Title
「動員の革命 ソーシャルメディアは何を変えたのか」
(津田大介−中公新書ラクレ)
Author(s)
緒方, 修
Citation
沖縄大学マルチメディア教育研究センター紀要 = The
Bulletin of Multimedia Education and Research Center,
University of Okinawa(12): 17-23
Issue Date
2012-08-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10521
主旦」
「動員の革命
ソーシャルメディアは何を変えたのか」
(津田大介一中公新書ラクレ)
はじめに
第l
章 はじめに 革命とメディア 放送局の果たす役割 電話の盗聴・切断 第2章 「動員」の革命 第一章 ソーシャルメディア×革命 「アラブの春Jを起こした真の力とは 第二章 ソーシャルメディア×情報発信 ムープメントを起こすために必要なこと 第三章 ソーシャルメディア×震災東北復興のためにできること 第四章 ソーシャルメディア×未来新しいマネタイズの方法とは 特別鼎談 「動員Jで世の中を変えてゆこう 今年刊行された本に、いろいろ眼を通してみようと思った。マルチメディア紀要の書評に取り上げるにふ さわしいものはないか?ジュンク堂で見つけたのは以下の5冊。 1月10日発行 fインテリジェンス 国家・ 組織は情報をいかに扱うべきかJ(小谷賢一ちくま学芸文庫)、 1月27日発行『ソフトウェア社会のゆくえJ (岩波書庖)、 2月20日発行「閉じこもるインターネット グーグル・パーソナライズ・民主主義J (イーラ イ・パリサ一一早川書房)、3
月29
日発行「世界を変えたイノベーターJ(OAK
MOOK
ーオークラ出版)、 4月10日発行「動員の革命 ソーシャルメディアは何を変えたのかJ(津田大介一中公新番ラクレ)0 i動員 の革命Jを買おうと思ったのが脅庖へ行くきっかけだった。著者の海田大介は、本人は喜んでいないらしい が「ツダる J(twitterによる実況)という言葉が出来るほどの「ネットジャーナリズム界の寵児J(帯より)。 この本が一番面白そうだが、既に私は「世界を変えたイノベーターJを手にとって、スティープジョブズ の項を読んでいる。この本とは別の上下2冊の自伝を読んだが、まったく彼は奇人中の奇人。汚い恰好をし ていて、倣岸不遜。付き合っていた女性が妊娠したのに悪口雑言を浴びせ、捨ててしまったり、ライバルの ピル・ゲイツの「アレはマイクロでソフト J (一物が短小でふにやふにや)と罵ったり、めちゃくちゃ。 「閉じこもるインターネットJは、「フィルターバブルJという言葉がキーワーに最近のインターネット は、「自分が興味を持っていることや、自分の意見を補強する情報ばかりが見えるようになりつつあるらしいJ(
p
2
9
8
一訳者あとがきより)0つまりインターネットは公共的な空間ではなく、自分向けにパーソナライズ された孤独な空間ではないか、という疑問だ。であれば、そこで得られる情報は操作されたもの、かもしれ ない。そこに気が付くべきだ、という内容のようだ。インターネット・リテラシーの必要は私も同感。 『ソフトウェア社会のゆくえJは、あとがきに、読者に『理系の素養」があることもまったく想定していない、とある。目次には、第一章 ソフトウエアの不思議な性質、第二章 フリーなソフトウエアの衝撃、第三章 ヒューマンエラーの恐怖・・と興味深い章が続く。衝動買いの割には良さそうな本だ. 「インテリジエンスJは、国家や組織は情報をいかに扱うべきか、というサブタイトル。上から目線が気 になるが、バラバラめくるとハニートラップなどという言葉も目に入った。 以上、好奇心だけで買ってしまった本だが、これらに目を通した上で、あるいは目を通しつつ、マルチメ ディア教育・研究に少しでもふれるような書評を書くつもりだ。 「アラブの春」を理解するために 2冊の本を買っておいた。一つは歴史的背景が分かりそうな「帝国とナショ ナリズムJ(山内昌之ー岩波現代文庫)、もう一つはその後の動静に詳しそうな「中東 新秩序の形成J(山 内昌之- N印〈ブックス)。奥付を見ると、 2012年2月16日発行、同2月25日発行とある。今年のもの なので、これも書評の参考にする。
革命とメディア
『アラブの春Jというのがどうも良く分からない。チュニジアにはじまりエジプト、リビア、イエメンと次々 と政権が崩壊した。貧困と格差に不満を持つ人々が、インターネットやソーシャルメディアを駆使して民主 化を成し遂げた。 2010年12月から翌日年 11月のわずか 1年以内の出来事だ。 さてそこへ行く前に、最近の世界史に残る大規模な民衆蝉起を振り返ってみよう。 同時代で思い出すのはハンガリー動乱、(チェコの)プラハの春、ポーランドの「連帯J (ソリダリノスチ) 運動。 1956年、 68年、 80年とまるで申(さる)年を狙ったように 12年毎にソ連の衛星回(古い言葉だな あ)に蝉起がおきた。メディアに引き寄せて言えば、1968年の「プラハの春Jまではまだ紙の時代を引きずっ ている。 ソ連の戦車に弾圧された後、反体制側の人物は外国に逃れざるを得なかった。ズデネック・ムリナーシと いう人がいた。運動のキーパーソンだった彼はウィーンに亡命していた。雪を踏みしめながら亡命先のマン ションを探した。ムリナーシ氏は島虫学者でもある。日本の昆虫図鑑をおみやげに差し上げた。世が世なら 今頃首相を務めている人だ。インタビューの中で、私が興味を持ったのは、外国の同志との連絡方法だった。 小さな紙に書いたメッセージをチェコ圏内に持ち込んでいた。靴の腫を工夫して空洞を作る。そこに秘密文 書を小さく畳んで入れて運ぶ。昔のスパイ映画にでも出てきそうな話だ。電話や電報は全て盗聴されていた。 テレビ、ラジオ、新聞は全て体制側が握っていた。タイプライタ一、鉄筆、ガリ版、印刷インク、を紙に落 とした意見表明文が体制を極す手段だったろう。 12年後、ポーランドの連帯運動が盛り上がった頃、首都・ワルシャワと本拠地・グダンスクを訪れた。「連 帯Jの本部ではファックスが使われていたような記憶がある。ポーランドは非能率の見本だった。郵便局に 入ると、部屋の中は満員。行列を作って待っている人々で一杯だった。郵便局員は何人待ってょうが平気、サー ビスなどは端から考えていない。『連帯」のメンバーだけがきびきびと働いているような印象だった。メディ アについて言えばアメリカのVOAが盛んにポーランド向けの放送を流していた。国際電話は大ホテルや政 府の建物、外国特派員、商社員などに限られていた。首都ワルシャワから東京へは通じたが、グダンスクか らは無理だった。いずれにしても国際電話は全て盗聴されていた。「連帯」の大会当日、朝から教会で祈り が捧げられた。周りは黒山の人。日本人3人が遅れて到着した。 50歳台のジャーナリスト、通訳の女性、 それにカメラを持った 30歳代の男。これが実は私なのだが。日本からの取材団到着、とでも伝わったのだ ろう。教会を取り巻く群衆が、モーゼが海を渡る時のようにさっと一筋の道を空けてくれ、にこやかな笑顔 と拍手で迎えてくれた。 10年後 (1991年12月25日}、ソ連が崩壊した。 1979年2月、イラン革命が勃発した。この時のメディアはBBCの中近東向けベルシャ語放送であり、カセットテープだった。 11月に学生速が米大使館を占拠した。ホルムズ海峡封鎖か?日本向けタンカーが停船を 命じられれば、大事なエネルギーが入って来なくなる.日本で生産される石油は全体のわずか 3%。文字通 り「油断Jが迫っていた。イラン取材を命じられた私はソニーの短波ラジオを買った。首都・テヘランでは 毎日英語の放送を聞いた。革命の直前まで、リーダーのホメイニ師はフランスのヴェルサイユ近郊に亡命し ていた。そこから BBC放送(短波)を通じてイラン民衆に呼びかけた。革命派はホメイニ師の演説を録音 したテープをひそかにイラン圏内に持ち込んだ。カセットテープの再生機は全国に普及していた。いつでも 音楽を楽しむことが出来た。モスク(イスラム寺院)の中はほぼ治外法権と言って良い。そこではホメイニ 師によるイスラム・シーア派の有難い教えがカセットから涜れる.テープに収録された言葉は、昔の出来事 を語りながら、同時に王政の腐敗を強烈に批判していた。カセットテープ革命とも呼ばれる。 アメリカの「外交官達Jはその後444日間にわたって米大使館内に閉じ込められた。時のカータ一大統領は、 アヤトラ・ホメイニ(ホメイニ師)に翻弄された。米大統領選挙が迫っていた。対立候補のレーガンは、弱 腰をなじった。 CBSイブニングニュースのアンカーマンであるウォルター・クロンカイトは、「今日は人質 がつかまってから何日目」と繰りかえした。毎日、カータ一大統領に打撃を与えるのでアヤトラ・クロンカ イトとも呼ばれた。人質が解放され、戻って来たのはレーガン大統領就任の目。アメリカのテレビは、 ドラ マ以上に面白い人質事件を 1年半にわたって自ら盛り上げ、最後はパレードの中継で終えた。図ったような 人質解放劇。この時期、テレビが圧倒的にメディアの主役だった。
放送局の果たす役割
一昔前は体制の崩嬢と言えば、反体制側がメディア機関を制することで決着が着いた。 1986年、フィリピンの民衆がマルコス独裁に対して立ち上がった。この時、大事な役割を果たしたのが ラジオ・ヴェリタス(=真理)である。カトリック教会の強いフィリピンで最も影響力のある放送局だ。私 が担当していた早朝の国隙番組「ワールドホットラインjでは毎朝、この局の日本語放送課・内藤氏に電話 レポートを依頼した。マラカニアン宮殿を群衆が包囲した.マルコス大統領とイメルダ夫人は米軍のヘリコ プターで脱出した。そのことをラジオ・ヴェリタスが報じ、フィリピン革命の大勢は決した.その後、イメ ルダ夫人が残した3000足の靴が外国メディアの話題に上った。 イラン革命から 10年後。 1989年6月4目。天安門事件が勃発した。その数週間前、学生遣のデモが頻 発するようになってからずっと私は北京放送をウォッチしていた。日々、放送の内容が目に見えるように具 体的になってゆく。デモ隊に対して周りから温かい飲み物の差し入れがあった、と女性のアナウンサーが話 している。明らかに、北京放送日本語班は学生側に肩入れし、政府批判を繰り返していた。味気ない政府発 表ではなく、人間的な温かみが感じられた。しかし6月4日朝、北京放送(日本語)は突然、ベートーベン の「運命Jを流し始めた。おそらくはアナウンサーやディレクター逮は逮捕されたのだろうor
運命Jをセッ トし、放送開始と同時に流したのはせめてもの局員遠の抵抗だった。その日、ニュースも時事解説も何もな く、「運命jが流れ続けていた。電話の盗聴・切断
国際電話がまだ珍しい頃、私が勤務していたラジオ局・文化放送では毎朝海外をつなぐ番組を放送してい た。前述の「ワールドホットラインJ (全国ネット)である.日本時間の朝6時、ニューヨークは午後4時 (5時一夏・冬時間)でマーケット終了の時刻だ。最新の円・ドルのレートやダウ平均を伝える便利なメディ アだった。商社員にとってはこの番組がもっとも早い情報源となっていた。電話をかける相手は全世界にま たがっていた。共同通信や各新聞社の海外特派員、商社の支局、海外邦字紙、日本語放送局、大使館・領事館などにも電話をかけまくったo'モスクワはほとんどつながらない。やむを得ずポーランドやユーゴスラピ アなどの東欧時国からレポートしてもらった。北朝鮮はもとより、アフガニスタン、イラクもほとんど無理。 イラシはだいたいつながった.もっとも雨が降ると混線した。韓国の反体制政治家・金大中氏との電話イン タビューはたいてい途中で切られた.ヤパそうな話題になると突然切断されプープープーという音が続く。 この頃までは政府当局による箇話の統制が可能だった。湾岸戦争の時、イラクのバグダッドからの日本人記 者のレポートが全て英語だったことを思い出す。チェルノブイリ取材中の恵谷治氏がキエフから電話をかけ てきたことがある。盗聴されているかどうかのチェックも兼ねていた。モスクワもそこまで電話監視が行き 届いていなかったのだろう。この時は無事に電話レポートを受けることが出来た。 駆け足で、しかも取材経験のある国に偏りながら、民衆錨起とメディアの関係の推移を見てきた。紙(印字・ 活字)、電話、ファックス、短波・中波ラジオ放送、カセットテープなどが重要な役割を果たした。この中 で大資本を必要とする、つまり一般の人々に手が出ないのは放送である。ところが時代が下り、インターネッ トが普及するにつれメディアの状況は激変する。通信・放送が融合した新メディアを一般の人々が利用でき るようになった。その結果はどうであったのか。津田大介氏の「動員の革命Jを詳しく紹介してゆこう。
第
2
章「動員の革命」
本書の要点は、「はじめにJの中にゴチック体で強調しである。「ソーシャルメディアがリアル(現実の空 間・場所)を「拡張Jしたことで、かつてない勢いで人を「動員JできるようになったJ。全体の構成は4章。 第一章 ソーシャルメディア×革命 「アラブの春Jを起こした真の力とはo 4節に分かれている。 l ソー シャルメディア・インパクト、 2 そもそも、ソーシャルメディアつてなんだ?, 3 中東の革命、先進国 の動乱、4
f動員Jの革命。章の最後には対話編 モーリー・ロパートソン×津田大介 ソーシャルメディ アで世界は変わったか。第一章は82ページ。以下同様の構成で4
章まで続く。「おわりにJの後、最後に 特別鼎談が 17ページ組まれている。最終ページは262ページ。 新書シリーズ名のラクレはフランス語のfLaClefJ(鍵)。最新号がこの本で、415とナンバーが振つである。 10000部ずつ売れているとすれば415万部。売れ行きがどうかは見当つかないが、おそらくそんなものだ ろう。 415万人がそれぞれ約250ページ程度の新書を説んでいる。計算すると 10億3750万ページ。すべ て推測した数字だが、相当の影響力がありそうだ。本の情報力を改めて感じる。 表紙を見るとタイトルとサブタイトル、著者名くらいだが、帯には著者の写真、あなたは、この革命を実 感しているか、l コピーほか.さらに裏には縦に約16X
6 =約96文字、横に約13字X
13=
169文字が並 ぶ。本文は原稿用紙に換算しておそらく 400字X200枚、 8万字程度だろう。細切れの情報ではなく、あ る程度まとまった畠と質の文字を読み解く。こうしてようやく知識が蓄積され、身に着いた智恵となってゆ く。これは私の確信だ。 前置きが長すぎた。 1章ごとに要約しよう。第一章
ソーシャルメテ.ィア×革命 「アラブの春J
を起こした真の力とは ソーシャルメディアで利用者数が多いのは、ツィッタ一、フェイスブック、ミクシィ、グーグルプラス。 2012年時点で順に 1341万人、 1350万人、 683万人、 204万人。これはパソコンからのアクセスで、携帯 電話・スマートフォンを含めると約1700万人。インターネット使用者の 2-3人に一人が何らかのかたち でソーシャルメディアを使っている。かつてニュース写真は報道カメラマンが掘り、それが新聞に掲載され てはじめてわれわれの目にふれていたが、現在は情報の流れが明らかに変わってきている。 インターネットはストック型の情報置き場だったが、現在は『一期一会Jのフロー型のインターネットが 登場している。 2009年、民主党は『記者会見の記者クラブ加盟社以外への開放Jを約束したが、反故にした。しかし批判の声があがり一部を開放。これはネット上で可視化された『世論Jが現実の「政治Jを動かした ことを意味する。 中国は情報統制が厳しいが、一部の富裕層約
1
0
0
万人は.VPN (
V
i
r
t
u
a
1
.
P
r
i
v
a
t
e
N
e
t
w
o
r
k
)
を使ってグレー ト・ファイアウオール(
G
r
e
a
tF
i
r
e
w
a
1
:
1
中国政府のネット検閲システム)を抜けている。中国政府はビジ ネスに支障が出るためあえてブロックしていない。 チュニジアのジャスミン革命は、2
0
1
0
年末、失業中の一人の若者が「抗議の焼身自殺J を遂げたことに 始まる。若年層の失業率は30%近くあり、大学を出ても職はない。衝撃を受けた民衆はベンアリ大統領の 退陣要求のデモを開始、それに対し警察が武力で弾圧、発砲で死者が出た。亡くなった人の写真がソーシヤ ルメディア上にアップされ、さらにデモが繰り返された。アノニマスと呼ばれる無名のハッカー集団が、チュ ニジア政府のサイトをハッキングしサービスを停止させた。こうして2
0
数年間続いていた独裁体制が終わっ た。 エジプトはネットやテレビ局アルジヤジーラの力が大きかった。グーグルの中東・北アフリカ部門責任者 がフェイスブックで作った反政府デモ呼びかけのページが象徴的な役割を果たした。2
0
1
1
年9
月1
7
日、『オキュパイ・ウオールストリートJはツィッターをはじめとするソーシャルネットワー クや雑誌を駆使した。ソーシャルメディアはそれだけで政治的な圧力になったわけではなく、広場に何百万 人も集まるという民衆のデモが圧力になった。人の感情に訴えかけて背中を押すという機能がある。従来で あれば絶対につながらなかった人たちがソーシャルメディア上では自然につながり、それによってムーブメ ントが起きる。 フジテレビへのデモは「編成に文句があるという人と、韓国が嫌いな排外主義の人と、ただフジテレビを 叩きたいという人と、参加者にも温度差がかなりありました。(略)あのデモは非常に残念な結果でしたね。 J (津田)*
r
中東 新秩序の形成J(NHK
B∞
KS)で山内昌之氏はこう指摘している。「ジャスミシ革命に特徴的な のは、イスラーム原理主義の周動だけでなく、イスラームへのアピールが市民のあいだにまず見られなかっ たことだ。殉教や天国に誘うジハードへの呼びかけの代わりに、個人としての市民の抗議が目だったのであ る。J 第二章 ソ ー シ ャ ル メ デ ィ ア × 情 報 発 信 ム ー プ メ ン ト を 起 こ す た め に 必 要 な こ と 「情報発信しないところは注目されない。何もリターンがないと思っていますから。J(陸前高田市立米崎 小学校仮説住宅会長・佐藤一男氏) 情報発信をする際に、押さえなければならないソーシャルメディアの特徴。 ① リアルタイム 速報性と伝播力 ② 共感・協調 テレパシーのように共有しあう ③ リンク 具体的行動につながる ④ オープン 参加も離脱も簡単 ⑤ プロセス 細切れの情報が興味を喚起する もちろんビジネス場面でも役に立つ。目的は大きく分けて3つ。 ① 情 報 発 信 .PR ② ユ ー ザ ー サ ポ ー ト 。③ プランディング ツィッターでイベント告知をする場合、一番効果的なのは、 1目前と当日のイベントが始まる 3,4時間前。 そのタイミングで告知するのがおすすめ。*これは前述の⑤プロセスにも対応している。完堕なものを事前に出すより、プロセスを見せる方が効果的 だろう。 第三章 ソーシャルメディア×震災 東北復興のためにできること 3.11当日、携帯電話の通話やメールは回線が混雑し、ほぽ使い物にならなかった。しかし通話はできないが ネット回線は使えるという状況が東日本の各地で発生した。ソーシャルメディアは連絡ツールとして間違い なく有効。原発関連のテレビでも繰り返し放送されていたが、発表だけ映してスタジオに戻ってしまう。し かし質疑応答の時間にこそ重要なマターが明らかになることも多い。ニコニコ生放送やユーストリームは記 者会見を最初から最後まで流した。ツィッターのマイナス面として、デマが発生する、情報が消えないなど。 長野県栄村では、『栄村ネットワークJを通じ、震災の直後から細かい被害状況・復旧状況を見やすいブロ グ形式で発信。結果、 8億円にもおよぶ義揖金が集まった。 第四章 ソーシャルメディア×未来新しいマネタイズの方法とは ソーシャルメディアを使えば、今まで組織維持という制約のなか、
NPO
が苦労して実現していたことをモ ジュール化して実現できるようになる。組織というシステム全体をモジュール(何かを実現するための機能 や目的)に分解し、それぞれの複合部分についてのルールが公開されることで、多くの組織が目的にあわせ てお互いにそのモジュールを利用しあえるようになり、結果自動的に連帯できるようになる。 『動員Jにマイクロベイメントが組み合わさることによって世の中が変わる。マイクロベイメントとはS
凶c
a
やEddyなどの電子マネーのように小額で決済できるサービスのこと。 最終的には、ソーシャルメディアのアカウント自体が銀行口座と同じ扱いになるーそんな時代が来るのかも しれない。動員に金銭がかけ算されることによって、物事が実現する速度が加速する。クラウドファンディ ングとは、プロジェクトを実践したり団体を立ち上げるためにネットを通じて一般大衆 (crowd) から小口 の資金を集めること。 特別鼎談 「動員」で世の中を変えてゆこう いとう一日本では『デモに有効性がないJという人もいるんだけど、どの国を見てもほぼ、デモが起こって 政権は倒れてゆくわけだから J (略) 津田一(ドイツでは)r
時々 10万人、 20万人という大規模なデモが起きるんですけど、そこで何が起きる かというと、デモがあった 10カ月後に出生率が上がるという。 J (略) 中沢一「左翼運動が衰退したのは、堅苦しい倫理性を入れちゃったから。日本各地にはとんでもないお祭り がいろいろあるでしょう。(略)これからのデモには、お祭りというのがひとつのモデルになると思うし、 日本人の伝統の復活でもあるんですよね。 J 津田大介の本の趣旨は、結局はデモを起こして世の中変えようということなのだろうか。知らない同士がソー シャルメディアでつながり、街頭へ出て原発反対、東北復興と唱えながらお祭り気分でデモを繰り返し政府 の政策を変えさせることが出来るのかもしれない。 沖縄で言えば、強立運動を居酒屋の愚痴で完結させてはいけない.徒党を組んで、一杯ひっかけて国際通り を占犯し、ノーテンキなヤマトゥの観光客逮を人質にして、三線、抱盛で寵絡し強立宣首をうたいあげるの だ.コザ暴動は米兵の率をひっくり返し、放火した。歩道で見ていたおばあがカチャーシーを踊って祝った. これぞデモ=お祭りのモデル。国蕗通りで観光客と一緒に飲んで騒いで解放区を実現させれば、メディアは 飛びっく,新聞は号外、テレビ・ラジオは生放送、そしてソーシャルメディアもこぞって生中継し、大騒ぎ になるに遣いない.ついでに嘉手納・普天間飛行場周辺でみんなで鼠を接げ、ファントムもオスプレイも止 めてしまえば、これぞさんびん革命というかむいくわー革命というか{ジャスミン革命のもじり}、 f沖縄の春Jがやってくるのではないか. 前述の数行は夢物語なので、忘れて下さい。 「アラブの春Jと「沖縄の春Jは類似点がある。前述の山内昌之の本によれば一“人口の時限爆弾"や“ゆ りかごの復讐"と俗称される、人口増と若年者の失業問題は、「アラブの春」の背後で大きな力を発揮する ことになった。(略)さらにドイツの経済学者グナル・ハインゾーンによればー(あぶれた若者たちに)残 される道は、(略)国外移住、犯罪、圏内クーデタ一、内戦または革命、集団殺害と追放、越境戦争という 六つしかない一 成人式に騒ぐ沖縄の若者逮は、この予備軍に見えて仕方がない. 「動員の革命Jはかなり挑発的な本だ。 40年も前ならば、佐藤政梅打倒や安保粉砕のデモが当たり前のよう に行われていた。その後、反体制側は四部五裂。日本赤軍が海外に逃避したり、連合赤軍がたてこもって仲 間殺しを繰り返して以来、メディアはそろって体制維持に走り、まったく元気がない。 日本の政治状況は3.11以来、激変した。活断層が下を走る一番危ない地域に原発を建ててきたことが暴露 された。海岸糠沿いに並ぶ原発群。地震も津渡の危険も無視された。原子力村が蹴庖し、政治を歪めてきた、 東電がくまなくお金をばらまき、メディアを支配していた。これらが広く人々の知るところとなった。日本 政府や、財界中枢、テレビ・新聞の大メディアはなお原発稼働へ色気を示している。しかしソーシャルメディ アは違う方向を目指しているようだ。この本は久しぶりに出た世直し・反体制宣言の書と言っても良い。 最後の特別鼎談は津田大介、いとうせいこう、中沢新一。これを読むと、彼らの「革命Jへの意思が感じられる。 いとうー「政治家に圧力をかける方法として、選挙だけじゃなくて、ロピイングはすごく大事。J(略) 津田一(デモを)