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重度・重複障害児との教育的係わりにおける諸原則

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重度 ・重複障害児 との教育的係 わ りにおける諸原則

The principles of education for profoundly and multiply

handicapped children

重度 ・重複 障 害 児 の概 念 をめ ぐって 「重複障害児」 とい う言葉は、 「公立義務教育 諸学校 の学級編制及び教職員定数の標準に関す る 法律」等 の規定に よ り、一般的には、障害を二つ 以上併せ有す る児童に対 して用 い られている。一 方、 「重度 ・重複障害児」 とい う言葉は、法令や 学習指導要領で用 い られているわけではない。 1965 (昭和40)年以降、障害が 「重度化」 ・ 「重複化」す る傾向が強 まるとともに、障害が重 度である、あるいは重複 しているために不就学 と なっている子 どもたちの教育問題が顕在化 し、彼 らも 「教育を受け る権利」 の主体者 であるとい う 認識が次第 に明確化 して きた。そ して、教育権の 保障を求め る親や教師、施設関係者の教育要求運 動 をひ とつの背景 として、特殊教育諸学校 での教 育の対象児が拡大 していった。その結果、重症心 身障害児、盲精薄児、盲聾児などの障害 の重 い重 複障害児を、 もはや 「重複障害児」の概念 では把 捉できな くな り、教育現場 では 「重度 ・重複障害 児」 との言葉が用 いられ るようになったのである。 1973 (昭和48)年、文部省に 「特殊教育 の改 善に関す る調査研究会」 (会長辻村泰男)が設置 された。同会は1975 (昭和50)年3月 「重度 ・ 重複障害児に対す る学校教育の在 り方について」 (最終報告)を提 出 したが、同報告の 「重度 ・重 複障害児 に関す る考え方」 のなかで、重度 ・重複 障害児の概念が整理された。すなわち、重度 ・重複 障害児 とは、①従来の 「重複障害児」 (学校教育法 施行令第22条の2に規定する障害 一 盲 ・聾 ・精神 薄弱、肢体不 自由、病弱 - 2以上併せ有す る者)

細 渕 富 夫

Tomio Hosobuchi

のほかに、② 「発達的側面か らみて、精神発達 の 遅れが著 しく、ほ とんど言語を持 たず、 自他 の意 思の交換及び環境-の適応が著 しく困難であって、 日常生活 において常時介護を必要 とす る程度」の 者

、③

「行動的側面か らみて、破壊的行動、多動 憤向、 自傷行為、 自閉性、その他の問題行動が著 しく、常時介護 を必要 とす る程度」の者が加 えら れ、 より教育現場 の実情を反映 した概念 となった。 しか し、 この ような重度 ・重複障害児 の規定で は、極めて多様 な障害が含み込 まれ ることにな り、 教育 ・研究をすすめ る際に、対 象児についての共 通理解が得 られに くい。そ もそ も、 「重度」 とは 特定機能 の障害程度について用 いるものであ り、 複数 の障害 を併せ有す るとい う意味の 「重複」 と 並べて用いることは、対象の性格 を規定 しえない とい う点 で、必ず しも適当ではないど)また、同 じ く 「重度」 とい う用語で表 され ていて も、特定機 能の障害程度ではな く、係わ る側か らみた処遇上 の 「介護の程度」について用 い られ ている場合 も 少な くない。特 に施設関係者は後者 の意味 で 「重 度」 を用 いる傾向がみ られ る。学校教育では、 日 常生活習慣の確立や教科学習が期待 どお りに進 ま ない とい う意味 で 「重度」を用 いることが多 い。 この ように 「重度 ・重複障害」 の示す意味 内容は やや混乱ぎみ である。 したが って、研究報 告 ・事 例報告においては、対象児の前後 の状況 も含めた 具体的な行動 の記述が極 めて重要 となる。 障害像が多岐にわたる重度 ・重複障害 児ではあ るが、その教育的かかわ りの原 則は普通児 とほぼ 同 じと言 って よい。以下では、そのなかで特に重 要 と思われ る事柄を取 り上 げることにす る。

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重 度 ・重 複 障 害 児 の行 動 理解 1 実態 を把捉す る こと 重度 ・重複障害児 に限 らず、お よそ教育的係わ りの開始にあたっては、子 どもの現状を把捉す る ことが前提 となる。 これ は、一般 に 「実態把握

と呼は る作業 である。 その際、ひ とつの方法 とし て各種 の発達検査、診断 テス ト、行動 チ ェック リ ス ト等が用 いられ る。 こ うした検査 は、障害 を持 たない乳幼児の発達過程 を標準 としているため、 重度 ・重複障害児に実施す ると、単 に 「できなさ」 の確認 に終わ って しまいがちである。 もっとも重 度 ・重複障害児では、検査場面-の導入 さえ困難 なことが少な くない。 したがって、検査 にこだわ ると、結果的 に指導 につなが る手がか りはなんら 得 られず、 「測定不能」 として途方に くれ ること になる。 「で きなさ」の確認 か らはなに も始 まらない。 こんなことな らできる とい う 「できかた」を確認 す ることか ら、教育は始 まる

「できかた」を確 認す るには既成の検査 をそのまま当てはめた り、 ただ漫然 と観察 してい るだけでは不可能 である。 既成 の検査を用 いる場 合 で も、特定 の検査項 目を い くつか抽出 して実施 した り、異 なる検査を組み 合わせ るなどの工夫が あって よい。 しか も検査が 「数値」をだすための検査であってはな らない。 そのためには、検査 の実施条件 について も、マニ ュアルに拘束 され るこ とな く、子 どもの状態 に応 じて課題解決に必要 な条件設定 を試み、解決 にい た る活動を援助す るな どの実践的取 り組みが必要 とな る(02)この過程を前後 の状況 も含めて きちん と 記録 し、分析す ることに よってこそ、子 どもの実 態を把握できる。したが って、実際的には、実態 把握 と実践的取 り組み とは、実態把握、 しか る後 に実践的取 り組み とい う関係ではないO実態把鹿 の過程に、すでに実践 が組み込 まれ てい るのであ る。 2 行動 を見 るとい うこと - 「視点 」の自覚 とその変換-重度 ・重複障害児 を前 にす ると、 ど うして もそ の子 の 「できなさ」や 「問題行動」に注 目しがち である。発表検査に よって、発達 プロフィールを 措 きだす と、落 ち込 んだ領域ばか り問題に しがち であ る。私たちほ何故 こ うした見方を して しま う のだろ うか。 ここでは、 こうした見方を規定す る ふたつの 「視点」を指摘 してお きたい。 ひ とつは、発達検査 の もつ視点 である。発達検 査はそれぞれ特定の理論的背景を もってお り、そ の 「視点」か ら特定 の行動を意味あ るもの として 切 り出 し、それ らを織 り合わせ てひ とつの発達像 を作 り出 してい る。 したが って、子 どもの 「でき なさ」はその 「視点」に規定 されてお り、あ る行 動 の枠組みか ら 「で きない」 とされ ているにす ぎ ないのである。 ところが、検査す る側は この 「視 点」をほ とんど自覚 していない。 ふたつめは、私た ち自身の認識の枠組みに もと づ く 「視点」である。私たちが外界 を見 るとき、 あるが ままに見てい るわけではない。私たちは、 日に入 って きた視覚情報 の中か ら、意味あるもの と認めた まとま りを取 り出 し、関係づけ、組織化 し、対象を構成 している(.3)これは、心理学 の教科 書に示 されてい る反転図形に よって、誰にで も確 認 で きる事柄 である。反転図形の場合、一方が図 となれは、他方は地 となって背景に沈む。つ ま り 図 と地が交互に逆転 し、両方を同時にみ ることは できない。 ここで重要 な ことは、人 が ものを見 る とき、外界 のなかか らあるまとま りを取 り出 して 見ているとい うこと、す なわち、そ こに見 る側 の 「選択」が働いてい るとい うことである。 しか も、 その 「選択」の結果 、あ るものは見 えな くなる。 人があるものを見 るとい うことは、他 の何かを見 ない ことで もある。重度 ・重複障害児の行動を見 るときに も、ある 「視点」に もとづ く 「選択」が 起 こってお り、何か責要 な行動を見落 としている か もしれない。 「できない」 と判断す る前に、 これ らの 「視点」 を 自覚 し、対象化 してゆ く努力が必要であ る。そ の結果、 「視点」の変換が可能にな り、ひ とつの 行動をい くつかの 「視点」か らながめることがで きるようになる。す ると、 「スプー ンを使 えない」 とされた子 どもで も、砂場 で楽 しそ うにシャベル で砂をす くっている姿が見えて くる。 3 実践的活動 を組織すること 人間の発達は きわめて可塑性に とんでお り、成 育条件 に よっては、 「アヴェロンの野生児」や 巧良

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少女」の例 にみ られ るように、特異 な行動様式を 示す ようになる。 しか し、通常の成育条件 の もと では、人 間はほぼ同様の行動様式を示す。 そ うす ると、私 た りがなにげな く振 る舞 ってい る行動す べてが、いろいろな可能性のなかか ら、社会的 ・ 文化的に制限を受け、方向づけ られた結果 である と考 えることがで きる。方向づけ られてい く過程 は、 また 「歴史的 に形成 された人間的能力、機能 が個人に よって再生産 されてい く過程

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'とみなす こともで きる。 と くに意識化 されていな くとも、 人 間の発達が社会的 ・文化的に規定 され、人間 ら しい生活 に方向づけ られてい くとい う事実は きわ めて重要 である

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)

ヒ トは教育的援助 に媒介 されて こそ人間 となる。 障害が どれほ ど重 いものであって も、 ヒ トとし て生 きている限 り、食べて、排滑 し、眠 らなけれ ばならない。私たちほ、彼 らが これ らの基本的欲 求 の充足 に際 して、社会的 ・文化的に規定 された 充足方法 を獲得す ること (身辺 自立)を援助 し、 人間の生活- と導か な くてはな らない。身辺 自立 とは単なる技能 の習得 ではな く、 「人間的文化の 習得」であ り、その過程 で様 々な能力が形成 され てい く。身辺 自立 を促す方法が適切 なものであれ ば、 「意欲」や 「能動性」を育てることに もつな が る。その意味で、身辺 自立は 「発達的 自律」 と で もい うべ き豊かな内容を もってい るのである。 身辺 自立 を形成す るとき、やや もす ると当該行 動 その ものを直接的に繰 り返 し訓練す ることで形 成 しようとす る (いわゆ る 「オペ ラン ト療法」が、 これ にあた る)。 こ うした71法では、た とえ当該 行動が形成できた として も、その背景 としての能 力はほとん ど形成 されない。そ もそ も、子 どもの 諸能力は子 ども白身 の要求を基盤 として、子 ども の生活 と結 びついた実践的活動 のなかで形成 され るものである㌘)したがって、重度 ・重複障害教育 の最初の課題 は、身辺 自立 の形成を導 く実践的活 動 を組織す ることである。 ここでい う実践的活動 とは、対象に直接働 きかけ、具体的 な結果 を得 る ことので きる活動 をさす。 このことを、スプー ン操作の獲得を例に して、 説明しよう。 スプーンの操作は、「連の生活の流れ のなかで 「食べ る」 とい う実践的活動を とお して 形成 され る。少な くとも、子 どもが何 らかの行為 (操作) を習得す るためには、子 どもの要求や興 味 と一致 した活動 のひ とつに、その行為 (操作) を含め ることが必要 である。 したがって、食事の 時間、食べたい とい う要求、そ して一連の操作技 能等 と切 り離 された ところで、特定 のスプー ン操 作を訓練 して も、子 どもを苦 しめ るだけであ る。 た とえ スプー ン操作ができるようになって も、 「で きた」 とい う結果 だけでよしとす るわけ には いかない。その操作能力が どのよ うな人間関係の なかで発揮 され ているか、 また、外界 の諸対象 と は どの ような関係をつ くりあげているか、 さらに、 子 どもの全体 としての能動性や意欲を どう押 しあ げているかな どを問題に しなければな らない。

コ ミュニケ ーシ ョン活 動 の形 成 1 共同活動 を組紐すること スプー ンや コップなどの初歩的 な道具の操作は、 あらゆ る道具に必要 とされ る操作 の基本的特徴が 含 まれ てお り、子 どもの心理発達に とって非常に 重要 な意味を もってい る。 これ らの道具はひ とつ の文化遺産 として、社会的に規定 された一定 の行 為を行 うために特別に作 り上げ られた ものであ り、 その構造その ものの中に、行為が結晶化 され てい る。た とえはスプー ンは、柄 を持 ちやすい よ うに 細長 くできてお り、先の部分は食物をす くいやす い ように、丸 く窪みがつけ られている。 この よう に操作 しやす く作 られているか らといって、子 ど もの前にスプー ンを置 いてやれば、ひと りでその 操作を習得 してい くとい うものではない。 スプー ンで食べ るとい う行為は、①食物 をす く う、②傾 けず、垂直 に持ち上げ、③ 口-運 ぶ、 と い う一連 の操作か ら成 り立 っている。子 どもは大 人 の援助がなければ、 これ らの操作 の うち どのひ とつ も習得 できない。結果 として、操作を通 じて の事物認識は深め られず、子 どもの心理発 達は低 い水準 に留 まって しま うことになろ う。 スプー ンに限 らず、周囲の事物に対す る子 ども の関係はつねに大人の行為に よって媒介 され てい る。た とえは、大人は子 どもが欲 しが ってい る事 物を近づけてや った り、ガ ラガ ラをならしてや っ た りす る。つ ま り、事物 と子 どもの関係は大人 の 援助に より成立 す る。 この事実は、事物 の操作や それ に もとづ く外界認識が、子 どもと大人 との共

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同活動 に よって実現 され ることを示 してい る。 こ の よ うな共同活動は コ ミュニケー シ ョン活動には かな らないど) こ うした コ ミュニケ ーシ ョン活動 は、 よ り高次 な形態 の コ ミュニケ ーシ ョンの形成 を準備す る。 コ ミュニケ ーシ ョン活動 の過程 で、大人 の働 きか けは徐 々に 「信号的意味」を獲得 し、子 どもはそ の信号に対 して行動 を起 こす よ うになる。重度 ・ 重複障害 児の コ ミュニケ ーシ ョン形成 では、 こ う した 「行動 の信号化」 と呼ばれ る作業が きわめて 重要 であ る。 2 「行動の信号化」 と 「応答性」 た とえば、 自分 で スプーンを持 と うとせず、持 たせ て も投げ捨 て るな どか な り強 い抵抗 を示す子 ど もがい る。従来通 り、 スプ ーンを子 どもの 口に 運 び、食事 を与 えることは容易 であ る。 しか し、 外界 との受動的 なかかわ りの中では、子 どもは何 も学 習 しない。 この よ うな場 合、 まず 自分 の手 で 食べ ることか ら始め る (写真1)。 そ して次K,、 写真 1 スプーンで食べる前に、自分の手で 食べることを学ぶ。スプーンは手の 延長である。 スプー ンを 口か ら引 き抜 くことを指導 し、それ以 前 の行為 は子 どもと大人 が共同で行 う。つ ま り、 子 どもがすべ き一連 の行為 の最後 の部分か ら指導 し、徐 々に大人 の関与す る部分を減 じてい くので あ る。 その際 、 自力 でや らせ ることと大人が援助 す ることの区別をは っき りさせ 、子 どもに挑戦す べ き課題を明確に伝 え ることが大切である(.8)無原 則 な援助は子 どもを混乱 させ るだけ である。必要 な ときは、 じっ くり 「待つ」 と良い

「待つ」 こ とは、子 どもに対 し 「行動 の信号化」 を促す。 大人 の行動 の開始や終 了が信 号 とな り、子 ども は一連 の行為 を開始 した り、引 き継 いだ りで きる ようにな る。た とえば、食事 の場合 では、全く「全 介助」 の子 どもであって も、機械的 にス プーンを 口に運 ぶのではな く、 スプ ーンの先 で軽 く口唇 を たたいて、待つ。す ると、次第 にスプ ーンで 口唇 を軽 くたた くだけで 口を開 くよ うにな る。 さらに 眼前 でスプ ーンを見せ て 「待つ」 ことを介在 させ ると (写真2)、 スプ ーンを見ただけ で 口を開 く よ うにな る(.9)また、靴下をは く場合 で も、大人 の 写真2 スプーンを眼前に呈示 して 「待つ」0 すると、口を開くようになる。 l 実際 の行為 の始 ま りを受けて、子 どもは引 き継 い で靴下をは くようにな るSo)これ らの例か らわか る よ うに、 「待つ」 ことは子 どもの能動性 とも密接 に結 びついてい るのである。 こ うして形成 された信 号こそ、最初 の コ ミュニ ケーシ ョン手段 であ り、種 々の身ぶ りほ これ らを 土台 として形成 され てい く。したが って、 どんな 行動 を信号化す るか については十分 な検討が必要 であ る。上記 の ように、子 どもの生活 に とって意 味 のある実践的 な行為 の一部 は もっとも信号化 さ れやすい。 そ もそ も信号は、互 いに向かい合 う関係 にあ る 子 どもと大人 との交渉 の過程 で、 「応答性

l

)

を媒 介 に して分離 (分 化) してい くものである。一連

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の行動 の どの部分が信号的意味を担 うようにな る かほ、結 局 の ところ両者 の応答関係 にゆだね られ る。能動性 の乏 しい重度 ・重複障害児 では、徴弱 な行動 をそれ として受 け取 る大人 の存在 、す なわ ち、 「信号 の受 け手ilカとしての大人 の存在 が極め て重要 であ る。子 どもの示すかすかな動 きを も見 逃 さず応答 してい くことな しに コ ミュニケ ーシ ョ ンは成立 しない。子 どもは最初 の段階 では 「信号 の受け手」 で しかないが、大人の適切 な応答 は子 どもを 「信号の送 り手」 に変 えてい くのであ る。 引用文 献 (1)堅田明義

F障害』」に関する教育心理学的研究 の最近の動向と課題-F重度 ・重複障害児 』研究から -」教育心理学年報 第25集 pp.126-136 1987. (2)茂木俊彦 「発達における障害の意味

F子どもの 発達と教育 3 』 岩波書店 pp.175-206 1979. (3)石原岩太郎 F意味と記号の世界 』 pp.107-157 誠信書=房 1982. (4) レオンチェフ,7.エヌ F認識の心理学 」(松野 豊ー木村正一訳 ) pp.49-87 世界書院 1967. (5)川口 勇 F就学前教育 』 pp.137-218第一法 規 1968. (6)ザボ ロージェツ,7.ヴェ F随意運動の発達 』 pp.91-149 世界書院 1967. (7)細測富夫 「重度 ・重複障害児における日と手の操 作の高次化に関する指導内容と方法一研究の現状と課 題」発達障害研究 第 7巻 4号,pp.304-312 1986. (8)川住隆一 「重症心身障害児二事例の食事行動につ いて

F重症心身障害児の発達段階に則した指導法に 関する実際的研究 』(読売愛と光の事業団 「愛のプレ ゼント研究助成金」報告書 )小さき花の園1981. (9) 細測富夫 「重度 ・重複障害児の摂食行動の変容過 程」日本特殊教育学会第20回大会発表論文集 pp.238 ∼239 1982. 8ゆ メシチェリャ,37,7.ィ, 「盲聾児の教育体系 について

F ソビエ ト心理学研究 』 25・26合併号 pp.ll-26 1980. 的 波多野誼余夫 ・稲垣佳世子 F無気力の心理学 j pp.17-32 中央公論社 1981. 的 久保田正人 「言語 ・認識の共有

F現代の心理学 5 認識の形成 』 pp.177-256.小学館,1982.

定 位 ・探 索 活 動 の 形 成 1 感覚 ・知覚の発生 と発達 1)感覚 ・知覚 と運動 「ものを見 る」 ことは、 日に障害 がなけれ ば、そ こに ものがあ りさえすれ ば可能 な ように思われ る。 しか し、重度 ・重複障害児の中には、 目に生理学 的 ・医学的 にみ て、光学系 として大 きな障害が認 め られ ないに もかかわ らず、 ものを見た り、見 て に ぎった りす ることがで きない子 どもがい る。 こ の ことは、生理学的 に 「見え る」 ことと 「ものを 見 る」 こととは必ず しも対応 しない、 とい うこと を示 してい る。 「ものを見 る」ためには、一連 の学習が必要 な のである。 この ことは、先天性 自円陣

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)「開眼手 術」後 の視機能 の成立過程に関す る資料か らも明 らか である。学 習 といって も、ただ外界を眺めて い るだけでは、感覚は発達 しない。 そ もそ も外界 は観照 の対 象 としてあ るの ではな く、生活 の条件 としてあ る。子 ど もが この生活 の 条件 であ る外界 と運動的 に接触 し、適応 してい く 過程 で、外界 の反映 としての感覚が生 じる。感覚 が対 象的 であ るのは、感覚その ものが、 もの と接 触す る外的、運動的 な過程 で形成 され るか らであ る

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2

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与 え られた ものが何 であるか を知覚す る際 には、 その知覚過程 で能動的 な眼球運動 もしくは手 の触 運動が生起す る。 また、逆 に網膜像を実験 的に固 定 して しま うと、 ものの知覚 は困難 となるS3)私た ちの感覚や知 覚 の成立 には この よ うになん らかの 運動が関与 してい る。鳥居 (1983)は人 間の知 覚 ・認知活動 とは 「基本的 には、能動的 な情報探 索 ・収集活動」 であるとし、 「能動的 な探 索 ・抽 出 ・操作活動が円滑に進行 してい く過程 の うちに は、いか なる場合に も (それ が外部か らほ もはや 直接観察 し得 ない状態 に変換 されて も)、眼や頭 部 の、 または手 や指先や足な どの、あ るい は また 口唇や舌 な どの身体 の各器官に よる十分統 御 され た運動 の成分 がそ こには必ず相伴 ってい る とみて 間違 いな

」4'と述べ ている。

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2) 「手 の運動」の意義 私た ちはあるものが何であるかを瞬時に判断で きるが、 これはあ くまで も完成 された知覚の水準 において初めて可能なことであ る。 この水準の知 覚の成立過程では、子 ども自身 の能動的な運動 の 関与が不可欠である。 したが って、 ものを見ない、にざらないといっ た子 どもに対 し、ただ ものを見せ るだけでその発 達を期待す ることはで きない

「視知覚その もの の範囲内で、対象の特徴 に適 した 日の定位運動 を 形成」す ることはで きない(.5)見せ るだけでな く、 ものに触れ させ た り、たたかせ た りす るなど、子 ども自身の ものへの直接的かつ能動的な働 きかけ が組織 されなければならない。 多 くの場合、 ものへの働 きかけは手に よって遂 行 され る。 ここで重要な ことは、手 に直接に もの の特性に左右 され、実践的に対象 と相互作用す る 器官であるが、 日はたんなる観察者にす ぎない、 とい う事実である。 この ことは、手は ものの輪郭 にそって動 くことによ り、その運動が ものの外形 を再生す るが、 目は ものの客観的特性を手の運動 か ら教 え られ なければな らない、 とい うことを意 味 している。つま り、 目は手 の運動を追 う過程 で ものの客観的特性を知 る。 この過程をザボ ロージェツ (1965)は次の よ うに述べている。 「手 の運動を追 う目は、 しだいに手 の経験を蓄 積 し、す こしずつ、その機能を 自主的に遂行す る ことができるようになる。 ・・. (中略) ・・・ この段階で、触覚 と視覚 の関係は、ある意味では 逆転 し、訓練 された 目は 《手 の教師 》となる。 日 は、手 の実際活動 に先行 し、それを方向づけ る ・ - (後略)」`5) この ように発達 の初期 の段階において、感覚 ・ 知覚の発生 とその発達は、対象 と能動的に接触す る 「手 の運動」に よって実現 され るのである (ち ちろん手に障害があれは、他の運動器官がそれを 代行す る。 しか し、手が もっとも有利 な条件を備 えてい ることは間違 いない)。 ここでひ と りの事 例 を紹介す る。 2 外界への 「能動性」 を育てる 1)手 の運動 の コン トロール (調整、以下調薬 と呼ぶ) H児は指導開始当時6歳 で、重度精神薄弱 と脳 性マ ヒをあわせ もつ重症心身障害児である。 ど うにか寝返 りができ、座位 も保持可能 であった。 ひ と りで置かれ ると、手 こす り、指 し やぶ り等 の 「常同行動」に終始 しがちであった。元てんかん 薬の影響 もあ り、覚醒状態が長 く続かず、多 くは はまどろんだ状態でいた。 したが って、 ものを呈 示 して も明確な注視 ・追視はほ とん ど認め られ な か った。 ましてや、 ものや人 に手 を伸ば した り、 働 きかけた りす ることは まった く見 られ なか った。 この ように本児は全般的に 自発行動や反応行動が 乏 しい子 どもであった。 そ こで、本児の 日と手 の操作 の高 次化をめ ざし た教育的係わ りが開始 された。 まず、本児が働 き かけ る事物 として、主 として起 き上が り小法師が 導入 された。起 き上が り小法師を用 いた理 由は次 の点 にある。第一に、起 き上が り小法師にはわず かなが ら反応 らしきものが認め られた こと。第二 に、起 き上が り小法師は子 どもに とって人間の顔 とい う信号的意味を もった、 きわめて人間的 な事 物であること、第三 に、ゆす ると音がす るなど複 合刺激 であること、である。 本児に座位を とら せ、起 き上が り小法師を本児の正面、右 ヾ左 に望 示 し、ゆ らして音をだす。 また、同時に本児の手 をガイ ドして触れ させ、 「確認」 させ た。係わ り 開始当初、起 き上が り小法 の呈示 に対応 した 日の 動 きは観察 され なか ったが、 1ケ月後 には本児の 視線方向に皇示 された起 き上が り小法師に注視や 追視がみ られ るようになった。 その頃 の追視の様 子は、追視に頭部の回転が伴わず、いわば 目だけ の追視 であった。頭部 の回転は約三 ケ月後に出現 したが、 日の動 きを後追 いす るぎこちない もので あった。その後、起 き上が り小法師をたたかせた り、本児の手 と起 き上が り小法師 とを ゴムでむす んだ 「引 っは りっこ遊び」を した りしたが、滑 ら かな追視はみ られなか った。 この段階の追視はあ くまで受動的 な ものであ り、 一定 の条件にある対象が子 どもの視線 を引 きつけ てい るにす ぎない。 したがって、外界 の諸対象へ 能動的に視線を移動 で きる段階 には到達 していな か った 。 ところで、上記の係わ りの中では、本児の起 き

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上が り小法師への能動的 な手の動 きはいっこ うに 育たなか った。そ こで、種 々の状況設定 のなかで 再度本児の行動 の見直 しを試みた。その過程 で、 い くつか注 目すべ き事実が見出された。ひ とつは 顔への 「タオルかけ」(Clothontherace, 乳児 のスク リーニング検査) にたい し、いやが る手の 運動があ ること。ふたつめは、本児の手 の運動が 顔前や胸上 といった狭 い空間に限定 され ているこ と (指 し やぶ り、手 こす りなど) である。 2)調整 と実践的活動 (行為) 人間に とって必要 な手 の動 きは無限にある。重 要 なことは手 の動 きの調整であって、その種頴 で はない。 したが って、 どんな手 の動 きを取 り上げ るかの基準は、子 どもに とって調整 しやすいか ど うかに求め られ る。調整 しやす さは手 の動 きとし て単純であ ることとは対応 しない。 む しろ、調整は子 どもにとって意味ある実践的 行為 の中で、調整 を要す る行為 の 目標が明確にな ることに よって達成 され る。行為 の 目標が明確に なると、手 の運動 は 目標達成 の条件 に転化 し、行 為 の結果 に よって調整 され るようになる。 これは、 なん らか の生活状況 のなかに手の運動調整の必要 性を組み込む ことにはか ならない。 さらに、本児にはすでに 目標志向的 な手 の運動 が認め られ てい る。手 の運動の調整をすすめ るに は、新たな運動 を組み立 ててい くよ りは、た とえ わずかな動 きであって も、すでに有 している運動 を基盤 とす る方が容易である。 この よ うな考 えか ら、 「タオルかけ」 を利用 して、本児の手 の動 きを よ り能動的かつ 目的的な ものに しよ うと試みた。 まず、本児に声かけ しな が ら顔にゆ っくりタオルをかけ、 このタオルを取 ろ うとす る手の動 きを援助 していった。この際、 この とりくみを 「イナイ ・イナイ ・バ ー」遊 び と して行 った。 この遊 びの中で、本児のいわば方向 性のない手 の動 きを統制 し、 タオルに方向づけ、 ひ とつの行為 として実現 させた。その結果、 「寝 返 りによ りタオルを落 とす」段階を経 て、 タオル を左手人 さ し指でひ っかけて払 うことが可能 とな った。 次にこ うした手 の動 きの拡大をふ まえて、仰臥 位 の本児の眼前 に起 き上が り小法師、風船な どを つ りさげ、手 で これ らの事物 をたた くように、本 児の肘を支 えてガイ ドした。つねに2- 3度 ガイ ドを した後、 しば らく様子をみ るように した。そ の結果、 4日日には数笑みなが ら、風船をたた く 行動が見 られた。 この行動はす ぐに起 き上が り小 法師へ も拡大 した (図 1)。 しか も、注 目され る 図1 起き上がLJ小法師をたたく. ことは、 こうした手 に よる対象操作の習得 の段階 を経 て、 ようや く皇示 された事物の移動 に対応 し た滑 らか な頭部の回転 を伴 う追視が観察 され るよ うになった ことである。 しか し、本児がたたいて いる事物 を少 しずつ左右 に移動 させ ると、状況に 応 じた手 の運動調整は見 られず、空振 りす ること が多か った。事物 と接触せず、空振 りして も、た た く動作を くりかえ していた ことか ら、視 覚は手 の運動 の発現 には関与 しているが、事物 の空間的 特性 一 方向、距雛、大 きさ - を抽出で きず、 発現 された運動 の調整には まだ関与 していない よ うに思われた。事物 の移動に応 じて手 を動 かす こ とがで きるには、 さらに二 ケ月を要 した。 か な り概略的 な紹介 ではあるが、以上の経過は、 事物 の移動に対応 した滑 らかな追神の成立 には、 まず対象操作 の過程 での手 の運動調整が重要 な役 割 を果た していること、そ して、手の運動 が調 申 され てい く過程 で、次第に視覚がその調薬に関与 す るようにな ることを示 している。 その際実要 な ことは、 「タオルを取 る」 といっ た子 どもに とって実践的意義を もつ行為 として形

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成 す ること、 さらに、それ らの行為 を大人が子 ど もの手 を ガイ ドした り、情動的 な交流を伴 う遊 び の中 で行 うこと、す なわ ち、子 どもと大人 との共 同活動 (コ ミュニケ -シ ョソ活動) として組織す ることであ る。 3 定位的行為の発生 と発達 1)定位的行為 と関係づけ 単 に 目の前に置かれた対 象を 「見 てたた く」、 「見 て取 る」 といった運動 の調整は 「自己身体 と 対 象 との関係づけ」 にかかわ る調整 である。 この 水準 の調整- の到達は、それ ほ ど困難 なことでは ない。 しか し、次の水準の調薬、す なわち 「対象 ど うしの関係 づけ」にかかわ る調整への到達はか な り困難 であ り、 ここでつ まず く重度 ・重複障害 児は少 な くない。 「対象 ど うしの関係づけ」 とは、済み木を積む、 はめ板 をはめ る。玉 を穴にいれ るな どの行為 であ り、発達的 には生後九 ケ月以降 に出現す る (写真 3)。 これ らの行為 の遂行 において重要 な役割 を 演 じるのが、課題状況の吟味 と行為 の経路を予知 す る 「定位的行為」 である。 したが って、重度 ・ 重複障害 児教育では、 この定位的行為 の形成 が重 要 な課題 となる。 写真3 10ケ月児が円板をはめている.周囲の大 人の表情は、この作業が ≠共同活動pで あることを物語っている。 定位的行為 はそれ 自体 を取 り出 した ところで形 成す ることはできない。必ず なん らか の実践的活 動 と結 びつ いて、その活動 の遂行過程 で形成 され る。 この点 について、ザボ ロージェツ (1965) は次 の よ うに述べてい る。 「定位的行為は、は じめ、主体 の実践的活動 の 有機 的 な部分 として発生、発達 し、その活動 の遂 行的部分 とかた く結 びついてい る。発達の過程 で、 遂行的行為 と定位的行為 の相互関係に特殊 な変 化 があ らわれ、前者か ら後者への転 化 もあ らわれ る

)

2

)定位的行為 の形成 では、具体的 な事例 で、 この定位的行為 の形成 過程 をみてみ よ う。

Y

児は係わ り開始当時10歳 で、重度精 神薄弱 と 脳性 マ ヒをあわせ もつ重症心身障害児 であ る。 自 力で座位 -の変換が可能だが、移動は寝返 りに よ る場合が多か った。名前の呼びかけ- の反 応は不 明確 だが、鈴の音には敏感 で、鈴へは強 い関心 を 示す。鈴を呈示す ると、手 を伸はすが、鈴か ら視 線がはずれ ていることが少な くない。 そのため、 ときに手探 り様の手 の動 きがみ られ る。 つかんだ 鈴を親指 と人 さし指 の間にひ っかけて、常同的 な 爪かみ、指 し やぶ りをす る。たの事物 - の関心は うす く、鈴を取 り上げなければ、一 日中持 った ま ま、 とい うことがあ る。鈴をふ った り、他 の事物 -打 ちった りす ることはない。 そ こで、図2に示 した一連 の教具に よる課題状 況 を設定 して、手 の運動 の視覚的調整 を促 し、定 位的行為 の形式を試みた。 これ らの課題 はすべ て、 本児の欲求に基づ く 「鈴を取 る」 とい う実践的行 為 であ る。鈴は 「常同行動」につなが るとして、 ただ鈴を取 り上げて しま うのは正 し くない。鈴は 本児の欲求 の対象 であ り、 「能動性」 の源泉であ ることを認識す る必要がある。 41:.齢 tO:5

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図2 実 施 課 題 一 覧

(9)

課題B∼ Dは棒か ら鈴をはずす課題である。課 題

B

では、強引に鈴を手前に引 き寄せ るだけで、 棒 に沿 った手 の運動 はまった く見 られ なか った。 そ こで、 この課題を課題

C

と課題

D

に分割 した。 課題

C

は上方向、課題

D

は左右 ・前後方向の手 の 調整を促す。 これ らの課題では、それぞれ の方向 -軽 くガイ ドを繰 り返す ことに よって、 ど うにか 鈴をはずせ るようになった。 しか も、はずす手の運 動を目で追 うことも確認 して、再度課題 Bに戻った 。 ここで注 目すべ き行動が観察 された。それは、 本児が一方 の手 を棒 の屈曲点に置 き、 もう一方 の 手 で鈴を引 き上げていった ことである。 さらに屈 曲点 まで くると、屈曲点にあった手 を棒 の先端に 移動 させ てか ら、その手に向か って両手をあわせ るようなかたちで、鈴をはず したのである。(図3) 図3 両手をあわせるようにして鈴を抜 く 棒 の先端 に手 を置 いてお くことは、手 の運動 の 方向づけに有効 ではないか と考 え、すでに課題C、 課題 Dにおいて援助 して きた ことであ る (その際、 先端 の 日印 として、赤 いテ ープも付けておいた)0 ところが、新たに、棒 の屈曲点に手を置 く行動 ま で出現 したのであ る。その後、 この行動は次第に 見 られな くなるとともに、鈴をはずす こともスム ーズになった。 そ こで次に、課題F∼Hのいわゆる 「選択課乱 へ と発展 させた。課題Eはその導入課題 である。 外界 の認識はどれだけ分化 した運動が可能か、 と い うことに規定 されている。 これ らの 「選択課題」 は見比べ る日の動 き、すなわ ち定位的行為 を促す とともに、分化 した運動を作 り出す ことに よって、 外界 の より分節的な把捉を可能にす る。 課頴Fは二個 の木箱か ら鈴の入 っている箱 を選 択す る課題 である。 この課題では、手 の出 し方が 衝動的で、事前に見比べ るような 日の動 きはなか った。 したがって、誤 りも多 く、 ときには両方の 箱に手を伸ばす ようになった。そ こで、課題 Gの ように本児 と木箱 の問に、 「透明板」 (ア ク リル 製) を置 いて、衝動的 な手 の動 きを制限す るとと もに、 よ く見比べて選択す ることを期待 した。そ の結果、本児は 「透明板」が取 り除かれてか ら、 手 を伸ば して鈴を取 るようになった。「透 明板」 を取 り除 くと当初 は誤 りが増えたが、次第に減少 し、遂行 前の定位的行為が明確に認 め られ るよう になった。 図4 透明板に手を置き、待つ 3)外的定位的行為 の意義 以上の よ うに、鈴抜 き課題、選択課題 とも、そ の解決に至 る過程 で、 《棒 の角や先端 に手 を置 く》 や《「透明板」 の上に手を置 く》といった行為が み られた。 これ らの行為は外的に展開 された定位 的行為 の性格 を有 している。 この外的定位的行為 はのちに短縮化 されて、視覚的定位行為 となる。 「透 明板」は子 どもが鈴を取 る行為 に、ブ レーキ をか けることに よって、子 どもが 自分の行為を行 為の対象か ら抜 き出すことを容易に し、外 的定位 的行為を作 り出 した。 こ うした外的定位的行為はあ らゆ る 「関係づけ 行為」 の習得過程 でみ られ るものである。た とえ は、乳幼児が積み木を構成す るときやはめ板 をす るときにみ られ る 「照合」 もしくは 「重ね合わせ」 の操作が、 これ に相当す る。子 どもは外的定位的 行為 に よって、対象の特性を関係づけた り、比較 した りす る。 したが って、重度 ・重複障害 児に定 位的行為 を形成す るには、適切な状況設定 、教具 の工 夫を通 して、 まず外的定位的行為 を形成す る ことが重要 である。 その際 、大切 なことは、この課題が子 どもに と っての課静 であると同時に、私たち 自身の課題で

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もあ る、 とい う視点 であ る。課顔 の成否を子 ども の障害 に還元す ることは厳に戒めなければならな い。重度 ・重複障害児教育は、 この よ うな意味 で ち"共 同活動 ▲一に よって支 え られ てい るのであ る。

重度 ・重複障害児 との教育的係わ りにおいて重 要 と思われ る諸原則 を、 コ ミュニケーシ ョン活動 と定位 ・探索活動 の領域 について、い くつかの事 例 をふ まえて検討 して きた。 ここで述べた ことは、 臨床的場面 の実験結果 であ るため、必ず しも十分 な統制は なされ ていない。特 に、重度 ・重複障害 児では、心身 の状態変動 が著 し く、数量的 な処理 にはな じまない側面があ るし、多 くのデ ータを反 復 して得 ることも困難 であ る。 しか しなが ら、そ こに きわめて興味深い事実が提供 され てい るよ う に思まっれ るのである. (1)子 どもに何 らか の行為 を習得 させ るためには、 子 どもの要求や興味 と一致 した実践的活動のひ とつに、その行為を含 め る必要 があ る。 (2)周囲の事物 に対す る子 どもの関係は、つねに 大人 の行為 に よって媒介 され てい る。 この こと は、事物の操作やそれ に もとづ く外界認識が、 子 どもと大人 の共同活動、す なわ ち コーミュニケ ーシ ョソ活動 に よって実現 され てい ることを示 してい る。 (3) コ ミュニケーシ ョン活動 の形成 には、 「信号 の受け手」 としての大人 の存在 が きわめて重要 であ る。信号は大人 と子 どもの一連 の交渉の過 程 で、 「応答性」 を媒介 に して分離 した もので あ る。行動 の どの部分 が信号的意味を担 うよ う になるかは、両者 の応答関係にゆだね られ る。 (4)定位的行為 の形成 には、 「手 の運動」が きわ めて重要 であ り、それを実践的行為 として組織 す る必要があ る。 (5) また、定位的行為 に先立 って、外的定位的行 為 を形成す る必要が ある。外的定位的行為 に よ って、対象 の特性 の関係づけや比較が よ り容易 になる。 引 用 文 献 (1) 鳥居修晃 「先天盲の開眼手術と視知覚の形成」 サイェソス 13(7) pp.29-39 1983. (2) レオンチェフ,ア.エヌ F認識の心理学 』(松野 豊 ・木村正一訳 )世界書院 pp.1-48 1967. (3)ジンチェソコ,ヴェ.プ 「静止網膜像の知覚」 F知覚と行為 』(青木冴子訳 )新読書社 pp.337-374 1975. (4) 鳥居修晃 「感覚 ・認知の働きとその障雪」肢体不 自由教育 62 pp.4-ll 1983. (5)ザボロージェツ,ア.ヴェ 「視知覚の行為的性格 について」 (松野豊訳

)

F随意運動の発達 』(西牟田 久雄訳 )世界書院 pp.381-388 1965. (6) 細 網 富夫 「重症心身障害児におけ る感覚 ・運動横 能に関する事例的研究」日本特殊教育学会第19回大会 発表論文集 pp.286へ287 1981. (7) 細 柳富夫 「重症心身障害児における定位 ・探索活 動の形成」 日本教育心理学会第27回大会発表論文集 pp.940-941 1985. (8)ヴェソゲル,エ リ.7 「対象にたし、する実践的行 為 と形の視覚的関係づけの形成」 (浅田 ミツ訳

)

F 現 代ソビエ トb理学 』(ソビエ ト心理学研究全編訳 )明 治 図書 pp.120-136 1966. (受理 1988.3.1)

参照

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