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海外R&D拠点の進化と企業成長

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Academic year: 2021

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(1)海外 R&D 拠点の進化と企業成長 島 谷 祐 史. 1.はじめに. 部で果たす役割をダイナミックに進化させるプ ロセスを調査・分析したいと考えている.技術. 近年,産業の技術革新のスピードが増すこと. 的相互依存関係とは,技術開発・製品開発等の. により,従来まで競争優位にあった企業が事業. 技術活動における二企業間での技術的知識の共. の撤退や売却に追い込まれる等,グローバルな. 有・学習として定義する.技術的相互依存関係. 企業成長を持続的に維持することが困難になっ. は,双方の暗黙知を共有する事で企業独自の資. てきている. このような状況に対処するために,. 源蓄積や能力構築を促進する.海外子会社イニ. 多国籍企業は本国本社で研究開発活動を行うだ. シアティブは,子会社が独自の資源・能力を活. けではなく,海外 R&D 拠点を通じて技術資源. 用し,自社を新たな方向へと導く意図的・積極. の国際的分散化にいかに対処していくのかが早. 的な企てのことであり,子会社の自律的な活動. 急な課題となっている.. を促す.この二つの視点を通じて,本稿では海. この事から,これまで海外 R&D 拠点の活動. 外 R&D 拠点の役割進化とは,現地企業との技. は,既設生産拠点や顧客への技術的サポートな. 術的相互依存関係を通じた独自能力の構築・強. ど現地市場への適応を行うことが主な業務で. 化と共に,自ら積極的に役割を修正していくよ. あったが,最近では多国籍企業の国際競争力強. うな企業家的プロセスが影響すると位置付け. 化に貢献する世界的な製品開発拠点や基礎研究. た.. 拠点が存在することが観察されている. しかし,. このような考え方をもとに,本稿では米系多. こ れ ま で の R&D 国際化 の 研究 で は,国際化. 国籍企業 K 社 の 日本 の R&D セ ン ターを 事例. 要 因( Terpstra, 1977; Mansfield el al., 1979) ,. として取り上げ,設立当初の技術移転期からデ. 役 割 類 型 化 研 究( Ronstadt, 1978; 榊 原,1995;. ジタルカメラの世界市場向け製品開発期へと進. Kuemmerle, 1997) ,内部拠点間 マ ネ ジ メ ン ト. 化するプロセスを経時的に考察していく.具体. ( Nobel&Birkinshaw, 1998; Asakawa, 2001; 茂. 的には,第一に,現地企業に存在するどのよう. 垣,2001)と いった 議論 が 中心 で あ り,海外. な技術・知識を,どのように取り込み,自社独. R&D 拠点が動態的に役割を進化させていく視. 自の能力を構築していったのか,第二に,自ら. 点での研究は十分ではなく,どのような要因に. の役割をどのように創発的に修正していったの. より影響されるのかといった議論が必要である. か,第三に,全社的にどのような貢献を果たし. と考えている.. ているのかについて調査・分析を試みる.尚,. そ こ で 本稿 で は, 「技術的相互依存関係」と. 事例研究に当たっては,同社へのヒアリング調. 「海外子会社の戦略的イニシアティブ」という. 査による一次データ,雑誌・書籍等の二次デー. 概念を利用し,海外 R&D 拠点が多国籍企業内. タを活用する..

(2) 142 (322). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). 本稿は,以下のような構成から成る.第 2 節. 2━1.海外 R&D 拠点の役割類型化研究. では,先行研究を検討し,分析枠組みを提示す. 海外 R&D 拠点は, 「どのような内容の活動を. る.第 3 節では,分析対象と分析方法を示す.. 行っているのか」という研究課題を明らかにし. 第 4 節では,K 社の日本の R&D センターの事. たのが役割類型化研究である.Ronstadt(1978). 例研究を行う.第 5 節では,事例から技術的相. は,米系多国籍企業 7 社の海外 R&D 拠点 55 ヶ. 互依存関係,子会社イニシアティブという視点. 所を分析対象とした事例研究を行い,その活動. を抽出し,役割進化にどのような効果をもたら. を 4 種類に類型化した.第 1 は,技術移転拠点. したのかを分析していく.最後に,結論と今後. (TTU: Transfer Technology Units)で,本国本. の課題を示す. 2.先行研究と役割進化の分析枠組み. 社から海外子会社への生産技術を支援するため の拠点であり,更に,現地顧客に対する技術サー ビスの提供も行っている.第 2 は,現地技術拠. R&D 国際化 に 関 す る 研究 は,多様 な 視点. 点(ITU: Indigenous Technology Units)で,現. に基づいて現在活発に行われている.例えば,. 地市場向けの製品開発,生産技術開発のための. これまで本国本社が中心となり実施していた. 拠点であり,これら製品は本国本社からの技術. R&D 活動を,なぜ国際展開する必要があるの. 移転の結果ではなく子会社に新製品開発を実行. か を 明 ら か に し た「国際化要因」 (Terpstra,. できる経営能力・技術能力が存在する際に設置. 1977; Mansfield el al., 1979 ),R&D 国 際 化 の. される.第 3 は,グローバル技術拠点(GTU:. 進展 に 伴 い,海外 R&D 拠点 は 一体 ど の よ う. Global Technology Units)で,世界市場向 け の. な内容の活動を行っているのかを調査研究し. 製品開発,生産技術開発のための拠点であり,. た「役割類型化」 (Ronstadt, 1978; 榊原,1995;. 現地市場を対象とした研究開発を行うだけでな. Kuemmerle, 1997; Nobel&Birkinshaw, 1998) ,. く,多国籍企業による全体的な企業戦略の実行. グローバ ル に 分散化し,多様な活動を実施し. を補完するための拠点である.第 4 は,全社的. て い る R&D 活動 を,ど の よ う に コ ン ト ロー. 技 術 拠 点( CTU: Corporate Technology Units). ルし調整するのかを明らかにした「内部拠点. で,長期的且つ探索的な基礎研究を全社向けに. 間 マ ネ ジ メ ン ト」 (Nobel&Birkinshaw, 1998;. 行 う 拠点 で あ る.ま た,新設 の 技術移転拠点. Asakawa, 2001; 茂垣,2001)等 の 研究 が な さ. 31 拠点の内の 9 拠点が現地技術拠点として進化. れている.. し,更に,その内の 3 拠点がグローバル技術拠. 特 に 役割類型化 の 先行研究 で は,従来,海. 点へと進化していたとする進化論的アプローチ. 外 R&D 拠点の活動は,既設生産拠点や顧客へ. をとっている.. の技術的サポートなど現地市場への適応を行う. その後,Kuemmerle(1997)は,Ronstadt の. ことが主な業務であったが,今日では多国籍企. 研究 を 受 け 継 ぎ,欧米日系多国籍企業 32 社 の. 業の国際競争力強化に貢献する世界的な製品開. 合計 238 ヶ所 の 海外 R&D 拠点 を,ホーム ベー. 発拠点や基礎研究拠点が存在することが観察さ. ス 活 用 型 研 究 所( HBE: Home-Base-Exploiting. れている.しかし,海外 R&D 拠点が動態的に. Laboratory site)と ホーム ベース 補 強 型 研 究. 役割を進化させていく視点での研究は十分では. 所( HBA: Home-Base-Augmenting Laboratory. なく,どのような要因により影響されるのかと. site)の 2 種類 に 分類 し て い る.前者 は,本国. いった議論が必要であると考えている.ここで. 本社の知識を現地の生産・販売拠点に移転・展. は,本稿に関連のある先行研究として役割類型. 開するための市場志向の拠点であり,現地の. 化研究に焦点を当ててレビューを行い,分析の. ニーズに対する既存製品の適応を支援するため. 枠組みを提示する.. に知識を中央研究所から現地の生産・販売拠点.

(3) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). (323) 143. へと移転する事を目的としている.後者は,科. る事を明らかにした.Kuemmerle(1997)では,. 学的水準の高度な国・地域において,大学や外. 現地国の市場規模,現地国の科学ベースといっ. 部の研究機関等から知識を獲得し,本国本社へ. た現地環境要因によって海外 R&D 拠点の役割. 移転する事を目的としている.. が決定することを明示した.Nobel&Birkinshaw. Nobel&Birkinshaw( 1998)は,ス ウェーデ. (1998)は,海外 R&D 拠点の多国籍企業内部で. ン 多国籍企業 15 社 の 海外 R&D 拠点 110 ヶ所. の技術貢献度が高い場合,本国本社からの直接. のデータをもとに,活動内容と組織プロセスの. 的なコントロールが弱まり,ある程度の自律性. 点から,海外 R&D 拠点の役割を 3 種類に分類. を認めつつ,より緩やかなコントロール手法へ. した.また,各拠点について重視される本国本. 移行することを明らかにした.. 社からのコントロール手法や,他国拠点とのコ ミュニケーション上の特徴について明らかにし. 2━2.分析枠組み. た.第 1 に,現地適応拠点(Local adaptor)は,. 本稿では,海外 R&D 拠点の役割進化を明ら. 本国本社から現地の生産拠点へ技術移転を支援. かにする上で,以下の分析枠組みを提示する.. するための拠点であり,公式化によるコント. 役割進化 に 影響 を 与 え る 要因 と し て,先行研. ロールが重視され,現地の生産・販売部門,顧. 究を手がかりに「現地環境」,「自律性」という. 客・サプライヤーとのコミュニケーション頻度. キーワードに注目することで,第一に,現地企. が 高 い.第 2 に,国際適応拠点(International. 業に存在するどのような技術・知識を,どのよ. adaptor)は,現地生産拠点のサポートを行う. うに取り込み,自社独自の経営資源・能力を構. だけでなく,現地市場向けの新製品・改良製品. 築していったのか,第二に,内部ネットワーク. の開発を行う拠点であり,集権化によるコント. で果たす自らの役割をどのように創発的に修正. ロールが重視され,現地適応拠点と比較して現. していったのか,といった二つの観点から分析. 地や他国の生産拠点とのコミュニケーション頻. を試みる.. 度が高いが,他国拠点の R&D 拠点や販売拠点. ① 技術的相互依存関係と能力構築. とのコミュニケーション頻度は低い.第 3 は,. 多国籍企業 を「内部 ネット ワーク」 (本社─. 国際クリエーター拠点(International Creator). 子会社関係)の 視点 で み る だ け で な く, 「外. であり,世界市場向けの製品開発や長期的な基. 部 ネット ワーク」 (子 会 社 ─ 現 地 環 境)を 含. 礎研究を行う拠点であり,社会化によるコント. めた組織間ネットワークとして捉える見方が. ロールが重視され,現地及び海外の大学とのコ. 現 在 一 般 的 で あ る( Ghoshal&Bartlett, 1990;. ミュニケーション頻度が高く,現地や海外の顧. Ghoshal&Nohria, 1997) .内 部 ネット ワーク の. 客・サプライヤーとのコミュニケーション頻度. 既存研究では,主に本社を中心としたヒエラル. は低かった.. キー的な支配構造に基づく海外子会社への一方. 上述の先行研究は,本稿の研究課題である海. 向的 な 知識移転 か ら,拠点間 で の 相互依存関. 外 R&D 拠点がどのような要因によって影響を. 係による知識共有・学習へと研究の焦点が移. 受け,動態的に役割を進化するのかを分析す. 行 し て き た(Hedlund, 1986; Bartlett&Ghoshal,. る上で,それぞれ有用な知見を提供している.. 1989) .一方,最近では,海外子会社と外部ネッ. Ronstadt(1978)は,海外 R&D 拠点の役割が,. トワークとの相互依存関係による知識共有・学. 拠点内部の学習の蓄積に伴い,経年的に変化す. 習が注目され,海外子会社が現地でどのように. る可能性に言及した唯一の研究であり,世界市. イノベーションを創出するのかといった視点か. 場向 け の 製品開発拠点 や 基礎研究拠点 な ど グ. らの研究が行われている(Hakanson&Johanson,. ループ内部に貢献する海外 R&D 拠点が存在す. 2001; 森,2006) ..

(4) 144 (324). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). こうした点を踏まえて,ここでは,数少ない. 景には,製品開発を行う上での要素技術の複雑. 海外 R&D 拠点の役割進化研究である Ronstadt. 化や開発費の増大,ライフサイクル短縮化等の. (1978)を 参照 し,役割進化 の 鍵要因 に 関 す. 原因があり,全ての技術活動を内部・自前で行. る 理論的 な 知見 を 読 み 取 る こ と に し た い1).. う事は困難であり,非効率とされている.その. Ronstadt は,本稿 と 同様 に 米系多国籍企業 の. ため,外部企業の積極的な活用,活動の外部化. 海外 R&D 拠点 を 分析対象 と し て,R&D 活動. を有効に利用することが戦略的に重要になって. が企業内部の学習の蓄積に伴い,より高度な活. い る(山倉,2001).海外 R&D 拠点 の 国際化. 動内容へと経年的に進化していく可能性を明ら. 要因も現地環境からの技術獲得志向が多くなっ. かにした.設立初期の「技術移転拠点」の段階. て お り(Florida, 1997; Kuemmerle, 1997),競. は,本社主導 で 開発した製品・プロセスを現. 合企業・顧客企業・サ プ ラ イ ヤー等 の 市場環. 地適応 す る た め に,本社 の 技術的知識 を 海外. 境・技術環境からの情報収集や技術的知識の獲. R&D 拠点へ移転する事が重要であった.つま. 得が自社の能力構築を促進する.しかし,単に. り,この時点での R&D 活動は,基本的に本社. 現地企業からの一時的な知識獲得の視点だけで. で蓄積した経営資源・能力に依存しているとい. は,役割進化の本来のダイナミズムさを分析す. え る2).そ の 後, 「現地技術拠点」へ 進化 す る. るには不十分である.むしろ,海外 R&D 拠点. と,内部の開発人材が中心となり,学習した知. の役割が進化するのであれば,獲得する知識の. 識を独自に活用し,現地市場ニーズに特別に対. 源泉は変化していくことになる(椙山,2001).. 応した製品開発を行う.つまり,本社知識の学. そのため,海外 R&D 拠点の役割が進化する段. 習が蓄積されると,これまでの開発活動がルー. 階に応じて,どのような異質な知識を現地企業. ティン 化 し,活動 を 維持 す る 以上 の 経営資源. から獲得しているのか明らかにする必要があ. 3). の ス ラック が 生 じ る(遠原,2003) .そ の ス. る.. ラック資源を利用して,海外 R&D 拠点は現地. もっとも,現地環境を構成する全ての行為者. 市場向けの製品開発能力を独自に構築するので. から同程度に学習が出来る訳ではなく,個別の. ある.また, 「グローバル技術拠点」への進化. 顧客やサプライヤー等との直接的・排他的な取. は,単一製品を世界市場へ供給するための責任. 引関係による学習の方が,企業の能力構築に影. が本社から付与される事で,グローバル市場で. 響する暗黙知を継続的に獲得する可能性が高い. 競合企業に対抗できる製品開発能力を構築して. といえ,海外 R&D 拠点の役割進化に役立つと. いく事が求められる.そのため,現地向けの開 発成果でグローバルな需要を満たせなければ,. 考えられる .本稿では,こうした技術開発・ 製品開発等の技術活動における二企業間での技. 競合企業に対抗する先端製品の開発,効率的な. 術的知識の共有・学習を「技術的相互依存関係」. 開発を行うための他機能との企業内連携等,独. として定義する.このような考え方に基づけ. 4). 6). 自能力を強化する事が重視される .つまり,. ば,技術的相互依存関係は,海外 R&D 拠点の. Ronstadt の研究から,海外 R&D 拠点の役割進. 役割進化にとって重要な概念として位置付け. 化を導く鍵要因は,内部学習を通じた本国本社. られる7).. とは異なる独自能力の構築・強化であるといえ. 例えば,現地市場向けの製品開発を行う際,. 5). る .しかし,その一方で,この研究では現地 環境との関係を検討していない.. 本国の既存製品の技術体系とは全く異なるイノ. 今日の競争環境は,海外 R&D 拠点が独自能. ニーズに対応するための技術的知識を自社内部. 力の構築をしていく上で,企業内学習だけでは. で完全に保持していない場合がある .そのた め,海外 R&D 拠点は現地企業との技術的相互. 十分に対応できない状況を示している.この背. ベーションが現地国で創出された場合,新しい 8).

(5) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). (325) 145. 依存関係のもとで双方の暗黙知を共有・学習す. れが成功すると,自律的活動を行えるようにな. る事で,現地ニーズに対応する独自の製品開発. るのである.. 能力を構築する事が可能になる.また, その後,. このことから海外 R&D 拠点は,独自能力の. グローバル技術拠点としての責任が付与された. 構築と共に,本国本社から一方的に役割を付与. 後でも,競合企業に対抗する先端的且つ効率的. されるだけではなく,自ら積極的に役割を修正. な製品開発を行う能力を自社内部で単独で構築. していくような企業家的なプロセスが役割進化. できなければ,技術的相互依存関係を通じて異. に影響すると考えられる.. 質な知識を共有・学習する事で,自社の製品開 発能力を強化し,全社的に貢献していく事が可. 3.分析対象と分析方法. 能になる.. これまで,多くの産業分野で,欧米系多国籍. この事から,本稿では,海外 R&D 拠点が現. 企業の日本の R&D 拠点が国際競争力の強化に. 地企業との技術的相互依存関係を通じて,異質. 貢献してきた事は周知の通りである.先行研究. な知識を継続的に獲得し,独自能力の構築・強. では,日本の研究開発環境が R&D 拠点の資源. 化を図っていくことが,役割進化に影響すると. 蓄積・能力構築に影響を与え,グローバルシナ. 考えられる.. ジーや経営の逆移転の存在を明示していた(吉. ② 海外子会社の戦略的イニシアティブ. 原,1992;岩田,1994;高橋,1996).ま た 最. しかし,独自の能力構築だけが海外 R&D 拠. 近の調査や実証研究でも,対日直接投資の促進. 点の役割進化を導く要因ではない.これまで. 要因として研究開発環境の魅力度の調査(日本. 海外子会社の役割は,国際プロダクトライフ. 貿易振興機構対日投資部,2004),現地企業 と. サイクル理論(Vernon, 1966)以来,企業の国. の技術的相互依存関係が外資系企業の研究開発. 際化 プ ロ セ ス に 沿って本国本社主導で付与す. 成果へ与える影響(島谷,2006 b)を分析した. ると い う 見解 が 一般的であった.しかし,海. 研究がある.. 外子会社 は,独自 の 戦略的 イ ニ シ ア ティブ に. しかし,日本の R&D 拠点がどのような要因. よって,自らの役割を創発的に修正していくと. により影響を受け,動態的に役割進化するのか. いう議論が活発化している(Birkinshaw, 1997;. といった分析は十分に行われていない.そこで. Birkinshaw&Hood, 1998) .イ ニ シ ア ティブ と. 本稿では,米系多国籍企業 K 社の日本の R&D. は, 「企業が自社の経営資源を活用し,拡大す. センターを分析対象として,設立当初の技術移. る新たな方法を推進する,意図的・積極的な企. 転期からデジタルカメラの世界市場向け製品開. て」を意味する(Birkinshaw, 1997) .つまり,. 発期へと進化するおよそ 20 年間のプロセスを. イニシアティブの背後には,子会社が独自で蓄. 分析する.事例研究に当たっては,同社へのヒ. 積した能力の存在があり,その能力を活用した. アリング調査による一次データ,雑誌・書籍・. 自律的活動のもとで,自らの役割を修正してい. 文献等の二次データを活用する10).ヒアリング. くのである.というのは,海外子会社と本社間. 調査の主な聞き取り内容は,①役割進化の経時. には相互の資源・能力に関して認知上のギャッ. 的プロセス,② R&D 能力の構築に最も影響し. プがあり,本社が子会社の能力を正当に評価す. た現地取引先企業との技術的相互依存関係,双. ることはできないので,子会社は本社に対して. 方の技術ノウハウの特性,③ R&D 活動の自主. 自己の役割を見直すようなアクションを起こす. 性,④全社的な貢献度などである11).また,技. 必要があるのである9).具体的には,子会社マ. 術ノウハウの特性に関しては,Zander&Kogut. ネージャーが独自能力の顕示と多国籍企業内部. (1995),Teece(1986),浅川(2002)を参考にし,. での当該能力の有効性を本国本社に説得し,そ. 暗黙知・形式知,入手可能性の区分を自分なり.

(6) 146 (326). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). に明確化して質問を行った12).. は,写真用フィルム,印画紙,カメラ,X 線フィ. 4.事例研究:K 社の日本の R&D のセンター役 割進化プロセス 4━1.K 社の概要と国際化の変遷. ルム,複写機を生産する等,特定製品について 1 拠点が集中的に生産し,コスト引き下げ,効 率の良い品質管理を実行した.また,本社工場. 13). での成果は同種の生産ラインを担う海外工場に. K 社 は,創業者 が 写真用乾板 の 大量生産 を. 移転されるだけではなく,海外工場で成し遂げ. 可能にする感光乳剤の塗布装置を発明した事を. た品質向上やコストダウンの成果が,本社工場. 契機として,1880 年にニューヨーク州ロチェ. に逆移転されていた.例えば,当時のオースト. ス ターで 設立 し,営業用乾板製造 か ら 事業 を. ラリア工場では,エンジニア,技術者,機械オ. 開始 し た.1889 年 に は,透明 ロール フィル ム. ペレーター,サプライヤーが協力して画期的な. の開発に成功し,エジソンの映写機にも利用さ. 生産工程の改良を生み出し,K 社グループ内部. れ,1896 年に世界で初めての映画を実現させ. の全工場で採用され,年間 300 万ドルのコスト. た.それ以来,ロールフィルムは,銀塩フィル. 削減を達成していた.このように当時から,K. ムカメラのドミナント・デザインとして産業を. 社では海外の技術ノウハウを有効に活用して,. 発展させた.透明ロールフィルムの開発を契機. 企業成長を図る事が重要な課題であると認識し. に,K 社は世界的な銀塩フィルム供給企業に成. ていた.. 長した.. ま た,研究開発 の グ ローバ ル 化 も 積極的 に. 国際化に関しては,1885 年にイギリスに販. 行っていた.海外 R&D 拠点の目的は,第 1 に,. 売事務所を設立し,1891 年にロンドン郊外の. 各地域のニーズに即した市場志向の研究開発の. ハーローに新工場を設立した.当初は,典型的. 実施,第 2 に,各国の優秀な研究者の雇用,サ. な市場志向型の海外進出であった.その後,販. プライヤーやユーザーネットワークへのアクセ. 売拠点をフランス,ドイツ,イタリアなどヨー. スを通じて技術・ノウハウを獲得し,全社的に. ロッパ各国に構築した.1899 年に第 2 の海外. 貢献するような研究成果を生み出すことにあっ. 生産拠点として,カナダを選択し新工場の建設. た.海外 R&D 拠点のスポンサーは,本国本社. を開始した.1907 年には,オーストラリアに. の関連する事業部・事業本部・中央研究所であ. おいて小規模な乾板製造会社を吸収合併して,. り,海外 R&D 拠点は,現地市場向けの研究開. 第 3 の海外生産拠点を構築した.英語圏 3 カ国. 発を行うだけでなく,本国本社の事業部から要. に生産拠点を構築し,20 年間に及ぶ国際経営. 請された研究テーマに取り組んでいた.具体的. のノウハウを蓄積した後,1927 年にドイツと. には,イギリス・フランス・ドイツに研究所を. フランスに同時に進出し, 現地生産を開始した.. 有 し,1988 年 に は 日本 に R&D 拠点 を 設立 し. 第 2 次大戦後,K 社 は 多国籍化戦略 を 本格. た.最近では,1998 年に中国上海にソフトウェ. 化し,戦前に構築した海外生産拠点の大幅な拡. ア開発拠点を設立した.現在,欧州や東アジア. 充と近代化を行った.1954 年には,ラテンア. に 5 つの海外 R&D 拠点を配置し,デジタル画. メリカの自由貿易連合の加盟国に輸出する目的. 像分野をコア技術に設定した活動を行ってい. で,ブ ラ ジ ル で 印画紙工場,1970 年 に は,メ. る.表 1 に K 社の概要と国際化の変遷をまと. キシコへ進出しフィルム製造工場の操業を開始. めた(表 1 参照).. し た.1975 年以降,海外 の 生産拠点 を 有機的. その一方で,銀塩フィルムを主要事業として. に連携させて企業内国際分業を確立するため. い た K 社 は,近年,日本市場 を 中心 に 勃興 し. に, 「プロダクト・インターチェンジ・プログ. たデジタルカメラ産業によって競争環境の転換. ラム」を推進した.例えば,欧州の生産拠点で. に直面していた.デジタルカメラ産業は製品開.

(7) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). (327) 147. 表 1 K社の概要と国際化プロセス 1880 年. 創業,ニューヨーク州ロチェスターで事業開始. 1889 年. 透明ロールフィルム開発,銀塩カメラのドミナントデザイン. 1891 年. 国際化当初は,英語圏 3 カ国でフィルム販売・生産工場を稼動. 1927 年. ドイツ・フランスに同時進出し,現地生産開始. 戦後. 南米・アジアへ進出し,多国籍化戦略を本格化. 1975 年. 海外生産拠点を有機的に連携(企業内国際分業体制を構築). 現在. グローバル R&D 拠点の構築(米・英・仏・独・日・中).     出所)K 社広報資料に基づき筆者作成. 発における競争次元の移行が激しく,一部の日. しかし,その活動は短期間で縮小し,日本の. 本企業が世界市場でシェアを獲得し,競争優位. R&D センターは自社内部で蓄積してきたデジ. を築いている.その背景にあるのは,銀塩カメ. タル画質技術を利用した新分野での R&D 活動. ラ時代の固有技術,新規技術を擦り合せた製品. を模索しており,1993 年にデジタルカメラの. 開発能力が一因となっている.以後,K 社の日. 開発活動を行う事になった14).その契機となっ. 本の R&D センターはデジタルカメラの製品開. たのは,米系 PC 企業 A 社から委託された PC. 発能力の構築を目指していくことになる. 次に,. への画像入力装置としてのデジタルカメラ開. 日本の R&D センターの役割進化の変遷をみて. 発である15).しかし,当時,K 社は銀塩フィル. いく.. ムカメラの開発・生産から撤退していたため に,日本の R&D センターだけでは対処できな. 4━2. 技術移転期:1985 年~ 1993 年. かった.そのため,1985 年から銀塩カメラを. K 社は,1977 年に映画用 / カメラ用カラー. OEM 委託していたサプライヤー C 社と連携す. フィルムの販売を委託していた日本の販売代理. る事でデジタルカメラ開発に乗り出す.C 社. 店を支援する組織として 100% 出資の日本子会. は,1948 年にカメラのレンズ,鏡枠・鏡胴の. 社を設立した.その後,テクニカルセンター. 専門 メーカーと し て 発足 し た.1960 年 に 8 ミ. を 1985 年に設置し,ユーザー及び代理店への. リカメラの生産を開始し,K 社へ販売した事か. 技術的サポートと新製品の日本市場への適正テ. ら取引関係が始まる.1970 年代に,ビデオカ. ストを行っていた.例えば,情報管理用システ. メラが登場し,8 ミリで培ってきたレンズ技術. ム,店舗向けプリントサービス,ヘルス事業の. をビデオカメラ用に展開する事を決定した.ま. CR/DR システムに関する日本市場向けシステ. た,C 社は 35 ミリフィルムカメラの開発・生. ムの適応活動である.1988 年に R&D センター. 産を行うようになり,銀塩カメラ製造から撤退. を建設し,研究員・エンジニアを 100 名程度雇. していた K 社は,1985 年から OEM 供給を委. 用 し て,先端技術分野 で 研究開発活動 を 始 め. 託する.更に C 社は,蓄積してきた光学技術. る.その内容は,全社的に貢献する技術研究活. の活用方法を以前から模索しており,1986 年. 動としてドキュメント・イメージングに焦点を. から電子スチルカメラの研究開発を開始した.. 当て,部材・デバイス,ソフトウェア開発,コ. 画像圧縮技術で大学とパートナーシップを構築. ンピュータサイエンスを行う事であった.. し,技術能力を強化していった.当時,アナロ.

(8) 148 (328). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). 表 2 サプライヤー C 社の概要と技術蓄積プロセス 1948 年. 1948 年設立,50 年代にかけてレンズ技術,鏡筒・枠加工の技術蓄積. 1960 年. 8 ミリカメラ生産開始,欧米市場へ輸出(K 社との取引開始). 1970 年. レンズ技術を援用し,ビデオカメラ業界へと進出. 1985 年. 35 ミリフィルムカメラの開発・生産開始,K社への OEM 供給開始. 1986 年. 電子スチルカメラの研究開発開始(大学とパートナーシップ). 1990 年. デジタルカメラの試作品開発. 1993 年. K 社とデジタルカメラの共同開発を開始.   出所)K 社の日本の R&D センターのヒアリングをもとに筆者作成. グ記憶装置の一眼レフ / コンパクト式の試作品. ラ 産業 の 勃興 で あ る.1970 年代後半,CCD17). を開発したが,画質が向上せず,事業としての. を 利用 し た 電子 ス チ ル カ メ ラ(例 ; ソ ニー. 成立は困難であった.その後,デジタル記録の. 「MAVICA」)が日本市場で登場し,1995 年に. 媒体として ATA メモリーカードを利用する事. は電気信号をデジタル方式で記録する世界初の. で,1990 年にはデジタルカメラの試作品を開. 民生用デジタルカメラが登場する(例 ; カシオ. 発するようになった.表 2 に,C 社の概要と技. 18) 「QV-10」) .日本企業 が 主導 し た カ メ ラ 産業. 術蓄積のプロセスをまとめた(表 2 参照) .. の技術体系の変革において,R&D センターの. そこで,日本の R&D センターのデジタル画. 日本人マネージャーは研究開発活動の転換を本. 質技術と C 社のデジタルカメラの試作開発で. 社に訴えたのである.. 活用した光学技術等を共有・学習する事で,A. また,現在,デジタルカメラ産業は,キヤノ. 社ブランドのデジタルカメラの開発に成功した. ンやソニー等の一部の日本企業が世界市場で高. のである.しかし,A 社のデジタルカメラ開. いシェアを保持している一方で,多くの外国企. 発のコンセプトは,あくまでも PC への画像入. 業が日本企業の後塵を拝しており,事業の売却. 力装置としての位置付けであり,画質・機能等. や撤退を余儀なくされている.日本企業の競争. の面で銀塩フィルムカメラを代替するものでは. 優位の背景には, 「多画素・高画質競争」 (1997. なかった.. 年~) , 「デ ザ イ ン・小型化競争」 (2000 年~) , 「多機能化競争」 (2003 年~)といった自らが推. 4━3.現 地 市 場 向 け 製 品 開 発 期:1994 年 ~ 2002 年. 進した競争次元の高度化と多くの技術・ノウハ ウを擦り合せた製品開発能力の構築にある19).. 1994 年 に,日本 の R&D セ ン ターは,PC 用. そ の 一方 で,K 社 は 元来,銀塩 フィル ム メー. デジタルカメラの開発能力を背景に,日本での. カーであり,デジタルカメラの製品開発能力を. デジタルカメラの製品開発活動の有効性を本社. 構築する際に必要とされる技術ノウハウを完全. に主張し,主力活動をデジタルカメラの製品開. には保持しておらず,製品開発に貢献するのは,. 発へと本格的に移行することになった16).もっ. A 社から委託されたデジタルカメラ開発の際に. とも,活動の変化は,日本市場を中心にカメラ. 連携したサプライヤー C 社であった.. 産業が新しいライフサイクルへと発展したこと. 1994 年に,K 社ブランドのデジタルカメラ. も当然影響していた.つまり,デジタルカメ. の共同開発を本格的に開始する事になった.当.

(9) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). (329) 149. 時,コンパクトカメラが民生市場において本格. するノイズ,奥行き感 / 広狭感,解像度,感度. 化し,競争次元は多画素・高画質競争へと移行. などへの悪影響を,部品間の調整で最低限に抑. していた.この時期は,多画素 CCD の搭載と. えることにある.つまり,画質にかかるマイナ. 自社独自の高画質の表現(色合い)を競ってい. ス要素を削減し,高画質を最大限引き出すので. た.高画質を追求するには,CCD や信号処理. ある.このように日本の R&D センターは,C. 回路(システム LSI)の供給企業から単に部品. 社との技術的な相互連携を通じて,多画素・高. を購入すればいいのではなく,製品開発上で起. 画質競争 に 適応 す る 製品開発能力 を 構築 し て. こる様々な問題を解決する必要があった.それ. いった.. に対処していくために,日本の R&D センター. その後,2000 年以降になると,競争次元は,. がソフトウェアの開発設計,C 社がハードウェ. デザイン・小型化競争へと移行した.この時期. アの開発設計を行い,両企業間で開発エンジニ. は,お しゃれ な デ ザ イ ン 性,筐体 の 小型化 が. アの相互連携を強化していった.具体的には,. 訴求ポイントとなっていた.しかし,日本の. 以下の技術ノウハウを用いて,製品開発活動で. R&D センターは,競争次元への適応が困難で. の擦り合せを行っていった.. あった.その原因は,製品開発上の国際分業体. K 社では,画質に関する研究を何十年間も行. 制にあった.つまり,本国本社において商品企. い,人がどのような画質を好むのかに関するノ. 画が行なわれ,日本は本国で決定された商品企. ウハウを蓄積してきた.それが日本の R&D セ. 画を商品に具現化する機能(ソフト・ハード開. ンターへも移転されており,デジタルカメラの. 発)に特化していたからである20).本社のデザ. 設計にも活用している. 例えば, 実際の撮影シー. イナーにより企画・デザインされる商品は,日. ンの色とユーザーが求めている色との相違,撮. 本企業と比較して,「分厚くて・不恰好なスタ. 影シーンの前で受ける色の印象といった心理的. イル」であった.既存の国際分業体制では,日. な要因も加味して日本のエンジニアが K 社特. 本市場の最先端のニーズを迅速に吸収する事を. 有の高画質(色合い)を創出している.これら. 困難にし,更に,開発期間の遅延化を招くといっ. の技術は, 長期間, 銀塩フィルム企業としてユー. た弊害を起こし,十分な競争力を維持する事が. ザーとの直接対話や観測を継続的に行ってきて. 困難になっていた.競争力の低下が影響して,. おり,ユーザーが好む画質を熟知しているため. 2001 年には日本市場から一時撤退する.. に可能なものである.更に,デジタル画質を評 価する技術も保持している.画質を判断する際 の最善の方法は,適切な画質判断が可能な社員. 4━4.世 界市場向 け 製品開発期:2003 年~現 在. に投資を行い,長期的に訓練し,イメージする. 2003 年に行われた本社会議において,日本. 画質の尺度を編み出している.これにより,自. の R&D センターの日本人マネージャーは,日. 社製品と他社製品の比較や顧客の観点から画質. 本市場への再参入及び世界戦略の成功には,商. を判断する事が可能になっている.画質評価に. 品企画部を日本の R&D センターへ移管する必. は,画質データベースも利用されている.. 要があると主張した21).日本に移管する事で,. 次に,日本の R&D センターの画質を表現し. 最先端のニーズを素早く吸収し,商品力と開発. ていくために,C 社では部品間の調整を行って. ス ピード が 向上 す る 事 で,競合企業 と 対等 に. い た.C 社 は,画質 を 考慮 に 入 れ て,デ ジ タ. 戦う事が可能になる.例えば,サプライヤー C. ルカメラの要素部品である CCD・信号処理回. 社との連携によるデザイン改善や筐体の薄型化. 路・レンズなどの調整を実行していた.その目. が実現できる.また,これまで開発スピードは,. 的は,多画素 CCD を搭載したことにより発生. 日本企業より 1.5 倍遅かったが,意思決定の迅.

(10) 150 (330). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). 速化や開発・製造との連携が密接になる事で開. ンマを,超広角専用レンズ(上)と光学ズーム. 発期間の短縮化が図れるのである.そもそも,. 専用レンズ(下)に,レンズと CCD を 1 組ず. 日本人マネージャーは,K 社への入社以前に日. つ内蔵する事で解決したのである.つまり,二. 本の競合企業である O 社のデジタル映像事業. 眼レンズを搭載する事で,薄型化を図りながら. の責任者であった.彼は,民生用デジタルカメ. 広角を実現したのである22).この製品開発には,. ラが市場に投入された直後に,多画素・高画質. C 社が培ってきた精密技術,小型化ノウハウ,. 化モデルの開発を指揮した人物で,デジタルカ. エンジニアの設計思想に依拠する所が大きい.. メラ事業を O 社の基幹事業に育てたキーパー. 一方,CCD やレンズが 2 つある事で,操作性. ソンであった.その後,本国主導によるヘッド. の低下が生じる可能性が大きくなったが,日本. ハンティングにより,日本法人のマネージャー. の R&D センターがファームウェアをグレード. に就任した.. アップすることで,操作性の向上やレスポンス. 日本人マネージャーの推進した日本発のデジ. の素早さを補完した.. タルカメラ開発スキームの結果,日本の R&D. 以上のように,日本の R&D センターは多画. センターは商品企画-設計開発の機能統合を行. 素・高画質競争と同様に,C 社との技術的な相. うことが可能となり,更に,部品調達・生産・. 互連携を通じて,グローバル市場で日本の競合. 販売に至るサプライチェーンマネジメント機能. 企業とのデザイン・小型化,多機能化競争に対. を世界的に統合する責任を有する程,本国から. 抗できる製品開発能力を構築・強化していった. 大幅に権限委譲されることになった.この事か. のである.. ら,2004 年に日本市場へ復帰を果たすと共に,. また,グローバル市場ニーズが世界共通と認. デジタルカメラの世界市場向けの製品開発拠点. 識されがちなデジタルカメラにも,欧米市場を. として貢献する事になったのである.. 中心として多機能化の面で地域固有のニーズが. そして,日本の R&D センターは,商品企画. 存在していた.欧米市場では,撮影後,その場. の権限が委譲されたことで,デザイン・小型化. ですぐに家族や友人のパソコン,現像サービス. 競争へ適応する事が可能になった.この競争次. の店舗に画像を転送するというニーズが存在す. 元においては,C 社との開発エンジニアの相互. る.日本市場でも,こうしたサービスが徐々に. 連携は当然のことながら,生産技術部門との連. 浸透してきてはいるが,インフラ整備の遅れか. 携も強化され,製品開発上に起こる様々な問題. らサービス可能な市場規模には至っていない.. 解決を行っていた.特に,薄型化には,C 社レ. そのため,欧米市場のニーズにも的確に対応す. ンズ部門の加工技術による部材精度の達成と組. る製品開発が必要であった.. 立技術によりストレートレンズ方式を採用する. 2006 年現在,K 社はデジタルカメラ事業に. ことで筐体の薄型化を実現した.その後,2006. 関して,日本の R&D センターは製品開発を行. 年には,デザイン・小型化,多機能化といった. い,本社 R&D 部門はデジタルカメラ開発に応. 競争次元に適合する製品開発に成功する.この. 用可能なイメージサイエンス(赤目補正),新. 製品は薄い筐体,広角,素早い操作性等の多機. アルゴリズム開発,デバイス,ワイヤレス等の. 能性を特徴としている.デジタルカメラで広角. 基礎研究 / 先端技術,通信技術の開発を中心に. を実現するのは,銀塩カメラと比べてかなり困. 行い,大規模な生産拠点を中国上海に配置する. 難であった.銀塩フィルムは,斜めに当たる光. 国際分業体制を構築している.このため,欧米. でも感光するが,CCD では跳ね返してしまう.. 市場向けの製品には,日本の製品開発能力と本. その一方で,光を真っ直ぐに CCD に当てよう. 国本社の通信技術が活用され,二眼レンズの製. とすると,レンズが相当大きくなる.このジレ. 品をベースにワイヤレス技術を搭載した製品を.

(11) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). (331) 151. 㪉㪌㩼 㪉㪇㩼 㪢␠ 䉨䊟䊉䊮 䉸䊆䊷. 㪈㪌㩼 㪈㪇㩼 㪌㩼  . 㪇㩼 㪈㪐㪐㪐ᐕ 㪉㪇㪇㪇ᐕ 㪉㪇㪇㪈ᐕ 㪉㪇㪇㪉ᐕ 㪉㪇㪇㪊ᐕ 㪉㪇㪇㪋ᐕ 㪉㪇㪇㪌ᐕ. . 図 1 デジタルカメラの世界市場シェア推移(主要 3 社).   (出所)K 社の日本の R&D センターの提供資料に基づき筆者作成. . 共同開発した.開発プロセスにおける両者の情. ウの特性,子会社イニシアティブという視点を. 報共有化に関しては,対面式の国際技術会議を. 抽出し,役割進化にどのような効果をもたらし. 行うと共に,TV 会議や IT を利用した技術検. たのかを分析していく.. 討会議を日々行っていた.また,その後も,技. 技術移転期は,顧客への技術的支援や本社主. 術情報や研究成果を報告する等の技術交流を通. 導で開発される新製品の市場適応を行なうた. じて,技術開発・製品開発の面でシナジー効果. め に,本社 か ら 銀塩 フィル ム の 画質技術 に 関. を発揮していた.. する知識移転がなされていた.画質技術の移転. 現在,K 社 は,機能面・世界市場 シェア で. は,K 社が創業当時から蓄積してきた企業特. も日本企業と大きな差は存在しなくなった.K. 殊的要素の強い暗黙知であり,日本市場での不. 社ブランドのデジタルカメラの世界市場シェア. 利を克服する上で必要であったといえる.しか. (出荷台数 ベース)は,2002 年度 に は 10% 前. し,本社の画質技術の知識が十分に蓄積され,. 後を推移していたものが 5% 台まで下げるが,. 市場適応を行う以上の経営資源のスラックが生. 2003 年度から急伸し,2005 年度には世界市場. じ,この技術をデジタル画質技術に応用するた. 23) シェア 3 位の 14.2% になった(図 1 参照) .. めに,内部学習で独自の技術蓄積を行うように. 5.分 析. なっていた.この時,A 社から PC 用の画像入 力装置としてデジタルカメラ開発を委託される. ここでは,前節で説明した日本の R&D セン. が,自社内部のデジタル画質技術だけでは対処. ターの役割進化プロセスの事例を分析する.日. できず,当時,デジタルカメラの試作開発を. 本の R&D センターは,技術移転拠点から世界. 行って い た C 社 と の 技術的相互依存関係 を 通. 市場向け製品開発拠点へと成長を遂げていた.. じて PC 用デジタルカメラの開発能力を構築し. 進化プロセスのなかで,サプライヤー C 社と. ていった.この時に活用した C 社の光学技術. の共同開発,日本人マネージャーの本社への積. 等の特性は,自社内の電子スチルカメラ・デジ. 極的な主張が影響していた事を示した.本事例. タルカメラ開発の歴史的経緯に基づくものであ. から,技術的相互依存関係,双方の技術ノウハ. り,企業特殊的要素の強い暗黙知であるといえ.

(12) 152 (332). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). る.. て自社が保持していない技術を補完する目的が. その後,デジタルカメラの現地市場向けの製. あった.特に,日本の R&D センターは部品間. 品開発期への進化には,ソニーやキヤノン等の. 調整能力を必要とし,C 社は試作品開発におい. 競合企業,リード ユーザー等,日本 の 技術環. て画質が向上せず,画質技術を必要としていた.. 境・市場環境が間接的に影響を与えていたと考. つまり,両者は技術それ自体の依存関係という. えられる.しかし,進化の直接的な契機となる. 点でキーパートナーであった.また,当時,C. のは,日本人マネージャーのイニシアティブで. 社はデジタルカメラの OEM 供給を一任されて. あった.C 社との技術的相互依存関係を通じて. おり,K 社の国際的な販売網を活用して製品供. 構築した PC 用デジタルカメラの開発能力を背. 給ができるというメリットがあった.このよう. 景に,日本でのデジタルカメラの製品開発活動. に,両企業は,相互に技術を補完するだけでな. の有効性を本社に主張し,新たな役割が付与さ. く,相互利益を醸成するような関係を構築して. れるのである.. いた.. 以降,日本の R&D センターは,C 社との技. その後,日本の R&D センターはデジタルカ. 術的相互依存関係のもとで,両者の知識を共有. メラの世界市場向け製品開発期へと移行した.. しながら,各競争次元に適応する独自の製品開. その契機となるのも,日本人マネージャーのイ. 発能力を構築していく.多画素・高画質競争の. ニシアティブの影響が大きかった.デジタルカ. 時期は,以下のような特性を有する両者の技術. メラ開発スキーム推進の背後には,現地市場向. ノウハウが活用されていた.日本の R&D セン. け の 製品開発期 に 培った C 社 と の 技術的相互. ターの 画質関連 の 技術 ノ ウ ハ ウ は,客観的 な. 依存関係による独自の設計開発能力の存在があ. データベース等の形式知も含まれているが,そ. り,その能力を有効に活用し,K 社がグローバ. の一方で,人がどのような画質を好むのかに. ル市場で競合企業と対等に戦える商品力や開発. 関する独自の画質再現ノウハウ,最適な画質判. スピードの短縮化を図ることを主張した.しか. 断が可能な社員の存在といった,非常に主観的. し,本社は,当初,日本の R&D センターの能. で言葉や設計図では表現することができない画. 力に関して認知上のギャップがあり撤退を決断. 質技術としての暗黙知が必要とされていた.ま. したが,日本人マネージャーのイニシアティブ. た,画質を最大限に引き出すための C 社の部. を通じて開発能力を正当に評価し,グローバル. 品間調整能力は,CCD を搭載したビデオカメ. な責任を付与したのである.そして,本国の商. ラ / 電子スチルカメラの開発,デジタルカメラ. 品企画部を移管し,商品企画―設計開発の機能. の試作開発を実行してきたという歴史的プロセ. 統合を行うことで製品開発能力の強化・自律化. スの元で経路依存的に形成されたものであり,. を達成し,世界市場向け製品開発拠点へと進化. C 社特有の暗黙知であるといえる.実際,デジ. したのである.その結果,デザイン・小型化,. タルカメラ産業における日本企業の競争優位. 多機能化競争への適応には,C 社との技術的相. は,CCD を利用したビデオカメラ開発の継続. 互依存関係に基づく知識共有・学習が従来以上. 性が要因にあり(青島 ,2003; 中道 ,2006) ,外国. に活発に行われた.筐体の薄型化においては C. 企業が容易にアクセスする事は困難で,日本. 社が創業当時から蓄積してきたレンズ加工 / 組. の R&D センターは C 社との技術的相互依存関. 立技術のノウハウ,二眼レンズの採用には C. 係を通じてこそ獲得可能な知識であったといえ. 社の精密技術の活用やエンジニアの設計思想と. る.. いった 暗黙知 を 活用 し た.ま た,操作性 の 低. このように単に取引期間の長さから C 社と. 下には,日本の R&D センター独自のファーム. 共同開発に至った訳ではなく,製品開発におい. ウェア技術により補完したのである..

(13) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). (333) 153. 表 3 海外 R&D 拠点の役割進化プロセス━ K 社の日本の R&D センターの事例━. ᓎഀ ᛛⴚ⒖ォᦼ. ࠗ࠾ࠪࠕ࠹ࠖࡉ . (1985 ᐕ㨪1993 ᐕ). ᛛⴚ⊛⋧੕ଐሽ㑐ଥ. R&D ⢻ജ. . Ꮢ႐ㆡᔕ⢻ജ. ԘC ␠ߣߩ౒ห㐿⊒. ԙPC ↪ DSC ⵾. 㧔↹⾰ᛛⴚ㧙శቇᛛⴚߩ౒᦭㧕 ຠ㐿⊒⢻ജ ⃻࿾Ꮢ႐ะߌ. Ԛᣣᧄੱࡑࡀ࡯ࠫࡖ. ԛC ␠ߣߩ౒ห㐿⊒. ⵾ຠ㐿⊒ᦼ. ࡯ߩᣣᧄߢߩ DSC 㐿. 㧔↹⾰ᛛⴚ㧙ㇱຠ㑆⺞ᢛ⢻ജ. ⵾ຠ㐿⊒⢻ജ. ߩ౒᦭㧕. 㧔⸳⸘㐿⊒㧕. 㧔1994 ᐕ㨪2002 ᐕ㧕 ⊒ߩਥᒛ. ԜDSC ߩ.  ԟDSC ߩ. ਎⇇Ꮢ႐ะߌ. ԝᣣᧄੱࡑࡀ࡯ࠫࡖ. ԞC ␠ߣߩ౒ห㐿⊒. ⵾ຠ㐿⊒ᦼ. ࡯ߩ DSC 㐿⊒ߩ⛔ว. 㧔࠰ࡈ࠻࠙ࠚࠕᛛⴚ㧙ዊဳൻ. ⵾ຠ㐿⊒⢻ജ. ࠬࠠ࡯ࡓߩਥᒛ. ࡁ࠙ࡂ࠙‫⸘⸳ޔ‬ᕁᗐߩ౒᦭㧕. ᒝൻ. 㧔2003 ᐕ㨪⃻࿷㧕. ԞC ␠ߣߩㅪ៤ᒝൻ. 㧔ડ↹߽น⢻㧕. 㧔ડ↹㧙⸳⸘㐿⊒㧙↢↥ᛛⴚ㧕 (出所)筆者作成,DSC はデジタルスチルカメラの略語.  そ し て,デ ザ イ ン・小型化競争 へ の 不適合. 方で,こうした能力は世界市場向けの製品開発. で 一旦 5% 台 に 下 がった K 社 の 世界市場 シェ. 活動が実行可能である事を本社に説得するイニ. アも日本の R&D センターの世界市場向け製品. シアティブを後押しするのである.そして,再. 開発期への進化と共に急伸するようになった.. 度,技術的相互依存関係を通じて世界市場向け. また,シェアの回復は,本社 R&D 部門と日本. の製品開発能力を構築するのである.もっとも,. の R&D センターの技術的相互依存関係を通じ. この進化のメカニズムは,海外 R&D 拠点が現. た,両国エンジニアの技術を結集して創出した. 地企業との技術的相互依存関係を通じて,双方. 欧米市場向け製品開発も影響していた.. の暗黙知を継続的に共有し,独自能力の構築・. 以上の分析から,海外 R&D 拠点の役割進化. 強化を図っていくことが前提となっている.分. は,現地企業 と の 技術的相互依存関係 に 基 づ. 析結果を,整理すると表 3 のようになる.①~. く独自能力の構築と子会社イニシアティブの. ⑧の連鎖が,海外 R&D 拠点の役割進化の鍵要. ダイナミックな連鎖が鍵要因であると考えられ. 因である.. る.技術移転期における現地企業の技術的相互 依存関係を通じて構築された開発能力は,子会. 6.結 論. 社マネージャーが現地市場向けの製品開発活動. 本稿の課題は,海外 R&D 拠点の役割がどの. を行う事を本社に主張するイニシアティブを推. ような要因によって影響を受け,動態的に進化. 進する.本社から役割付与がなされた後,海外. するのかという点にあった.現地企業への技術. R&D 拠点は技術的相互依存関係を通じて現地. 的相互依存関係を通じた暗黙知の共有による独. 市場向けの製品開発能力を構築するが,その一. 自能力の構築,子会社イニシアティブが,多国.

(14) 154 (334). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). 籍企業内部での役割を向上させる,というよう な 視点 に 基 づ き,米系多国籍企業 K 社 の 日本. 謝 辞. の R&D センターの役割進化プロセスを調査・. 本稿の作成にあたり,多くの方々からの御指導 や,御協力 を 賜った.レ フェリーの 先生 か ら は, 非常に有益なコメントを頂いた.横浜国立大学経 営学部教授 の 茂垣広志先生 に は 常日頃 の 研究活動 での御指導と共に,本稿の作成においても指導を 賜った.また,お忙しい中,快く調査に応じて頂 いた K 社の日本の R&D センターの皆様方に心よ り感謝申し上げます.. 分析した.同社の事例分析から,海外 R&D 拠 点の役割進化プロセスの本質に関して,内部学 習による独自能力の構築だけではなく,技術的 相互依存関係に基づく独自能力の構築とイニシ アティブのダイナミックな連鎖が鍵要因である と示唆できる.また,海外 R&D 拠点の役割進 化は,内部ネットワークとの技術的相互依存関 係を促進し,新たなイノベーションを創出する ことで,世界市場シェア向上に寄与し,多国籍 企業全体の企業成長に多大な影響を及ぼす可能 性も見出せた. 最後に,本稿の貢献と今後の課題を示す.こ れまで海外子会社の経営資源・能力構築は,内 部ネットワークを通じた本社からの一方向的な 知識移転,拠点間の知識共有・学習,また本社 主導による子会社の役割付与という見解が国際 経営研究や実務において一般的であった.しか し,本稿は,わずか一事例の分析に過ぎない が,これまで十分に議論されてこなかった海外 R&D 拠点の動態的な役割進化プロセスという 課題を通じて,外部ネットワークとの技術的相 互依存関係による独自能力の構築,子会社主体 での創発的な役割修正という分析視点から国際 経営の理論に一定の貢献ができたのではないか と考えている.また,多国籍企業が技術資源の 国際的分散化に海外 R&D 拠点を通じていかに 対処し,競争優位を構築するのかといった多国 籍企業の新たな戦略的課題の解についてもある 程度明示できたと考えている. その反面,本稿にはまだ多くの問題点が残っ ている.役割進化における組織間の関係性に注 目する際には,海外 R&D 拠点への調査だけで はなく取引先企業や内部拠点への調査を行うこ とで,その実態がより鮮明に分析できると考え られる.今後は,これらの課題と共により多く のデータを収集して研究を行っていく必要があ る.. 注 1)Ronstadt(1978)の研究は,役割進化のメカ ニズムに関する理論的な分析は不十分であり, 類型論の枠組みにとどまっているといえる. 2)海外子会社の設立時には,本社から知識を移 転する事が事業活動を行う上で重要とされてお り(Hymer, 1976) ,特 に,企業特殊的要素 の 強い暗黙知を移転し,経営資源・能力の蓄積を いかに実現していくかが,現地市場での不利を 克服する上で必要である(吉原,1988;安室, 1992) . 3)遠原(2003)は,この時のスラック資源に関 して,「意欲的な海外開発活動の従事者は,自 らの生産・プロセス技術の知識を,これらの 知識の学習プロセスにおける自らの経験に基 づいて,独自に活用するようになる」事と定 義している. 4)Ronstadt は,全社向けに基礎研究活動を行う 事を役割進化の到達点にしているが,本稿では 製品開発活動での進化に注目する事から,基礎 研究への進化は分析範囲に含まない. 5)Birkinshaw&Hood(1998)も,海外子会社 の 能力構築と役割進化の関係を分析している. 6)山口(2003)は本国のマザー工場から海外工 場への暗黙知の移転が子会社の能力構築をもた らし,役割進化に結び付くとしている.この事 から,海外 R&D 拠点も現地企業の有する暗黙 知の獲得を通じて能力構築を果たす事が,役割 進化に影響すると考えるのは極めて妥当であ る. 7)また,最近では,埋め込み理論を援用し,海 外子会社 と 現地環境 と の 社会的関係 に 焦点 を 当てた研究が増加している.特に,Andersson et al.,(2002)は,現地の取引先企業(販売先・ サ プ ラ イ ヤー)と の 技術活動上 の 社会的関係 ( 「技術的埋め込み」 )が海外子会社の能力構築 に影響を及ぼす研究を行っている.この点の先 行研究に関しては,島谷(2006 a)を参照され たい.この事から, 「技術的埋め込み」は, 「技.

(15) 海外 R&D 拠点の進化と企業成長(島谷). 術的相互依存関係」を補完する概念といえ,両 者は緊密な関係にあると考えられる. 8)例えば,富士ゼロックスは日本の複写機市場 における日本の競合企業に対抗するための小型 複写機「 3500 」の開発に当たっては,キヤノ ンの技術者を中途採用する事で,小型・軽量化 の設計思想を取り入れた(吉原,1992). 9)島谷(2006 b)は 海外 R&D 拠点 か ら 本社 へ の知識移転を成功させるには,両者の資源・能 力構築プロセスが異なるために双方で当該知識 の重要性・有効性を認識するための施策が必要 であるとしている. 10)本稿は,2005 年~2006 年にかけて我々が行っ た欧米系多国籍企業の日本子会社への調査デー タを活用している.調査内容は,日本子会社に おける生産技術能力・製品開発能力の構築と移 転に関するもので,質問票調査(製造業 320 社 対象)とヒアリング調査を実施した.本稿は, その内のヒアリング企業 1 社の調査を深く掘り 下げて分析している.二次データについては, 青島(2003),峰(2004),中道(2006),山口(2004), 週刊東洋経済(2006. 3. 18 号)を利用した. 11)ヒアリング調査は,K 社の日本の R&D セン ターの開発設計本部長に 2006 年 5 月 11 日(約 6 時間程度)に実施した. 12)知識特性 は,「コード 化可能性」「教育可能 性」「複 雑 性」(Zander&Kogut, 1995)の 諸 概 念に準拠し,暗黙知・形式知の判断を行った. また,知識の入手可能性についても,「オープ ン」・「クローズ」(Teece, 1986)の区分を通じ て判断した.例えば,技術ノウハウの特性に関 しては,どの程度明示化可能であるのか,どの 程度教育する事が容易であるのか,製品全体の 技術システムにどの程度従属しているのかに関 して質問した.また,技術ノウハウの入手可能 性については,日本で R&D 活動を行っていれ ば容易に獲得可能であるのか,あるいは,特定 企業との連携や協力の元でのみ獲得可能である のかを質問した. 13)K 社の概要と国際化の変遷に関しては,同社 広報室の資料を活用している. 14)銀塩フィルムに関する本社の画質技術の移転 は技術移転期に行われていた.その後,日本の R&D センターでは,この画質技術をデジタル 画質技術(画像処理分野)に応用するために, 当該分野の研究者やエンジニアを雇用し,独自 に技術蓄積を行った. 15)当時,A 社 は 自社 PC の 画像処理 に 自信 を 持っており,PC を更に有効に活用する戦略を 練っていた.そこで,画像入力装置としてデジ タルカメラを意識したが,カメラ開発に関する 技術が無く,日本の R&D センターに委託する. 16)設立期から 1998 年まで日本の R&D センター. (335) 155. は,本国の中央研究所の直轄下にあったが,そ の後,デジタル事業本部がコントロールするこ とになる. 17)電荷結合素子(Charge Coupled Device)の 略語である. 18)デジタルカメラ産業の前史や勃興は,山口 (2004)を参考にした. 19)デジタルカメラの競争次元の高度化と製品開 発能力 に つ い て は 山口(2004) ,中道(2006) を参考にした. 20)当時,本国側は,ウォルマートのような大手 流通への販売戦略と一体化した商品戦略を打ち 出しており,顧客企業が望む価格と画素数の商 品を迅速に市場投入することを重視していた. そのため,商品企画部は本国に置いていた. 21)日本人マネージャーの主張は,ヒアリング調 査及び峰(2004)を参考にした. 22)二眼レンズモデルの製品開発は,ヒアリン グ 調 査 及 び「週 刊 東 洋 経 済」 (2006. 3. 18 号, P66)を参考にした. 23)ヒアリング時(2006 年 5 月)の提供資料のデー タを利用しているので,2006 年度のシェアは 計上していない.. 参考文献 Andersson, U., Forsgren, M. and Holm, U. (2002) “The Strategic Impact of External Networks: Subsidiary Performance and Competence Development in the Multinational Corporation,” Strategic Management Journal, Vol. 23, pp. 979─996. 青島矢一 .(2003) 「産業レポート 6 デジタルスチ ルカメラ」 『一橋ビジネスレビュー』2003 年 夏号 . Asakawa, K.(2001) “Evolving HeadquatersSubsidiary Dynamics in International R&D: The Case of Japanese Multinationals,” R&D Management, Vol. 31 (1), pp. 1─14. 浅川和宏(2002) 「グローバル R&D 戦略とナレッ ジ・マ ネ ジ メ ン ト」 『組織科学』Vol. 36 (1), pp. 51─67. Birkinshaw, J. (1997) “Entrepreneuship in Multinational Corporations: The Characteristic of Subsidiary Initiatives,” Strategic Management Journal, Vol. 18, pp. 207─230. Birkinshaw, J. and N. Hood. (1998) “ Multinational Subsidiary Evolution: Capability and Charter Change in Foreign-Owned Subsidiary Companies,” Academy of Management Review, Vol. 23 (4), pp. 773─795. Bartlett, C. A. and S. Ghoshal. (1989) Managing.

(16) 156 (336). 横浜国際社会科学研究 第 12 巻第 2 号(2007年 8 月). Across Borders: The Transnational Solution, Harvard Business School Press.(吉 原 英 樹 訳『地球市場時代の企業戦略』日本経済新聞 社,1990 年). Florida, R.(1997)“The Globalization of R&D : Result of a Survey of Foreign-Affiliated R&D Laboratories in the USA,” Research Policy, Vol. 26, pp. 85─103. Ghoshal, S. and Bartlett, C. (1990) “The Multinational Corporation as an Interorganizational Network,” Academy of Management Review , Vol. 15 (4), pp. 603─625. Ghoshal, S. and Nohria, N. (1997) The Differentiated MNC, San Francisco, Jossey-Bass. Hakanson, H. and Johanson, J. (2001) “Business Network Learning-Basic Cosiderations-,” Business Network Learning, Pergamon, pp. 1─12. Hedlund, G. (1986) “The hypermodern MNC-A heterarchy?,” Human Resource Management, Vol. 25 (1), pp. 9─35. Hymer, S. (1960) The International Operation of National Firms: A Study of Direct Foreign Investment, Doctoral Disseration, MIT Press (pub. In 1976)(宮崎義一編訳『多国籍 企業論』岩波書店 ,1979 年). 岩田智(1994)『研究開発 の グ ローバ ル 化』文眞 堂 Kuemmerle, W. (1997) “Building Effective R&D Capabilities Abroad,” Harvard Business Review, March/April, pp.61─70. Mansfield, E., Teece, D and A, Romeo (1979) “Oversea Research and Development by USBased Firm,” Economica, Vol. 46, pp. 187─196. 峰如之介(2004)『日本市場を獲る!』宝島社 . 茂垣広志(2001)「海外子会社コンテクストと本 社─子会社関係」『横浜国際社会科学研究』 第 6 巻 (3), pp. 277─294. 森樹男(2006)「欧州における日系多国籍企業の 海外子会社に関する研究」『国際ビジネス研 究学会年報 2006 年』,pp. 277─289. 中道一心(2006)「産業特性からみた日本デジタ ルスチルカメラ産業の国際競争力」『産業学 会研究年報』第 21 号 . 日本貿易振興機構 対日投資部(2004)『 R&D 拠 点誘致のための設立要因調査』 Nobel, R. and J. Birkinshaw (1998) “Innovation in Multinational Corporations: Control and Communication Patterns in International R&D Management,” Strategic Management Journal, Vol. 19, pp479─496 Ronstadt, R. (1978) “International R&D: the Establishment and Evolution of Research and Development Abroad by Seven U.S.. Multinationals,” Journal of International Business Studies, Vol. 9 (1), pp. 7─24 榊原清則(1995) 『日本企業の研究開発マネジメ ント』千倉書房 . 島谷祐史(2006 a) 「海外子会社 の 知識獲得 と 移 転に関する一考察─埋め込み理論による新た な 分析視角 の 提示─」 『横浜国際社会科学研 究』 ,第 10 巻 (6), pp. 95─112 島谷祐史(2006 b) 「海外 R&D 拠点を基点とした 知識移転─欧米系多国籍企業における日本子 会社の定量分析をもとに─」 『横浜国際社会 科学研究』, 第 11 巻 (2),pp. 107─127. 椙山泰生(2001) 「グローバル化する製品開発の 分析視角」 『組織科学』 ,Vol. 35 (2), pp. 81─94 高橋浩夫(1996) 『研究開発国際化 の 実際』中央 経済社 Teece, D. (1986) “Profiting from Technological Innovation: Implications for Integration, Collaboration, Licensing and Public Policy,” Research Policy, Vol. 15, pp. 285─306. Terpstra, V. (1977) “International Product Policy: the Role of Foreign R&D,” Columbia Journal of World Business, Vol. 12 (4), pp. 24─32. 遠原智文(2003) 「海外開発活動の進化に関する 戦略論的考察:富士 ゼ ロック ス の 事例 を も と に し て」研究年報『経済学』 (東北大学) , Vol. 65, pp. 89─109. 東洋経済新報社『週刊東洋経済』 (2006.3.18 号) Vernon,R.(1966) “International Investment and International Trade in the Product Cycle,” Quarterly Journal of Economics, Vol. 80, pp. 190─207. 安室憲一(1992) 『グローバル経営論』千倉書房 . 山口隆英(2003)「知識移転 と 海外工場 の 進化」 『国際 ビ ジ ネ ス 研究学会年報 2003 年』,pp. 149─162 山口洋平(2004) 「カシオ計算機における 「 EXLIM 」 の開発」 『赤門マネジメントレビュー』3 巻 (6) 山倉健嗣(2001) 「アライアンス論・アウトソーシ ング論の現在」 『組織科学』 ,Vol. 35 (1), pp. 81 ─95 吉原英樹(1992) 『富士 ゼ ロック ス の 奇跡』東洋 経済新報社 吉原英樹,林吉郎,安室憲一(1988) 『日本企業 のグローバル経営』東洋経済新報社 Zander, U. and B. Kogut. (1995) “Knowledge and the Speed of the Transfer and Imitation of Organizational Capabilities:An Empirical Test,” Organization Science,Vol. 6 (1), pp. 76─92 [し ま や ひ ろ ふ み 横浜国立大学大学院国際社 会科学研究科博士課程後期].

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