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持続可能な消費 : 二つのバージョン(完)

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 充足性を進めるために,社会的実践理論が用意する理論的枠組とはどのようなものだろう か。消費行動が日常的にルーティン化され,その制約から脱け出すことが難しくなっている のなら,社会的実践理論はその中に持続性を視野に入れた移行理論を内在させていなければ ならないことになる。しかし,これまでの社会的実践理論は,メラニー・スペックらが指摘 しているように,「変化より,ルーティンや社会的再生産に焦点が当てられており,その点 で限界を抱えていた1)」。充足性の検討は,社会的実践理論のこの弱点を克服する理論的可 能性を秘めている。しかしその一方で充足性は,持続可能な行動型式に向けた転換議論の俎 上にのることが少なかった概念である。社会的実践理論の研究状況を振り返るかぎり,研究 の重心が実践を再生産するメカニズムに置く傾向が強かったために,それを変革する要因分 析が薄くなっていた。社会的実践理論と充足性の双方を統一的に議論すること,具体的には, 社会的実践理論が抱える課題を克服しつつ,効率性やコンシステンシーを飛び越え,充足性 まで視野に入れた社会的実践理論へ鍛え上げることが課題となる。スペックらは,先の指摘 を行う一方,「社会学者エリザベス・ショブが主に発展させてきた社会的実践概念はこれま で,充足性にともなう課題を探究することを視野に入れて展開されてきたわけではなかった。 我々の目的は,実証的に,消費の社会的実践理論の点から,充足性概念を根拠づけることに ある」と述べている2)。社会的実践理論が充足性概念をどのように取り入れているのかを見 てみることにしよう。 XⅣ 充足性の論理  充足性はこれまで,自然環境に及ぼす影響という視座と,大量消費に傾斜しがちなライフ スタイルを見直すという,二つの意味で使用されてきた。この二つの視座は,必ずしも同じ 方向を向くとはかぎらない。電気製品を長期間使用するために新製品への買い替えを控える という,一見すると充足的に見える行動も,旧式で,非効率な製品を使い続けた結果,環境 負荷が増大してしまったという例は少なくない。  充足性は同時に,最小充足性と最大充足性という二つの意味でも使用されてきた。最小充 足性は,人間らしい生活を営むことのできる閾値を下回る生活水準にある人々が,「これで 安心して生活できる」ことを実感する最小基準の実現を指している。最大充足性は,満ち足

福 士 正 博

持続可能な消費:二つのバージョン(完)

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りた豊かな生活が有限な地球資源に対する環境負荷を招いているという反省から,「もうこ れ以上の生活資源は必要ない」という感覚を生み出す最大基準を指している。前者が分配的 正義と接続する概念であるのに対して,後者は環境科学が対象とする持続性閾値と親和性が ある。最小充足性はそれを満たしていなければ世代内公平が実現されていないという意味で 非持続的である一方,最大充足性を上回ることは将来世代に継承する資源を損ね,繁栄の基 盤を不安定にしてしまう可能性があるという意味で非持続的である。ローラ・スペングラー は,自然環境が持つ収容力に従った一人当たり消費量と人口を掛け合わせることで算出され る全体的な消費水準と,人間らしい生活を営むことのできる最小の消費水準の間を「持続可 能な空間」と呼んでいる。充足性の実現とは,この空間において営む消費生活の保障であ る3)  スペックらは,正しい財を消費することと,自発的ダウンサイジングは別物であることを 強調している4)。稀少性と過剰はより広い社会文脈の中に埋め込むことでその意義が明らか になる。この概念は,ハーマン・デリィが「充足性を定義することや,経済理論や実践の中 でその概念を構築することは非常に難しい。しかし,十分(enough)といったものがない かのように考え続けることの方がそれよりはるかに難しい」と指摘したように,定常経済論 が主張する「最適規模」概念を下敷きに編み出されている。デリィは,この概念に基づいて, 「十分な数の人々に一人当たりの最大の製品」が行き届いている状態と,「最大多数の人々に, 一人当たりの充足的な製品」が行き届いている状態を比較し,持続性の実現のためには,後 者こそ追求すべき課題であることを明らかにしている5)。充足性の感覚についてトーマス・ プリンセンは,『充足性の論理』の中で,次のように説明している。  「ひとつのアイデアとしての充足性は,ストレートで,単純かつ直感的で,「合理的」と言 ってよいものである。それは,人が活動すればするほど,十分だ,多すぎるという感覚であ る。空腹だから食べる,しかし,ある時点でお腹いっぱいと感じるようになる。それ以上食 べ続けると吐き出してしまう。私は,気持ちがよいと思うから散歩をする,何故なら体を動 かすこと,新鮮な空気,景色を楽しみたいからである。しかし,楽しみを上回るほど動けば, もう十分だと思うようになる。足が痛くなったり,疲れたりするくらいまで歩き続ければ, 歩きすぎたと感じるようになる。行き過ぎという感覚である6)」。  人の行動にはやりすぎるとこれ以上は無理という閾値が存在する。食べ過ぎた時,歩き続 けた時,仕事をしすぎた時,普通に起こる感覚は飽食感や疲労感である。充足性とはこのよ うな,行き過ぎたという感覚である。プリンセンは海老を捕獲する漁民が,将来の資源保護 のために,決められた大きさ以下の海老を海に戻す例を挙げ,次のように述べている。

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 「こうしたこと全てが実践における充足性である。充足性とは,最大限可能であるより幾 分少ない行動を適切な行動とすることである。それは期待ほどの利益をもたらさいかもしれ ないし,最大の捕獲量でないかもしれない。しかし,こうした充足的実践はセカンドベスト というわけではない。海老に依存した漁業や海老社会,人間社会の維持や将来においてもそ の実践を行うことを前提とするならば,ファーストベストなのである7)」。  プリンセンは,充足性には,行き過ぎたという感覚の先に,自らの行動を閾値内に抑えよ うとする自己制御(self-restraint)の論理と,その行為を自ら管理(self-management)す る原理があることを指摘している。自己制御とは,「利用可能なテクノロジーを所与とし, 直近において可能であるよりもわずかな物的資源を慎重に消費しようとする個人の選択」を 指している。地力保持のために収穫量を抑える農夫や,将来の資源維持のために伐採量を抑 えようとする森林経営者,漁業資源の維持のために漁獲割当を設ける漁業制度,温室効果ガ スの排出抑制のために排出権の上限を定める排出量取引などがこれに該当する8)  充足性の現れ方は多様である。例えば,二人で住むのに 400 平米の家は大きすぎるという ように,ニーズに合った規模を調整する規格充足性や,必要以上に食べない,不必要な照明 は消すといった利用充足性,車の代わりに自転車を利用するコンヴィヴィアルな充足性など, 充足性は状況に応じて様々な顔を見せている。また,充足性を意識するという場合でも,豊 かな生活を営んできた者が,華美で贅沢な生活を反省し,必要のないものを捨て去り,簡素 な生活を自ら追求する自発的充足の道(voluntary sufficiency)がある一方,経済的困窮の ため,人並みの生活を送ることもできず,やむをえず簡素な生活を送らざるをえない義務的 充足性(obligatory sufficiency)の場合もある。  第 1 表は,充足性の説明に必要な 4 つの語彙を概念的にまとめたものである。正確には, 4 つの語彙のうち,「何もないということではない(not nothing)」と,「全てがあるという わけではない(not everything)」という二つの概念が充足性に該当する。「全てがある (everything)」は,過剰や過多に該当し,充足性と対極に位置する概念である。「何もない (nothing)」は,人間の生存条件に達しないという意味で充足性のカテゴリーからはずれた 概念である。「何もないということではない」は,倹約的で,つましい生活を送っていても, 家族の絆を高める家族旅行や,移動手段としての車を所有はしても必要以上に使用しないと いった生活意識の重要性を指している。「全てがあるというわけではない」は,所有物が多 くても,幸福度は高まるわけではないという認識から,自発的に簡素な生活を送るというラ イフスタイルの選択を指している。「何もないということではない」と,「全てがあるという わけではない」という二つが充足性に該当するのは,「何もない」状態にあった者が義務的 充足性に至る道筋と,華美な生活を送っていた者が自発的充足性に至る道筋の違いと関係し ている9)

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 充足性の二つの異なる道は,充足性を選択する人々の主観的認識と客観的位置が異なるた めである。義務的充足性の場合,ニーズの実現すら困難な稀少性の状態から脱け出しつつ, 人間らしい生活とその質的向上を図ることが同時に求められている。自発的稀少性の場合, 華美な生活から自ら脱け出し,「全てがなくてもかまわない」という生活観に近づくことが 想定されている。両者に共通しているのは,欲望とニーズをないまぜにしつつ,その昂進を 進めてきた近代に対して,ニーズを根拠に,自律したライフスタイルを構築しようとする気 構えである。それでは,充足性は効率性やコンシステンシーとどのような関係にあるのだろ うか。三つの持続性戦略の関係を見てみよう。 XⅤ 持続性戦略  「ウッペルタル気候,環境及びエネルギー研究所」の研究員クリスタ・リードケらは,「効 率性,コンシステンシー,充足性を統合する持続性戦略を採用することだけが,社会的福利 の増加と資源利用の絶対的分離をつなげることができる10)」と述べ,資源利用の絶対的削 減と社会的福利の増加を結びつけるために,三つの戦略の統合を訴えている。これらの戦略 はすべて補完的である。三つの戦略のうちどれかひとつが欠けても,持続性を実現すること は難しい。ここで問題になるのは,三つの戦略の位置関係である。リードケらは,「効率性 はより良く」(better,サービス当たりわずかな資源やエネルギーの投入)生産するという 考えを述べているのに対して,コンシステンシーは「異なるやり方で」(differently,閉じ た輪,資源やエネルギー投入の構成或いは質を変える)生産することを目指している。充足 性は「わずかな」(less,資源需要の減少とともに福利を向上する)資源を使って生産,消 費することに関するものである」と述べている11)。三つの戦略はこのように,「より良く」 (better),「異なるやり方で」(differently),「わずかに」(less)という表現を使って,その 基本的違いが浮き彫りにされている。しかし,このように資源の利用方法の違いに基づいて 三つの戦略の違いを映し出したからといって,そのことから直ちに持続性を実現する三つの 第 1 表 充足性の意味 全てある(everything) 多すぎる,過剰,過多 何もない(nothing) 稀少性のために義務的充足性を追求しなければならない状態と,購入 しない,何もしないという“never”の意味も含まれている。 何もないわけではない (not nothing) 多くの犠牲を払うことなく,消費を抑制する(例:家族の絆のために家族旅行をする。車を持つが利用方法を変える) 全てがあるわけではない (not everything) わずかなという本来の充足過程の実現。自発的簡素性につながっている

 (出所) Helene Gorge et. al., What Do really Need? Questioning Consumption Through Sufficiency, Journal of Marketing, 2015, vol. 35. no. 1, pp. 15~16 より作成。

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戦略の位置が分節化されたわけではない。ここで大事なことは,持続性の実現に向けて,三 つの戦略が,どこで4 4 4,どのような役割を果たし4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4,どのような限界を抱え4 4 4 4 4 4 4 4 4 4,その限界を他の戦4 4 4 4 4 4 4 4 略がどのように補おうとしているのか4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4を明らかにすることである。ここでは,そのための手 が か り と し て,ノ ー ガ ー ド の 効 率 性 か ら 見 た 経 済 連 鎖 と 消 費 者 効 率 性(consumer efficiency)概念を検討してみることにしよう。 (1)ノーガードの消費者効率性  ノーガードは,自然環境から原材料を採取するところから始まり,最終的に人々の満足を 高める一連の過程の効率性を全体的効率性(overall-efficiency)と呼び,更にそれをスルー プット効率性,維持効率性,サービス効率性,満足効率性という 4 つの段階の効率性に分け ている。全体的効率性を高めるには,自然環境から採取する資源を少なくし,低エントロピ ー源を用いた経済活動を行いながら,人々の満足度を高めることが求められている。4 つの 効率性は,それを細分化したものである。全体的効率性は以下の式で表すことができる。本 来計測しにくい満足が計測可能なサービスから生まれるという理論的難点が存在するが,こ こではその点に立ち入らない。        満足  全体的効率性=         エコサクリフィス      満足    サービス   ストック   スループット   = × × ×     サービス   ストック  スループット エコサクリフィス

 全 体 的 効 率 性 は,生 産 者 効 率 性(supplier efficiency)と 消 費 者 効 率 性(consumer efficiency)に分けることができる。生産者効率性は,スループット効率性,生産者維持効 率性,生産者効率性に,消費者効率性は消費者維持効率性,サービス効率性,満足効率性に 分けることができる。全体的効率性を高めるには,それぞれの効率性を高めることが求めら れる。ここで大事なことは,一連の経済連鎖を生産段階と消費者段階に分けることの意義で ある。この意義を理解することができなければ,ノーガードが提唱する消費者効率性の意義 を明らかにすることも難しくなる。バウランガーは,「持続可能な消費の三つの戦略」と題 した論文の中で,ノーガードが提唱する消費者効率性の意義について,次のように述べてい る。  「ノーガードの消費者効率性の分析は,製品の物質性を減らすことだけを目的としたスル ープット効率性にもっぱら焦点を当てた公共政策や企業政策がいかに限定的で,部分的なの かを明らかにしている。これは,我々の生産・消費型式の持続性問題に対する解答の一部に

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すぎず,おそらく重要な部分ではない。しかし,それはおそらく,資本主義的,テクノロジ ーを中心とした経済において機能する最も簡単な方法と言える,何故なら,基本的な成長, 生産志向に挑戦しようとしていないからである。実際,式の右から左へ移動するにつれ,産 業社会の中で当然視されていたものから離れ,深層にある無意識の文化的土台を疑問視する ようになるからである12)」。  この指摘にあるように,ノーガードは,生産者効率性と消費者効率性の違いを明らかにし た上で,消費者効率性の意義を強調しようとしている。バウランガーは,ノーガードの消費 者効率性概念には,生産段階の効率性を追求しただけでは基本的な成長路線や生産志向に挑 戦することのできないたんなる部分的な改革にしかならず,この欠点を埋めるには,上に見 た式の右側から左側へと徐々にその重心を移すこと,すなわち生産者段階から消費者段階へ 視点を移すという視座にこそ産業社会の前提となっている土台を崩す展望が秘められている ことを指摘している13)。このことは,生産者段階の効率性より消費者段階の効率性の方が 重要であるということではない。マルクスが指摘するように,生産過程も原材料を使い尽く すという意味で本質的に消費過程である。原材料を自然から採取し,低エントロピー源を高 エントロピー源へ転換していく過程を内在させながら,財を生産するといいう過程は,消費 の視点からすれば,自然環境から略奪した資源を消費するという「生産的消費4 4 4 4 4」にすぎない。 消費は,こうした生産的消費と,個人消費者が財やサービスを市場その他で獲得し,それを 使い切る個人的消費4 4 4 4 4に分けることができる。消費する対象に違いがあるだけで,どちらも消 費の過程であることは間違いない。ノーガードが,全体的効率性の向上を視野に入れながら, 一連の経済連鎖を生産者段階と消費者段階の二つに分けたのは,効率性の追求に共通点を見 出しつつ,両段階の本質的に異なる意義を浮き彫りにする必要があったからである。  しかしこのことはもう一方で,ノーガードの認識の弱さも露呈させることになる。「より 良い方法で生産する」という効率性は,生産的消費,個人的消費にかぎらず,全ての段階で 追求されなければならない課題である。しかし,個人的消費の場合,少なくとも市場経済と 財の商品化を前提とする社会構造の下では,わずかな資源を使用するという効率性の追求は 生産段階ですでに終了しており,所与にすぎなくなっている。それでもなおかつ消費の段階 で効率性が追求されるのは,この段階の効率性が別の形となって現れるからである。それは, 「わずかな財を使用すること」,「わずかな財から多くのサービスを引き出すこと」,「サービ ス自体を削減すること」というように,わずかなという意味の変化,すなわち充足性につな がる可能性を秘めた効率性へと変化しているからである。  生産者効率性と消費者効率性に共通しているのは,「わずかな資源を用いて」という点に ある。しかし生産者効率性は,そのことを前提とした上で,「多くを生産する」というもう ひとつの課題を追求せざるをえなかった。生産者効率性が追求するのは,「わずかな資源を

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用いて,多くを生産する」(produce more from less resources)というつながりである。近 代は,わずかな資源を用いて効率的に生産した財を,個人消費者に多く購入してもらう構造 を作り上げることで発展してきた。近代は,財の商品化を進める一方,「作ったものは必ず 売れる」ようにするために,自ら需要を創出するという課題を常に背負っていた。経済学が サプライサイド経済学とデマンドサイド経済学に分かれるのは,需要の喚起の仕方の違いが あるからである。この構造は,どの発展段階に限らず,近代であるからこそ常に受け継がざ るをえない近代の本質である。バウランガーがノーガードの消費者効率性概念に「深層にあ る文化的土台」という表現で近代の構造自体を問題にする視座を見出したのは,そこに消費 者が自ら需要を削減する視点を育む兆しを発見したからである。消費者効率性には,近代に 内在した論理に根本的反省を迫る要素が含まれていた。  そうであるならば,ノーガードが指摘しなければならなかったのは,効率性概念からはみ 出した,充足性というオフロードであったはずである。しかしノーガードは充足性の道を指 摘せず,持続性の追求を効率性概念で一括して議論しようとしていた。 (2)持続性の三つの戦略  バウランガーは,先の論文の中で,効率性,脱商品化,充足性という,環境持続性を増進 する 3 つの戦略があることを指摘している。この説明のために,バウランガーが検討してい るのは次の式である。         福利    サービス        商品   持続性= × ×        サービス    商品    エコロジカル・フットプリント ① 充足性戦略は,できるだけ少ないサービスで福利を高めるという,上記式の福利/サー ビス(サービス生産性)に関わっている。これは,ノーガードの消費者効率性のうちの 満足効率性に該当する。バウランガーの説明によれば,「福利の維持もしくは増加を追 求するとともに,サービスを減らすことによる福利/サービスの増加。このことは部分 的に,福利とサービスを切り離すということになる。それを充足性戦略と呼ぶことがで きる」。 ② 脱商品化戦略は,上記式のサービス/商品に関わっている。これはノーガードの消費者 効率性のうちのサービス効率性に該当する。バウランガーの説明によれば,「商品の削 減によるサービス/商品の増加。それをサービス戦略の脱商品化と呼ぶことができる」。 ③ 効率性戦略は,上記式の商品/エコロジカル・フットプリント(エコエフィシエンシー) に関わっている。これはノーガードの生産者効率性のうちのスループット効率性と生産 者維持効率性をまとめたものに該当する。バウランガーの説明によれば,「エコロジカ

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ル・フットプリントの減少による商品/エコロジカル・フットプリントの増加。この戦 略は商品消費のエネルギーや物質の減少を目的としている。それはエコエフィシエンシ ーとしてよく知られている14)」。  ここで注目すべきは,充足性戦略を説明する際に出てくる「福利とサービスの切り離し」 である。充足性戦略からすれば,できるだけ少ないサービスから最大の福利を得ることが目 指されるものの,脱商品化戦略からすればできるだけ少ない商品から最大のサービスを得る ことが目指される。一見すると,一方でサービスの減少を,他の戦略でサービスの増加が目 指されるという,二律背反の状態にあるように見える。しかし,二つの戦略は必ずしも矛盾 しているというわけではない。例えば,サービス効率性を向上させる方法のひとつに,自家 用車とタクシーや,自家用車と電車やバスなどの公共交通機関との関係が挙げられる。移動 というサービスを効果的に得るには,未使用の時間が多い自家用車より,タクシーや公共交 通を利用した方がよい。また,自家用車を所有する場合でも,カーシェアリングなど未使用 時間を有効に活用する方が少ないストックで多くのサービスを得ることができる。サービス は商品化されたストックから生まれるというより,ストックの使用方法を変えることによっ て多くのサービスが生まれてくることになる。 (3)MIPS(「製品の全生涯にわたる物質集約度」)とサービス  シュミット・ブレークは,彼がまとめた『ファクター 10』の中で,「ごくわずかな基本的 必需品のほかには,人間はごくわずかなサービスがあればよい。このサービスがたいていは 設備,機械,機器によって提供されるというのは,私たちに想像力が欠如しているためと言 うしかない」と述べている15)。ここで指摘されている想像力の欠如とは,私たちが本来求 めているものは生活を豊かにするサービスであって,生産過程を経て作られた製品(財,モ ノ)ではないということである。この関係がしばしば逆に認識されているところに間違いが ある。「サービスを利用するには,必ずしもそれに適した製品を持っていなくてもよい」。そ れなのに,たまにしか使わない電気ドリルや芝刈り機を殆どのドイツ家庭が所有しているの は何故なのか。移動に便利という理由だけで自動車を購入することは適切なのか。私たちは, 欲求を満たすことができるという理由だけでそうした製品を買うことをやめなければならな いのではないか。たまにしか使わない電気ドリルや芝刈り機は必要な時にレンタルすること ができる。移動だけなら,自家用車よりタクシーの方がはるかに安い。彼は,「要するに, 私たちが必要なのは製品ではなく,その製品が与えるサービスなのだ」ということを強調し ている16)  ノーガードの消費者効率性概念に含まれる満足効率性やサービス効率性が重要なのは,シ ュミット・ブレークが強調するサービス概念を踏襲しているからである。すでに述べたよう にサービス概念は,MIPS に具体化されている。全生涯が対象とされていることから,

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MIPS はライフサイクルアセスメントと重なる部分がある。サービス概念が重要なのは, MIPS を通じて製品のサービス能力を比較対象とすることで,消費者が同程度のサービスを 獲得する最適な方法を選択する根拠となるからである。シュミット・ブレークは,そのこと によってサービス提供能力が低い製品を買い控える行為が正当化されることになると指摘し ている。  MIPS を減少させるためには,製品の提供するサービスの数を増やさなければならない。 MIPS は,生産段階にある時は工程ごとに上昇するが,使用段階(消費段階)に入るとその 製品の使用回数(サービス提供回数)に応じて漸減していくことになる。したがって MIPS の推移は,製品の使用頻度と耐久年数にかかっている。使用期間中に修理する場合,MIPS は,修理による MIPS の上昇と買い替え製品の MIPS を比較することで,消費者行動に方 向性を与えてくれる。   第 2 表 持続性戦略と資源利用目標の統合に向けた MIPS の適用 MIPS の適用 適用例 効率性 使用資源/未使用資源 価値連鎖の展望:ライフサイクルに対 する使用及び未使用資源の割合 使用資源/利潤 企業レベル:未使用資源と利潤の割合 コンシステンシー 未使用重量/製品重量 物質投入/製品重量 様々なレベルのリサイクル戦略の評 価:部門,ミクロ及びメゾレベル間の 位置,加工チェーン,価値連鎖 未使用資源/製品コスト リサイクル戦略,閉じた環,ライフサ イクル或いは生産地点当たりの未使用 加工資源の費用の評価 充足性 物質投入/個人的資源利用資源目標 資源目標に対する現在の資源利用,或 いは削減された資源利用に対する初期 の資源利用の評価 福利 / 物質投入 家庭での,時間,活動当たりの経験さ れた福利 物質投入/時間 様々なニード/活動分野の減速化/スロ ーダウン 物質投入/サービス 高水準のサービス及び低物資投入を目 指したサービス単位当たりの資源投入 物質投入/活動に必要な土地利用 居住,労働などの行動に必要な土地利 用:製品,物質,原材料の具体的イン ベントリー 目標 物質投入目標 利用/物質投入目標 都市/地域,企業あるいは家庭レベルの政治的目標及び持続可能な限界

(出所) Christa Liedtke et. al., Resource Use in the Production and Consumption System―The MIPS Approach, 2014, p. 556.

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 MIPS 概念は充足性とどのようにつながるのだろうか。第 2 表は,持続性戦略の統合と資 源利用目標に向けて MIPS をどのように活用できるのかをまとめたものである。  リードケらは,MIPS の概念によって,効率性,コンシステンシー,充足性の三つの持続 性戦略を統合することが可能になったと述べている。  「ライフサイクルの広がりを体系的に持つことによって,生産と消費をひとつのシステム として統合することが可能になった。効率性,コンシステンシー,充足性といった持続戦略 はこれまで個別に議論されてきた。これらの戦略を統合する努力はこれまであまり知られて こなかったが,MIPS の方法によって,統合的した持続性戦略の評価に近づくことができる ようになった。資源投入が効率性やコンシステンシーを対象としているのに対して,サービ ス単位は充足性を対象としている。以下の記述から,抽象的な戦略を評価可能とするために, 主な持続性戦略にしたがって統合することでで,MIPS がどのように解釈されるのかが明ら かになる17)」。  効率性とコンシステンシーが資源投入を問題としているのに対して,充足性はサービスを 問題としているという点で大きな違いがある。この違いを前提とした上で,生産と消費をひ とつのシステムとして,一貫性のある評価システムにのせようとしているのが MIPS であ る。MIPS が三つの戦略の中で,どのように活用されているのかを見てみよう。 ①効率性  リードケらは,効率性を,資源生産性を上げるための技術的進歩とだけで評価していない。 効率性は,コンシステンシー,充足性につながる可能性を秘めた社会的進歩として受け止め られている。技術進歩を社会的進歩に読み替えることを可能にしているのは,効率性の上昇 によって,「効率的な資源管理が効率的な使用管理」を可能としているためである。リード ケらは,カーシェアリングなど,効率性にアプローチする新しい機会が生み出されるように なったことを指摘している。効率性はこのように製品やサービスの新しい利用方法につなが る可能性を持っている。 ②コンシステンシー  コンシステンシーとは,リサイクル可能で,分解可能な原材料などを用いた製品デザイン によって,物質循環の輪を閉じ,有害廃棄物を最小限に抑制する戦略を指している。MIPS が揺籠から墓場までのライフサイクルを想定しているのに対して,コンシステンシーは揺籠 から揺籠までの経済循環を想定している。MIPS が第 1 次原材料の利用方法を対象としてい るのに対して,コンシステンシーは第 2 次原料まで視野に入れている。コンシステンシーは このように,MIPS の対象範囲を大幅に拡大している。製品は製造,使用段階を経た後,寿

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命の拡大を目指して,修理,再利用,再々利用,そしてあらためて製造工程に回すことがで きるようリサイクルの可能性が検証されることになる。この段階で一時的に MIPS は大き くなるが,利用頻度の増大,リサイクル原料を用いることによってその減少を期待すること ができる。 ③充足性  リードケらは,「統合的な持続可能なデザインの最も本質的な機会は,MIPS のデノミネ ーターであるサービス単位にある」と述べている。充足性とは,生活の質を損なうことなく, 環境ダメージを最小に抑えつつ,ニーズが何故,どのように満たされるのかを問うことで, 既存の消費形式を抜本的に変える可能性を秘めた戦略である。ニーズは,多機能製品が提供 する多くのサービスや製品の耐久化や,散歩や日常的に行われる近隣の人々との対面会話な ど追加資源を必要とせずに満たされるようになる。このように,財の所有と使用によってし か満たすことのできなかったニーズについて,どのようなニーズを(すなわち欲望と真のニ ーズの分節化),どのようなサービスによって,どのような形で実現するのかという問いを MIPS は発することができるようになった。こうした充足性は,技術的改善に傾斜し,既存 の生産・消費形式の一部改良に過ぎなかったイノベーションを,その抜本的改革を展望した 社会的イノベーションへと転換させる理念を提供する18)  「デザインは,加速化した消費型式と並んで,資源集約的ハードウェアやインフラ要件か ら生じる資源集約的イノベーションを社会的イノベーションに代えることで非物質財をどの ように提供するのかという課題と向き合わなければならない。充足的ライフスタイルによる 需要の減少は低価格なら支払うことのできる限界消費者を巻き込むことになるだろう。持続 可能なデザインは,購買力の点で費用便益の犠牲者となってしまう充足性を遮断し,逆にそ れを社会的視点から費用便益について考察できるような,持続可能なライフスタイルの特徴 とする必要がある19)」。  このように三つの持続性戦略を見てみると,充足性こそ最も大事な戦略であることが分か る。効率性,コンシステンシーは,充足性に近づく必要条件であり,三者が一体とならなけ れば,持続性戦略は完成しないことがわかる。効率性やコンシステンシー戦略と充足性戦略 を一体化することを可能にしているのが MIPS である。  「製品の効率性だけに焦点を当てた戦略は,消費型式のパラダイムシフトを促す社会的イ ノベーション戦略によって補完されなければ成功しない。MIPS にしたがう持続可能なデザ インは,環境認識と環境行動の間によく知られた認知ギャップがある中で,思慮深く機能す るものであるのかもしれない。したがって,デザインは,ファクター 10 にしたがって,環

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境スペースの中で,社会的文脈にある個人行動を対象とする必要がある。ファクター 10 概 念の中の持続性戦略と MIPS の方法論を学際的に統合することは,デザイナーにそのこと を仕向ける手助けとなるかもしれない20)」。  リードケらが強く意識しているのは,環境に対する態度や認識と実際の行動とのギャップ を解消することが難しい中で,少しでも充足性に近づくことのできる方法を発見することで あった。その意味で三つの戦略は個別に追求されるものではなく,ある定まった理念のもと で統合されるものでなければならなかった。 XⅥ リバウンド効果  持続性を追求する三つの戦略が相互に補完的であるとはどのような意味においてなのだろ うか。その手がかりとして,「ジェボンズ効果」(リバウンド効果)について見てみることに しよう。 (1)効率性リバウンド効果  ジェボンズ効果とは,持続性に向けて効率性を高めることによって生産性が増加したにも かかわらず,それが価格低下を招来し,需要の増加につながってしまう負の影響を指す。本 来は,技術の開発・普及によって単位当たりの資源の使用量を削減することで環境負荷の低 減を目指していたはずなのに,それが逆の結果を招いてしまう影響のことである。ブレー ク・アルコットが指摘しているように,「投入-産出効率性は所得効果を持っており,物質- エネルギー投入の価格を削減する一方,豊かな人々の「軽量化されたライフスタイル」は価 格の削減につながる自動的な需要削減を構成することになる21)」。先に見たノーガードの生 産段階と消費者段階の区別からすると,ジェボンズ効果によって,生産者段階の努力は消費 者段階で台無しにされてしまうことになる。このことを考慮に入れると,すでに見た環境影 響のマスター式 I=PAT は,T に関わる効率性の追求が A に関わるライフスタイルや充足 性に影響を及ぼすという意味で,I=f(P, A, T)と書き直されなければならない。I=PAT 式 では,右辺の各要素が個別に独立して分析されているのに対して,書き直された I=f(P, A, T)式では,P,A,T の各要素を削減する場合でも,それぞれの要素が影響し合い,必ずし も左辺の環境影響全体が削減されなくなる。  ジェボンズ効果がはっきり現れるのは,効率性の成果を上回って,消費の規模が大きくな り,そのことによって環境負荷が全体的に増えた場合においてである。オルコットが指摘す るように,効率性が持続性にとって必ずしも十分でないのであれば,それを補完する別の戦 略が必要になる。充足性が必要なのは,効率性リバウンドが 100% 以下の場合,マクロ経済

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的な成長に貢献しないという保証がどこにもないからである。先の書き直しとの関係で言え ば,効率性がライフスタイルに及ぼす影響が 100% 以下の場合となるという保証はどこにも ないことになる。  ジェボンズ効果とは,以下の効果の総称である22) ① 所得効果:例えば効率的暖房機器を導入したことによって,これまで以上に暖房機器を 使うようになる直接リバウンドや,節約した公共料金が他の商品購入に回される間接リ バウンドがある。 ② 代替効果:効率性を追求した結果,水,電気,石油などの資源価格が下がり,その資源 がこれまで以上に使用される効果を指す。 ③ 心理効果:効率性の高い製品は「環境に優しい」という意識を醸成することで,当該製 品の使用頻度が高まる効果を指す。 ④ テクノロジーリバウンド:以前は必ずしも利益につながらなかったものの,資源価格が 下落したことによって,当該資源に依拠したテクノロジーの開発・普及が促進される効 果を指す。 ⑤ 消費蓄積:例えば,古い,非効率な車を買い替えるのではなく,燃費効率の良い車を追 加で所有してしまうような,消費が蓄積してしまう効果を指す。 (2)充足性リバウンド効果  リバウンド効果は,効率性の場合に限られるわけではない。オルコットは,効率性リバウ ンドの他に,充足性リバウンドの可能性を指摘している。このことの持つ意味は,持続性戦 略を総合的に考えるうえで決定的に重要である。充足性戦略は効率性戦略の弱点を補完する 役割を担うということからすれば,充足性リバウンド効果によって,補完機能を失うことに なりかねないからである。  充足性リバウンドが発生するメカニズムは効率性リバウンドより単純である。環境意識の 向上や簡素な生活にあこがれている人々が充足的生活を行ったことによる需要減少や価格低 下は,貧困層や途上国の人々の需要を増大させ,全体的環境負荷に大きな影響を及ぼしてい る。影響の度合いは需要の価格弾力性に依存しているものの,充足性リバウンドは少なくと もその戦略が期待した効果を弱める役割を果たしている23)  それでは,このようなリバウンド効果は,持続性戦略の中でどのように位置づければよい のだろうか。リバウンド効果は果たして持続性戦略を放棄する役割を果たすのだろうか。そ うではない。むしろ,リバウンド効果があるからこそ,三つの持続性戦略の限界を認識し, 補完し合う戦略を進めなければならない。  このような限界は,それぞれの可能性を個別に追求した結果生まれていると考えるべきで ある。統一した三つの戦略が必要なのはそうした結果を回避するためである。大事なことは,

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効率性を追求した結果生まれる金や時間をどのように使うのか,すなわちこの課題を,「諸 個人のライフスタイルが充足的であるかどうかがは,全ての消費行動を土台として考えた場 合においてのみ決まってくる」という理解を持つことである。「全ての」がとくに強調され ているのは,三つの持続性戦略が,生産的消費においても,個人消費においても,全ての消 費段階で追求されていなければ効果が上がらないからである。  リードケらは,「我々は,持続可能な行為形式に向けて,すでに確立されている社会的実 践を再編成するという意味で,社会的イノベーションと資源効率性戦略の結びつきを議論し ている。社会的イノベーションとは,消費,再利用,低資源製品 - サービスシステムのデザ インや実施に向けたある種の消費など,社会的実践の再編成を意味している」と述べ,効率 性革命の限界を克服するには,技術イノベーションだけではなく,社会的実践の再編成を意 味する社会的イノベーションの必要性を指摘している24)。社会的イノベーションとは,「社 会的実践を再編成する行為者の意図的試み」である。  すでに述べたように,効率性を追求しただけでは,それが生産過程に重心を置いた改善で あるだけに,消費形式の改善になかなかつながらない。消費形式の改革は技術イノベーショ ンの改善を前提に,社会的イノベーションにまでつなげる必要があるというのがリードケら の考えであった。持続可能な消費研究にとって重要なのは,社会的実践における解釈形式と 意味の要素を議論することにある。とくに充足性の場合,社会的実践における解釈形式の変 更と意味の要素が重要となる。ここで想定されているのは,社会的実践を構成する意味が共 有された解釈の上で成立していることである。実践は通常個人が行うものであるとしても, ルーティン化され,身体化された日常的実践であればあるほど,意味はおのずから共有され た集団的性格を持っている。充足性を議論する場合でも,環境意識に優れた個人がたまたま 行っている行為というレベルで議論するのではなく,共有された意味を持ち,社会的に広が りを見せる実践として理解されていなければならない。リードケらはそのために,転換研究 を支える多層的展望研究と社会的実践理論を結びつけることを提唱している。その上で彼ら が明らかにしようとした課題は 4 つある25) ① 効率性,コンシステンシー,充足性を高めることは,社会的実践の転換とどのような関 係にあるのか ② 環境スペースの中に収まるよう,エコロジカル・フットプリントの管理を行う権限をど のようにして持つことができるようになるのか ③ 社会的イノベーションと「製品・サービスシステム」(PSS)との関係はどのようなも のか ④ これらの課題を実現するために,多層的展望は具体的にどのような過程をたどることに なるのか  4 つの課題に応えるには,充足性を内在化した社会的実践理論と転換理論の統一した枠組

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が必要となる。これまでの研究史から分かることは,ショブに代表される日常的な消費生活 における社会的実践とギールズに代表される転換理論が,この統一した枠組を支えているこ とである。二つの理論がどのように統合されようとしているのかを見てみよう。 XⅦ 充足性と転換理論  社会的イノベーションはどのように行われるのだろうか。リードケらが追究しているのは, 社会的実践理論と多層的展望を統合した転換理論の構築である。とくに本稿の問題関心との 関連では,充足性の論理を転換理論の中にどのように埋め込むかが問題となる。  「持続可能な消費及び生産の転換モデルは,t1の時点において確立された非持続可能な社 会的実践が,t2の時点での新しい社会的実践やその制度化を通じて,より高い持続可能性 第 1 図 多層的展望概念図 Increasing structuration of activities in local practices

Socio-technical  landscape macro: rules/ ressources Socio-technical regime meso: networks un co ns ci ou s mot iv es pr ac tic al co ns ci ou sn es s dis cu rs iv e con sc io usn ess Niche innovations micro:agency

rules

signification legitimation authoritative allocativeresources

Process of social innovaton: Reconfiguration of regime practices structure acting (routinised) social practices artefacts: Consumer goods Inno vatio n an d D iffus ion path s: diss emin atio n of new pra ctic es thro ugh criti cal m asse s norm-activation signification legitimation motivation evaluation: cost-benefit equation ressources Time action

 (出所) C. Liedtke et. al., Transformation towards sustainable consumption: changing consumption patterns through meaning in social practices, 2013, p. 16.

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に向け,どのように転換されるのかを明らかにしようしている。こうした制度化とともに, 新しく編成された社会技術レジームが確立され,転換サイクルが再び始まることになる26)」。  第 1 図は,転換モデルを概念化したものである。この図に示されている転換モデルは,既 存の実践が新しい実践に転換していく移行過程と,社会技術レジームの移行過程の共進性を 概念化したものと考えることができる。リードケらは,前者の移行過程について,これまで の社会的実践理論の成果に,マシューズをはじめとした規範活性化理論を接続させた形でモ デル化している。後者の移行過程を描くために用いられているのはギールズやショットの多 層的展望モデルである。ショブなどの社会的実践理論では,日常的な消費実践を水平軸に, 技術的イノベーションの過程を垂直軸に議論することはあったが,両者を一括して作図した のはこれがはじめてといってよい。この図の基本的論点を整理してみよう。 (1)規範活性化理論  別稿でも述べたように,環境態度や意識と行動とのズレを個人の選択の問題として取り上 げる ABC 理論をいくら精査しても,そこから社会的実践を構成する意味が明らかになるわ けではない。そのことからすれば,実践主体の心性を総合的に取り上げようとする意図は野 心的である。とくに意味は,個人の意思から離れ,社会的に共有された解釈の上で成立して いる以上,安定した意味の構造を突き崩す要因を発見できなければ,充足性につながる移行 も説明することはできない。リードケらがマシューズの規範活性化モデルを組み入れている のは,「多くの心理学的モデルが個人の態度,感情などにもっぱら焦点を当ててきたのに対 して,規範-活性化モデルは,社会的影響とのつながりを提示している」というように27) この点を十分理解した上で活用しているからである。このモデルは,環境にやさしい行動に 至るまでに 4 つの段階を経ることを指摘している。    規範活性化段階 ⇒ 動機づけ段階 ⇒ 評価段階 ⇒ 行為段階  規範活性化段階では,環境問題や自身の行動,そしてケイパビリティとの関連性に対する 認識が培われる段階である。この段階までは,既存の ABC 理論と何ら変わりはない。動機 づけ及び評価段階が,個人主義的性格から脱け出せていない限界を認めつつ,リードケらが 高く評価する再定義が行われる段階である。動機づけ段階では,個人的な環境規範の他に社 会的規範の影響を強く受けている。規範活性化段階で「ぼんやり」していた環境意識がこの 段階で個人的,社会的規範となって表面化してくる。その一方,環境にやさしい行動をとっ た場合の費用便益や道徳的検証が評価段階で行われることになる。ここまでは,環境に優し くない行動から脱け出すかどうかについて葛藤している段階である。再定義はこのように諸 個人の意識や態度,取り巻く状況に対する再帰的アプローチにもとづいて行われている。行

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為段階は,この葛藤の中で,環境に優しくない行動を継続するのか,それを転換するのかを 決定する段階である。  スペックは,「自発的簡素,倹約,ダウンサイジングが消費レベルに関する個人的決定に よるものであるのに対して,充足性概念は集団的決定に光を当てている」と述べている28) どのような消費生活を営むかは個々の消費者の選択に属するものかもしれない,しかしその 消費形式が多くの人々の日常に染みついて慣行化されているのであれば,どのように集団的 に受け入れられるようになったのかを説明しなければならない。充足性とは,消費を通じた ニーズの実現と,生活の質的向上を図る自己抑制の心構えを指している。消費者文化のただ 中でこの心構えを持ち続けることは,「支配的社会的パラダイムがニーズと欲望の複雑なレ トリックを強調する消費者文化によって強められている」ことからすると,相当難しい。近 代初期の経済的稀少性の時代であれば,生存のためのニーズと欲望にそれほどの乖離はなか ったかもしれない。しかし欲望を喚起することで発展してきた近代が再帰的近代の時代とも なれば,ニーズと欲望はないまぜとなり,ニーズを特定することは難しくなる。欲望がニー ズに追いつくというより,ニーズが欲望を追いかける錯覚を引き起こす時代が再帰的近代で ある。そうした時代だからこそ,充足性は個人の心構えとしてしか問題とならず,自ら率先 して貧しい(充足的)生活を送る者に変わり者というレッテルを貼ることで,充足性の集団 的広がりを遮断する感覚が生まれてくることになる。 (2)実践のコミュニティと学習過程  ここで重要なのは,こうした再定義を促す社会環境である。社会的に位置づけられた諸個 人の既存の社会的実践に対する反省は,ギデンズが言う既存の実践意識に対する学習過程を 経て行われる。意味が個人的意味ではなく,社会的,集団的に共有された意味であるだけに, 安定した解釈構造を崩すには,「実践のコミュニティ」(community of practice)による学 習過程を経る以外方法はない。その点で,実践のコミュニティを形成するネットワークとス キルは新しい社会的実践と社会的イノベーションにとって決定的に重要である。  「ネットワークは新しい実践の広がりと受容を理解する際の最も中心的概念のひとつであ る。行為者の批判的多数が持続可能な消費実践について情報を獲得し,規範が活性化され, 言葉が重要性の支配的規則に逆の解釈を与え,自身のネットワークの重要人物がエコロジカ ルな認識行動を期待するようになるとき,我々は自己強化過程が既存の社会技術レジームを 不安定化させ,新しい社会的実践を「ノーマル」なものとして確立することで,転換を支持 するようになるだろう29)」。  実践のコミュニティの意義はこれまで,レーブやウェンガーの正統的周辺参加概念に依拠

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した「状況に埋め込まれた学習」をめぐる議論によって明らかにされてきた。身体化された 実践がルーティン化されているとき,社会は,それと全く異なる実践を行なう者に,偏屈, 変わり者,異端者というレッテルを貼ってきた。ヘビメタ,有機農業,茶髪…,今では当た り前となっていることがらも,一昔前なら容易に受け入れられなかった。そうした実践を行 う者は,「支配的社会的パラダイム」からはずれたところにしかいれない「仲間はずれ」の 存在でしかなかった。正統的周辺参加とは,新参者が十全的参加にいたる過程を説明する語 り口である。しかもそれは,レーブやウェンガーが分析対象とした,徒弟が親方に認められ ていく過程ばかりでなく,既存の制度を突き崩し,自ら新しい制度を作り上げていく挑戦で あるだけに,先例のない試行錯誤の過程でもある。  実践のコミュニティとは,ウェンガーらによれば,「あるテーマに関する関心や問題,熱 意などを共有し,その分野の知識や技能を,持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集 団」を指している30)。レーブやウェンガーは,「私たちは状況的学習を,意味を獲得する参 加の軌道の中で捉える。この軌道はそれ自体が社会的実践に埋め込まれていなければならな い」と述べている31)。学習とは意味を獲得することである。意味の獲得は,実践の共同体 の中で,学習を内在化した実践への参加を通じて行われる。実践の共同体が,それに参加す る人々によって作られるものである以上,そこで学習し,意味を獲得することは,「知識や 学習がそれぞれ関係的であること,意味が交渉で作られる」ということである。実践の共同 体への参加が個人意思に基づいているとしても,学習という意味の交渉を通じて,学習成果 は集団的なものになっていく。解釈された意味とは,交渉の中で,何度も検証され,鍛え上 げられた過程を指している。このように学習は,「生きられた世界での生成的な社会的実践 の欠くことのできない一部なのである32)」。 (3)多層的展望  リードケらが紹介している規範活性化理論は,それ自体としては ABC 理論の枠をはみ出 しているものではない。しかし,実践の共同体の中で行われる学習という視座が加わること によって,規範活性化理論は全く異なる意義を持つことになる。その点で,レーブとウェン ガーの状況的学習や実践のコミュニティ概念で見逃すことのできないのは,「実践で採用さ れる人工物,すなわち実践のテクノロジーは,理解へのアクセスの問題を論じる格好の土俵 を提供してくれる」という指摘にあるように33),実践の共同体の参加によって直面するこ とになる人工物やテクノロジーとの関係である。社会的実践理論と多層的展望を統合した転 換理論を追究しようとする本稿の関心からすれば,学習が意味の獲得ばかりでなく,実践を 行う際に必要とされる道具(テクノロジー)との関係を明らかにすることによって,転換理 論とのつながりを明らかにすることが決定的に重要となる。リードケらが第 1 図に規範活性 化の過程を持ち込んだのは,充足性を視野に入れた学習過程と,ニッチレベルにしかなかっ

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たテクノロジーがレジームレベルに昇華していく共進化過程を描き出そうとしたからに他な らない。  多層的展望モデルは,ニッチ(ミクロレベル),レジーム(メゾレベル),ランドスケープ (マクロレベル)という三つの階層によって構成されている。ニッチの階層で行われた斬新 なテクノロジーの発展は,ランドスケープの階層の政治的,経済的,社会的な状況を背景と して,レジーム階層で受け入れられていくことになる。第 1 図の斬新さは,ニッチにおける 新しいテクノロジーの開発を,上に見た行為主体の意識の変化と連動させ,新しい意義と正 当性を持つ規則や資源を持つ実践が生み出される過程を描いていることにある。ここで大事 なことは,ニッチにおけるイノベーションとエイジェンシーを持つ行為主体との関係にある。 社会の深層で制度化され,ルーティン化されていた実践は,実践を取り巻く環境の変化とと もに行為主体の動機や社会規範を変化させ,「批判的大衆」による新しい実践が次第に広が りを見せるようになる。社会技術レジームの移行に合わせた新しい実践が生み出される社会 的イノベーションの過程は,このように,ニッチにおける実践の担い手の意識転換から始ま る。第 1 図は,既存の実践が新しい実践へ転換していく過程こそ社会的イノベーションの過 程であること,そこでは実践を構成する要素の再編成がレジーム階層において行われている ことが描かれている。  リードケらは,新しい実践の意味の広がりが 3 つの段階を経ることを指摘している。第 1 段階は,新しい意味の定義に同意しつつ,それがまだ影響力を持たずに埋もれてしまってい る協和音段階(consonance),新しい解釈が数年にわたって維持され,耐久力を持つように なった第 2 段階(persistence),新しい意味がメディアによって受け止められ,長期にわた って広がりを見せるようになった第 3 段階(focusing)である。例えば,20 世紀の終わりま でステイタスシンボルであった車は,21 世紀に入ってその意味を急速に失っている。若者 は車を所有するより,公共交通機関を利用したり,自転車を活用するようになっている。ま た車は,気候変動,渋滞や大気汚染を誘発する加害者として象徴的存在となっている。こう した意味の変化こそ,車の技術的進歩とあいまった社会的実践の変化である。煙草も同様で ある。男性性の象徴であった喫煙の意味はここしばらくの間急速に変化している。先進国で 喫煙者は公共空間から締め出され,アメリカでは煙草は低所得層の象徴となっているという。 ⅩⅧ 結びに代えて  「社会的実践のダイナミックス分析と,家庭での充足的な持続的行為の差別化が目標志向 的充足行動モデルの構築に必要となっている。そのために本研究では,日常的ルーティンで の充足的実践の探究を目指して社会的実践理論概念を統合しようとしてきた。我々の観点か らすると,社会的実践は,充足性に基づいた現代論争の重要な一部と見なされなければなら

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ない。それらは,実行の試金石であり,ミクロレベルの消費ルーティンの変化を評価する枠 組を提供している34)」。  本稿は,この引用に示されているスペックらと同様の問題関心から,社会的実践理論と充 足性との関係を探究してきた。とくに重要なのが社会的実践を構成する要素のひとつである 意味の変化である。意味が変化することによって,もうひとつの要素であるコンピテンスの 変化を誘発し,実体としての実践の変化につながっていく。パフォーマンスとしての変化は 水面下で行われるこうした変化を受けて表面化したものである。スペックらの分析によれば, 高い次元の環境意識,すなわち意味がまず培われることによって,消費を抑制しようという 行動につながるという。そうした行動変化は,予算制約や社会構築的動きといった外生的要 因と距離を置いたところで行われるものである。  こうした充足性の動きは,諸個人の消費行動を追跡しただけで明らかになるものではない。 このことを可能にしているのは,選択者としての消費者から,実践者としての消費者への認 識転換である。消費を実践と見ること,したがって充足的消費行動も実践の中に位置づける ことが何よりも必要である。スペックらは,そうした位置づけによって,充足性を道徳的考 察だけでなく行為レベルに位置づけることの意義が明らかになること,実践諸要素の変化が 実体としての実践レベルの変化として結実したとき,はじめてその行為が「ノーマルな」パ フォーマンスとして正当化されるようになることを指摘している35)

1 )Melanie Speck & Marco Hasselkuss, Sufficiency in social science: searching potentials for sufficient behavior in a consumerist cultute, Sustainability: Science, Practice, & Policy, vol. 11, Issue 2, 2015, p. 4.

2 )ibid., p. 1.

3 )Laura Spengler, Two types of “enough”: sufficiency as a minimum and maximum, Environ-mental Politics, 2016, vol. 25, No. 5, p. 982.

4 )Speck (et. al.), op. cit., p. 4.

5 )Herman E. Daly, The Steady-State Economy: Toward a Political Economy of Biophysical Equilibrium and Moral Growth, Herman E. Daly and Kenneth N. Townsend (ed.), Valuing the Earth, 1993, p. 361.

6 )Thomas Princen, the logic of sufficiency, 2005, p. 6. 7 )Do., Treading Softly Paths to Ecological Order, 2013, p. 73.

8 )Do., Toward a Theory of Restraint, Population and Environment: A Journal of Interdisciplin-ary Studies, vo. 18, no. 3, 1997, p. 237.

9 )Helene Gorge et. al., What Do really Need? Questioning Consumption Through Sufficiency, Journal of Marketing, 2015, vol. 35. no. 1, pp. 13~16.

(21)

10)Christa Liedtke et. al., Transformation towards sustainable consumption: changing consump-tion patterns through meaning in social practices, 2013, p. 4.

11)Christa Liedtke et. al., Resource Use in the Production and Consumption System-The MIPS Approach, 2014, p. 553.

12)Paul-Marie Boulanger, Three strategies for sustainable consumption, S.A.P.I.EN.S, vol. 3, no. 2, 2010, p. 4.

13)Boulanger, op. cit., p. 4. 14)Boulanger, op. cit., p. 5.

15)F・シュミット・ブレーク『ファクター 10 エコ効率革命を実現する』(佐々木健訳),シュプ リンガー・フェアラーク東京,1997 年,212 頁。

16)前掲書,215 頁。

17)C. Liedtke et. al., designing value through less by integrating sustainability strategies into lifestyle, International Journal of Sustainable Design, vol. 2, no. 2, 2013, p. 172.

18)ibid., pp. 172-174. 19)ibid., p. 174. 20)ibid., p. 177.

21)Blake Alcott, The sufficiency strategy: Would rich-world frugality lower environmental im-pact?, Ecological Economics, 2008, no. 64, p. 771.

22)Corrinna Fisher and Rainer Grieshammer, When less is more, Oeko-Institute Working Paper 2/2013, pp. 13-14.

23)Alcott, op. cit., pp. 775-776.

24)C. Liedtke et. al., Transformation towards sustainable consumption: changing consumption patterns through meaning in social practices, 2013, p. 3.

25)ibid., p. 4.

26)C. Liedtke et. al., ibid., p. 17. 27)ibid., p. 7.

28)Melanie Speck & Marco Hasselkuss, Sufficiency in social science: searching potentials for sufficient behavior in a consumerist cultute, Sustainability: Science, Practice, & Policy, vol. 11, Issue 2, 2015, p. 12. 29)ibid., p. 12. 30)エティエンヌ・ウェンガー他『コミュニティ・オブ・プラクティス』(野村恭彦他訳),翔泳社, 2002 年,33 頁。 31)ジーン・レイブ,エティエンヌ・ウェンガー『状況に埋め込まれた学習』(佐伯胖訳),産業図 書,108 頁。 32)前掲書,7~9 頁。 33)前掲書,84 頁。

34)Speck et. al., op. cit., p. 14. 35)Speck et. al., op. cit., p. 15.

参照

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