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青少年期の自殺に関する一考察

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Academic year: 2021

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(1)青少年期の自殺に関する一考察 渡. 部. An. Approch. to. Makoto. WATABE. 真(教育学教室) Suicide. in Youth. (°ept. of Education). 本稿でほ,日本の青少年の自殺の問題について,主に自殺率の側面から検討を加えるo 筆者の問題意識は次のとおりである。 かなり以前から,わが国の敦育問題を扱った雑誌や新聞等の中に,ある鰐似性をもつ一 群の論説・評論を見出すことができるようになった。それらの構造を簡単に図式化すると, 次のB-Cのような形態をとる。 B.以前とくらべて青少年が変った。どちらかといえば悪くなった,あるいはもろくな った,ひよわくなった。. c.この問題(-B)の原因を考えたい.あるいほ,どう対処したらよいかについて考え を述べたい。 一つの論説・評論の中でBとCが主張されるo. Bは現在の青少年の問題性を強調した ̄. 種の世代諭であるが,それ自体,あまり深くほ追求されないo論説の中心ほあくまでCの 部分である。. ところでBの論拠としてさまざまな資料が用いられているが,最も多いと思われるのが 官庁統計である。それも非行や自殺の統計が多用される(本稿では,こうした形で使われる 「子どもの非行や自殺がめ 非行や自殺の統計をAと呼ぶことにする)o一番簡単な形でほ, だっている。ふえている+という書き方がなされ,やや詳しくなると「非行が第3のピーク をむかえている,低年齢化遊び型化, -内暴力,いじめがふえている+等の指摘になるo 自殺については,いじめの問題とむすびつけて論じられることが多くなつたoジャーナ1) ズムの報道やこうした評論・論説によって,今の青少年には,いわゆる非行や問題行動が多 く,自殺にしても「簡単に自殺する,よく自殺する+という通念が,多くの人々に漠然とし た形で信じられている。そして上で述べたB(「以前とくらべて,青少年が変った。どちら かといえば悪くなった,あるいはもろくなった+)が,人々の瞭然の了解事項となっているo.

(2) 108. 渡部. 真. ところで,こうした論説・評論ではAはごく短かく,. 論者が重点的に述べたいのはあくまでCの部分であるo. Bも簡単に論じられることが多い。 A,. Bは話のまくらにすぎない。. したがってCについては詳しく論じられるが,ほたしてBが正しい論拠をもっているのか,. 本当にBのような事実があるのかどうかほ素通りされてしまう.もちろんBが証明されな ければCの主菜は意味がないわけであるが, Bの論拠として用いられるA (非行や自殺の 官庁統計)の性格に無自覚な論者が大変多いのであるo本稿では,この部分に焦点をあて て,考察をすすめていきたい。 ところで同じ官庁統計といノつても,犯罪・非行の統計と自殺の統計では,その性格がこ となるo一言でいうと,統計自体への信板性ほ自殺統計の方が高いl)。犯罪統計・非行統 計はその数字自体に重大な問題を含んでいる。この問題をあきらかにしたのがアメリカで 1960年代に生まれたレイベリング論の考え方である。日本でほ社会学者の大村英昭がレイ ベリング論の視点から,非行統計を解釈しなおし,. (A-1)がけっし. て,. (B)の根拠にな. 「現在の非行統計+ 「青少年が以前より悪くなった・あるいほもろくなったという主張+. りえないことをあきらかにした2).. 本稿では, 「現在の自殺統計+(A-2)がBの論拠になりえないことを証明したいと考える。 Ⅱでは・自殺統計を利用して物を言うことの意味を,デュルケ-ムの自殺論をもとに考 えるo Ⅲでほ・日本の青少年の自殺率の推移に注目し,. みるo最後にⅥでは,. Ⅳ・. Ⅴでは自殺率の国際比較を試 Ⅱ-Ⅴの考察の結果から何が言えるのかを考える。. 自殺統計を利用することにより,社会学的な自殺学を確立したのはフランスの社会学 者・エミール・デュルケ-ムである3'○管見によれば,彼の自殺論の特徴は次の3点にま とめることができる。第1は・自殺動機論への不信であり,第2に社会的自殺率の徹底的 な利用であるoそして第3に第2の分析を通じて自殺原因の3類型(集団本位的自殺,自 己本位的自殺,アノミー的自殺)を析出したことである。 普通,第2・第3の点ほよく紹介されるが,第1の点は軽視されることが多い。しかし デュルケームにとって・第1の点はかなり重要なポイントであったと思われる。彼の言葉 を引いてみようo 「・・-・・しかしあいにく,正気の自殺を,その形態学的な形式もしくほ, 特徴に照らして分類することはできないo必要な資料がほとんどまったくないからである。 じっさい・この分類にとりかかるために,多数の個別的事例についての正確な記録がなけ ればならないであろうo自殺者が自殺-の決意をしたときどんな心理状態であったのか, どのようにしてその決意-の心がためをしたのか,決意の実行は最終的にどのようになさ れたのか・そのときかれは興奮していたのか沈哲だったのか,冷静だったのか狂熱的だっ たのか・不安だったのか苛だっていたのか,などのことがわかっていなければならない。 ところが・この種の記録がのこされているのは,経とんど精神病者の事例にかぎられてい る4'+oまた手紙や遺書を残して自殺した人々の自殺を分析することについては次のように 「--・次に,本人が自分自身の状態について語っている告白ほ,疑わしくほないま. 言うo.

(3) 109. 青少年の自殺に関する一考察. でも,たいていどこか不十分なところがある。本人ほ,自分自身とその心的傾向の性質に っいてあまりにも誤認しやすいoたとえば興奮の絶頂にあるときでも,みずからは冷静に 行動しているつもりでいる。最後に,その告白が十分に客観的でないことはさておいても, それらの観察はあまりにも少数の事実に向けられているため,そこから正確な結論を引き だすことがむずかしい+5)。 さらに自殺原因がどのように記述され,自殺統計として残るのかという問題もある。自 「残念ながら,局知の 殺の動擁の統計は,報告事務を担当した役人の所見をこすぎないが, ごとく,役人たちの検証は,たんねんな観察者ならだれでも把握できる,またいささかも 評価のはいりこむ余地のない物的な,まぎれもない事実についてすら,あまりにも誤りが 多い.とすれば,彼らの検証がたんに実行された事実を記録するだけでなく,事実を解釈 し,説明することを目的としているときにほ,なおさら疑わしいものとみなければなるま い.一つの現象の原因をつきとめることは,つねになまやさしいことではない+6'として 自殺動機の統計-の不信を表明している。 また,学者が自殺者の動蔑を確定できるかどうかについても否定的である。. 「・・・-人間. の意志のはたらきは,およそすべての現象のなかでもっとも複雑なものである。だから, にわか甘こかき集められたなにほどかの情報をもとにして個々のケースの自殺のおのおのの 特定の原田を決定したといっても,その即席の判断にどれほどの価値がありうるかは,す でに自明であろう.自殺者の先行与件のなかに,一般に絶望をもたらすとおもわれるなん らかの事実をいったん発見したと債ずると,人ほそれ以上の設索ほ不要だと決めこんでし まう。そして,当人は最近金銭上の損害をこうむったとか,家庭のもめごとに悩んでいた とか,いくらか飲酒癖があったというような時にもとづいて,自殺の原因を,その飲酒癖 や家庭の悩みや経済的打撃などに帰してしまうのである。このような疑わしい情報を自殺 の説明の根拠とすることほできないだろう+ア'と述べている。また,人びとのあげる自殺 の動磯や自殺者自身が自分の行為を説明するためにあげる動機は,表面的な原因にすぎな いことが多く,真の原因ほそのうしろにかくれているが,それほ,当人やまぁりの人間紅 ほわからないことが多く,個々の自殺動機を探ってゆくやり方で,それを解明することは できないとしている。 こうした,一つ一つの自殺の動機を確定することはできないという確信が,彼の自殺静 の根底にあるのであるoそして「統計は,こうした道徳的な決衆論の解決不能の問題を解 こうなどとほせずに,自殺に随伴する社会現象をもっと細心入念に記録するようにつとめ なければならない+8'とし,こうした考え方が前に述べた社会的自殺率の利用紅つながっ てゆく。このようにしてデュルケ-ムの自殺論は,社会的自殺率の解明から自殺塀型の設 定に向ったわけであるが,使われた資料が社会的自殺率だけであって,自殺の動横,手段 その他を研究の対象に全く使わなかったことほ記憶されるべきである0 デュルケ-ムの言う社会的自殺率とは,ある時点におけるある社会,集団に固有な自殺 率のことであるが,この社会的自殺率を検討していくと,次の2つの事実が明らかになる というo一つは社会的自殺率の不変性ということであり,もう一つはその差異性である。 社会的自殺率の不変性とほ,同一の社会における自殺率が掩ぼ一定になっているという.

(4) 110. 渡部. 裏. 表1日本,アメリカ,西ドイツてイタリアの全年齢層の自殺率 (1976年-1985年) 日■本. (人口10万人対) アメリカ. 1976. 西ドイツ. イタ1)ア. 12.5. 21.7. 5.7. 1977. 17.9. 13.3. 22.7. 6.2. 1978. 17.6. 12.5. 22.2. 6.4. 1979. 18.0■. 12.1. 21.5. 7.0. 1980. 17.6. ll.8. 20.9. 7.3. 1981. 17.0. 1写10. 21.7. 6.9. 1982. 21.3. 17.4. 12.負. 1983・. 20.ら. 12.1. 1984. 20.4. 20.5 ̄. 1985. 19.4. 20.7. (WHO. : World. Health. Statistics. Anntla. 21.3. 11976-1986より作成). ことである.自殺率に著しい変化が起きるのは,社会的状態に一時的影響をおよばす,な んらかの危磯が生じた時であるという。ここでデュルケ-ムが述べている危機には,たと えば金融上の危境といったマイナスの変動だけではなく,繁栄の危機という,人々にとっ て本来プラスになる変化も含んでいる。さらに長期間かかって自殺率に大きな変化がおこ つた時は,その社会の構造的性格が重大な変化をこうむったのである。したがって,社会 的危磯がなく,社会構造上の変化もなければ,その社会の自殺率ほ不変であるとデュルケ -ムは指摘する9)o もう一つの自殺率の差異性というのは,社会や集団には固有な自殺率があり,その自殺 率が社会や集団によって著しく臭っているということである。たとえば,国別の自殺率は, 各国民の気質を根底からつくりあげているものと結びついているので,自殺率の高い国ほ いつでも高く,低い国はいつでも低いということになると言う。. 「自殺率ほ死亡率よりも はるかに各社会集団に固有なものであり,社会集団を特徴づける一つの指標と考えること ができる+10'のである。蓑1ほ,. 1976年から1985年までの日本,アメリカ,西ドイツ,イ. タリアの全年齢層にかける自殺率をみたものであるoこの表は一例にすぎないが,デュル チ-ムのいう自殺率の不変性と差異性は,現在の自殺統計においても,はっきりあらわれ ている○それぞれの社会や集団が,ある特定の自殺懐向を,それも長期にわたって所有す るケースが多いのである。 また以下のような自殺傾向も,一般的に見られるものである. (1)男性の自殺率は,女性の自殺率を上まわる。 (2)年齢の上昇とともに自殺率も上昇することが多い。 (3)概して先進国の自殺率ほ高く,その他の国では低い。 なお,最後に自殺統計の倍額性が非行・犯罪統計より高い理由を述べておきたい(もち ろん,この場合の自殺統計とほ,集団や社会の中での社会的自殺率を問題紅した場合に限 つている。自殺の動境や手段の分類などほ考えていない)。第一に暗教の少ない点を指摘.

(5) 111. 青少年の自殺むこ関する-考察. できる。自殺は発生数と統計記載数の差が小さい.非行犯罪でも殺人や凶悪犯罪ほ暗数が 少なく,統計の信頼性が高いが,軽微な非行ほど信頼性が低くなる.第二に自殺ほ,国が かわっても定義に大きな差がなく国際比較をしやすい点をあげることができるoこれに較 べると,非行やいじめ問題の数量的側面からの国際比較は大変にむずかしいであろう。 それでほ次にⅢとⅣで青少年の自殺を数量的に考察したい。. ここでは,日本の青少年の自殺率の変遷紅ついて検討する.図1は,戦後の15-19歳, 10-14歳, 20-24歳と全年齢層における自殺率の推移をみたものである。また表2紘,. 15. -19歳, 20-24歳および全年齢層の自殺率を調べたものである(人口10万人対。戦前は昭 55年以降は毎年の 和10年と15年について,戦後ほ,昭和22年から55年までは3年おきに, 数値を示してある)。 戦後の全年齢層における自殺率は昭和30年頃まで上昇を続仇30年代前半にピークに達 した。最高は昭和33年の25.7であり,昭和22年の15・7より10・0も上昇した。ところがその 42年にほ15を割って戦後最低 後,自殺率は急激に低下しほじめ,昭和36年にほ20を割り,. の14.2にまでたどりついた.戦後直後の自殺率に戻ったわけであるoその後,昭和40年代 後半に入って自殺率ほやや上昇し, が,昭和58年には21.0,. 50年代に入ってからは17-18台の自殺率を示していた. 59年には20.4と姪ぼ15年ぶりに20の大台に復帰した.昭和60年は. 19.4という数値がでている。 戦後の生年齢層における自殺率の特徴は,次の2点にまとめることができよう。第1は, 諸外国にくらべて,自殺率の変動が大きいという点である。デュルケ-ムの指摘するよう に,一般に社会的自殺率ほ恒常的な場合が多く,このような大きな変動ほめずらしい. 図1戦後日本の年齢段階別自殺率の推移 (全年齢, 15-19歳,. 20-24歳). 70. 孟60 率50 ^^ 口. 20-24才. k-. ・40. I. 筈30. /-.・・・''l. 空20. ヽ ヽ ヽ ヽ ヽ一●. 15-19才. \へ. IL.-1L. 一ノ ̄ヽ---、 ヽ. ヽ、-●●一一-. 一一′. ■ヽ ヽ-I. 10. 全年齢層. 昭22. 25. 30. 35. 40. 45. 50. 55. 60. 和年. 年. 年. 年. 年. 年. 年. 年. 年. (厚生省「自殺死亡統計+および「人口動態統計(年報)概況+より).

(6) 112. 裏. 渡部 表2. 日本の年齢段階別自殺率 (人口10万対) 数. 稔 昭和10年(1935) I. 10-14歳. 15-19歳‡. 20-24歳. 20. 5. 1.0. 22.9. 13.7. 0.7. 9.5. 15.7. 0.9. 9.1. 1. 20.2. 19.6. 0.0. 15.3. 1. 36. 3. 39.6. ・′. 15年(1940). ′′. 22年(1947). ・′. 25年(1950). ′′. 28年(1953). 20.4. 0.7. 21.4. I. 47. 7. ′′. 31年(1956). 24. 5. 0.8. 27. 3. 1. 62.7. ′′. 34年(1959). 22.7. 0.7. 23. 4. 52.7. ′′. 37年(1962). 17. 6. 0.9. 14.7. 34. 6. ′′. 40年(1965). 14.7. 0.5. J. 7.4. ′′. 43年(1968). 14.5. 0.6. 1. 8.4. 16.8. ′′. 46年(1971). 15.6. 0.8. 1. 8.4. 18.6. ′′. 49年(1974). 17.5. 0.8. 9.8. 22.0. ・′. 52年(1977). 17. 9. 1.1. ・′. 55年(1978). 17.7. 0.6. 7.3. ・′. 56年(1979). 17. 1. 0.9. 6.5. 1. 15.0. ′′. 57年(1∈格0). 17. 5. 0.8. 5.9. 1. 15.7. ′′. 58年(1981). 21.0. 0.9. 6.5. 1. 17.4. ・′. 59年(1982). 20.4. 0.8. 5.5. 1. 15.5. //. 60. 19.4. 0.7. 5. 1. 1. 14.4. ≒. (1983). I. 1. I. l. [. 1. (厚生省「自殺死亡統計+および厚生省「人口動態統計+ 速報(1985年12月, 1986年12月)+より作成). 9.1. 20. 7. 1. [. 20.8. 20.1. 18.0. (1985・上)+, 「同. 第2に,日本が必ずしも自殺の多い国とは言えないという点であるoフランスの文学者, モー1)ス・. ′1ソゲほ,その著「自死の日本史+の中で,人口統計学老の岡崎文規が1950年 代に,日本の自殺率が世界で最も高いグループに属していた事実をもって日本を「自殺の 国+と命名したことに対し,次のように批判する.. 「しかし彼は,一時的な現象を日本社会. の恒常的な事実として提示したという点でほまちがっていた。実際にほそれは,戦後間も ない十年ばかりの間に日本社会をおそった自殺波とでも言うペきものでしかなく,太平洋 戦争という大きな地震のあとにやってきた浄波のようなものであった+11'。たしかに,そ の後の日本の自殺率が,他の国々とくらべて特に高いという事実ほなく「自殺の国+とは 言えないのである。むしろ終戦から昭和30年代前半までを「自殺の季節+と名づけた方が.

(7) 113. 青少年の自殺に関する一考察 よいのかもしれない。. 次に青年層について検討したい。 その後28年には20を超え,. 15-19歳段階の自殺率ほ昭和22年には9.. 1であった。. 30年には30を超えるという急上昇であったoそして,昭和29-. 33年がピークであり,その後下降した。特に昭和36年から38年にかけては自殺率が21・27-9台で安 14.7→10.2と3年間で半分以下になる減少ぶりであった.昭和40年以降は, 定しており,特に昭和50年代の後半から5-7台,それも5台の年が多くなってきた。昭 和60年の5.1という数字ほ,戦後はもちろんのこと戦前をつうじても最も低い自殺率であ る.昭和30年の五分の-以下になっているo 次に20-24歳段階をみてみよう。図1からもわかるように,自殺率が大きく変動してい るo戦後,昭和22年紅20.2で始まり,昭和25年に36.3,昭和30年に60.5と急上昇をみせ, 昭和30-33年にほ60台でピークを保ったo. この年齢層のこのように高い自殺率ほ諸外国に. ほみあたらず,日本でもこの時期以外にほ存在しない. その後,昭和35年の53.. 1から自殺率ほ急下降し,昭和44年の16.6まで一直線にさがって. いった.この10年間で自殺者ほ三分の一以下になったのであるoその後,昭和50年前後に ややふえたが(昭和49年-22.0,昭和52年-20.1),昭和56年萌からまた少くなり15-17 台の自殺率となった。さらに昭和60年にほ,はじめて15を割って14.4となった。これまで で最も低い数値であり,昭和30年の自殺率65.4の四分の-以下である。 以上みてきたように,戦後の青年層における自殺率の推移は,大きな増減ということで 特徴づけられる。また昭和50年革までは,この増減が他の年齢層の増減と時期的にはば一 致していた.他の年齢層の自殺率が高くなった時甘こほ,青年層の自殺率もそれに伴って上 昇していた。しかも青年層の自殺率の増減は,他の年齢層や全体の増減をより鮮明に増幅 した形であらわれていたのである.デュルケ-ムの言うように.自殺率の急激な増減が社 会的危機や一時的な社会変動の結果であるとするなら,その影響を最も強く,しかも直接 に受けたのが,青年層であったといえよう. ところが,昭和50年代後半(特に昭和58年・. 青年層(15-19歳,. 59年)に他の年齢層で自殺率が上昇したが,. 20-24歳)の自殺率ほほとんど上昇しなかった。これほこれまでにな. かった債向であって注目にあたいしよう。 次に青年層の中の属性別自殺率にふれてみたいo表3は全年令層,. 20-24歳,. 15-19歳,. の自殺率を年度別・男女別にみたものである。また,年度ごとの男女比を性比という形で あらわしてある。これは,ある年度の女性の自殺率を100とした場合,男性の自殺率がい くつであらわされるかをみたものである。. 15-19歳をみると,どの年度も男性の自殺率の. 方が高くなっているoさらに,昭和50年買から性比が高くなってきている.特に昭和56 年以降ほ,性比が200をこえることが多い。つまり女性の自殺が100件発生する時,男性 の自殺は200件をこえるということである。 20-24歳でも事態は同じである。昭和55年額より性比が200をこえるようになり,男女 の自殺率に大きな差異がみられるようになってきたのである。こうした煉向の原因ほ,罪 15-19歳層にせよ, 20-24歳層にせよ男性の自殺率 性の側にではなく,女性の側にある。 ほ,昭和40年以降それほど大きくほ変化していない。昭和40年の男性,. 15-19歳層の自殺.

(8) 114. 渡部 裏3. 真. 日本の男女BJJ自殺率と性比(全年齢層, 15-19歳, 全年齢層. 15-19歳 性比. 男 昭和10年. 女. 20-24歳) 20-.24窺. 性比. ・男. 女. (*1%%). 性比. 男. 女. (*1%&). (*1%%). 25.1. 15.8. 159. 25.0. 20.9. 120. 47.8. 31.3. 153. 15. 16.5. 1.1.0. 150. ll.7. 7.4. 158. 24.6. 17.8. 138. 22. 18.6. 12.9. 144. 9.6. 8.7. 110. 19.7. 20.5. 96. 25. 24.1. 15.3. 158. 17.5. 13.0. 139. 44.9. 27.8. 162. 30. 31.5. 19.0. 166. 37・2126・1 25・1118・2i138125・3122・4・. 143. 84.1. 46.8. 180. 113. 58.7. 44.0. 133. 40. 17.3. 12.-2. 142. 8.8. 6.1. 144. 23.3. 18.3. 127. 45. 17.3. 13●3. 130. 8.7. 6.9. 126. 18.8. 16.2. 116. 50. 21.5. 14.6. 147. 12.6. 6.8. 185. 26.0. 16.9. 154. 55. 22・3i13・11170I9・5I4・9I194. 24.3. ll.1. 209. 35. 56. 122.0. 12.4. 177. 57. 22.7. 12.5. 58. 28.9. 59 60. 9・113・81239. 20.9. 9.0. 232. ・8218・2. 3.6. 228. 21.5. 9.6. 224. 13.4. 216. 8.9. 4.1. 217. 24.2. 10.4. 233. 27.6. 13.3. 208. 7.3. 3.7. 197. 21.6. 9.2. 235. 26.0. 13.1. 198. 6.8. 3.3. 206. 19.8. 8.7. 228. (厚生省「人口動態統計+より作成). 率ほ8・8であり,昭和60年ほ6・8である。また20-24歳層でほ,昭和40年の自殺率が23.3で あり,昭和60年は19.8である。 ところが女性の自殺率ほ低くなってきている。昭和40年の15-19歳層の自殺率ほ6.1で あったが,. 60年にほ3・3になった。また20-24歳層では,昭和40年に自殺率が18.8であっ. たのが,昭和50年にほ,. 16・9,. 55年には11・6となり60年にほ8.7までさがってきている。 青年層の自殺率,特に昭和50年以降の20-24歳層の自殺率を引き下げるにあたっては,女 子の自殺率の大幅な低下が大きな原因となっていると言える。 次に学職別の結果を検討してみよう。警察庁の資料によれば,昭和60年の20歳未満の自 殺者は557人であり,そのうち学生・生徒が323人,有聴少年が101人,無職少年が130人, 不詳が3人となっている。学生・生徒の内訳は,小学生12人,中学生92人,高校生155人, 大学生37人,その他27人となっている13)o. これを文部省の学校基本調査の学校区分別在学者数を使って試算してみると,小学生の 自殺率が0・1 (対10万人比,以下同様),中学生が1.5,高校生が3.0,大学生が1.7である。 小・中学生については,あとでふれることとし,ここでは高校生,大学生について考え.

(9) 青少年の自殺に関する一考察. 115. てみたい。前にみたように,昭和60年の15-19歳の自殺率は5.1であり, 20-24歳までの 自殺率は14.4であった。この数字と高校生の自殺率3.0,大学生の自殺率1.7を較べてみる と次の結論に達するoつまり同年令層の有職者,無職者(学生を除く)と比較すろと高校 坐,大学生の自殺率が非常に低いということである。特に大学生が低い。 この傾向は以前からあり,昭和30年,昭和49年,各々の調査とも,学生を除く無職青年 の自殺率が最も高く,ついで有職青年,学生・生徒の牌となることを指摘している。いつ の時点でも,学生・生徒の自殺率ほかなり低く,前2老との差は大きかった。昭和30年か ら,昭和45年にかけて日本の青年層の自殺は大幅に減少した.この原因はさまざまな角度 から検討することができようが,有職者,無職者,学生・生徒の3者とも大きく自殺率が 低下したことは間違いない。さらに,高校進学率・大学進学率の上昇による, 15-24歳層 の中にしめる有職青少年の減少と生徒・学生層の増加もみのがせないのである。学生・生 徒に較べて,自殺率が常に高かった有職青少年層の減少が,青少年層全体の自殺率を低下 させる効果に寄与したといえようo. デュルケ-ムほ結婿生活が,自殺率を引き下げる効果. をもつことを統計によってあきらかにしたが,戦後期の日本(特に昭和30年から昭和45 午)においてほ,高校・大学-の進学が同_じような自殺抑止力の役割をはたしていたので ある。. 最後に少年期の自殺率を検討したい。. 5-9歳の自殺は年に1-3人程度であり,. 1人. もでなかった年も何度かある。. 5-9歳の自殺はごくまれなものでしかない。次に10-14 歳を調べてみると,大正・昭和初期にほ1.0を超えたが,蓑2からもわかるように戦後ほ 昭和46年まで一貫して1.0以下であり実数も100人を超えなかった。ところが,この年齢層 の自殺率が昭和40年代後半に入って,やや上昇のきざしを見せほじめ,昭和47年に戦後初 めて1.0を突破し(1.1)そしてそれ以来,昭和49年を除いて毎年1.0を超えるようになった。 ただ,それも昭和54年牢から減りはじめ,昭和60年まで0.6-0.9の中を動くようになっ た。昭和46年頃までの水準に戻ったわけである。 日本の少年層の自殺率の特徴は,その恒常性と独自性にあったo一貫して大きな変動が なく,また他の年齢層の自殺率がどんなに上っても,それにつられて上がらなかったので. ある(これは青年期の自殺率のあらわれ万一特に昭和50年頃までの-と対照的で奉 る)o常に1.0内外の数値を示している. 「いじめが原因による小・中学生の自殺+. ・をジャーナリズムが大きくとりあげているが; 自殺自体ほふえていないのである。この問題をどう解釈すればよいかほ議論の分かれると. ころであろう.. ①. 「いじめが原因の自殺がふえただけ,他の自殺が減った+,. ②. 「これ. までも『いじめによる自殺』はあったのだが,表面をこでてこなか・,た,原因として認知き れてこなかった+, ③. 「子どもの自殺の原田を短絡的に『いじめ』と結びつけること自体 ③のデュルケーム詫の解 に無理がある+.以上①②③以外にも考えられようが,筆者は, 釈をとりたいo たとえ子どもの遺書に「友だちにいじめられたので自殺する+と書いてあ ったとしても,それをそのまま自殺原因と考えることにほ,あきらかに無理がある。もち ろん,. 1つの事例についてさまざまな観点から詳細な調査研究がなされた後であるなら, ある程度の原因解明も可能かもしれない。しかしその場合ですら,いくとおりもの解釈が.

(10) 116. 渡部. 其. ありえよう。自殺直後の新聞に出る自殺原因ほど無責任なものはないのでほなかろうか。 なお昭和60年の警察庁の資料によると,自殺者ほ中学生92名,小学生12名となっており, 年齢別では14歳-39人, 13歳-27人,- 12歳-9人, 11歳-3人, 19歳-2人, 0-9歳一 3人となっている.自殺率に直すと,小学生-0.1 (対10万人比),中学生-1.5 (同前) となる14).. WHOの「World ここでは,青年期の自殺率の国際比較を行う。現在, tics Annual+により約50カ国の年齢段階別自殺率を知ることができる15)0. Health. Statis-. ところで,各国の青年期に自殺率をとりだして単純に比較する試みほ,これまでにもお こなわれてきたが,あまり意味があるとほ思えない。第一に,デュルケ-ムも指摘するよ うに社会的自殺率は国ごとに大きな差異があるので,これを考慮に入れずに,青年期の自 殺率だけを比較してみても,厳密な意味での青年期の比較にはならないo一般に自発の多 発する国でほ青年期の自殺率も高いことが多いのである。第2に自殺や自殺統計の扱い方 が各国で必ずしも同じでほないので,各国縦断の単純な比較にほ無理が生じてくる。 わが国で,この問題に初めて解決法を見いだしたのは,社会病理学者の大橋薫であった。 大橋は,各国の年齢段階別自殺率曲線に注目し,それを3つの′くターンに分類し,それを もとに自殺率の国際比較の問題を考えた(図2参照,利用した統計ほ1969年のもの)16). 一番目は年齢上昇とともに自殺率も上昇するタイプで, -ソガ1)一に代表させて「-ソ ガリー塑+と呼ぶ。二番目は60歳頃から自殺率が低下する型で「フィンランド塗+である。 囲2. /. -ンガリー型. 80. 自. そして三番目は「-ソガ1)-型+に加えて 青年期に少さな山のある型で「日本型+と. 自殺率曲線の3類型. 日. 70. 本. 型. 各当時の各国の年齢段階別自殺率曲線はは. /. フィンランド型. とんど,この3つのタイプのどれかに含ま れた。. 60. 殺. ∫/. 率. 50. /′-′. 40. 口 10. 壁. ′. 「フィ. ンランド塑+ほ北欧諸国や北米諸国に多い。 ヽ ヽ ヽ ヽ. ,4'. ′′ 20. 「-ソガリー型+の国は. 東欧共産主義国や中欲諸国に多く,. ヽ. /;#'. 30. 万. 大橋によれば,. /∫. ′ ̄ヽ. 人. 名づけられている。たしかに1969年当時の. これに対して,青年期に山をもつ「日本型+ 、、、ほ・日本以外では・東南アジアの中進諸国. /I/. や中南米の低開発国に多いという。. ′. 10. 1969年. の時点で「日本型+の国としてあげられて 5 ‡ 14. 15 i 24. 25 ∼ 34. 35 ∼ 44. 45 1 54. 55 1 64. 65 i 74. 75 ∼. 歳. 歳. 歳. 歳. 歳. 歳. 歳. 歳. (大橋薫「自殺の社会病理+ 計匠よる). より転載, 1969年統. いるのは,日本,台湾,香港,シンガポー ル,フィリピソ,タイ,アイスランド,チ 1),コロンビア,ドミニカ,メキシコ,メ. ナマ,べネゼ-ラなどである。. ところで筆者は, 1970年代の後半にこの.

(11) 117. 青少年の自殺紅関する一考察 問題に関心を持ち,. 1979年に2つの論文を書いた17)。本節では,そこで得た知見を簡単に 紹介する。さらに,その後の10年弱の自殺統計を利用して,事態がどのように推移したか を検討してみたい。 第一の知見ほ,自殺統計を長期間にわたって検討すると,ある国がこの3つのタイプの どれに含まれるかは,固定されたものでなく,移り変っていくものであるということであ 「-ソガ. 「日本型+の国ほ「-ソガ1)-型+に移り, った.その移り方を大まかにいうと, 1969年時 1)-型+の国は「フィンランド型+に移っていく場合が多いということ紅なる. 点で, 「日本型+ほ東南アジア中南米諸国にしかなかったが, 1960年以前には,イタ1)ア,. オースト1)ア,フィンランド,ポルトガル,スペイン等でも青年期に自殺率の山が見られ たことが報告されている。これらの国々ほ, 1969年の時点では「-ソガリー型+もLくほ 「フィンランド塑+に移っていたのであり.アジア,中南米諸国だけが「日本型+にとり のこされたとも言えるのである。. ところで,前章でも見たように,戦後,日本の青少年の自殺率は急激に変動した.図3 紘,昭和25年,. 33年, 42年′52年, 60年の男女別自殺率曲線を図示したものである。はぼ. 10年ごとの自殺率曲線の推移がわかるようになっている。 この囲を見るとわかるように,男性の場合,昭和33年には非常に大きかった青年期の山 が42年, 52年と小さくなってゆき,昭和60年には,全く消滅してしまった。右上がりのな だらかな曲線が50歳頃まで続き,そのあとやや下ったあと,また上昇するという型甘こ変っ たのである。女性の場合も事態は似ている。もともと,青年期の山が小さかったのである 図3. 日本の性・年齢段階別自殺率 150. 150. 昭25 ′33. /. 男. 昭25. 自100. 52. 自100. 栄. ′42. 殺. 率. 率. 人. .42 33 52. 口 10. 60. t ∫. 60. ′ ̄ヽ. 人 口 10. 宕50. ′-■ヽ. ′. 頁50. /. ヽヽ_′. ヽヽ一′. ●一■ヽ. ′′. 10. 20. 30. 40. 50. 年齢. 60. 7080歳. 10. 203040. 5060. 7080歳. 年齢. (昭和52年,昭和60年は「人口動態統計(年報)概況+より作成。他は「自殺死亡統計+より転載). ^_.

(12) 118. 渡部. 貢. が,昭和52年にほ,山と言うよりは台地の型にかわり,昭和60年には,はっきり右上がり. の曲線となった。男性と違い途中で下ることもなく,そのまま右上りに上ってゆく。昭和 60年の自殺率曲線から見るかぎり, 「日本型+という名称は変更しなければならない。 図1. 20-24歳の自殺率が全 ・表2からもわかるように,昭和55年をすぎたあたりから, 年齢層の自殺率をも下まわるようになり,青年期の自殺率の山ほ,すっかり消えてしまった。 ところでこの青年期の山ほ戦後に特有な現象ではない。資料の入手できる大正9年以来, 日本の自殺率曲線にほ必ず青年期の山があった。昭和50年代に入って初めてそれが消えたの である。このことは青年期の自殺を考えていくうえで,かなり重要なポイントと言えよう。 結局, ①青年期に自殺率の山がある国とない国がある, ②概して先進国には山がなく, 開発途上国にほ山がある,. ③青年期の山のあるなしほ固定したものでほなく,移り変って. ゆくものであり,これまでは「山がある+から「山がない+に移ることが多かった,. ④日本 でも山のない方向への移行が進み,昭和60年には,全く山がなくなったとまとめることがで きる。. ところで,上に述べた青年期の自殺率の山の問題について,前述の拙稿『青年期の自殺 の国際比較』 (教育社会学研究34, 1979)では,より細かな数量的考察を行った。本節で 紘,その考察の結果と,その後の統計にあらわれた数値の結果をあせて検討してみたい。 拙稿では,各国の青年期(15-24歳)の自殺率を,その国の全年令層の自殺率で割り, それに100をかけた値(これを指数値と呼ぶ)18'を算出したoすなわち指数値-(15-24歳 の自殺率/全年令層の自殺率) ×100である。たとえば,青年期の自殺率の方が全年令層の 表4. 世界各国の指数値(1974年-1976年). 201以上lエルサルバドル(270),フィリピン(250),タイ(244),エクアドル(242). 200-101. メキシコ(200),モーリス(195),パラグアイ(193),ドミニカ(176),ヴュネゼ-ラ (160),コスタリカ(149),トリニダドドバコ(140),パナマ(130),キューバ(128), カナダ(113),チリ(112) アイルランド(100),ギリシア(100),ニュージーランド(99),フィンランド(94),. 100-81. 80′- 61. シンガポール(93),アメリカ(93),ポーランド(92),ウルグアイ(90),イスラエル (88),日本(88),ノルウェー(84) スイス(80),オーストラリア(80),スコットランド(78),西ドイツ(72),スウェー デソ(71),チェコスロバキア(68),ユーゴスラビア(67),オースト1)ア(64) ブルガリア(60),イングランド・ウェールズ(58),プエルトリコ(58),アイスラン. 60-41. ド(55),オランダ(54),フランス(53),ホンコン(51.),ポルトガル(51),ベルギー (50),イタリア(50), -ソガリー(41). 40以下lデンマーク(38),スペイン(35),ルクセンプルグ(29) 15′一24歳の自殺率. (WHO (-値-全年齢層の自殺率 ・100). : World. Health. Statistics. Annual. 1977-1978より作成).

(13) 119. 青少年の自殺に関する一考察. 自殺率より高い国では,指数値が100をこえ,低ければ100以下となる。両者,全く同じ時 には100となる。つまり,指数値とは,他の年令層と比べて,特に青年期に自殺が多いの か否かをあらわす1つの指標として用いることができるのである。. 表4は,. 1974年-1976年の各国の指数値を,数字の大きな国から並べたものである。また 表5は,各国の最新の指数値を同じように並べたものである(1980-1985年)0 (丑 指数値が201以上の国ほ表4でほ4カ国,表5でほ3カ国であるが,そのうち3カ 国は両方に共通している(フィ1)ピンの自殺率ほ1978年以降,不明とな・)ている).青年 期に自殺率の大きな山をもつのほ,現在でも開発途上国である。 ②. 指数値が200-101の国ほ,表7では11カ国,表5でほ15カ国である。′表4. (1474-. 1976年の中の最も新しい数値を掲載)では,中南米の国がはとんどであり,その中にカナ ダの入っているのがめだっていた。表5. (1980年以降の最も新しい数値を掲載)でほ,辛. ほり中南米の国が多いが,その他でカナダ,ノルウェー,オーストラ1)ア,ニュージーラ ンド等が含まれている。 ③ 指数値が100-81の国は,表4では11カ国であり,日本,アメリカ,シンガポール, ニュージーランドなど世界各地に広がっていた.ヨーロッパ諸国も5つ含まれていたが, どちらかというと周辺部の国が多い。それが表5では,アメリカ,フィンランド,北アイ ルランド,ギリシャの4カ国に減ってしまった。. ④. 指数値が80-61の国は,表4でほ8カ国,表5でほ9カ国であり,ともにヨ-Pッ 表5. 世界各国の現在の指数値. 201以上lエクアドル(1980)286,エルサルバドル(1984)219,.タイ( ・1)レバドス(1984)195,メキシコ(1982)175,モーリス(1985)171,ス1)ナメ(1982) 166,パラグアイ(1984)146,べネゼ-ラ(1983)140;アイスランド(1984)113,コス 200-101. クリカ(1983)129,ホンデュラス(1981)120,カナダ(1984)115,アイルランド(1983) 113,ノルウェー(1984)107,キューバ(1983)106,オース■トラ7)ア(1984)106,ニュ ∵ジーランド(1984)101. loo-81■(719'8:,8*5(1983'96・北ア叫ランr'1985)87,フ シンガポール(1985)78,スイス(1985)75,イスラエル(1984)74,オースト1)ア(1985) 80-6173,ポルトガル(1985)73,クェ-ト(1985)70,スコットランド(1985)68,西ドイツ (1985)62,スペイン(1980)61 プエルトリコ(1983)59,スウェーデソ(1984)58,ブルガリア(1984)56,インダラン. 60-41.こ9'859,4i9,-),L;119A8?195834・,孟二言 (1984)45,オランダ(1984)44. 40以下三;L8諾83三!9i=/L7?(1{9;4,f3;グ・(1985 (1980年以降の数値が判明している国のみ記載( : World (WHO. )内は統計を利用した年数.) Statistics Annual1984-1986より作成). Health.

(14) 120. 渡部 図4. 4つの類型にみる指数値の推移. 債. パの国が多くなっている。. ⑤. 200. ′A型. 指数値が60-41の国は,表4でほ. 11カ国,表5でほ12カ国含まれている。. ヨーロッパの国が多いが,中南米の国も /へ.___./'-''ノ(メキシコ) 150. D型(アメリカ). 100. いくつか含まれている。また表5では日 本が含まれている。 ⑥ 指数値が40以下の国は,蓑4では 3カ国であったが,表5でほ5カ国にふ. ′. C型(日本). えている。. ⑦. 50. 以上の結果をまとめてみると,描. デ三:--・=_/I._. B型. _.I.ー__. (デンマーク). 1960. 1965 : World. (WHO. 1970 Health. 1975年. Statistics. Annualよ. 数値が概して高いのほ,東南アジアや中 南米諸国であり,低いのがヨーロッパ諸 国ということになる。ただ1970年代から カナダで,また1980年代にほいってから. り作成). ほノルウェー,オーストラ1)ア等で指数 値が高くなっていること,中南米諸国や東南アジア諸国の中にも,まれに指数値の低い国 があることに注目できる。. ⑧. また指数値は決っして一定なものでなく,変動の大きな国もいくつか見られた。. 以上のことが表4,表5よりわかった。 次に図4について検討してみたい。これは1960年から1976年までの指数値の変動を4つ B塾, C型, D型)にまとめてみたものである。 のタイプ(A型, A型はメキシコに代表されるタイプで,指数値が100を超え,高い数値で安定している。. B型はデンマークに代表されるタイプで指数値が一貫して低く,変化も少ない.. C塑は. 1960年から1975年の間に指数値が下降している塑であり,日本が代表例である。最後D型 ほ指数値が上昇している塑で,ここでほアメリカをあげてある。この4つのタイプのそれ ぞれの特徴,さらにその後1980年代にいたる指数値の状況などを調べてみよう。 ①A型(指数値が高い値で安定) 表6でほ,. A塑の国の代表としてメキシコ,タイ,フィリピソの指数値の推移を示して. ある。. 3カ国とも指数値が高く低下する徴侯がない。特にタイ,フィリピンでほ青年期に 自殺が集中している。 開発途上国では,多くの青年が早くから社会構造の中に組み込まれ,いわゆる「モラト リアムとしての青年期+を享受できるような者ほ少ない。また,封建遺制や社会構造の古. い体質が,社会的に弱い立場にある青年層(特に低い階層の青年層)に強いイン′くクトを 「アノミー的自殺+ 「集 与えているのではないだろうか。デュルケ-ムの3分塀でいえぱ, 団本位的自殺+さらにほ,その複合形態が多いのでほないかと思われる。 ②B型(指数値が低い値で安定) B塑の国はヨ-Pッパ諸国がほとんどであるが,表7では代表例として,デンマ-ク, 西ドイツ,イタ1)アを選んである。特にデンマーク,イタリアでは指数値が低く,青年期.

(15) 121. 青年期の自殺に関する一考察 表6 メキシコ. A塑の国紅おける指数値の推移 メキシコ. フィ1)ピソ. タイ. 1960-1964年. フィリピン. タイ. 1975年. 165. 266. 188. 244. 275. 217. 1965. 171. 191. 220. 1976■. 1966. 181. 195. 140. 1977. 218. 1967. 189. 225. 1978. 215. ■1968. 169. 138. 1979. 231. 1969. 171. 218. 188. 1980. 1970. 173. 202. 189. 1981. 1971. 186. 217. 233. 1982. 1972. 186. 211. 217. 1983. 1973. 186. 239. 236. 1984. 1974. 200. 235. 250. 1985. (指数値-蛋諾諾露× 100) 表7. (WHO. : World. ノ266. 212 175. Health. Statistics. Anmlalより作成). B型の国における指数値の推移 デンマーク. イタ1)ア. 西ドイツ. イタ1)ア. デンマーク. 西ドイツ. 40. 68. 64. 1973年. 38. 68. 46. 61. 48 ̄. 70. 66. 74. 45. 67. 50. 62. 47. 73. 65. 75. 39. 72. 61. 63. 47. 71. 58. 76. 38. 71. 51. 64. 46. 69. 50■. 77. 35. 75. 55. 65. 41. 63. 63. 78. 39. 76. 52. 66. 43. 56. 49. 79. 68. 49. 67. 42. 58. 61. 80. 38. 60. 53. 41. 59. 47. 81. 37. 65. 49. 35. 60. 82. 49. 65. 70. 40. 63. 50. 8341. 61. 71. 39■,. 65. 57. 61. 72. 41. 68. 57. 84t36 85t. 1960年. 68 ■69. ■57. 62. (WHO:WorldHealth・StatisticsAnmlalより作成).

(16) 122. 渡部 表8. l日. 本トンガリ. 真. C型の国における指数値の推移. 1960年. 171. 90. 85. 61. 160. 91. 85. 62. 138. 1. 80. 63. 118. I. 84. 64. 1 04. 1. 65. 92. 66. 本トンガリー. 日. -lホン′コン′. 95. 1973年 74. 94. 75. 92. 77. 1. 93. 67. ホン′コ:/. 43. 56. 50. 1. 96. 89. 43. I. 51. 76. 88. 41. 93. 77. 82. 44. J. 67. 71. 62. 78. 83. 46. 1. 63. 1. 70. 80. 79. 83. 43. 1. 52. 90. 1. 70. 56. 80. 71. 68. 86. 1. 64. 81. 62. 46. 69. 84. 1. 56. 57. 82. 61. 41. 70. 86. 61. 83. 56. 40. 71. 91. 50. 37. 72. 92. 49. 36. 1. 105. 54. 1. 51. 84. 47. 1. 85. 85. (WHO. : World. 1 Health. 1. Statistics. 58 59. 55. J. 47. Annualより作成). の自殺が少ない。 B塑の国の青年期は, A型の国の青年期の裏返しといってよい。桑軟な 社会構造のもとで青年期に強いインパクトがかからないのである。 「モラトリアムとして の青年期+を享受する者も多く,かといってモラトリアムにまつわる様々な病理も現出し ていない. 「めくtlまれた青年期+といえよう。 ③C塑(指数値が1960年-1975年の間紅下降) 1975年の段階でC塾に分類される国ほ,日本,. -ソガリ,ホンコソのみであった。し. かし前にも述べたように指数値が下降していく動きは,古くからのものである.だが,義 8からもわかるように日本ほどドラステックに指数値が下った国もないであろう.. 1960年 の171ほ他国にくらベて非常に高い数値であった.それが1965年には100を害Ilり,その後紛 15年間80-90台を保ったoそれが1980年代に入るやいなや70台(1980年), 60台(1981年, 1982年), 50台(1983年,. 1984年), 40台(1985年)と1年ごとに指数値を下Uf.,いまや青 年に自殺の集中しない代表的な国の一つにまでなったのである。 図5は横軸に全年令層の自殺率を,縦軸に青年層(15-24歳)の自殺率をとり,. 1960年 から1985年まで,両者の自殺率がどう推移したかを見たものである。これを見るとやはり, 青年層の自殺率の低下がめだっている.指数値を引き下げている第一の要因は,青年層の 自殺率低下である。 1955年(昭和30年)の日本の青年と, 1985年(昭和60年)の日本の青 年では,社会の中に置かれている状況がかなり大きく変ったことが,この自殺統計から読 みとれるのである.もちろん30年たてば変わるのほあたりまえかもしれないが,それにし.

(17) 123. 青少年の自殺に関する一考察 図5. てもほかのどの国にもみられない大きな変. 日本の青年層,全年齢層の自殺率 の推移(1960年-1985年). 化である。. ④D型(指数値が1960-1975年の間に上昇). 華234. D型に含まれる国ほ全部で8つあった。. 100. '61. カナダ,アメリカ,フィンランド,ノルウ. 62. ェー,スウェーデソ,イギ1)ス(イングラ. ンド・ウェールズ),オーストラリア,ニ 表9は,アメ1). 63. ュージーランドであるo カ,カナダ,スウェーデソの3国について. 丁74 :2'76. '6i .4+ 65. (. みたものであり,. 指数 値-. '60. 1976年以降の指数値も調. べてある。アメリカ,カナダほ1975年以 降,削ぎ平行状態を保っており,スウェー. 68. 台lo. 787&8; 83 5. 10. 万 人. デソほまたやや下りぎみである。. 空. 10. 20. 30. 40. 全年齢層の自殺率(人口10万人対). D型の国々で指数値が上昇したのは,全. (厚生省「自殺死亡統計+および厚生省「人口動 態統計+より作成). 年令層の自殺率が低下したからではない。 青年期の自殺率の上昇に原因がある。特に. カナダ,アメリカ,ノルウェー,フィンランドなどで上昇率が大きかった。ここで,これ 1960年-5・1, 1974年-14・6, らの国々の青年期の自殺率の推移をみておこう。カナダほ, 表9 アメ1)カ. カナダ. D塑の国における指数値の推移 スウニ. アメ1)カ. カナダ. 1960年. 6741. 61. 49. 52. 62. 52. 67I44. 63. 55. 75. 64. 56. 65. 100. 88. 1973年. 49. スウェ. -.デソ. -デソ. 72. 74. 90ll13・74. 75. 93ll1782. 52. 76. 94. 66. 51. 77. 56. 65.. 43. 78. 66. 59. 71. 55. 79. 102. 12161. 67. 65.. 81. 56. 80. 104. 109. 59. 68. 66. 77. 51. 81. 103. 116. 53-. 69. 72. 89. 55. 82. 99. 106. 53. 70. 7790. 60. 83. 96. 8092. 65. 84. .71 72. 85. 106. 46. 11371. ・o21123164 99. 114. ll15・. 73. 58. 5985. (WHO. : World. Health. Statistics. Annualより作成).

(18) 124. 渡瀬. 真. 1984年-15・8と上昇しているoアメリカは1960年-5・2,. 1975年111.8, 1983年-ll.6で 1976年19・1, 198蜂-15・5,フィンラシドほ1960年11・6・ 1974年-23・5, 1984年-21・4となっているo 1975年以降,青年層の自殺率が上昇か 横ばい憤向にある国が多い。 あり・ノルウェーほ1960年-3・7,. この指数値上昇というD型の国での動きほ・ 1960年以降にでてきた新しい動きである。 そして・それまでの開発途上国一高い指数値,先進国一俵い指数値という図式がくず れさってしまった。. D型の国々で青年に自殺が集中してきた原因ほ,開発途上国で,青年期に自殺が集中し た原因とは別のものであろうo竣)(oまれない層の自殺ももちろんあるはずだが,それだけ でほないと思われるo. 「持てる国+の中で「モラトリアムの中の青年が示す病理としての 自殺+いわゆる「青年期の病理としての自殺→も多いはずである。デふルケ-ムの3類型. の中では「自己本位的自殺+ (社会観範から切り離されすぎたことから生ずるエゴイズム とニヒリズムの混合した自殺)にあたる事例が多いのではないだろうか。. 本稿でほ・日本の青少年の自殺率について検討を加えたo得られた知見は以下のとおり である。. ① ②. 日本の青少年の自殺率は・戟後・大きく変動したが,最近はかなり低くなってきた。 他の年齢層と比較しても低く,青年期の自殺率の山は完全に消えた.. ③ 特に女子の自殺率が大きく下った. ④学生・生徒の自殺率が低く・有職青年,無職青年(学生・生徒を除く)の自殺率が 高い。特に大学生の自殺率が低い。 ⑤. 少年期の自殺率も現在のところ低い数値で安定している。. ⑥指数値〔(15-24歳の自殺率/全年令層の自殺率)×100〕を国ごとに算出したところ, 開発途上国では青年期に自殺が集中し・先進諸国では集中しない債向のあることが確認さ れた。. ⑦. 1960年頃から日本をほじめいくつかの国で青年期に自殺が集中しなくなった。 ⑧逆に,カナダ・アメ1}カ・北欧諸国で青年期に自殺がふえほじ軌その儀向ほ現在 まで継続している。 ここで・最初の問題関心に戻りたい.現在・日本の青少年の自殺率は低い数値で安定し ており・国際的にみても,青年に自殺の集中しない代表的な国になりつつある。少年期も 同様であるoしたがって・自殺統計をもって「以前より青少年が悪くなった,もろくなっ た+という主菜の論拠とすることほ,誤りであると考えられる. 今後・社会的自殺率から見た青少年の置かれた状況の把握を,いろいろな角度から,読 みてゆきたい。.

(19) 125. 青年期の自殺紅関する一考察 註. 1)この間題むこついてはⅡを参照のことo 2)大村英昭「非行の社会学+,世界思想社,. 1980年o 同書をもとFこ大村氏の主輩を簡単に紹介し. たい。. ① 現在,非行の第3のピ-クと言われ非行件数がふえていることは間違いない。しかし,栄 成年のひきおこした殺人事件,その他の凶悪事件は非常に減っている.殺人事件等は暗数が少な いので統計として信頼できる。 ② 現在ふえている非行は万引・自転車盗その他の軽敬なものであり,しかも「軽教な罪種は (同書p・8)。 「軽微なもの経ど, 『裁量権』発 ど,統制側世論のあり方次第で多くも少くもなる+ 動の余地も大きくなり,それだけ統制エージェソトの主観的判断がより多く介入する○つまり世 論が神経質匠なる同じ方向紅,統御エージェソトもまた動いていく+(同書pp・8-9).世論が子ど もの問馬匹神経質になればなる縁ど,非行件数はふえていくというo ③ さらに公安事件など警察がいそがしい時期馴も非行発生件数が減り,警察がひまになる と,非行発生件毅がふえるという。つまり伝統的非行理論が,非行少年の側の問題(特に非行原 因論)を考えてきたのに対し,レイペリソグ診でほ,そうした行為を非行として認定する側の問 題も視野に入れているのである(大村によれば伝統的非行理論では,婦人警官がふえれば非行少 女は減ると考えるがレイペリソグ論ではふえると考えるという)。 (宮島喬訳),中央新書,中央公論社, 1985年。なお, 1968 3)エミール・デュルケ-ム「自殺論+ 『世界の名著47,ジンメル,デュルケ-ム』 年忙中央公論社から出た同じ訳者による「自殺静+ ほ抄訳であるが, 1985年版ほ全訳である。 4)同上, 5)岡上,. p.1610. 6)同上,. p.1660. 7)同上, 8)同上,. p.1660. 9)同上,. pp.27-32。. 10)同上,. p.162.. p.170。. p.28。. ll)モー.)ス・パンゲ「自死の日本史+. (竹内信夫訳),筑摩書房,. 1986年p・24o. ただレミソゲの. 言う地震と津波の関係という比ゆの妥当性ほ立証されていない。この時期の自殺率の高さと戦争 の問題がどう関係するのかほ,今後の研究課題である。 12)昭和61年度の自殺率は,現在の時点(1987年4月)でほ,まだ発表されていない。この年匠ほ, アイドル少女歌手の自殺に影響をうけたと思われる青少年の自殺が多発したので,この年齢層の 自殺率が上昇するのでほないかと予想される.しかし,これまでの塀例から考えると・一時的な 現象匠とどまると思われる. 13)総務庁青少年対策本部編「昭和61年度青少年白書+ 14)岡上,. p1 302c. p.302。. 15)アフリカ,アジア,共産圏の国々の多くほ,自穀統計を発表していないo 薫「自殺の社会病理+ 『自殺の社会学・生態学』至文堂, 1975年p・82 16)大橋 真「青少年の自殺匠関する一考察+ 『青年心理14号』,金子書房, 1979年pp・153-161o 17)渡部 渡部 其「青年期の自殺の国際比較+ 『教育社会学研究第34集』,日本教育社会学会鼠1979年・ pp.126-1370. 18)上述の拙稿でほα値という名称を用いた。.

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