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脳内中間表現型―遺伝子と行動をつなぐためのキーコンセプト―

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.38.17

脳内中間表現型

―遺伝子と行動をつなぐためのキーコンセプト―

宮 川   剛

藤田医科大学

Intermediate phenotype of psychiatric disorders

Tsuyoshi Miyakawa

Fujita Health University

Neuropsychiatric disorders can be understood as a “system failure in the brain.” It is important to clarify the mechanisms underlying these disorders and develop prevention and treatment methods by performing studies on animal models that represent those disorders. These animals, including genetically modified mice, are subjected to advanced analytic methods ranging from molecular to behavioral levels. In this talk, I introduce the concept called intermediate phenotypes or endophenotypes of the disorders by using “immature dentate gyrus” as an example. Keywords: knockout mice, neuropsychiatric disorder, intermediate phenotype

は じ め に

一卵性双生児の研究(Plomin, Owen, & McGuffin, 1994) では,記憶,学業成績,外向性,一般的知能等の複雑な 行動傾向はかなり遺伝することが示されている。つま り,行動の傾向,個性,心の特徴のうち,多くのものは ゲノム上にコードされているということが示唆されてい る。しかし,具体的にどのような遺伝子がどのように行 動に影響を与えるかを調べる方法はなかった。1989年 に遺伝子ターゲティングという画期的な技術が誕生した が,この技術を使うと,マウスで,特定のねらった遺伝 子だけを自由自在に改変することができる。遺伝子改変 マウスを使えば,遺伝子と行動の関係を直接的,科学的 に調べることができる。 遺伝子改変マウスとテストバッテリーによる分析 筆者らの研究室では,2003年より15年以上にわたっ て様々な遺伝子改変マウスに,行動の傾向を調べる“網 羅的行動テストバッテリー”を適用している。このテス トバッテリーは,知覚運動機能,不安様行動,うつ様行 動,社会的行動,活動量,学習・記憶などの高次認知テ ストまで各種のテストを幅広く集めたものになってい る。行動を様々なテストで調べることで,マウスの心理 学的な特徴を調べることができるという考えのもと,多 くの種類の遺伝子改変マウスにこのようなテストバッテ リーを行ってきている。筆者らの研究室には,防音室が 10個あり,その中で実験が独立,並行して行えるよう になっている。筋力,痛覚感受性,協調運動・運動学 習,活動量,不安様行動,感覚運動ゲーティング,社会 的行動,学習・記憶,うつ様行動等を調べる 20数種類 のテストがあり,これらを「テストバッテリー」として 型にはめて,様々な遺伝子改変マウスに次々と適用して いる。 遺伝子と行動の関係 筆者らは,このテストバッテリーを用いてこれまで国 内外 130以上の研究室との共同研究を行い,200系統近 くの遺伝子改変マウスの解析を実施してきた。15年以 上の結果を振り返って考えてみると,いくつか重要なこ とがわかる(Takao, Yamasaki, & Miyakawa, 2007)。まず1 つ目は,脳で使われている遺伝子(脳に発現している遺 伝子)を改変すると,何らかの心理学的異常が出ること が多いということである。20匹程度の普通のマウスと Copyright 2019. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Division of Systems Medical

Sci-ence, Institute for Comprehensive Medical SciSci-ence, Fujita Health University, Dengakugakubo–1–98 Kutsukakecho, Toyoake, Aichi 470–1192, Japan. E-mail: [email protected]

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20匹程度の改変マウスを比較すると,どこかに行動の 差が見いだされる改変マウスが半数以上を占めていた。 また,単一の改変マウスに着目すると複数の行動カテゴ リーで差があることが多かった。これは当初私がこの種 の研究を開始した1990年代前半にざっくりイメージし ていたことと全く異なる。当初は,1つないしはごく少 数の遺伝子が1種類の行動に影響を与えるというシンプ ルなモデルを考えていた。ところが,解析の結果は,1 つの遺伝子が,不安や記憶や社会的行動などの複数の行 動のカテゴリーに影響を与える場合が多く,逆に,非常 に多くの遺伝子が1つの行動特性に影響を与えているこ とを示しており,とても複雑になっている。遺伝子と行 動の関係はこのように複雑で一見理解しがたい難しいも のに感じられるが,これは本当だろうか。 未成熟脳と行動異常 解析した200近い系統の遺伝子改変マウスの中で,行 動異常パターンがひときわ顕著だったマウスの一つであ るアルファ・カムケーツー(αCaMKⅡ)欠損マウスを紹 介する。このマウスは生後1年以内にほぼ確実に兄弟を すべて殺してしまう。また,このマウスは,ホームケー ジ内で活動量を測定すると,野生型マウスと比較して, 平均的に活動量が高い(Yamasaki et al., 2008; Hagihara et al., 2016)。さらに,野生型マウスは,夜間の活動量が毎 日ほぼ一定であるのに対して,アルファ・カムケーツー 欠損マウスは,活動量の低い時期と高い時期を周期的に 繰り返す。活動量のゆっくりとした揺らぎのようなもの がみられ,活動量のばらつきが顕著である。つまり,こ のアルファ・カムケーツー欠損マウスは大きな「気分の 波」のような行動異常をほぼ確実に示す。ほかにも,作 業記憶にも顕著な障害があるほか,不安様行動の異常や 巣作りの障害等,様々な行動異常を示す。そこで,この マウスの脳の中で何が起きているのか検討するため,学 習・記憶や気分の調節に重要な領域である海馬の遺伝子 発現の解析を行った。体の設計図(ゲノム)は原則的に はすべての細胞でほぼ同じだが,発現している mRNA と タ ン パ ク は そ れ ぞ れ の細 胞 で 顕 著 に 異 な る。 GeneChip (最近では RNA-seq)というツールを使うと, 網羅的に遺伝子発現パターンを測定することができる。 ほぼすべての遺伝子について,ある特定の組織で発現し ている遺伝子の mRNAの量を一網打尽に,非常に正確 に測定することができる。そうすると,驚くべきこと に,アルファ・カムケーツー欠損マウスの海馬では, 2,000種類以上の遺伝子の発現量が変化していた。海馬 は面白い場所で,成体(大人)の脳では,新しい神経細 胞は作られないのが基本であるが,海馬の歯状回はその 例外であり,成体神経新生が毎日起きており,新しい神 経細胞が生まれてくる。新しく神経細胞が生まれてくる と,まず未成熟神経細胞と呼ばれる。その未成熟な神経 細胞が一か月から半年の間に成長し,枝を伸ばして電気 的にしっかり活動できるようになって脳の回路に組み込 まれ,成熟神経細胞と呼ばれるようになる。未成熟神経 細胞と成熟神経細胞では発現している遺伝子群が異な る。アルファ・カムケーツー欠損マウスでは,カルビン ジンという成熟して初めて出てくる遺伝子(成熟マー カー)が顕著に下がっていることがわかった。正常なマ ウスの歯状回は,カルビンジン陽性の成熟した神経細胞 でほぼ隙間なく埋まっているのに対して,アルファ・カ ムケーツー欠損マウスでは,神経細胞自体は隙間なく存 在してはいるが,カルビンジン陽性の細胞がごっそり抜 けてしまっている。つまり,大人の脳であるにもかかわ らず,神経細胞は疑似的に未成熟なまま残ってしまって いることがわかった。電気生理学的に調べてみても,や はりアルファ・カムケーツー欠損マウスの歯状回の神経 細胞は,正常のマウスの未成熟な神経細胞の特性をいろ い ろ と持 っ て い る こ と が わ か っ た(Yamasaki et al., 2008)。つまりこのマウスは,大人の脳の中に擬似的な 「未成熟歯状回」を持つことがわかった。次に,大人の 脳の中に未成熟歯状回をもつマウスがほかにいるかどう か検討した。シュヌリ2 (Schnurri-2)という遺伝子を欠 損させたマウスが,アルファ・カムケーツー欠損マウス と行動異常のパターンがかなり類似していた(Takao et al., 2013)。このマウスは作業記憶に障害があり,活動量 が顕著に上がっていて,社会的行動も顕著に異常であ る。さらに海馬の遺伝子発現解析を行ったところ,海馬 の遺伝子発現パターンがアルファ・カムケーツー欠損マ ウスのものとかなり類似していた。改変した遺伝子は全 く違う遺伝子であるにもかかわらず,行動パターンのみ ならず,脳の中の状態もかなり類似していた。電気生理 学的特徴もまた類似しており,このマウスも未成熟歯状 回を持っていた。次に,神経細胞が未成熟だと形態学的 にはどうなるか調べてみた。電子顕微鏡で歯状回の神経 細胞の 3D再構築をしたところ,シュヌリ2欠損マウス の樹状突起では,スパインがひょろ長く貧弱で,フィロ ポディアという幼若タイプのスパインが多いことがわか り,シュヌリ2欠損マウスは形態学的にも未成熟である ことがわかった(Nakao et al., 2017)。さらに,遺伝子発 現パターンを統計学的に比較した。ヤングアダルトの 30日齢の野生型マウスと幼若な14日齢の野生型マウス で歯状回の遺伝子発現パターンを比較するとともに(30

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日齢 vs. 14 日齢),30 日齢の野生型マウスと 30 日齢の シュヌリ2欠損マウスの遺伝子発現パターンを比較する ことで(野生型マウス(WT) vs. シュヌリ2欠損マウス (KO)),この二つの遺伝子発現パターンがどのくらい似 ているかを調べた。その結果,この二つの遺伝子発現パ ターンはそっくりであった。つまり,KOマウスにおい て幼若マーカーと定義される遺伝子(30日齢に比べ14 日齢で発現が高い遺伝子)が 300以上も増加し,成熟 マーカー遺伝子(30日齢に比べ14日齢で発現が低い遺 伝子)が500以上も減少しており,P30 vs. P14とWT vs. KOで逆の動きをしている遺伝子はわずかであった(Ku-pershmidt et al., 2010; Hagihara, Ohira, Takao, & Miyakawa, 2014; Takao & Miyakawa, 2015; Murano, Koshimizu, Hagiha-ra, & Miyakawa, 2017)。

中間表現型 「未成熟歯状回」を持つマウスは他にも多く発見され た。SNAP-25ノックインマウスでも同じ現象が見られ (Ohira et al., 2013),またカルシニューリン欠損マウスで は,統合失調症様の行動異常がみられることを著者が MITの利根川進研究室にいたときに報告したが(Zeng et al., 2001; Miyakawa et al., 2003; Gerber et al., 2003),そのマ ウスでも未成熟歯状回がみられた。また,普通の野生型 マウスにフルオキセチン(商品名プロザック)という抗 うつ薬を2–3週間慢性的に投与すると,成熟した神経細 胞が疑似的な未成熟状態に舞い戻ることがわかり,これ を「脱成熟」と名づけた(Ohira & Miyakawa, 2011; Ko-bayashi, Haneda, Higuchi, Suhara, & Suzuki, 2012; Kobayashi et al., 2013)。抗うつ薬を慢性的に投与したマウスと幼若 マウスの歯状回の遺伝子発現パターンはそっくりであっ た。また,抗うつ薬だけではなく,てんかんを生じさせ ても同じようなことが起こることがわかっている(Shin et al., 2013)。つまり,様々な遺伝的要因と後天的要因に より未成熟歯状回という脳内の表現型が誘導されるので あり,これは脳内中間表現型の一種と考えることができ る。 大人の脳の中に未成熟歯状回を持つマウスはかなりい るようだが,ヒトではどうだろうか。未成熟歯状回のマ ウスの行動異常パターンは統合失調症の患者の特徴と似 ている(Takao et al., 2013)。統合失調症とは,幻覚・妄 想,作業記憶や注意の障害,社会的ひきこもりなどの症 状を示し,人口の約1%が罹患する病気で,遺伝的要因 と環境要因で発症するが,発症のメカニズムは不明な点 が多い。統合失調症の患者,そして双極性気分障害の患 者の死後の脳において,成熟マーカーのカルビンジンお よび未成熟マーカーのカルレチニンの染色を行ったとこ ろ,ヒト精神疾患患者も未成熟歯状回の特徴を示すこと がわかった(Walton et al., 2012)。また,統合失調症患者 と,何らかの原因で亡くなった正常なヒト乳幼児の死後 の脳で遺伝子発現パターンを解析して比較(正常な大人 vs. 乳幼児の海馬と,健常者vs. 統合失調症患者の海馬の 比較)すると,統合失調症患者でも,成熟マーカーが激 減しており,統合失調症患者とヒト乳幼児の海馬の遺伝 子発現パターンは似ていることがわかった。最近,エク ソームシークエンスによって,カムケーツー遺伝子変異 の患者が世界で24人同定されたが,その方々は,軽度– 重度の知的障害と言語障害があり,てんかんの症状を示 し,フラストレーションへの耐性が低い,過活動,不安 亢進,攻撃性亢進,自閉症様の特徴がみられ,マウスと そっくりであることがわかった。また,シュヌリ 2 (HIVEP2)の遺伝子変異がある人(HIVEP2 syndromeの 患者)も世界で16人同定されているが,ADHD, 自閉症 様の症状,言語障害,記憶障害などの認知障害を示し, マウスとそっくりである。また,精神疾患や発達障害だ けではなく,アルツハイマー病,ALS患者の死後の脳, それから患者 iPS細胞由来の神経細胞の遺伝子発現パ ターンを調べると,やはり未成熟様の発現パターンがみ られた(Murano, Hagihara, Tajinda, Matsumoto, & Miyaka-wa, 2019)。つまり,脳の中に未成熟歯状回を持つような 大人もいそうだということがわかってきた。では,歯状 回以外の脳部位ではどうだろうか。シュヌリ2欠損マウ スと統合失調症患者の前頭葉の遺伝子発現パターンを比 較してみると,そっくりであった(Takao et al., 2013)。 また,健常な乳児と統合失調症患者の前頭葉の遺伝子発 現パターンもそっくりであり(Hagihara, Ohira, Takao, & Miyakawa, 2014),ヒト乳幼児とアルコール中毒患者の海 馬・前頭葉の遺伝子発現パターンも似ていた(Murano et al., 2017)。つまり,アルコールを慢性的に飲むと脱成 熟が起きてしまうのではないか,ということを示してい る。前頭葉以外にも扁桃体やその他の脳部位で同じよう な現象が見つかりつつある。 未成熟脳ができるメカニズムについても調べている。 神経の脱成熟は,神経の過剰興奮と炎症により生じると 考えられる。光遺伝学的手法で,マウスの歯状回特異的 にチャネルロドプシン(ChR2)を発現させておき,オー プンフィールドで光刺激すると,チャネルロドプシンを 発現しているマウスの活動量が急激に増加した。これを 何回か繰り返すと,歯状回が脱成熟し,成熟マーカーの 発現が減少することがわかった。3日間の高頻度光刺激 では,歯状回は脱成熟するが,2週間後には再成熟し

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た。一方,10日間の高頻度光刺激では,2週間後でもあ るいは一か月たった後でも脱成熟したままであった。脳 の細胞の成熟度は成長とともに上がってくるが,大人に なってからも,各種の刺激で脱成熟したり,再成熟した りを繰り返していると推定される。しかしながら,刺激 が強すぎてある閾値を超えてしまうと,脱成熟したまま 戻ることができず,そういう状態がある種の精神疾患や 疾患である可能性がある。 ま と め どのような遺伝子がどのように脳で働いて行動に影響 するのかということを考えるとき,遺伝子と行動の関係 は大変複雑そうに見える。しかしここに中間表現型とい うコンセプトを導入すると,もう少しシンプルに考える ことができるかもしれない。つまり,遺伝子Aの異常が 中間表現型αをもたらし,行動特性パターンαをもたら すというようなことが,遺伝子BでもCでも起きる。そ れから,別の遺伝子YやZだと,中間表現型β, 行動特性 パターンβをもたらす。統合失調症においては,実に 様々なリスク要因が存在することがわかっており,少な くとも100, 多くて5,000の遺伝子が統合失調症のリスク に影響する。それだけではなく,ライフイベント(結 婚,就職)やストレス,感染などの環境要因もリスクで あることがわかっている。遺伝要因,環境要因の様々な 組み合わせがあり得るが,その組み合わせは必ず患者ご とに異なっているはずである。しかしながら,行動異常 や症状は患者間で共通している。これはおそらく,脳内 の中間表現型が共通しているからであろう。うつ病や自 閉症,人格障害,あるいは疾患にはならない個性という レベルであっても,あるタイプに分類できそうだという 場合には,中間表現型が共通していると考えられる。つ まり,遺伝子は中間表現型を介して行動に影響するとい えよう。遺伝子・脳・行動の研究はどんどん進んでいく ので,ぜひ心理学者の中でこのホットな領域に参入され る方が増えることを期待している。 引 用 文 献

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