緒 言 子宮内膜症は,月経困難症や慢性骨盤痛など の身体的苦痛を伴うだけでなく不妊症の原因に もなり,女性の QOL を著しく損なう疾患で, 生殖臓器に限らず他臓器にも発生し,7∼37% の頻度で腸管子宮内膜症が存在する〔1,2〕.腸 管子宮内膜症のなかでも直腸子宮内膜症,S 状 結 腸 子 宮 内 膜 症 は,Masson ら の 報 告 で も 72.7%と比較的多い〔3〕.この直腸子宮内膜症 の症状は,強度の月経困難症や慢性骨盤痛や排 便痛以外に,症状が進行すると便秘や下血を伴 うことが知られている.われわれは,これまで に直腸漿膜側に直腸子宮内膜症の主病巣を認 め,月経時には腹痛と便通異常,渋り腹や排便 時の腸液のみの排出を認めるなど過敏性腸症候 群(Irritable Bowel Syndrome;以 下 IBS)に 類似した症状を呈した2例を経験した.このよ うな症状を呈する直腸子宮内膜症の報告は日 本,海外を含めほとんど報告を認めない.本論 文において腹腔鏡下に子宮内膜症病巣切除を行 うことで,著明に症状が改善した2症例につい て,腹腔内所見と手術手技と予後について報告 する. 症例 1 背 景:34歳の1回経産婦.第2児希望および 慢性骨盤痛,排便障害などで当科紹介受診とな った.初診時の疼痛の Visual Analog Scale(以 下,VAS)は,月経困難症7,非月経時を含め た慢性骨盤痛7,排便痛9であった.またこれ までに低用量ピルも使用していたが,症状の自 制および排便コントロールは困難な状況であ り,月経時には腸蠕動による下腹部痛や排便時 の腸液のみの排出を認め,渋り腹を認めるなど, その症状は IBS に類似していた.腟直腸診で は,ダグラス窩に強い圧痛を認めたが子宮の可 動性は比較的保たれていた.MRI ゼリー法〔5〕 では,明らかな直腸や S 状結腸に狭窄をきた すような腸管子宮内膜症の所見は認めなかった (図1−1).術前の画像診断からは子宮内膜症 を疑う所見は乏しかったが,臨床症状より重症 子宮内膜症の診断のもとに腹腔鏡下手術に至っ た.なお,腸管手術もできるよう水溶性下剤に よる腸管処置を行って手術に臨んだ. 手術所見:手術開始時の骨盤内所見は,ダグラ ス窩は一見開放しているようにみえた(図2− 1).まず,剥離操作を進めて右側の pelvic side wall を展開していくうちに広範囲の子宮内膜症 所見を認めた.尿管を剥離し(図2−2),仙 骨子宮靭帯を分離してダグラス窩を完全開放. 引き続き,深部子宮内膜症病巣切除を行った. このような深部子宮内膜症の病変切除の手法 は,針状電極60∼70W の切開モードで鋭利に 繊細な操作を行っている〔4〕.同様の処置を左 の pelvic side wall に対しても行い,深部子宮 内膜症病巣を切除しつつ直腸を遊離したとこ ろ,直腸の漿膜面には水疱様の子宮内膜症病変 を認めた(図2−3).この部が排便痛などの 根源の可能性も考え,慎重に病巣の切除を進め, 病巣部を直腸の縦走筋とともに切除した.直腸 の病巣切除範囲も比較的小さく,輪状筋は温存 されていたため(図2−4),修復は直腸漿膜 面 か ら 直 腸 筋 層 に か け て3−0PDS の figure 〔一般演題/異所性1〕
過敏性腸炎様の症状を呈した直腸子宮内膜症の2症例
健保連大阪中央病院婦人科 奥 久人,松本 貴,佐伯 愛,久野 敦 蔵盛理保子,山口 裕之,伊熊健一郎⇒
1 2 3 4 5 6 eight 縫合2針で行った(図2−5).その際, 2針の運針後にそれぞれを結紮した.術後の腹 壁創所見は図2−6に示す. 予 後:本例の術 後 VAS は,月 経 困 難 症3, 排便痛3と VAS 上ではやや高値であるが,鎮 痛剤の使用量は著明に減少し自制内に収まっ た.また患者自身の排便コントロールが保たれ, 自覚症状は劇的に改善したことから満足度はき わめて高い.なお,直腸病巣の病理所見は,図 4−1に示すように直腸筋層に浸潤した子宮内 膜症組織を認めた. 症例 2 背 景:33歳の未経妊の不妊症例で,慢性骨盤 痛および子宮内膜症の診断で当院紹介受診とな った.初診時の疼痛の VAS は,月経困難症10, 非月経時を含めた慢性骨盤痛8,排便痛9であ った.術前の問診および腟直腸診所見より深部 子宮内膜症の存在を考え施行した MRI ゼリー 法所見から,Rs から Ra にかける直腸子宮内膜 症による直腸の狭窄と診断.直腸低位前方切除 術の準備のうえで腹腔鏡下手術に臨んだ(図1 −2の⇒). 手術所見:手術時の骨盤内所見は,一見重症子 図1 術前 MRI ゼリー法の結果 1 症例1の術前所見. 2 症例2の術前所見では⇒に直腸子宮内膜症を疑う. 図2 症例1手術所見 1 手術開始時骨盤内所見 2 右 pelvic side wall の病巣切除 3 直腸漿膜面の病巣4 針状モノポーラでの直腸病巣切除 5 直腸漿膜面の縫合
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宮内膜症にはみえないものの(図3−1),広 範囲の深部子宮内膜症を認めた.症例1で紹介 した方法と同様の手順で手術操作を進めた.仙 骨子宮靭帯をはじめとした深部子宮内膜症を切 除しつつ(図3−2),直腸を遊離して直腸を 確認したところ,明らかな狭窄をきたすような 直腸子宮内膜症は認めず,直腸低位前方切除術 の必要性はないと判断した.しかし,直腸の漿 膜面には限局した発赤を伴う子宮内膜症病変を 認めたため(図3−3),手術内容は直腸子宮 内膜症病巣の直腸半層切除とし(図3−4), 切除部は3−0PDS で直腸は修復した(図3− 5).術後の腹壁創所見は図3−6に示す. 予 後:術後の VAS は月経困難症3,排便痛 2と改善を認め,痛みも排便異常の自制内で, 現在妊娠計画中である.病理所見は図4−2に 示すように腸筋層に浸潤した子宮内膜症組織を 認めた. 考 察 腸管子宮内膜症では,腹痛と腸管の器質的な 障害よる通過障害などの便通異常が一般的な主 症状と考えがちである.また直腸子宮内膜症で も直腸漿膜側のみに限局する場合は,多くは無 治療で経過しているのが多いと思われる.この ような漿膜側に発生した病巣が直腸筋層に浸潤 していくと下血,慢性骨盤痛,排便痛などの症 図3 症例2手術所見 1 手術開始時骨盤内所見 2 右 pelvic side wall の病巣切除 3 直腸漿膜面の病巣 4 針状モノポーラでの直腸病巣切除 5 直腸漿膜面の縫合 6 術後創部 図4 術後病理所見 1 症例1の病理所見 2 症例2の病理所見状を呈するようになると考えられる.当院では, 慢性骨盤痛や排便痛などの症状の強い症例には 通常の腟直腸診や経腟超音波だけでなく,MRI ゼリー法〔5〕を施行し,骨盤内子宮内膜症の 深部病変の程度や癒着などの病態評価の補助と している.そのうえで,直腸の狭窄をきたすよ うな直腸子宮内膜症や S 状結腸子宮内膜症で, 不妊症患者や保存的治療に抵抗性の患者に対し ては,腹腔鏡下直腸低位前方切除術などの積極 的な治療を提供している〔6〕. 今回報告した2症例では,直腸や S 状結腸 の狭窄はきたしておらず,下血や腸管の狭窄症 状は認めなかった.術中所見においても,その 病巣は腸管の漿膜側に限局しており,これまで 経験してきた直腸子宮内膜症,S 状結腸子宮内 膜症とは異なるが,IBS に類似した症状はきわ めて重篤であり,患者の日常生活を著しく制限 したものであった.内科的には,IBS の診断の 際には直腸子宮内膜症との鑑別診断は重要とさ れているが,報告した2症例においては,その 診断はきわめて難しかったものと推測される. また直腸子宮内膜症と IBS の関連した報告も 一部にみられるが,それはあくまでも後方視野 的な検討であり〔7〕,症例1のように患者の症 状と術前の乏しい理学的所見の間に大きな解離 がある場合は,術前診断はさらに困難になると 考える. 一方,症例2では直腸子宮内膜症を強く疑い 手術に臨んだ.診断にあたり,MRI ゼリー法 の所見から,管外性の直腸もしくは S 状結腸 に狭窄を疑う場合には,Colon Fiber による大 腸検索を行う.しかし,腸管子宮内膜症におけ る内視鏡生検での確定診断率は10%未満〔8〕 と報告されるように,一般的には術前に診断の つくものは少なく,術後の病理検査ではじめて 確定診断がつくのがほとんどのようである.今 回の自験例2症例も術前の確定診断には至らな かったが,同様な症例にあたった場合には,問 診や症状,理学的所見などから腸管子宮内膜症 を疑い,その可能性を踏まえたうえで手術の選 択肢も考慮して臨むことが重要であると考え る. 実際,症例1では症状から腸管子宮内膜症の 可能性が否定できなかったため,腸管手術の準 備として術前日に水溶性下剤による腸管洗浄を して手術に臨んだ.腸管子宮内膜症に限らず, 重症子宮内膜症では骨盤内は慢性炎症のため線 維化や癒着が強く術中の他臓器損傷のリスクも 高くなると考えられるため,このような術前処 置も必要となる. ところで,2症例ともに直腸漿膜面に red le-sion を伴う子宮内膜症病変を認め,この病巣 および骨盤内の広範な深部子宮内膜症の切除に て症状は改善した.度重なる月経痛からの精神 的な不安や過度のストレスが誘因となるだけで なく,子宮内膜症病巣部よりのプロスタグラン ジンの産生なども症状の誘因となっていたもの と考えられた. このように,子宮内膜症病変の局所病巣を可 及的に切除することは,疼痛コントロールの困 難な症例に対しては有効な手段となりうる場合 があると考える.しかし,腸管子宮内膜症を含 めた深部子宮内膜症の手術では,他臓器損傷や 骨盤深部の病巣切除による神経障害に起因する 排尿,排便障害を含めた合併症の可能性もある ため,術前の患者に対する慎重な説明と信頼関 係の構築が重要である.現在では,低用量ピル やジェノゲストの保険認可がされるなど,子宮 内膜症に対する保存的治療はこの短期間の間に 急速に進歩しているが,今回の自験例のように 薬剤治療で症状の改善がみられない症例や,挙 児希望があり薬剤治療の継続が適さない症例に 対しては,積極的な外科的な病巣部の切除術も 選択肢の1つであると考える. まとめ GnRH アゴニストや低用量ピルなどの保存的 治療に抵抗性を示した,過敏性腸症候群に類似 した症状を呈した直腸子宮内膜症の2症例を経 験した.2症例ともに挙児希望があり,内分泌 療法の継続は適さない方法であり,治療の観点 からも外科的治療を選択した.ともに,直腸漿 膜面の内膜症病巣を含む深部子宮内膜症病巣の
切除により症状は著明に改善した.手術では侵 襲はあるが,保存的治療に抵抗性の症例や挙児 希望をもつ直腸子宮内膜症に対しては,患者の 理解が十分に得られれば積極的な外科的治療は 選択肢の1つになり得るものと考える. 文 献
〔1〕Jubanvic KJ et al. Extrapelvic endometriosis. Ob-stet Gynecol Clin North Am Jun 1997;24:411 −440
〔2〕武内裕之ほか.子宮内膜症におけるダグラス窩閉 塞の病態と腹腔鏡下手術を用いた治療ストラテジ ーに対する検討.日産婦会誌 2003;55:903−914 〔3〕Masson JC et al. Present conception of en-dometriosis and its treatment. Trans Western Surg ASS 1945;53:35−50
〔4〕松本 貴ほか.子宮内膜症症例に対する腹腔鏡下 手術のコツとその実際.産と婦 2008;75:62− 71
〔5〕Takeuchi H et al. A novel technique using mag-netic resonance imaging jelly for evaluation of rectovaginal endometriosis. Fertil Steril 2005; 83:442−447
〔6〕奥 久人ほか.直腸子宮内膜症に対する腹腔鏡下 低位前方切除術の検討―外科との連携で行った7 症例より―.エンドメトリオーシス研会誌 2008; 29:80−84
〔7〕Griffiths AN et al. Predicting the presence of rectovaginal endometriosis from the clinical his-tory : A retrospective observational study. Obstet Gynecol 2007;27:493−495
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