生産的な合意形成に至るための思考手順に関する一考察
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―「現実の明瞭化」・「理想の明確化」・「方法の明快化」の三点思考―
佐々木 英和
*宇都宮大学地域連携教育研究センター
*Hidekazu SASAKI*: How to Lead to Productive Consensus Building : Making the Actuality Clearly, Making the Ideal Definitely and Making the Method Lucidly
Keywords: Reality, Set of Goals, Problem-Solving, Task Accomplishment, Strategy, Tactics * C e n t e r f o r E d u c a t i o n a n d R e s e a r c h o f C o m m u n i t y C o l l a b o r a t i o n , U t s u n o m i y a University (連絡先:[email protected]) 概要 話しあいをする上で合意形成が必要な場面は多々あるが、各々の参加者が議論する際の思考手順を共 有しておけば、その合意形成は生産的なレベルに近づいていく。その際、何らかの主題に対する現実水準の 議論と理想水準の議論とを分けるとともに、両者をつなぐものとして方法水準の議論を展開し、各水準を有 機的に結合することが望ましい。この際、各水準を個別に「明らかにする」という姿勢が必要だが、「経過 確認−現状描写−将来予測」を意識しながら「現実の明瞭化」を展開し、「理念−目的−目標」の各水準を 連動させて「理想の明確化」を進め、「方法の明快化」として戦略的総論と戦術的各論とを統合するとよい。 キーワード:現実、目標設定、問題解決、課題達成、戦略、戦術 はじめに 会議や話しあいの実際的場面では、集団・団体・ 組織レベルで何かについて共通認識を図り、最終的 には重要な決断をしなければならないことがある。 それは、話しあいにおいて「合意形成」を求めるこ とである。だが、十分に有益な議論がなされないま ま、形の上だけで「合意」が成立したとしても、そ れは「形骸化した合意形成」の域を出ない。 ここで、「生産的な合意形成」を実現するには、そ の土台に「生産的な話しあい」が成り立たなければ ならない。筆者は、その状況を確実に保証するには、 話しあいの参加者が、何らかの形で納得しながら共 有できる論理的思考法を身につけていることが有効 だと考え、こうした思考手順を共有化しながら、会 議を生産的に進めていくための方法論を考案した1)。 そこで得られた単純な結論は、「現実−理想−方法」 の三水準に分け、これらを循環させて思考すること である。本稿は、「現実把握−理想描写−方法選択」 の三層構造を踏まえ、個々の局面の基本的発想を掘 り下げるものである。 1.「現実把握」の基礎的手順 生活実践において議論をする上で、もっとも基盤 となるのは「現実」であり、それとどう向き合うか がポイントになる。ここで、「現実理解」ではなく「現 実把握」という言い方をするのは、 把握 という 日本語が しっかりと理解すること を意味し、単 なる理解にとどまらない徹底ぶりを含蓄しているか らである2)。筆者としては、「現実把握」を実際的 に進めていく方向性について、「現実の明瞭化」と いう言い方を与えたい。 明瞭 とは、 あきらかで あること。はっきりしていること。明白 を意味す る3)。「明瞭」の 瞭 という漢字が、 かがり火が あかるい という意味あいが元になり 火があかる い を意味することを踏まえておきたい4)。あたか も霧や霞がかかっているかのような曖昧模糊とした 「現実」をはっきりさせることが求められる。 だが、この定義自体が「不明瞭」で、かえって意 味がわからなくなるかもしれない。そこで、筆者な りに、その思考の基本ラインを手順化すれば、第一 に「現実描写」、第二に「条件解明」、第三に「主題 抽出」である。この三つの局面の各々の基本事項に ついて、そのポイントを絞って説明したい。 宇都宮大学教育学部教育実践紀要 第1号 2015年8月1日
(1)「現実の描写」の基本手順 第一局面は、「現実の描写」である。 描写 とは、 言語、文章、絵画、音楽などによって、物の形や 状態・現象、あるいは感情などを客観的に表現する こと を意味する5)。ここで、「客観的」が可能かど うかは別としても、「描き出す」という営みは、「明 瞭化」の第一歩であり、話しあう参加者どうしで情 報を共有化するために不可欠な基礎である。 これには、「過去−現在−未来」という流れを意 識しておくと、論理的な漏れが出にくい。まず、「現 状描写」として、対象や、それをめぐる状況や周辺 環境などの「現在の到達点」を描き出す。次に、「経 過確認」として、そこに至るまでの経緯を、 れる 限り可能な過去から描き出す。最後に、「将来予測」 として、過去から現在までの流れの延長上で未来像 を描き出す。ここでのポイントは、一方では希望的 観測を入れずに、他方では不確定要素をある程度ま で想定しながら、因果論的思考に基づいて未来描写 を心がけることである。このようにして「経過確認 −現状描写−将来予測」を行うことになる。 (2)「条件の解明」の必要性 現実の捉え方は、表面的な次元を描き出せば十分 というわけではない。第二局面として、当該の現実 がどのような条件に規定されているかを解明しなけ ればならない。 ときあかすこと を意味する 解明 とは、 わからない物事を細かく調べて、はっきり させること である6)。たいていは複雑に絡み合っ ている原因を追究して諸条件を分析し、相関関係や 因果関係および構造やメカニズムなどが明るみに出 るよう努めたい。そうすれば、現状描写がより的確 になり将来予測の確度が高まると期待できる。 (3)「問題解決」と「課題達成」への橋渡し 第三局面は、「主題抽出」である。ここで、「問題 の抽出」ではなく「主題の抽出」という言い方をし たのには意図がある。というのは、 主題 とは あ る事柄で中心となる問題 7)を意味する言葉だが、 これを「問題」と「課題」との双方を統合する位置 に置きたいからである。言い換えれば、「問題」と「課 題」とを、互いに性質の異なるものとして扱うこと に実践的意義が見出せるからである。 まず、 問題 という日本語には様々な定義があ るが、 解決しなければならない事柄 とか 面倒 な事柄 および 厄介な事件 という意味がある8)。 また、 解決 には 問題やもつれた事件などを、う まく処理すること とか 事件が片づくこと とい うような意味がある9)。よって、「問題解決」とい う日本語表現は熟していると言えるが、それは基本 的に、マイナス状況をプラス状況に転じるという ニュアンスを大前提とした言い方である。 これに対して、本稿では、「課題」とは「解決さ れるもの」ではなく「達成されるもの」とみなすこ とを基本とする。つまり、筆者は、「課題達成0 0」と 表記するのが本筋に当たり、「課題解決0 0」という表 現は適切とは言いがたいという立場に立つ。という のは、 課題 とは、 特定の題や問題を与えること が元々の意味であり、転じて 与えられた任務 を 意味するからである10)。むろん、「課題」が 特定 の題 や 問題 を意味することもあり11)、「課題解決」 という言い方も熟した表現として一般化している。 だが、「課題」という日本語をマイナスの事柄に限 定できないから、そこには日本語の「問題」とは異 なる意味合いが存在することを強調したい。 さらに、抽出する対象が何であれ、「問題」が「発 生するもの」であり、「課題」は「設定するもの」 だという対比が可能である12)。「問題」は、現実性 に縛られた過去的概念であり、主体は受動的になり がちなのに対して、「課題」は、蓋然性を含みうる 未来的概念であり、主体が能動的に選択する余地が 十分に残されている。現実に孕まれている契機とし て「問題性」と「可能性」との双方を見すえること が必要だというわけである。そこから、次に向かう 方向性が「問題発生0 0に対する対策0 0」なのか、それと も「設定課題0 0のための方策0 0」なのかが分かれる13)。 このような「主題抽出」は、「現実−理想−方法」 のトライアングルの中で発展的に議論を展開しよう とするからこそ必要不可欠となる手順である。 2.「理想の明確化」としての「目標設定」 理想を描き出そうと努めても、漠然としたキー ワードが思い浮かぶ程度にすぎず「明らかでない」 ことが多い。そこで、「理想の明確化」が必要となる。 ここで、 明確 たることとは、 はっきりしてい ること であり、 明らかで確実なこと を意味す る14)。「明確化」とは、曖昧なままのことを具体的 に確定していくというような意味合いを持つ。形の はっきりしていないものの輪郭をくっきりさせて、 その様子を絞り込んでいく方向がめざされる。 実際的な思考手順という文脈では、「描写された
理想」は、具体的水準では「目標」として設定し直 されることになる。 設定 について ある目的に沿っ て、新たに物事をもうけ定めること 15)と理解し た上で、「目標設定」の必要性が浮かび上がる。 (1)「明確化すべき理想」の階層性 あらかじめ結論を述べると、明確化すべき対象た る「理想」という言葉の意味の深みや広がりについ て具体化することが必要不可欠である。それは、「理 念−目的−目標」という段階論で示せる。哲学用語 として意義深い 理念 という言葉は、俗化して 事 業・計画などの根底にある根本的な考え方 という 意味を持つようになった16)。また、目的 とは、成 し遂げようとめざす事柄 であり、 行為の目指す ところ である17)。 目標 とは、 目的を達成する ために設けた、めあて である18)。 (2)「設定される目標」の段階論 高く掲げることができる場合もあれば、最低ライ ンを凌ぐので精一杯の場合もあるというように、「設 定される目標」は両極的なものとして想定される。 最初に、目的を達成しようとする場面の段階論を 展開しよう。ここでは、「努力目標」・「到達目標」・「達 成基準」の三類型に分類して把握できる。 まず、「目標」の代表格は「到達目標」だと思わ れる。 到達 とは、 行きつくこと とか とどく こと および 到着 を意味する19)。たとえギリギ リでも合格最低点に届いてさえいれば目標大学に合 格できるというケースが、それに該当する。 これに対して、そこに終わらない厳しい目標設定 として「達成目標」がある。 達成 とは 成しと げること 20)であり、たどり着くだけでは十分で はない。目標に到達していることは必要条件にすぎ ず、それを超えてはじめて十分である。 一般に勤 務や労働の最低基準量 を意味する ノルマ とほ ぼ同義である21)。これについては、 基準 という 言い方が ものごとの基礎となる標準 22)を意味す るので、越えるべき下のラインが強調できそうな表 現だと判断し、本稿では、「達成目標」ではなく「達 成基準」という表記を基本的に用いたい。 これらに対して、「努力目標」とは、そこに到達 する可能性が低いことをあらかじめ見すえて、結果 に対する責任を免除したものである。だが、努力目 標とは、「到達できなくても責任がない」という形 で言い訳できる目標を意味するわけではない。努力 目標とは、喩えて言えば、高すぎて届かないけれど も、確実な方向性を示してくれる「北極星」のよう なものであり、それを常に見すえて実践が進められ ているかどうかが厳しく問われる目標である。 次に、「解決すべき問題」が存在する際の目標設 定の目安を考察する。問題解決目標を、問題の深刻 度に応じて「完全解決−改善継続−現状維持−悪化 緩和−最悪阻止」の5段階で類型化してみたい。 第一に、もっとも理想的なのは「完全解決」であ り、問題を解決しきってしまうというように、「ベ スト best 」な状態をめざすものである。ただし、 究極の理想にこだわりすぎれば、問題を見誤って、 かえって問題を悪化させてしまう場合もあることに 注意を払うべきであろう。第二に、「改善継続」で あり、常に「ベター better 」の状態をめざし続け るものがある。理想にこだわりすぎず、だからといっ て現実に流されないという心持ちで、問題を少しで も良い方向に向かわせるという実践的姿勢である。 第三に、「現状維持」で精一杯の場合、それを目標 に設定してもよい。 not worse を旗印にして「こ れ以上悪くならないようにする」という守りの構え で、向上させることが難しくとも、現況を維持する よう努める。第四に、「悪化緩和」という方針であ る。問題をよくすることができないどころか、悪化 を避けられない場面があるようなときに、あきらめ てしまわず、問題の悪化を少しでも遅らせて時間稼 ぎするという方針である。第五に、「最悪阻止」と して「ワースト worst 」を避ける方針である。た とえ絶望的な状況においても、解決を断念してしま えば完全破綻しそうならば、せめて問題を最悪には 至らせないという心構えで望まざるをえない。 (3)「基本方針」と「具体的指針」 問題解決や課題達成を進めていく上では、どこに 向かっていくかの「方向性」がポイントになる。こ こで、用語法として、「方針」と「指針」とを区別 したい。 方針 とは、 進んでいく方向 や 目ざ す方向 のことであり、方向性にとどまらず 進む べき路 として、その意味に広がりがある23)。これ に対して、 指針 とは、 物事を進める方針 のこ とであり、てびき という意味もある24)。よって、「指 針」のほうが「方針」より具体的な概念であると扱 えるとともに、「方針」のほうが諸々の「指針」を 包括する上位概念として扱える。 そこで、「基本方針」と「具体的指針」という言 い方を持ち出したい。どの方向に向かえば望ましい
かに関して、大まかには「基本方針」が示され、細 かいところでは「具体的指針」が示されるとみなす わけである。この「方向論」は、まさに「方法」を どこに向かわせるかの指標づくりに直結する。 3.「選択された方法」の「方略化」の基礎手順 筆者の考察によれば、「方法」とは、「現実」と「理想」 との原理的媒介になりうる。また、「方法」という 概念自体が、「現実」と「理想」を内包させている 概念でもある。いずれにせよ、議論の実際において は、「把握された現実」と「設定された目標」との 双方を見すえながら、両者の間をつなげる「経路」 に相当するものが「方法」である。この「方法」と は、場合によっては、現実を理想へとつなげる階段 や梯子に喩えることも可能であろう。この際、いか に適切な「方法」を選択できるかが最大ポイントな ので、「方法選択」のあり方がまさに伴になる。 ここで「選択された方法」に対する考察として、 理想水準から現実水準へと下る、もしくは現実水準 から理想水準へと上る「筋道」を明らかにすべきで ある。筆者は、これを「方法の明快化」と名づけて おきたい。というのは、 明快 たることとは、 筋 道が明らかですっきりしていること を意味するか らである25)。 明快 には、心理的文脈で 明るく て気持ちのよいこと という意味もあるが、 思想・ 議論など の文脈において はっきりしていること を意味することが強調できるであろう26)。 (1)「諸々の方法の体系」としての「方略」 辞書的に言って、 方法 とは、 しかた とか て だて という意味があり、目的を達するための手段 である27)。そして、筆者の議論の文脈では、「方法」 とは、現実を理想へと実現させるという目的を果た すための手段ということになる。 ここで、方略 という日本語に、はかりごと や 計 略 以外にも、 計画 という意味があることに注目 しておきたい28)。このことに示唆を得て、本稿では、 この「方略」という言葉について「諸々の方法の諸 体系」という意味合いで用いていく。 さて、諸々の方法が体系化・組織化されたものと して、一般用語として「戦略」や「戦術」という言 い方が用いられる。また、カタカナ表記の「ストラ テジー」とか「タクティクス」という言葉も、日本 語として相当に定着している。ここで、あらかじめ 結論を述べれば、「方略的思考」としての生産性を 高めるためには、「理想追求的に固定すべき戦略的 思考」と「現実対応的に柔軟化しやすい戦術的思考」 とを効果的に組み合わせることが有益である。 (2)方略の階層化としての「戦略」と「戦術」 英単語の語源を調べれば、 戦略 に相当する strategy には、 軍学 と訳されるように、「軍隊 を導く将軍」という意味合いが大本にある29)。他方 で、戦術 を意味する tactics は、兵法 や 策略 と訳される場合があるが、語源的には「技術」とい う意味あいが大本にある30)。とはいえ、両者にはと もに「方略」としての共通点がある。 まず、両者とも、元々は戦争の実戦から発した用語 であり、 計略 すなわち はかりごと。計画。工夫 31) の一種である点で共通している。 戦略 は、 いく さのはかりごと と定義され32)、戦術 の定義も 作 戦および戦闘を最も効果的に遂行するための術策 とか 戦法 が示されている33)。また、両者には「計 画」という意味あいが含まれている点で共通してい る。 strategy に対しては、(目的を遂げるための) 細心の計画 という訳語が示されている34)。他方で、 tactics の単数形の tactic にも、(目的達成の) 計画 という意味合いがある35)。よって、両者と も、明らかに目的志向的な概念である。実際、戦術 には、 ある目的を達成するために取る手段、方法 という定義が示されている36)。いずれにせよ、戦略 も戦術も、広義の「方法」を示す概念なのである。 だが、「戦略」と「戦術」とを安易に混同しては ならない。実際、和英辞典には、 Strategy diff ers from tactics. という例文が出ており、 戦略は戦術 と違う と訳されている37)。戦略と戦術とは決して 同じではなく、区別されるべきものである。 戦術については、「戦略」の下位の概念 である ことが明示されている38)。ひるがえって、戦略につ いては、 戦術より上位の概念 であることが明示 されている39)。本来的には、同じ地平で比較できな いという意味で、両者は異なるのである。つまり、 方略を階層化して把握した場合、戦略が戦術の上位 概念に位置するというわけである。 (3)全体志向で大局を見すえる「戦略」 では、どのような意味で戦略が戦術の上位に位置 する概念だと言えるのか。戦略とは、 戦いに勝つ ための大局的な方法や策略 とか、 ある目的を達 成するために大局的に事を運ぶ方策 というように 定義されていて、「大局的」がキーワードである40)。
また、戦略について、 特に、政治闘争、企業競争 などの長期的な策略 41)と定義されているように、 時間的な意味でも大局観を持つことが求められる。 戦略とは、個々の戦術を包括して、それらを体系化・ 組織化した総合的な方法である。逆に言えば、戦術 は、戦略を具体的に実現する手段であり、上位の方 法を実現するための「方法のための方法」である。 それでは、英和辞典を活用して、さらなる比較を 進めてみよう。 tactics には、 単数扱い の軍事 用語として (戦闘における)戦術、用兵術、兵学 という訳語が示されていて、 複数扱い のときに は 策略、術策、駆け引き(artful devices) が示 されている42)。これに対して、 strategy は、軍事 用語として 戦略、兵法 という日本語訳が示され ている以外に 策略、計略、作戦 という訳語が示 されているけれども、最初に 国家戦略 が示され、 用兵学、兵学(strategies) が続いている43)。 ここで、比較の際に注目しておきたいポイントを 強調すれば、 tactics にも strategy にも「兵学」 という日本語訳が当てられているが、両者の意味合 いが相当に異なる点が挙げられる。 tactics とし ての「兵学」は、 実戦において、敵前で部隊を配 置したり動かしたりする方策 44)であり、具体的 で実際的な性格が強い。これに対して、 strategy としての「兵法」には、 大規模な軍事作戦を立案・ 指揮し、自国の軍隊をもっとも有利な形勢にもって いく方策 という説明が当てられていて、 tactics よりも大局的なもの である45)。また、 strategy としての「兵学」は strategies と複数形で示され、 国の安全保障と戦勝のための大規模な総合的立案 に関する学問 と説明されている46)。よって、「兵学」 と一口に言っても、「学問としての戦略」と「実戦 方策としての戦術」との二重の意味合いを含む。 そもそも、 tactics は tactic の複数形であるが、 単数形としての tactic が 戦術の一部[細目]47) と定義されて「戦術そのもの」を意味する場合があ るので、 tactic が 用兵、戦法、作戦、策略 を意 味する場合には、「諸戦術」ではなく「個別戦術」の ことである。その単語が複数扱いか単数扱いかで意 味合いが変わることを踏まえれば、「個別戦術とし てのtactic」を集合化した「戦術の集合体としての tactics」が存在し、それらを上位から統括したもの が「その分野における戦略としてのstrategy」であり、 時に「諸分野の総合戦略としてのstrategies」として 複数化することもあるとみなせるわけである。 ここで、 戦闘 を意味する battle が、「個人に よる戦い」というよりも、 特定地域の大規模で長 期的な 戦いを意味する場合が多いことに注目して おく48)。大人数で戦いを続けるのには、個々人がて んで勝手に戦っているのでは勝利しにくいので、大 軍勢を統括するための方略が必要とされる。このと き、戦術とは、大勢で行われる「戦闘 battle 」に ついて、各々に共通する目標に基づいて体系化・組 織化した方法論だとみなせる。こう考えれば、「戦 略−戦術−戦闘」という階層を想定でき、順に下位 に降りるに従って、中味が具体的かつ実際的な性質 を帯びる。逆に、諸々の戦闘を方略化したものが戦 術であり、諸々の戦術を方略化したものが戦略であ り、上位になるにつれて抽象度が増す。 ところで、 strategy や tactics という英単語 を引く際に、参照するよう示される単語として、 兵 站学 を意味する logistics にも注目せざるをえ ない49)。兵站学とは 平時・戦時を通じて、軍事力 を建設・増強・維持するために必要な人員・資材・ 施設の準備と提供に関する軍事学の一部門 と定義 されているが、logistics には、兵站(業務) といっ た軍事的なレベルに限らず、 後方(業務)、後方補 給 という意味がある50)。 いずれにせよ、戦略とは、その部分として、諸々 の戦術だけでなく兵站学も含んだ総合的な概念だと 理解すべきである。それは、 strategy の語源に、 名詞の general が関わっていることにも象徴的で ある51)。 general は、名詞としては 将官 を意
味するが、 a good [great] general とすれば、 名 将 のみならず 大戦略家 と訳される52)。形容詞 general に 全体に通じる という意味があるよう に、「戦略」を意味する英単語は「全体」を見すえた 概念であることが大前提だということである53)。なお、 「戦略」という日本語訳が当てられる英単語として、 strategy 以外には stratagem の存在が指摘でき るが、この語源にも general が関わっている54)。 (4)「戦略的たること」と「戦術的たること」 これまで、戦略のほうが戦術より上位概念であり、 全体や大局を見すえようとしていることが確認でき た。だが、この考察は、戦略と戦術との比較で言え ば、程度問題における差を示したにすぎない。ここ で満足していれば、ある方略が戦略か戦術かどうか は、そのときどきで何を基準としているかによって
変わるというような無責任な言い方がまかり通って しまう。両者に根本的な性質の違いはあるのか。 英和辞典には、 Strategy wins wars; tactics wins battles. という例文が示され、 戦略は戦争の勝利 をもたらし、作戦は戦闘の勝利をもたらす と訳さ れている55)。ここでは、 tactics に対して、「戦術」 ではなく「作戦」という訳語が当てられていること に注意しながらも、以下のことを強調しておきたい。 すなわち、「戦略 strategy 」がもたらす勝利がそ の上位概念である「戦争 wars 」であるのに対し て、「戦術 tactics 」がもたらす勝利がその上位概 念である「戦略 strategy 」に向かず、実際的な現 場である「戦闘 battles 」に向いていることである。 これは、戦略が大目標に向いたものであるのに対し て、戦術が現実的な諸々の具体的な局面に向いた概 念であることを象徴した一文である。 形容詞 strategic には、 戦略の、戦略上の、戦 略的な という意味が基本にあるが、戦略上重要な という意味もあれば、 謀略の、計略の という意 味もある56)。また、この英単語が、軍事用語として 戦略的な と言われるときには、 敵軍の基地・産 業中心地・交通機関などの破壊を目的とする とい うニュアンスが含まれる57)。これらから、「戦略的 たること」には、「目的のためには手段を選ばない」 というような冷酷なニュアンスも含めて、徹底的な 目的達成志向が嗅ぎ取れる。求める成果の実現のた めに最も効果的な方法を追求する。 これに対して、「戦術的たること」は、理想実現 を至上命題とするよりも、その時々の個別状況と 向きあって対応し、その都度ごとに求められる目標 を達成することがポイントになる。実際、 戦術の、 戦術上の、戦術的な を意味する形容詞 tactical には、 駆け引きの上手な というような意味がある ように、相手に応じた柔軟性が示唆されている58)。 それどころか、 tactical には 便宜的な、一時し のぎの 59)という意味さえある。よって、「戦術的 たること」は、場当たり主義と紙一重であり「その 場しのぎの勝利」をめざすことさえもある。 ここで、 tact という英単語に注目する60)。この tact という名詞には、(人をそらさない)気転 や 如 才のなさ および 臨機応変の才、手際、こつ と いう意味があるし61)、形容詞 tactful には、 如才 のない、気転のきく とか、 臨機応変の才のある、 手際のよい という意味がある62)。よって、その場 その場の状況に応じて対応するという現実的柔軟性 こそが、戦術的に思考する際の特徴である。ここで は、理想に縛られることよりも、その時々の現実を 基盤とした思考や行動が優先される。 結果的に、戦略が相対的に固定化しがちであるの に対して、戦術は個別の状況に応じて柔軟化しやす い。ただし、その柔軟性は、戦術そのものが変化す るというより、そのときどきの状況に応じて、諸々 の戦術が選択・選定されるというイメージになる。 このことは、「戦略 strategy 」が単数形で示され ることが多いのに対して、個別具体的な tactic の寄せ集めでもある「戦術 tactics 」として表記 されている点にも象徴的である。したがって、「方 略的思考」は、「理想追求的な戦略的総論 0 0 」と「現 実対応的な戦術的各論0 0」との対比を内包している。 当然、「戦略家」と「戦術家」とは似て非なるも のであり、発想がその根本において異なる。 戦略 家 たる strategist 63)とは、何らかの理念や目 的を掲げて、そのもとに諸々の実践を統合していこ うとする人である。これに対して、 戦術家 たる tactician 64)は、多くの戦術の使用選択肢を有す る人である。戦術家は、一つの戦術を機会ごとに変 化させるというよりも、いくつもの戦術を心得てい て、複数の方法を柔軟に交換しつつ使い分ける。方 法を「変える」のではなく「換える」のである。 まとめにかえて 本稿は、話しあい実践において「現実の明瞭化」 と「理想の明確化」と「方法の明快化」を、それぞ れに進めることが有意義だと訴える立場にある。さ らに、「現実把握−理想描写−方法選択」のトライ アングルによる循環それ自体を「明解化」すること も有益だと考える。 明白にわかること を意味す る 明解 たることの本質が はっきりと解釈する こと 65)であることを踏まえれば、本稿は、諸々 の話しあい実践を明解化する文脈で読まれるべき 「メタ議論」を展開したものだと位置づくだろう。 −注・引用文献− 1)本稿は、以下の拙稿の続編に相当する。佐々木 英和「論理的思考過程の共有化手順に関する前 提的考察−現実主義と理想主義とを架橋する論 じ方の基盤−」、宇都宮大学教育学部附属教育 実践総合センター編『宇都宮大学教育学部 教
育実践総合センター紀要』第37号、2014年所収、 279 ∼ 286頁。佐々木英和「会議ファシリテー ションの進行手順に関する基盤的考察−『現実』 と『理想』とを架橋する『方法』の理論的意味 −」、同上所収、287 ∼ 294頁。 2)新村出編著『広辞苑[第六版]』、岩波書店、2008 年[第一版第一刷1955年]、2210頁。 把握 は、元々 は にぎりしめること とか 手中におさめる こと を意味する(同上)。 3)同上、2757頁。 4)鎌田正・米山寅太郎『[新版] 漢語林 <2色刷>』、 大修館書店、1994年、516頁。 5)小学館国語辞典編集部『精選版 日本国語大辞 典 第三巻』(は∼ん)、小学館、2006年、324頁。 6)小学館国語辞典編集部『精選版 日本国語大辞 典 第一巻』(あ∼こ)、小学館、2006年、960頁。 7)小学館国語辞典編集部『精選版 日本国語大辞 典 第二巻』(さ∼の)、小学館、2006年、522頁。 8)小学館、前掲辞典(第三巻)、1015 ∼ 1016頁。 問 題 という日本語の定義として、他には 答え を求めるための問い。回答や教えを要求する問 い。質問 や、 批判や論争、または研究対象と なる事柄 や、 心にとめて考えるべき事柄。注 目すべき点 および 話の主題。世間で注目を 集めている事柄。話題 がある(同上)。 9)新村編、前掲辞書、457頁。 10)小学館、前掲辞典(第一巻)、1090頁。 11)同上。 12) この対比は、 問題には2種類ある という前提 で、 発生型 と 設定型 とを分ける考え方か ら示唆された(高田貴久・岩澤智之『問題解決 −あらゆる課題を突破するビジネスパーソン必 須の仕事術』、英治出版、2014年、186 ∼ 191頁)。 13)その意味として、 対策 は、 相手の態度や事 件に応じてとる方策 であり、方策の種類の中 でも状況対応的であるところに特徴があるもの だとみなせる(新村編、前掲辞典、1679頁)。 なお、 方策 は、 はかりごと。てだて。策略 と定義されている(同上、2259頁)。 14)同上、2753頁。 15)松村明・佐和隆光・養老孟司監修『辞林21<机 上版>』、三省堂、1993年、1151頁。なお、他 の辞典では、 設定 は つくり定めること と 定義されている(新村編、前掲辞典、1577頁)。 16) 同上、2950頁。ドイツ語で Idee と表記される 理 念 は、哲学史的には プラトンのイデアに由 来し、感覚世界の個物の原型である非感覚的な 永遠の真実性 のことであり、中世・近世・近 代・現代において重要な意味を持っていた(同 上)。なお、社会学者のマックス・ウェーバー の社会学的概念である 理念型 (ドイツ語では Idealtypus )は、 現実をありのままに再現す るのではなく、現実には分断的に存在している 諸特徴をとりだし、それ自身矛盾のないように 構成したもの であり、 現実に対するあるべ き規範ではなく、実在の現象と比較し、またそ の文化的意義を明らかにするための手段 であ る(同上)。つまり、「理念」は基本的に当為概 念であり理想水準で扱うべきなのに対して、「理 念型」は原理的に当為概念として扱えず、理想 水準に位置させないで、現実水準において現実 把握を進めるための分析装置である。 17)同上、2783頁。 目的 とは 意図している事柄 のことであり、哲学的には 意志によってその 実現が要求され、行為の目標として行為を規定 し、方向づけるもの とみなされる(同上)。 18)同上、2783頁。他には、 目じるし や 的 と いう意味がある(同上)。 19)同上、1980頁。 20) 同上、1738頁。他には、 目的を達し成功する こと と定義されている。 21)同上、1980頁。ロシア語で norma と綴られ ている ノルマ に対しては、 ソ連時代の制 度で、労働者が一定時間内に遂行すべきものと して割り当てられる労働の基準量 と説明され、 賃金算定の基礎となる ものである(同上)。 22)同上、679頁。「基準」には、 比較して考える ためのよりどころ という意味もある(同上)。 23)同上、2563頁。 方針 は、 方位を指し示す磁 石の針 たる 磁針 のことである(同上)。 24)同上、1228頁。 指針 は、 目盛りを指示する 装置についている針 であり、 磁石版の針、 時計の針など のことである(同上)。 25)同上、2753頁。また、「明快」が、 さっぱりと していて気持のよいこと (同上)でもあるこ とを踏まえれば、実際に行動する際の「方法」 を形容する言葉としても適切だと思われる。 26)鎌田・米山、前掲辞典、499頁。
27)新村編、前掲辞典、2570頁。「方法」とは、哲 学的な文脈では、 認識目的を果たすために思 考活動のよるべき方式 とか 学問研究におけ る思考対象の取扱い方 とされている(同上)。 28)同上、2572頁。ただし、そもそも、 方法 にも、 目的を達する ための 計画的措置 という意 味がある(同上、2570頁)。 29)英単語 strategy の語源を ると、フランス 語の stratégie が元とわかり、ギリシア語の stratḗ giā に行き着くが、このギリシア語は、 stratēgós「軍隊」と ágein「導く」とが合わさっ てできた stratós「将軍」 の派生である(下 宮忠雄・金子貞雄・家村睦夫『スタンダード英 語語源辞典』、大修館書店、1989年、505頁)。 30)英単語 tactics の語源は、ラテン語の tactica であり、ギリシア語の tekhnḗ から派生して おり、 taktikḗ が 戦術 を意味するギリシア 語である(同上、523頁)。 31) 小学館、前掲辞典(第一巻)、1740頁。 計略 には、 他に もくろみ。策略。謀略 とか 人をだま そうと考えをめぐらすこと というような意味 がある一方で、 よいように処置すること。管 理すること という意味もある(同上)。 32)小学館、前掲辞典(第二巻)、1053頁。 33)同上、1023頁。 34) 小稲義男編『新英和大辞典(背革装)[第5版]』、 研究社、初刷1980年[2刷1981年]、2089頁。 35)同上、2147頁。 36)小学館、前掲辞典(第二巻)1023頁。 37)小稲編、前掲辞典、1492頁。 38)小学館、前掲辞典(第二巻)、1023頁。 39)同上、1053頁。 40)同上。 41)同上。 42)小稲編、前掲辞典、2147頁。なお、言語学的 には、 tactics は、 単数または複数扱い で、 音 素 配 列 論(phonotactics)、 形 態 素 配 列 論 (monophotactics)を含む と補足されている ように、 配列論、結合論 を意味する(同上)。 43)同上、2089頁。 44)同上、2147頁。 45)同上、2089頁。 46)同上。 47)同上、2147頁。 48)同上、178頁。 battle は、 戦争、戦い、戦闘、 交戦、開戦 以外に、 闘争(struggle);競技 (contest) や、 勝ち戦、勝利(victory);成功 (success) を 意 味 す る( 同 上 )。 ま た、 こ の battle は、古くは 大軍勢 を意味していて (同上)、 大隊 とか 陣容を整えた軍隊 を意 味する battalion と同義になる(同上、177頁)。 ちなみに、複数形となった battalions が (同 じ特徴をもった)たくさんの人[物]、大勢、大 部隊 を意味することがある(同上)。 49)同上、1249頁。 50)同上。 51)同上、2089頁。 52)同上、871頁。 53)同上。 54) 同 上、2089頁。 stratagem は、( 敵 を 欺 き、 裏をかく)策略、戦略、軍略 と 計略、策略、 謀略(artifi ce trick) を意味する(同上)。 55)同上、2147頁。 56)同上、2089頁。また、形容詞の strategic と strategical は同義である(同上)
57)同上。 a strategic nuclear weapon つまり 戦 略核兵器 などが例示されている(同上)。 58)同上、2147頁。 tactical には、 <人・行為な ど>策略のうまい とか 抜け目のない とい う意味も示されている(同上)。 59)同上。 60)1912(明治45)年1月の時点で、 Tact と表 示された英単語に、 手練、拍子、頓才 に続 いて 戦略 という和訳が当てられていた(井 上哲次郎・元良勇次郎・中島力造『英独仏和 哲学字彙』、丸善、1912年[1921年再版]、155頁)。 61)小稲編、前掲辞典、2147頁。 tact には、 思 いやり という意味もあり、古語として 手触 り、触感、触覚 を意味し、音楽用語として (指 揮棒の)一振り も意味する(同上)。 62) 同上。 tactful には、思いやりのある とか 適 切な という意味もある(同上)。 63)同上、2089頁。 strategist には、他に 兵法家 という意味もある(同上)。 64)同上、2147頁。 tactician には、 策士、策略家 という意味も示されている(同上)。 65)新村編、前掲辞典、2753頁。 (2015年 3月31日 受理)