中国ソフトウェア産業の技術発展
日中企業間の分業形態の変化に即して
高橋美多
Ⅰ 問題提起
中国ソフトウェア産業は、急速な拡大をみせている。その売上高は、2001 年の 89 億米 ドルから 2006 年には 543 億米ドルへと 5 年間で 6 倍の成長を実現した。さらにソフトウェ ア輸出額も、2001 年の 7 億米ドルから 2006 年には 59 億米ドルへと 5 年間で 8 倍に成長し た(総務省編、2007: 60)。中国のソフトウェア製品は、Kingsoft Offi ce 2007 をはじめとして、 日本においてもよく知られるようになっている1)。後発国である中国の先端技術産業が急 成長したことは、世界中に大きな衝撃を与えた。 中国ソフトウェア産業の発展をもたらした要因として、中国経済の急速な発展に伴うソ フトウェアの需要拡大に加え、政府によるソフトウェア産業育成の取り組みが挙げられ る。中国政府は、ソフトウェア企業への税制優遇策を実施し、また中国各地で 29 のソフ トウェア・パークを認定した。ソフトウェア・パークは、ソフトウェア開発に必要なイン フラを整備し、人材育成やインキュベーターとしての役割を果たしている。こうした産業 育成策が中国ソフトウェア企業の能力を押し上げ、中国ソフトウェア産業の急速な発展に 貢献していることは、先行研究が一致して認めるところである。 中国ソフトウェア産業の急速な発展とその要因や課題について概観したものとして、張 其金(1999)、張小栓他(2001)、Tschang and Xue(2003)、Li and Gao(2003)、Wong and Wong(2004)がある。また、Yang et al.(2005)は、中国ソフトウェア産業の急速な発展を、 マイケル・ポーターによる国家の競争優位の理論を使って分析している。Shi et al.(2005) は、中国政府による、ソフトウェアの知的財産権保護政策について研究している。Wu and Miyazaki(2006)は、中国ソフトウェア産業において、アプリケーションソフトウェアと それに関連する IT サービスのシェアが高く、システムソフトウェアやミドルウェアが弱 いことを明らかにしている。さらに、Li et al.(2005)は、中国ソフトウェア産業の発展の ために、中国政府がオープンソースソフトウェアを促進すべきと論じた。Contractor and Kundu(2004)は、インド、中国、台湾の経済発展におけるソフトウェア輸出の役割を比 較した。 しかしながら、上記の先行研究では、日本から中国へのオフショア開発2)が、中国ソフ トウェア産業、とくにその技術向上に寄与しているという重要な点が見落とされている。周知のように、ソフトウェア開発のプロセスにおいて、技術的な隘路となるのはソフト ウェアの設計に必要な生産技術である。この技術は企業内の学習や政府の産業育成策によ り習得することが難しいため、先行研究が挙げている国内的要因だけは、1990 年代末以降 の中国ソフトウェア産業の急成長を十分に説明することができない。 したがって、オフショア開発で行われてきた工程間分業が、中国ソフトウェア企業に技 術向上の機会をもたらしたという視点が必要となる。つまり、中国企業が、オフショア開 発を通じて海外の技術をどう獲得したのかにまで踏み込んで検討しなければ、中国ソフト ウェアの産業発展の一面しか捉えることはできない。ところが、中国ソフトウェア企業の 技術向上を正面から取り扱い、それがどのようなレベルにあるかを検証した研究は、管見 の限りでは皆無である。とりわけ中国へのオフショア開発の拡大と中国ソフトウェア産業 の成長がどのように関係しており、さらにその技術向上がソフトウェア開発における国際 分業とどのように結び付いているのかということに関しては、明らかにされていない。 このような問題意識のもとで、本稿は、オフショア開発の際に日中間で行われてきた工 程間分業に着目し、開発プロセスにおける分業形態を軸に、それを通じて実現する中国ソ フトウェア企業の技術向上を明らかにすることを課題とする。とくに、開発プロセスにお ける日中企業の分業形態の変化について分析し、それが中国ソフトウェア産業においてど のような意味を持ち、技術向上にどのような影響を及ぼしたのかを考察する。 本稿の意義は、中国の国内的要因に焦点が当てられがちな分析の枠組を超えて、国際分 業の視点から技術向上に注目し、1990 年代における日中間の分業形態の変化を通じた中国 ソフトウェア企業の技術向上の過程を初めて明らかにしたことにある。 以下第 2 節は、ソフトウェアの開発工程を説明する。第 3 節では、1990 年代末以降ソフ トウェア開発における日中間の分業形態がどのように変化したか、なぜこの変化が生じた のかを考察する。第 4 節では、オフショア開発のプロセスを通じた中国ソフトウェア企業 の技術向上の過程を説明する。第 5 節は総括と課題を提示する。
Ⅱ ソフトウェアの開発工程
日本から中国へのオフショア開発において用いられる開発方式は、そのほとんどが ウォーターフォール型である。この開発方式は、プロジェクト全体をいくつかの工程に分 割し、各工程での成果物に基づいて後工程の作業を順次行っていく開発モデルである。原 則的に、順序を飛び越したり逆戻りしたりすることが許されないため、滝の水が流れ落ち る様子に例えてウォーターフォール・モデルと呼ばれる。その開発工程は、1. 要件定義、2. 外部設計、3. 内部設計、4. プログラム設計、5. プログラミング、6. システムテスト、7. 導入、 保守に分類される。図 1 は、その開発プロセスとそれぞれの段階での目標、実行される作ソフトウェア開発は図 1 のように階層化され、そして要件定義から導入、保守まで段階 的に順次進行していく。本稿では、要件定義から内部設計までを上流工程、プログラム設 計から導入、保守までを下流工程と定義する3)。 まず、上流工程の要件定義から内部設計までにおいては、ソフトウェアの仕様の決定及 び設計が行われる。これらが上流工程とされる理由は、もちろん順番として先にあるため ではあるが、そこで行われる作業がソフトウェアの性能にとくに重要な影響を与えるから である。 ソフトウェア開発は、それを使用する側の作業、業務、資源の活用管理におけるニーズ を、ソフトウェアという最終成果物へと具体化していく変換過程である。したがって、初 めに、ユーザがどのような情報・機能を、いつ、どのように活用するのかを明確にする必 要がある。そのため、ユーザのニーズの把握、つまりソフトウェアが対象とする業務等の 分析は非常に重視される。こうしてユーザの要望を調査・分析し、IT 化によって実現すべ き機能を具体的に設定していくことが、要件定義である。要件定義の次に、設計が行われ る。工業製品において、設計はその品質に対して大きな影響を与えるが、それはソフト ウェアでも同様である。この設計工程は、外部設計と内部設計によって構成される。外部 設計は、システムのおおまかな機能と構成を設計することである。内部設計は、外部設計 をもとに、システムの内部構造や仕組みを決めることである。設計を行う際には、ソフト 図 1 ソフトウェアの開発工程 (出所)國友(1994)図 1–4、山本(2004)図 9–1 をもとに筆者作成。
ウェアに関する高度な知識だけでなく、顧客のビジネススタイルや、マーケティング等に 関するアイディアを含む業務ノウハウが必要となる。 一方、下流工程においては、まずプログラム設計が行われる。この工程では、上流工程 で決定された設計にしたがってソフトウェアの構造上最小単位であるモジュールが設計さ れる。こうして作成されたプログラム設計書にしたがって、プログラミングがなされる。 ここで、プログラミング言語を使って設計文書の内容を具体的なコードに変換していく作 業が、コーディングと呼ばれる。それは、大規模化・複雑化したソフトウェアの数十万、 数百万の命令を設計通りに記述していく膨大な作業である。この作業自体は他の工程に比 べて単純であるため、プログラミングは低付加価値工程であるといわれる。また、プログ ラミングの後のシステムテストや導入、そして導入された後に必要となる保守も低付加価 値工程である。 このように、ソフトウェアの開発段階は上流工程と下流工程に分けられる。上流工程は、 ユーザのニーズや、業務内容・環境の分析という高付加価値的な領域である。これに対し て下流工程は、膨大な命令が実際に記述され、そのテスト及び導入、保守がなされる低付 加価値的な領域である(山本、2004: 191–192)。 以上、ソフトウェアの開発工程を見てきた。坂田(2005)によると、ソフトウェアの質 を決定する工程は、設計とプログラミングである。このうち、とくに重要なのは設計であ る。これは、ユーザのニーズに応じて、最適なソフトウェアの構築を決定するもので、シ ステムエンジニアの生産技術の水準に依存する。他方、それをコーディングにより実現す るプログラミングは、プログラマの要素技術の水準によって決定付けられる。生産技術と 要素技術は業界用語であり、本稿は次のように定義する。生産技術とは、図 1 の外部及び 内部設計を行う際にシステムエンジニアが必要とする、業務ノウハウや設計図を書く技術 である。また、要素技術とは、図 1 のプログラミングを行う際にプログラマが必要とする、 コーディングを中核とした、関連技術及び知識の集約体である。ここからわかるように、 ユーザのニーズの把握及び生産技術の水準差によって、さらにそのシステムをプログラム 化するためのプログラミング言語に対する知識などの要素技術の水準差によって、ソフト ウェアの質は大きく異なるのである。
Ⅲ 日中企業間の分業形態の変化
この節では、オフショア開発の工程間分業に焦点を当てて、日本企業(特に大手 IT ベン ダー)と中国企業(ここではソフトウェア企業)の分業形態の変化を検討したい。結論的にい えば、中国へのオフショア開発は 1990 年代末以降、コーディングやテストといった下流 工程だけでなく、上流工程の一部分も含まれるようになったのである。1. 分業形態の変化 筆者が調査した中国ソフトウェア企業 5 社のうち、4 社が内部設計あるいは外部設計か らシステムテストまでの開発を受注している(各社の概要等については、付表を参照)。その うち、2000 年に設立された 1 社を除いた 3 社の分業形態の変化を表しているのが、図 2 で ある4)。 図 2 日本企業と中国企業 A ∼ C 社の分業形態の変化 (出所)2007 年のインタビュー調査をもとに筆者作成。 図 2 が示すように、中国企業 A ∼ C 社は、1990 年代末まで、下流工程のプログラム設計 からテストまでを受注していた。すなわち、日本のシステムエンジニアが要件定義から内 部設計まで行い、中国の技術者はその設計図に沿ってプログラム設計やコーディング、単 体テストを行っていた。こうした分業によって、日本企業はソフトウェア開発のコストを 削減するだけではなく、日本国内の超過需要による人手の不足を補うこともできた。つま り、中国へのオフショア開発は、日本国内の多重的下請け構造による開発の仕組みを補完 するものであった。 ところが 1990 年代末以降、日本企業は、ソフトウェア開発の内部設計や外部設計を行 う際に、中国企業の技術者を参加させた。これにより中国企業が、共同開発という形で上 流工程に関わり始めた。さらに 2000 年代に入ると、共同開発を通じて高度の設計技術を 習得した中国企業に対し、日本企業は内部設計または外部設計を含めた工程を委託してい る。 A 社は、1991 年に上海で設立され、現在は従業員数 780 名のソフト開発企業である。同 社は、設立当初から、日本を中心にオフショア開発の業務を提供していた。その業務内容 は、システム開発やパッケージソフトなどの開発である。同社は 1999 年に日本事務所を 設立し、開発経験が豊富でかつ日本語ができる中国人技術者を常駐させた。同技術者は、 日本で受注した下流工程の開発を、中国国内の本社に中国語で伝達していた。その後、日 本大手 IT ベンダーは、彼らを内部設計に参加させ、そして後続工程を委託するようになっ た。現在同社は、日本大手 IT ベンダーと共同で外部設計をするとともに、内部設計以降 の開発を受注している。 B 社は、汎用性の高いソフトよりも、医療機器関連など特殊・専門性の強い分野を主要
業務としている。同社は、1996 年に日本大手 IT ベンダーと中国企業の合弁企業として瀋 陽で設立され、現在は従業員数 1,300 名であり、主に日本の親会社から受注している。B 社の中国の親会社は 15 年ほど前からソフトウェアのオフショア開発に携わることで、日 本向けのソフト開発の経験を蓄積していた。その技術を B 社は継承したため、設立当初か ら、同社の中国人技術者は日本の親会社の開発案件の内部設計に参加することができた。 1998 年に、同社は日本の親会社と共同で外部設計を行った。この共同開発を繰り返し進め た後、B 社は技術面で難しいとされている外部設計を単独で担うことができるようになっ た。同社は 2001 年に日本事務所を設立し、外部設計からテストまでの一括案件の受注を 増やしている。 従業員数 430 名の C 社は、日本の機械メーカーと中国企業の合弁会社である。1991 年に 上海で設立された同社は、主に機械の制御システムの開発を受注している。制御システム の開発は開発者個人の能力に強く依存するため、各企業は自社の社員を優れた技術者に育 成することが重要な課題となる。同社は、設立当初から中国人技術者を日本の親会社に駐 在させ、その技術力の向上に努めていた。1990 年代後半以降、C 社は日本で研修を受けた 中国人技術者を中心として、外部設計からテストまで一括案件の開発を請け負うように なった。案件によっては、要件定義から担当する場合もある。 以上が 1990 年代に設立された A ∼ C 社と日本企業の分業形態の変化である。次に、 2000 年以降に設立された D、E 社と日本企業の分業形態を見てみたい。 図 3 日本企業と中国企業 D 社の分業形態の変化 (出所)2007 年のインタビュー調査をもとに筆者作成。 図 4 日本企業と中国企業 E 社の分業形態の変化 (出所)2007 年のインタビュー調査をもとに筆者作成。
2000 年に上海で設立された D 社は、オフショア開発に力を入れることで急成長を遂げ ている。現在の従業員数は 2,600 名を超えているが、2003 年までは 500 名程度であった。 同社は、事業展開にあわせて必要な人材を雇い入れて、現在の従業員の規模にまで成長し てきた。D 社が設立された当初は、日本に事務所を持っていなかったため、日本企業は D 社に発注する際に、同社の技術者を日本に呼び寄せ、委託案件のプログラム設計や内部設 計に参加させた。その後 D 社は、オフショア開発の拡大のために、2003 年に日本事務所 を設立した。現在同社は、図 3 が示すように、単独で内部設計段階から担当している。 蘇州にある E 社は、従業員数 220 名で、組込みソフトの開発に関わっている。図 4 が示 すように、2003 年に設立された同社は、設立当初日本からコーディングを受注していた。 現在、中国国内向けの開発に取り組むとともに、日本企業からプログラム設計以降の受注 を増やしている。同社は、オフショア開発の経験を蓄積しながら上流工程に移行していく 準備段階にあると特徴づけられる。 2. 分業形態の変化をもたらした要因 上述のように、一部の中国企業は 1990 年代末以降、コーディングやテストといった下 流工程だけでなく、設計など上流工程の一部分も受注するようになった。そして 2000 年 代に入ると、この傾向が徐々に増えていく。そのきっかけとなったのは、日本企業が中国 人技術者を内部設計や外部設計に参加させたことである。なぜ日本企業は中国人技術者を 上流工程に参加させたのか、言い換えれば、日中企業間の分業形態がなぜ変化しているの かについて、以下で検討したい。 (1)ソフトウェアの品質確保 近年、日本のオフショア開発に関してしばしば指摘されるのは、中国企業によって開発 されるソフトウェアの品質が低いことである。『情報通信白書』平成 19 年版によると、日 本企業がオフショア開発を進めるうえでの課題として、「品質に不安がある、品質管理が 難しい(62.5%)」という項目が第 1 位に挙がっている。 筆者の調査では、中国人技術者のほとんどが理科系出身であり、大学や専門学校でプロ グラミング言語をはじめ、コーディングの技能を学んでいる。それゆえ、要素技術のレベ ルは日本のプログラマに比べて低くない5)。では、なぜ品質の問題が生じるのか。その原 因は、「コミュニケーション面の理由により確実に仕様を伝えることが困難という点もあ るが、最も大きいと考えられるのは、仕様の変更と品質レベルについての考え方の相違で ある。仕様変更については、日本では受託ソフトの開発が中心であるため、多くの仕様変 更が発生するといわれるが、海外では契約締結後に仕様変更を行うことは一般的でないた め、仕様変更を巡って日本ベンダーと委託先企業との間でトラブル等が起こりやすいとさ れる。また、品質レベルについては、どこまで品質を確保するかについての考え方の差が 大きい」(総務省編、2007: 63)。 その背景として、北島・潘(2006)が次のように指摘する。「日本型開発の特徴と引き起
こされる典型的な問題としては、1. 最初に全ての仕様を決めずに、開発フェ―ズの進行に 合わせ、徐々に摺り合せを行い、詳細の最適化を段階的に図る。2. その結果起こる要求定 義確定の遅れや仕様変更の多発。3. 細かい仕様にこだわる品質意識。海外のソフトウェア 開発担当者が仕様変更の意義を理解できないレベルのものが多発」する(北島・潘、2006: 170)。 このような理由で、中国へのオフショア開発には、品質の問題が存在する。それが原因 で、中国または日本において、ソフトウェアのテスト及び修正に多大な時間とコストを費 やすことを余儀なくされる。オフショア開発を行っている日本企業への調査によると、コ スト削減効果の見込みは 34.7% であるのに対し、コスト削減効果の実績は 25.2% と、9.5 ポイント低くなる(総務省編、2007: 62)。このことを裏付けるように、中国企業 A 社の関係 者が以下のように指摘する。「中国へのオフショア開発を行う根本的な目的は下流工程の 委託開発である。しかし、下流工程のみの委託では中国側が設計に参画していないため、 どういった目的で使われるソフトウェアなのかを中国人プログラマが理解せずに開発する ことで、バグが頻繁に発生する。その結果、修正に多大な時間とコストが必要となり、オ フショア開発によるコスト削減の効果が低下する」6)。 こうしてソフトウェアの品質を確保する必要性から、日本企業は中国人技術者を内部設 計や外部設計に参加させ、前述のように日中間の分業形態が変化した。これによって、1. 下流工程を担当する中国側の技術者にソフトウェアの実行環境や設計内容をよく理解して もらえる、2. 仕様の変更と品質レベルについての考え方の意思疎通が容易となる、3. 日本 企業が中国企業に対し仕様書の説明などの手間を省くことができる、という効果があった のである。 図 5 日本のソフトウェア産業の売上高伸び率(前年同期比、1990 ∼ 2006 年)
(2)更なるコスト削減策 また、日本国内のソフトウェア産業が置かれた状況の深刻化によって、中国ソフトウェ ア企業の上流工程へのシフトに拍車が掛かった側面があることも看過できない。 1990 年代末を境に、日本のソフトウェア産業の成長が止まり転換期を迎えた。このこと は、図 5 から確認することができる。ソフトウェア産業の売上げは 1995 年以降増加したが、 2002 年度以降その成長は鈍化傾向にある。このため、日本企業の戦略として、どのように 利益を確保するのかが非常に重要な問題となった。 A 社に委託する日本大手 IT ベンダーによれば、内部設計ができる中国人技術者は、日 本人技術者とほぼ同等の技術・時間で設計できる一方で、人件費が日本人の 3 分の 1 であ る。また B 社の親会社である日本大手 IT ベンダーは、外部設計まで委託することにより、 さらなる費用削減が可能となったという7)。ここから、日本企業には、外部設計や内部設 計からテストまで一括して中国企業に委託することによって、さらなるコスト削減を実現 しようという意図があることが伺える。 以上、日本企業と中国企業の分業形態の変化とその要因を分析した。こうした中国企業 の上流工程へのシフトが現時点でどの程度まで進んでいるのかについては、統計データが 存在しないため、正確に把握することはできないが、2006 年に NTT データの山田伸一氏 が「これまでは、主に業務システムにおけるソフトウェア製造工程を中国に委託していま したが、今後は製造工程中心ではなく、上流工程の設計から試験工程までに拡大していき たいと考えています」8)と述べていることからみても、この傾向は今後拡大する可能性が ある。
Ⅳ 中国企業の技術向上のプロセス
前節では、日中間の分業形態が変化したことをみてきた。次に注目すべきは、中国企業 にとって、上流工程に参画できるほどの技術的な飛躍がいかにして可能になったのかとい うことである。本節は、中国企業がオフショア開発を通じてどのように開発経験を蓄積し、 上流工程に必要な生産技術を獲得したのかを考察する。 1. 下流工程における開発技術の向上 1990 年代前半、中国ソフトウェア企業の技術者は要素技術を持つものの、海外向けの開 発経験に乏しかった。そのため、日本企業から受注した下流工程を開発するために、まず 技術的遅れを克服する必要があった。中国企業は、この課題をいかに解決したのだろうか。 (1)日本から送られた仕様書を通じた開発方法の習得 中国企業は下流工程を受注した際、日本から送られた仕様書を通じて開発方法を習得し た。前述の各社は、仕様書に沿って開発することによって、企業内の開発工程を標準化し、効率的に開発・導入できるようになった。これについて、E 社の関係者は次のように述べ ている。「日本から送られた仕様書は非常に細かい。それに従い開発を繰り返すことで、 開発におけるチームワークのあり方を改善し、さらに企業内の開発体制を確立することが できた」9)。つまり、中国ソフトウェア企業は、日本企業が送ってきた仕様書に記述された 開発手順にしたがうことで、技術者のグループ分けや役割分担など効率的な開発体制を取 り入れたのである。 (2)研修制度 また、日本への中国人技術者の研修派遣や日本人技術者による中国現地での指導など、 さまざまなルートを通じて技術を学習する機会が設けられた。例えば A ∼ C 社は、本社内 での研修だけではなく、日本での研修も行っている。中国人プログラマは、これらの研修 を通じて、開発経験を積んだ日本人システムエンジニアの指導のもとで、業務ノウハウの 理解や開発プロセスを経験する機会を得ることができた。また、A ∼ E 社のすべてにおい て、日本語の研修が実施されている。 (3)海外からの人材の獲得 さらに、海外からも人材を獲得していた。中国企業は、海外で働いていた日本人や中国 人のシステムエンジニアをスカウトする一方、親会社である日本企業に日本人技術者の出 向を依頼した。例えば B 社内では、その親会社から出向してきた日本人技術者が実際に働 いている10)。また、他社に所属する日本人技術者を、「顧問」として雇うこともある。こ うして、中国国内で採用された中国人技術者は、海外から招いた技術顧問のもとで技術の 吸収・学習を行っていた。 以上のように、日本から送られてきた仕様書、海外技術者による指導、海外からの人材 獲得などを通じて技術やノウハウを吸収・消化した結果、オフショア開発における上流工 程の開発へ参画する基盤が形成されたと考えられる。ゆえに、この時期は、一連の学習を 通じて習得された技術を、開発経験を通じて吸収・消化し、技術的遅れを克服する時期で あり、上流工程へ参画するまでの準備段階として捉えることができる。 2. 上流工程への参画による技術向上 ソフトウェア開発において、技術的な隘路となるのは上流工程に必要な生産技術であ る。中国企業は上述のように、下流工程の開発を通じて開発経験を蓄積したものの、それ によって上流工程の設計段階に必要な生産技術を入手できたわけではなかった。つまり、 この生産技術は、企業内の学習や政府の産業育成策だけでは習得が難しいのである。そこ で、代表的事例として日本企業(大手 IT ベンダー)が中国企業 A 社へ委託するケースをと りあげ、開発プロセスを具体的に把握することで、生産技術がどのように移転されたのか を考察する11)。 前節で述べたように、日本企業は現在、A 社の中国人技術者を外部設計に参加させて共
のが表 1 である。 表 1 にあるように、日本大手 IT ベンダーは、A 社と共同で外部設計を行い、また内部設 計に必要な資料を提供する。個別の開発案件に応じて、中国人技術者の研修を実施するこ ともある。そして、中国人技術者が設計やコーディングなどを行う際に生じた間違いを後 続工程に引きずらないように、日本人技術者は開発工程ごとに必ず確認する。間違いが発 見されると、修正を要求するとともに技術指導を行う。また必要に応じて、日本人技術者 を中国現地に派遣する。 A 社にとっては、開発プロセスの(2)∼(4)により日本企業から各ユーザの業務に適 したソフトウェアを開発するためのノウハウを吸収することが可能となる。また(5)∼ (7)により日本企業の指導の下で設計図を書く技術を身に付けることができる。さらに (10)∼(12)により日本企業からテスト技術を習得できる。「こうした開発プロセスを通 じて、中国への技術移転がなされている」と日本大手 IT ベンダーの関係者が指摘する12)。 同 IT ベンダーは、1990 年代中頃からオフショア開発を始めた。そして 1990 年代末以降、 上流工程の一部からテストまで委託の範囲を拡大するとともに開発拠点を増やし、中国へ のオフショア開発を本格化するようになった。現在では、中国 7 都市における計 23 社の中 国企業をパートナー企業に指定し、上述の手順で積極的にオフショア開発を推進している。 以上の分析結果は、日本大手 IT ベンダーと中国 A 社への調査に基づくものである。日 本企業が中国に上流工程を委託する方法は、企業ごとに異なり、上流工程の開発に中国企 業の技術者が数人参加するもの、日本企業と中国企業の共同開発、中国企業の単独開発な どがある。また、上流工程のどの段階から中国企業に委託するかについても多様である。 しかし、そのいずれの委託方法がとられるにせよ、重要なのは、中国企業が日本企業と一 緒に開発を行うことにより、業務ノウハウを吸収し設計図を書く技術を習得しながら上流 工程にシフトしていくことである。よって上述の開発プロセスは、本稿の目的である、オ 表 1 日本大手 IT ベンダーと中国企業 A 社の開発プロセス ( 1 )日本大手ベンダーがユーザのニーズに合わせて要件定義 ( 2 )同案に基づいて、日本と中国の技術者が共同で外部設計 ( 3 )日本側は開発に関する必要な技術資料を準備 ( 4 )必要に応じて、中国技術者の日本での業務研修 ( 5 )日中企業がオンラインで、内部設計のための大まかな仕様書を共同作成 ( 6 )中国側は、以下の( 7 )∼(12)実施のため、内部で打ち合わせ ( 7 )仕様書に従い内部設計 ( 8 )開発内容を分割し、それぞれのプログラム設計とコーディングの担当者を決定 ( 9 )コーディングの担当者間でさらに詳細な役割分担 (10)単体テスト (11)結合テスト (12)システムテスト * * 案件により、中国側ですべて行う場合と、日本側と共同で行う場合がある。 (出所)インタビュー調査をもとに筆者作成。
フショア開発を通じた中国ソフトウェア企業の技術向上を描き出すうえで 1 つの事例とな り得る。 中国企業 A ∼ D 社は、「日本側から何を吸収したか」という質問に対して、業務ノウハウ、 設計図・仕様書の書き方、そして品質管理の手法であると答えた(付表参照)。ここからも 確認されるように、中国ソフトウェア企業の技術向上の背後には、日本企業の技術移転が 大きく寄与している。坂田(2005)によると、ソフトウェア開発に関する技術の伝承は、 熟練者と同じ仕事を同じ場所で行い、指導と模倣を重ねることによって可能となる。また、 人から人へと移転される技術・技能は、常に人的・組織的な継承性を前提に移転され、レ ベルアップされながら蓄積されていくと考えられる。したがって、中国人技術者は、日本 人技術者が担ってきた内部設計や外部設計に参加することにより、伝承が困難な業務ノウ ハウや設計技術を吸収できた。そして、それらを担当できるようになった後も、常に日本 人技術者の確認と指導を受けている。このプロセスを通じて、中国ソフトウェア企業は、 業務ノウハウや設計図を書く技術を含め生産技術を習得したのである。
Ⅴ 総括と課題
クスマノが述べているように、「現在、ソフトウエア・ビジネスではインドと中国の躍 進がめざましく、日本、米国、欧州企業との競争がすでに本格化している。インドと中国 は、世界中の企業に対して、オフショアでのソフトウェア開発サービスを低価格で提供で きるという特徴も売り込んでいる」(クスマノ、2004: v)。しかしそれだけではなく、中国ソ フトウェア企業は、オフショア開発を通じて海外から開発技術を吸収することにより、技 術力を向上させている。本稿はこの技術向上に着目し、オフショア開発のプロセスにおけ る日中企業の分業形態を軸に、受注側の中国企業における技術レベルの変化を検討した。 中国ソフトウェア企業は 1990 年代末までは、日本からのオフショア開発において下流 工程のみを受注していたが、1990 年代末以降、ソフトウェアの品質確保と日本企業のさら なるコスト削減の必要性から、上流工程に参画するようになった。このことを通じて、中 国ソフトウェア企業、とりわけ大手企業は、これまでの組立型のプログラミングのみの開 発段階から脱しつつあるとともに、オフショア開発の過程で蓄積した開発経験に基づいて 生産技術を獲得することができた。つまり、日中企業間の分業形態の変化は、中国ソフト ウェア企業に、海外から生産技術を獲得して上流工程にシフトする絶好の機会をもたらし たのである。 また、こうした技術向上が、中国国内のソフトウェア市場の発展に拍車をかけたことも 看過されてはならない。事実、中国企業は国内向けの応用ソフトウェアの開発に、オフ ショア開発で蓄積した技術やノウハウを生かしている。ただし、この点を検討するには本(注) 1) 金山軟件(Kingsoft)は、統合オフィスソフト「Kingsoft Offi ce 2007」を、日本において 2006 年 11 月よ り無料公開し、2007 年 1 月より販売を開始した。またイー・フロンティアは、中国企業が開発した 「EIOffi ce2007」を、日本において 2006 年 11 月より販売開始した。 2) オフショア開発は、ソフトウェア開発工程の一部を外国企業に委託することである。 3) 上流工程と下流工程についての厳密な定義はなく、その線引きは論者や方法論によって微妙な違いが あるが、どのようなソフトウェアを開発するのかを決定する工程が上流工程で、仕様に基づいて実際に ソフトウェアを作る工程が下流工程と考えればよい。 4) 下流工程のテスト以降の工程(保守、導入)は省略。図 3、図 4 も同様。 5) 2007 年 6 月、A 社への筆者によるインタビュー調査。 6) 同上。 7) 2007 年 2 月 B 社、5 月 A 社に発注する日本大手 IT ベンダー及び B 社に発注する日本大手 IT ベンダー、 6 月 A 社への筆者によるインタビュー調査。 8) 「NTT データのオフショア開発の取り組み INTERVIEW 上流工程から試験までに、オフショア開発 を拡大」(聞き手:河西義人編集長)『ビジネスコミュニケーション』2006 年、Vol. 43, No. 1、95 ページ。 9) 2007 年 6 月、E 社への筆者によるインタビュー調査。 10) 2007 年 2 月、B 社への筆者によるインタビュー調査。 11) 2007 年 5 月、A 社に委託する日本大手 IT ベンダーへ、2007 年 6 月、A 社への筆者によるインタビュー 調査。 12) 2007 年 6 月、A 社への筆者によるインタビュー調査。 (参考文献) 日本語 北島啓嗣・潘若衛(2006)、「中国へのオフショア・アウトソーシングの現状と企業戦略―ソフト 付表 日本から開発を受注する中国ソフトウェア企業 企業概要 業務内容 現在の問題点 受注範囲 日本から吸収し たもの A 社 1991 年設立 所在地:上海 社員数:780 人 日中合弁 日本拠点: 1999 年設立 システム開発、パッ ケージソフトの開 発 業務ノウハウの欠 落、外部設計の経 験不足、品質管理 の不足 共同で外部設計し、 内部設計からシス テムテストまで受 注 業務ノウハウ、設 計図・仕様書の書 き方、品質管理手 法 B 社 1996 年設立 所在地:瀋陽 社員数:1,300 人 日中合弁 日本拠点: 2001 年設立 システム開発、組 込みソフトウェア の開発 開 発 管 理 の 仕 方、 開発チームワーク の取り方、業務ノ ウハウの欠落 外部設計からシス テムテストまで受 注 業務ノウハウ、設 計図・仕様書の書 き方、品質管理の 手法、企業理念な ど C 社 1991 年設立 所在地:上海 社員数:430 人 日中合弁 日本拠点:なし 数値制御装置のソ フトウェアの開発 品 質 管 理 の 不 足、 開発チームワーク の取り方 外部設計からシス テムテストまで受 注。要件定義から 行うこともある 要 件 定 義 の 仕 方、 業務ノウハウ、設 計図の書き方、品 質管理の手法 D 社 2000 年設立 所在地:上海 社員数:2,642 人 地場企業 日本拠点: 2003 年設立 システム開発、組 込みソフトウェア の開発 業務ノウハウの欠 落、設計技術、開 発経験の不足 内部設計からシス テムテストまで受 注 開 発 体 制 の 確 立、 業務ノウハウ、設 計図の書き方 E 社 2003 年設立 所在地:蘇州 社員数:220 人 地場企業 日本拠点:なし 組込みソフトウェ アの開発 開発チームワーク の取り方、開発経 験の不足 プログラム設計か ら結合テストまで 受注 開発仕組みの確立、 開発経験、テスト 技術 (注)インタビュー場所 A、C、D、E 社:上海、B 社:瀋陽。 (出所)2007 年のインタビュー調査をもとに筆者作成。
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