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はじめに       1 国の教育委託

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(1)

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶

赤 川   理

はじめに       1 国の教育委託

第一章 ボーテの所説       一 学校制度は国が営む

 第一節 社会の問題を解決する手段としての学校教育        二 民間化の否定と私立学校の役割

 第二節 教育システムと法による操舵       三 公立学校制度の性能ー財政負担者としての国

  1 教育システムと教育プロセス       2 親・子供との関係

  2 教育システムの自己準拠性      一 義務としての国の教育委託と親・子供の基本権と

  3 教育システムの法による操舵      の関係

   一 法治国原理に基づく要請       二 国の教育委託と変化した家族

   二 教育システムの法による操舵の可能性と意味︵以    第四節 ボーテの議論の意義

     上︑第四六巻第二号︶       第二章 ディットマンの所説

   三 法的な操舵と教育プロセスの保護       第一節 学校の教育委託と教育尺度の問いの必要性

  4 多元主義       第二節自由な立憲国における学校の教育委託

 第三節 国・親・子供の関係      1 原理的な問いの提起

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ =五

(2)

一一六

  2 bd一匡§ぬと国爲苫ロ已昌晦       2 教育目標

  3 自由な立憲国に教育委託は認められる      一 カテゴリーによる分類

 第三節 基本法において教育はどのように取り扱われてい      ω 規範の定立者による区別

     るか      ω 気質規範とプロセス規範との区別

  1 学校の教育委託は基本法上受け容れられている        二 内容による分類

  2 基本法の教育尺度       三 名宛人の問題

   一 基本権的に刻印づけられた尺度      四 規範作用

   二 基本権以外の基本法上の尺度      第三節 学校教育におけるさまざまなアクター

 第四節 ラントにおける教育委託と教育目標       1 親の教育権

  ー ラント憲法上の準則      一 親の教育権と学校教育との関係

  2 立法者の任務       二 親の教育権と子供との関係

  3 ﹁現場﹂での教育委託と教育目標ー教師の役割       2 生徒の権利

 第五節 自由な立憲国に教育委託が認められるということ     3 教師の教育の自由

     の意義︵以上︑第四七巻第一号︶       第四節 国家の中立性と寛容の原則︵以上︑本号︶

第三章 ピエロートの所説       第五節 ピエロートの議論の意義

 第一節 テーマの法的な議論への限定      第四章 フーバーの所説

 第二節 学校高権と教育目標       おわりに

  1 学校高権

(3)

第三章 ピエロートの所説

       ︵注1︶         ︵注2︶         本稿では︑これまで︑ドイツ国法学者協会第五四回総会におけるボーテの議論とディットマンの議論を検討してき       ︵注3︶ た︒本章では︑同総会が行われるのにあわせて︑ピエロートが発表した論文によって︑ピエロートの議論を検討す

る︒

 ︵注1︶昌合簿巴切o汗P印恩o庁§ぬωき日①σq巨ら卑N︷各旨σqψ・日呂゜︒富ぴ全o﹃白り合己o日時Φ法窪法合①ロ<o目ω︒・已提ωω声曽︑≦已ω邑﹄古

    HΦ⑩◎o◎6り゜ベム9 本稿第一章参照︒

 ︵注2︶ξ日ぎO津§碧P国鼠Φ庁qロぬ︒力①已畔躍§鮎国鼠①ゴ§σq︒り日呂゜・富ひ鮎氏◎り合巳oぎ時o芦o﹂ま合⑳ロ<⑦日ω︒︒§晦ωω声餌戸ぎ゜力烏巴古

    おq︒ぷo力o◎°ミー忌゜本稿第二章参照︒

 ︵注3︶ 曽鮎o艮o﹁o貸卑恩o庁§ひqψ・①辱躍§臼国&o庁§ぬω日①⇔ω声げ亀巽6力合巳Φ﹈巨中⑦臣Φ巨合Φpぎ日︒・ω§ぬ︒・°・§三︶≦Wピ﹂8︽出o窪﹃

    6力oり゜Φ吟ΦΦΦ声゜

第一節 テーマの法的な議論への限定

 ピエロートは︑﹁自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度﹂という同総会のテーマを限定することから議

論を始める︒

       ︹

 まず︑彼は︑﹁自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度﹂というテーマのうちで﹁自由な立憲国における﹂

   自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 一一七

(4)

・       =八

       ︵注1︶ という部分をとりだして︑﹁⁝﹃自由な立憲国における﹄は︑ここで︑﹃基本法の下で﹄ということしか意味しない︒﹂

という︒つまり︑彼は︑基本法が制定されて以降のドイツに議論の範囲を絞るのである︒

         つづけて︑ピエロートは︑﹁⁝﹃教育委託と教育尺度﹄は︑本当に別なのだろうか?﹂と問いを投げかける︒彼は︑        ヨ  委託という事柄について分析した上で︑次のように結論づける︒﹁⁝学校の教育委託は︑学校に教育的な活動と達成

すべき教育目標をあらかじめ与えるところの法規範の総体として︑理解されるべきである︒しかし︑教育尺度の概念        ︵注4︶ は︑ほかのことは何も意味していないのだから︑私は二つの概念を同義語として考える︒﹂︒つまり︑ピエロートによ

れば︑教育委託と教育尺度は同じことを意味する︒そして︑彼は︑教育委託と教育尺度を法的な観点から捉えるので

ある︒  しかし︑このようなピエロートの捉え方に対しては︑委託というものも尺度というものも︑法的なものに限られな

いのではないかという疑問が生じる︒実際︑ピエロートは︑法的︑あるいは︑法律学的にではなく根拠づけられる委       ぐほら  託が存在すること︑また︑法以外の諸々の尺度が存在することを認める︒委託や尺度が法的なものに限られないこと

を認めながらも︑彼は︑次のように言う︒﹁⁝自由な立憲国の最高の尺度は︑まさに法規範である︒結局︑基本法が︑

多元主義を作り出し︑また︑保証するのである︒その多元主義において︑教育目標を法の外で導き出すことは︑それ

自身の妥当の要求を根拠づけるために︑しばしば法によりどころを求めるのである︒それは︑みな︑ここで学校の法       ︵注6︶ 的な教育委託と教育尺度に限定する十分な理由である︒﹂︒つまり︑テーマとされているのは︑﹁自由な立憲国におけ

る学校の教育委託と教育尺度﹂であるが︑その﹁自由な立憲国﹂においては法規範が最高の尺度であるのであり︑そ

(5)

うだとすれば︑自由な立憲国においては︑法的でない委託や尺度は︑最終的には法的に根拠づけられなければ存立し

得ないというのである︒こうして︑ピエロートは︑議論を学校の法的な教育委託と教育尺度に限定する︒

 しかし︑教育を法的に考察することには︑何の問題もないのだろうか︒教育は︑法とは異なる固有の法則にした

がって自律して営まれるものなのではないだろうか︒ピエロートも︑この問題に無関心であるわけではない︒彼は︑       ︵注7︶ ﹁確かに︑すでに︑学校の法的な教育尺度の可能性が疑われている⁝﹂と述べ︑教育の法的な操舵可能性に疑念が呈

されていることを認める︒そして︑レレッケの議論を参照しながら︑教育が人的なプロセスであることを認める︒

﹁⁝教育は︑直接に教師から生徒に対して︑根本的な相互作用において︑面と向かってなされるところの人的なプロ        ︵注8︶ セスであるということは正しい︹原文注四︺︒﹂︒さらに︑ピエロートは︑ベッケンフェルデの議論を参照しながら︑

教育には支配の契機が存在することを認める︒﹁他者を一方的に︑直接的に決定するという教育に内在する可能性は        ︵注9︶ 支配の標識である︑ということも正しい︹原文注五︺︒﹂︒

 しかし︑ピエロートによれば︑教育が︑人的なプロセスであり︑一種の支配関係であることは︑教育が法的操舵と

無関係である理由にはならない︒﹁⁝関係の強い人的な刻印づけも︑支配の状況が存することも︑それ自体としては︑

法的な尺度によることの可能性に異議を申し立てることはできない︒逆に︑﹃人の支配ではなく法の支配﹄を作りだ

し︑事実上の力を言葉の力と取り替えることが︑まさに法治国のそもそもの関心事である︒この取り替えることの射       ︵注10︶ 程と操舵の強度が︑事柄の領域によって︑きわめて異なっているにすぎない︒﹂︒つまり︑教育は人的なプロセスであ

り︑また︑支配関係でもあるけれども︑法的な操舵は可能であり︑また︑必要であるというのである︒現に︑親の教

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 一一九

(6)

一二〇

育権に関しては︑教育の人的なプロセスと支配関係に対しても法的な尺度が存在し︑また︑作用することは︑決して       ︵注11︶ 疑われていないのであって︑学校における教育に対しても同じことが当てはまる︑とピエロートはいう︒

 こうして︑ピエロートは︑テーマを法的な議論に限定し︑また︑法的な議論が可能であり︑必要でもあることを確認

︵注12︶      ︵注13︶      ︵注14︶ する︒ピエロートは︑まず第一に︑学校高権と教育目標について扱い︑次に︑学校における参加者について扱うので︑

この順番に沿って検討する︒

   ︵注1︶ ヒooユo田氏o﹇戸国邑⑦ゴ已ロ鵯雲守①σq§全国区各§ぬω目①⇔︒・宮ぴユ氏o力合巳Φ ぎ時Φ旨o一法oゲoロ<o昏ω︒力已口ぬωω声曽O≦Wド拾忠

      団O誇﹂べo力已吟O°

   ︵注2︶国氏o登PPOこω゜Φお゜

   ︵注3︶国魯o登PPOこ㊤Oお゜

   ︵注4︶ロ03貸PPO°︑oり﹄︽㊤゜

   ︵注5︶四氏o貸PPOこoり已お゜

   ︵注6︶ 勺8﹃o夢︑PPOこ㊤q︒お゜

   ︵注7︶国⑦﹁o葺PPOこ゜力゜qっ膳q⊃°

   ︵注8︶ 国Φ8夢︑PPOこQりoo°Φお−Φ軌ρ原文注四では︑O①a丙o豊o△汁PN已日くΦ許餌巨富ぎロ問oo宮§全国艮各⊆口胆芦⁝<魯き§邑090詳

      巨口即o旨o芦望o<Φ目ω︒リニ目ぬ巴ω司oユげ⑦ω§﹇ΦOa口q昌唄句oω訂合蔀芦﹁司巨09σq隅N已§◎︒ρ09c詳ω声鯉拾◎︒ρむη6り゜ω☆−ω朝◎︒°

      ︵oり゜ωS°︶があげられている︒ピエロートの原文注四で指摘されているとおり︑レレッケはルーマンに依拠している︒<ぴqド

      勾o豊oo犀PPPOこ昌﹈ト︵なお︑本稿ではピエロートの原文注を国雲o貸PPP寄゜と表記している箇所もある︒︶

   ︵注9︶ 四⑦﹃o貸PPO°Qり已朝9 原文注五では︑国白ω毫o痔きσqロO舞Φ§aP同犀①∋﹁Φ△宮−戸06宮口Φ・り昏臼Φω−㌘o宮ユΦむ力白り藝①ωぎ﹁

     昌8ユ⑦ユΦω<Φ目゜力巴ロ傷冷合法合8日甘日﹃o合厨已ロユ゜︒o芦氏P§済已ロ鳴§国目審庁屋ロぬ已昌画oり合巳P﹂巳国ωω8魯Oo巷品合o

・     N=日昌Φ日①oり富曽巨画日畠P出Φ津声≠︑お︒︒ρoり゜9は︵切゜OOしがあげられている︒また︑原文注一一九では同論文のoり゜︒︒H°があ

(7)

  げられ︑原文注一四四では同論文の白力゜Oやが参照されている︒

︵注10︶ 田20葺PPOこo︒°ΦOO

︵注11︶ 国窪o貸PPP㊤雷ρ

︵注12︶ ピエロートは︑これ以外に︑学校の概念によって議論を限定し︵田29戸PPOこψ︒°Φ⑰⇔︶︑また︑本論文において学校を

  公立学校に限定する︵勺一Φ﹁O巳巨 ①゜①゜︵︶  ︹W°ΦOO°      ︑        .︑︶︒また︑学校法における法律の留保に詳細に立ち入ることはしない︵コo目仔︑

  PPOこ㊤ΦO⇔︶という︒

︵注13︶ 田巽2戸PPOこo乃oりbOP㊤09

︵注14︶ 顕隅o日︑PPPQ︒︒り゜OO甲Φ窪゜

第二節 学校高権と教育目標

1 学校高権

     ピエロートは︑基本法七条一項の規定から議論を展開する︒﹁基本法七条一項によりすべての学校制度は国の監督

    の下にある︒判例と学説の中の判例に従う支配的な見解によって︑監督の概念は︑そのほかでは通例の法技術的な意        ︵注1︶ ︑  味において理解されるのではなくて︑学校制度の組織︑指導︑計画に関する国の権能の全体を伝統的に含んでいる︒﹂︒

      ︵注2︶       ︵注3︶    そして︑連邦憲法裁判所の判例に依拠して︑国が教育の内容に関わる権能を有することを指摘する︒

 この国の権能の根拠付けとして︑ピエロートは︑﹁この独自の国の教育委託の事物に即した理由として⁝多元主義        ︵注4︶ 的な社会における国家の統合の任務があげられる︒﹂と述べる︒つまり︑国には︑公共体を統合する任務があるので︑

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ =二

(8)

一二二

この任務を果たすために教育の内容に関わることが許されるというのである︒

 ピエロートは︑基本法七条一項の特殊性について︑次のように指摘する︒﹁基本法七条一項は︑権限の担い手とし

て﹃国家﹄だけがあげられているという特殊性をもち︑また︑団体の権限も機関の権限も別の規範から生み出される        ︵注5︶ という特殊性をもった権限規範かつ組織規範である︒﹂︒基本法七条一項は︑﹁国家﹂に︑すなわち︑ここでは︑諸ラ

ントに権限を分配する規範である︑というのである︒

 しかし︑ピエロートによれば︑基本法七条一項は︑権限を割り与える以外に︑実質的な内容をもっており︑その第        ︵注6︶ 一は︑権限を引き受ける原則的な義務があることである︒第二は︑基本法七条一項は︑﹁⁝基本権の制約を正当化す           ることができる﹂ことである︒これについて︑ピエロートは︑さらにこう説明する︒﹁⁝というのは︑﹃学校監督﹄と

いう法制度には︑基本権の制約が︑必ず内在しているからである︒そのことは︑学校監督の内容が通例﹃委託﹄だけ

ではなく︑﹃権能﹄で言い表されているということにも現れる︒それゆえ︑子供の就学義務の中に存するところの親        の権利への介入︵田昌鳴昼は︑基本法七条一項の中にその正当化を見いだす︹原文注二七︺︒﹂︒

 ピエロートは︑以上の議論において基本法七条一項の意義を明らかにしたが︑具体的な法的問題に答えるためには︑       ︵注9︶ これだけでは不十分であるとして︑﹁追加的な規範的な視点﹂として︑ラントの立法者に触れる︒つまり︑これまで

は基本法の議論をしてきたが︑ラントの立法者へも議論の範囲を拡げていこうとするのである︒ピエロートによれば︑

﹁権限を遂行する義務は精確にはどの程度まで及ぶのかという問題において︑ラントの立法者の民主的に根拠づけら

(9)

      ︵注10︶ れた形成の余地が守られるべきである︒﹂︒ラントの立法者に形成の余地が認められるとしても︑それは︑無制約のも

のではない︒﹁教育の内容の決定は︑教育のプロセスにおいて他の権利の担い手に認められるところの影響の範囲に

  ︵注11︶       ︵注12︶ 依存する︒﹂︒ピエロートによれば︑その際︑諸々の基本権と︑基本法七条一項との衝突︵﹈︵○巳一〇カ一〇問O昌︶が生じうる︒

けれども︑﹁⁝ラントの立法者がいかなる基本権的立場ともぶつからないところでは︑再び︑形成の余地がラントの

       ︵注13︶ 立法者に開かれる⁝﹂︒

︵注1︶ ヒO昆o国巽o↓戸卑恩o庁§ぴqω窪守提⊆巳卑獣6巨昌oa︒・日呂︒︒富げ△隅o◎合巳Φぎ中①芦Φ巨合9<Φ昼ω︒り鼠傷゜・富曽O<σ︒ドお鷺    ︑

   出㊦口嵩㊤㊤OO基本法七条一項 ﹁全学校制度は国︹1ーラント︺の監督の下にある︒﹂ 初宿正典翻訳 樋口陽一・吉田善明

   編 ﹃解説世界憲法集﹄第四版二〇〇一年一九四頁︒︹︺の中も初宿の訳である︒

︵注2︶ ピエロートは︑bO<①巷団爲怠︵コ尺︶を引用する︵国20葺PPOこ㊤霧ご︒いわゆる﹁性教育決定﹂である︒性教育決

   定については︑西原博史  ﹁学校における性教育の許容性と親・子どもの基本権ー性教育決定1﹂ ドイツ憲法判例研

   究会編 ﹃ドイツの憲法判例﹄︵第2版︶ 二〇〇三年 二四ニー二四七頁参照︒

︵注3︶ 田氏o身PPOこoり白り゜雷Pqっ朝目゜ ︵注4︶国隅o葺PPOこ︒り゜ΦOド       ー

︵注5︶ 曳雲o葺PPOこ白り゜綜一゜

︵注6︶田魯o葺PPOこoり゜ΦO一゜

︵注7︶曳o﹁o葺PPOこoo°q⊃Oピ

︵注8︶ 国氏o貸PPO°︑㊤雷ド ﹁介入﹂については︑遥゜edoユo 国20穿\ヒoo巨冨己oり合冒置○≡口貸oo庁坤Φω曇ω苫o宮自ふド50已

   ずo冒o冨8匡こNOO伊穿NOOはまた︑ボード・ピエロート ベルンハルト・シュリンク著 永田秀樹・松本和彦・倉田原

  志訳﹃現代ドイツ基本権﹄二〇〇一年欄外番号二〇六以下参照︵この翻訳書の底本は︑切o△oコ巽o書\じd6日庁曽ユ

   oり合旨貢Ω﹁§貸oo宮⑦oり富巴ω苫o宮貝﹂切゜︑ロ①已●①5①箒甘富こ声Φq∋qっ゜である︒︶︵田巽o仔︵注1︶論文が公表されたのは一九九

   四年であるので︑同論文で同書を参照する場合には︑一九九三年の第九版があげられている︒たとえば︑国03汗︵注1︶

  論文の昌゜Nご司ロ゜声品こ昌﹂︒︒べこウロニ㊤ω◆︶︒基本法六条と介入については︑<oqド﹈﹈oユo田雲o庄\ロ①日富己Q力合菅貫

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 一二一二

(10)

一二四

  ○凄昆苫6宮ooり§︒り苫⇔宮ロ︑培こロo已ぴ①きo誉穗匡こNOOμ菅忠やRまた︑ボード・ピエロート ベルンハルト・シュリン

   ク著永田秀樹・松本和彦・倉田原志訳﹃現代ドイツ基本権﹄二〇〇一年欄外番号六四七以下参照︒

︵注9︶国巽o身PPOこ㊤qっ切H°

︵注10︶ 田氏o貸PPOこoり◆ΦO﹂°

︵注11︶ 国含9亡PPOこ︒り゜ΦO一゜

︵注12︶ 雲68身PPOこ切゜Φ留゜﹁衝突﹂については︑㎡三W昆o田雲o汗\︼W20ず曽全oり合巨貫○巨ロ合8宮⑦oり︷§↓ω﹃8宮月NH°5①已

  Ooぎ⑦富桿①監゜ふOO◎穿ω忘は また︑ピエロート シュリンク︵注8︶翻訳書 欄外番号三一四以下参照︒

︵注13︶ 曳巽o葺PPOこ切qっOP

2 教育目標

一 カテゴリーによる分類

ピエロートは︑教育目標を具体的に論ずるにあたって︑まず︑教育目標の分類をはかる︒︑

ω 規範の定立者による区別

      ︵注1︶ ピエロートは︑第一に︑規範の定立者に応じて教育目標を区別する︒

       ︵注2︶  まずは︑基本法のレベルが問題になる︒ピエロートも基本法が明文で教育目標を定式化していないことを認める︒        ︑      ︵注3︶ ﹁⁝しかし︑基本法からは︑若干の一般的な教育目標が導き出される︒﹂︒そうだとすると︑基本法では明文で教育目

(11)

標が定式化されていないのだから︑基本法から解釈によって教育目標が導き出されることを認めることになる︒ピエ

ロートは︑ここでは︑基本法のレベルについて︑これ以上詳しく論ずることはしない︒

 こうして︑次に︑議論は︑ラントの憲法とラントめ法律のレベルに移る︒﹁⁝諸々のラント憲法は︑学校教育︑ま

たは︑学校の教育プロセスを操舵するところの多かれ少なかれ詳細な規定を有している︒あらゆるドイツの連邦のラ

ントの学校法における教育目標のカタログは︑全体として︑ラント憲法における教育目標のカタログよりも︑具体的        ︵注4︶ でもなければ︑本質的に詳細であるわけでもない︒﹂︒まず︑ラントの制憲者のレベル︑それから︑ラントの立法者の

レベルでは︑基本法とは異なって︑明文で詳細な規定がなされているというのである︒また︑ラントの憲法レベルと︑

法律レベルとでは︑教育目標の詳しさにおいてそれほど差異がないともいうのである︒

︵注1︶ ヒooユo勺冨﹃o爵亘口6庁§ぬ︒・①旨自oe⊆巳ヒゥ﹁巳o巨ロ西ω日旬⇔ω§鮎氏6りo庁巳oぎ中o穿①#自合Φロ<①目ω︒・巨ぬω︒力訂曽O≦﹈ド声O路出Φ法﹃

  Qo°Φ日゜

︵注2︶ コ魯o葺PPOこoり已認゜

︵注3︶ 田Φ﹁o葺PPOこ6り已日゜

︵注4︶ 勺︷雲o葺P①゜○こ6り已ON°

   ② 気質規範とプロセス規範との区別

ピエロートは︑規範の定立者による区別につづけて︑第二に︑規範の構造に着目した区別もできるとして︑次のよう

  自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 一二五

(12)

一二六

に言う︒﹁⁝国家の教育目標の法的な構造によれば︑気質規範︵一︶富08庄8︒︒巨o§op︶とプロセス規範︵勺﹃oNo音o§o目︶

を区別することができる︒気質規範は︑価値が高いと判断された経験態様と行動態様︵心的気質︵b・・ぺ6巨・︒oず⑦

O声題o・・庄oロ窪︶︶としての構造を︑拘束力をもって定める︒プロセス規範は︑たとえば︑学習方法と教育方法につい

ての諸々の規定によって︑教師の行動についての諸々の規定によって︑組織の形式についての諸々の規定によって︑

授業手段の投入についての諸々の規定によって︑教師の養成と選抜についての諸々の規定によって︑教育プロセスの      ぐ ユ  進行を操舵する︒﹂︒

 ピエロートは︑気質規範を︑さらに二つに区別する︒﹁気質規範の中では︑個人に関する教育目標と共同体に関連        する教育目標を区別することができるのだが︑もちろんその際︑部分的な重なりが存在する︒﹂︒つまり︑ピエロート

は気質規範を内容にしたがって区別するのである︒前の段落で見たように︑ピエロートの気質規範の定義においては︑

﹁気質規範は︑価値が高いと判断された経験態様と行動態様︵心的気質︵b留6巨ω合⑦O富bo︒・庄oロoロ︶︶としての構造を︑       ヨ  拘束力をもって定める︒﹂とされていた︒ここでも︑内容が関係しているように見える︒そうだとすると︑ある規範

が気質規範かどうかを判断するためには︑その規範の内容を解釈しなければならないことになるのではないか︑と思

われる︒つまり︑教育目標の内容が判断として先行して︑その後で当該規範が気質規範かどうかが判明することにな

るのではないか︑と思われる︒

 気質規範とプロセス規範には︑次のような差異もある︒﹁プロセス規範が︑すべて︑前提条件・結果シェーマに基

づいて条件規範として構成されているのに対して︑気質規範においては︑本質において︑その作用態様が特別の問題

(13)

を投げかけるところの目的規範が肝要である︹原文注三八︺︒むろん︑それは︑気質規範においても︑その命令的な       ︵注4︶ ︵ポジティブな︶内容に関してのみ当てはまるのであって︑その禁止的な︵禁ずる︶内容に関しては当てはまらない︒﹂︒

気質規範の作用は︑命令的な作用と禁止的な作用とに区別されなければならないというのである︒そうだとすると︑

気質規範の定義では︑﹁気質規範は︑価値が高いと判断された経験態様と行動態様︵心的気質︵Oωぺ6匡・・合o        ︵注5︶ O一題8宣oづo邑︶としての構造を︑拘束力をもって定める︒﹂とされていたが︑そこでいう﹁拘束力﹂も︑気質規範が

命令的な作用をする場合と︑禁止的な作用をする場合とに分けて考えられなければならないことになると思われる︒

︵注1︶ ヒo昆o国巽9亡卑恩o庁巨昌鳴ω窪啓﹁①σq⊆昆印恩oげ§ぬω日①㈱ω宮ひ口Φ﹃oりoゴ巳①ぎ時o芦⑦声法畠Φロ<o日むりω§晦ψ力︒・宮辞O≦WピμΦ逡

   出Φヰ声べψO日゜O一゜・OOω巨§には︑﹁意のままにすること﹂︑﹁準備﹂︑﹁編成﹂︑﹁気質﹂などの語義がある︵国松孝二他編 小

   学館 独和大辞典︹第2版︺ コンパクト版 二〇〇〇年 五三四頁参照︒︶が︑ピエロートの本論文においては︑﹁気質﹂

   の意味において使われていると考えたので︑O富Ooω巨ooωロo﹃目oロという言葉に気質規範という訳語をあてた︒浮田徹﹁国

  家の教育任務と教育目標規定ードイツ憲法上の教育の担い手としての国家の役割に関する一考察1﹂ ﹃六甲台論集 法学            政治学篇﹄第四八巻第二号二〇〇一年五〇頁注52ではO︷・・Ooω巨8には﹁構成﹂︑O冨宮ω庄§・・9§には﹁実体規範﹂       ︵   という訳語をあてることが述べられている︒

︵注2︶ 四氏o葺PPOこo力已日゜

︵注3︶ 国o﹁o貸PPOこ㊤綜N

︵注4︶ 田03昏ρPOこ㊤㊤朝N°原文注三八では︑出きωと匡合穿隅頚O﹂Φロ③旨ぬ巳︒力合Φ゜力oD§↑窃巨﹃司窃口⑦繋ロぬく8内﹃N穗ゴ§ぴq°︒鼠巴8

  日ユ氏巳ξ農゜・江゜︒合⑱昌○Φω⑦雰o庁良﹄㊤お︑︒り゜旨Pがあげられている︒原文注九六では同書の㊤﹂品゜があげられている︒

︵注5︶ 顕Φ﹁o貸PPOこ㊤Φ日゜

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵・三︶       ︵都法四十七ー二︶ 一二七

(14)

一二八

二 内容による分類

       ︵注1︶ ピエロートは︑今度は︑内容に着目して︑非常に具体的に教育目標を分類する︒

      ︵注2︶    彼は︑まず︑﹁人格的な﹂教育目標として︑以下のことが︑ラント憲法に規定されていることを指摘する︒       ︵注3︶    ﹁神に対する畏敬︵国げ昏8宮くo﹁Ooε︹原文注四一︺﹂            ﹁すべての生命あるものに対する畏敬︵国ゲ日8宮く自邑o日冨OΦa一σqo菖︹原文注四二︺﹂        ︵注5︶ ︐  ﹁道徳的な人格︑あるいは︑道徳的な責任感︵段窪oげo勺氏ψ︒ぴ巳穿汀詳o命o︹<卑覧o註げげぎ5︹原文注四三︺﹂        ︵注6︶    ﹁政治的な責任感︵O畠口ω合o<σ臣ロ90aざ芹05︹原文注四四︺﹂        ︵注7︶    ﹁自力で考えること︑または︑自由な人格︵o苗opω庄ロ合ぬoωOΦ巳8目ぴ冒゜埣Φ冨勺o房α昆o庁ぎ芭︹原文注四五︺﹂        ︵注8︶    ﹁正義︵○氏o合江ぬ吋①ε︹原文注四六︺﹂        ︵注9︶    ﹁人間性︵呂oロψ・o臣6芹o芭︹原文注四七︺﹂       ︵注10︶    ﹁誠実さ︵知o合法6ゴ民o芭︹原文注四八︺﹂        ︵注11︶    ﹁真理に対する尊重︵菅已口ぬく自口隅綱各許oδ︹原文注四九︺﹂        ︵注12︶    ﹁職業上の能力︑労働意欲︵●o巨臣合Φ目6巨σq汀拝富9⌒︒︒司巨o︶︹原文注五〇︺﹂       ︵注13︶       ︐    ﹁克己︵oりo苦︒︒仔ΦげΦq︒・合巨題︹原文注五一︺﹂        ︵注14︶    ﹁あらゆる善真美に対して開かれていること︵ぎ榑Φ゜・o巨o・・ωo芦o客法﹃邑o・・○己吟P菖8已ロムω09po︶︹原文注五二︺﹂

(15)

 ピエロートは︑次に︑﹁共同体に関連する﹂教育目標として︑以下のことが︑ラント憲法に規定されていることを

  ︵注15︶ 指摘する︒        ︵注16︶  ﹁人間の尊厳に対する尊重︵合o﹄6庁巨晴く自△隅呂8・・⇔庁⑦目急aΦ︶︹原文注五三︺﹂        −        ︵注17︶  ﹁宗教的確信に対する尊重︵ぎ庁已昌ぬくo二各笹O・︒隅dピ隅N①已讐o巴︹原文注五四︺﹂       ︵注18︶  ﹁寛容︑または︑寛大さ︵↓◎︼O﹃①日ひ§° ︼︶巳画ψ・芭邑︵①一⇔︹原文注五五︺﹂        ︵注19︶  ﹁自由で民主的な心的態度︵井o書o巨合ムo日o胃呂ω合oO9巨ロ巨題︹原文注五六︺﹂        ︵注20︶  ﹁︵キリスト教的な︶隣人愛︵︵9ユ・・法合o︶Z腎雰甘ロ嵩oぴ⑦︶︹原文注五七︺﹂       ︵注21︶  ﹁友愛︵切巳亀③法合吋Φ芭︹原文注五八︺﹂        ︵注22︶  ﹁平和を愛する心と国際協調︵臣江Φ昌・︒岸oぴo已昆くα涛o零2ω庄p合空ロぬ︶︹原文注五九︺﹂        ︵注23︶  ﹁社会的確証︵・︒oN巨Φudo司書日昌巴︹原文注六〇︺﹂        ︵注24︶  ﹁将来の世代に対する責任︵<隅芦箸o旨お法﹃巨匡晦Φ○⑦口o﹃呂oロo旦︹原文注六一︺﹂

 ﹁環境︑または︑生存の自然的基盤の保存︵国許嘗問ぬユ巽d§o詳ぴ冒゜△2問§陪ゴ⑦昌冨ぴΦ昌ωぬ日問白躍窪︶︹原文注

︵注25︶ 六二︺﹂        ︵注26︶︵注27︶  ﹁民族愛と郷土愛︑または︑祖国愛︵e6ぴQ巨くσ民⊆邑口Φ目曽●薯゜<陪豊§△︶︹原文注六三︺﹂

       ︵注28︶  ピエロートによれば︑基本法から導き出された基本的な教育目標も︑﹁共同体に関連する﹂教育目標に数え入れられ

る︒彼は︑学説に依拠しながら︑﹁⁝﹃寛容で民主的な心的態度への教育︑また︑人間の個人的な自己決定の基盤の

上での社会的な責任への教育﹄︹原文注六四︺︑寛容︑また︑意見の異なる者の感情を害さないこと︹原文注六五︺︑

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 一二九

(16)

=二〇

       ︵注29︶ ⁝人間の尊厳・民主制・国際協調・平和のために宣伝をすること︹原文注六六︺﹂をあげる︒

 ピエロートが︑気質規範について︑﹁気質規範の中では︑個人に関する教育目標と共同体に関連する教育目標を区        ︵注30︶ 別することができるのだが︑もちろんその際︑部分的な重なりが存在する︒﹂と述べていたことからして︑以上に示

した﹁人格的な﹂教育目標︑﹁共同体に関連する﹂教育目標︑基本法から導き出された基本的な教育目標は︑いずれ

も気質規範に分類されることになると思われる︒

 ピエロートは︑プロセス規範の例として︑公立小学校の宗派的な形式に関する定めや︑宗教の授業︑また︑道徳の       ︵注31︶ 授業の位置づけに関する定めを指摘する︒どのような種類の公立学校を設置するかということ︑また︑宗教の授業や

道徳の授業のような生徒の人格形成に直接作用する科目を正規の授業として位置づけるかどうかということは︑確か       ︵注32︶ に教育プロセスの進行にとって重要である︒それゆえ︑これらは︑確かにプロセス規範の定義に当てはまると思われ

る︒  プロセス規範には︑少し異なったものもある︒ピエロートによれば︑歴史の授業に関する内容的な要求も︑プロセ        ︵注33︶ ス規範のひとつとして位置づけられる︒内容に深く関わっているようにも見えるが︑プロセス規範の定義で︑例とし        ︵注34︶ てあげられたもののうち︑﹁学習方法と教育方法についての諸々の規定﹂と対応するものと思われる︒

また︑ピエロートによれば︑以下のようなことも︑プロセス規範に含まれるという︒﹁⁝学校における精神的な雰

(17)

囲気は︑寛容によって︑また︑生徒の信条に対する顧慮によって︑または︑生徒と教師に対する顧慮によって刻印づ        ︵注35︶ けられなければならず︑とりわけ宗教的感情に対して顧慮がなされなければならない︒﹂︒そうだとすると︑プロセス

規範といっても︑どのような種類の公立学校を設置するかということや︑宗教の授業や道徳の授業のような生徒の人

格形成に直接作用する科目を正規の授業として位置づけるかどうかということのように非常に具体的なものから︑

﹁学校における精神的な雰囲気﹂という非常に抽象的なものまで︑さまざまな態様の規定があるということになる︒

︵注1︶ 切昆o国Φ目貸団鼠6ゴ已ロぬ留暮潟§ユ閂恩各§ぬω目①㈱ω§●氏ω合巳o目中①淳o巨oゲ⑦昌くΦ昌ωω巨ぬωω富巴O<c︒↑お路頃o口嵩

   白り㊤ΦON−Φ切ω゜

    以下では︑ピエロートの分類にしたがって︑﹁人格的な﹂教育目標︑﹁共同体に関連する﹂教育目標としてあげられてい

   るラント憲法の条文を紹介する︒ピエロートは︑内容に着目して教育目標を分類するので︑彼が分類の見出し語として用

   いている文言と︑ラント憲法上の文言が異なることがある︒そこで︑ピエロートの見出し語と同じか︑または︑きわめて

  近い言い回しの教育目標については︑原則的に条文だけをあげ︑言い回しの異なるものについては︑条文の後にできるだ

   け原語を付記した︒

   ﹂フント憲法の条文に関しては︑<哨ピ<σ目︒︒ω§晦⑦ロ画隅△Φ巨゜・6プ①巳W已ロユo巴管△Φ古ふ︾巨③ぬ①︵oり爵5ユ﹂.呂腎N﹂Φq︒ご︑ロ㊤Φ巳⁝

  ︿2冒ψ︒巴昌ぬ窪△⑦﹁合已︒・oプgbo§ユΦ゜・︼陰昆⑦さ切゜﹀已巳①ぬΦ︵o◎8昆﹂°冨餌ぼ︐お㊤切シロqう8﹈⁝<2討︒・ω§ぬgユ窪合⑳口房合g

  ロ§ユ⑦︒︒一ぎ合さO°ξ凋o窃口巨合ド◆Zo<Φ日ひΦ﹁おq⊃◎︒シおΦ⑰<o日︒・︒・已ロぬg●巽合o巨ω合g切已ロユo°︒一ぎ合﹃\︾邑躍o﹃ユ一゜

  P庄NOOごふO昆⁝<σ目ω︒・已昌ぬoロ●Φ﹃阜o暮ωoゴoロヒd§△o︒り一ぎユ①お◎︒°匡躍o窃§画ピ20<①日ず巽NO宝シNOO9︵いずれの版にも

   ペスタロッツァによる解説がある︒﹇﹈内はZ>6Q◎拐司oげo陪による︒︶また︑本節2一②︵注1︶にあげた浮田論文 四一

  頁 注⑦参照︒   ︐

︵注2︶ 国魯o葺PPOこoりbON

︵注3︶ 原文注四一では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︑ノルトライン・ヴェス

  トファレン憲法七条一項︑ザールラント憲法三〇条︑バイエルン憲法二二一条二項︑ラインラント・プファルツ憲法三三

  条︵Oo詳oω甘苫芭

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七−二︶ 二一二

(18)

︿

一三二

   ︵注4︶原文注四二では︑以下の条文があげられている︒ザクセン憲法一〇一条一項︑メクレンブルク・フォーアポンメルン憲

      法一五条四項︵eウげ日﹁6︼﹈﹇<O﹃ユO日︼い⑦ずΦ昌︶        へ       また︑原文注四一でも四二でもあげられていないが︑ヘッセン憲法五六条四項にも﹁畏敬︵国庁日﹁合吟︶﹂が定められている︒

   ︵注5︶ 原文注四三では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︑バイエルン憲法二一二

      条三項︵ママ︒同条二項のく氏昌薯o日ロぬωぬ⑦芦巨二巳く巽昌薯oき目ぬω埣⑦自合篶o詳のことだと思われる︒︶︑ヘッセン憲法五六

.    条四項︑ラインラント・プファルツ憲法三三条︵oり一昆6ゴΦ﹁出㏄一吟已昌ぴq︶︑ザールラント憲法三〇条︑ザクセン憲法一〇一条二

      項︵ママ︒同条一項のω﹂昆oプo日⁝<隅芦專oき昌ぬ・・ず③≦ら駐Φ巨のことだと思われる︒︶

   ︵注6︶ 原文注四四では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︑ザールラント憲法三〇

     条︑ザクセン・アンハルト憲法二七条一項︵見出し語通りの文言は見いだすことができないので︑<⑦日巳司o詳巨ぬ旨﹃

      06日6ぎ︒︒合良日詳§ユΦ苫目呂o白︒・o庁⑦目已&<O坪6目のことだと思われる︒︶︑ザクセン憲法一〇一条三項︵ママ︒同条一項の

     bo巨ω合⑦日くo口5§o量叔・・ひoき㈱房①冨のことだと思われる︒︶

      また︑原文注四四ではあげられていないが︑ヘッセン憲法五六条四項にも﹁政治的な責任︵ユ一⑦OO冒己oりO庁Oノ\⑦﹃旬口罫O旨口ぬ︶﹂︐

      が定められ︑ブレーメン憲法二六条一号にも﹁政治的責任への意思︵△Φ日目庁o§⁝bo巨・・合o﹃<氏芦苔o目ロぬ︶﹂が定め

      られている︒       ︑

   ︵注7︶ 原文注四五では︑以下の条文があげられている︒ブレーメン憲法二六条︵o信Φ昌Φ旨︼︶o昆9︶︑ザクセン・アンハルト憲

     法二七条一項︑メクレンブルク・フォーアポンメルン憲法一五条四項︑ブランデンブルク憲法二八条︵合o国ロ苔8匹已づぬ

      ユ隅勺o諺O昆合犀6富ω亀●ω8a信窃︼︶①昆⑦昌§ユ=き鮎oゴ︶︑テユーリンゲン憲法二二条︵・・⑦まω9ユ茸窃一︶窪犀⑦旨§ユ国きユ⑦巨︶

   ︵注8︶ 原文注四六では︑以下の条文があげられている︒ザクセン憲法一〇一条二項︵ママ︒同条一項のことだと思われる︒︶︑

     ブランデンブルク憲法二八条︵△o昌ヨ崇ロ昌゜・oN巨隅○隅⑦oまぬ岸⑦∈⇔

       また︑原文注四六ではあげらていないが︑ブレーメン憲法二六条一号にも﹁社会正義への意思︵⁝エo目司巨⑦旨N已

     ωoN芭隅Oo誘6宮信犀①芭﹂が定められ︑テユーリンゲン憲法二二条一項にも﹁社会正義への意思︵亀窪弍巨9N已・・oN芭o﹃

     ○Φ苫6庁口ぬオo芭﹂が定められている︒

   ︵注9︶ 原文注四七では︑ノルトライン・ヴェストファレン憲法七条二項があげられている︒

   ︵注10︶ 原文注四八では︑以下の条文があげられている︒ヘッセン憲法五六条四項︵ヵo合法合村6詳§△司芦許註ぬ汁①芭︑ライン

      ラント・プファルツ憲法三三条︵知o合日⇔芹⑦詳已昆妻各昏臣鷺⑦δ      −

(19)

︵注11︶ 原文注四九では︑以下の条文があげられている︒ヘッセン憲法五六条四項︵見出し語通りの文言は見いだせないが︑

   ﹀⇔ゴ9ロぬは定められている︒︶︑ブレーメン憲法二六条三号︵同号では︑さらに進んで﹁⁝真理を認め︑正しく︑また︑必

   要と認識されたことをする勇気への教育﹂まで定められている︒︶︑ラインラント・プファルツ憲法三三条︵見出し語通り

   の文言は見いだせないが︑陪9ロoqは定められている︒︶

︵注12︶ 原文注五〇では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︵●o⊇白合Φづ:じdΦ司書巨ロぬ︶︑

   ブレーメン憲法二六条二号︵同号は︑=般の福利に適応するところの労働意欲︵肯ぴo詳竃旨Φ︶への教育︑ならびに︑職

   業生活︵coΦ⊇芭oOoロ︶へ入るために必要な知識と能力を備えること︒﹂と定めている︒︶︑ヘッセン憲法五六条四項︑ザー

   ルラント憲法三〇条︵ぴ02巨o庁而﹁:COΦ司書巨口㈹︶

    また︑原文注五〇ではあげられていないが︑ザクセン憲法一〇一条一項にも﹁職業上の能力︵げo昌ムゴΦ日民O目窪︶﹂が

   定められ︑ラインラント・プファルツ憲法三三条にも﹁職業上の能力︵ず㊦昌合⑦﹁目oSぴq吋05﹂が定められている︒

︵注13︶ 原文注五一では︑バイエルン憲法一三一条二項があげられている︒

︵注14︶ 原文注五二では︑バイエルン憲法二一二条二項︵ぎ樽Φ︒・6巨o°・ωo芦o#法﹃邑oω司各﹁PΩ巨⑳§全白り合α昌6︶︵見出し語と語

   順が違う︶があげられている︒

︵注15︶ 田③﹁o貸PPOこ6り﹄Oべ︒°

︵注16Y原文注五三では︑以下の条文があげられている︒ノルトライン・ヴェストファレン憲法七条一項︵︾o庁9ロぬくo﹃鮎雲

   皇﹁口o亀o︒り﹈≦Φ目︒︒6庁①ロ︶︑テユーリンゲン憲法二二条︵ぎゴ9ロぴe<o﹃△o﹁日aΦユ窃﹈≦Φ目ωoゴo目︶︑ブランデンブルク憲法二八

   条︵ぎ庁言ロぬく〇三雲皇aΦ⁝芦画o﹁6﹃︶︑バイエルン憲法一三一条二項︵ぎ宮§ぬ⁝<〇三巽日aΦユΦ︒・呂⑦ロ・・合窪︶

    また︑原文注五三ではあげられていないが︑ブレーメン憲法二六条一号にも﹁あらゆる人間の尊厳に対する尊重︵⁝ユ雲

   ぎゴ巨漏<o﹃臼Φ﹃量a①ぎ創6ω呂⑦諺合oロ︶﹂が定められている︒

︵注17︶ 原文注五四では︑バイエルン憲法二一二条二項︵﹀合9潟くo﹁苫目恩Oω氏臣o冨窪健目ぬ︶があげられている︒

︵注18︶ 原文注五五では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一七条一項︑ブレーメン憲法二六条

   一号︵⁝oり①合ば6芹Φ津§ユO巳昔員6声這oぬoロCぴ2ユo目忌o芦§ぴQo昌芦全雲巽︵客観性︵oo8臣o芹Φδ と寛大さとが並べられ

   ている︶︶︑三三条︑ヘッセン憲法五六条四項︑ラインラント・プファルツ憲法三三条︑ザクセン・アンハルト憲法二七条

   一項︑ザクセン憲法一〇一条一項︵見出し語通りの文言は見いだせないが︑同項の﹁⁝ぎ庁已ロ騎くo二6﹃qひo§o已讐叔ユoω

   昌ユΦ苫巨のことを指すのだと思われる︒︶︑テユーリンゲン憲法二二条一項︵吋o庁日ロNぬΦぬ⑦ロ自ひ氏ユ雲ごひo﹁No轟已ロぬ

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 二三二

(20)

=二四

      ①目画o﹁魯︶︑ブランデンブルク憲法二八条︵見出し語通りの文言ではないが︑︾o宮§ぴq<o﹃⁝臼o日O冨qO⑦ロロ目亀臼oロ

      dぴ①目o已撃oぬoロきエo苫﹁が定められている︒︶︑メクレンブルク・フォーアポンメルン憲法一五条四項

  ハ 

\      また︑原文注五五ではあげられていないが︑ノルトライン・ヴェストファレン憲法七条二項にも﹁他者の確信に対する

      寛大さへ︑また︑尊重へ⁝︵⁝巨﹁O巳らω員Φ客§鮎N烏﹀合言oぬくo﹁△o﹁己ぴo目Φ已管問oq命Φω芦全氏Φ目︶﹂が定められている︒

   ︵注19︶ 原文注五六では︑以下の条文があげられている︒ノルトライン・ヴェストファレン憲法七条二項︵⁝臼Φ﹁Oo日o育葺o

      §△臣氏即Φ芦Φ芭︑バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︵・︐時o芦Φ巨o庁o﹃らo日o胃註︒・oゴΦ﹃O窃日巨ロぬ︶︑バイエル

      ン憲法一三一条三項︵巨 ΩO一ω﹇Φユ而﹁一︶Φ日O吋﹁①﹇一〇︶︑ヘツセン憲法五六条四項三文︵ママ︒同項はひとつの文である︒筆者

      の見る限り同項には見出し語通りの内容は確認できなかった︒︶︑ラインラント・プファルツ憲法三三条︵ぎ時o冨で

      口Φ日o育註ω合巽Ooω巨ロ§ぬ︶︑ザールラント憲法三〇条︵⁝井Φ芦o巨合o﹃●Φ日o育豊ω6庁隅○窃芦昌§ぬ︶︑ザクセン憲法一〇

      一条一項︵⁝井①日o巨o庁2●Φ日oζ豊︒・合o﹁頃巴已ロoq︶︑ブランデンブルク憲法二八条︵ぎo済⑦旨⊆ぴq全〇二︶o日o育註o§ム

      ヴ﹁o芦o芭︑テユーリンゲン憲法二二条二項︵ママ︒同条一項のP⑦済o目高画o﹃OΦ日o育註o巨色即Φ穿Φ詳のことだと思われる︒︶

   ︵注20︶ 原文注五七では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︑ザールラント憲法三〇

      条︑ザクセン憲法一〇一条一項﹁隣人愛︵ワ﹃餌O︼日ω﹇①目ばOぴO︶﹂

       また︑原文注五七ではあげられていないが︑ヘッセン憲法五六条四項にも﹁隣人愛︵ブ﹁似6庁ω吟O昌匡OげΦ︶﹂が定められ︑ラ

      インラント・プファルツ憲法三三条にも﹁隣人愛︵宕位6ゴ︒力穗ロ匡oず⑦︶﹂が定められている︒

   ︵注21︶ 原文注五八では︑バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︵じo巳エo巨合吋Φ津邑隅呂oロ︒︒o庁⑦ロ︶があげられている︒

   ︵注22︶ 原文注五九では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︵臣o爵Φωばoぴo︶︑ブレー

      メン憲法二六条一号︵・: 庄ΦユばO庁⑦口Nρo◎昌日Φ口豊ひΦ一け日詳旬ロユO﹁O昌口肖Φ目o力6庁O︹P已ロエま巳πO︹口︶︑ヘッセン憲法五六条五項︵同

      項は︑直接には︑歴史の授業についての定めである︒﹁歴史の授業は︑過去の忠実で混ぜ物のない描出へと方向づけられな

      ければならない︒その際︑前面におかれるべきなのは︑人類の偉大な善行者︑国家︑経済︑文明︑文化の発展であって︑

      軍の司令官︑戦争︑戦闘ではない︒民主的な国家の基盤を危うくするところの見解は許されない︒﹂︶︑ノルトライン・ヴェ

      ストファレン憲法七条二項︵⁝ま民⑦頃⑦日o芦ωo庁良§庫臣Φ全oロωぬoωぎ昌§ぴq︶︑バイエルン憲法二一二条二項︵ママ︒同条

      三項の旨切日ロo<O完o﹃<巽︒・αプ目ロσqのことだと思われる︒︶︑ラインラント・プファルツ憲法三三条︵ぎOo筥9画o﹃

      <O巨Φ冥Φ﹁ωOゴロ§ぬ︶︑ザールラント憲法三〇条︵ぎOoぼ甘⁝創o﹁<α民o自o﹃ω09§巴︑ザクセン・アンハルト憲法二七条一

      項︵見出し語通りの文言ではないが︑﹁<魯き薯O旨目ぬ合﹁合oOo日oぎ︒・合良巨ご巨阜雲oロ旨①ロωo庁oロ∈5画ま民6日⁝﹂のこと

(21)

   だと思われる︒︶︑メクレンブルク・フォーアポンメルン憲法一五条四項︵見出し語通りの文言ではないが︑

   ﹁<卑§§o妻ロぬ蜜﹃合⑦Oo日o芦ω6庁良巨けき臼o苫ロ呂oロ︒力oゴΦロqロユ<α陪ヨ⁝﹂のことだと思われる︒︶︑ブランデンブルク憲

   法二八条︵合Φ司ユ①幕且讐o詳§△︒力巳一合﹁匡二日N⊆︒・①日日Φ巳ΦOΦロ臼氏日巨苫昌已昆くα日③﹁︶︑テユーリンゲン憲法二二条

   ︵合o日o■且瞥o詳旨N⊆ω§日o己ΦげΦロ全隅誉一昌苫目已ロ合くO民氏︶

    また︑原文注五九ではあげられていないが︑ザクセン憲法一〇一条一項にも﹁平和︵臣Φ●①ロ︶﹂が定められている︒

︵注23︶ 原文注六〇では︑以下の条文があげられている︒バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条一項︑ザールラント憲法三〇

   条︑ノルトライン・ヴェストファレン憲法七条一項︵bOΦ﹁O一⇔ω6庁鯵N已巳PωON一①一〇ロ一﹈包P合⑦一口︶︑ザクセン・アンハルト憲法二七

   条一項︵筆者には﹁社会的確証﹂に相当する文言を見いだすことができなかった︒︶︑メクレンブルク・フォーアポンメル

   ン憲法一五条四項︵筆者には﹁社会的確証﹂に相当する文言を見いだすことができなかった︒︶

    また︑原文注六〇ではあげられていないが︑ザクセン憲法一〇一条一項にも﹁社会的な行動︵・: o◎ON一①一Φ巳ρ﹈︻知昌亀Oピロ︶﹂が

   定められている︒

︵注24︶ 原文注六一では︑以下の条文があげられている︒ザクセン・アンハルト憲法二七条一項︑メクレンブルク・フォーアポ

   ンメルン憲法一五条四項

︵注25︶ 原文注六二では︑以下の条文があげられている︒ノルトライン・ヴェストファレン憲法七条二項︵ピエロートが本論文

   を発表した当時︵一九九四年︶は︑﹁生存の自然的基盤の保存に対する責任︵<Φ目暮司o﹁書pぴq芦﹁合o国︸①#巨σQユ雲

   忌言庄合o目ピΦぴoロωぬ日p巳旬σqoロ︶﹂が定められていたが︑二〇〇一年に︑﹁動物と生存の自然的基盤の保存に対する責任

   ︵<σ﹁m5ヨo曇ロσq芦﹃自o器§全合o国︸巴日ロぬ全o﹁ロ誉法oゲoロ汀ぴo目︒力冒目合①鳴⑦ロ︶﹂に改められている︒︶︑ザールラント憲法

   三〇条︵:・ ωO﹁ぬω①§Φ日巳﹁日伽碕①口σq日詳△Φロロ餌﹇已﹃一一⇔庁O口↑OぴΦ旨◎力ぬ﹃己口全一①ぬΦ口︶︑バイエルン憲法=二一条二項

   ︵<o﹁ρ暮司o暮ロ昌σqωひΦ司已⇔㌃o一目注﹃2巴巨已ロ創ご日笥巴﹇︶︑ラインラント・プファルツ憲法三三条︵⁝  

   <σ﹃§薯o曇目ぬ・力●oき⇔雷oぎ芦﹁宕き﹁q巳d日司oδ︑ザクセン憲法一〇一条二項︵ママ︒同条一項の国許③巨ロぬ臼6﹃己§o犀

   のことだと思われる︒︶︑ブランデンブルク憲法二八条︵合o<氏芦苔o巨嵩法﹃宕昌﹁§臼d日妻①5︑テユーリンゲン憲法二

   二条︵合o<巽芦90日目σq法﹃合⑦目§臣合①ロ冨ずoロ︒・きロ合①晦gユo︒・呂窪︒︒oげ窪巨ユ合Φd§⑦琶     また︑原文注六二ではあげられていないが︑ブレーメン憲法二六条五号にも﹁自然と環境に対する責任意識

   ︵<隅芦薯o曇ロ険o力●o≦﹂琴oりΦ巨法﹃Z§=昌亀ご§oεへの教育﹂が定められている︒

︵注26︶・原文注六三では︑以下の条文があげられている︒ノルトライン9・ヴェストファレン憲法七条二項︑バーデン・ヴュルテ

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度三じ      ︵都法四十七ー二︶ =二五

(22)

一三六

   ンベルク憲法一二条一項︑バイエルン憲法=二一条三項︵日ユ氏eoぴo巨﹁ぴ昌oユ・力o庁o昌出oぎ尊§ユ塁§ユΦ已げ︒・合oロ<σ民︶︑

   ラインラント・プファルツ憲法三三条︑ザールラント憲法三〇条︑ザクセン憲法一〇一条一項︵出Φ巨註ΦOΦ︶

︵注27︶ピエロートによる以上の分類の中であげられていないものとして︑バイエルン憲法=一二条二項﹁親切︵呂臣ぴo﹁Φ富合昼﹂︑

   ブレーメン憲法二六条四号﹁自分の民族と他の諸民族の文化生活へ参与すること︵弓亀§庁日Φ①日村巨葺ユ一〇目冨ぴo昌合①・︒

   6齢o目o昌くo民ゆωρ註埣o§画o﹁<O日旦への教育﹂をあげることができる︒

    また︑ヘッセン憲法五六条四項は︑﹁教育の目標は︑若い人間を道徳的な人格へと陶冶すること︑彼の職業上の能力と政

   治的な責任感を前もって準備すること︑畏敬と隣人愛︑尊重と寛大さ︑誠実さと正直さを通して︑民族と人類に独立して

   責任を持って奉仕することである︒﹂と定めている︒畏敬と隣人愛︑尊重と寛大さ︑誠実さと正直さは︑それ自体としても

   教育目標であるが︑それらを通して民族と人類に独立して責任を持って奉仕するというより大きな教育目標につながって

   いる︒

︵注28︶ 霊氏o貸PPOこoり白り゜Φ日㊤朝ω゜ピエロートが基本法から解釈によって教育目標を導き出せると考えていると思われること

   について︑本章第二節2一ω 規範の定立者による区別を参照︒

︵注29︶ コ氏o貸PPO°︑︒︒°雷ω゜ピエロートが依拠した学説について︑原文注六四︑六五︑六六参照︒

︵注30︶ 顕⑦﹁o汗︑PPOこQ力已朝N

︵注31︶ 国氏o貸PPOこoり゜ΦOω゜具体的な条文については︑忌ピ顕o﹁o葺PPOこ曽゜Φべ︑冒゜Φ◎︒こ昌゜$°

︵注32︶ 田20葺PPO°︑︒︒°綜N°本章第二節2一②参照︒

︵注33︶ 勺声⑦﹁o葺PPO°oり已Oω゜

︵注34︶ 田窪o葺PPOこoり已鵠゜

︵注35︶ コ雲o葺PPO°︑㊤qっOω゜具体的な条文については︑<製田o♂貸PPO°︑曽゜昌゜︑曽゜品こ穿\ω゜

三 名宛人の問題

ピエロートは︑こうした教育目標の作用について論ずるに先立って︑教育目標の名宛人が誰かについて論ずる︒彼

(23)

によれば︑﹁教育目標が︑ラントの立法者と教育当局に向けられており︑ならびに︑教育目標を教育活動の基礎とす       ︵注1︶ ることを義務づけられているところの教師に向けられていることは争いの余地がない︒﹂︒つまり︑ラントの立法者と

教育当局︑また︑教師が名宛人であることは︑間違いないというのである︒問題は︑教育目標と親との関係である︒

ピエロートも﹁⁝親も教育目標の名宛人であるのかどうか︑また︑名宛人であるとしてどの程度においてであるのか     ︵注2︶ は︑疑わしい︒﹂という︒

 それでは︑諸ラントの憲法は︑親が名宛人であるかどうかというこの問題に対してどのような答えを与えているだ

ろうか︒親に明文で義務を負わせる憲法として︵ピエロートは︑バイエルン︑ヘッセン︑ラインラント・プファルツ︑        ︵注3︶ ザールラント︑ブレーメンの憲法をあげる︒それに対して︑メクレンブルク・フォーアポンメルン︑ザクセン・アン         ハルトの憲法は︑親を教育目標への拘束づけから除外しているように思われる︑と彼はいう︒また︑バーデン・ヴユ        ︵注5︶ ルテンベルク憲法は︑その体系からすると︑国と親に同じように義務を負わせていると彼は言う︒さらに︑名宛人の

問題を未決定にしておくものとして︑ノルトライン・ヴェストファレン︑ザクセン︑ブランデンブルク︑テユーリン       ︵注6︶ ゲンの憲法がある︑とピエロートはいう︒

 ピエロートは︑親も名宛人であるのかどうかというこの問題を考察するにあたって︑今度は︑学説に目を向ける︒       ︵注7︶ 彼によれば︑学説においては︑親も原理的に教育目標に拘束づけられているという見解が存在する︒そうした見解が

論拠とするものについて︑ピエロートはこういう︒﹁私は︑これを︑親の教育権が公立学校の中に作用することがそ       ︵注8︶ れによって根拠づけられるところのものと同じ規範領域の論拠︵Zo§げ隅色合・・昌讐日o⇒⇔として解釈する︒﹂︒﹁⁝国

自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶      ︵都法四十七ー二︶ 一三七

(24)

一三八

の教育目標はすべて︑子供の教育全体にかかわるのであるが︑しかし︑子供の教育全体については︑まず第一に︑親

が責任を負うのである︒しかし︑学校外の教育の内容を定めることは︑基本法六条二項一文に基づく親の教育権に抵

触するので︑国の教育目標は親を拘束づけない︒というのは︑教育の自由は︑基本法六条二項一文の保護領域

︵000ゴ已﹇NぴO﹃⑦一6ゴ︶に含まれ︑また︑教育目標を定めることは︑基本法六条二項二文による国の監視人としての職の行        ︵注9︶ 使に含まれないからである︒﹂︒こうして︑ピエロートの議論からすると︑まず︑学校外の教育については︑親が責任を

負い︑次に︑学校の中では︑親の教育権は作用するが︑それは︑教育目標に拘束づけられているというのとは別の事

柄であるということになろう︒

︵注1︶ ﹈W昆o田68貸団﹃ばo庁⊆ロぴq︒力芦日①ぴq已邑 卑獣各已嵩︒︒目患ω富ぴ阜巽︒りoゴ己Φぎ時⑦臣⑦巨合9<o臣ωの§ぴq︒︒︒力富90≦Wドお逡

   ﹈﹈O津一べoり゜㊤Oω゜

︵注2︶ 田氏9亡PPO°︑㊤㊤Oω゜

︵注3︶ 国氏o葺PPOこo︒°雷ω゜ピエロートは︑穿゜ぺOこ昌゜﹃べこ穿\︒︒こ昌゜べ㊤゜でベバイエルン憲法一二六条一項︑ヘッセン憲法五

   五条︑ラインラント・プファルツ憲法二五条︵ピエロートは︑単に二五条をあげているが︑二五条の中でもここで問題に

   なるのは︑同条一項一文であろう︒同文は︑ピエロートの本論文公表時︵一九九四年︶以降は改正されていない︒︶︑ザー

   ルラント憲法二四条︵ピエロートは︑単に二四条をあげているが︑二四条の中でもここで問題になるのは︑同条一項一文

   であろう︒同文は︑ピエロートの本論文公表時︵一九九四年︶は︑﹁肉体的︑精神的︑心的有能さへ︑ならびに︑社会的な

  有能さへ向けての子供の教育は︑両親の最高の義務であり︑また︑自然の権利である︒﹂とされていたが︑一九九九年に

   ﹁肉体的︑精神的︑心的有能さへ︑ならびに︑社会的な有能さへ向けての子供の養育と教育は︑両親の自然の権利であり︑

  また︑優先的に両親が負う義務である︒﹂と改正された︒︶︑ブレーメン憲法二三条をあげる︒

    ラント憲法の条文に関しては︑忌ピ︿⑦目ωω巨ぬ9ユ9巳o暮ω合窪切已邑Φ゜・辰昆oおふ﹀﹇邑高⑦︵oり口巨創ピζ§おΦご︻﹂㊤Φ昌

  く巽h器ω已目ぬg9﹁ユ⑦暮o︒⇔庁g切已ロユ①ψ力辰目創①︹9巴巨①ひqΦ︵o力﹇①口△ ﹂°呂邸﹃N﹂ΦΦO°︶︑=8巳⁝<o匡①ωω賃ロ鳴g△2合o巨8ゲg

  切已づユ6ω一ぎユ⑦おΦ゜巨凋o窃口5ユ﹂°Zo<Φ日ぴ巽おΦ︒︒°︶二8㊤⁝<Φ昏゜︒ω已昌ぬg全氏口Φ巨ω合8切已目全6ψ︒一ぎ工氏\°P巨譜o窃§エH°

(25)

    告巳NOOごふ8●<σ詩゜力︒︒已昌ぬg△o﹁●o巨o︒合gじo已昌全①︒︒一ぎユΦ門◎︒°を﹄凋Φ︵oo冒PユH°プ﹃O<Φ巳ρず①﹃NOO十゜︶ふ08°

 ︵注4︶ 国氏o貸PPOこoり已切ω゜ピエロートは︑曽゜︒︒9︑謬゜︒︒Pで︑メクレンブルク・フォーアポンメルン憲法一五条四項︑ザクセ

    ン・アンハルト憲法二七条一項をあげる︒

 ︵注5︶ 国o噌o夢︑PPO°︑ψ㊤09 ピエロートは寄◆︒︒Nで︑バーデン・ヴュルテンベルク憲法一二条を参照するよう指示する︒

 ︵注6︶国氏o貸PPOこ白り゜雷ω゜﹂

 ︵注7︶ 田巽o貸PPO°︑㊤綜ω゜      ・

 ︵注8︶ 国隅o貸PPOこoりb切ふ ピエロートは本論文において︑議論を公立学校に限定していた︒四〇8葺PPO°︑白り゜綜O°本章第一

    節︵注12︶参照︒﹁規範領域﹂については︑斎ピbooユo国o﹃o日\ロo日ゴ曽△Qり6庁菅古○日巳﹁06宮⑦︒り富暮ω苫o宮目曽゜︑ロo已

 ︐  げoき⑦箒︷①︾巨こNOOμ穿H綜自 また︑ボー下・ピエロート ベルンハルト・シュリンク著 永田秀樹・松本和彦・倉田

    原志訳﹃現代ドイツ基本権﹄二〇〇一年欄外番号一九五以下参照︒

 ︵注9︶ 四〇﹁o貸PPOこ㊤㊤Oふ﹁保護領域﹂についても︑<巴ヒooユ〇四①目仔\じdo目ゴ曽△ω合巨穴○巨ロ腎Φo宮oQり声曽ω苫o宮貝曽こ

    ロo已ひoきo冨富﹀巨゜bOOO︑皆お凱は また︑ピエロート シュリンク︵注7︶翻訳書 欄外番号一九五以下参照︒

   四 規範作用

 ピエロートによれば︑﹁国の教育目標は︑直接に妥当する法であり︑また︑決して﹃法律学的に適用不可能﹄︹原文       ︵注1︶ 注九二︺ではない︒﹂︒そうだとすると︑国の教育目標は︑教育プロセスに直接に適用されることになる︒ピエロート

のこのような議論は︑教育プロセスが法から自律していないということを前提とするのだろうか︒ピエロートは︑そ

う考えているわけではない︒﹁⁝教師の投入がそれが生きるについて決定的であるところの教育プロセスの自律性が

否定されるべきではないのであるが︑しかし︑︵現実の︑あるいは︑推定上の︶事物法則性は︑ここで︵ほかのもの        ︵注2︶ であろうと︶︑法に拘束づけられていることからの免除を与えることへと行き着くことはできない︒﹂︒つまり︑ピエ

   自由な立憲国における学校の教育委託と教育尺度︵三︶       ︵都法四十七ー二︶ 二二九

参照

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