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(1)

修士学位論文

題名

  「経営理念浸透における中間管理者の役割

    一理念浸透プロセスの実証研究一」

頁   1〜44

指導教授 高尾 義明教授

平成 25年  1月

8目提出

首都大学東京大学院

社会科学研究科経営学専攻 学修番号

氏ふりがな名

11877224

わグ〆  ψク〃・ク

渡辺 雄介

(2)

論文要旨

社会科学研究科修士課程経営学専攻 学修番号11877224 氏名渡辺雄介

1.題名:

経営理念浸透における中間管理者の役割 一理念浸透プロセスの実証研究一

2.要旨:

 本稿の目的は、経営理念浸透における中間管理者の役割を明らかにすることにある。

 序章において、経営理念浸透研究の全体像を概観している。経営理念浸透研究では、

従来、組織単位の「マクロ研究」が中心であったが、理念浸透の精織化を目的として、

近年は個人を対象とした「ミクロ研究」が主流になりつつある。本稿ではミクロ研究 の中でも、中間管理者に焦点をあてて研究を行っている。中間管理者は、実務におい て組織内の結節点として重要な役割を果たしている一方、中間管理者を対象とした先 行研究は少ない。本研究により、実務と研究の溝を埋めることを目指している。

 第1章において、経営理念浸透の先行研究を概観している。第一に、企業全体を 一つの単位としたマクロレベルの研究を考察した後、ミクロレベル研究、マクロとミ

クロを統合したクロスレベル研究を議論しながら、最後に中間管理者に焦点を当てた 先行研究を深堀している。結論として、中間管理者に焦点を当てた先行研究は存在す

るものの、課題が残されており、次章以降詳しく述べていくこととする。

 第2章において、先行研究の課題と仮説を提示している。先行研究では、「マネジ ャーの能動性」や「経営理念を語る場の存在」、「咀囑、意味づけ」等について十分に 触れられておらず、これら三点の課題に対し仮説を提示している。

      <仮説1>

      経営理念浸透において、被観察者(上司)と観察者(部下)で

      議論、伝承される「場」が存在し理念浸透に何らかの影響を与えている。

      <仮説2>

      上司(中間管理者)の部下に対する能動的な働きかけが、組織や個人に       おける経営理念浸透に何らかの影響を与えている。

      <仮説3>

      経営層(トップ)が策定した経営理念を中間管理者(ミドルマネジャー)

      が「咀曙」「意味づけ」して伝えることが、経営理念浸透に何らかの影       饗を与えている。

 以上の仮説に対し、次章以降で検証を試みている。

(3)

 第3章において、外資系生命保険金杜であるA杜のマネジャー(4名)に対する 探索的インタビューを実施している。質問項目として設定した ①理念が腋に落ちた 経験 ②理念を含めた部下の人材育成 ③マネジャーとしてのあるべき姿 につい て、質的データ分析手法である「SCAT(StepsforCoaingandTheorization)」を用 いて分析している。

 その結果、以下三点が分析結果として導出された。 1)経営理念を再考・議論・

伝承する「場」め重要性 2)上司による能動的なコミュニケーションの重要性 3)経営理念の咀曙や意味づけの重要性 の三点である。

 とくに、1)と2)は先行研究では十分に触れられてこなかった点であり、本研究 の成果であるとともに、先述の仮説が支持されたことになる。

 終章では、議論を要約し、本研究の含意を提示している。

 第一の含意として下、マネジャーに共通する因子をMintzberg(2009)の「有能な マネジャーに求められる資質」と照合することで、『献身的姿勢』『洞察力』『賢明さ』

『人々を鼓舞する力』などの共通因子が導出され、分析結果とあわせて新たな知見が 得られた。

 第二の含意として、本研究の課題が三点導出された。 1)1社のみ4名のインタ ヒューイという僅少さ 2)MBA取得者中心というマネジャーのレベルの高さ(一般 化の困難さ)3)インタヒューイをマネジャーのみに限定しており、フォロワーを対 象外とした点 の三点である。今後は、これらの課題を踏まえた継続調査を実施する ことで、経営理念浸透における中間管理者の役割を精織化していくことに触れ、結語

としている。

以上

(4)

経営理念浸透における中間管理者の役割  一理念浸透プロセスの実証研究一

社会科学研究科修士課程経営学専攻        学修番号11877224          氏名渡辺雄介 序文

 経営理念は、企業の社会的存在意義を表明するものとして、従来から多くの経営 者に重視されてきた(高尾・王,2012)。近年、企業不祥事の増加などによって、

企業の存在意義を表明するものとして経営理念に再び注目が集まっている

(高尾・王,2012)。

 経営理念の機能においては、「対外的機能」と「対内的機能」がある。

 第一の対外的機能とは、上述の社会的存在意義を社外に広める機能を指す。

 第二の対内的機能とは、理念の存在により企業が一枚岩となり、成員の結束を強め る機能を指す。私は、本稿において理念の対内的機能に着目しながら、理念浸透プロ セスにおける中間管理者が果たす役割を明らかにしたいと考える。

 中間管理者は実務・学術両面において、組織内での「ハブ」や「結節点」としての 役割が期待されている。しかし、理念浸透における中間管理者の機能を論じた研究は 少ない。本研究において、中間管理者の役割を明らかにしたい所以がここにある。

 本修士論文を完成するにあたり、多くの方々のお世話になった。この場を借りて、

御礼申し上げたい。

 第一に、大学院の恩師である高尾先生に感謝申し上げたい。先生は日本国内におけ る経営理念研究の第一人者である。理念研究において深い知見を有しており、研究を 進めるにあたり、多くの有難い助言を頂戴した。加えて、先生の著書r経営理念の 浸透一アイデンティティ・プロセスからの実証分析」は、研究を進めていくうえ で羅針盤のような存在であった。改めて御礼申し上げたい。

 第二に、インタビューに協力いただいた4名のマネジャーに御礼申し上げたい。

自身の経験やマネジメントの果たすべき役割について、余すことなく助言いただいた。

従来あまり触れられてこなかった理念浸透における中間管理者の役割を探求できた のは、4名の方々のインタピュトあってこそである。御礼申し上げたい。

 最後に、家族に対し感謝したい。妻里美は、大学院入学前から入学後の3年に渡り、

陰で私を支えてくれた。仕事をしながらの研究は予想以上に厳しいもあであったが、

何とか乗り越えられたのも、妻のお陰である。ここに改めて心から感謝したい。

(5)

目次

序文

序章 経営理念浸透における中間管理者の役割探求に向けて 1間題め背景

 1.1経営理念の重要性「実務的側面と学術的側面」

 1.2経営理念浸透における中間管理者の重要性  1.3研究課題

2 本稿の構成

第1章 先行研究の概観 1経営理念浸透研究の全体像

2マクロレベルの研究 r機能主義的組織文化論からの研究アプローチ」

 2.1経営理念の有無や内容と組織パフォーマンスの関係  2.2経営理念の浸透と組織パフォーマンスの関係

3 ミクロレベルの研究 「個人の能動的主体性を強調した研究アプローチ」

4 クロスレベルの研究 「組織視点と個人視点の統合研究アプローチ」

5 中間管理者に焦点を当てた研究

 1.1理念浸透における中間管理者と組織文化の役割(田中,2010)

 1.2経営における理念(原理・原則),経騨,物語,議論(金井,1997)

 1.3 コープこうべにおける「愛と協同」の理念の浸透(金井・松岡・藤本,1997)

6 小括

第2章 先行研究の課題と仮説の提示 1先行研究の課題

2 仮説の提示 3 小括

第3章 経営理念浸透プロセスの実証研究

1事例研究 一外資系生命保険金杜A杜の事例研究一  1.1調査対象組織の選択

 1.2調査の概要

    1)調査方法の選択(半構造化面接法)

    2)インタビューガイドラインの設定 2 調査の結果

(6)

 2.1インタビュー結果

 2.2インタビュー分析と仮説検証 3 小括

結章  結論と今後の展開

1要約と結論

2 本研究における含意 3 課題と今後の展開 4 結語

付録 参考文献

(7)

      序章

経営理念浸透における中間管理者の役割探求に向けて

 本稿の目的は、経営理念浸透における中間管理者の役割を明らかにすることにある。

理念浸透研究は、従来組織単位でのマクロ研究が中心であったが、近年は個人に焦点 をあてたミクロ研究が主流になっている。個人に視点を移すことで、浸透プロセスや 浸透とパフォーマンスの相関関係を丁寧に考察することができる。それらミクロ研究 の中でも、とりわけ組織内における「重要な他者」(上司、同僚、部下)が社員個人 や組織への理念浸透に及ぼす影響が考察されてきた。しかし、重要な他者の中で、

中間管理者に焦点をあてた研究は少ない。実務において大きな役割を果たしている 中間管理者が、理念浸透においてどのような役割を果たしているのか。本研究で明ら かにしたい。

1.問題の背景

 中間管理者は実務上において期待される役割が大きい。組織内の結節点として 大きな役割を期待される中間管理者だが、経営理念浸透の研究領域では、中間管理者 に焦点を当てた研究が少ない。本項では、なぜ中間管理者に焦点を当てた研究を行う べきであるか、を明らかにしたい。

 1.1経営理念の重要性(実務的側面・学術的側面)

 経営理念は、企業の社会的存在意義を表明する手段として欠かすことができない ものである(高尾・王,2012)。

 ここで、経営理念を実務的側面と学術的側面から概観したい。

 第一の実務的側面であるが、前述のとおり経営理念は対外および対内的機能して 欠かすことができない。現に、東証一部上場企業の4分の3以上が理念を掲げ、

ホームページ等で公開している(高尾,2009)ことからも、理念が一般的に普及して いることが推察される。

 一方、第二の学術的側面については、実務的側面とは異なる。理念浸透研究は徐々 に進んでいるものの、研究蓄積はいまだ少ないのが実情である。

 理由としては、経営理念は価値的側面が強く、客観的根拠に基づく研究方法が確立 されていない(高尾,2009)からである。何を持って理念が浸透したといえるのか。

また、理念浸透による成果(パフォーマンス)をどのように測定するか、等の客観的 根拠に基づく研究方法が確立されていない。

 このように、実務において経営理念の存在は企業の根幹に関わるものであり、企業 が長期的に存続・成長するためには、理念の組織内浸透が必要不可欠であるのに対し、

(8)

研究面では、いまだ十分な蓄積がなされていない。これら双方の溝を埋めていくこと が必要であり、本研究が貢献できれば幸いである。

 1.2経営理念浸透における中間管理者の重要性

 これまで述べてきたように、中間管理者に焦点をあてた研究は少ないものの、実情 では重要な役割を果たしている。ここで実務における中間管理者の重要性を再考する。

 中間管理者は、実務において「ハブ」および「結節点」としての重要な機能を持つ。

 第一に、金井(1997)は、ミドルの結節点としての機能を述べている。階層上の 組織の中には、トップからアッパ』ミドル、ミドル、ロワーミドル、一般成員に至る モデリングの連鎖が少なかれ存在(金井,1997)し、ミドルは、そのなかでトップと 一般成員を結ぶ結節点となっている、と述べている。

 第二に、野中・竹内(1996)は、ミドルの戦略的「結節点」もしくは、ナレッジ・

エンジニアとしての機能を述べている。トップは全社レベルの理想(理念)・

ビジョン・戦略を掲げ、実行部隊に権限を委譲する。権限委譲された実行部隊の ミドルは、トップのビジョン(理想)と成員が直面する現実をつなぐ「架け橋」と して機能する。つまり、ミドルは、繋ぎ目ないしハブ機能として、「こうあるべきと の理想」と「こうであるという現実」を仲介する機能を果たしている。

 第三に、Mintzbe㎎(2009)は、ミドルの非公式権限の大きさや変革の起点となる 機能を述べている。ミドルは、多くのリッチな情報や専門知識を有することで、

rシニアマネジャーよりはるかに社内の非公式な人間関係を活用する能力に長けて おり、大規模で長続きする変革を起こすカをもつ(Mintzberg,2009)と述べている。

 以上、中間管理者は実務上、組織において大きな影響力と非公式な権限を有して おり、個人や組織に与える影響は甚大である一方、彼らの理念浸透における機能を 論じた研究は少ない。本研究で中間管理者の役割を実証研究により探求することで、

実務・理論それぞれに対して、新たな貢献ができればと考える。

 1.3研究課題

.本研究では、外資系生命保険金杜であるA杜に勤務する4名のマネジャーに 対する探索的インタビューを行う。インタビュー対象の4名は、いずれもA杜を 代表する優秀なマネジャーである。日頃彼らがどのような場面でどのような方法を用

いて理念浸透を図っているか、という理念浸透プロセスを明らかにしたい。

 これら実証研究により、経営理念浸透研究の実情と研究との乖離を埋め、実務で 重要な役割を果たす中間管理者の役割を明らかにしていきたいと考える。

(9)

2.本稿の構成

 本稿は3部構成である。第1章では、理念浸透の先行研究について触れたうえで、

第2章で先行研究の限界と仮説の提示を行いながら、第3章で実証研究の結果と含意、

問題点を明らかにし、終章で本研究の総括を行う。

 「第1章:先行研究の概観」では、従来の経営理念に関するアプローチの特徴と問題点 について検討する。具体的に、従来主流であったマクロレベルの理念浸透研究の特徴と 限界を考察したのち、最近の研究主流であるミクロレベル研究の特徴よび意義、有効性に ついて述べる。

 「第2章:先行研究の課題と仮説の提示」では、中間管理者に焦点を当てた先行研究を 紹介し、既存研究の限界について検討する。そのうえで、仮説の提示を行う。

 「第3章:経営理念浸透プロセスの実証研究」では、第1章の理論的知見を踏まえ、

実証調査の結果を論じる。具体的には、外資系生命保険金杜であるA杜の中間管理者に 対する実証研究で得られたインタビュー結果に基づき、理念浸透の構成次元の検討を行う。

 「終章:結語と今後の展開」では、第3章の実証研究でえられた知見や問題点と先行 研究の対比をつうじて導出された含意、限界についての検討を行う。

(10)

   第1章

先行研究の概観

 本章では、これまで進められてきた経営理念浸透研究を概観する。

 具体的には、以下の流れで議論を進めていく。第一に、企業全体を一つの単位とした マクロレベルの研究を考察する。企業理念の有無と企業実績の関係性や、理念浸透方法と 組織パフォーマンスの関係を論じた取り組みを考察する。第二に、マクロレベル研究の 限界や問題点を指摘したうえで、最近主流になりつつあるミクロレベル研究を考察して いく。最後に、マクロとミクロの視点を統合したアプローチ研究を議論した後、

中間管理者に焦点を当てた研究を深堀していく。

1.経営理念浸透研究の全体像

 経営理念浸透研究の全体像としては、経営理念の存在そのものや有効性を認め、

理念をポジティブなものとして捉える視点と、理念の有効性には懐疑的である ネガティブな視点が存在する。

 第一に、ポジティブな考えについて、国内と海外の視点から論じたい。

 まずは、国内の視点である。国内の理念研究を大別した場合、以下の三点に分け られる。これらの三点については、次項で詳述するため、概略のみ述べる。

 一点目は、マクロレベルにおける機能主義的組織文化論の研究である。これは、

経営理念の有無と組織パフォーマンスの関係を論じた研究(久保・広田・宮島,1997:

飛田,2010:小田・三橋,2010:王,2010)や、経営理念の浸透と組織パフォーマン スの関係を論じた研究(野林・浅川,2001:北居・松田,2004:中島,2005)などが 挙げられる。

 二点目は、ミクロレベルにおける個人の能動的主体性を論じた研究(金井,1997:

金井・松岡・藤本,1997:北居,1999)などである。

 三点目は、第一のマクロと第二のミクロを融合したクロスレベルにおける研究で あり、組織視点と個人視点の統合研究アプローチ(高尾・王,2011:高尾・王,2012)

などが挙げられる。

 次に、海外の視点である。海外では、経営理念を機能的側面から捉えた研究が多い。

Co11ins ana Porras(1994)は、時代を超えて尊敬されている企業と一般的な企業の 最も大きな違いは、優秀な経営陣の継繍生が保たれることで、企業の経営理念が維持

されている点にあると述べている。また、O Re皿y anaPher拙er(2000)も好業績企業 の事例研究から、経営理念と価値観の共有が平凡な人材を非凡な人材(高付加価値 人材)へと高め、企業を成功に導く秘密の一つであることを述べている。

 このように、視点がやや異なるものの、国内・海外において理念そのものを ポジティブなものとして捉える研究がある。

(11)

 第二に、理念に対するネガティブな視点の研究について述べる。

 一点目として、経営戦略論の第一人者であるマイケル・ポーターの考えがある。

ボータ』は「よい事例もあるけれど、多くの経営理念は役に立たない。競争的成功 まで導かない単なる暖かい輝きに過ぎない」(虹gyres and McGahan,2002)と 述べている。

 二点目として、経営理念が制定されても社長室の飾り物になっているといった理念 の形式化・形骸化への指摘(田中,2006)や、従業員による理念の無知、理念と実務 間の葛藤、理念を体験できる経験が僅少であるという問題点(松岡,1997)も挙げら れている。

 以上、理念の存在をポジティブに捉えるだけでなく、ネガティブに捉える視点も 存在するなど、多面的な視点から理念浸透研究が進められている。次項ではその中で

もポジティブな視点を中心に詳述する。

2.マクロレベルの研究 r機能主義的組織文化論からの研究アプローチ」

 本項では、経営理念をポジティブなものとして捉える視点の中から、先述した三点 の研究を紹介する。まずは、マクロレベルの研究を述べる。マクロレベルの研究は、

さらに大きく分けて二点に大別される。第デは、経営理念の有無や内容と組織パフォ ーマンスの関係を論じたものであり、第二は、経営理念の浸透と組織パフォーマンス の関係を論じたものである。

 1.1経営理念の有無や内容と組織パフォーマンスの関係

本項では、経営理念の有無や内容が組織パフォーマンスにどのような影響を及ぼし ているかを考察した研究を紹介する。

 第一の久保・広田・宮島(2005)は、経営理念をもつ企業ともたない企業では、

組織パフォーマンスである総資産営業利益率(ROA)と従業員1人あたり賃金の 水準にどのような違いがもたらされるのか、という点を研究しており、経営理念を

もつ企業のほうが、ROAおよび1人あたりの賃金が高いという結果を述べている。

 第二の飛田(2010)は、上場企業に対する質問紙調査を用いた理念と

パフォーマンスの関係を論じており、回答企業をr経営理念なし」r株主重視」r従業 員重視」r株主重視と従業員重視の両方を含む」の四つにグルーピングしながら、

総資産経常利益率(ROA)を比較している。

 第三の小田・三橋(2010)は、テキスト・マイニングを用いた手法により、理念 の内容とパフォーマンスの関係について論じている。結果として、従業員に対する 心構え・あるべき姿を示している経営理念をもつ企業グループ群が、他の2つの

グループ(①社会貢献・社会奉仕を訴える経営理念をもつ企業グループ群/②世界へ の視点をもち、活動を広げようとする経営理念をもつ企業グノレープ群)よりも高い

(12)

パフォーマンスを上げていたことを示している。

 第四の王(2010)は、経営理念との関係性を、非財務パフォーマンス関連の指標 からも言及している。企業群を①企業は誰のためのものか ②企業は何をすべき か ③企業はどのように実行すべきか、という3つのカテゴリーに分け、それぞれ a)収益性指標(総資産営業利益率(ROA)、株主資本当期利益率(ROE)、売上高 営業利益率等を総合的に含めた指標)b)人材活用評価指標 c)CSR環境評価との 関係性を考察している。

 以上述べた四点の研究では、経営理念の有無や内容と組織パフォーマンス(財務、

人的)との間に何らかの関係性があることが示されている一方で、理念制定の前後 比較が示されていない点や、「逆の因果関係」および「擬似相関」の可能性がある ことから、双方の関係性を明らかにするには限界がある。経営理念とパフォーマンス の関係性を精緻化するためには、組織および従業員への理念浸透が組織パフォーマン スにどのような影響を与えているか、という視点から理念の浸透に着目することが 必要である。

 1.2経営理念の浸透と組織パフォーマンスの関係

 本項では、前項の指摘を踏まえ、経営理念浸透と組織パフォーマンスを論じた研究 を紹介する。

 第一の研究である野林・浅川(2001)は、理念を浸透させるための施策(明示、

理念教育研究、象徴、インナープロモーション)が浸透度(作品、制度化、マネジ メント、システム化)にどのように影響を与えるかという点について、経営理念を 掲げている企業220社に対する質問紙調査により分析している。(220社のうち、

有効票を獲得できたのは63社(有効回答率28.6%))。その結果、理念浸透度を上げ るための経営理念浸透策の効用は、目的により異なることがわかっている。例えば、

理念を体現した「マネジメント」「作品」を成功させるためには、「明示」や「理念 教育研修」が有効である一方、r人事制度」を成功させるためには、rビジュアルでの 象徴」「人・ソフトでの象徴」や「インナーブロモ』ション」が有効であるなど、

目的の違いにより浸透策の有効性が異なる点を取り上げている。

 第二の研究である北居・松岡(2004)は、2001年時点の全上場合杜および資本金 10億円以上の未上場企業を対象に質問紙調査を行い、526社から回答を得た。

その結果、「新人教育・研修での理念浸透の植付け」や「社長の率先した現場指導」

などの理念浸透策が、組織活性化やモチベーションなどの人的資源成果と有意な関係 があることがわかった。しかし前述のように、機能面からは一歩踏み込んだ研究で ある一方で、理念浸透方法を多く採用すれば、自然と理念が浸透するというような 仮定を置いている点に課題が残されている。

 第三の中島(2005)は、ディズニー・フィロンフィーとして理念浸透が進んで

(13)

いる東京ディズニーリゾートにおける理念浸透プロセスについて考察している。

具体的には、従来の経営理念研究ではブラックボックスであった理念浸透プロセスを 明らかにすべく、オリエンタルランドの二代目CEOの文献レビューやアルバイトヘ のインタビューを行い、以下の三点が理念浸透に効果的であることを示している。

①「明示」と「象徴」(ディズニーユニバーシティにおける理念教育研修)②「習慣 化」から「具体化」へ(ゲスト・サービス・ガイドラインカードやトップによる MBWA(Management By Wa1k虹。und)③r具体化」から「定着化」へ(中間管理 者であるスーパーバイザーによるミドルアップダウン経営や、様々なインナープロモ ーション)これらが効果的であることを示している。しかし、本研究の限界として、

r暗黙知の浸透」の難しさが挙げられる(中島,2005)。マニュアル化された形式知 はインナープロモーションなどで浸透が可能な一方、暗黙知を形式知化するのは容易 ではなく、浸透の難しさが本研究では述べられている。

 以上、マクロレベル研究を二つの視点から紹介してきた。これらは、いずれも理念 研究の初期段階では主流であったものの、組織内の個人がどのように理念を取り入れ、

体現するか、といった個人の視点が少なからず欠けている点に課題が残されている。

組織内に理念を浸透させるうえでは、組織成員の理念浸透プロセスをミクロレベノレで 精緻に観察する必要があり、これらの課題を踏まえ、次項では個人の視座に立脚した

ミクロレベルの理念浸透研究を取り上げる。

3.ミクロレベルの研究 「個人の能動的主体性を強調した研究アプローチ」

 前項までは、マクロレベルの機能主義的アプローチに基づく研究をレビューしたが、

本項においては、より個人の主体的アプローチに立脚した理念浸透研究について紹介

する。

 第一に、金井(1997)は観察学習モデルによる理念浸透プロセスを提示している。

これは、Bandura(1977)の社会的学習理論を理念浸透に適用したものであり、個人は 自分自身の直接経験だけではなく、他人の行動や結果などの間接経験からも学習が 可能であることを述べている。たとえば、熱いやかんに触れてはいけないことを学ぶ のに、直接経験である「やかんに直に触れる」という行為からしか学べないとすれば、

学習範囲が狭められるだけでなく、全員が皆満身創疾になってしまう(金井,1997)。

しかし、我々は他人の行動や結果という観察によっても学習可能であり、学習範囲を 広げることができる。これらのように、組織成員が経営トップやミドルマネジャーの 行動を一種のモデルとして観察し、要約ラベルとして機能する印象深いエピソードや 物語を手がかりに、経営理念の抽象的な文言や表現を具体的行動レベルに解釈してい く浸透レベルが示されている。本研究では、r強い文化論」に依拠した機能主義的ア プローチでは示されなかった個人の主体的かつ能動的な理念への関わりが述べられ ている点に新規性がある一方、観察モデルの主体(対象)である経営トップやミドル

(14)

マネジャーが常に正しい行動をとるという大前提がある点に課題が残されている。

 第二の金井・松岡・藤本(1997)は、理念を巡る個人間の矛盾やギャップが存在 する中で、個人の経験や相互作用を通した意味生成モデルについて提示している。

この研究では、組織文化論(強い文化)、観察学習モデルの限界を超えるものとして、

議論ができる内省的実践家の相互接触を通じた意味生成こそが、理念浸透において 重要である(金井・松岡・藤本,1997)と述べている。実践できかつその背景にある 意味やコツ(観察学習における要約ラベル)を語れる人物をMITのドン・ショーン は「内省的実践家(re且ective practitioner)」と呼んだが、金井はこのモデルを通じ たピア・ディスカッションモデルを展開している。つまり、内省できる実践家どうし が地位や専門領域にとらわれずに同輩(ピア)として議論すれば、理念のような曖昧 模糊としたものにも、具体的な意義を見出すことができるのではないか、と本研究で は主張されている。

 第三の研究として北居(1999)の理念浸透の読者論が挙げられる。ここでは、

従来の研究のように理念はその作者である創業者や経営者から一方的に下位者に 伝えられるものではなく、理念の読者たる組織成員により主体的に理解されるもので

あると述べている。

 以上、ミクロレベルである個人の能動的主体性に基づくアプローチ研究を概観して きた。これらの研究は、前項の強い組織文化論に依拠した機能主義的アプローチとの 融合やそれらを乗り越えるものとして位置づけられているのではなく、マクロレベノレ の議論を前提としつつ、そこで触れられていなかった成員のミクロレベルの浸透

プロセスについて、個人の能動性をカロえた補完的な位置づけにある(高尾・王,2012)。

4.クロスレベルの研究 「組織視点と個人視点の統合アプローチ」

 前項までは、マクロレベルの機能主義的アプローチとそこで議論されてこなかった ミクロレベルの個人の能動的主体性に基づくアプローチについて触れてきた。本項で は、組織文化論的なアプローチを応用しつつ、個人の主体性をそこに上乗せするよう な新しい試みである、双方の視点.を融合させたアプローチ研究を議論したい。

 第一の北居・田中(2009)は、理念浸透におけるr内面化・定着化」という 新しい浸透プロセスを考察している。従来の研究では組織内にどのように理念が浸透

していくのかについての議論がブラックボックスに包まれていると言及したうえで、

r自分なりの意味に気がつくこと、意味が腋に落ちる」ことを内面化と位置づけ、

rマネジメント・作品・人事制度に理念が反映されていること」を定着化と位置づけ

ている。

 第二の高尾・王(2011)は組織ルーティン論に依拠した理念浸透プロセスを提示 している。組織ルーティンには、顕示的(ostensive)側面と遂行的(pe曲rmative)

側面という二面性が含まれる。顕示的側面とは、理念の文言から読み取られた行動

(15)

指針や行動パターンのことで、遂行的側面とは具体的な行動や意思決定への反映に つながる部分と定義されている。本研究では、理念浸透の3次元として「共感」

r行動への反映」r深い理解」という理念浸透の3次元構造が導出され、組織成員の 情緒的コミットメントや上司の経営理念に対する姿勢が理念浸透に与える影響が 明らかとなっている。

 第三の高尾・王(2012)は、これまでの研究課題を踏まえ、組織視点と個人視点 の統合アプローチをもっとも精緻に研究している。本研究では、組織コンテクストに おけるアイデンティティ理論に依拠した新しいアプローチを用いている。組織コンテ クストにおけるアイデンティティ理論とは、ミクロ系の社会的アイデンティティ理論 や自己カテゴリー化理論、マクロ系の組織アイデンティティ概念(刈bert and Whetten,1985)の発展に基づく理論である。これらの理論に依拠しながら、5社の

大規模なアンケート調査を行うことで、新たな視点を導出している。

本研究成果としては、以下三点が挙げられる。

 一点目は、理念浸透を新たな視点で捉え直している点である。理念浸透の次元を r認知的理解」r情動的共感」r行動的関与」の3次元と仮定し、5社のデータを 用いた検証を試みている。

 二点目は、他者の理念浸透との関係性における、接触頻度が多い上司の役割の重要 性や、経営トップからのカスケード式浸透策の重要性について言及している点である。

 三点目は、理念の組織市民行動との関係性や革新志向と職務関与に及ぼす影響に ついても体系化するなど、従来の枠組みにとらわれない多様な視点で理念浸透プロセ スを考察している点である。

 本研究により、マクロ・ミクロ視点の統合アプローチがより精緻なものとして考察

された。

以上、先行研究を三点に分けて概観してきたが、次項では、これら先行研究の中で も、本稿の課題であるr中間管理者」に焦点を当てた研究を深堀することとする。

5.中間管理者に焦点を当てた研究

 前項までは、マクロレベル、ミクロレベル、マクロ・ミクロを統合したクロス レベルの視点からそれぞれ先行研究を概観してきた。ここからは理念浸透における 中間管理者の役割を論じた研究を三点紹介する。

 具体的研究のレビューを行う前に、経営理念浸透において上司(特に中間管理者)

が果たす役割の重要性について論じた研究を第二に議論したい。

 高尾・王(2012)は、理念浸透において上司の役割が重要である理由として 以下の三点を述べている。

 第一は、経営理念の内容自体は、抽象的なものが多いため、部下の理念的カテゴリ ーへの理解は、上司の再解釈を通して行われることが一般的であることを述べている。

(16)

企業経営者により策定された経営理念は、上司の再解釈を経て部下に伝わることが 多く、ミドルなどの上司は組織全体に正の連鎖を引き起こすためのパイプ役として 重要な役割を果たしている。

 第二は、ミドルは一般成員との接触頻度が多く、同じ職場の同僚、他部署に所属 する社員などと比較しても、成員に与える影響が大きいと述べている。

その結果、下記三点の含意が述べられている。

 一点目は、上司の理念浸透と部下の理念浸透には正の相関があるという点である。

研究結果として、部下の理念浸透の3次元(理念への情緒的共感、理念内容の認知的 理解、理念を反映する行動的関与)と上司の理念浸透が正の相関関係にあり(高尾・

王,2012)、上司が理念を大切にしているかどうかが、部下の理念浸透に大きな影響 を及ぼしていることが考察された。

 二点目は、経営者の理念浸透と部下の浸透間には、予想以上に相関が薄い(不安定 である)という点である。これは、接触頻度に起因する可能性が高く、組織的な理念 浸透には最上位からのカスケード式(滝が流れるような)浸透策が効果的であること が示唆された。加えて、上位からの連鎖的な浸透には、経営と成員を結びつける

「結節点」としての中間管理者の重要性が暗示的に示されている。

 三点目は、上司と部下の互いの交互作用についてである。理念を理解し自身に取り 込む際は、自身だけでなく他者の目を通した理解がなされ(Coo1eX1964/1902)、

個人の内面に存在する「心理的なオーディエンス」が個人の社会行動、判断や経験に 強い影響を与える(Shah,2003)。

 以上、経営理念浸透においては、組織内の「重要な他者」が大きな影響を与えて おり、中でも中間管理者の果たす機能は大きいことが示唆される。

これらを踏まえ、ここからは中間管理者に焦点を当てた具体的な研究を三点概観する。

 1.1理念浸透における中間管理者と組織文化の役割.(目ヨ中,2010)

 第一の研究である田中(2010)は、ローランド株式会杜の中間管理者4名に 対する探索的インタビューを通じて、理念浸透に果たす中間管理者の役割を考察して いる。田中は、先行研究の不足点として、r個人が質的にどのように変化すれば理念 浸透が進み、それがどのような文脈・背景のもとに、その後いかに継承されていくの かといった、理念が浸透していくダイナミックスが明らかにされていない」点を述べ ており、E趾son,E.E(1950)が唱えた「世代継承性(generativity)」の理論を用いて、

組織内の理念浸透を考察している。

 田中による個人の理念浸透・共有モデルを図1.に記す。田中は本研究で3つの 含意を示唆している。一点目は、理念の浸透レベルの違いを生み出すものは、管理者

の質であるという点。二点目は、理念の内容により部門に応じた理念浸透の差異が あるという点。三点目は、自覚を生み出す組織創りの必要性という点である。

(17)

特に三点目については、山を乗り越えた経験をすることが、理念への理解や部下対応 に影響を及ぼす。このように、中間管理者が自身の経験を通じて深めた理念への理解 を、「コミュニケーション・言い伝え」や「仕組み作り」(図2.)などにより組織に 伝播させ、世代継承性を高めていくるという前提に立ち、経営理念浸透における中間 管理者の重要性を触れている。

図1.個人の理念浸透・共有モデル(田中,2010)

新人

管理音

理念に共鳴して入社

転機とな る経験

鳥七越え、{聡

仕事で④行き詰まり・達成感

気づ差、オ映引ナ

理念の理解

理念浸通方法・コミュニケージ言ン・言い伝え・仕組み作り

]靭b・...㎞権立

理念の深化

(出典)田中(2010),P−49より

図2.管理者がとっている理念浸透方法(田中,2010)

理念浸透方法 コミ一ニケーション.言い傍え 仕組馴榊

(男性社員1接点を多く持つ)

(女性社員:言葉かげ)

状況 平常時 緊急時・問呈離生時

管理者の意識 上司カちΦ傍承 一人でできることの限

巨的(望まれる部下 意識向上・行動規範の徹底 実感・参画意識一望ま

④状態) しい言動

(出典)田中(2010),R49より

(18)

 1.2経営における理念(原理・原則),経験,物語,議論(金井,1997)

 第二の研究である金井(1997)は、組織内の理念浸透における中間管理者の重要 性に触れている。金井は、Bandura(1977)の社会的学習理論を理念浸透に応用した

「観察学習モデル」を構築し、四点のプロセスモデルを用いている。(図3.)プロセ スモデルとは、「注意過程」「保持過程」「行動再生過程」「モチベーション過程」で ある。第一のr注意過程」とは、観察学習者が示範事象(mOde1edeVentS)を捉える 過程のことを指す。例えば、管理者の際立った行動や感情的誘意性(魅力)に観察学 習者である部下が刺激を受け、観察対象として注意を向ける。第二の「保持過程」

とは、被観察者である人物の思考や行動を原理原則を含む「要約ラベル」として捉え、

自身に取り込むプロセスを指す。この際、言語化された表現だけでなく、見本行動の 実演により単なる模倣ではなく、原理原則を(ルール)が観察学習を通じて、コード 化された知識として観察者の中に保有されるようになる。第三のr行動再生過程」と は、自身内に知識・認知として取り込み、ぼんやりと保持されたものを行動に移すプ ロセスである。頭の中の要約ラベルを行動に移す。このときに重要なのが、行動に対 する他者からのフィードバックである。これにより、再生反応の精度が高まり、認知 を行動に移す精度やスピードが高まるのである。第四は「モチベーション過程」であ る。ここでは、他者の行動に対する信賞必罰を代理経験することで、学習効果を高め る。つまり代理強化(ViCariouSreinforCement)が起こる。自分が直接的に経験した ことやその帰結を通してだけでなく、他者が経験したこととその帰結を観察すること によっても、モチベーションが生じる。このように、正や負の強化行動を観察する ことでr社会的学習」を行っているのである。

 以上の観察学習モデルの中でも、組織内におけるトップーアッパーミドルーミドノレ ーロワーモデルー一般成員間の連鎖関係とその中における結節点としてのミドルの 重要性が触れられている。

(19)

図3.社会的学習理論における観察学習の過程(Bandura,1977)

注意過程 モデリング刺激

際立った特徴 感情的誘意一性 複雑さ 伝播

機能的個直 観察者の特質

感覚能力 覚醒水準 知覚的構え 強化の歴史

示範事象

保持過程 運動再生過程 動機つげ過程「

1 象徴的コーディング 身体能力 外的強化 認知的体制化 成分反応の利用し 代理強化

象徴的ツ、一サル やすさ 自己強化

運動リハーサル 再生反応の自己観

正確さのフィード バック

      一致反応の遂行

(出典)Banaura(1977),P,23:訳26ぺ一ジより

 1.3 コープこうべにおける「愛と協同」.の理念の浸透(金井・松岡・藤本,1997)

 第三の研究である金井・松岡・藤本(1997)は、従来の「強い文化」モデルや

「観察学習」モデルの限界を乗り越えるものとして、「意味生成」モデルが理念浸透 に効果があることを述べている。業務知識や経験などの暗黙知を十分に有する企業人 が常に自分のやっていることを語れるとは限らない。ここでは、実践もできるが、

それを背景にある意味やコツを論理的に説明できる「内省的実践家」(Schon,1983)

どうしが、地位や専門を越えて自由に議論する(ピア・ディスカッション)ことで、

理念という曖昧模糊としたものにも具体的な意義を見出すことができると述べて

いる。

 以上、先行研究の中でも中間管理者に焦点をあてた研究を紹介してきた。これらの 研究では、従来の研究では十分に述べられてこなかった理傘浸透における中間管理者 の役割や機能に触れながら、r世代継承性」やr観察学習」、r意味生成」モデルなど を用いて、理念浸透の精緻化を図っているものの、課題や限界も残されている。

それらについては、次章以降で詳しく述べていく。

6.小括

 本章では、経営理念浸透研究を三点にわけ概観した。第一に、マクロ視点による

「機能主義的組織文化論からの研究アプローチ」の観点から説明した。理念の存在の 有無や組織全体の理念浸透がパフォーマンスとどのような関係性があるかを説明し

(20)

た。第二に、ミクロ視点による陥入の能動的主体性を強調したアプローチ」を説明 した。これはマクロレベルの議論を前提としつつ、十分に触れられていなかった成員 のミクロレベルの浸透プロセスに焦点を当てたものである。第三に、ミクロ・マクロ 両面に視点を当てた「組織視点と個人視点の統合研究アプローチ」を説明した。これ ら三点を概観したうえで、本稿の研究課題である中間管理者に焦点を当てた研究の 詳細と特徴を説明した。結論として、中間管理者に焦点を当てた研究は少なからず存 在するものの、実情に即した役割が十分述べられておらず、課題が残されている。

これら先行研究を踏まえながら、課題を次章以降で詳しく述べる。

(21)

       第2章

先行研究の課題と仮説の提示

 本章では、前章で説明した経営理念浸透の先行研究に関する課題を明らかにしたうえで、

本研究における仮説を提示する。具体的には、先行研究の中で中間管理者に焦点を当てた 研究では十分に触れられてこなカニった「マネジャーの能動性」や「理念を語る場の存在」

について課題を提示しながら、課題に対する仮説の提示を提示する。

1.先行研究の課題

 前章において、経営理念浸透における中間管理者に焦点をあてた先行研究を議論 してきたが、これらの研究では十分に触れられていない課題が三点ある。

 第一は、理念浸透が促進される「場」の存在について積極的に議論されていない点 である。観察学習モデルにおいては、観察学習が行われる場が自然発生的に生成され、

その中で学習が自然に行われるという前提に立っている。しかし、実情では、組織内 で働く従業員の性別、年齢、経験は様々であり、彼ら(彼女ら)は日々の仕割こ忙殺 されている。そのような環境下で理念の浸透を図るためには、日々の作業から一旦 離れ、議論する「場」(再考、議論、伝承する場面)を意図的に創出しなければ、

理念浸透は中々進まないものと思われる。

 第二は、観察者(部下)と被観察者(上司)の能動性が十分に触れられていない点 である。金井(1997)の観察学習モデルでは、観察者である一般成員が能動的に 示範事象を捉え、四つのプロセスを経て自ら理念を取り込むという状況を前提にして いる。つまり、観察者と被観察者の間で、あくまで観察者が優等生として能動的に 情報を自身に取り組みながら、理念浸透を図っていくことが前提となっている。

しかし、実情では、部下は極めて受動的である場合が多く、1理念浸透のプロセスを 論じる際は、受動的な部下に対し上司がいかに積極的働きかけ、理念浸透を図るかと いう点をより積極的に議論すべきであろう。

 第三は、理念浸透における上司の「咀曝」や「意味生成」についてである。これは、

金井(1997)の意味生成モデルにおいても重要性が説明されてきた。上司が能動的 に働く意義や役割、ゴールを語りかけていくことで、理念をはじめとした全社の戦略 や想いなどを組織や部下に浸透できるものと思われる。

 以上の三点に加え、どのような働きかけによって個人に質的変化が生まれ、

どのような質的変化がもたらされれぱ理念浸透が進むか、といった理念浸透の ダイナミックスが触れられていない点にも課題が残る。

1私も実務において新人教育等を行っているが、自ら能動的に周りを観察し、時に質問しながら情報を自身に取り入れてい くという積極的な社員は少なく、上司から働きかけて初めて情報伝達が開始される場合が多い。

(22)

 以上が先行研究では十分に触れられてこなかった点であり、これらの課題に対し、

次項で仮説を提示する。加えて、実証研究(インタビュー)をもとに検証し、組織内 で管理者が日々どのような思考・行動を行い理念の浸透を図っているか、という本稿 の課題を明らかにしていきたい。

2.仮説の提示

 前項で述べた先行研究の課題を踏まえ、本項では、中間管理者が経営理念浸透に どのような役割を果たしているか、という点において以下の仮説を提示する。

 2−1.経営理念が共有され、観察学習が促進される「場」の側面

 経営理念浸透の場面では、議論や伝承の「場」が存在することで、浸透が促進され るものと思われる。この点については、野中・竹内(1996)の暗黙知と形式知の 相互作用プロセスにおいても述べられている。

 相互作用の第一プロセスでは、個人の暗黙知からグループの暗黙知が創造される

「共同化」が起こり、第二のプロセスである、暗黙知から形式知を創造する「表出化」

へと派生する。さらに、第三の個別の形式知から体系的な形式知を創造する「連結化」

へと繋がり、最後に、形式知から暗黙知を創造する「内面化」へと繋がる(野中・

竹内,1996)。

 このように、情報が相互に浸透するためには、まずは情報を顕在化させる「共同化」

のプロセスが重要であり、共同化は相互作用の「場」(フィールド)を作ることから 始まる(野中・竹内,1996)と述べられている。

 また、実践共同体(コミュニティ・オブ・プラクティス)の議論においては、

「進化する実践共同体」(Brown and Duguia,1991)の中で、個々人の実際の仕事の やり方や覚え方は、組織が規定する比較的厳格な公式的なやり方とはかなり違って おり、実際には、それぞれ自分の問題を解決しようとしている人たち、あるいは共通 する目標を追求している人たちのあいだに非公式のグループが発生し進化する

(野中・竹内,1996)と述べられている。これらのグループのメンバーになれるかど うかは、実務上大切な情報を交換できる能力を個人が持っているかどうかによって 決められ、メンバーはアイディアを交換したり、「戦争自慢」などの話を共有する

ことによって、相反するまぎらわしい情報から共通の理解を作りだす(Or耳1990)。

 このように、様々な属性の個人が結集して観察学習が促進される場合、学習前提と しての「場」がまずは存在すると考えられることから、以下の仮説が想起される。

<仮説1>

   経営理念浸透において、被観察者(上司)と観察者(部下)で

   議論、伝承される「場」が存在し理念浸透に何らかの影響を与えている。

(23)

 2−2.経営理念浸透における上司の能動的主体性についての側面

 組織内において、日々率先して理念を実践している上司のもとでは、「重要な他者」

である上司の影響を受け、自然と部下も同じ理念的カテゴリーの一部を自分の個人 アイデンティティに徐々に取り込むことが予想される(高尾・王,2012)。理念浸透 の観察学習の場においては、上司である非観察者が能動的かっ主体的に観察者である 部下に働きかける程度に応じて、部下の理念浸透が促進されるものと思われること から、理念浸透における上司の役割として、以下の仮説が提起される。

<仮説2>

    上司(中間管理者)の部下に対する能動的な働きかけが、組織や個人に     おける経営理念浸透に何らかの影響を与えている。

 2−3..経営理念浸透における岨曙」や「意味づけ」に関する側面

 一般的に、経営理念の内容自体は抽象的なものが多いため、部下への理念浸透は 上司の解釈を通して行われることが一般的である(高尾・王,2012)。つまり、会社 の経営層によって策定された経営理念は、組織内のパイプ役である中間管理者の再解 釈を経て部下に伝わることが多い(高尾・王,2012)。

 また、理念のような曖昧模糊としたものを理解するためには、実践と語り(背景に ある意味やコツ)ができる「実践的内省家」どうしが地位や専門にとらわれずに同輩

(ピア)として議論することで、理念に具体的な意味が見いだされる(金井,1997)。

 このように、経営理念を浸透させる際には、理念をそのまま文字や文章として伝え るだけでは十分でなく、自身の経験や背景などを含めて噛み砕いて(咀曙して)説明 することが重要である点は実情にも合致している。よって、経営層により策定された 経営理念を中間管理者が組織や部下に浸透させるうえで、下記の仮説が想起される。

<仮説3>

   経営層(トップ)が策定した経営理念を中間管理者(ミドルマネジャー)

   が「咀曙」「意味づけ」して伝えることが、経営理念浸透に何らかの    影響を与えている。

以上、三点の仮説をもとに、次章以降の実証研究結果を行い、検証していく。

3.小指

 本章では、先行研究では触れられてこなかった経営理念浸透におけるr再考、議論、

伝承する場の存在」やr上司の能動性」、r理念の咀曝、意味づけ」などの視点から、

(24)

仮説を提示した。これらの仮説に対する検証を次章の実証研究により明らかにして いくこととする。

(25)

         第3章

経営理念浸透プロセスの実証研究

 本章では、これまでの先行研究の課題を踏まえ、インタビューに基づく実証を行う。

第一に、調査方法の選択とインタビューガイドラインを設定した後、調査対象および分析 方法を明らかにする。第二に、インタビューの結果分析から得られた知見と仮説との検証 を試みる。最後に、これまでの知見をまとめたうえで、本研究が本書の研究課題である 中間管理者の役割を論じるうえで、新たな知見を導出しうることを指摘する。

1 事例研究 一外資系生命保険金杜A杜の事例研究一

 本稿では、外資系生命保険金杜であるA杜のマネジャーに対する探索的なインタビュー 調査をつうじて、理念浸透における中間管理者の役割を検討する。

  1.1調査対象組織の選択

 調査対象として、A杜を選定した理由は以下の二点である。

 第一は、理念を明確に言語化して掲げている点である。同社では、1)新たな価値の創造 2)お客様第一 3)人間尊重 4)法令等の遵守 という経営理念に加え、「生きるを割る」

というブランドプロミスを掲げている。ブランドキャラクターの高い認知度とも相乗効果 を発揮することで、理念が社内外に強く認知されている、

 第二は、創業者の強い理念が色濃く残っている点にある。創業者が掲げた「民間の厚生 労働省になる」という使命に共感した販売代理店一i通称:アシジェイツ(仲間の意))や 社員が高い使命感や理念合致性により創業38年目経った今日でも社内に理念が伝承され ている。2

 以上二点の理由から、本企業を調査対象組織として選定した。

2※『生きるを割る」というブランドプロミスは、同社がお客様に向けて企業の姿勢を示したものであり、リッツカール トンのクレドと同様の機能を持つ。(要文抜粋)具体的には、以下のとおりである。

「日本初のがん保険でスタートし、生きるための保険」を切り妬いてきたアフラック。がんをはじめとした病気やケガ、

介護にまつわる不安を少しでも取り除き、自分らしく生きていただくためのお役に立ちたい。そんな想いが、私たちの中に 淡々と流れ続けています。r生きるための保険」のリーディングカンパニーとして、私たちは時代の変化を先取りした商品・

サービスを創造するとともに、お客様のことを親身になって考えられる心を大切にしています。お客様ひとりひとりが割る、

自分らしく充実した人生。アフラックの願いです。(同社ホームページより)

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