放射線防護体系に関する国際動向について
International Discussions on Radiological Protection System近畿大学原子力研究所特別研究員 宮崎振一郎 Shinichiro Miyazaki
報 告
1.始めに 1−1 目的 放射線利用、放射線医療そして原子力発電は、現 代社会にとって極めて重要な地位を占めている。そ して、それらを使う上での基礎となる放射防護体系 は、それゆえ常に社会の便益を考えつつ整合系、継 続性を図ることが重要な意味を持っている。一方、 放射防護体系の基礎となる生物研究データ、疫学調 査データには新しい展開の可能性があり、それらを 必要に応じて体系に取り入れることが重要である。 放射防護体系の内容は科学のみならず、社会生活に も大きな影響を及ぼすだけにその動向に常に着目し ておくことが必要であると思われる。 1−2 略語 以下の略語が本稿で使用されている。 ALLIANCE : European Radioecology Alliance CONCERT : European Joint Programme for the Integration of Radiation Protection Research DDREF : Dose Dose-Rate Effective Factor DOE : Department of EnergyD o R e M i : L o w D o s e R e s e a r c h t o w a r d s Multidisciplinary Integration
EPRI : Electric Power Research Institute
ERPW : European Radiological Protection Research Week
EURADOS : European Radiation Dosimetry Group
EURAMED : European Alliance for Medical Radiation Protection Research
GAO : Government Accountability Office:
HLEG : High Level and Expert Group on European Low Dose Risk Research
ICRP : International Commission on Radiological Protection
IRPA : International Radiation Protection Association
JAEA : Japan Atomic Energy Agency
MELODI : Multidisciplinary European Low Dose Initiative
LNT : Linear Non-Threshold Theory
NCRP: National Council on Radiation Protection and Measurements
NERIS : Preparedness for Nuclear and Radiological Emergency Response and Recovery SRA : Strategic Research Agenda
2.概要 2011年の福島原子力発電所事故で浮き上がった放 射線防護上の課題、医療での放射線利用の増加は、 放射線防護体系の更なる発展を強く促している。ま た、2007年 に 発 行 さ れ た 現 行 のICRP勧 告 (Publication103)は、その議論が始まった時点か ら数えると、既に20年近く経つことを一つの理由と して、ICRPは勧告の改定作業の基礎となる議論を 始めている。そのため、2017年10月に行なわれた欧 州 の 低 線 量 放 射 線 影 響 研 究 プ ラ ッ ト フ ォ ー ム
役割を果たすと考えられるデトリメント(放射線被 ばくによってもたらされる損害)に関する検討グ ループ Task Group TG102 Detriment Calculation Methodology は、伴TG委員長のもとで活動中で ある。ここでの活動内容の詳細は公表されていない が、がん以外の疾患(白内障、心臓疾患など)のデ トリメントは、2007年に発行された現行のICRP勧 告(Publication103)以降に議論された内容が、現 行の放射線防護体系では大きな意味を持っているの で、その観点からも大きな関心がもたれるだろう。 3−2 ICRPシンポジウム ICRPシンポジウム:2011年に第1回(米国ワシ ントンDC)が開かれてから、2年毎に開催されてい る(第2回:アラブ首長国連邦アブダビ、 第3回: 韓国ソウル)。今年で4回目の開催となった。今回の シンポジウムは、欧州プラットフォームとの合同会 議となった。(詳細は4項) 3−3 福島第一発電所事故 ICRPは、事故直後から活動を開始している。現 在も、ダイアローグミーティング支援を継続してい る。第18回ダイアローグミーティングは、2017年11 月25,26日に開かれ、生活再建に関する議論があっ た。ICRPの本来の目的は、放射線防護体系の構築 であるが、このような形で議論に直接参加すること が、「使える」放射線防護体系構築に有効であると 考えている。 4.欧州放射線防護研究週間ERPW 2017年の大きな動きの一つはICRP-ERPW 2017 であった。ERPW は、欧州の低線量放射線影響研 究プラットフォーム(MELODI)を含む5つのプ ラットフォームすべてを集める合同会議として、昨 年9月の第1回に続く開催となった。今回は、「第4回 ICRPシンポジウム*1」と「第2回欧州放射防護研 究 週 間*2」 と の 合 同 会 議 と し て、ICRP-ERPW (MELODI)を含む5つのプラットフォームとICRP との初めての合同会議は、放射防護体系に関わる今 後の議論を考える上で大きな意味があるかもしれな い。(本稿は2017年11月末現在の情報を基にまとめ ている)また、放射線の低線量域、特に100mSv以 下の健康影響が、長年の間、議論の大きな的になっ ているように、閾値の無い直線仮設(LNT)、ある いは被ばくによるデトリメント(損害)の考え方の 動向には大きな関心が払われるべきと考えられる。 つまりデトリメントの考え方の中に、100mSv以下 の低線量放射影響としての直線仮説(LNT)、そし て線量・線量率効果(DDREF)のような仮定を組 み込んでいるため、その妥当性を明確にすることが 放射防護体系の透明性につながるからである。更に は、生物研究の進展により低線量・低線量率放射線 の人体への蓄積性を議論できるような土台ができつ つあることは、低線量放射線影響議論に積極的に参 加する方向性が見えているのかもしれない。 3.国際放射防護委員会(ICRP) 3−1 ICRP委員と構成 ICRPの主委員会そして、第1 ∼第4委員会の新し い 任 期(2017年7月 ∼ 2021年6月 の4年 間 ) の メ ン バーが発表された。委員長は3期目となるクリア カズン(英国)、副委員長は2期目のジャック ロ シャード(仏)。主委員会の日本人委員は、甲斐倫 明(大分看護科学大学)、第1委員会(放射線影響)、 小笹晃太郎(放射線影響研究所)、酒井一夫(東京 医療保健大学)、第2委員会(被ばく線量)佐藤達彦 (JAEA)、第3委員会(医療放射線防護)細野眞 (近大)、第4委員会(勧告の適用)、伴信彦(原子力 規 制 委 員 会 )、 本 間 俊 充(JAEA)。 以 上 の7名 と なった。長年、第1委員会そして主委員会委員を務 めた丹羽大貫(放射線影響研究所)は退任した。ま た、臨時の委員会として設置されていた第5委員会 (環境の放射防護)は第4委員会の中で活動すること になった。なお、次期勧告に関連する議論で重要な
2017とされた(2017年10月10-12日:フランス・パ リ)。
*1: ICRP 4th International Symposium on the
System of Radiological Protection
*2: 2nd European Radiological Protection
Research Week (ERPW), 欧州の5つの研究プラッ トフォームの共同開催: ALLIANCE, EURADOS, EURAMED, MELODI, および NERIS.
会 議 は、 冒 頭 のICRP委 員 長 の 発 表(ICRP at nearly 90 years)とERPW代表の発表(Radiological Protection: Old Questions Needing New Answers) に続き、放射防護に関する以下の5つの重要テーマ に関するセッションが続いた。ICRP委員長は、 Pub103(2007年勧告)のレビューに関する議論が 昨年から主委員会で始まっていると説明した。 ① 線 量 係 数 の 発 展Advances in Dose Coefficients
① 線 量 係 数 の 発 展Advances in Dose Coefficients
① 線 量 係 数 の 発 展
(EURADOSとの合同会議);
②低線量・低線量率被ばくの影響、リスクそしてデ トリメント(損害) Effects, Risks, and Detriment
at Low Dose and Low Dose-Rate(MELODIと
の合同会議);
③ 放 射 線 治 療 の 発 展Advanced Radiotherapy
③ 放 射 線 治 療 の 発 展Advanced Radiotherapy
③ 放 射 線 治 療 の 発 展 (EURAMEDとの合同会議);
④事故後の回復Post-Accident Recovery (NERISと
の合同会議); このセッションでは日本から下記 の発表があった。
Medical and Health Surveillance in Post-Accident Recovery: Lessons Learned in Fukushima
Koichi Tanigawa (福島県立医科大学)
The Role of Individual Dosimetry for Affected Residents in Post-Accident Recovery From the Fukushima Experience
Wataru Naito(産業技術総合研究所)
⑤人と環境を統合する防護Integrated Protection of People and the Environment (ALLIANCEとの
合同会議).
この中でMELODIと共同で行われた②のセッショ ンでは6つの発表があり、最初に行われたリューモ (ドイツ ヘルムホルツ研究所・ICRP主委員会委 員、第1委員会委員長)の発表は、第1委員会の作業 内 容 に つ い て、 Mandate and Work of ICRP Committee 1 on Radiation Effects のタイトルで 行 わ れ た。2009年 か ら 行 わ れ た、 過 去8回 の MELODI会議では、放射線影響研究に必要な内容 について議論されてきたが、今回はICRPとの合同 会議でもあり、細かな議論を展開する時間的余裕が 乏しかったことと、MELODI代表として、ルプサー ルが発表した内容に示されたように「Introductory Presentation: Outcome of the European Initiative for Radiation Protection Research and Future Perspectives」新しい次の研究ステップに向けて考 え方をまとめている段階のようであることも影響し ていたと思われる。 (参考) HLEG「ヨーロッパにおける低線量放射線影響に 関する高度専門家グループ」が2009年1月に低線量 放射線影響に関する研究の考え方を示した報告書を 出した。それに基づき、研究内容を戦略的に議論す るプラットフォームがMELODI「学際的欧州低線 量イニシアチブ」で、そこで実際に研究を実施する ための戦略的研究計画SRAが作られ、戦略的に検 討された研究内容に沿った研究が学際的統合に向け た低線量研究プロジェクトDoReMiなどで行われ る。MELODIはそこでの議論の透明性を高める意 味もあって2009年に第1回の公開会議を開いて以降、 2015毎年まで毎年秋に会議を開催していた。昨年は 第1回放射線防護週間の中での開催であった。 現在いろいろな関連研究が行われているプロジェ
クトであるDoReMiは2017年に終了し、その後継プ ロジェクトとしてのCONCERTが立ち上がってい る(Salomaa, 2017)。 5.米国 DOEの低線量放射線影響研究予算は、2012年度 から2015年度に掛けて年々減少し、2016年度には無 くなり、関連研究の遅れが懸念されている。GAO (会計検査院)の勧告(GAO,2017)により、この 現状、研究推進のために関連する組織の協力などに 関する公聴会(タイトル:the Future of Low Dose Radiation Research)が、関係部門を集めて2017 年11月1日に開かれた。そこでは、米国の研究者ら が低線量放射線影響研究の重要性を訴えた。
米国放射線審議会(NCRP)は、低線量放射線影 響を議論した文書の最新版を2015年に出している。 Commentary No. 24, Health Effects of Low
Doses of Radiation: Perspectives on Integrating Radiation Biology and Epidemiology.これを改定
するために新しい委員会 Scientific Committee 1-26 (SC 1-26)を立ち上げた。ここでは、 Approaches f o r I n t e g r a t i n g R a d i a t i o n B i o l o g y a n d Epidemiology for Enhancing Low-Dose Risk Assessment. とする報告書を準備している。
米 国EPRIは、2016年11月 に 低 線 量 放 射 線 影 響 (International Dose Effect Alliance: IDEA)に関 するワークショップを開き、独自のプラットフォー ムを進めようとしている。その時の報告書が公表さ れた(EPRI、2017)。 6.国際学会 IRPA:4年毎に開かれているIRPAの第14回は昨 年南アフリカで開かれた。その時の抄録が公表され ている(IRPA, 2017)。 IRPAの間に開かれている地域毎のIRPAの欧州 版の次回は2018年7月4-8日(オランダ ハーグ)の 予定である。 7.まとめ 100mSv以下の低線量放射線影響が従来から議論 されている。現在もその重要性が認識されている が、その解明に向けた具体的な議論が進まない状況 に変化がないように見える。従来のように放射線を 照射する実験では、照射時間、線量率などの実験条 件に大きな制約が生まれ、それを乗り越えることは 極めて難しい。また、広島・長崎の疫学調査に代表 される研究は、100mSv以下の健康影響を調べるこ とが感度の関係で困難である。従って、全く違う観 点からのアプローチが、目的とする100mSv以下の 健康影響を調べるために必要となる。この意味で、 組織幹細胞の挙動から、低線量率放射線の人体への 蓄 積 性 を 論 じ たICRP Pub131(ICRP, 2015) は、 新しい視点を切り開く可能性がある。組織幹細胞の 研究は放射線生物より非放射線生物研究の中で大き く発展し、放射線が当たった幹細胞と当たらない幹 細胞の挙動の違いをより明確にすることで、低線量 率放射線影響の科学的解明に近づくと考えられる。 本稿では扱わなかった、非放射線生物研究の領域で は、ここ数年間、活発に研究が進められている、幹 細胞間の情報伝達、幹細胞とニッチの密接な関係の 解明は今度の放射線生物影響の検討にも大きく寄与 する可能性があると言える。 参考文献 宮崎振一郎、低線量放射線リスク研究動向と放射防 護体系、近畿大学原子力研究所年報、Vol.53、 19-28(2016)
EPRI, International Dose Effect Alliance November 2016 Workshop Proceedings 3002009919, 2017
ICRP、The 2007 Recommendations of the ICRP. ICRP Publication103. Ann. ICRP37(2/4), 2007 ICRP、ICRP Publication 131: Stem Cell Biology
Radiological Protection Ann. ICRP 44(3/4), 2015
Interagency Collaboration on Planning Research Could Improve Information on Health Effects GAO-17-546: Published: Sep 26, 2017. Publicly Released: Oct 26, 2017.
GAO Testimony, LOW-DOSE RADIATION Interagency Collaboration on Planning Research Could Improve Information on Health Effects November 1, 2017
IRPA, Proceedings of the14th International Congress of the International Radiation Protection Association, 2017
Salomaa S, Multidisciplinary European low dose initiative: an update of the MELODI program Int J Radiat Biol. 2017 Oct;93(10):1035-1039. doi: 10.1080/09553002.2017.1281463. Epub 2017 Feb 8.