Author(s)
嶋貫, 真人
Citation
沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of
Humanities and Social Sciences(6): 91-115
Issue Date
2005-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/6121
児童扶養手当制度改革に向けた提言
一子どもの「養育費を受ける権利」を基底に置いた考察一鴫貫真人
要約 近年、児童扶養手当制度に関しては、母子世帯の母親の就労支援策などを含む総合的 自立支援策の一環として、母子寡婦福祉法などとあわせた、いくつかの法改正が行われ ている。しかし、これらの改正によってもなお、手当支給対象児童の父親の負う民法上 の扶養義務と、手当との間の優先関係のあり方については、十分な論理的検討が行われ ているとはいいがたい。そこで、本稿では、わが国の児童扶養手当法に関して、主とし て父親が子に対して負う扶養義務との関係から現行制度の問題点を論じ、母子世帯に対 する所得保障制度のあり方に関する立法論・制度改革論の提案を行っている。 なお、その際には特に、日本が94年に批准した「子どもの権利に関する条約」に規定 されている「子どもが親から養育費の支払いを受ける権利」を基底に置きつつ、随時諸 外国における類似の所得保障制度との比較検討を行いながら、考察を進めていくことと する。 キーワード:子どもの権利条約、扶養請求権、優先関係 第1章はじめに 1問題の所在 本稿の目的は、わが国の児童扶養手当法に関して、特に父親の子に対する扶養義務との関係から、現行制度の問題点を論じ、あわせて母子世に対する所得保障制度の望ましいあり方に向けた
立法論・制度改革論を提示することにある。近年、児童扶養手当制度関しては、母子世帯')の母親の就労支援策などを含む総合的自立支援
策の一環として、母子寡婦福祉法などとあわせた、いくつかの制度改正が行われている。そして、これらの最近の制度改正の中には、母親の前夫、すなわち手当支給対象児の父親が負う扶養義務
との関係のあり方に関しても、一定程度の調整措置が盛り込まれてはいるものの、依然として民 法上の扶養義務と手当支給との間の優先関係の整理については、十分な論理的検討が行われてい るとはいいがたい。そこで、本稿では、日本が94年に批准した「子どもの権利に関する条約」に定められた「子ど
もが親から養育費の支払いを受ける権利」を基底に置きつつ、父親の扶養義務との関係の問題に 焦点を絞って、現行児童扶養手当制度に検討を加えていくものである。なおその際には、随時諸 外国における母子世帯に対する類似の所得保障制度を紹介しつつ、それらとの比較を行いながら、 考察を進めていくことにする。 -91-2児童扶養手当制度の現状および母子世帯の生活の状況 (1)児童扶養手当受給者の状況 表lに示すとおり、近年の受給者数は、離婚件数の増加に伴って、毎年5~6万世帯ずつ増加し ている。「離婚」による受給者の占める割合は、2000年度以降、全体の約88%で推移しており、 大半の児童扶養手当受給者がこれに該当することがわかる。
また、1980年以降の年間離婚件数については、表2に示すとおりであり、長期的に見れば明
らかに増加傾向にあるといえる。さらに本稿の問題意識との関連で特に注目すべき点は、「20
歳未満の子を伴う夫婦」の離婚件数が著しく増加しているということであり、80年以降、一貫し
て全離婚件数の60%以上を有子夫婦が占めている点に留意しなければならない。 表1児童扶養手当受給世帯数の推移 出所:厚生労働省「平成14年度社会福祉行政業務報告(福祉行政報告例)」による 表2 年間離婚件数の推移1980年1985年1990年1995年2000年
141689166640157608199016264246 9575511368198818122067157299 笥婚イ牛劉 出所:厚生労働省「平成14年度人ロ動態調査」による (2)子の親権の帰属と養育費送金の状況有子夫婦が離婚した後の子の親権の帰属については、2003年度中に全国の家庭裁判所におい
て、調停離婚、協議離婚の調停(または審判)が成立した事件のみに限定したデータ2)が公表さ
れているが、それによると、調査対象全20,041件のうち、母を親権者と定めたものが17,971件
(うち父が監護者となったものは18件)、父を親権者と定めたものが2,716件(うち母が監護者と
なったものは255件)となっており、母親が離婚後の子の親権者および監護者となっている例が、
圧倒的多数を占める(全体の約90%)ことがうかがえる。養育費の額に関しては、やや古いデータではあるが、下記のものが参考になる31。
離婚世帯全体からの抽出調査(調査対象世帯数1,065)のうち、定期金による養育費支払いを実
際に受けている者は、340(全体の32%)で、その金額の内訳をみると、月5万円未満が112
(養育費を実際に受けている者の中の33%)、5万円以上10万円未満が129(同38%)、10万円以
上15万円未満が48(同14%)となっている。 -92- 2000年 2001年 2002年 全受給. 堂帯数 708,395 759,197 822,958 生別世帯 (生別のうち離婚世帯) 死別世帯 未婚世帯 その他(障害・遺棄等) 623,548 622,357 9,570 51,678 23,599 670,201 668,952 9,327 55,063 24,606 726,815 725,403 9,487 60,238 26,4181980年
1985年
1990年
1995年
2000年
年間離婚件数141,689 166,640
157.608199,016 264,246
うち20識未満の子どもを伴うもの 95.755113,681
98.818 122.067157,299
このように、有子夫婦の離婚に際しては、子の養育費支払の履行率自体が全体の3割程度にと どまっているうえに、実際に支払われている額も月10万円未満のものが全体の7割以上を占めて いるのである。 (3)母子世帯の母親の就労収入の状況 上記のような養育費支払の状況に、さらに母親の就業状況を重ね合わせてみていくことで、母 子世帯の経済状況を総合的にとらえることが可能となる。 全国の母子世帯からの抽出調査(調査対象世帯数5,000、有効回答率50.8%)4)によると、回答 した母子世帯(平均人員3.17人)の社会保障給付も含めた月収は、平均210,000円であり、一般 世帯(平均人員3.24人)の377,064円のわずか55%にしかならず、1人暮らし女性勤労者の平均 月収229,571円にすら、及ばない水準にある。 その結果、03年度における暮らし向きに関する意識調査5)においては、母子世帯では「大変苦 しい」と回答したものが409%(一般世帯の平均は222%)、「やや苦しい」が40.9%(同31.6%) となっており、一般世帯との間の所得の格差は、当事者の意識の中にも明確に表れているといえ よう。 (4)小括 以上のデータから、以下のような事実がうかがわれる。 第1に、近年の離婚の増加に伴い、「両親の離婚」に巻き込まれる子どもの数も急増している が、それらの子どもたちのほとんどが、母親に引き取られて、母子世帯を形成している。第2に、 この母子世帯に対する父親からの養育費支払いの状況は全体に低調であり、実際に支払われてい る養育費額に、児童扶養手当や生活保護を中心とする社会保障給付費を合算しても、母親の就労 収入だけでは一般世帯の生活水準には遠く及ばない状況にある。「両親の離婚」に巻き込まれた 子どもたちが、このような経済状況の中で、教育上・生活上の大きなハンデを背負いながら成長 していかなければならない実態が浮かび上がってくる。そこで、本稿では、児童扶養手当制度の 改革および父親の扶養義務履行の強化を通じて、このような問題状況に対するひとつの解決策を 提示していくものである。 第2章諸外国の制度の紹介 1総説 ひとり親世帯に対する所得保障給付と、非監護親の負う扶養義務との関係の調整のあり方に関 して、諸外国の立法例をみていくと、わが国の児童扶養手当制度とは異なる方式を採用している 国が見受けられる。それは大きく分けると、次の2つのタイプに分類してとらえることが可能で ある。 ひとつは、アメリカの制度にみられるように、社会保障給付としての手当をいったん母子世帯
に支給したうえで、母親が父親に対して有している子どもの養育費支払請求権を、手当の給付主
体である行政庁が譲り受け、行政庁は事後に父親から手当支給に要した費用の一部または全部を 回収するというものである(後述のように、本稿ではこれを「公的扶助型」と呼んでいる)。 もうひとつは、スウェーデンやドイツの制度にみられるように、父母間で約定された養育費の -93-額が、法で定めた一定基準額に満たないとき(または約定額自体は基準に達しているが、それが
額面どおりに履行されていないとき)のみ、行政庁がその基準額までの手当をいったん母子世帯
に対して支給し、事後に当事者間で約定していた養育費額の限度で、行政庁が父親から償還を受
けるというものである(後述のように、本稿ではこれを「立替払型」と呼んでいる)。後述のとおり、わが国の改正後の児童扶養手当法は、このいずれのタイプとも異なる「第三の
類型」とも呼ぶべき独自のスタイルを採用しているため、日本の現行制度の問題点を探っていく
ためには、まずこれらの外国制度について、その内容を検討していくことが有効なアプローチと
なるはずである。そこで、以下では外国制度に関する主な先行研究を紹介しながら、それぞれの
制度の比較検討を試みることとする。 2アメリカの制度について (1)SNカッツの研究周知のとおり、アメリカの公的扶助プログラムは、カテゴリー扶助主義を採用しているため、
ひとり親世帯に対する所得保障についても、わが国のような一般扶助主義的な生活保護制度では
なく、母子世帯向けに特化されたプログラムによって対応している。1935年に連邦社会保障法が制定されて、ひとり親世帯のための最初の公的扶助プログラムで
あるADC(AidtoDependentChildren)が創設されて以来、1962年のAFDC(Aidto
FamilieswithDependentChildren)、そして1996年に創設された現行のTANF(Temporary
AssistanceforNeedyFamilies)に至るまで、何度か制度の変遷を重ねてきているが、このような変遷の中で、公的扶助受給世帯から去って行った父親の負う扶養義務との調整にあり方につ
いても、一定の試行錯誤を経験してきている。このうち、1984年までの制度展開の経過につい
ては、アメリカの法学者であるSN・カッツの研究(カッツ〔1986〕)が詳しい紹介を行っている。
広大な国土と州ごとの強い自治権という特有の事情をもつアメリカにおいては、父親が子の住
む場所を離れて、他州に移住してしまった場合、その扶養義務を法的に追求していくことは、極
めて困難になってしまう。そこで、1940年代までは、この問題に対して、他州に逃亡した父親
に刑事罰を加える方法や、2つの異なる州の問で協働して、子のために父親から養育費を徴収す
るなどの方法が試みられている。しかし、これらの方法が、いずれも十分な効果をあげることができず、「子の遺棄という一種
の福祉詐欺」を許しがたいと考える一般納税者の間の不満(カッツ〔1986〕56頁)がますます
高まっていくこととなる。このような中で、1974年の連邦社会保障法改正によって、新たに児
童扶養履行強制制度(ChildSupportEnforcementProgram)が創設された。これは、母親か
ら父親に対する養育費請求をサポートするために、母親にすらわからない父親の現住地を連邦記
録を活用することで捜し出す「親捜しサービス」の提供を行うこと、および養育費履行より先に
AFDCを受給する世帯については、AFDCを支給する州政府が、母親が父親に対して有する子の
養育費請求権を譲り受けることを条件として、手当を支給すること、の2つの内容を含む改革で
ある。特に後者に関しては、州政府が母子世帯に対して手当を支給した後に、父親から手当支給
に要した財源の一部を回収しようとするもの`)で、前記の一般納税者が抱く不公平感に対応する
ための、ひとつの切り札とも考えられた。ところが、このシステムも、母親が父親に対して養育費の支払いを強制する手段を欠いていた
ために、ほとんど実効性をあげることができなかった。そこで、1984年に行われた次の制度改
革は、父親がlか月でも養育費の支払いを滞納すると、翌月以降自動的に父親の所得7)から養育
-94-費の控除が行われるという方法の導入であった。 この「養育費の天引き」の制度は、わが国の制度のあり方を考えていくに際しても、次の2つ の点で、極めて示唆的なものであるといえる。第1に、この制度は、先に紹介した「親捜しサー ビス」と共に、公的扶助給付(AFDC)を受けていない母子世帯一般に対しても開放された行政 サービスであるという点である。つまり、アメリカにおいても、これらのサービスは、本稿が基 本的な視座として据える「子がその父親から養育費の支払いを受ける権利」の実現に向けた施策 の一環としてとらえられているということであって、決して公的扶助の財源削減の目的だけに向 けられたものではないのである。第2に、従来から存在した司法的手段による養育費の強制取立 ての方法ではなく、行政機関(州政府)が一定のガイドラインに従って父親の支払うべき養育費 額を算定し、天引きを行うという方法を採用したという点である。これは従来の司法的システム と比べたときには、取立てに要する時間や費用の点で、はるかに迅速・簡便であり、母子世帯側 の負担がそれだけ軽くすむという大きなメリットを有している。 (2)下夷美幸の研究 下夷は、アメリカにおける養育費の履行確保制度を、わが国に積極的に紹介している代表的な 研究者である。 下夷〔1992〕では、1984年法によって導入された養育費の賃金天引制度について、実際の履 行状況や、導入によるメリット・デメリットなどを検討している。この中で、本稿のテーマとの 関連で特に注目されるのは、i)父母間の協議において養育費額を決定する際のガイドラインのあ り方、ii)強制天引制度導入によって実際にどの程度の徴収実績をあげているのか、の2点につ いてである。 i)について:それまでの司法的手続による養育費の履行強制のマイナス面としては、手続に 要する時間や費用が彪大であるだけでなく、履行命令の内容においても、しばしば担当する裁判 官の裁量判断によって、大きなばらつきを伴うという問題が指摘されてきた8)。したがって、行 政的手続による履行強制がこれらの欠点を克服していくためには、単に手続の迅速性・簡便性に おいて優れているだけでは足りず、さらに決定内容の一貫性や安定性までもが保たれていなけれ ばならないことになる。 そこで、このような問題を解消するための仕組みとして、当事者間で養育費額を協議する際に 一般的に従うべきガイドラインを、予め用意しておくことが必要であると考えられるようになっ た。この結果、88年改正法によって、すべての有子夫婦の離婚ケースにおいて、ガイドライン9) の利用が義務づけられるようになったのである。 ii)について:前述のとおり、この84年改正法は、AFDC受給ケースであると否とに関わらず、 すべての母子世帯に対して開放された制度であるが、強制天引制度導入後5年が経過した89年時 点での、AFDCケース・非AFDCケースを合計した徴収率(上記ガイドラインによって決定され た養育費額のうち、どれだけを実際に徴収できたかの割合)は、わずか22%にとどまっている。 また、AFDC受給ケースの前夫(子の父親)からの償還率(手当支給に要した費用のうち、行政 が実際に償還を受けた額の割合)も、90年時点で10.3%にとどまっている(下夷〔1992〕83頁)。 しかし、このような低い徴収率・償還率の下にあっても、養育費の履行が原因でAFDCの受給 から脱却できた母子世帯の数は、79年の約2万世帯から、90年には約24万世帯へと、大きく増 加しているのである(下夷〔1992〕83頁)。 したがって、アメリカの例にみる限りにおいては、父親からの養育費の強制天引制度導入は、 所期のねらいどおり、確実に公的扶助の受給者削減に向けた効果を発揮しているといえそうであ -95-
る。
なお、アメリカにおけるひとり親世帯のための所得保障制度は、前述のとおり、1996年から
はTANFというプログラムに移行しており、この中では新たに受給期間の制限がもうけられるな
ど、生存権的な最低生活保障理念が後退させられているが、父親の扶養義務の扱いについては、
ここに述べたAFDCの時代の考え方から、基本的には変わっていない。 (3)アメリカの制度に関する総括的評価以上の先行研究において紹介されたアメリカの制度の実,情を、わが国の児童扶養手当の問題に
あてはめてみたときには、父親の負う扶養義務と社会保障給付との間に、一定の優先順位を意識
している点では、扶養義務との調整規定が非常に不備であるという日本の制度の問題点が明確に
され、一応参考にされるべき要素を含んでいるとはいえるだろう。しかし、アメリカの制度を日本にあてはめていくためには、なお次のような事項が検討を要す
る課題として残されているように思われる。すなわち、父親からの養育費の履行強制のシステムを、主として公的扶助財政の削減の観点か
ら構築していこうとするアメリカでの考え方は、視点を変えて、「子どもが父親から養育費を受
け取る権利を、国がいかに支援していくか」という本稿の課題設定からとらえ直したときには、
はたして日本の今後の制度改革のモデルとして、どこまで妥当性をもちうるのか、という問題で
ある(このことについては、後に詳しく検討する)。 3スウェーデンの制度について (1)スウェーデンの制度に関する先行研究スウェーデンにおいては、児童のいる世帯一般に対する普遍主義的な所得保障プログラムが非
常に充実しており、両親のいる世帯に対しても支給される児童手当や親手当などが整備されてい
る。そしてその他に、ひとり親世帯のみを対象とする先払養育費制度があり、これが、スウェー
デンの社会保障給付の中では、日本の児童扶養手当に近いものである'0)といえよう。このスウェ
ーデンの先払養育費制度について紹介した研究としては、太田〔1987〕や下夷〔1989〕がある。
父母の離別時に、両者の間において取り決められた養育費の額くx〉が、先払養育費額(この
額は、〈国民年金の基礎額×40%=y〉で算出される)を下回っている場合には、〈x〉が父親か
ら母親に対して支払われると同時に、〈y-x〉が社会保険事務所から母親に対して支給される。こ
のくy-x〉が、この世帯に対する先払養育費額ということになる(ただし、金額の比較の上で
くx≧y〉の関係にあっても、現実にはくx〉の分がまったく父親から支払われていないという場
合には、母親はまずくy〉の額を社会保険事務所から受け取ることができることとされている
(太田〔1987〕208頁))。したがって、子を監護する母親としては、父親との間に養育費くx〉の支払いの約定さえ成立
していれば、〈x〉の大小に関係なく(ただしくy≧x〉の関係にあることを要する)、また現実に
養育費が支払われているかどうかにも関わりなく、少なくとも児童の養育に必要とされる標準的
な生活水準くy)の所得だけは、公的に保障されるという仕組みになっている。これは母子世帯
の生活の安定という観点からは、優れた制度であるといえるだろう。
のみならず、この先払養育費制度と日本の児童扶養手当とを比較したとき参考とされるべき点
は、父親の子に対する私法上の扶養義務との調整の仕組みを、制度内に用意しているということ
である。すなわち、社会保険事務所は、もし父親が約定した養育費を額面どおりに支払っていな
-96-いならば、いったん母親に対してくy〉全額(ないしくy〉と現実に履行されている養育費額と
の差額)を支給したうえで、事後に父親から手当支給に要した費用のうち、〈x〉を限度として、 償還を受けるのである'1)。 (2)スウェーデンの制度に対する総括的評価 スウェーデンの先払養育費制度は、母子世帯の所得保障を確実に行いつつも、父親の負う扶養 義務を、あくまでも社会保障給付に優先するものとしてとらえ、決して父親の無責任な義務回避を許さないシステムになっている。つまり、私法上の扶養義務との調整と、母子世帯の生活の安
定という2つの要請を、無理なく両立した形態として、示唆に富むモデルであるといえよう。ただし、このスウェーデンの制度の最大の難点は、社会保険事務所が父親から償還を受けるこ
とができる費用の額が、離別時の父母問の協議内容によって、ほとんど自由自在に圧縮されてし まう可能性があるということである。すなわち、母親が父親と養育費額の協議を行う段階におい て、将来この手当制度を利用することをあてにして、父親からできるだけ高い養育費を取り付け ようとする努力を、最初から放棄してしまうという弊害12)が指摘されている。その結果、〈y-x〉 の値、すなわち手当財源のうち、事後に父親から償還を求めることのできない純然たる公費負担 の部分の割合が、次第に増大していくことになる(下夷〔1989〕159頁)。 したがって、スウェーデンの制度のわが国への適用を検討するにあたっては、このような当事 者間の「不当に低い」養育費の約定をどのようにして防ぐのか、ということがひとつの課題とさ れるだろう。 4ドイツの制度について (1)ドイツの制度に関する先行研究 ドイツの離婚母子世帯に対する前夫の扶養義務、および社会保障給付との関係についての研究 には、本澤〔1991〕がある。同論文の中で紹介されているドイツの制度(家族法上の離婚制度 のあり方も含めて)の内容のうち、わが国の現行制度と特に大きく異なる点は、以下のような事 柄であろう。 第1に、離婚後の父親の子どもに対する扶養義務の内容が、離婚に至るまでの父母間の有責性 の問題とは、完全に切り離して考えられ、あくまでも離婚後の母子側の生活上の需要と父親側の 所得状況とによって、客観的に決定されているという点である(本澤〔1991〕72頁)。 この点、わが国においては、しばしば母子に対する父親側からの金銭的給付が、男'性側の個別 的な有責性の程度に左右される「慰籍料」の形で支払われているのと対照的である(下夷 〔1995〕79頁は、このような日本の現状を、「養育費の問題が夫婦間の財産分与や離婚そのもの と取引されている」と表現している)。このようなわが国の離婚における「慰籍料偏重主義」的 な解決方法は、当事者間の感情的な対立によって、いたずらに紛争を複雑化・長期化させ、それ に巻き込まれる子どもの精神的ダメージを一層大きくしているといえるのではないだろうか。し たがって、日本においても、ドイツの離婚制度のように、父親の子どもに対する扶養義務の内容 の決定を、父母間の感情問題から切り離していくことが必要であると考えられる。 第2に、ドイツにおいては、未成年の子どもに対する両親の扶養義務について、家族法上の明 文規定が存在するという点である。わが国においても、父母の未成年子に対する扶養義務の内容 が、最も程度の強い義務(いわゆる生活保持義務)であると解釈されている点は、判例・学説上 ほぼ異論をみないところではあるが、母親による養育費請求権放棄のような事案に直面した場合、 -97-「子ども固有の養育費請求権」規定の有無が、このような権利処分的な行為の扱いに関して、具
体的な差異をもたらす可能性があることは、後述のとおりである。第3に、先にアメリカの制度の中で紹介した養育費算定のためのガイドラインの方式は、ドイ
ツにおいても採用されている。そして、このガイドラインの用途は、やはりアメリカにおけるのと同様、司法判断における準則としてだけではなく、当事者間で養育費の協議を行う際の目安と
しても活用されているのである。第4に、ドイツ家族法においては、母親による養育費請求権放棄のような事例に対して、これ
に歯止めをかけるための仕組み(後見裁判所が母親を補佐する者を選任するなど)が採用されて
いるが(本澤〔1991〕83頁)、このことは前述の「子ども固有の養育費請求権の明文化」の問題
とからめて、重要な示唆を与えてくれているように思える。第5に、ドイツの社会保障給付には、スウェーデンの制度と同様に、父母間で約定された養育
費の履行遅滞や不履行に対応するための、行政による立替制度(扶養料立替制度)が存在する。
この制度を利用した母子世帯については、母親が父親に対して有する養育費請求債権が、立替を
行った扶養料立替金庫に移転し、事後に同金庫から父親に対して償還請求が行われるという形に
なっている(本澤〔1991〕90頁)。なお、もともと約定されていた養育費額が、母子世帯の最低限度の生活維持に足りない場合に
は、(他に収入がない限り)立替制度を利用してもなお不足する部分について、連邦社会扶助法
(日本の生活保護法に相当)による扶助を受けることができるとされている。
(2)ドイツの制度に対する総括的評価(アメリカの制度との比較検討)
1)手当制度そのものの基本的な性格の違いアメリカにおけるひとり親世帯のための所得保障制度と、スウェーデンの先払養育費制度、ド
イツの扶養料立替制度とを比較した場合、まずアメリカ型とスウェーデン・ドイツ型という、2
つの大きなグルーピングが可能となる。すなわち、アメリカの制度は、あくまでも母子世帯の生活を保障するための公的扶助のひとつ
の形態として位置づけられているのであって、手当給付関係の法的構造は、国家による直接的な
生活困窮者の救済場面のひとつであるといえる(そこで、以下においては、アメリカの制度のこ
とを、仮に「公的扶助型」と呼ぶことにする)。したがって、手当の支給が行われた後、子の父
親から、手当の支給に要した費用の一部の回収を行うのは、手当財源の節約とか、一般納税者の
感,盾に配慮した「公平」の観点からの措置(カッツ〔1986〕56頁)ととらえることができる
(この点、日本の生活保護法4条2項および77条と、基本的に同趣旨の規定であると考えられる)。
これに対して、スウェーデンやドイツの制度は、あくまでも「子ども自身の父親に対する私権
の行使」を、当事者間の法律関係の中心に据えているのであって、手当の支給は、そのような
「子どもによる私権の行使」を容易ならしめるための補助的なツールのひとつにすぎない'3)ので
ある(そこで、以下においては、スウェーデン・ドイツの制度のことを、仮に「立替払型」と呼
ぶことにする)。つまり、このスタイルを採用する国においては、父親の扶養義務履行手段とし
ての立替払型手当と、母子世帯の生活保障のための公的扶助とが、明確に役割分担されており、
もし仮に前者の給付だけで最低限度の生活を維持することができない事情があったとしたら、公
的扶助がその不足分を補う形で併給されることになる。換言すれば、立替払型の制度では、手当の支給は、「国家vs・国民」という生活保障の場面をそ
の本来的な出自とするものではなく、むしろ「私的自治」ないし「自助努力」の優先という思想
を基底に置くものなのである(太田〔1987〕212頁)。
-98-このようにみていくと、手当それ自体の給付の安定性(母子世帯にとっての手当受給権の権利 性の強さ)という観点からは、明らかに立替払型の制度の方が優れているといえるだろう。なぜ ならば、公的扶助型の制度においては、手当受給権の発生要件は、扶養義務を負う父親の存在の いかんには関わりのない、「国家vs、国民」の関係でとらえられるものであるから、母親のワーク インセンティブの強調とか、税収の落ち込みといった、政治的・財政的要因によって給付水準や 受給要件の内容が左右されやすく、それだけ流動的な要素を多く含んだものになりやすいからで あるM)。 これに対して、立替払型手当の性格は、あくまでも「父親の私法上の義務履行」の公的機関に よる先払いであるから、事後の費用償還の手段さえ確実なものとしておけば、手当支給主体であ る行政庁の財政的事情や、納税者による「福祉改革」の要求による影響は、比較的小さく抑える ことができるはずである(もっとも、手当の不足分を補う公的扶助の部分については、前記公的 扶助型制度の弱点がそのままあてはまることになるが、手当と扶助とが併給される分だけ、受給 者のリスクは減殺されることになる)。 このようにみていくと、手当の法的`性格に由来する受給権者の地位の安定性においては、立替 払型手当の方が優れていると考えられる。 2)父親の扶養義務との間の関係調整の考え方の違い 父親の負う費用負担義務のとらえ方においても、両者の間には違いがみられる。公的扶助型の 制度においては、事後にどの程度、父親からの費用負担を求めるのかという判断では、それを左 右する以下のような不確定要素を含んでいる。第1に費用徴収に要するコストとのバランスが重 要な問題となってくる15)し、第2に“そもそも社会保障給付と私的扶養との関係は、本来どのよ うにとらえられるべきなのか”といった、イデオロギー的議論'6)が常につきまとうので、父親に とっての責任内容の不安定さが避けがたい。 これに対して、立替払型の制度においては、事後の費用徴収コストをも含めて父親自身に負担 させるという解決方法を採用できる(山脇〔1993〕290頁、下夷〔1989〕160頁)ので、第1 の問題は回避可能である。また、この制度における手当の性格は、父子間の私法上の債務の公的 な立替であるから、事後の費用徴収の性格もまた、子どもの父親に対する扶養請求債権の国への 譲渡、ないし国から父親に対する事務管理費用の償還請求といった純然たる私法上の法律関係だ けで処理可能であり、したがって公的扶助型のもつ2番目の問題も発生する余地はない。 このように、手当に優先する父親の私法上の扶養義務履行の態様においても、立替払型の制度 の方が優れていることは明らかである。 (3)ドイツの制度に対する総括的評価(スウェーデンの制度との比較検討) 今度は、同じ立替払型のグループに属する同士であるドイツの制度とスウェーデンの制度との 比較を行ってみると、以下のような違いが見出せる。 1)前述のように、スウェーデンの先払養育費制度は、父母間で約定された養育費額とは別個に 国が定めた基準額く年金基礎額×40%=y〉を上限として、〈養育費十手当〉またはく手当単独〉 の形で、暫定的な所得が保障される仕組みである。したがって、〈y〉の基準額の原資を、〈養育 費(私法上の給付)〉とく手当(公法上の給付)〉とで、どのように負担し合うか(換言すれば、 いったん母子世帯に支給した手当のうち、どのくらいの割合を事後に父親に求償しうるか)は、 当事者間の協議内容によって流動的である。 これに対して、ドイツの扶養料立替制度においては、手当として立替給付される分は、常に父 母間で約定された養育費額と同じあって、それ以上でもそれ以下でもありえない。ドイツの制度 -99-
では、いったん立替払いの形で給付された手当は、あくまでも“全て立て替え”なのであって、
スウェーデンの制度におけるように、当事者の事’盾によって、事後に求償できる部分とできない
部分との割合が変化するということはありえない。見方を変えると、ドイツの制度では、立替払
い型手当の給付水準の決定要素の中に母子世帯の生活保障への配慮は一切不要であり、このよう な役割については、手当と併給される公的扶助(連邦社会扶助法)の方に完全にゆだねられてい るという言い方もできるだろう。2)もうひとつ、ドイツとスウェーデンの両制度を比較したときに見出せる大きな差異は、父母
の間で子の養育費額を約定する際の、当事者意思の自由度の違いである。スウェーデンにおいて
は、当事者の間で養育費額を話し合うときに、先払養育費制度があることを見越して、意図的に
低い養育費額の取り決めをすることは制度的に可能であるし、現実にその弊害が現れてきている
ことは、前述のとおりである。これに対して、ドイツにおいては、当事者がこのような「不当に低い」約定をなした場合には、
後見裁判所によって「子の利益に反する行為」とみなされ、約定自体が無効と判断されるのみな
らず、そのような行為をなした母親に代わって、子どもの養育費請求権の行使を行う補佐人が選
任されることになる。このように、ドイツの扶養料立替制度においては、父母間(より正確には
"父子間,')の私法上の権利・義務の内容も、基本的には完全に当事者の自由意思によっては決め
られないような仕組みになっており、「子どもが親から養育される権利」の保障としては、より
優れたシステムであるといえる。(4)小括(アメリカ、スウェーデン、ドイツの各制度の総合比較評価)
以上のように3か国の制度の内容を検討していくと、1)手当給付の法的安定性、2)父親の費
用償還義務の法的安定性、3)手当と公的扶助との機能分担の明確さ、4)母親による子どもの私
権処分の防御システムなどの諸点において、ドイツの制度が最も優れていると評価できる。
そこで、以下においては、今後のわが国の児童扶養手当制度改革の方向性を探っていくに際し
て、このドイツの扶養料立替制度をひとつのモデルとして、議論の中心に据えつつ、適宜他国の
制度も考察の対象に加えていくこととしたい。 第3章児童扶養手当制度の沿革と現状本章では、わが国の現行児童扶養手当制度の成立に至る経過と、これまでに検討されてきた制
度改革に関する議論の概要をながめてみることにする。 1制度発足から1985年改正まで (1)制度発足時の事」盾わが国では、1959年に国民年金法が制定されて、国民皆年金体制が一応整備されたことに伴
い、死別母子世帯に対する所得保障制度としては、亡夫が被用者であった場合には、「遺族厚生
(共済)年金」、自営業者であった場合には、国民年金の「母子年金」(およびその拠出要件を満
たせなかった者に対する、全額国庫負担による「母子福祉年金」)という制度体系が構築された。
しかし、生別母子世帯については、死別母子世帯と同じく“父の不在”という経済的ハンデを
負っていながら、上記のような年金制度による所得保障の体系にまったく組み入れられていない
-100-という不合理があり、さりとて、“離婚”ないし“未婚での出産,,という生活事故は、社会保険
の給付対象たる「保険事故」にはなじまないという原理的な制約もあるため、結局、年金制度と
は別建ての形で、全額租税負担による新たな制度を創設する方法しかなかった。これが、1961
年に児童扶養手当法が制定された際の事情であった。
(2)1985年改正このようにして、当初母子年金の補完制度としてスタートした児童扶養手当であったが、その後
の離婚の急増に伴って、手当受給者数.給付費ともに、増加の一途をたどっていくことになる。
また他方では、母子年金受給者の数は、子の父親の「被用者化(厚生年金への移行)」に伴って、
逆に急速に減少していく結果となった。つまり、当初「母子年金の補完制度」として発足した児童扶養手当制度は、その後の制度をめ
ぐる状況の変化によって、制度の性格そのものが大きく変容していくことになる。児童扶養手当
受給者数が母子年金受給者数の500倍を上回るようになった1980年代初頭(その後1986年の年
金制度改正に伴い、母子年金はすべて遺族基礎年金に裁定換えされて、新規裁定者は完全にいな
くなった)に至っては、もはや児童扶養手当は母子年金の「補完」制度とはいえず、「生別母子
世帯に特化した独自の所得保障制度」という性格を明確にしていくことになる(しかも、その財
政規模は、80年代初頭の時点で、厚生省児童家庭局予算の30%近くを占めるという極めて大き
なものになっている)。このような中で、増大する児童扶養手当給付費の財政に歯止めをかけるべく、1985年5月に最
初の大きな制度改正が行われた。この改正では、まず法1条の制度目的に関して、従来の「父と
生計を同じくしていない児童の福祉の推進」に加えて、新たに「家庭生活の安定と自立の促進」
という文言が追加されている。そして、このような新たな制度目的に即応すべく、具体的な改正
として、受給者の所得に応じて手当額を2段階とすること、および父親に一定額以上の所得があ
る場合に手当の支給制限を行うこと'7)などが行われている。
その他、本稿との関連で特に注目される改正点は、2条2項に、手当の支給は、父親等が児童に
対して履行すべき扶養義務の程度や内容を変更するものではない旨の一文が追加されたことであ
る。このこと自体はある意味で当然の事理を確認しただけにすぎないともいえるが、問題はこの
「扶養義務優先の原理」を具体的に担保するための調整の仕組みを、どのような形で制度内に取
り入れるのか、という点にあるはずである。そして、この85年改正法では、この点について新た
な調整規定を設けなかったために、この2条2項の規定は実質的には意味のない、単なる訓示的規
定という性格にとどまっているのである。このように、85年改正においては、本稿の問題意識である「父親の扶養義務との優先関係の調
整」については、実質的にはまったく踏み込むことがないまま、主として国の財政負担の軽減を
主眼とする改正の内容にとどまっているのである。 (3)厚生省の離婚制度等研究会上記の85年改正作業と並行する形で、厚生省児童家庭局長の私的諮問機関として、学識経験者
を中心とする「離婚制度等研究会」が発足する(84年7月)。この研究会は、全15回の会合を経
て、85年12月に「報告書」(厚生省離婚制度等研究会〔1985〕)を提出しているが、この「85
年・報告書」の中では、本稿が課題として掲げる「父親の扶養義務との関係の調整」のあり方に
ついても、一定の改革の方向性を示している。同報告書は、「第4章:提言」の中で、今後の離婚制度のあり方として、有子夫婦の協議離婚に
-101-家裁などの公的機関の関与を義務づけ、養育費約定を当事者間だけの自由な取り決めに委ねない ことや、養育費履行確保手段の強化などの改革案を提示している(同研究会〔1985〕83~85頁)。 この中で本稿の問題意識との関連で特に重要な点は、「公的扶養と私的扶養の関係」の部分であ る。ここでは、「児童扶養手当を支給する代わりに、行政庁が扶養義務者に対して求償する制度 がつくれないか」という問題提起を行い、これに対して、①行政庁が具体的な扶養請求権を扶養 権利者に代わって行使する方法、②行政庁が扶養義務者に対して費用償還請求するという形で、 扶養費の負担を求める方法、の2つを提案している。ここで提示された①の方法は、母親が有す る養育費請求権を手当受給と引き換えに行政庁に譲渡する、アメリカ型の仕組みを指し、②の方 法は、社会保障給付費用の一部について扶養義務者からの償還を求めるという意味で、スウェー デンの制度を念頭に置いているものと思われる。 そして結論として、同報告書は、①の方法を今後の制度改正における最終的な目標としてとら えつつも、それを実現するために必要な立法措置(父母問の養育費取り決めを義務化し、かつそ の約定額の妥当性を法的に担保するため、決定過程に家裁を関与させるなどの仕組み)が講ぜら れるまでの間、暫定的に生活保護法77条の規定を参考にしつつ、当面はむしろ②の方法の実施に 向けた立法措置を行うべきであるとしている(同研究会〔1985〕82頁)。 このようにみていくと、同研究会での議論の中では、児童扶養手当に対する父親の扶養義務優 先の考え方を具体的に実現するための調整システムを、何らかの形で制度内に盛り込むべきであ るという認識が、明確に打ち出されていたことがわかる。つまり、前述(2)の85年改正は、同研 究会での議論に照らして考えるならば、極めて中途半端な内容のもので、いわば、“問題先送り 型”の解決にとどまっていたものと評価せざるをえない。 2「子どもの権利条約」批准以降の動き (1)1994年の児童権利条約批准 1989年11月、「子どもの権利に関する条約」(ConventionontherightsoftheChild)が、 国連総会において採択された。同条約は、発達の権利の保障などの5つの基本的権利の保障を柱 とする、前文および54か条から成る文書である。日本国政府は、1994年にこの条約の批准を行 っている。 同条約は18条1項において、「締約国は、いずれの親も児童の養育及び発達について共同の責 任を有するという原則があることの認識が確保されるよう最大限の努力をしなければならない。 親または場合により法定保護者は、児童の養育及び発達について、第一次的な責任を有する。児 童の最良の利益は、これらの者の基本的関心事である」と規定しており、さらに同条2項では、 「締約国は、この条約に定める権利を保障し促進するため、父母が児童の養育についての責任を 遂行するに当たり、これらの者に対して適当な援助を与える」としている。これはすなわち、子 どもの養育上の第一次的な責任の帰属が親にあることをふまえつつも、さらに国は、親がこのよ うな責任を遂行しているか否かを監視する責務を負っているという考え方を述べたものと解釈さ れる(石川〔1992〕7頁)。 さらに同条約27条4項では、「締約国は、親その他児童の養育に関し費用責任を負う者から、 国内及び国外のいずれかを問わず、児童の生活費を支弁させるために適切な、あらゆる措置をと らなければならない」と規定し、国が子どもの養育費確保のための方策を講じなければならない 旨を明らかにしているのである。 ところで、同条約は批准国に対して、4年に1回ずつ、国連に設置された「子どもの権利委員会」 -102-
に、その実施状況を報告しなければならないとしているので、上に掲げたような条約の各条項の 内容の実施状況が芳しくない場合には、調印国の政府として、一定の政治的責任を負うことにな るはずである。このような観点からすると、わが国の養育費の取り決め率および実際の履行状況 が低調であり、しかもそのような現状を改善するための具体的な施策が未だ打ち出されていない という状況は、日本国政府としても大きな問題として自覚していたであろうと思われる。 このような条約批准後の事`盾が、次の段階である97年以降の児童扶養手当をめぐる政策転換に 一定の影響を及ぼしていることは間違いないであろう。 (2)1997年の中央児童福祉審議会報告書 97年12月、中央児童福祉審議会児童扶養手当部会は「今後の児童扶養手当制度のあり方につ いて」と題する報告書をまとめた。この報告書は、本稿がテーマとして取り上げる「父親の扶養 義務との調整」の問題に関して、初めて明確に制度改編の必要性を打ち出した提言として注目さ れる。 同報告書では、「父親の扶養責任が十分に果たされていない中で、児童扶養手当制度が私的扶 養責任の実質的な肩代わり的役割を果たしている」とし、「制度をこのまま放置しておくことは 許されない」という強い表現を用いて、この問題の解決の必要性を訴えている(同部会〔1997〕 10~13頁)。そしてさらに、今後の制度改革の方向性として、以下の4つの選択肢を提示しつつ、 それぞれの優劣について、比較検討を加えている。 ①父親による扶養義務の履行が確実に行われるように、私法上の強制手段を整備し直すととも に、手当制度はあくまでも、このような私法上の義務が何らかの事由により履行できなくなった 場合にのみ、例外的・補完的に機能するものとして位置づける。 ②ひとり親世帯に対する所得保障もまた、公的扶助制度の一般法であるところの生活保護法の 中に統合・再編し、児童扶養手当制度そのものを廃止する(したがって、父親の扶養義務との調 整方法についても、生活保護法77条を軸とするものに構成し直す)。 ③現行の児童扶養手当制度は維持しつつも、父親の扶養義務との調整について、何らかの新た な仕組み(例えば、父親からの養育費送金分を母親の所得として認定し、その分手当額を減額す るとか、あるいはいったん手当を満額支給したうえで、事後的に父親から手当支給にかかる費用 の一部を徴収するなど)を導入する。 ④ひとり親世帯に対する手当制度そのものは残すが、現行の児童扶養手当制度のような所得保 障機能だけに特化したものではなく、母子世帯の自立に向けた総合的な支援施策(それらの中に は、例えば、母親の就労支援や子どもの就学資金の貸与なども含まれる)の一環として再編し、 父親の扶養義務履行の強化策も、そのような「自立支援策」のひとつとしてとらえ直す。 以上の4つのオプションのうち、①はスウェーデン、ドイツなどの「立替払型」手当を、②が アメリカの「公的扶助型」手当を、それぞれモデルとしてイメージしているものと考えられる。 それに対して、③は基本的に現行制度維持の考え方であり、④は逆に所得保障以外の施策をも取 り込んで、制度を根本的に構築し直していくという、まったく新しい「骨太の」改革案であると いえる。 そして、同部会の結論としては、④の案が、現行制度からの円滑な移行の可能性や、大幅な行 政コスト増を伴わないことなどの点において、改革の方向性としては、最も現実的な選択であ るとしている。またさらに、④案をベースにしたときの具体的な制度改正案として、ア)児童扶養 手当法と母子寡婦福祉法や児童福祉法との連携強化を図り、手当支給を母子世帯の自立支援策の 一環として明確化する、イ)手当の認定・支給事務を、都道府県から福祉事務所設置市町村へと移 -103-
行し、他の母子福祉施策との一体的運用を強化する、ウ)両親のそろった低所得世帯との不均衡を 解消するため、手当の支給を、より必要度の高い者に絞って行う(支給の重点化、効率化、有期 化)、エ)父親の養育費履行の確保を図るための私法上の制度の整備を行う、などを併せて提言し ている(同部会〔1997〕15~16頁)。 以上のような同部会の報告書の示す考え方は、以下に紹介するその後の2002年.03年の児童 扶養手当法(および関連する母子福祉施策)の改正において、ほぼ忠実に実行されており、近年 の児童扶養手当を中心とする母子福祉制度全般の改革は、この97年の「報告書」の結論がベース になっているものと考えられる。 (3)2002年の母子寡婦福祉法等の一部改正 02年11月に母子寡婦福祉法、児童扶養手当法、児童福祉法、社会福祉法の4法の一部が、共 通の目的の下に、一斉に改正された。その「共通の目的」とは、離婚の急増を背景とした母子家
庭をめぐる状況の変化に対応し、子育て支援、養育費確保、就労支援などの総合的な施策の中で、
母子家庭の自立を促進するということである'8)。各法の主な改正点は、以下の①~④のとおりで ある。 ①母子寡婦福祉法の改正としては、福祉資金の貸付制度の中に、条例により児童本人の名義で の貸付を行うこと(第三者の保証人をつけられなくとも、母親が保証人となることができる)が 可能となった。 ②児童福祉法の改正としては、ひとり親世帯の児童の保育所への優先入所措置などの、子育て と仕事との両立支援施策が強化された。③児童扶養手当法の改正としては、手当の基本的な性格を、「離婚直後などの生活の激変期の
緩和策'9)」としてとらえ直し、支給期間を限定して重点的に給付することになった。具体的には、 同法13条の2によって、受給開始後5年を超える場合には、手当の一部支給停止の措置を取り入 れた(ただし、児童が3歳未満である場合や、障害・疾病などを有する場合など、自立が困難な 家庭については、一定の配慮を行うこととされている)2の。 また、同法9条2項に、「父から当該児童の養育に必要な費用の支払を受けたときは、政令で定 めるところにより、受給資格者が当該費用の支払を受けたものとみなして、前項の所得(筆者 注:手当の支給制限事由となる受給資格者の所得)の額を計算する」との規定を新設し、これを 受けて、児童扶養手当法施行令2条の4では、子どもの父親から受け取る金品などについて、そ の金額の80%(1円未満は四捨五入)が、母自身の所得として扱われることが定められた。この法9条2項の規定の追加は、後述(4)の民事執行法改正と相まって、父親による養育費履行
をより確実なものとする一方で、支払われた養育費を母親の所得として認定することで、手当と父親の扶養義務との調整を図ろうとするものである。このような考え方は、前述(2)の97年12月
「報告書」の結論部分において、今後の制度改正の選択肢のひとつとして掲げられた①の案を、
(その選択肢は、同報告書の中ではいったん退けられているにもかかわらず)再度現実の制度と
して浮上してきたものとして、注目される。④その他、父親からの養育費履行を確保するための、私法上の施策の整備を検討することとさ
れているが、これについては次の(4)で詳述する。 (4)2003年の民事執行法改正上記①~④の内容は、(③の父親からの養育費履行分を母親の所得に算入する点を除き)基本
的に前述(2)の97年12月「報告書」の結論にあたるア)~エ)の提言内容に沿ったものとなっている -104-とみることができる。そして、この中でもとりわけ、本稿の課題との関連で重要なのが、③の 「養育費の所得算入」の点と、④の「養育費履行確保のための私法上の施策の整備」である。こ の④に関しては、03年の民事執行法改正として、次のような形で具体化されている。 従来、養育費債権のように、次々に履行期に達する定期的給付債権については、過去の履行遅 滞分しか差し押さえができず、したがって、支払いが滞った場合には、その都度何度も差し押さ え手続を行うか、何か月(何年)分かをまとめて手続するという方法しかなく、母子世帯の経済 的・精神的負担が過大であるという大きな問題を抱えていた。しかし、同法の改正によって、定 期的給付債権のうち養育費に関しては、1回でも滞納が発生すれば、それ以降の(将来の)分ま でまとめて差し押さえをすることが可能となった(同法151条の2)。また、父親の所得が給与 である場合には、差し押さえ可能な範囲が、従来の「所得の1/4」から「l/2」へと拡大されて いる(同法152条3項)21)。 これらの改正によって、養育費の履行確保手段がより簡便かつ確実なものとなるとともに、そ のようにして支払われた養育費が、母親に対して支給される手当額に反映する仕組みが構築され たのである。このことは、本稿がテーマとして掲げる児童扶養手当の給付と父親の扶養義務の調 整のあり方について、今後の制度改革に向けた一定の方向性を打ち出したものとして注目される。 したがって、本稿が最終的に考察の対象とすべき課題は、この02年改正児童扶養手当法が打ち出 した扶養義務との調整方法の妥当性の如何ということになる。 第4章考察(立法論の提示) 本章では、前章までの内容を受けて、現行制度の改革に向けた立法論の提示を行うが、順番と して、まず児童扶養手当制度の改正の前提となる私法上の法整備に関する提言を行い、次いで児 童扶養手当制度そのものの改革論を提示する。 1私法上の制度整備の必要性 第2章で検討したとおり、本稿で提案する手当のあり方は、ドイツの制度をひとつのモデルと しているが、これは端的にいえば、「子どもが父親に対して有する扶養請求権」の存在を前提と しつつ、場合によって、これを公的に立て替えるという仕組みである。したがって、手当受給権 の基盤となる「子どもの扶養請求権」が、母親による処分・放棄などによって消滅してしまった ならば、手当受給権自体もはじめから発生しないということになる。そこで、本節では、手当受 給権の前提としての、父子間の私法上の権利関係を確定していくために必要な法の整備について、 以下の2つの側面に分けて提言を行う。 (1)離婚後の養育費支払義務の明文化 離婚した男女は、子どもの親権および監護権の帰属について、協議を行うが(民法819条、 766条)、母親のみに親権および監護権が帰属する場合には、父親の子どもに対する養育費支払 義務の法的根拠はどこに求められるのであろうか。この問題は、母親の単独行為によって子の扶 養請求権が放棄されてしまうことを防止するための、実体法上の根拠を求めるという意味で、非 常に重要なポイントとなるはずである。 夫婦が離婚しないまま別居している場合には、父親の養育費支払義務の根拠は、婚姻費用分担 -105-
義務(760条)に求めることができるが、離婚後に親権も監護権ももたない父親が、子どもに対 する扶養義務を負うことについては、民法877条の「直系血族及び兄弟姉妹間の相互扶助義務」 規定に根拠を求める見解(これがほぼ通説と思われる)が存する。しかし、「互いに扶養する義 務」という同条の文言に照らしたときには、未成年子から父親に対する一方的な扶養請求権の根 拠をここに求めるには、大きな障害がある(同旨:山脇〔1993〕277頁)。 思うに、民法が819条や766条において、離婚後の親の法的義務のうち、非経済的側面(親 権・監護権)のみについて規定し、養育費支払という経済的側面について何らの規定を置かなか ったのは、やはり法の欠畉と見るほかないであろう。 そしてさらに、このような法の欠畉状態を長く許容してきた社会的背景として、わが国の親族 関係に特有の法感情をあげることもできる。それは、被扶養者と生活を共にし、苦楽を共有する 立場にある扶養義務者が、非経済的義務のみならず、経済的義務についても、中心的に責任を負 うのが当然であるという考え方である。いわば、“育てる喜び”と“育てる者の経済的ゆとり” とを、トレード・オフの関係でとらえる発想である22)。 しかし、現行民法が離婚後の非監護親の経済的扶養義務に関する明文規定を欠いていることに ついて、前述のような“日本特有の法感情”の中では大きな齪齢を生じさせずにきたとしても、 日本が94年に子どもの権利条約を批准した段階で、国内法よりも上位の法規範である同条約の内 容が、民法上の扶養義務の解釈に関しても、一定の影響力を及ぼしているものとみるべきであろ う。同条約27条2項は、「親又は児童について責任を有する他の者は、自己の能力及び資力の範 囲内で、児童の発達に必要な生活条件を確保することについての第一義的な責任を有する」と規 定していることを考えると、子どもが離婚後の非監護親に対して、それぞれの負担能力に応じた 経済的扶養を要求しうることは、子ども自身の固有の権利として、既に国内法上も承認されたも のと考えるべきであり、今後の立法論として、早急に同条約27条2項、4項の趣旨に沿った形で の民法の改正が求められていると思われる23)(同旨:山脇〔1993〕276頁、本澤〔1991〕82頁)。 (2)母親による「養育費請求放棄」を許さないシステム 子ども固有の扶養請求債権を実体法(民法)上明文化したとしても、母親による養育費請求権 の放棄を許さないような仕組みを離婚手続の中に組み入れておかなければ、子どもの権利は実質 的に画餅に帰してしまう。そこで、このようなシステムを構築していくためには、具体的には次 のような3つの改革が必要と考えられる24)。 1)第1に、離婚後の子どもの養育費額を父母が協議する際のガイドラインとして、「養育費額算 定基準表」の策定が不可欠となる。このガイドラインは、先に掲げたアメリカの例をみても、子 どもの年齢と父親の収入を縦横軸に据えたマトリックスの形で表される(さらに子どもの人数が 増すごとに、金額を加算していく)のが基本となるであろう25)。 なお、このようなガイドライン策定の試みとしては、既に東京・大阪の家裁裁判官が作成した 「養育費算定表」が発表されており261、実際、東京・大阪の両家庭裁判所では、これに基づいて 養育費の算定が行われている。したがって今後は、このようなガイドラインを公的な指針として 広く国民に周知し、法的拘束力をもつだけの一般的な支持を得ることが課題となるであろう。 このような算定基準表を策定しておくことの意義は、ひとつには、当事者間の感情問題の処理 と子ども自身の養育費請求権とを切り離して考えていくことが容易になるということであり、も うひとつは、養育費額を父親の経済的能力に見合った適正なレベルに確実に設定していくことが 可能になるということである。すなわち、養育費の負担が自己の経済力に照らして加重になるこ とを恐れるあまり、父親が離婚そのものに同意したがらなくなるのではないかとの懸念は、この -106-
ようなガイドラインの導入によって、かなりの程度防ぐことができるだろう。また他方で、ガイ ドラインに従って定められた養育費を、離婚後に額面どおり支払っている父親にとっては、その 上さらに後述の「行政による費用償還請求」を受けるという事態がなくなるので、養育費の履行 と「費用償還請求」という二重の負担の危険を回避することができ、それだけ任意の履行が確実 なものとなるはずである。 2)第2に、上記のガイドラインのもつ規範力を維持していくために、これに違背するような内 容の当事者間の養育費の約定を、その成立前に修正する仕組みが必要となる。これについては、 「離婚制度等研究会報告書」の中で示された考え方が、基本的に支持されうる。 すなわち、ア)有子夫婦の協議離婚届においては、現行の親権者の定めのみならず、養育費額の 定めを必要的記載事項とする、イ)養育費額の妥当性について、家裁の審判によるチェックを経て からでないと離婚の届出ができないこととする27)、ウ)こうして作成された離婚届の最終的な形式 審査は、市町村の戸籍担当窓口職員が行う、というものである(同研究会〔1995〕83~84頁)。 3)第3に、父親に対する養育費履行の強制を、より簡便に実現する手段が必要となるが、この 点については、先に述べた2003年の民事執行法改正によって、既に一定の前進がみられたとい えよう。 もっとも、この民事執行法改正によっても、なお残された課題はいくつか存在する。 ア)まず、この改正法で父親の給与などを差し押さえる場合には、あくまでも母親側が強制執行申 し立ての前提としての「債務名義」(例えば、協議離婚の際に交わした公正証書や調停証書など) を得ていることが必要とされているのである。しかし、先に第1章で分析したとおり、わが国に おける離婚の実情をみる限り、養育費の支払いをめぐって、債務名義となりうる文書を母親側が 準備しているケースは極めて少数であると考えられ、強制執行手続に入ること自体が困難である 事例が多いのではないかと想像されるのである28)。 イ)また、仮に債務名義を得て、強制執行手続を開始するところまでこぎつけることができたとし ても、そのことで、直ちに母親に対する養育費の支払いが現実に行われるというわけではない。 例えば、給与所得の場合、差し押さえの効果は、ただ単にそれが父親の手に渡る前の状態に保全 しておくというにすぎないのであるから、それを母親の指定する口座に振り込ませるためには、 さらにもう一段階の手間(父親と雇用主との間の話し合いによって、給与の分割振込に関する合 意の成立)が必要となる。したがって、このような面倒な手続を嫌う雇用主が、養育費支払義務 を負う男性を雇用したがらないなどの、父親側の雇用に与える悪影響(それは、そのまま子ども の養育費請求権の不安定さに直結する)が予想され、これを防ぐための方策も、併せて考えてい かなければならないだろう29)。 ウ)さらに、父親の所在が不明であるなどの事'情により、強制執行手続の開始に時間を要する場合 なども考えられる。 このようにみていくと、父親に対する養育費履行の強制を司法的手続によって実現していくこ とにはおのずから限界があり、やはりこれと併せて、アメリカにおけるのと同様、行政的手続に よる履行強制の仕組みの導入が検討されなければならならないと思われる。 そしてこれらと合わせて、以上のような私法上の履行強制手段を補完する存在としての、社会 保障給付(児童扶養手当)の改革が必要となる。これについて次に述べる。 2児童扶養手当法改正の方向性 (1)児童扶養手当の基本的性格 -107-