つい てで ある
︒ そこ で以 下で は︑ これ ら三 つの 争点 に対 する 本判 決の 説示 を紹 介し
︵
~
︶︑ その 上で それ らに つい て若 干の 考察
︵Ⅲ
︶を 加え てい くこ とと する
︒
IM F協 定第 八条 第二 項b 号の 適否
︵
︶ それ では
︑I MF 協定 第八 条第 二項 b号 につ いて
︑本 判決 では どの よう に判 断さ れて いた か︒
﹁
⁝ 争い の対 象と なっ てい る国 債に 基づ く請 求権 は︑ 為替 契約 には 該当 せず
︑I MF 協定 上の 制限 に服 しな い︒ この こと は︑ 既に フラ ンク フル ト地 方裁 判所 が︑ 二〇
〇三 年三 月一 四日 の判 決︵ 2- 21 O2 94 /0 2= WM 20 03 ,7 83
︶に おい て︑ 適切 にも 明ら かに して いる
︒基 準と なる のは
︑国 債の 発行 は︑ 長期 及び
︵発 行者 にと って
︶経 済的 に重 要な 信用 供与 債務 に基 づい てお り︑
それ ゆえ 資本 取引 に分 類さ れる とい う点 であ る︒ この よう な取 引は
︑I MF 協定 上の 規定 には 服さ ない
︵こ れに つい て参 照 され るの は︑ 連邦 通常 裁判 所︑ WM 19 94 ,5 4f f; Pf ei ff er ,Z Vg lR Wi ss 20 03 ,1 41 (1 78 )︶ 同じ こと は︑ 国債 条件 上約 され てい る . 利子 につ いて も妥 当す る︒ 民事 部は
︑そ の限 りに おい て︑ フラ ンク フル ト地 方裁 判所 の解 釈で もあ る︑ IM F協 定の 規定 は︑ 通常 及び 短期 信用 取引 の利 子の みに 適用 され るの であ って
︑本 件約 定上 の利 子を 含ま ない とい う解 釈を も踏 襲し てい る︵ フ ラン クフ ルト 地方 裁判 所︑ WM 20 03 ,7 83 (7 85 )︶
︒ さら に被 告は
︑I MF 協定 第八 条第 二項 b号 を援 用す るこ とが でき ない
︒な ぜな ら︑ 本規 定の 援用 は︑ 公布 国の 加入 後に 公布 され
︑国 際通 貨基 金協 定の 許可 を得 た︑ 協定 に適 合し て導 入さ れて いる よう な外 国為 替管 理規 定が 含ま れる にす ぎな い から であ る︵ 連邦 通常 裁判 所︑ NJ W 19 94 ,1 86 8︶
︒被 告は
︑既 に一 九五 八年 九月 二〇 日に
︑国 際通 貨基 金︵ IM F︶ に加 入 して いる
︒し たが って
︑被 告に よっ て公 布さ れた 支払 猶予 は︑ 被告 が事 前に IM Fの 同意 を得 るよ うな 試み をし てい たで あ ろう 場合 にの み協 定に 合致 する こと とな ろう
︵参 照さ れる のは
︑P fe if fe r, a. a. o. ,S .1 82
︶︒ しか しな がら
︑こ のこ とは 報告 か らも
︑そ の種 の情 報源 から も明 らか にさ れて い
( )
ない
︒﹂
11
︵
︶ 以上 から
︑本 判決 にお いて IM F協 定第 八条 第二 項b 号の 適用 は明 らか に否 定さ れて いる
︒そ の根 拠と し て︑ まず
﹁国 債の 発行
﹂は 資本 取引 に分 類さ れる ため
︑I MF 協定 上の
﹁為 替契 約﹂ に該 当し ない こと が示 され て いる
︒さ らに
︑国 債に 基づ く利 子に つい ても 同じ よう に考 える こと
︑す なわ ち資 本取 引に 含ま れI MF 協定 に服 さ ない こと が示 され てい る︒ 次に
︑ア ルゼ ンチ ン共 和国 が公 布し た国 家緊 急事 態法 のI MF 協定 との 適合 性に つい ても 言及 があ り︑ 協定 適合