• 検索結果がありません。

1 41 K Philharmony April 2015

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "1 41 K Philharmony April 2015"

Copied!
46
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

Pro

gram

B

最も心に残った

N響コンサート&

ソリスト2014

1997 年に「N響ベスト・コンサート」として始まって以来、今回で 18 回目を迎える「最 も心に残ったN響コンサート&ソリスト」。2014 年 1 月∼12 月に行われた定期公演から、 演奏をお聴きになったみなさまに投票をお願いし、今年は 550 近くの票が集まりました。 みなさまの思い出がどのように順位に反映されているでしょうか。投票にご参加いただ いたみなさま、ご協力ありがとうございました。 ブロムシュテット マリナー ルイージ ノリントン デュトワ サンティ

(2)

Ph ilh armo ny Ap ril 2 015

最も心に残ったN響コンサート2014

ブロムシュテット氏の真 な音楽作りにオー ケストラが全力で反応したもので、曲に込めら れた狂気や分裂性が浮かび上がった強烈な演 奏だった。ブロムシュテット氏は 87 歳とは思 えないほど元気な指揮ぶりであった。 (西口直克) もともとチャイコフスキーが好きで、楽しみ にしていましたが、予想以上に良かったです! この公演で、指揮者のヘルベルト・ブロムシュ テットさんも好きになりました。また彼の指揮 が見たいです。 (大前さやか) かねてから一度聴いてみたいと思っていたブ ロムシュテット氏の演奏会が叶いました。それ も大好きなチャイコフスキーの《悲愴》で。終 演後は数日間、頭の中で第 3 楽章が鳴り響い て幸せな余韻に包まれました。 (野澤久美子) 今までチャイコフスキーの交響曲では《第 5 番》が好きだったのですが、《第 6 番「悲愴」》 を聴いて深く心に染み入る温かい演奏にとて も感動しました。これ以上の演奏はないよう な気がして、他の演奏を聴けなくなりそうです。 (本田君代) チクルス最終回の《ジュピター》と《悲愴》 は稀有な名演。チャイコフスキーに「交響曲」 という文脈でアプローチし、無駄な感傷や味 付けを排したことで、作曲家が思い描いたド ラマが浮き彫りになり感動的でした。 (吉田雅之) ブロムシュテットさんとN響楽員との心が通 じ合っていることを感じることのできる演奏で、 こんな演奏に立ち会うことができてとても幸福 でした。 (畠山英二)   ブロムシュテット氏が初めてN響を振った時 の緊張感や充実感が鮮やかによみがえってき ました。30 年の時を経てもまったく変わらない、 すばらしい《悲愴》に喝采! (松下脩司) これまで何度も聴いてきた《悲愴》ですが、 とくに第 1 楽章のキレの良さに感動しました。 (今井達朗)

1

9月 A プロ 第1789 回|9月 27、28日

ヘルベルト・ブロムシュテット

(指揮)

モーツァルト/交響曲 第 41 番 ハ長調 K.551「ジュピター」

チャイコフスキー/交響曲 第 6 番 ロ短調 作品 74「悲愴」

(3)

Pro

gram

B

2

1 月 Aプロ  第1774 回|1 月 25、26 日

ファビオ・ルイージ

(指揮) モイツァ・エルトマン(ソプラノ)、ヘルベルト・リッパート(テノール)*、ティモシー・オリヴァー(テノール)**、 マルクス・マルクヴァルト(バリトン)**、東京混声合唱団(合唱)、東京藝術大学合唱団(合唱)**、 東京少年少女合唱隊(児童合唱)** オルフ/カトゥリ・カルミナ オルフ/カルミナ・ブラーナ ** 強 な指揮と練達の声楽陣による激烈なる オルフ。珍曲《カトゥリ・カルミナ》の踏み込ん だ歌詞対訳にも拍手。 (吉田 淳) N響打楽器陣の驚異的アンサンブルを示し た後、声楽パートも含めて白熱した《カルミ ナ・ブラーナ》を実現した名プログラム。指揮 のルイージが、音楽の根源的な力を自然な発 露として引き出したのがお見事。 (橋本正博) 初めてホールで涙をこぼしました。一生の 宝物となり、今もエルトマンの声が耳に残って います。 (森 郁生) 圧倒的な迫力の合唱、腹の底から響く管弦 楽、ルイージの熱い指揮の《カルミナ・ブラー ナ》にただただ感動。ソリストも素晴らしかっ た。期待をはるかに超えたものとなりました。 (坂口 誠) この日の《カルミナ》はN響の、というより 日本楽壇史において、特筆されるべき名演だ と思います。 (田原 昇) ルイージの指揮も素晴らしかったが、ソプラ ノのエルトマンも Good。めったに演奏されな い《カトゥリ・カルミナ》もおもしろかった。 (滝藤正廣) 文句無しに最高至福の《ペレアスとメリザン ド》!日本でこの水準の歌手とN響の演奏が聴 けて大感動!ホルスト・シュタインの《パルシファ ル》第 3 幕以来の超名演! (元井亮一) 歌手陣が世界レベルで素晴らしく、オケも 緻密・色彩感豊か。この 10 年のN響で最も心 に残ったコンサートです。 (新井久美子) 初めてこの曲を生で聴け、その真価を知る ことが出来た。デュトワに感謝。オケもこれ以 上望めない繊細さとニュアンスの豊かさで応え ていた。 (大矢行夫) 《ペレアスとメリザンド》は初めてでしたが、 男性歌手陣の演技力に入り込んで観てしまい ました。終演間近から終演までの静かな余韻 には自然と目が潤んでしまいました。デュトワ さんのオペラは毎回楽しみにしています。 (野村有紀子)

3

12 月 A プロ  第1796 回|12 月 5、7 日

シャルル・デュトワ

(指揮) ステファーヌ・デグー(ペレアス)、ヴァンサン・ル・テクシエ(ゴロー)、フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ(アルケル)、 カトゥーナ・ガデリア(イニョルド)、デーヴィッド・ウィルソン・ジョンソン(医師)、カレン・ヴルチ(メリザンド)、 ナタリー・シュトゥッツマン(ジュヌヴィエーヴ)、東京音楽大学(合唱) ドビュッシー/歌劇「ペレアスとメリザンド」(演奏会形式)

(4)

Ph ilh armo ny Ap ril 2 015 第6位 11 月 A プロ  第 1793 回|11 月 15、16 日 ネヴィル・マリナー(指揮) セルゲイ・ハチャトゥリアン(ヴァイオリン) ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品 61 ブラームス/交響曲 第 1 番 ハ短調 作品 68 第7位 12 月 C プロ  第 1797 回|12 月 12、13 日 シャルル・デュトワ(指揮) アラベラ・美歩・シュタインバッハー(ヴァイオリン) 武満 徹/弦楽のためのレクイエム(1957) ベルク/ヴァイオリン協奏曲「ある天使の思い出のために」 ドヴォルザーク/交響曲 第 9 番 ホ短調 作品 95 「新世界から」 第8位 10 月 A プロ  第 1790 回|10 月 18、19 日 ロジャー・ノリントン(指揮) フランチェスコ・ピエモンテージ(ピアノ) ベートーヴェン/序曲「レオノーレ」第 1 番 作品 138 ベートーヴェン/ピアノ協奏曲 第 1 番 ハ長調 作品 15 ベートーヴェン/交響曲 第 7 番 イ長調 作品 92 第9位 12月 Bプロ  第 1798 回|12 月 17、18 日 シャルル・デュトワ(指揮) ユジャ・ワン(ピアノ)* ドビュッシー(ラヴェル)/「ピアノのために」から 「サラバンド」 ドビュッシー(ラヴェル)/舞曲 ファリャ/交響的印象「スペインの庭の夜」* ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調* ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥」(1919 年版) 第10位 11 月 C プロ  第 1794 回|11 月 21、22 日 ネルロ・サンティ(指揮) ロッシーニ/歌劇「どろぼうかささぎ」序曲 ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」作品 9 チャイコフスキー/イタリア奇想曲 作品 45 レスピーギ/交響詩「ローマの松」

4

位 9 月 C プロ 第 1788 回|9 月 19、20 日

ヘルベルト・ブロムシュテット

(指揮) モーツァルト/交響曲 第 40 番 ト短調 K.550 チャイコフスキー/交響曲 第 5 番 ホ短調 作品 64 ブロムシュテットのチャイコフスキー《第 5 番》 は、なぜこれほど若い音楽になるのか不思議。 生き生きとしている。N響のアンサンブルも一 段と向上したように聞こえる。 (白井 真) マエストロがこれほど速いテンポ設定をすると は驚き。もちろん素晴らしかった。 (丸山明久) 低弦の本数を減らした絶妙な音域バランス のモーツァルト《第 40 番》、生涯最高のチャ イコフスキー《第 5 番》。誇張のない、ここま で完璧な演奏はブロムシュテットにしかできな い! (岡本昌夫) 宝石のようにきらきら輝く音楽。まさに至福 のひとときでした。演奏会終了後、楽屋口で お会いしたマエストロのにこやかな表情も忘れ られません。 (齋藤壽男)

5

位 9 月Bプロ 第 1787 回|9 月 10、11 日

ヘルベルト・ブロムシュテット

(指揮) モーツァルト/交響曲 第 39 番 変ホ長調 K.543 チャイコフスキー/交響曲 第 4 番 へ短調 作品 36 チャイコフスキー《第 4 番》は一体感と集中 力が特に素晴らしかった。ブロムシュテットの 指揮に必死についていくN響の姿勢にも共感 した。 (永田英稔) 初めて生でN響を聴きました。大好きなチ ャイコフスキーの交響曲はとても力強い演奏で したし、ブロムシュテット氏の細かいこだわり も見られました。会場の盛り上がりも凄かった。 愛されてますね! (小林 慧) サントリーホールでの《第 4 番》の名演がま たひとつ。お互いの深い信頼関係のもと、指 揮者とオケに加え、聴衆までも一体となって創 り上げられ、幸せな気分にさせてくれる演奏。 その場の一員でいられたことに感謝。 (三井英生) 美しくも激しい演奏で、気持ちがスカッとし ました!! (石川雄一)

(5)

Pro

gram

B

最も心に残ったソリスト2014

1

セルゲイ・ハチャトゥリアン

(ヴァイオリン)

11 月 A プロ 第 1793 回|11 月 15、16 日 ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品 61 ヤン・リシエツキ(ピアノ) 10 月 B プロ 第 1792 回|10 月 29、30 日 ショパン/ピアノ協奏曲 第 1 番 ホ短調 作品 11

2

ユジャ・ワン(ピアノ) 12 月 B プロ 第 1798 回|12 月 17、18 日 ファリャ/交響的印象「スペインの庭の夜」 ラヴェル/ピアノ協奏曲 ト長調

3

パトリツィア・コパチンスカヤ(ヴァイオリン) 6 月 A プロ 第 1784 回|6 月 7、8 日 プロコフィエフ/ ヴァイオリン協奏曲 第 2 番 ト短調 作品 63

4

アラベラ・美歩・シュタインバッハー (ヴァイオリン) 12 月 C プロ 第 1797 回|12 月 12、13 日 ベルク/ヴァイオリン協奏曲 「ある天使の思い出のために」

4

ヴァイオリンの美音をどこまでも堪能できた 演奏。初めてベートーヴェンの《ヴァイオリン 協奏曲》を最後まで楽しむことができた。マ リナー、N響のサポートも抜群であった。 (後藤英貴) これほど美しく繊細なヴァイオリンを奏で られる人は、そうはいないのではなかろうか。 歌に れたベートーヴェンの協奏曲をここま で美しく聴くことができ、大いに満足している。 一方で、カデンツァの鮮やかな弾きぶりも見 事であった。 (中野恒平) 本当に素晴らしかった、その一言のみです。 高齢のマリナーさんとゆっくり、一緒に舞台袖 まで歩く青年の姿は、世代も時代も超え、音 楽が人々を繫いでいく素晴らしさを表している ようでした。 (坂根真美)

(6)

Ph ilh armo ny Ap ril 2 015

投票を通じて寄せられたみなさまの声

招聘してほしい指揮者 ベスト 5 1 ヘルベルト・ブロムシュテット 2 ファビオ・ルイージ 3 グスターボ・ドゥダメル 4 エサ・ペッカ・サロネン 5 アンドリス・ネルソンス サイモン・ラトル 招聘してほしいソリスト ベスト 5 1 マルタ・アルゲリッチ(ピアノ) 2 五嶋みどり(ヴァイオリン) 3 内田光子(ピアノ) 4 ヒラリー・ハーン(ヴァイオリン) 5 庄司紗矢香(ヴァイオリン) いつも素晴らしい演奏をありがとうございま す。アマチュア・オーケストラで演奏を楽しんで いますが、N響の演奏会で生の音に触れる事 は大きな励みです。美しい音、きめ細やかで 丁寧な表現、本当に大切なものを教えて下さ っていると感じます。 (佐藤理子) クラシック音楽を聴き始めて 30 年。N響で 育ちました。地方ですので、もっぱらFMラジ オで楽しんでいます。是非ともNHKホールや サントリーホールで聴くのが、長年のささやか な夢です。 (三田陽和) 2014 年の演目の楽しさでは、11 月の C プ ログラムが一番でした。ネルロ・サンティの力 量をまざまざと見せつけられた一夜でした。何 でもいいから聴かせてほしい、そんな指揮者 です。 (高柳一也) 2 月 14 日、バレンタインデーの日に大雪の 中を男 2 人でNHKホールを訪れました。この 日のドヴォルザークの《第 8 番》、マリナーさ んの圧倒的な演奏に浸り、雪の積もった道を 興奮しながら帰りました。大雪の映像とともに あの興奮が忘れられません。 (渋谷 裕) 50 歳を過ぎて新しい曲や音楽家を自分か ら探して聴くことがほとんどなくなってきてお り、N響の定期で自分の知らない音楽や音楽 家に会えることは、人生にとって素晴らしいひ とときです。一方で、学生時代から聴いてい るブロムシュテットさんの音楽を毎年聴けるの もN響ならではの楽しみです。 (宮田昌一) 音楽とは無縁の妻を誘い出して聴きに行っ た 6 月Cプロ、アシュケナージさんの優しい顔 と温かい指揮振り、ソリストの熱演、大編成 のN響の響き、すべてが私共の思い出になり ました。 (藤崎 晃) ショパンの《ピアノ協奏曲第 1 番》を 19 歳 のヤン・リシエツキが、明快な自己主張を込め て雄大な作品として聴かせてくれた。下野さ ん指揮のオケも素晴らしいサポートだった。 (吉岡昌一) ユジャ・ワンのとても力強い打 、グリッサ ンド、ドレスに耳だけでなく目も楽しませてい ただきました。 (高橋宣仁) 人生で初めてのN響公演、9 月Aプロを 2 日 続けて聴きました。ブロムシュテットの熱い魅 力に引き込まれ、ホールに 10 分位上鳴り響い た拍手は、テレビ放送では感じられないもの で、感動で涙が れました。 (川口麻衣) 2014 年はとても良いシーズンでした。名 演・快演と呼ばれる演奏が多かったように思い ます。堀さん、永峰さん、長い間お疲れさま でした 。そしてここからは、まろさんのN響。 楽しみにしています。 (佐野智子) 次期首席指揮者のパーヴォ・ヤルヴィとN響 のコンビは本当に楽しみです。2015 年 2 月A プロの《巨人》も非常に良かった。今後を大 いに期待しております。 (長須俊一)

(7)

 セバスティアン・ヴァイグレは 1961 年、ドイツのベルリンの生ま れ。1961 年というと、東西ベルリ ンを完全に分断するベルリンの壁の 建設が始まった年である。ヴァイグ レがベルリンのどの地区の生まれな のかは明らかにされていないが、彼 は東ベルリンのハンス・アイスラー 音楽大学で学んでいる。ここで主と してホルンを学びながら、ホルス ト・フェルスター(1964 ∼ 1967 年、 ドレスデン・フィルハーモニー管弦 楽団の首席指揮者)に指揮を学んで いる。この頃からヴァイグレは指揮 にも関心があったに違いない。 歌劇場のホルン奏者から指揮者へ  1982 年、ヴァイグレはベルリン 国立歌劇場管弦楽団(シュターツカ ペレ・ベルリン)の首席ソロ・ホルン 奏者に就任。当時の音楽総監督は、 NHK交響楽団の名誉指揮者だった オットマール・スウィトナーである。 ホルン奏者としてのヴァイグレは極 めて優秀で、ソロ奏者としての録音 も残されている。また 1991 年から 1995 年までベルリン八重奏団(旧 東ベルリンのベルリン交響楽団を母

Sebastian W

eigle

©Monika Rittershaus 文 吉田光司

ドイツの音楽界で人気を誇る

巧みなバランス感覚を備えた指揮者

今月のマエストロ

セバスティアン・ヴァイグレ

(8)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5 イムの秘蔵っ子として歌劇場におけ る指揮のすべてを叩き込まれている。 数々の新制作を大成功へと導く  その後の指揮者ヴァイグレの歩み は極めて順調である。2004 年から 2009 年までスペインを代表する歌 劇場のひとつ、バルセロナのリセウ 大劇場の音楽監督を務める。ヴァイ グレは意欲的な新制作を成功に導き、 2005 年、2006 年、さらには退任後 の 2010 年にも、バルセロナの批評 家から名誉ある賞を贈られている。  2007 年から 2011 年には、バイロ イト音楽祭で、ワーグナーの曾孫 カタリーナ・ワーグナーが演出を手 掛けた《ニュルンベルクのマイスタ ージンガー》の指揮を受け持つ。カ タリーナの挑発的な演出に賛否がひ どく分かれるという難しい状況の中、 ヴァイグレは 5 年間の計 30 公演を すべて一人で受け持った。2013 年 4 月にはその《マイスタージンガ ー》を東京でN響と演奏会形式で上 演して好評を博したのは、まだ記憶 に新しいところだ。  少し戻って 2003 年 2 月、ヴァイグ レはフランクフルト歌劇場で R. シ ュトラウス《影のない女》の新制作 上演の指揮を務めた。公演は大成功 を収め、ドイツの権威ある音楽誌は ヴァイグレを年間最優秀指揮者に選 出した。5 年後の 2008 年、ヴァイ グレはフランクフルト歌劇場の音楽 総監督に迎えられる。今この劇場は 黄金期と言えるほど充実しており、 とりわけワーグナーやR. シュトラ 体とする団体)のホルン奏者も務め ており、1993 年 2、3 月には同団の 一員として来日している。  ヴァイグレがベルリン国立歌劇場 のホルン奏者を務めていた 15 年間 のちょうど半ば頃にあたる 1989 年 11 月、ベルリンの壁が崩壊、さら に 1990 年 10 月 3 日 に ド イ ツ は 再 統一を果たす。もちろんベルリンは 一つの町に戻り、町並みも文化も急 速に変化していく。  ヴァイグレの運命を変えたのは、 ベルリン国立歌劇場の新しい音楽総 監督、ダニエル・バレンボイムだっ た。バレンボイムは 1992 年に着任 すると、古風なドイツの伝統を守っ ていたベルリン国立歌劇場を、世界 から注目を浴びる最先端の歌劇場へ と変貌させていった。そして慧眼の 音楽総監督は、ホルン奏者ながら既 にベルリンで積極的に指揮活動をし ていたヴァイグレに目を付け、1997 年、彼をベルリン国立歌劇場の第 1 楽長(楽長=カペルマイスター) に 大抜 する。楽長は音楽総監督の部 下であり、上演の指揮もすれば、音 楽に関する下働きもする役職である。 第 1 楽長ともなれば音楽総監督の側 近であり、責任も大きい。  バレンボイムがヴァイグレにい かに期待を寄せていたのかは、彼 が第 1 楽長に就任してすぐの 1997 年 11 月に挙行されたベルリン国立 歌劇場の来日公演で、モーツァルト 《魔笛》全 5 公演のうち 2 公演をヴ ァイグレに任せたことでも明らかだ。 2002 年まで、ヴァイグレはバレンボ

(9)

上げの指揮者ならではの巧みなバラ ンス感覚で音楽にあざとさを許さな いので、常に音楽の風合いが良い。 加えてヴァイグレの音楽には、ホル ン奏者を務めていた東ベルリン時代 の、スウィトナーが音楽総監督を務 めていた頃のベルリン国立歌劇場の 実直な気風と、再統一ベルリンの同 劇場で養われた活気ある新しい時代 の感覚と、2 つの要素が融合した独 特の魅力がある。今、特にドイツの 音楽界でヴァイグレが非常に高い人 気を誇っているのは、懐古的になら ず伝統を担い、先鋭的にならず現代 感覚を備えたヴァイグレの音楽に、 良き未来が見いだせるからなのかも しれない。  今年で 54 歳、ヴァイグレは着実 にドイツの巨匠へと向かっている。    (よしだ・こうじ 音楽評論家) ウスのオペラの上演においては、ド イツでも随一の評判を誇っている。  もちろんヴァイグレは演奏会活動 も活発に行っている。ことにR. シュ トラウスの管弦楽作品はかなり珍し い曲まで取り上げており、オペラと もどもスペシャリストと言ってもよ いほどだ。一方で、ドイツの指揮者 にしてはブルックナーとマーラーの 交響曲をあまり多く取り上げていな い。 未来を担う、ヴァイグレの音楽性  ヴァイグレの音楽は、適度に引き 締まった響き、やや明るめの音色と 淀みのない自然な流れを大切にした ものだ。ワーグナーやR. シュトラ ウスのような複雑な楽譜の隅々まで 神経を通わせ、必要とあらば思い切 った表現も採るのだが、歌劇場叩き まで、バイロイト音楽祭で《ニュル ンベルクのマイスタージンガー》を 指揮。他にウィーン国立歌劇場、バ イエルン国立歌劇場、ドレスデン国 立歌劇場など、世界の主要歌劇場に 客演している。ワーグナーとR. シ ュトラウスのオペラで高い評価を得 ている他、演奏会活動も活発に行っ ている。  NHK交響楽団とは 2002 年 1 月 に初共演。2013 年 4 月には東京・春・ 音楽祭で《ニュルンベルクのマイス タージンガー》を演奏会形式で演奏 した。        (吉田光司)  1961 年、ドイツ、ベルリンの生 まれ。ハンス・アイスラー音楽大 学でホルン、ピアノ、指揮を学ぶ。 1982 年、シュターツカペレ・ベル リンの首席ソロ・ホルン奏者に就任。 並行して指揮活動も開始。1993 年 からブランデンブルク青年フィルハ ーモニーの首席指揮者。1997 年か ら 2002 年まで、ベルリン国立歌劇 場の第 1 楽長。2004 年から 2009 年 まで、スペイン、バルセロナのリセ ウ大劇場の音楽監督。2008 年から フランクフルト歌劇場の音楽総監督 を務めている。2007 年から 2011 年 プロフィール 今 月 の マ エ ス ト ロ     セ バ ス テ ィ ア ン ・ ヴ ァ イ グ レ

(10)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5

Michael Sa

nderling

©Marco Borggreve 文 舩木篤也

オーケストラ・プレーヤーのことばをしゃべる指揮者

今月のマエストロ

ミヒャエル・ザンデルリング

 第一次世界大戦のさなかにマック ス・レーガーが編曲した、バッハの オルガン曲《おお人よ、おまえの罪 に泣け》。これに、休憩を挟むこと なくショスタコーヴィチの《交響曲 第 11 番「1905 年」》を続ける ─ 今年の 2 月 13 日、ドイツはドレス デンにて、ミヒャエル・ザンデルリ ングが指揮したプログラムである。 管弦楽は、彼がいま首席指揮者を務 め、最も心血を注いでいるドレスデ ン・フィルハーモニー管弦楽団だ。  2 月 13 日、14 日、15 日は、ドレ スデン市民にとって記憶すべき重大 な日である。1945 年のこの 3 日間、 英米軍の無差別爆撃によって、「エ ルベ川のフィレンツェ」は灰燼に帰 した。ザンデルリングが指揮したの は、これを心に刻むメモリアル・コ ンサートだったのだ。  1967 年生まれの彼は、戦争を知 らない世代に属す。そんな彼が、こ のような選曲でもって「この日・こ の場所」というローカルな地点をこ え、まなざしを、20 世紀の、いや 人類の罪全般にまで向けているのが 目を引く。ロシア第一次革命の引き 金となった「血の日曜日」を描いた とされるショスタコーヴィチの《交 響曲第 11 番》について、ザンデル リングはこう語る。  「ここで作曲家は問うているので

(11)

今 月 の マ エ ス ト ロ     ミ ヒ ャ エ ル ・ ザ ン デ ル リ ン グ ばしば指揮者なしで演奏する─も のの、チェロ席からその役を果たす のはどうも難しい。ならばと中央に 立ってみたのだ。「なにか準備をし ていたということは、まったくあり ません。でも自分の身体が指揮に向 いていると、すぐに気づきました。 自分のなかに『ウイルス』がずっと 眠っていたのかもしれませんね」。   そ し て 2005 年、 正 式 に 指 揮 者 としてデビュー。このときタクト を執ったドレスデン・フィルハー モニー管弦楽団の首席指揮者に、 2011/2012 年シーズンより就任した。 ほかの著名楽団からも今やひっぱり だこなのは、プロフィール欄にみる とおりである。 経験から得た優れたバランス感覚  こうして故クルト・ザンデルリン グの 3 人の息子たちは、結局、みな 父親の職業を引き継いだことになる。 ミヒャエルの 2 人の兄、トーマスも シュテファンも指揮者だ。  ただ、ミヒャエルに関していえば、 直接の手ほどきを父親から受けたこ とはないらしい。「もちろん、父の 演奏会は数え切れないほど聴きまし たが」。これにオーケストラ・プレー ヤーとしての経験が加わり、今の彼 がある。「上から意見を押しつける 指揮者というのは、もはや通用しま せん。楽員と共通のエモーションを 分かち合うことが大切です」。楽員 からは、「オーケストラ・プレーヤー のことばをしゃべる指揮者」と言わ れるそうだ。 す。『お前たち、自分で自分の血に 銃を向けるとは、気は確かか?』 と」。 チェロ席から指揮台へ  生まれ育ったのは、東ベルリン。 ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)の 首都である。いわゆる「冷戦」の前 線であり、危機の感覚が、骨身に沁 みているのかもしれない。あるいは 父親、故クルト・ザンデルリングか らの精神的遺産もあるだろうか。ナ チス・ドイツからソ連に亡命し、や がてレニングラード・フィルハーモ ニー交響楽団(当時)でムラヴィン スキーの片腕となり、1960 年代か らは東ドイツを中心に活躍した、か の高名な指揮者である。  ミヒャエルは、5 歳になってもま だ、ことばがほとんど話せなかった という。心配した両親は、ことばが 難しいなら楽器を持たせようと考え た(母はコントラバス奏者のバルバ ラ・ザンデルリング)。そうしてあて がわれた楽器、チェロを弾くように なり、彼は職業チェリストにまで成 長した。ソロ・デビューは 1987 年。 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管 弦楽団で、次いでベルリン放送交響 楽団で、オーケストラ奏者も務めた。 教育にも力を入れ、ベルリン、フラ ンクフルト、ベルンではチェロの教 職に就いた。  そんな彼が初めて「指揮」をした のは、2001 年、ベルリン室内管弦 楽団の中で弾いていたときのこと。 リーダーを任された─ 同団はし

(12)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5 情熱も並々ならぬものがある。  なかでもショスタコーヴィチは、 独墺系の名曲よりも演奏頻度が高い のではないか。今年も先の《交響 曲第 11 番》の演奏会以後、夏が来 るまでに《第 6 番》(ドレスデン)、 《第 7 番》(ベルリン)、《第 15 番》 (ライプツィヒ)と演奏する。その 熱の入れようは、この作曲家と親交 のあった父クルト以上かもしれない。 同シーズンにはほかに、ジョン・ア ダムズ(1947 年∼、アメリカ)、ト ビアス・ブロストレム(1978 年∼、 スウェーデン)といった同時代音楽 も指揮する。NHK交響楽団への出 演は今回が初めて。いずれこの方面 の音楽も聴かせてくれることを期待 しよう。 (ふなき・あつや 音楽評論家)  つまりは、アンチ暴君。ミヒャエ ル・ザンデルリングはたしかにそう いう人だと、演奏からも感じ取れる 気がする。筆者はここで、以前聴い たバランス感覚に優れたベートー ヴェンの《第 7 交響曲》を思い出 す。ドレスデン・フィルの特質を活 かした弦楽主体の響き。それを破壊 して、これぞ 21 世紀のベートーヴ ェンなりと肩を怒らせたりはしない。 と同時に、古楽界に刺激された近年 の「歴史的情報に基づく演奏」の成 果をもとりいれる。2 小節周期の前 進運動を明確にした、行進曲にも似 た第 2 楽章は、その好例となろう。  ウィーン古典派や、ロマン派の音 楽は、たしかにザンデルリングのレ パートリーの中核にあると言ってよ い。いっぽうで、近現代音楽に注ぐ 演も重ね、2011/2012 年シーズンに ドレスデン・フィルハーモニー管弦 楽団の首席指揮者に就任、現在に至 る。この他、ライプツィヒ・ゲヴァ ントハウス管弦楽団、チューリヒ・ トーンハレ管弦楽団、バイエルン放 送交響楽団など、世界各地で活躍し ている。教育にも熱心で、近年では 青年ドイツ・フィルハーモニーなど の指導に当たっている。  日本の楽団を指揮するのは、読売 日本交響楽団に続いてこれが 2 度目 となる。       (舩木篤也)  1967 年、旧東ベルリン生まれ。 最初はチェリストとして活躍し、19 歳にしてライプツィヒ・ゲヴァント ハウス管弦楽団の首席チェロ奏者に 着任。1992 年まで同職にあった後も、 ベルリン放送交響楽団の首席客演奏 者を 2006 年まで務めた。  指揮者デビューは 2005 年、ドレ スデン・フィルハーモニー管弦楽団 に登場したとき。2006 年、ポツダ ム室内アカデミーの首席指揮者兼芸 術監督となり 2010 年までこの座に あったが、その間、著名楽団への客 プロフィール

(13)

 ウラディーミル・フェドセーエフ を実演で初めて聴いたのは 1986 年 だったと思う。オーケストラは彼 の手兵であるモスクワ放送交響楽 団(現在のチャイコフスキー交響楽 団)。オール・ロシアもののプログラ ムだったが、演奏もいかにもロシア 的と形容するに相応しいような、た っぷりとした量感ある響きによる豪 放な演奏で、《ペトルーシカ》にし ろ《展覧会の絵》にしろ、金管や打 楽器を凄まじいまでに鳴らして土俗 性を強調したその荒々しさに、度肝 を抜かれたことを覚えている。それ 以前に実演に接していたムラヴィン スキー、スヴェトラーノフ、ロジェ ストヴェンスキーといったロシア人 指揮者が豪壮さのうちにも非常に統 制のとれた音楽作りをしていたのと はやや違って、オーケストラのパワ ーを全開させるような威勢のよい力 技に、フェドセーエフの特質を感じ たものである。 細やかに考え抜かれた音楽作り  しかしその後、当時リリースされ ていた彼の数々のレコーディングや、 再度の来日公演などを聴いて、決し

Vladimir F

edoseyev

©Oleg Nachinkin 文 寺西基之

既成の枠にとらわれない並外れた個性を持つ巨匠

今月のマエストロ

ウラディーミル・フェドセーエフ

(14)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5 うまく嵌っている。 民族楽器をルーツとする 独自の演奏スタイル  フェドセーエフのこうした濃やか な表現は好悪の分かれるものでもあ ろう。ロシアでさえ彼の音楽にアク の強さを感じる人が結構いるという。 以前はそれを彼の経歴に結び付けて 悪く言う人も多かったようで、かつ てあるロシアの音楽関係者と話した 機会に話題がフェドセーエフに及ん だ際、彼は肩をすくめて「彼が正統 的なきちんとした演奏ができないの は、民族楽器の楽団を振っていたよ うな指揮者だからだ」とやや軽 す るように述べていたことを思い出す。 もう相当前のことで、その後ウィー ン交響楽団の首席指揮者になるなど、 押しも押されもしない世界的指揮者 として活躍するようになったフェド セーエフの音楽性を、過去のキャリ アを理由に貶めるようなことは今で はさすがにほとんどないだろう。し かし、フェドセーエフ自身が自認し ているように、民族楽器・民族音楽 のジャンルの出身であることは彼に とってマイナスどころか、その独特 の美質の形成に与って力があったと みるべきだと思われる。民族楽器か ら出発したことによって、伝統的な アカデミズムに縛られない自由な視 点と発想を持つことができ、その結 果が既成の枠にとらわれない彼独自 のロシア的な演奏スタイルを生み出 すことに繫がったのではないだろう か。今日の演奏界は世界的にみても、 てそうした面だけがフェドセーエフ の特徴ではないことが浮かび上がっ てきた。たしかに総体的にはロシア 人らしい力感と重量感あふれる骨太 のものながら、彼なりに組み立てら れた全体の論理的な流れ、剛毅さの 中に織り込まれるふくよかな感触、 弱音の多用とその巧妙な生かし方、 パートや声部に対する入念なバラン スのとり方など、細やかに考え抜か れた音楽作りがなされていることが わかってきたのである。自らの感性 によった独自の仕方で筋の通った運 びを作り出し、その中でユニークな 味付けをみせる彼の演奏は、決して ただ力だけで押していくようなもの でない。  彼の音楽は表現のレンジが広く、 例えばテンポの設定はしばしば極端 なほどに緩急のコントラストが際立 たされ、ダイナミクスも弱く柔らか な響きから轟くような最強音に至る まで振幅が大きい。表情の点でも、 陶酔的ともいえる濃密さをみせたか と思うとそっけないほどにあっさり と進行するといったように、様々な 変貌をみせる。叙情的な旋律での息 の長いべったりしたレガートによる 歌い回しも独特だし、勢いに任せる かのように前のめりに音楽を進めて いくかと思うと、細部にデリケート なこだわりをみせたり、意外なほど に洒落たセンスを窺わせたりなど、 とにかくフェドセーエフの音楽には 一筋縄ではいかないものがある。し かしそうした多面性は、一本の太い 芯に貫かれた全体の流れの中に実に

(15)

独奏者アンナ・ヴィニツカヤとの迫 力ある丁々発止のやり取りが聴きど ころとなるだろう。一方《シェエラ ザード》はとりわけフェドセーエフ の多彩な持ち味が十二分に発揮され やすい作品だ。これまでもモスクワ 放送交響楽団や東京フィルハーモニ ー交響楽団とともに実に凝った味付 けによる《シェエラザード》を何度 か聴かせており、特に第 1 曲のゆっ たりとうねるような壮大さやフィナ ーレの凄まじいまでの盛り上げ方に はいつも圧倒されてきたが、今回N 響とはどのような演奏になるのだろ うか。フェドセーエフとN響の初顔 合わせは 2013 年の定期公演で、今 回は 2 年ぶり 2 度目の登場となる。 前回以上に息の合った演奏となるこ とを期待したいものだ。 (てらにし・もとゆき 音楽評論家) かつてのような個性豊かな巨匠がほ とんどいなくなってしまったが、そ の中においてこうした並外れた個性 を持つフェドセーエフの存在はとて も大きなものがある。 十八番が並ぶロシア・プログラム  そのフェドセーエフが今回のN響 定期で選んだ曲目は、ラフマニノフ の《ヴォカリーズ》と《ピアノ協 奏曲第 2 番》、リムスキー・コルサ コフの《交響組曲「シェエラザー ド」》で、まさにフェドセーエフの 十八番ばかりが並んだプログラムで ある。ラフマニノフの音楽特有の情 感たっぷりなカンタービレはフェド セーエフが特にお得意とするところ。 《ヴォカリーズ》の息の長い旋律を どのように歌わせるのか楽しみだし、 《ピアノ協奏曲》ではそれに加えて ー管弦楽団、ライプツィヒ・ゲヴァ ントハウス管弦楽団、フランス国立 管弦楽団、チューリヒ・トーンハレ 管弦楽団、クリーヴランド管弦楽団、 ピッツバーク交響楽団など欧米各地 の楽団に客演し、オペラでもウィ ーン国立歌劇場、ミラノ・スカラ座、 ボリショイ劇場など世界の一流の歌 劇場に登場している。1996 年以来 東京フィルハーモニー交響楽団の首 席客演指揮者を務めるなど、日本と の関係も深い。  NHK交響楽団とは今回が 2 度目 の共演となる。    (寺西基之)  ロシアを代表する名指揮者。1932 年レニングラード(現サンクトペテ ルブルク)に生まれる。モスクワ のグネーシン音楽アカデミーを経 て、モスクワ音楽院に学び、指揮を レオ・ギンズブルクに師事。1974 年 にモスクワ放送交響楽団の芸術監 督・首席指揮者に就任し、同団がチ ャイコフスキー交響楽団と改称され た今日に至るまで長い信頼関係を築 いてきた。一方で 1997 年から 2004 年まではウィーン交響楽団の首席指 揮者も兼任。またバイエルン放送交 響楽団、ベルリン・フィルハーモニ プロフィール 今 月 の マ エ ス ト ロ     ウ ラ デ ィ ー ミ ル ・ フ ェ ド セ ー エ フ

(16)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5

Program

A

1805th Subscription Concert / NHK Hall 11th (Sat.) Apr, 6:00pm 12th (Sun.) Apr, 3:00pm 第 1805 回 NHKホール 4/11[土]開演 6:00pm 4/12[日]開演 3:00pm [指揮] セバスティアン・ヴァイグレ

[conductor]

Sebastian Weigle

ベートーヴェン 交響曲 第 6 番 ヘ長調 作品 68「田園」 (40 ) Ⅰ 田舎に着いたときの愉快な気分:アレ グロ・マ・ノン・トロッポ Ⅱ 小川のほとり:アンダンテ・モルト・モー ト Ⅲ 田舎の人々の楽しいつどい:アレグロ Ⅳ 雷と嵐:アレグロ Ⅴ 牧歌。嵐のあとの喜びと感謝:アレグ レット

Ludwig van Beethoven (1770-1827)

Symphony No.6 F major op.68

“Pastorale”

Ⅰ Erwachsen heiterer Empfindungen bei der Ankunft auf dem Lande: Allegro ma non troppo

Ⅱ Szene am Bach: Andante molto moto Ⅲ Lustiges Zusammensein der Landleute:

Allegro

Ⅳ Gewitter, Sturm: Allegro

Ⅴ Hirtengesang, frohe und dankbare Gefühle nach dem Sturm: Allegretto

[concertmaster]

Fuminori Shinozaki

[コンサートマスター]

篠崎史紀

Richard Wagner (1813-1883)

“Tristan und Isolde”

– Vorspiel,

‘Tatest du’s wirklich?’*,

Isoldes Libestod

Richard Wagner

“Die Meistersinger von Nürnberg”

– Aufzug der Meistersinger,

Ansprache des Pogner: ‘Das schöne Fest, Johannistag’*,

Vorspiel (I. Aufzug)

ワーグナー 楽劇「トリスタンとイゾルデ」(30 ) ― 前奏曲、   「それはほんとうか」」*   イゾルデの愛の死 ワーグナー 楽劇「ニュルンベルクの マイスタージンガー」(19 ) ― 「親方たちの入場」、   ポーグナーのことば 「あすは聖ヨハネ祭」* (第 1 幕への)前奏曲 [bass]

Kwangchul Youn

* [バス] ヨン・グァンチョル* 休憩 Intermission

(17)

Program

A

Soloist

Kwangchul Youn

バス

ヨン・グァンチョル

場、ウィーン国立歌劇場、メトロポ リタン歌劇場など世界中の主要歌劇 場で活躍。コンサート歌手としての 活躍も目覚ましく、バルセロナ交響 楽団、ベルリン・フィルハーモニー 管弦楽団、ケルン放送交響楽団と共 演し好評を得る。  2014/2015 シーズンはスカラ座で の《トロヴァトーレ》、バイエルン国 立歌劇場で《パルシファル》、ドレ スデン国立歌劇場でティーレマン指 揮《シモン・ボッカネグラ》に登板。 CD録音も多数。N響とは初共演で ある。(小田島久恵/音楽ライター)  韓国出身。1993 年から 2004 年ま でベルリン国立歌劇場のアンサン ブル・メンバーを務める。《運命の 力》カラトラーヴァ侯爵やグァルデ ィアーノ神父、《シモン・ボッカネグ ラ》フィエスコ、《魔笛》ザラスト ロ、《ドン・ジョヴァンニ》タイト ル・ロールなどヴェルディやモーツ ァルトのほか、ワーグナーの《パル シファル》グルネマンツやティトゥ レル、《トリスタンとイゾルデ》国 王マルケ役などをレパートリーにも つ。1996 年以来バイロイト音楽祭 にたびたび登場。ベルリン国立歌劇

(18)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5  標題音楽という用語と概念は、 1850 年代にリストが自ら開拓創案 した一連の「交響詩」を説明するた めに導入したもので、ベートーヴ ェンの《交響曲「田園」》(1808 年) や、今日では標題交響曲の代名詞の ように呼ばれるベルリオーズ(1803 ∼1869)の《幻想交響曲》(1830年) 初演当時でさえも「標題音楽」とか 「標題交響曲」という呼称や概念は まだなかった。とはいっても、標題 音楽の対立概念として考え出された 絶対音楽という範疇で《交響曲「田 園」》を捉えることにも無理があり、 不自然さが残る。  ベートーヴェンの主張には 2 つ の意図が隠されているように思われ る。後世の概念である標題音楽の美 学的意味はともかくとして、実践的 な音楽表現語法として、描写的表現 を含む広い意味での標題音楽はルネ サンス時代(さまざまなバッタリア =戦闘の音楽、カッチャ=狩猟の音 楽等々)やバロック時代(たとえ ば、ヴィヴァルディのソネット付 きヴァイオリン協奏曲集、いわゆ る《四季》等々)から存在していた ばかりか、かなり隆盛してもいたの である。ソナタ形式の発展と並行し て、というより、それに伴ってさま ざまな器楽ジャンルが開拓された古  1808 年 12 月 22 日 に 行 わ れ た こ の交響曲の初演の時に使われた第 1 ヴァイオリン・パート譜に、ベート ーヴェンは「シンフォニア・パスト レ ッ ラ(Sinfonia pastorella) あ る い は田舎での生活の思い出。絵画とい うよりも感情の表出」と記してい る。また、初演 5 日前の『ウィー ン新聞』に掲載された演奏会予告で は、コンサート第 1 部の最後に演 奏されるのは《交響曲、ヘ長調。田 舎での生活の思い出》と題されてい る。さらにこの作品の作曲に使っ ていたスケッチ帳にも「性格交響 曲(Sinfonia charakteristique)あるい は田舎での生活の思い出」と記して いる。なぜここまで、絵画的描写で はなく感情の表現ということを強調 しなければならなかったのだろうか。 しかも、この作品では後掲するよう に、5 つの楽章それぞれに広く知ら れた標題(書かれた説明文という意 味でのプログラム)が付けられてお り、ベートーヴェン自身がいかに否 定しても、1809 年 5 月に出版された 初版譜(パート譜)タイトルに「シ ンフォニー・パストラーレ(Sinfonie pastorale)」(牧歌的交響曲=田園交 響曲)とあることから、これが標題 交響曲の範疇に含まれるとしても不 都合ではない。

ベートーヴェン

交響曲 第 6 番 ヘ長調 作品 68「田園」

(19)

Program

A

作曲年代:1807 年暮れ∼ 1808 年 8 月、ウィー ン 初演:1808 年 12 月 22 日、アン・デア・ウィー ン劇場で。ベートーヴェン自身の指揮による 楽器編成:フルート 2、ピッコロ 1、オーボエ 2、 クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 2、ト ランペット 2、トロンボーン 2、ティンパニ 1、 弦楽 典派時代が、むしろ例外的に標題音 楽から遠ざかっていたとも言えそう だ。そうした時代にあって、ベート ーヴェンが考えていた作曲理念では、 描写語法は高く評価できるものでは なかったようである。ただ、ベート ーヴェンも劇音楽、たとえば、バ レエ音楽《プロメテウスの創造物》 (1800/1801 年)の序曲後の導入音 楽では、《交響曲「田園」》の「雷と あらし」の原型とも呼ベる雷鳴の描 写表現なども見られる。また、後年 の管弦楽曲《ウェリントンの勝利》 (1813 年)では戦闘描写そのものが 作品の前半を成している。つまり、 ベートーヴェンも明確な物語性を表 現する場合には描写表現を使ってい るのである。ただ、ベートーヴェン にとって交響曲はそうした対象では なかったのである。  もうひとつの理由は、おそらく、 これが真意であろうが、当時シュト ゥットガルトの宮廷楽長で、特にジ ングシュピール作品で人気のあった 作曲家でありオルガニストでもあっ たユスティン・ハインリヒ・クネヒト (1752 ∼ 1817)の作品とは次元の異 なる作品であるという主張であった と思われる。クネヒトには 1784 年 作曲の15の楽器のための交響曲《自 然の音楽的描写》、1794 年作曲のオ ルガンのための《雷雨によって妨げ られた牧人の喜びのひと時》という 作品がある。クネヒトの作品は作曲 直後に印刷出版されており、かなり 広く知られていたという状況から、 ベートーヴェンがこれら 2 曲を知っ ていた可能性は高い。《交響曲「田 園」》の 5 つの楽章に付けられた標 題の流れや構成がクネヒト作品と相 似しているため、ベートーヴェンは 「自分の作品はクネヒトなどの当世 流行の描写音楽とは次元の異なるも のである」と自己主張したと考える べきだろう。 第 1 楽章 「田舎に着いたときの愉快 な気分」アレグロ・マ・ノン・トロッ ポ ヘ長調 2/4 拍子。 第 2 楽章 「小川のほとり」アンダン テ・モルト・モート 変ロ長調 12/8 拍 子。 第 3 楽章 「田舎の人々の楽しいつど い」アレグロ ヘ長調 3/4 拍子。第 4 楽章へアタッカで続く。 第 4 楽章「雷と嵐」アレグロ ヘ短調 4/4 拍子。第 5 楽章へアタッカ。 第 5 楽章 「牧歌。嵐のあとの喜びと 感謝」アレグレット ヘ長調 6/8 拍子。 (平野 昭)

(20)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5  1858 年、ワーグナーはマティル デやミンナといった、すべての人間 関係のしがらみを断ち切るようにヴ ェネチアへと逃れるが、あまり作曲 ははかどらず、結局ヴェネチアから スイス・ルツェルンへと戻り、翌年、 孤独な環境で作曲を終えた。  初演は、貧窮のどん底にあったワ ーグナーを、即位したばかりのバイ エルン国王ルートヴィヒ 2 世が招聘 するという「奇跡」の起こった翌年 の 1865 年に、ミュンヘン宮廷歌劇 場で行われた。曲の長大さに辟易す る聴衆が多い中にあって、ワーグナ ーが理想のトリスタンと褒め称えた ルートヴィヒ・シュノール・フォン・ カルロスフェルトの絶唱によって、 初演はまずまずの成功を収めたとさ れる(この初演後、カルロスフェル トは急死してしまった)。  第 1 幕冒頭に置かれた〈前奏曲〉 では、チェロによるトリスタンを表 す動機と木管によるイゾルデを表す 動機が組み合わされ、この 2 つの動 機が「トリスタン和音」(ヘ ‒ ロ ‒ 嬰ニ ‒ 嬰ト)と呼ばれる、従来の音 楽の枠組みを超えた和音でつながれ ている(この全体を「憧憬の動機」 と呼ぶこともある)。「トリスタン和 音」と呼ばれるこの 4 つの音の組み  1849 年、ドレスデンの三月革命 にあたって、リヒャルト・ワーグナ ーは革命側に荷担した。ワーグナー は当時、同地の宮廷楽長、すなわち 体制側の人間であったにもかかわら ず、反体制側を後押ししたため、チ ューリヒをはじめとするスイス各地 やパリなどで、10 年以上に及ぶ亡 命生活を強いられる。ライフワーク たる《ニーベルングの指環》四部作 は、一括上演どころか、完成の見込 みすらまったくたたず、さしあたっ て手軽に上演できる作品を作曲する 必要に迫られた。しかし、そうして 作られたはずの《トリスタンとイゾ ルデ》ではあったが、ワーグナーの 手にかかると、これも空前絶後の壮 大な作品へと変貌してしまうのだっ た。  楽劇《トリスタンとイゾルデ》は、 チューリヒの絹織物商オットー・ヴ ェーゼンドンクの妻マティルデとの 情事によって霊感を受けて作られた とされる。トリスタン=ワーグナー、 イゾルデ=マティルデ、マルケ王= オットー(あるいはワーグナーの妻 ミンナか)と考えれば、《トリスタ ン》は、作曲家が自己の体験と思想 を音楽に封じ込めた自伝的な作品と して解釈することも可能であろう。

ワーグナー

楽劇「トリスタンとイゾルデ」

前奏曲、「それはほんとうか」、イゾルデの愛の死

Richard Wagner

1813-1883

(21)

Program

A

作曲年代:1857 ∼ 1859 年 初演:1865 年 6 月 10 日、ミュンヘン宮廷劇場、 指揮ハンス・フォン・ビューロー 楽器編成:前奏曲 フルート 3、オーボエ 2、 イングリッシュ・ホルン 1、クラリネット 2、 バス・クラリネット1、ファゴット3、ホルン4、 トランペット 2、トロンボーン 3、テューバ 1、 ティンパニ 1、弦楽 「それはほんとうか」 フルート 1、オーボエ 2、イングリッシュ・ホルン 1、クラリネット 2、 バス・クラリネット1、ファゴット3、ホルン4、 トロンボーン 3、弦楽、バス・ソロ イゾルデの愛の死 フルート 3(ピッコロ 1)、 オーボエ 2、イングリッシュ・ホルン 1、クラ リネット 2、バス・クラリネット 1、ファゴッ ト 3、ホルン 4、トランペット 3、トロンボ ーン 3、テューバ 1、ティンパニ 1、ハープ 1、 弦楽 合わせはこれまで様々に解釈されて きたが、はっきりとした終止感を持 たない響きによって、後年、20 世 紀の音楽に多大な影響を与えたこと は疑いがない。第 1 幕ではイゾルデ が、みずからの許嫁を殺したトリス タンに贖罪を迫る。そしてふたりは ともに毒杯をあおるものの、侍女ブ ランゲーネによってすり替えられた 媚薬を飲み、この世では成就し得な い、許されぬ愛に苦しむことになる。 〈前奏曲〉冒頭は、この場面の音楽 を、凝縮して再構成したものである。 次から次へと「嵐のように高まる激 情」は、決して終止することなく展 開する音楽によって描かれ、最高潮 を迎えた瞬間、もとの「トリスタン 和音」へと戻ってしまう。そこには、 19 世紀を席巻したソナタ形式に典型 的な、主題の発展と止揚という「進 歩史観」は見られない。  第 2 幕、トリスタンとイゾルデの ふたりは人目を忍んで 瀬を愉しむ が、その現場に家臣メロートに連れ られたマルケ王が踏み込む。マルケ 王が歌う〈それはほんとうか〉では、 裏切った妻と甥を責めるよりも、お まえの勧めに従ってイゾルデを娶っ たのに、どうしてこうなってしまっ たのか、という戸惑いのほうが際立 つ。ふたりの愛を描く音楽とはまっ たく異質の、低音で隈取られたオー ケストレーションによって、その陰 鬱さはよりはっきりと聴き手に届く。  第 3 幕では、メロートの剣をわ ざと受けたトリスタンが、その傷 を癒やすことのできるイゾルデの到 着を待ちわびるが、その到着ととも に息絶えてしまう。イゾルデはこの 世(昼)ではなく、あの世(夜)の 世界で結ばれる運命を〈愛の死〉で 歌いあげ(今回は管弦楽版で演奏)、 そのままイゾルデも息絶える。〈前 奏曲〉ではっきりとした解決を見せ ることのなかった音楽は、2 小節ご とに転調を繰り返す。ドラマの中で は「昼」から「夜」への移行、現世 からの離脱というキーワードで表象 されたふたりの愛は、やがて「宇宙 と一体」となり「おぼれて」いく、 と歌いあげた後、ロ長調の主和音に よって、作品はようやく最終的な解 決地点を見出すこととなる。        (広瀬大介)

(22)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5 Marke

Tatest du’s wirklich? Wähnst du das? Sieh’ ihn dort,

den treu’sten aller Treuen; blick’ auf ihn,

den freundlichsten der Freunde: seiner Treue freiste Tat

traf mein Herz

 mit feindlichstem Verrat! Trog mich Tristan, sollt’ ich hoffen, was sein Trügen mir getroffen, sei durch Melots Rat

 redlich mir bewahrt? Mir dies?

Dies, Tristan, mir? Wohin nun Treue, da Tristan mich betrog? Wohin nun Ehr’ und echte Art, da aller Ehren Hort,

da Tristan sie verlor?

Die Tristan sich zum Schild erkor, wohin ist Tugend nun entflohn, da meinen Freund sie flieht, da Tristan mich verriet? Wozu die Dienste ohne Zahl, der Ehren Ruhm, der Größe Macht, die Marken du gewannst;

マルケ王 誠に そうなのか 正気で 言うておるのか 誰よりも 忠義に仕えた あやつを 見るがよい よく見るのだ 誰よりも 親しき友を その 忠義者の大胆不敵な行動で わが心は 裏切りに傷ついた トリスタンが 余を裏切った 傷ついた わが身を メロートの注進が 救ったとでもいうのか それは 余のことか? トリスタンよ 余に言うたのか? そなたが 裏切るなら 信じられる者など もはやない 名誉 信義は どこへ消えた あらゆる名誉の鑑 トリスタンが 名誉を 失うとは? トリスタンこそは 名誉の守護神 今や 名誉は去り わが友を棄てた トリスタンが 裏切ったのか? そなたがもたらした 数えきれぬ手柄 名誉 名声 強大な権力 何のために マルケに与えたのだ

ワーグナー

Wagner

楽劇「トリスタンとイゾルデ」から

「それはほんとうか」 歌詞対訳

Tristan und Isolde ‒ Tatest du s wirklich?

対訳:広瀬大介

(23)

Program

A

musst’ Ehr’ und Ruhm,  Größ’ und Macht, musste die Dienste ohne Zahl dir Markes Schmach bezahlen? Dünkte zu wenig dich sein Dank, dass was du ihm erworben, Ruhm und Reich,

er zu Erb’ und Eigen dir gab? Dem kinderlos einst  schwand sein Weib,

so liebt’ er dich, dass nie aufs neu’ sich Marke wollt’ vermählen. Da alles Volk zu Hof und Land mit Bitt’ und Dräuen in ihn drang, die Königin dem Lande,

die Gattin sich zu kiesen; da selber du

den Ohm beschworst,

des Hofes Wunsch, des Landes Willen gütlich zu erfüllen;

in Wehr wider Hof und Land, in Wehr selbst gegen dich, mit List und Güte weigerte er sich, bis, Tristan, du ihm drohtest, für immer zu meiden Hof und Land,

würdest du selber nicht entsandt, dem König die Braut zu frei’n. Da ließ er’s denn so sein, Dies wundervolle Weib, das mir dein Mut gewann, wer durft’ es sehen, wer es kennen, wer mit Stolze seines nennen, ohne selig sich zu preisen? Der mein Wille

nie zu nahen wagte, der mein Wunsch

誉れと名声 威厳と権力 そなたの手柄は すべて マルケの恥で あがなえというのか そなたへの 恩賞 そなたに与えた 名声 領土 与えた財では 足りぬと申すか わが后は 子を産まずに逝った ために 余はそなたに目をかけ 二度と 后は娶らぬと誓った だが 廷臣と民が こぞって 我に迫った 王妃を 娶れ 妻を 選べと ついには そなたまでが 叔父たる 余に 廷臣と 民の願いを かなえよと 迫る だが 廷臣と民 そなたにまで 逆らい あの手この手で 願いを 退けた すると そなたは 余を 脅しにかかった この宮廷 国には 二度と 近づかぬと 願いを 聞き入れ 王の花嫁を得る使者に 遣わされぬならと やむなく 余は認めた この 類い稀な女を そなたは 勇敢にも勝ち得た この女を 見知った男は この女を 妻と呼べる男は 身の幸せを 誇らずにおれようか 余も 気がないではないが あえて 近づきはしなかった 畏れ敬い

(24)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5 ehrfurchtscheu entsagte, die so herrlich hold erhaben mir die Seele musste laben, trotz Feind und Gefahr, die fürstliche Braut brachtest du mir dar. Nun, da durch solchen Besitz mein Herz du fühlsamer schufst als sonst dem Schmerz,

dort wo am weichsten, zart und offen, würd’ ich getroffen, nie zu hoffen, dass je ich könnte gesunden: warum so sehrend, Unseliger, dort nun mich verwunden?

Dort mit der Waffe quälendem Gift, das Sinn und Hirn

mir sengend versehrt, das mir dem Freund  die Treue verwehrt,

mein off’nes Herz erfüllt mit Verdacht, dass ich nun heimlich

in dunkler Nacht

den Freund lauschend beschleiche, meiner Ehren Ende erreiche? Die kein Himmel erlöst, warum mir diese Hölle? Die kein Elend sühnt, warum mir diese Schmach? Den unerforschlich tief geheimnisvollen Grund, wer macht der Welt ihn kund?

手を付けなかった 輝かしさと 気高さで わが心を 慰めた女 危険を 顧みず 余にふさわしい花嫁を そなたが もたらしたのだ この女を 得たために わが心は それまでよりも 傷つきやすくなった その もっとも弱いところを そなたは 傷つけた もはや この傷は治るまい 呪われた そなたよ なぜこれほどに 余を傷つける そなたは 毒を塗った剣を振るい わが 五感と脳を 焦がし 傷つけ 友への誠を 失わせ わが心は 疑いに満ちた いまや 余は 夜中に こそこそと 友のもとへ 忍び寄る有様 わが名誉も いまや地に墜ちた 天の神々すら 救えぬほどの 地獄の苦しみを 与えるのか どれほど苦んでも 追いつかぬ これほどの恥を 与えるのか 底知れぬほど 深き 謎に満ちた その理由を 明らかにできる者など この世におるのか

(25)

Program

A

 《トリスタンとイゾルデ》に比べ ると小さなオーケストラ編成ではあ ったが(ほとんど編成の変わらない 作品として、ベートーヴェン《交響 曲第 6 番「田園」》がよく引き合い に出される)、その作品規模や、歌 手にかかる多大な負担を考えれば、 大劇場といえども、決して上演は易 しくないはずである。この作品がそ の真価を認められるのは、中規模の 劇場での上演が続いた後のことであ り、ウィーンやベルリンなどの大劇 場で上演されたのは 1870 年になっ て以降のことだった。バイロイトで の初演は 1888 年、ワーグナーが亡 くなって 5 年後である。  舞台設定は 16 世紀半ばのニュル ンベルク。第 1 幕では、ニュルンベ ルクへとやってきた、フランケンの 若い騎士ワルター・フォン・シュトル チングが、金細工師ファイト・ポー グナーの娘エヴァを見初め、ふたり は恋におちる。だがエヴァはヨハネ 祭の日に行われる歌合戦で、その勝 者である「マイスタージンガー」の 妻として嫁がねばならない。この日 参集された会議では、マイスター のひとり、フリッツ・コートナーが、 会議に出席する親方たちの出欠を確  《さまよえるオランダ人》以降の 主要なワーグナー作品において、純 粋に喜劇と呼びうる作品は本作だけ である。だが、ワーグナー自身は決 して喜劇を避けてきていたわけでは なく、むしろ早い時期から、悲劇で ある《タンホイザー》と対にできる ような喜劇作品の構想を持ち続けて いた。これはワーグナーが終生の理 想としていたギリシャ悲劇の考え方 をもとにしている。  最初期の台本草稿は、その《タン ホイザー》の成立と期を同じくする 1845 年 7 月に完成してはいたが、そ の後に実際のマイスタージンガーた ちの事績を調べたり、1849 年にお きたドレスデンの三月革命により亡 命生活を余儀なくされたため、台本 の改訂は 1861 年まで続く。その翌 年に台本を書き上げ作曲に着手する が、チューリヒを離れたワーグナー は貧窮のどん底にあり、なかなか筆 は進まない。しかし 1864 年、バイ エルン王国のルートヴィヒ 2 世がワ ーグナーを自国に招いたことで状況 は一変。1867 年には無事音楽も完成 し、翌 1868 年 6 月にはミュンヘンで、 ハンス・フォン・ビューローの指揮に よって初演された。

ワーグナー

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

「親方たちの入場」、ポーグナーのことば「あすは聖ヨハネ祭」、

(第 1 幕への)前奏曲

Richard Wagner

1813-1883

(26)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5 認する(〈親方たちの入場〉。作曲家 自身が、歌の部分を省略した編曲を 施している)。ポーグナーは、なぜ 自らの娘を嫁がせるという決定に至 ったのかをマイスター全員の前で説 明してみせる(〈あすは聖ヨハネ祭〉。 ここも作曲家自身の編曲による開始 部・終結部が用いられる)。ワルター はにわか仕込みで、「マイスタージ ンガー」の資格を得ようとするが、 同じくエヴァを狙っている市書記の ジクストゥス・ベックメッサーの厳 しい判定で不合格となってしまう。  続く第 2 幕で、絶望したワルター はエヴァを連れて駆け落ちしようと 試みるが、靴職人ハンス・ザックス はこの企みを阻む。第 3 幕は聖ヨハ ネ祭、歌合戦の朝。ワルターはザッ クスの前で新しい歌を披露。その新 しさに耳を奪われたザックスは、歌 の規則を当てはめることで、新しい 時代の芸術が生まれると示唆。  歌合戦の行われるヨハネ祭の広場 で、ワルターは称号など要らないと 突っぱねるが、「マイスタージンガ ーの芸術に敬意を払え」と諭すザッ クスの忠告を受け容れ、その場の全 員がマイスタージンガーの芸術とザ ックスその人を讃える。  本作の〈第 1 幕への前奏曲〉で は、この作品全体を「要約」するか のように、(《トリスタン》では意図 的に放棄した)全音階的なソナタ形 式の枠組みの中で作品世界の全体像 が語り尽くされる。冒頭に堂々と登 場するマイスターの動機(ハ長調) が、ソナタ形式における提示部の第 1 主題とすれば、第 2 主題にあたる のは騎士ワルターとポーグナーの娘 エヴァの愛を表す動機ということに なるだろう。中間部となる展開部で は、このマイスターの動機が木管に よりおどけた調子で演奏され(変ホ 長調)、書記官ベックメッサーの妨 害にもめげないふたりの愛の強さが 描かれる。再現部となる最後の部分 では、この愛の動機がマイスターの 動機によって下支えされながら多声 部の音楽として進行し、ふたりの愛 がザックスの自己犠牲、そしてマイ スターとしてエヴァを愛することに よって成就することが示される。本 作の〈前奏曲〉ではかなりの部分が 第 3 幕幕切れの音楽を踏襲しており、 長大な音楽の最初と最後を対称的に 結びつけている。    (広瀬大介) 作曲年代:1862 ∼ 1867 年 初演:1868 年 6 月 21 日、ミュンヘン宮廷劇場、 指揮ハンス・フォン・ビューロー 楽器編成:「親方たちの入場」 フルート 3、オ ーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホ ルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テ ューバ 1、ティンパニ 1、弦楽 ポーグナーのことば「あすは聖ヨハネ祭」 フ ルート 2、オーボエ 2、クラリネット 2、ファ ゴット 2、ホルン 4、トランペット 3、弦楽、 バス・ソロ (第 1 幕への)前奏曲 フルート 2、ピッコロ 1、オーボエ 2、クラリネット 2、ファゴット 2、ホルン 4、トランペット 3、トロンボーン 3、テューバ 1、ティンパニ 1、シンバル、ト ライアングル、ハープ 1、弦楽

(27)

Program

A

ワーグナー

Wagner

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージン

ガー」から「あすは聖ヨハネ祭」

 歌詞対訳

Die Meistersinger von Nürnberg ‒Ansprache des Pogner:

Das schöne Fest, Johannistag

対訳:広瀬大介

Translation: Daisuke Hirose

Pogner

Meister, bitt’ ich ums Wort. Nun hört, und versteht mich recht! Das schöne Fest, Johannistag, ihr wißt, begehn wir morgen; auf grüner Au’, am Blumenhag, bei Spiel und Tanz im Lustgelag, an froher Brust geborgen, vergessen seiner Sorgen, ein jeder freut sich, wie er mag. Die Singschul’ ernst im Kirchenchor die Meister selbst vertauschen; mit Kling und Klang hinaus zum Tor, auf offne Wiese ziehn sie vor;

bei hellen Festes Rauschen das Volk sie lassen lauschen dem Freigesang mit Laienohr. Zu einem Werb- und Wettgesang gestellt sind Siegespreise,

und beide preist man weit und lang, die Gabe wie die Weise.

Nun schuf mich Gott  zum reichen Mann; und gibt ein jeder, wie er kann, so mußte ich wohl sinnen, was ich gäb’ zu gewinnen, daß ich nicht käm’ zu Schand’; so hört denn, was ich fand.

ポーグナー マイスターよ お聞きいただきたい 私の話を聞き 正しくご理解を ご存じの通り ヨハネ祭は 明日 開かれます 緑の野原に咲く 花の蔭 戯れ 踊るひとたちが 喜びに 胸高鳴らせ 憂いを 忘れ 思い思いに 愉しむ日 教会の合唱では しかめ面の われらマイスターも 声響かせて 城門へ 広やかな野原へ 行くのです 祭りの喧噪のなかで 人々に 披露するのは 自由で 伸びやかな歌 歌競べに勝った歌手には 賞が与えられ 人々が 永く讃えるのは その賞と 歌の調べ 神の恵みで 私は富を得た 持てるものは 喜捨するのが 倣い その賞を何にするか いろいろと 考えました 我が結論を お聞きあれ

(28)

Ph ilh arm on y Apr il 2 01 5

In deutschen Landen viel gereist, hat oft es mich verdrossen, daß man den Bürger wenig preist, ihn karg nennt und verschlossen. An Höfen, wie an niedrer Statt, des bittren Tadels ward ich satt, daß nur auf Schacher und Geld sein Merk der Bürger stellt’. Daß wir im weiten deutschen Reich die Kunst einzig noch pflegen, dran dünkt ihnen wenig gelegen. Doch wie uns das zur Ehre gereich’, und daß mit hohem Mut

wir schätzen, was schön und gut, was wert die Kunst, und was sie gilt, das ward ich der Welt

 zu zeigen gewillt;

drum hört, Meister, die Gab’, die als Preis bestimmt ich hab’! Dem Singer, der im Kunstgesang vor allem Volk den Preis errang, am Sankt Johannistag,

sei er, wer er auch mag,

dem geb’ ich, ein Kunstgewog’ner, von Nürenberg Veit Pogner, mit all meinem Gut,  wie’s geh’ und steh’,

Eva, mein einzig Kind, zur Eh’!

ドイツを旅して いつも 残念なのは われら市民は ケチだという 評判を 聞かされること 宮廷でも 街中でも ひどい評判は 聞き飽きた 市民が 愛するのは 暴利と金だけと ドイツ広しといえど われらほど 芸術を大事にする街はないのに ほとんど 知られていない だが それこそわれらの誇り 志を高く掲げ 美と善を 護ろうではないか 芸術に重きを置く われらの思い 世に知らしめたいと 考えた だからこそ 私が決めた賞を 皆様に 諮っていただきたい 人々の前で 芸術の名に値する 優れた歌を 披露した歌手には このヨハネ祭の日 それが 誰であろうとも 芸術を愛する この私 ニュルンベルクの ファイト・ポーグナーが 持てるすべての 財とともに 一人娘のエヴァを 嫁に与えよう!

参照

関連したドキュメント

・各企業が実施している活動事例の紹介と共有 発起人 東京電力㈱ 福島復興本社代表 石崎 芳行 事務局

第1回 平成27年6月11日 第2回 平成28年4月26日 第3回 平成28年6月24日 第4回 平成28年8月29日

アストル・ピアソラは1921年生まれのアルゼンチンの作曲家、バンドネオン奏者です。踊り

作業項目 11月 12月 2021年度 1月 2月 3月 2022年度. PCV内

発電所名 所在県 除雪日数 中津川第一発電所 新潟県 26日 信濃川発電所 新潟県 9日 小野川発電所 福島県 4日 水上発電所 群馬県 3日

6.25 執行役員 カスタマーサービス・ カスタマーサービス・カン 佐藤 美智夫 カンパニー・バイスプレジデント

3号機使用済燃料プールにおいて、平成27年10月15日にCUWF/D

 今年は、目標を昨年の参加率を上回る 45%以上と設定し実施 いたしました。2 年続けての勝利ということにはなりませんでし