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TonalityandPianoworks 調性とピアノ曲

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Academic year: 2021

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(1)

調性 とピアノ曲

To na l i t ya ndPi a no wo r ks

清 *

Ki yo s hiASANO

論文要 旨

演奏家 に課せ られた第一 の義務 は,楽譜 を読 む作業 を とお して音楽 の再創造 をす ることであ り,作 曲家 の意志 と技法 によって並べ られた音符や記号が,熟練 した演奏家 の言葉 となって聴 衆 に伝 え られ ることである。

しか しなが ら, この音符 や記号 を表面的 に捉 えること,即 ち,楽曲 を論理的 に考察 し, そ し て機械 的 に音 にす る行為 に神経 を使 う時, そ こには末 だ有機 的 な音楽 の再創造 は生 まれない。

楽譜 の上 に記 されていなが ら,見過 ごされて しまう 「調性」 もそ ういった要素 のひ とつであ る。ベ ー トー ヴェンに とってのハ短調,バ ッハのハ長調 とテ ンポの関係, シューベル トの変 ニ 長調 と変 ホ長調 の同一作品 を比較 しなが ら, ピアノ楽 曲 とその調性 との関係 について考察 を行 った。

キー ワー ド :調性, ピアノ作品,類似性

作 曲家が その創造意欲 にか きたて られ, 「楽想」を もとに楽譜 にお こしてい く作業 を行 う過程 で,楽器 の種類,拍子,調性 の選択 にはじま り, あ らゆる可能 な限 りの記号 を駆使 して表現 し ようとす る目に見 えない ものを書 き記す。 そ してそれが出版社 をつ うじて印刷 され,家庭 内や コンサー トホールで演奏 されなが ら伝統的 な解釈 にな り,音楽学者 には格好 の研究材料 となる。

これ まで一般的 に も親 しまれ,楽 曲の分析 お よび解釈 も殆 ど語 り尽 くされて きたかの ような様 相 であ りなが ら,見過 ごされて きているような事柄 のひ とつに 「調性」が あげ られ よう0

調性」は楽想 を得 た初期 の段階か ら決定 され る要素のひ とつであ り,作 曲者 に とって音楽の 多 くを依存 す ることになる。調性 が本来持 ってい る色彩感が作 曲家 の手 によ り様 々 に変化 され, あるい は終始陰 の下地 とな り,最終的 に独特 の響 きに姿 を変 えてい く。

作 曲家が調性 が持 つ特徴 をどの ように捉 え,利用 してい るか ピアノ とい う楽器 のために作 曲 した実際の作 品 を とお して検証 してい く。

ハ短調

ルー ドヴ イッヒ ・ヴ ァン ・ベー トーヴェン (

Ludwi gva nBe e t ho ve n

1770‑1827) は生涯 にわたって

3 2

曲の ピアノ ソナタ (

3

曲の 『選廷候 ソナタ』 を含 める と

3 5

曲) を作 曲 した。 その

*弘前大学教育学部音楽科教室

De p a r t me n to fMu s i c ,Fa c ul t yo fEd u c a t i o n,Hi r o s a kiUni v e r s i t y

(2)

中でハ短調で書かれた作 品 には「作品

1 0‑1」( 1 7 9 6 ‑9 8

年作),「作品

1 3

( 1 7 9 8 ‑9 9

年作),「

1 1 1 」( 1 8 2 1 ‑2 2

年作)が挙 げ られ る。

作 品

1 3

の ソナタは初 めて出版 され た時

『 Gr andes onat epat het i que(

悲憤的大 ソナタ)と記 され,以後 「悲恰」 と呼 ばれ特 に親 しまれてい る作品である。標題が彼 自身 によって付 け られ たの はこの他 に 「告別 ソナ タ 作品

8 1 a

」が あるだけで, 「月光

「ワル トシュタイ ン

「田園」

と一般 的 に知 られてい る標題 の多 くは,出版社や友人等 によって付 けられ た ものである

作品 の内容 を問われて,ベー トー ヴェンが 「シェー クス ピアの 「テ ンペ ス ト」 を読 め」 と助言 した として,以後 同名 の題 をつ け られ るのが慣例 になって しまった もの もあるが, これな どは情景 や情感 を表す程度 の示唆であって, 『標題音楽』と同位置 に置 かれ るべ きことで はない。作 曲家 が 自分 で記 した,或 い は出版社 の意 向に添 い納得 して付 けた標題 で無 い限 り,例 えシェー クス ピアの戯 曲が イ ンス ピレー シ ョンの役割 をになっていた ことが事実であって も,音楽 の本質 と 標題 を安易 に結 びつ けるの は避 けなけれ ばな らない。 この点,「

pat het i que

」の語源 であ るギ リ シャ語 の

「 Pat hos

」が意味す る,運命,不幸,魂,情感が若 き作 曲家 の意 にかなった ものであ った ことは,作品の理解 に大 いに役立 つであ ろう。

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1 .

Satz

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1

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‑ I ‑ ‑ t J

曲 は冒頭 か らハ短調 の主和音が

2

オ クター ブにわたる全 ての構成音が悪夢 の開始 を告 げるか の ように残 す ことな く打 な らされ, それ は音楽 を美 しい もの としか考 え られない者 には醜 い音 の塊 か騒音 に しか聞 こえない。 そ して意識 が遠退 いてい くように響 きが減衰 し,寄 り添 うよう に付点 の リズムが なぞってい くと,力 な くもう一度減七 の和音 か ら ドミナ ン トに落 ち着 く。 も う一度主音 を省略 した ドミナ ン トの九の和音が打 な らされ, そ して又一度 目 と同様力 な く崩れ て しまう。 その後三度 四度 と続 けざまに奮 い立 つ よう試 み るがハ短調 の平行調へ と導かれてい

ここで は求 めるような旋律 もそれ を打 ち消す否定 の声 も, 同 じ付点 を伴 った リズムで表現 されてい るが, それ は恰 も魂 を地 の底 に落 とし込 む運命 の力 も,救 い を求 める不幸 な魂 も,莱 は同体 で あるかの ようである。ベ ー トーヴェンが抱 いていた宇宙観 と,人間性 の探求が音楽 に よって見事 に表現 されてい るのである。

ベー トー ヴェンの もう一 つのハ短調 ソナタ作品

1 011

に目を転 ず る と,続 く悲憤 ソナタ との 相似点が見受 け られ る

Al l e gr omol t oec onb r i o LV. Be e t hove n

S o n a t e O p . 1 0 ‑ 1

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(3)

最初 に打 な らされ る主和音 は‑ オ クターブ上 に置かれ, 「悲恰 ソナタ」程 ピアニステ ィックな 大音量 は得 られず,全 く同 じ構成音 であ りなが ら響 きかた は異 な るが, ここで は三拍子が本来 持 ってい る運動性が利用 されて相乗効果 を生 んでい る。 そのあ と付点 の リズムが構成音 を屈折 しなが ら上行 し主和音 の第三音 に到達 す る と,一旦 ドミナ ン トに入 るや否 や主音省略 ドミナ ン トの九の和音 を打 な らし付点 の リズム は再 び上行す る。 い きな り打 ちな らされ る主和音,和声 的 な配置,付点 リズム を多用す るな ど極 めて類似点 が多い。

もう一 曲, 「悲憤 ソナタ」と非常 によ く似 た作品が,時代 をさかのぼってバ ッハ の 「パル テ ィ ー タ第二番 ハ短調」 の第

1

曲 シンフォニ ア

Si nf oni aであ る 。

J . S. Ba c h Pa r t i t aNr . 2 Si nf o ni a

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第一 曲のプ レ リュー ドの リズムの配置 に留 まらず, その与 える印象 は両者が同 じ音楽で はな いか と見違 えるほ どよ く似 ている。 さらに驚 くべ きことに悲憤 ソナタ第三楽章 とシンフォニア の中間部 を並べてみ る と,バ ッハ,ベー トー ヴェン両大作 曲家が あたか も一 つの素材 を どこま で利用 し表現で きるのかお互 いに競争 してい るかの ようである。

LV. Be e t h o ve n Son a t e Op. 1 3 3 .Sa t z

J . S. Ba c h Pa r t i t aNr . 2 Si n f o ni a

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ベ ー トーヴェンが果 た して どこまでバ ッハ の作品 を意識 していたか知 る由 もない。 しか しな が ら,両者が大作 曲家 として後世 に残 した業績 を考 えた とき,音楽 を表すひ とつの手段 として

2 4

種類 の調性 か らこのハ短調 を選 び,結果 として同 じ情感 を もった音楽 に仕上が ったのだ と言

えるであ ろう

Ⅰ Ⅰ

ハ長調

1 7 20

年, ヨハ ン ・セバ スチ ャン ・バ ッハ (

JohannSe bas t i anBach 1 685‑1 750)

は長男 の フ リーデマ ン

( W i l l hel m Fr i edemannBach1 71 0‑1 784)

の音楽教育 のために,

2

声 のプ レア ンブラ

Pr aeambul a

,

3

声 の ファンタジア

Fant as i aを含 む クラヴ イーア小 曲集 を作 曲 し, 3

(4)

後 に は これ らを書 き改 め,現在 で は ま とめて 「イ ンヴ ェンシ ョン」 と呼 ばれ る

「 I nve nt i oと si nf oni a」

を出版 した。バ ッハ の教育的意 図 は, その清書譜へ の序文 『クラヴ ィー アの愛好家,

とりわ け学習希望者が

( 1 )2

声部 を簡潔 に演奏 し, さらに上達 して

( 2)3

声部 のオブ リガ‑ トを正 し くそ して上手 に処理 で きるようになれ ば,並行 してす ぐれ た楽想

( I nvent i ones )を身 につ け

巧 みに展開す る。 そ して何 よ りもカ ンター ビレ奏法 を会得 し, 同時 に作 曲への強 い関心 を抱 く ための明瞭 な方法 を示す手引』

( 1

厄 も表 されているように,作 曲への関心 と演奏技術 の習得 を目 指す ものであ り, カール ・チ ェルニー

( Kar lCz er ny1 7 91 ‑1 857)が出版 した膨大 な教則本 と

並 び,現在 の ピアノ学習者 も必ず一度 はその学習課程 において手が けなけれ ばな らない作品の 一 つになっている。

出版後

,1 00

年待 ってチ ェルニー をはじめ ピアニス ト,作 曲家,音楽学者達 の解釈 や研究 の成 果 として,様 々な種類 の実用版,原典版, ファクシ ミリ版 が出版 されて きた。 しか しなが ら, それ らは彼 らの時代精神 や商業的意図 を背景 に した ものが数多 く,誤解や問題点 も見受 け られ る。特 にテ ンポ設定 に関 しては独断的であった り,敢 えて避 けている場合が あ り,初心者 に と って は甚 だ危険 な状況 にあ ることいって もよいだ ろう。

そのイ ンヴェンシ ョンの第 1曲 を学習す る際,最 も信頼 されている楽譜 を目の前 に して先ず 戸惑 うのが,普通 あるべ き速度記号,発想記号, フレー ジング,指番号等,演奏 の指針 となる 記号や指示が欠 けていた り, あって も極僅 かだった りした時である。音量 の変化 に乏 しい当時 の楽器 の性質,印刷技術 の未発達 な状況,配慮 を必要 としない限 られ た奏者 を対 象 に してい る ことを考 え合 わせ る と, それが当時の慣習であったの は,推察 で きる。 しか し現代 に生 きる私 達 には,五線上 に記 されている音符 だけで,バ ッハが 目指 した音楽 を理解 で きる手がか りを見

つけることがで きないのだ ろうか。 ここで は調性 とテンポの関係 を探 ってみ よう。

一般 的 に, チ ェルニー をはじめ他 の多 くの出版楽譜が, テ ンポをア レグロで とる ことを薦 め てい る。 ある程度 の運動性 を伴 うテ ンポが支持 されてい る要因である01

6

分音符 が与 える視覚 的な捉 え方で しかない とい うことに誰 も気付 かないのであ る。「いかに早 く,いか に大 きい音で 弾 けるか」 を競 う小学生 の コンクール課題 曲に選 ばれ る こともある位 である。

J . S. Bac h I nve nt i onNr . 1

4/4

拍子。フゲ ッタの技法 に よる全20小節 の短 い作 品。1

6

分休符 で呼吸が整 え られた後,上 声部 の1

6

分音符が主音 か ら順次上行 し,

F

音 まで くる とD音 へ

3

度下 り,次 はE音 か らC音へ と順次進行 し,跳躍 して

G

音 へ落 ち着 く。 そ して今度 は下声部 が それ に続 く。 ここまでのモチ ー フを 「平均律 クラヴィ‑ア曲集

2

巻,第

1

番ハ長調」 のプ レ リュー ドと比較 してみる と 興味深 い。

(5)

J. S. Bac h

Da sWo hl t e mp e r i e r t e Kl avi e rI I Pr ael udi um N r . 1

イ ンヴェンシ ョンと同 じ く,

4/4

拍子,下声部 の力強い主音が打 な らされ る と,上声部 は

1 6

分休符で始 まり,主音か ら順次進行 し, その後

G‑E

,

F‑D

6

度 (

3

度 の転 回形

. /)

の順次 進行が続 き,さらに

E‑C‑H‑A

3 2

分音符 の動 きの後,

G‑B

,

E‑G

3

度 の音程で動 く。バ

ッハがイ ンヴェンションの序文で掲 げた 「す ぐれた楽想」 の使用例 なのである。音楽 は朗々 と, 気高 く温厚 な説法の ように流れて行 く。 そ してその楽想 とは,音楽 を別 な世界 に導 き入れ る技 術で はな く, よ り大 き く深 い音楽の創造へ と進 む ものであることを雄弁 に語 っている。

この

2

曲を比較 して推察 され るの は,息子 の為のインヴェンシ ョン第

1

番が,すでに高度 な 技量 を身 につけた弟子 の教育用 に書かれた 「平均律」への導入 曲で もあ り, た とえ技術的 には 容易 な曲であって も音楽 の崇高 さと本質 を変 えない,バ ッハの息子への愛情 と,音楽への限 り 無 い追求 の証 であるとい うことであ ろう。

変ホ長調 と変ニ長調

歌 曲の演奏 を聞いていて不可思議 な気分 になる時がある。歌手が 自分 の声域 にあわせて原調 を移調 しているような時である。演奏芸術, あるいは表現法 において はなん ら口をはさむ とこ ろはないに して もである。作 曲家 は詩 を媒介 にして, その詩 の物語性,気分,雰囲気 を音 に付 してい く作業 の中で,特定 の歌手 を念頭 において作 曲 した場合 は別 として一つの調 を選 びだ し ている。詩 につけられ る旋律, ピアノの伴奏 は別々 に作 曲され るので はな く,常 に同時 に行わ れ る。意識 して とい うよ りもイ ンス ピレーシ ョンで一つの調 を決定す るのである。移調 をす る には相 当の覚悟 と勇気 を必要 とす るので はないだろうか。

ピアノ作品に も興味 ある具体例があるので, それ を検討 してみ よう。

フランツ ・シューベル ト

( Fr anzPe t e rSc hube r t1 7 9 7 ‑1 8 2 8)

の ピアノソナタは彼の死後出 版 された もの も含 めて全部で

1 3

曲ある。 しか しドイツの出版社へ ンレ社 はこれ らソナタを二巻 に分 けて収 めただけで はな く他 にもう一巻追加 している。 この巻 にはシューベル トの初期 の作 品,未完成 あるいは部分的 に紛失 して しまった自筆譜, あるいはただ単 に途 中で放棄 された ま ま残 った草稿 な どが,演奏会 のプログラムに ものせ られ るよう編集 されて掲載 されている。 そ の中の 「ソナタ 変ニ長調

D5 6 7 」

は,出版 されている 「ソナタ 変 ホ長調

D5 6 8」

の下書 きと見 られている。最終稿が

4

楽章 あるのに対 し,

3

楽章 のみであ り, 自筆譜 の第

3

楽章再現 部 の最終頁 は紛失 している 両 ソナタの構成 を比較 してみ よう。

( 2 '

D5 6 8 D5 6 7

1

楽章 変 ホ長調 変ニ長調

2

楽章 ト短調 嬰ハ短調

3

楽章 変 ホ長調 (メヌエ ッ ト)

×

4

楽章 変 ホ長調 変ニ長調

(6)

ソナタ集第

3

巻 の編集者 であ るバ ドゥラニス コダ氏 はその序文 で,D5

6 8

の第

3

楽章 は本来

D 5 67

の ものであった可能性 が ある と指摘 しているが,変 ホ長調 のメヌエ ッ トはD5

67

の調関係上 そ ぐわない し,又 自筆譜 の存在 も確認 されていない ことか ら推量 の枠 をで ることがない。最終 頁 は紛失 している ものの,

3

楽章 のみで も充分完結 した体裁 を整 えている といえるだ ろう。

両 ソナタの冒頭部分 を比較 してみ よう。

F. Sc hube r

t(3)

Sonat eD5 67

F. Sc hube r

t(4)

Sonat eD5 6 8

t.Allegrozn20derato52才 S l > 1 1 >

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まず疑 問 に思 うの は,何故変 ニ長調 か ら変 ホ長調 に書 き直 したのか,である。 この答 えは案 外簡単 か もしれ ない。作品の出版 にあた り,作 曲家 は草稿譜 を携 えて出版社 に赴 く。出版社 は 楽譜 を売 ることを商売 に しているのであ るか ら,消費者 に喜 ばれ る ものでなれ けれ ばな らない。

楽譜 を買 うの は,上流階級 の御婦人 や, アマチ ュアの音楽愛好家で,家庭 で楽 しむために買 い 求 める。彼等 に とって一番 つ らいの はシャープや フラ ッ トの調号が沢 山ついた楽譜 を読 まなけ れ ばな らない ことであ る。現在 で も学習初心者が その過程 で一番苦痛 に感 じて しまうの もこの 調号であ る。 そんな草稿譜 をみて出版社 は作 曲家 に,出版 の条件 をだすであ ろう 「調号 は

4

まで に してほ しい。 それ と御婦人 や殿 方 に好 まれているメヌエ ッ トもつ けてほ しい」 と。

尊敬 す るベ ー トー ヴェン と同 じように,楽譜 を出版 し,音楽家 と認 め られ る ことは若 いシュ ーベル トに とって喜 びである。条件 をのみ,変 ニ長調 の第

1

,

3

楽章 を長

2

度上 に移調 し,第

2

楽章 は同主調 にせず,長

3

度上 の ト短調 に して調合 をフラ ッ ト1つだけにお さえる。 そ して 新 たに変 ホ長調 のメヌエ ッ トを追加 し, 出版 に こぎつ けるのであ る。

譜例 8と9の調性以外 の違 い は(1)スラーの掛 か りかた,(2)第 3小節 目の旋律 の リズムである。

2

つの相違点 に着 目して実験 を試 みた。

実験

A :D5 67

にD56

8

のスラー と付点 リズム をつ けてみ る。結果 は,ユニ ゾンの響 きが重々 し くな り, リズムが馴染 まず取 ってつ けた ように きこえる。

実験

B :D5 6 8

にD5

67

のスラー と8分音符

2

つの リズムで弾 いてみ る。結果 は,ユニ ゾン の軽 さ と安直 な流れが音楽 を浅薄 にす る。

(7)

結論 として,相違点 はそれぞれの調 の性格 にあわせて,小 さな変更が行 われている と推察 さ れ るo作 曲家 シューベル トが本来 どち らの調 を基本 に音楽 を記 したか は,本稿 のね らいで はな い。 しか し,楽想 を両調性 に書 き記 しなが ら, その調 にあわせ た展開 をせ ざるを得 なか った事 実 は, シューベル トの音楽家 としての姿勢 と調性 に対す る彼 の捉 え方の違 いが, いやが うえで も浮 かび上が って くるのである。 もし彼 に繊細 な耳 と,音楽家 としてのプライ ドを持 ち合わせ ていなか ったな ら, ただ移調すれ ばそれで済 んだのであ る。

第Ⅰ章 で述べ たような調 を変 えた演奏, ピッチ を高 く調律 した ピアノの演奏,殆 ど半音高 く 聞 こえるオーケス トラの演奏 に出会 うとき,作 曲家 の意志が無視 され,作品本来 の姿 と崇高 さ は失われ,演奏家の 自己顕示欲 が全面 に押 し出 されているように感 ず る。作 曲家 と演奏家 の分 業化が進 み,作品が聴衆 と演奏家 の所有物 にな りつつある現在,演奏家 は もう一度作 品 と向 き 合 う姿勢が必要 とされてい るので はないだ ろうか。作品の理論的解釈 や分析,音楽史的あ るい は音楽学的立場 か らのアカデ ミックなアプローチだけで は,死体解剖 と何 ら変わ らない。「調性」

も単 な るピッチの寄せ集 めでな く,音楽 の本質 に一番近 い ところに属す る繊細 な もの として, 取 り扱われ るべ きなのであ るO「本質 のみ を語れ」と言 ったベー トー ヴェンの この言葉が,生 き た音楽 を語 り, そ こに存在 す る人 間の魂 について語れ とい うことに他 な らない ことだ と,再 び 私達 の耳 に響 いて くる。

引用文献

( 1 )

J. S. Bac h ,Two‑a ndThr e e‑Par tI nu e nt i o ns 」e di t e dbyEr i eSi mon, Dove rPubl i cat i ons ( 拙 訳)

( 2 )

浅野清 ピアノリサイタル」プログラム解説

Nov.1 9 9 5

( 3 ) 「 Sc hube r t ,Kl avi e r s onat e nBand l l I ,Ur t e xt 」G. He nl eVe r l agMt i nc he n

( 4) 「 Sc hube r t ,Kl a vi e r s onat e nBand I ,Ur t ext 」G. He nl eVe r l agMt i nc he nDui s bur g

参考文献

吉田 秀和 : 「ベー トーヴェンを求めて」白水社 東京

1 9 91

Jt i r ge nUhde ,Be e t ho u e nsKl a u i e r mu s i k I IBa nd l I ISo na t e n 1‑15,Re cl am St ut t gar t1 9 8 0

ヨーアヒム・カイザー : 「ベー トーヴェン

/ 3 2

のソナタと演奏家たち

[ 上 ]

」門馬直美・鈴木威訳

秋社 1 9 8 8

市田儀一郎 : 「バッハ ・インヴェンションとシンフォニーア」音楽之友社 東京

1 9 71 Ke l l er ,He r mann

: 「バッハのクラヴィ‑ア作品」東川清一,中西和枝共訳 音楽之友社

1 9 7 2 Mol s e n, Ul i:「

文献 にみるピアノ演奏の歴史一初期ハ ンマークラヴィ‑アからブラームスまで」芹津

尚子訳 シンフォニア 東京

1 9 8 6

Coope r ,Pe t e r: 「ピアノの演奏様式」竹内ふみ子訳

シンフォニア 東京

1 9 8 7 大崎 滋生

:音楽演奏の社会史」東京書籍 東京

1 9 9 3

( 1 9 9 9.7. 3 0 受理)

参照

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