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Abstract Throughout the history of modern psychiatry, descriptive methods and operational definitions have featured prominently in endeavors

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はじめに

18 世紀末の成立以降,近代の精神医学は記述的方法により,その対象を確 定し,分類しようとしてきた.近代の精神医学の成立に重要な役割を果たし たピネルや現在精神障害の診断と分類に絶大な影響力をもつアメリカ精神医 学会の DSM (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders) は基本的 には記述的方法を重視している.記述的方法による精神障害の適切な分類 は,精神医学を医学の一分野として位置づけるための最初のステップとして 考えられてきたのである1.しかし近代の精神医学の成立からすでに 200 年 以上が経っているにも拘わらず,この最初のステップから抜け出す気配はな い.記述的方法や DSM が 1980 年の第 3 版から採用しているいわゆる「操作 的診断基準」 (診断基準の明確化) によって精神障害を適切に分類できるとい 石原孝二 Abstract

Throughout the history of modern psychiatry, descriptive methods and operational definitions have featured prominently in endeavors to objectively refer to and classify mental disorders. An alternative to these descriptive approaches is the argument based on the concepts of “natural kinds” and “dysfunction” such as Wakefield s “harmful dysfunction” model. However, none of these approaches seem promising for understanding the nature of mental disorders. This paper proposes that we abandon the prevalent ten-dency to objectively classify mental disorders, revert to the origi-nal meaning of psychiatry (Psychiaterie), a term coined by J. C. Reil, as a method of therapy, and reexamine the concept of mental disorder.

精神医学における記述的方法と

「機能不全」 モデル

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う考え方は,現在十分信用されているとは言い難い.他方で,精神障害の分 類を,症状などの表面的な特性ではなく,その根底にある本質的なメカニズ ムによって捉えようとする方向性も考えられる.ウェイクフィールドの「有 害な機能不全」モデルはそうした本質主義的な方向性をもつものである.機 能不全モデルは精神障害を自然種と見なすものと考えることができ,実際に ウェイクフィールド自身もクリプキやパットナムなどを引用しながら本資質 主義的な「自然種」の考え方を精神障害に適用している. しかし,ウェイクフィールドの「有害な機能不全」モデルや精神障害を自 然種と見なす考え方一般も,記述的方法と同様に,あまり展望があるとは言 い難い.そもそも其々の精神障害の特性を確定し,客観的な分類を行おうと いう発想に問題があるのではないだろうか.本稿では,精神医学における記 述的方法や精神障害と自然種との関係に関する議論を検討しながら,「精神 医学」とは特定の対象領域に関わるものではなく,治療方法を示すものであ るというライルの考え方に立ち還り,精神障害概念の再検討を試みる必要が あることを示唆することにしたい.

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 「精神医学」概念の誕生 精神医学が近代医学の一分野として成立してくるのは 18 世紀後半以降の ことである.この頃,イギリスのバッティ (W. Battie) やイタリアのキアルー ジ (V. Chiarugi),そしてピネル (P. Pinel) らによって,精神障害を持つ人た ちの収容施設 (asylum) が治療の場所として捉えられるようになり,治療方 法の体系的な探究が模索され始めることになる (Shorter 1997 : 4-12).19 世 紀初頭には,ドイツのライル ( J.C. Reil) によって「精神医学」 (Psychiaterie / Psychiatrie) という言葉が作られ,19 世紀前半に英語やフランス語,イタリ ア語にも取り入れられI,Psychiatrie (独)/psychiatry (英) はそれ以降,精神 疾患を対象とする医学 (医療) の一分野を示す語として使われていく. しかしライル自身は,Psychiaterie という語を,一つの独立した領域を指 すものと考えてはいなかった.ライルは Psychiaterie を「薬学」と「外科学」 とは区別される第三の治療法として,「精神的な治療法」とも訳せるような ものとして考えていたが (Reil 1808 : 240 ; Mechler 1963 : 406),そのような 意味での Psychiaterie が,薬学や外科学から切り離されて存立するものとは 考えず,したがってまた,その対象として,純粋な精神疾患のようなものが あるとは考えていなかった.

Ⅰ  “psychiatry, n.”. OED Online. June 2014. Oxford University Press.

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精神的医学(psychische Medicin)なるものがあるのではなく,精神医 学 (Psychiaterie〔精神的な治療法〕) があるのであり,外科学 (Chirurgie 〔外科的な治療法〕) があるのであって,外科的な医学があるわけではな い.……純粋に精神的な病,純粋に化学的な病,純粋に機械的な病があ るわけではない.(Reil 1808 : 169-170 ; Mechler 1963 : 406) 人間は化学的・機械・精神的な側面をもつ全体的な存在なのであり,病に おいてどの側面の問題が際立つかによって,採用される治療法が異なるとい う人間観・医学観をライルは持っていたのである. もっともライルは,「魂の病」と「身体の病」を対比的に語っているし, 精神的な側面を有し,従ってまた,精神的な治療法が有効なのは人間だけで あるとも考えていた.「有機体の一番下層においては,理念的なものは完全 に物質性のうちに沈み込んでいて,単なる薬学や外科学があり得る.より高 い層においては,魂の発達とともに,精神医学の可能性が萌すのである.」 (Reil 1808 : 239) 化学的・機械的な側面および精神的な側面とそれぞれの側 面に働きかける薬学・外科学と精神医学は相互に切り離せないものとされな がらも,その関係は階層的なものとして捉えられていたのである.

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 ピネルの「記述的方法」と操作主義 ライルは「精神医学」を治療法としてとらえていたが,「精神医学」とい う言葉が普及していったのに対して,ライルのこの捉え方は必ずしも一般的 なものとはならなかった.1837 年に初めて「精神医学の教科書」を出版した ロイポルトは,「精神医学」を「精神的な病とその治療に関する学もしくは 精神的な病の病理学と治療法」 (Leupoldt 1837 : 1) と定義し,精神医学を精 神の病理学と治療法に関する体系的な学として捉えていた.こうした捉え方 において,精神医学は精神障害を対象とする医学の一分野として位置づけら れることになる.「精神医学」という言葉こそ使われなかったが,バッティ やキアルジー,ピネルらによる精神障害に関する研究の体系化は,まさにこ のような意味での「精神医学」を作り上げていったものだと言える. 精神医学の「医学化」とも言うべき初期のこうした展開のなかで重視され ていたのが,精神障害を適切に分類するという課題だった.たとえばピネル は次のように述べ,精神疾患に関する思弁的な先入見を排して「将来に向け て症例を集める」ことを重視する. 私は博物学のあらゆる分野で常に勝利を収めている方法を指針とした.

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それは,将来に向けて症例を集めること以外の邪心を抱かないで,各対 象を注意深く順次見つめていくことである.……独断的な物の見方や体 系的順序にしばりつけられずに,記述的方法に心を抱き,専念する. (Pinel 1809 : 2-3 ; 邦訳 : 25-26) ピネルのこうした「記述的方法」の重視は,ピネルの「心理療法」の重視 と密接に関連している.ピネルは「悟性の狂い」の種類を注意深く分類し, 患 者 を 適 切 な グ ル ー プ に 分 け る こ と で, 過 剰 な 薬 物 療 法 や 身 体 的「 治 療」 (瀉血や灌水法など) を防ぎ,有効な心理療法を施すことができると考え ていた (Pinel 1809 : xxiii-xxv ; 邦訳 26-28 2 ).ピネルはまた,精神疾患の原因 を安易に脳の損傷にもとめようとする傾向に対して批判的な態度をとってい る.というのも,精神障害の原因を脳にもとめることによって,精神疾患は 「治癒不能」なものと見なされてしまうからである.しかしピネルは,精神 疾患と身体的な状態との関係については,あまり明確な態度を示してはいな い (Pinel 1809 : 132-4 ; 邦訳 113-5).従来の薬物療法や身体的な治療法をピ ネルは「過剰で錯誤に満ちている」と批判しながらも,薬物療法や身体的な 治療法が全く有効ではないと考えているわけではなく,その不適切な使用を 制限し,適切な治療法を選択するためにも精神疾患の明確な分類と患者のグ ループ分けが重要であると考えていた. 綿密な症状と経過観察にもとづく記述的方法を重視するピネルのアプロー チは,アメリカ精神医学会の DSM(『精神障害の診断・統計マニュアル』) の底流に流れている考え方に通じるものがある.DSM 初版では,DSM にお ける用語体系の改訂は「すべての精神科診断における現在の記述的性格を認 め,精神障害の病因,病理学,予後,治療に関する考え方を将来明確化する ためのデータ収集を可能にする」 (APA 1952 : 9) ために行われるものとされ ていた.DSM はもっぱら精神障害を対象とするものであり,神経学的疾患 の診断それ自体は対象としないが,神経学的疾患に精神障害がともなう場合 にはその精神障害は DSM の対象となる.つまり,器質的な障害がその根底 にあるものもそうでないものも,「精神の機能の障がい (disturbance)」が認 められる限りにおいて,DSM の対象となるのである.記述的な方法を採用 して精神障害の分類を行うことによって,精神障害の病因や予後,治療に関 する見通しを得ることができるという考え方は,ピネルのアプローチに近い ものだと言えるだろう. 1980 年に出版された DSM 第 3 版 (DSM-III) では,理論的な前提を排した 「記述的アプローチ」を採用することが明確に謳われている.DSM-III では

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また,精神障害はやがて「特定の生物学的な病因をもつもの」,「特定の心理 的原因をもつもの」,「心理的・社会的・生物的要因の一定の相互作用による もの」として,その病因が明らかになっていくだろうと述べられ (APA 1980 : 7),精神障害は異質な病因をもつグループの集合として考えられてい た.第 3 版以降の DSM の個々の精神障害の診断・分類基準は,一般に「操 作主義」や「操作的基準」,「操作的定義」などと呼ばれている.この「操作 的定義」の導入に影響を与えた 1959 年の有名な講演 (Hempel 1961) のなか で,ヘンペルは,観察にもとづく記述から理論的な考察へと進むのが科学の 発展方向であり,精神医学もまずは誰もが同意できる仕方で精神疾患の定義 を行い (「操作的定義」),そのうえで,病因の理論的探究へと進むべきであ ると主張した (石原 2013 : 211). しかし「記述的」方法において斥けられるべき理論的前提をどのように考 えるのかに関しては,ピネルとヘンペルの間で大きな違いがある.ピネルが 排除されるべき理論的前提として考えていたのは,精神病の原因を安易に脳 の損傷に求めることであった.そうした理論的前提が排除され,観察に基づ く分類が行われることによって,薬物療法の過剰な適用が制限され,心理療 法が適切に施されることが,ピネルが目指していたものだった.一方,ヘン ペルの講演が行われた頃のアメリカ精神医学界の有力な理論的前提は精神分 析であった.ヘンペルは精神分析を念頭におきながら,理論的な議論に向か う前に,まず誰もが同意できる精神障疾患の定義 (分類) を作成すべきこと を提案するのである.ただし,ヘンペルは精神分析を否定しようとしていた わけではなく,精神分析も一つの理論的仮説として,精神疾患の操作的定義 のもとで得られた経験的データに照らして吟味されるべきであると考えてい た (Hempel 1961 : 18).いずれにせよ,記述的方法に基づいた分類 (とその 改訂) が,精神障害の原因や治療法に関する研究の基盤になるという考え方 はピネルとヘンペル,DSM に共通しているものである.しかし,記述によ る分類が際限なく改訂されていくものだとすれば,こうした記述的アプロー チや「操作的定義」は精神障害そのものを捉えていると言えるのだろうか. 記述的アプローチと操作的定義は精神障害の症状などをもとに精神障害の 分類を行おうとするものであるが,精神障害の分類を,症状などの表面的な 特性に依拠することなく,その根底にある本質的なメカニズムによって捉え ようとする方向性も考えられる.ウェイクフィールドの「有害な機能不全」 (HD) モデルはそうした本質主義的な方向性をもつものである.HD モデル は,精神障害を (本質主義的な) 「自然種」と見なす考え方をとっていると考 えることができる.HD モデルはまた,DSM 第 3 版以降の精神障害の定義の

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なかで重要な位置をしめてきた「機能不全」の概念を明確化したものという 性格ももっている.以下では,まず自然種に関する議論一般と精神障害と自 然種の関係をめぐる議論を紹介し3,DSM における「機能不全」概念につい て確認した上で,ウェイクフィールドの HD モデルを検討することにしたい.

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 「自然種」と精神障害 クリプキとパットナムの議論は,(科学的な探究の文脈における)自然種 に関する「本質主義」を主張したものと位置付けられている (Kripke 1980 ; Putnam 1975 ; Slater and Borghini 2011 : 3.3).クリプキによれば科学とは 「基本的な構造的特徴」を探究することによって種の「本性」と「本質」を 見出すものであり,そのようにして見出される本質は「アプリオリではない が必然的」なものである (Kripke 1980 : 138 ; 邦訳 163).他方パットナムは 自然種語彙の外延は,話者の頭の中にある「概念」によって決まるのではな く,社会的に (言語上の分業によって),そしてまた指標詞的に(範例とな る事物の実際の特性 [nature] によって),決定されるものであるとした (Putnam 1975 : 227, 245-6).自然種語彙の外延は「社会」と「現実世界」に よって決まるものなのである (Ibid. : 245). パットナムは,興味深いことにこうした自然種の議論を「操作的定義」と 対比させる形で展開している.「いかなる操作的定義もそのような〔金とい う〕言葉の適用のための必要十分条件を与えることはない」(Ibid. : 238). パトナムによれば操作主義は,「真理」に対し懐疑的であり,「自然種」概念 が前提とする,言葉の対象が同一の「隠れた構造」もしくは「本質」を有し ていることを否定するものなのである. ボイドの

HPC

種 現代哲学における自然種の議論にとっては古典的な位置を占めるクリプキ やパットナムのこうした立場に対して,ボイドは「恒常的性質クラスター 種」[homestatic property cluster (HPC) kinds] という考え方を 1980 年代末か ら 1990 年代初めにかけて提出し,自然種をめぐる議論に大きな影響を与え た.ボイドはクリプキやパットナムの立場を,自然種に「メンバーシップの 必要十分条件」を規定する本質が実在することを認めるものとした上で,メ ンバーシップの必要十分条件によってではなく,「性質もしくは関係の恒常 的に維持されるクラスター化」によって定義される HPC 種を自然種と見な すべきであると主張する (Boyd 1999).HPC 自然種は内在的な必要十分条件 を規定する本質を有するものではなく,その外延は「あいまい」で不確定で

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ある(Boyd 1999 : 141).ボイドはまた,自然種の「自然さ」は,帰納と説 明に対する「適切さ」にあるとした上で,その適切さは,帰納的推論の実践 を因果的構造へと適応させる (accommodation) ことができるかにかかって いるとする.この適応は,「領域相対的」で多元的なものであり,ある種が 自然種といえるかどうかは領域によって異なる.従って,因果的構造そのも のは人間から独立に存在するものであるとしても,自然種の 「実在性」は, 当該領域の科学的探究の実践のうちにある (Ibid. : 170).自然種は科学的実 践から独立に存在するという考え方は間違っているのである (Ibid. : 174). 精神障害を自然種と見なす上で,ボイドの HPC 自然種の路線は,(少なく ともクリプキやパットナムの考え方よりは)有望であるように思われる. 個々の精神障害の間の境界線は(正常との境界線も含めて)明確なものでは なく,精神障害が「離散的な実在」ではないことは DSM でも認められてき た (石原 2014).HPC 自然種が外延の不確定性を認めていることは,精神障 害を自然種と認める上で有利であろう (Cf. Haslam 2014 : 18). しかし,このように条件を緩められた HPC 自然種を 「自然種」 と呼ぶこと は果たして妥当なのだろうか.ハスラムは「種」を「自然種」,「離散種」, 「ファジー種」,「実践種」,「ディメンジョン」の 5 つの階層 (ディメンジョ ンは種には入らないが) に区別した上で,HPC 種は「ファジー種」もしくは それより高次の種 (つまり自然種と離散種) に相当するものとする (Haslam 2014 : 18).ハスラムはまた,もし HPC 種が単に類似性を産み出すメカニズ ムに関連した性質のクラスターであるとすれば,精神病理的な現象において は,そうしたメカニズムは社会的,つまり非自然的なプロセスから切り離す ことはできないし,そもそも HPC 種として認められる精神病理的な現象は ごくわずかであり,大多数は実践種もしくはディメンジョンであると主張す る (Ibid. : 22).ハスラムは,精神障害を自然種とみなすことは,スティグマ を助長する有害な傾向であるとさえ考える (Ibid. : 23-5). クーパーの自然種概念 ボイドの HPC 種はその根底にある種のメカニズムを想定していたが,そ うしたメカニズムを想定することなく,精神障害を自然種として捉えようと した試みとして,クーパーのものがある.クーパー (Cooper 2005) は現状の DSM における精神障害のカテゴリーは自然種とは言えないとしながらも, DSM の(明示的に掲げられているわけではないが)自然種を追求しようと する目標は正しいものであるとする. クーパーは,ボイドの HPC 種の考え方に近い立場をとりながらも,特性

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のクラスターの背後に「恒常的なメカニズム」を想定する必要はないと主張 する.クーパーの自然種にとって必要なのは,「支配的な特性のクラス ター」,つまり,種のメンバーの多くの特性を決定する特性を共有している ことだけである (Cooper 2005 : 51).そのような自然種は,自然法則とリン クしているものであり,自然種を特定することによって,説明と予測が可能 になる (Ibid. : 149).自然種とは,科学的探究の対象となるものであり,「説 明と予測を基礎づけ,ある領域に対するコントロールを可能にする」もので ある (Cooper 2013 : 950).DSM は現状ではそうした自然種を特定できてい ないが,「経験的な研究を用いながら分類を導いていこうとする DSM のプロ ジェクトは意味がある」 (Cooper 2005 : 76). こうした立場から,クーパーは DSM に見られる生物学主義的な傾向を, 理論付加的なものとして退ける (Ibid. : 104).クーパーはまた,DSM(-III) において,「障害」 (disorder) が機能不全 (dysfunction) に基づいて定義され ていることを批判する.クーパーによれば,「疾病」 (障害) 一般は,「進化的 な機能不全」を必要とするものではなく,DSM の精神障害の定義は不適切 なものである (Ibid. : 18).

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DSM

における「機能不全」 しかし DSM における精神障害の定義では,「機能不全」が重要な役割を果 たしてきた.DSM の初版では,「機能不全」という言葉は使われていない が,第 2 節で述べたように,「精神的な機能の障がい」のあるものが精神障 害であるとされていた.その基盤に神経学的な病理があるかどうかはそれが 精神障害であるか否かとは関係なく,どのような原因をもつにせよ,精神的 な機能の障がいであれば,それは精神障害なのである.1980 年の DSM 第 3 版では次のように述べられ,「機能不全」という言葉が導入されている. 精神障害は個人において生じる臨床的に重要な行動的もしくは心理的な 症候群もしくはパターンであり,普通,苦痛な症状 (苦悩) もしくは一 つ以上の重要な機能の領域におけるインペアメント(ディスアビリ ティ)を伴うものとして理解されている.また,行動的・心理的・生物 的な機能不全があるということ,障がい [disturbance] は単に個人と社会 との間にあるわけではないということが推定される.(もしその障がい が個人と社会との衝突に限定されているのであれば,それは社会的な逸 脱―賞賛できるものであるか否かは別として―を示すものでありえる が,それ自体は精神障害ではない.) (APA 1980 : 6)

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「推定される」という曖昧な表現ながら,ここでは,「機能不全」が精神障 害の定義にとって中核をなしている.「障がい」が単に個人と社会との間の 軋轢から生じているものではなく,個人内で生じているものであると言える のは,「行動的・心理的・生物的な機能不全」がその根底にあるからこそな のである.DSM-III-R および DSM-IV における精神障害の定義では次のよう に述べられ,「機能不全」の位置づけはより明確化されている.「〔症候群も しくはパターンの〕元々の原因が何であれ,それは,個人の,行動的,心理 的, 生 物 的 な 機 能 不 全 の 現 れ と 考 え ら れ る も の で な け れ ば な ら な い 」 (APA1987 : xxii ; APA 1994 : xxi-xxii).2013 年 に 出 版 さ れ た DSM-5 で は,「精神障害とは,精神機能の根底にある心理的,生物的,発達的なプロ セスにおける機能不全を反映する,個人の認知,情動制御,行動における臨 床的に有意味な障がいによって特徴づけられた症候群である」 (APA 2013 : 20) とされている.そして,DSM-III および IV と同様に,社会的な逸脱や個人 と社会とのあつれきは,それが機能不全から生じたものでない限り,精神障 害ではないとされる (Ibid.). DSM-I では,それが神経学的な原因を有しているか否かに拘わらず,精 神的な機能の「障がい」であるものが精神障害であるとされていたが, DSM-III 以降では,単なる社会的逸脱や個人と社会とのあつれきに由来する ものではなく,個々人の機能不全に由来する障がいのみが,精神障害である とされてきた.つまり,DSM-III 以降の精神障害の定義において,「機能不 全」は,社会的な要因を排除する役割を果たしてきたと言える.精神的な障 がいは,社会的な逸脱や個人と社会とのあつれきそのものであってはならな い.むしろ障がいは「臨床的に有意味な苦悩もしくは社会的・職業的あるい はそれ以外の重要な領域におけるインペアメントの原因となる」 (APA 2013 : 21) ものでなければならない.このことは,社会的な要因が精神障害の原因 となりうることを排除するものではないが,社会的な要因そのものが精神障 害の要件となることを排除する.「個人において(in the individual)」行動的 であれ,心理的であれ,生物的であれ,あるいは発達的であれ,何らかの (しかし社会的ではない) 機能不全によって現に生じているものであること が,精神障害の要件となっている.

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 ウェイクフィールドの「有害な機能不全」モデル ウェイクフィールドは,1990 年代前半からの一連の論文 (Wakefield 1992a ; 1992b ; 1993 ; 2007 など) で,精神障害における「機能不全」の役割を強調し てきた.ウェイクフィールドは,「障害」 (disorder) を「有害な機能不全」と

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定義する.障害とは,①「個人の内的なメカニズムが,自然によってデザイ ンされたその機能を発揮することができないこと」ことが生じるとともに, ②そうした機能不全が「個人の福祉に対して有害に作用する」 (Wakefield 1992a : 373) ことによって生じるものである.障害は「自然の世界と構成さ れた社会的世界との間の線上にある」ものであり,ある現象が障害と認めら れるためには,両方の基準 (「価値基準」と「進化論的基準」) をクリアする ことが必要となる.ウェイクフィールドのこの定義は DSM-III-R の検討を 通して得られたものだが,DSM-IV および DSM-5 についても,スピッツァー やファーストとの共著論文を通じて,機能不全に関する基準が不十分である という観点から診断基準の批判的な検討を行っている (Spitzer and Wakefield 1999 ; First and Wakefield 2013).これらの論文においてウェイクフィールド は,障害の根底にある機能不全の特定が一般に困難であり,精神障害におい ては特に正常と異常の境界線が曖昧であるがためにより一層困難であること を認めつつも,偽陽性を排除し,正常と異常を区別するためには機能不全の 基準を発展させることが必要なのだと主張する. ウェイクフィールドのこの「有害な機能不全モデル」は内的なメカニズム を認める点において,精神障害を自然種と見なす考え方と相性が良い.実際 ウェイクフィールドはパットナムやクリプキの自然種の議論に依拠しなが ら,「ブラックボックス本質主義」という考え方を提示している.「ブラック ボックス本質主義」とは,観察可能な表面的な性質によってではなく,その 性質の根底にある,隠れた本質特性 (nature) によって当該種のメンバー シップが決定されるという考え方である (Wakefield 1999 : 471).ウェイク フィールドによれば,生物学的なメカニズムの「機能」とは,そのメカニズ ムの存在と維持を説明し,そのメカニズムの本質的な性質によってもたらさ れる「効果」にほかならない (Ibid. ; Wakefield 2000 : 36).従って,「機能」 および機能不全をその根底にもつ精神障害は,ブラックボックス本質主義的 な概念である (Wakefield 1999).「ブラックボックス本質主義」はウェイク フィールドにとって,自然種を特徴づけるものだから,ウェイクフィールド は精神障害を自然種と見なすべきと考えていたと言えるだろう4. ウェイクフィールドのこの「有害な機能不全」モデル (HD モデル) は精神 障害の特性に関する「もっとも重要な哲学的な理論」 (Zacher 2014 : 83) とさ れるが,批判も多い.ボルトンは HD モデルの問題点を次の 3 点にまとめて いる.①ウェイクフィールドの議論は自然な心理的機能と社会的な心理的機 能とが区別できるという疑わしい前提に基づいている。②精神的もしくは行 動上の問題のある状態が環境への理解可能な反応であるのか進化的にデザイ

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ンされたメカニズムの問題によるものであるのかを決定することは困難であ る.③ HD モデルによれば「真の障害」は意味を欠いた,機能の単なる失敗 であるということになってしまう (Bolton 2008 : 124-125). ボルトンの批判は説得的であるように思われるが,ここでは,DSM の定 義とウェイクフィールドの HD モデルの間のずれを少し問題にしてみたい. ウェイクフィールドが 1992 年の論文で検討対象にしていた DSM-III-R の定 義では,精神障害は「個人の行動的,心理学的もしくは生物学的な機能不全 の現れ」 (APA1987 : xxii)であるとされていた.DSM-5 では,「心理学的, 生物学的,発達的なプロセスにおける機能不全」という表現が使われてい る.上述のように,ウェイクフィールドは,機能不全をもっぱら「進化的に デザインされた機能」 (Wakefield 1999 : 465) の問題として,「生物学的」な ものとして捉えている.しかしこのような捉え方は行動的・心理学的・生物 学的・発達的な機能不全を並列する DSM-III から DSM-5 までの精神障害の 定義とは相いれないものだろう.さらに,DSM 初版で,精神障害とは「精 神的機能の障がい」であり,「脳の機能のインペアメント」によって引き起 こされるものであるか,あるいは「個人の適応におけるより一般的な問題の 結果」(APA 1952 : 9)のいずれかのグループに分かれるとされていたことを 考えると,DSM では一貫して,精神的機能の障がいに生物学的な基盤をも つものとそうでないものが含まれていたのだと言える.

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 結び 第 3 節で見たように,クーパーは,DSM における精神障害の定義が進化 論的な機能不全を前提とし,DSM が生物学主義的な傾向にあることを批判 し,自然の「メカニズム」を想定しない自然種として,精神障害を捉えよう としていた.しかし前節でみたように,DSM における機能不全は必ずしも 生物学的なものに限定されるわけではない. 問いとして残るのは,生物学的なものに限定されない DSM における「機 能不全」は,精神障害を自然種と見なすことを正当化するだろうか,という ものである.このことを考えるには,DSM-IV の「行動的・心理学的・もし くは生物学的機能不全」および DSM-5 の「心理学的,生物学的,発達的な プロセスにおける機能不全」というような表現において,これらの機能不全 どうしの関係がどのようなものなのかを考える必要がある.行動的,心理学 的もしくは生物学的……という並びは,階層的なものと解釈することもでき るかもしれない.実際にスタインら (Stein et al. 2010) は DSM-IV における この表現を階層の違いを表しているものと理解した上で,すべての行動的・

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心理的状態が脳内のプロセスに依存していることから,DSM-5 では「心理 生物学的な機能不全」という表現を採用することを提案した.(興味深いこ とに First and Wakefied 2010 はすべての障害の基底に生物学的な機能不全を 想定するような定義は時期尚早だとしてこの提案を斥けている.) しかし DSM-5 では結局,DSM-IV の並列方式が継承され,さらに「発達 的」という言葉が加わっている.DSM-III 以来のこの並列方式はやはり, DSM に記載されている様々な精神障害は,まだ特定されるに至ってはいな いが,その根底に心理学的な機能不全をもつもの,生物学的な機能不全をも つもの,発達的な機能不全をもつものに分かれるということを想定している のではないだろうか.生物学的な機能不全に限らない,何らかの自然の機能 の不全がその根底にあり,精神障害はその現われであるというとらえ方は, DSM において,精神障害を自然種としてとらえようとする傾向を示してい るものだろう.もっとも,DSM では「機能不全」そのものが何であるのか は定義されず,それぞれの機能不全の関係についても述べられていない.機 能不全はただ単に想定されているにすぎず,精神障害を自然種として捉えた いという DSM の潜在的な願望を示唆するものであるものの,その願望を正 当化するものとはなっていない. 精神障害の定義における「機能不全」のより明確な役割は,すでに述べた ように(そしてウェイクフィールドも示唆しているように),障害が社会的 なものではなく,個人的な問題であることを担保することであろう.「個人 の中で何か問題が起きているという考えは,障害概念にとって本質的なもの である」 (Wakefield 1993 : 167).「機能不全」の概念は,反精神医学 (Szasz 1974 ; Cooper 1967) による批判やホモセクシャリティをめぐる議論 (Kutchins & Kirk 1997 : chap. 3) などを踏まえて,標準からの単なる逸脱や個人と社会 とのコンフリクトを医療化してはならない,という意識を背景に導入された ものであろう.機能不全の概念は,何らかの心理的・行動的な問題があった ときに,それを個人に帰属させるという役割を持っているのである. しかし心理的・行動的な問題を個人に帰属させる機能不全の概念は,社会 的な文脈のうちでこそ,「機能する」ものなのではないだろうか.何が社会 的に解決されるべき問題で,何が個人の問題であるのかは,社会的にしか決 まらない (石原 2013 : 215-6).その最も大きな要因は,精神科医療の利用者 のニーズに求められるべきだろう.何らかの心理的・行動的な問題を抱え, それを個人的な機能の問題であると感じる個人が,精神科医療のサービスの 利用を求めるとき,そこに 「精神障害」 が成立する,と考えられないだろうか. 精神医学はこの 200 年以上にわたり,その対象を客観的に確定し,分類す

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ることを重要な課題としてきた.しかし,正常と異常の客観的な境界を確定 し,精神障害の科学的な分類を進めようというプロジェクトを放棄し,問題 を中心としたアプローチへと移行していくべき時期にきているのではないだ ろうか.精神科医療の利用者が抱える問題に対して,どのような対応が可能 なのかという観点から精神障害概念の再検討と精神医学体系の再構築を試み る必要があるのではないか.そのような意味において,ライルの Psychiatrie の概念に立ち還ってみてもいいのかもしれない.ライルは,Psychiatrie を, 対象領域に関する言葉としてではなく,治療の方法を示す言葉として考えて いた.精神障害をいかに分類するのかではなく,精神障害として捉えられる 問題に対してどのようなサービスを提供できるのかという観点から,精神医 学を捉え直してみる必要があるのではないだろうか. 本研究はJSPS科研費 (24300293) による助成を受けている. 注 1.2013 年に出版された DSM-5 では,障害分類や診断基準によって診断上の同質 性を確保しようとする「歴史的な願望」の放棄が宣言されているが (APA 2013 : 12),それでも記述的方法や操作的基準の大枠は維持されている. 2.初版に基づいた邦訳 27 頁最後の段落から 28 頁に対応する原書第 2 版 (Pinel 1809) での箇所は見つけられなかった. 3.自然種一般に関するまとまった日本語の文献として植原 (2013) を参照.精神 障害と自然種の関係に関する議論のまとめとしては,Zachar (2014) が参考にな る.日本では,山崎 (2010) が精神疾患と自然種の関係について論じている. また,村井 (2014) の第 1 章と第 2 章は精神科医としての立場からクリプキを 参照しながら疾患名と固有名 (固定指示詞) との関係を論じたものである. 4.しかしウェイクフィールドはあるコメント論文で,「障害」は「本質主義的な 概念ではない」と述べ,精神障害と「理論的な科学的概念」の違いを強調して いる (Wakefield 1997 : 661-2).ウェイクフィールドの HD モデルは,価値づけ を伴う「有害な機能不全」を精神障害と見なすものであり,精神障害は自然種 ではない (ブラックボックス本質主義的でない) と考えるほうがむしろ HD モデ ルと整合的であるとも考えられる. 文献

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