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マーケティング・プロセスの記述論理 : ルーマン的理解による視点の転回

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マーケティング・プロセスの記述論理 : ルーマン

的理解による視点の転回

著者

村下 訓

雑誌名

研究論集

91

ページ

165-183

発行年

2010-03

URL

http://doi.org/10.18956/00006164

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マ ー ケ テ ィ ン グ ・プ ロ セ ス の 記 述 論 理

ル ーマ ン的 理 解 に よ る視 点 の 転 回

村 下

要   旨   本稿 で は、 因 果論 的 な説 明の 論 理 や行 為 論 的 な 記述 の論 理 に基 づ くマ ー ケテ ィ ン グ事 象 の 観 察 ・ 記 述 に お い て 、 何 が 見落 と され る こ とに な るか を 問 う こ とが で き る地 点 か ら、 マ ー ケ テ ィ ング ・ プ ロセ ス 、 す な わ ち時 間 を生 み 出 しつ つ マ ーケ テ ィン グの 現 実 を 自己 組 織 的 に 生成 し続 け る過 程 を 観 察 ・記 述 す るた め の 手 が か りを 原 理 論 的 に 探 究 す る。   突 破 口を 開 く論 点 は、 議 論 さ れ る べ き前提 を 議 論 に 先 立 って 前 提 して しま う理 論 負荷 の 問 題 で あ る。 理 論 負 荷 され て多 様 に立 ち現 れ る構 造 に 対 して 、 そ の 構 造 を生 み 出す 生 成 の過 程 は い か に して 記 述 可 能 とな るか 。 先 行す る ニ ク ラ ス ・ル ーマ ンの 社 会 学 的 洞 察 を参 照 しつ つ 、 この 問 い に 答 え る記 述 論 理 の 方 法 論 的 可 能 性 を提 示 す る 。 な お 、 本稿 で 探 究 され る観 察 視 点 と記 述 論 理 の 適 用 が 開 くマ ーケ テ ィ ン グ事 象 の 描 像 に つ い て は 、 稿 を 改 め て 議 論 され る こ とに な る。 キ ー ワ ー ド  自己 言 及 の パ ラ ドッ クス 、 脱 パ ラ ドッ クス 化 の 機 制 、 社 会 主 体 の 存 在 規 定 1.は じ め に   価値 創 造 ・価値 実 現 の 過 程 として 捉 え られ るマ ーケ テ ィ ン グ活 動 は 、 言 うまで もな く組 織 的 な 活 動 で あ る。 組 織 的 な 活 動 を 駆 動 して い るの は コ ミュニ ケ ー シ ョンで あ る。 刻 々 と変 化 す る 市 場 の 様 相 を 限 定 的 な 視 野 の も とで 観 察 しつ つ 、 次 の 展 開 へ と向け て 繰 り出 され る数 々の ア ク シ ョンは 、 す べ か ら くコ ミュニ ケ ー シ ョンの 連 接 に お い て 駆 動 され て い る。 これ に 対 して 、 現 場 の 外 に立 ち、 観 察 され るマ ーケ テ ィ ン グ事 象 を 有 意 味 な ひ とま とま りの 行 為 として 捉 え返 す マ ー ケテ ィン グ論 の 記 述 は 、 つ ね に す で に 事 後 的 で あ って 反 省 的 で あ る。 そ こで の 観 察 視 点 は 、 マ ー ケテ ィ ン グ論 的 な 外 部 観 察 の 視 点 で あ って 、 生 成 の 過 程 に 立 ち 会 う現 場 の 観 察 視 点 で は な い。 「マ ーケ テ ィ ン グ論 は 実 践 に 役 立 た な い」 とい う一 部 の 現 場 の 声 は 、 この 観 察 視 点 の ズ レ を 、 現 場 の 認 識 にお い て 示 唆 して い る もの と聞 き届 け られ て よい 。   この 懸 隔 を ど う埋 め 合 わ せ るか 。 そ の 手 が か りを 探 る こ とが 本 稿 の 課 題 で あ る。 問 い は 次 の よ うに提 示 され る。① 生 成 の 過 程 に も う一 歩 迫 る観 察 視 点 の 獲 得 は い か に して 可 能 か 。 そ して 、

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② そ の 観 察 視 点 を 支 え るマ ー ケテ ィ ン グ論 の 記 述 論 理 は い か に して 可 能 か 。 これ らの 問 い に迫 るた め の 最 初 の 了 解 は こ うで あ る。 つ ま り、 時 間 を 生 み 出 しつ つ 未 来 を 開 い て い く生 成 の過 程 は 、 自己 組 織 化 の 運 動 に 迫 る観 察 視 点 に よ って しか 捉 え る こ とが で きな い とい うこ と。 す で に して 構 造 化 され た 現 実 を 見 て しま う外 部 観 察 の 視 点 に よ って は 、 結 果 か ら遡 及 的 に過 程 を 跡 づ け る構 造 論 的 な 記 述 論 理 しか 導 くこ とは で きな い とい うこ と。 この 観 察 視 点 お よび 記 述 論 理 の 壁 を ど う突 破 す るか 。 議 論 の 焦 点 は こ こに あ る。   突 破 口を 開 くの は 、 従 来 の 構 造 論 的 な 記 述 論 理 を180度 転 回 して 、 生 成 論 的 な記 述 論 理 を 提 示 して み せ た ドイ ツ の 理 論 社 会 学 者 、 ニ ク ラス ・ル ーマ ン(Luhmann,  Niklas)で あ る。 そ の 独 自の 社 会 シス テ ム 理 論 に お い て 、 ル ーマ ンは 「社 会 の 構 成 要 素 は コ ミュニ ケ ー シ ョンで あ る」 とき っぱ り と言 い 切 った 。 社 会 を 社 会 として 成 り立 た せ て い るの は 、 社 会 主 体 で は な く、 そ の 行 為 で もな く、 コ ミュニ ケ ー シ ョンそ れ 自体 で あ る。 市 場 を 生 み 出す マ ーケ テ ィ ン グ活 動 もま た 、 当 然 の こ と、 ル ーマ ンの 議 論 の 射 程 内に あ る。 い った ん そ の 理 論 的 立 場 に 立 脚 す れ ば 、 ル ーマ ンが 提 示 した 社 会 の 生 成 論 的 な 記 述 論 理 に よ って 、 マ ーケ テ ィ ン グ論 の 記 述 論 理 もそ の あ り方 を 大 き く変 え る こ とに な る。 記 述 論 理 が違 えば 、 見 え る現 実 も違 う。 まず は 、 生 成 論 的 な 記 述 論 理 が 開 く世 界 へ と一 歩 踏 み 出す の が 先 で あ る。   前 に述 べ た 問 題 構 成 で も 明 確 に され て い る とお り、 本 稿 は 、 マ ー ケ テ ィ ング 研 究 の 方 法 論 (原理 論)の 系 譜 に属 す る 小 論 で あ り、 特 定 の 記 述 論 理 を用 い て マ ーケ テ ィ ン グ事 象 を記 述 す る議 論 とは 水 準 が 異 な る。 よ って 、 本 稿 で 探 究 され る観 察 視 点 と記 述 論 理 の 適 用 が 開 くマ ーケ テ ィン グ事 象 の 描 像 に つ いて は 、 稿 を 改 め て 議 論 され る こ とに な る。 2.問 題 の 所 在   構 造 論 的 な 記 述 論 理 に つ きま と う問 題 とは 、 い か な る問 題 か 。 最 初 に この 点 を 確 認 して お こ う。 分 か りや す い とこ ろで 、 マ ー ケテ ィ ン グ現 場 の 一 端 に あ る広 告 制 作 の 現 場 に 目を 向 け て み る1)。こ こで は、 広 告 研 究 の議 論 に馴 染 みが な い方 が 、 む しろ 問題 の 理 解 は容 易で あ る。   「広 告 表 現 」 の 編 成 を 仕 事 とす る広 告 制 作 者 に お い て 、 広 告 とは 、 何 を お い て も まず 自 らが 生 産 にか か わ って い るそ の 「広 告 表 現 」 を 指 して い る。 広 告 とは 、 す な わ ち 「広 告 表 現 」 で あ る こ とは 、 広 告 を 消 費 す る側 に お いて も 同様 で あ る。 広 告 とは まず も って 、 自分 の 目や 耳 で そ れ と して 観 察 す る こ とが で き る 「広 告 表 現 」 そ れ 自体 で あ る。 生 産 の 側 か ら 「広 告 表 現 」 が 提 示 され 、 消 費 の 側 で は 「広 告 表 現 」 が 観 察 され る。 広 告 的 事 象 は 、 そ うした 固 有 の 生 産一 消 費 の 関 係 に よ って 成 り立 って い る。 そ の 関 係 を 広 告 コ ミュニ ケ ー シ ョンに お い て 媒 介 して い るの が 、 他 な らぬ 「広 告 表 現 」 で あ る。   この 「広 告 表 現 」 の 媒 介 性 に 立 脚 した 場 合 、 広 告 コ ミュニ ケ ー シ ョンの過 程 は どの よ うに記

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述 され る か。 媒 介 され るの は広 告 に 固 有 の 生 産   消 費 の 関 係 で あ って 、 「広 告 表 現 」 の意 味 な どで は な い。 「広 告 表 現 」 の 意 味 が 成 立 す る の は 、 広 告 に 固有 の生 産   消 費 の 関 係 が媒 介 され た 後 、 す な わ ち 広 告 コ ミ ュニ ケ ー シ ョンが 成 立 した後 で あ る 。 事 後 的 に成 立 す る 意 味 を 、 「広 告 表 現 」 が 媒 介 す る と考 え るの は 、 明 らか に 論 理 の 転 倒 で あ る。 こ こに 、 根 本 的 な 捉 え違 い が あ る こ とに気 づ か ね ば な らな い。 同 じ こ とは 、 コ ミュニ ケ ー シ ョンー 般 に つ い て も言 え る。 事 後 的 に成 立 す る 意 味 を 、 「言 語 表 現 」 や 「身 体表 現 」 が 媒 介 す る と考 え るの は 、 結 果 を先 取 り して遡 及 的 に コ ミ ュニ ケ ーシ ョンを観 察 して しま うこ とに よる錯 誤 で あ る。 この錯 誤 を 、 コ ミュ ニ ケ ー シ ョンの 記 述 論 理 として 定 式 化 して しま った の が 、 情 報伝 達 モ デ ル の コ ミュニ ケ ー シ ョ ン概 念 で あ る。 そ こで 描 き 出 され て い るの は 、 構 造 論 的 な 記 述 論 理 に よ る コ ミュニ ケ ー シ ョン の 特 異 な 描 像 で あ って 、 コ ミュニ ケ ー シ ョンの 成 立 の 契機 を 生 み 出す過 程 な どで は な い 。   改 め て 強 調 す れ ば 、 「広告 表 現 」 に よ って媒 介 され るの は 、 広 告 に 固 有 の 生 産   消費 関 係 、 す な わ ち、 生 産 の 側 か ら 「広 告 表 現 」 が 提 示 され 、 消 費 の 側 で は 「広 告 表 現 」 が 観 察 され る と い う関 係 そ れ 自体 で あ る。 この 関 係 が 「広 告 表 現 」 に よ って 媒 介 され る こ とに よ って 、 何 らか の 意 味 が 生 成 す る契 機 が も た ら され る。 記 述 の 順 序 は こ うで しか あ りえな い 。 こ こで 、 意 味 が 生 成 す る契 機 を 予 め 約 束 され た もの で あ るか の よ うに 想 定 す る こ と、 これ を 論 点 先 取 り とい う。 この 転 倒 した 観 察 の 視 点 が 、 投 げ られ た ポ ール を 受 け 取 る よ うに 意 味 が 相 手 に 受 け 取 られ るか の よ うな 、 歪 な コ ミュニ ケ ー シ ョンの 理 解 を 与 えて しま うの で あ る。 この よ うな 転倒 した 記 述 に よ る コ ミュニ ケ ー シ ョンの 描 写 に よ って 、 何 が 見 失 わ れ て しま って い るか 。 そ の こ とに 思 い 至 らね ば な らな い。 そ こで 消 し去 られ て い るの は 、 ほ か な らぬ 「他 者 」 で あ る。   事 後 的 に構 造 化 され た 現 実 に は 、 す で に 「意 の ま ま に な らぬ 他 者 」 は い な い 。 そ こに い るの は 、 問主 観 性 を 前 提 す る こ とが 可 能 な 「飼 い な ら され た他 者 」 で あ る。 「他 者 」 の 問題 に つ い て は 、 理 論 社 会 学 で は す で に精 緻 な 議 論 が な され て い る の だ が"、 そ れ が どの よ うな事 態 を 指 して い るの か 、 広 告 研 究 の 文 脈 に 照 ら して 再 確 認 して お こ う。   従 来 の 広 告 研 究 に お い て は 、 前 に述 べ た 「媒 介 性 を担 う広 告 表 現 」 も、 「他 者 た る観 察 者 」 も登 場 しな い 。 そ の 代 わ りに 登 場 して くるの は 、 す で に 特 定 の 役 割 を 与 え られ た パ フ ォ ーマ ー た ちで あ る。 伝 統 的 な 広 告 科 学 や マ ス ・コ ミュニ ケ ー シ ョン研 究 で あ れ ば 、 広 告 表 現 は 「記 号 化 され た広 告 メ ッセ ー ジの運 び手 」 とな って い る し、観 察 者 は 「そ の記 号化 され た 広 告 メ ッセ ー ジの読 解 者 」 とな って い る。 記 号論 的 な広 告論 にお いて は、 広 告 表 現 は 「広告 テ クス ト」 とな っ て い る し、 観 察 者 は 「そ の 読 み 手=意 味 解 釈 者 」 とな って い る。 あ るい は 、 カ ル チ ュ ラル ・ス タデ ィ ーズ の オ ーデ ィエ ンス 研 究 で あ れ ば 、 広 告 表 現 は 「イデ オ ロギ ーの 表 象 」 とな って い る し、 観 察 者 は 「そ の 権 力 作 用 に 対 抗 的 な 読 解 者 」 とな って い る3)。   この よ うに、 理 論 を 構 成 す る概 念 群 に 特 定 の 意 味 論 的 な 役 割 を 割 り振 る とい うこ とが 、 す な わ ち、 そ の理 論 構 成 に お け る意 味 論 的 負 荷 で あ る4,。これ は、 広 告 的 事 象 の 観 察 に お い て 、 す

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で に して 特 定 の 理 論 負 荷 が か か って い る と言 い 換 えて も 同 じ こ とで あ る。 そ の よ うな 意 味 論 的 負 荷 の か か った観 察 視 点 か ら見 れ ば、 「現 実 は そ の よ うに見 え る」 の で あ るか ら、 それ ぞ れ に 記 述 され た 広 告 的 事 象 は 、 確 か に そ れ ぞ れ に 観 察 され た 現 実 で あ る こ とに は違 い な い 。 だ が 、 そ れ らは 、 広 告 的 事 象 の 「い ま ・こ この 当 事 者 」 の 観 察 な り記 述 な の で は な い 。 広 告 コ ミュニ ケ ー シ ョンの 記 述 論 理 が 複 数 あ り、 当 の 理 論 に 内在 す れ ば どれ も説 得 的 な 記 述 で あ る とい うこ とそ れ 自体 が 、 「か け る 眼鏡 が 違 え ば見 え る現 実 も違 う」 とい う こ とを雄 弁 に語 って い る。   誤 解 の な い よ うに 申 し添 え れ ば 、 こ こで の 議 論 は 、 従 来 の 広 告 研 究 に よ って も た らさ れ た 「眼鏡 」 一 式 を ぎれ い さ っぱ り取 り払 って、 「生 の 現 実 」 に 迫 る観 察 視 点 を 獲 得 し よ うな ど とい う 目論 み を 企 図 した もの で は な い 。 ラ カ ンが 浮 き彫 りに した よ うに 、 あ るい は も っ と前 に カ ン トが 示 唆 した よ うに、 どの よ うな 観 察 も、 い か な る記 述 も、 言 語 の 外 に 出 る こ とは で きな い の で あ って 、 「生 の現 実 」 な どは想 定 し うる もの と して在 る にす ぎな い5)。この 了 解 は 、 本 稿 で 照 準 され るル ーマ ン理 論 に も妥 当 す る。 彼 が 提 示 した の は 、 社 会 を 捉 え る別様 の 観 察 視 点 と記 述 論 理 な の で あ って 、 あ らゆ る 「眼 鏡 」 を 取 り払 った あ とに 見 え る世 界 な どで は け っ して な い 。 そ れ は 、 構 造 の 前 に生 成 の 過 程 を 見 る とい う理 論 課 題 の も とに 、 ま さに そ の こ との た め に 編 み 出 され た も う1つ の 「眼 鏡 」 で あ る。 この 理 解 を 欠 い た ル ーマ ン批 判 な どは 、 単 に 問 題 を 取 り 違 えて い る とい うこ とに しか な らな い。   問 題 の 所 在 は 、 従 来 の 観 察 視 点 や 記 述 論 理 が 、 端 的 に 「生 成 の 過 程 」 を 捉 え損 ね て い る とい うこ と、 この1点 にあ る。 な ぜ そ うな るか は 、 個 々の 理 論 を 構 成 す る意 味 論 的 負 荷 の 問 題 と し て す で に述 べ た 。 もち ろん 、 特 定 の 前 提(こ れ こそ が 事 実 の 理 論 負 荷 で あ る)を 置 くこ とな し に、 複 雑 な マ ーケ テ ィ ン グ事 象 を 問 題 特 定 的 に 観 察 す る こ とは で きな い し、 そ れ を 明 示 的 に 記 述 す る こ ともで きな い。 そ の こ とに 議 論 の 余 地 は な い 。 見 た い 現 実 を 見 るた め に は 、 そ の た め の 「眼 鏡 」 が 必 要 で あ る。 問 題 は 、 自分 が どん な 「眼 鏡 」 を か け て い るか を 忘 れ て しま う とこ ろ にあ る。 観 察 に先 立 って あ た か も確 か な 現 実 が 在 るか の よ うに 考 えて し ま う錯 誤 も、 自分 が か け て い る 「眼 鏡 」 の 出 自を 忘 却 して しま う とこ ろか ら生 ま れ る。   ル ーマ ンが 編 み 出 した の は 、 そ れ ま で わ れ わ れ が 手 中 に して い な か った 「生 成 の過 程 」 を 捉 え るた め の 社 会 学 的 な 「眼 鏡 」 で あ る。 社 会 の 構 造 を 捉 え る 「眼 鏡 」 は 、 す で に 多様 に 用 意 さ れ て い る。 そ の うち の どの 「眼 鏡 」 を か け て も、 見 え るの は 社 会 の 構 造 で あ り、 構 造 か ら遡 及 的 に推 し量 られ た 構 築 主 義 的 な 過 程 で あ る。 そ れ に よ って 立 ち 現 れ る現 実 の 描 像 は 、 わ れ わ れ が しば し立 ち止 ま り、 社 会 を 、 あ るい は 市 場 を 見 渡 そ う とす る ときに 大 きな 助 け とな って きた 。 だ が 、 生 の 当 事 者 には 、 いつ ま で も腕 組 み を して 現 実 の 描 像 を 眺 め 渡 して い る暇 は な い 。 生 の 当 事 者 で あ る 「この わた し」 の そ の 生 に お い て 、 社 会 は 、 あ るい は 市 場 は 、 刻 々 とそ の あ りよ うを 変 えて い く。 わ れ わ れ が 次 に 見 た い 現 実 は 、 そ の 「生 成 の 過 程 」 で あ り、 獲 得 した い の は 、 そ れ を 可 能 とす る観 察 視 点 と記 述 論 理 で あ る。 現 時 点 で そ の 手 が か りを 与 えて い るの は 、 ニ ク

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ラス ・ル ーマ ンを お い て ほ か に は な い 。   問 題 の 所 在 が 確 認 で きれ ば 、 と りあ えず 「生 成 の 過 程 」 に 分 け 入 るた め の 入 口に は 立 て た こ とにな る。 次 の 課 題 は 、 い ま か け て い る 「眼 鏡 」 が 帯 び て い る理 論 負 荷 を ど う相 対 化 す るか で あ る。 外 部 観 察 の 視 点 か ら、 生 成 の 現 場 に 迫 る 内部 観 察 の 視 点 へ 。 構 造 論 的 な 記 述 論 理 か ら、 生 成 の 現 場 を活 写 す る生 成 論 的 な記 述 論 理 へ 。 立 ち位 置 の180度 の転 回 を 図 らね ば な らな い 。 この 先 は 、 い ま か け て い る 「眼 鏡 」 の 自 明性 を こ じ開 け て 議 論 の 前 提 を 議 論 の 場 に 引 き 出 し、 そ れ を 問 い直 す 作 業 へ と踏 み 込 ん で い くこ とに な る。 3.自 己 言 及 の パ ラ ドッ ク ス   前 節 で 照 準 した 理 論 負 荷 の 問 題 は 、 社 会 科 学 に つ きま と う基 底 的 な 問 題 とも密 接 に 関 係 して い る。 そ の 問題 を ひ と言 で 要 約 す れ ば 、 「当 の 議論 にお いて 前 提 と され て い る こ とが 、 そ もそ もい か に して 成 り立 つ か が 議 論 され るべ きで あ るの に 、 そ れ が 自 明の こ と として 前 提 され た う えで 、 当 の議 論 が 構 成 され て しま って い る」 とい う こ とに な る。 そ う言 って しま う と、 「何 の 前 提 も置 か ず に議 論 な どで き るの か 」 とい う反 論 が 直 ち に 返 って こ よ うが 、 そ れ は 単 純 な 論 点 の 取 り違 えで あ る。 こ こで 問 題 とされ て い るの は 、 前 提 が 前 提 として 構 成 され る過 程 の 記 述 が 捨 象 され て しま って い る とい うこ とで あ って 、 何 か が 前 提 とされ る こ とそ れ 自体 が 問 題 だ とい うこ とで は な い 。   社 会 の 成 り立 ち を そ の 生 成 の 過 程 に お い て 記 述 し よ う とす るル ーマ ン理 論 に お い て も、 確 か に 「社 会 シス テ ム 」 の 存 在 が 前 提 され て い る よ うに 見 え る。 だ が 、 ル ーマ ンは 、 無 限 定 に そ の よ うな 前 提 を 置 いて い るの で は な い。 む し ろ、 そ の 前 提 が 前 提 として 構 成 され る過 程 、 す な わ ち、 社 会 シス テ ム が 社 会 シス テ ム として そ の 都 度 立 ち 上 が って くる 自己 組 織 化 の過 程 の 記 述 を こそ 、 当 の 社 会 シス テ ム 理 論 の 中 核 的 な 議 論 として 提 示 して い るの で あ る。 疑 問 を 差 し挟 む の で あ れ ば 、 む し ろ、 な ぜ この よ うに 「前 提 に か か る問 題 」 に こだ わ る必 要 が あ るの か とい う点 で あ ろ う。 最 初 に必 要 な 了 解 は 、 次 の こ とで あ る。 社 会 科 学 に 属 す る議 論 に お い て は 、 根 拠 づ け と して の 外 部 を 想 定 し えな い とい う了 解 が 最 初 に な け れ ば な らな い とい うこ と。 つ ま り、 前 提 とは 議 論 の 支 え にほ か な らな い の だ が 、 そ の 前 提 が どの よ うな もの で あ れ 、 そ れ を 前 提 とす る こ との 根 拠 を 外 部 に 求 め る こ とは で きな い とい うこ と、 これ で あ る。 そ の 了 解 の あ り方 につ い て は 、 た とえば 次 の よ うな 指 摘 が 理 解 の 目安 とな ろ う。   「言 及 す る もの として の 外 部 を 、 言 及 され る 内部 に 編 入 し、 内部 化 し よ う とす る と、 パ ラ ド ク シ カル な 状 況 が 発 生 す る。 つ ま り、 内部 を 根 拠 づ け て い る外 部 を 内部 化 して 、 内部 体 系 を そ れ 自体 と して 根 拠 づ け る こ とは で きな い 、 とい うこ とで あ る。 根 拠 づ け と して の 外 部 を どこ ま で 遡 って も 同 じで あ る。 結 局 、 内部 体 系 は そ れ 自体 として は 無 根 拠 だ とい うほ か は な い 」(亘 、

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2004、 p.130)o   以 上 の 指 摘 に忠 実 で あ ろ う とす れ ば 、 何 か を 前 提 とす る こ とに は 、 自ず と慎 重 に な ら ざ るを えな い6)。こ こで示 唆 され て い る の は、 次 の こ とで あ る。 す な わ ち、 「差 し当 た り、 これ を 前 提 とす る」 とい うよ うに 前 提 が 立 て られ た な らば 、 そ の 前 提 が 前 提 として 内部 的 に 成 立 す る過 程 が 、 言 及 され る当 の 内部 体 系 に お け る過 程 として 記 述 され ね ば な らな い 、 とい うこ とで あ る7)。 ル ーマ ン理 論 にお け る 「社 会 シス テ ム 」 の 生 成 は 、 ま さに そ の よ うに 記 述 され て い る。 この 点 が 、 本 稿 にお いて ル ーマ ン理 論 が 注 目され る根 本 的 な 理 由で あ る。   言 うま で もな い こ とだ が 、 最 初 に ル ーマ ン理 論 あ りきで は な い 。 シス テ ム 論 の 議 論 に お い て は 、 ル ーマ ン理 論 が 批 判 的 に 相 対 化 され る観 点 を 見 い だ す の は そ れ ほ ど難 しい こ とで は な い8)。 ル ーマ ン理 論 もま た 、 「他 で もあ り うる」 とい う可 能 性 の 地 平 か ら超 越 した 絶 対 的 な位 置 取 り にあ るわ け で は け っ して な い 。 だ が 、 ル ーマ ン と共 に そ れ を 認 め た うえで もな お 、 ル ーマ ン理 論 が もた らす検 討 の視 座 に は他 で は代 え られ な い意 義 を 見 い だ し うる。 その1つ が 、 マ ー ケ テ ィ ン グの 成 り立 ちを 生 成 の 過 程 に お い て 記 述 す る こ とを 可 能 とす る視 座 で あ る。 この 視 座 を 獲 得 す る ため には 、 ま ず 社 会 科 学 に お け る基 底 的 な 記 述 論 理 の 問 題 に 立 ち 向か わ ね ば な らな い 。   社 会 科 学 に お け る立 論 の 前 提 とな る の は 、 「内部 体 系 を それ 自体 として 根 拠 づ け る こ とは で きな い」 とい う問 題 で あ った 。 これ は 単 に 、 科 学 の 理 論 が そ れ 自体 に お い て 内部 的 に 根 拠 づ け られ な い とい うこ とだ け を 意 味 して い るの で は な い 。 同様 に 、 言 語 や 記 号 の 体 系 も、 日常 生 活 にお い て わ れ わ れ が 経 験 す る社 会 的 事 象 も、 そ れ 自体 の 内で 根 拠 づ け られ て い るわ け で は な い 。 そ れ ら は、 端 的 に 出 来 事 な い し事 実 と して 観 察 され る だ け で あ る9)。但 し、 この 無 根 拠 性 が 日 常 生 活 にお い て い つ で も問 題 に な る とい うわけ で は な い 。 そ れ が 問 題 として 顕 わ に な るの は 、 た とえば 、 社 会 的 事 象 を 観 察 に 基 づ いて 記 述 し よ う とす る ときで あ る。 これ が い わ ゆ る 「自己 言 及 の パ ラ ドック ス」 の 問題 で あ る10)。わ れ わ れ が 、 現 前 す る社 会 的 事 象 を 自明 な もの として 捉 え る こ とが で き るの は 、 自己 言 及 の パ ラ ド ックス が す で に して 脱 パ ラ ド ックス 化 され て い る か らだ が 、 そ の 脱 パ ラ ド ックス 化 は い か に して 可 能 とな って い るの か 。 こ う問 うて み な い わ け には い か な い 。 な ぜ な ら、 この 問 い に 自覚 的 に 応 答 す るの で な け れ ば 、 妥 当 な 仕 方 で 社 会 的 事 象 を 記 述 す る こ とは か な わ な い か らで あ る。   わ れ わ れ が 社 会 的 で あ り うるの は 、 コ ミュニ ケ ー シ ョンに 関 与 す る とい うこ とに お い て で あ る。 そ の コ ミュニ ケ ー シ ョンを 、 この わ た しが 直 接 関 与 す る社 会 的 事 象 として 記 述 し よ う とす る と、1つ の 根 源 的 な 問 題 に 突 き当 た る。 コ ミュニ ケ ー シ ョンが そ れ として 立 ち 上 が る過 程 に わた し自身 を 見 出 して しま って 、 わ た しは そ れ を ま る ご と主 題 化 して 記 述 す る こ とが で きな い か らで あ る。 わた しは 、 どの よ うに して も わた し 自身 を ま る ご と対 象 化 す る こ とが で きな い 。 そ れ は 、 わた しは わ た しの 外 部 に 立 って わ た しを 観 察 し記 述 す る こ とが で きな い と言 って も同 じこ とで あ る。 した が って 、 わ た しが 世 界 を 主 題 化 して 記 述 し よ う とす る と、 い つ で も世 界 の

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中 にそ れ を 記 述 す る わた しを 見 出 して しま って 、 そ の 目論 見 は あ えな く挫 折 して しま う。 そ れ が 、 主 体 につ きま と う自己 言 及 の パ ラ ド ックス の 問 題 で あ る。   話 を 分 か りや す くす るた め に 、 日常 的 な2主 体 問 の コ ミュニ ケ ー シ ョン(対 話 の 状 況)を 例 に とって 考 え て み よ う11)。それ は一 般 に 、 主 体Aと 主 体Bの2主 体 問の 相 互 作 用 の過 程 として 捉 え られ る。 主 体Aが 何 事 か を 語 る と、 主 体Bが そ れ を 有 意 味 な 発 話 として 聞 き取 り、 筋 が 通 る よ うに解 釈 し よ う とす る。 だ が 、 主 体Bは 主 体Aの 内的 な 思 考 や 表 象 を つ ぶ さに 窺 い知 る こ とは で きな いの で 、 そ の 解 釈 に は 不 可 避 的 に 曖 昧 さが つ き ま と う。反 対 に 、 主 体Bが 主 体Aに 何 事 か を 語 る場 合 も事 情 は ま った く同 じで あ る。 そ れ で も、 た い て い 対 話 が破 綻 せ ず に 成 り立 つ の は ど う して か 。 わ れ わ れ に 馴 染 み の あ る考 えに よれ ば 、 い ま ・こ この コ ンテ クス トが 問 主 観 的 に共 有 され て い るか らだ とい うこ とに な る。   そ れ で は 、 この コ ミュニ ケ ー シ ョンの 成 立 を 支 え る コ ンテ クス トは 、 間 主 観 的 に どの よ うに 構 成 され て い るの か 。 うっか りす る と、 コ ンテ クス トを 構 成 す るた め の メ タ レベ ル の コ ミュニ ケ ー シ ョンが 同時 進 行 して い る と考 えて しま い が ち だ が 、 そ れ で は コ ンテ クス トの 構 成 を 根 拠 づ け た こ とには な らな い。 今 度 は 、 メ タ レベ ル の コ ミュニ ケ ー シ ョンを 支 え る コ ンテ クス トが どの よ うに構 成 され て い るの か が 問 われ る こ とに な るか らで あ る。 この 試 み は 無 限 後 退 して あ えな く挫 折 す る。 亘(2004)で 指 摘 され て い た 「根 拠 づ け として の 外 部 を どこ まで 遡 って も同 じで あ る」 とは 、 この よ うな 無 限 後 退 の 問 題 状 況 を 指 して い る。   想 定 し うる1つ の 打 開 策 と して 、 こ こで 以 下 の よ うな 視 点 の 転 回 を 試 み る。 コ ンテ クス トの 問 主 観 的 な 相 互 理 解 の 妥 当 性 は 、 コ ミュニ ケ ー シ ョンが 破 綻 な く成 立 して い る こ とで も って担 保 され る と考 えて み るの で あ る。 つ ま り、 コ ンテ クス トが コ ミュニ ケ ー シ ョンの 成 立 を 支 え、 同時 に コ ミュニ ケ ー シ ョンの 成 立 が コ ンテ クス トに 妥 当 性 を 与 え る とい う循 環 的 一 自己 言 及 的 な 関 係 が 、 い ま ・こ この 状 況 に お い て 仮 構 され て い る と考 えて み るわ け で あ る。 この よ うな 構 想 が 、 外 部 に根 拠 づ け を 求 め な いで 自己 言 及 の パ ラ ド ックス に ど う対 処 す るか 、 あ るい は 脱 パ ラ ドッ クス 化 の 機 制 を ど う記 述 す るか 、 とい う課 題 に 立 ち 向か う際 の 手 が か りを 与 え る12,。   しか し、 この よ うな 理 解 の 構 図 は 、 言 って み れ ば 空 間 に 宙 吊 りに され た よ うな 社 会 的 事 象 を 見 て い る よ うな もので 、 ど こか 頼 りな い感 じがす る。 それ は、 い ま ・こ こで立 ち現 れ る循 環 的 自己 言 及 的 な 関 係 の 、 そ の 立 ち 現 れ の 起 点 が 見 えな い こ とに よ る頼 りな さで あ る。 だ が 、 わ れ わ れ が 経 験 して い る現 実 の コ ミュニ ケ ー シ ョンに お い て は 、 そ の よ うな 頼 りな さは 「何 らか の 機 制 」 にお い て す で に 払 拭 され て い る。 そ れ は 、 い か な る機 制 か 。 従 来 の 構 造 論 的 な 記 述 論 理 に よれ ば 、 自己言 及 の パ ラ ドック ス の 脱 パ ラ ド ックス 化 にか か る選 択 可能 な形 式 化 の 方 策 は2 つ あ る。 第1は 、 主 体 に は 還 元 し えな い 何 らか の 「社 会 的 な もの 」 が もた らす機 制 を 見い だ す 方 策 で あ り、 第2は 、 主 体 、 あ るい は 主 体 間 の 関 係 に お い て 内的 に 処 理 され る とす る方 策 で あ る13♪。 だ が 、 どち らの 方 策 も、 そ の記 述 論 理 が 構 造 論 的 で あ るが ゆ え に行 き詰 ま る こ とに な る。

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ど うい う こ とか 。 論 証 に よ っ て 追 い 詰 め て み よ う。 4.社 会 主 体 の 存 在 規 定   ま ず 、 第1の 方 策 は ど うか 。 こ こで 自己 言 及 の パ ラ ド ックス に 対 処 す る何 らか の機 制 として 「社 会 規 範 」 の よ うな もの を 想 定 して しま う と話 は逆 戻 りで あ る。 そ の 「社 会 規 範 」 な る もの は 、 どの よ うに して も た ら され たの か 。 こ こで わ れ わ れ は 、 再 び 外 部 に あ らぬ 根 拠 づ け を 求 め て 、 措 定 され た 間主 観 性 の地 平 へ と引 き返 す こ とに な って しま う⊥4)。それ で は 、 コ ミ ュニ ケ ー シ ョンを そ の 内部 体 系 に お い て 記 述 した こ とに は な らな い の で あ って 、 根 拠 づ け を 欠 い た 「問 主 観 的 に構 成 され る規 範 の よ うな もの 」 を 前 提 として 、1つ の 見 え方 を 提 示 した に と どま って しま う。 どの よ うな 機 制 で あ れ 、 そ れ を 外 部 か ら持 ち 込 む こ とは で きな い の で あ る。   次 に、 第2の 方 策 は ど うか 。 主 体 、 あ るい は 主 体 問 の 関 係 に お い て 自己 言 及 の パ ラ ド ックス が 内的 に処 理 され る とす る考 え方 を 成 立 させ るた め に は 、 これ ま で と りあ えず 不 問 に して きた 1つ の 問 題 に ど う対 処 す るか が示 されね ば な らな い 。 そ れ が 、 社 会 主 体 の存 在 規 定 に か か る問 題 で あ る。 社 会 主 体 の 存 在 とい う前 提 もま た 自 明で は な い 。 した が って 、 社 会 主 体 間 の 関 係 も 自 明で は な い。 本 稿 の 問 題 構 成 に お いて は 、 そ れ らは 議 論 の 前 提 で は な くて 議 論 の 中 心 で あ る。 つ ま り、 社 会 主 体 が そ れ として 生 成 す る過 程 、 あ るい は 社 会 主 体 問 の 関 係 が そ れ として 生 成 す る過 程 を ど う記 述 す るか が 、 こ こで は 問 わ れ る こ とに な るの で あ る。 も しこの 問 い を 不 問 に し た ま ま とす るの で あ れ ば 、 自己 言 及 の パ ラ ド ックス は 全 面 的 に 社 会 主 体 側 で 対 処 され る とい う こ とにな るの だ か ら、 そ の 機 制 も社 会 主 体 内 も し くは 社 会 主 体 間 の機 制 として 記 述 され ね ば な らな い とい うこ とにな る。   大 方 の 予 想 どお り、 外 部 を措 定 せ ず に 自己 言 及 の パ ラ ドッ クス に か か る無 根 拠 性 に 対 処 す る た め には 、 いず れ に して も、 何 らか の 局 面 で 循 環 的 一 自己 言 及 的 に 閉 じた 関 係 を 見 出 して 、 そ れ を 理 論 化 の 過 程 に組 み 込 ま ね ば な らな い 。 社 会 主 体 の 存 在 を 前 提 とした うえで 、 果 た して こ の 要 求 に十 全 に応 え る こ とが で き るか ど うか 。 この 問 い か け は 、 前 に 挙 げ た 広 告 研 究 に お け る 理 論 負 荷 の 問 題 に立 脚 して 、 こ う問 い 直 す こ ともで き る。 社 会 主 体 の 存 在 を 前 提 とした うえで 、 広 告 表 現 に媒 介 され て 立 ち 現 れ る広 告 コ ミュニ ケ ー シ ョンの 生 成 の 過 程 を 、 そ れ として 記 述 す る こ とが で き るか 。 問 題 の 所 在 を 確 認 す る議 論 に お い て 述 べ た よ うに 、 これ まで に な され て き た の は 、 広 告 コ ミ ュニ ケ ー シ ョン を 、 一 方 的 な情 報 伝 達 に お け る 「送 り手 一受 け 手 」 問 の 関 係15)、相 互 作 用 状 況 に お け る 「広 告 主 一受 け 手 」 間 の 関係'6)、あ る い は 「広 告 テ ク ス トー読 み 手 」 問 の 関 係17,、にお い て それ ぞれ 記 述 す る とい う試 み で あ る。 だが 、 そ う した 関 係 は 、 広 告 表 現 に媒 介 され て 生 成 す る広 告 コ ミュニ ケ ー シ ョンの 帰 結 と して 観 察 され る社 会 的 事 象 で あ っ て 、 そ もそ も議 論 の 前 提 とされ うる よ うな 関 係 で は な い 。 これ を 一 般 化 して 言 い 直 せ ば 、 どの

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よ うな 関 係 で あ れ 、 最 初 か ら関 係 として 前 提 し うる よ うな 関 係 な どは な い 。   改 め て 考 えて み た い の は 、 この よ うな 関 係 の 立 ち 現 わ れ を 、 は た して 社 会 主 体 を 前 提 と して 描 き 出せ る か ど うか で あ る。 この 問題 に 自覚 的 で あ っ た代 表 的 な 議 論 は 、 シ ュ ッツ(Schatz, Alfred)の 「現 象 学 的 社 会 学 」18)であ る。 シ ュ ッ ツ は、 社 会 を それ 自体 と して 対 象 化 で き る と 考 え る客 観 主 義 に対 抗 す る論 陣 に お い て は、 フ ッサ ー ル(Husser1,  Edmund)の 「超 越 論 的 現 象 学 」19/と同 じ地 平 に 立 つ こ とが で き るが 、 そ の 現 象 学 に お い て 客 観 主 義 の 対 立 項 と して 立 て られ た超 越 論 主 義 を そ の ま ま 受 け 入 れ る こ とは で きな か っ た。 な ぜ な ら、 あ らゆ る対 象 は 主 観 に よ って 構 成 され る とす る超 越 論 的 主 観 性 の 水 準 に 立 脚 して しま う と、 相 互 作 用 の 相 手 方 と な る他 者 も主 観 が 構 成 した もの とな って しまい 、 「わた しが 他 者 だ と規 定 す る もの が 他者 で あ る」 とい うよ うな 単 純 な 独 我 論 に 陥 って しま い か ね な い か らで あ る。   独 我 論 は 当 然 の こ と他 我 認 識(他 者 の 存 在 に か か る認 識)と は 言 えな い わ け で あ るか ら、 他 我 認 識 の 可 能 性 は 別 の 方 策 に よ って 示 され ね ば な らな い 。 社 会 主 体 の 存 在 を 前 提 とす る社 会 学 理 論 にお い て は 、 そ れ は 必 須 の 要 件 で あ る。 も し他 我 認 識 の 可 能 性 の 論 証 が な され な け れ ば 、 そ れ を 前 提 とす る問 主 観 性 の 論 証 もで きな い とい うこ とに な る。 社 会 主 体 の 存 在 を 前 提 とす る 限 り、 「社 会 主 体= 社 会成 員 」 相 互 の コ ミ ュニ ケ ー シ ョンが 可 能 で あ る こ とが 、 社 会学 理 論 の 大 前 提 とな る。 そ れ が 可 能 で あ る とは 、 す な わ ち 問 主 観 性 が 成 立 して い る とい うこ とで あ るか ら、 問 主 観 性 の 成 立 を 論 証 で きな い とい うこ とに な れ ば 、 社 会 学 理 論 の 基 盤 は な し崩 し にな っ て しま う。 つ ま り、 社 会 学 理 論 に お い て は 、 他 我 認 識 の 論 証 を 困 難 に す る超 越 論 的 主 観 性 か ら の 理 論 構 築 は 、 そ もそ も不 可 能 だ とい うこ とで あ る。   現 象 学 者 で あ り同時 に 社 会 学 者 で もあ った シ ュ ッ ツは 、 以 上 の 問 題 を 踏 ま えた うえで な お 、 そ の 社 会 学 理 論 の 構 成 に お いて 現 象 学 的 な 構 えを 手 放 そ う とは しな か った 。 そ の こ とに よ って 、 シ ュ ッ ツは 理 論 構 成 上 の 矛 盾 に 立 ち 向か わ ざ るを えな か った の だ が 、 そ れ が 超 越 論 的 主 観 性 の 立 場 と生 活 世 界 にお け る当 事 者 主 観 の 立 場 との 矛 盾 で あ る。 そ して 、 この 両 者 を 媒 介 す る概 念 と して 立 て られ た の が 、 「構 成 」 あ る い は 「構 成 体 」 とい う概 念 で あ った。   ま ず 、 現 象 学 者 で あ る シ ュ ッツの 基 本 とな る前 提 は 、 社 会 とい うもの は 、 そ こに 日常 的 に 生 活 して い る社 会 主 体 の 主 観 に よ って 構 成 され た もの 、 す な わ ち 当 事 者 主 観 的 な 構 成 体 に お い て 把 握 され るの で あ って 、 そ れ を 離 れ て 客 観 的 に 成 立 して い る事 実 とい った もの を 見 い だ す こ と は 不 可 能 だ とす る点 で あ る。 この 前 提 に 立 脚 す る こ とに よ って 、 近 代 科 学 を 特 徴 づ け る客 観 主 義 の 立 場 は 、 そ の 出発 点 に お い て 退 け られ る。   注 意 す べ きは 、 こ こで 「当 事 者 主 観 」 と言 った ときの そ の 主 観 とは 、 超 越 論 的 主 観 性 の 水 準 にあ る主 観 だ とい う点 で あ る。 だ が 、 前 に も述 べ た よ うに 、 超 越 論 的 主 観 性 の 水 準 に 定 位 して い た の で は 、 他 我 認 識(他 者 の 存 在 に か か る認 識)を 論 証 す る こ とは 不 可 能 で あ り、 した が っ て 、 最 初 に主 体 を 立 て る社 会 学 理 論 の 前 提 を 構 成 す る問 主 観 性 の 論 証 も不 可 能 とな る。 この 問

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題 を 突破 す る ため に シ ュ ッツ が採 用 したの が 、他 我 認 識 を可 能 とす る 「自然 的 態 度 にあ る主 観 」 の措 定 で あ る。 そ う した 主 観 に お い て は 、 生 き生 き と した 同時 性 に お け る他 者 の 意 識 の 流 れ に つ い て の 経 験 が 可 能 とな り、 そ うした 経 験 は 、 他 者 の 身 体 に 生 起 す る 出来 事 や 、 他 者 の 身 体 に よ って 生 み 出 され る 出来 事 に 媒 介 され て 可 能 とな る とされ る20)。   で は 、 問 主 観 性 の 論 証 に つ いて は ど うか 。 そ の カギ とな るの が 、 前 に 述 べ た 「構 成 体 」 の 概 念 で あ る。 こ こで の 構 成 体 は、 「自然 的 態 度 に あ る主 観 」 の 水準 に お い て 構 成 され た もの で あ り、 「社 会 主 体=社 会 成 員 」 に よ って 問主 観 的 に 共 有 され うる 「日常 生 活 の 現 実 に つ い て の 一 連 の 常 識 的 な構 成 体 」(第 一 次 構 成 体)で あ る 。 大 事 な こ とは 、 この 第 一 次 構 成 体 が社 会 科 学 に先 立 つ とい う点 で あ る。 そ うな る と、 社 会 科 学 に お い て は 、 第 一 次 構 成 体 を 客 観 的 な 視 点 か ら捉 え直 して 、 そ れ を 再 構 成 す る とい う立 場 を 採 用 す る よ りほ か な くな る。 つ ま り、 社 会 科 学 は 、 当 事 者 の 主 観 的 意 味(自 然 的 態 度 に あ る主 観 に とって の 意 味)の 第 一 次 性 を 認 め た うえで 、 そ れ に よ って 構 成 され る第 一 次 構 成 体 に 基 づ い て 、 か つ 客 観 的 な 態 度 で 、 第 二 次 構 成 体 を 構 成 す る科 学 で あ る と定 式 化 され る こ とに な る。   しか しな が ら、 社 会 科 学 に お いて 、 第 一 次 構 成 体 を 第 二 次 構 成 体 へ と媒 介 す る客 観 的 態 度 の 要 請 に応 え る こ とは 容 易 で は な い 。 い か に 客 観 的 で あ ろ う として も、 第 二 次 構 成 体 を 立 て る こ と自体 が 当 事 者 主 観 の 第 一 次 性 を 認 め る こ と とは 矛 盾 す る。 シ ュ ッツに お い て は 、 結 局 この 矛 盾 が 乗 り越 え られ る こ とは な か った の だ が 、 そ れ は 必 然 的 な 帰 結 な の か ど うか 。 これ が 本 稿 の 関 心 の 中 心 で あ る。 す で に 浮 き彫 りに され て い る とお り、 そ の 矛 盾 とは 、 シ ュ ッツそ の 人 の 記 述 論 理 が もた ら した 矛 盾 で あ り、 社 会 的 現 実 の 側 に あ る矛 盾 で は な い 。 問 題 は 、採 用 され て い る構 造 論 的 な 記 述 論 理 の 側 に あ る。 確 認 され るべ きは 、 そ の こ とで あ る。 5.社 会 科 学 にお け る2つ の 方 向 性   自己 言 及 の パ ラ ド ックス の 問 題 は 、 他 者 との コ ミュニ ケ ー シ ョンに さ した る困 難 を 感 じ る こ ともな く 日常 生 活 を 営 ん で い るわ れ わ れ に とって は 、 必 ず しも切 実 な 問 題 だ とは 言 えな い 。 こ う した 認 識 に立 脚 す れ ば 、 他 我 認 識 の 問 題 、 あ るい は 他 者 の 存 在 規 定 に か か る問 題 は 、 次 の よ うに捉 え直 す こ とが で き る。 そ うした 問 題 が 伏 在 して い るに もか か わ らず 、 日常 を 生 き るわ れ わ れ は 、 いか に して 自己 言 及 の パ ラ ド ックス に 対 処 で きて い るの か 。 あ るい は 、 い か に して 他 者 存 在 の パ ラ ドッ クス に 対 処 で きて い るの か 。   前 節 で 検 討 した とお り、 社 会 主 体 の 存 在 は 、 社 会 科 学 の 議 論 に お い て は 無 限 定 に 前 提 す る こ とは で ぎな い 。 シ ュ ッツは 、 当 事 者 主 観 が 帰 属 され る主 体 の 存 在 を 前 提 として 、 他 我 認 識 の 論 証 を 試 み た 。 そ れ は ま さに 論 証 と して の 記 述 で あ って 、 生 成 の 過 程 の 記 述 で は な い 。 当 事 者 主 観 の 生 成 も、 主 体 の 生 成 も、 他 我 認 識 の 生 成 も、 そ こで は 何 ら記 述 され て は い な い 。 議 論 され

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るべ ぎ前 提 が 、 議 論 に 先 立 って 前 提 され て い る とは 、 この こ とで あ る。 この 問 題 に 立 ち 向 か お う とす る と きに 要 請 され るの は、 ま さに 視 点 の180度 の 転 回 で あ る 。 そ の 手 が か りを与 え て い るの は 、 吉 澤(2002)の 問 題 定 立 的 な 考 察 で あ る。 当 の 議 論 に よれ ば 、 コ ミュニ ケ ー シ ョン に 照 準 しつ つ 自己 言 及 の パ ラ ドッ クス に 対 処 し よ う とす る際 に 選 び うる方 向性 に は 、 大 き く分 け て 次 の2つ が あ る とされ る。 第1の 方 向 性:「 社 会 構 築(構 成)主 義 的 な方 向 性 」   他 者 の 存 在 は い つ で も疑 い うる とい う態 度 を保 持 した ま ま で 、 他 者 の 存 在 を と りあ えず の 前 提 と して 、 社 会 的 な コ ミュニ ケ ー シ ョンの 成 り立 ち(構 築)を 見 て い こ う とす る方 向 性 で あ る。 この 場 合 、 主 体 の 同定 に か か る 自己 言 及 の パ ラ ド ックス の 問 題 は そ の ま ま 持 ち 越 され る こ とにな る。 第2の 方 向 性:「 社 会 生 成(構 成)論 的 な方 向 性 」   他 者 の 存 在 を 前 提 とせ ず 、 な お か つ そ の 基 礎 づ け を 欠 い た もの として 、 社 会 的 な コ ミュニ ケ ー シ ョンの 成 り立 ち(生 成)を 見 て い こ う とす る方 向性 で あ る。 この 場 合 、 主 体 の 同 定 に 係 る 自 己言 及 の パ ラ ド ックス は議 論 の 射 程 外 に置 か れ る の だ が 、 そ の 代 わ りに 、 「社 会 の 成 り立 ち(生 成)を 駆 動 す る何 もの か 」 の ア イデ ンテ ィテ ィを保 証 す る機 構 が 構 想 され ね ば な らな い 。 そ こ に別 種 の 自己 同定 に か か る 自己 言 及 の パ ラ ドックス が 立 ち 現 れ るの だ が 、 そ れ は 、 何 らか の 手 立 て に よ って 脱 パ ラ ド ックス 化 され ね ば な らな い 問 題 として 基 軸 化 され る。   吉 澤(2002)で は 、 他 者 の 存 在 規 定 に か か る態 度 の違 い を 準 拠 点 として 、 〈第1の 方 向 性 〉 で あ る 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な 方 向性 」 と、 〈第2の 方 向性 〉で あ る 「社 会 生 成(構 成) 論 的 な 方 向性 」 とが 対 置 され 、 社 会 理 論 の 展 開 は 大 き く2つ の 方 向性 を とって 進 展 して きた と され る。 どち らの 方 向 性 を選 び取 る に せ よ、 われ われ は そ の 記 述 戦 略 に お い て 、 「何 を射 程 に 入 れ て 、 何 を 射 程 外 に 置 い た こ とに な るの か 」 を 明確 に 把 握 して お くこ とが 必 要 で あ る。 大 事 な の は そ の こ とで あ って 、 どち らか 一 方 の 方 向性 が 正 しい 、 あ るい は 正 し くな い とい うよ うな 判 定 的 な 話 で は な い 。   以 上 の 了 解 を 踏 ま えて 、 改 め て2つ の 方 向性 の違 い に つ い て 検 討 して お こ う。 まず 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な 方 向性 」 で は 、 われ われ が 自然 的 態 度 で 捉 えて い る よ うに 、1つ の 可 能 世 界 が 現 実 化 した もの と して 社 会 的 世 界 が す で に 構 成 され て 在 る と捉 え られ る21)。そ れ を 前 提 と して 、 社 会 主 体 で あ る われ われ が 、 そ の 社 会 的 現 実 を 日常 的 に どの よ うに 構 成 して い るの か が 問 わ れ るの で あ る22)。対 して 「社 会 生 成(構 成)論 的 な 方 向性 」 で は、 われ われ は世 界 を ま る ご と主題 化 して 記 述 す る こ とは で きな い とい う根 源 的 な問 題(自 己 言及 の パ ラ ドッ クス の 問題)

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を 基 軸 と して 、 社 会 的 現 実 を 構 成 す る社 会 主 体 とい う存 在 規 定 を い った ん 退 け 、 い っ さい を 含 め た い ま ・こ この 構 成 され た 世 界 が 、 そ の 都 度 そ の 都 度 どの よ うに 生 成 され るか が 問 わ れ る こ とにな る。 後 者 の 「社 会 生 成(構 成)論 的 な 方 向性 」 を 採 用 す る代 表 的 な 論 者 が 、 本 稿 で 注 目 され る ニ ク ラ ス ・ル ーマ ンで あ る。 そ こで は 、 「社 会 的 現 実 を構 成 す る社 会 主 体 」 の存 在 規 定 が い った ん 退 け られ て い るの で あ るか ら、 そ れ に 代 わ って 社 会 の 成 り立 ち(生 成)を 駆 動 す る 何 もの か が 立 て られ な け れ ば な らな い 。 そ れ が 、 ル ーマ ンの 社 会 シス テ ム 理 論 で 言 う とこ ろの 「社 会 シ ス テ ム」(Soziale Systeme)に ほ か な らな い23)。   周 知 の とお り、 商 学 を 含 め て 、 現 在 ま で の 社 会 科 学 の 主 流 を 成 して い るの は 、 前 者 の 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な 方 向性 」 で あ る。 そ こで は、 「社 会 的 現 実 を構 成 す る社 会 主 体 」 が と り あ えず の 議 論 の 前 提 とされ る。 この 場 合 は 、 日常 世 界 に お け る人 々の 相 互 理 解 ・相 互 作 用 の あ りよ うに 目を 向け 、 社 会 主 体 の 主 観(当 事 者 主 観)に よ って 社 会 的 現 実 が い か に さま ざま に 構 成 され て い るか 、 問 主 観 的 に そ れ が い か に さ ま ざ まに 構 成(共 有)さ れ て い るか が 、 社 会 に臨 む 自然 的 態 度 で 探 究 され る こ とに な る21)。   そ う した探 究 が 可 能 とな るの は 、 「社 会 主 体 は現 に こ う して 存 在 す る」 とい う こ と と、 「社 会 は 現 に こ うして 構 成 され て 在 る」 とい うこ と とが 、 同時 に 前 提 され た とぎで あ る。 繰 り返 しに な るが 、 そ れ は 自 明の 前 提 で は な い。 本 稿 で 問 題 に され て い るの は 、 そ うした 前 提 の 妥 当 性 で は な くて 、 そ の よ うな 前 提 を 置 くこ とに よ って 何 が 視 野 の 外 に 置 か れ る こ とに な るの か とい う こ とで あ る。 少 な く とも シ ュ ッツは 、 現 象 学 的 社 会 学 の 立 論 の 内的 な 要 請 に よ って 、 自ず とそ の 問 題 に 自覚 的 で あ る よ りほ か な か った 。 だ が 、 シ ュ ッツの 社 会 学 的 な 営 為 に よ って もた ら さ れ た 、 と りあ えず の 「社 会 主 体 の 存 在 」 と 「第 一 次 構 成 体 として の 社 会 の 存 在 」 とを 、 つ ね に す で に前 提 とす る 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な方 向性 」 に お い て は ど うか。 「他 者 の存 在 は い つ で も疑 い うる とい う態 度 を 保 持 した ま ま で 」 とい う肝 心 の 基 底 的 な 了 解 が 、 きれ い さ っぱ り 忘 却 され て しま って い るか の よ うに 見 え る。   差 し当 た り、 こ こで ル ーマ ン的 理 解 の 意 義 を 述 べ て お け ば 、1つ に は 、 つ ね に す で に 「そ の 前 提 」 か ら 出発 して い る 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な 方 向性 」 に 内在 す る視 点 か らは 捉 えに く い 内在 的 な 問 題(限 界)を 見 通 す 視 座 を 、 ル ーマ ン理 論 が 与 え る とい う点 で あ る。 前 に 述 べ た 「社 会生 成(構 成)論 的 な方 向性 」 の身 構 え を見 て も分 か る とお り、 ル ーマ ン理 論 に お いて は、 前提 が前 提 として構 成 され る過 程 が理 論 化 の過 程 に組 み込 まれ るか た ちで 記 述 され る。 したが っ て 、 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な 方 向性 」 に おけ る 「そ の前 提 」 と同 じ水 準 に あ る前 提 は、 ル ー マ ン理 論 に お い て は あ りえ な い。 だ か ら こそ 、 「そ の 前 提 」 を置 くこ とに よ って 何 が視 野 の 外 に置 か れ る こ とにな るの か 、 とい うよ うな 問 い の 立 て 方 も可 能 とな るの で あ る。   も う一 歩 踏 み 込 ん で 言 えば こ うな る。 ル ーマ ン理 論 の 中 心 的 な 道 具 立 て で あ る 「社 会 シス テ ム 」 は 、 外 部 か ら持 ち 込 ま れ た 前 提 で は な くて 、 そ の 内部 体 系 に お い て 、 自己 言 及 的 に 自 らを

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生 成 す る もの として 描 き 出 され た 理 論 装 置 で あ る。 同様 に 、 そ の 要 素 とな る コ ミュニ ケ ー シ ョ ン も、 コ ミュニ ケ ー シ ョンの 関 与 者 で あ る主 体 も、 そ れ と して 立 ち 現 れ る過 程 が 理 論 化 の過 程 に組 み 込 ま れ て い る。 この 点 を 踏 ま えて 、1つ ル ーマ ン理 論 に お け る前 提 を 挙 げ る とす れ ば 、 「どれ が 先 で も後 で も な い 」 とい うこ と、 す な わ ち 「す べ て が 同 時 で あ る」 とい う了解 で あ ろ う。 そ して 、 「す べ て が 同 時 で あ る」 とい うパ ラ ドク シ カ ル な事 態 が 脱 パ ラ ドック ス化 され る 過 程 を どの よ うに記 述 す るか とい う課 題 が 、 そ の 理 論 化 の 過 程 に お い て 基 軸 化 され る こ とに な る わけ で あ る。   そ れ が 描 き出 す とこ ろを 間 違 い な く把 握 す る た め に 、再 度 、 第3節 で 参 照 した亘(2004)の 問 題 提 起 を振 り返 って お こ う。 「言 及 す る もの と して の 外 部 を、 言 及 され る 内部 に編 入 し、 内 部 化 しよ う とす る と、 パ ラ ドク シ カル な 状 況 が 発 生 す る。 つ ま り、 内部 を 根 拠 づ け て い る外 部 を 内部 化 して 、 内部 体 系 を そ れ 自体 として 根 拠 づ け る こ とは で きな い 、 とい うこ とで あ る。 根 拠 づ け と して の 外 部 を どこま で 遡 って も 同 じで あ る。 結 局 、 内部 体 系 は そ れ 自体 として は 無 根 拠 だ とい うほ か は な い 」。 こ う した 了 解 の地 点 に 立 脚 す れ ば 、 シ ュ ッ ツの 現 象 学 的 な基 礎 づ け の 試 み が 、 矛 盾 を 含 ん だ もの とな ら ざ るを えな か っ たの も道 理 で あ る。 だ が 、 そ の 試 み が 中 途 半 端 な もの で あ った とは 考 え られ な い 。 「内部 体 系 は そ れ 自体 と して は 無 根 拠 だ とい うほ か は な い」 とい う指 摘 に よれ ば 、 む し ろ 「そ こに 避 け 難 く矛 盾 が 生 じ る」 とい うこ とを 浮 き彫 りし た こ と、 そ れ 自体 が シ ュ ッツの 功 績 な の で あ る。 だ か ら こそ 、 わ れ わ れ は 、 シ ュ ッツが もた ら した そ の 帰 結 に立 ち 返 りつ つ 、 社 会 の 内部 体 系 の 無 根 拠 性 と ど う向 き合 うの か とい う問 い を 立 て る こ とが で き るわ け で あ る。   こ こで 再 び 、 「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な方 向性 」 と 「社 会 生 成(構 成)論 的 な方 向性 」 の2 つ の 方 向性 に立 ち 返 って 、 問 題 の所 在 を 再 確 認 して お こ う。 前 者 で は 、 「社 会 的 現 実 を構 成 す る社 会 主 体 」 の 存 在 規 定 が な され て い た の で あ るか ら、 社 会 を 現 に こ うして 構 築 的 に 成 り立 た せ て い るの は 、 あ くまで も社 会 成 員 と して の 社 会主 体 で あ る。 した が って 、 自己 言 及 の パ ラ ドッ クス(他 者 存 在 の パ ラ ド ックス)は 、 社 会 主 体 の 側 で 引 き受 け られ る もの として 観 察 され 記 述 され る こ とに な る 。 だ が 、 「他 者 の 存 在 は い つ で も疑 い うる」 とい うこ とで あ った は ず で あ る か ら、 そ こ には い つ で も懐 疑 を 差 し挟 む 余 地 が あ る とい うこ とも 明記 して お か ね ば な らな い 。 本 稿 の 立 論 の 起 点 にあ るの は 、 そ うした 懐 疑 に ほ か な らな い 。   本 稿 に お け る議 論 は 、 「社 会 生 成(構 成)論 的 な 方 向性 」 の 側 か らの 問 い か け で あ る。 そ こ で は 、 「社 会 的 現 実 を構 成 す る社 会 主 体 」 の存 在 規 定 は い っ た ん退 け られ るの で あ る か ら、 自 己 言 及 の パ ラ ド ックス(他 者 存 在 の パ ラ ド ックス)に 対 処 す るの は 社 会 主 体 で は あ りえな い 。 そ れ に代 わ って 、 この 問題 は、 社 会 の成 り立 ち(生 成)を 駆 動 す る 「何 もの か」 の 側 で分 け持 っ て 対 処 さ れ る こ とに な る。 この 「何 も の か 」 が 、 ル ー マ ン理 論 に お い て は 「社 会 シス テ ム 」 (Soziale Systeme)な の で あ る。

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6.小 結

  吉 澤(2002)は 「ル ー マ ン の 描 く世 界 は 、 ど こ ま で も『儚い 』 も の で あ る 」 と し て 、 ル ー マ ン の 「あ り そ う な も の の あ り そ う も な さ 」(die  Unwahrsheinlichkeit  der Wahrsheinlichen)

と い う言 葉 を 引 い て い る 。 一 見 す る と ト リ ッキ ー な こ の 言 い 回 し は 、 そ の ま ま ル ー マ ン 理 論 の エ ッ セ ン ス とな り う る ひ と言 で あ る 。   本 稿 の 問 題 構 成 に よ れ ば 、 現 に こ う し て 提 示 さ れ て い る 広 告 表 現 の 観 察=理 解 に つ い て 、10 人 に 聞 け ば10人 が 違 う理 解 を し て い る こ とが 分 か っ た な ど とい う こ とに は な ら ず に 、 大 方 は 同 じ理 解 が な さ れ て い る とい う こ とを 、 わ れ わ れ は 当 た り前 の こ と(あ りそ うな こ と)と して 捉 え て し ま い が ち で あ る 。 だ が 、 そ の 観 察=理 解 は つ ね に 「他 で も あ り う る 」(kontingenz)と い う認 識 を 基 盤 とす る ル ー マ ン 理 論 の 視 座 か ら 捉 え 直 せ ば 、 そ れ は 奇 跡 的 な こ と(あ りそ う も な い こ と)だ と い う こ とに な る 。 こ の 「あ りそ う も な い こ と」 が 「あ りそ うな こ と」 と し て 立 ち 現 れ る 社 会 的 現 実 を 、 全 面 的 に 主 体 の 意 識 の 働 き に 委 ね る こ とが で き る だ ろ うか 。 あ る い は 、 そ の と き ど き の 主 体 問 の 関 係 に 委 ね る こ とが で き る だ ろ うか 。 ル ー マ ン が 問 うて い る の は そ の こ とで あ る 。   「社 会 構 築(構 成)主 義 的 な 方 向 性 」 と 「社 会 生 成(構 成)論 的 な 方 向 性 」 と、 そ の どち ら が 妥 当 で あ る か を 決 す る よ う な 確 た る 議 論 の 審 級 な ど は な い 。 「社 会 は 構 成 さ れ て 在 る 」 と考 え る と こ ろ か ら 出 発 し、 「そ れ は い か に し て 可 能 とな っ て い る の か 」 を 探 究 す る こ と が 必 要 な 場 合 も あ ろ う し 、 あ る い は ル ー マ ン と 同様 に 、 ま ず 「社 会 が こ う し て 構 成 さ れ て 在 る 」 とい う こ と に 驚 き を 持 っ て 接 し 、 こ の 「あ りそ う も な い こ と」 を 「い か に も あ りそ うな こ と」 と し て 立 ち 現 れ さ せ る 生 成 の 過 程 に 目を 向 け る こ とが 必 要 な 場 合 も あ ろ う。 再 確 認 し て お き た い こ と は 、 そ う した2つ の 方 向 性 が 「記 述 論 理 の 選 択 肢 と し て あ る 」 とい う こ と、 こ れ で あ る 。 註 1)村 下(2005)で は、 「広 告 コ ミ ュニ ケ ー シ ョ ンに 対 す るル ーマ ン的 理 解 」 を主 題 化 して議 論 して い る 。 2)明 晰 な 他 者概 念 の 検 討 に 基 づ く社 会 秩 序 の 議 論 と して 大 澤(1990・1992)参 照 。 3)カ ル チ ュ ラル ・ス タデ ィ ーズ の 基 本 的 な 問 題構 成 に つ い て は 吉 見(2000)参 照 。 4)こ の 問 題 を メ デ ィ ア論 の 問題 構 成 に お い て 的 確 に 指 摘 して い るの は 北 田(2000)で あ る。 そ の狙 い は   「メ デ ィ ア の媒 体 性 と媒 介 性 」 を 浮 き彫 りに す る た め の 視 点 を 明 確 に す る こ とで あ るが 、 そ こ で特 に   注 目され る の は 、Benjamin(1916=訳1995)の 議 論 か ら引 き出 され た<in/durch>の 対 照 で あ る 。   「意 味 な る もの が 媒 体 の な か(in)に お い て可 能 とな る とい う見 解 」(北 田、2000b、 p.87)が 強 調 され   るの は 、 メ デ ィア 論 にお い て も支 配 的 な 「メ デ ィア を 通 し て(durch)情 報 が伝 達 され る」 とい う通

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   俗 的 な見 解 を 批 判 的 に乗 り越 え る ため で あ る 。 この 批 判 的 な 視 座 は 、Luhmannの コ ミュニ ケ ー シ ョ     ン概 念 に も通 底 す る重 要 な 論 点 とな る。

5)ラ カ ン(Lacan,  Jacques)が 捉 え た 「現 実 的 な もの 」 は 、 明瞭 に カ ン ト(Kant,  Immanue1)の 「物     自体 」 の 概 念 と符 合 す る。 関 連 す る議 論 と して 柄 谷(2004)、pp.15-16参 照 。 6)亘(2004)の 見解 は 、 唯 一 「自明 の 前提 」 と見 な し う るの は 「内部 体 系 は それ 自体 と して は無 根拠 で    あ る」 とい うこ とだ けで あ る と、反 転 させ て 読 み 換 え る こ ともで き る。 社 会科 学 に お い て 問 題 とな る    の は 、 パ ラ ドク シ カル な状 況 と して立 ち 現 れ る 無 根 拠性 を 単 に 指 摘 す る こ とで は な くて 、 そ の 無 根 拠    性 を 与 件 として 、 形 式 化 しよ う とす る 内部 体 系 を どの よ うに記 述 す る こ とが で き る か、 で あ る 。 マ ー    ケ テ ィン グ研 究 にお いて 、 最 初 に この 問題 に 立 ち 入 っ た検 討 を 加 え る き っ か け を もた ら した の は 石 井     (1993)で あ る。 7)石 井(2003)で は、 この 問題 が 「市 場 戦 略 の 意 思 決 定 に お け る準 拠 点 にか か る 問題 」 と して 扱 わ れ て    い る。 そ の 主 要 な論 点 は、 第1に 、 意 思 決 定 に お け る準 拠 点 に 対 す る根 拠 づ け の試 み は 、 ど うあ って     も十 全 に は為 しえ な い とい う こ と、 第2に 、確 か な 意 思 決 定 の 準拠 点 を 求 め え な い 中 で 、 「意 図 せ ざ     る結 果 」 を予 期 しつ つ 何 事 か を意 思決 定 して 行 為 す る とい うこ との 意 味 を 問 い 直 し、 そ の対 処 戦 略 の    可 能 性 を 探 究 す べ き こ と、 で あ る。 こ う した 問 題 の 捉 え方 は 、 ル ーマ ン理 論 に お け る 問題 構 成 と も よ     く符 合す る。 8)そ の 批 判 的 な 論 点 の1つ が 、 社 会 シス テ ム の 自己 言 及 的 な オ ペ レ ー シ ョン を 記 述 す る に 際 して 、    Maturana&Varela(1980=訳1991)の 「オ ー トポ イ エ ー シス 」 の概 念 が 援 用 され て い る とい う点 で    あ る。 当 のVarelaも 「オ ー トポ イ エ ー シス 」 の概 念 を 社 会 シ ス テ ム 理 論 へ と応 用 す る こ とに 対 して    懐 疑 的 で あ っ た とさ れ る。 こ の あ た りの 議 論 に つ い て 信 頼 で き る 文 献 と し て は 、 た と え ば 河 本     (2000)参 照 。 ま た 、 ル ー マ ン理 論 も射 程 に 入 れ た シ ス テ ム論 の 問 題 構 成 や進 ん だ 議 論 を参 照 す る に    は 、 「シ ス テ ム  生 命論 の 未 来 」 と題 して 特 集 が 組 まれ て い るr現 代 思 想 』、2001年2.月 臨 剛 増 刊 写     (vol.29-3)参 照 。 9)亘(2004)、p.131参 照 。 付 言 す れ ば 、 確 か な 根 拠 づ け は小 可 能 で あ る とい う指 摘 は 自然 科 学 に つ い て     も妥 当 す る。 自然 の 法 則 につ い て、 そ の 再 現 性 は い さ さか も疑 い よ うが な い とい うわれ われ の 認識 は 、    「これ ま で は経 験 的 に 裏 切 られ た こ とが な い」 とい う事 実 に基 づ く疑 い よ うの な さ で あ る。 だ が、 そ    れ に よ って 自然 の 法 則 が 「自然 と呼 ば れ る外 部 」 か ら根 拠 づ け られ た こ とに は な らな い。 自然 の 法 則    は 、 自然 科 学 の 記 述 論 理 に よ って描 写 され た 自然 の 記 述 で あ って 、 自然 それ 自体 の振 る舞 い な どで は    け っ して な い 。 白然 は それ 白体 に お い て 自己 組織 的 に 振 る舞 うの で あ って 、 これ を 自然 の 法 則 に 従 っ    て 自然 な る もの が 振 る舞 って い るか の よ うに 言 う こ とは 、 論 理 の 転 倒 が もた らす錯 誤 で あ る。 10)Luhmann(1990=訳1996)で は 、 「自己 言 及 性 」 の 概 念 が 、 社 会 科 学 の 問 題 を 捉 え る1つ の 重 要 な 論    点 として 詳 細 に 検 討 され て い る。 11)Luhmannも 、 この よ うな2主 体 問(正 確 に は 主 体 以 前 の 関 与 者)の 相 互f乍用 状 況 に お け る 自己 言 及 の    パ ラ ド ックス につ い て 、 詳 細 な検 討 を加 え て い る。 そ こで 捕 捉 され た問 題 が、 い わ ゆ る パ ラ ドク シカ    ル な 「ダブ ル ・コ ン テ ィン ジ ェ ン シ ー 」(Doppelte  Kontingenz)の 問題 で あ る。 詳 し くはLuhmann

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    (1984=訳1993)、pp.158-213参 照 。 12)コ ミ ュニ ケ ー シ ョン(2主 体 問 の 相 互 作 用)を 支 え る コ ン テ ク ス トに 注 目す る研 究 は 少 な くな い が 、    そ の 根 拠 づ け を問 題 とす る態 度 は そ れ ほ ど一 般 的 で は な い 。 た とえ ば、 難 波(1993・2000)の 状 況 的    パ ー スペ ク テ ィ ブの 広 告 論 に お い て は 、 「フ レー ム ・ア ナ リシ ス 」(Goffman、1986[1974])の 分 析    視 角 を応 用 した2主 体 問 の 「状 況 の 定 義 づ け」 が 記 述 上 の カ ギ とな って い るが 、 そ こで は 、 「状 況 の    定 義 」 に か か る根 拠 づ け の 問題 は 明示 的 に は 扱 わ れ て い な い 。 また 、 コ ン テ ク ス トが生 成 す る 契 機 を    受 け 手 の 「メ タ ・メ ッセ ー ジ」 の識 別 に 求 め るBatesonの コ ミュ ニ ケ ー シ ョン理 論 に お い て も、 そ の    問 題 が 明示 的 に 論 じ られ て い な い とい う点 で は 同様 であ る。 但 しBatesonに お い ては 、 プ ラ イマ リー ・    メ ッセ ー ジ とメ タ ・メ ッセ ー ジ が互 い に齪 賠 を きた す 病 理 的 な コ ミュニ ケ ー シ ョン状 況(ダ ブ ル ・バ    イ ン ド状 況)に お い て、 両 者 の 循環 的 ・自己 言 及 的 な 関係 が 示 唆 され て い る こ とに は一 応 の注 意 を 払 っ    て お きた い 。Bateson(1956=訳2000)参 照 。 13)た とえば 、 栗 木(2003)で は、 主 体 の 内 的 な 情報 処 埋 の メ カニ ズ ム にお い て、 互 い が互 い の 前 提 とな     る とい う循 環 的 一 自 己 言 及 的 な 関 係 が 基 本 的 な ア イ デ ィ ア と し て 採 用 され て い る。 但 し、 栗 木     (2003)に お い て 注 目 され て い る の は 、 単 に互 い が 互 い の 前 提 とな る とい う機 制 で は な くて 、 そ の 機    制 に お い て 内 的 な 妥 当 性 が 仮 構 され る機 制 で あ る 。 14)こ の 問 題 を 回避 す る た め に は 、 問主 観性 が 生 成 され る過 程 が 記 述 され ね ば な らな い。 誤 解 の な い よ う    に 申 し添 えれ ば 、 こ こで 問題 と され て い る の は 、 そ の 生 成 の 過 程 が 理 論 化 の過 程 に組 み込 ま れ て い な    い とい うこ とで あ って 、 「間 主観 性 の 成 立 は不 可 能 で あ る」 とか 「問 主 観 性 の概 念 は 無 効 で あ る」 と    い うよ うな こ とを 述 べ て い るの で は な い 。 15)情 報 処 理 パ ラ ダ イ ム の理 論 構 成 に基 づ く主流 派 の 広 告 研 究 が これ に該 当 す る。 この理 論 構 成 の 限 界 に     目配 りが 利 い た 広 告 論 と して 仁 科 編 著(2001)参 照 。 16)構 築 主 義 的 な 理 論 構 成 に 基 づ く代 表 的 な 広 告 論 と して 難 波(2000)参 照 。 17)テ クス ト論 的 な 理 論 構 成 に基 づ く代 表 的 な広 告 論 と してBarthes(1963=訳1988、1964=訳1984)参    照 。 18)主 著 は 「社 会 的 世 界 の 意 味 構 成 』(SchUtz、1932)で あ る。 r現 象学 的 社 会 学 」 とい う呼 び 名 は 、1967    年 に 出 版 され た 同 著 の 英 訳 版("丁 肋P肋 π0多〃例010創(ゾ'加SO6∫ α1防714")に 拠 って い る。 19)主 著 は 後 期 の 大 著rヨ ー ロ ッパ 諸 学 の 危 機 と超 越 論 的 現 象 学 』(Husserl、1954=訳1974)で あ る 。 そ     こでHusser1が 批 判 の 矛 先 を 向 け た の は 、 自然 主 義 的態 度(形 式 的 な 法 則 性 を 自然 自体 に適 用 して 、     白然 の 内 部 に普 遍 的 な 囚果 律 が貫 徹 して い る か の よ うに 考 え る身 構 え)で あ り、 も っぱ らそ う した 態    度 に よ って 捉 え られ 記 述 され る世 界 像 に お い て 、 「現 実 を とら え るた めの 単 な る尺 度 で あ った もの が 、    現 実 そ の もの とみ な され る よ うに な った 」(小 川 、1999、p.169)こ と に対 して で あ る。 問 題 は 、    Husser1の 言 う 「現 実 そ の もの 」 とは 何 で あ るか だ が 、 これ が 「す べ て に 先 立 ち す べ て の 前 提 とな っ    て い る」(小 川 、1999、p.170)と され る生 活 世 界 で あ る。 そ うす る と、 現 象 学 的 還 元 の 対 象 と して 括    弧 入 れ され るの は 自然 主 義 的 態 度 とい う理 念 の 衣 だ とい うこ とにな り、 現 象学 の課 題 は 、 そ う した 理    念 の 背 後 にあ って そ れ らを可 能 に して い る 現 実 的 な 生 活 世 界 を 回 復 させ る こ とだ とい う こ とに な る。

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光を完全に吸収する理論上の黒が 明度0,光を完全に反射する理論上の 白を 10

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