新 着 情 報
今何が必要か?─災害によるシステムの破壊から被災者をまもるために─ 261『東日本大震災』の現場から
いま何が必要か ?
―災害によるシステムの破壊から被災者をまもるために─
上原鳴夫東北大学大学院教授に聞く
話し手:上原鳴夫
(東北大学) 聞き手:小泉俊三(本誌編集委員長) 2011 年 3 月 11 日午後,東北地方沖の太平洋で発生し たマグニチュード 9.0 の大地震は,地震そのものによる 広域災害もさることながら,1 時間を待たずに未曾有の 巨大津波が,宮城,岩手,福島の 3 県を中心に,太平洋 岸沿いに点在する多数のコミュニティーを襲い,現時点 で判明しているだけで,死者約 1 万 4000 人,行方不明 者約 1 万 5000 人,倒壊家屋約 6 万戸,地震後 1 カ月以 上を経て今なお避難所等での不自由な生活を強いられて いる被災者だけでも約十数万人,という甚大な被害をも たらしている. さらに,巨大津波により全ての電源を失った福島第一 原子力発電所からの放射能漏れが続き,必死の復旧作業 は続けられているものの,周辺住民の強制避難,農業, 漁業への深刻な影響は今後数カ月以上続くことが予測さ れている. このような状況下で,宮城県の災害保健医療アドバイ ザーでもある上原鳴夫東北大教授は,宮城県の取り組み と緊密に連携を取りつつ(表 1:宮城県ホームページよ り抜粋),宮城県庁内に 「災害保健医療支援室」を開設 して,現地の救援活動に対する後方支援に精力的に取り 組んでいる(図 1:「宮城県災害保健医療支援室ホーム ページ」). 今回,災害支援の現場で,「医療の質・安全」 だけでなく, 「災害保健」 の専門家でもある上原教授から生の声を聞 くことができた.以下,インタビューの一部を紹介する. 小泉俊三(以下小泉) 今,被災者支援の課題は何でしょ うか ? 上原鳴夫(以下上原) 第 1 は,避難所や在宅の被災者 の現状を正確に把握して,直面する問題,優先的な課題 から緊急に対策を講じることです.要援護者の個別ニー 県内外の協力による医療救護活動について 保健福祉部医療整備課地域医療班 ( 平成 23 年 3 月 29 日更新 ) 県内の避難住民等の診療や健康相談のため,県内外から多数の医 療救護班(医師,薬剤師,看護師,事務などの方々によるチーム) に被災地に入っていただいております.また,被災された方々の 保健指導に携わる保健師チーム,看護師活動に携わるチーム,心 のケアに携わるチーム等が,自治体・病院・団体等から派遣され, ご活動いただいております.医療救護班の活動は,以下の体制に 従って行われております. 1. 活動内容 救護活動(救護所及び巡回診療) 医療及び救護ニーズのサーベイランス 拠点病院の支援 2. 宮城県知事が委嘱した「災害医療コーディネーター」の調整・ お世話のもとで活動. 3. 宮城県災害医療コーディネーター 石井正医師(石巻赤十字病院医療社会事業部長) 石巻地区 西澤匡史医師(公立志津川病院内科部長) 南三陸町 成田徳雄医師(気仙沼市立病院脳神経外科科長) 気仙沼市 県では,医療救護活動を続けながら,避難所の運営,被災され た方々の健康対策などの面で,市町村と連携して対応しており ます. 1. 被災地における救護,避難所の保健衛生対策,現地の被災者 生活対策等の諸活動を円滑かつ的確に展開するため,県では「災 害保健医療アドバイザー」の助言指導を頂いております. 2. 宮城県災害保健医療アドバイザー 上原鳴夫医師(東北大学教授,宮城県救急医療協議会副会長) 國井修医師(国連児童基金事業部長) 3. アドバイザーの調整のもとで,大学,民間団体,ボランティ アの協力体制により保健医療活動を機動的に行うため,災害保 健医療支援室(県庁 16 階)を設置しております. 表 1 宮城県ホームページより新 着 情 報
262 医療の質 ・ 安全学会誌 Vol.6 No.2 (2011) ズへの対応,トイレや避難所の衛生管理上の問題,避難食 による偏った栄養,治療食の長期中断,重油塵埃など,種々 の問題が懸念されていますが,被災者の数が膨大な一方で, 被災者救護に当たる要員の数があまりにも少なく,車もパ ソコンも流された状態で,ニーズの実態の把握が遅れてい ます. 被災者救護の役割を自分たちも被災した市・町の保健師 や職員の方々だけに求めるのではなく,市・町の職員を支 援することが重要と考えています. 得られた情報の共有・ 公開も重要です.1 カ月経って外部からいろんな調査や取 材が入るようになりましたが,それらが共有されないため に同じような聞き取り調査が繰り返され,被災者や職員に 負担がかかる一方で,それらが対策に反映されない結果と なっています. 第 2 は,中長期的なシステム再建を見通しながら,今現 在の被災者の健康といのちをまもる,予防保健・衛生,介 護,医療をカバーする災害下の保健医療システムを急ぎ構 築することです. 通常のシステムではプログラム別のア プローチが主ですが,災害時にはとくにプログラム間の効 果的な連携が重要になります.被災者の多くは何らかの病 気を持つ患者さんで,災害によって中断した診療の再開と 継続が必要です.そのためには巡回も含めた臨時の検査シ ステム,受診のための交通システム,プライマリーケアと 専門診療を繋ぐレファラル・システム,診療情報の維持・ 伝達の方法などのサブシステムを整備しなければなりませ ん.避難所の急患や専門診療が必要な患者さんの相談に答 えられる電話相談窓口や,特別なケアが必要な患者さんへ の援助を提供するボランティア・サービスの窓口な どの情報提供システムも必要です. 小泉 災害時の医療支援について気付いたことはあ りませんか ? 上原 災害時の医療支援というと救急医療あるいは mass casualty というイメージが固定化していて, 災害はパブリックヘルスの問題であるとの認識が共 有されていないことを改めて思い知りました. 今回,予め準備されていたことはそれなりの成果 を発揮しました.阪神・淡路大震災以降準備されて き た DMAT (Disaster Medical Assistance Team) の緊急派遣や緊急搬送,自衛隊との連携,人工透析 患者の移送,心のケアチームの展開などです. 一方で,予め備えがないことを災害下でつくりだ すことはたいへん難しいと痛感しました.とくに災 害時のパブリックヘルス・マネジメントは,今回の ような広範囲の津波災害を想定しておらず,備えが できていませんでした. 災害対策マニュアルは,これまでに経験された中小規模 の地震を想定していために,今回のように市・町が機能停 止し被災対象が広範囲にわたる場合の救急期以降にやるべ きことについて準備ができていませんでした.とりわけ行 政の場合は定められた職分を超えることができないので, 事前の計画が特に重要な意味を持つことを理解しました.Rapid Assessment や Surveillance の指針,通信システ ムと情報管理システムの緊急整備,避難所の運営管理態勢, 食料調達態勢,ボランティアの投入管理,自治体間のペア リングによる行政・災対支援などは,計画だけではなく具 体的な備えが必要です.東海地震や南海地震を控えている 県や市・町は今すぐ災害対策マニュアルを見直し,備えを 始めるべきと考えます. 小泉 被災者支援が立ち遅れたことの主な要因は ? 上原 先に述べたように,災害の備えが,おおむね救 急医療期の対策に特化していて,保健医療システムの 破壊に対する備えが弱かったことが第一と思います.日 本に "Public Health" という考え方や専門家が存在しな かったためと思います.日本語の「公衆衛生」と "Public Health" の違いを考えさせられます. 第 2 は,行政依存です.自然災害は「被災地域の対応能 力を超えた生態系の破壊」と定義されています(WHO). “生 活システムの破壊”- Public Health の観点からは“保健 医療システムの破壊”-と呼ぶほうが妥当かもしれません. 災害時には被災した行政に依存するのではなく行政を支 援することが必要です.それが国民,あるいは“Citizen”(市 民)の責務ではないかと思います. 図 1 宮城県災害保健医療支援室のホームページ http://www.dcrc.tohoku.ac.jp/wiki/index.php? 災害保健医療支援室