1財政投融資概念の変遷︵その一︶ ー戦後インフレの推移と復興金融金庫の役割についてi
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︵8︶
め︑戦後.農民.勤労者大衆が国内市場形成の一大支柱となり︑農地改革と労働民主化の経済的効果とともに︑戦前 ・ 癖 財政投融資概念の変遷 ⁝ た基盤が排除されることとなったた 五三
二四九頁︵遠藤湘吉︶ 五七
一六八−一六九頁
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財政投融資概念の変遷 は進展せず︑やがて残存資材の枯渇化するに従って︑縮少化する様相をおびてくるのである︒表︹4︺によれば昭和二〇年未において総合指数は昭和一〇年〜一二年平均の一二・四%と一〇月︑一一月に比して縮少しており︑しかも消費財生産指数が生産財指数を上回っていることは残存資材の喰いつぶしを物語っているとみなければならない議
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したもので︑政府資金撒布はわずか五ケ月間で戦時中の三ケ年間の五三%に達した︒その主因は国債一六一億円︵前記軍事費支出︶中の一二一億円の日銀引受と日銀による政府貸上金九九億円である︒日銀券増発は政府資金の撒市に加えて日銀の一般貸出一四二億円があり︑戦時三ケ年の一七八%を示したのである︒それは全国銀行貯蓄性預金が戦時中の六%にすぎず︑しかも貸出額が七六%と巨額に達したことが日銀貸出に依 ー額金⁝月年ーー序したことを明示している︒軍需会社への資金貸出の多くは生産資本とならず流通市場での投機的資金として利用されたのである︒かく生産活動の停止状態︑生 脅産資材の輸入杜絶に対して︑貨幣資金の投入が︑財政資金の撒市︑一般市中金融への日銀貸出の増大として行われた結果︑前記物価の高騰となり︑インフレの激化は実質所得の低下の形で︑物資の保右なき.般国民大衆の日常生活をますます圧迫したのである︒財政資
財政投融資概念の変遷 金の撒布・日銀貸出の増減状況の月別経過は表︹6︺ 六一
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三券預入令であり︑預金を封鎖し︑ − F L I I I 1 1 1 制御されたインフレ政策インフレを制御する措置は昭和二一年二月一六旧公市実施された金融緊急措置令であった︒その具体的施策が日銀当り世帯員.人一〇〇円に限って旧券と新券を引換えた︒かくて旧券を流通面から排除し︑その後の新円払出を規制
一七日以降一〇円券以上の銀行券を金融機関を通じて回収し︑新銀行券発行︑差し
︑くある︒し︑ −−⁝ 果インフレは再び激化するのである︒すなわち︑表︹9∀︹10︺のごと 昭和二一年度歳入決算額︑特別会計公債・借入金純増減額において︑公債・倍入金は計約六九〇億円となっている︒さらに租税収入において封鎖資金が多く納入され一方支出において封鎖支出より現金支出が多くその差約一一二億円が新円化されたこζ事善金について新円引崇罷であったことなど吏貝封鎖政策は破綻をきたしたので 他方︑生産増強の焦点である石炭.鉄鋼の生産はともに不振であり︑一二年中の鉱工業生産は伸び悩みを示 蔀では下半響び縮少傾向を芒たのであ絵妃れは手持原材料ストックの枯幾海外よりの輸入籍が依 財政投融資概念の変遷 六五
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のである︒ 昭和二二年度中の日銀券増発は表︹11︺のことく約一〇三一億円︵二二年三刀未一一五七億円から三二年三刀未二一八八億円まで︶で︑それは特別会計よりの公債・借人金五八〇憶円︵表︹10︺︶を含む政府債務合計九五三億円中の日銀よりの資金供給七一二億円と復金債の日銀引受三九九億円が主因となっている︒ ︵表︹12︺︶これに対し鉱工 ︵注1︶業生産指数は昭和五年〜九年平均の半ばに達しない状態にとどまり︑卸売物価指数は昭和二〇年九月にくらべて︑二 ︐
− 1 −1 葦が四ニハ倍であったのに対し二二年は茜・七倍と昂騰し羅2搾ども公定価格とヤミ価格の関係は三年五月
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︑財政投融資概念の変遷 る公定価楕体系下の価格差補給金の役割︵二二年七月以降の安定帯物資︑補給金︑その他輸出入補給金など︶︑貸付資金としての復金融資による基幹産業への重点融資によって︑物資・資金両面ともに量産体制がととのい︑鉱工業生産指数は三集には昭和奉ん年平均の⊥ハ四゜四短硯磐のぞくと九六6%まで回復セ敗戦の痛手から立 鉱石︑生ゴムなども輪入され︑一方国家によ 六九
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億円︑ ︵7︶直り︑重工業を中核とした資本主義的再生産構造を再建するにいたったのである︒しかし国家による資金投入政策は継続され︑財政による赤字は特別会計の公債︑借入金一〇〇四億円︵表︹10︺︶を含む政府債務合計一六三八億円と︑復金債五三二億円であり︑その日銀引受は前年度に比し減少し︑それぞれ六四五 二七八億円となったが︵表︹12︺︶︑日銀券の増発を喰いとめることができず︑二三年度︵二三年四月初より二四年三月未︶としては九三八億円となっている︵表︹11︺参照︶︒もっともこれは二四年に入って徴税の強化によ
炉 鈴木武雄︑前掲童只中巻 二七一ー二七七頁参照︵注1︶第三次﹁経済白書﹂による昭和.一三年との対比である︒鈴木武雄へ前掲書︵中︶二八八頁 ー i ﹂ − 七二
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て︑基幹産業部門がコスト高と低い販売価搭にもかかわらず︑利潤が獲得できるように︑価格調整補助金︑すなわち国民大衆より徴収した財政収入︵昭和.一.一・.一三年度はその九〇%近くが柑税印紙収入と専売益
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財政投融資概念の変遷七五
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ーー − ー1 1 1 i − − 1では運転資金に利用され︑
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財政投融資概念の変遷七九
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出資二五〇億円︵二四年三月未︶であったから貸出した資金の大部分は復金 ︵8︶債であったとみるぺきである︒そして二三年度未︑復金債一〇九一億円中︑日銀引受によるものは表︹12︺のごとく︑七〇三億円︑六四・四%に達し︑復金インフレの要因となったのであ︵9︶る︒表︹12︺により政府債務と復金債
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会計歳入中の租税印紙収入︑専売益金の比率は表︹26︺のごとく二三年度に総額の八八%におよび︑地方税を加えた柑税負担率は戦前の六割程度の回復率の国民所得に対類咽∴鵡職・年一昭昭昭爵こ ︸ .日表 一 一 −−
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0 0 00︒ α 00 0 01 1よ ー し︑二三年度は二六・七%︑総額五二三六億円に達いジ︹忽のごとく・直接税の比率が一=年度七一・0%から二︸二年度五〇・六%に低下している