香 川 大 学 経 済 論 叢 第63巻 第4号 1991年3月 137-157
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世紀中葉におけるドイツ工業
原価計算への取り組み
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中 馬 道 靖
しはじめに II.これまでの19世紀ドイツ原価計算史の特徴 III.ゴットシャルクの原価把握 1 ゴットシャルクの簿記体系 2 労賃の計算と管理 3 経営(生産)過程に関する記録とその管理I
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おわりに し は じ め に1
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世紀ドイツ原価計算の史的研究として, ドノジジ(
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世紀ドイツ原価計算に対する 考え方をみると,経営経済学の高記と同様,1
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世紀において原価計算の発展は ほとんどないと述べており,ただ部分的発展はみられるとしながらも後世との 連続を否定している。 それでは,このような1
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世紀のドイツ原価計算発展史が結論づけられるのは 何故であろうか。 ( 1) Dorn, G., Dze Entωirklung der industriellen Kostenrechnung in Deutschland, Berlin: Duncker & Humblot, 1961(平林喜博訳『ドイツ原価計算の発展』同文舘, 1967 年) ( 2 ) Palicka, K, setriebsbuιhhaltung und industrielle Selbstkost enrechnung in Deuts -chland im 19. ]ahrhundert, 1938(平林喜博 r19世紀ドイツ工業原価計算ーパリッカ 著r19世紀ドイツの経営簿記と工業原価計算』一九三八年抄訳ーJr経営研究』第35巻第 5号, 1985年) (3 ) この通説に対する批判のーっとしては,岡本人志『経営経済学の源流」森山脅庖, 1985 年が挙げられる。-138- 香川大学経済論議A 682 そのひとつに, 19世紀の文献には科学的根拠を持たずに,また原価概念も不 十分な上で論じられていることがあげられている。そして,その科学的根拠を 提供する大きな契機として商科大学設立があげられ,ここで原価概念をはじめ 原価計算,全体的には経営経済学の科学性が確立されていくことにより,体系 的な原価計算が成立するというものである。史的考察もこの影響を受け, 19世 紀のドイツ原価計算史は成立前史として簡単に論究されるにとどまっている。 19世紀の原価計算に対して, 20世紀の原価計算の前段階として一定の評価を与 え,断片的に 19世紀の原価計算の文献を取り上げているのである。 しかしながら,これら著名な原価計算史の文献を通して疑問に感じられるこ とは, 1900年前後からの原価計算史は生き生きと活気に満ちた発展の歴史が描 かれているが,それとは対照的にそれ以前の19世紀の原価計算史は余りにも断 片的で未発達な点ばかりがめだっ歴史が描かれている点である。しかも,当時, 原価の把握を 19世紀の各論者が体系的にまた全体的にどのようにおこなって いたかについては全く触れられていないのであ(ぎ。本稿で考察するゴツトシヤ ルク
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の 原 価 計 算 に つ い て も 断 片 的 で , 後 に 述 べ る よ う な ゴットシャノレクの卓越した原価の計算も過小評価されてきたのである。 ところで,このような結果になる具体的な原因に, 19世紀の原価計算史研究 の分析方法がある。これまで考察の対象となっていたのは,直接費・間接費の 認識がなされているかや単位原価の計算がなされているかといったことであっ た。すなわち,現代的な原価計算を基準に, 19世紀の文献を時代順に並べて論 究するのである。たとえば, 19世紀の文献の中で現代的な原価概念が定義され て原価の把握がなされているか,時代順に各論者の評価できる点だけをあげる (4 ) ただ,これまでの原価計算史家も文献的制約や目的意識の違いから,断片的かつ簡略に 論述せざるを得なかったと思われる。 19世紀の原価計算史上重要であると思われる文献 はあまり多く確認されていない。たとえば, ドルン・パリッカの引用文献から19世紀の 文献を数えても17程度である。具体的な文献名は,次のものを参照されたい。 平林博喜「十九世紀ドイツ原価計算の文献j r会計』第127巻第5号,昭和60年5月。 また,目的意識として,パリッカは19世紀の史的分析が主目的であるが,ドルンの場 合は19世紀の史的研究を主目的とするよりは,世紀転換期以降に多くの部分を費やして いる。683 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み -139 といったことである。 しかしながら,このような縦割りの,しかも現代的な原価計算と適合する項 目だけを取り上げて, 19世紀の文献を研究・論述することが19世紀の原価計算 史を制限しているのは明らかである。このような考察に加え,各論者が展開し た原価計算全体の考察が必要であろう。 最後に,原価計算史の背景にある社会経済の発展に触れる。これまで歴史的 発展基盤の重要な要因に,大規模な製造企業の発展があげられてきた。そして, 製造企業の発展をドイツ経済史の中でみたとき, 19世紀中葉において産業革命 が終わり,大安尉実な生産がおこなわれ大規模企業が出現していたことは明らか である。特に鉱工業や鉄道業があげられよう。しかしながら,原価計算成立の 重要な背景に製造企業の発展をあげながら,その出現から半世紀も後の世紀転 換期の原価計算のみに注目するのは問題があろう。大規模製造企業が現れた19 世紀の原価計算の文献をより考察することによって,新たなドイツ原価計算史 が見出されると考える。 それでは19世紀中葉のドイツ鉱山業・精錬業の工業会計に関するゴットシヤ Jレクの文献を考察し,ゴットシャノレクの原価の計算を明らかにする。そして, この考察を通して,今後の原価計算史研究の足掛かりとする。なお,ゴットシヤ /レクの予算
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について別(起において考察した。このとき 予算の作成にとって重要な原価計算についてはほとんど触れておらず,本稿は その補完をも意味するものである。 II.これまでの 19世紀ドイツ原価計算史の特徴 そのものの歴史を知ることによって,そのもの本質を究明することができる とよく言われている。従って,これまでのドイツ原価計算史研究を見ることに よって,原価計算の本質をかいまみることができると考えられる。しかしなが ら,逆にその歴史考察によって他の側面を放棄してしまう可能性も存在するの (5 ) 中お道橋 '19世紀中棄におけるドイツ工業会計の一考察ーC.G Gottschalkの事前損 益 計 算 一j r経営研究』第40巻第5・6合併号, 1990年。140- 香川大学経済論叢 684 である。また,その歴史解釈によって研究者の興味が満され,既存の史的解釈 が踏襲されることがあると考えられる。本節において,そのドイツ原価計算史 に大きな影響を与えている文献を考察し,その影響を見ることにする。 ドイツ原価計算史,特に 19世紀の原価計算史について考察したものは数少な い。その少ない中の著名なものとしてドルンとパリツカの著書があげられよう。 ドノレンは原価計算史を考察する際に,まず原価および原価計算について次の ように定義している。 「まず原価には財の消費,すなわち広い意味における消費,したがって実質財 及び名目財の消費がなければならない。財の消費,給付との関連性,そして評 価はコジオールによれば原価概念を特徴づけるメルクマールである。消費され るという性格と給付に関連するということを実践的な事実にあてはめ,これが 原価計算上で問題になるかを決定するには,このメルクマー/レを一層詳しくみ なければならない。しかし,原価計算ということになると,経営給付に関連し そして評価された財の消費を説明する計算が問題となるむ 以上のような確立された定義をもとに, 19世紀の原価計算史を言及する。そ の場合に,給付計算における単位関連性・期間関連性,原価概念,原価構成要 素,直接費・間接費,部門計算,さらに評価問題といったトピックに分けて, 19世紀全体で該当する論者の該当箇所をあげるといった記述になっている。例 えば,ゴットシャルクについては原価概念と支出概念の混同と,直接費の先駆 的理解,部門的観点の導入,評価問題といったことで数行引用されている状況 である。 ゴットシャノレクが展開した会計システムの全体像には一切触れず,便宜的に しかもほんの部分的に引用しているだけである。ゴットシャルクがいかに原価 を計算していたかについても一切記されていない。このような叙述になったの は,ゴットシャルクの叙述が他には評価に値しなかったからであろうか。この ような疑問は,他にあげられている文献についても同様に起きるものである。 さらに,パリッカの見解を見ることにしよう。 (6) Dorn, G, a.. a 0, SS.21-22..(前掲訳書10頁。)
685 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み -141ー まず,パリッカは19世紀の経営簿記と 19世紀の工業原価計算とにわけ, 19 世紀ドイツ工業会計史を叙述している。ノfリッカによれば,工業原価計算とは, 給付単位についての原価を確定することであると述べ,簿記とは違って単位と の関連で原価を把握することにあるとしている。個々の製品への直接費の賦課 計算と,間接費の配賦計算によって原価が計算されることに原価計算の本質が あると述べている。そして,ドルン同様,材料費・労務費・間接費と項目を分 け, 19世紀の文献の中で該当する部分だけを時代順に並べている。 このような考察だけでは, 19世紀の論者がどのような原価の計算を行ってい たかは不分明で、ある。各項目聞をつなぎ合わせても全体像にまではいたらない。 それではゴットシャルクの原価の全体像を探り,ゴットシャルクの文献を再評 価することにする。 III.ゴットシャルクの原価把握 ゴットシャノレク (C
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Gottschalk)の著書『会計制度の原理と産業組織,特に 鉱山業・製練工場・製造工場への適用](
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年)における「予算(die Veranschlas -gung)Jについて,別(婦で考察したのであるが,ゴ、ツトシヤノレクがこの中で予算 作成の基礎資料としての生産原価の算定について触れていることを明らかにし た。その内容をまず、簡単に紹介することにしよう。 ここでゴットシャノレクは,次のように生産原価について述べている。 製品単位当たりの利益を算定するための原価は,総原価(Selbstkosten)また は生産原価(Produktionswerth)と呼ばれ,その原価は次のような原価費目から 構成されている。 製造企業の場合,生産原価(経営原価)は,原材料費・労務費・減価償却費・ 一般費(管理費,維持費,税金など)から成る。これに対して加工産業の場合 は,材料費・加工費・補助材料費・労務費・減価償却費・一般費から成る。さ (7) 中烏道緒,前掲稿, 106-111頁を参照されたい。-142 香川大学経済論叢 686 らに,配達の費用が販売価格に入札生産の利益を算定する。 また,生産・輸 送・製品の販売のために使用した資本の利子は,総原価に算入する場合もある と述べている。 さらに, ゴットシャルクは,製品単位当りの利益と諸原価の関係を次の式で 簡単に表している。 単位当りの利益=販売地点での製品価格一(製品の生産原価または総原価+ 販売費用+使用された設備資本および経営資本の利子) 以上のようにゴットシャノレクの叙述を見るとき,原価は製造原価算定として 独立して把握されているのではなし単位当りの利益を算定するために,販売 価格から減じる費用の集合として捉えられているといえよう。 ゴットシャルク 自身も製造原価算定の目的は, おもに製品単位当りの利益を算定することにあ さらに言い換えれば,製品単位当りの原価を積み上げて正確 ると述べている。 に計算しようとするよりも,利益の確定にあったといえるかもしれない。製品 に原価を集めるのではなく, 一経営活動(生産活動)に原価を集合させている ょうである。 ま
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, ゴットシャノレクの単位当たり原価に対する考え方が顕著に現れているこ 部分がある。 ゴットシャノレクは利益算定のためには,特定の生産に関連する消 費が正確にわかりさえすれば,単位原価の算定は可能であると述べ,継続企業 における大量生産の場合は,消費量;は正確にわからないので,製品または数量 単位の生産原価がどれほどの額になるかを, 一定期間に要した消費量を製品個 数全体で除することで算定すると述べている。 しかし、製品単位当りのぼ掘が上記のように算定されているとしても,源初 (8 ) ゴツトシャルクによれば,この平均的な生産原価が算定され,この平均原価は「正常原 価(Normalwerth)Jと呼ばれ,これをもとに事前利益計鉾なされている。正常原価は,一 般的に近年の経営結果,または計画された予算(Ver anschlagung)の結果で算定される。 このような正常原価(以前のまたは見積りの生産原価)に基づいて,新しい経営期間にお ける生産から販売まで詳細に算定・表示する。正常原価の算定後,利益が算定されること となる。ここで特徴的なのが,製品の正常原価と実際の生産原価(eigentlicherProduk -tionswerth)との差異を,経営損益(Betriebsgewinnund -verlust)とし,また,正常原価 と販売価格CVerkaufspreise)との差異は取引損益(Hand巴lsgewinnund-verlust)とし て,利益計算していることである。← 143ー 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み 687 この原価 的な原価数値がどのように導き出されるかという問題が残っている。 その仕組みはゴットシャJレクによれば, 数値算定の仕組みを次に探るとする。 このような原価情報を経営者に提供するものが会計であり,特に簿記であると ゴットシャノレクの簿記システムを探ることとしよう。 述べていることから, ゴットシャJレクの簿記体系 1 まず,表1を見ることとする。これはゴットシャルクの簿記の体系図である。 まず大きく財産管理簿と製造工場簿に分類されている。財産管理簿は,現金 関係の帳簿と商品(材料・製品)の出入関係の帳簿, さらに設備等の固定資産 また,製造工場簿は工場における財産の増減に関 この分類は,いわゆる「営業簿記」と「経営簿記」の 関係の帳簿に分かれている。 する帳簿の一分類である。 区別を意味するものであり,経営内部の取引と外部聞の取引を区別して記帳し この体系を製造企業にとって必要 ゴットシャノレクも, ょうとするものである。 なものであるとして,商業企業の簿記が基礎にありその追加として製造工場簿 (9 ) パリッカによれば,経営簿記は商品取引簿記または他の特別な簿記などと同様にー 般的な原則に基づいている。その原則とは簿記体系・方法に関して同じである。工場簿記 と性格を異にする商業経営の簿記との相違は,工場経営と特に関係あるこれらの一般的 原則を適応した点だけにある。あらゆる種類の簿記は次のような基本的な使命を持って いる。企業の活動から生じた経営事象を勘定として把援することと,貸借対照表上に現在 の財産部分を,または損益計算上に生じた原価と収益を期間的に集合させる目的のため に整理することである。しかし,内部経営過程を勘定で把握することを専門とすることに おいて,あるいは事後計算や統計で作業することにおいて,工業簿記と例えば商品取引簿 記とは区別される。事後計算と統計との独自の相互作用によって内部経営の経過を専門 に把握することは,工業簿記体系において次のような勘定組織を生起させる。それは「経 営簿記」という名称で,商人的な営業簿記あるいは財務簿記における外部経済との法的関 係の変化を確定することにある。シュマーレンバッハが次のような経営簿記の構成を提 示している。 1.労賃計算 2.原材料計算 3.単位原価計算 4.成果計算 経営簿記の範囲に関して,実際の関係を考察する場合,この多くの活動領域を明瞭にし, 部分的に制限している。つまり,経営簿記は原則的に製造・貯蔵・輸送・管理の一部の計 算を引き受ける。他方,営業簿記において調達・販売・それに関わる管理の部分を計算す る。経営簿記の機能の境界設定に応じて,原材料簿記・賃金簿記は経営簿記の一部として 明らかにみなされる。それらの簿記は,原材料・補助材料の増減の在高の管理や総労務費・ そのうちの純労賃の確定を使命としている。」と述べている。 (Palicka, K, a. a.0, SS.6-7.) l i f -7
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ー足払 ゴットン干ルクの工場簿記体系 表 1 世明三メ一 AW論議裁措岬 製造業 の財産 管理写 生産に 関する 簿記 現金ー{責務ー 物資不動産 に関する簿記 現金簿 b 手形割引 一「記録簿現金ー債務に関する簿記「 有価証券割引 ,'-.", - ,..~-純粋な商業活動 個人債務者・債権者簿---1 トの簿記(現金。 i債務ー商品) 製品 e 材料簿 j 一一一一一一購入=販売争委託簿一(仕切り簿川 販売費用簿L(
計算削 主要簿 財産管理簿ー γa :--d ,--e --g c 設備等の財産簿、改良一「建設賃金台帳 などのための建設計算」建設材料必要表 工場の財産の消費と生一「賃金計算簿一労働表的 産に関する経営簿 L 経営過程に関する帽簿(消費表・生産表)一「経営記録日} L.: 下級監督者の控ぇ帳***) --製造工場簿ーーーー h 1 .仕訳帳 ドイツ簿記における記録簿(J ournal) 営業を体系的に務理ーするための帳簿 イタリア簿記の集合記録。主要簿 ドイ Y 簿記の主要簿 II 出向山∞ 判例えば、労働時間表 τ 労働日台帳ー請負労働表などがある。 日)例えば、選鉱表・精錬過程表(装填鉱石簿) ・鍛治表などがある。 件叫例えば、工場長ム坑夫・職工長=精錬工長 τ 監督者などによるものがある。 U 1¥r.斤) Gottschalk , C.G.. a. a. 0. , S.170689 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み -145 は捉えられている。 また,この表を左右に二分して,ゴットシヤ/レクは簿記体系の上部を構成す る帳簿(左側)を「営業を体系的に整理するための帳簿」と,下部(右側)を 「イ士訳帳」と分類している。すなわち,下部の記録が上部へと数値が上げられ ていくことを意味しており,下部が原初的記録で,上部ではその原初的数値が 金額数値に還元され複式記録されるのである。 ここでさらに注意を引くものに,-イタリア簿記」と「ドイツ簿記」という分 類がある。ゴットシャルクのいう「ドイツシステム (das deutsche oder das Meiss附 scL2system)」とは,次の特徴を持っている。それは,すべての経営 事象を無差別に記録する仕訳帳(Journal)と,その仕訳帳の項目を日・週毎に記 録する主要簿(Hauptbuch)の存在である。この主要簿は特定の勘定に複式記入 するものであり,経営期間の期末に決算へ導かれる。ゴットシャルクは,イタ リアシステムに比べてこのドイツシステムが製造企業(工場)において適合す るものであるとしている。その理由として,ゴットシヤ/レクは,複式記入は複 雑で,採掘・精錬・製造を一貫して行う複雑な形態である大規模企業にとって はより簡単であることが望ましいとしている。できる限り簿記数値の単純化と 明瞭性を追求する必要があるとして, ドイツ簿記の有用性を説いている。 それでは,このゴットシャlレクの工場簿記の内容について考察することにす る。 ゴットシャルクの体系図において注目するものは,工場担当管理者が責任を (11) 持つ「製造工場簿記(Buicherdes technischen Betriebs)Jである。この製造工 (10) ノTリッカの叙述の中に次のようなものがある。「マイスナー(Meisner,S. G Die kunst in drei Stunden ein Buchhalter zuωerden, Berlin, 1805)が1805年に著した『ドイツ』 簿記は,仕訳帳を現金にかかわる経営事象用と,現金とかかわらない経営事象用とに帳簿 を分けるものである。しかし,ほぽ完全にイタリア的形式と似てはいる。J(Palicka,
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2
れ 労賃の計算と管理 ゴットシャルクは賃金計算簿の目的にはこつあると述べている。一つは,各 労働者・各監督者などが週・月・特定期間内に得た賃金を算定することであり, さらにもう一つは,各経営部門毎や経営全体で経営期間・会計期間内に工場で 生じた労賃の算定であるとしている。そして,賃金計算簿は,特別な賃金計算 のための根拠として,現金仕訳帳の基礎として機能すると述べている。また, 複式簿記の場合は経営勘定の基礎としても利用される。 この賃金計算の基礎資料となっているのが,①仕事の第一の備忘録である特 別な日誌 I労働表(dieArbeitslistenlJ,②金額表示による労働の計算を受け持691 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み -147 つ「賃金計算簿と請負給計算簿(dasLohnberechnungsbuch und das Geding -berechnungsbuch) j,③労働者毎の計算をする「支払い賃金表(dieAuslohnungs -tabelle)j,④経営期間全体に生じた賃金総計を集中したもの「労賃総計簿(das Lohnsummenbuch) j以上である。ゴットシャノレクは数百または数千の労働者が 働く工場の場合,特に賃金計算の帳簿は単純かっ一様であることが必要でトある と述べている。そして,このような帳簿が単純かつ一様に賃金を計算するのに 役立つというのである。 それでは当時多くの従業員を抱えた企業においていかなる労賃の計算と管理 が必要であったのかを探ることとする。特に四つの計算簿の中で「労働表」が 一番の原初的記録であり,ゴットシャルクの特徴的なものであるといえよう。 労働者と労賃との管理に直接関係する「労働表」を考察する。 ゴットシャルクによれば「労働表」は二種類あるといている。それは,時間 給で支払われる労働に関する表と,生産量とあらかじめ決められた出来高率に 基づいて支払う労働に関する表の二つをさす。最初の時間給による表には,時 間単位・交代時間・日にち単位による表があり,表の形式としては,労働者の 名前とその労働が行われた経営部門を書き,労働者各自の一日の労働給付を数 量で記入し確定できるように作られている。 この労働表を見ると労働時間だけを記入するものであり, (時間×単価ニ賃 金)といった関係で労働者に賃金が支払われることを意味している。つまり, 労働時間の管理である。この場合,労働者の労働形態が多種で,しかも労働時 間が様々であったことから,労働者に支払われる賃金を体系的に把握すること が大きな目的であったと考えられる。 しかし,ゴツトシャルクは大規模な工場に対しては時間だけで管理するのは 不十分であると述べている。そして,出来高給表(dieAccord帥 e112)の必要 (12) このような表の作成の際の分類として,次のように叙述している。ゴyトシャノレクは, 鉱山業の場合には,従業員を監督者・発送係・修繕維持係・鍛冶係・鉱山採掘関係・選鉱 関係・製品販売関係とに分類、し,さらに採掘関係・選鉱関係・製品販売関係はさらに四つ ほどに細分して挺え,この分類に従って労働表を作成することを勧めている。精錬・製造 業の場合は,調達・運搬・製造・販売に分類して作成するようである。 (13) 出来高給制の場合には単価を決定する必要がある。それは「ゴyトシャルクの管理者系
十 148- 香川大学経済論叢 692 性を説く。この場合,賃金は労働者が一定期間に作り出した労働給付を基礎に 算定されることとなる。ゴットシャルクによれば労働者の管理にとって,時間 だけでは不十分でトあり,労働給付(生産高)にまでおよぶ必要性があるとして いる。 興味深いことにゴットシャルクは,さらに労働時間と労働給付とを結合させ て考察するのである。この出来高給表の手械を見ると,経営部門毎に出来高と その単価,さらに労働時間とその単価まで記入されている。そして,脚注にお いて次のような差異の計算を行っている。 (出来高給)-(時間給)==労働者にとっての損益 すなわち,差が正であるならば労働者にとっての利益という欄に記入され,負 であるならば損失の欄に記入される。 これは,経営者側からの視点ではなく,労働者の視点に立った損益の計算で ある。このことは,労働者への動機付けを意味するもので,出来高給の採用が 労働者の利益につながることを公表するためのものではないだろうか。ゴット シャルクの例によると, 出来高 25 Thlr.. x 0 8
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20 Thlr 使用補助材料 5 Gr.x
14 Pfd. ニ 2Thlr..10 Gr.. 出来高給 17 Thlr.. 20 Gr 時間給(23時間x8Gr)+(25時間 x7..5Gr)=
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12 Thlr..ll Gr.. 5P
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出来高給と時間給との差額 5 Thlr..8 Gr. 5 Pf 以上のような計算となっている。出来高給による時は,その仕事に使用した補 助材料費が出来高から号│かれているが,時間給の場合は号i
かれていない。この ことは,出来高給の採用の場合は請負制を意味するからであると考えられる。 統図」によると,最高管理者が単価を調節・決定し,労働時間・生産高に関しては工場担 当者が,賃金自体に関しては現金担当者が管理する。 (14) Gottschalk, C. G.., a.. a..0, S.285 No..30 (15) Thlr. Gr Pf (1 Thlr.=
30Gr.., 1Gr=
10Pf)は当時の貨幣単位である。また, Ltr.と Pfdは物量単位である。693 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み 149ー 特に鉱工業ということからも当時請負制が一般的であると考えられ,労働者の 管理にとって出来高給制が労働者の動機付けに役立ち,しかも生産高向上に結 びついた方法であったのであろう。 以上のように「労働表」の考察を通して,ゴットシャノレクの労賃の計算方法 を探った。「労働表」によって算定された支払い労賃が,さきに挙げた「賃金計 算簿と請負給計算簿」,「支払い賃金表
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に集められ,経営全体として把握されるのである。次に,もう一つの柱 をなす生産過程の物の流れに関する帳簿を考察する。 3" 経営(生産)過程に関する記録とその管理 ゴットシャノレクは,生産過程とその管理を財務数値によって,簿記によって いかに実行するかについて述べている。賃金計算は直接,現金のやり取りがあ ることから,直接,財務数値として問題なく記録される。しかしながら,生産 過程の物流関係は物量単位の記録が一般的であることから,金額数値(財務数 値)に変換する必要がある。ゴットシャJレクは次のように述べている。 「労働の生産原価に関する帳簿はどのようにして,特に経営における労働給付 と関連する金額項目(財務数値)として計算され統合されるのであろうか。経 営管理と過程に関する帳簿は次の目的を持つ。特に技術的経営と関係がある非 金額項目全体を対象と経営との関連性に基づいて分類し,より広義の簿記に総 括としてだけ転記する目的である。 この非金額項目とはひとつは原材料の消費や補助材料と用具の消費に表れ, 他方では生産,製造または一般的に経営の遂行に表れるものである2
このような目的に使用する帳簿は企業の業種・規模によって様々であるが, 基本的には物財と技術的経営の遂行というニつの基点によって分けることがで きるとして,ゴットシャノレクは次のものを挙げている。 物財仕訳帳(
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経営部門または経済部門における物財支出に対する消費表 (16)G
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, 266-150- 香川大学経済論議 消 694 表2 経営仕訳帳 (鉛溶剤によ 費(最初の蒸留物) 経営時間 作 業 準 備 ま た は 費 用 原材料または生産材料 中間生産物または半製品 月 日 鉱 石 鉱 浮 な ど 原 石 前打密陀僧 な ど 1894 Ctr Ctr Ctr Ctr l 2 など 日間の総計 7950 50 1630 370 この総計は「精錬過程勘定」の作成資料となる。この数量を元に金額が計算され、勘 ととする。(1Ctr~ 45kg, Schfflは石炭盈の単位である) (出戸斤) Gottschalk, C G.:a. a.0, S..293 当該部門の物財受領に対する生産表 生産表または運搬表 経営(生産)仕訳帳(Betriebsjournaleoder Betriebstabellen) , 「物財仕訳帳」は原材料や生産物などの物流過程を把握するもので,生産過程 に直接関係するのは I経営(生産)仕訳帳」である。この「経営(生産)仕訳 帳」の考察を通して,ゴットシャノレクの生産過程の管理方法を考察し,さらに 原価の把握をも探ることとする。 ゴットシャルクによる例示から,この経営(生産)仕訳帳とそれに対応する 精錬過程勘定との関係を見る。経営(生産)仕訳帳の物量数値がいかに金額数 値に計算され,勘定科目として記録されるかをみ,さらにその精錬過程勘定に よる損益の算定を考察する。 まず,表
2
の経営(生産)仕訳帳を見れば明らかなように,各生産日ごとに 生産に要した材料・補助材料・燃料と,生産された製品が物量単位で記入され, その生産終了とともに各項目ごとに集計されている。この重量数値が,精錬過 程勘定に転記される。 そして,表3の精錬過程勘定を見ると,経営(生産)仕訳帳の各対応する項 目の重量記入項目に転記され,金額に換算されて記帳されている。たとえば,695 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み ~151 または経営表 る銀の精錬経営) 生 産(精錬) 鉱 浮 経営材料の消費 商業製品 中間生産物または半製品と廃物 蛍 石 石 炭 な ど 加工船 鉛鉱石 な ど Ctr Schffl Ctr Ctr Ctr 120 4343 定科目に転記されることとなる。その精錬過程勘定を次ぎに示し経営表の数値との対応を示すこ 表2の消費の一番左の数値である 7950Ctr は,表 3の
A
.
のlの 650Ctr と 7300 Ctr.にわけで転記され,表 2の 50Ctr はそのまま表 3のA
.
のlに,さら に表2の 1630Ctr と370Ctr が合計 1900Ctr として表 3のA
.
のlに書かれ ている。また,表2の蛍石 120Ctr川はそのまま表 3のA
.
の3に,表 2の加工 鉛4343Ctr引は表 3のB
.
の2)に書かれている。これらはそれぞれ単位価格を 乗じて金額数値化されている。また,この他に精錬過程勘定では経営仕訳帳に 記入されていないが,この精錬に使用した燃料と労賃が記入され,決算へと導 かれている。 ここで表3
の (C
.
決算)をみることにする。決算は下記のような関係式で 要約できょう。 (金属精製物)一(金属の初期精製物)=
(純生産分) (純生産物)一(熔焼費用・精錬費用)=
(精錬利益) 上段の式において,生産物価値から主要材料費分をひき,その結果から加工 費である補助材料・燃料・賃金をひき,精錬利益を算出している。精錬業の場 合,上段の関係においては,精錬技術の向上による精錬効率を高める以外に純 生産分を増加させる方法はない。下段において,熔焼費用や精錬費用といった 加工費は管理可能費である。特にその中でも労務費は重要である。労務費がこ-152- 香川大学経済論議 696 表3 精錬過程勘定 鉛生産の経営経営日(鉛鉱津の二重炉と溶解) 経営日(鉛鉱浮の二重炉) "経営日(単一炉) A.初期の精製物(Vorlaufen) lCtr当りの平均含有量 金属重長 銀 : 鉛 ま設 :鉛 Ctr Pfdth Pfd Pfd Ctr 1 鉱石と鉱浮(粗製製品) 間 恥 鰍 石 ) 650 銀を含んだ鉛鉱石 鉱石精錬の場合 7300 購入された鉱津 50 鉱浮精錬には低含有率の銀鉱石 1900 計 1 16..8
:ヲ日│
1660i 3690 2 中間製品 原鉱石 1630 密陀僧(鉱石)など 370一│一一│
言 十 2 3250I 4.6: 31.7I 150 : 1030 粗製製品と中間製品の合計 1315013 8 :35.9 I 1810: 4720 3 生産補助材料 蛍石 120 磁鉄鉱など 計 3 790 4 燃料 原鉱石の付加熔焼のための t棚の薪 !車分のTurf(燃料) Ctrの泥炭 鉱石精錬時の Ctrの石炭など 計 4 5 労賃 熔焼係 精錬係 一番最初の精製係 など 計 5 熔焼費用と精錬費用の合計697 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み 153 (1863年第一四半期) 価 {直 総計金額 ま 浪 :鉛 Thlr Gr Pi. : Thlr Gr Pf Thlr Gr Pf (1) 35660 12240 47900 (2) 1650 3450 5100 37310 15690 53000 20 (3) 160 4600 (4) 1600 6360
-154ー 香川大学経済論議 698 表 3の続き B. 精製 (Ausbringen) 1) 販売製品 該当無し 2) 中間製品 鉱石精錬での鉛製品 3) 利用価値のない製品 廃棄鉱浮....Ctr C. 決算 (Abschluss) (6) 金属の初期精製物 (原製品・中間製品中の) 金属精製物(中間製品中の) 精製商品の重量減少分 精製の合計 集中の程度 (5870/13150
x
100 =) 金属損失 金属の初期精製物における比率 金属(純生産)の価値の増加分 熔焼費用と溶解費用 (A.の3から5の合計) 精錬利益 初期精製の金属の価値と消貸された原価 の計算 2730/ (5300+6360) x 100= 精錬利益 精錬損失 重 j丘1ICtr当りの平均含有量│ 金属重翠 銀 : 鉛 │ 銀 : 鉛 Ctr.I Pfdth Pfd.I Pfd Ctr 4343 38..3 1664 : 4326..36 5870 30 8 77..5 1808 4550 13150 13 8 35 9 1810 4720 5870 30.8 77 5 1808 4550 7280 44 6% 2 : 170 0.11%: 3.6% l7..0 : 4L6 2: 170 (出所) Gottschalk, C G. : 0..a.0, S.
s
376-379 (注) Thlr.. Gr. Pfは当時の貨幣単位であり、 Ctr..Pfdth.. Pfd は重量単位である。 (1) 各々の価格数値は、購入簿の購入価値をもとに溶鉱炉装填鉱石簿の中で計算される。 (2) ここの価格数値は、製品公定(査定)価格に基づいて計算される。 (3) ここの価格は購入簿あるいは物財簿に従って生産原価をもとに計算される。 (4) 賃金計算表(または統合賃金総計)をもとに算定している。 (5) ここの価格数値は、製品公定(査定)価格に基づいて計算される。 (6) 精錬過程勘定の決算は、より簡単にあらわされる。初期精製物 (Vorlaufen)の合計 (1, る。699 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み -155-価 {直 総計金額 主 艮 鉛 Thlr Gr Pf Thlr Gr Pf Thlr. Gr Pf (5) 40659 18603 59262 42890 19200 62090 37310 15690 53000 42890 19200 62090 5580 3510 9090 6360 2730 4..6% 2730 から5,まで)と精製(Ausbringen)と比較し、純生産と価値におけるそれぞれの損益を算定す
156- 香川大学経済論叢 700 の精錬利益を大きく左右すると考えられる。 この労務費に関しては, 前述の通 りである。最後に精錬利益は経営利益として,主要簿に集計されることとなる のである。
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灸 以上, ゴットシャノレクの労務費および材料費・加工費等の生産にかかわる費 用計算について考察した。本稿において, を概観することができたと考える。 ゴットシャルクの原価計算の全体像 生産の費用はー経営期間または一事業単位で把握され,勘定として集計され ることが明らかであり,近代的な原価計算には及ぶものではなかった。 しカ〉し ながら, ゴットシャノレクは,-平均表(Durchschnitts-Tabelle)Jというものを精 錬過程勘定をもとに作成し,単位当たり原価を想起させるものを示している。 これは製品単位というよりも業種がら,精製物の一定重量単位当たりの原価を 算定し,表形式で表示しているものである。すなわち, この表は一四半期にお ける鉱石の含有率・一定の生産高当たりの材料費・労務費を工程別に表示して さらに一定単位当たりの精錬利益までも表示している。このことから, 製品によっては単位当たりの原価の計算は十分可能であると考えられる。 おり, ただ, このときの製品単位原価の算定については, その可能性は見出される ものの, その目的はおもに利益(率)算定であり,製品価格設定に役立てると いうものではない。 したがって,単位原価計算に直接発展するものではないで あろう。 また,直接費は把握されているが間接費についてはほとんど認識され ていないようである。 また,直接費・間接費といった概念も明確にはみられな い。機械等に関する減価償却費は,-予算」について別稿で述べたが,一定の償 却率で定額償却していた。 ゴットシャルクの原価の計算は,体系的に経営内部の生産過程を勘定的に, また非勘定的に記録・管理するものとして十分高く評価できるものである。当 時の原価の計算方法の一例ではあるが明らかになり, これまで述べられていな (17) 中.¥J,道靖,前掲稿, 110頁の表2を参照されたい。701 19世紀中葉におけるドイツ工業原価計算への取り組み
-157-いゴツトシャノレクの原価計算像が示されたと考える。そして,その全体像は原 価を把握するために様々な努力と方策が駆使され,しかも体系的に把握すると
いうものであった。このゴットシャルクの原価計算をもとに,さらに周辺およ びこれ以降の発展の研究を今後の課題とする。