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【 講演録 】
食べ物の基礎知識
~食品の安全と消費者の信頼をつなぐもの~
内閣府食品安全委員会事務局 技術参与平塚 かおる氏
[ はじめに ] ただいま、ご紹介に 与あずかりました内閣府食品安全委員会事務局の平塚でございます。よろしく お願いします。 今日は、『食べ物の基礎知識、食品の安全と消費者の信頼をつなぐもの』ということでお話を させていただきます。 まず、お話をする前に、私が所属する「食品安全委員会」が、どういったところかということ を簡単に説明させていただきます。「食品安全委員会」は、平成15年、今から12年前にでき た、まだ比較的新しい機関です。どういったことをしているかと言いますと、食品添加物、農薬、 各動物に使う医薬品、遺伝子組換え食品など、食品に関わる安全性を評価する機関です。具体的 に言うと、農薬や添加物がどのくらいの量であれば人の健康に害をもたらしてしまうのか、そう いった量をいろいろな科学的なデータを基に決めるところです。厚生労働省や農林水産省とは別 で、独立した機関になっています。この独立というのが、ちょっとポイントなのですけれども、 厚生労働省や農林水産省は基準を決めるところで、科学的な根拠だけではなくて、基準を作るこ とで経済的な問題がないかどうか、事業者が実際に実現可能な基準なのかどうか、といったこと を考えなければいけないのですが、「食品安全委員会」の場合は、管理機関ではないので科学的 なデータのみを根拠に食品の安全性評価を行っています。 それでは、お話を始めます。 今回のお話、AとBに別れています。Aは、食べ物の基本。人はなぜ食べるのか、農場から食 卓まで、食品が食卓に上がるまでのお話、加工・調理法の重要性。Bは、食品安全の基本。食品 の安全に絶対はないということ、ハザードとリスクとは、安全と安心、に関してです。A 食べ物の基本
[人は、なぜ食べるのか]
異物を取り込むという意味では、食品を食べなければ、食品安全を考えることもないのですが、 食べないわけにはいきません。なぜ食べなければいけないかというと、人間は生態学的に言って2 従属栄養生物......になるからです。この従属栄養生物......とは、何なのか。その反対にあるものが、独立.. 栄養生物....です。植物とか光合成細菌で、こういったものは、太陽エネルギーと二酸化炭素と水が あれば自分が使うエネルギーを作ることができます。太陽の光を浴びるだけでお腹いっぱいにな るし、自分の体を構成するものを作ることができます。ここに書いてあるように太陽エネルギー を得て酸素を作り、糖を作っています。自分の体に必要な脂質、アミノ酸、タンパク質を作るこ とができます。逆に言うと、人間の場合、太陽のエネルギーを浴びたからといってお腹いっぱい にはなりません。 では、そうするためにはどうしたらよいか。他の独立栄養生物......を食べたり、牛とか魚とか他の 動物が持っているエネルギーを取り込まないと生きていけません。これらが食物連鎖となるので すけれども、作物を食べて、その作物を動物が食べて、その動物や作物を人間が食べて、それか ら人間を含めた動物の排泄物や死体を細菌などの分解者が分解し、また作物がその分解産物を取 り入れるなど図のように回っているということになります。 人は、従属栄養生物......でいろんな生物を食べなければ生きていけません。
[食品の4要素(3機能)]
食品の大切な機能として、栄養、嗜好性(感覚に与える機能)、生体調節、この3つが食品の 3機能と呼ばれるのですが、これプラス安全性、それぞれに安全性が引っかかってくるのですが、 安全性が担保されていないと、健康障害が起こってしまうということで、安全性を含めた4要素 にしています。 そもそも食べることの一番の目的は、栄養を取り込むことです。先程言った、糖質、タンパク 質、脂質、こういったものを取り込まないと、自分の体、細胞が生きていけませんし、機能を維 持することもできません。あと必須成分、ビタミン、ミネラル。これは、とても微量、少ししか ないものですが、人間の体では作れないので、必要になります。 嗜好性。昔は栄養学のなかで、栄養と嗜好性は特に結びついていないと考えられていましたが、 今は、嗜好性が非常に重要なポイントになっていることがわかっています。それこそ、人間は美 味しくないと食べませんので、美味しいと感じさせないといけないということになるのですが、 味覚から感じる美味しさ、嗅覚から感じる香り、あとは視覚、美味しそうな色、こういったもの が、機能として、非常に重要になってきています。嗜好性と栄養は、結構リンクしていて、体が 疲れた時は甘いものが食べたくなりますが、甘いものは基本的に糖質なので、すぐにエネルギー に変わります。旨味調味料が美味しいと感じられるのは、アミノ酸のタンパク質が入っているか ら美味しいのです。 あと、生体調節ですけれども、生体調節機能、体調調節機能が重要です。体を動かしたり維持 するためには、エネルギーになる栄養さえ摂っていればいいのですが、生体調節をするものを食3 べていないと健康の維持が保てないことになります。例えば食物繊維が入っているキャベツとか、 サツマイモなどはビタミンもありタンパク質もある。さらに食物繊維もたくさん入っています。 食物繊維というのは、消化酵素で消化されないので腸の中で吸収できず、全部出ていってしまい ます。栄養的には、栄養分は非常に少ないのですけれども、便の嵩を増やす。腸を綺麗にすると いうような効果があります。
[農場から食卓まで]
今よりもずっと昔の事ですが、狩猟をしていた頃は野生の植物や動物を捕まえて食べていまし た。 今は、生物というのを育種・栽培・飼育して、農産物・畜産物・水産物にしています。それを 食べるために、収穫し加工し保存し調理しています。生物から産物そして食べ物になるそれぞれ の段階で、他の生物、例えば食中毒菌とか、昆虫、寄生虫も入りますが、それらに汚染されます。 作物だと、他の虫や動物に食べられてしまうということもあるのですが、この流れの中で色々な 汚染物質や他の生物に邪魔されないように、肥料だったり、農薬、動物用医薬品(牛や豚や鶏が 病気になった時に使う)を使用した後、更に収穫したものは、食品添加物で保存性を高めたり、 美味しく食べられるように加工や保存をしています。[食に関する問題で何が一番大切か]
基本的に人間の食べ物というのは、100年位前まで、ずっと不足していたというのが最近の 常識です。200年前は農薬もないし、化学肥料もない。農産物は気候に左右され、冷害や虫害 もあって、安定供給が難しい時代でした。江戸時代の代表的な飢饉、1642年、寛永の大飢饉 では、大雨、洪水、干ばつ、冷害で、稲作ができなくて10万人の死者が出ています。それから 100年位経って、1732年、亨保の大飢饉ですが、これも冷害、虫害で稲が穫れず、1万人 の方が餓死しているという歴史的な記録が残っています。最近ですと、平成5年に冷害があり、 飢餓の再来かと言われたのですが、餓死者はゼロ。その背景は流通が整っていたからということ で、野菜や果物なども流通し、また肥料などもあり、科学技術もあるので、冷害による作物収穫 不足はさほど起こらず、また輸入品など日本以外からの供給もあり餓死者は出ませんでした。 食に関する問題で何が一番大切かと言うと、生命、生存の維持です。飢饉を二度と起こしては いけないということです。安定的、経済的、かつ安全な食料供給の維持継続。そのためには伝統 的な知恵、肥料、農薬、食品添加物、遺伝子組換え技術などの科学技術やあらゆる手段を使用す る必要があるということです。この新しい技術というのは、今まで歴史がなかったものなので、 必ず安全性がきちんと確保されること、常に確認することが必要です。今までの伝統的な知恵に 関しては、改良、改善の余地がないのか、常に考えていかなければなりません。4
[イネからご飯へ]
加工技術の話になります。 日本人だったら当たり前にお米を食べるのですけれど、米はなぜ炊くのかということです。お 米は、イネからすれば次世代を作る種、大切な赤ちゃんになります。その赤ちゃんを人間に食べ られてしまっているわけです。今は育種が進んでいろいろ美味しいお米ができますが、昔の原種 で言うと、イネというのは非常に硬い。他の動物が食べて噛み砕けない。米はデンプンになりま すが、加熱せず硬いまま食べると消化吸収されないので、消化不良を起こします。それを予防す るために、ヒトは火を使うことを覚えるのです。イネを収穫して、もみ米にし、もみすりをして 玄米にします。それから搗精して精白米にし、炊飯して食べる。加熱しないと消化吸収されない が、炊飯してからだと消化吸収される。 米はエネルギー源です。エネルギーの元はデンプン。生のデンプンは消化吸収されない。加熱 して初めて消化酵素の作用を受けるのです。加熱という技術を手に入れたので、他の従属栄養生..... 物.が食資源として使わない物を使うことができた。そういう意味では、他の従属栄養生物......から一 歩進んでいると言えます。パンを作るとき、小麦もデンプンになるのですが、必ず加熱工程があ ります。加熱をきちんとしないと消化不良を起こしてしまうということです。[豆と安全性]
今度は豆です。「大豆は良い食品か。」と聞かれたときに、ほとんどの人は、「良い食品だ。」と 言うと思います。大豆はタンパク質が豊富で、特に必須アミノ酸のリシンが豊富です。リシンを 食べないと、細胞をきちんと構成することができません。けれど、生の大豆を家畜に食べさせる と、栄養不良になります。昔の人は、大豆が体に良いということをわかっていて、家畜にも良い のではないかと食べさせていたのですが、下痢を起こしたり、消化不良を起こす家畜が増えたの で、「何かあるぞ。」となりました。 「Why?」とあります。大豆には動物に悪影響を及ぼす物質が入っている、とあります。お 米は実を硬くすることで自分たちを守っていたのですが、大豆の場合は、自分の体の中で動物が 健康被害を起こすような化学物質を、進化の過程で作ってしまった。植物は、動物に食べられる ために生きているのではない。植物は走って逃げられないということで、そういう物質を作って しまった。それは何かというと、トリプシンインヒビター、消化不良を起こす物質です。トリプ シンというのは、タンパク質を消化させる酵素ですが、この酵素の働きを阻害してしまいます。 あとレクチン、赤血球凝集素、赤血球を固めます。赤血球は酸素を取り込むので、それを壊され ると酸素不足になってしまう。そういった毒性が豆にはあります。 こういったものが入っているものを人間は普通に食べていますけれども、どうして大丈夫なん でしょうか?それは、加熱工程があるから、加工技術を持っているからです。5
[加工、調理法の重要性]
伝統的な大豆食品は、必ずすべて加熱工程があります。納豆を作る時も、必ず煮てから納豆菌 を入れています。豆腐を作る時も、必ず加熱して豆乳にし、凝固剤を入れて固め作っています。 大豆の有害成分、トリプシンインヒビター、レクチンの主な成分はタンパク質です。タンパク質 は加熱すると変性し、構造が変わります。スライド10の下部分の加熱前の模式図ですが、3次 元構造のモジャモジャしたものが、加熱することによって活性がなくなり有害作用がなくなりま す。大豆の場合は加熱によって有毒物質が失活化しますが、加熱によっても壊れないものもある ので、後ほどご紹介します。[大豆から豆腐へ]
完熟大豆から水を加えて加熱することによって、豆乳ができていきます。これに食品添加物、 にがり、硫酸カルシウム、グルコノデルタラクトンといった凝固剤を加えると、豆腐独特のプリ ッとした柔らかさのものができます。先程、「大豆は良い食品か。」という質問をしましたが、こ れがいかに漠然とした質問かということを説明します。完熟大豆の場合は硬くて腐りにくいため、 他の生物が入り込む余地はあまりないので、微生物学的な安全性は高いと言えます。しかし、ト リプシンインヒビター、レクチンといった生理活性物質を含んでいるので、科学的には安全性は 低いと言えます。 では、豆腐になった時はどうか。柔らかい。経験があると思いますが、非常に足が早い。腐り やすい。そういう意味で微生物学的な安全性は低くなってしまいます。あと生理活性物質という のはなくなっているので、化学的には安全性は高いです。 このように、何を基準とするかによって安全性は変わってきますので、「大豆は良い食品か。」 という漠然とした質問の答えは、前提によって変わってくるという紹介です。豆腐は、昔は消費 期限が2日位だったのが、今、お店で売っているものは、賞味期限になって7日位食べられるよ うな豆腐もできています。新たな包装技術や新しい凝固剤、科学技術の向上によって、できるよ うになりました。微生物学的な安全性を高めることが可能になっています。[食品添加物]
先程豆腐が凝固剤で固められていると言いました。食品添加物は、作物(生物)を収穫して、 食品加工し、貯蔵・流通すべく加えるものですが、加工製造に必要なものです。豆腐の凝固剤は、 豆腐を固めるのに必ず必要です。この食品添加物がないと、豆腐は作れません。 食中毒を防ぐものもあります。殺菌剤や保存料は、腐敗を防ぐ効果があります。 栄養素を強化するものもあります。加工の段階で、例えばビタミンCは水溶性なので、水の中 で加熱すると、どんどん流出してなくなってしまいますが、そういったものを補うために、ビタ ミンCを添加します。6 魅力的にする、とあります。先程言った食品の機能のところで、嗜好性、感覚に与える機能と いうのがありました。美味しそうな香りがないと人間は食べようと思わないので、食品加工の段 階で臭いの成分、香気成分が抜けてしまうようなとき、そういったものに香料を入れたりして、 魅力的にするということがあります。
[食品加工の目的]
可食化。食べられる部位を集める。食べやすくする。消化性を向上する。毒性を減らす。先程 のお米の例で言うと、もみすりをし、精白して、加熱して糊化され、もちもちして美味しく食べ られるようになる。消化酵素が働きやすく、消化しやすくなる。その反面糠が取れてしまう。糠 というのはビタミンB1が豊富に含まれていますが、精白した時点でなくなってしまうので、江 戸時代にはお米ばかり食べている人は脚気という病気になったりする人が多かった。今は、ビタ ミンB1不足が脚気の原因だとわかっているので、ご飯だけでなく他の野菜や肉を食べたりして、 脚気が起こらないようにされています。 貯蔵。1年中収穫できないので、食品加工して貯蔵できるようにする。 嗜好性。美味しくないと食べないので、美味しくなるように魅力的にします。 利便性。今、調理済み食品がたくさん販売されていますけれども、それも食品加工技術の賜物 でもありますが、すぐに開けて食べられる。加熱するだけ、温めるだけですぐに食べられるとい うことができます。そのときに、情報管理ですが、表示を見れば食品添加物、原材料が何である のかといった情報も発信されているので、消費者の方は、そういったものを見て購入するという ことができます。B 食品の安全性の基本的な考え方
食品の安全に絶対はない、ということです。[食品が「安全である」とは]
「コーデックス」という食品安全のルールを決めている国際的な機関ですが、安全とは「予期 された方法や意図された方法で作ったり食べたりした場合に、その食品が食べた人に害を与えな いという保証」と定義付けしています。食品表示には「加熱するように」と書いてあるのに、そ れを加熱せずに食べて、健康被害を起こしてしまった。保存に「10℃以下」と書いてあるのに、 常温で保存してしまい、健康被害を起こしてしまった。という時には、その食品が安全ではなか ったということではないので、「予期された方法、意図された方法が前提にある。」という定義付 けです。[どんな食品も絶対安全とはいえない]
皆さんも経験としてご存知と思いますが、じゃがいもにはソラニンと言う有毒物質があります7 が、調理時に芽を取り除くとか、緑になった皮を取り除くことで除去されています。このソラニ ンについては、あとでまた詳しく話します。 先程も言った、大豆の有毒成分トリプシンインヒビター。これも加工の時、加熱の時に除去さ れます。 キャッサバ。何だろうと思うかもしれませんが、タピオカの原料です。キャッサバを加熱せず に食べると、青酸化合物(青酸カリになる非常に高い中毒性のあるもの)を持っているので危険 ですが、加熱したり発酵させたりする加工技術でそれを除去できます。 トマトにも、安全でないものが入っています。「えっ。」と思う方もいるかもしれませんが、現 在商品化されているトマトは、何代も育種されて低減化されているのですけれど、少し残ってい ます。ソラニンと同じで下痢を起こすといった中毒症状が出ますが、今のトマトなら、1日何百 個と食べてやっと症状が出るくらいです。でも、そんなに食べる人はいない。常識的な量を食べ るなら中毒は起こりません。心配しなくても大丈夫です。 学生さんにもこういった安全の授業をするとき、「絶対に安全な食品て、あると思いますか?」 と聞くと、ある学生さんが「水。水は安全じゃないですか。どんな生物にも必要だし、水で何か 危険なことが起こることは考えられない。」と言いました。実際、水も常識的な範囲で飲むのな ら問題はないのですが、2009年アメリカで実際に起きた事件です。あるラジオ局のイベント で、「水を1度にたくさん飲んだ人に、ゲームをプレゼントします。」ということをしました。そ れで、3人の子どものいるお母さんが8リットルを短時間で飲みましたが、その後、お家に帰っ てから、1度に水を飲んだために体内の調整とか、体の中のナトリウム量のバランスが崩れて、 低ナトリウム症で亡くなるという事件がありました。水も、飲み方によっては危ないということ が言えます。
[ハザードとは]
ハザード、危害要因と書いてあります。先程のソラニンとかトマチン、青酸化合物をハザード と呼びますが、危害になるものという意味です。健康に悪影響をもたらす可能性を持つ食品中の 生物学的、科学的または物理学的な物質・要因、または食品の状態。これがどんなものか、実際 に見ていきたいと思います。[食品中のハザード]
例をあげます。こういったものが、食品を介してヒトの体に入り、ヒトに害を及ぼしてしまい ます。 例えば、有害微生物等。これは食中毒の原因になるものです。腸管出血性大腸菌O157、と 言うとピンとくる方もいると思います。北陸の方で牛肉のユッケで死亡者が出てしまった事件が あったのですが、衛生管理や調理時の取り扱いが良くなくて亡くなってしまいました。カンピロ8 バクター。ご存知の方いますか。日本では、鶏の刺身を食べて食中毒が起きています。これは、 鶏がよく持っている細菌です。豚や牛にもありますが、生で鶏の刺身として食べると食中毒が起 きやすい。今、日本の食中毒の発生事件の1位とか2位になっていて毎年ノロウイルスと1位、 2位を争ってる状態です。リステリア、サルモネラ、ノロウイルス、異常プリオンタンパク質と ありますが、異常プリオンタンパク質はBSEの原因になったものです。 自然毒。きのこ毒、ふぐ毒。結構、天然のものは安全で、人工的に作られたものは危険という 意識があると思いますが、この自然毒のきのこ毒、ふぐ毒というのは非常に強くて、ふぐ毒のテ トロドトキシンは、人間は肝臓で解毒できません。天然のものが安全という認識は、曖昧で危険 です。 意図的に使用される物質に由来するものということで、農薬や動物用医薬品が残留したもの、 食品添加物があります。 環境からの汚染物質。カドミウム、メチル水銀、ダイオキシン等です。メチル水銀は、魚から 入ってくると言われているので、妊婦さんはお腹の子どもに影響を及ぼすことがあるため、厚生 労働省は「メチル水銀が入っていると考えられる魚は、週に何回しか食べてはいけない。」とい う目安を出しています。大人でも子どもでも、メチル水銀を1度食べても、体からどんどん排泄 されて蓄積されないので、影響は受けないと言われています。しかし、胎児は代謝機能が出来上 がっていないので、妊婦さんは週にどのぐらい食べるか目安が決められています。 加工中に生成される汚染物質。アクリルアミド。これもちょっと有名になったのですが、ポテ トチップとか、ジャガイモを加熱する時に自然にできてしまうものです。発がん性があるのでは ないかということで、今、食品安全委員会で評価中です。だいたい皆がどれ位摂っているのか、 調査中です。クロロプロパノールというのは、アルコールの一部ですが、調味料に入っているこ とがあって、発がん性があると言われていますが、実際に調味料に入っている量は、とても微量 です。体の健康に影響しないだろうと言われています。 物理的危険要因としては、放射性物質等です。 その他としては、健康食品、サプリメントを挙げました。健康食品を摂っている方もいると思 いますが、なぜそれがハザードになるのかということ。健康食品は体に良いような書き方になっ ていますが、食品だという安心感から、1日の用量、用法を守らずにちょっと多めに摂ってしま う。また、毎日摂るものなので、体に健康被害を起こす危険性が非常に高いです。
[リスクとは]
「食品中にハザードが存在する結果として生じる健康への悪影響が起こる確率とその悪影響の 程度の関数」とありますが、これは定義です。実際にはハザードの毒性とハザードの摂取量によ って決まります。具体的に挙げてみますのでイメージしてみてください。9
[リスク=ハザードの影響の大きさ×出会う確率]
危険物(ハザード)、隕石、自動車、猫のタマと3つ挙げてあります。 ハザードの影響の大きさですが、隕石が落ちてきたら、みんな即死してしまうだろうというこ とで、多数の即死、ハザードの大きさは大きい。自動車は交通事故にあってしまうというハザー ドで大きさとしては中程度。飼っている猫のタマが起こす引っかき傷、ハザードとしては小さい。 これがハザードの影響の大きさです。それぞれ、出会う確率を考えると、隕石にぶつかって死ぬ 確率は、相当低い。交通事故は、日常車社会なので、中くらい。猫は毎日一緒に生活しているの で、高確率です。その組み合わせをした場合、実際にリスクが大きいのは何かというと、自動車 になります。隕石はハザードの影響としては大きいのですが、確率が低いので、リスクとしては 低い3番目になります。 このようにリスクというのは、ハザードの特性や大きさと、出会う確率が掛けられたものにな ります。[どんなものも毒か毒でないかは量で決まる]
安全性を考えるうえで大切なのが、どんなものも毒か毒でないかは量で決まるとあります。こ れは、スイスの医学者パラケルスス、1493年から1541年まで生きていらした方ですが、 約500年前、「すべての物質は毒であり、薬である。量が毒か薬かを区別する。」という言葉を 残しています。つまりこれは、安全な食品があるわけではなく、安全な量がありますよ、という ことを言っています。大事なことは毒性の限界値の見極めです。[摂取量と生体影響]
量の問題ということですが、スライド22のこのグラフは横軸が摂取量、縦軸が生体影響を見 ているものです。 例えば、ある添加物を動物にどんどん食べさせていく実験と思ってください。途中までは全く 影響ないけれど、あるところから影響が出てくる。上の点線はこれ以上だと死んでしまうと考え てください。右の曲線からA、B、C、Dとします。実験Bでは、実験Aよりも少ない毒性で、 生体影響が出てくる。実験Cは、実験AやBよりも少ない量、実験Dでは、A、B、Cよりも少 ない量で生体影響が出てきます。科学的なデータとして、こういう4つの結果が出たときは、科 学の世界では普通平均値を出します。毒性を見るときは平均値を出すのではなく、一番低い摂取 量で生体影響があったところを見るので、実験Dを見ていきます。この実験Dを見ていくと、生 体影響が起こる極限のところ、これをNOAEL.....、無毒性量....と言います。ここからの量で生体影 響が出ても、これ以下であれば、何の影響も出ませんという量です。 これは、動物実験の数値になるので、これを人間に当てはめるためには、1/100にすると あります。安全係数というものを掛けます。この1/100というのは、動物と人間の種差を10 1/10と考え、人間の中でも妊婦さんとか、体の大きな男の人、赤ちゃん、こういった個体差 を1/10と考え、1/10×1/10で、1/100の安全係数を掛けています。そこから、 ADI...、許容一日摂取量.......を決めます。一日にこの量以内の摂取であれば、死ぬまで健康でいられ るだろうと言われる量です。 「食品安全委員会」は、農薬や添加物のADI...、許容一日摂取量.......を出す機関です。このADI... の結果を受けて、農林水産省や厚生労働省が残留農薬基準や食品添加物の使用量を決めています。 なので、実際に皆さんが食べる量は生体影響が全く出ないようにされているということです。
[少量の毒物は問題ない]
先程のジャガイモ、ソラニンが入っています。芽に多いですが、実際は中身、皮や実にもあり ます。表は、ジャガイモの部位とソラニンが入っている量です。芽は1,430mg/kgで、 皮は7,640mg/kgと非常に多いですが、皮を剥いたジャガイモは非常に少ない。特徴と して、大豆のように加熱で減少しません。加熱しても、その毒性は残っています。ジャガイモで 中毒になったら、食後数時間で、腹痛、胃腸障害、虚脱、めまい、眠気、軽度の意識障害が起き ます。 実際に食中毒が起こっているのかということですが、結構起きています。小学校などで、ジャ ガイモを自分たちで育てて食べるという教育課程があると思いますが、そういうときに、きちん とした畑ではなくて校庭の中の小さな土のある所で育てたりすると、未熟なジャガイモに育ちや すくなったりします。土寄せなどをして日光に当たらないようにすればいいのですが、そういっ たことが疎かになって未熟なジャガイモになる。一般の家庭菜園で育てている場合は、大きくな るまで待とうと調整ができるのですが、小学校とかだと一学期までに終わらせなければ、育てな ければといった問題があって、未熟であっても収穫して食べて、事故が起こっています。 このグリコアルカロイド、ソラニンがどういったものかと言うと、これを虫が食べると死にま す。殺虫成分が入っています。言ってみれば、ソラニンはジャガイモが虫に食べられないように、 進化の過程で、殺虫成分を自分で作ったということです。いわば、天然の農薬成分になります。 こういったものを、ゼロではない状態で人は食べていますが、中毒にはあまりなりません。一般 に売られているジャガイモに関しては、全く問題ありません。ジャガイモを食べることは問題な いが、大量に食べることはよくない、とありますが、ヒトは少量の毒物を体に入れたとしても、 きちんと代謝して排泄していく機能があるので、生体影響が全く出ない量があるということです。[人間の認識とのギャップ]
実験事実とイメージのグラフを出しています。実験事実は、先程の摂取量と生体影響のグラフ です。点々の所が閾値..。先程言った無毒性量....と同じで、一定量までは毒性を示さないけれども、 その量を超えると毒性を示す時の値。閾値..より下であれば、生体影響が起きる確率は非常に低い11 というのが、実験の事実としてありますが、ヒトのイメージとしては、摂取量が少なくても、何 かしらの生体影響があるのではないか、少しずつ体に蓄積していくのではないかという不安から、 ゼロリスクがポッと表れるのではないかと思ってしまうようですが、実験事実とイメージにはギ ャップがあるということをご理解いただければと思います。
[安全と安心の関係]
「安全」=「安心」ではない。安全は、科学的評価により決定されるもの。この量であれば大 丈夫、この量以上であれば危ない、という客観的な事実になります。安心になるためには、安全 プラス信頼。行政に対する信頼、食品事業者等の誠実な姿勢と真剣な取組、消費者への十分な情 報提供などをプラスしないと、安心には繋がらないということです。安心とは、消費者の心理的 な判断、主観的なものなので、「これは安全ですよ。どうですか?安心しましたか?」と言って も、それだけでは安心には繋がらない。[安全と安心の要素]
先程と同じようなことを言っていますが、安全の要素は、科学的、実験事実といったものです。 物質の毒性、ハザードのことですが、人の健康に及ぼす危害の大きさ。例えば、「発がん性のあ る物質、食品です。」と言われた時、その食品を実際に人が日常的に食べる量で起きるのか、そ れともある程度の量を食べなければ無視できる量なのか、そういったリスクをきちんと考えなけ ればなりません。ハザードというのは、食品の分析技術が上がってくると、もっと増えていきま す。醤油を醸造する時に、臭いの成分、香気成分が今だいたい200種類位わかっています。そ の一つひとつを見ていくと、発がん性がある香気成分もあったりしますが、とても少ない量なの で、醤油から食べる成分は大丈夫だということがわかっています。しかしながら、科学技術がど んどん向上し、分析技術が上がると、今まで未知だったものがわかってくるので、ハザードとい う意味では、どんどん増えていきます。ただ、ハザードが増えるからリスクも増えるのかいうと、 そうではない。物質の摂取量と出会う確率が関係してリスクの大きさが決まるので、ハザードと 同じようにリスクが増えるとは言えません。 安心の要素、信頼ですが、リスクコミュニケーション、情報交換すること。リスクコミュニケ ーションは一方的な発信ではなく、こういった説明や話を聞いて、良いのか悪いのか、意見交換 したりすることが大事です。情報開示。基準を作ったり、ADI...を決めた時に、透明性を出すた めに根拠を示す情報開示を行います。「食品安全委員会」ですと、農薬や添加物など全部、どう してこのADI...値になったかということが記録で残っています。誰でも見ることができます。そ れを見ると、どういう決め方をしたかということがわかる。非常に透明性が高い。それと同時に 責任が重いものになっています。そういった情報開示の他に、長年の実績というのが大事な要素 になるのかなと思います。ベネフィット、「誰がみてもこれは大丈夫だよね。」と思えるような価12 値がある。他に、規制、監視、罰則。そういったものが、信頼の要素になっています。 科学的とは、とあります。客観性、整合性。誰が見ても科学的だねと思うもの。再現性、他の 人が実験をやっても同じ様な結果が出る。定量性、きちんと量を確定する誰もが納得できるもの。 評価については、食品安全基本法で、「その時点において到達されている水準の科学的知見に基 づいて評価を行う。」とあります。科学は日進月歩で日々向上しています。評価する時は、その 時の一番新しいデータを基に評価していますが、ある程度時間が経った後に、新たな知見を加え 見直したりもしています。
[リスクと付き合う]
リスクと付き合う考え方ですが、食品を含めどんなものにもリスクがあるという認識、ゼロリ スクというのはあり得ないという認識を持つということです。 あるリスクを減らすと別のリスクが増す、ということ。リスク間のトレードオフ。例えば、水 の中には塩素が入っていますが、その塩素の中にはトリハロメタンという発がん性物質が入って います。ならば水を塩素消毒することは止めようと、ペルーで塩素消毒を止めた時期があるので すが、その時に30万人のコレラが起こってしまうということがありました。リスク間のトレー ド、あるリスクを減らすと別のリスクが増すということを考えなければいけない。リスクとベネ フィット。どこまでのリスクを許容すればいいのか。そういったことを考えることです。 リスクを知り、妥当な判断をするためには努力が必要、とあります。科学的な考え方を身につ ける努力、教育を行っていかなければなりません。〇×的な考え方、100%安全、100%危 険というわけではなくて、ある程度の前提があって安全と言える、ある程度の前提があって危険 と言えるという考え方をする必要があります。情報、メディアを鵜呑みにしない、絶対視しない 努力、とありますが、「発がん性がある」というようなセンセーショナルなネット情報が時には 出たりしますが、実際に量のことを考えて言っているのか、というようなことを考えてください。 情報を疑う目が重要です。 フードファディズムへの注意、とありますが、フードファディズムというのは、ある食品の栄 養素を過剰に信じてしまうことです。一時、納豆が体に良いと言った時に品切れになったことが ありました。納豆の力を過信してしまう。それだけ食べれば良いと信じこみ、冷静さを欠いてし まう、というようなことがありますが、そのようにならないよう冷静な態度をとる注意深さが必 要です、 また、一つの情報だけでなく複数の情報にあたることが重要です。[まとめ]
ヒトは食べなければ生きていけない。 食べるまでには非常に長い工程がある。自分が調理して食べるまでには、長い過程があって、13 農薬が使われたり、食品添加物を入れて加工したりしているということ。 安定的、経済的、安全な食料供給の維持継続のための農薬、食品添加物の利用がある。 食品の安全に絶対はない。 リスクとハザードの違い。 安全を考えるときには、摂取量や確率の概念が大切である。 安全は科学、安心は信頼ということで、イコールではないということ。 以上が、まとめになります。