晴の開皇十三年︵五九三︶荊州玉泉寺において天台大師智顔によって開講せられた法華経題の解釈は妙法蓮華経玄 義十巻上下として現在知られているが、この法華玄義は智頴自らが筆録したものではなく、弟子の章安潅頂が聴記筆 録したものであると伝えられている。而して、現行の法華玄義について承るに、智顔の他著のうち、次第禅門を五回、 摩訶止観を十回、四教義を三回と書目を挙げ引用しているのである。開皇十三年開講の法華玄義の中に、その翌年講 説の摩訶止観や、更にその翌々年撰述の四教義︵浄名玄義十巻よりの離出本︶を智顔自身が参照する筈もなく、また 法華玄義には嘉祥大師吉蔵の法華玄論が参照されていることも、潅頂が玄義を修治する際に附加したものであろうと T︶ 考えられている。しかし、開皇十七年︵五九七︶晋王広︵後の蝪帝︶に献上された維摩経玄疏の中に法華玄義という 言葉が数箇所以上も見えるので、その原型は比較的早い時期にできたものであろう。しかして、佐藤哲英博士は、仁 ︵2︶ 寿二年︵六○二︶に法華疏が皇太子広に献上されていることによって、開皇十七年より仁寿二年までの間に法華玄義 の修治本ができたことになり、蝪帝に献上され、天下に流布されると、もはや潅頂の私意による改訂が許されぬこと ︵3︶ となり、それによって、法華玄義の現行形態は完成したものと見られている。 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶
法華玄義成立についての一考察
一若杉見龍
(61)︵▲号︶ 右の中、法界次第初門は潅頂撰の晴天台智者大師別伝の巻末に 法界次第章門三百科始著六十科為三巻
︵5︶︵6︶
と記録されているもので、智顎の真撰と考えられているが、ただ四諦についての象述べ、四種に分類してはいない。 四種の四諦に説き及んでいるのは、四教義・摩訶止観・法華玄義である。 四教義は智顔が晋王広の命により述作した浄名玄義十巻からの離出本であって、その述作の年次は開皇十五年︵五 ︵7︶ 九五︶であろうといわれている。 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ しかしながら、法華玄義における四種四諦を灌頂の大般浬梁経玄義のそれとを比較し、検討して染ると、以下述べ るように、現行の法華玄義の成立はもっと遅いのではなかろうか。佐藤博士の如く、法華玄義の完成を仁寿二年以前 におくとすれば、現行本は或は一異本と見るべきであろうと思われるのである。 法華玄義は荊州において、開皇十三年に、摩訶止観は同処において、開皇十四年に、智顎が講説したものを弟子の4法華玄義巻第
3摩訶止観巻第
2四教義巻第二
1法界次第初門巻中之下 智顎の説述書といわれるものの中で、四諦について述べているのは次の通りである。 巻第一上 巻第二下 二 (62)潅頂が記録したと伝えられるものである。随って、四種四諦についての智顔の見解は、法華玄義・摩訶止観・四教義 の順にその内容が深化していってよいと思われるのであるが、現行本の三書の記述をゑると、必ずしもそうではない のである。以下、上記の三書の四種四諦説を比較検討して承たいが、所説が複雑多岐に亘るので、便宜上、無量の四 諦に就いて記述している箇所を挙げて承ることとする。説明の都合上、智韻の説述の時間的次第を追わないで、四教 義・法華玄義・摩訶止観の順に挙げる。 と、四種の四諦を説いている。即ち、大浬藥経の説を引用して、諸陰の苦を知るを苦諦となし、諸陰を分別すれば 無量の相があるので、随って、苦も亦無量となるが、これを無量の苦諦といい、苦の無量に順じて、集・減・道諦も 亦無壁となるが、これらを総称して無量の四諦と名ける。しかし、この無量の四諦は声聞・縁覚の知る所ではない。 いい換えれば、菩薩のみの知る所であって、それは別教所詮の理であるからである。そして、この菩薩が道種智を得 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ 三明一無量四聖諦一者。如一天浬築経説一・知二諸苦一名為一苦諦一。分二別諸陰一有二無量相一悉是諸苦。是名二無量苦諦一。 無量集滅道。至レ下自当二具出二経文一。如レ是四諦之理。浬藥経云悉非一声聞縁覚所P知。故知皆是別教所詮之理也。 問日。此無量四聖諦。是何等四諦無量耶。答日。今明二四教所詮一。菩薩学二道種智一。並得一無量四諦一。但此無量四 諦的属二別教一也。問日。若爾浬梁経明二四諦無量相一・何得三定知二是別教所詮無量四諦一。答日。不し明二仏性一而説二 無造一。即是前二教所詮之無量也。若明二仏性一説二無愛相一者。即任運自成後両教所明無量也。若円教亦名一蕪量四聖 ︵8︶ 諦一者。即是無作四実諦之異名也。 四教義巻第二 (63)
即ち、浬藥経では、諸陰を分別するに無量の相があり、悉く是れ諸苦であって、この境界は諸の声聞・縁覚の知る
○。◎
所ではない。即ち仏・菩薩の知る所︵智は上智︶であるとするのである。このように、浬藥経では、上智は仏と菩薩 の両者の智となすのであるが、四教義は仏と菩薩とを離して、菩薩の智は道種智︵仏の智は一切種智︶としている。 これは四種四諦の四種即ち、生滅・無生滅・無量・無作を蔵・通・別・円のいわゆる化法の四教にあてはめようとす るものであり、逆に言えば、智顔は浬梁経の文に拠りながら、自己の主張する所の化法の四教を建立しようとする意 図からかかる解釈を施したのであり、随って無量の四諦を説く智韻の狙いは別教を説くことにあったと言ってよい。 ある。 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ ることによって、無量の四諦を得るのであって、仏性を明かさずに無量の四諦を説けば、蔵・通二教の所詮の無澄の 四諦となり、仏性を明かせば別・円両教の所詮の無量の四諦となり、円教において、無量の四聖諦ということがあっ ても、これは無作の四実諦の異名であるというのである。 以上、四教義においては、無量の四諦は菩薩の知る所であり、即ち別教所詮の理であることが強調されているので 所で、﹁大浬梁経に説くが如し﹂といっているが、この相当箇所を引用すれば次の通りである。 大般浬梁経巻第十二聖行品之二 善男子。知二四聖諦一。有二二種智一。一者中。二者上。中者声聞縁覚智。上者諸仏菩薩智。善男子。知二諸陰苦一。名 為二中智一。分二別諸陰一有二無量相一。悉是諸苦。非二諸声聞縁覚所P知。是名二上智一。善男子。如レ是義我於二彼経一寛 ︵9︶ 不レ説し之。 (“)玄義は右のように説いている。即ち、四教義では無量について何も定義づけていないが、玄義は﹁無量とは中に迷 うこと重きが故に、事によって名を得﹂と説明を加え、四教義では無量の集・減・道を挙げるも﹁至レ下自当一具出二 経文一﹂として、説明を加えていないが、玄義は四諦について、それぞれ説明を加えて、無量の相のあることを述べ ている。そして叉玄義は四教義と同じく、浬藥経の文を引用する︵ただし、四教義の文と少し異る︶・が、四教義で ﹁非二諸声聞縁覚所壱知﹂と引用しているのは、無量の四諦は菩薩のみが知り得るとする為の引用で、前述したように 別教を説くことに主眼があったのであるが、法華玄義はこれに就いては全く触れていない。︵法華玄義においてはい わゆる化法の四教は既知のものとして扱われている︶それ故、この引用は法華玄義においてあまり意味のないものと なっているのであるo以上の如く、法華玄義の四種の四諦の説明は部分的には四教義より詳細となるが、一方では四 教義の主眼とした所は欠けているのである。 無量者迷レ中重故従レ事得し名。苦有二無量相一・十法界果不レ同故。集有二無量相一・五住煩悩不し同故。道有二無量相一。 恒沙仏法不し同故。滅有二無量相一。諸波羅蜜不レ同故o大経云。知一語陰苦一名為二中智一・分二別諸陰一有二無量相一・非二 ︵ m ︶ 諸声聞縁覚所P知。我於二彼経一寛不レ説し之。三亦如し是。是名二無量四聖諦一。 法華玄義巻第二下 摩訶止観巻第一上 無量者。分二別校三計苦一有二無量相一・謂一 是菩薩所二能明了一。謂地獄種種若干差別 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ 分二別校三計苦一有二無量相一。謂一法界苦尚復若干。況十法界則種種若干。非三二乗若智若眼所二能知見一。乃 二能明了一。謂地獄種種若干差別。剥割裁焼煮到切。尚復若干不し可二称計一。況復余界種種色種種受想行識。 (“)
右の文を法華玄義と比較すると著しく増広されていることに直ちに気付く。一例を挙げれば、法華玄義で、﹁十法 界果不レ同故﹂と述べているのに対し、摩訶止観では﹁謂一法界苦尚復若干。況十法界則種種若干。非三二乗若智若眼 所二能知見一。乃是菩薩所二能明了一。謂地獄種種若干差別。云々﹂と敷術しているのである。しかも、法華玄義では ﹁非二諸声聞縁覚所P知﹂と浬梁経の文を引用しているに対し、摩訶止観は﹁非三一乗若智若眼所二能知見一﹂と書き改 め、更に﹁乃是菩薩所二能明了一﹂と菩薩を二乗に対比しているのであって、この点は法華玄義に比べた場合、四教義 の主眼とする所に一歩近づいてはいるが、四教義の目的とする別教の説明にはなっていない。摩訶止観は総じて、法 華玄義を更に詳説したものと言ってよいであろう。 かく見る時、前記の三書の成立は、四種四諦にのゑ限って言えば、四教義・法華玄義・摩訶止観の順となるといつ てよい◎ 而して、法華玄義について染るに、四種四諦を説く段の終りに、更に勝霊経に説く四諦説についても関説している 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ 塵沙海滞寧当可レ尽・故非二二乗知見一。菩薩智眼乃能通達。又集有二無量相一・謂二貫欲膜擬種種心種種身口集業若 干一。身曲影斜声喧響濁。菩薩照し之不レ謬耳。又道有二無量相一・謂二析体拙巧方便曲直長短権実一o菩薩精明而不二謬 濫一。又滅有二無量相一・如し是方便能滅二見諦一。如し是方便能滅二思惟一。各有二若干正助一。菩薩洞覧無二毫差一也。又 即空方便正助若干。皆無二若干一・錐し無二若干一而分二別若干一無し謬無し乱。又如し是方便能析二滅四住一。又如し是方便能 体二滅四住一。如し是方便能滅二塵沙一。如し是方便能滅二無明一。雛二種種若干一彼彼不し雑。又三悉檀分別故有二若干一・第 五︶ 一義悉檀則無二若干一。雌し無二若干一従し多為し論故名二若干一。称二無量四諦也一。 (“)
が、これは他の二書には見られない点である。所で、潅頂撰述の大般浬薬経玄義に説く四種四諦の段も法華玄義と同 じように勝堂経の四諦説に触れているので、両書は何らかの関連があるかも知れないと思われるので、以下、勝霊経 に関係する所を挙げ、両書を比較検討してゑたい。 両書を比較検討するに先だって、大般浬梁経玄義並びに同経疏︵疏は初め文句と称したが、六祖の荊渓湛然が疏と
︵吃︶︵鯛︶
改題したという︶の成立についてゑるに、同玄義の散文によれば、潅頂は智顎の義意を管窺して、大業十年︵六一四︶ 十月十日に初筆を下し、五載を経て︵六一八︶終了したという。 厘樂径玄義において、勝霊経と関連している所を挙げてみよう。 十月十日に初筆を下し、 浬藥経玄義において、 大般浬樂経玄義巻下 右において見られるように、一実︵無作︶の四諦というのは名であり、一実の滅諦というのは体であり、一実の道 諦というのは宗であり、一実の道諦の所治は用であり、仏がこの真諦を説くのを教というと説き、且つ一実の滅諦が 体である所以は勝童経で﹁一依とは一滅諦である。﹂と説いているからであると述べている。これは勝堂経一依章第 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ 非下離二生滅四諦一o別有中一実四諦上。即達二生滅一而是一実四諦。無生無量。亦復如し是。一中有二無量一。無量中有し 一・不可思議o不可説示o強欲二分別令壱易し解故。総唱二一実四識。即是名也。取二一滅諦一。即是其体。故勝窒云。 一依者。即一減諦也o道諦以当二其宗一o取二道諦所移治。以当二其用一。調御心喜。説二此真諦一。即名為し教。錐二差別 一依者。即一減諦也。道 ︵M︶ 説一・只是一無差別法耳。 一一一 (67)︵Ⅳ︶ 右の法華玄義の述べている所は難解であるが、私記や講義等の注釈書により要約して、大意をいえば、勝堂経では ︵岨︶ 無作の四諦中の滅諦を﹁常・諦・依﹂とし、苦・集・道の一一需は﹁無常・非諦・非依﹂としているが、之に対し達摩 繭︶ 欝多羅︵高齊の沙門統法上?︶が同じ勝鍾経において﹁仏菩提の道は惑尽、不下従二煩悩一生上。解満の故に常﹂と説い 一苦減諦。離二有為相一。離二有為相一者是常。常者非二虚妄法一。非二虚妄法一者。是諦是常是依o是故滅一諦。是第一義。 ︵ 躯 ︶ とあるによっている。即ち勝霊経の説く所によれば、滅諦は有為相を離れているから常であり、虚妄の法ではない。 虚妄の法でないから滅諦は常であり、依であるというのである。之に対し法華玄義は次のように述べている。 十一に 然勝童説二無作四諦中一。別取二一滅諦一是仏所二究寛一。是常是諦是依o三是無常非墜諦非し依・何者三入二有為相中一・ 故無常。無常則虚妄。故非堅諦。無常則不安。故非し依・滅諦離二有為一o故是常。非二虚妄一故是一諦。第一安穏故是 依。故名二第一義諦一。亦名二不思談也。達摩欝多羅難二此義一。然経説仏菩提道三義故常。一惑尽故常o一禾中従二煩 悩一生上故常。三解満故常。如二衆流帰唇海。那云二道諦無常一。答勝童作二此説一者。前苦域諦非二壊法減一o無始無作等 過二恒沙一仏法成就。説二如来法身不P離二煩悩蔵一・説二苦諦一隠名二如来蔵一・顕名為二法身一。二乗空智於二四不顛倒境 界一不し見不レ知。今欲二顕説一・説二一是常是実是依一。有二対治除障身顕一故明二三非し常非レ実一是常是実一耳。今難若 爾一諦顕是無作諦。一一読未し顕非二無作諦一。一是了義。三非二了義一。当し知。勝童所レ説説二於次第一o従し浅至レ深歴 ︵お︶ 別未し融。乃是無遥四諦中之無作。非二是発心畢寛二不別之無作一・ 法華玄義巻第二下 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ (68)
ている。どうして道諦をも無常というのかと批難しているのに対し、勝霊師は理に約して四諦はみな常。事に約して 滅諦常、三諦無常と救釈している。しかし、四諦は一対の法門であるのに、一諦は常、三諦は無常というのでは一対 の法門とは言えない。勝壁経の所説は実は無量の四諦であって、滅諦の顕われる位は初地にあるのを指して、無作の 四諦といっているに過ぎないというのである。 浬藥玄義はただ勝堂経が滅諦を一依とするというのを受けて、四諦の体としているのに対し、法華玄義は勝霊経が 滅諦を諦・常・依とするのを受けて、更に自説を展開して、勝堂経の説く無作の四諦は、実は無量の四諦の無作であ ると評論しているのであって、之をみると、法華玄義がこの勝霊経を評論している箇所の成立は浬藥玄義の成立より ︵鋤︶ 後になることは明かで、もしその逆ならば、潅頂は浬藥玄義の中で、﹁五味義具在二法華玄中一説﹂とか、﹁経者通名 罰︶ 也o如二法華疏説一﹂と述べているように、ここでも玄義の四種四諦説を挙げたであろうし、叉書名を挙げないまでも、 何らかの表現で言及もしたであろうが、かかる点は全く見られないのである。 このように見て来ると、現行の法華玄義には明かに灌頂の筆が加えられていると見るべく、よって現行本の法華玄 義は仁寿二年︵六○二︶に完成されたものではなく、大般浬藥経玄義が成立した唐武徳之年︵六一八︶以後、現行の 体裁を整えたというべきであろう。 ︹註︶ ︵1︶佐藤哲英著﹁天台大師の研究﹂六六九頁 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ 四 (69)
へへへ 212019 ーレー ︵2︶ ︵3︶ ︵4︶ ︵5︶ ︵6︶ ︵7︶ ︵8︶ ︵9︶ ︵n︶ ︵、︶ ︵胆︶ ︵過︶ ︵皿︶ ︵巧︶ ︵躯︶ ︵Ⅳ︶ ︵焔︶ 世尊。此四聖諦。三是無常一是常。何以故。三諦入二有為相一入二有為相一者。是無常。無常者是虚妄法。虚妄法者。非し諦非レ 常非レ依。是故苦諦集諦道諦。非二第一義諦一。非し常非レ依。︵正蔵一二・三二頁下︶ 法華玄義私記巻第六︵講談社版大日本仏教全書第四巻一九四頁中︶ 仏教大系本法華玄義第二巻二二頁’二三頁 正蔵三三・七○一頁中I下 正蔵一二・二二二頁上 正蔵三八・九頁上l中 正蔵三八・一四頁下’一五頁上 浬繋経疏三徳指帰︵卍続五十八套第二冊百七十五丁裏︶ 正蔵三八・一四頁上 正蔵三八・一四頁中 勝窒経一諦章第十 正蔵 正蔵正蔵三三・七○○中I下 正蔵一二・六八四・上l中 正蔵四六・七二六・上l中 佐藤前掲醤四二○頁以下 正蔵四六・六八○上I下 佐藤前掲書二三八頁以下 正蔵五○・一九七・中 佐藤前掲番六七○頁 国澗百録巻第三﹁皇太子弘浄名疏書第八十一︵正蔵・四六・八一四・下︶ 法華玄義成立についての一考察︵若杉︶ 四六・五・中I下 (70)