日本助産学会誌 J. Jpn. Acad. Midwif., Vol. 24, No. 1, 28-39, 2010 *開業助産師(Private-practice midwife) 2009年9月18日受付 2010年1月31日採用
原 著
出産前後の里帰りにおける実母の援助と
母子関係・母性性の発達
Assistance received from parturients' own mothers during
'Satogaeri' (their perinatal visit and stay with their parents) and
development of the mother-infant relationship and maternal identity
小 林 由希子(Yukiko KOBAYASHI)
抄 録 目 的 本研究は,日本の文化的な習慣として現在も多くの女性が行っている出産前後の里帰りについて,子 育て支援および母子関係と母性性の発達の視点から捉え,実際に,産前産後に里帰りを行った女性の主 観的経験の「語り」と,里帰り時の実母による援助の分析を通して,里帰りが産後の子育て支援に果た している役割や機能,および今後の課題について検討することを目的とする。 対象と方法 出産前後に里帰りを経験した初産婦10名,経産婦5名の15名について,半構成的面接法の手法を用い, 里帰りについて語られた主観的経験の内容を,具体的な実家の援助や状況と併せてデータとして質的に 検討した。 結 果 現代の里帰りは,従来の里帰り分娩に加えて,産後の実家里帰りや実母の出張援助の形態もあり,そ の形態は変化していた。15名中10名は「里帰りは当然のこと」と捉えていた。里帰りの最大の機能は,(1) 産後の身体的休養,(2)育児不安の解消,そして(3)経験者である自分の母親を師匠とした見習いによ る育児を学ぶ,であった。一方,問題点として,プライバシーが保てない,実母の過干渉,里帰り後に 実母の援助が途切れることからくる不安があった。また,過去の親子関係の葛藤を想起した者が2名あ った。しかし,その葛藤は時間と経験の語りを通して解決され,過去の傷を乗り越え新たな関係構築へ と発展した。また,全員がこの里帰りの経験を通して,親子の更なる理解を得ることができた。但し, 里帰りの実現は,ほどほどに良い親子関係や居住条件などが前提条件であり,何れの条件に欠陥や不十 分さがある場合,適切な個別援助が必要と思われた。 結 論 里帰りは,産後の女性の産褥復古支援および育児不安の解消と子育ての態度の形成の場,そして,母 子関係の発達の場であった。里帰りは,子育ての伝統と知恵を伝えてきた数千年にも及ぶ人間社会の子 育ての場(子育てのニッチ)であった地域社会や拡大家族の崩壊した現代日本社会において,残されたⅠ.緒 言
産前産後の里帰りは,他の先進国にはない日本独 特の慣習である。しかし,周産期医療の中では,1970 年代後半に里帰り分娩*1の産科学的問題が挙げられ, その後の全国調査において里帰り分娩に対する否定 的見解が示された(品川・野村・片桐他,1978;玉田 ・阿部・本山他,1988)。指摘された里帰り分娩のデ メリットは,「妊娠・分娩・新生児の異常が比較的多 い」,「実家に依存する癖がぬけない」,「初期の夫婦・ 父子関係が確立されにくい」,等であった(野村・河 村・品川他,1983;品川・野村・片桐他,1978)。以後 最も重要な子育て支援資源である。但し,それが機能するためには,事前の親子間の関係の調整や,里 帰り後の心理的援助など,専門家による介入の検討は課題である。 キーワード:里帰り,子育て支援,母子関係の発達,徒弟制による母性性の発達,養育性 Abstract PurposeThe purpose of this study is to examine the roles and function of the Japanese custom of the parturients' perinatal visit and stay with their parents 'Satogaeri', which is still practiced by many women. To learn about their impressions of 'Satogaeri', and the assistance received from their own mothers during 'Satogaeri', we analyzed the subjective experience of women yielded from interviews conducted, either before or after delivery. Our findings were discussed in light of improving childrearing support and development of the mother-infant relationship and maternal identity.
Subjects and method
Using a semi-structured protocol, ten primiparae and five multiparae were extensively interviewed individually to generate detailed, subjective narratives concerning their home stay experiences and the assistance they received from their mothers. These data were analyzed using qualitative methods.
Results
In addition to the traditional form of Satogaeri in which a woman visits her parents' home and stays with them for a period of time, either before delivery or after, the study found new forms of Satogaeri in which some women had their mothers come to their homes, stay with and help the daughters, or either one commutes between their respective homes daily. Ten out of 15 subjects reported that 'they thought it was a matter of course for them to prac-tice Satogaeri.' The subjects gave the following three as the most useful functions of this experience: (1) It enabled them to relax themselves physically, (2) It resolved their anxiety about childrearing demands, (3) It provided an opportunity for them to learn how to care for their babies under the guidance of their own mothers. Some subjects also reported experiencing some discontent during Satogaeri, due to lack of privacy, mothers' over-interference and anxiety over re-adaptation to a life without their mothers' assistance when Satogaeri ends. Two subjects were even reminded of past conflicts with their parents. However, through intimate interactions and conversations, they managed to overcome the hurt feelings and resolve their conflicts. All subjects reported obtaining better mutual understanding with their parents through Satogaeri. As having only a satisfactory mother - daughter relationship is the minimum prerequisite for either party approaching the other regarding Satogaeri, specialized, professional as-sistance is considered necessary and possible for some would-be yet hesitant participants of a Satogaeri experience. Conclusion
As a custom, Satogaeri has provided a place, or locus, to assist birth-giving women to regain their usual bodies, and to ease their anxiety about up-coming childrearing tasks. It serves as a haven for infant development as well as the development of motherhood, with the benefit of learning under the guidance of one's own mother. This is espe-cially important because modern Japan is rapidly becoming a society where the transmission of childrearing tradi-tions and knowhow is in danger of being disrupted due to the disappearance of extended families and local commu-nities; the main childrearing niches that have existed for thousands of years. In order to benefit from this practice, professional assistance for some prospective individuals, with attachment conflicts, could be helpful. Assistance for post-Satogaeri should also be considered and provided for special individuals.
Key words: Satogaeri (the custom of parturients' perinatal visit and stay with their parents), childrearing support, development of mother-infant relationship, apprenticeship of motherhood, nurturance
る上で非常に大きな助けとなる。小児科医Brazelton (1981/1982)は,妊娠や子育てについて「もう一度母親 の手を借りてみる」ことの重要性を述べる。母性看護 学の立場から,Rubin(1984/1997)は,女性の母性性(母 親らしさ)の心理的な組み込みに最も影響を与えるモ デルは母親であると指摘する。また,発達心理学およ び比較文化の視点から,陳(2000)は,「里帰りは核家 族化された現代の日本において新米の母親に対する身 体的,心理的支援システムである」と述べる。里帰りは, 出産した女性(新米母親)を実母(熟練した母親)が支 える場と時間を提供し,最初期の子育てを支え,養育 性形成*2に寄与する場となっている可能性がある。 里帰りに対するこれまでの研究の視点は,医学的問 題に焦点化しており,夫婦や親子関係形成において はリスク要因とさえ指摘されてきた。しかし,最近 は,地域の医療格差の是正や里帰り時の保健指導の徹 底などにより,里帰り分娩と非里帰り分娩間における 医学的異常発生に差がみられなくなったことや,母親 ・父親の子育て不安やストレス,夫婦関係に与える影 響に里帰り分娩の有無で有意差がなかったことが報告 されている(福島・杉山,2007;木村・田村・倉持他, 2003)。また,現代は,家族形態の変化や交通機関の 発達に伴い,従来の都市から地方への里帰り分娩のみ ならず,地方から都市への里帰り分娩,産後の里帰り, 地方の実家の母親が娘宅に出張して援助に来る形態も 見られ,里帰りのあり方そのものも変化してきている (大西・陳,2006)。 本研究では,出産に関わる里帰りの習慣を,子育て 支援および母子関係と母性性の発達の視点から捉え直 し,実際に,産前産後に里帰りを行った女性の主観的 経験の語りと,里帰り時の実母の援助を併せて質的に 検討することを通して,里帰りが産後の子育て支援に 果たしている役割や機能,および今後の課題について 検討する。 [用語の操作的定義] 本研究では,出産に関わる里帰りを,母と娘,そし も,里帰り分娩は周産期リスクファクターとしてみな され,里帰り分娩を奨励しない産科医師の見解が続い た(樋口,2001;西島,1996)。助産師にも,「里帰り出 産は家制度の強かった時代の嫁への配慮で現代ではほ とんど意味をなさない」,とする意見があった(中根, 1998)。 しかしながら,実際には,この里帰り慣行は依然 として続き,現代も多くの女性が行っている。永山 (2000)の調査では,7割以上の女性が里帰り分娩や産 後の里帰りを行っており,森田(2002)も,産前産後 の里帰りは9割の女性が行っていたことを報告してい る。これらの状況より,里帰りには,今もなお多くの 女性のニーズがあり,初期の育児環境として求められ ていると推察される。 戦後,1960年代の高度経済成長期以後の日本は,急 速な都市化とともに核家族化が進行した。そして,戦 前の家父長的な価値観は排され,愛情に基づく夫婦関 係を軸として新しい考えを持ち行動する若者夫婦・ 子育てもこのような核家族で行う,という新しい家 族形態がうまれた(布施,1993;経済企画庁,1976; 落合,1989)。しかし,約30年前から,それまで子育 てを支えていた拡大家族や地域共同体はすでに消失し ており,社会的な子育て支援サービスも不十分な現代 社会において,核家族のみで子育てをすることには限 界があるのではないかと考える。そして,家族社会学 の立場から落合(1989)が,「家族が単独で子どもを育 てられたことなど,いつの時代のどこの社会にもなか った」,と断言するように,人間社会の歴史をみれば, 子育ては祖父母をはじめとして多くの人々が責任を持 ち,人々のネットワークに支えられてきた。 多くの霊長類社会や日本以外の伝統的社会では,母 親の子育てを手伝う母親以外の「母代わり」の存在が, 非常に重要な役割を果たしていることが知られている (Hrdy, 1999/2005)。産後の女性と新生児にとって,子 育ての経験者として例えば産婦の実母からの援助があ ることは,初めての育児と新しい母親役割を獲得す *1周産期用語における「里帰り分娩」の定義(品川・野村,1980) ①相当の長途・長時間の旅行をして,妊婦が実家ないしはそれに準ずるところに帰り,その近くにある医療機関で分娩する, ②妊娠の経過を観察していた医師・助産師と分娩を取り扱う医師・助産師とが変わる,③妊娠の末期から分娩・産褥期にかけ て妻と夫が相当期間,離れ離れになって暮らす,であり,相当の長途・長時間の旅行の定義に関しては,その地域や交通事情 によって見解は異なるが,「妊産褥婦や新生児が旅行によって大きな影響を受けがちな距離や時間」と解釈されている。 *2養育性 「養育性」は,英語の nurturance を翻訳した用語である。小嶋(2001)は一時,養護性という言葉を使用したが,この概念 の本質が伝わりにくいと感じ,英語そのものを用い,ナーチュランスを「相手(生きとし生けるもの)の健全な発達を促進する ために用いられる共感性と技能」と定義した。陳(2007)は,さらに nurturance に「養育性」という用語を提唱し,個人的属性 としての養育性を「相手の健全な発達もしくは状況の改善を促進するために有益な態度,身体技術と知識」と再定義している。
て娘とその児という母子関係の発達の視点から捉える ため,産前産後に女性が何らかの形で実母の支援を一 定期間受けるすべての場合を,「里帰り」として定義し, 周産期用語に定義される里帰り分娩のみならず,妊娠 の経過を観察していた医師・助産師が変わらない産後 の里帰り,さらに,実母が娘宅に滞在・または通って 一定期間の援助を行う場合のすべてを含めて里帰りと 表現する。
Ⅱ.研 究 方 法
里帰りを行った女性の主観的経験の語りの記述と, 産後の実母による具体的な援助の内容を併せて質的に 分析した。 1.研究対象者 出産前後に里帰りを経験した女性15名(初産婦10名, 経産婦5名)。研究協力者募集に応じ承諾を得られた 方である。いずれも里帰り体験が記憶に新しい出産後 数年以内(2ヶ月から2年10ヶ月まで)の女性で,産後 の経過や新生児の状態に問題はなく,家族形態は核家 族である。 2.データ収集方法と期間 研究者(助産師)によるインタビューガイドを用い た半構成的面接法。面接の所要時間は一人あたり約1 時間であった。期間は,平成19年4月∼平成21年2月。 3.面接内容:インタビューガイドの内容は,以下の 通りである。 1 ) 年齢,職業,妊娠・分娩・産褥経過,新生児期の 状態,子どもの年齢・健康状態,母乳育児の有無。 2 ) 里帰りの状況,実母の年齢,実家の所在地,実母 による産後の支援の具体的内容,思春期からの母娘関 係,里帰り中の関係や実母の援助態度。 3 ) 里帰り体験の振り返り:里帰りの動機,里帰りの 状況(期間,過ごし方,夫の状況など),里帰りの利 点・欠点,母性意識や子育てに影響を与えられたこと がら,里帰り後の母娘関係の変化,等についての自由 な語りである。 4.分析方法 面接によって得られた対象者の語りの記述内容と, 実母による具体的な援助の内容を併せてデータとし, グラウンデッドセオリーの手法を用いて,データの コード化,カテゴリー分類を試みた。 5.倫理的配慮 研究対象者には研究目的と質問内容,そして倫理的 配慮として以下の事柄を口頭および文書にて説明し た。研究参加は自発的意志によること,面接中の途中 中断も自由であること,面接終了後の研究参加への拒 否も自由であることを説明し,得られた内容は研究目 的以外には使用しないこと,プライバシーの保護と匿 名性に留意すること,守秘義務について約束し,また, データは研究者以外に取り扱うことがなく厳重に保管 し,研究終了後に研究者の責任において処分すること を説明し,同意を得た上で面接を開始し,面接終了後 に記録内容を確認の上,署名を得た。Ⅲ.結 果
1.対象者の背景(表1参照) 対象者は,初産婦10名,経産婦5名の計15名。出 産時の平均年齢は,初産婦31.5歳(範囲23歳∼39歳), 経産婦36.2歳(範囲28歳∼42歳)であった。里帰りの 状況は,周産期用語の定義による里帰り分娩の者が2 名(初産婦),産後に里帰りを行った者(以下,産後里 帰りと記載)が9名(初産婦6名,経産婦3名),実母が 実家から出向いての援助を受けた者(以下,実母出張 支援,と記載)が4名(初産婦2名,経産婦2名)であっ た。以下,各々を事例1∼15と表記する。産後の里帰 り期間は,産院退院後5日間∼4ヶ月で,1ヶ月が最も 多かった。妻の里帰り中の夫の状況は,里帰り分娩の 場合には「自宅で待機」,産後里帰りでは「毎日の通い ・週末は妻の実家に滞在する」,が多かった。 2.里帰りの動機と意思決定 15名中10名が「里帰りするのは当然のこと」と回答 していた。動機で最も多かったものは,初産婦,経産 婦ともに,「産後の家事援助に対する期待」(15名中14 名)であり,結果的に実母はこれに応えていた。次に, 初産婦では10名中7名が「初めての分娩や育児に対す る不安とそのサポート」であり,経産婦全員が「上の 子の世話」であった。他に,「両親にとっては初孫なの で孫をプレゼントしたい,という気持ち」という回答 があった(事例6)。産後に,夫が育児休業を申請した 者や家事代行等の子育て支援の社会的サービスを利用 した者はなかった。里帰り分娩を選択した初産婦2名表 1 対象者の背景 事例 初産・経 産の別 出産時の 年 齢 (歳) 調査時の 子の年齢 職業 夫の年齢 (歳) 養育経験 (経産婦は上 の子の年齢) 里帰りの状況 実家との距離 遠距離 近郊・市内 里帰り期間 (産後: 産院退院後) 実母年齢 思春期からの 母娘関係 里帰り中の 実母の態度 (娘の評価) 1 初 26 4ヶ 月 無 26 有 ( 保 育 経 験 ) 里 帰 り 分 娩 や や 遠 距 離 ( 車 で 約 3時 間 ) 妊 娠 32 週 ∼ 産 後 3ヶ 月 51 歳 良 好 協 力 , 共 同 , 見 守 り 2 初 24 1歳 1ヶ 月 無 26 有 ( 保 育 経 験 ) 里 帰 り 分 娩 遠 距 離 ( 航 空 機 利 用 ) 妊 娠 35 週 ∼ 産 後 2ヶ 月 52 歳 良 好 協 力 , 共 同 , 助 言 3 初 32 6ヶ 月 有 33 無 産 後 里 帰 り 近 郊 産 後 4ヶ 月 60 代 前 半 良 好 見 守 り 4 初 23 4ヶ 月 無 23 無 産 後 里 帰 り 市 内 産 後 1ヶ 月 50 代 前 半 や や 良 好 心 配 , 干 渉 5 初 30 1歳 6ヶ 月 有 30 無 産 後 里 帰 り 市 内 産 後 1ヶ 月 60 代 前 半 良 好 協 力 , 見 守 り 6 初 35 2歳 10 ヶ 月 無 30 無 産 後 里 帰 り 市 内 産 後 1ヶ 月 61 歳 緊 張 あ り 干 渉 , 協 力 7 初 40 2歳 9ヶ 月 無 41 無 産 後 里 帰 り や や 遠 距 離 ( 車 で 約 2時 間 ) 産 後 2週 間 63 歳 や や 疎 遠 協 力 , 助 言 , 見 守 り 8 初 29 1歳 有 30 無 産 後 里 帰 り 市 内 産 後 1週 間 60 代 前 半 や や 疎 遠 協 力 , 助 言 , 見 守 り 9 初 39 7ヶ 月 無 49 無 実 母 出 張 近 郊 産 後 1週 間 68 歳 や や 疎 遠 協 力 , 見 守 り , 時 に 干 渉 10 初 37 9ヶ 月 有 38 有 ( 助 産 師 ) 実 母 出 張 そ の 後 実 家 へ 再 里 帰 り 市 内 産 後 5日 間 産 後 2ヶ 月 時 1週 間 里 帰 り 62 歳 や や 疎 遠 基 本 的 に 見 守 り , 時 に 干 渉 11 経 34 2ヶ 月 無 41 有 ( 4歳 ) 産 前 産 後 里 帰 り 市 内 産 前 1週 間 ∼ 産 後 1ヶ 月 60 代 前 半 良 好 協 力 , 見 守 り 12 経 42 7ヶ 月 無 45 有 ( 2歳 ) 産 後 里 帰 り 近 郊 産 後 2週 間 67 歳 緊 張 あ り 娘 に 遠 慮 , 遠 回 し 助 言 13 経 28 2歳 無 30 有 ( 2歳 ) * 第 1子 時 も 里 帰 り 産 後 里 帰 り 近 郊 産 後 3週 間 60 代 後 半 や や 疎 遠 協 力 , 時 に 干 渉 14 経 35 8ヶ 月 有 35 有 ( 3歳 ) 実 母 出 張 遠 距 離 ( 航 空 機 利 用 ) 産 後 20 日 間 59 歳 良 好 協 力 , 見 守 り , や や 心 配 15 経 42 6ヶ 月 無 44 有 ( 3歳 ) 実 母 出 張 市 内 産 後 1ヶ 月 75 歳 良 好 協 力 , 見 守 り
は,いずれも「夫が多忙で分娩時の不在が心配」であり, 実家の方が都市部にあった。また,実母出張支援の背 景には,「実家家屋が古く寒い」(事例9),「上の子ども の幼稚園や保育園との関係」(事例14,15),「実家が遠 く移動に伴う問題や就業との関係」(事例14)のために 実家に帰れない事情があった。里帰りの意思決定は, 全例,里帰りする女性自身が行い,夫は妻に賛同して いた。実家の実母も里帰りを歓迎または奨励し,うち 5名の実母は「娘が里帰りするのは当然のこと」と思っ ていた。また,実母出張支援の4名のうち2名は,実 母の方から援助を申し出ていた。 3.里帰りの機能(表2参照) 1 )産後の身体的休養 里帰り中は,家事(食事,洗濯,掃除,買い物な ど)のほとんどを実母が負担しており,家事の全面協 力による負担の軽減が「産後の安静の確保,体調回復 の促進」になったことが語られていた(事例9以外の全 事例)。また,実母は,育児も協力し,主におむつ交 換,児が泣いた時にあやす・抱っこ,沐浴を行ってい た。その他,娘の外出時や仮眠中の世話などの育児の 代行,経産婦では全て「上の子の世話」が挙げられた。 初産婦では「家事をしてもらったので児の世話に集中 表2 里帰りの機能 コアカテゴリー カテゴリー サブカテゴリー データ:対象者の言葉 *( )は事例番号 1) 産後の身体的休 養 (1) 家事負担の軽 減による産後 の安静の確保 ・体調回復の 促進 家事の全面援助によ る負担の軽減 経験者の知恵による 対応 ・家事負担がなく心身ともに休め体調回復が早くできた(1,7,8,11,12,14,15) ・家事の軽減により身体が楽だった(10,13) ・家事をしてもらい,児の世話に集中できた(1,2,3,4,5,6,7) ・朝,ガチガチに張ってしまった乳房を母が温タオルで揉み解してくれた(7) ・産後の身体の動かし方など,ちょっとした疑問に助言をもらえた(14) 2) 育児不安の解消 (2)育児の負担感 の軽減 実母の育児協力によ る育児負担感の軽減 孤独感からの脱出 ・夜間の授乳時など(寝てしまっていると)声をかけてくれ,安心して休めた(2) ・自分が外出する際に,児を預かってくれ,安心できた(4) ・育児を手伝ってもらえた(6,7,9) ・上の子どもの世話をしてもらえ新生児の世話に集中できた(11,12,13,14,15) ・出産直後は母に1週間来てもらっていた。その後,一人で育児をして孤独感と不安も強く なり,2ヶ月時,改めて自分が実家へ里帰りした時,実母の育児協力が大きな安心感にな った。育児は自分ひとりで背負わなくてもいい,誰かを頼ってもいいのだと思えた(10) ・育児を自分ひとりで背負わなくても良いと感じられた(13) (3) 新米母親とな る娘の精神的 支え 経験者の見守りによ る精神的支え 両親の孫への愛情に よる肯定的対児感情 ・母は精神的な支えになってくれた(1,3,5,8,9) ・育児に少しずつ慣れ,自信を得ることが出来た(2,7,8) ・母は̶緒に考えてくれた。でも「主体はあなた」と補助的に関わってくれた(1) ・実母は育児にあまりロ出しせず,自分のことを見守ってくれた(3) ・里帰りし,産後は楽しいという思いが出産を肯定的に考えることにつながった(8) ・子どもが産まれてくるまでは母親としての自覚がまるでなかった。しかし,そんな時,母 親が来てくれて,傍に居てくれるだけで安心できた(9) ・親たちが児を可愛がってくれることが育児への肯定的感情につながった(2,3,9) ・上の子を可愛がり,とてもよく世話をしてくれたことがとても嬉しかった(11) ・上の子の反抗期によくつきあってくれ感心した(12) 3) 育児技術の習得 と伝承の場:経 験者である母親 を師匠とした見 習い (1) 母と娘の徒弟 制関係の中で 学ぶ育児 実母と共に行う育児 ・実母を師匠とした 見習い 子どもの発達や性別 ・個性に合わせた育 児を学ぶ ・おむつ交換や沐浴の方法などを実母と2人で検討,調整,2人で工夫した(1,2) ・実母は,沐浴なども手馴れており,実母から学んだ(6,7,8) ・離乳食のことなど具体的にアドバイスをくれた(6,14) ・実母は子どものあやし方がとても上手。玩具の扱いなども,色々工天して子どもと接する のを見て感心し,学んだ(15) ・子どもへの語りかけかた,おむつ交換などのときにも話しかける等,まだ反応の少ないな い児へも積極的に声をかけることが大切であることを教えられ,その話しかけ方などがと ても参考になった。「母を見て・習った」と思う(2) ・児が夜泣いていたら添い寝をすすめてくれ,効果があった(5) ・赤ちゃんの抱き方や男の子の扱い方等,母が̶緒に教えてくれた。(6) ・最初はとにかく不安だったので,育児行動のひとつひとつを確認して安心できた(9) (2) 子育ての態度 形成 子育ての態度に対す る注意と助言 育児と仕事の両立な ど女性の生き方に対 する助言 ・母親としての自覚や態度について教わった(以下,具体的な内容) →・子どもの反応に気づかずにメールなどしていると,「赤ちゃんが泣いているよ」等と声 をかけてくれ,自分の育児態度にも気づかされた(2) ・子どものちょっとしたサインにすぐに応える,なるべく子どもの要求を理解しようと することが大切。「子どもが大事」「子どもを中心に」という母の育児への示唆をもらっ た(2,5,7,9) ・里帰り中に自分は「母親になって」帰宅出来た。その期間は2ケ月かかった(2) ・(里帰り後の電話相談で)子の1歳過ぎ頃の反抗的な時期,母は「三つ子の魂百までという から,悪いことをした時にはきちんとと叱りなさい」としつけの助言(7) ・母親も同様に寝る時間もなく子育てをしてくれたことが解り,感謝した(5,7,8) ・母親自身の経験から,子育てと仕事の両立を励まされ心強かった(2) ・母親の体験から,育児をしながらも仕事を継続することについて励ましてくれた(母は, 第2子出産時に退職せざるを得なかった体験から)。「今は保育園があるのだから,仕事は 辞めずに続けたほうが良いよ」と励ましてくれた(14)
できた」という回答が多かった。経産婦も同様の回答 で,さらに「上の子の世話をしてもらい新生児の世話 に集中することができたこと」が語られていた。また, 産褥期の乳房トラブルや産後の動静について,実母の 「経験者としての知恵による対応」が役立った者もあ った(事例7,14)。 2 )育児不安の解消 実母による新生児や上の子の育児への協力は,「育児 の負担感の軽減」となっていた。また,「赤ちゃんが泣 いたときに抱っこしてくれた」,「あやしたり遊んだり してくれた」ことは,負担の軽減のみならず,新米母親 にとって新生児との接し方のモデルとなっていた。「実 母が傍にいてくれるだけで安心できた」等の感想が多 く,実母は「新米母親となる娘の精神的支え」となって いた。そして,実母からの具体的な助言は育児不安の 解消に役立ち,育児経験者の実母のもとで,「育児に少 しずつ慣れ,自信を得ることが出来た」と語られてい た。さらに,実母による孫への世話と愛情表現は,娘 の育児への肯定的感情につながっていた。 3 )育児技術の習得と伝承:経験者である母親を師匠 とした見習い 里帰りでは,産婦とその実母が共に育児を行うこと を通じて,親子でありながらも自然な徒弟制の関係を 形成していた。その中で「母を見て,習った」という ように,産婦が実母から育児を学んでゆく姿が見られ ていた。それは,乳児の抱き方,あやしかた,沐浴の 工夫などの具体的な助言を得,育児技術を獲得する場 であった。また,子どもの発達の状態や性別・個性に 合わせた育児,添い寝の勧め等細かな具体的な助言も あり,子どもへの言葉かけや玩具・遊び方の工夫,上 の子への接し方等も見て学ぶ場となっていた。さらに, 里帰りは「子育ての態度形成」の場となっており,「母 親としての自覚や態度について教わった」内容が語ら れていた。実母からは「育児の主体はあなた」という 補助的な関わりや,母親としての自覚を促す示唆,そ して,現代的な傾向として,娘の携帯電話やメールに 集中する態度を諌める発言もあった。他には,就労と 育児の両立について励まされ支援された者もあった。 これらの事例の実母自身は育児により就労の継続を断 念した経験を持つものであった(事例2,14)。 4.里帰りの問題点(表3参照) 1 )プライバシーの問題 最も多く挙げられたことは,「プライバシーが保た れず,お互いの生活に干渉してしまった」等,実母と の生活時間や空間の調整,夫との関係への気遣いにし ばしばストレスを抱えたことであった。また,夫と長 期間離れ離れとなった里帰り分娩では,「父子関係へ の心配」,や「夫婦関係が保てない」ことを挙げていた (事例1,2)。しかし,2事例共に里帰り後には父子の 表3 里帰りの問題点 カテゴリー サブカテゴリー データ:対象者の言葉 *( )は事例番号 (1) プライバシーの問題 互いの生活への気遣い・プライバシーが保てない 夫婦関係の不安 ・外出できずずっと部屋におりストレス(3) ・家族の過干渉で気が休まらずストレスが溜まりイライラ(4,10) ・プライバシーが保たれず,お互いの生活に丁渉してしまい,イライラ(5,8) ・身体を休めることができたが,精神的には休まらなかった(12) ・第1子出産の際にも里帰りしたが,かなり気を使い,精神的疲労(13) ・夫に会えなかったこと,夫が寂しかった(1,2) ・離れている間に夫婦関係がぎくしゃくし夫にネガティブな感情を抱いた(2) ・通ってきている夫にストレスが溜まっていた(他の家族と合わない)(4) ・住居が狭く援助に来てくれた母と夫の生活時間が異なり,互いに気疲れ(14) (2) 育児観の時代的相違と実 母の過干渉 実母の児に対する心配 育児の時代背景の相違・ 価値観の相違 ・実母は過度に児の健康を心配する →外出に抵抗感(1),「寒いのではないか」と厚着させたがる(1,4) ・「おっぱいがでていないのではないか?」(4),子どもの反応を過度に心配(10) ・育児の方法や考え方,価値観の違いから実母と衝突,葛藤(4,7,9,13) ・私の母乳へのこだわりに実母が反対(ミルクやおしゃぶりを勧められた)(9,10) (3) 過去の被養育体験におけ るトラウマ想起と母娘間 葛藤 過去の被養育体験のトラ ウマの想起・葛藤の再体 験 ・実母の子育て体験を押し付けられ,自分と比較され辛かった(6) ・里帰り中にマタニティ・ブルーになった。子ども持代∼思春期の母娘関係は,どちらかと いうと不良で,緊張ある関係だった。自分の幼い頃の被養育体験を思い出し,葛藤。自分 が育てられたように子どもを育てたくない(6) ・実母は上の子どもの世話をし遊んでくれていたが,何かあると躾として子を叩こうとする 実母の態度に,自分の被養育体験を重ねあわせ,子ども時代のトラウマを想起した。実母 に対して素直になれない。里帰り中は̶緒に居るとイライラした(12) (4) 里帰り後の孤独・育児不 安 里帰り後の継続的援助の 不足による育児負担感と 孤独感 ・里帰り後,自宅に戻ってからブルーになった。日中,子どもと2人きりの生活になり,孤 独だった。訪問助産師が来てくれて泣いた。母乳不足不安もあり,桶谷式乳房管理の助産 師を紹介され,やっと母乳の自信を得た(7)
愛着形成や夫婦関係は良好となり,里帰りが問題を生 じさせる結果とはなっていなかった。 2 )育児観の時代的相違と実母の過干渉 実母による助言が,娘には育児への過干渉として映 り,母娘間のトラブルを生じたことがあった(事例1,4, 7,9,10,13)。これは,「育児に対する世代間の価値観 の相違」を背景とするものであった。具体的には,「実 母は過度に児の健康を心配する」,「産後の外出に対す る抵抗感」,「新生児に厚着をさせたがる」等であった。 中でも,特に,母乳に関する問題は大きく,娘は母乳 育児を希望するのに対してミルクが推奨された時代に 育児をしてきた実母では,児が泣くたびに「おっぱい がでていないのではないか」と心配し,ミルクの追加 や時間授乳,おしゃぶりを勧めていた例もあった(事 例9,10)。 3 )過去の被養育体験におけるトラウマの想起と母娘 間葛藤 里帰り中に,実母の言葉や態度によって,精神的な 傷つきを経験し,産婦(娘)自身の子ども時代の母子 関係のトラウマを想起し,新たな葛藤を抱えた事例も あった(事例6,12:表4参照)。 4 )里帰り後不安 里帰り中は安定していたものの,里帰りで実母によ る援助を受けた期間が短く,里帰り後には実母の援助 が受けられず,家事と育児の両立の負担感と,母子の みで日中を過ごす孤独感を強く感じ,「自宅に戻って からブルーになった」という者があった(事例7)。 5.母娘関係とその変化:母子の新たな絆形成・新た な関係の構築(表4参照) 「里帰りしなかったら子育ては出来なかった・マタ ニティブルーになっていたと思う」と,初産婦10名中 5名が答えていた(事例1,2,5,7,9)。「里帰りのポジ ティブな経験が第2子出産を肯定的に考えることにつ ながった」という感想もあった(事例8)。このように, 里帰り体験を非常にポジティブに評価した者は,思春 期からの母娘関係が良好で,里帰り中の実母の態度が 娘の評価による「協力・共同・見守り,助言型」であ った(事例1,2,3,5,8,11,14,15:表1参照)。しか し,思春期からの母娘関係が「やや疎遠」であった者 でも里帰りを通して関係が良好に転じており(事例7, 9,13),「里帰りを通して実母との関係がより良好にな った」者がほとんどであった(全15名中13名)。そし て,最も多かった感想は,「実母の育児経験を聞いた 表4 母娘関係とその変化:母子の新たな絆形成・新たな関係の構築 カテゴリー サブカテゴリー データ:対象者の言葉 *( )は事例番号 1) 母子の新たな絆形成と新 たな関係の構築 実母との親密・良好な関 係 両親に対する新たな発見 愛情の再体験と感謝・ 「育てられたようにわが 子を育てたい」 里帰り経験の時間を経た 変化 ・母親とさらに親密で良好な関係になった(1,2,5,8,11,14,15) ・思春期にはあまり話をせず,やや疎遠な関係だったが,里帰りを通じて母と色々な話をし た。里帰り後は関係がとても良好になった(7,9,12,13) ・上の子どもの世話をとても良くしてくれ,とても嬉しかった(特に実父が孫の世話をとて も良くしてくれ,新しい発見だった)(11) ・実母はクールな人だと思っていたが孫を可愛がり心配していたことに驚いた(3) ・里帰り中に実母の出産・育児経験(自分の被養育体験)を初めて聞き,感概深く,改めて 自分は愛されて育ったのだと感じた(1,2,5,7,8) ・子育ての大変さを知り,母親に感謝する気持ちになった(2,7,8,9) ・里帰りは良い軽験となり,産後は楽しいという思いが残った。この思いが第2子出産を肯 定的に考えることにつながった(8) ・母親が自分を育ててくれたように,自分も同じようにわが子を育てたいと思った(9) ・産後まもなくの時には,母親の児を心配する̶言が育児への過干渉と感じ落ち込んだが, 1ヶ月後改めて実家へ里帰りし,滞在中に子どもを抱っこしてくれたり,話し相手になっ てくれたことが大きな安心感へと変化。かたくなだった自分が変化した。誰かを頼っても いいのだと思えた(10) ・第1子出産の際の里帰りでは,初めての子どもで神経質になっていたこともあり,あれこ れ心配する母の言葉に反発し,価値観の相違から衝突した。が,里帰りを通じて母親と良 く話しをするようになり,関係が良好に変化。第2子出産の際の里帰りでは,以前のよう な葛藤はなくなった(13) 2) 過去の体験の捉え直しに よる親子関係の修復 過去の親子関係の葛藤の 表出と体験の捉え直し ・里帰り中に実母の子育て経験をおしつけ・比較され,母親のように子育てしたくないと思った。私は子どもの気持ちと子どもの主張を大切にしたい。「母のようになりたくない」と, 反面教師に思った。そう思えたのもある意味,母のおかげかもしれない。時間が経過して, 今は,里帰り中は母も疲れていたのかもしれないと思えるようになった。しかし,親子と いえども適度な距離は必要。里帰り後は,以前よりも交流がある(6) ・上の子どもに接する実母の態度に,自分の幼少期,母を求めた手を払われた悲しい体験・ 被養育体験を重ねあわせ辛くなった。しかし,上の子が退行し,甘えが強くわがままな状 態になった時,余裕を持ってそれに良く付き合ってくれた。有難かった。里帰り後には母 とよく話しをするようになった。ただ,自分は,母親のような子育てはしたくない。叱る 前に,叩く前に,子どもに理解できるように話をしてあげたい(12)
ことの感慨」であった。そのことによって,「改めて自 分は親に愛されて育ったと実感」し,「愛情の再体験と 感謝」から「自分が育てられたようにわが子を育てて ゆきたい」,という思いを抱いた者が多かった。この ように,里帰りは「母と娘の新たな絆形成」の場とな っていた。 これに対し,里帰り中に「過去の親子関係における トラウマを想起した」者が2名あった。この2名は,思 春期からの母娘関係が「緊張のある関係」であった(事 例6,12)。そして,里帰り中に過去の親子関係におけ る葛藤体験が想起され,里帰り体験はネガティブに評 価されていた。しかし,そのような事例においてさえ, 里帰りを契機に,里帰り後は,生まれた子を挟む交流 の機会が増えた。そして,さらに時間の経過と本研究 での語りの作業を通し,辛かった経験を反面教師に考 えることができるようになっていった。里帰りは,葛 藤そのものをポジティブに捉える契機となり,実母 との新たな関係の中で,徐々に過去の葛藤体験の肯定 的な捉え直しがなされていった。このように,全員が, 里帰りを通して親子の会話や交流が増え,母娘関係の 「良好かつ更なる関係の発展」を語った。但し,里帰 りがトラウマの再体験の場などとならずに,その支援 機能を十分に果たすには,思春期からの「ほどほどに 良い母娘関係」があることが前提条件と考えられた。
Ⅳ.考 察
本研究結果より,里帰りでは,新米母親となった女 性(娘)が経験ある母親(実母)と共に様々な育児の問 題に取り組み,これを解決してゆく様を,事例を通し て伺うことができた。これより,里帰りは,現代にお いても初期の母子関係と子育てにおける支援システム として機能していることが考えられた。 以下,里帰りの子育ておよび養育性形成に果たす役 割と機能,また,その課題について考察する。 1.里帰りの子育て支援における機能 1 )産褥復古支援の場 里帰りは,もともと,産後の安静を守るために考慮 された文化的なシステムであった(長谷川,1973)。出 産に対する忌みを婚家にもたらさない意味もあった が,里帰りは古くから出産前後の女性の心身の休息を 守る場としてその慣行が続いてきた(根岸,1991;恩 賜財団母子愛育会,1975)。今回の結果からも,現代 もそのニーズは里帰りに求められており,実際,里帰 りにより家事や育児の負担は軽減され,産後の身体回 復が順調に図られていたことがわかった。核家族の子 育てには,夫の協力が不可欠であるが,日本におけ る夫の育児時間は週に33分と諸外国に比較しても少 ない(内閣府,2008)。夫の育児休業普及率もいまだ低 く,子育て期の男性の労働時間も長い現状がある(矢 澤,2005)。家事代行やベビーシッターなどプロによ るサービスもあるが,決して安価ではないため経済的 負担は大きく,また,見知らぬ他人が家に入ることへ の抵抗感もある。それよりも,里帰りは,経済的にも 精神的にも負担無く,親子の気兼ねない関係において 産後の安静を保つことができる,最も利用しやすい支 援資源であるといえる。 2 )養育性形成に関わる場:母と娘の徒弟制関係によ る母性性の発達 小さな子どもの養育経験をほとんど持たない現代女 性では,出産した自分の子が初めての育児体験となる 場合が多い。初めての育児には,多くの女性が何らか の不安を抱えている(大西,1999)。また,現代は若い 母親たちにとって「子どもを育てるのが怖い」時代で あり,子育てに悩む「今どきの母親症候群」も増えて いる(大日向,1999;田中,1998)。しかし,里帰りの 大きな機能に,育児不安の解消の役割があった。そし て,里帰りの場は,子育ての経験者である実母が新米 母親の娘を精神的に支え,娘が母から具体的な育児技 術や子育ての態度を学ぶ場でもあった。 出産した病院でも,当面必要な育児技術は学ぶ。し かし,生後1ヶ月を過ぎる頃に,子どもの個性ははっ きり現れてくる。泣きぐずりや夜寝ない子等,母親に とって「扱いにくい」と感じる気質もあろう。産褥入 院中の短期間の育児指導ではこれらにまで対応できな い。産院における育児指導に対して挙げられた感想は, 「赤ちゃんの抱き方や授乳の方法,沐浴などとても役 に立った」(事例9),「1ヶ月健診までの間で産院の助 産師が家庭訪問してくれて助言を受けられた」(事例 14)というものもあったが,「教わったがあまりよくわ からなかった」(事例6),「異常の発見などは学べたが, 学んだこととすぐ育児できることは違うと感じた」 (事例2)というものもあった。さらに,産院の助産師 として長期の経験を持つ者が,「自分は産院で育児の 指導をする立場だったが,実際の育児は思ったよりも 大変だった」と,退院後に強い育児不安を経験したこ とを語った(事例10)。しかし,里帰りの場では,実母が娘の生活に密着し て継続的な関わりを持ち,そこでは,母と娘がまさに 徒弟制という関係の中で,娘が母を師匠とした見習い を通して育児を模倣し学ぶ姿があった。実母は,新米 母親を見守りつつ,時には諌め,子育ての経験からの 知恵を授けていた。また,すでに養育経験のある経産 婦にとっても,幼児期にある上の子の育児の学びの 場となっていた。文化人類学・発達心理学者Rogoff (2003/2006)は,「徒弟制は, いつの間にか身につけ る 学びの文化モデルであり,多くのコミュニティで 人々は徒弟制への関与を通して仕事を身につける」と 述べ,さらに「親たちは子育ての課題に自分たちだけ で直面するわけではない。親が手にしているのはその コミュニティで歴史的に体験されてきた最も主要な危 険に対応するように出来ている慣習的な育児パター ンである」と述べる。いつの時代も子育ては,母から 娘へと脈々と受け継がれてきた数千年にも及ぶ人間 の文化的営みであった。助産師の鎌田・菅沼・坂倉 他(1990)は,日本人の子育てについて,「昔の子供は 地域の中で育てられ,産婦は地域社会と一緒に経験豊 かなお婆さんから子産み・子育ての知識や方法を伝授 され,母親となっていった」と述べる。里帰りは,こ のような家族の子育てを支えてきた重要な子育てのニ ッチ*3であった地域共同体が失われた今日において, 残された最も重要な初期の養育性形成の場であると考 えられる。 3 )新たな母子関係の発達の場 里帰りは,母子(実母と娘,娘とその児)の新た な絆を形成し,新たな関係を構築する場であった。 Rubin(1984/1997)は,母性性の発展にとって,「新し い絆と生まれてくる赤ん坊を受け入れるために古い絆 を温めること」が重要であると述べるが,本研究では, まさに里帰りの場において,新米母親がその母親との 絆を深めることで,わが子への愛情を強め新しい絆を 形成するプロセスをみた。そして,娘は実母をモデル としながら自分なりのやり方を見出し,育児の自信を 得ていった。また,松岡(1991)が,「妊娠・出産は女 性を娘,母という地位に変化させる儀礼の時」,と述 べるよう,里帰りは,娘が母になり,母は祖母になる 相互に新しい母親役割を獲得する「重層の母親の発達 のプロセス」における通過儀礼の場となっていると考 える。そして,時には親子関係のネガティブな側面が クローズアップされ,多くの葛藤を経験することがあ っても,これを乗り越え新たな関係を構築することが 可能となる契機の場でもあった。 これまで産科学的立場から,「実家への依存癖,初 期の夫婦関係や父子関係成立の支障」が警鐘されてき た里帰りだが,本研究結果からは,長期および遠距離 の里帰り分娩の事例において,里帰りをしたことが関 係確立の障害となってはいなかった。それよりもむし ろ,里帰り後の夫婦関係や夫の育児協力の影響のほう が大きいことが考えられる(読売新聞,2009)。 戦後の日本は,アメリカ文化の影響を学問的にも思 想的にも強く受けてきた。医学や看護モデル,子育て においても西洋的育児観が取り入れられてきた。個 人の発達における西洋的な自律の概念は,依存とは二 律背反する概念に捉えられてきた。例えば,早期から 子どもと別々に寝るなど子育てにも自立を求め,個 性を育むことをめざす。しかし,実際には,「多くの 文化集団の子育てはこれとは対照的であり,個人主 義よりも相互依存的であることが個人の自律性の尊 重をも含んでいる」,ことが観察されている(Rogoff, 2003/2006)。本来,日本人は,家族との絆や互恵関係 の維持を大切に扱ってきた文化を持つ。そして,この 文化の中で子育てを行ってきたのである。 2.子育て支援システムとしての里帰りの課題 出産の医療化が進み,ほとんどの出産が病院等の施 設で行われる現代,里帰り前までの育児指導はその施 設で行われることが多い。このため,病・産院の指導 と実母の援助の間にギャップが生じ,しばしば親子関 係の問題にまで発展することが明らかとなった。助産 師は里帰りの機能や役割を理解すると共に,里帰りで 起こりうるネガティブな問題も考慮する必要がある。 現在,祖父母らに対する保健指導は,まだいくつか の産院で新たな試みとして行われている段階に過ぎな い(安井・宮本,2008)。今後は,地域や産院における *3ニッチ 上野(1995)は,ニッチについて以下のように説明している。「ギブソン(Gibson, J.J., 1979)によれば,生態学の用語であり, 簡単にいえば,環境の中での,ある生体にとってのふさわしい場所というような意味である。建築では,ニッチとは,彫像が ぴったりはまる環境の中における場所というような意味であり,生態学的なニッチとは,ある生体がぴったりはまる環境にお ける場所ということになるだろう(後略)」(上野直樹,1995,発達心理学辞典より引用)」。
両親学級,妊娠中の保健指導において,産後の援助を 行う実母に対して,現在行われている育児指導の内容 や,実母の世代とは異なる新たな知識や見解について 予め共通理解を得る場が必要であり,実母とともに 参加する教室の早期設置などが必要と考える。そして, 実の親子関係であるがゆえに感情的な問題と見過ごさ れてしまいがちな育児の時代背景の相違から生じる問 題には専門的介入が必要な場合もある。特に,母乳育 児の成功は母親となる自信を得る大きな鍵を握るた め,世代間を結ぶ丁寧な介入が必要である。また,大 村(1990)が指摘した里帰り分娩の帰宅後不安の問題 は,本研究結果においても,里帰り期間が短く十分な 援助が不足し,かつ,里帰り後の支援者がいない場合 にあった。これに対して,里帰り期間が一定期間以上 あり(2ヶ月間程度),育児の自信を得て帰宅した場合 や,里帰り後にも実母からの電話を通じた相談や励ま し,または必要に応じ短時間の援助などの継続的な支 援が得られていた場合には,その後の育児不安はほと んどなかった。このことより,育児の自信を得るに十 分な里帰りの期間と,里帰り後の母娘関係のつながり が,産後の女性の心身の安定と育児不安の解消につな がると考えられる。そして,里帰り期間が短いなど援 助が不十分なケースに対しては,里帰り後の支援が必 要である。さらに,里帰りは,それが可能な「ほどほ どに良い親子関係」の有無が鍵となる。思春期からの 親子関係に緊張などがあり,里帰りによって精神的な 問題を抱えた場合には,早期にカウンセリングなどの 心理的援助の必要性もある。 また,実家の事情により里帰りが出来ない,もしく は産後の援助者がいない場合もある。韓国や台湾では, 家族の支援を受けられない女性のための産褥入院施設 「産後調理院」(韓国)や「坐月子中心(産後護理之家)」 (台湾)が都市生活者の間に広まっている(趙,2004; 落合・上野,2006;王,2003)。わが国においても,産 後養生院システムとして,産院退院後,助産院での産 褥入院におけるケアの試みが一部行われている(たつ の,2008)。が,そのような施設はまだ極少なく,また, 利用には相当の経済的負担もかかる。社会情勢から鑑 みて,今後このような施設が増えることは必要と考え る。しかし,現段階においては,里帰りが可能でない 場合には,産院や地域の助産師による継続援助,そし て,子育て支援室や保育所・子育ての広場などの子育 てのための社会資源の利用を積極的に勧め,その介入 も行うなど,里帰りに代わる助産師の個別の親身なサ ポートが,より一層重要となってくると考える。
Ⅴ.結 論
これまで,周産期医学の中で,里帰り分娩に対する 否定的見解が示されて以来,親子関係の発達において も里帰りすることそのものがネガティブに捉えられて きたが,子育て支援と母子関係および母性性の発達 の視点から捉え直した時,里帰りは,産後の女性の産 褥復古支援および育児不安の解消と子育ての態度の 形成の場,そして,新たな母子関係の発達の場であっ た。里帰りは,子育ての伝統と知恵を伝えてきた数千 年にも及ぶ人間社会の子育ての場・子育てのニッチで あった地域社会や拡大家族の崩壊した現代日本社会に おいて,残された重要な子育て支援資源であると考え る。但し,それが機能するためには,事前の親子関係 の調整や,里帰り後の援助など,専門家による介入の 検討は課題であり,助産師には,これらの課題解決に 介入する役割があると考えられる。 謝 辞 本研究にご協力くださった対象者の方々に,心より お礼申し上げます。また,本研究を進めるにあたりご 指導下さいました北海道大学大学院教育学研究院の陳 省仁教授に深く感謝致します。 尚,本研究の内容の一部は第22回日本助産学会学 術集会にて発表したものである。 引用文献 Brazelton, T.B. (1981)/小林登訳(1982).親と子のきずな: アタッチメントを育てるとは.10-15,東京:医歯薬出 版株式会社. 陳省仁(2000).里帰りは日本社会の知恵.アエラムック「新 心理学がわかる」.15-17,東京:朝日新聞社. 陳省仁(2007).現代日本の若者の養育性形成と学校教育. 北海道大学大学院教育学研究科子ども発達臨床研究, 創刊号,19-26. 趙大維(2004).産後護理之家之空間分析與探討.中華大 学建築與都市計画碩学士論文. 福島明宗,杉山徹(2007).今どきの出産事情̶里帰り分 娩のメリット・デメリット.チャイルドヘルス,10(6), 398-401. 布施晶子(1993).結婚と家族.117-124,東京:岩波書店. 長谷川昭彦(1973).嫁の里帰り慣行・姫岡勤・土田英雄・長谷川昭彦編,むらの家族.183-204,東京:ミネル ヴァ書房. 樋口正俊(2001).里帰り分娩(出産)はリスクファクターか. 周産期医学,31(6),785-789. Hrdy, S.B. (1999)/塩原通緒訳(2005).マザー・ネイチャー 〔上〕:「母親」はいかにヒトを進化させたか.134-138, 東京:早川書房. 鎌田久子,菅沼ひろ子,坂倉啓夫,宮里和子,古川裕子 (1990).日本人の子産み・子育て̶いま・むかし̶. 237-249,東京:勁草書房. 経済企画庁編(1976).昭和51年度版国民生活白書.139-142,東京:大蔵省印刷局. 木村恭子,田村 毅,倉持清美,中澤智恵,岸田泰子,及 川裕子他(2003).出産・子育て体験が親の成長と夫 婦関係に与える影響̶里帰り分娩との関連̶.東京学 芸大学紀要第6部門,55,123-131. 小嶋秀夫(2001).心の育ちと文化.150-154,東京:有斐閣. 松岡悦子(1991).出産の文化人類学 儀礼と産婆.3-9, 東京:海鳴社. 森田せつ子(2002).里帰り出産における夫婦の里方との 関係.愛知母性衛生学会誌,20,15-23. 永山くに子(2000).子育てにおける家族の自助原則の検 証̶里帰り分娩および産後の里帰りの実態から.母 性衛生,第41回日本母性衛生学会学術集会抄録集, 41(3),153. 内閣府(2008).平成20年版少子化社会白書.59-61,東京: 佐伯印刷株式会社. 中根直子(1998).出産場所の選択,青木康子編,母性保 健をめぐる指導・教育・相談そのⅡ.56-59,東京:ラ イフサイエンスセンター. 根岸謙之助(1991).医療民俗学論.312-327,東京:雄山 閣出版. 西島光茂(1996).里帰り分娩の最近の動向と問題点.周 産期医学,21,690-691. 野村雪光,河村 豊,品川信良,竹下敏光(1983).里帰り 分娩における親子関係.周産期医学,13(12),380-383. 落合恵美子(1989).近代家族とフェミニズム.17-23,306-309,東京:勁草書房. 落合恵美子,上野加代子(2006).21世紀アジア家族.47-49, 東京:明石書店. 恩賜財団母子愛育会(1975).日本産育習俗資料集成.180-207,東京:第一法規出版株式会社. 大日向雅美(1999).子育てと出会うとき.10-46,東京: 日本放送出版会. 大村清(1990).里帰り分娩̶社会的事項を中心に.周産 期医学,20,503-508. 大西由希子(1999).産後の母親の育児不安および育児に 対する感情とその影響要因.看護総合科学研究会誌, 2(2),24-37. 大西由希子,陳省仁(2006).里帰り慣行の実態と子育て 初期の支援の問題.日本発達心理学会第17回大会発 表論文集,650. 王雅萍(2003).孕産婦對産後護理之家,消費動機之研究̶ 以台北地区為例̶.朝陽科技大学企業管理碩士論文. Rubin, R. (1984)/新道幸恵・後藤佳子訳(1997).ルヴァ・ ルービン母性論:母性の主観的体験.45-61.東京:医 学書院. Rogoff, B. (2003)/當眞千賀子訳(2006).文化的営みとし ての発達:個人,世代,コミュニティ.134-140,253-269,426-428,東京:新曜社. 品川信良,野村雪光,片桐清一,長沢一麿,高林郁代,田 沢 茂他(1978).「里帰り分娩」に対する社会医学的考 察.日本医師会雑誌,80(3),351-355. 品川信良,野村雪光(1980).里帰り分娩.本田洋編,産 婦人科MOOK 妊婦管理と保健指導.103,東京:金 原出版. たつのゆりこ(2008).産後養生院システム.齋藤益子編, ペリネイタルケア2008年夏季増刊 未来にひろがる 助産師活動.150-153,東京:メディカ出版. 田中千穂子(1998).子育て不安の心理相談.13-50,東京: 大月書店 玉田太朗,阿部直英,本山光博,佐藤 正,青木利恵 (1988).里帰り分娩の母子保健学的研究.昭和63年 度厚生省心身障害研究「母子保健システムの充実・改 善に関する研究」.453-463. 上野直樹(1995).生態学的ニッチ.岡本夏木・清水御代明・ 村井潤一監修,発達心理学辞典.393,京都:ミネル ヴァ書房. 安井郁子,宮本牧子(2008).祖父母学級.齋藤益子編, ペリネイタルケア2008年夏季増刊 未来にひろがる 助産師活動.76-78,東京:メディカ出版. 矢澤澄子(2005).育児と仕事の両立はまだ困難̶子育て 家庭.井上輝子・江原由美子編,女性のデータブック 第4版.20-21,東京:有斐閣. 読売新聞(2009).里帰り出産と夫婦仲の関係.7月25日朝 刊掲載記事,東京:読売新聞社.