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脳卒中後に嚥下障がいを呈した2 症例に対する体幹および 頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法の経験

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Academic year: 2021

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(1)理学療法学 第 378 44 巻第 5 号 378 ∼ 385 頁(2017 年) 理学療法学 第 44 巻第 5 号. 実践報告. 脳卒中後に嚥下障がいを呈した 2 症例に対する体幹および 頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法の経験* 荒 川 武 士 1)# 松 本 直 人 2) 出 口 亜 衣 3) 高 橋   誠 3) 塩 川 貴 子 3)  平 澤 由 香 3) 石 田 茂 靖 3) 市 村 篤 士 4). 要旨 【目的】脳卒中後の嚥下障がいを呈する 2 症例に対し,体幹および頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法を実 施し,嚥下障がいの改善を認めたため報告する。 【対象と方法】2 症例は嚥下障がいのみならず喉頭挙上 不全と体幹機能障がいを呈しており,1 症例目は矢状面での体幹機能の問題を有し,2 症例目は前額面で の体幹機能の問題を有していた。それぞれ体幹機能障がいの特性が異なるこの 2 症例に対し,症例の個別 性に合わせた体幹機能向上練習を実施した。次に言語聴覚士と共同して頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法 および間接嚥下訓練を実施した。 【結果】2 症例とも喉頭挙上運動の改善が認められ,嚥下障がいが改善 した。【結論】脳卒中後の嚥下障がい者の中には,体幹機能の改善を基礎的条件とした喉頭挙上運動の再 獲得を必要とする症例が存在すると推測された。体幹機能の獲得とともに喉頭周囲の協調運動を獲得する ことは,嚥下障がいを効果的に改善させるひとつの手段となる可能性が示唆された。 キーワード 脳卒中,嚥下障害,体幹機能,喉頭挙上. 特性が異なる 2 症例に対し,症例の個別性に合わせた体. はじめに. 幹機能向上練習を実施した。次に言語聴覚士と共同して.  臨床場面では,脳卒中後に生じた喉頭挙上不全が嚥下. 頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法および間接嚥下訓練を. 障がいに関与していると思われる症例をしばしば目にす. 実施したところ,2 症例ともに喉頭挙上機能が向上し,. る。嚥下運動は,頸部の可動性や座位姿勢の変化に影響. 嚥下障がいの改善を認めた。体幹機能の改善を先行させ. 1)2). ,嚥下障がい者の中. た後に頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法を実施したこと. には体幹機能の改善を基礎的条件とした喉頭挙上運動の. が嚥下機能の改善に少なからず寄与したのではないかと. 再獲得を必要とする症例が存在すると推測される。今回. 推測されるため報告する。. を受けることが報告されており. 報告する 2 症例はともに嚥下障がいのみならず,喉頭挙 上不全と体幹機能障がいを呈しており,1 症例目は矢状. 症 例 1. 面での体幹機能の問題を有し,2 症例目は前額面での体. 1.初期評価. 幹機能の問題を有していた。それぞれ体幹機能障がいの.  50 歳代男性,多発性脳梗塞(図 1) 。本発症前は生活. *. The Experiences of the Therapeutic Exercise on Trunk, Around Neck and Larynx Muscles in Two Stroke Patients with Dysphagia 1)専門学校東京医療学院 (〒 104‒0033 東京都中央区新川 1‒10‒18) Takeshi Arakawa, PT: Tokyo College of Allied Medicine 2)東京医療学院大学 Naoto Matsumoto, PT, PhD: University of Tokyo Health Sciences 3)東京脳神経センター病院 Ai Deguchi, PT, Makoto Takahashi, PT, Takako Shiokawa, ST, Yuka Hirasawa, ST, Shigeyasu Ishida, PT: Tokyo Neurological Center Hospital 4)森山記念病院 Atsushi Ichimura, PT: Moriyama Memorial Hospital # E-mail: taketombow112@hotmail.co.jp (受付日 2016 年 3 月 29 日/受理日 2017 年 3 月 31 日) [J-STAGE での早期公開日 2017 年 5 月 24 日]. 全般が自立して可能であり,嚥下障がいは存在しなかっ た。急性期病院に約 2 ヵ月間入院後,リハビリテーショ ン目的にて当院回復期病棟に入院となった。前院では, 下気道分泌物・貯留物の排除のため医師の判断によって 気管切開管理されており,当院入院時には切開孔は閉鎖 していた。食事は 3 食とも経鼻チューブによる代替栄養 であった。前院でのリハビリテーションは,理学療法士 によるベッド上での良肢位保持練習,関節可動域訓練, 座位保持練習などが実施されていた。看護師による口腔 ケアは実施されていたが,言語聴覚士による嚥下訓練は.

(2) 嚥下障がいを呈する 2 症例に対する運動療法の経験. 379. 図 1 症例 1 MRI 画像(FLAIR). 実施されていなかった。当院入院時の MRI 所見(第 62. ブリッジ活動(上位頸椎の伸展と下顎の挙上)が認めら. 病日)より両側前頭葉直回∼内側眼窩回,左側頭葉皮質. れた。また,前上方に挙上した喉頭が唾液嚥下開始前の. および皮質下,左小脳半球,小脳虫部に高信号域が認め. 位置に戻らずに喉頭位置が高位のままであった。再度唾. られ,その他に第Ⅳ脳室の拡大が認められた。延髄嚥下. 液嚥下を試みるも,連続しての唾液嚥下は困難であっ. 中枢周囲に明らかな高信号域は認められなかった。脳卒. た。摂食状況の評価には,嚥下造影や嚥下内視鏡検査を. 中急性期に撮像した拡散強調画像などの情報を収集する. 必要とせず「している」嚥下能力を評価する藤島の摂食. ことができず,どの領域が今回発症の新規病変であった. 状況レベル. のかは不明であるが,発症前の生活レベルから推測する. いた嚥下訓練を行っておらず,代替栄養は経鼻チューブ. と,少なくとも小脳病変は新規病変である可能性が推測. からの栄養であった。. された。当院入院後より,直ちに理学療法士,作業療法.  喉頭運動の評価は,筋力と可動性を計測し,一般的に. 士,言語聴覚士による介入が開始された。理学療法,作. 用いられている吉田の報告に準じた. 業療法では移乗動作時の介助量軽減が優先され,おもに. 部屈曲位保持動作にて舌骨上筋群の筋力を評価する GS. 車いす座位保持練習や立ち上がり動作練習を実施した。. グレード(表 1)は,完全落下と背臥位での頭部挙上は. 言語聴覚療法ではおもに口腔ケアを実施した。. 困難であった。喉頭位置を評価する相対的喉頭位置は.  当院入院後約 2 ヵ月(発症後約 4 ヵ月)が経過した時. 0.36 で,嚥下障がいのない慢性期脳血管障害者の平均値. 点での身体機能面の評価は,左上下肢,体幹の失調症状. 0.43 ± 0.04. および右上下肢の廃用性筋力低下が認められた。端座位. これらに影響を与える因子として体幹機能,頸部筋緊. 保持は困難であった。脳神経では,左顔面,左口腔内,. 張,頸部可動域を想定し評価した。体幹機能は,Trunk. 口峡左側の感覚鈍麻が認められ,咽頭反射は認められな. 5) impairment scale (以下,TIS)にて Static sitting bal-. かった。カーテン徴候は陰性であった。舌は左側の萎縮. ance Item1 が 0 点で端座位保持は困難であった。座位. が認められた。また,長谷川式簡易知能評価スケールは. 保持を試みると,体幹前面筋群と後面筋群の同時収縮を. 30 点と認知面の問題を認めず,その他の高次脳機能障. 強めると同時に肩甲帯から頸部後面の筋緊張を高め,頸. 害はみられなかった。. 部伸展の制限可動域付近まで伸展させながら保持しよう.  Video Fluoroscopy は嚥下障がいの病態把握に有用で. と努力する様子が観察された。頸部の筋緊張は,触診に. あるが,当院には装置がなかったため評価ができなかっ. て舌骨上・下筋群がともに亢進しており,皮膚自体の可. た。そのため標準化されている反復唾液嚥下テストにて. 動性も低下していた。被動抵抗は modified Ashworth. 嚥下障がいの病態を評価した。唾液嚥下回数は,ギャッ. scale. チアップ 30 度の背臥位で 30 秒間に 1 回可能であった。. 後頭下筋群,伸展時には舌骨上・下筋群の筋緊張亢進を. 嚥下反射は起きるものの,嚥下時に後頭部を支点とした. 認めた。頸部可動域は屈曲 15 度,伸展 0 度で,特に屈. 6). 3). 4). を用いた。結果は,レベル 1 で食物を用. 4). 。背臥位での頭頸. と比較し喉頭位置の高位が認められた。. にて屈曲・伸展がともに 3 であり,屈曲時には.

(3) 380. 理学療法学 第 44 巻第 5 号. 表 1 GS グレードの判定基準 1. 完全落下. 途中で保持できず床上まで落下するもの. 2. 重度落下. 頸部屈曲可動域の 2 分の 1 以上落下するが止まるもの. 3. 軽度落下. 可動域の 2 分の 1 以内で落下が止まるもの. 4. 静止保持. 最大屈曲位で落下せずに止まるもの. 背臥位で頸部を他動的に最大前方屈曲位にし,下顎を引いて保持するよう指 示してから手を離し自力で静止保持するまで頭部が落下する程度を 4 段階の グレードで評価するもの.. 伸の制限が認められた。.  まず背臥位にて頭の重さをセラピストが支えて脱力さ.  以上の評価から,本症例の嚥下障がいの発症機序を推. せることで頸部周囲筋群のリラクゼーションを図り,後. 測した。延髄嚥下中枢周囲に明らかな高信号域は認めな. 頭下筋群への介入を進めた。後頭下筋群と舌骨下筋群は. いため,嚥下障がいは脳神経障がいと嚥下機会の長期間. 拮抗関係となるため,同時収縮により筋緊張を高めやす. にわたる喪失によって生じた嚥下関与筋群の廃用性筋力. いと考えられる。本症例の喉頭位置は,嚥下障がいのな. 低下によって生じている可能性が推測された。喉頭挙上. い慢性期脳卒中片麻痺者と比較すると高位であった。そ. 不全の原因としては,嚥下反射が残存しており唾液嚥下. こで,徒手的に喉頭および舌骨を引き下げて固定するこ. が可能であること,一度前上方に挙上した喉頭が唾液嚥. とで舌骨下筋群を本来の位置に修正し,他方の手で頭部. 下開始前の位置に戻らずに連続唾液嚥下が困難であるこ. を屈曲させながら後頭下筋群の筋伸張性を向上させ,頭. との 2 点の理由から,小脳病変による喉頭周囲筋群の協. 部屈曲の可動域を向上させた。次の段階として他動的に. 調運動低下と舌骨上筋群の廃用性筋力低下によるものと. 上位頸椎→下位頸椎と順に伸展させ,下位頸椎伸展の可. 推測された。そして,体幹機能低下,頸部周囲筋の筋緊. 動域を向上させた。これにより頭頸部の筋緊張の緩和,. 張不均等,頸部可動域低下は,2 次的に喉頭挙上不全に. 可動域の向上が図られたため,再び端座位にて骨盤から. かかわっていると推測された。. 脊柱にかけて伸展の反応を引き出した。さらに,骨盤前 傾方向への誘導時に腰椎→胸椎→頸椎と順に伸展の反応. 2.介入,経過. が出現したため同介入を継続し,矢状面での脊柱の分節.  体幹機能の獲得を先行させた後に,次の段階として言. 性の向上を図った(図 2b)。同介入を 1 回 20 分,1 週. 語聴覚士と共同して頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法お. 間実施したところ(以下,1 週間の介入とは週に 5 日の. よび間接嚥下訓練を実施した。. 介入を指す),端座位保持が近位監視にて可能となった。.  本症例が端座位保持を試みたときに,体幹の屈筋群と.  次に言語聴覚士と共同して喉頭挙上機能に介入した。. 伸筋群を同時収縮させること,頸部伸展の制限可動域付. 本症例の喉頭位置が高位である理由は,舌骨上筋群の筋. 近まで伸展させることの 2 つの姿勢保持反応に着目し. 緊張が亢進することで舌骨が下顎骨側に引き寄せられ,. た。体幹筋群を脱力させてリラックスさせることを目的. 喉頭は常に挙上位となっている状態であるためと推測さ. とした練習から開始した。端座位にてセラピストが症例. れた。そこでまずは,舌骨上筋群の伸張性改善を図るこ. の後方に位置し,垂直位から 30 度程度後傾させてセラ. とで舌骨の下制方向への可動性改善を試みた。筋の伸張. ピストの胸腹部に症例の背部をもたれかからせた(図. 性を向上させるためには,起始と停止になっている骨の. 2a)。次に,殿部からの体性感覚入力を増加させるため. 固定をすること,筋の走行に沿って伸張させることの 2. に,左右の腸骨稜を把持して上方から殿部の支持面に向. 点が重要であるため,舌骨に関しても同様に顎舌骨筋の. けて押しこんだ。その後,脊柱の伸展運動の出現を誘発. 下顎骨付着部や顎二腹筋後腹の乳様突起付着部を理学療. する目的で,骨盤の前傾運動を自動介助運動にて実施し. 法士が徒手的に固定しながら,言語聴覚士が舌骨を筋の. た。その結果,徐々に骨盤から腰椎の順に運動が広がり,. 走行に沿うように動かした。次の段階として,固定部分. 胸椎付近まで伸展の反応が出現した。ここまでの過程は. を舌骨として頭頸部を動かした。以上の方法にて舌骨上. 順調に進んだが,胸椎から下位頸椎付近の伸展の反応を. 筋群の伸張性を向上させた(図 2c,d) 。. 引き出すことに難渋した。その原因を探るため頸椎付近.  次に舌骨上筋群の筋活動を促通した。舌骨上筋群の促. を再評価すると,後頭下筋群を主体とした上位頸椎伸展. 通 法 は, 従 来 Shaker exercise( シ ャ キ ア エ ク サ サ イ. 筋群の筋緊張亢進と,頭部の屈曲と下位頸椎の伸展の可. 7) ズ) が用いられる。これは,背臥位にて頭部挙上位を. 動性低下が認められた。そのため,一旦可動性を改善さ. 保持するものと,頭部の上げ下げを繰り返す反復挙上運. せる介入へと変更した。. 動の 2 種類から構成される方法である。しかし,背臥位.

(4) 嚥下障がいを呈する 2 症例に対する運動療法の経験. 381. 図 2 症例 1 の運動療法内容の実際 a,b:体幹機能,c,d,e,f:頸部喉頭周囲,間接嚥下訓練. での頭部挙上運動の主動作筋は胸鎖乳突筋であるこ 8). 3.結果. ,頸部屈曲の代償運動が入りやすいことの 2 つの理.  反復唾液嚥下テストは,ギャッチアップ 30 度の背臥. 由から,舌骨上筋群を効果的に働かせるためには正しい. 位にて 30 秒間に 3 回可能となった。新たに改訂水飲み. 頭部挙上の運動方法を獲得することが必要である。そこ. テストを実施したところ 4/5 とむせなく可能となり,ゼ. と. で,吉田の変法. 9). を参考に,背臥位にて頭部の重さを. リーを使用し段階的に直接訓練を進めることとなった。. セラピストが支え,頭部の屈曲を誘導しながらの頭部挙. 摂食状況は,藤島の摂食状況レベル 3 に改善した。喉頭. 上運動を行った(図 2e) 。この際,本症例が頸部前面や. 運動は,舌骨上筋群の筋力を評価する GS グレードが重. 後頭部付近の筋の固有感覚変化を感じることができるよ. 度落下に改善し,背臥位での頭部挙上が可能となった。. うに,セラピストは正しい頭部挙上運動を自動介助運動. 喉頭位置を示す相対的喉頭位置は 0.36 と変化は認めら. にて誘導した。最後に,言語聴覚士と共同して口腔内ア. れなかった。体幹機能は,TIS の Static sitting balance. イスマッサージなどの間接嚥下訓練を実施した。その際. が 2 点と改善し,端座位保持が近位監視にて可能となっ. に理学療法士は,嚥下時に頸部が伸展して喉頭が挙上し. た。頸部周囲の筋緊張は modified Ashworth scale にて. ないよう頭部の屈曲を誘導し,喉頭挙上を起こしやすい. 屈曲・伸展ともに 2 まで軽減し,他動運動にて全可動域. よう喉頭位置を下方へと修正した(図 2f)。同介入を 1. を動かすことが可能となった。頸部屈伸の可動域は屈曲. 回 20 分,1 週間実施した。以上のように症例 1 に対し. 35 度,伸展 25 度と改善した。脳神経検査上の変化はみ. ては,まず体幹機能への運動療法を 1 週間実施し,その. られなかった。初期評価と最終評価のまとめを表 2 に記. 後頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法を 1 週間実施した。. した。. 合計で 2 週間の介入期間を要した。なお,その他に理学 療法士による下肢筋力増強や基本動作練習および言語聴 覚士による構音機能練習を実施した。. 症 例 2 1.初期評価  50 歳代男性,脳幹梗塞(図 3) 。急性期病院に約 2 ヵ.

(5) 382. 理学療法学 第 44 巻第 5 号. 表 2 初期・最終評価まとめ  評価項目. 症例 1 初期評価. 症例 2 最終評価. 初期評価. 最終評価. 反復唾液嚥下テスト(回 /30 秒). 1. 3. 0. 2. 改訂水飲みテスト *. −. 4/5. −. −. 藤島の摂食状況レベル 吉田の GS グレード. 1. 3. 4. 8. 完全落下. 重度落下. 軽度落下. 静止保持. 吉田の相対的喉頭位置. 0.36. 0.36. 0.32. 0.30. Trunk Impairment Scale. 0/23. 2/23. 12/23. 17/23. 3/3. 2/2. 2. 1. 15/0. 35/25. 25/45. 45/45. 頸部筋緊張(MAS)  症例 1:屈曲 / 伸展  症例 2:右側屈 頸部可動域(度)  症例 1:屈曲 / 伸展.  .  症例 2:右側屈 / 左側屈 *:改訂水飲みテストは症例 1 の最終評価時のみ. 図 3 症例 2 MRI 画像(FLAIR) 矢印は高信号域を示す. 月間入院後,リハビリテーション目的にて当院回復期病.  当院入院後約 1 ヵ月(発症後約 3 ヵ月)が経過した時. 棟に入院となった。前院では医師の判断により胃瘻が造. 点での身体機能面の評価は,右上下肢の失調症状,軽度. 設されており,積極的な嚥下訓練は実施されていなかっ. の左片麻痺,腹筋群および左上下肢近位部筋群の筋緊張. た。当院入院時も 3 食すべて胃瘻からの代替栄養であっ. 低下を認めた。立位動作や歩行は軽介助にて可能であっ. た。当院入院時の MRI 所見(第 70 病日)より左橋外側. た。脳神経では,左顔面,左口腔内,口峡左側の感覚鈍. に高信号域が認められた(図 3)。延髄嚥下中枢周囲に. 麻,左下顔面筋の運動麻痺,左側の舌萎縮が認められた。. 明らかな高信号域は認められなかった。当院入院後よ. カーテン徴候は陰性であり,咽頭反射は認められなかっ. り,直ちに理学療法士,作業療法士,言語聴覚士による. た。また,長谷川式簡易知能評価スケールは 30 点と認. 介入が開始された。理学療法,作業療法では自立歩行獲. 知面の問題を認めず,その他の高次脳機能障がいはみら. 得が優先され,おもに立位バランス練習や歩行練習が実. れなかった。. 施された。言語聴覚療法ではおもに間接嚥下訓練が実施.  嚥下障がいの病態は,反復唾液嚥下テストが 0 回で. された。. あった。唾液嚥下を試みると,嚥下反射は起きるものの.

(6) 嚥下障がいを呈する 2 症例に対する運動療法の経験. 383. 図 4 症例 2 の運動療法内容の実際 a,b:体幹機能(b は健常者を対象として実施している),c:頸部喉頭周囲. 舌骨が右側へ偏位してしまい,喉頭挙上が困難となって. された。そして,症例 1 と同様に体幹機能低下,頸部周. いた。摂食状況は,藤島の摂食状況レベル 4 で,代替栄. 囲筋の筋緊張不均等,頸部可動域低下は,2 次的に喉頭. 養は胃瘻からの経管栄養であった。. 挙上不全にかかわっていると推測された。.  喉頭運動の評価は,GS グレードが軽度落下で背臥位 にて頭部挙上位を保持することは困難であった。相対的. 2.介入,経過. 喉頭位置は 0.32 で,症例 1 と同様に喉頭位置の高位が認.  症例 1 と同様に体幹機能の獲得を先行させた後に,次. められた。体幹機能は,TIS にて Static sitting balance. の段階として言語聴覚士と共同して頸部筋・喉頭周囲筋. 7/7,Dynamic sitting balance 3/7,Co-ordination 2/6,. への運動療法および間接嚥下訓練を実施した。. Total 12/23 と端座位姿勢での骨盤の側方挙上運動や前.  端座位姿勢では左殿筋群および腹斜筋群の筋緊張低下. 方回旋が困難であった。頸部の筋緊張は,左の胸鎖乳突. が認められ,骨盤左後方回旋・下制位,体幹右側屈位と. 筋,僧帽筋上部線維などが局所的に亢進しており,頸部. なっていた。左右への重心移動は可能なものの特に右方. 右側屈時の被動抵抗は modified Ashworth scale にて 2. 向への重心移動時に左側腹部筋群の筋活動が乏しく,体. と全可動域にわたる筋緊張の亢進が認められた。また,. 幹の立ち直り反応が乏しかった。そこで,正座から右方. 頸部前面筋群の筋緊張は,右側の亢進,左側の低下が認. 向への横座り時に,左側腹部が求心性に,右側腹部が遠. められ,安静時より喉頭および舌骨は右側へ偏位してい. 心性に収縮することを主要な目的とした骨盤側方傾斜運. た。頸部可動域は,側屈右 25 度,左 45 度と特に側屈方. 動を行った。次の段階として,端座位にて頭部を動かさ. 向の制限が認められた。. ないように補助しながら骨盤側方傾斜運動を行った。同.  以上の評価から,本症例の嚥下障がいの発症機序を推. 介入を 1 回 20 分,2 週間実施し,前額面での脊柱の分. 測した。症例 1 と同様に延髄嚥下中枢周囲に明らかな高. 節性を向上させ体幹機能の向上を図った(図 4a,b)。. 信号域は認めないため,嚥下障がいは脳神経障がいと嚥.  次に頸部周囲の筋緊張を整えた。頸部周囲の筋緊張は. 下機会の長期間にわたる喪失によって生じた嚥下関与筋. 左僧帽筋上部線維や胸鎖乳突筋が亢進しており,左肩甲. 群の廃用性筋力低下によって生じている可能性が推測さ. 骨は胸郭上に挙上外転位で固定されていた。そこで,ま. れた。喉頭挙上不全の原因は,嚥下反射が残存している. ずは左肩甲骨を他動的に下制内転方向に動かすことで僧. こと,舌骨が右側に偏位してしまい前上方への喉頭挙上. 帽筋上部線維の筋伸張性を向上させ,左肩甲骨下制内転. 運動が困難となることの 2 点の理由から,喉頭周囲の筋. 方向への可動性を引き出した。次に左肩甲骨を徒手的に. 緊張の不均等と舌骨上筋群の筋力低下によるものと推測. 固定しながら,頸部を側屈,回旋方向へ他動的に動かし.

(7) 384. 理学療法学 第 44 巻第 5 号. て筋緊張の緩和を図った。同介入を 1 回 20 分,1 週間 実施した。. 考   察.  左僧帽筋上部線維や胸鎖乳突筋の筋緊張が緩和したと.  嚥下能力の改善には,頸部周囲の筋緊張の改善,頸部. ころで,言語聴覚士と共同して喉頭挙上機能の改善を. 可動域の改善,体幹機能の改善が必要とされている. 図った。舌骨は他の骨と関節がないため,頸部に対する. 2 症例は,ともに喉頭挙上不全と体幹機能障がいを呈し. 位置関係は舌骨周囲筋群の筋緊張に影響を受ける。舌骨. ており,過去の報告のとおり嚥下能力だけに問題が生じ. 周囲の筋緊張は,右側の亢進と左側の低下が認められ安. ていたわけではなかった。さらに,姿勢バランスが障が. 静時より舌骨が右へと偏位していた。そのため,舌骨の. いされている場合,姿勢保持に舌骨周囲筋群が動員され. 左方向への可動性を改善させてから舌骨上筋群の筋活動. ることにより喉頭運動の阻害因子となるため,姿勢バラ. を促通し,舌骨の前上方移動の動きを獲得することが重. ンスと喉頭挙上運動を同時に改善させる必要性も指摘さ. 要と考えた。理学療法士が顎舌骨筋の下顎骨付着部や顎. れている. 二腹筋後腹の乳様突起付着部を固定し,言語聴覚士が舌. 周囲の筋緊張の問題が特徴であった。症例自身が独力で. 骨を左方向へ動かして,右舌骨上筋群の伸張性を向上さ. 端座位保持を試みたときに,体幹筋群の同時収縮および. せた。また右舌骨下筋群も同様に鎖骨付着部を固定しな. 頸部伸展の制限可動域付近まで伸展させる動作が認めら. がら伸張性向上を試みた。舌骨の正中方向への可動性が. れた。この 2 つの動作を姿勢保持反応と捉え,頸部の可. 獲得されたところで,舌骨上筋群の筋活動を促通して舌. 動域制限,頸部周囲の筋緊張の不均等分布,舌骨上筋の. 骨の前上方への動きを獲得した(図 4c)。その後,言語. 筋力低下を助長し,喉頭挙上不全を引き起こす一要因と. 聴覚士とともに口腔内アイスマッサージなどの間接嚥下. なっている可能性が考えられた。そのため症例 1 に対し. 訓練を実施した。同介入を 1 回 20 分 2 週間実施した。. ては,骨盤前傾・後傾運動に伴う矢状面での脊柱の分節. 以上のように症例 2 に対しては,まず体幹機能への運動. 性を獲得して体幹機能を改善させることを先行させた。. 療法を 2 週間実施し,その後頸部周囲への運動療法を 1. その後,頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法にて頸部可動. 週間,次に喉頭周囲への運動療法および間接嚥下訓練を. 域・筋緊張・舌骨上筋の筋力の改善を図ったことが,喉. 2 週間実施した。体幹機能および舌骨上筋群の筋活動再. 頭挙上運動の再獲得に少なからず寄与したと推測され. 獲得に時間を要したため,合計で 5 週間の介入期間を要. た。症例 2 は前額面での頸部可動域および頸部周囲の筋. した。なお,その他に理学療法士による歩行練習や日常. 緊張の問題が特徴的であった。体幹機能は左側腹部筋群. 生活動作練習および言語聴覚士による顔面筋のリラク. の求心性および右側腹部筋群の遠心性の筋活動を起こす. ゼーションなどを実施した。. ことが困難で,右方向への重心移動時の体幹および頭頸. 10). 。. 9). 。症例 1 は矢状面での頸部可動域および頸部. 部の立ち直り反応が不完全であった。また,頸部前面右 3.結果. 側の筋緊張が亢進し舌骨が右方向へ偏位していた。この.  反復唾液嚥下テストは,端座位にて 30 秒間に 2 回可. 体幹機能と喉頭挙上機能の間には症例 1 と同様に関係が. 能となった。摂食状況は,藤島の摂食状況レベル 8 とな. あると推測された。そのため症例 2 に対しては,骨盤側. り,端座位での刻み食が 3 食自力摂取可能となった。喉. 方傾斜運動に伴う前額面での脊柱の分節性を獲得して体. 頭運動は,GS グレードが静止保持可となり,背臥位で. 幹・頭頸部の立ち直り反応を促すことを先行させた。そ. の頭部挙上位保持が可能となった。相対的喉頭位置は. の後,頸部筋・喉頭周囲筋への運動療法を実施したこと. 0.30 と著明な変化を認めなかった。体幹機能は,TIS に. が,喉頭挙上運動の再獲得に少なからず寄与したと推測. て Dynamic sitting balance が 6/7,Co-ordination が. された。. 4/6,Total 17/23 と改善し,端座位姿勢で行う左右への.  脳卒中による嚥下障がい者の中には,嚥下中枢に損傷. 重心移動を伴う骨盤の側方挙上運動や上部体幹を固定し. はなく,嚥下可能な潜在能力はあるものの,なんらかの. た状態での左右対称的な骨盤の前方回旋運動に改善が認. 要因により体幹機能低下や姿勢保持能力低下などが生じ. められた。頸部周囲の筋緊張の不均等分布が改善し,右. たために喉頭挙上運動が阻害され,嚥下運動が困難に. へ偏位していた喉頭および舌骨は正中位へと戻った。頸. なっている症例が存在する可能性が示唆された。もし,. 部被動抵抗は modified Ashworth scale にて 1 と最終可. これらの不利な条件をそのままにし,食形態の工夫など. 動域付近にて若干の抵抗を感じる程度に軽減し,頸部可. の直接訓練に終始すれば,本来有している嚥下機能の潜. 動域は側屈右 45 度,左 45 度と改善した。脳神経検査上. 在能力を生かせないままであった可能性も推測された。. の変化はみられなかった。初期評価と最終評価のまとめ. しかし,本介入は言語聴覚士による間接嚥下訓練も実施. を表 2 に記した。. されていることから,嚥下障がいが改善した背景と本介 入の関連性や,通常の理学療法と比較した場合の有効性 を明確にすることが困難である。また,相対的喉頭位置.

(8) 嚥下障がいを呈する 2 症例に対する運動療法の経験. 385. など改善が認められていない評価項目が存在する。その. な介入方法については十分に論じられておらず,本報告. ため,今後は症例数を増やして比較対照群を設けること. は,脳卒中後の嚥下障がいに対する運動療法内容を具体. で,本介入の喉頭挙上不全と体幹機能障がいを関連づけ. 的に記した点で臨床場面において応用可能な有益な情報. ながら実施する運動療法の有効性や本介入の適応を引き. になるものと思われた。. 続き検討していく予定である。  今回の 2 症例においては,拡散強調画像などの急性期 の脳画像情報が入手できなかった。そのうえ,気管切開 に至った経緯や胃瘻造設された経緯など,前院にて嚥下 障がいを長期間きたした詳細な背景が不明であった。ま た,前院での嚥下能力,嚥下訓練の詳細,さらに発症か らの介入開始時期や嚥下能力のレベルが異なっていた。 入院前や介入開始時の状態が嚥下能力の改善に影響する ことも予測されることから,今後は急性期病院への協力 を依頼し連携を深め,より詳細な情報を元に再検討する ことが必要であると考えられた。 結   論  2 症例ともに体幹機能の改善を目的とした運動療法を 実施した後に言語聴覚士と共同して嚥下訓練を行い,喉 頭挙上運動の改善が認められ,嚥下障がいが改善した。 よって,脳卒中後の嚥下障がい者の中には,体幹機能の 改善を基礎的条件とした喉頭挙上運動の再獲得を必要と する症例が存在することが推測された。体幹機能の獲得 とともに喉頭周囲の協調運動を獲得することは,嚥下障 がいを効果的に改善させるひとつの手段となる可能性を 示す結果であったと思われる。姿勢バランスと喉頭挙上 運動の関係性は以前より指摘されていたものの,具体的. 文  献 1)乾 亮介,森 清子,他:頸部角度変化が嚥下時の嚥下筋 および頸部筋の筋活動に与える影響.日摂食嚥下リハ会 誌.2012; 16: 269‒275. 2)田上裕記,太田清人,他:姿勢の変化が嚥下機能に及ぼす 影響.日摂食嚥下リハ会誌.2008; 12: 207‒212. 3)藤島一郎,大野友久,他:「摂食・嚥下状況のレベル評価」 簡便な摂食・嚥下評価尺度の開発.リハ医学.2006; 43: S249. 4)吉田 剛,内山 靖,他:喉頭位置と舌骨上筋群の筋力に 関する臨床的評価指標の開発およびその信頼性と有用性. 日摂食嚥下リハ会誌.2003; 7: 143‒150. 5)Verheyden G, Nieuwboer A, et al.: The Trunk Impairment Scale: a new tool to measure motor impairment of the trunk after stroke. Clin Rehabil. 2004; 18: 326‒334. 6)Bohannon RW, Smith MB: Interrater reliability of a modified Ashworth scale of muscle spasticity. Phys Ther. 1985; 67: 206‒207. 7)Shaker R, Kern M, et al.: Augmentation of deglutitive upper esophageal sphincter opening in the elderly by exercise. Am J Physiol. 1997; 272: G1518‒G1522. 8)津山直一,中村耕三(訳) :新・徒手筋力検査法(原著第 9 版).共同医書出版社,東京,2015,pp. 31‒33. 9)吉田 剛:脳卒中片麻痺患者の嚥下障害に対する理学療 法.理学療法.2006; 23: 1130‒1136. 10)吉田 剛,内山 靖:脳血管障害による嚥下運動障害者の 嚥下障害重症度変化と嚥下運動指標および頸部・体幹機能 との関連性.日老医誌.2006; 43: 755‒760..

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