第6章 生産における外部効果とサンスポット均衡
-現実的な外部性の度合いと局所的な非決定性-
本章では生産における外部性(Externalities in production)をライヒリンの世代重複モデル (Overlapping generations model)に導入する.ラムゼー型の最適成長モデル(Representative agent’s model)では労働の需要曲線と供給曲線が誤った形で交わるような非現実的な強い外 部性を仮定しなければ,定常解の安定性は完全安定とはならず,内生的な経済変動 (Endogenous fluctuations)は生じなかった.それに対してライヒリンのモデルでは,はるか にゆるい外部性の大きさ(Realistically plausible values of externalities)で内生的な経済変動が 発生する.
6-1
. モデルの基本構造
第4,5章と同様にライヒリン(Reichlin)により考案された2期間の世代重複モデル(JET, 1986)を考える.そのモデルとは,各世代の経済主体について,彼らは2期間生存し,人 口規模は1に正規化され,以下で示されるように消費者,企業家および政府が存在する.消費者(
Consumers)
消費者は2期間(若年期と老年期)生存するが,彼らは老年期(Old period)のみの消費 に関心があり,それゆえ若年期(Young period)において得た労働所得(Wage income)を全 て貯蓄する.老年期(Old period)において彼らは引退し,労働は行わない.よって若年期 に行った貯蓄を切り崩すことにより老年期の消費を行うのである. 以上の消費者の行動を定式化すると以下のようになる. Max 1 1 11
1
t tc
φl
ζφ
ζ
− + +−
−
+
, (1) s.t., t t ts
=
w l
, (2)(
)
11
1 t t tc
+= − +
δ
r
+⋅
s
, (3) ただしt
l
=若年期の労働供給量,c
t+1=老年期の消費量,w
t=賃金率,s
t=貯蓄量,r
t+1=資本の レンタル料(貯蓄からの純収益率),δ
=資産の減耗率 である. 上記の最適化問題を解くと以下の式が得られる. 1(
)
t tl
= Ψ
c
+ 1 tc
Ψ +≡
, ただし1
1
φ
ξ
−
Ψ ≡
+
である. (4)(2), (3) と (4)式から賃金に対する労働供給の弾力性(Labor supply elasticity)は
Ψ
/(1
− Ψ
)
となる. よってその値が正となるように以下のことを仮定する. 仮定1:
0
< Ψ <
1
(i.e.,0
< <
φ
1
andζ
>
0
).企業(
Firms)
企業の行動について考える.代表的な企業は資本(k
t)と労働(l
t)を組み合わせて生 産物(y
t)を生み出す.生産はコブ・ダグラスの技術(Cobb-Douglaus technology)に従っ て行われるものとする. a b t t t ty
=
A k l
,a b
+ =
1
(5) また,第 4,5 章とは異なり技術パラメータのA
t は, 経済における平均的な資本と労働量 に依存する.すなわち生産における正の外部性を考える.A
tは以下のような式を満たすと する. t t tA
=
k
λ⋅
l
ε 上式について平均的な資本量は生産経験の尺度となり,平均的な労働に関してはその値が 大きければ企業にあった人材を見つけやすいという理由から(6)式のような定式化が可 能となる. 企業の利潤最大化条件より, 1( , )
t t t t tr aAk
=
α−l
β≡
r k l
とw bAk l
t t t 1w k l
( , )
t t α β −≡
=
(6) となる.ただし,企業は外部性であるA
t を所与のものとして利潤最大化を図っている.(す なわち各企業は外部性の内部化を行っていない.)ここでは偏りのない平均的な企業を考え ているので,(対称)均衡において t tl
=
l
かつk
t=
k
tが成立していると考えられる.
市場均衡(
Market equilibrium)
ここでは市場の均衡条件を導出する.消費者が若年期(t
期)に行った貯蓄s
tが資産投 資に等しくなるとき財市場は均衡している.注意すべきはt
期における資産投資は新規投資, 1(1
)
t tk
+− −
δ
k
とt
期の老人(t
−
1
世代)から購入する中古の資本,(1
−
δ
)
k
t の和とな ることである.ゆえにs
t=
k
t+1.
が均衡式となり,(2), (3), (4), (6) と (7)を用いてそれを表 現すると( )
(
t,
t 1)
( )
t 1 t 1w k
Ψ
c
+⋅ Ψ
c
+=
k
+ . (7) となる. (3), (4), (6) とs
t=
k
t+1 を用いて( )
(
t,
t 1)
1
t tr k
c
+δ
k
c
Ψ
+ −
⋅ =
, (8) を得る. ゆえに(7)と(8)式から消費と資本ストック( , )
c k
t t の時間的経路が決定する.また, (7)と(8)式を加え,(6)式を考慮すると財市場の均衡式が得られる.6-2.定常状態(
Steady states)
本節では定常解が存在するかどうかを考える.全ての経済変数が時間を通じて一定値を とるとき,経済は定常状態にあると考えられる.そのときc
t=
c
t+1=
c
*
とk
t=
k
t+1=
k
*
が成り立つ.(ただし,x
*
は変数x
の定常値を示す.) (7)と(8)式より定常値( *, *)
k c
は以下の式を解くことにより得られる.( ) ( )
-11
bA k
∗
αc
∗
βΨ=
, (9-1)( )
1-a
k
c
b
+
∗
∗
δ
=
. (9-2) 上2式より定常解の存在に関して以下のように要約できる.命題
1
:ただ1つだけ定常解(The uniqueness of steady state)が存在する.
6-3.生産における外部性(
Externalities in production)と非決定性
前節において定常解の一意性が判明した.本節ではその定常解の安定性(Local stability) について考える.そのためには(7)と(8)式を定常状態( *, *)
k c
で線形近似(Linearization) を行うと以下の式が得られる.( )
( )
( )
(
)
1 11
1
*
*
*
*
1
t t t ta b
k
k
a b
a b
k
k
c
c
a
b
c
c
b
a
α
δ
β
β
δ
+ +
+ −
⋅Ω −
⋅Ω
−
Ψ
Ψ
−
=
−
−
−
−
, (10) ただしa
1
b
δ
Ω ≡
+ −
である. (10)式の行列式のトレース(T
)とディターミナント(D
)を計算すると以下のよう になる.(
)
1
b
1
,
D
a
α
δ
β
=
+
−
Ψ
(11-1)(
)
1
1
1
1
b
T
a
δ
β
β
=
+
−
−
Ψ
Ψ
(11-2)D
(T
) は(10)式における行列式の2つの固有値の積(和)に等しい. ここで他の章 と同じく資本減耗率に関して以下の仮定を課す. 仮定2:δ
→
1
よって0
b
(
1
)
1
a
δ
<
−
<
が成立. ここで考えているモデルは世代重複モデルなので1 期間のタイムスパンはきわめて長い. よって資本の減耗率δ
は十分1 に近いと考えられるので,仮定2は現実的な整合性をもつ. 仮定2に注意し, 定常状態近傍における安定性と外部性の度合いの関係は図1のように まとめることができる.図1は( ,
α β
Ψ
)
平面における定常解の局所的な安定性を示してい る.この図より以下の命題が得られる.命題2:労働の需要曲線と供給曲線が正しい交わり方をするような外部性の度
合いの下,定常解の安定性は完全安定(
Sink)となり,定常解へ収束する経路は
無数に存在する.よって内生的な経済変動が起こりうる
.
証明:(2), (3) と (4)より, 労働の供給曲線は以下のようになる. 11
ln
R
t++
− Ψ
ln
l
t=
ln
w
tΨ
(12-1)ただし
R
t+1≡ − +
1
δ
r
t+1である. また(6)式より労働の需要関数は(
)
ln
A b
⋅ +
α
ln
k
t+
β
−
1 ln
l
t=
ln
w
t (12-2) となる. ゆえにβ
Ψ <
1
の条件が(12-1)式の傾きが(12-2)式の傾きよりも大き い条件に対応し,図1から後者の傾きが負であるような外部性の範囲内で局所的な非決定 性が起こりうるのである.すなわち労働の需要曲線と供給曲線が正しい交わり方をしてい ても非決定性は生じるのである.この事実はラムゼー型の最適成長モデルと大きく異なる ものである.6
-4.直感的な説明(Interpretation)
図1より与えられた資本の外部性の度合い[α
]に対して,労働の外部性の度合い[β
]が大 きくなれば,また,労働供給の弾力性[Ψ
/(1
− Ψ
)
]が大きいほど定常状態の安定性が完全安 定(Sink)すなわち局所的に非決定(locally indeterminate)となりやすくなることが分かる. 本節ではその理由を労働市場に焦点をあてて説明する.(8)と(9-3)式を以下のように書 き直す. 1 t t tk
+=
bAk l
α β, (8)’ 1/ 1 1(1
)
1 t t t taAk l
α β+ ++ −
δ
k
+=
l
Ψ (9-3)’ 経済は定常状態にあるとし,経済主体が来期に高い消費(c
t+1)を享受できると予想して いるとする. (4)式の労働供給のオファーカーブよりこのとき今期の労働供給量(l
t)を 増大させる. (9-3)’ 式より労働の外部性(β
)が大きいほど来期の労働供給量(l
t+1)の上 昇がより小さくなり,循環的な均衡(Cyclical equilibria)が実現しやすくなることが分かる. また,労働供給の弾力性が大きいほど今期の労働供給量がより大きく増大し,やはり循環 的な均衡が生じやすくなるのである.6-5.結論(
Concluding remarks)
本稿では第3章と同様の生産における外部効果をライヒリンの世代重複モデルに導入し た.第3章で取り上げたラムゼー型の代表的個人のモデルと異なり,労働の需要曲線と供 給曲線が正常な形で交わるような外部性の度合いの下,定常状態の近傍において非決定性 が発生(Emergence of indeterminacy)することを理論的に示すことができた.言い換えるなら第3章と異なり現実的な外部性の度合いの下,内生的な経済変動の発生を立証すること ができたのである.
Appendix A (図1の証明)
(13-1) と (13-2)を用いて以下の関係式が導出できる.1
D T
− +
( )(
)
1
1
b a
1
δ
α β
β
+ Ψ −
= +
−
Ψ
, (A-1)1
D T
+ +
( )(
)
1
( )(
)
1
b a
1
δ
α
1
b a
1
δ
β
+
= +
−
Ψ
+ −
−
, (A-2)1
D
−
( )(
)
1
b a
1
1
α
δ
β
=
+
−
−
Ψ
. (A-3) (A-1)から(A-3)より以下のことが理解できる.[
]
sgn
D T
− +
1
[
]
sgn
α β
1
=
+ ⋅ Ψ −
, (A-1)’[
]
sgn
D T
+ +
1
( )(
)
( )(
)
1
1
1
sgn
1
1
b a
b a
δ
α
β
δ
+
−
−
=
−
⋅ Ψ
−
+
, (A-2)’[
]
sgn
D
−
1
( )(
1
)
sgn
1
1
b a
α
β
δ
=
−
⋅ Ψ
−
+
. (A-3)’ (A-1)’から(A-3)’より( ,
α β
Ψ
)
平面で定常解の安定性は図1のように特徴づけできる.図1: 生産の外部性と定常解の局所的な安定性 1 α β+ Ψ =