《ロンダニーニのピエタ》の諸案について 【 翻 訳 】
カルロ ・ デル ・ ブラーヴォ
甲 斐 教 行 訳・註解
ミケランジェロの︽フェッブレのピエタ︾︵図1)で、マリアは左手で嘆願の身振りをしつつ、膝の上のキリストの身体を悲しげに見つ
める。埋葬の準備のため、彼女に遺体を渡すよう促す者に、こう嘆願しているのだ。﹁みなさん、私の息子をそんなに早く私からとって行
かないで下さい。︵中略)もう少しここに残して下さい、私が息子の姿を見つめることができますように、息子を見て少しでも慰めが得ら
れますように ︵1)﹂。
﹁ご公現﹂︵
E pif an ia
)、つまり﹁出現﹂と通称されるミケランジェロのカルトン︵図2)ではどうだろうか。︹この場面に先立ち︺まだエジプトにいるあいだに天使がヨセフの夢に現れ、﹁起きなさい、幼子と
その母を連れて、イスラエルに行きなさい﹂と告げる。ヨセフと家族は往路で通った砂漠を再び通過する。砂漠の辺境では少年ヨハネがす
でに悔悛の業を始めていたと伝えられ、実際カルトンにはヨハネも登場する。さてこのカルトンでは、天使が﹁︹ヨセフに︺なおいっそう確
信をもたせ、なおいっそう慰めを与えるため﹂戻ってきたところである。この場面の註釈は次のように説く。﹁神の慰撫と恩恵については、
それらを受けた者が、受けなかった者より己を優れていると考えてはならないことに思いをいたせ﹂。﹁実際、天使は聖母にではなくヨセフ
に語りかけた。ヨセフが聖母よりはるかに劣った者であったにも関わらず﹂。カルトンの中でマリアが自分の背後にヨセフを押しやってい
るのは、この最後の言葉を表すためである ︵2)。 十字架降下のときアリマタヤのヨセフとニコデモは、﹁一人は両手
から釘を抜き、もう一人は生命のない身体が崩れ落ちないよう支えていた ︵3)﹂。ミケランジェロは︽バンディーニのピエタ︾︵図3) 聖母 とマグダラのマリアが十字架から外されたキリストの身体を受け取っている で己をニコデモとして表した。実際、ミケランジェロから
じかに話を聞いた二人の著者コンディーヴィとヴァザーリは、ニコデモがミケランジェロ︹の自刻像︺であると認めている ︵4)。キリストはヨ
ハネ﹁福音書﹂でニコデモと神の子の到来について話をするが、予めこう前置きした。﹁私が天国のことについて話しに来るとき、あなた
がたはどうやって信じるのですか ︵5)﹂。実際、ニコデモは﹁イエスに大きな愛情を注いではいたが﹂、アリマタヤのヨセフとともに、死せる キリストを単なる裸の男として扱ったとされる ︵6)。 ミケランジェロは、これまで引用してきた章句の出典であるルドル
フ・フォン・ザクセンを知っていたにちがいない。この人物は自身やさらに以前の著述家の言葉を用いて福音書の記述を拡大し註釈を加
えた。この著者の大著﹃イエス・キリストの生涯﹄︵
V ita Jesu Christi
)はキリスト教の瞑想に用いる最重要テクストであり、一四七四年以降印刷本として普及した。
* * *
ミケランジェロは︽バンディーニのピエタ︾︵図3)に抑えがたい不満を抱き、ついにはいくつかの部分を粉々に砕いてしまった。
一五五五年頃のことである ︵7)。思うに、彼はとりわけ、この群像を物語表現として表すのではなく、霊的な意味内容に基づいて構成するとい
う選択をしたのである。つまりそれはもはや、ニコデモが十字架から外されたキリストの身体をマリアの上に下ろす、といった経緯を表す
ものではなくなったのだ。今日オクスフォードにある紙葉︵図4)は
︹そのような経緯の描写とは︺まったく異なり、︽ロンダニーニのピエタ︾
︵図5)の第一案が五つのスケッチの中でかたちをとりつつある ︵8)。そのうち三つのスケッチは、十字架から降ろされたキリストの身体を支
えるアリマタヤのヨセフとニコデモを、二つの異なった方法で配している。これらは、彼らがキリストに大きな愛情を注いではいたものの、
キリストの身体をあくまでも一人の裸の男の身体としてのみ扱ったという、前述した思想を示すものである。残り二つの、左側に示された
スケッチ︵図6)はどうだろうか 二つのうち左端のスケッチでは、イエスの両脚がのちに大理石群像に用いられたポーズをとるように見
える 。これらのスケッチでは、ニコデモが脇の下に手首を入れて、この死せる身体を単独で支えている。左端のスケッチではキリストを
いっそう高い位置で支え、腕を前で結んでいる。その右隣のスケッチではもっと低い位置で支え、いっそう腕を緩めているため、生命のな
い頭部は右手の側に傾いている。このポーズをとるイエスの身体は、最初の粗彫りの際に大理石塊から半分ほど掘り出されていたにちがい
ない。それは丸彫りに近づく再加工がなされた後も、大理石の尾根状の突起が両脚に残っていることからわかる。だがこの段階の、人物像
を大理石塊から半分だけ掘り出す手法は、ヴァザーリが伝えるようにミケランジェロがすでに︽聖マタイ︾︵図7)の時期に用いていた技
術上の経験に基いている。ミケランジェロはこの経験に基づき、人物像を損なわないためには﹁的確に大理石を取り除くことでいつでも改
善することができ、必要な際には部分的に復元や修正が可能な ︵9)﹂分量を手がけるべきであると知っていた。ニコデモはおそらく粗彫りすら されておらず、当初この人物のために想定されていた大理石は、第二案に属するまったく別の人物像を掘り出せる程度には残されていた。
その人物像は、ニコデモがとるはずであった、キリストの身体を支えるポーズをしていた。
思うに、一五六一年八月二一日 この日ミケランジェロは本作を作業報酬としてアントニオ・デル・フランチェーゼという人物に譲渡
した の時点で、他の一点の作品と同様に、本作はこの段階にあり、巨匠は﹁ミケランジェロ自身の手で粗彫りされ、家に置いてあっ
た二体の人物像を﹂︵
du as fi gu ra s m ar m or ea s s bo zz ata s m an u i ps iu s d. M ich ae lis A ng eli , e t in d om o e xis te nte s
)譲渡したという。︹このう ち︺本作は単に﹁死せるキリスト﹂︵C hr ist o m or to
)とのみ記されている )10︵。ミケランジェロはそれからほどなく﹁毎日鑿をふるって時を過
ごす﹂必要があると感じるようになったので )11
︵、アントニオと合意し、イエスを支える人物を加えて︽死せるキリスト︾を完成させることに
したのだろう。そしてまず最初に、その時点まで半分大理石塊に埋もれていたイエスの身体の各部を丸彫りすることにしたのだろう。イエ
スの身体を支えるニコデモについては、オクスフォードのスケッチの二点に見られるように、ミケランジェロにとって新しい意味はもたな
かった。しかし﹃イエス・キリストの生涯﹄を再読して、新たにニコデモをマグダラのマリアに置き換える発想が生まれた。この聖女がキ
リストに抱く愛情は、やはり人としての愛情であることには変わりないが、︹ニコデモより︺はるかに大きな愛情であった。そのマグダラ
のマリアの今日現存する部分は︵図8)、頭部の断片︵︽審判図︾の中でのようにヴェールを被り、目を閉じ、現在の支え役の人物像の頭部
の側に位置していた)、筋肉を縮めた左腕、小柄な身体の粗彫り︵イエスの死せる身体を苦労して支えるその重みとバランスをとるため、
骨盤を後方に引いている)、像を上に載せる基台︵スケッチのひとつに示された基台よりも丈が高いが、スケッチの方は大柄な男性像のた
めのもの)である。 このマグダラのマリアは、小柄で、顔を傍に向け、目を閉じ、夢見
ているようだ︵図9)。﹃イエス・キリストの生涯﹄の愛情のこもった一節に基いているからである。われわれは同書を何度も感動とともに
読み返し、老いてなお心中で愛を求めてやまないミケランジェロの思想の糸口をそこに見いだすであろう。
墓の前にはイエスが身体に巻いていたリンネルと、顔にかかっていた布しか残っていなかったが、マグダラのマリアはまだキリスト復活
を信じておらず、イエスを間近に見ても、彼を庭師だと思いこんでいた。﹁まことに、彼女は酩酊したようになって、庭師がいると思って
彼に言った。主よ、あなたがあの方を運んだのなら、どこに置いたのか私に言って下さい、なぜならたとえ死んでいても私にはかけがえの
ない宝だからです。私の望みはただ私があの方を運ぶことです、私が引き取ります﹂。﹁女の大胆さは驚くべきである。︵中略)彼女はその
愛の力で、このように大きく、あまつさえ死んだ身体を運ぶことができると信じていた。なぜなら熱烈に愛する者にとって、いかなること
も困難とは感じられないからである。女の性は重荷を担うにはかよわく、死体を運ぶには臆病であるのに、他の者には不可能なことも、大
きな愛ゆえに容易くできると思われたのである )12
︵﹂。イエスのこの巨大な身体は、最初の粗彫りのときから、十字架から降ろされニコデモに 支えられた姿で、つまりまだ腰に布を巻いた姿で構想されていたが、今やミケランジェロのすばやい鑿の彫琢によってあらゆるヴェールを
取り除かれている。なぜなら、物語によるとイエスの身体はしばらくリンネルに包まれていたが、その後リンネルは身体から外され墓の中
に置かれたからである )13
︵。 今や彼女は目を閉じ、顔を傍に向けてイエスを支え、この身体を運
んで行こうと夢見ている。ミケランジェロは︽聖ペテロの磔刑︾︵図
10
)において、精神の眼で見る者を見事に表現した。ペテロはみずから思いえがいた磔刑のキリストの方に顔を向け、その想像上のキリストを前に、同意する者、顔を覆う者、指し示す者、恐怖とともに見つ
める者がいる︵図
11
) 14)︵。﹃イエス・キリストの生涯﹄はオリゲネスから引用をおこなう。﹁見ていながら、見てはいなかった﹂。﹁ずっと自分
の師のいる場所にいたのに、師がどこにいるのかわからなかった﹂。﹁ついには、何にもまして愛していた方以外の一切が忘れさられた﹂。
﹁彼女の魂にとって生命とも言うべき方を失い、彼女にはもはや生きるよりも死ぬ方がよいと思われた。なぜなら死者は生者がもはや会え
ない者に会える可能性があるからである )15
︵﹂。
* * *
一五六四年二月一二日になってもなお、ミケランジェロが︽ピエタ︾に取り組んでいたことを示す記録がある )16
︵。彼は第三案に取り組ん
でいたが、ほどなく訪れた死によって、第二案に属する部分から、また第二案が担っていた人としての愛という思想から、この第三案を解
放することができなくなった。ミケランジェロは人間的な美を備えていたと思われる前傾姿勢のイエスの頭部と胴体を苦労して取り外し
た。代わりに、今や垂直となったキリストの新しい細身の身体と、胸骨に髭を垂らした新しい小さな頭部とを、自身の背中とマグダラのマ
リアの胸の間にあるまだ丸彫りといえるほど掘りこまれていない大理石から彫り出した︵図
12
)。垂れ下がったキリストの新しい腕は、彼女の衣服を構成していた大理石からとりだされた。ではマグダラのマリアはどうなったか!半分に割れた夢見る美しい顔は、キリストの頭
部に寄り添い前方を見下ろすもう一人の女性︹﹁魂﹂︵後述。通常は﹁聖
母﹂とされる)︺の、頭部をとりまくヴェールの渦へと変貌する運命に
ある︹図8︺。左腕は肘の位置で切れ、イエスの左肩に力なく添えた前腕へと続く。緩い衣服は側面が開いて裸の脚を露出させることで、
ミケランジェロがユリウス二世墓廟案のひとつに用いた脚を同様に露出させた人物像︵図
13
)と同じく 17)︵、﹁魂﹂︵
A nim a
)の姿をとる。ミケランジェロには、第二案 諸案の中でもっとも詩情に富んだ案と私は考える を支配する愛の思想の痕跡を拭い去るための日数が足り
なかった。その痕跡とはイエスの右腕の断片のことではない。これはおそらく仕上げの見本に保存されたのだろう。私が言うのは、骨盤を
後方に引く姿勢、女性のしなやかな身体が示す奮闘努力の姿勢のことだ。この姿勢は想像上の重量を支えている。﹁なぜなら熱烈に愛する
者にとって、いかなることも困難とは感じられないからである﹂︵
qu ia fe rv en te r a m an ti n ih il v id etu r d iffi cil e
)。私は彼女の左腕の腫れ上がった筋肉についても語りたい︹図5︺。実際、この筋肉はもはや巨大な男の身体を脇の下から支えたり、そちら側の肩を高く保つには役立っ ていない。方向を変えた新しい前腕は、細く小さな胸の上に、ただ置かれているにすぎない。
キリストを抱擁する﹁魂﹂がもつ意味は、今や、﹁喜びを感じた﹂で始まるミケランジェロの詩が担う意味と一致する。
﹁選ばれし霊たちは、己の死よりも御身の死に
困惑や悲しみ以上に喜びを感じた。 かくて御身は閉ざされし天の扉を
血をもって地上の人間に開いたのだ﹂。
・・・だが﹁喜びを感じた﹂とはいえ、
﹁しもべの中のしもべが十字架上で 厳しくつらい刑を受けたことを悲しんだ )18
︵﹂。
第三案の意味を理解する鍵はおそらくここにある。﹁魂﹂は肉体の
疲労を感じることなくキリストを抱擁し、これと一体化する。だが第二案の再構成に愛着を感じるわれわれは、人としての愛に促され、イ
エスの遺体を運ぶことができると夢想した、マグダラのマリア なぜなら彼女はイエスのもとで﹁この方以外誰も愛したり求めたりでき
ないほど法外な愛情を注いだ自分の師を︵中略)失い、彼女の魂にとって生命とも言うべき方を失った﹂のだから )19
︵ に共感する。われ
われは中断された最終案に関して、ミケランジェロの﹃詩集﹄︵
Rime
)から読み取れる、芸術家としてではなく一人の憂鬱な人間としての思想を記憶にとどめよう。
﹁わが愛しき主よ、生気に満ちた若き年代は 臨終を前にして
愉しみ、愛、望み、思考がいかに色褪せてしまうか思いもつかない。
現世から遠ざかるほど、魂は︹救いに︺近づく。 芸術︹への思い︺と死︹の接近︺は並びたたぬ。
私に望みをかけることがもはや何になろう )20
︵﹂。
そして
﹁私が御身の名において何らかの形象を思いえがくとき そこには死もまた欠けてはいない。
かくて芸術と才能は消え去る )21
︵﹂。
C ar lo D el B ra vo , Su lle re da zio ni d ell a «P ie tà R on da ni ni » (2 00 5) , in Id em , Intese sull’ar te , F ire nz e, L e L ett er e, 2 00 8, p p.2 25 -23 0.
原註
︵1)
L ud olf o d i S as so nia , V ita Jesu Christi , 2 , 6 5, 5.
以下を参照。C . D el B ra vo , La b ell ez za d ei «D uc hi» d i M ich ela ng elo
20 02 , p .17 5 ( rip r. i n Intese sull’ar te , p .20 4)
.︹拙訳﹁ミケランジェロ, “ A rti sta ”,
の︽二人の公爵︾﹂、﹃五浦論叢﹄一九号、二〇一二年、一五八頁︺ ︵2)
Lu do lfo d i S as so nia , op . cit .: 1 , 1 4, 1; 1, 14 , 2 ; 1 , 1 4, 3; 1, 14 , 6 ; 1 , 13 , 4 .
以下を参照。C . D el B ra vo , Intor no al «Giudizio»
20 00 , p p.4 2-4 4 ( rip r. i n , p p.2 18 -21 9) . Intese sull’ar te
︹拙訳﹁︽審判図︾, “ A rti sta ”,
をめぐって﹂、﹃五浦論叢﹄一五号、二〇〇八年、一四一頁︺
︵3)
Lu do lfo d i S as so nia , op . cit ., 2 , 6 5, 3 .
︵4)A . C on div i, V ita di Michelagnolo Buonar roti (1 55 3) , a c ur a d i G . N en cio ni, F ire nz e 1 99 8, p.5 1; G . V as ar i, La V ita d i M ich ela ng elo
nelle redazioni del 1550 e del 1568 , a cu ra d i P . B ar oc ch i, M ila no - N ap oli 19 62 , 1 , p .82 (1 56 8) .
︵5)﹁ヨハネ伝﹂三章一二節。︵6)
Lu do lfo d i S as so nia , op . cit ., 2 , 6 5, 2
︵ヨハネス・クリュソストモスに基づく).
以下を参照。C . D el B ra vo , La be lle zza cit ., p .17 5 (ri pr. in Intese sull’ar te , p p.2 03 -20 4) .
︹前掲﹁ミケランジェロの︽二人の公爵︾﹂、一五七頁︺
︵7)以下を参照。
G . V as ari , op . cit ., 1 , p p.9 9-1 00 (1 56 8) ; C h. de T oln ay , Michelangelo , P rin ce to n 1 94 7-1 96 0, 5 , The final period , p .88 .
︵8)オクスフォード、アシュモレアン美術館、33 9
。︽ロンダニーニのピエタ︾との関連づけは、すでにJ.C . R ob in so n, A cr iti ca l a cc ou nt of th e d ra w in gs by M ich el A ng elo a nd R af fa ell o in the University Galler y , Oxfor d , O xfo rd 1 87 0, pp .80 -81
に見ら れる。大判の複製図版には、L. D us sle r, Die Zeichnungen des Michelangelo , B er lin 19 59 , ta v.1 05
がある。︵9)
G . V as ar i, op . cit ., 1 , p .23 (1 56 8) .
︵10 E . S te in m an n e R . W itt ko w er , M ic he la ng elo -B ib lio gr ap hi e
)1510-1926 , L eip zig 19 27 , p .42 6.
︵︵
11 G . V as ar i, op . cit ., 1 , p .10 0 ( 15 68 ).
)︵
12 Lu do lfo d i S as so nia , . ., 2 , 7 2, 5 . op cit
)︵
13 ; L ud olf o d i S as so nia , op . cit ., 2 , 7 1, 1 1.
)﹁ヨハネ伝﹂二〇章四│七節14 C . D el B ra vo , cit ., p .3 9 ( rip r. i n In to rn o a l « G iu diz io » In tes e s ull ’
)ar te , p p.2 14 -21 5) .
︹前掲﹁︽審判図︾をめぐって﹂、一三六―一三七頁︺︵
︵
15 Lu do lfo d i S as so nia , . ., 2 , 7 2, 1 . op cit
)19 88 -19 95 , 2 , p .19 8; F. H ar tt, Michelangelo’s three
以下も参照。a c ur a d i P . B ar oc ch i, K . L oa ch B ra m an ti, R . R ist or i, F ire nz e B uo na rro ti, in , Il car teggio di Michelangelo - Il car teggio indiretto 16 D . R ic cia re lli , l et te ra d ell 1 gi ug no 1 56 4, da R om a, a L . ’1
)Pietàs , N ew Y or k 1 97 5, 2 98 .
︵15 30 6
)中の表現を参照。17 K dZ
)ベルリンの版画室にあるジャコモ・ロッケッティの素描︵︵
︵
18 M ich ela ng elo , , a cu ra d i E . B ar ell i, M ila no 19 75 , 2 98 . Rime
)︵
19 Lu do lfo d i S as so nia , . ., 2 , 7 2, 1 op cit
)︵
20 M ich ela ng elo , cit ., 2 83 . Rime
)21 , 2 84 . Ivi
)訳者後記 本稿はデル・ブラーヴォのミケランジェロ研究としては最後の論文
であり、巨匠の最後の彫刻作品である︽ロンダニーニのピエタ︾の意味を、その構想の変更の過程ごとに考察している。デル・ブラーヴォ によれば、構想は大きく三段階に分かれる。
第一案 キリストを支えるニコデモ、人としての善行 第二案 キリストを支えるマグダラのマリア、人としての大いな
る愛、女人ゆえの大きな労苦 第三案 キリストと一体化する﹁魂﹂、もはや肉体的労苦を超越
した結合
分析を拒むほど複雑に入り組んだ︽ロンダニーニのピエタ︾の未完成の構造を分析する美術史家の視力と、ルドルフ・フォン・ザクセン
の﹃イエス・キリストの生涯﹄の読解から第二案の意味をくみとる想像力はデル・ブラーヴォならではである。作品の解釈が誰にでも再現
可能な科学的実験のようなものではなく、観者と作品との個人的な対話によって成立すること、それゆえ解釈者ごとに答えは異なってよい
のだということが つまり作品解釈の相対性が、一見ひとつの絶対的な解釈を提示しているかのように見えるデル・ブラーヴォの思索か
ら学び取れる。 あえて訳註は施さなかったが、これまで本誌上に連載してきた著者
のミケランジェロ論をお読みの方には、原註に示された箇所を再読するだけでその意図は汲み取れるものと期待する。
今回の訳出にあたっても、原典に含まれない図版を若干追加した。
︹かい のりゆき/所員・本学教育学部教授︺