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戦後産業構造の展開と新旧中小企業観の対立について

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(1)戦後産業構造の展開と 新旧中小企業観の対立について 衣. 本. 箪. 彦. はしがき 近年における内外経済環境の変化に対応して産業構造の転換問題がとみに関 心をよんでいるが, それに関連して中小企業の在り方も政策的見地から問われ 始めている。 たとえば, これまでの重化学工業の展開過程で生成してきた新し い中小企業観の政策理念化から, さらに一 歩進んで, その具体的な展開が近代 化政策から知識集約化政策への基調転換として示されつつある。 しかし他方に おいては, 伝統的な ‘ 問題性下の中小企業、観には根強い支持があり, 本質的 な問題に対する政策的軽視が批判されている。 結果的には, 新旧中小企業観の対立は今後の中小企業研究にこれまで以上の 政策論的見地を投影させることになるであろう。 それだけに, かかる研究を皮 相的な政策論におわらせないためには, その対立の生成過程を戦後経済の展開 に関連づけて多面的に分析することが必要になってくる。. 本稿の課題は,. 戦. 後, とくに昭和30年代の産業構造の展開と新旧中小企業践対立の契機をかかる 視点から説明することにある。. 1.. 産業構造の転換. 戦前期の工業化を支えたいわゆる加工貿易体制は軽工業, とりわけ綿工業資 本の展開によって確立されたものであった。 それは主に相対的蓄積資本の不足. -87. (6667)-.

(2) と相対的過剰労働力の存在という後進的国民経済構造に規定された. ‘. 低賃金、. をいわゆるダンビング輸出の強行という手段を通して国際競争力化してゆくも のであった。 しかも, この加工貿易が経済循環から遊離した軍需に依存する当 時の重化学工業部門に必要な原材料• 生産設備等の輸入のための見返り貿易的 な役割を担わされていただけに, 国民経済全体としての工業化の展開そのもの は, 経済社会部面を皮相的にしかとらえることができず, 後進的性格を払拭す ることなく, 逆にそれを構造的に経済展開にまといつかせることになった。 た とえば, 相対的過剰労働人口が沈澱する殷村の未分解の推移が前期的な中小企 業の広範な残存を必然化するとともに, そのような中小企業群の支配毀本によ る組織的利用が近代的工業展加力の下ざさえとなり, 問屋制· 下諮制が普及し たのであった。 ところで, 第二次大戦後の内外経済環境の変化は,. ‘. 貿易の伸長こそ日本民. 族の生存と成長の第一義的手段である、 (!) という貿易主義の復活にあたって, 戦前型の加工貿易を再現させる条件を戦後経済にもたせなかった。 中国の社会 主義国への編入とその他のアジア地域での軽工業の発達は戦前資本主義の再生 産圏の崩壊を意味したこと(2) や殷地改革や労働組合迎動の 解放等の経済民主 化が戦前水準での低賃金労働の利用を困難にさせていたことなどが将工業型産 業構造の発展性の限界になったのであった。 したがって, 軍需の消滅によって 瓦壊した軍化学工業に代って軽工業優位の傾向が昭和20年代の中頃まで産業構 造にみられたけれども.. ‘. 独立、 そして国際経済への復帰を契機に, 戦後的賭. 条件に適応した輸出に結びつく工業生産力の確立の観点から.. 「紡絨から化級. ヘ, 繊維から金属へ,さらに機械へと原料のドル依存度が少なく,しかも外貨獲 得率の商い商品に構成を移行しながら加工貿易の高度化をはかる方向」 (3) が戦 後産業の発晟方向となった。 団化学工業型産業構造が軽工業型産業桔造に比較 して社会的分業的に屈用効率, 投資効率の高い生産力構造と所得水準の高位に 規定された需要構造等を有することは先進工業国の事例において明らかなとこ ろである。 したがって, 戦後の産業構造の転換が成功するかどうか, それによ. -88. (6668)-.

(3) って「合理的な雇用水準を維持し, 生活水準を高め同時に外国より援助なくし て国際収支の均衡を実現する」 (4) ことができるかどうかは戦後の復興過程にお いて先進国的条件への素地が準備されているかどうかによる。 農地改革や労働 組合運動の解放が農業所得や労働賃金を引き上げることになり, 戦後の国内市 場は拡大する条件を持っていた。 また, 財閥解体, 過度経済力集中排除が戦後 市場構造の流動化· 競争的構造を準備していた。 したがって, 産業活動のダイ ナミズムを培養する資本• 技術の側面が産業構造転換条件としてとくに重要に なってくる。 この点の説明については次章の課題として, ここでは戦後に造肛 として残された軍化学工業の特徴を説明しておこう。 さて, 戦前の重化学工業は「欧米諸国のそれに圧倒され, 国家資本の主導と さまざまな 政策的保護に よってようやく その一 部が 存立しえたにすぎなかっ た」 (5) が, とくに昭和6年の金輸出再禁止による金本位制離脱以後, 固際競争 の波から遮断されてからは, もっばら「戦争目的に従属し, 一般経済発展の法 則に従って行なわれたというよりも, 政治的, 経済的強制を通じて, むしろ強 引に達成されたという色彩がつよかった」 (6) 。 そして,昭和大恐慌後の世界的な 産 業合理化迎動の波から孤立し, 軍事生産技術への偏爾という技術的跛行性が 顕著になり, その結果として, 戦後, 造産として残された煎化学工業は, 原料 供給地および製品市場の遠隔化に加えて, 生産設備の老朽化・陳腐化と民需関 連の技術水準の低位性から, 製品価格を国際的に割商なものとし, 民需への転 換が疸に輸出力に結びつかなかった。 さらにまた, 担い手となる私的資本にし ても, 甫化学工業の再建には過小かつ微力であった。 かかる資本群は戦前の特 権的な資本蓄枯の諸契機を敗戦による植民地の喪失や財閥解体等の戦後改革に よって全面的に消失し, その産業支配力を著しく 弱化させていたから, 資本集 約的性格を有する重化学工業の自力更生的再建は資本にとって負担が大きすぎ た。 たとえば, 戦後再び広範な中小企業の下請利用が復活させられたのも, そ のような私的資本の限界を象徴するものであった。 したがって, 戦後の軍化学 工業の展開力に内在する後進性や脆弱性の克服という問題は単なる戦後の回復. -89. (6669)-.

(4) 要因や朝鮮動乱プ ー ムによって解決されるものではなかった。 その結果, 政府 の政策的助成が戦前以上に望まれ. 技術水準の改善. 資本蓄積の補完, 市場確 保等を目的としたいわゆる総合的な重化学工業化政策が. ‘. 独立、以降梢極的に. 展開されることになった。 注 (1) 通産省企業局編「企業合理化の諸問題」4ページ (2) 柴垣和夫(戦後改革と産業構造の変革)「産業構造と社会変動 ー産業構造の変革」 19ページ参照 (3) 経済企画庁調査局編「資料経済白書25年」69ページ (4) 通産省企業局編「前掲書」2ペ ー ジ (5) 柴垣和夫「前掲書」17ページ (6) 酒井安隆(経済成長と二重構造)「日本産業構造の研究」25ページ. 2.. 重化学工業化進展の構造. 昭和20年代末には, ほぼ戦前水準の鉱工業生産を回復した日本経済は, 昭和 30年以降のいわゆる高度経済成長過程において, 璽化学工業化を著しく進展さ せ. 産業構造を欧米先進国型へと近づけることに成功した。 しかしそれが匝に 輸出に結びついた工業展開力を意味するものではなかった。 すなわち産業構造 の重化学工業化率と貿易構造の それとの同質化が本格的にみられるのは昭和30 年代の末から40年代にかけてのことである。 このことは昭和30年代の重化学工 業化がその構造と機能をもっぱら国内市場に依存しながら国際競争力の強化に 向けられた加工貿易高度化体制確立への過渡期であることを示している。 そし て. ‘. 自らの足、 を持ちえるための支配資本と政府の相互補完関係はとくに昭和. 30年代前半において資本,. 技術.. 市場に関して効率的に展開されたのであっ. た。 技術進歩の飛躍的な発展がみられる時期においては. 現存の技術, 生産設備 が巨額な研究・開発投資の結果としてえられたものであっても. 次から次と生 み出される新生産方法や新商品によって, その経済的価値がたえず脅かされ.. -90 (6670)-.

(5) 場合によっては,. 一. 瞬のうちに陳腐化させられる可能性がある。 技術的独占の. 地位は技術革新期においては弱いのである。 それだけに, かかる条件下におい ては企業の経営政策も積極的な研究· 開発投資を展開すると同時に, その巨額 の投下資本の早期回収に努めざるをえなくなる。 そして, 技術, 特許の商品化 が一般化される (1) 。 このような状況が戦後の世界, とりわけアメリカを中心と した先進工業国において醸成されていたのである。 それだけに, わが国重化学 工業の再建にあたっては. この世界的な技術• 特許の商品化傾向にうまく対応 刊 することが得策であった。 政府が 時間と資本、 のかかる自主技術開発主義に. よる重化学工業の再建を放棄し, 昭和24 年に制定された外為法, 25 年の外資法 によって技術導入と国内市場保護をリンクさせ, それをテコに大企業を中心と した財政投融資, 租税特別措龍等による総合的な技術導入政策を推進したこと は支配資本による産業再編成を踏み台に産業構造の転換を容易にすることを目 的としていたからである。 戦後の財閥解体等の支配資本に対する経済民主化の一 応の完了と ` 独立、 を 契機とするその反動とが新なる秩序への競争エネルギ ー を喚起し, 躍動的な大 企業体制が登来する。 支配資本の新秩序への産業再編成は, まず第 一 に統轄機 関を喪失し.. バラバラになっていた旧財閥系企業群をかつての機関銀行を中心. に融資系列.株式持合.社長会等の手段によってグル ー プ化する型において展開 された。 とくに, それが戦前型の流通. 金融面からのピラミッド型企業支配と ことなるところは. 重化学工業部門への積極的進出によるワンセット主義的企 業集団にある。 このワンセット主義の本質は. 支配的資本が重化学工業の再建 を世界的な技術革新の輸入によって実現しようとする政府への融着を強めなが ら, 戦前と比較して, 資本的結合の希薄化による産業支配力の弱化を技術的関 連の強化において補強しようとしたビヘイビアにある。 換言すれば. 外国技術 の導入は諸産業間の連鎖の結節点を多様化し. そこに形成される外部経済を補 完的な生産要素 一生産物の関係を通して. 一般的に波及させたが, 支配資本の 蓄積政策はかかる「外部経済の内部化」を産業支配力強化の要因にしようとし. -91 (6671)-.

(6) たのである(2) 。 とりわけ, 導入される技術が, 政府の手厚い保護に加えて, プ ロダクト. ・. サイクル理論的にいえば, 先進国において成長期あるいは成熟期段. 階の技術であっただけに, 支配資本にとって、. リスクが小さく利潤の高い投資. 機会となりえたことが、 大企業集団間の投資意欲をより一層刺激する結果にな った。 要するに政府の産業構造の転換 ー (爾化学工業型加工貿易体制の確立) という目的と支配資本の産業支配力の復活. ・. 強化という目的はまさに輸入技術. において結びつけられたといっても過言ではない。 そして, この関係を資金面 から支えたのもかかる関係を基底においた間接金融方式の発達であった。 各巨大企業群が基礎 一応用ー開発ー 実用化という自主開発プロセスを放棄し て, 既存外国技術の導入に依存する場合には, 一つの技術に対する類似技術あ るいは競合技術の専入も容易に行なわれるだけに, 技術的独占は自己開発主義 に比べて極めて弱<, しかも技術水準の問題はもっぱら資金調達問題に環元さ れてしまう(3) 。 技術導入― 市場占有競争は金融問題に転形され, 間接金融方式 や系列融資が戦後産業の再編成において璽要な意味を持つのもそのためである。 財閥解体過程で, 他産業種に比べて, ほとんど無傷のままに温存された1日財閥 系巨大銀行が日本銀行の貸出しに依存しながら, 9 日財閥系企業群を対象に系列 融資を行ない, 璽化学系工業技術の特徴である大規模大量生産化の進展にとも なって巨額化した投資資金の供給を可能にした結果が戦後産業構造の璽要な結 節点に企業集団にとっての戦略的要衡を構築し え た の であった。 日本経済の 泊らの足、 はまさに巨大企業集団にとっても同様の足であった。 注 (1). 日本生産性本部生産性研究所「技術革新と1J本経済」48ページ参照. (2) 宮崎義ー著「戦後日本の経済機構」第二章参照 (3) 大梃周治 (戦後日本の産業技術の発展とその性格) 292ページ参照. 3.. 「現代日本の経済と政冶」. 重化学工業化と中小企業近代化. 昭和30年代の重化学工業は戦前とことなる民需を市場に経済の重要な結節点. -92 (6672)-.

(7) あるいは国際競争上の戦略的要衡を形成し, 国民経済に深く根をおろし, 経済 のすべての分野に影菩力を持つことになった。 この過程において, その担い手 となった巨大企業の近代的活動は戦前より継承されてきた工業内部の後進的領 域やその他の経済社会の停滞的部門との 一連の緊張を必然的に生み出し, やが て前者による. ‘. 高度成長、 への条件づけという問題が後者につきつけられるこ. とになった。 重化学工業製品は資本集約的な量産型プロセスを特徴とするもので, そのコ ストに占める賃金の割合は軽工業製品に比べて極端に小さくなっている。 また このような重化学工業製品の特質は諸産業の有機的散l辿性と企業間の相互依存 性の量的・質的高度化によってはぐくまれるものである。 かくして, 重化学工 業を中核とした加工貿易体制の確立にとっては, 伝統的生産体系の再編成が必 要になってくる。 コンビナ ー トの出現はその典型であるが, 大企業による中小 企業の組織的利用にも大きな変化がみられた。 戦前とくに軍需工業部門におい て発達し, 戦後も工業全般にわたって復興過程で復活してきた下訥制度が生産 性向上, 品質向上の側面から改良されることになった。 下請制は中小企業の大部分が大企業部門に必要な部品の加工あるいは大企業 が生産した原材料の加工 ・ 組立に従事して、 大企業の発展に直接的に依存する とともに,他方,大企業が資本の節約· 景気変動のクッション,低賃金利用の目 的のために中小企業を外注生産体制に組み込むという相互補完関係を意味する。 そしてその場合における下請制の 特徴は大企業が主に流通面から中小企業を利 用するものであるから, 両者間の有機的閲連性は乏し<' 質的な相互依存性は みられない。 したがって, 重化学工業に函際競争力を持たせる一つの手段はこ の関係を商業資本的性格から距業貧本的性格 (1) に変質させることである。 換 言すれば, 重化学工業製品の国際競争力は, 低貨金が武器となりえた戦前の怪 工業製品と異なって, 近代的生産設備と大櫨生産による生産性向上によって実 現される。 しかもこの生産方式の特性は一貫化, 多角化を有するから, 多種 部品生産に従事する中小企業や加工部門の中小企業の技術水準の向上は大企業. -93 (6673)-.

(8) が中小企業利用体制を放棄しないか ぎり必然的 に要求されるのである。 したが って,. 大企業だ けが,. 技術導入競争を通して,. 近代化を速効的に展開したと. しても, 関 連中小企業が従来同様の技術水準に放置されているな ら ば. 両者 間 の 生産性格差は拡大し. 大企業製品の 質的向上が図れないという 問題が生 じ る。 下実, この 当 時大企業の生産性ははや く も戦前水準を回復していたのに . 中小企業のそれは大き く 立ち遅れを示していたので あった。 したがって, わが 国の生産体系の特徴か ら . 大企業に は中小企業の近 代化を考慮しな ければ. 自 己の近代化が完結しないという側面が存在するので ある。 このような 性格をは じめて指摘したのが昭和32年度経済 白 害で あ り, 「 1 国のうちに, 先進国と後進 国の二軍構造が存在する に 等しい」 とし, その解消 問題を提示したのであった。 もっとも, 中小企業の 自 力的な 近代化努力には, 中小企業問題を拡大再生産 する構造地盤ーー たと えば資本集中機構の存在な ど — に 変化がみ ら れない以 上. 限界が あ るか ら . 大企業はと く に 下請中小企業の上層 に 対して, 技術指導 • 設備資金貸付.. 煎役派遣,. 株式保有等の腹接的 な手段を講 じ て,. 中小企業. の近代化を助成し, 中小企業との生産性格差の縮少 に努力したのであった。 ま さ に 産業資本的支配の展開であった。 その結果, 大企業と中小企業との協力的 関係の色彩が強 く あ ら われ, それは単 に 支配 ・ 従属の関係で表現しえ な い, 外 部に 対する利益共同体的性格を醸成させることに なった。 この特徴をわれわれ は企業集団化の中小企業領域への波及と理解し, 大企業同士のグル ー プ化を企 業集団の. 屯. 木黄への広がり、 と呼ぶ な ら ば, それを. `. 縦への広がり、 という意味. に おいて系列化とよぶのである。 したがって, 中小企業の近 代化問題は系列化 なる形態 に おいて戦後は じめて論 じ ら れたので あった。 な お, 中小企業の近代化 問頗は輸出産業 問題として論 じ ら れた点についても ふれておかねば な ら ない。 輸出工業製品の生産に 占める中小企業の比率は伝統 的 に 大き く , 大阪府立経済研究所の推計 によれば昭和30年代前半 においても約 60%程度を保持している (2) 。 したがって, 重化学工業化の進展を国際収支の天 井の 低 さ に 制約させない 一手段として, かかる中小企業の存在は重要で ある。. -94. (6674)-.

(9) し かし, 発展途上国の低賃金を武器にした追上げははげしく, 輸出中小企業の 地位がたえず脅 かされていたから, 重化学工業化に必要な技術導入, 原材料. ・. 生産設備の輸入を可能にする外貨の獲得という輸出中小企業の見返り貿易的機 能の高揚を目 的とした生産性向上等の近代化が要請されたのであった。 いずれにしても, 中小企業の近代化問題は主に そ れまでの中小企業が有する 後進的停滞の問題を大企業中心の重化学工業化の効 率的展開にかか わる問題と して. 一部ないし特定の中小企業に関して 論 じられたのであった。 さて. 昭和30年代後半においては, 重化学工業化の進展過程における内外経 済環境の変化が中小企業の近代化の問題を. `. 一部ないし特定、 から. `. 全体、 ヘ. と一般化させる こ とになった。 そ れは労働力 不足現象. 需要構造の変化および 開放経済への移行等に直面して, 伝統的な中小企業の在立基盤に変化があらわ れ. 中小企業側の危機感が新なる存立条件への対応を意味する近代化問題に取 り組まねばならなくなっていたからである。 とりわけ. 労働力の過剰型経済か ら労働力 不足型経済への移行は伝統的な中小企業問題の拡大再生産構造の決定 的な変化を意味し. 他の諸条件に比べて , 中小企業の存立問題上重要であった。 戦前期の工業化は農村分解に対して微力であった。 農業は 「 長期間にわたっ て. 経済の近代的活動のための大きな労働力貯蔵庫でありつづけた」(3) と p . シロ ス. ・. ラビ ー ニ がいうように, 明 治以来わ が 国の農業も同様の機能をもって. いた。 とりわけ戦 前期において は農外流出人 口 は主に農業の低い生活水準に規 定された 口 べらし, 家計補充を目 的とした単身者型( 婦女子. 二三男 )であり, 農業人 口 , 約1500 -1600万人. 殷 家戸数550万戸は ほ と ん ど 変化し ないで推移 した。 そ れに対して , 戦後の産業的躍動は巨額の固定資本の配置の割合には労 働集 約的性格の強い機械工業を中心に新産業の 勃郵 . 既存産業の大規模化ある いは工業領域の拡大に対応した第三次産業領域の発展等によって , 農業外領域 での肩用機会の増大. 賃金上昇, および 農業内での工業製品の利用度の向上等 による省 力化がみられ. 農業人 口 のいわゆる地すべり現象を 引 きお こ した。 こ の経済規模の拡大はやが て全体的な 労働力 需給の逼迫一ーとりわけ若年者に対 -95. (6675) -.

(10) ‘. して — を常態 化 させ, 昭和30年代後半 には, 労働力 過剰型 経済 から 不足型 、 経済への移 行が本格化 した。 中 小企業 に対する求人難 が昭和34年頃 からあら われ, 賃 金上昇圧力 から経営不安定性を増 大 させ, 中 小企業の階層分化 が激 し くな っ た。 昭和35年 に策定 をみた所得倍増 計 画 において も 「 今後 進展 する労働 事恰 の変化 を考應 すると, 長期 的にみれば 低 賃 金依存 の経営 の存立 は 困難 にな ると予想 されるので, 生産性向上 を図 るため中 小企 業はそ の近 代化 を急 ぐ 必要 がある」 と判断 されるまでにな っ た。 かくして , 昭和30年代後半 の重化学 工業化 は 中 小企業の近 代化 問題の一般 化 によっ て 広 範 、 多 様 に存在する中 小企業 の国民 経済的意義をはじ めて 日 本経済 の展 開に関連づ け て 世 に問 うことにな っ た。 このことは戦前より 日 本経済の構 ‘. 造的特徴 であっ た 二 重構造、 が昭和32年 に経済白 書 において 提起 されて以来 中 小企 業研究家 の積 極的な 参加による論争 (4) をもたらしたことによっ て 明らか である。 注 (1) 藤 田 敬三著 「日本産業構造と 中小企業」 参照 (2) 清成忠男著「現代 日本小零細企業」 40ペー ジ参照 P ・ シ ロ ス ・ ラ ビ ー ニ著 (3) (訳) 尾上久雄 「経済発展ー理論と現実ー」 112ペー ジ (4) 酒井安隆著 「企業系列と産業構造」 134ペ ー ジ参照. 結 び に 代 え て 一一. 4.. 新 旧 中 小 企業観の対立. 昭和30年代の重化学 工 業の国民 経済的課題は, 軍術 に依存した戦前型 のそ れ とはことな っ て , 加工貿易体 制の根幹 として の地位 を 構築 できるかどうかにあ っ た。 この戦後 産業構造の転換問題は国際競争力 の培捉 そ のための資本の調達. ・. ・. 育 成が重要であり ,. 市場 の創 出 · 技術水準 の向上 を目的とした大企 業およ. び政府の相互補完関係は, 後年 に外国から日 本株式会 社とよばれる索地を形成 することにな っ た。 われわれは昭和30年代後半 における中 小企業の近 代化 問題 -96. (6676) -.

(11) にも, そ のような関係が色濃く投影 し てい る ことを指摘す る こ とができ る 。 近 代化問題が労働力不足現象を契機に本格化 し た ことは一つには先に述べた中小 企業の危機感にあ る が, もう一つは独占的大企業の産業支配がいまや全経済領 域の組織化に おいて達成す る 必要が生 じ たか ら であ る 。 す な わち, 労働力不足 経済への移行は, そ れまでの重化学工業化を推進 してきた支配資本 に と っ て, 資本 ・ 技術 ・ 市場に加えて労働力の確保と 低賃金水準の維持をは じめて 問題視 され る ことに な っ た。 そ のことは大企業の蓄積政策を, 資本集中機構の確立, ワンセ ッ ト主義的市場占有競争, 輸入技術促進環境の整備等か ら 労働 力流動化 問題へと広 げ る ことを意味す る 。 要 す る に , 重化学工業化を推進す る 大企業経 済はわが国 低賃金基盤の一 枚岩的存在であ っ た中小企業の解体と再編成 に必然 的 に結びつけ ら れ る こと に な っ た 。 そ し て, これまでの中小企業(およ び農業) が担わされていた過剰労働力の 吸収源的役割の放棄が労働 力不足現象下におい て社会問縣化す る ことなく行な われ る こと か ら , 政府が重化学工業化過程で創 出されてき た市場的 ・ 技術的根拠をも っ た 少数の成長中小企業を産業政策上 に 早急 に位置づけ, そ の政策的理念化を試み た 背後 には, 問 題性下の中小企業の 切 り 捨てに よ る 中小企業領域か ら の労働力の放出が目 論まれてい た 。 ここに中 小企業の近代化問頗は中小企業構造を 急速 に変化させ る 過程 において中小企業 本質観 に 深くかかわる 問題と して登 場 し てく る のであ る 。 それでは. 昭和30年代の中小企業研究はこの近代化 問題をいか に 理解 し てい たのであ ろ うか。 以下に おいて, この点を中小企業本質観の側面か ら 概略 し て おこう。 戦後の中小企業研 究は, 個 々 人の資本主義経済観や研 究領域あ る いは そ の時 々 の置かれた 経済状況等に左右されて分析方法や問 題設定も一定 で な い けれ ども, いずれの場合にも, 中小企業を 「他のあ ら ゆ る 経済的諸現象か ら 抽 象 し て そ の内面でのみ分離理解」(1) す る という戦前期の欠点を克服 し , 経済展 開 に おける 不可欠の要因と し ての中小企業の歴史的 • 構造的特質の解明を共通 の基点 (2) と し てい た 。 そ れ だけ に ,. 重化学工業段階への生産力構造の編成過. 程 に おいて本格 化し た中小企業の近代化問題は 当 然 に 最重要な研究課題の一つ. -97. (6677) -.

(12) としての位置づけが行なわれていた。 そ れも, 中小企業 を ば 「 単なる資本対資 本の横の対等な競争関係ではなしに むし ろ 優位資本による劣位資本の縦の支配 , 従属関係 を も ち,. 特に独 占的な いし寡 占的大企業が そ れによ っ て中小企業の. 低賃金労働力 を 利 用 するとい う 資本対労働の収取関係」 (3) において把握し, 中 小企業の問題性および そ の従属的性格を強調する従来の見解とは全く異な っ た 視点を生みだした点で中小企業研究上預要な時期 で ある。 すなわち, 大企業と 中小企業と の関係 を 一 義的に支配 ・ 従属関係において 把握し, 中小企業の問縣 性 を重視する. いわば 「後向き」 の本質観に対して , 戦後の経済展開過程にお いて創出されてきた技術的 ・ 市場的条件に支 えられ適度規模 化あるいは成長す る中小企業の レ ー ゾ ン. ・. デ ー ト ルと そ の社会的価値を強調する, いわゆる 「前. 向き」 の見解が対立しは じめたのであ っ た。 後 向きの視点は中小企業の近代化 を否定的ないし懐疑的に把握するのに対して. 前 阿き視点はま さに中小企業近 代化 を積極的に肯定し, そ の将来像 を バ ラ 色 に 描こ う とするものである。 冴否定論、 は中小企業の近代化動 向 を 「独 占的大企業の支配体制 の間 隙 を ぬ う 過渡的現象」 (4) とみなすもので , 成長中小企業の多くは独 占的支配がま だ十 分に確立されていないとか, そ の支配網の一 種の に属するもの (5) と考 え ,. ‘. 真空状態、 にある生産領域. いずれはこれらの成長中小企業も独 占の支配体制下. に埋没するとい う 論点にある。 したが っ て , 重化学工業の進展過程において , 中小企業問題 を拡大再生産してきた従来の構造には, 基本的な変化 が み ら れ ず, 中小企業の近代化は そ の経営力 から生 じたとい う よりもむし ろ 独 占的大企 業の蓄租政策の変更ないし許容し得る範 囲における展開とみなす見解, あるい は大企業主導の重化学工業化が中小企業利用 方式の再編成を重要な骨子としな ければならない日本経済の特殊性の事実認識として中小企業の近代化 を 把握す る見解であり, そ の根底には, 中小企業の将来像を 宿命的な悲観論において 描 こ う とする伝統的な姿勢がある。 このことからこの立場は二重構造の 解消問題 に対しても否定的な論点を主張することにもなる。 ま た, 肯定論は. 主に, 成長中小企業の事例研究による近代化の現実的認識. -98. (6678) -.

(13) を通して いわ ゆる 中堅 企業の 理 念 化を推 し進める ところに特徴 がある 。 その 論 点 は , 重化学工業化の 展 開が 「 巨大企業部 門 と密接 な産 業連関 をも つか, ま た は その 製品多 様 化部 門 に位置 す る 中小企業を成長させただけで なく, ま た社会 的分 業を深 め多 様 化し, 特殊 な製品,. 技術 をも って 独 自 な新分野 を開拓 して い. た中小企棠 の 発展の 条件をも つ くりだした」 (6) と評価 し, 経済的 弱 者 として 本 来 消滅 の 運 命 を持ち ながら も ,. 主 に豊富 な過剰人 口 = 低賃 金労働 力 の 存 在にお. いて 産 業構造の 底辺 部門 を構 成して きたこれ ま で の 中小企業群 と は 異質 な革新 的存 在として の 成長中小企業群 の 出現 を強 調 したの で あった。 それ は それ ま で の 停滞的残存 という固 定的 な中小企業観 に対して 躍 動 的 な中小企業観で あり, 問題性下の 中小企業に対して 経済的 合理性 的 存 在として の 中小 企業像 を描 くも の で あった。 事実 , 「 家電 • 自 動車 · 産 業機 械 ・ エ 作 機 械など の 量産型 ・ 組立 型機 械工業 に関 連 す る 部品の 生産 に専 門 化し量 産に徹底した企業, ② 消費 水準 の 上昇 に対処 して . 消費財の分野で 量 産 を組織 し, ナシ ョ ナル 立 し.. マス ・ マ ー ケ ッ ト を開拓 した企 業·. ® 各種工作 機 械,. ・. プ ラ ン ド を確. 産 業機 械の 分 野. で 特徴 ある 機柿 • 生産 への 特 化に成功し. 中量 生産 を組織 した企業」 (7) を中心 に, 適正 規模 化した中小企業の 上 向 逓 動 は , 低賃 金基盤の 解体 を克服して 規模 別賃 金格差 の 縮 少ーニ煎構造の解消 に大 き く貢献 したの で あった。 われ われ は 重 化学工業 への 産 業構造の 転換過程 において 進 展 した戦後経済の 近 代 化活動 がその 低辺 部門の 中小企 業領域 にま で 浸 透 しは じめたところに新 旧 中小企業観の 対立の 条件が生み出され たと考 えて いる 。 し たがっ て , この 対立 は 戦後の 工業化が戦前の 皮相的 なも の と本質的 にことなる も の で ある ことを証 明 して いる といえる 。 昭和 30年代 において は 新 しい見 解によって 旧 い見 解が条 件づ けら れ る という関係がみら れ なか ったが昭和40 年代に入る と, 新 たにベ ン チャ. ー. ビ ジ ネ ス論が登場し, 前 向 き視点の 中小企 業論がより一層包括的 となり,. 大 きな影響力 を持つ にいたった(8) 。 それ にとも なって , 二つの 対立的 な見 解の 論 争も は げしく, とくに中小企業領域 における 新 旧 の 経済的二重性 に関 し て は . 昭和40年代の 小零細 企業群 の 増 加 傾 向 の 解釈 (9) を通 して より一 層 深 化した 論. -99. (6679) -.

(14) 争がみられた。 その過程で, 新 しい中小企業論の立場から, 中小企業分野にお ける前近代的領域の消失あるいは適応の問題がま す ま す経済構造あるいは産業 社会 (10) の変質に 関 連 づけられて論 じられること にな っ た。 われわれは肯定論 の性格を 一 部の躍動的な中小零細企業の動向を性 急に 一 般化し, 日本経済 に 適 応 した も のと考えている。 たとえ大規模時代の終り, 市場細分化時代が近い将 来のあり う べ き 姿であると して も , それが昭和40年段階の 日 本経済を特徴づけ る も のではなく, そこに は重化学工業型加工貿易体制の本格的展開 による大企 業体制の不動がみられるのである。 したが っ て, 新しい中小企業観は 「やはり 部分的な見方であり, すべての中小企業が そ う であるとはいい得ない」 (11) とい う 立場をわれわれは支持し, 中小企業の大多数が有する本質的な問題の解明が なお中小企業研究の課題であると考えている。. 注 (1) 山 中篤太郎著 「 中小企業の本質と展開」 序文 1 ペ ー ジ (2) 滝沢菊太郎 (中小企業問題の見方の発展) 「経済成長と中小企業」 参照 (3) 黒松巌 (伏見酒造業の労働問題)「経済学論叢第17巻 • 第 4 , 5 , 6 号」211ペ ー ジ (4) 中村秀一郎著 「 中堅企業論」 33ページ (5) 巽信睛 (独 占の支配と中小企業の理論) 「中小企業論を学ぶ」 76-78ページ参照 (6) 中村秀一 郎著 「前掲苫」 34ページ (7) 中 村秀 一 郎 (日本の大企業と中小企業) 「現代 日 木の企業と社会」119-120ペー ジ. (8) 清成忠男著 「現代中小企業の新展開」 参照 (9' 滝沢菊太郎 「労働力不足と零細企業の増大」 「商工金融1971年6 月 号」参照 UOl 中村秀一郎 (脱工業化時代の中小企業) 「商工金融, 1971年6 月 号」 あ る い は 同 氏著 「大規模時代の終 り 」 参照 1 (1) 山 中篤太郎 (研究 課題と しての中小企業) 「産業高度化と中小企業」1 5ページ (52 . 10 . 3 ). -100 (6680) -.

(15)

参照

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