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「やさし」の意味の変遷−古代より中世前期まで−
著者 琴 智惠
雑誌名 奈良教育大学国文 : 研究と教育
巻 19
ページ 10‑18
発行年 1996‑03‑30
URL http://hdl.handle.net/10105/10668
﹁やさし﹂の意味の変遷
ー古代より中世前期まで
琴智恵
はじめに
﹁やさし﹂の語源について大野晋は﹁痩す﹂という動詞と深い関
係があると﹃日本語の年輪﹄(新潮文庫︑一九六六)で述べている︒
また︑類例として︑あけ(明け)←あかし(明し)︑ふけ(更け)
←ふかし(深しV︑あれ(荒れる)←あらし(荒らし)などをあげ
ている︒原田芳起^注‑v︑木之下正雄^注2v︑山崎馨珪3)も﹁やさし﹂
の語源について同じ見解を示している︒﹁痩せる﹂の形容詞化でで
きた語であるというのは今日ほぼ動かないところであろう︒﹃大言
海﹄にも﹁痩スニ通ズ﹂としている︒﹁やさし﹂とは︑つまり︑
﹁身も痩せ細るようだ﹂というのが原義で︑ひけ目を感じて消え入
りたいような差恥の情を表す語であると理解できる︒意義的な方面
からみて妥当であるように思われる︒ ﹁やさし﹂は今日でいう﹁恥ずかしい﹂の意味から︑恥ずかしく
感じているような人々が外から見ても﹁優美だ﹂という意味に変わ
り︑平家物語の例などには︑﹁殊勝だ﹂というような価値評価の気
持ちが加えられ︑さらに江戸時代に入ると︑﹁たやすい︑扱いやす
い﹂といった意義に移り変わるわけである︒本稿では︑既に知られ
た﹁やさし﹂の変遷につき︑大きく把握することに重点をおいて記
述してゆきたい︒
万葉集から王朝物語へ
﹃万葉集﹄には以下のように﹁やさし﹂の用例が二つある︒
やさ玉島のこの川上に家はあれど君を恥しみ
りき あらは(夜佐之美)顯さずあ
(巻五八五四) トヨ
よのなかう世中を憂しとやさしと(夜佐之等)思へども飛び立ちかねつ
鳥にしあらねば(巻五八九三)
八五四の﹁やさしみ﹂は日本古典文学大系で﹁恥しみ﹂と記され
ているが︑この漢字は校訂者の解釈である︒﹁玉島のこの川の上に
私たちの家はありますが︑あなたがあまりに立派なので明かしませ
んでした﹂の意味で︑この歌の﹁やさしみ﹂は﹁恥ずかしく感じて﹂
の意味として用いられており︑相手が高貴ですくなくともよい人で
あるという気持ちがあり︑それに対して自分を卑小に感じるところ
からくる恥ずかしさである︒
八九三は﹁生きていくこの世の中がつらくて身も痩せ細るような
気持ちだと思っているけれども飛び立って何処かへ行ってしまうこ
ともできない︑鳥ではないのだから﹂というのである︒自分が貧困
で世人並みの生活ができないことを恥じるのである︒自分を低く相
手を高く感じる気持ちがこもっている︑自分の主観的な感情を表し
ていた語が相手を意識︑比較し客観的な状態を叙述するようになっ
たといえる︒
上代の﹁やさし﹂は今日の定説の如く﹁肩身が狭い︑身も痩せ細
るようだ﹂という意味内容から︑やがて今日でいう﹁恥ずかしい﹂ という意味で用いられたことがわかる︒
あまたの人の︑心ざしおろかならざりしを︑空しくしなしてし
こそあれ︒昨日今日御門のの給はんことに(つかん)︑人聞や
さし﹂と言へば︑翁答へていはく︑⁝⁝
﹃竹取物語﹄八︑御門の求婚
さる事はありなんやと思ふもしるく︑此(の)落窪の君の︑や
さしく︑いみじき事をし出でたりけるがいみじき︒
﹃落窪物語﹄
ヤサ姉君﹁あな物狂ホしや︒人聞きこそ恥しけれ︒
﹃宇津保物語﹄國譲上
ある世にだに︑女子は萬の事むつかしくやさしきもの(也)︒
﹃宇津保物語﹄國譲上
⁝⁝いとかしこくしつとよろこひたまふ︒いて\いなまし︒い
かに人き〜やさしからまし︒いとかしこきことなりとよろこひ
﹃篁物語﹄
これらの用例はすべて﹃万葉集﹄の用例と同じように︑﹁世間に
対して︑恥ずかしい思いをし身も細るような気がする﹂という差恥
の感情を表すものである︒その中でも︑﹃竹取物語﹄﹃篁物語﹄ ト↓
﹃宇津保物語﹄の﹁人聞きやさし﹂の用例は︑﹁人が聞いてどう思
うかと思うとひけ目を感じる﹂という意味である︒この用例の中で
﹃宇津保物語﹄の﹁ある世にだに︑女子は萬の事むつかしくやさし
きもの(也)﹂について原田芳起は﹁痩し﹂という語源的な意味も
少し残していると説明している︒即ち︑平安朝に入ってからは︑
﹃竹取物語﹄をはじめとして﹁やさし﹂の用例を拾うことができる
が︑平安中期までは意義の変動があまりなく﹁恥ずかしい﹂の意義
として用いられたことが分かる︒
次に︑﹃源氏物語﹄の用例を見てみよう︒
御髪なども︑いたく︑盛り過ぎにけり︒やさしき方にあらねど︑
えびかづらしてぞ︑繕ひ給ふべき︒﹃源氏物語初音﹄
いまはしか今ねかしき人をわたしてもてかしつかむ片隅に人わ
ろくてそひ物し給はむも︑人聞きやさしかるべし︒
﹃源氏物語真木柱﹄
親にて︑亡きのちに︑聞き給へりとも︑いと︑やさしき程なら
ぬを︒﹃源氏物語蜻蛉﹄
この三例は︑従来の差恥の感情を表した意味用法で使われた用例
であり︑殊に真木柱の例は︑﹃竹取物語﹄﹃宇津保物語﹄に見られ たのと同じ形で用いられている︒初音の用例について︑進藤義治^注
4)は﹁みっともない﹂と解する方が適切で︑主体の内側の感情表現
から外側から見た物事の属性を表す表現に意義の変化が生じたもの
であるとし︑語義の拡張であると述べている︒
人傳ともなく︑言ひなし給へる聲︑
やさしき所︑そひたり︒ いと︑若やかに︑愛敬づき︑
﹃源氏物語蜻蛤﹄
宮の君が薫に対して︑人づてのような言い方でなく︑直接の形で
答えられたのを薫が感じた心のうちだから﹁やさしき所﹂は︑宮の
君の声のさまを表したのである︒上にあげた三つの用例とは少し変
わった用法であるといえる︒これは︑人物の差恥の感情を表す表現
を中心にして︑それにそのように恥ずかしがっている姿がそれを見
る人に﹁しおらしさ﹂﹁優美さ﹂を感じさせるという表現が派生し
やさた用例と考えるべきである︒原田芳起は︑聞いた薫の方が﹁恥しく
思うように﹂と考えられる理由が見当たらないという︒契沖がいっ
た﹁こなたの心をかなたに名づけ﹂たものでもない︒宮の君が男性
に対して﹁恥ずかしく思うてふるまう﹂のを他者として薫の眼から
そのような状態としてとらえる︑そこに生じる主客転換にほかなら
ないといい用法の変化を指摘している︒また︑進藤義治も﹁やさし 一12
一
の語誌に関する一考察﹂の中で同じ見解を示し︑﹁やさし﹂が﹁恥
ずかしい﹂よりは﹁優美だ﹂に近い意義に使われた用例としては調
査の限りでは年代的に最も古いと述べ︑必ずしも﹃源氏物語﹄にお
いてこのような用法として使われたと断定することはできなくても︑
﹃万葉集﹄以来の差恥の感情を表す﹁やさし﹂が﹁優美﹂の概念の
方に語義が拡張しはじめた︑ごく初期の用例であることは確かであ
るとしている︒このように意義変化し始めた﹁やさし﹂が差恥の感
情から独立して﹁優美﹂という一つの新しい概念になるまでには過
渡期的意義用法があったわけである︒
故大臣︑さだすぎ給へりしかど︑いとこちみ\しく︑わら㌧か
にやさしかりし人の︑﹁いかでもこの人の心をなびかさん﹂と︑
心をつくしたりけん気色︑いかばかりかはをかしかりけん︒
﹃夜の寝覚﹄巻五
日本古典文学大系の注に︑﹁老年だったが誠に無骨ながらにこや
かで優しい人﹂の意味であると記してあり︑故大臣の寝覚の君を大
切に思う気持ちから生じた思いやり深い態度を表している用例で︑
この用例にはもう﹁恥ずかしい﹂の意義はほとんどなくなっており︑
慎ましさと優美さの中間的用例であるといえる︒ ﹃堤中納言物語﹄の
例の︑いかになまめかしう︑やさしきけしきならむ︒いらへや
せまし︒はなだの女御
は︑﹁例の通り︑どんなになまめかしく優美な様子でしょう︒返事
をしようかしら﹂の意味で︑平安後期成立の﹃堤中納言物語﹄の頃
には︑不安定であった﹁やさし﹂の意義が既に﹁優美﹂という意味
として定着していたことを伺わせる用例であるといえる︒
二歴史物語の﹁やさし﹂
﹃栄花物語﹄には﹁やさし﹂の用例が全部で七例ある︒二例は恥
ずかしいの意味として︑二例は慎ましい気持ちに近い恥ずかしさ︑
一例は優美の意味に用いられており︑残りの二例は︑優美という意
味までにはいかなくても慎ましい気持ちがその動作や姿の上に優雅
さの感じを生じているという類の表現として使われている︒
いみじき親の御事有とも︑いかでかまたき㌧にくきことはし出
でん︑人の思はむ所のやさしからむと費したえたり︒ 一13一
﹃栄花物語﹄巻五
御随身どものけしき︑えもいはずやさしく思へり︒
﹃栄花物語﹄巻十三
陸奥守の奉れる御馬率て参りたるなどいひて︑いみじき黒駒や︑
さまぐの毛どもなどなる︑いみじくやさしく仕立て㌧︑+ば
かり率て参るめり︒﹃栄花物語﹄巻十八
巻五の用例は﹁親に関する非常の事‑死ぬような事があろうと︑
どうして更にまた醜態を演じようか︑人の思わくも恥ずかしいこと
と︑帰京の事は断念した﹂の意味である︒自己の行為を慎むという
気持ちが中心になっている用例で︑﹃源氏物語﹄以前の年代に使わ
れていた用例と同じ用法である︒
巻十三の用例も︑﹁やさしく﹂は﹁恥ずかしそうに﹂の意味で︑
この場面は道長に冷たくされたことが原因で退位した小一条院が道
長の娘を妻にするのだから︑随身たちにとっても世間の眼に対して
なにかしら慎ましさを感じるにちがいない︒この用例について︑原
田芳起は﹁はつかし﹂程の強い感情ではなく︑あまり人目に立ちた
くない︑こっそりしていたいといった気持ちがみられると説明して
いる︒﹁やさし﹂の意味は︑自己を慎んで人の前にあらわすまいと
いう︑抑制的感情を表す方向へと変わっている︒ 巻十八の﹁やさしく﹂は﹁大層優美につくろい立てて﹂の意味でY
馬の装飾の柔らかで繊細な美しさを表したもので︑﹁優雅﹂﹁優美﹂
系の概念が完成されている用例であろう︒
﹃栄花物語﹄の中だけでも﹁恥ずかしい﹂の意味から﹁優美﹂の
方向へ向かっている﹁やさし﹂の変遷の姿がうかがえる︒
﹃大鏡﹄の用例はすべて﹁つつましい﹂の意味として解釈でき︑
﹁やさし﹂の意義の客観化が進んで﹁優﹂とかの概念に近づいてき
ていることが分かる︒それでも︑やはり自己を面に表さないといっ
た慎ましさが意義の中心をなしている︒
:‑世次︑﹁いと感ある事也﹂とて︑﹁うけたまはらん﹂とい
へば︑しげき︑いとやさしげにいひいつ︒﹃大鏡﹄巻一
されば︑しげきは百八十におよびてこそさぷらふらめど︑やさ
しく申なり︒﹃大鏡﹄序
⁝⁝︑斎宮女御の御母にて︑そもうせ給にき︒いとやさしくお
はせし︒﹃大鏡﹄巻二
いかに︑昔はなかなかにけしきあることもありけるもの﹂とて︑
うち笑ふけしきことになりて︑いとやさしげなり︒
﹃大鏡﹄巻一 一14
一