SF小説 「不思議な枕」第4部:ナザレのイーサー
著者:角茂谷 繁 (かくもだに・しげる) 38章 モースの十戒 37章で、大友猿若君(夢の世界では、イスラエール民族の神官・モース)は、 彼が一夜で見た長い長い夢の内容を、私(著者の角茂谷繁)に報告した。彼の夢が あまりにも長かったので、37章ではその前半を記載した。本章では、その後半を 記載する。 猿若君(夢の世界では、イスラエール民族の神官・モース)が報告した後半の内 容は以下の通りであった。 私(神官・モース)は千人余りのイスラエール民族を率いてエジプトを出発した。 前章の最後で、エジプトの海岸でやや強い地震に遭遇したことを述べた。エジプト 住民は地震後に津波が来ることを知らなかったので、来襲した2m程度の津波で多 くの住民が犠牲になった。私は、イスラエール民族を高台に避難させたので、津波 の被害を免れた。私は、「神が津波から我々を救った」とイスラエール民族に信じ こませることに成功した。 本章では、津波以降の出エジプトの主な出来事を以下に報告する。図 38.1 には、 イスラエール民族の出エジプトの道を再録した。エジプトから最短距離でカナンに 行く道もあった。しかし、私は神Bの助言に従い、図 38.1 に示すように敢えてシナ イ半島の荒野を通ってイスラエール民族をシナイ山に導いた。このような迂回をし た理由は、イスラエール民族が荒野で牧畜を行う民族力を養成することと、絶対 神・エホバに対する信仰力を高めるためであった。 私はシナイ山の山麓にイスラエール民族を数ヶ月滞在させた。私はラムセス2世 から千人分の食料を密かに貰っていたので、「神は我々に天からマナを降らせて下 さった」と称して、民族全員に粗末なパンを配給した。神Bが私に泉の位置を教え てくれた。私が「神が泉を教えて下さった」と言って、そこを掘らせると水が滾々 と湧き出してきた。民族全員は歓声を挙げて神に感謝した。 私はイスラエール民族に「シナイ山の山麓に滞在して牧畜の技術を高める」こと を命じた。その間、私は「シナイ山頂で神に会ってくる」と言い残して山頂に登っ た。神Bは幻の姿で私を山頂に誘導してくれた。 (本文は、3ページに続く。)図 38.1 上図はイスラエール民族の出エジプトの道(紀元前 1270 年頃)を示す。
図 38.2 左図はシナイ 山頂に出現した雷神・エ ホバのお姿を示す
私と神Bは、シナイ山頂で絶対神・エホバの顕現を待った。40日後、山頂に雷 鳴が轟き、雷雲の中から図 38.2 に示すような神が現れた。 顕現した神「わては、雷神・エホバや。元々、わてはヘブル人の民族神やったが、 アマルナ時代に神官・アブラムーシが勝手にわてを唯一の絶対神に変えよった。ア ブラムーシは人の分際で出過ぎた行為をしたさかい、わてはヘブル人を見捨ててや った。ところが、神官・モースが『わてから啓示をもろうた』と吹聴し始めたさか い、わては渋々ここに顕現したんや。」 神B「なんや、あんたはAちゃんやんか。上手に化けはりましたな。」 神A「Bちゃんには、わての正体を見破られてしもうた。今まで、人間共を色々と おちょくって、おもろかったなあ。」 神B「わても、おもろかったなあ。今回、Aちゃんは下品な格好で顕現しはりまし たなあ。ほんで、雷鳴はどやって出すんで。」 神A「この太鼓をトントコトンと叩くと、天地に共鳴してガランガラガンと雷鳴が 鳴るんや。やってみまひょか。トントコトン」 神B「なるへそ。雷鳴がガランガラガンと鳴りましたなあ。ほな、稲妻はどやって 出すんで。」 神A「ここに、油壷があるんや。この中の油を口に含んで、霧にして吹き出すんじ ゃ。それに、火を付けると、火炎が走るで。ちょっと、やってみまひょか。」 神B「なるへそ。激烈な稲妻が走りましたなあ。」 私(神官・モース)「お二人は仲良しの神様のようですが、唯一の絶対神がお二人 おられては困ります。ご説明下さい。」 神A「モース君、ええ質問や。それには、絶対神の定義が必要や。絶対神とは、内 側から宇宙の空間、時間、物質、および法則を創造した者の名前や。」 私「普通、神様は天地の外側に居られて、無から宇宙を創造されたと、言われてお りますが。(図 38.3 を参照)」 神A「無は無じゃ。無の中には、神も無いのじゃ。そやさかい、絶対神は自分が創 造した宇宙の内部に遍く存在して居るのじゃ。だから、絶対神は唯一の神なのじ ゃ。」 私「よく分かりませんが、絶対神とはそんな方なのですか。それなら、失礼ですが、 神A様も神B様も絶対神が作られた下級の神様ですか。」 神A「モース君、君は失敬なことを言うなあ。」 神B「まあ、まあ、Aちゃん。モース君は神の世界を何も知らんので、しゃあない やんか。」 私「その通りです。私に分かるようにご説明下さい。」 神A「さっきに言うたように、この宇宙を創造した絶対神は、この宇宙のどんな場 所にも、どんな時にも存在しているんじゃ。そやさかい、絶対神は百面相で、ここ では神Aとして表れ、あそこでは神Bとして表れるのじゃ。」 (本文は、5ページに続く。)
図 38.3 上:旧約聖 書によれば、モーゼは シナイ山でシャカイ ナ・グローリー(神の 臨在に伴う栄光のしる し)に遭遇した。 下:旧約聖書によれ ば、唯一の絶対神は宇 宙の外側に居て、宇宙 を無から創造した。
私「それでは、偶像神とは何ですか。」 神B「偶像は被造物で、神ではないのじゃ。偶像は、魔術師や詐欺師の商売道具に 過ぎん。民衆に、この怪物や動物の像を拝めば願いが叶えられると約束することは、 全くのインチキで犯罪行為じゃ。」 神A「モース君、これだけは君に言っておくが、絶対神は宇宙の内部に存在する法 則と道理そのものじゃ。人間共の願いを叶える等とデタラメを言うような偶像神で はないのじゃ。」 神B「そやさかい、絶対神は奇跡を起こしたり、特定の人間に啓示を与えたりはし ないのじゃ。神が助けるのは、自らを助ける者だけじゃ。」 私「それでは、絶対神・エホバはイスラエール民族を護ってくれないのですか。」 神A「当たり前や。世の中は宇宙の法則と道理で動くことは、モース君が一番知っ ているやんか。自分の民族は、自力で護りなはれ。」 私「私は神の十戒の修正案を持って参りました。絶対神・エホバがイスラエール民 族を護ってくれないのなら、我が民族も十戒を守らなくてもよいのでしょうか。」 神A「それは、君の勝手や。どうでもええこっちゃ。」 神B「まあ、まあ、Aちゃん。イスラエール民族の民度は極端に低いさかい、この ような高度な神学論争は理解できへん。モース君が、絶対神・エホバがイスラエー ル民族を選民として護って下さると彼の民族に伝えれば、モース君はイスラエール 民族を扱い易くなるのや。Aちゃん、協力してや。」 神A「Bちゃんの顔を立てて、モース君が方便としてわてを利用するのを黙認して やろか。」 神B「Aちゃん、すまんけどその様にしてや。モース君もお願いしなはれ。」 私「神A様、よろしくお願いいたします。」 神A「まあ、ええじゃろう。ほんで、君が作成した十戒の修正案を言ってみなは れ。」 以上のような経緯で、私(神官・モース)は36章に記載した十戒の修正案を神 Aに報告した。修正案の内容は以下の通りであった。 1.我らイスラエール民族の開祖・アブラムーシはエジプトに移住する前に、唯一 神・エホバに改宗したので、我が民族はエホバ信仰を堅持すること 2.我が民族がカナンに帰還した暁には、エホバ神のために豪華な神殿を建設し、 子牛の純金像を出来る限り早期に作ること 3.我が民族はエホバ神と契約を結び、双方は契約を誠実に履行すること 4.我が民族が奴隷から解放された暁には、安息日を設定し、神の定めた行為のみ を行うこと 5.我が民族は父母を敬うが、父母は老いては子に従うこと 6.我が民族は、神が許される以外の殺人をしてはいけないこと 7.我が民族は、神殿以外では姦淫をしてはいけないこと
8.我が民族は、民族の内外から盗んではいけないこと 9.我が民族は偽証してはいけないので、口を閉ざす者には拷問すること 10.我が民族は隣人の家をむさぼってはいけないが、富める者はあらゆる機会に寄 付をすること 私の修正案を聞いた神Aは、眉をひそめて次のように言った。 神A「こりゃアカン。君達は、わての気持ちが全然分かっちょらん。先ず、神の十 戒やさかい、わてが命令する形式にせにゃならん。十戒の内容に関しても、わての 意向に沿わん所が多い。それに、イスラエール民族は野蛮人やさかい、十戒は単純 な方がええ。」 私「それでは、どのように直せばよいか、お教え下さい。」 神A「わてがイスラエール民族に与える十戒を石版に彫ってやるさかい、持って行 きなはれ。どこの文字で彫ればええで。」 私「我が民族には文字がありませんし、私は外国の文字が読めません。」 神A「君はしゃあない奴やなあ。イスラエール民族の中で、一人くらいはエジプト の神聖文字を読めるやろう。これから、神聖文字で十戒を石版に彫ってやるさかい、 ちょっと待って居なはれ。」 神Aは石版に神聖文字で神の十戒を彫ってくれて、私に言った。 神A「モース君。ほな、この石版を持って帰りなはれ。」 私「私には、何をお彫りになられたか、さっぱり分かりません。」 神A「君は頼りない奴やなあ。Bちゃん、読んであげなはれ。」 このような経緯で、神Bは石版の文字を次のように読んでくれた。 余は天地と万物を創造した唯一神である。余はモースを用いて、お前達・イスラエ ール民族をエジプトから解放してシナイ山に導いた。お前達が余の十戒を守ること を誓えば、余はお前達にカナンの地を与えよう。お前達が十戒を守らなければ、余 はこの契約を解消する。さすれば、お前達の民族は滅びるであろう。 十戒 1.お前達は、余の他に神があってはならない。 2.お前達は、偶像を作ってはならない。 3.お前達は、余の名前をみだりに唱えてはならない。 4.お前達は、安息日を設けて、これを聖なる日とせよ。 5.お前達は、父母を敬わなければならない。 6.お前達は、人を殺してはならない。 7.お前達は、姦淫をしてはならない。 8.お前達は、盗んではならない。
9.お前達は、偽証をしてはならない。 10. お前達は、隣人の物を欲しがってはならない。 このような十戒を聞いて、私は神Aに質問した。 私「神A様、有難い十戒を賜り誠に恐悦至極に存知ます。ですが、若干の質問をさ せていただいて、よろしゅうございますでしょうか。」 神A「なんなりと。」 私「神A様から頂いた十戒は、約百年前に先祖のアブラムーシが作成した十戒とも 私の修正案とも、大いに異なります。これらの相違点の意味を我が民族に、どのよ うに説明すればよいのでしょうか。それから、頂いた十戒を守るためには、どのよ うな律法を作ればよいのでしょうか。」 神A「それらの事は、Bちゃんが教えてくれるさかい、Bちゃんの言う事を君が君 の民族に命ずればええんじゃ。」 私「はい、承知いたしました。それから、神B様はさっき絶対神は奇跡を起こした り、特定の人間に啓示を与えたりはしない、と申されました。しかし、神A様は私 に十戒を彫った石版を下さいました。これは、神の奇跡や啓示ではないのでしょう か。」 神A「モース君、君は理屈ぽい人間やなあ。シナイ山頂で見たことは幻想だ、と君 は思いなはれ。イスラエール民族の物共には、シナイ山頂で絶対神から十戒を彫っ た石版を与えられた、と言えばええんじゃ。」 私「でも、石版はここに在るので、幻想とは思えません。」 神B「余りひつこいと、Aちゃんが怒るで。君は、自分の考えを書記に密かに彫ら せたのが現実であった、と思えばええんじゃ。」 私「なるほど。要するに、絶対神は人前に現れたり、人に啓示を与えたりは、され ないのですね。」 神A「君はやっと神の本性を理解したようじゃ。これで、わてはバイバイするさか い、後はBちゃんに教えてもらいなはれ。モース君、最後に君に言っておくが、お 前達・イスラエール民族はエジプトで穢れた生活を長らく送ってきたさかい、40 年間は荒野で放浪して身を清めなあかん。シナイ定住はそれからや。」 私「はい、神A様。数々の尊いお教えを賜り、有難き幸せに存知ました。」 神A「Bちゃん。次回も、おもろい話をしておくれ。ほな、サイナラ。」 神B「Aちゃん。ほな、サイナラ。また、会いまひょう。」 このようにして神Aが去ったとたんに、シナイ山頂の雷雲も消えてしまった。私 は十戒を彫った石版を持って、神Bの幻覚と共にシナイ山から降りて行った。そし て、長老達を集めて彼らに次のように報告した。 私「皆の衆。今日は、大変喜ばしい報告があります。それ故、皆の衆に緊急に集ま っていただきました。私はシナイ山頂で神の臨在を待ちました。40日後に、神が とうとうお現れになられました。そして、神は十戒を石版に彫って、私にお与えに
なられました。これが、その石版です。これから、書記のイザヤの子ベンダサンに、 石版を読ませます。」 ベンダサンに石版の文字を読ませた後、私は長老達に次のような提案をした。 私「我がイスラエール民族は、絶対神と契約を結ぼうと思うが、皆の衆の賛成は得 られるかな。」 長老A「モース様。それは、それは、おめでとう御座います。私は大賛成です。神 のお力により、我が民族が乳と蜜の流れる地・カナンを得られるとは、何と素晴ら しいではありませんか。」 長老B「ちょっと、待って下さい。いま聞いたばかりの神の十戒は、約百年前にア ブラムーシ様が作られて十戒や我らが相談してモース様が纏められた修正案とは、 随分違います。モース様が神の十戒を選んだ理由を説明して下さい。」 そこで、私は長老達にその理由を説明して、長老達に次のように言った。 私「このような理由で、私は神の十戒の方を選んだ。」 長老B「なるほと。よく分かりました。我らは純金で子牛像を作る必要がなくなっ たので、ほっとしました。」 長老Γ「神の十戒は有難いが、文章が単純なので、具体的にどのような生活を送れ ばよいのかはっきりしません。」 私「それは尤もな意見です。しかし、神の十戒は一種のスローガンだと考えて下さ い。どのような生活をすれば、神の十戒に沿った生活ができるかを、これから私が 民族の全員に教えて行きましょう。それが充分に身に付いた時に、神は我が民族に カナンの地をお与えになるでしょう。それでは、神とこのような契約を結ぶことを 皆の衆は賛成してくれますか。」 長老全員「はい、大賛成です。我らはモース様のご指導に従って、カナンの地を得 られるように頑張ります。モース様に、神の祝福と平安あれ。」 私「皆の衆が私の提案に満場一致で賛成してくれたので、私は我が民族と絶対神と の仲介を果たせてこの上なく嬉しい。我らイスラエール民族に、神の祝福と平安あ れ。」 カナンの地では、広大な荒野の中に中小の都市国家が散在していた。どの都市に も堅固な城壁があったので、当初のイスラエール民族にはこれらの都市を征服する ほどの力はなかった。イスラエール民族は図 38.1 に示すように、シナイ山からカナ ンの荒野を放牧して廻った。その間に、民族の人口も増え、生産も向上した。イス ラエール民族はカナンの諸都市とは平和的に交流して、生産物の交換を行った。商 売のついでに、我が一神教を宣教したが、諸都市は自己の守護神に固執して偶像崇 拝を止めなかった。 このようにして40年が経過してしまった。私(神官・モース)は出エジプトの 時(紀元前 1270 年頃)に25歳であったが、もう65歳になってしまった。出エジ
プトの時における民族の長老達は総て亡くなってしまった。このようにして、イス ラエール民族は世代が交代してエジプト時代の穢れが清められ、我が一神教にふさ わしい民族に変身した。 紀元前 1230 年に、カナン地方でやや大きい地震が発生した。都市国家・エリコの 付近が震源で、エリコでの震度は6弱くらいであった。カナン地方では大地震は滅 多に起こらないので、この程度の地震でエリコの城壁や家屋は総て倒壊してしまっ た。住民にも多数の死傷者が出てしまった。そこで、私はイスラエール民族を率い て、エリコを救済した。先ず、瓦礫を片付けて負傷者を救出した。多数の負傷者の 手当てをし、死者は丁寧に埋葬した。テントで仮設の住宅を作り被災者を収容して、 彼らに食料を支給した。 我が民族の献身的な救難活動を見て、エリコの王は私に次のように言った。 エリコ王「モース様。この度の大震災に際し、あなたとあなたの民族は、我がエリ コ人を暖かく救援して下さいました。エリコ人を代表して、心からお礼を申し上げ ます。この世界の常識では、大震災による被害に乗じて、あなた方がエリコを征服 して、我々を奴隷にしても文句を言えません。ところが、あなた方は我々に対して 深い友愛精神を示して下さいました。これは、あなた方の神様が真の神様である証 です。一方、我らの偶像神は大震災を防いでくれませんでした。従って、我らエリ コ人は以前の偶像神を見限りますので、あなた方の一神教に改宗させて下さい。エ リコの町も、あなたが治めて下さい。」 私「私共は、我が神の十戒に従って、当然の行為を遂行したまでです。しかし、貴 殿のたってのご要望をお断りするのは何ですので、エリコの町の復興に私が全責任 を持ちましょう。」 以上のような経緯で、五千人に増えていたイスラエール民族と千人に減少したエ リコ人が協力して、エリコの町の復興に邁進した。その結果、都市国家・エリコは 地震前より格段に立派に再建された。エリコの見事な復興ぶりを見て、カナンの多 くの都市国家も先を争って我が一神教に改宗し、イスラエール民族に救助を求めに 来た。 私は、イスラエール民族の全員を集めて、皆に次のように高らかに宣言した。 私(神官・モース)「神は我らイスラエール民族の信仰を善しとされ、乳と蜜の流 れる地・カナンを我らにお与えになられた。私は使命を果たすことが出来たので大 変嬉しい。じゃが、私は老齢になったので引退する。後は、ベンダサンの子イザヤ に託する。ベンダサンとイザヤは、私の書記を長年に渡り務め、我が一神教と私の 律法を真髄から理解しておる。ベンダサンが先に亡くなったのは残念だが、皆はイ ザヤの指導に従い、神との契約をしっかりと守って行くように。我らイスラエール 民族に、神の祝福と平安あれ。」 以上で、大友猿若君(夢の世界では、イスラエール民族の神官・モース)が一晩
私(著者の角茂谷繁)が猿若君の夢の内容をシンドバッド船長に話すと、船長は 笑いながら次のように言った。 船長「現在は4世紀だが、ローマ帝国では新約教という新興宗教が流行っている。 新約教はユダヤ教の一派なので、ユダヤ教の聖書と預言者・イーサーの語録を経典 としている。彼らは前者を旧約聖書と、後者を新約聖書と呼んでおる。おれは紅海 の港で、旧約聖書を読んだことがある。旧約聖書には、モーゼの出エジプト記とい う記事が含まれておった。」 私「それは、興味深いですね。猿若君が夢で見た神官・モースの出エジプトの話と、 旧約聖書のモーゼの出エジプト記とは内容が同じですか。」 船長「物語の大筋は似ているが、細かい内容には違う点が多い。似ている点は、神 がイスラエル民族をエジプトから解放してシナイの地を与えたことだ。違っている 点は、旧約聖書の出エジプトでは、モーゼは2百万人ものイスラエル民族を率いて エジプトを出発したことになっておる。それから、旧約聖書ではエジプト王・パロ はイスラエル民族を殲滅しようと自ら軍隊を率いてモーゼ一行の後を追ったそうだ。 モーゼ一行は海に追い詰められたが、神が海を裂いてイスラエル民族の退路を作っ てくれたそうだ。旧約聖書では、海中の道にエジプト軍が進軍すると、海は元に戻 ってエジプト軍は全滅したことになっている。」 私「神が奇跡を起こして、海を裂いて海中に退路を作ってくれても、2百万人もの イスラエル民族が避難するには何日もかかるでしょう。その間に、逃げ遅れたイス ラエル民族はエジプト軍に虐殺されるはずです。」 船長「その通りだ。出エジプトでの海の事件については、猿若君の話の方が奇跡と は無関係で理屈に合う。教養ある人達の間では、旧約聖書の記載には誇張と虚飾が 多いとの評価だ。」 私「それから、猿若君は、出エジプトの人数は千人余りであったと報告しました。 それに比べて、旧約聖書での人数は2百万人ですので、2百万もの人々が一度に移 動することはどう考えても不可能です。だって、2百万人分の食料や水を毎日調達 することは無理ですし、2百万人分の糞尿を毎日処理することも不可能でしょ う。」 船長「その通りだ。古代文字では、大きな数を表記することは極めて複雑になる。 従って、旧約聖書を書き写している間に、数字の桁を間違えて千の単位が百万の単 位に化けてしまったのが真相だろう。」 私「このような数字の矛盾に気付かない民族はパーですねえ。その他に相違点はあ りますか。」 船長「大きな相違点は、イスラエール民族のカナン定住の手法だ。猿若君の話では、 モースは友愛溢れる手法でイスラエール民族とカナンの原住民との融合を実現した そうだ。一方、旧約聖書によれば、モーゼの後継者・ヨシュアは軍事力でイスラエ ール民族がカナンの原住民を攻め滅ぼしたことになっておる。」 私「どうして、そのような大きな相違点が生じたのでしょうか。」 船長「実は、出エジプトは2回あったのだ。1回目は、エジプトの第 17 王朝のイア フメス王(在位:紀元前 1570 頃-紀元前 1546 頃)がヒクソス軍勢を破ってエジプト を再統一した時だ。敗れたヒクソス軍勢の数千人は、ヨシュアに率いられてカナン
に逃亡した。これが、第1次の出エジプトだ。第2次の出エジプトは、紀元前 1270 年頃にモーゼが千人余りのイスラエル民族を率いて行ったのだ。旧約聖書の著者達 は、2回の出エジプトを1回の事件だと混同したようだ。そこで、旧約聖書には、 モーゼはシナイ山で神と契約を結び、40年間カナンの荒野を放浪したと記載され ておる。次はヨシュアの出番で、ヨシュアはモーゼの後継者となり、軍事力で容赦 なくカナンの原住民を征服したと記載されておる。」 私「旧約聖書の記載では、友愛溢れるモースのカナン定住が無視されていますね。 全く、残念です。」 船長「そこら辺がユダヤ教の残忍性を現わしているようだ。新約教では、そこら辺 を改革しようとしているようだ。」 私「それでは、新約教がこれから発展すればいいですね。」 船長「そういう期待もある。しかし、新約教がどんな勢力に利用されるか、今後の 懸念材料も多いよ。」 猿若君の報告に関して、私とシンドバッド船長は以上のような会話をした。次の 39章からは、猿若君の新しい夢の内容を紹介する予定である。 (38章は、2013年4月8日に執筆完了。)